弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
第1請求
1被告は,原告Aに対し,連帯して3億7545万2875円及びこれに対す
る平成19年7月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は,原告Cに対し,連帯して880万円及びこれに対する平成19年7
月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告は,原告Bに対し,連帯して880万円及びこれに対する平成19年7
月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4被告は,原告Dに対し,連帯して440万円及びこれに対する平成19年7
月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5被告は,原告Eに対し,連帯して440万円及びこれに対する平成19年7
月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要(以下,原告Aを「原告A」,原告Cを「原告C」,原告Bを「原
告B」,原告Dを「原告D」,原告Eを「原告E」,学校法人R学園を「学園」,
大阪府S連盟を「S連」,T地区丙連盟を「T連」といい,S連及びT連を併
せて「S連ら」という。また,S連を単に「S」ともいう。)
学園の開設するU高等学校の柔道部(以下「本件柔道部」という。)に所属
する原告Aは,柔道の形の講習会及び昇段審査会(以下「本件講習会」という。)
に参加し,模範演技を披露したところ,同模範演技の直後に急性硬膜下血腫を
発症し,後遺症として遷延性意識障害に至った。
本件は,原告らが,被告に対し,被告は本件講習会をS連と共に主催し又は
主催者であるS連を総括していたのであるから,原告Aに対して安全義務を負
うところ,本件講習会において,万が一急性硬膜下血腫等の重大な結果を伴
う事故が起きた場合には適切な医療措置を施し又は直ちに医療機関に連絡でき
る体制を整備すべきであったにもかかわらず,本件講習会の会場に医療関係者
を立ち会わせるなどの義務を怠り,また,早期に救急搬送されていれば原告
Aが遷延性意識障害等の重度の後遺症に至ることを回避することができたにも
かかわらず,早期に119番通報する義務を怠り,これらの注意義務違反によ
り原告Aが遷延性意識障害に至ったとして,講習会参加契約の債務不履行又は
不法行為に基づき,原告Aについては損害金3億7545万2875円,原告
C及び原告Bについてはそれぞれ損害金880万円,原告D及び原告Eについ
てはそれぞれ損害金440万円及びこれらに対する不法行為の日である平成1
9年7月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の
支払を求める事案である。
1争いのない事実等(証拠を掲げたもののほかは当事者間に争いがない。)
(1)当事者
ア原告Aは,平成19年当時,学園との間の在学契約に基づき,学園の開
設するU高等学校に1年生として在籍し,本件柔道部に所属していた。原
告Cは原告Aの父であり,原告Bは原告Aの母でかつ成年後見人であり,
原告Dは原告Aの姉であり,原告Eは原告Aの弟である。
イ被告は,日本における柔道界を統括し,柔道の普及や振興を目的として
設立された財団法人であり,その事業は,全国的競技会及び講習会や国際
的協議会の開催,柔道における規則の制定,柔道技術の研究指導,人材の
育成等である。被告は,柔道競技者について会員登録制度を設け,被告又
はその加盟団体が主催,主管又は後援する柔道競技会及び講習会に参加す
るには被告に会員登録しなければならない旨を定めている(甲A50,5
1,丙A1,2)。
(2)柔道における段位制度について
被告は,会員の技術の水準や技能の程度等を評価するものとして段位制度
を定めており,会員に付与する段位を,財団法人V(以下「V」という。)
の認定に基づくものとしていた(丙A1,2,4)。
また,Vは,各柔道競技者の段位認定の資料とするために,Sに対し,段
位認定の推薦業務を委託していた(甲A49,丁A2)。
(3)本件講習会の開催
大阪府下の各地区で組織する柔道団体のほか大阪府下の同一職業域で組織
する柔道団体を統括する権利能力なき社団であるSは,Vより,柔道の形の
講習会及び昇段審査会の実施について委託を受けており,年に6回,講習会
及び昇段審査会を主催しているほか,S連盟規約内規により独自に,加盟す
る柔道団体に対して年1回講習会及び昇段審査会を実施することを認めてい
る。
Sは,平成19年7月27日から29日までの間,上記委託に基づく講習
会の一つとして,吹田市立武道館(以下「洗心館」という。)で行われた柔
道の形の講習会及び昇段審査会である本件講習会を主催した。
Sに加盟する権利能力なき社団であるTは,本件講習会の運営業務を補助
し,Tの理事であるW(以下「W」という。)及びX(以下「X」という。)
は,本件講習会に指導員として携わっていた。
(4)本件事故の経過
原告Aは平成19年7月28日午後6時(以下,特に断らない限り,時間
の記載は平成19年7月28日のことである。)から開催された本件講習会
2日目の練習に参加し,本件柔道部に所属していたY(以下「Y」という。)
と共に模範演技(以下「本件模範演技」という。)を行った。
原告Aは,本件模範演技の後,体調の不良を訴え,Wからロビーで休むよ
うに指示を受けた。本件柔道部の部長であったZ(以下「Z」という。)は,
本件柔道部に所属していた乙(以下「乙」という。)と共に原告Aに付き添
い,午後6時19分頃,原告Bに対し,原告Aを迎えに来るように電話で依
頼し,原告Aは,洗心館に到着後,午後7時6分頃,119番通報した。
原告Aは,午後7時26分頃,大阪大学医学部附属病院に運び込まれ,各
種検査の結果,架橋静脈の裂孔によって急性硬膜下血腫を発症していたこと
が判明した。
原告Aは,同病院において,浸透利尿薬であるマンニゲンIV(マンニト
ール)の投薬等による治療を受けた後,午後8時45分から9時30分まで
の間,頭血腫除去術を受け,午後10時27分から翌28日午前0時45
分までの間,開頭血腫除去術を受けたが,遷延性意識障害の症状が残った。
(5)本件事故後の見舞金の支払
Mは,平成20年6月頃,原告Aに対し,見舞金2500万円を支払った
(丙A8,丙B3)。
2争点及び争点に関する当事者の主張
(1)被告が本件講習会の主催者等であったかどうか
(原告らの主張)
ア原告Aは,被告との間で,本件講習会に参加することを目的とした本件
講習会参加契約を締結していたから,被告は,本件講習会参加契約に基づ
き,本件講習会に参加する生徒らが安全に競技を行うことができるように
配慮する義務があった。
イ柔道が高度な危険性を伴う格闘技であることに鑑みれば,本件講習会を
主催又は主管する者及び本件講習会の主催者を統括することにより主催者
と同視し得る立場にある者は,本件講習会に参加する生徒らが安全に競技
を行うことができるように配慮する義務を負うところ,以下の事情に照ら
すと,被告は,本件講習会を主催若しくは主管し,又はSを統括すること
により主催者と同視し得る立場にあったというべきである。
(ア)被告寄附行為4条5項によれば,競技会の開催については,全国的な
ものに限定されているが,講習会については「柔道に関する講習会の開
催」とされており,全国的なものに限定されていない。
(イ)昇段のための審査会については,Vが統括しているとしても,①いず
れもその目的は丙によって創始された柔道の普及及び振興を図ることに
あるとされていること(被告寄附行為3条),②被告がその法人事務所
をV内に置いていること,③被告の会長理事とVの館長は同一人物が兼
務していること,④被告及びその加盟団体に所属する者の段位はVの段
位によるものとされていること(被告寄附行為細則11条),⑤地域の
昇段会には被告に会員登録している者でなければ参加できないとされ
(同細則2条本文),本件講習会の開催通知にも同旨の記載があること,
⑥地域での講習会は被告の承認のもとで行われるべきものとされている
こと(同細則3条1項),⑦VとSとの間の業務委託契約によれば,S
はM振興費を含めて昇段料を徴収することができるとされていることな
どによれば,被告は,Vが統括する講習会を財政的・事務的な面で補充
する関係にある。
(ウ)Vが認定する段位については,予めVが示した規準があり,競技者が
これに該当するかどうかは,推薦委託団体である地域柔道連盟の推薦に
よることとなるが,地域柔道連盟は被告の下部組織であるから,実質的
には被告が段位の推薦権を有している。
(エ)被告競技者規程によれば,各都道府県団体の競技者及び役員について
の参加資格は,最終的に被告において決定されるものとされ(同規程4
条),これを通じて,下部団体を含む加盟団体が主催,主管又は後援す
る競技会は被告により規制されている。競技会と講習会の規制とは表裏
一体であり,講習会にも被告の規制が及んでいる。
(オ)被告が原告Aに対して本件事故に関して見舞金を支払ったことも,被
告が本件講習会に関して原告Aに対する安全義務を負っていたからにほ
かならない。
(カ)以上によれば,被告は,Sと共に本件講習会を主催し,又は本件講習
会を主催するSを統括していたということができる。
ウしたがって,被告は,Sらと共に,本件講習会に関し,その参加者であ
る原告Aに対する安全義務を負う。
(被告の主張)
ア被告が原告Aとの間で本件講習会参加契約を締結したことは否認する。
イ被告は,以下のとおり,本件講習会を主催又は主管していたとはいえず,
かつSを統括していたともいえない。
(ア)被告は,地域レベルの大会,講習会等を統括して行っているものでは
なく,その開催は地域の柔道連盟に任されている。被告寄附行為にいう
講習会は,柔道教室,審判講習会など,主として柔道の競技力向上を目
的としたものであり,形の講習は除外されている。
(イ)本件講習会は,昇段審査会及びそのための形の講習会であるが,柔道
における段位の認定や昇段については,Vが統括し,地方柔道連盟に業
務委託しているのであり,本件講習会についても,被告は,その実施運
営に関与せず,人員の派遣や開催状況についての指導監督もしていない。
(ウ)被告とVは,柔道の発展普及を目的としている点では共通するものの,
①被告は,主として国内外における競技,大会を統括し,Vは,主とし
て柔道を通じての教育,指導,段位の認定などを統括し,その役割は異
なること,②両法人は,理事などの役員をそれぞれの手続に則って独自
に選出しており,たまたまV館長と被告会長理事が同一人物であるとし
ても,両団体を同一視することはできないこと,③被告の所在地がV内
であるとしても,その事業内容は異なり,事務所も職員も別々に有して
いることなどによれば,両者が全く別個の法人であることは明らかであ
る。
そして,昇段のための講習会を開催するためには,被告への届出や承
認などの手続は不要であり,本件講習会の受講は被告への登録を参加要
件とするものではなく,受講者が支払った受講料又は受験料についても
被告は一切受領していない。
(エ)段位認定権はVが有し,Vから委任された推薦委任団体が推薦権を有
するところ,被告はVから段位認定権又は推薦権の委任を受けておらず,
Vが段位認定の業務委託契約を締結しているのは地方柔道連盟である。
本件講習会についても,VとSとの間の段位認定に関する業務委託契約
に基づいて開催されたものである。
(オ)被告競技者規程は,競技者にとっての一般的な倫理を定めたものであ
り,本件講習会のような形の講習会とは無関係であり,同規程に基づい
て被告が本件講習会を統括していたということはできない。
(カ)被告は,原告Aに対して,保険会社を通じて本件事故に関する保険金
を支給したが,これは,被告の過失の有無にかかわらず所定の保険金が
支払われる仕組みとなっているのであるから,原告Aに対する保険金の
支給は,被告の安全義務の有無とは関係がない。
(キ)以上によれば,被告が,Sと共に本件講習会を主催し,又は本件講習
会を主催するSを統括していたということはできない。
ウしたがって,被告は,本件講習会に関し,その参加者である原告Aに対
する安全義務を負わないというべきである。
(2)本件事故の原因
(原告らの主張)
ア本件模範演技の直接の影響について
急性硬膜下血腫とは,脳と硬膜の間で出血が起こり,急激に血腫が広が
った状態をいう。その発生機序としては,①脳挫傷により脳の表面の血管
が損傷したり,脳そのものが損傷したりして出血を起こす場合のほか,②
衝撃を受けた頭蓋骨と脳との間に回転性の加速によるずれが生じ,架橋静
脈が急に伸展されて破綻し,出血を起こす場合があり,②の場合を「加速
損傷」という。加速損傷は,頭部打撲そのものによる損傷ではなく,頭全
体の動きの急激な変化が頭蓋内に納められている脳やその支持組織血管に
ひずみをもたらすことによって生じる損傷であり,頭部打撲を伴わなくて
も生じ得る。
加速損傷による急性硬膜下血腫は,柔道を含むいわゆるコンタクトスポ
ーツにおいて起こりやすいことが知られており,柔道においては,たとえ
ば,投げ技をかけられたときに,加速によって頭全体が激しく移動したり,
頭全体の激しい動きが急に停止したりすることによって発症する。
原告Aは,形の模範演技の受け手として,繰り返し受け身による回転性
の加速を受け,その結果,脳に加速損傷を生じ,架橋静脈が破綻すること
によって出血し,血腫を発症したものと考えられる。
イ本件事故以前の脳震盪及び体調不良の影響について
脳震盪は,頭部打撲直後から出現する神経機能障害であり,かつ,それ
が一過性で完全に受傷前の状態に回復するものをいい,脳に軽微な損傷を
受けて脳震盪の症状を生じると,通常はそのまま治癒の過程に移行する。
ところが,脳震盪を生じた後,治癒の過程に移行する期間に第2の損傷を
受けると,1度目の損傷よりも激しい損傷になることがある(以下,この
ことを「セカンドインパクト・シンドローム」という。)。
原告Aは,本件事故の3日前である平成19年7月25日,学園におい
て柔道の練習中に教諭に殴打され,脳震盪を起こしていた。また,原告A
は,本件模範演技の最中にも,目がうつろになり,焦点が合わない状態に
なっており,ここでも脳震盪を起こしていた可能性がある。
また,「受け身」によって柔道の技を受ける際の加速衝撃を軽減する作
用は,受け身をとる本人の健康状態等によって大きく左右されるところ,
原告Aは,本件模範演技の際,頭痛等の体調不良を訴えており,このよう
な体調不良により十分に受け身がとれない状態であった。
このように,原告Aは,本件事故当時,以前に発症していた脳震盪を原
因とするセカンドインパクト・シンドロームにより,また,体調不良が原
因で十分に受け身がとれない状態であったことにより,加速損傷による急
性硬膜下血腫が発生する危険性が高い状態にあったものである。
ウウイルス性髄膜炎の影響について
被告は,原告Aがウイルス性髄膜炎に罹患して血管が脆弱化していたこ
とが急性硬膜下血腫を発症した原因であると主張するが,原告Aがウイル
ス性髄膜炎に罹患していたことを示す証拠はない。
エ以上のように,本件で原告Aが急性硬膜下血腫を発症したのは,上記殴
打行為により脳に軽微な損傷を受け,わずかな衝撃でも激しい損傷が生じ
やすい状況にあったところに,本件模範演技において,体調不良のために
十分に受け身がとれない状態で,強い回転加速を受け,これにより架橋静
脈が破綻したことが原因である。
(被告の主張)
ア本件模範演技の直接の影響について
原告Aは,問題なく本件模範演技をこなしており,これにより頭部打撲
を伴う急性硬膜下血腫が発生したとは考え難い。回転性の加速の発症には
相当強い回転力を要し,回転損傷による硬膜下血腫が発生するのは,自動
車事故における衝突など,急激な加速を伴う強い回転力が頭部に働いた場
合に限られる。柔道の形というのは,予め決められた手順で技をかけ,受
け止め,反撃することによってその理合と技を習得するものであって,受
け手と投げ手の申合せに基づき行われるものであるから,乱取りや試合と
異なり,予測不能な回転性の加速がかかるわけではない。本件模範演技に
おいても,原告Aは,頭部と体が一体として比較的緩やかなスピードで回
転しており,頭部に強い外力が加わったとは考えられない。
そのため,本件模範演技が急性硬膜下血腫の発症に何らかの契機を与え
たとしても,本件模範演技の受け身を取ったことのみで回転加速による架
橋静脈の損傷が生じたとは考え難く,原告Aの有していた何らかの要因が
影響したものと考えるのが合理的である。
イ本件事故以前の脳震盪及び体調不良の影響について
セカンドインパクト・シンドロームを引き起こすのは,頭部外傷を伴う
ような極めて強い回転外力又は衝撃を受けた場合に限られる。原告Aが本
件事故の3日前に殴打されたとしても,その程度は軽微であり,原告Aに
は,床への転倒又は意識の喪失など,脳震盪をうかがわせるような症状は
発生していないのであるから,それが原告Aの急性硬膜下血腫に影響した
とは考えられない。
また,原告Aは,実力相当の申し分のない模範演技を披露し,本件模範
演技においても受け身を失敗していないから,仮に原告Aの体調が万全で
なかったとしても,原告Aの体調不良が急性硬膜下血腫の発症に影響した
とは考えられない。
ウウイルス性髄膜炎の影響について
原告Aが本件講習会の1週間前から頭痛を訴えていたこと,原告Aが本
件講習会の日に副鼻腔炎を発症していたこと,原告Aが平成19年7月2
8日の採血でCRP値が高く,白血球数が多かったことなどの事実に照ら
せば,原告Aはウイルス性髄膜炎の基礎疾患を有していたと推測される。
ウイルス性髄膜炎に感染していた場合,脳表面にウイルスあるいは髄液中
に細菌が広がり,そのために血管が脆弱な状態となるから,比較的軽微な
外力で架橋静脈が破綻して急性硬膜下血腫を発症する可能性が高い。
そのため,原告Aに生じた急性硬膜下血腫は,ウイルス性髄膜炎に感染
していたために架橋静脈が脆弱になっていたところに,本件講習会での模
範演技において外力が加わったことにより,架橋静脈が破綻したことに起
因するものと考えるのが合理的である。
エ以上のとおり,原告Aに発生した急性硬膜下血腫については,原告Aが
ウイルス性髄膜炎に感染していたことが影響していると考えられる。
(ウ)被告が本件講習会の会場に医療関係者を立ち会わせる義務を怠り,これに
より原告Aを遷延性意識障害に至らしめたか
ア本件講習会において急性硬膜下血腫等の重篤な傷害が発生することにつ
いての予見可能性
(原告らの主張)
Sら及び被告は,柔道という競技の危険性に照らせば,本件講習会の最
中に急性硬膜下血腫等の重篤な傷害が発生することを予見することができ
た。
(被告の主張)
柔道の形は,受け手と投げ手の申合せにより行われるものであるから,
乱取りや試合と異なり,予測不能な回転性の加速が生じにくい。本件講習
会は,柔道の形についての講習と昇段の試験を内容とするものであって,
しかも初段又は二段の昇段試験を受験しようとする者を対象とするもので
あるから,頭部外傷及びこれに基づく重篤な脳疾患などは通常生じ得ない。
また,仮に本件講習会において受講者が何らかの傷害を負うことがある
としても,打撲や捻挫といった軽度のものが想定され,柔道整復師を配置
することで対応することが可能であった。また,Sらは緊急の場合に備え
て,負傷者を近くにある大学病院に搬送できるよう所在連絡先の把握に努
めており,救急車の連絡を取る体制も整えていた。
そのため,本件講習会においては,通常生じ得る事故に対しては十分に
対応可能であり,医師を配備しなければ対応できないような重篤な脳疾患
が発生することを予見することはできなかった。
イ遷延性意識障害に至る結果回避可能性及び因果関係
(原告らの主張)
本件講習会に医療関係者が立ち会っていれば,原告Aの異常に気がつく
ことができ,早期に適切な処置を施すことができたはずであるから,原告
Aは遷延性意識障害を負うことなく回復することができたはずである。と
ころが,Sら及び被告は,本件講習会の会場に医療関係者を立ち会わせな
かった。
Sら及び被告は,本件講習会に医療関係者を立ち会わせ,事故が発生し
た場合には傷害を負った者の状況を把握し,適切な医療措置を施し又は直
ちに医療機関に連絡することができる体制を整備する義務を負っていたに
もかかわらず,これに違反し,原告Aを遷延性意識障害に至らしめたとい
うべきである。
(被告の主張)
仮に本件講習会に医療関係者が立ち会っていたとしても,原告Aが頭痛
を訴えていたことのみから直ちに頭部疾患の重篤性を疑って適切に対処す
ることは困難であり,専門医師であっても現場の手当てにより本件事故に
対処することは不可能であった。
このように,仮に医療関係者が本件講習会の会場に立ち会っていたとし
ても,原告Aが遷延性意識障害に至ることを回避し得なかったというべき
であるから,被告には,本件講習会の会場に医療関係者を立ち会わせるな
どの義務はなく,仮にこの義務を怠ったとしても,この義務違反と本件に
おいて原告Aが遷延性意識障害に至ったこととの間には因果関係がない。
(4)被告が午後6時19分頃までに119番通報する義務を怠り,これによ
り原告Aを遷延性意識障害に至らしめたか
ア原告Aに急性硬膜下血腫等の重篤な傷害が発生していたことの予見可能

(原告らの主張)
原告Aは,本件講習会の当初から体調不良を訴え,形の模範演技の最中
においても,苦しそうな表情をし,肩で息をしている状態であり,模範演
技終了後,道場内の壁際で座り込むなど,明らかに異常な様子であった。
そして,原告Aは,ロビーに出た後上半身裸になって床に横たわり,午
後6時19分頃までに,しんどい,頭が痛い,暑いなどと繰り返し訴え,
横臥したまま苦しみもがいてロビーにあった植木を蹴り倒すなどの異常な
行動をとっていた。
したがって,Xをはじめとする被告及びSらの職員等は,遅くとも午後
6時19分頃までには,原告Aが急性硬膜下血腫などの重篤な症状を発症
しており,直ちに医療機関による適切な処置を受けなければ重大な損害が
生じ得ることを予見することができた。
(被告の主張)
原告Aは自らの意思で本件模範演技を行うこととし,本件模範演技の前
後を通じて原告Aの顔色等に異常は認められなかった。原告Aの模範演技
は優れており,受け身に失敗したり,頭部を打撲したり,演技中に目がう
つろになったりすることもなかった。
原告Aは,本件模範演技の後,壁際にもたれかかって座り込むなどして
いたが,自力で歩ける状態であり,Zと乙に付き添われてロビーで休憩し
ていた。原告Aは,午後6時19分頃の時点において,しんどい,頭が痛
い,暑い暑いなどと言いながら柔道着の上着を脱いで床に横臥していたも
のの,これらの言動から直ちに急性硬膜下血腫等を予見することは一般人
には困難である。
原告Aは,原告Aに付き添っていたZから家族に連絡して迎えに来てほ
しいかと尋ねられた際も,いったんはその必要がないと言って拒否してお
り,Xの問いかけに対しても上半身を起こして返答することができ,その
表情も普通であった。
そのため,Xをはじめとする被告及びS連らの職員等が,原告Aの健康
状態について何らかの異常に気付き,救急搬送すべきであると予見するこ
とは不可能であった。
イ遷延性意識障害に至る結果回避可能性及び因果関係
(原告らの主張)
(ア)急性硬膜下血腫に対する一般的な治療経過
脳挫傷を伴わずに発症する急性硬膜下血腫は,血腫が大きくならない
うちに治療が開始され,脳実質への圧迫が進行しなければ,予後が良好
であるが,血腫による圧迫によって頭蓋内圧が亢進し,脳ヘルニアが進
行して脳幹圧迫が生じると,意識障害が進み,予後が不良になる。その
ため,脳ヘルニアによる意識障害が進行する前に治療を開始することが
良好な転帰を得るための要点となる。
重篤な意識障害を生じる脳ヘルニアは,脳幹部を対側下方へ圧迫する
テント切痕ヘルニアに陥るケースである。テント切痕ヘルニアは,その
進行過程によって,脳機能の回復可能性が異なり,圧迫が間脳にとどま
る「間脳期」であれば,脳損傷は未だ可逆的であり,適切な処置を施す
ことによって回復可能であるが,圧迫が中脳を超え,上部橋まで及ぶ「中
脳-上部橋期」に達すると,非可逆的であり,死亡ないし遷延性意識障
害等の重大な後遺症が避けられないとされている。
通常,急性硬膜下血腫による脳ヘルニアが意識障害の原因であると判
明した場合には,手術に先立って直ちに頭蓋内圧亢進による脳ヘルニア
の進行を遅らせるための緊急処置がなされる。具体的には,頭部を高く
保ち,頭蓋内圧を下げる浸透利尿薬(マンニトール)などを点滴し,場
合によっては脳保護目的に脳代謝を減らす目的で全身麻酔を導入するな
ど,様々な処置が行われる。
(イ)本件における原告Aの脳ヘルニアの進行
原告Aは,午後6時55分頃に原告Bが洗心館に到着した時点におい
ては,原告Bの問いかけに対して答えることができるなど,会話をする
ことが可能であったため,未だ間脳期にあったということができるが,
救急搬送のために洗心館から出発した午後7時24分頃には,JCS3
桁の意識障害に陥っており,脳ヘルニアは中脳-上部橋期を超え,非可
逆的な段階に至っていたものと考えられる。
(ウ)午後6時19分に119番通報されていた場合の結果回避可能性
仮に,被告が午後6時19分頃までに119番通報していれば,原告
Aは午後6時39分頃までには大阪大学医学部附属病院に到着すること
ができたはずである。その時点では,原告Aの脳ヘルニアの進行はそれ
ほど進んでおらず,明らかに間脳期よりも手前の段階にあったものと考
えられ,同時点で病院に到着していれば,少なくとも脳ヘルニアの進行
を遅らせるための緊急処置を受けることは十分可能であり,それにより
脳ヘルニアが非可逆的な段階に至る前に外科的な手術を施すことが可能
であった。そして,そのような段階で手術を受けることができれば,回
復可能性は十分に認められ,遷延性意識障害などの重大な後遺症を避け
ることができたはずである。
(エ)まとめ
したがって,被告が午後6時19分頃までに119番通報していれば,
原告Aが重大な後遺症に陥ることを回避することが可能であったという
ことができ,被告が119番通報しなかったことと原告Aが遷延性意識
障害に至ったこととの間には因果関係がある。
(被告の主張)
(ア)急性硬膜下血腫に対する一般的な治療経過
急性硬膜下血腫を発症した場合,脳ヘルニアが間脳期の段階で血腫除
去術等の適切な処置を行わなければならないことについては,原告らと
見解を異にするものではない。
急性硬膜下血腫による脳ヘルニアの進行を遅らせるための緊急処置の
うち,マンニトールの投与については,脳圧を下げる効果が見込まれる
ものの,急性硬膜下血腫のある患者にこれを投与すると,脳圧により一
時止血していたものが頭蓋内圧の減少とともに再び出血し始め,血腫を
より増大させる危険性がある。そのため,マンニトールの投与は,救急
搬送後直ちにされるものではなく,血液検査・レントゲン検査及びCT
検査等のしかるべき検査等の後に,開頭血腫除去術を行う必要があると
判断してから行われるものである。
また,過呼吸治療は,人工呼吸を過換気に設定し,血中炭素ガス濃度
を下げることで,頭蓋内圧の低下を計る治療方法であるが,これは,気
管挿管がなされた時点から行われる。
(イ)本件における原告Aの脳ヘルニアの進行
原告Aは,午後7時12分頃に救急隊が洗心館に到着した時点におい
て,昏睡状態であったため,この頃までに中脳-上部橋期に達し,脳ヘ
ルニアが非可逆的に進行していたということができる。そのため,午後
7時12分頃までに血腫を除去することができなければ,原告Aが遷延
性意識障害などの重大な後遺症に陥ることを回避できなかった。
(ウ)午後6時19分に119番通報されていた場合の結果回避可能性
a本件において,原告Aは,午後6時19分頃においては,意識障害
が生じていなかったため,この時点で救急要請したとしても,救急隊
員の判断で二次救急医療を扱う病院に搬送された可能性が高い。原告
Aが二次救急病院に搬送された場合,まずは保存的加療がなされ,緊
急手術が必要な事態が生じても,三次救急病院とは異なり,直ちに手
術が開始できるわけではない。そのため,仮に被告が午後6時19分
に119番通報していたとしても,午後7時12分頃までに原告Aの
頭蓋内圧の除圧をすることはできなかった。
b仮に,原告Aが午後6時39分までに大阪大学医学部附属病院に搬
送されていたとしても,午後7時12分頃までに手術を開始すること
は不可能であった。
すなわち,原告Aが午後6時39分に大阪大学医学部附属病院に救
急搬送されていたとしても,血液検査,レントゲン検査及びCT検査
等を行って治療方針を決定するのには少なくとも30分程度の時間を
要し,その後,マンニトールの投与等による治療が開始されたとして
も,マンニトールの投与速度は20パーセント溶液で100ミリリッ
トル当たり3分ないし10分であり,一般的には効果発現までに30
分を要するとされているから,午後7時12分の時点までにマンニト
ールの投与による治療が効果を発生させることは不可能であった。
さらに,原告AAAAは,気管挿管を行った時点で,肺水腫,たこつぼ型
心筋症を起こしており,この処置に時間を要したと考えられる。
そうすると,原告Aが午後6時39分までに大阪大学医学部附属病
院に搬送されていたとしても,午後7時12分頃までに手術を開始す
ることは不可能であり,実際に,本件においては,原告Aが大阪大学
医学部附属病院に到着してから穿頭血腫除去術の開始までに1時間1
9分を要している。
c仮に,原告Aが午後6時39分に大阪大学医学部附属病院に救急搬
送され,早期にマンニトールの投与や過呼吸治療が行われたとしても,
原告Aの頭蓋内出血は大量であり,止血にも難渋したため,開頭手術
においては,上矢状静脈洞に注ぐ複数の静脈を温存するため,圧迫止
血をせざるを得なかったと考えられる。原告Aに重篤な後遺症が生じ
たのは,圧迫止血により静脈が閉塞し,術後の環流障害を起こし,脳
腫脹が顕著になったためであると考えられるが,原告Aに生じた頭蓋
内出血の程度に照らすと,圧迫止血を選択せざるを得ない状況にあり,
これにより原告Aに遷延性意識障害等の重大な後遺症が生じることは
回避し得なかった。
(エ)まとめ
したがって,被告が午後6時19分頃までに119番通報していても,
原告Aが重大な後遺症に陥ることを回避し得なかったというべきであ
り,被告が119番通報しなかったことと原告Aが遷延性意識障害に至
ったこととの間には因果関係がない。
(5)本件事故により原告らが受けた損害の額について
ア原告Aの損害
(原告Aの主張)
原告Aは,本件事故に起因して遷延性意識障害になったことにより,以
下のとおり,合計3億7545万2875円の損害を被った。
(ア)治療関係費448万9715円
症状固定日(平成20年11月30日)までに必要となった治療費は
116万8004円である。
原告Aは,症状固定後も,在宅医療を中心に継続して治療を受けてお
り,機能維持・機能回復のために症状固定後も継続的に治療を受ける必
要がある。平成20年12月1日から平成24年7月31日までの間の
原告Aの治療費は91万8717円である。
さらに,原告Aは今後生涯にわたり治療を継続して受ける必要がある
ところ,同人の治療費は1か月あたり1万0674円であるから,平均
余命である77歳までの57年間(ライプニッツ係数18.7605)
に必要となる治療費は240万2994円である。
(計算式)
1万0674円×12か月×18.7605
(イ)入院雑費47万1000円
原告Aは,遷延性意識障害の治療のために合計314日間入院してお
り,1日当たり1500円として入院雑費を計算すると,合計47万1
000円となる。
(計算式)
1500円×314日
(ウ)入院付添費251万2000円
原告Aは,遷延性意識障害の治療のために合計314日間入院してお
り,その間,意識障害に陥っている原告Aに対して原告C及び原告Bら
家族がほぼ毎日付き添っていた。かかる家族の入院付添費は1日あたり
8000円を下るものではないから,合計251万2000円となる。
(計算式)
8000円×314日
(エ)在宅介護費200万9040円
a原告Aは,退院日の翌日である平成20年6月6日から症状固定日
である平成20年11月30日までの178日間,自宅で両親ら家族
の介護を受けた。かかる家族の在宅介護費用は,原告Aが遷延性意識
障害という重篤な状態に陥り,24時間体制で常時介護が必要である
ことを考慮すると,1日当たり1万円を下るものではないから,合計
178万円となる。
(計算式)
1万円×178日
bまた,原告Aは家族による介護と併せて職業付添人による介護も受
けているところ,平成20年6月6日から平成20年11月30日ま
での介護費用は合計22万9040円である。
(オ)車両使用料・交通費23万7230円
平成21年12月31日までの福祉車両使用料及び交通費の合計は,
23万7230円である。
(カ)装具・器具購入費・レンタル費143万6376円
原告Aは,遷延性意識障害の治療等のために,車椅子,リフト,車椅
子付属品,リフト付属品,昇降機,介護用ベッド,携帯用吸引器,ネプ
ライザー,クッション,パルスオキシメーター,トレイージースライド
シート,ソフトネックホルダー等を購入又はレンタルする必要があり,
これらの購入費又はレンタル費の合計は,143万6376円である。
(キ)雑費29万1170円
原告Aは,退院後在宅治療となり,症状固定日までの間に必要かつ相
当な雑費の支出があるところ,その合計は12万2851円である。
また,原告Aは,症状固定後も治療,リハビリ,介護の必要があり,
それに伴い必要かつ相当な雑費の支出が見込まれるところ,その合計は
16万8319円である。
(ク)自宅改造費287万円
原告Aの自宅療養のための自宅改造費は287万円である。
(ケ)自動車購入費306万5250円
原告Aの治療,リハビリ等に必要となる自動車の購入費は306万5
250円である。
(コ)水道光熱費165万0389円
a原告Aは,遷延性意識障害という重篤な状態に陥り,24時間体制
で常時介護が必要であり,入浴等も家族とは別に行わなければならな
い。また,中枢神経に障害があることから,体温調節がうまくできず
年間を通じてエアコンを作動させて部屋の空調管理をすることが必要
である上,電動の昇降機,介護用ベッド,吸引器等の器具の助けを借
りなければ生活ができない。そのため,原告Aが退院し,自宅での介
護が開始された日以降,水道,ガス,電気の使用量が大幅に増加して
いる。そして,原告Aの退院から症状固定日までの間に増加した水道,
ガス及び電気料金の額は,合計3万4395円である。
bまた,原告Aの症状固定後も同様に水道,ガス,電気の使用料が大
幅に増加することとなり,その増加額は1年当たり合計8万5370
円となるから,症状固定日である平成20年11月30日から平均余
命である77歳までの60年間(ライプニッツ係数18.9293)
に必要となる水道光熱費の増加分は,合計165万0389円となる。
(計算式)
8万5370円×18.9293
(サ)将来介護費用1億5200万2279円
原告Aは,遷延性意識障害に至ったことにより,今後生涯にわたって
24時間体制での常時介護が必要となる。現在は両親による介護と職業
付添人による介護を組み合わせる体制をとっているが,今後,両親の高
齢化等に伴い,職業付添人による介護の比率が大きくなっていることは
避けられず,将来介護費用としては,昼間8時間の職業付添人として1
日当たり1万2000円,それ以外の時間の家族による介護費用として
1日あたり1万円をそれぞれ下るものではない。
そのため,症状固定日から平均余命である77歳までの60年間(ラ
イプニッツ係数18.9293)に必要となる将来介護費用は,合計1
億5200万2279円となる。
(計算式)
2万2000円×365日×18.9293
(シ)将来の装具・器具等の買換え費用1313万8551円
原告Aは,遷延性意識障害の治療等のために,今後も自動車(購入費
306万5250円,耐用年数6年),車椅子及び付属部品(購入費合
計37万3185円,耐用年数6年),リフト及び付属部品(購入費4
9万1400円,耐用年数4年),昇降機(購入費41万円,耐用年数
6年),介護用ベッド(購入費5万5420円,耐用年数8年),携帯
用吸引器(購入費1万4240円,耐用年数5年),ネプライザー(購
入費3600円,耐用年数5年),パルスオキシメーター(購入費3万
円,耐用年数5年)を購入する必要があり,症状固定日から平均余命で
ある77歳までの60年間にこれらを買い換えるために必要となる費用
の合計は,それぞれ中間利息を控除すると,合計1313万8551円
となる。
(ス)逸失利益1億2024万1277円
原告Aは,本件事故による急性硬膜下血腫により遷延性意識障害に陥
り,その労働能力を100パーセント失った。原告Aは本件事故当時1
5歳の高校生であったが,同人が通学していたU高校は,平成21年度
で455名が大学へ進学しており,高い進学実績があるなど,多くの生
徒が卒業後に大学に進学している進学校であり,かつ,原告A自身,四
年制大学進学を希望していた。また,原告Aの姉である原告Dも大学に
進学しており,原告C及び原告Bも原告Aを大学に進学させる予定であ
った。
したがって,原告Aの逸失利益の算定に当たっては,原告Aが四年制
大学に進学することを前提とすべきであり,以下の計算式により,労働
能力喪失期間を23歳から67歳までとして中間利息を控除すると,原
告Aの逸失利益は合計1億2024万1277円となる。
(計算式)
680万7600円×17.6628
(セ)入通院慰謝料490万5000円
原告Aは,遷延性意識障害に至ったことにより314日間入院してお
り退院日の翌日である平成20年6月6日から症状固定日である平成2
0年11月30日までの178日間通院治療をしていた。そして,原告
Aが急性硬膜下血腫になり,一時は生死が危ぶまれる状態であったこと,
生命が助かった後も遷延性意識障害の状態が継続し,非常に重篤な状態
であることなどを考慮すれば,原告Aの被った入通院慰謝料は490万
5000円が相当である。
(ソ)後遺症慰謝料5000万円
原告Aは,本件事故により,健康な高校生としての当たり前の日常生
活の大部分を失ってしまったのであり,その苦しみと悲しみ,その絶望
の念は筆舌に尽くし難い。その精神的苦痛は,金銭をもって容易に慰謝
し得るものではないが,本件の事情の一切を考慮して金銭評価をするな
らば,原告Aの精神的苦痛を慰謝するのに必要な慰謝料は5000万円
を下らない。
(タ)リハビリ費用1799万8617円
a平成24年7月までのリハビリ費用(332万1320円)
原告Aは,症状固定後,入通院により又は在宅においてリハビリを
受ける必要があり,治療費及び介護費用等に含まれないリハビリ費用
として,平成24年7月までに合計332万1320円を要した。
b平成24年8月以降のリハビリ費用(1440万8064円)
原告Aは,今後生涯にわたり機能維持・機能回復のためにリハビリ
を継続する必要があり,そのリハビリ費用は1か月あたり6万400
0円であるから,平成24年8月から平均余命である77歳まで57
年間(ライプニッツ係数18.6705)に必要となるリハビリ費用
は,合計1440万8064円となる。
(計算式)
6万4000円×12か月×18.6705
(チ)成年後見申立費用16万9335円
原告Aは,本件事故により遷延性意識障害の状態となり,判断能力を
喪失したことから,成人したことに伴い,母である原告Bを申立人とし
て大阪家庭裁判所に成年後見の申立てを行い,原告Bが成年後見人に選
任された。
原告Bは,上記成年後見申立に際し弁護士に代理人を依頼せざるを得
ず,弁護士費用及び申立手数料等として16万9335円を支出した。
(ツ)弁護士費用3774万円
原告Aは,本件訴えを提起するに当たり弁護士に訴訟遂行を依頼せざ
るを得なかったところ,被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費
用は3774万である。
(テ)損益相殺-3977万4354円
原告Aは,本件事故に関し,独立行政法人日本スポーツ振興センター
から給付金として3977万4354円を受領した。
なお,原告Aは,S連から傷害保険金282万円を受領したが,この
保険金は,平成16年度からS連を通じてM連会員登録の際に,指導者・
競技者ともに加入することとなったM連盟後遺傷害保険(なお,原告A
は保険料として500円を支払っている。)によるものなので損益相殺
の対象とはならない。
(被告の主張)
否認する。
なお,被告は,平成21年2月20日,原告Aに対し,本件事故に関す
る見舞金として2500万円を支払っているので,同額の損益相殺をすべ
きである。
イ原告C,原告B,原告D及び原告Eの損害
(原告C,原告B,原告D及び原告Eの主張)
原告Aの両親である原告C及び原告B並びに兄弟である原告D及び原告
Eは,本件事故により原告Aが遷延性意識障害の状態となり,甚大な精神
的苦痛を被った。その精神的苦痛の程度は計りがたいものであり,金銭を
もって容易に慰謝し得るものではないが,本件の事情の一切を考慮して金
銭評価をするならば,同人らの精神的苦痛を慰謝するには,原告C及び原
告Bについては800万円,原告C及び原告Dについては400万円をそ
れぞれ下るものではない。
また,本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,原告C及び原
告Bについて80万円,原告D及び原告Eについて40万円が相当である。
したがって,原告C及び原告Bの損害額はそれぞれ880万円であり,
原告D及び原告Eの損害額はそれぞれ440万円である。
(被告の主張)
否認する。
第3当裁判所の判断
1被告が本件講習会の主催者等であったかどうかについて
(1)原告Aと被告との間の契約締結の有無について
原告らは,原告Aが被告との間で本件講習会に参加することを目的とした
本件講習会参加契約を締結したと主張するが,そのような契約が締結された
と認めるに足りる証拠はない。
(2)被告の本件講習会の主催若しくは主管又はS連の統括の有無について
原告らは,被告がS連と共に本件講習会を主催若しくは主管し,又は本件
講習会を主催するS連を統括することにより主催者と同視し得る立場にあっ
たと主張する。
アしかしながら,前記争いのない事実等のとおり,本件講習会は,S連が
Vからの委託に基づいて主催し,T連が主管していたものであるところ,
被告は,そもそも,柔道の段位認定の権限を有するものではなく,Vとの
業務委託契約等により段位認定の推薦業務を受託していたものでもないの
であるから,本件講習会を主催するS連に対して指揮監督を行う法的権限
を有していなかったというべきである。
そして,実際のところ,本件講習会の開催に当たり,被告がその実施要
領や運営方法について,S連又はT連に対し,何らかの指導又は指示をし
たと認めるに足る証拠はなく,証拠(証人W)及び弁論の全趣旨によれば,
被告の職員は洗心館には派遣されていなかったと認められるのであるか
ら,本件講習会の現場においても,被告が指導監督を行ったということは
できない。そうすると,被告は,実際上も,本件講習会の開催・実施に関
与していなかったというべきである。
したがって,被告がS連と共に本件講習会を主催若しくは主管し,又は
本件講習会を主催するS連を統括することにより主催者と同視し得る立場
にあったということはできない。
イ原告らの主張する事実は,以下のとおり,これを認めるに足る証拠はな
いか,認められるとしても,それらの事実をもって,被告がS連と共に本
件講習会を主催若しくは主管し,又は本件講習会を主催するS連を統括す
ることにより主催者と同視し得る立場にあったということはできない。
(ア)原告らは,被告寄附行為4条5項が「柔道に関する講習会の開催」を
被告の行うべき事業と定めていることを根拠に,被告は,本件講習会の
ような形の講習会を開催する権限を有すると主張する。
しかしながら,前記判示のとおり,段位の認定はVに帰属すべきもの
とされ(V寄附行為5条13号。丙A4),Vはそのための講習会の開
催をする権限を有するのであるから(同条6号),同寄附行為4条5項
が定める「講習会」とは,被告が開催の権限を有するものに限られると
解すべきであり,形の講習会の開催は含まないと解するのが相当である。
(イ)原告らは,地域柔道連盟は被告の下部組織であることなどを理由とし
て,被告が本件講習会の参加者の昇段についての推薦権を有していたと
主張する。
しかしながら,地域柔道連盟は,被告とは異なる団体であり,その一
部ではないから,単に地域柔道連盟が被告の下部組織であるからといっ
て,被告が段位の推薦権を有しているということはできない。本件にお
いては,段位認定権限を有するVから段位認定の推薦業務を受託してい
たのはS連であるから,S連又はT連がVに対して参加者の昇段に関す
る推薦を行う権限を有していたというべきであり,被告が本件講習会の
参加者の昇段についての推薦権を有していたとは認められない。
(ウ)原告らは,被告が本件講習会の主催者であるS連を統括していたこと
の根拠として,本件講習会に参加するためには被告への登録が必要であ
り,本件講習会の開催には被告の承認が必要であったことなどを指摘す
る。
しかしながら,本件講習会の参加者が被告に登録するものとされ,実
際に本件講習会の参加者の多くが被告に登録していたとしても,そのこ
とのみをもって,被告が本件講習会に具体的に関与していたということ
はできず,本件全証拠によっても,S連が被告に対して本件講習会に関
して何らかの届出をし,又は被告がS連に対して本件講習会開催の承認
をするなどの手続が行われた形跡はない。
さらに,本件講習会の受講者が支払った受講料又は受験料を被告が受
領したと認めるに足る証拠もない。
(エ)原告らは,被告とVとは,その設立目的,事務所の所在地,代表者の
一致などの点に鑑み,密接な関係を有し,事実上一体のものとして同視
し得ると主張する。
しかしながら,被告とVの設立目的,事務所の所在地,代表者の一致
などの点について,原告らの主張するような事実が認められるとしても,
それをもって被告とVとを事実上一体のものとして同視することはでき
ず,また,これらの事実から,被告が本件講習会の主催者であるS連を
統括していたと認めることもできない。
また,原告らは,被告及びその加盟団体に所属する者の段位はVの段
位によるものとされていること,VとS連との間の業務委託契約によれ
ば,S連はM振興費を含めて昇段料を徴収することができるとされてい
ることなどを指摘する。
しかしながら,被告及びその加盟団体に所属する者の段位をVの段位
によるものとされているのは,Vが段位認定権限を有するからであって,
これをもってVと被告とを事実上一体のものと認めることはできない。
また,VとSSSS連の業務委託契約書の覚書(丁A2)において,昇段時費
用にV振興費を含むと定められていたとしても,このような費用徴収の
代行の事実から,被告がS連を統括していたということはできず,被告
とVとが事実上一体の関係にあったということもできない。
(オ)原告らは,被告競技者規程(丙A9)を根拠にして,地域柔道連盟が
主催,主管又は後援する競技会は被告により規制されていると主張する
が,同規程は,競技者が遵守すべき一般的事項や競技会の開催に関する
事項を定めたものであって,本件講習会とは関係がなく,同規程をもっ
て,被告の規制が本件講習会にも及んでいたと認めることはできない。
(カ)原告らは,被告が本件講習会の主催者であるS連を統括していたこと
の根拠として,被告が原告Aに対して見舞金を支払ったことを指摘する。
しかしながら,証拠(甲A48,51,丙A8,丙B3)及び弁論の
全趣旨によれば,同見舞金は被告に登録している者が柔道の活動中の事
故により負傷した場合に支払われるものにすぎず,これをもって被告が
本件講習会の主催者であるS連開催を統括していたと認めることはでき
ない。
ウ以上によれば,本件講習会の主催者はS連であり,被告が本件講習会を
主催若しくは主管し又は主催者であるS連を統括することにより主催者と
同視し得る立場にあったということはできない。
(3)まとめ
したがって,本件においては,原告Aが被告との間で本件講習会参加契約
を締結したとは認められず,被告がS連と共に本件講習会を主催し,又は本
件講習会を主催するS連を統括することにより主催者と同視し得る立場にあ
ったということもできないのであるから,その余の争点については判断する
までもなく,本件事故について被告が債務不履行責任又は不法行為責任を負
うとする原告らの主張には理由がない。
2結論
よって,原告らの請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文の
とおり判決する。
大阪地方裁判所第9民事部
裁判長裁判官佐藤達文
裁判官小野寺優子
裁判官松波卓也

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