弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人佐々木実が差し出した控訴趣意書に記載してあるとお
りであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断する。
 一 控訴趣意第一(事実誤認の主張)について
 所論は、原判決は判示第二においてAの氏名を詐称して自己の刑責を免れようと
企て行使の目的をもつてほしいままに供述書欄の末尾にAと冒書したと認定してい
るが被告人はAから交通取締りにあつた場合交通切符にその氏名を書くことも包括
的に承認を得ていたのであるから、原判決第二事実記載の交通事件原票中の供述書
の末尾に「A」の氏名を書いたからといつて、それは、ほしいままに「A」と冒書
したことにはならず、本件の場合には私文書偽造罪は成立しないものであり、これ
を肯定した原判決には事実誤認がある、というのである。
 そこで、所論の当否について検討するに、原判決が挙示する関係証拠及び被告人
の当審における供述によれば、被告人は、酒気帯び運転等により昭和五三年九月二
八日に九〇日間の運転免許停止処分を受け、講習の結果同年一〇月一九日に停止期
間を四五日短縮されたものであること、被告人は昭和四三年頃からAと知合い、昭
和五三年六月頃から右Aと株式会社Bを設立して共同経営していたこと、昭和五三
年一〇月初め頃、右会社事務所において、被告人が右Aに対し「九〇日の停止処分
になつた。」と打明けると、右Aが、「免許がなかつたら困るだろう。俺が免許証
を持つているから、俺の名前を言つたら。」と勧めて、自分の運転免許証を見せ、
メモ紙に自分の本籍、住居、氏名、生年月日を書いてこれをC発行のカードととも
に被告人に交付したこと、被告人は原判決第一のとおり昭和五三年一〇月一八日に
無免許運転をし、その際取締りの警察官から運転免許証の提示を求められたが、
「免許証は家に忘れて来ました。」と言つて右Aの氏名等を称し、原判決第二の交
通事件原票中の「供述書」欄の末尾に「A」と署名し、これを右警察官に提出し、
免許証不携帯による反則金二〇〇〇円ということで、その場を切抜け、右同日右反
則金を納付したこと、昭和五三年一〇月一九日頃被告人は右Aに対し右の経過を報
告したが、これに対し右Aは抗議等をしなかつたこと、以上の各事実が認められ
る。
 右事実によつて考えれば、Aは事前に被告人に対し、単に取調べの警察官に口頭
で自己の氏名等を申告することのみならず、道路交通法違反で交通切符を切られる
場合には、その供述書欄に自己の氏名で署名することも承諾していたものと認める
のが相当である。原審において取調べられたAの検察官に対する供述調書中には、
「私としてはD君が車を運転していて警察官に見付かつたとき私の名前を使つてな
んとか言い逃れをする位に思つていただけで、交通切符までに私の名前を書くとは
思つていませんでした。」との供述があるが、右供述は前認定に照らしそのまま信
用することはできない。
 <要旨>しかしながら、本件のように道路交通法に違反をした者が交通切符を切ら
れる際あらかじめ他人の承諾を得ておいたうえ、交通事件原票中の供述書欄
の末尾に当該他人の名義の署名をして右供述書を作成した場合に、刑法一五九条一
項の私文書偽造罪が成立するか否かは、さらに慎重な検討を要する問題であり、当
裁判所は、右のような場合には、他人の事前の承諾を得ていても私文書偽造罪が成
立するものと考える。すなわち、一般に名義人以外の者が私文書を作成しても、内
容が名義人において自由に処分できる事項に関するかぎり、、事前に名義人の承諾
を得てあれば、右の作成は偽造罪に該当しないものと解されている。通常の私文書
の場合には、名義人の承諾を得れば、その名義で文書を作成する権限が作成者に与
えられ、このような権限により作成された文書は、名義人の意思を表示するもので
あつて、当該文書の作成名義の真正に対する公共の信用が害されることもなく、私
文書偽造罪の成立を認めるべき理由はないからである。しかし、本件における供述
書の場合、交通事件原票下欄に道路交通法違反現認・認知報告書の欄があり、その
下部に、司法巡査の「違反者は、上記違反事実について、昭和五三年一〇月一八日
次のとおり供述書を作成した。」との記載があり、その下方に供述書甲と題し「私
が上記違反をしたことは相違ありません。事情は次のとおりであります。」との不
動文字が印刷されていて、その最下部に署名すべきものとなつている。従つて、そ
の文書としての形式、内容からすれば、事実証明に関する私文書というべきもので
あるが、その内容は自己の違反事実の有無等当該違反者個人に専属する事実に関す
るものであつて、名義人が自由に処分できる性質のものではなく、専ら当該違反者
本人に対する道路交通法違反事件の処理という公の手続のために用いられるもので
ある。そのような性質からすると、名義人自身によつて作成されることだけが予定
されているものであり、他人の名義で作成することは許されないものといわなけれ
ばならないから、当該違反者は、名義人の承諾があつてもその名義で供述書を作成
する権限はないものというべきである。従つて、本件のように、他人名義で作成さ
れた供述書は、たとえ当該名義人の承諾を得ていたとしても、権限に基づかないで
作成されたものであり、当該名義人の意思又は観念を表示しているものとはなり得
ないものであつて、供述書の作成名義の真正に対する公共の信用が害されることは
明らかである。以上のように考えれば、原判示第二事実については、Aが事前に承
諾していたとしても、被告人は、作成権限がないのに、ほしいままに、「供述書」
欄の末尾に「A」と冒書したものと認めるべきであつて、原判決がこれを私文書偽
造罪に当ると認定したことに所論のような事実誤認はない。論旨は理由がない。
 二 控訴趣意第二(量刑不当の主張)について
 所論は、被告人を実刑に処した原判決の刑は不当であり、再度の刑の執行猶予を
望む、というのである。
 そこで、検討するに、本件は、原判示のとおり、被告人が無免許(運転免許の効
力停止中)で普通乗用自動車を運転し(原判決第一事実)、交通事件原票中の供述
書に他人の氏名を冒書して偽造し、これを行使した(同第二事実)という事案であ
つて、その犯情は自己本位で卑劣であり、軽視できないものである。また被告人が
昭和四五年八月二五日、同年一〇月五日にそれぞれ業務上過失傷害罪により罰金刑
に処せられ、昭和四七年一〇月一六日に業務上横領罪により懲役二年、刑の執行猶
予三年の判決の宣告を受け、昭和五二年一二月一六日に恐喝未遂罪により懲役一年
一〇月、刑の執行猶予五年の判決の宣告を受け、更に昭和五三年九月五日に道路交
通法違反(酒気帯び運転)罪により罰金刑に処せられ、本件各犯行が右の刑の執行
猶予五年の期間中のものであることを合わせ考えると、被告人の刑事責任は決して
軽いものではなく、本件においてAが酔余とはいえ自己の氏名を使用することを承
諾していたこと、被告人には病床に伏す年老いた実母がいること、その他所論の訴
える被告人に有利な諸点を十分斟酌しても、原判決の量刑はまことにやむを得ない
ところであつて、不当であるとはいえず、また刑の執行を猶予すべきものとは認め
られない。論旨は理由がない。
 よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決
する。
 (裁判長裁判官 向井哲次郎 裁判官 礒邊衛 裁判官 村田達生)

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