弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主主主主文文文文
1被告らは,自ら若しくは被告組合の所属組合員,支援者等の第三者をし
て,下記の行為によって原告P1の住居の平穏を害し,又はその名誉・信
用を毀損する行為をし,若しくはさせてはならない。

ア原告P1の自宅(居所。上記P2)に赴いて,面会を強要すること
イ原告P1の自宅(居所)のマンション(上記P2)の入口ドアの中心
点を基点として,半径150メートルの範囲内の土地において,原告ら
を非難する内容の又は原告らの個人情報を記載した内容のビラを配布す
ること
ウ上記土地において,ゼッケン等を着用し佇立又は徘徊すること
2被告らは,原告P1に対して,各自80万円及びこれに対する平成18
年4月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3原告会社の本訴請求をいずれも棄却し,原告P1の本訴その余の請求を
棄却する。
4被告P3の反訴請求をいずれも棄却する。
5訴訟費用は,本訴について生じた部分は原告P1と被告らとの間におい
ては,これを5分し,その1を原告P1の,その4を被告らの負担とし,
原告会社と被告らとの間においては,原告会社の負担とし,反訴によって
生じた部分は,被告P3の負担とする。
6この判決の第1及び第2項は,仮に執行することができる。
事事事事実及実及実及実及びびびび理理理理由由由由
第1請求の趣旨及び答弁
【本訴】
1請求の趣旨(原告ら)
(1)被告らは,自ら若しくは所属組合員,支援者等の第三者をして,下記の
行為その他の方法によって原告P1の住居の平穏を害し,又はその名誉・
信用を毀損する行為をし,若しくはさせてはならない。

ア原告P1の自宅(居所及び住民登録上の住所地)に赴いて,面会を強要
すること
イ原告P1の自宅(居所及び住民登録上の住所地)の門扉の中心点を基点
として,半径200メートルの範囲内の土地において,原告らを非難する
内容の又は原告らの個人情報を記載した内容のビラを配布すること
ウ同土地において,ゼッケン等を着用し佇立又は徘徊すること
(2)被告らは,自ら若しくは所属組合員,支援者等の第三者をして,下記の
行為その他の方法によって原告会社の営業活動を妨害し,又はその名誉・
信用を毀損する行為をし,若しくはさせてはならない。

ア原告会社の本店等同社の施設に赴いて,面会を強要すること
イ原告会社の本店が入居しているビル(○ビル)の入口ドアの中心点を基
点として半径200メートルの範囲内の土地において,拡声器を使用し又
は大声をあげるなどして原告らを非難し,演説を行い,シュピレヒコール
をすること
ウ同土地において,原告会社又は近隣住民の塀等に横断幕をかけたり,組
合旗を掲げたり,立看板をたてかけたりすること
エ同土地において,原告らを非難する内容の又は原告らの個人情報を記載
した内容のビラを配布すること
オ同土地において,ゼッケン等を着用し佇立又は徘徊すること
(3)被告らは,原告P1に対し,各自100万円及びこれに対する平成18
年4月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4)被告らは,原告会社に対し,各自100万円及びこれに対する平成18
年4月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5)訴訟費用は被告らの負担とする。
(6)仮執行宣言。
2請求の趣旨に対する答弁(被告ら)
(1)請求の趣旨(1)及び(2)を却下する。
(2)原告らの請求をいずれも棄却する。
(3)訴訟費用は原告らの負担とする。
【反訴】
1反訴請求の趣旨(被告P3)
(1)被告P3が,原告会社に対し,労働契約上の権利を有する地位にあるこ
とを確認する。
(2)原告会社は,被告P3に対し,平成15年10月から平成17年3月ま
で毎月末日限り各10万円及び平成17年4月から毎月末日限り各25万円
及びこれらに対する各期限の翌日から支払済みまで,それぞれ年5分の割合
による金員を支払え。
(3)訴訟費用は,原告会社の負担とする。
(4)仮執行宣言。
2反訴請求の趣旨に対する答弁(原告会社)
(1)被告P3の請求をいずれも棄却する。
(2)訴訟費用は,被告P3の負担とする。
第2事案の概要
1事案の要旨
(1)本訴は,原告らが,被告らの街頭宣伝活動(以下「街宣活動」とい
う。)により,原告らの名誉・信用が毀損され,原告P1の平穏に生活を営
む権利,原告会社の平穏に営業活動を営む権利がそれぞれ侵害された旨主張
して,被告らに対し,街宣活動の差し止めを求めるとともに,不法行為に基
づき原告らについては,それぞれ各自100万円の損害賠償及びこれらに対
する訴状送達の日の翌日である平成18年4月29日から支払済みまで民法
所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めるものである。
(2)他方,反訴は,被告P3が原告会社に対して,平成15年7月1日,被
告P3を原告会社の正社員として雇用することを前提とした最長1年9か月
(平成17年3月31日まで)の期限の定めのない試用期間とする労働契約
が締結されたところ,入社後3か月経過した平成15年10月には試用期間
が終了したとみるべきであり,その結果,被告P3は正社員となったにもか
かわらず,原告会社は,当該雇用契約は平成15年7月1日から平成17年
3月31日まで(1年9か月間)の期間の定めのあるアルバイト契約(有期
期間雇用契約)であって,その期間満了により,被告P3は労働契約上の地
位を喪失したとして,原告P3の地位を争っているとして,労働契約上の地
位にあることの確認と未払賃金(①平成15年10月から平成17年3月ま
での間は,正社員に支払われるべき毎月25万円の給与と現実に支払われて
いた毎月15万円との差額分,②平成17年4月以降は,毎月25万円)及
び支払期限である各月末の翌日から民法所定の年5分の遅延損害金の支払を
求めるものである。
2前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,掲記する証拠によって容易に認定
できるものである。
(1)当事者
ア原告会社
原告会社は,人文社会科学系の書籍の編集,出版等を目的とする有限会
社であり,本店は東京都千代田区<以下略>にあり,平成17年4月当時
の東京都労働委員会に不当労働行為救済の申立てがされた当時の従業員は
7名である。
原告会社は,常時10人以上の労働者を使用していなかったため,就業
規則の作成は義務づけられておらず,就業規則も存在しなかったが,被告
P3の雇止めの問題が発生した後の平成17年6月23日に就業規則が中
央労働基準監督署へ届けられた(甲84)。
イ原告P1
原告P1は,原告会社の代表者である。
原告P1は,住所地における5階建てのマンション(P2。以下「本件
マンション」ともいう。)の○号室において,内縁の妻と2人で生活して
いる(甲51)。
ウ被告P3
被告P3は,平成8年3月にP4大学文学部を卒業し,平成10年4月
からP5大学大学院文学研究科修士課程に入り,平成12年3月にこれを
修了し,平成12年4月にP6大学大学院博士後期課程に入学し,平成1
8年3月にこれを修了した。そして,被告P3は,その間の平成15年4
月から平成17年3月までP6大学社会科学部助手を務めていた者である。
なお,上記助手から大学教員等の研究者の道へ進むのは相当に困難であ
るとされていた(被告P3本人)。
P6大学の助手規程及び助手給与規程は,後記のとおりであり,助手は
有給であって,兼職を禁止されており,被告P3が,P6大学から助手の
給与として,支払いを受ける金額は,各期手当(本給の3か月分)を加え
て,年間350万円程度となる(もっとも,被告P3本人は,P6大学か
ら助手の給与として,年間240万円程度の支払いを受けていた旨を供述
する)。
エ被告組合
被告組合は,東京都千代田区及び中央区の事業所の従業員らによって組
織された,いわゆる合同労働組合であるところ,法人登記はされていない
が,代表者の定めがあり,代表者として執行委員長が選任されており,構
成員の変動にかかわらず団体そのものが存在しており,また,組合事務所
も有し,他の訴訟事件や不当労働行為救済命令の当事者ともなっている
「権利能力なき社団」である。
被告P3は,被告組合に平成16年11月9日に加入したものであり,
被告組合は,平成17年1月5日以降,原告会社に対して,団体交渉要求
を行っている。被告組合の平成17年4月当時の組合員は28名であった。
(2)被告P3と原告会社との労働契約及び雇止め等
ア被告P3は,原告会社の代表者である原告P1との間で,平成15年7
月1日,一定の合意の下で,賃金月額15万円とし(正社員の当時の賃金
月額は25万円),毎月末日限り当月分払いとの約定で労働契約(以下
「本件労働契約」という。)を締結し,平成17年3月31日までの1年
9か月間,原告会社の業務に従事した。本件労働契約締結に当たっては,
雇用契約書等の文書は全く作成されていない。
なお,学術研究団体「P27」の事務職担当であり,かつて,原告会社
において稼働していたP7と原告P1及び被告P3は,交友があったとこ
ろ,本件労働契約締結前の平成15年春ころ,P7,原告P1及び被告P
3の3名で,本件雇用に関して,面談したことがある。
(原告らは,P7は,本件雇用における紹介者であるとするのに対して,
被告らは,P7は紹介者ではなく,本件雇用については,被告P3が原告
P1に直接,依頼したものであると主張する。)
イそして,原告会社は,平成17年3月31日で被告P3の平成15年7
月1日以降の雇用(以下「本件雇用」という。)を打ち切り,同年4月以
降,雇用をしなかった(以下,これを「本件雇止め」という。)。
(3)被告P3の就労状況等
ア被告P3は,原告会社に入社後した平成15年7月から,原告会社で既
に準備が進められていたシリーズものの「P28ミステリー叢書」の校正
作業に従事し,歴史的仮名遣いを現代仮名遣いに改める作業等を行った。
被告P3が上記職務に従事した「P29Ⅰ」,「P29Ⅱ」が,10月
10日,11月10日にそれぞれ発行されたところ,この書籍については,
平成15年12月7日付の朝日新聞日曜版の読書欄で取り上げられたほか,
他の新聞の書評欄にも,掲載された。なお,これらの作品を初め「P2
8ミステリー叢書」は,基本的に著作者が死亡後50年を経過している作
品を集めており,著作権の問題がなく,当然,著作者との交渉等の必要も
ないものであった。
イ原告会社は小さな出版社であり,被告P3は,入社後,3か月程度経過
した後には,校正,付物(書籍のカバーや帯)のデザイナーとのやり取り,
紙の発注,印刷会社とのやり取り,取次店への見本だし,発送,書店や読
者への対応等の一連の作業を担当するようになり,また,毎週,従業員全
員が参加して行われる業務進行会議に出席し,業務進行表も提出するよう
になった。
ウそして,被告P3は,正社員と同様,出退勤の際,タイムカードを使用
し,大学助手の仕事が優先されるときもあったが,ほぼ週5日勤務し,平
成15年9月から平成17年3月までの19か月間で,18冊の書籍を担
当した。
被告P3の給与は,資料代が支給されたことはあったが,毎月15万円
であった。
(以上,乙1ないし26,39,被告P3本人,原告P1本人)
(4)被告P3の論文作成や学会発表等
被告P3は,P6大学助手の期間(原告会社に勤務中であった期間と重な
る時期)に,①「P8」(平成▲年▲月に「社会思想史研究」第○号に発
表),②「P9(平成▲年▲月に「公益学研究」第○巻○号に発表)等の論
文を発表し,また,「P10」の執筆も行っていた。また,被告P3は,助
手の期間に学会での発表も2回行った(甲69,86,被告P3本人)
(5)被告P3と原告P1との平成16年12月28日の面談
被告P3は,被告組合に加入した後の平成16年12月28日,原告P1
と面談し,今後の雇用関係についても話をした(以下,これを「本件12月
28日面談」ともいう。)。
(本件12月28日面談の内容については,原告らは,原告P1は,被告
P3に対して,本件労働契約の終了を確認すべく,平成17年3月末で期間
満了となるため退職して欲しい旨を告知したと主張し,被告P3は,当該面
談では,原告P1から平成17年3月末日で退職となる旨の告知など受けて
おらず,平成17年4月からの正社員化の話を渋り,アルバイトの継続を押
しつけた旨を主張している。)
(6)被告組合と原告会社との団体交渉
被告組合と原告会社は,次のとおり団体交渉を行った。
ア第1回団体交渉
日時平成17年1月14日午後4時30分ころから6時まで
場所原告会社内
出席者会社側原告P1
組合側P11,P12,P13,P14,P15,被告P3
第1回団体交渉前に,被告組合から事前に提出された要求書(乙29)
の内容は,9項目からなっていたが,そのうち,1項目及び9項目につい
ての記載は,下記のとおりである。

「1会社は,P15,P3両組合員の労働条件に関する案件について,当
組合との団体交渉によって真摯に話し合い,P28における健全な労使
関係の確立につとめること。
9会社は,本年3月末付けでP3組合員を正社員化すること。」
そして,第1回団交の後,被告組合が発行したビラ(甲53)には,第
1回団交で被告組合からなされた要求として,「退社勧奨を受けているP
16の雇用継続などを提示した」,「次回団交(2月3日)では,期限の
迫っているP16の雇用継続の問題について話し合われる」との記載があ
る。
イ第2回団体交渉
日時平成17年2月3日午後4時30分ころから6時まで
場所原告会社内
出席者会社側原告P1
組合側P11,P17,P12,P14,P18,P15,
被告P3
ウ第3回団体交渉
日時平成17年2月24日午後4時30分ころから6時まで
場所原告会社内
出席者会社側原告P1
組合側P11,P12,P14,P13,P18,P15,
被告P3
エ第4回団体交渉
日時平成17年3月9日午後4時30分ころから6時まで
場所原告会社内
出席者会社側原告P1
組合側P11,P12,P14,P15,被告P3
オ第5回団体交渉
日時平成17年3月24日午後4時30分ころから6時まで
場所原告会社内
出席者会社側原告P1
組合側P11,P12,P14,P19,P20,P15,
被告P3
(7)原告ら代理人からの団体交渉拒否通知(甲2)
原告会社からの依頼を受けた佐藤康則弁護士は,被告らに対して,平成1
8年3月29日付けの通知書(内容証明郵便)で,被告P3は,平成17年
3月31日までの期間限定のアルバイトとして雇用したものであり,被告P
3が原告会社に対して正社員として雇用を求める請求権もなく,原告も正社
員として雇用する意思もないこと,本件に関する団体交渉は,平成17年1
月14日,2月3日,2月24日,3月10日及び3月24日の合計5回,
相当の時間をかけて行われており,双方の主張や説明は尽くされた段階であ
り,これ以上の団体交渉に応ずることはできない旨を告知した。
(8)被告組合の不当労働行為救済の申立て及び東京都労働委員会(以下「都
労委」という。)の救済命令
ア被告組合は,平成17年4月,原告会社を被申立人として,都労委に対
して,救済内容として,
①原告会社は,被告P3の雇止めを撤回し,正社員として雇用すること
②原告は,被告P3の身分問題等の団体交渉に応じること。
③原告会社は,組合員を脱退させたり,組合員を誹謗・中傷したりして
組合の活動に介入しないこと,
④謝罪文の掲示
を,それぞれ求める不当労働行為救済命令の申立てをした。
イ都労委は,平成19年7月3日,要旨,下記の救済命令(以下「本件救
済命令」という。)を発令した。

①原告会社は,被告組合の組合員P3(被告P3)を平成17年4月1
日以降も,その雇用条件について新たな合意が成立するまで,従前と同
様の身分及び給与等の雇用条件が継続していたものとして取り扱わなけ
ればならない。
②原告会社は,被告P3の平成17年4月1日以降の雇用条件について
被告組合が申し入れた団体交渉を拒否することなく,誠実に応じなけれ
ばならない。
③原告会社は,被告組合に対して,謝罪文を交付しなければならない。
④原告会社は,前各条項を履行したときは,速やかに当委員会に文書で
報告しなければならない。
⑤その余の申立てを棄却する。
ウ原告会社は,本件救済命令を不服として,中央労働委員会に再審査の申
立てをしている。
(9)原告会社付近での街宣活動
被告組合は,平成17年3月11日から,原告会社に対する街宣活動を開
始したが,原告会社が団交拒否を表明した後は,基本的に,月1回程度,原
告会社付近での街宣活動を行っている。
(10)P21内での出版祝賀会における街宣活動
平成19年10月14日日曜日の午後5時半からP21において,「P2
2さんの傘寿と著作『P23』の発刊を祝う会」が行われたところ,原告P
1は,発起人の一人として,この出版祝賀会(以下「本件出版祝賀会」とい
う。)に出席していた。
被告組合の組合員らは,本件出版祝賀会の会場へ赴いて,原告会社を非難
する内容の「P28闘争リーフレット」等を配布したり,原告P1に団体交
渉開催の申入れをした。
(甲64ないし67)
(11)原告P1の自宅付近での街宣活動
被告組合の組合員らは,少なくとも,平成18年1月22日(日曜日)か
ら,毎月1回程度,日曜日を中心に,原告P1の自宅である本件マンション
○号室へ赴いて,面会を求めたり,団体交渉を求める申入書を投函したり,
原告らを批判するビラを配布する等の街宣活動を行っている。
(12)被告P3の他からの収入
被告P3は,本件雇止め以降,次のとおり,他の団体から給与の支払を受
けた(甲92,96,103。本件調査嘱託の結果)。
ア財団法人P24(嘱託職員として)
(ア)平成17年5月1日から平成18年3月31日まで
支給給与合計198万7889円(通勤費7万3910円含む)
(イ)平成18年4月1日から平成19年3月31日まで
支給給与合計211万6839円(通勤費7万7880円含む)
(ウ)平成19年5月1日から平成20年3月31日まで
支給給与合計194万3910円(通勤費7万3910円含む)
イ特定非営利活動法人P25
主任相談員として,労働契約が締結され,その契約期間は平成20年1
0月1日から平成21年3月31日まで
(ア)平成20年4月から同年9月30日まで
支給給与57万6265円(通勤手当3万3060円含む)
(イ)平成20年10月支給額
26万6690円(通勤費1万2190円含む。ただし,補助業務従
事職員として9月に勤務した9万6000円〔通勤費5700円含む〕
を含む。)
(13)P6大学助手規程及び助手給与規程
○P6大学助手規程(甲28)
(根拠及び目的)
第1条P6大学学術院附則第30条に基づき,研究者となるべき者の要
請を目的として助手を置く。
2前項に定める目的にかかわらず,当該学術院の教授会が特に必要と
認めたときは,大学の承認を得て,本大学の教員となるべき者の要請を
目的として助手を置くことができる。(以下略)
(助手となり得る資格)
第3条助手は,修士の学位を取得した者またはこれと同等以上の学力を
有する者の中から,学力および人物の優秀な者について,教授会の推薦
に基づき,大学が嘱任する。(以下,略)
(助手の指導)
第4条助手は,学術院長の監督の下に,教授会の承認した専攻分野の研
究に従事する。
2助手の研究を指導させるため指導教員を置き,本大学教員の中から,
教授会が委嘱する。(以下,略)
(助手の研究報告)
第5条助手は,研究報告書を,年1回以上,指導教員を経て,所属の学
術院長に提出しなければならない。
(助手の給与)
第7条助手は,有給とする。給与額は別に定める。
(助手の兼職禁止)
第9条助手は,他の職に就き,または他の学校の教員になることができ
ない。ただし,教授会の議を経て大学が認めた場合は,この限りではな
い。
○助手給与規程(2006年2月13日規程甲50)の要旨
(規程制定の根拠)
第1条この規程は,P6大学助手規程第7条に基づき,助手の給与等に
ついて定める。
第2条助手規程第1条第1項の規程による助手(第1項助手)に対して
は,「本給」を支給する。
(通勤費補給金の支給)
第4条交通機関を利用して通勤する者に対しては,通勤費補給金を支給
する。
(本給の支給)
第5条第1項助手の本給の額は,別表1のとおりとする。
なお,別表1には,本給額として,年齢毎に本給額が定められ,
月額20万5510円(22歳から23歳)から23万5510円
(30歳以上)とされている。
(各期手当の支給)
第6条第1項助手の各期手当の額は,年間を通じ本給の3か月分に相当
する額とする。
3争点
(1)争点1
原告らが求める差止めの訴え(請求の趣旨(1)及び(2)の訴え)の適法性
【被告らの主張の要旨】
被告らに対する請求の趣旨(1)及び(2)自体が,いずれも不特定,曖昧かつ
著しく広範であって,不適法であり,当該訴えは,いずれも却下を免れない。
また,原告らは,原告P1の「住居の平穏を害し,又はその名誉・信用を毀
損する行為」をすること,原告会社の「営業活動を妨害し,又はその名誉・
信用を毀損するする行為」をすることの禁止をそれぞれ求めているが,これ
らは,いずれも価値判断や評価を要するものであって,禁止事項としての明
確性を欠く。
【原告らの主張の要旨】
原告らは,禁止を求める行為を具体的に列挙した上で,それらの行為に付
加する形で「その他の方法」という表現方法を用いているのであるから,禁
止行為の範囲としては具体的列挙事項に類する行為を示すことが明らかであ
り,十分特定されている。また,禁止事項として求めている「住居の平穏を
害し,又はその名誉・信用を毀損する行為」や「営業活動を妨害し,又はそ
の名誉・信用を毀損する行為」については,「下記の行為その他の方法によ
って」という限定が加えられているのであるから,限定部分を合わせて解釈
することで上記文言部分がどのような不法行為を示すのか容易に判断しうる。
(2)争点2
原告会社の請求の成否
①原告会社が求める差止め請求の成否
②原告会社の損害賠償請求の成否及びこれが肯定された場合の相当額
【原告会社の主張の要旨】
ア被告らは,原告会社前路上で,原告らを非難する内容のビラを配布し,
拡声器を使用し又は大声をあげるなどして原告らを非難し,演説を行い,
シュプレヒコールを行うなどしている。
上記街宣活動の具体的日時,人数,態様等は,別紙1の「原告会社付近
における街宣活動一覧表」記載のとおりであるが,被告らは,概ねミニバ
ンで原告会社前に乗り付け,車体に組合旗を掲げ,路上の電柱にも組合旗
をくくりつけるなどし,拡声器も2台使用して演説を行い,原告会社前路
上において,原告会社を非難するビラを撒くというものである。そして,
10名前後の人数で原告会社に来社し,原告会社が入居しているビルの2
階部分まで上がってきて,原告会社のドアを開け,シュプレヒコールをし
た後,数名が演説を行い,「抗議及び団体交渉要求書」を手渡し,路上で
シュプレヒコールを上げ円陣を組むという流れである。
イそして,被告らは,原告会社に対する街宣活動の一環として,平成19
年10月14日,原告P1が発起人の一人となっていた本件出版祝賀会の
パーティ会場において,不特定多数人に対して,ビラやパンフレットを撒
くなどの街宣活動を敢行し,本来,慶事である本件出版祝賀会を妨害した
ものである。
ウ被告らは,原告会社の名誉・信用を毀損し,営業活動を侵害している上,
今後もこれを繰り返される蓋然性が高く,その差止めをする必要性もある
し,これらの街宣活動によって蒙った原告会社の損害を賠償する責めを負
うところ,その損害額は100万円を下ることはない。
【被告らの主張の要旨】
被告組合の街宣活動は,本来,憲法で保障された労働組合としての正当
な団体行動であって,適法なものである上,原告らの承諾もされており,
この面からも違法性はなく,原告らの差止めや損害賠償の請求は失当であ
る。なお,以下のアないしウの主張は,争点2及び3に共通するものであ
る。
ア被告組合は,争議権・団体行動権の行使として,平成17年3月から街
宣活動を続けてきた。
被告組合が街宣活動を行うことについて,原告会社及び原告P1は,被
告組合との団体交渉の席上で,事前に被告組合の権利であることを認めた
上で,下記のとおり,被告組合がこれを行うことを承諾するのみならず,
これを行うよう挑発しているものである。

(ア)平成17年3月10日の第4回団体交渉における原告P1の発言
「やってください。争議」
「争議になってもいいですよと言っているんです。」
(組合関係者の)「この場所に来るようなことが,だんだん増えてく
るなんてことにならないようにしたいので。」との発言を受けた「それ
は別に,来てもらってもいいですよ。」
(イ)平成17年3月24日第5回団体交渉における原告P1の発言
被告組合側の「・・・私たちも,それは労働組合に対する無視だから,
私たちだって,それはおかしいだろうって,当然P3さんと一緒に言い
に来るしかないですね。」との発言を受けて,「それは言いに来て下さ
いよ。」「言いに来てくれることについて別にどうってことありません
から。そちらも権利でやるわけだから。」
(ウ)平成17年9月27日原告会社訪問時
被告組合側の「もちろん,会社の外でね,宣伝活動は進めるし。」等
の発言を受けて,原告P1は「どうぞ。どうぞ・・・,シュプレヒコー
ルやってくださいよ」
以上のとおり,被告らの行った街宣活動は,いずれも原告らの承諾を受
けた被告組合の争議権,団体行動権の行使である,とりわけ,解雇をめぐ
る,しかも団体交渉拒否という争議状態にある労使間においては,通常と
異なる行為であっても,一定程度使用者側は受忍しなければならない。し
かも,被告組合の街宣活動が社会的に相当な範囲を超えているという原告
らの立証もなく,被告らの行動は,組合の争議行為として容認されるべき
範囲内であり,何ら問題はない。
イ原告らのかかる明示の承諾を受けて,被告組合は平成17年3月11日
から原告会社前での街宣活動を開始した。
その後,被告組合が原告会社事務所前で団体交渉の申入れを行っても,
原告P1はその申入書を受け取らず,団体交渉を拒否するという不当労働
行為に出たため,被告組合は,平成18年1月以降,原告P1宅に赴いて,
原告P1に直接,団体交渉の申入れを行うことを始めた。その後も不当労
働行為が続き,更に,原告会社が平成19年7月に都労委が発令した本件
救済命令に従わないため,被告組合は,その後,原告P1宅を訪問した際,
たまに若干の街宣活動を行うようになった。
ウ使用者が労働委員会から不当労働行為救済命令を受けた場合,その命令
についての法律上の履行義務を負うことは言うまでもないところ,原告会
社は,平成19年7月3日付の本件救済命令を受けたにもかかわらず,一
切これを履行しないという労働法制の根本を否定する違法行為を継続して
いる。
被告組合は,本件救済命令が発令された後,1日でも早く原告会社にお
ける労働争議を解決するように原告P1に直接,団体交渉の再開と被告P
3の解雇の撤回を求めてきたものであるところ,原告会社が不当労働行為
という違法行為を行ったこと,その上,本件救済命令を履行しないという
労働法制を根本から否定する違法行為までも継続していることを原告P1
の近隣者や社会に伝えることは,労働組合の争議権,団結権に基づく当然
の行為であり,また,労働者の権利を守ることを目的とする被告組合の使
命でもある。
エなお,平成19年10月14日の本件出版祝賀会の件についてであるが,
原告会社の代表者である原告P1は,被告組合との団体交渉において,被
告組合が出版関係の者に原告会社の不当労働行為を伝えることは承諾して
いたものであり,本件出版祝賀会は,原告P1が原告会社代表者の立場か
ら発起人を務めたものであり,原告P1は原告会社代表者としてこれに出
席したものであるから,本件出版祝賀会は,原告会社の業務に他ならない。
(3)争点3
原告P1の請求の成否
①原告P1が求める差止め請求の成否
②原告P1の損害賠償請求の成否及びこれが肯定された場合の相当額
【原告P1の主張の要旨】
ア被告らによる閑静な住宅地にある原告P1の自宅(本件マンション○
号)に対する街宣活動は,別表2「原告P1の自宅宅付近における街宣活
動一覧」記載のとおり(ただし,番号1は,原告P1の住民票上の住所に
対するものである。),原告P1の私生活の領域において30回以上にわ
たって執拗に敢行されているものである。被告らは,原告会社に対する街
宣活動も執拗に行っており,かつ,原告P1も,ほぼ毎日,原告会社に出
勤しているのであるから,原告P1の自宅付近での街宣活動を行う必要も
ない。
その態様や内容も,被告らは,本来,休養をなすべき日曜日や祝日の午
前中に原告P1宅を来訪し,インターホンを鳴らし,申入書の交付をし,
本件マンション付近に横断幕を張り,ゼッケン着用の上,拡声器を使用し
ての演説やシュプレヒコールを強行することで,原告P1を含む近隣住民
の住居の平穏を害し,付近住民からも苦情が出ている。さらに被告らは,
原告P1の氏名や住所も記載された原告らを誹謗中傷する内容のビラ(9
0枚から100枚)を原告P1の自宅の近隣に広範囲にばらまくことによ
って,原告P1の地域社会における名誉・信用を毀損するというものであ
って,悪質である。
そして,被告組合代表者は,原告P1宅への街宣活動を今後も継続する
ことを当法廷における尋問においても,明言しており,この差し止めの必
要性も顕著であるし,損害賠償も認められるべきである。
イ被告らは,上記の違法な街宣活動を執拗に行い,原告P1の名誉・信用
を毀損し,プライバシー権や住居の平穏を侵害したものであるから,民法
709条,710条に基づいて損害賠償責任を負うものであり,その賠償
額は,前記事実に照らすと,100万円を下ることはない。
【被告らの主張の要旨】
争点2において,主張したアないしウと同様であり,原告P1宅付近での
街宣活動が違法とされることはない。
そして,被告組合の街宣活動は,原告P1の原告会社代表者としての違法
行為を問題としているのであって,原告会社の業務を離れた原告P1個人の
違法行為を問題としているのではない。原告P1は自宅にいようが,どこに
所在しようが原告会社代表者であることは変わりはない。したがって,街宣
活動の場所が原告P1宅の前であることを理由として,その街宣活動の違法
性が強まったり,差止めの必要性が生じるとの主張は失当である。
また,被告組合が作成配布したビラの内容は,原告らの違法行為を明らか
にして,その是正を求めるものであって,表現の自由の保障の範囲内のもの
である。そして,これを社会的に明らかにすることは,労働組合の争議権,
団体行動権に基づく当然の行為であり,また,労働者の権利を守ることを目
的とする被告組合の使命でもある。加えて,原告P1宅の近隣住民からも前
記街宣活動についての苦情は出されていない。
(4)争点4
被告P3の請求の成否(労働契約上の地位の確認と未払い賃金の請求の成
否)
【被告P3の主張の要旨】
ア被告P3と原告会社の代表者である原告P1との間で,平成15年7月
1日,賃金月額15万円とし(正社員は25万円),毎月末日限り当月分
払いとの約定で労働契約(本件労働契約)を締結した。
入社にあたって,原告P1は,被告P3に対して「助手の期間はアルバ
イトでやってみて,君の働きぶりを見る。そして,編集者としてやってい
けそうであったら正社員とする。」との申出をし,被告P3がこれに合意
したものであって,平成17年4月以降,被告P3を正社員化するという
のが,本件労働契約における合意事項(約束)であった。
すなわち,本件労働契約締結時における被告P3の労働契約上の地位は,
当事者の合理的意思解釈をすれば,正社員としての採用を前提とした最長
1年9か月(平成17年3月31日まで)の期限の定めのない試用期間で
あった。
しかし,かかる長期にわたる可能性のある試用期間の定めは,公序良俗
に反し無効であるところ,社会通念上,必要かつ合理的な試用期間は3か
月程度である上,被告P3は入社から3か月経過したころには,最初に担
当した書籍が発行され,一冊の書籍の発行に関する業務を各担当者がすべ
て行うという原告会社の仕事のやり方を習得したものであるから,形式的
にも実質的にも本件労働契約は,平成15年10月からは,本採用の効力
を生じていたものとみるべきである。
しかるに,原告会社は,平成17年3月まで月額15万円の賃金しか支
払わず,平成17年4月以降,被告P3の原告会社に対する労働契約上の
権利を完全に否定し,被告P3に対する賃金を支払わない。
よって,被告P3は原告会社に対して,平成15年10月から平成17
年3月まで月額10万円の未払賃金及び平成17年4月以降の月額25万
円の賃金並びに,これらに対する各約定支払日から支払済みまで民法所定
の年5分の割合による金員の支払いを求める。
イP6大学社会科学部助手は,旧国立系大学のように助手採用後のポスト
や昇進がある程度保障されているものとは全く異なり,2年以上の身分継
続は,全く予定されていない不安定雇用そのものである。2年の助手の期
間が経過すると,各人の自助努力やコネを使って,大学教員等の地位にに
就けるのは,極めて幸運な例であり,助手が終われば浪人同然である。こ
のような不安定な身分にある被告P3が,本件労働契約の期間について,
助手の任期終了までなどと約束するはずがない。
ウ原告P1は,第1回団体交渉では,被告P3について,「何もかもはっ
きり言って合格ですよ。うちも欲しい。」「雇わないとは言っているわけ
ではない,最終選択として考えて欲しい。」などと述べていたのにもかか
わらず,第2回団体交渉以降,方針の大転換をして,被告P3の雇用は平
成17年3月までの約束であったなどと後付けでの主張を始めたものであ
る。すなわち,原告P1は,第2回団体交渉までは,本件労働契約が有期
雇用契約であって,その期間が満了したなどとは,述べていなかったもの
であり,その供述等は信用性がない。
エ仮に,原告会社が主張するように,被告P3の平成15年7月の入社時
に,期間を1年9か月とする有期雇用契約が締結されたとしても,当時の
労働基準法14条(平成15年法律第104号による改正前のもの)に照
らして,無効である。
【原告会社の主張の要旨】
ア原告会社と被告P3との本件労働契約の内容は,平成15年7月から平
成17年3月31日までの期間限定の有期労働契約であり,当該有期期間
の満了によって,本件労働契約は終了した。
すなわち,原告会社代表者の原告P1は,知人のP7から被告P3を紹
介され,被告P3が平成17年3月末までP6大学の助手を務めるので,
その間,アルバイトとして,雇用して欲しい旨を依頼され,かつ,被告P
3からも同様の依頼があったため,原告会社は当時,毎年の売上高が減少
していたが,知人からの紹介でもあり,被告P3を雇用したものである。
イ被告P3は,原告会社に採用された平成15年7月1日当時から正社員
として入社する意思があったかのような主張をし,かつ,試用期間として
3か月が経過した同年10月以降,本採用となって正社員となった旨を主
張するが,当時,被告P3は兼業が禁止されているP6大学社会科学部の
助手の地位にあったものであり,原告会社はもちろん,被告P3において
も,正社員として原告会社に入社する意思はなく,助手期間の途中の平成
15年10月以降,正社員として採用される意思もないことは明らかであ
る。
すなわち,原告会社においては,助手という本業のある被告P3を正社
員とするはずもない。そして,P6大学において助手に対して,相当額の
給与を支払い,兼業禁止としているのは,助手に学術研究に専念させるた
めであり,本来,被告P3にとっては原告会社においてアルバイトととし
て稼働すること自体,大学の兼職禁止規定に抵触するものである上,まし
てや正社員となったことが判明すれば助手解任などの重大な処分がされる
ことも容易に予想されるものであって,このような地位にある被告P3が
助手の期間中,正社員として採用されることを選択するはずもない。現実
にも,被告P3は,平成17年3月31日まで,大学職員として,大学の
健康保険や年金に加入していたものである。
ウ原告P1は,本件労働契約は,被告P3が平成17年3月までのアルバ
イトをするという有期雇用契約であり,平成16年12月28日の面談に
おいても,被告P3に対して平成17年3月で期間満了となるので退職し
て欲しい旨を告知したことを終始一貫述べており,これは被告組合が第1
回団体交渉直後に作成したビラ(甲53)の「退社勧告を受けているP1
6(被告P3を指す)の雇用継続などを提示した」,「次回交渉では期限
の迫っているP16の雇用継続の問題について話し合われる」の記載や関
係者の陳述書にも合致しており,信用性が高い。
他方,被告P3や被告組合関係者の供述は,これらを裏付ける客観的資
料もなく,合理的理由なく変遷しており,到底信用できない。
すなわち,第1回団体交渉から第4回団体交渉までは,被告らは,被告
P3の地位がアルバイトであることを前提としつつ,実質的に正社員と同
様の仕事をこなしてきたことから(なお,原告らは,被告P3の仕事は正
社員と同様のものであることは否認するものである),原告会社の裁量で,
平成17年4月以降,新たに正社員として採用して欲しいと主張していた。
しかるに,第5回団体交渉の途中から,被告組合関係者は,突然,被告P
3について,本件雇用当初から正社員として採用されるという合意があっ
た旨を主張し始めたものである。
また,被告P3の供述は,原告P1にアルバイトを強制されたとか,平
成16年12月28日の面談の際にメモを作成したが廃棄したとか,大学
教員のオファーを受ける気もなかったなどと,虚偽の内容が多く,およそ
信用できない。
エ原告会社と被告P3との前記有期雇用契約は,改正前の労働基準法14
条に照らしても無効とはならない。すなわち,労働基準法14条が,労働
契約について1年を超える期間について締結してはならないと規定する趣
旨は,使用者が労働者を長期間拘束して足止めすることを防止するためで
ある(勤務義務の拘束禁止)。そのため,勤務の強制的拘束の意味ではな
く,契約終了時期のみを定める意味の期間(労働者は途中で自由に解約・
退職できるもの)であるならば,上記の趣旨はあてはまらず,このような
労働契約は無効とはならない。
本件において,1年9か月間の有期雇用契約は,被告P3からいつでも
解約でき,期間中に被告P3から解約をしても契約違反による損害賠償な
ど一切予定されていないものである。上限期間である1年経過後はいつで
も被告P3から解約でき,上限期間を超える9か月間は身分保障期間であ
ることが明らかであって,本件有期雇用契約は,労働基準法14条に違反
しない。
(5)争点5
争点4が認められた場合の被告P3に支払われるべきバックペイから控除
されるべき中間収入
【原告会社の主張】
仮に,期間満了によって本件雇用が終了していない場合,平成17年4月
以降に,被告P3が他で稼働して得た利益を控除して,バックペイの支払が
されるべきである。
すなわち,被告P3は,①平成17年5月1日から平成20年3月31日
まで「P24」に嘱託職員として勤務し,また,②平成20年4月1日から
「特定非営利活動法人P25」に補助業務従事職員として勤務し,前提事実
(12)記載のとおりの収入を得ており(今後も,平成21年3月31日まで支
払いが行われる見込みである。),被告P3に対して,バックペイの支払い
が認められる場合には,上記の中間利益を控除すべきである。
【被告P3】
原告会社の主張は,争う。
第3争点に対する判断
1争点1(原告らが求める請求の趣旨(1)及び(2)の差止めの訴えの適法性)に
ついて
被告らは,原告らの被告らに対する請求の趣旨(1)及び(2)自体が不特定であ
ることや「住居の平穏を害し,又は名誉・信用を毀損する行為」や「営業活動
を妨害し,又は名誉・信用を毀損する行為」との文言は価値判断や評価を要し,
明確性に欠けること等を理由に,原告らの被告らに対する差止を求める訴えは
不適法であり,却下されるべきであるなどと主張する。
しかしながら,本件差止請求は請求の趣旨(1)のアないしウ及び同(2)のアな
いしオで,その内容が詳細に例示されており,特定はされているといえる上に,
一般に,差止行為を余りに明確に特定すると潜脱されるおそれがあるため,あ
る程度包括的な文言でもやむを得ないというべきであること等に照らすと,本
件においては,差止めの内容が不特定や不明確であるということはできない。
したがって,本件差止めの訴えは,適法であると解するのが相当である。
2争点2(原告会社の請求の成否)について
(1)被告組合は,平成17年3月11日から,原告会社に対する街宣活動を
開始したが,原告会社が団交拒否を表明した後は,基本的に,月1回程度,
原告会社付近での街宣活動を行っていることは,前提事実記載のとおりであ
る。
そして,これに加えて,証拠(甲5ないし7,8の1ないし7,27,6
1,乙41,42,被告組合代表者)によれば,この街宣活動の具体的内容
については,概ね,別表1「原告会社付近における街宣活動一覧」記載のと
おりであり,原告P1が在籍することが多い午後の時間帯に45分から1時
間程度,被告組合代表者,被告P3を含む被告組合組合員らが,団体交渉要
求書を持参して,原告会社事務所へ持っていき,原告会社事務所前道路で,
拡声器を用いて演説をし,シュプレヒコールをしたり,原告会社を批判する
ビラを付近住民や通行人にも配るものである。
また,上記街宣活動の際には,「P1社長は団体交渉に応じろ」と約1メ
ートる平方の段ボール紙に書いたものを歩道に立てかけたり,「解雇撤回!
争議非合法化粉砕!」と書いた横断幕を立てたりしている。
これらの街宣活動への参加人数は,通常は,数名から15名程度であり,
平成18年7月5日や平成19年10月25日の街宣活動の際には,被告組
合の支援者も含めた5,60名で原告会社事務所前の歩道で集会をしたこと
もある。
(2)ところで,一般に,労使関係の場で生じた問題は,労使関係の領域であ
る職場領域で解決されるべきであり,その領域における労働組合の正当な団
体行動は,違法性が阻却される。
本件においては,被告組合の組合員である被告P3の雇用問題をめぐって,
労使が対立し,団体交渉を経た後,被告組合は,その解決のための団体行動
として街宣活動を行ったものであり,正当な組合活動といい得るし,その手
段,方法にいささか過激な点があるとしても,社会通念上許容される範囲の
ものというべきである。
よって,その余の点について判断するまでもなく,原告会社の被告らに対
する本件差止め請求や損害賠償請求は,理由がない。
なお,平成19年10月14日のP21で行われた本件出版祝賀会におけ
る街宣活動については,職場領域における団体活動はいえない面があること
は明らかであるが,これは,原告P1個人に対する街宣活動の一場面として
評価するのが相当と解される事柄であり,後記の争点3(原告P1の請求の
成否)の判断の中で,併せて検討する。
3争点3(原告P1の請求の成否)について
(1)被告組合の組合員らは,少なくとも,平成18年1月22日(日曜日)
から,毎月1回程度,日曜日を中心に,原告P1の自宅へ赴いて,面会を求
めたり,団体交渉を求める申入書を投函したり,原告らを批判するビラを配
布する等の街宣活動を行っていることは,当事者間に争いがない。
そして,前記争いのない事実に加えて,証拠(甲8の2,3,5及び7,
11,12の1ないし3,13,14,16ないし18,21,22,24,
25,35ないし38,43ないし46,48,49,51,57ないし5
9,79ないし83,85,88,93,94,97ないし102,乙38,
42,原告P1本人,被告組合代表者)を総合すれば,原告P1の自宅付近
での街宣活動の具体的態様や内容は,次のとおりであると認めることができ
る(その内容等は,概ね,別表2「原告P1の自宅付近における街宣活動一
覧」の記載と一致する。)
ア当初,被告組合代表者ら数名は,平成17年5月又は6月ころ,原告P
1の住民登録上の住所地へ赴いたが,そこには原告P1の弟が居住してい
た。その後,被告組合は,原告P1の住所(現実の居所である本件マンシ
ョン)を知り,被告組合代表者ら数名は,平成18年1月8日(日曜日)
午前中,被告組合の組合員数名が,初めて,閑静な住宅地にある原告P1
の自宅マンションを訪問し,ドアのチャイムを鳴らしたが応答がなく,不
在と判断して帰った。
イそして,被告組合代表者ら数名は,同年1月22日(日曜日)に,原告
P1宅を訪れ,ドアのチャイムを鳴らし,これに対して原告P1の内縁の
妻が応答した。被告組合の組合員らは,ドアポストに,団体交渉に応ずる
よう求める要求書を投函した。
ウ次に,被告組合代表者ら数名は,同年2月5日,街宣活動のため,原告
P1宅へ向かう途中で,偶然,最寄り駅の西武池袋線α駅へ向かう原告P
1と遭遇し,駅まで同行して,要求書を渡したり,団体交渉に応ずるよう
求めたりした。その後,被告組合代表者ら数名は,原告P1の自宅マンシ
ョンへ向かい,本件マンションや近隣の住宅のポストへ,ビラ約200枚
を配布した。
一連の街宣活動において,原告P1の自宅近隣へ配布されるビラは,少
なくとも,100枚に近い数十枚でありその内容は,下記の内容を含む
ものであって,原告P1の氏名・住所も記載され,原告P1を非難するも
のとなっている。

「不当な争議行為禁圧攻撃を許さないぞ
P28P1社長は団体交渉を再開せよ!
豊島区<以下略>にお住まいの皆さん,私たちは東京・中部地域労働
者組合です。
P28,2004年11月~2005年3月の経過
豊島区<以下略>に住むP1氏が経営する出版社・P28(千代田区
<以下略>)では,就業規則もなく,給与明細も渡されず,労働基準法
が全く守られない状態が永年続いていました。社長は創設以来25年間
に渡り,使い捨て・入れ替えの原理に基づくワンマン経営を続けてきま
した。
2004年11月,このような職場環境を憂い,少しでも改善しようと
労働者2名(当時全社員は7名)が地域労組に加入し,「東京・中部地
域労働者組合・P28」を結成しました。2005年1月に団体交渉を
要請し,2~3週間に1度の頻度で,話し合いを継続してきました。
団交の中で組合は,無責任体質に基づく経営と,労働者を使い捨ての
駒のように扱う実態を指摘しました。そして,3月上旬の団交中,社長
は就業規則の4月末までの作成を約束しました。また,他の議題に関し
ても話し合いを継続すると約束してしましたが,3月末,会社は,弁護
士を通じて一方的に団交の継続を拒否する旨の文書を送りつけてきまし
た。同時に一人の組合員の雇い止めを宣告し,排除しました。」
その後,都労委の本件救済命令が発令された後は,配布ビラ(原告P
1の住所も記載されている)には,「P28社長は労働委員会の命令に
従え」とか「東京都労働委員会が首切りを不当労働行為として断罪!」
との文言等も記載されるようになった。
エそして,街宣活動の際には,被告組合員らは,ゼッケンを着用し,原
告P1の自宅前の路上で,横断幕をはったり,旗を立てかけたりし,前記
内容の抗議ビラを読み上げたり,シュプレヒコールをあげたりしている。
このような街宣活動には,1時間半程度を要している。
オそして,被告らは,原告P1の自宅付近での上記のような街宣活動を,
1か月に1回程度,基本的に日曜日や祝日の午前中に行っているところ,
遅くとも,都労委の決定がされた平成19年7月3日の後,上記街宣活動
を行う際に,拡声器も使用するようになっており,これは現在まで継続さ
れている。
カ原告P1が在宅中であった平成20年3月20日,4月20日,5月
12日においては,午前中,被告P3を含む被告組合の組合員ら数名が,
本件マンションの原告P1宅まで来て,チャイムを押し,その後,本件マ
ンション前の路上で,最初に,被告P3が演説をし,続いて,被告組合の
組合員1,2名が演説し,申入書を原告P1宅のドアの郵便受けに申入書
を入れ,ビラを本件マンションの集合ポストのほか,近隣の住戸のポスト
に配布するなどした。
なお,被告組合代表者らが平成20年5月12日の街宣活動をしてい
る際に,近隣の住民と解される男性から,原告P1の自宅まで来て,街宣
活動を行うべきではないと申入れを受けた。
キそして,被告組合代表者は,当法廷において,今後も,原告P1が団
体交渉に応じない限りは,原告P1の自宅付近での街宣活動を止める意思
はないことを明言している。
(2)以上の事実を踏まえて,判断する。
争点2における判断でも述べたとおり,労使関係の場で生じた問題は,労
使関係の領域である職場領域で解決すべきであって,企業経営者といえども,
個人として,住居の平穏や地域社会ないし私生活の領域における名誉・信用
が保護,尊重されるべきであるから,労働組合の諸権利は企業経営者の私生
活の領域までは及ばないと解するのが相当である。したがって,労働組合の
活動が企業経営者の私生活の領域において行われた場合には,当該活動は労
働組合活動であることの故をもって正当化されるものではなく,それが,企
業経営者の住居の平穏や地域社会(ないし私生活)における名誉・信用とい
う具体的な法益を侵害しないものである限りにおいて,表現の自由の行使と
して相当性を有し,容認されることがあるにとどまるものと解するのが相当
である。
したがって,企業経営者は,自己の住居の平穏や地域社会ないし私生活に
おける名誉・信用が侵害され,今後も侵害される蓋然性があるときには,こ
れを差し止める権利を有しているし,これらの住居の平穏や名誉・信用が侵
害された場合には,損害賠償を求めることもできるというべきである。
(3)本件においては,前記のとおり,被告組合代表者や被告P3を含む被告
組合員らは,ゼッケンを着用して,閑静な住宅街にある本件マンションの一
室の原告P1宅を30回以上にわたって訪れて,インターホンを鳴らし,原
告P1との面会を求めた上で原告P1宅の玄関ポストに申入書を投函するな
どしていること,そして,各街宣活動の際に,被告組合員らは,原告P1の
自宅前の路上で,横断幕をはったり,旗を立てかけたりした上で,前記内容
の抗議ビラを拡声器を用いて読み上げたり,シュプレヒコールをあげたりし
ているものであって,本来的には職場領域で解決されるべき労使紛争を原告
P1個人の私生活の領域に持ち込んで住居の平穏(平穏な私生活を営む権
利)を侵害するとともに,原告P1の住所を記載した原告P1を非難する内
容のビラを近隣世帯にも配布する等して,原告P1の地域社会における名
誉・信用をも毀損する違法なものといわざるを得ない。また,平成19年1
0月14日日曜日の夕方に,P21で行われた本件出版祝賀会における街宣
活動も同様に,職場領域ではなく,原告P1の私生活の領域における名誉・
信用を毀損するものというべきである(本件出版祝賀会は,私的なものと解
され,これを原告会社の業務ということも困難である。)。
以上のとおり,被告らが配布するビラ等の記載内容が真実であったとして
も,被告らの前記各行為は相当性の範囲を著しく超える違法なものであると
いわざるを得ない。
そして,被告組合は,本件訴訟の弁論終結日の約2週間前である平成20
年11月21日においても,原告P1宅付近で街宣活動をしており,かつ,
被告組合代表者は,前記のとおり,当法廷において,原告P1の自宅付近で
の街宣活動を止める意思はないことを明言している。
これらの点に照らすと,本請求が棄却された場合には,被告らが今後も原
告P1宅を訪れて再度,上記行動に出る蓋然性が高く,被告らの行為を差し
止める必要性もあると解するのが相当である。なお,被告P3が上記の街宣
活動のすべてに参加していたと断定できるに足りる的確な証拠はないが,被
告P3の雇用問題に関して行われた街宣活動であるから,被告P3が主体
的・中心的に,これらに参加したことは容易に推認されるし,仮に,被告P
3が参加していない街宣活動があったとしても,被告P3は被告組合と共同
して,前記の違法な街宣活動を行ったものと評価できるというべきである。
そして,被告らのこれまでの街宣活動の実態や原告P1宅の周囲の状況等
にかんがみると,原告P1の上記権利を保護するためには,原告P1の差止
請求は,主文第1項の限度で認容すれば足りると解するのが相当である(原
告P1の住民票上の住所地における街宣活動は,これまで実質的に行われて
おらず,これを差し止める必要性は認められないし,居所である本件マンシ
ョン付近での街宣活動も,半径150メートルの範囲内で差し止めれば足り
ると解する。そして,被告P3を含む被告組合の組合員らの街宣活動は,原
告P1が差止めを求める態様[ア面会強要,イビラ配布,ウゼッケン
着用し佇立,徘徊]以外での,例えば,シュプレヒコール,拡声器を用いて
の演説,横断幕や組合旗の設置等も現実に行われており,これも禁止される
べき行為ではあるが,原告P1の申立てがないため,主文には差止めの態様
として掲げないこととする。)。
(4)上記街宣活動の違法性に関して,被告らは,①原告P1は,街宣活動に
ついて承諾していたとか,②原告会社が不当労働行為を行い,かつ,本件救
済命令を履行しないという労働法制を根本から否定する違法行為までも継続
していることを原告P1の近隣者や社会に伝えることは,労働組合の争議権,
団結権に基づく当然の行為であるとか,③被告らは,原告P1の原告会社代
表者としての違法行為を問題としているのであって,原告会社の業務を離れ
た原告P1個人の違法行為を問題としているのではなく,原告P1は自宅に
いようが,どこに所在しようが原告会社代表者であることは変わりはない等
と主張する。
しかしながら,被告らの前記①の主張については,なるほど,証拠(甲7
5及び76,乙49)によれば,原告P1が,団体交渉等の際に,被告らが
指摘する発言をしたことは認められるが(これらの発言は,双方の相当激し
い応酬の中で発言された,いわば「売り言葉に買い言葉」であると評価でき
る部分もあり,これらの発言が原告P1の真意に基づくものかは疑問の余地
がないではないが,その点はさておくこととする),少なくとも,自宅等の
私的領域における街宣活動までも,了解したり承諾する趣旨ではないことは
明らかであって,その主張は採用できない(また,被告らの原告P1の自宅
付近における街宣活動は,原告P1本人が当法廷において,被告組合関係者
らがいる前で,「逃げ場のない自宅まで来られて,自分も妻も恐怖感を感じ,
非常に嫌である」旨の供述がされた後も続けられている。)。
そして,②の主張についても,飽くまで,労使関係の場で生じた問題は,
労使関係の領域である職場領域で解決すべきであって,原告会社が本件救済
命令を履行しないこと等によって,私生活の領域において行われた前記街宣
活動を正当化する事由にはならないというべきである。
また,③の主張についても,原告P1の職場領域と私生活の領域は区別さ
れるべきであって,その主張も採用できない。
(5)次に,原告P1の損害賠償請求について検討する。
上記街宣活動は,原告P1の住居の平穏を害し,その名誉・信用を毀損する
違法なものであること,また,原告P1の私的領域である本件出版祝賀会に
おける街宣活動も原告P1の名誉・信用を毀損するものであって違法性を有
することは,前判示のとおりである。
そして,とりわけ,原告P1宅付近における街宣活動は,30回以上に及
んで,執拗に繰り返されたものであるところ,原告P1本人尋問の結果によ
れば,原告P1は,かかる街宣活動によって,その名誉・信用を毀損され,
相当の精神的苦痛も受けたことが認められる。他方,原告P1の自宅付近で
の街宣活動が活発化したり,本件出版祝賀会における街宣活動にまで至った
のは,原告会社が本件救済命令を履行しないことがその要因の1つとなって
いると認められること(被告組合代表者尋問の結果),その他,本件の諸般
の事情を斟酌すれば,被告らが支払うべき損害賠償(慰謝料)の金額は80
万円とするのが相当である(被告らの負担する損害賠償債務は,いわゆる不
真正連帯債務となる。)。
4争点4(被告P3の請求の当否)について
(1)原告P1の労働契約上の地位がいかなるものかであったかは,本件労働
契約締結に当たって,被告P3と原告会社の代表者である原告P1との間で,
いかなる合意がされたかによって定まることになるところ,本件労働契約締
結の際に,作成された文書等がないことは,前提事実記載のとおりである。。
アしかるところ,本件労働契約の内容等について,被告P3本人は,当法
廷で,要旨,次のとおり供述する。
(ア)平成15年4月に,P6大学社会科学部助手に採用されて間もなく,
被告P3が所属していたP27における出版を原告会社が担当してい
たことで,かねて面識のあった原告P1と会って,助手の任期が終わ
る平成17年4月から,原告会社において正社員として雇用して欲し
い旨を直接,依頼した。
これに対して,原告P1は,「(平成15年)7月から原告会社は
拡大する予定であり,被告P3の机も用意するから,2年後といわず,
平成15年7月から働いてみないか」「助手の期間は,修行という形
で仕事をしてみて,出版業務に関して合格点の領域に達したならば,
平成17年4月から正社員として正式に雇用する」旨を告げられた。
(イ)被告P3としては,助手の任期が終了するまでは,大学には兼業禁
止規定もあり,働きたくはなく,助手と兼業で働くことを,いわば強
要され,随分ひどい話であると考えたが,これに応じないと平成17
年4月以降の職がなくなると考えて,やむなく応ずることとした。
(ウ)被告P3としては,かつて,教員採用試験を受けたり,公務員採用
試験を受けたりするなど就職活動もしており,助手の期間中に,論文
を2,3通作成し,学会でも2回発表しているころ,仮に,助手の期
間に,しかるべき大学の教員として招く旨の申入れがされたとしても,
これを断って,助手の期間終了後は,原告会社において,正社員とし
て働くことを選択することを決めていたものである。
(エ)被告P3は,原告会社に入社後,1月に本を1冊発行するという業
務に丸ごと関わり,これを覚え,ノルマを果たし,正社員と同様に働
いた。
その後,平成16年12月28日の面談においては,原告P1は,
被告P3に対し,安い給料でよくやってくれているが,(平成17
年)4月以降の給与を上げのが難しいというような発言をしたので,
「月1冊の書籍の発行に丸ごとかかわって,これを遂行するという原
告会社のやり方に従って頑張ってやってきたので,当初の約束どおり
も4月からの正社員採用をお願いします」と要請したが,原告P1は,
3月末で労働契約関係はなくなるという趣旨の発言はせず,結局,4
月以降の問題については結論は出ないまま,(平成17年)1月に再
度,話をすることとされた。
なお,この面談の内容について,被告P3はメモを作成したが,そ
の後,当該メモは廃棄した。
イ他方,原告P1本人の当法廷での供述の要旨は,次のとおりである。
(ア)被告P3から,平成15年4月にP6大学の助手となった後,平成
17年3月末までの助手の期間アルバイトをさせて欲しいとの申入れ
があったが,当初,原告P1は,せっかく助手になったのであるから
論文をきちっと書いて研究者の道を選んだほうがいいのではないかと
アドバイスし,その申入れを断った。
その際には,紹介者のP7も同席していた。
(イ)その後,被告P3のアルバイトの要請が続き,P7も同席した2,
3回の話し合いを踏まえて,本を作る仕事に携わるのも被告P3の研
究にマイナスにならないであろうと判断して,結局,被告P3を平成
15年7月から平成17年3月末までのアルバイトとして,雇うこと
とした。
その際,被告P3から,助手としての仕事を優先することとしたい
ということと,給料の支払いについてP6大学に分からないようにし
て欲しいとの要望が出された。原告P1としては,アルバイトの期間
中,被告P3が途中で辞めてしまうこともあり得ると覚悟していた。
(ウ)なお,本件12月28日面談の際,被告P3に対して,アルバイト
の期間が経過する平成17年3月末日で辞めて欲しいと告げた。これ
は,正月の前に予告しておこうと思ったからである。また,当時の原
告会社の経営状況は芳しくなく,平成17年4月以降,アルバイトと
してであれ,被告P3の雇用を続けることは困難な状況であった。
原告P1の前記発言に対して,被告P3からは,「本当に駄目なん
ですね」と問われたことはあり,駄目である旨を回答したが,被告P
3から「4月から正社員にする約束があったではないか」などという
発言は全くなかった。
ウそして,証人P7の当法廷での証言も,基本的に原告P1の前記供述の
(ア)及び(イ)に沿うものである。
(2)そこで,検討するに,仮に,本件労働契約締結にあたって,P6大学の
助手の期間が終了する平成17年4月以降,原告会社が被告P3を正社員と
して雇用するという法的拘束力を持つ合意が両者間に成立しているのであれ
ば,原告会社は被告P3を正社員として雇用すべき法律上の義務がある一方
で,被告P3も,平成17年4月以降,原告会社の正社員として就労する法
律上の義務を負い,大学教員等の他の職務に就くことは,当該義務違反とし
て許されないこととなる。
しかしながら,被告P3は,P4大学を卒業後,修士課程を経て博士課程
へと進み,P6大学社会科学部研究助手として,研究をし,論文も作成し,
学会発表も行っていることは前記のとおりである(また,甲第86号証によ
れば,被告P3は,これまでの論文をまとめたり,新たな書き下ろした論文
も含めた「P26」という書物を平成▲年▲月には発表していることが認め
られる。)。
このような事実に照らすと,被告P3において,その可能性は低くとも,
大学教員としての職が得られれば,助手期間終了後に,これを選択すること
は,ごく自然なことであるし,また,被告P3が,かつて公務員となるべく
公務員試験を受験したことは被告P3本人が供述するところ,証人P7の証
言によれば,被告P3は,安定し福利厚生施設も整った所へ就職したい旨を
かねて述べていたことも認められるものである。
これらに照らすと,本件労働契約締結の当時,原告P1のみならず,被告
P3においても,1年数か月に助手の期間が終了する際に,原告会社への就
労が法律上義務付けられてしまうことを予定し,これを容認する意思までは
なかったものと解するのが自然で,合理的なものというべきである(被告P
3においても,原告会社は,助手期間終了後の就職先の候補の1つという程
度の認識であったと解するのが自然である。)。
(3)そして,甲第72号証によれば,平成17年1月14日に実施された第
1回団体交渉において,原告P1が「要するに(被告P3から)やっぱりア
ルバイトをさせてほしいということで,アルバイトをしているわけだよね」
との発言をしたのに対して,被告組合側は,これを否定せず,むしろ,これ
を前提としてその後の交渉が行われていることが認められるし,同様に,第
1回団体交渉において,P11組合員は,「個別のP3さんの問題ですが,
一応3月末ということで,現時点ではアルバイトという形で仕事をしている
ようですけれども,仕事の実態を見れば,ほかの社員の人とほとんど何ら変
わることのない仕事をしていますし・・・改めてここで,もしアルバイトす
る契約を解除するということであればむしろ,正社員としてきちっと・・・,
むしろ仕事の実態に見合った,正社員として遇してもらいたいというのが,
今回のこちら側の要求です」と述べていることが認められる。
さらに,第1回団体交渉前に,被告組合から事前に提出された要求書(乙
29)の9項目には,「会社は,本年3月末付けでP3組合員を正社員化す
ること。」と記載され,第1回団交の後,被告組合が発行したビラ(甲5
3)には,第1回団交で被告組合からなされた要求として,「退社勧奨を受
けているP16(被告P3を指す)の雇用継続などを提示した」,「次回団
交(2月3日)では,期限の迫っているP16の雇用継続の問題について話
し合われる」との記載があることも前提事実において摘示したとおりである。
これらの被告組合側の発言やビラ等の記載は,要するに,「現在,被告P
3は,雇用期限が平成17年3月までのアルバイトして稼働しているが,正
社員と同様の働きぶりであるので,雇止めをせずに,改めて同年4月からは
正社員として採用することを求める」というものであって,本件労働契約締
結当初に,被告P3を正社員とする合意があったことを否定する方向へ働く
ものである。
(また,甲第76号証によれば,第5回団体交渉において,本件雇用の契約
期間について議論された際に,原告P1が「彼が3月,4月以降も働きたい
なんていうのは,僕に言ったことは一度もないですよ。」と述べたのに対し
て,被告P3は「いや,だからそれは1月の面接でと言うから,先に言われ
ちゃったわけですよ。それ,辞めなさいということを」と発言していること
が認められるものである上,被告P3が本件12月28日面談の際に作成し
たメモを廃棄したいうのも極めて不自然であって,この面談における遣り取
りについての被告P3の前記法廷供述も措信できないといわざるを得な
い。)
(4)なお,被告P3は,原告P1が,第1回団体交渉では,被告P3につい
て,「何もかもはっきり言って合格ですよ。うちも欲しい。」「雇わないと
は言っているわけではない,最終選択として考えて欲しい。」などと述べて
いたのにもかかわらず,第2回団体交渉以降,方針の大転換をして,被告P
3の雇用は平成17年3月まで約束であったなどと後付けでの主張を始めた
ものであるなどと縷々主張する。
しかしながら,第1回団体交渉における原告P1の発言について,片言隻
句にとらわれず,全体の流れを見て解釈すると,原告P1の発言を被告P3
の主張のようにとらえることはできない。
すなわち,甲第72号証によれば,第1回団体交渉の最後に行われた被告
P3の問題についての交渉の経緯は,次のとおりであったことが認められる。
ア最初に,原告P1は,被告P3の入社の経緯について,被告P3の身分
は,P6大学社会学部の助手であり,被告P3からアルバイトさせて欲し
いということで原告会社に入って働き始めたことを述べた(なお,被告組
合関係者は,この原告P1の発言について,否定していないというより,
それを前提とする発言をしていることは,前記のとおりである)。
イ次に,原告P1は,被告P3の能力について,評価し,合格点であり,
原告会社も欲しいが,大学研究職としていったほうがいいというのが基本
的な気持ちであると述べ,「仮に,出版社にはいるとしても,原告会社の
ような小さなごたごたする会社より,もっと大手のきちんとした会社に入
る方がよい。大学院卒の人を雇うことになると安い賃金というわけにも行
かないし,他へ行ってもらったほうがよい」旨を述べた。
ウこのような流れの中で,被告組合側からの,被告P3は,原告会社で勤
めたいとの希望を持っているとの発言の後,原告P1は,被告P3につい
て,研究にプラスになるような場所へ行ったほうがよく,原告会社に入る
としても最終選択として考えて欲しい旨を述べたものである。
以上のような発言の流れの全体をみると,原告P1は,被告P3について
は将来,大学教員等の道を進むのが相当であるとし,原告会社での被告P3
の採用については,婉曲的に消極である旨を述べているものと解するのが相
当であるし,また,本件労働契約締結の際に,被告P3を正社員とする合意
があった旨の発言もしていないものである。
(5)以上の(2)ないし(4)の事情を総合すれば,本件労働契約の内容について
は,原告P1の前記供述が信頼できるものであって,被告P3の供述は全体
的に俄に措信できないというほかはなく,結局,本件労働契約は,被告P3
について正社員としての採用を前提としたものではなく,助手の期間中にお
けるアルバイト先を確保するためのものであって,その雇用を平成15年7
月1日から平成17年3月末までとする有期雇用契約であったと認めるのが
相当である。
(6)次に,原告会社と被告P3との前記有期雇用契約は,改正前の労働基準
法14条に反するかについて,検討する。
期間の定めのある雇用契約をしたときは,その間,使用者の解雇が抑制さ
れるが,他方,労働者の退職も抑制されることになる。そして,この期間が
長期に及ぶと戦前の労使関係に見られた労働者の人身拘束,身分的隷属など
の労働者にとって不都合な結果が発生することが多く,このような弊害を除
去するために,改正前の労働基準法14条は,「労働契約は,・・・1年を
超える期間について締結してはならない」と定めたものである。
したがって,期間の定めが,専ら,労働者の勤務の強制的拘束の意味では
なく,使用者の解雇が制限されるという雇用保障の意味を持つような場合
(労働者は契約期間の途中で自由に解約・退職できるもの)であるならば,
上記の労働基準法の趣旨はあてはまらず,かかる労働契約を無効とする必要
はないと解するのが相当である。
本件においては,前記のとおり,1年9か月間の有期雇用契約は,大学助
手の本業を持つ被告P3のアルバイトとして締結されたものであり,被告P
3が途中で辞めてしまうことも想定され,原告P1はこれを覚悟していたも
のであって(原告P1本人),被告P3から解約をしても契約違反による損
害賠償なども予定されていないものと解され,結局,上記期間は,被告P3
の身分保障期間としての効力を持つものであったというべきである。
そうすると,本件労働契約は,1年9か月の有期雇用契約ではあるが,改
正前の労働基準法14条の趣旨にかんがみて,これを無効ということはでき
ない。
(7)以上のとおり,正社員となることの合意を前提として,現在,原告会社
の従業員の地位にあることの確認や正社員としての未払い賃金等を求める被
告P3の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないこと
に帰する。
また,被告P3は,試用期間が平成15年10月には,経過したというべ
きであって,平成15年10月以降は,正社員の地位にあった旨を主張する
が,前記のとおり,その主張は,そもそも正社員となることが合意されてい
たという前提の下に構築されたものであるところ,その前提を欠くものであ
って失当であるし,被告P3本人やその支援者である被告組合も,前記のと
おり,被告P3の地位は,平成17年3月までのアルバイトであるとの認識
を有していたものであって,平成15年10月に正社員となったとの認識も
ないものと解される。
なお,付言するに,雇用期間を有期とする労働契約である以上,期間が満
了すれば,当該労働契約は終了するのが当然の事理であって(本件は,更新
が繰り返された事案でもない),仮に,被告P3が,それまで他の従業員と
遜色のない働きをしており,また,平成17年4月以降の雇用の継続を期待
していたとしても,それだけで,直ちに本件雇止めの有効性を否定できるも
のでもない。
第4結論
以上の次第で,原告P1の本訴請求は,主文の限度で理由があるから,一部
認容し,原告会社の本訴請求及び被告P3の反訴請求は,いずれも理由がない
から,これらをいずれも棄却して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第11部
裁判官白石哲

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