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裁判例


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平成24年11月26日宣告裁判所書記官
平成24年第405号
判決
主文
被告人を懲役1年6月に処する。
未決勾留日数中100日をその刑に算入する。
この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,暴力団A代目B組C代目D組組長であるが,平成24年3月18日,
神戸市a区b町cd番地所在のゴルフ場E西コースにおいて,同Eは,兵庫県ゴル
フ場共通利用約款等により暴力団員の利用を禁止しており,被告人も同Eがそのよ
うな姿勢である可能性が高いと認識していたにもかかわらず,あえて被告人が暴力
団員であることを秘し,被告人の妻であるFに指示して,同Eフロントに備え付け
られた署名簿に「G」と署名させ,これを同Eの従業員Hに提出させて,被告人に
よるゴルフ場の施設利用を申し込み,前記Hをして,被告人が暴力団員ではないと
誤信させ,よって,そのころ,同所において,被告人と同Eとの間でゴルフ場利用
契約を成立させた上,被告人において,同Eの施設を利用し,もって人を欺いて財
産上不法の利益を得たものである。
(証拠の標目)
省略
(補足説明)
1本件の争点について
弁護人は,被告人がゴルフ場E西コース(以下「本件ゴルフ場」という。)の
施設利用を申し込み,同施設を利用したことはあるが,①被告人の行為は欺罔行
為(詐欺罪の実行行為である人を欺く行為)といえないし,②被告人には詐欺の
故意も認められない,また,③被告人は本件ゴルフ場に対して処罰に値するほど
の損害を与えておらず,財産上不法の利益を得たともいえないから,被告人は無
罪である旨主張するので,以下,これらの争点について順次検討する。
2認定事実
関係証拠を総合すれば,以下の事実が認められる。
兵庫県下のゴルフ場のほとんどが加盟し,暴力団追放運動の積極的推進など
を事業として行っている組織である兵庫県I協議会(以下「本件協議会」とい
う。)は,ゴルフ場からの暴力団排除を実効あるものにするため,兵庫県ゴル
フ場共通利用約款(以下「本件共通約款」という。)を策定し,兵庫県暴力団
排除条例が施行された平成23年4月にこれを施行した。本件共通約款の第4
条は,利用者が暴力団員,暴力団関係者,暴力団関係団体及びその団体の関係
者であるとき,利用者が入れ墨等をしているときには,当該ゴルフ場は該当者
及びその同伴者の利用を断る旨定めている。
被告人は,昭和51年頃から暴力団員として活動し,平成19年10月頃か
ら暴力団A組B組直若及びC代目D組の組長になったが,既に,平成19年1
月には,神戸市e区にあるゴルフ場の年次会員の申込みをした際,規約で暴力
団員が会員になることを禁じている同ゴルフ場の副総支配人から,暴力団員で
あることが理由であるとほのめかされて入会を断わられ,被告人もこれを了承
したことがあった。
また,上記共通約款が施行されてからも,次のようなことがあった。すなわ
ち,平成23年4月には,被告人が,兵庫県内の別のゴルフ場において,暴力
団員等の利用を拒絶する旨の看板があることを見つけ,以後自発的に同ゴルフ
場の利用を止めたということがあった。さらに,平成23年6月10日には,
兵庫県警が,暴力団組長であることを秘し,かつ,偽名を用いてゴルフ場を利
用したという詐欺等の事件で神戸市内のB組総本部を捜索した際,同総本部内
にいて,警察官が発した,「今後兵庫県内でゴルフはできない」という趣旨の
言葉を人を介して聞いていたことがあった。そして,平成24年2月25日に
は,兵庫県加東市にあるゴルフ場において,被告人が,支配人から,暴力団排
除条例が施行されたこともあって,暴力団員が兵庫県でゴルフ場を利用するこ
とができなくなっており,同ゴルフ場でも今後一切エントリーとプレーを断る
旨告げられて,これを了承したことがあった。
本件ゴルフ場は,本件当時,本件共通約款を使用しており,ゴルフ場の品位
と信用を守り,トラブルを防止するという観点から,利用者が暴力団員である
ことが判明した場合には,その利用を拒否するという方針をとっていた。
このため,本件当時,本件ゴルフ場では,クラブハウスの正面玄関出入口の
自動ドア付近に,同ゴルフ場の方針を示す立て看板(以下「本件立て看板」と
いう。)を設置し,これに「警察当局の強い指導により,次の取り決めを致し
ましたので,御協力下さい。※暴力的行動をとる者の入場は固くお断り致し
ます。※暴力的行動をとる者の紹介をしないで下さい。※入れ墨をした方
の入場はお断りします。兵庫県I協議会兵庫県警察本部」と記載していた。
また,本件ゴルフ場では,同クラブハウス内のフロントに向かって右側付近の
壁面にも,本件立て看板と同趣旨の内容が記載された看板を設置していたほか
(以下この看板と本件立て看板を合わせて「本件立て看板等」という。),フ
ロントに向かって左側付近の壁面には,本件共通約款を掲示していた。
本件当日,被告人は,ゴルフコンペに参加するために妻のF(以下単に「妻」
という。)を伴って本件ゴルフ場に赴いたが,本件ゴルフ場に向かう途中の自
動車内において,妻に対し,「ここも暴力団お断りちゃうんやろか」などと言
っていた。
そして,被告人は,本件ゴルフ場に到着後,妻に遅れて正面玄関出入口から
クラブハウス内に入り,前記罪となるべき事実記載のとおり,フロント付近に
いた妻に指示してゴルフコンペ用の署名簿に署名させ,これを同ゴルフ場従業
員に提示させて,本件ゴルフ場との間でのゴルフ場利用契約を成立させた(以
下被告人のこの行為を「本件署名行為」という。)。しかし,その際,被告人
も妻も,本件ゴルフ場従業員に対して被告人が暴力団員であることを告げなか
った。
そして,被告人は,本件署名行為後,プレーする前に,妻に対し「暴力団お
断りの看板があるのか見てきてくれへんか」「入口近くにないか」などと依頼
した。さらに,被告人は,これを受けて本件立て看板を見てきた妻から,看板
には「暴力的行為をする方」と書かれており,「暴力団お断り」とは書かれて
いない旨報告を受けたが,再度妻に本件立て看板の内容を確認するよう頼んで
見に行かせ,同様の報告を受けていた。
3欺罔行為について
以上の事実によれば,本件ゴルフ場の従業員は,同ゴルフ場の利用者が暴力
団員であることが判明した場合には,同ゴルフ場の利用を当然拒否すると考え
られ,同ゴルフ場従業員にとって,利用者が暴力団員であるかどうかは,同人
に本件ゴルフ場を利用させるか否かを判断する基礎となる重要な事項であるこ
とが明らかである。
そして,本件立て看板等に記載された文言自体は,端的に暴力団員の利用を
拒否すると表示してはいないけれども,「警察当局の強い指導により」「暴力
的行為を行う者」の入場を断る旨の記載は,常識的には,暴力団員の利用を拒
否する趣旨であると理解できるものであり,前記のような兵庫県内のゴルフ場
における暴力団排除の情勢の下,このような本件立て看板等の他に,暴力団員
等の排除条項が明記された本件共通約款がクラブハウス内に掲示されていたと
いうことをも考え併せると,本件ゴルフ場が暴力団員の利用を拒否する姿勢を
とっていることをあらかじめ施設利用申込者に対して明確に示しているといえ
る。
そうすると,本件ゴルフ場の受付カウンターにおいて署名簿に署名して同ゴ
ルフ場の利用を申し込むこと自体,自分が暴力団員ではないことを表す行為を
当然に含んでいるというべきであるから,暴力団員であることを秘して上記の
ような署名をするのは,本件ゴルフ場の従業員をして,通常,当該署名者が暴
力団員ではないとの錯誤に陥らせてしまう性質の挙動といえる。
したがって,本件署名行為は詐欺罪の欺罔行為に当たる。
これに対し,弁護人は,本件においては,暴力団員であることを秘したとい
う不作為が欺罔行為の本質的部分であるところ,不作為による欺罔行為があっ
たといえるための法律上の作為義務が認められないから,被告人の行為は欺罔
行為に該当しない旨主張する。しかし,前記のような事実関係に照らせば,本
件における欺罔行為を本件署名行為から独立した不作為によるものととらえる
ことはできず,弁護人の主張は採用できない。
4故意について
前記認定のとおり,被告人は,本件以前に,兵庫県内のゴルフ場が一般的に
暴力団員の利用を拒否する姿勢であるという趣旨の警察官による説明を聞いて
いたり,ゴルフ場で暴力団員等の利用を拒否する看板を見たりし,本件直前に
は暴力団員であることを理由にゴルフ場の利用を断られたりもしていたところ,
本件当日,本件ゴルフ場が暴力団員の利用を拒否する姿勢であるか否かを強く
気にかけていたにも関わらず,この点を判別する根拠になると考えられる本件
立て看板等を自ら読むことを避ける態度をとり,本件署名行為後も2度にわた
って妻に暴力団排除の看板の有無やその内容を確認させに行かせているのであ
る。このような事情に照らすと,本件立て看板に関する被告人の検察官調書(乙
2号証)における供述,すなわち,被告人は,本件ゴルフ場のクラブハウスに
正面玄関出入口から入る際,暴力団利用禁止の看板がないかどうか見たところ,
本件立て看板の存在には気づき,その内容についてもそれまでの経験から察し
がついたものの,はっきりと見るわけにはいかないと考え,その内容をあえて
見ず,そのままクラブハウスの中に入った,という供述は,非常に信用性が高
いというべきであり,これによれば,その供述どおりの事実が認められる。
以上の事実を総合すれば,被告人が,本件署名行為の時点において,本件ゴ
ルフ場が暴力団員の利用を拒否する姿勢であることを確実に認識していたとま
ではいえないけれども,少なくとも,本件ゴルフ場が暴力団員の利用を拒否す
る姿勢である可能性が高いと認識していたと認めるのが相当であり,それにも
かかわらず,被告人が暴力団員であることを明らかにしなかったことからする
と,被告人には詐欺利得罪の未必の故意があったというべきである。
これに対し,被告人は,当公判廷において,平成23年1月から本件ころに
かけて,兵庫県内の複数のゴルフ場を多数回利用しており,また,前記の神戸
市e区のゴルフ場の副総支配人がその利用自体は断らなかったことから,暴力
団員であってもプレーできるゴルフ場が兵庫県内にあると考えていたので,本
県ゴルフ場が暴力団員の利用を拒否しているとの認識はなかった,前記検察官
調書に書かれている内容は,警察官が勝手に作った調書をもとにしたもので,
その内容は事実と違うなどと供述している。
しかしながら,被告人のこの供述は,被告人が兵庫県内のゴルフ場が一般的
に暴力団員の利用を拒否する姿勢であるという趣旨の説明を聞いていたことや,
被告人が本件立て看板等を自ら読むことを避ける態度をとっていること,本件
ゴルフ場に向かう途中での自動車内においての妻に対する言動などの事実に照
らして不自然であるし,同調書に署名指印した経緯についてもあいまいで,被
告人が弁護人と接見して助言を得た後に同調書が作成されたことなどの被告人
が自認する事情に照らしても,にわかに首肯しがたい。そうすると,前記被告
人の当公判での供述は信用することができず,前記認定に合理的な疑いを抱か
せるには至らない。
5損害について
関係証拠によれば,被告人は,本件ゴルフ場に対して施設利用の対価を支払っ
ていることは認められるけれども,前記のような欺罔行為を行い,これによって
本件ゴルフ場の従業員を誤信させて,本件ゴルフ場の施設を利用する利益を提供
させ,これを被告人が取得しているのであるから,被告人に詐欺利得罪が成立す
ることは明らかというべきである。
これに対し,弁護人は,被告人が本件当日本件ゴルフ場の品位を害するような
行為をしたりトラブルを起こしたりしておらず,また,被告人が本件ゴルフ場を
利用したことにより本件ゴルフ場の会員権の評価が下がるなどした事実は認めら
れないから,本件においては処罰に値するほどの損害が生じたとはいえない旨主
張する。しかし,前記のように,被告人の欺罔行為がなければ,本件ゴルフ場の
従業員は本件ゴルフ場の施設の利用をさせるといった便益を被告人に提供するこ
とはなく,被告人もその利益を受けることがなかったのであるから,たとえ弁護
人が主張するような事情があったとしても,これらは何ら詐欺利得罪の成立を妨
げるものではない。したがって,前記弁護人の主張は失当である。
6結論
よって,冒頭掲記の弁護人の主張はいずれも採用できず,被告人には判示の詐
欺利得罪が成立するというべきである。
(法令の適用)
1罰条刑法246条2項
2未決勾留日数の算入刑法21条
3刑の執行猶予刑法25条1項
(量刑の理由)
本件は,近時健全な社会に対する暴力団の脅威に注目が集まっている中で,品位
と信用を守るなどの観点から暴力団排除の姿勢を明確にしていた本件ゴルフ場の真
摯な取組みを踏みにじるもので,常習的に繰り返されていた行為の一環であること
も踏まえると,前記のように本件が未必の故意によるものであり,また,被告人が
ゴルフ場施設利用の際に特にトラブルを起こしていないとしても,その悪質性を軽
視することはできない。
しかし,本件により重大な被害結果が生じてはいないし,また,被告人は,暴力
団組長の地位にあり,公判廷において種々の弁解はしているものの,有している前
科はいずれも古いものであり,今後はもうゴルフはしないなどとも公判廷で述べて
おり,再犯のおそれが強いとまではいえない。
以上のような事情を総合すると,被告人に対しては,実刑をもって臨むまでのこ
とはないと思料されるので,主文のとおり刑を量定するとともに,その執行を猶予
した次第である。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑懲役1年6月)
平成24年11月26日
神戸地方裁判所第2刑事部
裁判長裁判官奥田哲也
裁判官三上潤
裁判官塚本晴久

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