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判決言渡平成19年11月29日
平成19年(行ケ)第10105号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成19年11月22日
判決
原告イエダリサーチアンドデベロッ
プメントカンパニーリミテッド
訴訟代理人弁理士浅村
同浅村肇
同岩井秀生
同長沼暉夫
同池田幸弘
同金森久司
被告特許庁長官
肥塚雅博
指定代理人高堀栄二
同鵜飼健
同唐木以知良
同内山進
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30
日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2003−7459号事件について平成18年11月15日に
した審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が後記特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを
不服として審判請求をしたが,特許庁から請求不成立の審決を受けたことか
ら,その取消しを求めた事案である。
争点は,本件出願に係る発明が,特開平3−133382号公報(発明の
名称「腫瘍壊死因子−αおよび−βレセプター」,出願人イミュネックス・コ
ーポレーション,公開日平成3年6月6日。引用例1),Proc.Natl.Acad.
Sci.USA(米国科学アカデミー紀要),Vol.87,1990,p.7380-7384(パトリック
W.グレイ他,1990年10月。引用例3),欧州特許出願公開第39
8327号明細書(発明の名称「腫瘍壊死因子結合タンパク質Ⅱ,その精製お
よびそれに対する抗体」,出願人原告,登録日1990年[平成2年]11月
22日。引用例5)との関係で進歩性を有するか等である。
第3当事者の主張
1請求の原因
特許庁における手続の経緯
原告は,平成4年8月7日,名称を「溶解型TNF受容体のマルチマー,
その製造方法,およびそれを含有する医薬組成物」とする発明について,パ
リ条約による優先権(1991年[平成3年]8月7日イスラエル国)を
主張して特許出願をし(以下「本願」という。請求項の数26。特願平4−
253423号。甲5。公開特許公報は,特開平7−145068号[甲8
]),その後,平成6年8月12日付け(甲6),平成11年6月22日付
け(甲7)及び平成15年1月6日付け(甲11)で,手続補正(平成15
年1月6日付け補正後の請求項の数は23となった。)をしたが,平成15
年1月27日拒絶査定を受けた。
そこで原告は,平成15年5月1日付けで不服の審判請求を行い,特許庁
は,同請求を不服2003−7459号事件として審理することとし,その
間原告は平成15年5月30日付けで特許請求の範囲の変更を内容とする補
正(請求項の数6。以下「本件補正」という。甲14)をしたが,特許庁
は,平成18年11月15日,「本件審判の請求は,成り立たない」との審
決をし,その謄本は平成18年11月28日原告に送達された。
発明の内容
本件補正後の特許請求の範囲は,前記のとおり請求項1∼6から成るが,
そのうち請求項1及び5の各内容は次のとおりである(以下,請求項1の発
明を「本願発明1」といい,請求項5の発明を「本願発明5」という。)。
【請求項1】TNFのその受容体への結合の妨害能を有しTNFの作用を遮
断できる,溶解型TNF−Rのマルチマーまたはその塩であって,該マルチ
マーはTBP−Iからなる,あるいはTBP−IとTBP−IIの混合物か
らなる,溶解型TNF−Rのマルチマーまたはその塩。
【請求項5】請求項1から4のいずれかに記載の溶解型TNF−Rのマルチ
マーまたはその塩を医薬的に許容される担体および/または賦形剤および/
または安定剤とともに含有する,TNFの有害効果から哺乳動物を保護する
ための医薬組成物。
審決の内容
ア審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本
願発明1は,下記の各文献に記載された発明に基づいて当業者が容易に発
明をすることができたから,特許法29条2項により特許を受けることが
できない,本願の「発明の詳細な説明」には,当業者が本願発明5を容
易に実施することができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載
されていないから,本願発明5について特許法36条4項に規定する要件
を満たしていない,というものである。

・特開平3−133382号公報(以下「引用例1」という。甲1)
・PATRICKW.GRAYほか「Cloningofhumantumornecrosisfactor(TNF)
receptorcDNAandexpressionofrecombinantsolubleTNF-binding
protein」Proc.Natl.Acad.Sci.USA,Vol.87,1990,p.7380-7384(以下「引
用例3」という。甲2)
・欧州特許出願公開第398327号明細書(以下「引用例5」という。甲
3)
イなお,審決が認定する本願発明1と引用例1記載事項との一致点及び相
違点は,次のとおりである。
〈一致点〉
溶解型TNF−Rのマルチマーである点。
〈相違点〉
該マルチマーは,本願発明1では,「TBP−Iからなる,あるいは
TBP−IとTBP−IIの混合物からなる」ものであるのに対し,引
用例1では,TBP−IIを含む分子から構成される具体例が開示され
るに留まり,その他に用いることができる具体的な構成成分は特に記載
されていない点。
該マルチマーは,本願発明1では,「TNFのその受容体への結合の
妨害能を有しTNFの作用を遮断できる」ことが特定されているのに対
し,引用例1では,特にそのようなことが記載されていない点。
審決の取消事由
しかしながら,審決の認定判断には次に述べるとおり誤りがあるので,審
決は違法として取り消されるべきである。
ア取消事由1(相違点についての判断の誤り)
審決は,「このような引用例1における溶解型TNF−Rを作製する
目的を考慮すれば,TNF−Rの多価形態,すなわち,マルチマーは,
TNFとの多数の結合部位を有する分子を構築することによって,TN
Fとその受容体への結合を妨害し,ひいては,TNFの作用を遮断する
ことを目的として作製しているものであると当業者であれば,理解する
ことができる。」(6頁2行∼6行)と判断している。
しかし,この判断は,次のとおり誤りである。
a本願発明1は,「溶解型TNF−Rのマルチマー,およびその塩ま
たは機能性誘導体を提供する。これらのマルチマーは,細胞表面受容
体へのTNFの結合を効果的に妨害し,したがってTNFの有害作用
を発揮させない。」(本願明細書[甲8,平成6年8月12日付け手
続補正書による補正後のもの]段落【0010】)というものであ
る。本願発明1は,内因性TNFの過剰産生又は外因性TNFの過剰
投与によってTNFとTNF−受容体との間の平衡状態が崩れた場合
における有害作用を,「TBP−I」からなる「溶解型TNF−Rの
マルチマーまたはその塩」によって遮断(block)し,崩れた平
衡状態を回復するものである。本願発明1の構成は,ヒトp55−T
NF−RがTNFに暴露された細胞中で凝集型になって存在している
ことを見い出したことにより,当該凝集体について,一方において【
1】「機能性受容体の凝集がこれらの受容体の活性に必要なこと」及
び他方において【2】「この凝集における非機能性受容体の関与がT
NF機能の効果的な阻害を生じること」をそれぞれ解明し(本願明細
書[甲8]段落【0044】参照),そのうち【2】の新規知見に基
づき採択されたものである。これらの事実は,本願明細書(甲8。図
5については,平成11年6月22日付け手続補正書[甲7]による
補正後のもの。以下同じ。)の例1(段落【0037】∼【0040
】),例2(段落【0041】∼【0048】)及び図1∼5記載の
試験結果から明らかである。そして,本願発明1により明らかにされ
たこれらの事実から,細胞内領域の一部を欠失した一部欠失型h−T
NF−R1から,一部が欠失した細胞内領域及び膜貫通領域を除い
た,細胞外領域又はその部分に相当する,本願発明1で対象とする溶
解型TNF−R1のマルチマーも,当然に,マルチマー(トリマー)
であるTNFに結合すること,並びに,溶解型TNF−R1のマルチ
マーに結合したTNFは,溶解型TNF−R1のマルチマーには,膜
貫通領域及び細胞内領域が除かれているため,TNFによる細胞内へ
のシグナル伝達が当然に阻害され,TNFの生物活性が発揮できなく
なり,TNFの細胞破壊作用が阻害されることは,本願優先権主張日
(平成3年[1991年]8月7日)当時の技術常識を考慮すれば,
当業者には自明である。本願発明1のような状況においては,溶解型
TNF−R1のマルチマーと凝集体とは,溶解型TNF−R1の各分
子が同一の空間内に集合した形態をとるか否かが問題となるのであっ
て,その点で同じである以上,溶解型TNF−R1のマルチマーと凝
集体とは同じものであり,別物とはいえない。
上記した原告の主張を裏付ける証左として,溶解型TNF−R1の
マルチマーが,実際にTNFの細胞破壊作用が阻害できることが,甲
18(T.J.Evansほか「ProtectiveEffectof55-butnot75-kD
SolubleTumorNecrosisFactorReceptor-ImmunoglobulinGFusion
ProteinsinanAnimalModelofGram-negativeSepsis」[グラム陰性
敗血症の動物モデルにおける75kDではなく55kDの可溶性腫瘍
壊死因子受容体−免疫グロブリンG融合タンパク質の防護作用]
J.Exp.Med,Vol.180,1994,p.2173-2179)及び甲19(DebraM.Butler
ほか「TNFRECEPTORFUSIONPROTEINSAREEFFECTIVEINHIBITORSOF
TNF-MEDIATEDCYTOTOXICITYONHUMANKYM-1D4RHABDOMYOSARCOMA
CELLS」[TNF受容体融合タンパク質はヒトKYM−1D4横紋筋
肉腫細胞に対するTNF媒介細胞障害の効果的な阻止剤である]
CYTOKINE,Vol.6,No.6,1994,p.616-623)において確認されている。す
なわち,甲18の2177頁のDiscussionの第1パラグラフには,ヒ
トTBP−I(溶解型TNF−R1)のダイマーとIgとの融合蛋白
質と,ヒトTBP−II(溶解型TNF−R2)のダイマーとIgと
の融合蛋白質とを比較し,前者はTNF−αの作用を完全に中和で
き,後者は中和できなかったことが記載されている。同様に,甲19
の619頁のDiscussionの第1パラグラフ,618頁のFig.2(図
2)及び3(図3)には,ヒトTBP−IのダイマーとIgとの融合
蛋白質と,ヒトTBP−IIのダイマーとIgとの融合蛋白質とを比
較し,前者は,より良好なTNF−α抑制活性を示したことが記載さ
れている。
b引用例1には,上記【2】の新規知見の前提をなす上記【1】につい
て開示するところが全くない。したがって,当該「TNF−Rの多価
形態」は「TNFとその受容体への結合を妨害し,ひいては,TNF
の作用を遮断することを目的として作製しているものであると当業
者」は理解しない。当業者は引用例1の「1価形態」“モノマー”に
関する目的がその「多価形態」“マルチマー”に関する目的でもある
とは理解しないのである。
TNFについては,「自然な状態で,それぞれ分子サイズ約17,
000Dの同一のポリペプチド鎖3つからなるマルチマー(トリマ
ー)として存在することが知られている。」(本願明細書[甲8]段
落【0008】)。しかし,TNF−Rについては,本願出願当時
(平成4年8月7日),「TNFトリマーが個々のTNF−Rに結合
するのか,あるいは受容体自身もマルチマーとして存在するのか,ま
たはTNF結合後により良好にTNFトリマーを収容するマルチマー
になるのか等については,まだ何もわかっていない。」(本願明細書
[甲8]段落【0017】)という状況であった。
審決は,引用例1の「TNF−Rの多価形態」につき,引用例1中
に上記【1】の事実が全く開示も示唆もされていないのに,上記【1】
の事実を前提とする上記【2】である本願発明1の新規知見をその
「目的として作製しているものであると当業者であれば,理解するこ
とができる。」と認定した点に誤りがある。そもそも,引用例1に
は,TNF結合能力を「保持」(審決5頁32行)することについて
の具体的な記載やそれを確認した旨のデータ等は一切開示されていな
い。かえって,後記bのとおり,TBP−IIに関する「TNF結
合能力の保持」については否定的な報告が各研究者よりなされてい
る。
c審決は,引用例1の「多価形態」が「TNFとの多数の結合部位を
有する分子」であることをその根拠としているが,これは審決の推測
にすぎない。審決のこのような推論は,引用例1出願後の前記甲18
及び甲19において否定的に理解されている。
マルチマー型の抗体や受容体は,生体内に存在する形態とは異なる
形態のものを人為的に作成した結果物であり,当業者であれば,この
ように人為的に多量体化したことに伴い,得られた受容体等に,生体
内に自然に存在する形態の受容体では生じない問題,例えば,その構
造上の複雑化に伴う立体障害等を想起するはずであり,審決の述べる
ように「TNFとの多数の結合部位を有する分子を構築することによ
って,TNFとその受容体への結合を妨害し,ひいては,TNFの作
用を遮断することを目的として作製しているものである」と当業者が
直ちに理解するというのは失当である。
本願発明1は,TNF−R1がinvivoでTNFと相互作用
する際に凝集体を形成することを初めて見い出し,この生体内での現
象における凝集体の擬似体としてマルチマーを用いたものである。上
記のマルチマー型の抗体や受容体の本願出願当時の技術常識に照らせ
ば,当業者は,本願明細書で初めて開示する上記【2】の新規知見が
なければ本願発明1を容易に想到し得ないはずである。
審決は,「そうであるから,引用例1において,TNF−Rのマルチ
マーの構成成分としては,具体例として記載されたTBP−IIを含む
分子に限定されることなく,TNFへの結合性を有している他のTNF
−Rを用いてみようとすることは,当業者が自然に発想することであ
る。」(6頁7行∼10行)と判断している。
しかし,この審決の判断は,以下のとおり誤りである。
a本願発明1において規定されている「TBP−Iからなる溶解型T
NF−Rのマルチマーまたはその塩」なる構成は,本願発明1におけ
る上記【2】で引用した「この凝集における非機能性受容体の関与が
TNF機能の効果的な阻害を生じる。」との新規知見に基づき,その
構成として採択されたものである。
引用例1の「TBP−II」において「TNF−Rの多価形態」を
作製してみても,本願発明1で規定する「TBP−I」における「非
機能性受容体の関与がTNF機能の効果的な阻害を生じる」との技術
的知見を確認することはできない。
してみると,引用例1においては,本願明細書で開示している「凝
集型」が,「溶解型TNF−R」において「マルチマー」であり,か
つ該マルチマーが「TBP−II」からなることにより「TNFに暴
露された細胞中」で存在することになるとの知見が全く開示されてい
ないのであるから,その「TBP−II」に基づいて「TBP−I」
からなるマルチマーを製作しようとする動機付けが引用例1には何も
示されていない。
したがって,審決の上記判断は誤りである。
bまた,そもそも引用例1においては,「TBP−II」からなる
「1価形態」における「結合能力」の「保持」について具体的に実証
されていないのみならず,その「多価形態」におけるその「結合能
力」についても実証されていないのであるから,このような「TNF
への結合性」だけをその理由として「他のTNF−Rを用いてみよ
う」とすることはない。「マルチマー」における「結合能力」が「T
BP−I」と「TBP−II」とでは異なることについては,上記甲
18,19により証明されている。
cTBP−IIについての1価形態を多価形態とする動機付けが存し
ても,TBP−Iについてのモノマーをマルチマーとする動機付けが
存しないことは,甲21(BernardJ.Scallonほか「FUNCTIONAL
COMPARISONSOFDIFFERENTTUMOURNECROSISFACTORRECEPTER/IgG
FUSIONPROTEINS」[相異なる腫瘍壊死因子受容体−IgG融合タンパ
ク質の機能比較]CYTOKINE,Vol.7,No.8,1995,p.759-770)及び甲22
(HartmutEngelmannほか「AntibodiestoaSolubleFormofaTumor
NecrosisFactor(TNF)RecepterHaveTNF-likeActivity」[可溶型の
腫瘍壊死因子(TNF)受容体に対する抗体はTNF様活性を有する
]THEJOURNALOFBIOLOGICALCHEMISTRY,Vol.265,No.24,1990,14497-
14504。後記乙4と同一の文献)の記載からも明らかである。しかも
この甲21は,TBP−Iの効果がTBP−IIのそれに優る事実も
証明している。
審決は,「該マルチマーの構成成分として,TBP−Iを用いて,引
用例1に記載される化学的カップリング法により(記載事項(a
1)),TBP−Iからなるマルチマーを作製することは,当業者が容
易に想到することである。」(6頁13行∼15行)と判断している。
「該マルチマーの構成成分として,TBP−Iを用いて,引用例1に
記載される化学的カップリング法により(記載事項(a1)),TBP
−Iからなるマルチマーを作製すること」自体は,「当業者が容易に想
到することである。」と言えるかもしれないが,「TBP−Iからなる
マルチマーを作製すること」の技術的知見を引用例1のTBP−IIか
らなる「多価形態」において見い出すことはできないので,やはり「当
業者が容易に想到することである。」との判断は誤りである。
審決は,「また,TNF−Rのマルチマーの構成成分は,TNFへの
結合能力があればよく,ホモ体でなくともよいことは明らかであるか
ら,TBP−IとTBP−IIとの混合物からなるマルチマーを作製し
ようとすることに阻害要因があるとはいえない。したがって,TBP−
IとTBP−IIの混合物からなるマルチマーを作製することも,当業
者にとって容易である。」(6頁16行∼20行)と判断している。
上記の「TNF−Rのマルチマーの構成成分はTNFへの結合能力」
さえあればよいとの判断は,「多価形態」であるTBP−IIにおける
「結合能力」と本願発明1の「マルチマー」であるTBP−Iにおける
「結合能力」とは技術的に異なる能力,すなわち,上記cで述べた
「動態結合」が考慮された「結合能力」ではないので誤りである。
上記の「したがって,TBP−IとTBP−IIの混合物からなるマ
ルチマーを作製することも,当業者にとって容易である。」との判断も
「TBP−Iからなるマルチマー」に関する判断に誤りがあるから誤り
である。
審決は,「引用例1に記載される遺伝子工学的手法により,『TBP
−Iからなる,あるいはTBP−IとTBP−IIの混合物からなる』
マルチマーを作製することもまた,当業者が容易に想到し得ることであ
る。」(6頁25行∼27行)と判断しているが,この判断は,上記
bcで述べたとおり誤りである。
なお,被告は,TNF受容体が「凝集」することは,後記乙3及び乙
4に記載されており,本願優先日前に周知であったと主張するが,次の
とおり,この主張は誤りである。
a乙3(Hans-PeterHohmannほか「ExpressionoftheTypesAandB
TumorNecrosisFactor(TNF)ReceptorsIsIndependently
Regulated,andBothReceptorsMediateActivationofthe
TranscriptionFactorNF-B」[A型およびB型腫瘍壊死因子(TNκ
F)受容体の発現は独立して制御され,両受容体は転写調節因子NF
−κBの活性化を媒介するTNFαはTNF受容体を介した生物学的
効果の誘導に必要ではない。甲23と同一]TheJournalof
BiologicalChemistry,Vol.265,No.36,1990,p.22409-22417)の224
12頁右欄10行∼16行(甲23の訳文B)項参照)には,「約5
0kDaの最も速く移動するバンドはタンパク質分解生成物である可
能性が高く(1989年Hohmannら,1990年Brockhausら),約7
5kDaのバンドは完全(intact)なA型受容体を表してお
り,それより大きな分子量を有するバンドは大規模な還元において消
失する(図示せず)ことから,凝集を表す。」と記載されている。し
かし,この記載における「より大きな分子量を有するバンド」とは,
TNF受容体の凝集体を指すものではない。上記記載は,その直前か
らの文脈からして,Fig.3(図3)に基づいて説明している文章であ
り,Fig.3において,約50kDaのバンドおよび約75kDaのバ
ンドより大きな分子量を有するバンドは,Fig.3Aのレーン5のバンド
を指すものである。そして,このレーン5のバンドは,分子量約10
0kDaである。これに対して,TNF−R1(p−55−TNF受
容体)の分子量は55kDaであり,TNF−R2(p−75−TN
F受容体)の分子量は75kDaであることから,レーン5のバンド
は,TNF−R1又はTNF−R2のいずれの凝集体ともいえない。
b乙4[前記甲22と同一]の14503頁右欄23行∼34行にお
いては,「(e)TBPIに対する抗体がTNF様細胞毒性を媒介す
る効能は,それらが引き起こす受容体の凝集の程度と関連している。
潜在的に受容体分子の大規模な凝集を引き起こす,ポリクローナル抗
体と受容体上の空間的に別個なエピトープに対するモノクローナル抗
体の混合物とは,せいぜい受容体の二量体化を引き起こす,単一のm
Absよりもずっと有効だった。上記結果は,TNF受容体の凝集
が,凝集剤が結合するTNF受容体の部位にかかわりなく,それ自体
でTNF様効果を起こすために十分であることを示唆する。」(乙4
の訳文による)と記載されている。
しかし,上記記載は,TBPIに対する抗体がTNF受容体の凝集
を引き起こすことを記載したにすぎず,本願発明1により見い出され
た知見である,TNFがTNF受容体に結合するときにTNF受容体
の凝集を引き起こすことについては,乙4には何ら記載されていな
い。
c上記のとおり,乙3及び乙4のいずれにも,本願発明1により見い
出された知見である,TNFがTNF受容体に結合するときにTNF
受容体の凝集を引き起こすこと,そして,TNF受容体の凝集体の一
部である,可溶性部分の凝集体に相当するTBP−Iのマルチマー
が,TNFの作用を阻害できることは,記載も示唆もなされていな
い。
d仮に,被告主張のとおりの事項が乙3及び乙4に記載されていたと
しても,本願優先権日直前のわずかに二つの公知文献からは,周知と
はいえない。
イ取消事由2(相違点についての判断の誤り)
審決は,「そして,このようにして作製された『TBP−Iからな
る,あるいはTBP−IとTBP−IIの混合物からなる』マルチマー
は,TNFへの結合部位を複数有するものであって,TNFのその受容
体への結合の妨害能を有し,ひいてはTNFの作用を遮断できる性質を
有するものであるといえる。」(6頁29行∼32行)と判断してい
る。
審決は「TNFへの結合部位を複数有するもの」であれば,上記の
「性質を有するものであるといえる。」と述べているが,本願出願当
時,TNFが結合するTNF−Rの形態については「まだ何もわかって
いな」かったのであるから,「TNFへの結合部位を複数有する」こと
から直ちに上記の「性質を有するものである」などとはいえない。ま
た,上記の「性質」についても,本願発明1は「凝集体」に関する新規
知見である前記【1】【2】に基づいて,この性質を明記したものである
から審決の判断には誤りがある。
審決は,「そして,そもそも,本願明細書には,溶解型TNF−Rマ
ルチマーの製造方法は現在形で記載されているにすぎず(【0049】
∼【0075】),実際に,溶解型TNF−Rのマルチマーを製造し,
そのTNFの作用を遮断する能力を確認した具体的な記載は何ら存在し
ないのであるから,この点が実質的な相違点であるとはいえない。」
(6頁33行∼37行)と判断している。
しかし,本願発明者らは,本願明細書(甲8)の例1及び2並びに図
1∼5記載のとおり,「TBP−I」からなる「溶解型TNF−Rのマ
ルチマー」における「凝集型」を確認しているのであるから,「実際
に,溶解型TNF−Rのマルチマーを製造し…た具体的な記載は何ら存
在しない」とはいえないし,また,当業者であれば,本願明細書に「T
NFの作用を遮断する能力を確認した具体的な記載」が存するに等しい
ものとして理解する。さらに,相違点に係る構成はTBP−Iからな
るマルチマーにつき,その性質を定性的に示す構成であるのみならず,
当該マルチマーであればそのすべてがこのような性質を有するものでは
ないという意味において「マルチマー」の範囲を分画する構成であるか
ら,審決の「この点が実質的な相違点であるとはいえない。」との判断
も誤りである。
ウ取消事由3(本願発明1の効果についての判断の誤り)
審決は,「本願明細書には,実際に,溶解型TNF−Rのマルチマー
を製造し,そのTNFの作用を遮断する能力を確認した具体的な記載は
何ら存在しない」(7頁2行∼4行)と判断している。しかし,当業者
であれば,上記イのとおり具体的に記載されているに等しいものとし
て理解する。
審決は,「本願発明1の奏する効果は,従来技術から予測される範囲
であってそれを超えるものとはいえない。」(7頁4行∼5行)と判断
している。
審決が想定している「従来技術」の効果とは,引用例1,3及び5に
記載されたモノマーであるTNF−Rに関する効果,すなわち,本願明
細書(甲8)の段落【0007】に記載された「この構造の保存によ
り,TBP−IおよびTBP−IIは,細胞表面TNF−RでTNFと
競合し,その機能を遮断する能力をもつことになる。」との効果であ
る。本願発明1で規定するTBP−Iからなる溶解型TNF−Rの「マ
ルチマー」に関する効果,すなわち,本願明細書(甲8)の段落【00
44】に記載された前記【1】【2】に基づく効果についての記載は,引
用例1,3及び5にはない。
したがって,前記【1】【2】に基づく効果は「従来技術から予測され
る範囲」の効果とはいえない。
この点に関し,審決は,さらに,「上記(3)で述べたように,引用
例1に記載されたマルチマーは,TNFの,その受容体であるTNFの
受容体への結合の妨害能を有しTNFの作用を遮断できるものであると
認められる。そして,そもそも,本願明細書には,溶解型TNF−Rの
マルチマーを製造することも,そのTNFの作用を遮断する能力につい
ても何ら具体的に記載されていないのであって,本願発明1の『TBP
−Iからなる,あるいはTBP−IとTBP−IIの混合物からなる,
溶解型TNF−Rのマルチマー』がTNFと細胞表面上のTNF−Rと
の競合において特に優れているものであることを確認したわけでもない
から,本願発明1の奏する効果は,引用例1,3及び5の記載から予測
される程度のものであって,請求人の主張は採用できない。」(7頁2
5行∼34行)と判断しているが,この判断が誤りであることは既に述
べたとおりである。
前記甲18,19には,invitro及びinvivoの各デ
ータに基づいて,TBP−I(p55)1g溶解蛋白は,TBP−II
(p75)1g蛋白に対して,TNF−αを中和し,またTNFの有害
作用からマウスを保護する各能力において優れていることが示されてい
る。TBP−Iからなる「マルチマー」のこれら優れた作用は,引用例
1,3及び5を含む従来技術からは全く予期できないことであった。
エ取消事由4(本願発明5の特許法36条4項該当性についての判断の誤
り及び平成18年7月11日付け補正案についての判断の誤り)
審決は,「しかし,本願の発明の詳細な説明には,本願発明1のマル
チマー等については,仮想の実施例しかなく,しかも,それを医薬組成
物として使用することについてはその可能性が示唆されているに留ま
り,『TNFの有害効果から哺乳動物を保護する』医薬用途について,
薬理試験又はそれと同等の実験等により上記マルチマー等を医薬組成物
として使用可能なことを裏付ける実施例等の記載はない。」(8頁6行
∼11行)と判断した上,「したがって,発明の詳細な説明の記載から
では,該マルチマー等を『TNFの有害効果から哺乳動物を保護するた
めの医薬組成物』として使用できることを確認することができない。以
上のとおりであるから,本願の発明の詳細な説明には,当業者が本願発
明5を容易に実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及
び効果が記載されているとはいえない。」(8頁12行∼17行)と判
断している。
しかし,前記甲18,19及び甲20(CordBrakebuschほか
「Cytoplasmictruncationofthep55tumournecrosisfactor(TNF)
receptorabolishessignalling,butnotinducedsheddingofthe
receotor」[p55腫瘍壊死因子(TNF)受容体の細胞質内末端切断
は,シグナル伝達を無効にするが,受容体のシェディングを誘起しない
]TheEMBOJournal,Vol.11,No.3,1992,p.943-950)により,当業者は,
薬理試験と「同等の実験」データを十分に推認できるから,審決の上記
判断は誤りである。
原告は,平成18年7月11日付けで,請求項5,6を削除する補正
案を提示しており,かつ,本願発明1に関する特許法29条2項の拒絶
理由は既に述べたとおり存しないから,同補正案による補正の機会が与
えられるべきである。
2請求原因に対する認否
請求原因ないしの事実は認めるが,は争う。
3被告の反論
取消事由1に対し
ア前記アの主張につき
a本願明細書(甲8)には,「発明の背景」として,TNF受容体の
細胞表面形態と可溶性形態との構造的関係,可溶性形態のTNF受容
体の「防御効果」について,以下の記載がある。
「【0006】上述のように,TNFは特異的細胞表面受容体に結合
してその作用を開始する。細胞の種類により発現が異なる2種類のT
NF受容体(以下「TNF−R」という),すなわちp−55−TN
F受容体およびp−75−TNF受容体(p−55−TNF−Rおよ
びp−75−TNF−R)が知られている。TNFに特異的に結合す
るTBP−IおよびTBP−IIと呼ばれる2種類の蛋白質が,この
2つの受容体と免疫学的に交差反応することが明らかにされている。
両蛋白質とも,TNFのinvitro細胞破壊作用に対して防御
効果を与え,いずれもTNF−αよりTNF−βへの結合の効率が低
い。TBPの形成が細胞表面TNF−Rの蛋白分解的切断によって起
こり,それらの細胞外ドメインの主要部分の放出を生じることも見出
された(欧州特許第308378号,第398327号,および欧
州特許出願第90124133.1号参照)。実際,TBP−I
およびTBP−IIにおけるアミノ酸配列は,細胞表面受容体の細胞
外ドメインに見出される配列に完全に一致するが,この受容体の細胞
内ドメインの部分は含まないことが明らかにされている。
【0007】これらの所見は,TBP−IならびにTBP−IIによ
るTNF機能の阻害が,TNFの受容体への結合およびそれによるT
NFへの細胞応答の開始に重要な細胞表面TNF−Rの構造的特徴部
分のTBP−IおよびTBP−IIにおける保存を反映するものであ
ることを示唆している。この構造の保存により,TBP−IおよびT
BP−IIは,細胞表面TNF−RでTNFと競合し,その機能を遮
断する能力をもつことになる。」
b上記記載からすると,TBP−I及びTBP−IIは,それぞ
れ,p−55−TNF−R及びp−75−TNF−Rの細胞外領域の
アミノ酸配列からなること,TBP−I及びTBP−IIは,TN
Fのinvitro細胞破壊作用に対して防御効果を有すること,
TBP−I及びTBP−IIにおいて,TNF−Rの構造的特徴部
分が保存されていること,TBP−IおよびTBP−IIは,TN
Fの結合について細胞表面TNF−Rと競合し,その機能を遮断する
能力をもつことになること,が本願優先日前に知られていた事項であ
ると解される。
そこで,まず,本願の「TBP−I」と「p−55−TNF−R」
のアミノ酸配列についての関係を説明するために,乙1(Yaron
Nopharほか「Solubleformsoftumornecrosisfactorreceptors
(TNF-Rs).ThecDNAforthetype1TNF-R,clonedusingaminoacid
sequencedataofitssolubleform,encodesboththecellsurface
andasolubleformofthereceptor」[腫瘍壊死因子受容体(TNF
−Rs)の可溶性形態。可溶性形態のアミノ酸配列データを用いてク
ローニングされたI型TNF−RのcDNAは,細胞表面形態と可溶
性形態の受容体の両方をコードする]TheEMBOJournal,Vol.9,No.10,
1990,p.3269-3278),乙2(欧州特許出願公開第433900号明細
書[1991.Jun.26])を提出する。
乙1の図1(D)には,p−55−TNF−R(ここでは「I型T
NF−R」と記載されている。)のアミノ酸配列が記載されている。
この図1(D)の記載から,p−55−TNF−Rは,細胞外領域,
膜貫通領域,細胞内領域の3つの領域から構成され,細胞外領域は1
∼190位のアミノ酸配列,膜貫通領域は191∼213位のアミノ
酸配列,細胞内領域は214∼434位のアミノ酸配列からそれぞれ
構成されることがわかる。
また,乙2には,「例4TBP−IをコードするcDNAのクロ
ーニングとチャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞でのTBP−
Iの発現」の表題の下に,「哺乳動物細胞でのI型ヒトTNFレセプ
ターの可溶性領域をコードするDNAの効率的な発現に適したプラス
ミドを得るため,図1Dで示したDNA配列の256−858の遺伝
子を2つの発現ベクター中にクローン化した。」(8頁54行∼9頁
2行)と記載されている。ここで,「図1Dで示したDNA配列の2
56−858の遺伝子」は,−21位∼180位のアミノ酸配列をコ
ードするものに対応するから,「TBP−I」は,1∼180位のア
ミノ酸配列からなるタンパク質(−21∼−1位のアミノ酸配列はシ
グナル配列なので,哺乳動物細胞で発現させると切断される。)であ
ることがわかる。
したがって,本願明細書の上記記載,乙1,2の記載からすると,
本願明細書の「TBP−I」は,p−55−TNF−Rの細胞外領域
の一部(そのC末端が180位のアミノ酸)のアミノ酸配列からなる
タンパク質で,膜貫通領域および細胞内領域を含まない,可溶性のタ
ンパク質である。
一方,細胞表面形態のTNF−Rは,膜貫通領域を有するので,そ
の膜貫通領域の部分で細胞膜を貫通して細胞膜上に存在しているタン
パク質であり,「膜貫通領域」,「細胞内領域」を含んでおり,細胞
表面に固着しているため可溶性のタンパク質ではない。
そして,本願明細書の上記記載及び乙1の「図2に示したように,
TBPIIの配列は,I型TNF−R,NGF−RおよびCDw40
タンパク質の細胞外領域における4つ折りのシステインリッチ繰り返
し領域と構造上の著しい相同性を有している。」(3273頁右欄2
行∼6行)との記載からすると,TBP−IとTBP−IIは,共通
の保存された構造を有していることが分かる。
したがって,本願明細書の上記記載から,TBP−IとTBP−I
Iは,TNFと特異的に結合し,細胞表面TNF受容体と競合するこ
とにより,TNFの細胞破壊作用に対して防御効果を与える,という
共通の性質を有していることが分かる。
原告は,本願発明1の構成に想到するための動機付けは,原告主張に
係る本願発明1の「新規知見」の認識以外に存在し得ないことを当然の
前提として,引用例1には本願発明1の構成に想到するための動議付け
が存在しないと主張するものと解される。しかし,このような前提が認
められないことは論ずるまでもないことである(一般に,異なった動機
で同一の行動をとることは珍しいことではない。発明もその例外ではな
く,異なった動機により同一の発明に導かれることがあることは,当然
である。)。
問題とすべきは,引用例1あるいはそれ以外の記載の中に,本願発明
1の構成に至る動機付けとなるに足りる記載が見い出されるか否かであ
る。上記動機付けは,本願発明1におけるものと同一であっても差し支
えないが,これと同じである必要はない。
引用例1には,以下のとおり,本願発明1に至る動機付けとなる記載
が存在する。
a引用例1(甲1)には,審決で引用した箇所として,以下の記載が
ある。
「TNF−Rの1価形態および多価形態は両方とも本発明の組成物お
よび方法において有用である。多価形態はTNFリガンドの結合部位
を複数もっている。例えば,2価の可溶性TNF−Rはリンカー領域
によって隔てられた第2A図のアミノ酸1−235の直列反復から成
っている。また,別の多価形態は,例えば,TNF−Rを臨床的に許
容しうる担体分子(フィコール,ポリエチレングリコールまたはデキ
ストランより成る群から選ばれるポリマー)に通常のカップリング技
術を使って化学的にカップリングすることにより構築できる。別法と
して,TNF−Rはビオチンに化学的にカップリングすることがで
き,その後ビオチン−TNF−R複合体をアビジンに結合させて,4
価のアビジン−ビオチン−TNF−R分子を得ることができる。TN
F−Rはさらにジニトロフェノール(DNP)またはトリニトロフェ
ノール(TNP)に共有結合でカップリングさせ,生成した複合体を
抗DNPまたは抗TNP−IgMで沈殿させて,10価のTNF−R
結合部位をもつデカマー複合体を形成することができる。また,免疫
グロブリン分子重鎖および軽鎖のいずれか一方または両方の可変部ド
メインの代わりにTNF−R配列を有しかつ未修飾不変部ドメインを
有する組換えキメラ抗体分子を作ることができる。例えば,キメラT
NF−R/IgG1は,2つのキメラ遺伝子−−TNF−R/ヒトκ
軽鎖キメラ(TNF−R/Cκ)およびTNF−R/ヒトγ重鎖キ1
メラ(TNF−R/Cγ)から作られる。2つのキメラ遺伝子の転−1
写・翻訳後に,これらの遺伝子産物は2価のTNF−Rをもつ単一の
キメラ抗体分子に組み立てる。このようなTNF−Rの多価形態はT
NFリガンドに対する結合親和性が増強される。」(10頁左上欄下
6行∼左下欄8行)
「本発明との関係において用いられる“可溶性TNF−R”または“
sTNF−R”は,天然TNF−Rの細胞外領域の全部または一部に
一致するアミノ酸配列(…),あるいは第2A図のアミノ酸1−16
3,アミノ酸1−185,またはアミノ酸1−235の配列に実質的
に類似したアミノ酸配列を有し,しかもTNFリガンドに結合すると
いう点で生物学的に活性である蛋白,または実質的に均等な類縁体を
意味する。均等な可溶性TNF−Rには,1以上の置換,欠失または
付加によりこれらの配列と異なるポリペプチドであって,TNF結合
能力を保持するか,または細胞表面結合TNFレセプター蛋白による
TNF信号伝達を阻止するもの,例えばhuTNF−RΔx(ここ
で,xは,第2A図のアミノ酸163−235のいずれか1つより成
る群から選ばれる)が含まれる。」(4頁左下欄下4行∼右下欄下7
行)
「可溶性TNF−R蛋白はTNF依存性応答を抑制するために投与さ
れる。いろいろな病気および疾患(例えば,悪液質や敗血症性ショッ
ク)がTNFによって引き起こされると考えられる。…従って,可溶
性TNF−R組成物は,例えば,悪液質や敗血症性ショックを治療す
るために,あるいはサイトカイン療法に伴う副作用を治療するために
使用される。」(16頁左上欄8行∼下3行)
b上記の「TNF−Rの1価形態および多価形態は両方とも本発明の
組成物および方法において有用である。」という記載から,「多価形
態」が「1価形態」とともに「本発明の組成物および方法において有
用である」ことは明らかである。さらに,「このようなTNF−Rの
多価形態はTNFリガンドに対する結合親和性が増強される。」とい
う記載から,「1価形態」よりも「多価形態(マルチマー)」の方が
優れた作用効果を奏することまで示されている。一方,その「1価形
態」の「本発明の組成物および方法において有用」とは,「TNF結
合能力を保持する」,「細胞表面結合TNFレセプター蛋白によるT
NF信号伝達を阻止する」,「TNF依存性応答を抑制する」などの
有用性を示している。
cしたがって,引用例1には,「1価形態」と「多価形態」が並列で
記載されているとともに,「1価形態」よりも「多価形態」の方が
「TNFリガンドに対する結合親和性が増強される。」ことまで示さ
れているのであるから,「1価形態」に勝るとも劣らず,「多価形態
(マルチマー)」が「TNF結合能力を保持する」,「細胞表面結合
TNFレセプター蛋白によるTNF信号伝達を阻止する」,「TNF
依存性応答を抑制する」などの有用性を奏することは引用例1の記載
から明らかである。
そうすると,引用例1の「多価形態」の製造の目的が,溶解型TN
F−Rについて,「TNF結合能力を保持する」,「細胞表面結合T
NFレセプター蛋白によるTNF信号伝達を阻止する」,「TNF依
存性応答を抑制する」,「TNFリガンドに対する結合親和性を増強
する」ことにあることは引用例1の記載から明らかである。
d以上のとおり,引用例1には,本願発明1に至る動機付けとなる記
載が十分に存在する。
特に,可溶性TNF受容体は,TNFと結合し,細胞表面TNF受
容体と競合することにより,TNFの機能を遮断する効果をもつもの
であるから,TNFとの結合能力が高ければ高い程,TNFの機能を
遮断する効果は大きくなる。そして,引用例1には「このようなTN
F−Rの多価形態はTNFリガンドに対する結合親和性が増強され
る。」という記載があるから,この点は,とりわけ,「多価形態」を
製造することの動機付けになる。
原告は,「ヒトp55−TNF−RがTNFに暴露された細胞中で凝
集型になって存在していることを見い出した」と主張する。
しかし,TNF受容体が「凝集」することは,次のとおり前記乙3及
び乙4に記載されており,本願優先日前に周知であった。
a乙3(22412頁右欄10行∼16行)
「約50kDaの最も速く移動するバンドはタンパク質分解生成物で
ある可能性が高く(Hohmannら,1989;Brockhausら,199
0),約75kDaのバンドは完全(intact)なA型受容体を
表しており,そして,より大きな分子量を有するバンドは,大規模な
還元において消失する(図なし)ことから,凝集を表す。」
b乙4(14503頁右欄23行∼34行)
「(e)TBPIに対する抗体がTNF様細胞毒性を媒介する効能
は,それらが引き起こす受容体の凝集の程度と関連している。潜在的
に受容体分子の大規模な凝集を引き起こす,ポリクローナル抗体と受
容体上の空間的に別個なエピトープに対するモノクローナル抗体の混
合物とは,せいぜい受容体の二量体化を引き起こす,単一のmAbs
よりもずっと有効だった。上記結果は,TNF受容体の凝集が,凝集
剤が結合するTNF受容体の部位にかかわりなく,それ自体でTNF
様効果を起こすために十分であることを示唆する。」
原告は,「本願発明1の構成は,ヒトp55−TNF−RがTNFに
暴露された細胞中で凝集型になって存在していることを見い出したこと
により,当該凝集体について,一方において【1】『機能性受容体の凝
集がこれらの受容体の活性に必要なこと』及び他方において【2】『こ
の凝集における非機能性受容体の関与がTNF機能の効果的な阻害を生
じること』をそれぞれ解明し,そのうち【2】の新規知見に基づき採択
されたものである。」と主張し,本願明細書(甲8)の例1及び2並び
に図1∼5をその根拠として主張する。
しかし,この主張は,以下のとおり失当である。
a本願明細書(甲8)の例1及び2並びに図1∼5において,完全長
又は一部欠失型「h−TNF−R1」を発現(製造)させた実験が行
われている。図3を見れば明らかなように,この実験において発現さ
せているのは,すべて,その膜貫通領域の部分で細胞膜に結合してい
る受容体であり,膜結合型の受容体である。すなわち,「膜結合型の
受容体」は,「細胞外領域」,「膜貫通領域」,「細胞内領域」の3
つの領域を含んでいるものである。
これに対し,本願発明1は「溶解型TNF−R(のマルチマー)」
に関するものであり,本願明細書に記載された「TBP−I」や「T
BP−II」についても「溶解型TNF−R(のモノマー)」に関す
るもので,例えば「TBP−I」はp−55−TNF−Rの細胞外領
域の一部のアミノ酸配列からなるタンパク質で,「膜貫通領域」及び
「細胞内領域」を含まない,可溶性のタンパク質を意味している。
したがって,本願発明1の対象である「溶解型TNF−R」と,本
願明細書(甲8)の例1及び2並びに図1∼5に記載されている試験
対象の「細胞表面TNF−R」とは全くの別物である。
b本願発明1は「(溶解型TNF−Rの)マルチマー」に関するもの
である。これに対し,本願明細書(甲8)の例1及び2並びに図1∼
5に記載されている試験対象のものは,「凝集体」に関するものであ
って,「マルチマー」に関するものではない。「凝集体」とは,静電
引力やファンデルワールス力などの弱い凝集力によってTNF−R同
士が弱い結合を形成して複数のTNF−Rが凝集するに止まるのに対
し,「マルチマー」とは共有結合のような原子間の強い結合によって
TNF−R同士が強い結合を形成して,全体として1個の分子を形成
するものであるから,本願発明1の対象である「マルチマー」と,本
願明細書(甲8)の例1及び2並びに図1∼5に記載されている試験
対象の「凝集体」とは全くの別物である。
c本願明細書には,溶解型TNF−Rに対するTNFの結合力や結合
個数等の「溶解型TNF−R」と「TNF」間の結合についての作用
効果に関する試験結果は全く示されていないから,本願発明1の対象
である「溶解型TNF−Rのマルチマー」が,マルチマー(トリマ
ー)であるTNFと効果的に結合するかどうか,ひいては,本願発明
1の対象である「溶解型TNF−Rのマルチマー」がマルチマー(ト
リマー)であるTNFと効果的に結合することにより,効果的に細胞
表面TNF−Rの機能を遮断する効果を奏するかどうかを裏付ける記
載は一切されていない。
d以上のとおり,本願明細書で試験しているのは,①「細胞表面TN
F−R」の,②「凝集体」のみで,③TNFが溶解型TNF−Rのマ
ルチマーに結合する効果についての裏付けは一切記載されていない。
e原告が主張する「非機能性の欠失型TNF−R1」は,TNFの細
胞内での情報伝達に関わる「細胞内領域」の一部を欠失させたもので
ある。この「非機能性受容体」は「細胞内領域」の一部を欠失してい
るから,その欠失の程度によって,TNFの細胞内での情報伝達に影
響を与える結果となる。原告が主張する知見【ii】の「この凝集にお
ける非機能性受容体の関与がTNF機能の効果的な阻害を生じる」効
果は,あくまで膜結合型の非機能性受容体の存在により奏されるもの
である。
ところで,本願明細書(甲8)には,「本発明による溶解型TNF
−Rのマルチマーは,それらが細胞表面TNF−Rの凝集体上のTN
Fトリマーの結合部位に対してTNFと効果的に競合するので,より
低用量でTNF活性の阻害に,より有効であろうと考えられる。」
(段落【0020】)と記載されているから,本願発明1の「溶解型
TNF−Rのマルチマー」の効果は,細胞表面受容体(細胞表面TN
F−R)と競合することにより,「TNFのその受容体への結合の妨
害能を有しTNFの作用を遮断できる」ことにより奏されるものであ
る。
したがって,原告が主張する知見【ii】の「この凝集における非
機能性受容体の関与がTNF機能の効果的な阻害を生じる」という効
果は,膜結合型の非機能性受容体の存在により奏される阻害効果であ
るので,(膜結合型の受容体ではない)本願発明1の「溶解型TNF
−Rのマルチマー」の「TNFのその受容体への結合の妨害能を有し
TNFの作用を遮断できる」効果とは全く異なるものである。
また,上記のとおり,本願発明1は「溶解型TNF−Rのマルチマ
ー」に関するものであるところ,本願明細書(甲8)の例1及び2並
びに図1∼5に記載されている試験対象は,①「膜結合型」であって
「溶解型」ではないし,②「凝集体」に関するものであって,「マル
チマー」に関するものではないし,また,③本願明細書には,TNF
が溶解型TNF−Rのマルチマーに結合する効果についての裏付けも
一切記載されていないのであるから,本願発明1の対象である「溶解
型TNF−Rのマルチマー」が,マルチマー(トリマー)であるTN
Fと効果的に結合することにより,効果的に細胞表面TNF−Rの機
能を遮断する効果を奏するかどうかは全く記載されていないので,こ
れらの点からも,本願発明1の「溶解型TNF−Rのマルチマー」が
奏する「TNFのその受容体への結合の妨害能を有しTNFの作用を
遮断できる」効果と,膜結合型の非機能性受容体の存在により奏され
る阻害効果とは,全く異なると解する他はない。
原告は,「引用例1には,TNF結合能力を『保持』することについ
ての具体的な記載やそれを確認した旨のデータ等は一切開示されていな
い。かえって,TBP−IIに関する『TNF結合能力の保持』につい
ては否定的な報告(甲18,19)が各研究者よりなされている。」旨
の主張をする。
しかし,原告の主張は,本願明細書に本願発明1について具体的な記
載やそれを確認した旨のデータ等の記載があることを前提とする主張で
あるところ,本願発明1は「溶解型TNF−Rのマルチマー」に関する
ものであるにもかかわらず,本願明細書中に「溶解型TNF−Rのマル
チマー」に関する裏付けがないことは,既に主張したとおりである。
また,引用例1には,TNF受容体(「p−75−TNF−R」に相
当する。)の細胞外領域からなるタンパク質を各種細胞で発現させて,
該タンパク質が「TNF結合能力の保持」することは,具体的な記載に
より十分に開示されている(実施例3∼5,7∼8参照)。
さらに,原告が提示する甲18,19に,本願の「TBP−I」と
「TBP−II」に対応するものが記載されているとしても,甲18,
19は,本願優先日後の文献であって,しかも甲18,19の記載内容
は本願明細書に記載されていない事項であるから,甲18,19の記載
をもって審決の認定判断を覆す根拠とはなり得ない。また,甲18,1
9の記載事項を検討しても,原告が指摘するような,TBP−Iに関す
る「TNF結合能力の保持」について否定的な報告に関する記載は甲1
8,19には存在しない。そして,本願明細書(甲8)には,従来技術
水準として,「…実際,TBP−IおよびTBP−IIにおけるアミノ
酸配列は,細胞表面受容体の細胞外ドメインに見出される配列に完全に
一致するが,この受容体の細胞内ドメインの部分は含まないことが明ら
かにされている。」(段落【0006】)及び「…この構造の保存によ
り,TBP−IおよびTBP−IIは,細胞表面TNF−RでTNFと
競合し,その機能を遮断する能力をもつことになる。」(段落【000
7】)と記載されているし,引用例3,5にはTBP−IがTNF結合
能力を有することが記載されており,TBP−IがTBP−IIと同様
にTNF結合能力を有することは明らかである。したがって,TBP−
Iに関する「TNF結合能力の保持」については否定的な旨の各研究者
よりの報告がなされているのである旨の原告の主張は当を得たものとは
いえない。
原告は,「引用例1の『多価形態』が『TNFとの多数の結合部位を
有する分子』であることをその根拠としているが,これは審決の推測に
すぎない。審決のこのような推論は,甲18,19において否定的に理
解されている。」旨主張する。
しかし,「多価形態はTNFリガンドの結合部位を複数もっている」
ことは引用例1(甲1)に記載されている事項である(10頁左上欄下
4行∼下3行)し,「このようなTNF−Rの多価形態はTNFリガン
ドに対する結合親和性が増強される。」ことも引用例1に記載されてい
るのであるから,審決で推測した事項ではない。
そして,引用例1に,①「溶解型TNF−Rのマルチマー」が記載さ
れていること及び②本願発明1に至る動機付けとなる記載が十分に存在
すること,既に前記において主張したとおりである。甲18,19
は,本願優先日後の文献であって,しかも甲18,19の記載内容は本
願明細書に記載されていない事項であるから,甲18,19の記載をも
って審決の判断を覆す根拠とはなり得ない。さらに,甲18,19の記
載事項を検討しても,甲18にはTBP−IマルチマーとTBP−II
マルチマーとの結合速度に関する考察がなされており,また,甲19に
は,モノマーのTBP−Iは最も効果が低いのに対し,TBP−Iマル
チマーはそれより4000倍より少ない濃度で阻止作用を示すことなど
は記載されているが,原告が指摘するような,審決の判断を否定的に記
述する記載は甲18,19には存在しない。
原告は,「マルチマー型の抗体や受容体は,生体内に存在する形態と
は異なる形態のものを人為的に作成した結果物であり,当業者であれ
ば,このように人為的に多量体化したことに伴い,得られた受容体等
に,生体内に自然に存在する形態の受容体では生じない問題,例えば,
その構造上の複雑化に伴う立体障害等を想起するはずであり,審決の述
べるように『TNFとの多数の結合部位を有する分子を構築することに
よって,TNFとその受容体への結合を妨害し,ひいては,TNFの作
用を遮断することを目的として作製しているものである』と当業者が直
ちに理解するというのは失当である。」と主張するが,既に述べてきた
ように,原告の主張はこの結論に至る前提で誤っているので,原告の上
記主張は失当である。
また,前記のとおり,TNF受容体が「凝集」することは,本願優
先日前に周知であるし,しかも,前記のとおり,本願明細書には「マ
ルチマーを用いたもの」などは一切記載されていないのであるから,
「本願発明1は,TNF−R1がinvivoでTNFと相互作用す
る際に凝集体を形成することを初めて見い出し,この生体内での現象に
おける凝集体の擬似体としてマルチマーを用いたものである。」という
原告の主張は,当を得たものとはいえない。
そして,前記のとおり,本願発明1に至る動機付けについての審決
の認定判断に誤りはないから,「上記のマルチマー型の抗体や受容体の
本願出願当時の技術常識に照らせば,当業者は,本願明細書で初めて開
示する上記【2】の新規知見がなければ本願発明1を容易に想到し得な
いはずである。」との原告の主張は当を得たものとはいえない。
イ前記アの主張につき
原告は,引用例1には本願発明1の動機付けとなる記載がないと主張す
るが,前記アのとおり,原告の上記主張は当を得たものとはいえない。
また,原告は,「そもそも引用例1においてはその『TBP−II』か
らなる『1価形態』におけるその『結合能力』の『保持』について具体的
に実証されていない」と主張するが,この点は,前記アで指摘したとお
りである。
ウ前記アの主張につき
原告は,「『TBP−Iからなるマルチマーを作製すること』の技術的
知見を引用例1のTBP−IIからなるその『多価形態』において見い出
すことはできないので,やはり『当業者が容易に想到することである。』
との判断は誤りである。」と主張するが,失当である。
審決は,「本願優先日前において,TNF受容体の細胞外ドメインに相
当する溶解型TNF−Rとして,TBP−IIとともに,TBP−Iはよ
く知られた分子であるから(記載事項(b),(c)及び,本願明細書【
0006】),該マルチマーの構成成分として,TBP−Iを用いて,引
用例1に記載される化学的カップリング法により(記載事項(a1)),
TBP−Iからなるマルチマーを作製することは,当業者が容易に想到す
ることである。」(6頁10行∼15行)と認定判断していることから明
らかなように,引用例1のみを用いて本願発明1の進歩性を否定したので
はなく,記載事項(b)である引用例3,記載事項(c)である引用例5
及び本願明細書(甲8)の段落【0006】に記載された従来技術水準に
基づいて,本願発明1の進歩性を否定したのである。
したがって,「『TBP−Iからなるマルチマーを作製すること』の技
術的知見を引用例1のTBP−IIからなるその『多価形態』において見
い出すことはできない」としても,そのことをもって本願発明1が進歩性
を有することにはならない。
しかも,本願明細書(甲8)に,従来技術水準として,「…実際,TB
P−IおよびTBP−IIにおけるアミノ酸配列は,細胞表面受容体の細
胞外ドメインに見出される配列に完全に一致するが,この受容体の細胞内
ドメインの部分は含まないことが明らかにされている。」(段落【000
6】)及び「…この構造の保存により,TBP−IおよびTBP−II
は,細胞表面TNF−RでTNFと競合し,その機能を遮断する能力をも
つことになる。」(段落【0007】)と記載されているように,TBP
−I及びTBP−IIは,「構造の保存」とされ,ともに「細胞表面TN
F−RでTNFと競合し,その機能を遮断する能力をもつ」ことは周知で
あるから,TBP−IIからなるマルチマーと同様の作用効果を得るため
に,TBP−Iからなるマルチマーを作製することは当業者が容易に想到
し得ることである。
したがって,「そうであるから,引用例1において,TNF−Rのマル
チマーの構成成分としては,具体例として記載されたTBP−IIを含む
分子に限定されることなく,TNFへの結合性を有している他のTNF−
Rを用いてみようとすることは,当業者が自然に発想することである。そ
して,本願優先日前において,TNF受容体の細胞外ドメインに相当する
溶解型TNF−Rとして,TBP−IIとともに,TBP−Iはよく知ら
れた分子であるから(記載事項(b),(c)及び,本願明細書【000
6】),該マルチマーの構成成分として,TBP−Iを用いて,引用例1
に記載される化学的カップリング法により(記載事項(a1)),TBP
−Iからなるマルチマーを作製することは,当業者が容易に想到すること
である。」(6頁7行∼15行)とした審決の判断に誤りはない。
エ前記アの主張につき
原告は,「TBP−Iからなる,あるいはTBP−IとTBP−IIの
混合物からなるマルチマーを作製することもまた,当業者が容易に想到し
得ることである。」旨の審決の判断を争うが,①「本願優先日前におい
て,TNF受容体の細胞外ドメインに相当する溶解型TNF−Rとして,
TBP−IIとともに,TBP−Iはよく知られた分子である」こと(審
決6頁10行∼12行),②「TNF−Rのマルチマーの構成成分は,T
NFへの結合能力があればよく,ホモ体でなくともよいことは明らかであ
る」こと(審決6頁16行∼17行),及び③「TBP−IとTBP−I
Iとの混合物からなるマルチマーを作製しようとすることに阻害要因があ
るとはいえない」こと(審決6頁17行∼18行)を総合的に判断する
と,「TBP−IとTBP−IIの混合物からなるマルチマーを作製する
ことも,当業者にとって容易である。」といわざるを得ない。
取消事由2に対し
ア原告は,「審決は『TNFへの結合部位を複数有するもの』であれば,
上記の『性質を有するものであるといえる。』と述べているが,本願出願
当時,TNFが結合するTNF−Rの形態については『まだ何もわかって
いな』かったのであるから,『TNFへの結合部位を複数有する』ことか
ら直ちに上記の『性質を有するものである』などとはいえない。」と主張
する。
しかし,前記アのとおり,引用例1には,溶解型TNF−R(TB
P−II)について,「1価形態」に勝るとも劣らず,「多価形態(マル
チマー)」が「TNF結合能力を保持する」,「細胞表面結合TNFレセ
プター蛋白によるTNF信号伝達を阻止する」,「TNF依存性応答を抑
制する」などの有用性を奏することが記載されている。
そして,審決で「本願優先日前において,TNF受容体の細胞外ドメイ
ンに相当する溶解型TNF−Rとして,TBP−IIとともに,TBP−
Iはよく知られた分子であるから(記載事項(b),(c)及び,本願明
細書【0006】)」(6頁10行∼13行)と指摘したように,本願優
先日前において,TNF受容体の細胞外ドメインに相当する溶解型TNF
−Rとして,TBP−IIとともに,TBP−Iはよく知られた分子であ
る。
したがって,本願優先日当時,TNFが結合するTNF−Rの形態及び
その能力については,審決が認定判断する限りにおいて,十分に知られて
いたのであるから,原告の上記主張は失当である。
加えて,前記アのとおり,TNF受容体が「凝集」することは周知
であったのであるから,この点からしても,原告の上記主張は,当を得た
ものとはいえない。
イ原告は,「本願発明1は『凝集体』に関する新規知見である前記【1】
【2】に基づいて,この性質を明記したものであるから審決の判断には誤
りがある。」と主張する。
本願発明1の「溶解型TNF−Rのマルチマー」の「TNFのその受容
体への結合の妨害能を有しTNFの作用を遮断できる」性質は,細胞表面
受容体と競合することにより得られる「溶解型」の受容体が持つ性質であ
る。
一方,「疑集体」に関する新規知見【i】,【ii】は,前記アの
とおり,膜結合型の受容体の製造によって得られた知見であって,「溶解
型TNF−Rのマルチマー」の製造に係るものではない。
そして,仮に,原告のいう「『疑集体』に関する新規知見【i】,【i
i】に基づく性質」が,「この凝集における非機能性受容体の関与がTN
F機能の効果的な阻害を生じる」ことによる性質を示したものであったと
しても,①そのような性質は,膜結合型の非機能性受容体の存在により奏
される阻害効果を意味しているので,(膜結合型の受容体ではない)本願
発明1の「溶解型TNF−Rのマルチマー」の「TNFのその受容体への
結合の妨害能を有しTNFの作用を遮断できる」性質とは全く異なるもの
であるし,しかも,②仮に,原告自らが述べるように,「本出願当時,T
NFが結合するTNF−Rの形態についてはまだ何もわかっていなかっ
た」のであったとすれば,「膜結合型の受容体」に関する試験結果に基づ
いて,それとは全く形態が異なる「溶解型TNF−Rのマルチマー」につ
いての知見を得ることなど,到底できないというほかはない。
したがって,原告の上記主張は当を得たものとはいえない。
ウ本願明細書(甲8)の例1及び2は,前記アのとおり,「溶解型T
NF−Rのマルチマー」の製造に係るものではなく,膜結合型の受容体の
製造に係るものである。したがって,本願明細書(甲8)の例1及び2に
おいて,「TBP−I」から成る「溶解型TNF−Rのマルチマー」にお
ける「凝集型」を確認している,との原告の主張は誤りである。
そして,本願発明1の「溶解型TNF−Rのマルチマー」の「TNFの
作用を遮断する能力」は,細胞表面受容体と競合することにより得られる
「溶解型」の受容体が持つ能力であり,本願明細書(甲8)の例1及び2
に記載されている膜結合型の受容体のものとは全く異なるものであるとと
もに,仮に,原告自らが述べるように,「本出願当時,TNFが結合する
TNF−Rの形態についてはまだ何もわかっていなかった」とすれば,
「膜結合型の受容体」に関する試験結果に基づいて,それとは全く形態が
異なる「溶解型TNF−Rのマルチマー」についての知見を得ることなど
できないというほかはないから,「当業者であれば具体的に記載されてい
るに等しいものとして理解する」とはいえない。
エ本願明細書(甲8)の例1及び2は,「溶解型TNF−Rのマルチマ
ー」の製造に係るものではなく,膜結合型の受容体の製造に係るものであ
り,また,それ以外の記載についても,本願明細書(甲8)には,溶解型
TNF−Rマルチマーの製造方法は現在形で記載されているにすぎず(段
落【0049】∼【0075】),実際に,溶解型TNF−Rのマルチマ
ーを製造し,そのTNFの作用を遮断する能力を確認した具体的な記載は
何ら存在しない。ゆえに,本願明細書は,本願発明1の「溶解型TNF−
Rのマルチマー」について何ら具体的な裏付けがないものであるから,引
用例1の記載との関係において「この点が実質的な相違点であるとはいえ
ない。」とした審決の判断に誤りはない。
取消事由3に対し
ア本願明細書(甲8)の例1及び2は,「溶解型TNF−Rのマルチマ
ー」の製造に係るものではなく,膜結合型の受容体の製造に係るものであ
る。したがって,「本願明細書には,実際に,溶解型TNF−Rのマルチ
マーを製造し,そのTNFの作用を遮断する能力を確認した具体的な記載
は何ら存在しない」(7頁2行∼4行)との審決の判断に誤りはない。
イ前記アのとおり,引用例1には,溶解型TNF−Rについて,「1
価形態」に勝るとも劣らず,「多価形態(マルチマー)」が「TNF結合
能力を保持する」,「細胞表面結合TNFレセプター蛋白によるTNF信
号伝達を阻止する」,「TNF依存性応答を抑制する」などの有用性を奏
することについての記載がある。また,審決で指摘したように,「本願優
先日前において,TNF受容体の細胞外ドメインに相当する溶解型TNF
−Rとして,TBP−IIとともに,TBP−Iはよく知られた分子であ
る」(審決6頁10行∼12行)。さらに,審決では記載事項(b)であ
る引用例3,記載事項(c)である引用例5及び本願明細書[甲8]段落
【0006】に記載された内容を従来技術水準として提示している。これ
らの従来技術から判断すれば,本願発明1の奏する効果は,従来技術から
予測される範囲を超えるものではない。
ウ甲18,19は,本願優先日後の文献であって,しかも甲18,19の
記載内容は本願明細書に記載されていない事項である(原告所論のTBP
−Iからなるマルチマーの優れた作用効果は,本願明細書に何ら開示され
ていない作用効果であり,原告の主張は明細書の記載に基づく主張でな
い。)から,甲18,19の記載をもって審決の判断を覆す根拠とはなり
得ない。
エ以上のとおりであるから,本願発明1の効果について,「本願明細書に
は,実際に,溶解型TNF−Rのマルチマーを製造し,そのTNFの作用
を遮断する能力を確認した具体的な記載は何ら存在しないのであるから,
本願発明1の奏する効果は,従来技術から予測される範囲であってそれを
超えるものとはいえない。」(審決7頁2行∼5行)とした審決の判断に
誤りはない。
取消事由4に対し
ア医薬についての用途発明においては,一般に,物質名,化学構造だけか
らその有用性を予測することは困難であり,発明の詳細な説明に,投与方
法,製剤化のための事項等がある程度記載されている場合であっても,そ
れだけでは当業者は当該医薬が実際にその用途において有用性があるか否
かを知ることができないから,発明の詳細な説明に薬理データ又はそれと
同視すべき程度の記載をしてその用途の有用性を裏付ける必要があり,そ
のような記載がなされていない場合には,特許法36条4項に違反するも
のというべきである。
これを本願発明5についてみるに,本願明細書中には,本願発明5の発
明の対象である「溶解型TNF−Rのマルチマー」の用途の有用性につい
ての裏付けが一切記載されていない。
すなわち,本願明細書(甲8)の例1及び2の記載は,「溶解型TNF
−Rのマルチマー」の製造に係るものではなく,本願明細書には,「溶解
型TNF−Rのマルチマー」を実際に製造し,「溶解型TNF−Rのマル
チマー」が「TNFのその受容体への結合の妨害能を有しTNFの作用を
遮断できる」ことを確認した具体的な記載はない。また,本願明細書(甲
8)の例3及び4の記載は,予想に基づく記載がなされているのみであっ
て,「溶解型TNF−Rのマルチマー」の用途の有用性についての裏付け
はない。さらに,本願明細書のその他の部分をみても,「溶解型TNF−
Rのマルチマー」の用途の有用性についての裏付けはない。
甲18,19は,本願優先日後の文献であって,しかも甲18,19の
記載内容は本願明細書に記載されていない事項であるから,甲18,19
の記載をもって審決の判断を覆す根拠とはなり得ない。また,甲20も,
本願優先日後の文献であるので,同様である。
したがって,「本願は,本願発明5について,特許法第36条4項に規
定する要件を満たしていない。」とした審決の判断に誤りはない。
イ原告は,無効審判請求前に本願明細書を補正する機会が十分に与えられ
ていたにもかかわらず,自らの都合によって,それらの補正の機会を利用
しなかったものである。
審判請求人が補正案を提示しても,その補正案を考慮して補正の機会を
与えるか否かは,審判合議体の裁量権に属するものである。したがって,
仮に,本願発明1に関する特許法29条2項の拒絶理由が解消するとして
も,それにより直ちに補正の機会が与えられるわけではない。
第4当裁判所の判断
1請求原因(特許庁における手続の経緯),(発明の内容),(審決の
内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
そこで,以下の2ないし4において,本願発明1の意義・引用例1の記載事
項と本願発明1との一致点と相違点・引用例3及び5の記載事項を明らかにし
た上,それを前提として,5以下において,原告の取消事由の主張に対する当
裁判所の判断を示すこととする。
2本願発明1の意義について
本願発明1は,前記第3の1のとおり,「TNFのその受容体への結合
の妨害能を有しTNFの作用を遮断できる,溶解型TNF−Rのマルチマー
またはその塩であって,該マルチマーはTBP−Iからなる,あるいはTB
P−IとTBP−IIの混合物からなる,溶解型TNF−Rのマルチマーま
たはその塩。」というものである。
本願明細書(甲8)には,「発明の詳細な説明」として,次の記載があ
る。
ア発明の分野
本発明は,腫瘍壊死因子受容体の溶解型マルチマー,その製造方法,お
よびそれを含有する医薬組成物に関する(段落【0001】)。
イ発明の背景
腫瘍壊死因子(TNF)は多くの細胞種,主として単核貧食細胞で産生
されるサイトカインである。現在,2種類のTNF,すなわちTNF−α
およびTNF−β(リンホトキシン)が同定されている。TNF−αおよ
びTNF−βはいずれも,特異的細胞表面受容体に結合して,それらの作
用を開始する(段落【0002】)。
TNF−αおよびTNF−β(以下TNFと呼ぶ)は,炎症応答に関与
する多数の様々な標的細胞に対して,有益な作用と同時に有害作用も発揮
することが知られている。その多くの作用の中で,TNFはたとえば,線
維芽細胞の増殖を刺激し,これらの細胞中にコラーゲン,プロスタグラン
ジンE2およびIL−6の合成を誘発する。TNFはまた,脂肪細胞にお
いて,リポ蛋白リバーゼの活性を低下させ,破骨細胞を活性化し,血中白
血球に対する内皮細胞の付着性を増大させる(段落【0003】)。
しかしながら,TNFは同時に,著しい有害作用ももっている。TNF
−αの過剰産生はいくつかの疾患の主要な病因になっている。たとえば,
TNF−αは敗血症ショック症状の主な原因であることが知られている。
ある種の疾患では,TNFは,脂肪細胞の活性の抑制および食欲不振を起
こすことにより,著しい体重減少(カヘキシー)を生じることがある(し
たがって,TNF−αはカヘキシンと呼ばれた)。Beutlerら,A
nnu.Rev.Biochem.,57,507−518(1988)
およびOld,Sci.Am.258,41−49(1988)参照。過
剰なTNF産生はエイズ患者でも明らかにされている(段落【0004
】)。
TNFの細胞障害作用を中和するためには,内因的に形成されるまたは
外因的に投与されるTNFに対する拮抗またはその消失を図る方法が探索
されてきた。さらに,TNFの多くの作用の中の一部のみを特異的に誘導
する方法,またはその作用を特定の種類の標的細胞に限定する方法が検討
されている。この方向での最初の試みは,TNF−αの細胞障害作用を中
和するモノクローナル抗体の開発であった。このようなモノクローナル抗
体は欧州特許第186833号およびイスラエル特許第73883号に
記載されている(段落【0005】)。
上述のように,TNFは特異的細胞表面受容体に結合してその作用を開
始する。細胞の種類により発現が異なる2種類のTNF受容体(以下「T
NF−R」という),すなわちp−55−TNF受容体およびp−75−
TNF受容体(p−55−TNF−Rおよびp−75−TNF−R)が知
られている。TNFに特異的に結合するTBP−IおよびTBP−IIと
呼ばれる2種類の蛋白質が,この2つの受容体と免疫学的に交差反応する
ことが明らかにされている。両蛋白質とも,TNFのinvitro細
胞破壊作用に対して防御効果を与え,いずれもTNF−αよりTNF−β
への結合の効率が低い。TBPの形成が細胞表面TNF−Rの蛋白分解的
切断によって起こり,それらの細胞外ドメインの主要部分の放出を生じる
ことも見出された(欧州特許第308378号,第398327号,お
よび欧州特許出願第90124133.1号参照)。実際,TBP−I
およびTBP−IIにおけるアミノ酸配列は,細胞表面受容体の細胞外ド
メインに見出される配列に完全に一致するが,この受容体の細胞内ドメイ
ンの部分は含まないことが明らかにされている(段落【0006】)。
これらの所見は,TBP−IならびにTBP−IIによるTNF機能の
阻害が,TNFの受容体への結合およびそれによるTNFへの細胞応答の
開始に重要な細胞表面TNF−Rの構造的特徴部分のTBP−IおよびT
BP−IIにおける保存を反映するものであることを示唆している。この
構造の保存により,TBP−IおよびTBP−IIは,細胞表面TNF−
RでTNFと競合し,その機能を遮断する能力をもつことになる(段落【
0007】)。
TNFが自然な状態で,それぞれ分子サイズ約17,000Dの同一の
ポリペプチド鎖3つからなるマルチマー(トリマー)として存在すること
が知られている(段落【0008】)。
その作用を誘導するためには,TNFは,そのトリマー型でTNF受容
体に結合しなければならない。TNFモノマーも細胞に結合するが(TN
Fトリマーに比較して親和性は低い),作用は示さない(段落【0009
】)。
ウ発明の要約
本発明は,溶解型TNF−Rのマルチマー,およびその塩または機能性
誘導体を提供する。これらのマルチマーは,細胞表面受容体へのTNFの
結合を効果的に妨害し,したがってTNFの有害作用を発揮させない(段
落【0010】)。
本明細書で用いられる「マルチマー」の語は,たとえば,共有結合,リ
ポソーム形成,溶解型TNF−Rのモノマーの単一組換え分子への導入,
または他の任意のモノマーの結合により,一緒に保持されたモノマーの任
意の組み合わせを意味する(段落【0011】)。
マルチマーはダイマー,トリマーまたは他のマルチマー型のいずれでも
よく,たとえばTBP−I,TBP−II,またはそれらの混合物からな
るものとすることもできる(段落【0012】)。
以下に述べるように,TNFはトリマーとして存在し,トリマーとして
その生物学的作用を発揮する。しかしながら,TNFが結合するTNF−
Rの形態について,すなわち,TNFトリマーが個々のTNF−Rに結合
するのか,あるいは受容体自身もトリマーとして存在するのか,またはT
NF結合後により良好にトリマーを収容するマルチマーになるのか等につ
いては,まだ何もわかっていない(段落【0017】)。
本発明者らは,TNF−Rが,TNFに暴露された細胞中で凝集型にな
って存在することを見出したのである(段落【0018】)。
これは,標識TNFに架橋によって付着させたヒトp55−TNF−R
の完全長,C末端切断型の分析によって明らかにされた。この目的で本発
明者らはcDNAの特定部位の突然変異により,ヒトp55−TNF−R
の切断型を精製させ,これをマウスA9細胞内で発現させた。放射標識T
NFをこれらの細胞に適用しTNF−Rに化学的に架橋させた。TNF−
Rは界面活性剤で可溶化し,ヒト受容体に特異的な抗体を適用して,ヒト
受容体を免疫沈殿させ,ついで受容体の凝集の結果として,マウス受容体
がヒト受容体と非共有結合的に会合するかどうかを検査した(段落【00
19】)。
TBP−IとTBP−IIのモノマーに,ヒト生体内において細胞への
TNFの結合の効果的な阻害を起こさせるためには,極めて高用量を投与
しなければならない。本発明による溶解型TNF−Rのマルチマーは,そ
れらが細胞表面TNF−Rの凝集体上のTNFトリマーの結合部位に対し
てTNFと効果的に競合するので,より低用量でTNF活性の阻害に,よ
り有効であろうと考えられる(段落【0020】)。
本願優先日前に刊行された乙1(YaronNopharほか「Solubleformsof
tumornecrosisfactorreceptors(TNF-Rs).ThecDNAforthetype1
TNF-R,clonedusingaminoacidsequencedataofitssolubleform,encodes
boththecellsurfaceandasolubleformofthereceptor」TheEMBO
Journal,Vol.9,No.10,1990,p.3269-3278)のFig.1(図1)Dには,I型T
NF−R(p−55−TNF−R)のアミノ酸配列が記載されているとこ
ろ,そのアミノ酸配列は,細胞外領域,膜貫通領域,細胞内領域の3つの領
域から構成されており,細胞外領域は,1位∼190位である。また,乙2
(欧州特許出願公開第433900号明細書[1991.Jun.26])には,「例
4TBP−IをコードするcDNAのクローニングとチャイニーズハムス
ター卵巣(CHO)細胞でのTBP−Iの発現」の表題の下に,「哺乳動物
細胞でのI型ヒトTNFレセプターの可溶性領域をコードするDNAの効率
的な発現に適したプラスミドを得るため,図1Dで示したDNA配列の25
6−858の遺伝子を2つの発現ベクター中にクローン化した。」と記載さ
れている(8頁54行∼9頁2行,訳文下6行∼下1行)。Fig.1D(16
頁)によると,上記の「DNA配列の256−858の遺伝子」は,−21
位∼180位のアミノ酸配列をコードするものに対応するところ,弁論の全
趣旨によると,−21位∼−1位はシグナル領域であって,哺乳動物細胞で
発現させると切断されるものと認められるから,「TBP−I」は,1∼1
80位のアミノ酸配列からなるタンパク質であるということができる。
以上の乙1及び乙2の記載に,前記イの本願明細書(甲8)における
「実際,TBP−IおよびTBP−IIにおけるアミノ酸配列は,細胞表面
受容体の細胞外ドメインに見出される配列に完全に一致するが,この受容体
の細胞内ドメインの部分は含まないことが明らかにされている。」(段落【
0006】)との記載を総合すると,TBP−I及びTBP−IIは,細胞
表面受容体の細胞外ドメインの可溶性の部分からなるものであって,同受容
体の細胞内ドメインの部分は含まないものであると認められる。
そして,前記のとおり,本願発明1の「溶解型TNF−Rのマルチマ
ー」は,TBP−I又はTBP−IとTBP−IIの混合物からなるのであ
るから,細胞表面受容体の細胞外ドメインの可溶性の部分からなるものであ
って,同受容体の細胞内ドメインの部分は含まないものと認められる。その
上,前記のとおり,本願発明1の「溶解型TNF−Rのマルチマー」は,
「TNFのその受容体への結合の妨害能を有しTNFの作用を遮断できる」
ものであるから,前記の発明の詳細な説明の記載をも考慮すると,本願発
明1は,細胞表面受容体の細胞外ドメインの可溶性の部分からなる(同受容
体の細胞内ドメインの部分は含まれない)「溶解型TNF−Rのマルチマ
ー」が,細胞表面受容体と競合して,TNFと結合することによって,TN
Fのその受容体への結合が妨害され,TNFの作用を遮断できるというもの
であると認められる。さらに,本願発明1の「溶解型TNF−Rのマルチマ
ー」は,このように,TNFのその受容体への結合を妨害し,TNFの作用
を遮断できるので,TNFの細胞破壊作用に対して防御効果を与えることが
できるものであると認められる。
原告は,本願発明1の構成は,ヒトp55−TNF−RがTNFに暴露さ
れた細胞中で凝集型になって存在していることを見い出したことにより,当
該凝集体について,一方において【1】「機能性受容体の凝集がこれらの受
容体の活性に必要なこと」及び他方において【2】「この凝集における非機
能性受容体の関与がTNF機能の効果的な阻害を生じること」をそれぞれ解
明し,そのうち【2】の新規知見に基づき採択されたものである,と主張す
る。
確かに,前記ウのとおり,本願明細書(甲8)の発明の詳細な説明に
は,「本発明者らは,TNF−Rが,TNFに暴露された細胞中で凝集型に
なって存在することを見出したのである。」(段落【0018】)と記載さ
れ,それに続いて,「これは,標識TNFに架橋によって付着させたヒトp
55−TNF−Rの完全長,C末端切断型の分析によって明らかにされた。
この目的で本発明者らはcDNAの特定部位の突然変異により,ヒトp55
−TNF−Rの切断型を精製させ,これをマウスA9細胞内で発現させた。
放射標識TNFをこれらの細胞に適用しTNF−Rに化学的に架橋させた。
TNF−Rは界面活性剤で可溶化し,ヒト受容体に特異的な抗体を適用し
て,ヒト受容体を免疫沈殿させ,ついで受容体の凝集の結果として,マウス
受容体がヒト受容体と非共有結合的に会合するかどうかを検査した。」(段
落【0019】)と記載されている。そして,本願明細書(甲8)の例1
(段落【0037】∼【0040】),例2(段落【0041】∼【004
8】)及び図1∼5には,ヒトp55−TNF−Rの細胞内領域の一部を欠
失したものは,欠失がないものに比べて,TNFの細胞破壊作用が阻害され
ることが示されているということができる。
しかし,前記の本願発明1の特許請求の範囲には,原告が主張する上記
【1】【2】についての記載はないから,本願発明1が,原告が主張するよう
なものであると認めることはできない。
3引用例1の記載事項と本願発明1との一致点・相違点について
引用例1(特開平3−133382号公報。甲1)には,次の記載があ
る。
ア「本発明はまた,TNF−R,特に可溶性形態のTNF−Rから成る単
離したまたは精製した蛋白組成物を提供する。」(3頁右下欄下8行∼下
6行)
イ「TNFレセプター(TNF−R)に特異的に結合するTNFの能力ゆ
えに,精製TNF−R組成物はTNFの診断アッセイに,または診断や治
療に用いるTNFレセプターに対する抗体の誘導に有用であるだろう。さ
らに,精製TNFレセプター組成物は,TNFを結合または捕捉するため
の治療に直接使用され,これによりこのサイトカインの免疫活性を調節す
るための手段を提供する。」(4頁左上欄1行∼8行)
ウ「本発明との関係において用いられる“可溶性TNF−R”または“s
TNF−R”は,天然TNF−Rの細胞外領域の全部または一部に一致す
るアミノ酸配列(例えば,huTNF−RΔ235,huTNF−RΔ1
85,huTNF−RΔ163),あるいは第2A図のアミノ酸1−16
3,アミノ酸1−185,またはアミノ酸1−235の配列に実質的に類
似したアミノ酸配列を有し,しかもTNFリガンドに結合するという点で
生物学的に活性である蛋白,または実質的に均等な類縁体を意味する。均
等な可溶性TNF−Rには,1以上の置換,欠失または付加によりこれら
の配列と異なるポリペプチドであって,TNF結合能力を保持するか,ま
たは細胞表面結合TNFレセプター蛋白によるTNF信号伝達を阻止する
もの,例えばhuTNF−RΔx(ここで,xは,第2A図のアミノ酸1
63−235のいずれか1つより成る群から選ばれる)が含まれる。」
(4頁左下欄下4行∼右下欄下7行)
エ「TNF−Rのサブユニットは末端または内部の残基もしくは配列を欠
失させることにより構築される。特に好適な配列には,TNF−Rのトラ
ンスメンブラン領域および細胞内ドメインが培地へのレセプターの分泌を
促すために欠失されたか,または親水性残基で置換されたものが含まれ
る。生成した蛋白はTNF結合能を保持する可溶性TNF−R分子と呼ば
れる。特に好適な可溶性TNF−R構築物はTNF−RΔ235(第2A
図のアミノ酸1−235の配列)であり,これはトランスメンブラン領域
に隣接したAspで終わるTNF−Rの全細胞外領域を含んでい235
る。」(9頁左上欄12行∼右上欄3行)
オ「TNF−Rの1価形態および多価形態は両方とも本発明の組成物およ
び方法において有用である。多価形態はTNFリガンドの結合部位を複数
もっている。例えば,2価の可溶性TNF−Rはリンカー領域によって隔
てられた第2A図のアミノ酸1−235の直列反復から成っている。ま
た,別の多価形態は,例えば,TNF−Rを臨床的に許容しうる担体分子
(フィコール,ポリエチレングリコールまたはデキストランより成る群か
ら選ばれるポリマー)に通常のカップリング技術を使って化学的にカップ
リングすることにより構築できる。別法として,TNF−Rはビオチンに
化学的にカップリングすることができ,その後ビオチン−TNF−R複合
体をアビジンに結合させて,4価のアビジン−ビオチン−TNF−R分子
を得ることができる。TNF−Rはさらにジニトロフェノール(DNP)
またはトリニトロフェノール(TNP)に共有結合でカップリングさせ,
生成した複合体を抗DNPまたは抗TNP−IgMで沈殿させて,10価
のTNF−R結合部位をもつデカマー複合体を形成することができる。
また,免疫グロブリン分子重鎖および軽鎖のいずれか一方または両方の
可変部ドメインの代わりにTNF−R配列を有しかつ未修飾不変部ドメイ
ンを有する組換えキメラ抗体分子を作ることができる。例えば,キメラT
NF−R/IgG1は,2つのキメラ遺伝子−−TNF−R/ヒトκ軽鎖
キメラ(TNF−R/Cκ)およびTNF−R/ヒトγ重鎖キメラ(T1
NF−R/Cγ)から作られる。2つのキメラ遺伝子の転写・翻訳後−1
に,これらの遺伝子産物は2価のTNF−Rをもつ単一のキメラ抗体分子
に組み立てる。このようなTNF−Rの多価形態はTNFリガンドに対す
る結合親和性が増強される。」(10頁左上欄下6行∼左下欄8行)
カ「可溶性TNF−R蛋白はTNF依存性応答を抑制するために投与され
る。いろいろな病気および疾患(例えば,悪液質や敗血症性ショック)が
TNFによって引き起こされると考えられる。…従って,可溶性TNF−
R組成物は,例えば,悪液質や敗血症性ショックを治療するために,ある
いはサイトカイン療法に伴う副作用を治療するために使用される。」(1
6頁左上欄8行∼下3行)
キ実施例3には,可溶性huTNF−RΔ235をコードするcDNAを
構築して,TNF−Rを発現させ,そのTNF−RがTNFを結合したこ
とが記載されている(19頁左上欄3行∼右上欄14行)
実施例4には,可溶性huTNF−RΔ185をコードするcDNAを
構築して,TNF−Rを発現させ,そのTNF−RがTNFを結合したこ
とが記載されている(19頁右上欄15行∼20頁左上欄11行)。
実施例5には,可溶性huTNF−RΔ163をコードするcDNAを
構築して,TNF−Rを発現させ,そのTNF−RがTNFを結合したこ
とが記載されている(20頁左上欄12行∼右上欄下5行)。
実施例7には,チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞によって可
溶性TNF−Rを発現させたことが記載されている(20頁右下欄6行∼
22頁左上欄10行)。
実施例8には,酵母によって可溶性ヒトTNF−Rを発現させたことが
記載されている(22頁左上欄11行∼23頁左下欄10行)。
上記の引用例1の記載によると,引用例1には,TNFリガンドの結合部
位を複数有するTNF受容体(TNF−R)の多価形態が記載されており,
具体的な化合物として,第2A図のアミノ酸1位∼235位の領域がリンカ
ー領域を介して直列反復した2価の可溶性TNF−R分子が記載されている
ところ,この2価の可溶性TNF−R分子は,審決が認定する(4頁下8行
∼5頁6行)とおり,本願発明1の「溶解型TNF−Rのマルチマー」に該
当するものである。そして,引用例1には,このような「溶解型TNF−R
のマルチマー」は,TNF依存性応答を抑制するために投与され,TNFに
よって引き起こされる病気や疾患を治療するために使用されることも記載さ
れている。
引用例1の第2A図のアミノ酸配列は,p−75−TNF−R(2型TN
F−R)のアミノ酸配列を示すものであり,その「1∼235位の領域」
は,p−75−TNF−Rの全細胞外領域であるから,本願発明1の「TB
P−II」を含むものである。
そうすると,本願発明1と引用例1に記載された事項との一致点,相違点
は,審決が認定する(5頁15行∼23行)ように,前記第3の1の〈一
致点〉,〈相違点〉(相違点,相違点)のとおりである。
4引用例3及び5の記載事項について
引用例3(PATRICKW.GRAYほか「Cloningofhumantumornecrosisfactor
(TNF)receptorcDNAandexpressionofrecombinantsolubleTNF-binding
protein」[ヒト腫瘍壊死因子(TNF)受容体cDNAのクローニングおよび可溶
性TNF結合タンパク質]Proc.Natl.Acad.Sci.USA,Vol.87,1990,
p.7380-7384。甲2)には,次の記載がある。
ア「要約ヒト腫瘍壊死因子(TNF)に対する1つの受容体のcDNA
を単離した。このcDNAは,171残基の細胞外ドメインと221残基
の細胞質ドメインに分かれる455アミノ酸のタンパク質をコードしてい
る。その細胞外ドメインを哺乳類細胞内で発現させるために操作した。こ
の組換え誘導体はTNFαに高い親和性で結合して,その細胞障害活性を
invitroで阻止する。TNF受容体は,神経成長因子受容体,ヒ
トB細胞表面抗原CD40,およびラットT細胞表面抗原OX40を含む
細胞表面タンパク質ファミリーとの類似性を示す。TNF受容体は,細胞
外部分にシステインを含む4つのサブドメインを含んでいる。全TNF受
容体cDNAでトランスフェクトした哺乳類細胞は,放射性標識したTN
Fαと2.5×10Mの親和性で結合する。この結合は,非標識TNF−9
αまたはリンホトキシン(TNFβ)で競争的に阻止される。」(738
0頁左欄1行∼16行,訳文1頁13行∼23行)
イ「最近,7つの研究所がTNF受容体試料に異質性を検出して(15,
16),少なくとも2つの相異なる細胞表面分子がTNFαに結合するこ
とを提唱している。それに加えて,30kDのTNF結合タンパク質が尿
および血清から単離されたので,これらの受容体は両者共,可溶な形態で
細胞から放出されると思われる(16∼18)。この可溶性の細胞外ドメ
インはリガンドに高い親和性で結合する能力を保有し,それ故invi
voにおけるTNFα濃度の調節において重要である可能性がある。
TNF受容体の構造をさらに精巧につくるために,著者らは受容体の1
形態に対するcDNAを同定した。このcDNAでトランスフェクトした
COS細胞は,高い親和性でTNFαに結合し,この結合は非標識TNF
αまたはリンホトキシンによって阻止することができる。TNF受容体の
誘導体,細胞外ドメインはCOS細胞においても発現された。この結果と
して,TNF結合タンパク質と類似の特性を有する可溶性組換え受容体ド
メインの分泌が生ずる。」(7380頁左欄下7行∼右欄12行,訳文1
頁下1行∼2頁11行)
上記の引用例3の記載によると,引用例3には,少なくとも二つの相異な
る細胞表面分子がTNFαに結合することが提唱されていること,これらの
受容体は両者共,可溶な形態で細胞から放出されると思われること,この可
溶性の細胞外ドメインはリガンドに高い親和性で結合する能力を保有してお
り,TNFα濃度の調節において重要である可能性があること,著者らは,
受容体の1形態に対するcDNAを同定し,このcDNAでトランスフェク
トされたCOS細胞は,高い親和性でTNFαに結合したこと,このTNF
受容体の細胞外ドメインをCOS細胞で発現させたところ,TNF結合タン
パク質と類似の特性を有する可溶性組換え受容体ドメインの分泌が生ずるこ
とが記載されている。
引用例5(欧州特許出願公開第398327号明細書。甲3)には,次
の記載がある。
「それゆえ,内因的に形成されたかまたは外因的に投与されたTNFを排
除または拮抗する方法を見出す必要がある。この方向における1つの試み
は,TBP−Ⅰと呼ばれ,TNFの作用に拮抗できることが示された最初の
TNF結合タンパク質をヒト尿から単離することであった。この拮抗作用
は,TNFの細胞障害活性の減少の測定,ならびにTNF結合のその受容体
に対する干渉の測定の両者により定量された。
タンパク質TBP−Ⅰは,1989年3月22日に発行された本発明者ら
の欧州特許出願EP第308,378号中に最初に記載され,その中でヒト
尿からCMセファロースでのクロマトグラフィーとそれに続くMonoQお
よびMonoSカラムでの高速液体クロマトグラフィー(HPLC)および
逆相HPLCにより均質に精製するプロセスが開示された。そのようにして
得た均質なTBP−Ⅰは,還元的および非還元的両条件下のドデシル硫酸ナ
トリウム(SDS)−ポリアクリルアミドゲル電機泳動(PAGE)におい
て,約27,000の見かけ分子量を有していた。精製したタンパク質の均
質性はミクロ配列分析により確認し,単−N末端配列:Asp−Ser−V
al−Cys−Pro−が明らかにされた。
TBP−Ⅰは,ml当たり2∼3ナノグラムの濃度で細胞をTNF障害性
から防護すること,およびTNF−αおよびTNF−β両者の細胞への結合
を,これらのサイトカインと同時に適用したときに,妨害することが示され
た。TBP−Ⅰが機能する機構のさらなる検討により,TBP−Ⅰは標的細
胞と相互作用するのではなく,TNFに特異的に結合することによりTNF
の機能を遮断し,そのようにしてTNFを求めてTNF受容体と競合するこ
とが明らかになった。
この発見の結果として,本発明者らはTBP−Ⅰの精製に別の取り組み方
を試みた。それにより,尿タンパク質またはその画分を固定化したTNFの
カラムにかけて,結合しなかったタンパク質を除去した後,カラムに結合し
たタンパク質を,pHを下げることにより生物活性形で溶離した。SDS
PAGE分析において,溶離液中のタンパク質の大部分は,見かけの分子サ
イズが30,000±2,000の単一の幅の広いバンドとして移動した。
逆相HPLCによりさらに分別を適用すると,TNFカラムから溶離する
タンパク質は,2つの活性成分の存在を示した:1つはTBP−Ⅰで,27
%アセトニトリルで期待されるように溶離し,それに加えて第2のTNF結
合タンパク質が少し高いアセトニトリル濃度で(31%)溶離した。このT
NF結合タンパク質は新規であり,本明細書においてはTBP−ⅠⅠと称す
る。両タンパク質は,invitroにおけるTNFの細胞破壊作用に対
して防護を提供し,両方ともTNF−αよりもTNF−βへの結合効果が小
である。SDSPAGE分析において,2つのタンパク質,TBP−Ⅰお
よびTBP−ⅠⅠはほとんど同じような分子サイズを有するように見えた
が,これらは,免疫学的交差反応性の欠如,異なるN末端アミノ酸配列およ
び異なるアミノ酸組成により互いに明確に識別することができた。」(2頁
25行∼下1行。訳文1頁16行∼2頁下1行)
上記の引用例5の記載によると,引用例5には,TNFに結合するタンパ
ク質として,TBP−ⅠとTBP−ⅠⅠという2種類のものがあること,こ
れらはいずれもTNFの細胞破壊作用に対して防護を提供することが記載さ
れている。
以上の記載によると,TNFに特異的に結合する2種類のタンパク質とし
て,TBP−IとTBP−IIがあり,これらは,TNFの細胞破壊作用に
対して防護作用を有することが,本願優先日前から知られていたことが認め
られる。
5取消事由1(相違点についての判断の誤り)について
相違点の容易想到性につき
本願発明1では,「溶解型TNF−Rのマルチマー」は「TBP−Iから
なる,あるいはTBP−IとTBP−IIの混合物からなる」ものであるの
に対し,引用例1では,TBP−IIを含む分子から構成される具体例が開
示されるに留まり,その他に用いることができる具体的な構成成分は特に記
載されていない(相違点)。
しかし,前記3エオのとおり,引用例1(甲1)には,「生成した蛋白
はTNF結合能を保持する可溶性TNF−R分子と呼ばれる。特に好適な可
溶性TNF−R構築物はTNF−RΔ235(第2A図のアミノ酸1−23
5の配列)であり,これはトランスメンブラン領域に隣接したAspで235
終わるTNF−Rの全細胞外領域を含んでいる。」,「TNF−Rの1価形
態および多価形態は両方とも本発明の組成物および方法において有用であ
る。多価形態はTNFリガンドの結合部位を複数もっている。例えば,2価
の可溶性TNF−Rはリンカー領域によって隔てられた第2A図のアミノ酸
1−235の直列反復から成っている。」,「…TNF−Rの多価形態はT
NFリガンドに対する結合親和性が増強される。」などと記載されているか
ら,引用例1には,1価形態のみならず,多価形態においても,TNF−R
のTNFに対する「結合能力」が存することが記載されており,その例とし
て,TBP−IIを含む分子から構成される2価の可溶性TNF−R(「溶
解型TNF−Rのマルチマー」)が記載されている。また,前記3のとお
り,引用例1には,「溶解型TNF−Rのマルチマー」につき,TNF依存
性応答を抑制するために投与され,TNFによって引き起こされる病気や疾
患を治療するために使用されることも記載されている。そして,以上の事実
に,前記4のとおり,TNFに特異的に結合する2種類のタンパク質とし
て,TBP−IとTBP−IIがあり,これらは,TNFの細胞破壊作用に
対して防護作用を有することが,本願優先日前から知られていたことからす
ると,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する
者)が,引用例1に記載された「溶解型TNF−Rのマルチマー」につい
て,「TBP−Iからなる,あるいはTBP−IとTBP−IIの混合物か
らなる」ものを用いてみようと発想する十分な動機付けがあるということが
できるのであり,相違点を容易に想到することができたものというべきで
ある。
原告の主張に対する補足的判断
ア原告は,本願発明1は,前記【1】,【2】の技術的知見に基づくもので
あると主張し,引用例1には,これらの点が開示されていないなどと主張
するが,前記2のとおり,本願発明1は,原告が主張するような技術的知
見に基づくものではないから,そのことを前提とする原告の主張は,すべ
て採用することができない。乙3,4に,TNF受容体が「凝集」するこ
とが記載されているかどうかが,本件の結論を左右することもない。
そして,前記2ウのとおり,本願明細書(甲8)には,「TNFが結
合するTNF−Rの形態について,すなわち,TNFトリマーが個々のT
NF−Rに結合するのか,あるいは受容体自身もトリマーとして存在する
のか,またはTNF結合後により良好にトリマーを収容するマルチマーに
なるのか等については,まだ何もわかっていない。」と記載されている
が,そうであるとしても,上記のとおり,引用例1(甲1)に記載され
た「溶解型TNF−Rのマルチマー」について「TBP−Iからなる,あ
るいはTBP−IとTBP−IIの混合物からなる」ものを用いてみるこ
とについて十分な動機付けがあると認められるのであり,本願明細書(甲
8)の上記記載は,上記アの認定を左右するものではない。
原告は,引用例1の「多価形態」が「TNFとの多数の結合部位を有す
る分子」であることは審決の推測にすぎない,と主張する。しかし,前記
3オのとおり,引用例1(甲1)には,「多価形態はTNFリガンドの
結合部位を複数もっている。」と記載されているから,審決の推測という
ことはできない。また,原告は,引用例1においては,「TBP−II」
からなる「1価形態」における「結合能力」の「保持」について具体的に
実証されていないのみならず,その「多価形態」におけるその「結合能
力」についても実証されていないのであるから,このような「TNFへの
結合性」だけをその理由として「他のTNF−Rを用いてみよう」とする
ことはないと主張する。しかし,前記3エオのとおり,引用例1(甲
1)には,上記で引用したとおりの記載があるのであり,上記のとお
り,この記載等に基づいて,当業者は,引用例1に記載された「溶解型T
NF−Rのマルチマー」について,「TBP−Iからなる,あるいはTB
P−IとTBP−IIの混合物からなる」ものを用いることについて十分
な動機付けがあるということができるから,原告の主張を採用することは
できない。
イ甲18,19
甲18(T.J.Evansほか「ProtectiveEffectof55-butnot75-kD
SolubleTumorNecrosisFactorReceptor-ImmunoglobulinGFusion
ProteinsinanAnimalModelofGram-negativeSepsis」
J.Exp.Med,Vol.180,1994,p.2173-2179)には,次の記載がある。
「要約
本研究の目的は,グラム陰性敗血症のマウスモデルでの死亡に対する
防護における55−および75−kD両方の可溶性腫瘍壊死因子受容体
免疫グロブリンG融合タンパク質(sTNFR−IgG)の性能を比較
することであった。P75構築物の250μgでの前処理は,このモデ
ルにおいて死亡を遅延したが回避せず,感染後の生物活性TNF−αレ
ベルのピークを,対照マウスにおける76.4ngmlから処理群−1
における4.7ngmlへと低下させた(p<0.05,2試料t−1
検定)。しかしながら,生物活性TNF−αのこれらの低レベルは,p
75融合タンパク質処理した動物中で対照に比較して持続し,死亡の遅
延を媒介するためには十分であった。対照的に,200μgのp55s
TNFR−IgGによる前処理は,血中TNFを完全に中和して,死亡
に対する優れた防護を与えた。TNF−αと可溶性TNFR融合タンパ
ク質との結合の研究は,p75融合構築物がp55融合タンパク質より
も約50∼100倍速く結合TNF−αを交換することを示した。この
ように,平衡においては両方の融合タンパク質が高い親和性を以てTN
F−αに結合するが,TNF−αp55融合タンパク質複合体はp75
融合構築物よりも動態学的に安定であり,これはそれゆえにTNF担体
として作用する。p75融合構築物からのTNF−αの持続的放出は敗
血症のこのモデルにおいて治療効果を制限する。」(2173頁「要
約」欄。訳文1頁12行∼2頁5行)
「議論
我々は,この論文で記載する実験において,マウスのグラム陰性菌の
敗血症モデルで,TNF−αを中和し死に対し防護する能力の点でのp
75及びp55のsTNFR−IgG融合タンパクの挙動における顕1
著な相違を示した。p75構築物は,マウスの大腸菌の接種の後に生じ
る,高レベルの生物学的に活性なTNF−αのピークを減衰することが
できるが,その後,低レベルのTNF−αが,長時間,循環し続け,マ
ウスの後期での死を媒介する。他方,p55構築物は,感染後の総ての
時点においてTNF−α血清の完全な中和を生じ,この敗血症モデルの
死に対して優れた保護を提示する。p75構築物に比べて,p55sT
NFR−IgG構築物の生存に関する有益な効果は,実験で高い再現性
を示し,重要なことは,その効果が,1つの実験内で,2つの物質を直
接比較した際に実証できたことである。」(2177頁左欄11行∼右
欄4行。訳文2頁7行∼18行)
「何故,p55とp75の試料の間でこのような相違があるのだろう
か。多くの点で,p55とp75のsTNFR−IgG融合タンパク1
は類似の特性を有する。これらは両方とも,TNF−αに溶液中で類似
の高い平衡結合係数をもって結合する(17,21)。両試料の排出半
減期は,ほぼ20時間で,非常に類似する。しかしながら,敗血症モデ
ルにおけるこれらの異なる効果についての可能な1つの説明は,TNF
−αの結合及び放出についてのこれらの異なる動態である。P55及び
p75のsTNFR−IgGにおけるこの異なる結合動態は,融合タン
パク構築物に運び込まれるp55及びp75のTNFR分子の本質的特
性に反映される(36,及びLoetscherH.,D.Belluoccio及びW.
Lesslauser,非公開データ)。従って,平衡条件下のp75融合タンパ
クは,p55構築物と同じ親和性を有するが,動態学的に安定性がより
低い。細胞毒性アッセイにおいて明らかにされた異なるTNF−αの濃
度から分るように,これは,血中で,融合タンパクと天然の可溶性膜結
合TNFRとの間におけるTNF−αの区分化に非常に大きな影響を与
える。従って,p55及びp75のsTNFR−IgGでの処置によ1
る結果の相違は,この2つの構築物の異なる結合動態から理解すること
ができると思われる。
これらの結果による治療上の示唆は何であろうか。動物モデルからの
結果は,ヒト疾患に対する評価を行う前に,注意深く解釈されねばなら
ない。しかし,ここで記述した実験は,2つのsTNFR−IgG融合
タンパクの生物学的特性における重要な相違を実証する。我々の実験で
使用した敗血症モデルでp75タンパクと比較したp55構築物の保護
効果は,p55sTNFR−IgGが,ヒト疾患でも効果的である可能
性が高いことを示唆する。」(2178頁左欄24行∼右欄27行。訳
文3頁2行∼下1行)
甲19(DebraM.Butlerほか「TNFRECEPTORFUSIONPROTEINSARE
EFFECTIVEINHIBITORSOFTNF-MEDIATEDCYTOTOXICITYONHUMANKYM-1D4
RHABDOMYOSARCOMACELLS」CYTOKINE,Vol.6,No.6,1994,p.616-623)に
は,次の記載がある。
「KYM−1D4細胞は,TNF媒介細胞障害に高度に感受性のヒト横
紋筋肉腫から誘導されたサブラインである。この細胞を本研究のために
選択したが,その理由は,この細胞がヒトTNF−Rを発現するので,
ヒトTNF阻止剤の治療的価値の可能性を比較するのに,通常のマウス
の株化細胞よりも適切な標的であるということである。1つはp55T
NF−Rを含み,もう1つはp75TNF−Rを含む2つの組換え可溶
性TNF−R−IgG融合タンパク質,および組換え単量体可溶性p5
5TNF−Rは全て,ヒトTNFαおよびLTならびにマウスTNFに
より生ずる細胞障害作用を遮断することが見出された。P55TNF−
R−IgG融合タンパク質(p55−sf2)は,試験したアンタゴニ
ストの中で最も有効なものであり,TNFα媒介細胞障害を50%阻止
するのに(TNFαの単量体形態を基準にして)等モルの,または(T
NFαの3量体形態を基準にして)3倍高いモル濃度を必要とした。P
55−sf2も同様にKYM−1D4アッセイにおいて,LTまたはマ
ウスTNFにより媒介される細胞障害を阻止するのに有効であった。対
照的に,単量体の可溶性p55TNF−Rは最も効果の低い阻止剤であ
り,同程度の防護を達成するのにp55−sf2よりも4000倍を超
える高いモル濃度を必要とした。これらの融合タンパク質,特にp55
−sf2は,低濃度でTNFα媒介およびLT媒介両方のヒト細胞に対
する影響を防止できるので,ヒト用治療剤として有用である可能性があ
る。TNF−R−IgG融合タンパク質はinvitroでマウスT
NFの作用も遮断するので,ヒト炎症性疾患のマウスモデルの研究に役
立てることができる。」(616頁8行∼25行。訳文1頁10行∼2
頁3行)
「単量体sTNF−Rは,TNF細胞障害に対して弱い保護を提示す
る。
非融合タンパクである単量体p55sTNF−Rを,3種のTNFに
対して滴定し,融合タンパク及び抗体と比較した(図2−4)。それぞ
れの場合で,単量体p55sTNF−Rは,TNF細胞障害を中和する
点において,最も効果的ではなく,3000倍又は100000倍の過
剰な分子(単量体TNF又は3量体TNFに基づく)がヒト若しくはマ
ウスのTNFを阻害するために要求され,700倍(単量体)又は20
00倍(3量体)の過剰な分子がLTを阻害するために要求された。」
(619頁左欄下9行∼右欄3行。訳文2頁下8行∼下2行)
「考察
この報文は,invitroでヒト細胞ラインに対するヒトTNF
−αおよびLT両者の細胞障害作用を阻止するTNF−R−IgG融合
タンパク質の最初の例を提供する。ヒトIgGの骨核上に2つのp51
5受容体を含むp55−sf2融合タンパク質は,p75−sf2融合
タンパク質を含めた試験TNFアンタゴニストの中で,TNF−α活性
の最良の阻止剤であった。実際,KYM−1D4アッセイにおけるTN
F−αの細胞障害を50%阻止するのに,単量体形TNF−αを基準に
したTNF−αの濃度に対してp55−sf2は等モルの濃度で十分で
あったのに対し,p75−sf2は9倍モル過剰,または単量体p55
−nfは3000倍モルを超える過剰であった。TNFの3量体を基準
にした計算では,各々の場合,TNFに対するアンタゴニストのモル過
剰量は,単量体形TNFを使用して計算したモル過剰量の3倍であっ
た。これらの結果は,融合タンパク質p55−sf2が大きな治療能を
有し,さらに,モノクローナル抗TNF−α抗体と異なって,TNF−
αだけでなくLTも中和することを示唆している。注目されることであ
るが,p55−sf2はLTの中和に非常に有効であり,p75−sf
2タンパク質の2倍(モル濃度表示で),高親和性モノクローナル抗L
T抗体(81/11)の10倍有効であった。」(619頁右欄10行
∼33行。訳文3頁5行∼下1行)
甲18,19は,いずれも本願優先日(1991年[平成3年]8月
7日)より後である1994年[平成6年]に刊行された文献であるか
ら,その点から,これらの文献を参酌することは相当ではない。
甲18の上記記載及びFigure1,2,5∼8(図1,2,5∼8。2
175頁∼2177頁)によると,可溶性TNFR(sTNFR)と免
疫グロブリンG(IgG)との融合タンパク質2種(p75sTNFR
−IgGと,p55sTNFR−IgG)の効果を敗血症マウスモデル
において比較したところ,前者(p75sTNFR−IgG)は,後者
(p55sTNFR−IgG)に比べてTNF−αを中和する効果が低
いことが記載されている。しかし,前者がTNF−αを中和する効果を
有することが否定されているわけではない。また,甲19の上記記載及
びFigure2(図2。618頁)によると,p55TNF−R−IgG
融合タンパク質とp75TNF−R−IgG融合タンパク質と単量
体可溶性p55TNF−Rの効果を比較したところ,,,の順で
TNF−αを中和する効果が高く,とでは細胞障害を阻害するため
に必要な量が4000倍の違いがあることなどが記載されている。しか
し,がTNF−αを中和する効果を有することが否定されているわけ
ではない。その他,甲18,19に,上記の判断を左右する記載があ
るとは認められない。
ウ甲21,22
甲21(BernardJ.Scallonほか「FUNCTIONALCOMPARISONSOF
DIFFERENTTUMOURNECROSISFACTORRECEPTER/IgGFUSIONPROTEINS」
CYTOKINE,Vol.7,No.8,1995,p.759-770)には,次の記載がある。
「9つの異なるIgG融合タンパク質および1つの非融合タンパク質,
これらは全て2つのヒトTNF受容体のいずれかの細胞外ドメイン由来
する配列を含むものであるが,これらを,ヒトTNFαまたはTNFβ
に結合する能力および阻害する能力について比較した。…p55融合タ
ンパク質はp75融合タンパク質よりも防護するようであった。このよ
うにして,この研究は,TNFαまたはTNFβに対する中和能力に対
して異なる効果を有するTNF受容体−IgG融合タンパク質の構造的
変位を確認した。」(759頁6行∼25行。訳文1頁7行∼2頁1
行)
「そのp75融合タンパク質は並列対比中においてp55融合タンパク
質よりも劣る防護のようであった。」(764頁右欄下16行∼下14
行。訳文7頁2行∼3行)
「TNFは2つ以上の細胞表面受容体を架橋することにより作用すると
されているので,またTNFと受容体の複合体の間の2価の相互作用19
の結果,高い親和性相互作用が生ずるとされているので,受容体を2量
化してより効果的な阻止剤を生成させる試みが為されてきた。幾つかの
グループにより,可溶性TNF受容体−IgGFc融合タンパク質は,
TNFαおよびTNFβ活性を阻止することが示されている。こ29−32
れら2価の免疫付着因子の3量体TNFを阻止する効率は,TNF受容
体ドメインの屈曲性,スペーシングおよび価数に大きく依存する可能性
があるので,著者らは,p55−IgGおよびp75−IgG融合タン
パク質の別のタイプを構築して,それらのTNFαおよびTNFβに対
する親和性,およびTNFαおよびTNFβの細胞障害性を遮断するそ
れらの能力を比較した。」(765頁左欄下7行∼右欄8行。訳文3頁
2行∼12行)
「4価および2価のp55構築物ならびにCH1ドメインを含むまたは
含まない構築物を使用するinvivo実験では,マウスをLPSの
致死的投与量から防護する能力に有意の差は見られなかった。興味ある
ことに,invitro細胞障害性アッセイではマウスTNFαを阻
止することにおいて,p75融合タンパク質はp55融合タンパク質と
全く同じだけ効果的であったにも拘わらず,p55融合タンパク質はp
75融合タンパク質よりも防護性が大きいように思われた(著者らの未
発表データ)。Evansらは,マウスを大腸菌のLD90の投与量47
から防護する能力について,p55−IgG融合タンパク質とp75−
IgG融合タンパク質とを並べて比較することにより,p55構築物だ
けが防護性であることが示されることを最近報告した。これらの結合の
分析により,p75−IgG融合タンパク質は,p55−IgG融合タ
ンパク質で観察されるよりも50∼100倍速い速度でTNFαと会合
および解離していることが明らかになった。そのような結合の動態学47
(bindingKinetics)により,なぜ著者らのp75構
築物は,結合の平衡だけから測定したScatchard分析ではTN
Fαに対して僅かに高い親和性を示すにも拘らず,invitroお
よびinvivoアッセイの両方でp55構築物に比較して幾分低下
した中和能力を有したのか説明することができる。」(766頁左欄下
5行∼右欄17行。訳文5頁下13行∼6頁3行)
「多価受容体が多価リガンドの結合を遮断する効率は,受容体ドメイン
の相対的位置および屈曲性を変化させる構造上の特徴によって,ならび
に可能性として受容体価数によっても影響されると予想されるであろ
う。TNF受容体免疫付着因子タイプ構築物のファミリーを記述する本
報告で提示した結果は,ある種の構造改質ならびに受容体価数が,TN
FαまたはTNFβに対するこれらの分子の相対的効力に強く影響する
ことを示す。これらの融合タンパク質に対するさらなる改質は,さらに
効力ある分子を生ずる可能性があり,例えば,受容体を切り詰めること
は,4量体タンパク質における如何なる立体障害をも克服する可能性が
ある。試験した,完全な細胞外ドメインを含むFc含有p55構築物の
全ておよび全てのp75構築物は,TNFαおよびTNFβの両者を阻
止することにおいてなお高度に効果的であったこと,ならびに融合タン
パク質の親和性は,細胞表面受容体のものより少なくとも1桁高い大き
さであることは注目に値する。本報告で報告した発見は,これらのタイ
プの構築物の有効性についての利用可能なデータに加えて,TNFαと
TNFβを阻止する能力に影響するかまたは影響しないかのどちらかで
ある構造変化を明らかにし,TNF関連疾患の治療に使用するために追
求してよい別の構築物を示唆する。」(766頁右欄下24行∼下1
行。訳文6頁14行∼下1行)
甲21は,本願優先日(1991年[平成3年]8月7日)より後で
ある1995年[平成7年]に刊行された文献であるから,その点か
ら,この文献を参酌することは相当ではない。
また,甲21の上記記載及びFigure1,6(図1,6。761頁,7
65頁)によると,p55のTNFR/IgG融合タンパク質,p75
のTNFR/IgG融合タンパク質,p55の非融合タンパク質の効果
を比較したところ,p55のTNFR/IgG融合タンパク質はp75
のTNFR/IgG融合タンパク質よりもTNFを中和する効果が高い
ことが記載されている。しかし,p75のTNFR/IgG融合タンパ
ク質がTNFを中和する効果を有することが否定されているわけではな
いし,また,TBP−Iについてのモノマーをマルチマーとする動機付
けが存しないことを示す記載が存するとも認められない。
甲22(HartmutEngelmannほか「AntibodiestoaSolubleFormofa
TumorNecrosisFactor(TNF)RecepterHaveTNF-likeActivity」THE
JOURNALOFBIOLOGICALCHEMISTRY,Vol.265,No.24,1990,14497-14504)
には,次の記載がある。
「ヒト尿中に存在する腫瘍壊死因子(TNF)結合タンパク質(TBP
IおよびTBPIIと命名)とTNFに対する細胞表面受容体の2つの
分子種との間で免疫学的交差反応性が示される。2つのTNF受容体
は,免疫学的に異なり,分子量が相違していて(58,000および7
3,000),異なる細胞で示差的に発現する。さらに,TNF結合タ
ンパク質の1つ(TBPI)に対するポリクローナル抗体は,TNF受
容体に対するその結合能力のために,TNFの結合能力と非常に類似し
た活性を発揮することが示された。これらの抗体は,TNFの障害性に
対して感受性の細胞に対して障害性であり,TNFの障害性に対する耐
性を誘起し,正常線維芽細胞中へのチミジン導入を増強し,クラミジア
の増殖を阻止し,プロスタグランジンE2の合成を誘起する。ポリクロ
ーナル抗体の1価のF(ab)フラグメントはTNF様活性を欠くが,
抗F(ab)抗体で交差結合するとそれらの活性を獲得し,抗TBP2
I抗体のTNFを擬似(mimic)する能力は,それらのTNF受容
体を交差結合させる能力と関係していることを示唆する。この見解は,
TBPIに対するモノクローナル抗体パネルのTNF様細胞障害性の比
較研究で得られたデータにより,さらに支持される。
TNF受容体に対する抗体によるTNF様効果の誘起は,TNFが細
胞内シグナル伝達に直接には関与していないことを示唆する。むしろ,
これらの受容体のクラスター化を含むように思われる過程で適切に触発
されたときに,TNFに対する応答のためのシグナルを細胞内部へ伝達
するのは,このサイトカインに対する受容体である。」(14497頁
左欄1行∼32行。訳文1頁10行∼2頁2行)
「本研究で示された,異なる細胞ライン中のTNF受容体へのTNFの
結合の抑制におけるTBPIおよびTBPIIに対する抗体の効率とこ
れらの受容体を免疫沈澱させる抗体の能力との間の相互関係は,異なる
ラインの細胞で示差的に発現した2つの免疫学的に別個のTNF受容体
の存在を示す。他の研究で最近言及されたように(32),2つの分子
種のTNF受容体の間にはサイズの相違もある。SDS−PAGEによ
り測定した推定サイズは,TBPI(「I型」)およびTBPII
(「II型」)に対する抗体により認識される受容体について,それぞ
れ58kDaおよび73kDaである。」(14502頁左欄11行∼
22行。訳文3頁8行∼15行)
「TNFに相似の分子構造の存在がmAb17および23のTNF様活
性に関与しているか否かに拘わらず,そのような相似がないときでさえ
抗体がそのようなTNF様活性を媒介できることが,いくつかの点から
明確である。
(a)TBPIに対するポリクローナル抗体の1価のF(ab)フラグ
メントは,1価でもTNF受容体に結合できるにも拘らず,TNF様活
性を欠いている。
(b)この1価のフラグメントは,抗免疫グロブリン抗体で交差結合さ
せられたときにTNF様活性を回復する。
(c)抗免疫グロブリン抗体による交差結合は,TBPIに対するmA
bにも強力な殺細胞活性を付与する。
(d)交差結合したmAbのTNF様細胞障害性を媒介する能力は,そ
れらが結合する受容体分子の抗原決定基と独立である。
(e)TBPIに対する抗体がTNF様細胞障害性を媒介する有効性
は,それらが惹起する受容体凝集の程度と相関している。受容体分子の
大きい凝集を強力に惹起することができるポリクローナル抗体と受容体
中の空間的に別の抗原決定基に対するモノクローナル抗体の混合物と
は,最大でも受容体の2量化を起こすことができる単独のmAbよりも
ずっと効果的であった。
上記の観察は,凝集剤が結合するTNF受容体上の部位と無関係に,
TNF受容体の凝集は,それ自体でTNF様効果を触発するために十分
であることを示唆する。」(14503頁右欄8行∼34行。訳文4頁
下3行∼5頁16行)
「TNFが媒介する殺細胞効果およびその開始に関して著者らは特別な
関心があるので,また,TNF媒介細胞障害性の著者らの以前の研究で
使用した細胞は,主としてI型受容体を発現するので,著者らは,TB
PIに対する抗体が細胞に及ぼし得る効果を調べることに集中した。T
BPIIと免疫学的に交差反応するII型受容体により媒介される効果
も抗受容体抗体で擬似することができるかどうかは,未だ決定されてい
ない。さらに,I型受容体により媒介される全ての効果が抗体により誘
起可能であるかどうかも確かではない。」(14503頁右欄下14行
∼下4行。訳文6頁1行∼7行)
甲22には,上記のとおり,TNF結合タンパク質としてTBPIと
TBPIIがあり,TNF受容体に対する抗体によってTNF様効果が
誘起されることが記載されているが,TBP−Iについてのモノマーを
マルチマーとする動機付けが存しないことを示す記載が存するとは認め
られない。
したがって,相違点について,当業者は容易に想到することができたと
の審決の判断に誤りはないから,取消事由1は理由がない。
6取消事由2(相違点についての判断の誤り)について
本願発明1では,「溶解型TNF−Rのマルチマー」は,「TNFのその
受容体への結合の妨害能を有しTNFの作用を遮断できる」ことが特定され
ているのに対し,引用例1では,特にそのようなことが記載されていない
(相違点)。
しかし,前記3のとおり,引用例1には,TNFリガンドの結合部位を複
数有するTNF受容体(TNF−R)の多価形態が記載されており,具体的
な化合物として,第2A図のアミノ酸1位∼235位の領域がリンカー領域
を介して直列反復した2価の可溶性TNF−R分子が記載されているとこ
ろ,引用例1には,このような「溶解型TNF−Rのマルチマー」は,TN
F依存性応答を抑制するために投与され,TNFによって引き起こされる病
気や疾患を治療するために使用されることが記載されている。
また,本願発明1の技術的意義は,前記2のとおりであるところ,このよ
うな本願発明1について本願明細書(甲8)に実験結果等のその裏付けとな
る具体的な記載がないことは明らかである。原告が主張する本願明細書(甲
8)の例1及び2並びに図1∼5は,本願発明1は前記【1】,【2】の技術
的知見に基づくものであるとの原告の主張を採用することができない以上,
本願発明1についてその裏付けとなる記載ということはできない。したがっ
て,本願発明1において「TNFのその受容体への結合の妨害能を有しTN
Fの作用を遮断できる」ことは,従来技術から予測される範囲を超えるもの
ということはできない。
以上によると,当業者は,上記相違点について,容易に想到することが
できたというべきである。
また,前記2ウのとおり,本願明細書(甲8)には,「TNFが結合す
るTNF−Rの形態について,すなわち,TNFトリマーが個々のTNF−
Rに結合するのか,あるいは受容体自身もトリマーとして存在するのか,ま
たはTNF結合後により良好にトリマーを収容するマルチマーになるのか等
については,まだ何もわかっていない。」と記載されているが,そうである
としても,上記のとおり相違点については容易に想到することができたと
いうべきであって,本願明細書(甲8)の上記記載は,この認定を左右する
ものではない。
したがって,相違点について,当業者は容易に想到することができたと
の審決の判断に誤りはないから,取消事由2は理由がない。
7取消事由3(本願発明1の効果についての判断の誤り)について
本願発明1の技術的意義は,前記2のとおりであるところ,このような本
願発明1の効果について本願明細書(甲8)に実験結果等のその裏付けとな
る具体的な記載がないことは明らかであって,その効果については従来技術
から予測される範囲を超えるものとはいえないから,その旨の審決の判断に
誤りはない。
原告は,前記【1】,【2】の技術的知見に基づく効果について主張する
が,前記2のとおり,本願発明1は前記【1】,【2】の技術的知見に基づく
ものであるとの原告の主張を採用することがてきない以上,原告の効果に関
する主張も採用することはできない。
また,前記5イ認定に係る甲18,19の記載も,上記の判断を左右
するものではない。
したがって,取消事由3は理由がない。
8結論
以上のとおり,本願発明1は,引用例1,3,5に記載された発明から容易
に発明することができたものであって,その効果も従来技術から予測される範
囲を超えるものとはいえないから,特許法29条2項により特許を受けること
ができない。
したがって,取消事由4について判断するまでもなく,原告の請求は理由が
ないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官森義之
裁判官澁谷勝海

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