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裁判例


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平成12年(行ケ)第87号 審決取消請求事件(平成13年5月30日口頭弁論
終結)
          判           決
       原      告   石原機械工業株式会社
       訴訟代理人弁理士   藁 科 孝 雄
       被      告   株式会社オグラ
       訴訟代理人弁護士   吉 武 賢 次
       同          神 谷   巖 
       同    弁理士   佐 藤 一 雄
       同          黒 瀬 雅 志
       同          森   秀 行
          主           文
      特許庁が平成11年審判第35215号事件について平成12年1月
11日にした審決を取り消す。
      訴訟費用は被告の負担とする。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
   主文と同旨
 2 被告
   原告の請求を棄却する。
   訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   被告は、名称を「曲げ修正機」とする特許第2129980号発明(昭和5
7年7月28日原出願、昭和63年1月12日分割出願、平成9年6月6日設定登
録)の特許権者である。
   原告は、平成9年9月29日、本件特許につき無効審判の請求をし、特許庁
に平成9年審判第16458号事件として係属したところ、被告は、平成10年1
月19日に明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載を訂正する旨の訂
正請求をし、特許庁は、同審判事件につき、同年4月17日に「訂正を認める。本
件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、この審決は確定した。
   原告は、上記審決の確定後の平成11年5月11日、本件特許につき再度の
無効審判の請求をした。
   特許庁は、同請求を平成11年審判第35215号事件として審理した上、
平成12年1月11日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、そ
の謄本は同年2月16日原告に送達された(以下、「審決」という場合、後者の審
決を指す。)。
 2 上記訂正に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲に
記載された発明(以下「本件発明」という。)の要旨
 ケーシング本体の前方部に取付けられた受けアームに対し修正用フックを往
復移動させることにより棒状部材の曲げ修正を行う曲げ修正機において、前記ケー
シング本体の前方部外周には円周溝が形成され、この円周溝に対しリング部材が回
動可能に嵌合され、前記受けアームは、間隔をおいて一対取付けられその後端部が
前記リング部材に固着されているとともに、前記修正用フックは、前記一対の受け
アームの間に配設されケーシング本体内に回動かつ往復移動可能に配設されたピス
トンロッドの先端に取付けられていることを特徴とする曲げ修正機。
 3 審決の理由
   審決は、別添審決書写し記載のとおり、請求人(原告)の主張する無効理
由、すなわち、①本件明細書の発明の詳細な説明に記載の効果が特許請求の範囲の
記載の構成によって奏されることはないから、本件特許は特許法36条4項又は5
項に規定する要件を満たしておらず、②本件発明は、実公昭47-29063号公
報(審判甲第1号証、本訴甲第5号証、以下「引用例1」という。)若しくは実願
昭55-20235号(実開昭56-121515号)のマイクロフィルム(審判
甲第2号証、本訴甲第6号証、以下「引用例2」という。)記載の各発明又はこれ
らの発明と周知技術を組み合わせたものに基づいて、当業者が容易に発明をするこ
とができたものであるから、本件特許は同法29条2項の規定に違反してされたも
のであるとの主張は、いずれも認められず、請求人が主張する理由及び提出した証
拠によっては本件特許を無効とすることはできないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
   審決の理由中、本件発明の要旨の認定(審決書3頁6行目~18行目)、引
用例1、2の記載事項の認定(同6頁14行目~15頁末行)、本件発明と引用例
1記載の発明との一致点の認定(同16頁3行目~17頁10行目)、本件発明と
引用例2記載の発明との一致点の認定(同18頁7行目~19頁14行目)は認め
る。
 審決は、明細書の記載要件についての判断を誤る(取消事由1)とともに、
引用例1記載の発明、引用例2記載の発明又は周知技術に基づく容易想到性の判断
を誤った(取消事由2~4)ものであるから、違法として取り消されるべきであ
る。
 1 取消事由1(明細書の記載要件についての判断の誤り)
 本件明細書(甲第20号証添付)には、〔発明の効果〕として「油槽、ピス
トン作動用ポンプ機構を曲げ修正機のケーシング本体内に内蔵してあるので、従来
のように別置の給油ユニットを必要とせず、取扱いが容易で作業能率の向上を図る
ことができる」(7頁21行目~23行目)こと及び「ケーシング本体の外周に、
送油用のパイプ類を配設してないので、作業中障害となったり、パイプ破損事故を
生ずることがない」(7頁26行目~末行)ことが記載されているところ、審決
は、「上記効果は、本件特許発明(注、本件発明)を発明の詳細な説明に記載され
ているその実施例に則して具現化することにより奏される効果であり、この効果を
奏するための構成が特許請求の範囲に明記されていないからといって直ちに明細書
の記載が不備となるわけではない」(審決書6頁1行目~7行目)と判断するが、
誤りである。
 すなわち、昭和60年法律第41号による改正前の特許法36条4項(以下
「特許法旧36条4項」という。)が、「発明の詳細な説明には、その発明の属す
る技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる
程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない」と、同法施行
規則24条で引用される様式16の備考14が、「『発明の効果』には、当該発明
によって生じた特有の効果をなるべく具体的に記載する。この場合において、当該
記載事項の前には、原則として『発明の効果』の見出しを付す」と規定していると
おり、「発明の効果」の欄には、当該発明によって生じた特有の効果をなるべく具
体的に記載することが要求され、「発明の効果」の欄に記載された効果は、当該発
明、すなわち特許請求の範囲に記載された構成から生ずるものでなければならな
い。ところが、本件明細書の特許請求の範囲の記載において、油槽を曲げ修正機の
ケーシング本体内に内蔵することも、送油用のパイプ類をケーシング本体の外周に
配設しないことも規定するものではないから、本件明細書の〔発明の効果〕に記載
の上記効果は、本件発明の構成から生ずるものでない。
 したがって、本件明細書は、特許法旧36条4項に規定された明細書の記載
要件を満たしていないというべきである。
 2 取消事由2(引用例1記載の発明に基づく容易想到性の判断の誤り)
 (1) 審決は、本件発明と引用例1記載の発明との相違点として、本件発明のピ
ストンロッドはケーシング本体内に回動かつ往復移動可能に配設されているのに対
し、引用例1記載の発明では「ピストンロッドがケーシング本体内に往復移動可能
に配設されているものの回動可能に配設されているかどうかは明らかでない」(審決
書18頁2行目~5行目)とした上、「仮に、甲第1号証(注、引用例1)記載の発
明が・・・ロックナット13を緩めることによりブラケット9、アーム16を一体
的に回動させることができるものであるとしても、ロックナット13を緩めたり締
めたりするためにはスパナ等の工具を必要とするものであって、本件特許発明
(注、本件発明)のように工具を用いることなく文字通り手動で受けア-ムを旋回
させることができるものではない」(同24頁12行目~25頁1行目)とし、以
上の認定に基づいて、「したがって、甲第1号証記載の発明のピストンロッドがケ
ーシング本体内に回動可能に配設されているかどうかに関わりなく、本件特許発明
は、甲第1号証記載の発明に基づいて当業者が容易に想到することができたとする
ことはできない」(同25頁2行目~7行目)と判断するが、誤りである。
 (2) すなわち、本件発明では、円周溝を利用してリング部材を回動可能として
いるのに対し、引用例1記載の発明では、ねじによる螺着でブラケットを回動可能
とした点に相違があるが、本件発明の円周溝の構成は、「前記ケーシング本体の前
方部外周には円周溝が形成され、この円周溝に対しリング部材が回動可能に嵌合さ
れ」と規定されるものであるから、円周溝は、その形成位置がケーシング本体の前
方部外周であって、対象部材を回動可能に取り付け得るものであればよい。そして
引用例1記載の発明では、受けアームの後端の固着されたブラケット(リング部
材)はシリンダ(ケーシング本体)の前方部外周に形成されたねじに螺着されて回
動可能に取り付けられているのであるから、本件発明の円周溝と引用例1のねじと
は、その形成された位置及び対象部材を回動可能とする機能において一致する。そ
うすると、円周溝を利用してリング部材を回動可能とする本件発明の構成と、ねじ
による螺着でブラケットを回動可能とする引用例1記載の発明の構成とは、形状的
にも機能的にも相違するものではない。
    なお、日本工業規格「ねじ用語」(JIS B0101)(甲第19号
証)において、「ねじみぞ」の意味として「ねじ山とねじ山との間の空間」と記載
されているから、「ねじ」が「溝」の一種であることは疑いない。また、同号証の
図1203から明らかなように、「ねじみぞ」は両側の閉じた空間から構成されて
おり、ねじは円周状に形成されているから、「ねじ」が本件発明の「円周溝」に相
当することは明らかである。
 (3) また、審決は、上記のとおり、引用例1記載の発明ではロックナットを緩
めるための工具を必要とし、本件発明では工具を必要としない点を指摘するが、そ
れだけを理由として、本件発明が引用例1記載の発明に基づいて容易に想到し得な
いということはできない。本件発明では、受けアームを旋回させれば回動可能であ
るとはいえ、受けアームの同じ旋回位置で連続した同一作業を行う場合、受けアー
ムを所定の旋回位置に暫定的に固定することが考えられる。そうすると、本件発明
においてもこれを緩めるための工具が必要となるから、工具の有無は二次的なもの
にすぎず、工具の要否を理由として、容易想到性を否定した審決の判断は誤りであ
る。
 3 取消事由3(引用例2記載の発明に基づく容易想到性の判断の誤り)
 (1) 審決は、本件発明と引用例2記載の発明との相違点2として、「本件特許
発明では、ケーシング本体の前方部外周には円周溝が形成され、この円周溝に対し
リング部材が回動可能に嵌合され、受けアームは、間隔をおいて一対取付けられそ
の後端部が前記リング部材に固着されているのに対して、甲第2号証(注、引用例
2)記載の発明では、ケーシング本体(注、ポンプ本体)の前端に突出させた接続
部(18)の外周とカッターヘッド(6)の後端内周に設けた接続部(19)の内
周とにそれぞれ同形の環状凹溝(21)(22)が凹設され、双方の接続部(1
8)(19)を嵌合挿入して互の環状凹溝(21)(22)を合致させてできる環
状孔に鋼線の回動助材(20)が挿入されて、前記ケーシング本体に対し前記カッ
ターヘッド(6)が回動可能に嵌合され、固定刃(9)は、前記カッターヘッド
(6)に固着されている」(審決書20頁5行目~末行)ことを認定した上、相違
点2について、「甲第2号証(注、引用例2)記載の発明の具体的構成は、接続部
に形成される環状孔に鋼線の回動助材を挿入するものであって、ケーシング本体の
外周に形成された円周溝に対して他方の部材が嵌合されるという本件特許発明のも
のとは全く異なるものであり、この構成上の相違に基づき、両者の間には回動可能
に嵌合された部分が受けることのできる軸方向の力等について有意の差があるもの
と解される。したがって、相違点2についても本件特許発明のように構成すること
は、甲第2号証記載の発明の単なる設計変更にすぎないとすることができないだけ
でなく、それに基づいて当業者が容易に想到することができたとすることもできな
い」(同27頁12行目~28頁6行目)と判断するが、誤りである。
 (2) すなわち、引用例2(甲第6号証)には、ポンプ本体1(本件発明の「ケ
ーシング本体」に相当する。)の前方部である接続部外周に環状凹溝21(同「円
周溝」に相当する。)が形成され、この環状凹溝に対し、回動助材20を介して、カ
ッターヘッド6(同「リング部材」に相当する。)が回動可能に嵌合されている構
成が記載されているから、この構成は、本件発明の「ケーシング本体の前方部外周
には円周溝が形成され、この円周溝に対しリング部材が回動可能に嵌合され」るとの
構成と異ならない。
    そして、引用例2(甲第6号証)には、上記回動助材として「ピアノ線等
の鋼線を用い」(4頁10行目~11行目)ることが記載されているところ、この
回動助材は、ポンプ本体の接続部18の外周に形成された環状凹溝をほぼ一周して
挿入、配置されるため、直径の小さなピアノ線を使用しても、本件発明の構成によ
るものと同等の受圧面積を確保できる上、単位当たりの強度において、ピアノ線は
軟鋼に比較して3~5倍も優れているから、軸方向の力において大きな耐荷重が得
られる。実際に、直径1.8mmのピアノ線を回動助材として使用した曲げ修正機が
製造販売されており、32mm径の鉄筋の曲げ修正を支障なく行うことが可能であ
る。このように、引用例2記載の発明における回動助材を利用した構成は、本件発
明の円周溝を利用した構成と、軸方向の力等について有意の差はなく、本件発明
は、当業者が引用例2記載の発明に基づいて容易に想到することができたものであ
る。
 4 取消事由4(周知技術に基づく容易想到性の判断の誤り)
 (1) 円周溝によって受けアームを回動可能に支持する技術は周知の技術という
べきところ、その周知例として請求人(原告)が審判において提出した実公昭40
-15395号公報(本訴甲第17号証。以下「周知例」という。)について、審
決は、「実公昭40-15395号公報記載のものは・・・甲第1号証(注、引用
例1)記載の鉄筋等折曲矯正両用機及び甲第2号証(注、引用例2)記載の手動油
圧鋼棒剪断機とは全く技術分野を異にするものであり、また、ケーシング本体の外
周に形成された円周溝に対して他方の部材が嵌合されるというものでもない」(審
決書30頁9行目~31頁5行目)として、当該技術に基づく容易想到性を否定す
るが、誤りである。
 (2) すなわち、周知例では、ケーシング本体に相当する本体ケース1の先端外
周部の案内ボルト7の周囲に円周溝が形成され、この円周溝に対しリング部材に相
当する支え腕5が回動自在に取り付けられているから、周知例には、外周の円周溝
に部材を嵌合させて回動可能とした本件発明と同じ構成が明らかに記載されてい
る。そして、周知例の壁掛扇兼用換気扇は、一般人が日常的に目にするいわゆる首
振り扇風機と称するものであり、この種の首振り扇風機は、当業者に限らず、一般
人がその構造を一見して容易に理解し得る一般的日用品にすぎないものであり、こ
の種の一般的日用品の構造は、技術分野の異同を問わず、だれでも必要に応じてそ
の採用を試みるものであるから、引用例1又は引用例2記載の各発明と組み合わせ
ることも可能というべきである。
第4 被告の反論
   審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
 1 取消事由1(明細書の記載要件についての判断の誤り)について
  本件明細書中の発明の詳細な説明の項には、当業者が本件発明を容易に実施
できる程度の記載がされており、特許法旧36条4項の規定に何ら違反するもので
はない。この点の審決の判断に誤りはないというべきである。
 2 取消事由2(引用例1記載の発明に基づく容易想到性の判断の誤り)につい

   原告は、引用例1記載の発明のピストンロッドが回動可能である旨主張する
が、審決は、「甲第1号証(注、引用例1)記載の発明のピストンロッドがケーシ
ング本体内に回動可能に配設されているかどうかに関わりなく、本件特許発明は、
甲第1号証記載の発明に基づいて当業者が容易に想到することができたとすること
はできない」(審決書25頁2行目~7行目)と判断しているのであるから、上記
の点は、審決の結論に影響を及ぼすものではない。
   また、原告が、引用例1記載の発明のねじが本件発明の円周溝に相当する旨
主張するが、ねじを緩めた状態で機械を使用するという機械工学の常識からは到底
考えられないことを前提とした主張といわざるを得ない。この点の審決の判断に誤
りはない。
 3 取消事由3(引用例2記載の発明に基づく容易想到性の判断の誤り)につい

 (1) 本件発明におけるリング部材は、受けアームの後端部が固着され、かつ、
ケーシング本体の前方部外周に形成された円周溝に回動可能に嵌合されたものであ
り、これに対し、引用例2記載の発明における回動助材20は、互いに嵌合する2
つの接続部18、19の間に形成された環状孔21、22内に、外部から通ずる明
孔23を通して挿入されたものであり、明らかにその構成を異にしている上、両者
間には、受けることのできる軸方向の力や機構の信頼性、操作性、メンテナンス性
等において有意の差があることは、当業者には明らかである。このように、本件発
明と引用例2記載の発明とは、構成上明らかに異なり、その相違に基づいて作用効
果についても明らかな相違があるから、この点の審決の判断に誤りはない。
 (2) 原告は、引用例2記載の発明において、環状溝21に対し、回動助材20
を介してカッターヘッド6が回動可能に「嵌合」されている旨主張するが、この主
張は、「嵌合」という語の意義を全く無視したものである。引用例2の第2図に照
らしても、カッターヘッド6が環状凹溝21に「嵌合」していないことは明らかで
ある。また、原告は、引用例2記載の発明において、ピアノ線が受けることのでき
る軸線方向の力について、本件発明の構成と有意の差があるということはできない
旨主張するが、受けることのできる軸線方向の力については、構造の差について検
討すべきところ、これを材料強度の議論にすり替えるものであって、失当である。
 4 取消事由4(周知技術に基づく容易想到性の判断の誤り)について
 周知例記載の回動機構は、回転羽根4を駆動する電動機本体ケース1とU字
状の支え腕5とを回動可能に接続する一般の回動機構にすぎないものであり、本件
発明の構成とは全く異なるものである。この点の審決の判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由3(引用例2記載の発明に基づく容易想到性の判断の誤り)につい

 (1) 本件発明と引用例2記載の発明との相違点2は、ポンプ本体(本件発明の
「ケーシング本体」に相当すると認められる。)に対しカッターヘッド(本件発明
の「リング部材」に相当すると認められる。)を回動可能に結合させるための構成
の相違に係るものである。すなわち、本件明細書(甲第20号証添付)及び引用例
2(甲第6号証)によれば、審決が相違点2として認定するとおり、「本件特許発
明では、ケーシング本体の前方部外周には円周溝が形成され、この円周溝に対しリ
ング部材が回動可能に嵌合され、受けアームは、間隔をおいて一対取付けられその
後端部が前記リング部材に固着されているのに対して、甲第2号証(注、引用例
2)記載の発明では、ケーシング本体(注、ポンプ本体)の前端に突出させた接続
部(18)の外周とカッターヘッド(6)の後端内周に設けた接続部(19)の内
周とにそれぞれ同形の環状凹溝(21)(22)が凹設され、双方の接続部(1
8)(19)を嵌合挿入して互の環状凹溝(21)(22)を合致させてできる環
状孔に鋼線の回動助材(20)が挿入されて、前記ケーシング本体に対し前記カッ
ターヘッド(6)が回動可能に嵌合され、固定刃(9)は、前記カッターヘッド
(6)に固着されている」(審決書20頁5行目~末行)ことが認められる。
    そして、上記の構成中、ポンプ本体(ケーシング本体)の前方部外周に環
状凹溝(円周溝)が形成されている点において、引用例2記載の発明は本件発明と
異ならないというべきであり、他方、「受けアーム」と「固定刃」の構成の相違
は、相違点1及び3として審決において別途認定判断されているところであるか
ら、結局、相違点2として審決が認定するところは、実質的には、本件発明におい
てはリング部材それ自体が上記円周溝に嵌合しているのに対し、引用例2記載の発
明では、リング部材に相当するカッターヘッドはそれ自体が直接円周溝(環状凹
溝)に嵌合されているものではなく、回動助材を介して結合されている点をいうも
のと解される。
    そこで、上記の構成の相違についての容易想到性に関する審決の判断を検
討する。
 (2) 審決は、上記相違点2に係る本件発明の構成の容易想到性を否定する論拠
として、まず、「甲第2号証(注、引用例2)記載の発明の具体的構成は、接続部
に形成される環状孔に鋼線の回動助材を挿入するものであって、ケーシング本体の
外周に形成された円周溝に対して他方の部材が嵌合されるという本件特許発明のも
のとは全く異なる」(審決書27頁12行目~17行目)点を挙げる。
    しかしながら、引用例2記載の発明においては、ポンプ本体とカッターヘ
ッドを回動可能に結合させるため、ポンプ本体及びカッターヘッドの双方に設けた
環状凹溝に回動助材を挿入、配設することによって、円周方向の回動運動を妨げな
い凹凸の組合せを形成するものであって、その意味で、当該回動助材を挿入、配設
することは、本件発明において、リング部材をケーシング本体の円周溝に嵌合する
のと同様の機能を果たすものといい得る。しかも、引用例2(甲第6号証)におい
て、被剪断物を剪断する際に、固定刃と一体化したカッターヘッドと、移動刃を前
進させる力を与えるピストンを備えるポンプ本体との間に、両者を軸方向に引き離
すように反力が作用するところ、回動助材の剪断応力がこの力に耐えて両者の結合
を保つ役割を果たしていること、これに対応して、回動助材にはピアノ線等の鋼線
を用いること(甲第6号証4頁10行目~11行目参照)によって、その強度の確
保を図っていることが認められる。
    そうすると、回動助材を用いて環状凹溝との間に凹凸の組合せを形成する
という引用例2記載の発明の構成は、回動可能とするとともに、軸方向に作用する
力に抗してその結合を保つという機能を備える点において、本件発明の「嵌合」と
異なるものではない。したがって、回動助材を介してケーシング本体とリング部材
とを結合させるという引用例2記載の発明の構成に代えて、回動助材を用いること
なくリング部材それ自体を円周溝に嵌合させるという本件発明の構成を採用するこ
とは、設計変更というべき事項であって、当業者が容易に想到し得たものというべ
きである。
 (3) 審決は、次に、「この構成上の相違に基づき、両者の間には回動可能に嵌
合された部分が受けることのできる軸方向の力等について有意の差があるものと解
される」(審決書27頁17行目~末行)ことを、本件発明の相違点2に係る構成
の容易想到性を否定する論拠とし、被告は、軸方向の力の差に加え、機構の信頼
性、操作性及びメンテナンス性の差についても審決と同旨の主張をする。しかし、
審決の上記判断及び被告の上記主張は、本件発明が、引用例2記載の発明において
想定されるポンプ本体とカッターヘッドの結合部分における軸方向の耐力等と有意
の差をもたらすような軸方向の耐力等の作用効果を奏することを前提にしていると
解されるところ、本件明細書の特許請求の範囲は、「円周溝に対しリング部材が回
動可能に嵌合され」ることを規定する以外に、ケーシング本体とリング部材の接合
部分における軸方向の耐力、機構の信頼性、操作性、メンテナンス性に影響を与え
る構成について何ら規定するものではない。すなわち、本件発明におけるリング部
材の材料強度、嵌合部分の形状や大きさ等について特許請求の範囲の記載において
何ら限定されているものではないから、被告の主張する軸方向の力、機構の信頼
性、操作性及びメンテナンス性についての作用効果は、実施例のものにすぎず、本
件発明の作用効果ではないというべきであって、審決の上記認定及び被告の上記主
張は誤りといわざるを得ない。
 (4) 以上によれば、「相違点2についても本件特許発明のように構成すること
は、甲第2号証記載の発明の単なる設計変更にすぎないとすることができないだけ
でなく、それに基づいて当業者が容易に想到することができたとすることもできな
い」(審決書28頁1行目~6行目)とする審決の判断は誤りというべきである。
 2 そこで、進んで、上記の誤りが審決の結論に影響を及ぼすものといえるかど
うかについて検討する。
 (1) 審決は、本件発明と引用例2記載の発明との相違点として、上記相違点2
のほかに、相違点1(「本件特許発明は、加工用固定部材が受けアームで、加工用
移動部材が修正用フックである棒状部材の曲げ修正を行う曲げ修正機であるのに対
して、甲第2号証(注、引用例2)記載の発明は、加工用固定部材が固定刃(9)
で、加工用移動部材が移動刃(15)である棒状部材の剪断を行う手動油圧鋼棒剪
断機である点」、審決書19頁17行目~20頁3行目)及び相違点3(「本件特
許発明では、修正用フックは、一対の受けアームの間に配設されケーシング本体内
に回動かつ往復移動可能に配設されたピストンロッドの先端に取付けられているの
に対して、甲第2号証(注、引用例2)記載の発明では、移動刃(15)は、ケー
シング本体内より前方に突出するピストン(5)にスプリング(14)によって常
時係合しカッターヘッド(6)内を軸心方向に摺動するように設けられたプランジ
ャー(12)の先端に取付けられている点」、同21頁2行目~11行目)を認定
した上、「相違点1及び相違点3において、本件特許発明のように構成すること
は、甲第2号証記載の発明の単なる設計変更にすぎないとすることができないだけ
でなく、それに基づいて当業者が容易に想到することができたとすることもできな
い」(同26頁15行目~末行)とする。そして、原告は、上記相違点1及び相違
点3についての判断の誤りを本訴の取消事由として主張していないから、上記相違
点2についての判断の誤りは、引用例2記載の発明のみによる容易想到性について
の審決の結論に影響を及ぼすものではない。しかし、以下に述べるとおり、上記の
誤りは、審判段階における請求人(原告)の主張中、引用例1、2記載の各発明の
組合せに基づく容易想到性の主張に対する判断に影響するというべきである。
 (2) すなわち、審決は、引用例1、2記載の各発明の組合せに基づく容易想到
性について、「甲第1号証(注、引用例1)記載の発明と甲第2号証(注、引用例
2)記載の発明とは・・・共に建設現場等において鉄筋等の棒状部材を加工すると
いう点で軌を一にするものであること、通常同一のメーカーにより製造、販売され
るものであること等を考慮すると、甲第1号証記載の発明と甲第2号証記載の発明
とを組み合わせることは、当業者が必要に応じて適宜なし得る事項であると一応い
うことができる」(審決書28頁末行~29頁10行目)としつつ、「しかしなが
ら・・・相違点2についての検討で述べたように、上記課題を解決するための甲第
2号証(注、引用例2)記載の発明の具体的構成は、ケーシング本体の外周に形成
された円周溝に対して他方の部材が嵌合されるという本件特許発明の構成とは全く
異なるものである」(同29頁11行目~16行目)として、本件発明と引用例2
記載の発明との相違点2に係る構成の相違があることを理由に、上記組合せによる
容易想到性を否定したものである。
    しかし、相違点2に係る本件発明の構成が引用例2記載の発明の設計変更
事項にすぎないことは前示のとおりであり、他方、本件発明と引用例2記載の発明
とのその余の相違点(相違点1、3)に係る構成が引用例1(甲第5号証)に開示
されていることは、その明細書の記載及び第1~第4図の図示から明らかである
(審決書16頁3行目~17頁10行目参照)。しかも、引用例1、2記載の各発
明を適宜組み合わせることが可能であることは審決も認めるとおりであるから、引
用例1、2記載の各発明を組み合わせることによって、本件発明を想到することは
当業者において容易であったというべきである。
    したがって、上記相違点2についての判断の誤りが、引用例1記載の発明
と引用例2記載の発明の組合せに基づく容易想到性の判断、ひいて審決の結論に影
響を及ぼすことは明らかである。
 3 以上のとおり、原告主張の審決取消事由3は理由があり、この誤りが審決の
結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の取消事由について判断する
までもなく、審決は取消しを免れない。
   よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき
行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
    裁判官 長  沢  幸  男
    裁判官 宮  坂  昌  利

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