弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
第1上告代理人外山佳昌,同山田延廣,同藤井裕の上告理由第4の1について
1本件は,広島県立学校の教職員であった上告人ら(X1,X2,X3及びX4
については,訴訟承継前の第1審原告Aを指す。後記3(2)を除き,以下同じ。)
が,卒業式又は入学式において国旗掲揚の下で国歌斉唱の際に起立すること(以下
「起立行為」という。)を命ずる旨の校長の職務命令に従わず,上記国歌斉唱の際
に起立しなかったところ,被上告人から戒告処分を受けたため,上記職務命令は憲
法19条に違反するなどと主張して,被上告人に対し,上記戒告処分の取消しを求
めている事案である。
2原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)学校教育法(平成19年法律第96号による改正前のもの)43条及び学
校教育法施行規則(平成19年文部科学省令第40号による改正前のもの)57条
の2の規定に基づく高等学校学習指導要領(平成11年文部省告示第58号。平成
21年文部科学省告示第38号による特例の適用前のもの。以下「高等学校学習指
導要領」という。)第4章第2C(1)は,「教科」とともに教育課程を構成する
「特別活動」の「学校行事」のうち「儀式的行事」の内容について,「学校生活に
有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への
動機付けとなるような活動を行うこと。」と定めている。そして,同章第3の3
は,「特別活動」の「指導計画の作成と内容の取扱い」において,「入学式や卒業
式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱する
よう指導するものとする。」と定めている(以下,この定めを「国旗国歌条項」と
いう。)。また,学校教育法(平成18年法律第80号による改正前のもの)73
条及び学校教育法施行規則(平成19年文部科学省令第5号による改正前のもの)
73条の10の規定に基づく「盲学校,聾学校及び養護学校高等部学習指導要領」
(平成11年文部省告示第62号。平成19年文部科学省告示第46号による改正
前のもの。以下「高等部学習指導要領」という。)第4章は,「特別活動の目標,
内容及び指導計画の作成と内容の取扱いについては,高等学校学習指導要領第4章
に示すものに準ずる」と定めている。
(2)被上告人の教育部長は,平成12年12月26日付けで,広島県立学校の
各校長宛てに,「卒業式及び入学式における国旗及び国歌に係る指導について(通
知)」を発した。その内容は,上記各校長に対し,卒業式及び入学式において学習
指導要領に基づき国旗掲揚及び国歌斉唱を整然と実施することなどを求めるもので
あった。また,被上告人は,同日に開かれた臨時県立学校長会議において,上記各
校長に対し,学校の卒業式等の式典に関し,①国旗は,式場内において,出席者
の目に自然に留まるように掲揚すること,②式次第に国歌斉唱を位置付け,国歌
斉唱に際しては教職員は起立することなどを求めた(以下,上記通知とこの求めを
併せて「本件通知等」という。)。
(3)第1審判決添付別表1ないし4の「日時」欄記載の日の当時,X5は同別
表1「当時の所属校」欄記載の広島県立高等学校に勤務する養護教諭であり,
X6,X7,X8及びX9並びに第1審原告Aは同欄ないし同別表3「当時の所属
校」欄記載の各広島県立高等学校に勤務する実習助手であり(なお,同第1審原告
は,第1審係属中の平成18年▲月▲日に死亡し,X1,X2,X3及びX4がその
地位を承継した。),その余の上告人らは上記各別表「当時の所属校」欄記載の各
広島県立の高等学校ないしろう学校(以下「高等学校等」という。)に勤務する教
諭であったところ,上告人らは,それぞれ,同各別表「校長」欄記載の各校長か
ら,本件通知等を踏まえ,同別表1記載の上告人らは平成13年度入学式(上記ろ
う学校については同年度高等部入学式)に際し,同別表2記載の上告人らは同年度
卒業式に際し,同別表3記載の上告人らは同14年度入学式に際し,同別表4記載
の上告人は同15年度卒業式に際し,平成13年4月3日から同16年3月1日に
かけての同各別表「日時」欄記載の日に,同各別表「発言内容」欄記載のとおり,
上記卒業式又は入学式における国歌斉唱の際に起立行為を命ずる旨の各職務命令
(以下「本件各職務命令」という。)を受けた。しかし,上告人らは,本件各職務
命令に従わず,上記卒業式又は入学式における国歌斉唱の際に起立しなかった。
(4)被上告人は,平成13年5月11日付けで上記別表1記載の上告人らに対
し,同14年3月28日付けで上記別表2記載の上告人らに対し,同年5月10日
付けで上記別表3記載の上告人らに対し,同16年3月30日付けで上記別表4記
載の上告人に対し,上記卒業式又は入学式における上記不起立行為は地方公務員法
32条及び33条に違反し,同法29条1号,2号及び3号に該当するとして,そ
れぞれ戒告処分をした。
3(1)ア上告人らは,卒業式等の式典における国歌斉唱の際の起立行為を拒否
する理由について,①「君が代」が天皇制を讃えるための歌であり,大日本帝国
が他国を侵略するに当たり超国家主義の思想を徹底させる必要から学校教育を通じ
て普及させられたものであるという歴史観,②「君が代」は皇国史観又は身分差
別につながるものとして現行憲法下では排斥される必要があるという思想を有して
いる旨主張する。
上記のような考えは,我が国において「日の丸」や「君が代」が戦前の軍国主義
や皇国史観等との関係で果たした役割に関わる上告人ら自身の歴史観ないし世界観
及びこれに由来する社会生活上ないし教育上の信念等ということができる。
イしかしながら,本件各職務命令当時,公立高等学校等における卒業式等の式
典において,国旗としての「日の丸」の掲揚及び国歌としての「君が代」の斉唱が
広く行われていたことは周知の事実であり,学校の儀式的行事である卒業式等の式
典における国歌斉唱の際の起立行為は,一般的,客観的に見て,これらの式典にお
ける慣例上の儀礼的な所作としての性質を有するものというべきであって,上記の
歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付くものということはできな
い。したがって,上告人らに対して学校の卒業式等の式典における国歌斉唱の際の
起立行為を求めることを内容とする本件各職務命令は,直ちに上記の歴史観ないし
世界観それ自体を否定するものということはできないというべきである。
ウまた,本件各職務命令当時,公立高等学校等の卒業式等の式典における国旗
掲揚及び国歌斉唱の実施状況は上記イのとおりであり,学校の儀式的行事である卒
業式等の式典における国歌斉唱の際の起立行為は,一般的,客観的に見て,これら
の式典における慣例上の儀礼的な所作として外部から認識されるものというべきで
あって,それ自体が特定の思想又はこれに反する思想の表明として外部から認識さ
れるものと評価することは困難である。なお,職務上の命令に従ってこのような行
為が行われる場合には,上記のように評価することは一層困難であるともいえる。
したがって,本件各職務命令は,上告人らに対して,特定の思想を持つことを強
制したり,これに反する思想を持つことを禁止したりするものではなく,特定の思
想の有無について告白することを強要するものともいえず,生徒に対して一方的な
理想や理念を教え込むことを強制するものとみることもできない。
エそうすると,本件各職務命令は,上記イ及びウの観点において,個人の思想
及び良心の自由を直ちに制約するものと認めることはできないというべきである。
(2)もっとも,学校の卒業式等の式典における国歌斉唱の際の起立行為は,教
員が日常担当する教科等や日常従事する事務の内容それ自体には含まれないもので
あって,一般的,客観的に見ても,国旗及び国歌に対する敬意の表明の要素を含む
行為であり,そのように外部から認識されるものであるということができる(な
お,例えば音楽専科の教諭が上記国歌斉唱の際にピアノ伴奏をする行為であれば,
音楽専科の教諭としての教科指導に準ずる性質を有するものであって,敬意の表明
としての要素の希薄な行為であり,そのように外部から認識されるものであるとい
える。)。そうすると,自らの歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象
となる「日の丸」や「君が代」に対して敬意を表明することには応じ難いと考える
者が,これらに対する敬意の表明の要素を含む行為を求められることは,その行為
が個人の歴史観ないし世界観に反する特定の思想の表明に係る行為そのものではな
いとはいえ,個人の歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異
なる外部的行動(敬意の表明の要素を含む行為)を求められることとなり,それが
心理的葛藤を生じさせ,ひいては個人の歴史観ないし世界観に影響を及ぼすものと
考えられるのであって,これを求められる限りにおいて,その者の思想及び良心の
自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難い。
なお,上告人らは,学校の卒業式等のような式典において公的機関が参加者に一
律の行動を強制することに対する否定的評価及びこのような行動に自分は参加して
はならないという信条との関係でも個人の思想及び良心の自由が侵される旨主張す
るところ,この点も「君が代」に対する歴史観ないし世界観と密接に関連するもの
として主張されているのであり,上記の式典において上記のような外部的行動を求
められる場面における個人の思想及び良心の自由についての制約の有無は,これを
求められる個人の歴史観ないし世界観との関係における間接的な制約の有無によっ
て判断されるべき事柄であって,これとは別途の検討を要するものとは解されな
い。
(3)アそこで,このような間接的な制約について検討するに,個人の歴史観な
いし世界観には多種多様なものがあり得るのであり,それが内心にとどまらず,そ
れに由来する行動の実行又は拒否という外部的行動として現れ,当該外部的行動が
社会一般の規範等と抵触する場面において制限を受けることがあるところ,その制
限が必要かつ合理的なものである場合には,その制限を介して生ずる上記の間接的
な制約も許容され得るものというべきである。そして,職務命令においてある行為
を求められることが,個人の歴史観ないし世界観に由来する行動と異なる外部的行
動を求められることとなり,その限りにおいて,当該職務命令が個人の思想及び良
心の自由についての間接的な制約となる面があると判断される場合にも,職務命令
の目的及び内容には種々のものが想定され,また,上記の制限を介して生ずる制約
の態様等も,職務命令の対象となる行為の内容及び性質並びにこれが個人の内心に
及ぼす影響その他の諸事情に応じて様々であるといえる。したがって,このような
間接的な制約が許容されるか否かは,職務命令の目的及び内容並びに上記の制限を
介して生ずる制約の態様等を総合的に較量して,当該職務命令に上記の制約を許容
し得る程度の必要性及び合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相
当である。
イこれを本件についてみるに,本件各職務命令に係る国歌斉唱の際の起立行為
は,前記のとおり,上告人らの歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象
となるものに対する敬意の表明の要素を含み,そのように外部から認識されるもの
であることから,そのような敬意の表明には応じ難いと考える上告人らにとって,
その歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行動
となり,心理的葛藤を生じさせるものである。この点に照らすと,本件各職務命令
は,一般的,客観的な見地からは式典における慣例上の儀礼的な所作とされる行為
を求めるものであり,それが結果として上記の要素との関係においてその歴史観な
いし世界観に由来する行動との相違を生じさせることとなるという点で,その限り
で上告人らの思想及び良心の自由についての前記(2)の間接的な制約となる面があ
るものということができる。
他方,学校の卒業式や入学式等という教育上の特に重要な節目となる儀式的行事
においては,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序を確保して式
典の円滑な進行を図ることが必要であるといえる。法令等においても,学校教育法
は,高等学校教育の目標として国家の現状と伝統についての正しい理解と国際協調
の精神の涵養を掲げ(同法(平成19年法律第96号による改正前のもの)42条
1号,36条1号,18条2号),同法(同改正前のもの)43条及び学校教育法
施行規則(平成19年文部科学省令第40号による改正前のもの)57条の2の規
定に基づき高等学校教育の内容及び方法に関する全国的な大綱的基準として定めら
れた高等学校学習指導要領も,学校の儀式的行事の意義を踏まえて国旗国歌条項を
定めているところであり(高等部学習指導要領もこれに準ずるものとされてい
る。),また,国旗及び国歌に関する法律は,従来の慣習を法文化して,国旗は日
章旗(「日の丸」)とし,国歌は「君が代」とする旨を定めている。そして,住民
全体の奉仕者として法令等及び上司の職務上の命令に従って職務を遂行すべきこと
とされる地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性(憲法15条2項,地方公
務員法30条,32条)に鑑み,公立高等学校等の教職員である上告人らは,法令
等及び職務上の命令に従わなければならない立場にあり,地方公務員法に基づき,
高等学校学習指導要領ないし高等部学習指導要領に沿った式典の実施の指針を示し
た本件通知等を踏まえて,その勤務する当該学校の各校長から学校行事である卒業
式等の式典に関して本件各職務命令を受けたものである。これらの点に照らすと,
公立高等学校等の教職員である上告人らに対して当該学校の卒業式又は入学式とい
う式典における慣例上の儀礼的な所作として国歌斉唱の際の起立行為を求めること
を内容とする本件各職務命令は,高等学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意
義,在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿って,地方公務員の地位の性
質及びその職務の公共性を踏まえ,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわ
しい秩序の確保とともに当該式典の円滑な進行を図るものであるということができ
る。
以上の諸事情を踏まえると,本件各職務命令については,前記のように上告人ら
の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面はあるものの,職務命令の
目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量すれ
ば,上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるものというべき
である。
(4)以上の諸点に鑑みると,本件各職務命令は,上告人らの思想及び良心の自
由を侵すものとして憲法19条に違反するとはいえないと解するのが相当である。
以上は,当裁判所大法廷判決(最高裁昭和28年(オ)第1241号同31年7
月4日大法廷判決・民集10巻7号785頁,最高裁昭和44年(あ)第1501
号同49年11月6日大法廷判決・刑集28巻9号393頁,最高裁昭和43年
(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁,最
高裁昭和44年(あ)第1275号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5
号1178頁)の趣旨に徴して明らかというべきである(最高裁平成22年(行
ツ)第314号同23年6月14日第三小法廷判決・裁判所時報1533号登載予
定,最高裁平成22年(行ツ)第54号同23年5月30日第二小法廷判決・裁判
所時報1532号2頁,最高裁平成22年(オ)第951号同23年6月6日第一
小法廷判決・裁判所時報1533号登載予定参照)。所論の点に関する原審の判断
は,以上の趣旨をいうものとして,是認することができる。論旨は採用することが
できない。
第2その余の上告理由について
論旨は,違憲をいうが,その実質は事実誤認又は単なる法令違反をいうものであ
って,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。
よって,裁判官田原睦夫の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文
のとおり判決する。なお,裁判官那須弘平,同岡部喜代子,同大谷剛彦の各補足意
見がある。
裁判官那須弘平の補足意見は,次のとおりである。
1私は,本件と論点の多くを共通にする,多数意見の引用する最高裁平成23
年6月14日第三小法廷判決(以下「起立斉唱東京事件判決」という。)におい
て,補足意見を述べた。本件についても,同補足意見で示したところが基本的に当
てはまると考えられるので,これを引用する。
2本件において,上告人らは,学校の卒業式等の式典において公的機関が参加
者に一律の行動を強制することに対する否定的評価及びこのような行動に自分は参
加してはならないという信条との関係でも上告人らの思想及び良心の自由が侵され
る旨主張している。この点についても,基本的に多数意見の理由第1,3(2)の判
示するところが相当であると考えるが,事案に鑑み,補足して,生徒らとの関係に
おける「一律の行動」の「強制」の意味等を中心に,以下のとおり私の見解を示し
ておきたい。
(1)この問題については,まず,上告人らのいう参加者への「強制」とは何を
指すのかということから検討を始めるのが適切であろう。原判決は,生徒を含む参
加者に一律の行動の強制がされたと認められるかどうかにつき,要旨以下のとおり
指摘している(事実及び理由第3,6(2)。ただし,生徒らの思想及び良心の自由
の侵害の有無を検討する部分である。)。
ア被上告人が,各学校長を通じ,上告人らに対し,入学式及び卒業式の国歌斉
唱時の起立を命じたのは,教職員が率先して起立することにより,儀式的行事にお
ける儀礼を示し,間接的に生徒に働きかける効果を期待したものである。
イ保護者や学校外の関係者も出席する儀式的行事の場面においては,生徒の内
心に対する一定程度の働きかけを伴うことは不可避である。このような間接的な働
きかけは,方法としても穏当なものであって,これを直ちに生徒に対する強制とい
うことはできない。その際,一律に起立斉唱するよう号令をかけ,これとともに教
職員が起立する場合であっても,この結論は変わらない。
原審の上記の判断はまことに当を得たものであり,これによれば,生徒らとの関
係では,「公的機関が参加者に一律の行動を強制する」という事実の存在自体が認
められないことになる。そうすると,強制に対する「否定的評価」及び「このよう
な行動に自分は参加してはならないという信条」に関する主張も,生徒らとの関係
では,前提を欠くことになる。
(2)もっとも,上告人らの主張の趣旨は,それが「強制」に当たるかどうかを
問題にしているのではなく,生徒らに対し「一律の行動」を求めること自体を問題
にしていると善解できないでもない。しかし,その場合には,生徒らに対し一律に
起立斉唱を求めることが,なぜ上告人らの思想及び良心の自由を侵害することにな
るのか,更に踏み込んだ検討が必要となる。
この点につき,上告人らは,上告理由書(5頁)において,「働きかけ」の状況
・態様が,個々の生徒が自らの自由な意思決定に従って起立・不起立を選択する余
地の存するものでない限りは「強制」に当たると主張し,また,参加者全員に対し
て一律に起立斉唱するよう教職員から号令がかけられるとともに,教職員らが全員
一律に起立斉唱するという状況が作出されれば,個々の生徒・児童が自らの自由な
意思に基づいて不起立を選択することも困難となるとも主張する。
しかしながら,学校教育において生徒に一律の行動をとることを求める必要があ
ることは,教室の内外を問わず,日常広く認められるところである。それだけでな
く,程度の問題はあれ,集団行動への順応性を高めることを積極的に評価する面さ
えあることは,教育関係者だけでなく,社会一般に広く認識され,容認されてもい
る。学校教育におけるこのような側面を直視することなくしては,学校教育そのも
のが成り立たないか,そうでなくても重要な部分に深刻な欠落が生じる懸念がある
ことは否定し難い。そうすると,入学式及び卒業式等の式典において生徒らに一律
の起立斉唱を求めても,これに応じない生徒らに対する懲罰等の不利益を伴う場合
は別として,厳密な意味での強制に当たるともいえない本件のような場合に関する
限り,教育上,特に禁止される違法・不当な性質のものと認めることもできない。
したがって,この点について生徒らに対する「強制」を問題とする上告人らの主張
には理由がないというべきである。
(3)さらに,上告人らの主張は,儀式一般における「一律の行動」を問題とす
るのではなく,「君が代」の斉唱という,国民あるいは教育に携わる関係者の中で
意見が大きく分かれる問題について,公立学校が参加者に対し「一律の行動」を求
めることが公的機関としての中立性を害する可能性があることを問題とし,これに
加担することが思想及び良心の自由に反する旨をいうものと理解する余地がないで
もない。
学校教育一般について,公的機関としての中立性の要請が働くことはあり得るこ
とである。しかし,本件のように厳密な意味での「強制」には当たらないが,卒業
式等の式典での慣例上の儀礼的な所作として生徒らに対して一律の行動を求める場
合についてまで,公的機関としての中立性の要請が及ぶかどうか,あるいは及ぶと
してもこれに対抗して考慮されなければならない教育上の諸事情とのかね合いをど
う判断すべきかについてはなお慎重な検討が必要であろう。上記(2)で述べたよう
に,学校教育の本質から見て,生徒らに一律の行動をとることを求める必要性があ
ることは否定できず,これを無視しては学校教育そのものが成り立たず,あるいは
重要な部分に欠落が生じる懸念がある。この点を重要な要素の一つとして勘案すれ
ば,公的機関としての中立性の問題を視野に入れても,なお上記(2)の結論は変わ
らないし,変えるべきでもないと考える。
3公立学校の教員が,入学式ないし卒業式等において起立斉唱する行為は,国
旗・国歌に対する敬意の表明や礼譲の姿勢を示す趣旨にとどまらず,教員自らが起
立斉唱することによって,生徒らに模範を示して指導する趣旨を含むものである。
これが教員としての職務の一環である点については,起立斉唱東京事件判決の補足
意見において指摘したとおりである。
上告人らに起立斉唱を命じる職務命令が上告人らの思想及び良心の自由について
の間接的にせよ制約となる面があるにしても,入学式ないし卒業式等という学校教
育にとって重要な教育活動を効果的に実施し,その成果を教育の受け手である生徒
らに十分に享受させるという公共の利益との比較考量の結果からすれば,その制約
に合理性がないとはいえない。原審も同様の趣旨をいうものとして,是認できる。
裁判官岡部喜代子の補足意見は,次のとおりである。
多数意見の述べるとおり,起立行為を命ずる旨の職務命令が個人の思想及び良心
の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難いものであり,思想
及び良心の自由が憲法上の保障であるところからすると,その命令が憲法に違反す
るとまではいえないとしても,その命令の不履行に対して不利益処分を課すに当た
っては慎重な衡量が求められるというべきである。その命令の不履行としての不起
立が個人の思想及び良心に由来する真摯なものであって,その命令に従って起立す
ることが当該個人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面がある場
合には,①当該命令の必要性の程度,②不履行の程度,態様,③不履行による損害
など影響の程度,④代替措置の有無と適否,⑤課せられた不利益の程度とその影響
など諸般の事情を勘案した結果,当該不利益処分を課すことが裁量権の逸脱又は濫
用に該当する場合があり得るというべきである。本件においてはその旨の主張はな
されていないので,付言するにとどめる。
裁判官大谷剛彦の補足意見は,次のとおりである。
私は,本件各職務命令は,これによって求められる国歌斉唱の際の起立行為に敬
意という要素が含まれるがゆえに,本人に心理的葛藤を生じさせ,ひいては個人の
歴史観ないし世界観に影響を及ぼし,思想及び良心の自由についての間接的な制約
となる面があることは否定し難いが,その制約を許容し得る程度の必要性及び合理
性が認められるので,上告人らの思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条
に違反するとはいえないと考えるものであり,その趣旨を述べる多数意見に賛同す
るものであるところ,本件については,市立小学校の音楽専科の教諭に対し入学式
における国歌斉唱の際のピアノ伴奏を命ずる職務命令が憲法19条に違反しないと
した当第三小法廷の判決(最高裁平成16年(行ツ)第328号同19年2月27
日第三小法廷判決・民集61巻1号291頁)の事案との異同に焦点を当てて意見
を補足したい点がある。この点については,多数意見の引用する最高裁平成23年
6月14日第三小法廷判決における私の補足意見の中で述べたとおりであるので,
これを引用する。
裁判官田原睦夫の反対意見は,次のとおりである。
私は,上告人らのうち,単なる「起立命令」のみを受けた者らについては,多数
意見に賛成し,その上告は棄却すべきものであると考えるが,上告人らのうち「起
立斉唱命令」を受けた者らについては,原判決を破棄して原審において更に審議を
尽くさせるべく原審に差し戻すべきものと考える。以下,その理由を述べる。
1起立命令について
私は,公立高等学校等の校長が,入学式又は卒業式における国歌斉唱の際に,そ
の式に参列する教職員に対して,本件のような職務命令をもって起立行為を命ずる
ことは,その教職員らの思想及び良心の自由を直ちに制約するものとはいえず,ま
た,かかる命令は思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面はあるもの
の,職務命令の目的及び内容並びにその制約等を総合的に較量すれば,なお若干の
疑念は存するものの,その制約を許容し得る程度の必要性及び合理性を有すること
を肯認することができるとする多数意見の考え方に同調するものである。
したがって,本件の各高等学校等の校長がなした,本件の各入学式又は卒業式に
おける国歌斉唱の際に起立行為を命じる旨の各職務命令は,上告人らの思想及び良
心の自由を侵すものとして憲法19条に違反するものとはいえないと解するのが相
当であると考える。
2起立斉唱命令について
原審の確定した事実関係によれば,第1審判決添付別表1の番号14ないし2
3,28,同別表2の番号33,37,同別表3の番号欄空欄(亡A)の各上告人
らに対しては,同上告人らの当時の所属校の校長は,本件の入学式又は卒業式にお
いて,国歌斉唱の際に起立して斉唱することを求めており,これは「起立して斉唱
する行為」を命ずる旨の職務命令を発したものと解し得るところ,同職務命令は起
立命令と斉唱命令とが截然と区別されておらず,不可分一体のものとしてなされた
ものと解し得る余地がある。
私は,国歌に対して否定的な歴史観や世界観を有する者に対し,国歌を「唱う」
ことを職務命令をもって強制することは,それらの者の思想・信条に係る内心の核
心的部分を侵害するものであると評価され得るものであり,また,公的機関が思想
・信条に関わる領域について一定の価値観を強制することは許されないとの信条を
有している者においては,かかる信条も思想及び良心の自由の外縁を成すものとし
て憲法19条の保障の範囲に含まれると考えるものであるが,それらの点及び起立
命令と斉唱命令との関係については,多数意見の引用する最高裁平成23年6月1
4日第三小法廷判決の反対意見において詳述しているので,それをここに引用す
る。
3起立斉唱命令を受けた上告人らの不起立について
上記上告人らに対してなされた国歌斉唱時に「起立して斉唱すること」との本件
各職務命令が,起立行為と斉唱行為とを不可分一体のものとしてなされたものであ
る場合には,上記反対意見にて述べたとおり,「斉唱を求める」部分については同
上告人らの思想・信条に係る内心の核心的部分を侵害し,あるいは内心の核心的部
分に近接する外縁部分を侵害する可能性があるものであるといわざるを得ない。
同上告人らが本件各職務命令に従わず,国歌斉唱の際に起立しない行為(不作
為)を行った理由が,国歌斉唱行為により同上告人らの思想・信条に係る内心の核
心的部分(あるいは,内心の核心的部分に近接する外縁部分)に対する侵害を回避
する趣旨でなされたものであるとするならば,かかる行為(不作為)の,憲法19
条により保障される思想及び良心の自由を守るための行為としての相当性の有無が
問われることになる。
また,上記「起立して斉唱すること」との本件各職務命令が,「起立命令」と
「斉唱命令」とに分けることができ,両命令が併行してなされたものであるとして
も,同上告人らが,両命令を不可分一体のものとして捉え,かつそのように解した
ことに不合理な点が存しないと認められる場合には,上記に述べたところがそのま
ま妥当するといえる。
ところが,原審までの審理においては,同上告人らは,起立命令について,第1
審判決添付別表1の番号21のX8が具体的に主張し一定の立証をなしている以外
には,具体的な主張,立証がなされているとはいい難く,また,原判決はその点に
ついて判断していない。
4裁量権の濫用について
私は,前記最高裁平成23年6月14日第三小法廷判決の反対意見において付言
したとおり,思想及び良心の自由に関わる職務命令違反に対する懲戒処分の発令
は,慎重になされるべきであり,具体的事案に応じてその濫用が問われ得る余地が
あることを指摘している。
本件では,上告人らは,原審までは本件の各懲戒処分について裁量権の濫用を主
張していたが,当審の論旨では主張していない。もっとも,起立斉唱命令を受けた
上告人らについて,原審に差し戻して審理を尽くした上で,起立命令に従わなかっ
た行為(不起立)が,憲法19条との関係でその侵害を回避する行為としての相当
性が認められない場合であっても,なお同上告人らのその不起立の理由など具体的
事情の如何によっては,裁量権の濫用が問われる余地があるといえよう。
5まとめ
以上述べたとおり,本件上告人ら中,本件の各校長から起立斉唱の各職務命令を
受けた2掲記の各上告人らについては,同上告人らが起立命令に従わなかった理由
につき,原審にて更に審理を尽くさせるのが相当であると思料するので,同上告人
らについては,原判決を破棄して差し戻すべきものというべきである。
(裁判長裁判官大谷剛彦裁判官那須弘平裁判官田原睦夫裁判官
岡部喜代子裁判官寺田逸郎)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛