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平成24年7月11日判決言渡
平成24年(行ケ)第10001号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成24年6月27日
判決
原告X
被告特許庁長官
指定代理人本郷彰
小曳満昭
樋口信宏
田村正明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
特許庁が不服2009-9251号事件について平成23年11月7日にした審
決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許出願拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とする審決の取消訴訟
である。争点は,自然法則利用の該当性である。
1特許庁における手続の経緯
原告は,平成16年9月28日,名称を「ローマ字表」とする発明について特許
出願(特願2004-311548号,公開公報は2006-99708号〔乙1〕)
をし,平成20年12月25日付けで明細書の範囲の変更を内容とする補正をした
が(甲2),拒絶査定を受け,これに対する不服の審判請求をした(不服2009-
9251号)。
特許庁は,平成23年11月7日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審
決をし,その謄本は平成23年12月2日原告に送達された。
2請求項の記載
「1母音「イ」のローマ字表記を“i”と“y”の二字とし,カ行・ダ行・ラ
行は,母音と組み合わせる子音を複数化する。ヤ行・ワ行はヤ行のイ段をのぞく全
段において,y・wを母音の前に残し,外来語を考慮した「関連音表記」を持つロ
ーマ字表。
2小字体のカナであらわされる「ァ」「ィ」「ゥ」「ェ」「ォ」をこの順で,“ä”
“ÿ”“ü”“딓ö”であらわす請求項1に記載のローマ字表。
3無音のつづり字ghと,さらにg・・hにおいて“・・・”の部分に置き換えら
れるアルファベットを無音化するとともに,g・・・h全体を無音のつづりとする,無
音化記号g・・・hを持つ,請求項1記載のローマ字表。」
3審決の理由の要点
請求項に規定された事項は,人為的取決めないしは人間の精神活動のみに基づく
取決めであって,何ら自然法則を利用するものではないし,「ローマ字表」自体が何
らかの自然法則を利用するものではない。
第3原告主張の審決取消事由
1「自然法則」における「自然」に人間の頭脳は含まれるから,頭脳の活動形
式そのものから導かれた法則は,自然法則である。単語性(日本語の単語をローマ
字で表記したときに,単語全体としての形から意味を了解できる性質。本願明細書
段落【0004】)は,人為的に与えることはできないものであって,脳の活動法則
によって与えられるものである。
人間は,文字言語を初めは音読して音声言語として理解し,次第に声を出さない
で口だけ動かす段階を経て,突然,文字を見ただけで理解できるようになる。この
ような場合に音声言語と文字言語の関係はどうなっているかという問題に取り組ん
だのが,乙2(「ジョージタウン大学メディカルセンターのニュース」)の研究であ
る。
アルファベットを小文字にして,全体に上下2本の線を施した場合,上の線を越
える文字(ijなど)は9文字,下の線を下る文字(jなど)が5文字,上下2本
の線の間に収まる文字が13文字となるところ,これによって構成された単語は上
下に適度な変化を持つことになり,語彙全体の単語性を高めていると考えられる。
本願明細書の【図3】の1行目には,当該ローマ字表記を用いた各単語として,「s
hyteilu」,「careno」,「catscotalu」,「Shyncou」
が挙げられているが,これらの単語に上下2線を施したときに,
本願発明のローマ字表によるローマ字表記の場合
shyteilucarenocatscotaluShyncou
従来のローマ字表によるローマ字表記の場合
shiteirukarenokakkotarushinkou
とでは,従来のローマ字表で見られない下への変化が2単語で見られ,これは本願
の請求項1に規定された取決めのうち,母音イについてのローマ字表記をi,yの
2字とした効果である。
2請求項1~3は,単語性という統合理念によって要請された取決めであり,
「人為的取決め,ないしは人間の精神活動のみに基づく取決め」ではない。
3請求項1~3を「人為的取決め,ないしは人間の精神活動のみに基づく取決
め」とする審決の認定は,特許請求の範囲のみをみることに起因するものである。
第4被告の反論
1(1)原告の主張のうち,「単語性は脳の活動法則によって与えられる」点につ
いては争わないが,「単語性は人為的に与えることはできないものである」点(論点
1)と「単語性は脳の活動法則によって与えられるから,「単語性」を向上させる取
り決めは『自然法則を利用したもの』である」点(論点2)については争う。
(2)「単語性」すなわち,「日本語の単語をローマ字で表記したときに,脳の
活動法則によって単語全体としての形から意味を了解できる性質」は,ローマ字で
表記した各単語について「単語全体としての形と意味との対応関係」が人為的に与
えられ,それを学習して初めて得られる性質であり,人為的に与えられる性質であ
るというべきであるから,上記論点1の原告の主張(「単語性は人為的に与えること
はできないものである」という主張)は当を得たものではない。このことは,ロー
マ字に接したことがない人がローマ字表記された日本語の単語に接してもその形か
ら当該単語の意味を了解し得ないこと,及び,当該単語について人為的に決めた任
意の表記と当該単語の意味との対応関係が事前に与えられ,それを学習した場合に
おいては,当該人為的に決めた任意の表記の形から当該単語の意味を了解できるこ
とから明らかである。「ジョージタウン大学メディカルセンターのニュース」(乙2)
の記載は,「人は,単語についての視覚情報のみから単語の意味を了解することがで
きるが,それは音韻論による学習が行われて初めて可能になることである。」という
事実が学術的に確認されていることを示しており,その事実は,上記論点1の原告
の主張が当を得たものでない旨の被告の主張の正当性を裏付けるものである。
(3)人為的取決めや人間の精神活動のみに基づく取決めも,脳の活動法則によ
って与えられるものであることは当然のことであるから,「脳の活動法則によって与
えられるもの」か否かによって,「人為的取決めや人間の精神活動のみに基づく取決
めのみを利用したもの」か「自然法則を利用したもの」かを判別することに妥当性
はない。
また,ローマ字表一般において,仮に「単語性を向上する取決め」というものが
あり得たとしても,その取決めによる単語性の向上は,その取決めに従ったローマ
字表記に対する習熟が従来のローマ字表記に対する習熟を上回って初めて得られる
と考えられるものであり,そのような習熟過程を経ることなく単語性が向上すると
いったことは通常では考えられない。このことは,本願発明の実施例を表している
と考えられる本願明細書の【図1】,【図2】に示される取決めについてもいえるこ
とである。そして,以上のことは,仮に「単語性を向上させる取り決め」というも
のがあり得たとしても,その取り決めによる単語性の向上は,自然法則によっても
たらされるものではなく,人為的に行われた過去の経験によってもたらされるもの
であることを意味している。よって,仮に「単語性を向上させる取り決め」という
ものがあり得たとしても,そのことをもって,「自然法則を利用したもの」というこ
とはできない。
2本願の請求項1をその文言どおりに解釈した場合,そこに規定された取り決
めを「単語性を向上させる取決め」といい得ないことは明らかであるし,明細書等
の記載を最大限参酌しても,少なくとも,本願発明の取決めを十分には習得してい
ない者(未習者)との関係においては,本願発明の取決めを「単語性を向上させる
取決め」と評価することはできない。
すなわち,本件出願の請求項1に規定された取り決めは,
ア母音「イ」についてのローマ字表記を,“i”と“y”の二字とする。
イカ行・ダ行・ラ行は,母音と組み合わせる子音を複数化する。
ウヤ行・ワ行はヤ行のイ段をのぞく全段において,y・wを母音の前に残す。
エ外来語を考慮した「関連音表記」を持つ。
というものであるが,これらの取決めは,「日本語をローマ字で表記するときの『仮
名文字表記』と『ローマ字表記』の対応関係」を規定するにとどまり,「日本語をロ
ーマ字で表記するときの『単語の形』と『単語の意味』の具体的関係」を規定しな
いから,「単語性」すなわち「日本語の単語をローマ字で表記したときに,脳の活動
法則によって単語全体としての形から意味を了解できる性質」を向上させることが
できるものではない。
また,例えば,本願明細書の図3の1行目には,当該ローマ字表記を用いた各単
語として,「shyteilu」,「careno」,「catscotalu」,「Sh
yncou」が示されており,これらの各単語は,従来のローマ字表記(「内閣告示
第一号ローマ字のつづり方昭和二十九年十二月九日」(乙3)に規定されるロー
マ字表を使用した表記)では「shiteiru」,「kareno」,「kakko
taru」,「shinkou」となるが,特別の予備知識を有しない通常の人(未
習者)が,後者(「shiteiru」,「kareno」,「kakkotaru」,
「shinkou」)よりも前者(「shyteilu」,「careno」,「cat
scotalu」,「Shyncou」)の方が単語性(日本語の単語をローマ字で表
記したときに,脳の活動法則によって単語全体としての形から意味を了解できる性
質)が向上しているとは感じないはずであり,このことは,本願明細書等の記載を
最大限参酌した場合であっても,少なくとも未習者との関係においては,本願発明
の取決めは「単語性を向上させる取決め」であるとはいえないことを意味している。
3前記のとおり,特許請求の範囲の記載全体を考察し,かつ,明細書等の記載
を参酌しても,本願発明の課題解決の主要な手段は,「日本語をローマ字で表記する
ときの仮名文字表記とローマ字表記の対応関係として,『本願発明の発明者(原告)
が創作した取決めであって,それに習熟すれば単語性が向上し得る請求項1に規定
された取決め』を使用すること。」と解さざるをえない。そして,前記のとおり,「単
語性を向上させる取決め」というものがあり得たとしてもそのことをもって「自然
法則を利用したもの」ということはできないこと,「単語性」は,人為的に決めた任
意の表記と単語の意味との対応関係が事前に与えられ,それを学習した場合には得
られるが,それを学習しなければ得られないものであることを,考慮すると,上記
「本願発明の発明者(原告)が創作した取決めであって,それに習熟すれば単語性
が向上し得る請求項1に規定された取決め」は,人為的取決めないしは人間の精神
活動のみに基づく取決めとしかいい得ず,自然法則が利用されているとはいえない
というべきである。
第5当裁判所の判断
1本願明細書及び図面(甲2,乙1)によれば,原告が特許出願したのは,漢
字仮名交じり文と並んで,さらに漢字仮名交じり文に代わって日本語を表記するた
めのローマ字表に関するものである。本願明細書によれば,従来のローマ字表には
ヘボン式・日本式があるところ,原告は,これらのローマ字表が音標文字の役割は
果たしても,日本語としての「単語性」,すなわち「日本語の単語をローマ字で表記
したときに,単語全体としての形から意味を了解できる性質」を十分持ち得ず,同
音異義語の差異を漢字のように示すことができない,ヘボン式ローマ字表では小字
体で表されるァ,ィ,ゥ,ェ,ォに対応する表記を有しないため,あらゆる分野に
わたる日本語の全般的表記ができないといった問題点の認識の下,これらを解決す
ることを目的とし,その手段として,①母音の「イ」を「i」と「y」で表し,カ
行・ダ行・ラ行に複数の子音を設け,さらに外来語を考慮した関連音表記を付加す
るとともに,②「a」,「y」,「u」,「e」,「o」の母音の上にナゴン記号「¨」を
付加して小字体の「a」,「y」,「u」,「e」,「o」に対応できる「ä」,「ÿ」,「ü」,
「ë」「ö」を設け,③「ん」を含む単語においては「ん」の後に「gh」を用いて単語
を構成し,④「g
・・
・・・h」記号によって,意味は持つが発音はしないつづり字を設け,
これにより,①単語性の向上,②漢字仮名交じり文の全てを表すことができる,③
「ん」を含む単語の発音を正確にすることを可能にする,④同音異義語に関し,同
音であっても意味の違いを読み取ることができるようになる,といった効果を奏す
るものとしたことが認められる。
2特許法29条1項柱書は,「産業上利用することができる発明をした者は,
次に掲げる発明を除き,その発明について特許を受けることができる」と定め,そ
の前提となる「発明」について同法2条1項が,「この法律で『発明』とは,自然法
則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう」と定めている。そして,
ゲームやスポーツ,語呂合わせといった人間が創作した一定の体系の下での人為的
取決め,数学上の公式,経済上の原則に当たるとき,あるいはこれらのみを利用し
ているときは,自然法則(lawofnature)を利用しているとはいえず,「発明」には
該当しないと解される。
かかる見地から本件出願に係る請求項1~3をみるに,そこに記載の事項は,い
ずれも,人為的な取決めないしは人間の精神活動のみに基づく取決めであって,自
然法則を利用しているとはいえず,特許法2条1項,29条1項柱書にいう「発明」
には該当せず,特許を受けることはできない。
3なお,原告は,本件出願に係る事項は,単語性という統合理念によって要請
された取決めであり,人為的取決めではないなどと主張するが,本願請求項,明細
書及び図面に記載の事項は,「仮名文字表記」と「ローマ字表記」という人間が創作
した一定の体系の下で人間が定めた取決めないしルール(人為的取決め)にすぎな
いことに変わりはない。原告の上記主張は採用することができない。
第6結論
以上によれば,原告主張の取消事由は理由がない。
よって原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
塩月秀平
裁判官
真辺朋子
裁判官
田邉実

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