弁護士法人ITJ法律事務所

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        主    文
       原判決を破棄する。
       第1審判決を取り消し,被上告人の請求を棄却する。
       訴訟の総費用は,被上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人幸田雅弘の上告受理申立て理由について
 第1 本件は,D組合である被上告人が,その総代会において上告人を含む5名
の組合員(以下「被除名者ら」という。)について除名決議が成立したとして,上
告人に対して,上告人が被上告人の組合員たる地位を有しないことの確認を請求す
るものである。
 原審の適法に確定した事実関係の大要は,次のとおりである。
 1 被上告人は,中小企業等協同組合法(以下「法」という。)に基づいて設立
された個人タクシー事業者を組合員とするD組合である。被上告人は,その定款(
以下「本件定款」という。)により総代会を置いていた。
 2 法によれば,ア 長期間にわたって組合の施設を利用しない組合員,イ 出
資の払込,経費の支払その他組合に対する義務を怠った組合員,ウ その他定款で
定める事由に該当する組合員であることが除名事由とされ(法19条2項),本件
定款の14条には,ア,イの外,3号に「本組合の事業を妨げ,または妨げようと
した組合員」(以下「事業妨害組合員」という。),5号に「犯罪行為及び破産宣
告,その他信用を失う行為をした組合員」(以下「信用失墜組合員」という。)が
掲げられている。また,組合員の除名については,あらかじめ除名しようとする組
合員に対して除名決議に付する旨を通知し,総会又は総代会において弁明する機会
を与えなければならず(法19条2項,55条,本件定款14条),総会又は総代
会における除名決議には,総組合員の半数以上が出席し,その議決権の3分の2以
上の多数による議決を要する(法53条3号)。
 3 上告人は,平成5年3月10日当時,被上告人の組合員たる個人タクシー事
業者であった。
4 被上告人の運営等をめぐっては,被除名者らと理事長側との間に次のような経
過があった。
 (1) 被上告人は,平成4年2月17日の理事会において,女性職員1名に対し
懲戒解雇を通告することを決定したが,被除名者らは,この懲戒解雇に反対し,地
方労働委員会の斡旋を経て,この懲戒解雇は同年5月12日に撤回された。なお,
同年4月20日,被除名者らがこの懲戒解雇について相談をするために被上告人の
事務所の更衣室兼食堂を使用したため,他の者がそこを使用できないことがあった。
 (2) 被除名者らは,平成4年4月22日,職員労組からの団交申入書等の資料
を持って福岡県中小企業団体中央会の法律相談に行き,職員を不当に解雇したこと
により被上告人に損害が生じた場合の理事の法的責任について相談した。
 (3) 平成4年8月19日,被上告人の副理事長であった者が,同人の個人タク
シーの車内で,被上告人の女性職員と約2時間半にわたって話し合っているところ
が目撃されたが,同副理事長がこの事実を否定したため,上告人以外の被除名者ら
の一部の者が,同女性職員及び同副理事長に対し粗暴な言動に及ぶことがあった。
これらのことから,同副理事長は,同年9月2日,理事長に対して副理事長を辞任
する旨の辞表を提出したが,同月14日,辞意を撤回し,これが理事会において承
認された。しかし,被除名者らは,辞意の撤回により理事の地位が当然に回復する
ものではないとして同副理事長の地位を問題とし,上告人は同副理事長に対して辞
職を求めたりした。
 (4) 被除名者らは,平成4年10月ころ,福岡陸運支局に対し,被上告人の運
営等をめぐる被除名者らと理事長側との間のこれまでの交渉経過等を説明して,被
上告人の運営の正常化を求める旨を陳情し,担当官は被除名者ら及び理事長らから
事情聴取をしたが,被除名者らと理事長らとの話合いはされなかった。
 (5) 被除名者らは,平成4年12月11日,(3)記載の副理事長の辞意の撤回が
無効であるとして,同副理事長及び被上告人を相手方として同副理事長の職務執行
停止の仮処分(以下「本件仮処分」という。)を申し立てた。その申立書には,同
副理事長の辞任に至る経緯として,同副理事長は,女性職員を誘惑したり,不当労
働行為をすることが多く,職員労組との間で無用の誤解と混乱を引き起こすなど理
事としてあるまじき行為をしていたなどと記載されていた。
 (6) 上告人は,本件仮処分の申立て後,本件仮処分を申し立てたことや仮処分
の相手方とされた副理事長には女性職員との関係で問題があったことなどを記載し
たビラの原稿を起案したが,相談した弁護士の示唆によりその表現を穏当なものに
改め,被除名者らは,「私たちは組合の正常化を求めます」と題するビラを作成し
た。このビラは,直接,被上告人の組合員に手渡されたほか,組合員以外のタクシ
ー運転手も出入りするガス・スタンドの控室にも束ねて下げられた。
 5 上告人は,弁や筆が立ち,論理的思考ができるところから,法律相談,陸運
局との対応,仮処分の申立てなど主要な場面で主導的役割を果たしているが,他の
被除名者らと常に行動を共にしたり,他の被除名者らを指揮し,指示を発したりし
ていたものではなく,被除名者らの行動の首謀者とはいえない。
 6 被上告人は,平成5年3月10日に被除名者らの除名を議題とする臨時総代
会(以下「本件総代会」という。)を開催することとし,同年2月25日,被除名
者らに対して本件定款14条3号及び5号に基づき除名の提案をする旨を記載した
除名通知書を送付した。これに対して,上告人は具体的除名事由の指摘を求めたが
,被上告人は除名事由に関する具体的事実を記載することなく上記条項のみを記載
した書面をもって回答した。
 また,被上告人が同日付けで各総代に送付した臨時総代会開催通知書には,理事
長名で,被除名者らが前記副理事長のセクハラ問題をでっち上げて被上告人を相手
に本件仮処分を申し立てたなど理事長側からみた事実経過をもって除名を提案する
に至った旨を記載した書面が添付されていたが,各被除名者らに関する除名事由に
該当すべき個別的事実の記載はなかった。
 7 平成5年3月10日,総代95名中89名が出席し,5名が委任状を提出し
て,本件総代会が招集された。
 会議冒頭,理事長から経過説明の文書が配布されたが,この文書には虚偽事実に
基づく本件仮処分の申立てが被上告人の信用を失墜させたこと,上告人以外の被除
名者らにつき粗暴な言動や理事としての一貫しない行動があったこと,それが理事
会の決定を無視し,被上告人の業務を妨害しようとするものであること等の記載は
あったが,上告人のいかなる行為が除名事由となるかについての具体的記載はなか
った。
 被除名者らの弁明は個別的に行うこととされ,被除名者らが退席した後,理事長
から被除名者ら全員について一括して提案説明が行われたが,その内容は,被除名
者らが職員労組の立場に立った行動をしたこと,一部職員の身元保証書不提出に賛
成したこと,更衣室兼食堂の使用禁止を決めた理事会の決定に従わなかったこと,
本件仮処分の申立てをしたこと,監督官庁に被上告人の内情を知らせたり,ビラを
配布したことであった。上告人の弁明は除名事由が具体的でないなどの上告人の意
見陳述に終わり,上告人のいかなる行為が除名事由となるかについては明らかにさ
れなかった。
 この弁明の後に採決が行われ,出席者のうち反対者23名が起立し,その余の総
代は賛成したものとして,上告人に対する除名決議(以下「本件決議」という。)
が成立した。
 8 被上告人は,平成5年3月12日発送の書面をもって,上告人に対して,本
件決議があり,上告人が被上告人の組合員としての資格を喪失したことを通知した。
 第2 原審は,上記事実関係に基づき,次のように判断して,被上告人の請求を
認容した第1審判決を正当として,上告人の控訴を棄却した。
 1 被上告人のような任意団体で,その運営が組合員の総意により,民主的に行
われることが制度的に保障されている団体においては,総会又は総代会の議決によ
り決定された事項は,その決定が,正当な事実認識に基づいてされたものであり,
その決定内容が諸法令や定款等に反しない限り,基本的に尊重すべきである。
 2 本件総代会前に,上告人に対する除名の具体的事由は明示的に示されず,本
件総代会の席上でも,弁明の機会を除き上告人は議場に入ることができず,結局,
明確な除名事由の告知はなかったが,本件総代会で各総代が認識していた上告人に
対する除名事由は,被除名者ら5名の一連の行動全部を含むものであり,除名事由
の主要なものは,本件仮処分の申立て行為,ビラの配布行為であり,それが除名事
由に含まれていたことは上告人も推測することができた。
 3 理事長からの除名事由の説明は,被除名者ら5名を区別せず,一括してされ
たもので,上告人が事業妨害組合員,信用失墜組合員に該当する事実が明確に整理
されて説明されたとはいえず,仮処分の申立てについては,被上告人を相手方とせ
ざるを得ないことが総代に十分に理解されず,被上告人への敵対行為であるとして
非難されたことが認められ,総代が認識していた事実も被除名者らを区別せず渾然
一体として認識されていたもので,いささか正確性を欠いていたともいえる。しか
し,本件総代会に出席した総代は,少なくとも,おおむね,被除名者らが本件仮処
分の申立てをしたこと,それが被上告人を相手方とするものであったこと,理事長
らが,その申立ての理由中に記載された前記副理事長の女性問題は虚偽であり,被
上告人の対外的信用を失墜させた行為であると受け止めていること,被除名者らの
一部の者が被上告人の事務所において暴言を吐くなどして被上告人に混乱が生じて
いること,被除名者らがガス・スタンド等でビラを配布したこと,被除名者らのう
ち理事であった者が理事会の決定に従わない行動をしたことを認識していたもので
あり,この認識はおおむね事実に沿うものであった。
 4 各総代は,本件決議に際し,上記各事実のそれぞれが除名事由に当たるかど
うかではなく,職員の懲戒解雇から本件仮処分の申立てを経て本件決議に至るまで
の間に被除名者らが行った一連の行為により被上告人の事務に支障が生じているこ
との全体を被除名者らの除名事由と理解したが,このように,上告人の関与の有無
を問わずに被除名者らの行為を全体として除名事由があるとすることも,被除名者
らが行動を共にし,その各人の行動が被上告人の事務の混乱を招いていたことから
すれば不当とはいえない。各総代が除名事由該当事実と認識したものの中には,上
告人が関与していないものもあり,また,各個の事実にはそれだけでは除名事由に
該当するとは思われない事実もあるが,被除名者らの上記一連の行為から,上告人
が事業妨害組合員及び信用失墜組合員であると判断することが諸法令や定款に反す
るものではないから,各総代が被除名者らの行動の全体を除名事由ととらえて議決
権を行使し,除名処分の前提とされた事実がおおむね真実に沿う以上,本件決議に
おける総代の多数意思を尊重し,本件決議を有効とすべきである。
 第3 原審の上記判断は,是認することができない。その理由は,次のとおりで
ある。
 1 D組合の目的は,事業者の協同により経済活動の機会を確保し,経済活動を
促進し,事業者の経済的地位を向上することにあり(法1条),組合員は相互の経
済活動の利便のために任意に団体に加入するものである。このような経済目的によ
って結ばれる団体の内部規律に関しては,宗教法人,学校法人などの内部規律とは
異なり,当該団体の裁量的判断にゆだねられる余地は少ない。とりわけ除名処分と
いった法律関係を終了させる処分は,当該組合員の存在が組合員の相互扶助という
組合の目的に反し,又はこの目的を阻害するといった明確な事実があるときに許容
されるものであり,法が組合員の除名事由を法自ら定め,又は定款で定めることと
し,除名のための手続として総会又は総代会における弁明の機会を保障しているの
も,このような除名の趣旨を超えてD組合の経済目的と無関係な除名がされること
がないようにするためである。
 そうすると,D組合における組合員の除名処分においては,遅くとも除名決議に
係る総会又は総代会までに,除名の対象者及びその議決権者に対して,除名事由と
される事実を特定して明らかにすることが必要である。これを反対に解するときは
,除名の対象者にとって弁明すべき事実及び議決権者が除名事由該当性を判断すべ
き事実が特定されず,除名事由及び除名手続を規律する法及び定款の趣旨を損なう
ことになる。そして,被上告人が自律的規範を持つ団体であり,定款に記載された
除名事由が公序良俗に反するものではなく,除名事由該当性の判断が自律的規範に
基づく内部事項についての判断であるとしても,原審の指摘する団体の自律的判断
の尊重は,除名事由として特定された事実について相応の事実的基礎がある場合に
,D組合の存立の目的に照らして考慮すべきものであり,除名事由に当たる事実を
特定して明らかにすることを不要とする理由になるものではない。
 2 これを本件についてみると,上告人に対しては,本件決議までに明確な除名
事由の告知はなかったというのであるから,すでにこの点において,本件決議には
除名手続上重要な瑕疵があることになる。
 仮に上告人において被上告人が原審の指摘する一連の事実経過をもって除名事由
たる事実としていることを認識し得たとしても,上告人が常に他の被除名者らと行
動を共にしていたとか,首謀者として他の被除名者らを指揮し,指示を発していた
ものではないというのであるから,上告人が関与しない事実を含む一連の事実経過
をもって,上告人に対する除名事由たる事実が特定されたということはできない。
 なお,原審がおおむね事実に沿うとする事項(第2,3)のうち上告人に関する
ものは,本件仮処分の申立てをしたこと及びビラの作成,配布に関与したことであ
るが,被上告人を相手方とする本件仮処分の申立てが被上告人への敵対行為である
との総代らの認識は仮処分の申立て手続に関する法律知識の不足によるものであり
,上告人の上記各行為を違法,不当とすべき事情は認められない。
 そうすると,【要旨】本件総代会までに,除名の対象となる者についての除名事
由が具体的に明らかにされることなく,理事長において上告人の関与しない事実を
含む一連の事実経過をもって被除名者らを包括的に除名すべきものと主張していた
にすぎない本件にあっては,上告人において理事長のこのような意図を認識し得た
ことをもって,除名事由とされる事実が被除名者である上告人に対して特定して明
らかにされたということはできない。
 3 したがって,本件決議は,除名事由を特定し,明らかにしてされたものとは
いえず,無効というべきである。
 第4 以上によれば,原審の前記判断には,本件定款に定める除名事由に該当す
る事実を特定せずにされた除名処分を是認した点において,除名事由について規定
する法及び本件定款の解釈,適用を誤った違法があり,この違法が判決に影響を及
ぼすことは明らかである。この趣旨をいう論旨は理由があり,原判決は破棄を免れ
ない。そして,前記のとおり,本件決議は無効であるから,その有効を前提とする
被上告人の請求は理由がないので,これを認容した第1審判決を取り消し,同請求
を棄却すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎 裁判官 町田
 顯 裁判官 深澤武久)

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