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平成19年3月28日判決言渡
平成18年(ネ)第10042号特許権侵害差止等請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所平成15年(ワ)第23943号)
口頭弁論終結日平成19年1月31日
判決
控訴人出光興産株式会社
訴訟代理人弁護士片山英二
同林康司
訴訟復代理人弁護士江幡奈歩
訴訟代理人弁理士小林浩
被控訴人昭和シェル石油株式会社
訴訟代理人弁護士島田康男
補佐人弁理士友松英爾
被控訴人日興産業株式会社
被控訴人エヌ・エスルブリカンツ株式会社
上記両名訴訟代理人弁護士石川順道
同訴訟代理人弁理士亀川義示
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人らは,原判決別紙物件目録記載の各物件を製造し,又は販売して
はならない。
3被控訴人らは,その占有に係る原判決別紙物件目録記載の各物件を廃棄せ
よ。
4被控訴人昭和シェル石油株式会社及び被控訴人日興産業株式会社は,控訴
人に対し,連帯して2億1000万円及びこれに対する平成15年10月2
4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して11億6760万円及び内金9億
1000万円に対する平成15年10月24日から,内金2億5760万円
に対する被控訴人昭和シェル石油株式会社については平成16年10月8日
から,被控訴人日興産業株式会社及び被控訴人エヌ・エスルブリカンツ株式
会社については同月2日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支
払え。
6訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
7仮執行宣言
第2事案の概要
1事案の要旨
本件は,塑性加工用潤滑油剤に係る特許権を有する控訴人が,被控訴人ら
の原判決別紙物件目録記載の各製品(以下,これらを併せて「被告各製品」
という。)の製造販売が上記特許権を侵害するなどと主張して,被控訴人ら
に対し,被告各製品の製造販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに,民法
703条に基づく実施料相当額の不当利得の返還及び特許権侵害の不法行為
に基づく損害賠償を求めた事案である。
原審は,控訴人の特許は,特許法29条2項に違反する無効理由(同法1
23条1項2号)があり,特許無効審判により無効にされるべきものである
から,控訴人は,同法104条の3第1項の規定により,被控訴人らに対
し,上記特許権を行使することができないとして,控訴人の請求をいずれも
棄却したため,控訴人は,これを不服として控訴を提起した。
なお,本件訴訟が原審係属中に,控訴人の特許に対し被控訴人らから特許
無効審判請求がされ,特許庁がこれを無効とする審決をしたことから,控訴
人が被控訴人らを被告として同審決の取消しを求める訴訟(平成17年(行
ケ)第10855号)を当庁に提起したため,本件訴訟と上記審決取消訴訟
は,並行的に審理が進められてきた。
2当事者間に争いのない事実,争点及びこれに関する当事者の主張
次のとおり訂正付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第2の1な
いし3(原判決3頁7行目∼60頁2行目)に記載のとおりであるから,こ
れを引用する。
なお,以下においては,原判決の略語表示は,当審においてもそのまま用
いる。
(1)原判決の訂正
ア原判決7頁14行目を「(2)特許法104条の3第1項による本件特
許権の行使の制限の成否」と改める。
イ原判決30頁14行目末尾に「したがって,控訴人は,特許法104
条の3第1項の規定により,被控訴人らに対し,本件特許権を行使する
ことができない。」を加える。
ウ原判決51頁17行目の「第2回弁論準備手続期日」を「第1回弁論
準備手続期日」と改める。
(2)当審における控訴人の主張(争点(2)ウ関係)
本件発明は,以下のとおりの理由により,進歩性を有する。
ア引用例10の記載内容
(ア)引用例9には,「α−オレフィン,あるいは芳香族化合物の油性
剤としての効果が注目されている」及び「これらのオレフィン類は,
潤滑油粘度の鉱油,ジエステル組成物と混合される。」との記載があ
り,上記記載に関連して文献49),50)(甲27の2,29)が
引用されている。しかし,引用例9には,α−オレフィンの油性剤と
しての効果を実際に確認した旨の記載やこれを推認させる記載はな
い。また,油性剤の機能は,金属表面の摩擦の低減にあり,その結果
として磨耗を減少することにあるが,文献49),50)には,1−
セテン(α−オレフィン)は潤滑油として記載されており,油性剤の
機能を有することを裏付ける記載はない。
(イ)引用例10記載発明は,アルミニウム加工において,従来から使
用されていた他の液状物に代えて長鎖オレフィンを用いると,特にア
ルミニウムが塑性流動又は塑性変形を起こす条件下で,アルミニウム
の付着を防止できるという発見に基づく発明であって,引用例10の
特許請求の範囲及び実施例に記載されているとおり,本質的には,長
鎖オレフィン単体で,アルミニウム加工に用いることしか意図してい
ない。このように引用例10は,直鎖オレフィンを基油(潤滑油)と
して開示しているにすぎない。もっとも,引用例10には,長鎖オレ
フィン(直鎖オレフィン)について「他の潤滑剤への添加剤として優
れた特性」との記載があるが,その特性については何ら記載されてお
らず,上記記載は,単に材料の広い用途を漠然と確保しようとするた
めの記載とみるのが妥当であり,「他の潤滑剤への添加剤として優れ
た特性」が油性向上剤としての特性であると一義的にはいえないか
ら,上記記載から直鎖オレフィンを油性向上剤などの添加剤として認
識することには無理がある。
(ウ)以上のとおり,引用例10には,直鎖オレフィンを基油として用
いることが記載されているだけであり,引用例9に直鎖オレフィンを
油性向上剤として用いることのできる旨の記載があったとしても,直
鎖オレフィンは油性剤でなく,これを油性剤ないし油性向上剤として
他の基油と混合しようと理解すべきではないから,引用例10におけ
る潤滑油剤の成分である直鎖オレフィンは油性向上剤として機能し,
直鎖オレフィン以外の成分である「鉱油又はジエステル組成物等」は
基油に相当すると理解できるものではない。
イ引用例1の記載内容
引用例9記載の表7によれば,引用例1の「アルキルペンタエリトリ
トール」(正しくは「アルキルペンタエリトリトールホスファイト」)
などのホスファイト類は「油性剤」ではなく,「極圧剤」として扱われ
ており,また,引用例1の発明者らは,引用例1に係る発明の出願後に
他の特許出願をした際に,アルキルペンタエリトリトールホスファイト
を極圧剤として認識している。このようにアルキルペンタエリトリトー
ルホスファイトは油性向上剤ではなく,極圧剤であり,引用例1記載発
明は,基油に極圧剤を配合してなる潤滑剤組成物に関する発明である。
ウ組合せの障害事由の存在
(ア)①前記ア(イ)のとおり,引用例10記載の潤滑油剤の成分である
長鎖オレフィン(直鎖オレフィン)は,基油であって,油性向上剤
ではないから,油性向上剤の共通点に基づいて引用例10と引用例
1とを組み合わせることはできない。
②仮に引用例10記載の直鎖オレフィンが油性向上剤であるとして
も,通常,組み合わせる成分の一方の成分を別のものに変更しよう
とする動機づけは,少なくとも他の成分の機能・作用機構が同じ場
合でないと生じ得ないものであるが,前記イのとおり,引用例1で
用いられているアルキルペンタエリトリトールホスファイトが油性
向上剤ではなく,極圧剤である以上,引用例10の直鎖オレフィン
の組合せの相手である「鉱油,ジエステル油」を引用例1の「ポリ
ブテン」(原判決がいう「分岐オレフィン又は分岐オレフィンの水
素化物」)に代える動機づけは存在しない。
③仮に引用例1で用いているアルキルペンタエリトリトールホスフ
ァイトが油性向上剤としての効果を有するとしても,以下のとお
り,引用例10の直鎖オレフィンの組合せの相手である「鉱油,ジ
エステル油」を引用例1の「ポリブテン」に代える動機づけは存在
しない。
a引用例10記載発明は,アルミニウム加工において,従来から
使用されていた他の液状物に代えて直鎖オレフィンを用いること
により,優れた仕上がりの加工を可能とし,かつ,残留汚染物を
少なくするというものである。そして,引用例10には,これら
のオレフィン類について,潤滑油粘度の鉱油,ジエステル組成物
等と混合できる可能性が示唆されている。一方,引用例1記載発
明は,請求項1記載のとおり,「潤滑油にアルキルペンタエリト
リトールホスファイトの1種以上とホスホン酸エステルの1種以
上を配合させることを特徴とする冷間加工用潤滑剤」であり,引
用例1中には,本発明のベース油として用いられる潤滑油とし
て,鉱油,αオレフィン油,モノエステル油,ポリブテン油,ポ
リグリコール油などの合成油及び混合油があること,当該冷間加
工用潤滑剤がアルミニウムあるいはアルミニウム合金の冷間鍛造
に好適な潤滑剤であることについても記載されている。そうする
と,引用例1には,鉱油,αオレフィン油,モノエステル油,ポ
リブテン油,ポリグリコール油等の潤滑油に,アルキルペンタエ
リトリトールホスファイトの1種以上とホスホン酸エステルの1
種以上の両者を必須成分として配合させたアルミニウム冷間加工
用潤滑剤について記載されているといえる。これらの記載からす
ると,引用例10記載の潤滑油は直鎖オレフィンを必須成分とす
るのに対し,引用例1記載の潤滑油はアルキルペンタエリトリト
ールホスファイトの1種以上とホスホン酸エステルの1種以上の
両者を必須成分とし,上記各潤滑油は本質的に構造及び機能が全
く異なるものである。
そうすると,引用例10で用いている直鎖オレフィンについ
て,潤滑油として構造及び機能が全く異なる引用例1の記載に基
づいて,組合せの相手である引用例10の「鉱油,ジエステル
油」を引用例1の「ポリブテン」に代える動機づけは存在しな
い。
また,引用例1は,基油に,アルキルペンタエリトリトール及
びホスホン酸エステルを添加剤として用いることを特徴とした潤
滑油剤に関するものであり,基油自体に特徴があるわけではない
ので,引用例1の記載に基づいて引用例10記載のベース油(基
油)を変更する動機づけも存在しない。
b鉱油に代替する基油として合成油を選択するのは単純なことで
はない上,引用例1の記載においては,ポリブテン油は例示化合
物の一つにすぎず,実施例において使用された基油の中でも最も
性能が悪い(実施例8)。また,甲13には,同一粘度の鉱物油
と比べるとポリブテンの潤滑性能は非常に悪いと記載されてい
る。
したがって,引用例1記載のベース油から積極的に合成油であ
るポリブテンを基油として選択して,引用例10記載の鉱油に代
える合理的根拠はない。
c引用例10には,長鎖オレフィンは低い摩擦係数を示すけれど
も,激しい磨耗を起こすこと(2欄11行∼20行),潤滑剤と
して,不飽和添加物を含有することは望ましくないとこと(2欄
20行∼28行)の記載があり,これらの記載によれば,不飽和
化合物である長鎖オレフィン(直鎖オレフィン)を混合した潤滑
油剤は好ましくないことが,当業者に認識されていたといえる。
引用例10は,このことを前提に,「∼アルミニウム加工の際
に改善を生じるオレフィンの能力に顕著に影響しないその他の希
釈剤及び展延剤と混合してもよい。かくして,・・・潤滑油粘度
の鉱油,ジエステル組成物等と混合できる。」として,「オレフ
ィンの能力に顕著に影響しない」という限定された条件下におい
て,オレフィンと他の潤滑油との混合の可能性を示唆している。
そうすると,当業者は,オレフィンと,「オレフィンの能力に顕
著に影響しない」という鉱油,ジエステル油以外の潤滑油とを混
合しようとする発想には至らない。
d引用例10及び引用例1のいずれにも,直鎖オレフィンと,「
40℃における動粘度が0.5∼30cStの分岐オレフィン及
び分岐オレフィンの水素化物よりなる群から選ばれる少なくとも
一種の化合物」(相違点に係る本件発明の構成)を組み合わせる
ことにより,加工性が向上するとともに,使用中に発生する臭気
が少なく,作業環境が向上し,さらに加工製品の表面の脱脂性が
向上する塑性加工用潤滑油剤が得られることを示唆する記載は存
在しない。
④引用例10では,直鎖オレフィン,鉱油などを基油として認識し
ているのに対し,引用例9では直鎖オレフィンを油性向上剤として
捉えている。また,引用例9においては,ホスファイト類が極圧剤
とされているのに対し,引用例1では,それが油性剤として記載さ
れており,引用例9と引用例1とでは,明らかに油性剤と極圧剤の
範囲が異なる。このように「基油」,「油性向上剤」,「極圧剤」
などの定義・範囲は明確でなく,当業者間でもその認識する範囲が
異なるものである。
そして,代替させようとしている添加剤(油性向上剤)の用語の
意味が異なる文献間において,その定義の異なる成分を代替すると
いう発想を当業者がすることはあり得ないから,油性剤と極圧剤の
意味において異なっている引用例9と引用例1の組合せをすること
は困難である。
また,引用例10では直鎖オレフィンを基油として開示している
のに対し,引用例9では直鎖オレフィンが油性向上剤としての効果
がある旨示唆しており,基油として開示されている引用例10の直
鎖オレフィンを油性向上剤として,引用例1に適用することも困難
である。
このように引用例10,引用例9及び引用例1を組み合わせるこ
とには阻害事由がある。
⑤したがって,引用例10の潤滑油組成物の基油である鉱油又はジ
エステル油をポリブテン(相違点に係る本件発明の成分)に置換す
ることは当業者が容易に想到することができるものではない。
(イ)引用例10記載の潤滑油粘度の鉱油又はジエステル油に代えて「
40℃における動粘度が0.5∼30cStのポリブテン及びその水
素化物よりなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物」(相違点に
係る本件発明の構成)とすることは当業者が容易に想到することがで
きるものではない。
①一般的に,ポリブテンのような繰り返し単位を持つ化合物は,構
成単位がどの程度繰り返されているか(いわゆる「重合度」),ひ
いては分子量がどの程度の大きさであるかによってその性質が顕著
に異なるものであるから,重合度や分子量を無視してその物を解釈
してはならない。本件明細書(甲2)中にも,「特に低分子量ポリ
ブテン,低分子量ポリプロピレンさらには炭素数8∼14のα−オ
レフィンオリゴマーが好ましい。上記のポリブテン及びその水素化
物としては,通常40℃における動粘度が0.5∼500cSt,
特に0.5∼30cStのものが好適に用いられる。」(段落【0
005】)と記載されており,「0.5∼30cSt」の動粘度の
限定は,ポリブテンが低分子量のものであることを意味しているこ
とが読み取れる。したがって,本件発明の「40℃における動粘度
が0.5∼30cStのポリブテン」は,40℃における動粘度が
0.5∼30cSt程度の分子量(あるいは重合度)を有するポリ
ブテンを意味することを念頭において,構成要件を分断することな
く理解すべきである。
一方,引用例1では,「ベース油としての潤滑油」としてのポリ
ブテン油を記載しているが,「ベース油としての潤滑油」という場
合には,比較的高粘度のものを意味する(甲29等)。また,引用
例1記載の潤滑油の粘度は,ジオクチルセバケートに関するもので
あり,ポリブテンあるいはその水素化物に関するものではない。し
たがって,引用例1は,潤滑油としてのポリブテンあるいはその水
素化物について「40℃における動粘度が0.5∼30cSt」で
あることを何ら開示するものではない。
②そして,本件発明において,ポリブテンあるいはその水素化物の
動粘度を「40℃で0.5∼30cSt」とするのは,このような
特定の動粘度により特徴づけられる特定の分子量(重合度)のポリ
ブテンを選択するという趣旨であるが,この要件を鉱油やジオクチ
ルセバケートに関する粘度の記載に基づいて導き出すことはできな
い。
なお,鉱油とポリブテンは,動粘度が同程度であっても潤滑油と
しての性能は全く異なるから(前記(ア)③b),両者に潤滑油に用
いられる物質であることの共通性があるとしても,鉱油に関する動
粘度の記載をもって,ポリブテンあるいはその水素化物の動粘度を
論じることはできない。
③したがって,「ベース油としての潤滑油」としてポリブテンを記
載するにすぎない引用例1から,当業者が「40℃における動粘度
が0.5∼30cStのポリブテン」を想起することは容易ではな
い。
エ本件発明の顕著な効果
(ア)本件発明は,引用例10に他の潤滑油と混合すると加工性が劣る
と示唆されている直鎖オレフィンと,潤滑油としては加工性に劣る最
悪の部類に属するボリブテン等とを混合することで,本件明細書の実
施例に示すように,しごき不良率2%という,極めて良好な加工性が
得られることを見いだしたものである。そして,炭素数6∼40の直
鎖オレフィン2∼50重量%と,動粘度を0.5∼30cStのポリ
ブテン等とを組み合わせたこと,及び両者の配合比として直鎖オレフ
ィン2∼50重量%を選択したことによる本件発明の効果は,引用例
10,引用例9,引用例1及び引用例11のいずれを参酌しても予想
できるものではない。
(イ)本件発明が優れた効果を奏することは,加工性に関する実験結果
からも明らかである。
①甲27の5(試験報告書(5))の表1に示すように,組成物の各成
分単体での摩擦係数から予測される結果に反して,直鎖オレフィン
である1−オクタデセンとイソパラフィン(ポリブテン等)の組成
物は,ブチルステアレートとイソパラフィン(ポリブテン等)の組
成物よりも,摩擦係数は小さく潤滑性能が優れていることを本件発
明の発明者らは見いだした。つまり本件発明(請求項1)の特定の
直鎖オレフィンと特定粘度のポリブテン等の組合せのみが良好な潤
滑性能を有していることを見いだしたものであり,このことが,本
件明細書の実施例1記載のしごき不良率2%(第1表)という顕著
な効果につながっている。
②また,甲27の7(試験報告書(7))の表3に示すように,直鎖オ
レフィンである1−テトデセンと特定粘度のイソパラフィン(ポリ
ブテン等)の組成物が,最も良好な加工表面性状を示している。特
に注目すべきであるのは,試作油(イソパラフィン+1−テトラデ
セン),比較油(3)(パラフィン系鉱油+1−テトラデセン)及び比
較油(5)(1―テトラデセン単体)の摩擦面性状の違いである。イソ
パラフィン+1−テトラデセンを混合してなる本件発明の試作油を
用いて,アルミニウムからなる試験板材上で鋼球を往復摺動させた
場合の摩擦面は,微細な摩耗粉が広範囲に均一に分散し,摩擦状態
も安定しており,良好な加工表面を形成していることがわかる。こ
れに対し比較油(3)(パラフィン系鉱油+1−テトラデセン)及び比
較油(5)(1―テトラデセン単体)を用いて同様の試験を行った場合
の摩擦面は,凝集した摩耗粉が多く発生し,これらが摩擦面や摩擦
境界部に付着し,良好な加工表面を形成していない。この実験結果
から,本件発明による塑性加工用潤滑剤の優れた加工性が確認でき
る。
③さらに,甲27の6(試験報告書(6)),甲31(試験報告書(8
))記載の実験結果からも,本件発明の成分の組合せにより顕著に加
工性が向上していることが確認されている。
なお,控訴人は,直鎖オレフィンの含有量「2∼50重量%」及
びポリブテン等の40℃における動粘度「0.5∼30cSt」の
各数値それぞれに臨界的な意義があると主張するものではなく,本
件発明の成分の組合せにより顕著な効果を奏することを主張するも
のである。
オまとめ
以上のとおり,相違点に係る本件発明の構成は,当業者が容易に想到
することができたものではなく,本件発明は進歩性を有するから,本件
特許に無効理由はない。
第3当裁判所の判断
当裁判所も,本件発明は進歩性を欠くものであり,本件特許には特許法2
9条2項に違反する無効理由(同法123条1項2号)があるので,同法1
04条の3第1項の規定により,控訴人は,被控訴人らに対し,本件特許権
を行使することができない(原判決摘示の争点(2)ウ)と判断する。その理由
は,以下のとおりである。
1本件発明と引用例10との対比
(1)本件発明の内容
本件発明の特許請求の範囲(請求項1)には,「(A)炭素数6∼40
の直鎖オレフィン2∼50重量%」(以下「A成分」という。)と「(
B)40℃における動粘度が0.5∼30cStの分岐オレフィン及び分
岐オレフィンの水素化物よりなる群から選ばれる少なくとも一種の化合
物」(以下「B成分」という。)を「含有してなるアルミニウムフィン成
形用潤滑油剤」と記載されている。
そして,①特許請求の範囲には,A成分につき潤滑油剤中の含有割合
が「2∼50重量%」と規定されているが,B成分の含有割合は規定され
ていないことに照らすならば,A成分がその範囲内にあれば,B成分の含
有割合については,格別の制約はなく,それ以外の成分の含有を排斥して
いないこと,②本件明細書(甲2)の「発明の詳細な説明」中に,本件発
明の潤滑油剤に,公知の油性剤,極圧剤,乳化剤,防錆剤,腐食防止剤,
消泡剤などを適宜添加することができること,添加される油性剤や極圧剤
の配合量は特に制限はないことが記載されていること(段落【0007
】)によれば,本件発明において,A成分又はB成分の少なくとも一方
は,基油(ベース油)としての機能を果たす必要があるが,他方が添加剤
としての機能を果たす場合を排斥していないことが明らかである。
(2)引用例10の記載内容
ア引用例10(乙19)の「特許請求の範囲」欄には,「1.切削,圧
延,引き抜き及び押出から成る群から選ばれる加工方法に用いる加工部
材とアルミニウム材を接触することによるアルミニウム材の加工方法に
おいて,加工部材とアルミニウム材との間の界面に,下記の一般式を有
し本質的に単量体オレフィンから成る皮膜を供給(supplying)すること
を特徴とする改良方法。
式(略)
(式中,R’は水素及びメチル基から成る部類から選ばれる基であり,
R”は8∼20個の炭素原子を有し,実質的にアルキル基の全ての炭素
が直鎖の中にある一価のアルキル基である。)
2.圧延ロールと圧延対象のアルミニウムとの間の界面に,下記の一般
式の本質的に単量体オレフィンから成る皮膜を供給することを特徴とす
るアルミニウムの圧延方法。(化学式とその説明省略。)」(7欄57
行∼8欄14行)との記載がある。
また,引用例10の「発明の詳細な説明」には,①加工部材とアルミ
ニウム材を接触することによるアルミニウム製品の加工方法において,
加工部材とアルミニウムとの間の潤滑に関する様々な困難な問題点を解
決し,アルミニウム製品の加工性を向上させることを目的として,加工
部材とアルミニウム材の間の摩擦面(界面)に「1−デセン,1−ドデ
セン,1−テトラデセン,1−ヘキサデセン,1−オクタデセン」から
選択される直鎖オレフィン類(本件発明のA成分に相当)を導入するこ
と,②上記直鎖オレフィン類は,製造が容易なこと,合成原料が容易に
入手できること,潤滑剤として及び他の公知の潤滑剤への添加剤として
の優れた特性を有することを理由に,特に12∼25個の炭素原子の鎖
長で1−又は2−の位置にオレフィン系不飽和結合を有する直鎖不飽和
脂肪族炭化水素を使用することが好ましいこと,③上記直鎖オレフィン
類は,単独あるいは混合物として使用され得るものであり,潤滑油粘度
の鉱油,ジエステル組成物等とも混合され得ること,④潤滑油組成物に
対するオレフィンの濃度は,溶液又は混合物の総重量の10∼95重量
%の範囲なら使用に好都合であること,⑤上記直鎖オレフィン類が混合
される典型的な鉱油又は炭化水素油は,25∼10,000セイボルト
ユニバーサル秒(S.U.S.)の粘度を持つ石油から得られたものであり,
単一の炭化水素でも炭化水素混合物でもよいこと等の記載がある。
イ上記記載によれば,引用例10には,本件発明のA成分に相当する直
鎖オレフィン類が「潤滑剤として及び他の公知の潤滑剤への添加剤とし
て」,「単独あるいは混合物として」使用され,潤滑油粘度の鉱油,ジ
エステル組成物等とも混合され得るものであり,潤滑油組成物に対する
上記直鎖オレフィン類の濃度は「総重量の10∼95重量%」の範囲で
あれば使用に好都合であることが開示されている。そうすると,引用例
10に接した当業者は,上記直鎖オレフィン類が鉱油,ジエステル組成
物等と混合される態様としては,潤滑剤の基油同士として混合される場
合及び添加剤として混合される場合があり得ると理解するものと考えら
れる。
(3)対比
前記(1)及び(2)によれば,本件発明と引用例10発明とは,A成分におい
ては一致し,B成分においては,次の相違点があることが認められる。
(相違点)
B成分が,本件発明では,40℃における動粘度が0.5ないし30cS
tの分岐オレフィン及び分岐オレフィンの水素化物よりなる群から選ばれる
少なくとも一種の化合物であるのに対し,引用例10発明では,鉱油又はジ
エステル組成物等であり,その粘度が「潤滑油粘度」とされていて,オレフ
ィン組成物が混合される典型的な鉱油又は炭化水素油が,25∼10,00
0セイボルトユニバーサル秒の粘度を持つ石油から得られたものである点。
2本件発明の容易想到性について
(1)引用例10についての当業者の理解
ア引用例9(乙13)には,油性向上剤と従来の極圧添加剤の上位概念
としての潤滑性能を向上させる添加剤について,「極圧添加剤」又は「
油性剤」との用語を使用した上で,従来からα−オレフィンはアルミニ
ウムの潤滑に対しても有効に作用する「潤滑剤として」知られていた
が,最近ではα−オレフィンが配合された潤滑油剤において「油性剤」
としての効果を有する側面があることが注目されているとの記載があ
る。
イ上記アと前記1(2)の認定を総合すれば,引用例10及び引用例9に接
した当業者は,「潤滑剤として」従来から知られていた引用例9記載の
α−オレフィンは,引用例10記載の直鎖オレフィン類に相当し,最近
では「油性剤」(潤滑性能を向上させる添加剤)としての効果を有する
側面があることが注目されていることを認識し,潤滑剤として公知の「
鉱油,ジエステル組成物等」と上記直鎖オレフィン類とを基油同士とし
て混合できるとともに,「鉱油,ジエステル組成物等」を基油として,
上記直鎖オレフィン類を添加剤である「油性剤」として混合することが
できると理解するものと認められる。
(2)引用例1の記載内容
引用例1(乙6)の「特許請求の範囲」の請求項3には,「3.潤滑油
にアルキルペンタエリトリトールホスファイトの1種以上とホスホン酸エ
ステルの1種以上を配合させた冷間加工用潤滑剤を被加工材の表面に塗布
し,被加工材表面にアルキルペンタエリトリトール及びホスホン酸エステ
ルと被加工材との反応によって形成される膜の存在の下に被加工材の塑性
加工を行うことを特徴とするアルミニウム塑性加工方法。」との記載があ
る。また,引用例1の「発明の詳細な説明」等によれば,①アルキルペン
タエリトリトールホスファイトは,油性向上剤として機能すること,②ベ
ース油(基油)として用いられる潤滑油は,「鉱油の他に,αオレフィン
油,モノエステル油,ポリブテン油,ポリグリコール油などの合成油及び
これらの混合油」が例示されていること等の記載がある。
上記記載によれば,引用例1には,潤滑油基油に油性向上剤として働く
アルキルペンタエリトリトールホスファイト及びホスホン酸エステルを配
合した潤滑油組成物(潤滑剤組成物)が開示されていると認められる。
(3)相違点についての判断
前記認定のとおり,①引用例10には,本件発明のA成分に相当する直
鎖オレフィン類が鉱油,ジエステル組成物等と混合される態様としては,
潤滑剤の基油同士として混合される場合と添加剤として混合される場合が
あり得ることの示唆があり(前記1(2)イ),また,上記直鎖オレフィン類
が混合される鉱油,ジエステル組成物等は潤滑油粘度であり,具体的に
は,「25∼10,000セイボルトユニバーサル秒(S.U.S.)」の粘度
であることの記載があること(乙19の2欄67行∼3欄10行),②引
用例9には,従来からα−オレフィンはアルミニウムの潤滑に対しても有
効に作用する「潤滑剤として」知られていたが,最近ではα−オレフィン
が配合された潤滑油剤において「油性剤」としての効果を有する側面があ
ることが注目されていることが開示されていること(前記(1)ア),③引用
例1には,ベース油(基油)として用いられる潤滑油は,「鉱油の他に,
αオレフィン油,モノエステル油,ポリブテン油,ポリグリコール油など
の合成油及びこれらの混合油」が例示されており(前記(2)),鉱油と並ん
で,ポリブテン(ポリブテン油)及びその混合油がベース油(基油)とし
て使用できることが示唆されていること,④ポリブテンは,本件発明のB
成分に該当すること(甲2の段落【0005】),⑤「25∼10,00
0セイボルトユニバーサル秒(S.U.S.)」の粘度は,「少なくとも2.0
∼2160cSt」の範囲を包含することが認められること(乙38),
⑥引用例10,引用例9及び引用例1は,アルミニウム製品の塑性加工に
おいてその加工性を向上させるための潤滑剤の技術分野に関する文献であ
る点で共通することに照らすと,引用例10,引用例9及び引用例1に接
した当業者であれば,引用例10記載の上記直鎖オレフィン類に,潤滑油
粘度の鉱油,ジエステル組成物を組み合わせることに代えて,引用例1記
載のポリブテン油を組み合わせ,相違点に係る本件発明の構成(B成分)
に想到することは格別困難ではなく,容易想到であるものと認められる。
(4)控訴人の主張に対する判断
これに対し控訴人は,以下のとおり主張するが,いずれも採用すること
ができない。
ア(ア)控訴人は,引用例10記載の潤滑油剤の成分である長鎖オレフィ
ン(直鎖オレフィン)は,基油であって,油性向上剤ではないこと,
あるいは,引用例1で用いられているアルキルペンタエリトリトール
ホスファイトが油性向上剤ではなく,極圧剤であることを理由に,引
用例10の直鎖オレフィンの組合せの相手である「鉱油,ジエステル
油」を引用例1の「ポリブテン」に代える動機づけは存在しないと主
張する。
しかし,引用例10記載の直鎖オレフィンは,基油として混合され
る場合のみならず,潤滑性能を向上させる添加剤である「油性剤」な
いし「油性向上剤」としての効果を有するものとして混合される場合
があり得ること,また,アルキルペンタエリトリトールホスファイト
が「油性剤」ないし「油性向上剤」に相当することは,前記認定のと
おりであり,控訴人の上記主張は,その前提を欠くので,採用するこ
とができない。
(イ)控訴人は,①引用例10記載の潤滑油は直鎖オレフィンを必須成
分とするのに対し,引用例1記載の潤滑油は,アルキルペンタエリト
リトールホスファイトの1種以上とホスホン酸エステルの1種以上の
両者を必須成分として含まなければならず,上記各潤滑油は本質的に
構造及び機能が異なり,②また,引用例1は,基油に,アルキルペン
タエリトリトール及びホスホン酸エステルを添加剤として用いること
を特徴とした潤滑油剤に関するものであり,基油自体に特徴があるわ
けではないので,引用例10で用いている直鎖オレフィンについて,
組合せの相手である引用例10の「鉱油,ジエステル油」を引用例1
の「ポリブテン」に代える動機づけは存在しないと主張する。
しかし,前記認定のとおり,引用例10には,直鎖オレフィン類
が「潤滑剤として及び他の公知の潤滑剤への添加剤として」,「単独
あるいは混合物として」使用され得ることが開示されており,また,
引用例1には,鉱油と並んで,ポリブテン(ポリブテン油)及びその
混合油がベース油(基油)として使用できることが示唆されており,
当業者は引用例10の「鉱油,ジエステル油」の少なくとも一部につ
き,これに代えて引用例1の「ポリブテン」の使用を試みようとする
契機があるといえるから,控訴人の上記主張は採用することができな
い。
(ウ)控訴人は,鉱油に代替する基油として合成油を選択するのは単純
ではない上,引用例1において,ポリブテン油は例示化合物の一つに
すぎず,実施例において使用された基油の中でも最も性能が悪く(実
施例8),また,甲13には,同一粘度の鉱物油と比べるとポリブテ
ンの潤滑性能は非常に悪いことが記載されているから,引用例1記載
のベース油から積極的にポリブテンを基油として選択して,引用例1
0記載の鉱油に代えることが容易であるとはいえないと主張する。
しかし,ポリブテンの潤滑性能は,同一粘度の鉱物油と比較して非
常に悪いとの記載(甲13)は,ポリブテンを単体で使用した場合に
関するものであって,ポリブテンを他の基油と混合し,又はポリブテ
ンに添加剤を混合した場合に潤滑性能が劣ることを示唆するものでは
ないから,引用例10の直鎖オレフィンと混合する成分として鉱油に
代えてポリブテンを組み合わせることを妨げる理由にはならず,控訴
人の上記主張は採用することができない。
(エ)控訴人は,引用例10には,不飽和化合物である長鎖オレフィ
ン(直鎖オレフィン)を混合した潤滑油剤は好ましくないことを前提
として,「オレフィンの能力に顕著に影響しない」という限定した条
件下において,オレフィンと他の潤滑油との混合の可能性が示唆され
ているのであるから,オレフィンと,「オレフィンの能力に顕著に影
響しない」という鉱油,ジエステル油以外の潤滑油とを混合しようと
発想することは容易ではないと主張する。
しかし,引用例10は,オレフィンと他の潤滑油との混合の可能性
を示唆した点が,「オレフィンの能力に顕著に影響しない」という限
定された条件下であったとしても,引用例10には,鉱油,ジエステ
ル油以外の潤滑油が上記条件を充足しないとの記載や示唆があるわけ
ではないから,控訴人の上記主張は採用することができない。
(オ)控訴人は,引用例10,引用例9及び引用例1では,「基
油」,「油性向上剤」,「極圧剤」,「添加剤(油性向上剤)」など
の用語について,その意義,当業者間での認識は異なるので,引用例
10,引用例9及び引用例1を組み合わせることに阻害事由があると
主張する。
しかし,引用例10,引用例9及び引用例1によれば,引用例9記
載の「油性向上剤」,「極圧添加剤」及び「油性剤」,引用例1記載
の「油性向上剤」がいずれも潤滑性能を高める添加剤として基油と区
別され,上記添加剤が引用例10記載の「添加剤」に属することは自
明であり,また,前記認定のとおり,引用例10には,直鎖オレフィ
ン類が鉱油,ジエステル組成物等と混合される態様として,潤滑剤の
基油として混合される場合と添加剤として混合される場合の両者があ
り得ることが示唆されているから,引用例10,引用例9及び引用例
1を組み合わせることに阻害事由があるとはいえず,控訴人の上記主
張は採用することができない。
(カ)控訴人は,本件発明の「40℃における動粘度が0.5∼30c
Stのポリブテン」は,40℃における動粘度が0.5∼30cSt
程度の分子量(あるいは重合度)を有するポリブテンを意味するのに
対し,引用例1では,「ベース油としての潤滑油」としてのポリブテ
ン油が記載されているが,「ベース油としての潤滑油」は,比較的高
粘度のものを指すので,潤滑油としてのポリブテンあるいはその水素
化物について「40℃における動粘度が0.5∼30cSt」である
ことを開示するものではなく,鉱油とポリブテンは,動粘度が同程度
であっても潤滑油としての性能は全く異なるから,引用例10及び引
用例1の記載から「40℃における動粘度が0.5∼30cStのポ
リブテン」を選択することは,当業者が容易になし得るものとはいえ
ないと主張する。
しかし,①そもそも,本件明細書(甲2)には,本件発明のB成分
について,「特に低分子量ポリブテン,低分子量ポリプロピレンさら
には炭素数8∼14のα−オレフィンオリゴマーが好ましい。上記の
分岐オレフィン及びその水素化物としては,通常40℃における動粘
度が0.5∼500cSt,特に0.5∼30cStのものが好適に用
いられる。」(段落【0005】)との記載はあるものの,他方
で,「好適」の具体的な意味の説明はなく,また,実施例記載のポリ
ブテンの具体的な粘度の記載もないことからすれば,B成分のポリブ
テンの粘度を「40℃における動粘度が0.5∼30cSt」とする
ことについて,潤滑性能等における固有の技術的意義があると認める
ことはできないこと,②これに対して,引用例1(乙6)には,潤滑
油剤の基油である潤滑油として,鉱油,合成油またはこれらの混合油
が例示され,これらの粘度につき,「40℃における粘度が10㎜/2
S(cSt)以上が好ましい」との記載(2頁右下欄下から6行∼末
行)があり,「40℃における粘度が10㎜/S(cSt)以上」の2
性状を有する潤滑油剤の基油としての鉱油,合成油等は公知であった
ことが認められ,これらを総合すれば,引用例1の記載に基づいて,
ポリブテンの粘度を「40℃における動粘度が0.5∼30cSt」
とすることが困難であったということはできず,控訴人の上記主張は
採用することができない。
イ控訴人は,本件発明は,引用例10に他の潤滑油と混合すると加工性
が劣ると示唆されている直鎖オレフィンと,潤滑油としては加工性に劣
る最悪の部類に属するボリブテン等とを混合することで,本件明細書の
実施例に示すように,しごき不良率2%という,極めて良好な加工性が
得られることを見いだしたものであり,本件発明の効果は,引用例1
0,引用例9,引用例1及び引用例11のいずれを参酌しても予想でき
るものではなく,また,本件発明が優れた効果を奏することは,甲27
の5ないし27の7,31記載の加工性に関する実験結果からも明らか
であるから,審決には,本件発明の顕著な効果を看過した誤りがあると
主張する。
しかし,本件明細書(甲2)によれば,①特許請求の範囲(請求項
1)は,A成分及びB成分のみから構成されるものに限るのではな
く,「A成分」,「B成分」及び「それ以外の成分」を含むものをその
範囲に含む極めて広範なものとして記載されていること(前記1(1)),
②本件発明は,従来の塑性加工油と比べて,加工性が向上,使用中に発
する臭気の軽減,作業環境の向上,加工製品の表面の脱脂性の向上等の
作用効果を奏するとされているが,他方,実施例としては,成分Aとし
て1−ヘキサデセンと1−オクタデセンの1:1の混合物20重量%
に,成分Bとしてポリブテン(分子量265)80重量%のもの一態様
のみが示されている(段落【0008】∼【0013】,【表1】)の
であって,この実施例と従来の塑性加工油を用いた比較例1,2との対
比結果だけでは,本件発明が,従来の塑性加工油の問題点を解決し,作
用効果を奏すること(例えば,広範な範囲を含む発明の態様のすべての
場合について,しごき不良率2%を奏すること)が明らかにされている
とはいえないこと,③本件発明が解決すべき課題の一つとして,従来の
塑性加工油では,油性剤,極圧剤等の添加により加工部分の脱脂や防錆
面で様々な不都合があったことを挙げているが,油性剤,極圧剤が添加
された実施例は示されていないこと等の点からすれば,本件発明は,甲
27の5ないし27の7,31を参酌しても,控訴人の主張するとおり
の顕著な作用効果を奏するものと認めることはできない。
(5)本件訂正請求についての判断
控訴人は,本件特許の無効審判事件において,本件訂正請求をしたの
で,無効理由は解消した旨を主張する。
しかし,本件訂正後の発明も,引用例10,引用例9及び引用例1に記
載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであ
り,控訴人の主張は採用できない。その理由は,原判決72頁18行から
73頁25行までに記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,
原判決73頁8行目の「上記(5)アないしエと同様である。」を「相違点
に係る本件発明の構成と同様に,容易想到である。」と改め,同73頁1
0行目の「上記(1)ア(ア)のとおり」を削除する。)。
(6)小括
したがって,本件発明は,引用例10,引用例9及び引用例1に記載さ
れた発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるか
ら,進歩性を欠くものであり,本件特許には特許法29条2項に違反する
無効理由(同法123条1項2号)があるので,同法104条の3第1項
の規定により,控訴人は,被控訴人らに対し,本件特許権を行使すること
ができない
3結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の本訴請
求はいずれも理由がなく,控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却す
ることとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官飯村敏明
裁判官大鷹一郎
裁判官嶋末和秀

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