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平成19年(わ)第539号,655号傷害致死,傷害被告事件
判決
〔本籍〕略
〔住居〕略
〔職業〕略
被告人A
生年月日略
主文
被告人を懲役4年に処する。
未決勾留日数中380日をその刑に算入する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
【罪となるべき事実】
第1被告人は,平成19年6月7日午前1時45分ころ,広島県呉市a町bcd番地
e所在の畑付近から同市a町bf番地付近路上に至るまでの間において,B
(当時78歳)から,かまで顔面を切り掛かられるなどの攻撃を受けたことから,
自己の生命,身体を防衛するため,その防衛に必要な程度を超え,Bに対し,
その顔面をこぶしで殴り,同人を路上に転倒させるなどの暴行を加え,同人に
鼻出血等の傷害を負わせるとともに同人を意識消失に至らせ,よって,そのこ
ろ,同所において,同人を血液吸引による窒息により死亡させた。
第2被告人は,同日午前2時ころ,同市a町bg番地所在のC方において,C
(当時52歳)に対し,その頭部等をこぶしで殴り,腰を足で蹴るなどの暴行を
加え,よって,同人に少なくとも数日間の加療を要する頭部・顔面皮下血腫,
後頭部挫創,腰部挫創等の傷害を負わせた。
【証拠の標目】略
【争点に対する判断】
第1Bに対する傷害致死の公訴事実について
上記の公訴事実の要旨は,被告人が,平成19年6月7日(以下,月日につい
ては特に断らない限り,平成19年のものとする。)午前1時45分ころ,Bに対
して,かまで切り付け,顔面をこぶしで殴り,同人を路上に転倒させる等の暴
行を加え,同人に鼻出血等の傷害を負わせるとともに同人を意識消失に至らせ,
同人を血液吸引による窒息により死亡させたというものであり,被告人は,こ
れについて,身に覚えがないと述べている(そもそも,被告人は,本件前日の
午後8時過ぎから本件当日の午前4時30分ころまでの間の記憶が全くないと述
べている。)。
検察官及び弁護人の各主張に照らすと,本件の争点は,①事件性,すなわち,
Bが死亡したのは何者かの暴行によるものかどうか,②犯人性,すなわち,B
に暴行を加えて死亡させたのが被告人かどうか,③正当防衛の成否,すなわち,
被告人の暴行は,Bから攻撃を受けたことに対する正当防衛と評価されるのか
どうかという3点である。
以下,これらの点について判断を示す。
1事件性について
(1)関係各証拠によれば,次の事実が認められる。
アBは,6月7日午前2時16分ころ,広島県呉市a町bf番地付近路上に
息がない状態で頭を南側に向けて仰向けで倒れているところを110番通報
により臨場した警察官により発見された。
イBの顔面には,①右目の周囲,②鼻全体と左目の内側,③口の左部分,
④左頬に,それぞれ表皮剥脱のない皮下出血があった。
さらに,Bの頭部には,⑤後頭部及び左側頭部にそれぞれ挫創及び皮下
出血,⑥頭頂部に挫創及び表皮剥脱,⑦右側頭部に表皮剥脱があった。
Bが倒れていた路上には,Bの頭の位置に相当量の血痕があり,そのす
ぐ東側にある石垣には,毛髪及びBの血痕が付着していた。
(2)証人Dは,Bの死体を解剖して鑑定を行った医師であるが,当法廷におい
て,次のように供述する。
アBの上記①から④の顔面の傷は,その大きさ,目の周囲といったくぼん
だ部分にも生じていること及びこれらの傷に表皮剥脱がないことなどから,
手のこぶしくらいの大きさの表面が比較的平滑な鈍体による打撲によって
できたと判断される。
これらの顔面の傷の箇所からして,Bの顔面には少なくとも4回の力が
加わったと考えられる。
イBの頭部の傷は,路面や石垣など表面が滑らかではないものに打撲又は
擦過するような力が加わってできたものと考えられる。
後頭部及び左側頭部の損傷状況からして,頭部の傷は2回以上の打撃が
加わっていると考えられる。
ウBは,かなり強い外力が頭部に加わってクモ膜下出血を起こし,あるい
は,これに脳震とうを併発して,意識を消失して鼻出血等を吸引し,窒息
死したと考えられる。
(3)以上の(1)の事実と(2)の証人Dの供述に加え,関係各証拠により認められ
る事実,すなわち,①Bには,前記の顔面や頭部の傷のほかにも,両手の肘
や手の甲及びてのひら,両足首より下の部分等に多数の表皮剥脱等の傷があ
ること,②Bが倒れていた場所に至るまでに同人が移動したと思われる場所
には,同人が着用していたと認められる防寒靴(右足用),靴下(右足用),
キャップ型帽子,長袖シャツ等が落ちていたことをも総合すると,Bが自ら
の不注意等で事故に遭って死亡したものでないことは明らかであり,Bと何
者かとの間に争いがあり,Bは,その何者かにより,顔面を少なくとも4回
殴るなどされたことにより鼻等から出血し,これと前後して少なくとも2回
転倒するなどして,路面や石垣等に頭をぶつけたことが推認され,その結果,
クモ膜下出血を起こし,あるいは,これに脳震とうを併発して意識を失い,
鼻出血等を吸引して窒息死したものと認定できる。
したがって,Bが死亡したのは何者かの暴行によるものであると認めるこ
とができる。
2犯人性について
(1)関係各証拠によれば,次の事実が認められる。
①Bは,6月7日午前1時45分ころ,広島県呉市a町bh番地の被告人が
管理する居宅(以下「被告人の実家」という。)の玄関前に,被告人の実
家の隣家に住むCを伴って訪れ,「わりゃ」「A」などと怒鳴るなどした
ため,被告人の前妻であるEが近くの民家に駆け込んで電話を借りて110
番通報をした。
②Bが倒れていた場所の近くにはかま(以下「本件かま」という。)が落
ちており,このかまの柄と刃の部分には,Bの血痕とともに,被告人の血
痕が付着していた。
③Bの右手親指の爪に被告人の組織片が残っていた。
④Bの死体の頭の下に被告人のパジャマの下衣があった。
(2)①の事実は,当時,被告人とBの間には,Eが110番通報をして警察官の
介入を求めなければならないと感じるほどの争いに発展し得るような緊迫し
た状況があったことを示している。②③の事実は,被告人とBの両名の間で,
何らかの形で本件かまが用いられたり,もみ合いやつかみ合いがあるなど激
しい攻防があったことを示している。④の事実は,Bが倒れた後,その現場
に被告人が居合わせたことを示している。これらによると,Bに暴行を加え
て死亡させたのは被告人であることを認めることができる。
3正当防衛の成否について
(1)弁護人は,仮に被告人がBに対して暴行を加えたとしても,それはBから
本件かまによる先制攻撃(Bによる急迫不正の侵害)を受け,被告人は,こ
れに対する反撃としてBに暴行を加えたものであり,正当防衛が成立すると
主張する。一方,検察官は,Bが被告人に対して,かまで先制攻撃をしたと
いう事実はなく,むしろ,(a)本件かまを持ち出したのは被告人であり,(b)
けんかをやめて自宅に帰ろうとするBを被告人が追い掛けて本件かまで攻撃
したものであるなどとして,急迫不正の侵害はないと主張し,また,(c)被
告人のBに対する暴行は自己の権利を防衛するための行為とはいえないと主
張し,正当防衛は成立しないと主張する。
(2)そこで,正当防衛の成否について検討するに当たり,その前提として,本
件に至る経緯等について見ると,関係各証拠によれば,次の事実が認められ
る。
ア被告人は,Eと離婚し独り身であった平成17年9月ころ,居住者のいな
くなっていた被告人の実家に所用で帰省していた際,南側の隣家に住んで
いたCと肉体関係を持ち,以後,同女と交際を続けていたところ,平成18
年6月ころ,CがBと交際していることを知った。
BがCと交際していることや,CからBが被告人やその親族の悪口を言
っていると聞いたことなどから,被告人は,Bのことを面白くない存在と
思っていた。一方,Bも,被告人に悪感情を持っていた。
また,被告人がBに対して被告人やその親族の中傷をしていることに関
して問いただしたり,Bが被告人に対して,被告人がbの実家に帰ってく
るとろくなことがない,もう帰ってくるななどと言うなどしたりして,被
告人とBとの間で言い争いになったことがある。
イ被告人は,1月ころ,Eと復縁することになり,Cとの関係を断った。
被告人は,被告人の実家に帰る都度,C宅における会話などをレシーバ
ーにより受信して聞いていたところ,CがBに対して,被告人やその親族
の悪口を言っているのを聞いた。
Eも,Cが被告人のことに関してうそばかり話しているのをレシーバー
で聞いたことや,Cが被告人に対して頻繁に電話を掛けてくることなどか
ら,Cに対して腹立たしく思っていた。
ウ被告人は,6月6日,Eとともに,被告人の実家に帰省し,草刈り等の
作業をした後,午後7時30分過ぎころから,Eとともに,夕食を取りなが
ら飲酒した。その際,被告人らは,C宅の電話をレシーバーにより受信し
て聞いていたところ,Cが,Bに電話で,被告人がC宅に来るかもしれず
気持ち悪いといったようなことを話していた。
エこれに腹を立てたEは,C宅へ行き,C宅の台所にあった包丁を表に投
げ捨てたり,包丁でC宅の畳等を傷付けるなどした。
Eが被告人の実家に戻ったところ,被告人とEとの間でけんかになりE
は負傷した。
オ前記2(1)①のとおり,BとCは,6月7日午前1時45分ころ,被告人
の実家の玄関前に来て,Bが「わりゃ」「A」などと怒鳴った。そのため,
Eは,近くの民家に駆け込んで電話を借りて110番通報をした。
(3)Bによる急迫不正の侵害の有無について
ア検察官がBによる急迫不正の侵害がないことの根拠として挙げる,(a)
本件かまを持ち出したのは被告人であるとの主張について検討する。
(ア)まず,証拠を精査しても,本件かまが被告人の実家にあったものであ
ることを裏付けるに足りる証拠はない。
(イ)次に,Bの右のてのひらには,本件かまの刃を握ってできたような傷
が認められるが,一方で,被告人の顔面には,かまの先端によって生じ
たと考えても矛盾しない傷が少なくとも2か所ある。
証人Dの供述によれば,Bの傷はある程度止まっているような状態の
かまを握ったときに生じるような傷であり,一方,被告人の傷は,仮に
かまの先端によって生じた傷であるとすればかまの先端は動いていたも
のと認められる。
そうすると,むしろ,本件かまによる攻撃は,Bによるものの方が強
烈であったのではないかと疑われる。
(ウ)前記(2)で見た本件に至る経緯,特に,本件前日のCに対するEの行
動((2)エ)や被告人の実家の玄関前におけるBの言動((2)オ)等に照
らすと,C宅の台所にあった包丁を表に投げ捨てるなどしたEの行為等
に憤慨したCが,Bに対して,電話で,あるいは,呼び出すなどして,
事情を話し(本件に至る経緯に照らすと,その際に,Cが,Bに対して,
Eあるいは被告人の悪口を言うなどした可能性も否定できない。),こ
れを聞いて憤慨したBが,Cとともに被告人の実家に赴いたと考えても
不自然ではない。このようなBの当時の心理状態等に加え,本件現場付
近の集落はみかん作りが盛んであり,みかん畑の草刈り用などにかまを
所持している家が多いと認められることや,Bは,以前,かまを携行し
てC宅に押し掛け,かまを示して脅したことがうかがわれることなども
考慮すると,Bが,その自宅あるいはC宅その他の場所から本件かまを
持ち出し,これを何らかの形で携帯して,被告人の実家の玄関前に赴い
たという可能性は否定できない。
なお,この点,検察官は,Eが,110番通報の際にも,また,当法廷
で証言した際にも,Bがかまを持っているのを見たとは言っていないと
して,Bがかまを携帯して被告人の実家にやってきたことはないと主張
する。しかしながら,当時Eは,被告人に殴られて左目をけがしており,
必ずしも視認状況が良くなかったことや,長時間Bを見ていたわけでも
ないこと,EがBを見たとき同人がかまを手に持っていたとは限らず,
腰に差すなどして携帯していた可能性もあることなどからすると,Eが
Bが持っているのを見たと言っていないことから,Bが本件かまを携帯
して被告人の実家に赴いたことが完全に否定されるわけではない。
(エ)一方,被告人は,前記(2)アのとおり,Bのことを嫌っており,同人
との間で言い争いになったこともあるところ,被告人は,その供述によ
れば,Bを意気地なしと軽べつしており,けんかになっても負けるはず
はないと思っていたが,16歳も年長の高齢者であるBを殴ってもほめら
れることではないなどと考え,言い争いの際にも,手を出すことはして
いなかったものと認められる。
このように,Bに対して優越感を持っていた被告人が,Bから,夜間
突然怒鳴り込まれてきたとしても,かつて交際していたCの前で,やお
らかまを持ち出してBに攻撃を加えるというのも,にわかに想定し難い。
(オ)以上によれば,本件かまを持ち出したのは被告人であるという検察官
の主張については,合理的な疑いが多分に残るところであり,むしろ,
Bが本件かまを携帯して被告人の実家に赴き,その後,これを被告人に
示し,さらには,本件かまで被告人に切り掛かるなどの攻撃を加えたの
ではないかと疑われるところである。
イ次に,上記(b)けんかをやめて自宅に帰ろうとするBを被告人が追い掛
けてかまで攻撃したとの検察官の主張について検討する。
この点について,検察官は,Bは,広島県呉市a町bcd番地e所在の
畑付近(以下,単に「畑付近」という。)で,被告人とけんかしたが,そ
の後,けんかする意思がなくなり,自宅に向かっていたところ,被告人は,
本件かまをどこかから持ち出し,Bを追い掛けて,攻撃したと主張する。
しかし,まず,被告人が本件かまを持ち出したということに合理的な疑
いが残り,むしろ,Bが本件かまを携帯して被告人の実家の玄関前に赴き,
このかまで,被告人に攻撃を加えるなどしたのではないかとの疑いがある
ことは前述したとおりである。
そして,畑付近にBが着用していた靴下(右足用)やキャップ型帽子が
落ちていたことなどからすると,検察官の主張するとおり,畑付近で,被
告人とBとの間で,何らかの攻防があったことは認められる。しかしなが
ら,①畑付近から,Bが倒れていた場所までの間の路上には,Bが着用し
ていた防寒靴(右足用)や長袖シャツ等が点々と落ちており,また,この
間の路上には,被告人の血痕が3か所も付着していること,②Bには,前
記1(1)(3)のとおりの多数の傷が認められるが,一方で,被告人にも,前
記ア(イ)で示したようなかまの先端によって生じたと考えても矛盾しない
傷のほか,顔面,上半身及び両手に皮下出血あるいは表皮剥脱を伴う多数
の傷が認められることからすると,畑付近での被告人とBのけんかがいっ
たん止んだ後,自宅に帰ろうとするBを追いかけてかまで攻撃したとの検
察官の主張は,合理的な疑いが残る。むしろ,被告人とBは,畑付近から
南側のBが倒れていた場所に至るまで,下り勾配となっている路上を被告
人とBの間で攻防を継続しつつ移動したものであり,かつ,Bは,この間
(具体的にいつの時点かは,証拠上明らかではないが),かまで顔面に切
り掛かるといった攻撃を含む暴行を被告人に加えていたと考えて不自然で
はない。
ウまた,検察官は,仮にBが本件かまを持ち出したのであったとしても,
Bが本件かまによる実質的な攻撃をする間もなく,被告人がそのかまを取
り上げ,圧倒的優位に立ったことによって急迫不正の侵害はなくなったと
主張する。しかしながら,これまで見たような被告人の傷の状況や本件現
場の状況等によれば,Bが本件かまによる実質的な攻撃をする間もなく,
被告人がその鎌を取り上げたと認定することはできない。
なお,本件かまは,倒れていたBの頭付近から北方約6.1m付近に,中
途半端に裏返しになったBの長袖シャツとともに落ちていたものである。
そうすると,被告人が本件かまをBから取り上げたか何らかのもみ合いに
よるものかは不明であるが,少なくともこの地点で,本件かまがBの手を
離れたことを推認でき,その侵害の程度はかなり低下したものということ
ができる。
しかしながら,これまでの被告人とBとの関係や本件に至る経緯,被告
人の負傷状況等に照らすと,Bは,丸腰となった状態においてなおも被告
人に対して攻撃を加えようとしていた可能性は否定できないし,他に,B
が侵害の意思を放棄するような態度を取ったことなど,侵害が終了したこ
とを認定するに足る特段の事情も見当たらない。
エ以上によれば,被告人のBに対する暴行は,本件かまを携帯して被告人
の実家の玄関前に訪れ,その後,本件かまで被告人に切り掛かるなどして
攻撃してきたBに対して行われた疑いが残るというべきであり,Bによる
急迫不正の侵害の存在を否定することはできない。
(4)防衛行為について
次に,(c)被告人のBに対する暴行は自己の権利を防衛するための行為と
はいえないとの検察官の主張について検討する。検察官は,被告人は,年齢
体力で圧倒的優位に立ちながら,Bに対して激しい暴行を加えており,これ
は,Bに対する暴行の前に多量の酒を飲み,Eに対しても激しい暴力を振る
って興奮状態にあった被告人が,自宅に怒鳴り込んできたBに対し,以前か
ら積み重なってきた怒りの感情を爆発させ,積極的な攻撃意思のみに基づい
て暴行したものと推認され,自己の権利を防衛するための行為とはいえない
と主張する。
確かに,被告人とBとのこれまでの関係や,被告人がBを死に至らせるよ
うな暴行を加えた上,その後C宅へ行きCに対しても暴行を加えていること
(第2の事実)などにかんがみると,被告人は,Bに対する暴行の際に,相
当興奮状態にあり,Bに対する腹立ちや憤りも持ち併せていたことは否定で
きない。
しかしながら,(3)で示したとおり,Bは,被告人に対し,本件かまを用
いて攻撃を加えた疑いがあり,被告人も相当程度の傷を負っていることなど
からすれば,被告人のBに対する暴行は,自己の生命,身体を防衛するため
の行為であったと評価できる余地が十分あるというべきである。
なお,検察官は,被告人が防衛行為として暴行に及んだのであれば,事件
直後に駆け付けてきた警察官に対してその旨告げるのが通常であるのに,
「何かあったんですか。」「知らんで。」などとBが死亡していることにつ
いて何も知らないという態度を取っているのは不自然であり,被告人は自己
の犯行を隠そうとしたものであると主張する。しかしながら,事件直後にお
いて事件に関する記憶が被告人にあったとしても,被告人自身も相応の暴行
行為に及んでおり,それによりBは意識を失い死亡しているのであるから,
被告人が上記の態度を取っているからといって,防衛行為をした者の行動と
して不自然であるとまではいえない。検察官の主張は採用できない。
(5)相当性
さらに,被告人の暴行が自己の権利を守るために相当な範囲の行為であっ
たといえるかについて検討する。
この点,(3)ウで示したとおり,①本件かまがBの手から離れた時点では
Bの攻撃力はかなり低下していたと見られること,他方,②被告人は,Bに
対し,顔面を少なくとも4回は殴り,頭部を石垣等といった固いものに少な
くとも2回打ち付けさせるなど,激しい暴行を加え,Bは,顔面及び頭部等
に多数の皮下出血や挫創等の傷を負っていること,③本件かまが落ちていた
地点からBが倒れていた場所に至るまでの間にある石垣に,毛髪やBの血痕
が付着していることなどから,本件かまがBの手を離れた後も被告人はBに
対しし烈な暴行を加えたと推認されること,④被告人の暴行の結果,Bは死
亡という重大な結果を生じていることなどにかんがみると,被告人の一連の
暴行は,全体として防衛のためにやむを得ない程度を超えたものであったと
いわざるを得ない。
4結論
以上のとおり,本件傷害致死の公訴事実については,被告人はBに対し,判
示のとおりの暴行を加えて死亡させたことが認められるが,過剰防衛が成立す
る。
第2Cに対する傷害の公訴事実について
Cは,当法廷において,6月7日,自宅の仏間及びその他の部屋において,
被告人から判示のとおりの暴行を受け,その結果傷害を負ったことを供述して
いる。
これに対し,被告人は,Cに対する暴行の事実について身に覚えがないと述
べ(この前後の記憶がないということは,前述のとおり。),弁護人は,Cの
供述は信用できず,被告人がCに対して暴行した犯人と認定することはできな
いと主張する。
確かに,証拠によれば,被告人の実家から市道に出てC宅に至るまでの経路
において,6か所にCの血痕が付着し,そのうち,屋外の支柱には相当量の血
痕が付着していたほか,Cの両足のサンダルが落ちていたこと等の事実が認め
られ,その事実に照らすと,Cが上記経路において既に出血を伴う負傷をして
いたことが疑われる。また,Cは,Eが本件前日夜にC宅に来たという事実や,
その後,Bとともに被告人の実家に押し掛けたという事実を否定するなど,B
の死亡について,自らが引き金になるなどして関与したことがうかがわれる事
実について,うその供述をしていることが認められる。
しかしながら,関係各証拠によれば,①Cが当時着用していたスウェット下
衣には,Cの血液のほか,被告人の血液が付着していたことのほか,②C宅に
は,縁側,仏間,玄関北側3畳間,台所北側3畳間等にCの血痕があったこと,
③被告人が着用していたトランクスには,Cの血痕が付着していたことなどの
事実が認められる上,④Eも,当時,C宅近くにいたところ,C宅の方から,
大きな叫び声が聞こえたと証言しており,C宅で被告人から暴行を受けたとい
うCの供述はこれらの事実又は証拠に裏付けられている。また,C宅の各所に
付着したCの血痕の量から見ても,C宅においてCが傷害の原因となる暴行を
受けたことは明らかである。
したがって,Cの供述は,被告人から暴行を受けたという核心部分,すなわ
ち,被告人から,頭部等をこぶしで殴られ,腰を足で蹴られるなどされたとい
う供述部分については信用できるのであり,判示第2のとおり被告人による暴
行の事実を認定した(C宅における被告人のCに対する暴行行為が防衛行為と
ならないことはもとより明らかである。)。なお,傷害の程度については,上
記経路上で発生した傷害の存在も疑われることを考慮し,Cの公判供述により
C宅で生じた傷害と認められる後頭部挫創について,診断書(甲14)によれば,
数日間の加療を要すると認められることから,その限度で認定をするにとどめ
た。
【法令の適用】
〔罰条〕
第1の行為刑法205条
第2の行為刑法204条
〔刑種の選択〕
第2の罪懲役刑
〔併合罪の処理〕刑法45条前段,47条本文,10条
(重い第1の罪の刑に加重)
〔未決勾留日数の算入〕刑法21条
〔訴訟費用の負担〕刑訴法181条1項本文
【量刑の理由】
1本件は,被告人が,知人男性に対し,暴行を加えて路上に転倒させるなどし,
鼻出血等の傷害を負わせるとともに意識消失に至らせ,同人を血液吸引により窒
息させて死亡させたという傷害致死(ただし,過剰防衛)の事案と,その直後,
隣家において,かつて交際していた女性に対し暴行を加え,数日間の加療を要す
る傷害を負わせたという傷害の事案である。
2(1)犯行の態様について見ると,傷害致死の事案については,先に認定したとお
り,被害者による急迫不正の侵害行為に対して行った疑いがあるものではある
が,被告人の暴行は,高齢である被害者の顔面を少なくとも4回殴り,路上等
に頭を複数回ぶつけさせるなど,被害者を死に至らしめるほどの激しく,かつ,
過剰で危険なものであったといえる。傷害の事案では,女性に対して,しつよ
うで容赦ない暴行を加えており,犯情はよくない。
(2)犯行の結果について見ると,傷害致死の被害男性は,当時78歳で,宅配便の
取次ぎをしながら子の帰省や孫の成長を楽しみに日々を暮らしていたものであ
り,この世を突然去ることになった無念さは察するに余りある。被害男性の3
人の子も,それぞれ,母亡き後に自分たちを慈しみ育ててくれた父親をしのび
つつ,父親を失った事実を受け止めきれないまま悲嘆に暮れている。犯行によ
って生じた結果は誠に痛ましい。被告人に対して厳しい処罰を望んでいるのも
無理のないところである。
傷害の事案についても,被害女性の傷害の程度は決して軽微なものではない。
被告人から受けた激しい暴行が被害女性に与えた精神的衝撃も大きい。
(3)これらの諸事情に照らすと,被告人の刑事責任は重いといわなければならな
い。
3しかしながら,他方,次のような被告人のために酌むべき事情も認められる。
(1)本件各犯行は,被害者両名が深夜被告人のいる被告人の実家に押し掛け,被
害男性が玄関前で「わりゃ」「A」などと怒鳴り,被告人がこれに応対した際,
被害男性が,かまで被告人に対して攻撃をしたことが契機となっていると疑わ
れるものであり,被害男性に対する傷害致死の行為については,全体として過
剰ではあるが防衛行為であることを否定できないものである。そして,被告人
と被害者両名との間のこれまでのいきさつに照らしても,被告人には多分に同
情すべき面があることもまた否定できない。
(2)被告人にはこれまでに前科前歴がない。
4そこで,これらの諸事情を総合考慮し,被告人に対しては,主文の刑を科する
のが相当であると判断した。
(検察官岡田志乃布,弁護人清水憲一郎公判出席)
(求刑懲役8年)
平成21年1月16日
広島地方裁判所刑事第1部
裁判長裁判官伊名波宏仁
裁判官髙橋康明
裁判官工藤美香

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