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裁判例


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       主   文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
       事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、訴外東京都に対し、連帯して2億4098万0560円及びうち金
2億1918万4000円に対する平成8年3月2日から支払済みまで年5分の割
合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする
3 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は、いずれも東京都の住民である原告らが、東京都水道局が指名競争入札に
より発注し、被告株式会社山武(以下「被告山武」という。)が受注した金町浄水
場ろ過池制御設備改良工事(以下「金町工事」という。)及び被告西川計測株式会
社(以下「被告西川計測」という。)が受注した朝霞浄水場ろ過池監視制御設備改
良工事(その2)(以下「朝霞工事」といい、金町工事と併せて「本件各工事」と
いう。)につき、これらの受注は、被告らによる談合に基づいてされたものであ
り、東京都は、本件各工事の請負代金額につき、談合がなかった場合の価格と現実
の落札価格との差額相当額の損害を受けており、被告らに対して損害賠償請求権を
有しているにもかかわらず、その損害賠償請求権の行使を違法に怠っているとし
て、地方自治法242条の2第1項4号後段に基づき、「怠る事実」の相手方であ
る被告らに対し、東京都に代位して損害賠償金及びこれに対する訴状送達の日の翌
日からの遅延損害金の支払を求める(本件訴状が被告に送達された最初の日は平成
8年3月1日であり、その翌日以降の遅延損害金の支払を求める趣旨と解する。)
住民訴訟である。
2 判断の前提となる事実(証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 原告らは、いずれも東京都の住民である。被告らは、いずれも浄水場等の
水道施設にかかるデジタル計装制御システム等の計装設備の製造及び工事業等を営
む会社である。なお、被告西川計測は、被告横河電機株式会社(以下「被告横河電
機」という。)の総合代理店である。
(2) 東京都水道局金町浄水場は、東京都葛飾区に所在し、利根川の分流である
江戸川から取り入れた原水を浄水処理し、都心部に給水するための施設である。浄
水処理施設は、薬品沈殿池(高速沈殿池)、急速ろ過池からなり、浄水場全体で4
系統6群の浄水施設となっている。急速ろ過池は第3系統8池、第4系統26池、
第5系統及び第6系統の各3
2池の合計98池が設置されている。
(3) 東京都水道局は、金町工事を下記とおり指名競争入札の方法により発注
し、被告山武が下記落札価格で落札したことから、同被告との間で請負契約を締結
し、同被告に対し請負代金を支払った。
       記
工事件名 金町浄水場ろ過池制御設備改良工事
工事場所 東京都葛飾区金町浄水場1番1号東京都水道局金町浄水場
入札年月日 平成3年7月15日
予定価格 4億0890万7940円(税込み)
指名業者 被告株式会社日立製作所(以下「被告日立」という。)、被告西川計
測、被告山武、被告富士電機株式会社(以下「被告富士電機」という。)、訴外株
式会社東芝、訴外三菱電機株式会社、訴外株式会社明電舎
落札業者 被告山武
落札価格 3億9758万円(うち1158万円は取引にかかる消費税額)
契約締結日 平成3年7月15日
契約金額 落札価格と同じ
(4) 東京都水道局朝霞浄水場は、埼玉県朝霞市αに所在し、通常は利根・荒川
水系の原水を急速ろ過方式により浄水処理し、都心部や城南地区に給水するための
施設である。浄水処理施設は、急速混和室(原水に凝集剤のポリ塩化アルミニウム
を混和する。)、フロック形成池(凝集剤を混和した原水を上下流、攪拌してフロ
ックの形成を促進させる。)、薬品沈殿池(フロックを沈殿させる。)、急速ろ過
池(フロック沈殿後の水をろ過する。)、塩素混和渠(消毒用の塩素やph調整用
の苛性ソーダを注入する。)からなり、フロック形成池及び沈殿池4池と、ろ過池
12池で1群を形成し、浄水場全体で8群が配置されている。ろ過池は、操作廊に
沿って東側4群に48池、西側4群に48池の96池が配置されている。
(5) 東京都水道局は、朝霞工事を下記のとおり指名競争入札の方法により発注
し、被告西川計測が下記落札価格で落札したことから、同被告との間で請負契約を
締結し、同被告に対し請負代金を支払った。
       記
工事件名 朝霞浄水場ろ過池監視制御設備改良工事(その2)
工事場所 埼玉県朝霞市β3番1号東京都水道局朝霞浄水場
入札年月日 平成4年9月28日
予定価格 7億0405万9590円
指名業者 被告日立、被告西川計測、被告山武、被告富士電機、訴外株式会社東
芝、訴外三菱電機株式会社、訴外株式会社明電舎
落札業者 被告西川計測
落札価格 6億9834万円(うち2034万円は取引にかかる消費税額)
契約締結日
 平成4年9月28日
契約金額 落札価格と同じ
(6) 公正取引委員会は、平成7年8月8日、被告らのうち被告西川計測を除く
4社(以下、「被告4社」というときは、上記4社をさす。)及び訴外株式会社島
津製作所(以下、併せて「被告らほか5社」という。)が、平成元年1月から平成
6年3月25日までの間、地方公共団体が指名競争入札の方法により発注する浄水
場等の水道施設にかかるプロセス用監視制御システムを専らデジタル計装制御シス
テムにより構成する計装設備の工事(以下「特定計装設備工事」という。)につい
て、共同して、受注予定者を決定し、その者が受注できるようにし、私的独占の禁
止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)3条に違反し
たとして、同法7条の2に基づき、被告4社に対し、違反行為の終期である平成6
年3月25日からさかのぼって3年間の本件各工事を含む特定計装設備工事27件
について課徴金納付命令を発し、被告4社はこれに従い、被告横河電機が2億06
86万円、被告日立が2億1679万円、被告富士電機が9729万円、被告山武
が2385万円の課徴金をそれぞれ納付した。
(7) 原告らは、平成7年11月27日、東京都監査委員に対し、本件各工事に
ついて、請負契約の締結前に被告らが行った談合がなければ契約金額は実際の金額
より20パーセント低くなったはずであるところ、東京都知事は実際の価格との差
について損害賠償請求権を行使して東京都の受けた損害を補填する措置を講ずる責
任があるとして監査請求をしたが、同監査委員は平成8年1月25日付けで、「本
件契約において、都(水道局)に損害があったとは判断できず、請求人の主張は当
を得ないものである。」として、本件監査請求を却下した。
3 争点
 被告らは、原告らの訴えにつき、①原告らの監査請求は、地方自治法242条2
項所定の監査請求期間に行うべきであるのに、これを徒過してされたものであるか
ら、適法な監査請求を経ていない不適法な訴えであること、②原告らの主張する怠
る事実は違法な怠る事実とはいえないことを主張して、訴えの却下を求めるととも
に、被告らの東京都に対する損害賠償義務の存在を否認し、原告らの請求を棄却す
ることを求める。
 よって、本件の争点は、①原告らのした監査請求に地方自治法242条2項の適
用があるか否か(争点1)、②原告らの訴えは違法な怠る事実が存
しない不適法なものであるか(争点2)、③被告らの責任原因(違法な談合行為の
存否)(争点3)、④東京都の損害の有無(争点4)である。
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(地方自治法242条2項の適用の有無)
ア 原告ら
 原告らの請求は、東京都が被告らに対して損害賠償請求権を行使しないという財
産管理を怠る事実にかかる請求であるところ、怠る事実についての監査請求に対し
ては地方自治法242条2項の期間制限の規定の適用はない。原告らは、本件各工
事に関する請負契約という財務会計上の行為の違法を問題としているのではなく、
契約の前にされた談合の違法を問題としているのである。したがって、原告らが不
行使の違法を主張している損害賠償請求権は、特定の財務会計上の行為が違法、無
効であることに基づいて発生する実体法上の請求権ではなく、監査請求期間の徒過
は問題とはならない。
イ 被告ら
 財産の管理を怠る事実に関する請求であっても、特定の財務会計上の行為を違法
であるとし、当該行為が違法・無効であることに基づいて発生する実体法上の請求
権の不行使に関するものについては、地方自治法が監査請求期間を定め法的安定性
を図った趣旨を潜脱することを防止するため当該財務会計行為の違法による損害賠
償請求権の不行使を問題にしていると観念して、当該財務会計行為がされた日を起
算点として、地方自治法242条2項による監査請求期間の制限が適用されるべき
である。
 そして、原告らが本件請求において存在を主張する損害は、単に談合がされたこ
とそれ自体によって生じるものではなく、これに基づいて本件各請負契約が締結さ
れ不当な支出がされたことによって生じるものである。このことは、仮に請負契約
が適法であるとすると、それは取りもなおさず請負代金が適正なものであったこと
を示すのであり(地方自治法232条の3、232条の4第2項、地方財政法4条
1項)、東京都に損害が発生しないことになることからみても明らかである。した
がって、原告らが不行使を問題とする損害賠償請求権は財務会計行為が違法である
ことにより発生したものであるといえるから、当該財務会計行為の日を起算日とし
て地方自治法242条2項による監査請求期間の制限の適用を受けるべきものであ
る。
 本件において、原告らが、本件各工事に関する監査請求を行ったのは平成7年1
1月27日であり、金町工事の契約締結
日である平成3年7月15日、朝霞工事の契約締結日である平成4年9月15日の
いずれの日からも1年以上経過している。したがって、本件訴訟の前提となる監査
請求は、適法な監査請求期間が徒過した後にされた不適法な請求であり、本件訴訟
は不適法なものとして却下されるべきである。
(2) 争点2(違法な怠る事実の存否)
ア 原告ら
 地方公共団体の有する不法行為に基づく損害賠償請求権は、地方自治法237条
1項及び同法240条1項にいう地方公共団体の財産ないし債権に当たるものとみ
るべきであり、かかる債権については、地方公共団体の長はこれを行使すべき義務
を負い、行使するか否かについての裁量権を有していない。
 よって、被告らのいうように、損害賠償請求権を行使せずとも常に違法とはなら
ないとはいえないのであるから、その違法性の存否はまさに実体の問題なのであ
り、原告らが違法な怠る事実が存在すると主張し、その存否を問題としている以
上、怠る事実が存在する可能性がないとして訴えを不適法とすることは許されな
い。また、本件の談合によって東京都に損害が発生したことは明らかであるから、
被告らの主張はその前提を欠くものである。
イ 被告ら
 地方公共団体の損害賠償請求権の行使を怠る事実の相手方を被告とした住民訴訟
において、原告らが不行使を問題とする損害賠償請求権が原告らの主張する請求原
因事実によっても理論上発生しない場合や当該普通地方公共団体が違法に財産管理
を行っていないことが明らかに認められる場合は、怠る事実が理論上存在しないも
のといえ、当該訴えは不適法なものとして却下されるべきである。
 そして、本件においては、仮に原告らの主張するような談合が存したとしても、
指名業者全てが談合に加わっているのではなく、その談合によって受注予定者や受
注価格を決定することはできないのであるから、原告らのいう談合と損害との間に
因果関係が存在するとはいえない。また、原告らがその不行使を問題とする損害賠
償請求権は、その存否が一義的に明らかというわけではないし、仮に存在するとし
ても金額等が必ずしも明らかではなく、東京都がこれを行使しなかったとしても裁
量の範囲内であるといえ、違法であるとは評価し得ないものである。現に東京都は
予定価格の範囲内で契約がされたものとして、再入札等を行っておらず、適正な価
格と認めていたところである。よって、本件訴えは住民
訴訟を提起するに当たっての訴訟要件である怠る事実の存在を理論上欠くものであ
り、不適法である。
(3) 争点3(被告らの責任原因(違法な談合行為の存否))
ア 原告ら
(ア) 被告らほか5社は、遅くとも平成元年1月以降、公正取引委員会が審査を
開始した平成6年3月25日ころまでの間、特定計装設備工事について、受注価格
の低落防止を図るため、以下の合意のもとに共同して受注予定者を決定し、その者
が受注できるようにしていた。
① 5社の部長級又は課長級の者が出席する「山手会」と称する会合を原則として
毎週水曜日に開催し、同会合において入札の指名を請けた工事を報告するととも
に、当該工事について受注希望の有無を表明する。
② 当該工事について受注を希望する者が1名の場合はその者を受注すべき者と
し、受注を希望する者が複数の場合は、当該工事に関し、発注者等に対する営業活
動の程度又は過去の工事実績等を勘案して、受注を希望する者の間の話合いにより
受注予定者を決定する。
③ 受注予定者以外の相指名業者は、受注予定者の入札価格よりも高い価格で入札
することにより、受注予定者が受注できるように協力する。
④ 5社の取引先の代理店が入札の指名を受けた場合には、あらかじめ、当該工事
に関し、当該代理店から発注者等に対する営業活動の程度を報告させるとともに、
当該代理店が入札する価格について、自己の承認の下に入札させる。この代理店が
指名を受けた場合には、5社のうち、当該代理店に対し、デジタル計装制御システ
ム等を供給する者が指名を受けたものとして、前記①ないし③の方法で受注予定者
が受注できるようにする。
(イ) 金町工事については、前記の方法による談合に基づき、被告山武が受注予
定者とされ、同社が受注した。
(ウ) 朝霞工事については、前記の方法による談合に基づき、被告横河電機が受
注予定者とされ、同社の総合代理店である被告西川計測が受注した。被告西川計測
は、本件各工事の入札において、被告横河電機の指示した入札価格で入札すること
によって、前記の談合行為を幇助した。
(エ) したがって、被告4社は、本件各工事について談合を行ったものとして、
また、被告西川計測は前記談合を幇助したものとして、不法行為に基づき東京都に
対して連帯して後記(4)ア(ア)記載の損害を賠償する義務を負う。
(オ) 本件においては、談合に参加した被告4社以外に3社の指名
業者が存在するが、そのようないわゆるアウトサイダーが存在していても、アウト
サイダーが談合に追随するか、あるいは、アウトサイダーのシェアが小さくその行
動を無視できる場合には、合理的にみて市場での競争が期待できない状況が形成さ
れ、競争が実質的に制限されているといえ、そのような場合には、談合により落札
価格が形成されたとみるべきである。さらに、本件においては、被告4社以外の3
社は、指名業者になった場合には山手会の指示を受けたり、山手会に働きかけたり
して受注予定者の決定及び入札予定金額の調整を行っていたのであるから、自由競
争は全く行われていなかったといえる。
イ 被告ら
 本件各工事の入札に関し、被告らほか5社による受注希望の表明及び入札予定価
格の連絡は存在するが、本件各工事においても被告らほか5社以外の業者も指名入
札業者となっているのであるから、談合により受注予定者を決めようと思っても、
論理上、被告らほか5社のみで受注予定者を決定することはできないし、受注意思
の連絡や予定価格の連絡は、複数会社が同一の工事について受注を希望することが
ほとんどない状況の下において、受注を希望しない会社が誤って受注をしないよう
に行ったものであり、山手会において、競争排除による各社の利益確保や受注予定
者が受注できるようにすることを目的に活動を行ったことはない。
 本件各工事においても、山手会においては受注予定者を決定しておらず、工事
名、入札月日、指名業者名、受注意欲等に関する情報交換しかしていない。
(4) 争点4(東京都の損害の有無)
ア 原告ら
(ア) 損害額
 本件談合行為による損害は、当該工事の実際の落札価格から談合行為がなければ
存在したであろう落札価格を差し引いた金額ということになるが、具体的な価格を
算定して立証することは困難といわざるを得ず、また、公正取引委員会において
は、談合における損害算定方法として違反行為が行われている期間中の落札価格と
談合摘発後の落札価格を比較し、その差額を基に損害を算定する方法を認めている
ところである。そして、談合の目的が業者の利益確保であり、談合により業者間で
特定の工事ごとに受注する業者を決めて受注量を調整し、予定価格ギリギリで落札
して最大限の利益を確保するところにあったこと、三重県企業庁が平成9年1月1
0日に入札を行った浄水場の計装設備の入札では、県の予定価格が13億8
500万円であったところ、被告横河電機が最低制限価格に近似した10億840
0万円で落札し、被告山武及び訴外神鋼電機の価格は最低制限価格を下回るもの
で、両者は失格となっており、実際の最安値入札額は予定価格の69.74パーセ
ントであったこと、地方公共団体が発注した土木工事や競技場の電光大型映像装置
工事や日本下水道事業団発注の電気設備工事といった本件各工事と類似の他の工事
の入札において、談合を経ずにされた入札では、予定価格の66パーセントから8
0パーセントの水準かそれをさらに下回る価格での入札がされていること等の事実
によれば、被告らによる前記の不法行為が存在せず、契約が公正な競争に基づいて
行われていたならば、本件各工事の契約価格は少なくとも20パーセントは低下し
たはずである。
 したがって、東京都は現実に支払った請負契約代金総額10億9592万円の2
0パーセントに当たる金2億1918万4000円の実損を被ったものである。
 さらに、東京都は、本件住民訴訟を通じて被告らから前記損害の填補を受けた場
合には、原告らの代理人である弁護士に対し報酬を支払う義務を負担しているとこ
ろ、その弁護士報酬の額は弁護士会報酬基準額である2179万6560円とな
る。
 よって、東京都は合計金2億4098万0560円の損害賠償請求権を被告らに
対し有している。
(イ) アウトサイダーの存在の主張について
 本件においては、談合に参加した被告4社以外に3社の指名業者が存在するが、
そのようなアウトサイダーが存在していたとしても、競争が阻害される状況が形成
されていたことは前記(3)ア(オ)記載のとおりであるから、被告らの談合によ
り損害が生じたといえる。
(ウ) 既設業者以外の業者の受注可能性
 東京都が本件各工事につき競争入札による発注を行っていること、予定価格の設
定に既設業者以外の会社も関与していることによれば、既設業者以外の業者が本件
各工事を受注することは可能であった。
 また、朝霞工事においては、東側ろ過池のCRT装置で既設の西側ろ過池の各個
別のろ過池に関する監視制御を行えるようにすることは発注内容となっておらず、
そもそも既設部分との接続が必要な工事ではないし、仮に接続が必要であるとして
も、本件各工事において既設業者以外の業者が受注した場合、日本電気学会の統一
規格、国際標準機構による統一規格があり、電送のユニット等
を追加して通信をすることは十分可能である。現に取水、ろ過、配水といったサブ
システム相互間、またサブシステムとそれらを統合する上位システムとの間を情報
でつなぐ場合、業者をまたいでシステムが接続されている。東京都は、本件各工事
の入札の実施に先立って既設業者以外の業者からも見積書を徴しており、朝霞工事
のそれは現に保管されているところであるが、その内容からしても、この接続に要
する費用が巨額なものにならないことが明らかになった。
 そして、既設業者が新しい発注者の業務に協力することは当然の前提であるし、
また、機能的にもインターフェイスを用いたことで応答速度等の機能が落ちるとも
考えられないから、既設業者が圧倒的に有利ということにはならないはずである。
イ 被告ら
(ア) 原告らの損害額主張の問題点
 原告らの主張する損害額は、本件とは全く無関係の工事等に関する入札の結果に
よる単なる推測にすぎず、本件における損害額を立証したものとはいえない。原告
らのいう他の種類の工事を本件工事と同種のものとして、本件工事における損害を
推定するのは無理といわざるを得ない。三重県企業庁の発注した特定計装設備工事
は、本件各工事のような改良工事ではなく、新規工事であり、本件工事のような細
やかな仕様の設定がされていなかったものであるから、本件工事とは状況が違うと
いわざるを得ない。
 本件各工事は精密機械に関する工事であって、東京都の定めた仕様及び水準の工
事を施工できる業者は限られており、東京都としても予定価格を定めるに当たり、
予算の関係でその方面の技術分野の専門知識を備えた技術職員がおらず、独自の技
術評価及びそのコストを計算するのは不可能に近く、当該工事を施工できる業者か
ら情報を集めて予定価格を決定している。そして、その過程では東京都と施工業者
はコスト及び適正利益の計算に当たり情報を共有するに至る場合が多いのであっ
て、同様の判断材料から東京都が予定価格を、業者が入札額をそれぞれ定めるので
あるから、予定価格と落札額が近接しても何ら不思議なことはなく、談合がなけれ
ば落札額が予定価格を大幅に下回るとの原告らの主張は認められない。
(イ) アウトサイダーの存在
 また、本件各工事では指名を受けた7社中3社は談合に加わっておらず、その3
社は独自の価格をもって入札を行っていたことになるから、当該3社は公正な競争
を行っていたとみるべ
きである。すなわち、仮に被告4社の間で談合があったと仮定しても、残りの3社
は適正な価格で入札を行っていたといえるのであり、原告らの主張するように、談
合がなければ20パーセント程度価格が低下していたというのであれば、残りの3
社がその価格で入札し落札をすることになるが、実際には、金町工事については被
告山武が、朝霞工事については被告横河電機の代理店である被告西川計測が落札し
ており、他の3社が落札していないのであるから、原告らの主張するような損害は
発生していない。
(ウ) 既設業者以外の業者の受注可能性の不存在
a 朝霞工事について
 朝霞工事は、同工事施工以前に被告横河電機(施工当時は株式会社北辰電機製作
所)が施工した東側ろ過池監視制御設備を新たな監視制御設備(デジタル計装制御
設備)に取り替えるとともに、取替えにより新たに設置する当該東側ろ過池監視制
御設備を被告横河電機の代理店である被告西川計測が以前に施工した既存の西側ろ
過池監視制御設備(デジタル計装制御設備)に接続することを内容とする工事であ
る。このように、朝霞工事においては、新設の装置を既設のCRT装置・DDC装
置と接続しなければならないが、新設の装置は、被告横河電機の製品を用いると接
続に問題がないものの、他社の製品を用いる場合には、相互接続のためのインター
フェイス装置を用いる必要があり、これを開発することが技術的に可能であるかに
問題があるし、仮に可能であるとしても、それには多大な時間と費用が必要である
上、その製作には既設メーカーの協力が不可欠である。また、速度・正確性の面で
インターフェイスを用いない施設に比べ劣ったものといわざるを得ない。
 これらに加え、既設部分についての情報の取得、保証の範囲等の面で新設工事の
場合と比較して受注意欲が減退するといわざるを得ず、被告西川計測が他の指名業
者より価格面を含めて圧倒的に優位な立場にあり、自由な競争の下に各指名業者が
入札した場合でも、被告西川計測の落札価格を下回る価格で入札するとは合理的に
は認められず、損害自体が認められない。
 現に、入札前に1社のみが希望していたものであり、被告らの行為によって価格
が左右されたことはない。
b 金町工事について
 金町工事は、金町浄水場ろ過池制御施設の改良を行う工事であったが、第5、第
6急速系のろ過池に関する現場制御盤やろ過池CRT操作盤等、改造箇所の
主要部分はすべて被告山武の既設のものであった。そして、金町工事についても朝
霞工事と同様、既設業者以外の業者が工事を行った場合、既設業者が工事を行った
場合と比較して他社の制御システムの分析及び把握、インターフェイス装置の開発
費、既設部分の改良費用、保守点検費用といったコストがアップすることとなり、
その額は9000万円から1億1000万円程度になるし、長期の停止が困難であ
るという浄水場の性質上、既設の設備をすべて交換することは困難であるし、ま
た、画面展開・操作指令による応答速度を2秒程度にするとの設計条件にかんがみ
れば、インターフェイスを用いた設計は著しく困難であるから、既設業者である被
告山武以外の業者が受注することは困難である。
 よって、本件の受注予定者の決定により価格が高騰したとの事実はなく、原告ら
の主張する損害は生じていない。
第3 争点に対する判断
1 争点1(監査請求期間)
(1) 地方自治法242条2項によれば、住民監査請求は、財務会計上の行為
(当該行為)のあった日又は終わった日から1年を経過したときは、「正当な理
由」がない限りこれをすることができないとされているところ、同項による期間制
限の対象となる監査請求は「当該行為」(同法242条1項所定の公金の支出、財
産の取得・管理・処分、契約の締結・履行、債務その他の義務の負担をいう。)に
ついてのものであり、「怠る事実」(同項所定の「公金の賦課、徴収、財産の管理
を怠る事実」をいう。)についての監査請求に対しては監査請求期間の制限を規定
していない。よって、普通地方公共団体の住民が当該地方公共団体において違法に
財産の管理を怠る事実があるとして同法242条1項の規定により適当な措置を求
めてした住民監査請求については同条2項に定める監査請求期間の制限の適用がな
い(最高裁判所第三小法廷昭和53年6月23日判決・判例時報897号54
頁)。
 しかし、普通地方公共団体において違法に財産の管理を怠る事実があるとして住
民監査請求を行った場合であっても、当該監査請求が当該普通地方公共団体の長そ
の他の財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法であるとし、当該行為が違
法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の
管理を怠る事実としてされたものについては、当該怠る事実にかかる請求権の発生
原因たる当該行為のあった日又は終わ
った日を起算点として、地方自治法242条2項の規定による監査請求期間の制限
を適用すると解されている。その理由は、当該行為を対象とする監査請求について
は、当該行為のあった日又は終わった日から1年経過後にされた監査請求は不適法
とされているところ、当該行為が違法・無効であることに基づいて発生する実体法
上の請求権の不行使を怠る事実として構成することにより、同法242条2項の監
査請求期間の制限規定の適用を受けずに監査請求をし得ることとすると、法が同項
の規定により監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されることにある(最高裁判
所第二小法廷昭和62年2月20日判決・民集41巻1号122頁)。
(2) そこで、本件において原告らのした住民監査請求が地方自治法242条2
項の適用を受けるものか否かについて検討する。
 原告らの住民監査請求の内容は、被告らほか5社が「談合という共同不法行為を
通じて契約金額を不当につり上げて、また、上記5社の代理店は上記5社の指示に
従って談合を幇助して、工事委託者としてこの契約代金を負担した都に対し上記差
額に相当する損害を与えたものである。」 「都知事は、都が上記不法行為者に対
して有する損害賠償請求権を行使して、都の蒙った損害を補填する措置を講ずる責
任があるのにこれを怠っているので、請求人は監査委員が都知事に対し、この措置
を講ずべきことを勧告することを求める。」というものである(甲13)。また、
原告らは、本件訴訟においても一貫して、本件監査請求は談合という共同不法行為
に基づく東京都の損害賠償請求権の不行使を理由とするものであり、請負契約とい
う財務会計行為の違法・無効による東京都の損害賠償請求権の不行使を問題とする
ものではないと主張しているところであり、原告らが談合という非財務会計行為に
より発生する実体法上の請求権の不行使を問題とし、特定の財務会計上の行為が違
法・無効であることにより発生する実体法上の請求権の不行使を問題としているの
でないことは明らかである。
 被告らは、本件の損害賠償請求権は、談合されたこと自体によって生じるもので
はなく、これに基づいて本件各請負契約が締結され不当な支出がされたことにより
生じたものである旨主張し、原告らは、その主張においては談合そのものを問題と
しているが、実質的には請負契約の違法・無効により発生した損害賠償請求権を問
題としているに等
しいと述べる。
 しかし、地方公共団体の実施する競争入札についての談合行為が違法との評価を
受けるのは、それが刑法96条の3第2項に該当する犯罪行為であり、かつ、独占
禁止法3条によっても禁止されている行為であって、社会的にみても到底是認し得
ない行為であることによるのであって、その結果締結された請負契約が財務会計法
規に違反するものか否かにかかわるものではないのである。これに対し、当該請負
契約が違法となるか否かは、もっぱらそれが財務会計法規に違反するか否かによる
べきものであるから、両者の違法性はその質を異にするものである。すなわち、談
合によって自由な競争を前提とする価格よりも高額の代金によって請負契約が締結
されたとしても、当該地方公共団体が、万全の調査検討の上で予定価格を定めるな
ど、入札の実施について財務会計職員が財務会計法規の定める手続を遵守していた
ものと認められる場合には、当該請負契約が財務会計法規に違反するものと評価す
ることには疑問があるといわざるを得ない。このように談合行為の存在によって請
負代金が不当に高額になったとの客観的事実が存在したとしても当該請負契約が当
然に違法になるものではないのである。その上、談合という違法行為と請負契約の
違法とは、必ずしも同一性を有するものとはいえないというべきである。すなわ
ち、談合という違法行為は後の請負契約の有無に関わらず成立、完了するものであ
り、仮に、請負契約成立前に談合の事実が発覚し、請負契約締結に至らなかったと
しても、入札のやり直しや工事の遅延によって生じた損害等について損害賠償義務
が生じるものであって、談合という不法行為の成立に必ずしも請負契約の締結が必
要という関係にはない。
 以上によると、談合という不法行為に基づく損害賠償請求権と請負契約の違法又
は無効に基づく民事上の請求権とは、その違法性の内容を異にするものであるか
ら、一方の違法を主張することが他方の違法性を主張することになるとの関係には
ないといわざるを得ず、原告らが前者のみを問題としている以上、請負契約の違
法・無効により生じる損害賠償請求権を問題としているとみることはできないので
あり、被告らの主張は採用し得ない。
 したがって、本件において原告らが主張する被告らの談合行為に基づく東京都の
損害賠償請求の不行使を問題とする監査請求は、請負契約という財務会計行為が違
法・無効であ
ることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事
実としてされたものではなく、純然たる「怠る事実」の監査請求であるから、地方
自治法242条2項所定の監査請求期間の適用はなく、被告らの監査請求期間経過
の主張は採用し得ない。
2 争点2(違法な怠る事実の存否)
 被告らは、仮に原告らの主張する談合が存したとしても、東京都にはこの談合と
因果関係がある損害が生じることはあり得ないし、また、仮に、東京都が被告らに
対する損害賠償請求権を有するとしても、それが存するか否か、また、その金額等
は必ずしも明らかではなく、損害賠償請求権の行使は容易ではないし、損害賠償請
求権の行使をするか否かについては東京都知事の裁量に委ねられているのであるか
ら、東京都知事が損害賠償請求権を行使しなかったとしても裁量の範囲内であって
違法の問題は生じないと述べ、本件が怠る事実の存在を明らかに欠く訴えである旨
を主張する。
 しかし、一般に、訴訟要件の存否の検討に当たっては、原告らの主張する事実が
存在することを前提として、その訴えが適法といえるか否かを判断すべきであり、
原告らの主張する事実が存在するか否かの判断は、請求の当否を決する本案判断の
問題とすべきものであり、この点は当該訴訟が地方自治法の定める住民訴訟の類型
に該当するか否かの判断においても妥当するものである。
 本件においては、原告らは、被告らの談合という不法行為によって、東京都が被
告らに対して損害賠償請求権を有しているにもかかわらず、東京都知事がこれを行
使しないとして本件訴訟を提起している以上、住民訴訟の類型に該当する適法な訴
訟というべきであり、同損害賠償請求権が存在するか否かは本案判断の問題という
べきである。また、損害賠償請求権の行使についての東京都知事の裁量権の有無、
裁量権行使に当たっての権限の逸脱・濫用の有無についての判断もまさに本案判断
そのものということになる。
 被告らは、論理的に認容することがあり得ない訴えは訴訟要件を欠くものである
旨を主張するが、論理的に認容することがあり得ず主張自体失当となったとしても
それは本案判断の結果、理由があるとされる可能性が極めて低いというにすぎず、
訴権の濫用に当たるなどの例外的な場合を除き、そのことによって訴え自体が不適
法となるものではない。
 よって、怠る事実が不存在であるから本件訴えは不適法であ
るとの被告らの主張は採用し得ないものである。
3 争点3(被告らの責任原因(違法な談合行為の存否))
(1) 証拠(甲2ないし6、12の1ないし9、19、24、37、乙い4、証
人P1、同P2)によれば以下の事実が認められる。
ア 被告らほか5社は、遅くとも平成元年1月以降、地方公共団体が指名競争入札
の方法によって発注する特定計装設備工事について、受注価格の低落防止を図るた
め、次の合意の下に、共同して、受注予定者を決定し、受注予定者が受注できるよ
うにしていた。
(ア) 被告らほか5社の部長級又は課長級の者が出席する「山手会」と称する会
合を原則として毎週水曜日に開催し、同会合において入札の指名を請けた工事を報
告するとともに、当該工事について受注希望の有無を表明する。
(イ) 当該工事について受注を希望する者(受注希望者)が1名の場合はその者
を受注すべき者(受注予定者)とし、受注希望者が複数の場合は、当該工事に関
し、発注者等に対する営業活動の程度又は過去の工事実績等を勘案して、受注希望
者の間の話し合いにより受注予定者を決定する。
(ウ) 受注予定者以外の相指名業者は、受注予定者の入札価格よりも高い価格で
入札することにより、受注予定者が受注できるように協力する。
(エ) 被告らほか5社の取引先の代理店が入札の指名を受けた場合は、同5社の
うち当該代理店に対してデジタル計装制御システム等を供給する者が指名を受けた
者として、前記(ア)ないし(ウ)の方法により受注予定者を決定し、受注予定者
が受注できるようにする。
イ 被告らほか5社は、同社らの代理店が指名を受けた場合には、自己が製造する
デジタル計装制御システム等を供給することが見込まれることから、あらかじめ、
当該工事に関し、代理店から発注者等に対する営業活動の程度を報告させるととも
に、代理店が入札する価格について自己の承認の下に入札させていた。
ウ 被告らほか5社の担当者は、前記アの合意に基づき、山手会において入札の指
名を受けた工事を報告し、受注希望の有無を表明して受注予定者を決定するように
していたが、各社において山手会の会合の場で受注希望の有無を確認できず、受注
希望の有無の表明を保留した場合や、受注希望者が複数いた場合においては、会合
の後、担当者間で電話により受注予定者を決定した。もっとも、当該工事が既設の
設備を改良又は更新するものであるときは既
設設備を施工した会社が当該工事を受注するのが当然のこととされ、そのような工
事に複数の受注希望者が生ずることはなかった。また、受注を希望しない相指名業
者は、当該工事の内容を検討したり、入札予定価格を決定するために詳細な積算を
行うことはほとんどなく、入札日の前に、担当者が受注予定者の担当者に対して電
話で連絡を入れ、その入札予定価格を聞いて、受注予定者が落札できるように互い
に入札予定価格を調整するのが通例であった。
エ 被告らほか5社は、平成元年1月以降、前記の方法により地方公共団体の発注
にかかる工事について受注予定者が受注できるように協力して入札を行ってきた
が、公正取引委員会が独占禁止法に基づく審査を開始し、平成6年3月24日に被
告らほか5社の本社、支店に対して立ち入り検査を行ったことから、同月25日以
降は前記の方法による受注予定者の決定、入札予定価格の調整を取り止めた。
(2) 以上によれば、被告らほか5社は、本件各工事においても受注予定者の決
定、入札予定価格の調整を行い、被告西川計測は、被告横河電機の指示に従って、
前記の決定に沿った入札を行っていたものと推認することができ、他にこれを覆す
に足りる証拠はないから、被告らは、本件各工事について、共同して、いわゆる談
合行為を行っていたと認められる。そして、共同での談合行為が認められる以上、
被告らに故意又は過失が存したことは明らかといえる。
(3) 被告らは、山手会においては受注希望の表明と入札予定価格の連絡を行っ
ていたが、それは受注を希望しない会社が誤って受注をすることがないようにする
ために行っていたにすぎず、競争排除の目的ではない旨を主張するが、前記認定の
合意の内容によれば、山手会の目的はまさに受注予定者の決定と受注価格の調整に
あるのは明らかで、複数の会社が受注希望をしその調整を行う方法についても予定
がされているところであり、証人P1の証言によれば、実際に複数の会社が受注希
望の表明を行った場合も新規工事においては少なからず認められるところであるか
ら、被告らの主張は採用し得ない。
 また、被告らは被告らほか5社以外の業者も指名入札業者となっている場合がほ
とんどであるから受注希望者を決めようと思っても論理上被告らほか5社が受注予
定者を決定することはできない旨主張する。しかし、証人P1の証言によると、山
手会会員以外の会社が地方公共団体
から入札参加の指名を受けていた場合においても、山手会加盟の会社が、当該指名
業者との間で受注意思の有無や入札予定価格についての連絡を行っていたことが認
められる一方、山手会の会員となっていない指名業者の活動が山手会会員の受注を
妨げたことがあったとは認めがたい以上、山手会により自由競争が害されていたと
いえるから、そのような指名業者が存したことをもって、被告らの談合がなかった
ということにはならない。
 さらに、被告らは、本件各工事においてはいずれも受注希望者が1社であったか
ら、本件においては山手会において受注予定会社を決定したことにはならない旨を
述べるが、受注希望者が1社であったというのは、談合を行った結果判明したこと
にすぎず、結果として受注希望者が1社であったというだけであり、それが既設設
備に関するものは既設業者が受注するとの考え方に基づくものであるとしても、そ
のような考え方を各社が有していること自体が談合の結果というべきであるから、
結果として受注業者が1社のみであったとしても、談合の違法性がなかったことに
はならない。
4 争点4(東京都の損害の有無)
(1) 証拠(甲39、40、乙い4ないし8、10ないし12、乙に2、3)に
よれば以下の事実が認められる。
ア(ア) 朝霞工事は、ろ過池用の監視制御設備の改良工事であるが、朝霞工事施
工前において、東側ろ過池用の監視制御設備としては被告横河電機の施工した設備
が設置されており、西側ろ過池用の監視制御設備としては被告横河電機のCRT装
置やDDC装置を含むデジタル監視制御設備が既に設置されており、その施工者は
被告西川計測であった。
(イ) 朝霞工事の内容は、東側ろ過池の既存の監視制御設備を新たなデジタル監
視制御設備に取り替えるとともに、取替後の当該デジタル監視制御設備を西側ろ過
池用の既設デジタル監視制御設備とデジタル回線で接続させることにより、東西い
ずれのCRT装置によっても他方のろ過池の状態を監視できる設備を設置すること
である。
イ(ア) 金町工事は、ろ過池の制御装置の改良工事であるが、第5、第6急速系
の現場操作卓、これら各系統の現場制御盤ソフトウエア、ろ過池CRT操作盤、ろ
過池中央補助操作卓、電源装置盤といった改造の対象部分は金町工事施工前、被告
山武が設置したものであった。
(イ) 金町工事の内容は、第3、第4急速系の各系統につき新たにデジタ
ル監視制御設備を設置し、既存の第5、第6急速系のデジタル監視制御設備と接続
させるとともに、既存の第5、第6急速系のCRT施設を改良することにより、各
系統を一括して監視制御できる設備を設置することである。
ウ デジタル計装制御システム工事の特徴
(ア) 水道施設の計装設備とは、施設の監視と制御並びに情報処理を扱う設備で
あり、流量、水位、圧力、水質等といった施設の運転管理に関する諸要素を的確に
把握し、集中管理化した上、制御を自動化することを目的とするものである。
(イ) 計装設備に関する工事には、アナログ式計装設備に関する工事とデジタル
式計装設備に関する工事があり、デジタル処理方式は、アナログ式計装設備と比べ
データ処理の上で正確性が高く、本件朝霞工事、金町工事ともに、監視制御システ
ムをもっぱらデジタル計装システムに構成する工事である。
(ウ) 計装設備は、施設に関する情報を取得する計装機器と取得された情報を監
視し、水道施設が適切に作動するように操作、制御する監視操作設備からなってい
るが、デジタル計装制御システムにおける監視操作設備は、制御装置であるDDC
装置を浄水場内の機能ごとに分散して配置し、それらDDC装置をバスと呼ばれる
通信路で結合し、中央に設置するオペレータステーションと呼ばれるコンピュータ
の一種であるCRT装置とも結合させることにより、CRT装置の画面で監視制御
できるようにしたシステムである。そして、DDC装置相互間及びDDC装置・C
RT装置間でのデータ通信は、デジタル信号により行われ、デジタル信号の処理方
式や通信方式が同一でなければデータ通信ができず、デジタル計装制御システムと
して機能しない。
(エ) デジタル計装システムについては、平成3、4年当時、システム全体の開
発、個々のCRT装置の開発はすべてにおいて、各業者ごとに独自に行っており、
システム全体はもちろん、個々の装置についてもデジタル信号の処理方式や通信方
式が各社独自のものとなっており、その内容は企業秘密となっていたから、異なる
業者の装置間では互換性がなく、標準化が問題とはされていたが、少なくとも本件
各工事が行われた当時においては、異なる業者の装置間において直接データ通信を
行うことができなかった。
 仮に他社製品相互間で接続を行うとすれば、一方のデジタル信号を他方で用いる
方式に変換するためにインターフェイス装置を
介在させて接続を行う必要があるが、その場合、インターフェイス装置の開発・製
作に多額の費用を要すること、インターフェイス装置の開発には接続する他方の業
者のシステムの理解が不可欠であるところ、平成3、4年ころにおいては、各業者
において自らが用いる通信方式を企業秘密にしており、協力を得られる可能性が極
めて少なかったこと、インターフェイスを用いた通信においてはデータ信号の変換
が必要となるため、同一業者間の製品間での通信の場合と比較して、データの処理
速度及び安定性において劣ることとなることの問題があるため、インターフェイス
装置を用いた計装設備は実用的とはいえなかった。
(オ) また、既設設備に関する工事一般において、既設の監視制御設備の改造、
取替、接続を含む工事になるため、当該既設設備に関する理解が必要となるとこ
ろ、発注図書には、既設設備の詳細に関する記載はほとんどなく、既設業者以外の
業者は入札に臨むに際して、既設設備に関する情報を知り得ず、受注後に既設設備
について現況調査等により詳細な情報を得るにはかなりの時間と費用を要する。
(2) 小括
 以上の事実によれば、本件各工事においては、いずれもそれぞれの既設業者が入
札において相当に有利な地位にあったものと推認することができ、これらの推認に
基づけば、本件各工事において、仮に前記認定の談合がなかった場合においても、
既存業者以外の業者が既設業者が実際に入札した金額を下回った入札額で入札を行
う蓋然性は極めて低いものといわざるを得ず、これらは、原告らの主張する他工事
における談合がない場合の入札価格の傾向や損害論等により覆されるものではな
い。
(3) 原告らの主張についての判断
ア 原告らは、本件朝霞工事の発注内容は既設設備との接続部分を除きほとんどが
新設工事であり、金町工事は、既設設備との接続を内容とするものであるが、工事
範囲は新設工事が大きなボリュームを占める工事であり、いずれも他社間の接続も
想定して発注がされている旨主張する。
 しかし、朝霞工事についてみれば、計装フローと題する図面(乙い6)の記載、
請負契約書の特記仕様書の内容、特に同書添付の「CRTグラフィック画面」を示
す書面(乙い7)等においては、既設の西側のシステムと東側のシステムとの間で
データの伝送が行われることが要求されており、また、金町工事についてみても、
請負契約書の特記仕様書(
甲42)の内容によれば、既設の第5、第6急速系統の計装制御設備及びそのCR
T装置に、新設の第3、第4急速系統の計装制御設備を通信バスで接続することが
要求されているとみることができ、東京都の職員である証人P3が、その尋問にお
いて、いずれの工事ついても既設の施設との接続が存在することは当然の前提とし
て証言を行っているところであるから、本件各工事が既設の設備との接続を全く予
定していないものとは認められず、全体に占める割合はともかく、接続工事が存在
する以上、上記のとおり既設業者が相当に有利な地位を占めることとなるのである
から、原告らの主張は採用し得ない。
イ 原告らは、予定価格の設定に既設業者以外の会社も関与し、実際の見積額にお
いても、インターフェイスの問題について高額の見積額が提出されたり、外注部分
を明記した見積書が提出されているわけではなく、技術的にも経済的にも接続が不
可能であるとは認められない旨を主張する。しかし、証拠(乙い15、16)によ
れば、そもそも東京都水道局が見積書提出業者に依頼した見積の内容は、機器見積
と呼ばれるもので、工事費用を含まない見積であるし、見積の対象工事も接続工事
を含まないものと読めるものであるから、既設業者以外の会社でも可能であるし、
見積書の記載内容が接続費用やインターフェイスの費用を含んだ高額のものになっ
ていないことは、むしろ当然のことであって、そのことが前記認定を覆すものとは
認められない。
ウ 原告らは、日本電気学会の統一規格や、国際標準機構ISOによる統一規格等
があること、水道施設設計指針・解説において、各社の製品の互換が技術的に可能
なことを前提としていることによれば、異なる会社間のシステムについても伝える
べき情報の交換が可能となるようにつなぐことはさして困難なものとはいえないと
主張するが、前記認定のとおり、各業者間での互換性がないことが認められる一
方、各業者が原告らのいうような統一規格に則ってシステムが構成されているとす
る証拠はないから、統一規格による互換性は理論上可能であるという次元のものに
すぎない。なお、水道施設設計指針・解説(乙い9)の伝送設備の項には、「信号
の取り合い」を「できる限り標準化し、いかなるシステムにも柔軟に対応できるよ
うにすること」との記載があるが、この記載は望ましいということを述べたものに
すぎず、本件各工事がされた平成
3、4年当時に他社製品間での接続が容易であったことを基礎付けるものとまでは
いえない。
エ 原告らは、当時においても、浄水場においてサブシステムと上位システムにつ
いて異なる業者の製品の間での接続がされており、異なるシステム間での接続が困
難であったとは認められない旨を述べるが、乙い12によれば、例えば、朝霞工事
については、浄水場全体を管理する被告日立のコンピュータと新設した東側設備の
間でわずか4点のアナログ信号のやりとりがされているにすぎず、他方、本件各工
事における既設部分と新設部分のデジタルでの接続においてはそれぞれ数千点のデ
ジタル信号がやりとりされているところであり、この事実のみをみても、サブシス
テムと上位システムの接続を本件工事における接続と同視し得るかは疑問であるか
ら、原告らの指摘は前記推認を左右するものではない。
オ 原告らは、指名業者である以上、既設業者以外の会社が受注した場合にも、実
際の施工に当たって既設業者として協力するのは当然の前提であり、東京都におい
てもそのようなことで既設業者の協力が得られなかったことはないと主張するが、
そのような義務が存在することを明確に基礎付ける客観的な証拠は存しない。ま
た、本件の計装設備システムのデータ通信におけるデジタル信号の処理方式や通信
方式が、業者独自のものであり、平成3、4年当時において企業秘密とされていた
ことは前記認定のとおりであり、それを前提に考慮した場合に、既設業者として
は、データの接続のために自社の信号処理や通信の方式を明らかにするには、相当
の対価、例えば、当該工事を自社で受注した場合に得られるであろう利益相当額等
を要求するのが当然であり、協力の内容がこのようなものであるとすると、既設業
者以外の会社は、価格面において既設業者に対抗できないといわざるを得ないので
あるから、原告らの主張は前記推認を左右するものではない。
カ 原告らは、本件各工事が競争入札の形で発注され、他の同種工事について他の
地方公共団体においても競争入札によって発注がされており、本件工事のような既
設工事も談合の対象とされていたことが、既設業者以外も受注が可能であることの
何よりの証左であるとも述べるが、競争入札の方式で発注するか、随意契約の形で
発注するかについては入札業者ではなく地方自治体の側で決定することであり、競
争入札すべき契約を随意契約で行うことは
違法であるが、随意契約が可能なものについて競争入札を行っても違法とはいえな
いから、競争入札がされたものであっても、それが必ずしも随意契約が許されない
ものであったとはいえないのであり、入札が行われたからといって、合理的な経済
観念に照らして、既設業者以外の業者も受注の可能性があったとはいえない。むし
ろ、本件においては経済的及び技術的観念を度外視すると既設業者以外の業者も受
注が可能であったが、合理的な経済的及び技術的観念からすると、既設業者が圧倒
的に有利な立場であったというべきであるから、入札がされたからといってその有
利性が否定されるものではない。また、被告らの談合は、情報を入手した全ての入
札について定型的に行われていたとみえるから、談合が行われていたことをもっ
て、その工事が既設業者以外の者でも受注可能であることを基礎付けるものとはい
い得ない。
キ 原告らは、三重県における計装設備工事の入札で、落札価格が予定価格を大き
く下回る金額となり、また、最低制限価格以下の価格で入札し失格した会社が2社
あったことによれば、自由競争があれば必ずしも既設業者のみが工事可能というわ
けではないと述べるが、前記の入札の対象工事が新設工事か既設工事かなどの具体
的状況は明らかではなく、仮に新設工事であるとすれば、原告らの主張する事実が
認められるとしても本件における損害論には必ずしも直結しないものといわざるを
得ないから、前記事実のみをもって、本件において、既設業者以外の者も受注可能
であったことを基礎付ける事実とはいえない。
(4)以上のように、この点に関する原告の主張はいずれも採用できない。
 本件各工事は、そもそも既設業者以外の会社が受注することが全く不可能である
とまではいえないものの、それらの会社が合理的な技術的及び経済的観念から不利
な立場に立っていることは否めず、談合なく本件各入札が行われたことを想定した
としても、既設業者が実際に行った入札額を下回る金額で入札が行われたと認める
ことはできず、そうである以上、本件談合によって、東京都に具体的な損害が生じ
たと認めることもできない。
 確かに、談合なく入札が行われていたとすれば、既設業者が他の業者の入札予定
金額を知り得ず、また、自社の入札予定価格を他の業者が知っていることもないか
ら、抽象的には、さらに安価な入札を行った可能性がないとはいえない。しかし、
そのよ
うな抽象的な可能性が存在することのみによって東京都が損害を受けたと認めるこ
とはできない。
5 結論
 以上によれば、被告らほか5社は、本件各工事において談合行為を行い、被告西
川計測はそれを幇助したものと認められ、それらは、違法な行為であるから厳に戒
められなければならないものといえるが、同行為により東京都に具体的な損害が発
生したとは認められない以上、東京都は被告らに対して損害賠償請求権を有してい
ないとせざるを得ない。
第4 よって、原告らの請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用
の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条1項本文を適用し
て、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官 藤山雅行
裁判官 村田斉志
裁判官 廣澤諭

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