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平成28年4月15日判決言渡
平成27年(行ウ)第66号外務員職務停止処分取消請求事件(甲事件)
平成27年(行ウ)第482号訴えの追加的併合申立て事件(乙事件)
主文
1原告の被告日本証券業協会に対する訴えを却下する。
2原告の被告国に対する請求を棄却する。
3訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1甲事件
甲事件被告がa証券株式会社に対し平成26年8月12日付けでした,同月
26日から平成27年8月25日までの1年間,原告の外務員としての職務の
停止を命ずる旨の処分を取り消す。
2乙事件
乙事件被告は,原告に対し,330万円及び平成26年8月12日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1甲事件は,内閣総理大臣の登録事務の委任を受けた甲事件被告(以下「被告
協会」という。)が,金融商品取引法64条の5第1項に基づき,自己に所属
する金融商品取引業者等であるa証券株式会社に対し,同社の従業員であり登
録を受けている外務員である原告につき,1年間その職務の停止を命ずる旨の
処分をしたところ,原告が,同処分は行政手続法(以下「行手法」という。)
14条1項の定める理由提示の要件を欠く違法なものであると主張して,その
取消しを求めている抗告訴訟(処分の取消しの訴え)である。
乙事件は,原告が,上記と同様の理由により,国の公権力の行使に当たる被
告協会が違法に上記処分をしたと主張して,乙事件被告(以下「被告国」とい
う。)に対し,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づく損害
賠償として,慰謝料300万円及び弁護士費用に相当する損害30万円並びに
これに対する不法行為の日(上記処分の日)である平成26年8月12日から
支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている
民事訴訟である。
2関係法令等の定め
別紙1「関係法令等の定め」のとおりである。以下では,法令等及び用語の
表記及び略称は,特に断らない限り,同別紙の定めに従う。
3前提事実
以下に掲げる事実は,当事者間に争いのない事実,顕著な事実又は証拠等に
より容易に認めることのできる事実である。なお,認定に用いた証拠等は,そ
の旨又はその番号(特に断らない限り枝番を含む。)を各事実の末尾に括弧を
付して掲げる(後記第4においても同様である。)。
(1)当事者等
ア被告協会(日本証券業協会)は,金商法67条の2第2項に基づく内閣
総理大臣の認可を受けて設立された,認可金融商品取引業協会である。被
告協会は,金商法64条の7第1項に基づき,内閣総理大臣の権限の委任
を受けた金融庁長官(金商法194条の7第1項参照)から,登録事務の
委任を受けている。(争いのない事実,甲1の1,乙1,弁論の全趣旨)
イa証券株式会社(以下「本件会社」という。)は,被告協会の協会員と
して,被告協会に所属する金融商品取引業者等である。(甲2,乙5,7
~11,弁論の全趣旨)
ウ原告(昭和55年▲月生)は,平成19年9月3日付けで本件会社の従
業員として採用された。被告協会は,平成19年9月頃,金商法64条に
基づき,本件会社の申請により,原告を外務員として登録した。(争いの
ない事実,弁論の全趣旨)
(2)本件職務停止処分の端緒
ア証券取引等監視委員会は,平成22年8月24日に公表がされたb株式
会社(以下「b」という。)の公募増資に関し,本件会社の顧客が内部者
取引をした疑いにより,平成23年9月7日から平成24年3月23日ま
で,本件会社の立入調査及び同社関係者の事情聴取を実施した。(乙4,
5,7)
イ本件会社は,上記アの調査後,社内調査を実施し,平成24年6月29
日付けで,原告を懲戒解雇した。(争いのない事実,乙5,7,乙9,弁
論の全趣旨)
ウ本件会社は,平成25年2月22日,原告に事故があったことが判明し
たとして,従業員規則9条1項に基づき,被告協会に対し,「事故連絡書」
を提出した。(乙5)
エ本件会社は,平成26年1月27日,原告の事故の詳細が判明したとし
て,従業員規則10条1項に基づき,被告協会に対し,要旨,以下の内容
を記載した「事故顛末報告書」(以下「本件顛末報告書」という。)を提
出した。(乙7の1)
違反該当条項従業員規則7条3項17号
行為の期間平成22年6月11日~同年9月1日
動機自己の営業成績のため
事故の内容別紙2「事故の内容」のとおり
(3)本件職務停止処分に係る聴聞の実施
ア被告協会は,平成26年3月12日,本件会社に対し,同社所属の外務
員である原告に関し,金商法64条の5に基づき外務員の登録取消し又は
2年以内の期間を定めて職務の停止を命じる処分を予定しているとして,
聴聞を行う旨を書面により通知した。(乙8)
上記書面には,「不利益処分の原因となる事実」として,「貴社外務員
c(外務員ID(略))は,平成22年6月から平成22年9月までの間,
職務上知り得た秘密を漏洩した。(「協会員の従業員に関する規則」第7
条第3項第17号該当)上記の行為は,外務員の職務に関して著しく不
適当な行為と認められ,金融商品取引法第64条の5第1項第2号に該当
する。」と記載されていた。(乙8)
イ本件会社は,平成26年3月18日,被告協会に対し,本件顛末報告書
をもって報告した事故につき,行為の概要等を改めて記載した「事実関係
確認書」(以下「本件事実確認書」という。)を提出した。同書面に記載
された「行為の概要」は,本件顛末報告書の「事故の内容」(上記(2)エ
参照)と同一であった。(乙8,9)
ウ被告協会は,平成26年4月16日,原告の参加を許可した上,上記ア
に係る聴聞を行った(以下「本件聴聞」という。)。なお,被告協会は,
本件聴聞に先立ち,原告(代理人)の求めに応じ,本件顛末報告書,本件
事実確認書等の各写しをそれぞれ交付した。(争いのない事実)
エ本件会社は,平成26年6月11日,被告協会に対し,別紙3「事故等
の訂正」のとおり,本件顛末報告書に記載された「事故の内容」の一部(こ
れに対応する本件事実確認書の「行為の概要」の一部)を訂正する旨の「事
故顛末報告書及び事実関係確認書の訂正について」と題する書面を提出す
るとともに,当該事故に関する追加資料(チャットログ等)を提出した。
(乙10)
オ原告は,上記エの後,被告協会に対し,上記エのチャットログにおける
発言者が「○」と記載されているものについては自己の発言であることを
認めるが,その行為は従業員規則7条3項17号にいう職務上知り得た秘
密の漏洩には当たらないことなどを内容とする意見書を提出した。(争い
のない事実)
(4)本件職務停止処分
ア被告協会は,平成26年8月12日付けで,本件会社に対し,金商法6
4条の5第1項に基づき,本件会社の外務員である原告について,同月2
6日から平成27年8月25日までの1年間,外務員の職務の停止を命ず
る旨の処分(以下「本件職務停止処分」という。)をした。(争いのない
事実)
イ本件職務停止処分の処分通知書(以下「本件通知書」という。)には,
処分の理由として,「貴社外務員c(外務員ID(略))は,平成22
年6月から平成22年9月までの間,職務上知り得た秘密を漏洩した。
(「協会員の従業員に関する規則」第7条第3項第17号該当)上記の
行為は,外務員の職務に関して著しく不適当な行為と認められ,金融商品
取引法第64条の5第1項第2号に該当する。」と記載されていた。(争
いのない事実,甲2,乙11)
ウ被告協会は,平成26年8月13日,本件会社に対し,本件通知書を交
付することにより,本件職務停止処分がされた旨を通知した。本件会社は,
同月15日,原告(代理人弁護士)に対し,本件通知書の写しを送付する
ことにより,本件職務停止処分がされた旨を通知した。(甲3,乙11,
弁論の全趣旨)
(5)本件訴えの提起
ア原告は,平成27年2月12日,甲事件の訴えを提起した。(顕著な事
実)
イ原告は,平成27年8月7日,行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)
19条1項に基づき,甲事件の訴えに乙事件の訴えを併合して提起した。
(顕著な事実)
4主たる争点
(1)本案前の争点(甲事件関係)
ア原告適格の有無(争点1)
イ訴えの利益の消長(争点2)
(2)本案の争点
ア甲事件関係
(ア)原告が本件職務停止処分につき行手法14条1項本文の定める理
由提示の要件を欠き違法である旨を主張することは,行訴法10条1項
にいう「自己の法律上の利益に関係のない違法」に該当し,制限される
か。(争点3)
(イ)本件職務停止処分は,行手法14条1項本文の定める理由提示の要
件を充足するか。(争点4)
イ乙事件関係
(ア)原告は,本件職務停止処分が行手法14条1項本文の定める理由提
示の要件を満たすことについて,国賠法1条1項の適用上,法律上保護
された利益を有するか。(争点5)
(イ)本件職務停止処分は,行手法14条1項本文の定める理由提示の要
件を欠くという理由により,国賠法1条1項の適用上違法となるか。(争
点6)
(ウ)原告の損害の有無及び額(争点7)
なお,①原告は,本件職務停止処分が違法(国賠法1条1項の適用上の
違法を含む。)であることの理由として,同処分が金商法64条の5第1項
2号所定の要件を欠くこと(実体的な違法)を主張しておらず,②被告国
は,本件職務停止処分をした被告協会が,国賠法1条1項にいう「国…の公
権力の行使に当る公務員」に当たることについて,争っていない。
第3主たる争点についての当事者の主張の要旨
1争点1(原告適格の有無)について
(1)被告協会の主張
原告は,本件職務停止処分の相手方ではなく,その取消しの訴えの原告適
格を有しない。
ア職務停止処分の相手方(名宛人)
外務員は金融商品取引業者等の役員又は使用人でなければならず,その
登録の申請は金融商品取引業者等がしなければならない(金商法64条1
項)。外務員に係る監督上の処分をするに当たっては,当該外務員の所属
する金融商品取引業者等に対して聴聞を行った(金商法64条の5第2項)
上,当該金融商品取引業者等に通知しなければならない(同条3項)。ま
た,外務員の権限も,当該外務員が特定の金融商品取引業者等に所属する
ことを当然の前提としている(金商法64条の3第1項)。
そうすると,金商法64条の5第1項に基づく外務員の職務の停止を命
ずる旨の処分(以下「職務停止処分」という。)の相手方(名宛人)は,
当該外務員個人ではなく,当該外務員の所属する金融商品取引業者等とい
うべきである。
イ外務員についての「法律上の利益」の有無
外務員制度(金商法64条以下)は,投資者の保護を図りつつ,金融商
品取引業者等が諸活動を行うために設けられている制度であって,外務員
個人の利益を保護するものではない。
職務停止処分がされたことは,金商法64条の5第1項に基づき外務員
の登録を取り消す処分(以下「登録取消処分」という。)とは異なり,外
務員の登録を拒否すべき事由とはなっていない(金商法64条の2第1項
2号)。また,金融商品取引業者等は,職務停止処分を受けた場合には,
その期間中,当該外務員に外務員の職務を行わせることはできないが,当
該外務員を継続して勤務させること(例えば,内部管理等の業務に従事さ
せること)それ自体まで妨げられるわけではない。
以上のような外務員制度の趣旨及び目的並びに職務停止処分において
考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮すると,当該外務員は,職務停
止処分により何らかの事実上の不利益を受けるおそれがあるとしても,金
融商品取引業者等から独立して法律上保護すべき利益を有するというこ
とはできない。
(2)原告の主張
原告は,本件職務停止処分の相手方ではないが,その取消しの訴えの原告
適格を有する。
ア金商法の趣旨及び目的
金商法は,投資者の保護という目的(1条)を達成するため,金融商品
取引業を行う者として,「金融商品取引業者」と「外務員」の2種類の業
種を定め,そのいずれについても登録制度を設けている(29条,64条)。
そして,金商法上,登録を受けないで金融商品取引業を行うこと及び無登
録の外務員に金融商品取引業を行なわせることはいずれも犯罪を構成し
(197条の2第10号の4,201条7号),内閣総理大臣は登録を受
けた金融商品取引業者及び外務員のいずれに対しても監督上の処分をす
ることができる(52条,64条の5)。
以上のような仕組みからすれば,金商法は,投資者の保護という目的を
達成するため,金融商品取引業者及び外務員を異なる規制対象として定め
た上,そのいずれについても金融商品取引業を適法に行うための要件(金
融商品取引業者及び外務員の権利義務)を定めていることは明らかである。
したがって,金商法の趣旨及び目的には,外務員の権利義務を定めるこ
とも含まれている。
イ職務停止処分において考慮されるべき利益の内容及び性質
登録取消処分がされた場合には,当該外務員は,5年間,外務員として
登録されることが許されず(金商法64条の2第1項2号),金融商品取
引業に従事することができない。また,職務停止処分がされた場合には,
当該外務員は,最長で2年間,金融商品取引業に従事することができない
(金商法64条の5第1項)。
上記のとおり,外務員にとっては,登録取消処分と職務停止処分のいず
れを受けた場合であっても,金融商品取引業に従事することができないと
いう重大な不利益を受けることに違いはなく,その期間の長さが異なるに
すぎない。このことは,上記各処分を行うに当たっては,常に聴聞という
慎重な手続をとらなければならないとされていること(金商法64条の5
第2項)からも明らかである。
したがって,金商法64条の5第1項は,職務停止処分によって外務員
に生ずる不利益についても考慮すべきものとしていると解される。
ウ小括
以上のとおり,金商法の趣旨及び目的並びに職務停止処分において考慮
されるべき利益の内容及び性質を考慮すると,金商法は,外務員が違法に
職務を停止されないという利益についても保護しているものと解される。
仮に,外務員が職務停止処分の取消しの訴えの原告適格を有しないとす
ると,当該外務員は,同処分に不服があるとしても,名宛人である金融商
品取引業者が処分行政庁(被告協会)に迎合して争わない場合には,その
適否を争う手段を失うことになる。このような解釈は,著しく不合理な結
果を招くのみならず,処分の相手方以外の者にも原告適格を認め,広く権
利救済を図ろうとした行訴法9条2項の趣旨に反する。
2争点2(訴えの利益の消長)について
(1)被告協会の主張
本件職務停止処分の取消しを求める訴えの利益は,職務停止の期間(平成
27年8月25日まで)が満了したことにより,消滅している。
(2)原告の主張
本件職務停止処分の取消しを求める訴えの利益は,職務停止の期間が満了
しているものの,なお消滅していない。
すなわち,ある事由に基づいて処分を受けた者が,将来,再度処分を受け
る場合には,経験則上,先行の処分を受けていない場合に比して重い処分が
される可能性が高い。特に,職務停止処分のように,登録の取消し又は2年
以内の職務の停止という幅の広い内容(金商法64条の5第1項)から1年
間の職務停止という中間的な内容の処分を受けた場合には,再度処分を受け
たときに,より重い処分が選択されるおそれが高い。
また,原告が本件職務停止処分を受けたという事実そのものも,原告が外
務員として不適切な行為をしたことを認識させるものであるから,原告の名
誉権又は名誉感情を害する上,原告の就労の機会を制限する効果を伴う。
したがって,原告は,本件職務停止処分の取消しによって回復すべき法律
上の利益を有している。
3争点3(行訴法10条1項による主張制限の有無)について
(1)被告協会の主張
原告は,行訴法10条1項により,本件職務停止処分の取消しの訴えにお
いて,同処分が行手法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠き違法で
ある旨を主張することができない。
すなわち,行手法14条1項本文は,名宛人に直接に義務を課し又はその
権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み,行政庁の判断の慎重と合理
性を担保してその恣意を抑制するとともに,処分の理由を名宛人に知らせて
不服の申立てに便宜を与える趣旨により,名宛人に対して理由の提示を求め
るものである(最高裁平成21年(行ヒ)第91号同23年6月7日第三小
法廷判決・民集65巻4号2081頁(以下「平成23年最判」という。)
参照)。
上記1(2)のとおり,原告は,本件職務停止処分の名宛人でない以上,行
手法14条の適用を受けることを予定されていない。このような原告の位置
付けは,同処分の手続(本件聴聞)において,参加人としての地位を有する
にすぎないことからしても,明白である。
そうすると,本件職務停止処分が行手法14条1項本文の要件を欠き違法
である旨の原告の主張は,行訴法10条1項にいう「自己の法律上の利益に
関係のない違法」に当たる。
(2)原告の主張
原告は,本件職務停止処分の取消しの訴えにおいて,同処分が行手法14
条1項本文の定める理由提示の要件を欠き違法である旨を主張することが
できる。
確かに,行手法14条1項本文は,原告適格を有する全ての者に対する関
係において,理由の提示を求めているとまでは解されない。
しかし,少なくとも,本件職務停止処分のように,①処分の名宛人が,
その適否を争わない姿勢を示した上,処分の根拠資料として,名宛人以外の
行為者(処分の名宛人以外の者であって,処分の基礎となった事実を行った
者をいう。以下同じ。)がその作成に関与せず,その内容を了承していない
資料を提出し,②名宛人以外の行為者が,当該処分に係る聴聞に参加し,
自己の行為は処分要件に該当しない旨の意見を述べ,かつ,③当該処分の
内容が名宛人だけではなく,名宛人以外の行為者の個別の権利に法的効果を
及ぼすものであることが明らかな場合には,行政庁の恣意を抑制して不服申
立ての便宜を供するという理由の提示の趣旨は,名宛人以外の行為者に対す
る関係においても妥当する。そうすると,この場合には,理由の提示は,行
手法14条1項の適用若しくは類推適用又は法の一般原則により,名宛人以
外の行為者に対する関係においても求められるというべきである。
したがって,本件職務停止処分が行手法14条1項本文の要件を欠き違法
である旨の原告の主張は,行訴法10条1項にいう「自己の法律上の利益に
関係のない違法」には当たらない。
4争点4(理由提示要件の充足の有無)について
(1)原告の主張
本件職務停止処分は,行手法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠
き,違法である。
ア判断基準
行手法14条1項本文の定める理由の提示は,名宛人に直接に義務を課
し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み,行政庁の判断
の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,処分の理由を名
宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与えるという趣旨に出たものであ
る。そして,理由の提示の程度は,いかなる理由に基づいてどのような処
分基準の適用によって当該処分が選択されたのかを知ることができる程
度のものであることを要するところ,その判断に当たっては,当該処分の
根拠法令の規定内容,当該処分に係る処分基準の存否及び内容並びに公表
の有無,当該処分の性質及び内容,当該処分の原因となる事実関係の内容
等を総合考慮すべきである(平成23年最判参照)。
そして,理由提示の要件を満たすといえるためには,処分の公正さをも
担保するという趣旨を踏まえると,理由の記載それ自体から,いかなる事
実関係が当該処分の理由となっているのかを読み取ることができなけれ
ばならず,名宛人が当該処分の理由を推知することができるという事情の
有無に左右されない。
イ金商法64条の5第1項の規定内容及び処分基準の存否
本件職務停止処分の根拠規定(金商法64条の5第1項2号)は,「金
融商品取引業…のうち第64条第1項各号に掲げる行為を行う業務又は
これに付随する業務に関し法令に違反したとき,その他外務員の職務に関
して著しく不適当な行為をしたと認められるとき」と,その要件を極めて
抽象的にのみ定めている。また,本件職務停止処分は従業員規則7条3項
17号も根拠としていることがうかがわれるが,同号の「職務上知り得た
秘密を漏洩した」という文言も抽象的である上,同号と金商法64条の5
第1項2号との関係が明らかでない。
また,金商法64条の5第1項柱書は,同項の定める要件に該当した場
合には,「登録を取り消し」又は「2年以内の期間を定めてその職務の停
止を命ずる」という2種類の処分を選択することができるとした上,後者
については幅をもってその期間を定めている。そして,職務停止処分につ
いては,処分基準が定められていない。
原告が本件職務停止処分に不服を申し立てるか否かを判断するに当た
っては,①要件を欠く,②要件を満たすが内容が重すぎるという2種類の
違法性を検討することになるところ,いずれについても,同処分の根拠事
実を具体的に理解することができない限り,その有無を判断することがで
きない。この点,上記①については,処分の根拠事実のうち一つでも要件
に該当すれば適法になるため,その全てを詳細に記載しなくてもよいとの
立論が成り立つ余地がないわけではないが,少なくとも上記②については,
処分の根拠事実が単独又は複数か,各事実がいかなる内容であるかが正に
判断の中心となるため,その詳細な記載が求められるというべきである。
そうすると,本件職務停止処分に原因となる事実関係が詳細に記載され
ていなければ,原告において,いかなる事実関係に基づき複数の選択肢か
ら同処分が選択されたのかを知ることができず,同処分に不服を申し立て
るべきか否かを判断することができない。
ウ本件職務停止処分の性質及び内容
本件職務停止処分は,1年間に限り,原告の外務員としての職務を停止
するものであるとしても,原告を「インサイダー取引をし,顧客の秘密を
漏洩した者」と正式に認定するものである。そして,そのような原告を新
たに採用する証券会社などあろうはずもない。
このように,原告は,本件職務停止処分により,証券業界におけるセー
ルストレーダーとしての生命を事実上断たれたから,同処分の効果は甚大
である。
エ原因となる事実関係の内容
本件通知書には,「平成22年6月から平成22年9月までの間,職務
上知り得た秘密を漏洩した」と記載されている。
しかし,上記のうち「職務上知り得た秘密を漏洩した」という文言は,
従業員規則7条3項17号の文言をそのまま記載しただけである。
そして,本件職務停止処分の当否を検討するに当たって最も重要なのは,
原告が「平成22年6月から平成22年9月までの間」にした行為のうち,
いかなる行為が「職務上知り得た秘密を漏洩した」に該当するのかという
点であるにもかかわらず,本件通知書には,その具体的内容が全く記載さ
れていない。
オ本件会社及び原告の認識
本件会社が本件顛末報告書等において認めていたのは,同処分の理由そ
のものではなく,一定の事実関係にすぎないところ,金商法又は被告協会
の規則上,事故顛末報告書等の記載内容が処分理由となる旨の定めはない。
そうすると,本件職務停止処分の名宛人である本件会社が同処分に関して
一定の事実関係を認めているということと,行政庁である被告協会がいか
なる事実を原因として同処分をしたのか,その事実を本件通知書の記載か
ら理解できるかということとは,別の問題というほかはない。
また,本件聴聞に参加した原告は,チャットログ中の特定の発言を認め
たにすぎず,原告の関与及び承認なく作成された本件顛末報告書等の記載
内容を争うとともに,上記発言が従業員規則7条3項17号の「職務上知
り得た秘密の漏洩」に該当するという法的評価をも争っている。
そうすると,本件顛末報告書等が存在するとしても,本件通知書の記載
が本件職務停止処分の理由の提示として十分であるとはいえないのであ
るから,被告協会は,同処分をするに当たり,いかなる事実が「職務上知
り得た秘密の漏洩」に該当するのかを具体的に摘示する必要がある。
カ被告の主張について
被告は,協会員が提出する資料の信用性は極めて高いから,職務停止処
分の判断の慎重と合理性が担保されている旨を主張する(後記(2)ア参照)。
しかし,上記のとおり,行手法14条1項本文の定める理由提示の要件
を満たすか否かは,いかなる事実に基づいて当該処分が選択されたのかを
理解することができる程度に理由が提示されているか否かという問題で
あって,行政庁に提出された資料の信用性や行政庁による認定の慎重性等
は,理由の提示とは異なる次元の問題である。すなわち,資料の信用性や
認定の慎重性等は,当該処分が理由提示の要件を満たしていることを前提
に,実体的な適法性を検討する段階で初めて考慮すべき事情である。
また,会社が自らへのダメージを最小限に留めるため,従業員に全ての
責任を押し付けようとすることは,まま見られる事象であるから,そもそ
も,協会員が提出する資料の信用性が極めて高いという社会通念及び経験
則は存在しない。そして,本件会社が被告協会に提出した報告書等も,全
て本件会社の判断によって作成され,原告の意向が反映されていない以上,
信用性が高いとはいえない。
キ小括
以上によれば,本件通知書の記載からは,原告において,いかなる理由
に基づいて本件職務停止処分が選択されたのかを知ることは困難であっ
て,行手法14条1項本文の理由提示の要件を欠く。
(2)被告協会の主張
本件職務停止処分は,行手法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠
くものではなく,違法でない。
ア本件職務停止処分の合理性
被告協会は,協会員から提出される報告書及び関係資料等に基づき,所
定の手続を経て,外務員に係る監督上の処分をしている。そして,協会員
は,被告協会に対し,遅滞なく違反行為等の届出又は報告等をしなければ
ならず,虚偽の届出又は報告等をすれば処分の対象とされるから,上記の
関係資料は,極めて信用性が高い。そうすると,そもそも,職務停止処分
においては,行政庁である被告協会の恣意が介在することは想定されてお
らず,その判断の慎重と合理性は担保されており,行手法14条1項の趣
旨に反しない。
本件職務停止処分も,本件会社が提出した報告書等に基づいてされたと
ころ,本件会社は,外部弁護士等に依頼し,原告のヒアリングを含めた社
内調査を実施して事実関係を確認した上で,上記各書面を提出している。
したがって,本件職務停止処分については,被告協会のした判断の慎重
が担保されている。
イ理由提示の要件の具備
本件職務停止処分における理由の提示は,平成23年最判に照らしても,
行手法14条1項本文の求める程度として十分なものである。
(ア)本件職務停止処分の性質及び内容は,本件会社が原告に外務員とし
ての職務を1年間行わせてはならないというものにすぎず,同処分の存
在は登録拒否事由に当たらない(金商法64条の2第1項2号)。
本件職務停止処分の根拠法令(金商法64条の5第1項2号)の規定
内容は,「外務員の職務に関して著しく不適当な行為をした」というも
のであり,その理由として,本件通知書のように「職務上知り得た秘密
を漏洩した(協会員の従業員に関する規則第7条第3項第17号該当)」
と提示されていれば,対象となる行為が秘密漏洩行為であることは容易
に了知することができる。
本件職務停止処分の名宛人である本件会社は,行政庁である被告協会
に対し,本件連絡書,本件顛末報告書及び本件事実確認書等を作成して
提出し,同処分の原因となる事実関係を自ら認めていた。また,その当
時,証券取引等監視委員会による調査及び勧告,並びに金融庁による課
徴金納付命令等がされ,上記事実関係が公表されていた。なお,原告は,
本件聴聞に参加人として出席し,上記事実関係を熟知していたのみなら
ず,自己の発言内容等の事実自体については認めていた。
本件職務停止処分については,処分基準が存在していない。
(イ)本件通知書には,本件職務停止処分の理由として,平成22年6月
から9月までの間に職務上知り得た秘密を漏洩した原告の行為を対象
とする旨が記載されていた。
しかるところ,上記(ア)を踏まえると,上記記載は,具体的な期間
内における一連の秘密漏洩行為という具体的な行為を明示したもので
あるから,名宛人である本件会社において,その原因となる事実関係を
容易に特定して了知することができたといえる。
ウ小括
したがって,本件職務停止処分は,行手法14条1項本文の定める程度
として十分な理由の提示をしており,その要件を満たす。
5争点5(国賠法上の保護法益の有無)について
(1)原告の主張
上記3(2)によれば,原告は,本件職務停止処分が行手法14条1項本文
の定める理由提示の要件を満たすことについて,国賠法1条1項の適用上,
法律上保護された利益を有する。
(2)被告国の主張
原告は,本件職務停止処分が行手法14条1項本文の定める理由提示の要
件を満たすことについて,国賠法1条1項の適用上,法律上保護された利益
を有しない。
ア職務停止処分の名宛人
金商法は,金融商品取引業者等が外務員の登録を申請し(64条3項),
外務員に対する監督上の処分をしたときは登録申請者に通知し(64条の
5第3項),これに不服のある金融商品取引業者等は審査請求をすること
ができる(64条の9)旨を定めている。
したがって,職務停止処分の名宛人は,金融商品取引業者等であること
は明らかである。
イ理由の提示について利益を有する者
(ア)不利益処分一般
 行手法14条1項本文は,不利益処分の理由を提示する相手方を「
名あて人」と明示している。また,同項本文の趣旨は,行政庁の判断
の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,処分の理由
を名宛人に知らせて不服申立ての便宜を与えることにある(平成23
年最判参照)。そうすると,同項本文が,名宛人以外の者の不服申立
ての便をもその趣旨に含むとは解されない。
 したがって,行手法14条1項本文の理由提示について利益を有する
者は,不利益処分の名宛人に尽きる。
(イ)職務停止処分
上記アのとおり,金商法は,職務停止処分の内容が外務員に知らされ,
当該外務員による不服申立ての便宜に供されることを予定していない
から,職務停止処分の理由提示について利益を有する者は,その名宛人
である金融商品取引業者等に尽きると解される。
ウ原告適格の不存在
上記1(1)のとおり,そもそも,本件職務停止処分の名宛人でない原告
は,同処分の取消しの訴えの原告適格を有する者,すなわち,「法律上の
利益を有する者」(行訴法9条1項)に当たらない。
エ小括
以上によれば,原告は,本件職務停止処分の名宛人でない以上,行手法
14条1項本文の定める理由提示の要件を満たすことについて,国賠法上,
法律上保護された利益を有するとはいえない。
6争点6(国賠法上の違法性の有無)について
(1)原告の主張
上記4(1)によれば,本件職務停止処分は,行手法14条1項本文の定め
る理由提示の要件を欠くから,国賠法1条1項の適用上違法というべきであ
る。
(2)被告国の主張
本件職務停止処分は,行手法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠
くものではないから,国賠法1条1項の適用上違法でない。
ア本件職務停止処分の合理性
被告協会は,本件顛末報告書の記載及び本件聴聞の結果等を踏まえ,本
件職務停止処分をしたところ,その理由を記載した本件通知書の内容は,
行為の主体,内容及び期間並びに規則の該当条文の点において,本件顛末
報告書と一致し又は整合している。そして,本件職務停止処分の名宛人で
ある本件会社は,本件顛末報告書を自ら提出していたのであるから,本件
通知書の記載により,原告のしたどの行為が職務上知り得た秘密を漏洩し
たことに該当するのかなど,本件職務停止処分がされた理由を知ることが
できたことは明らかである。
また,被告協会は,本件会社の提出した本件顛末報告書等の関係資料に
基づき,内規に沿った適正な手続を経た上で,本件職務停止処分をしたの
であるから,恣意的な判断がされるおそれはなく,その判断の慎重と合理
性も担保されている。
以上からすると,本件職務停止処分は,行手法14条1項本文の趣旨に
適合し,その定める理由提示の要件を満たすことは明らかである。
イ理由提示の要件の具備
本件職務停止処分は,平成23年最判に照らしても,その理由の提示の
程度は十分である。
すなわち,職務停止処分については,処分基準が定められていない。
本件職務停止処分は,外務員の職務の停止を命ずるという性質のものであ
り,登録取消処分に比べて軽い上,停止の期間も1年間であって,職務停
止処分(最大2年間)の中で比較的軽い部類に属する。その内容も,本件
会社において,原告に1年間外務員の職務を行わせてはならないというも
のにとどまり,他の職務に従事させること自体を妨げるものでなく,本件
会社の金融商品取引業者としての業務の遂行それ自体に支障を来すもの
でもない。
本件職務停止処分の原因となる事実関係は,本件会社の外務員であった
原告が平成22年6月から同年9月までの間に職務上知り得た秘密を漏
洩したというものであるところ,その対象は漏洩という極めて単純な事実
行為である上,証券会社の外務員が顧客の秘密(機微情報等)に常態的に
触れることは公知の事実である。そうすると,本件会社はもとより,第三
者においても,上記記載をもって,原告が上記期間に職務上知り得た顧客
の秘密を第三者に対し常習的に漏洩していたことを当然に了知し得る。
以上のとおり,本件職務停止処分については,比較的軽いもので本件会
社に与える影響も限定的である上,処分基準がそもそも存在せず,その原
因となる行為も情報漏洩という単純な事実行為であることなどを考慮す
れば,一定期間内に職務上知り得た秘密を漏洩した旨が示されれば,その
要件のみならず,いかなる理由に基づいて処分がされたのかを知ることは
容易である。したがって,本件職務停止処分における理由の提示は,必要
にして十分であって,必ずしもその詳細な態様(いつ,どのように秘密を
取得した上,いつ,誰に,どのような態様で漏洩したかなど)を逐一記載
するまでの必要はない。
ウ小括
したがって,本件職務停止処分は,行手法14条1項本文の定める理由
提示の要件を欠くものではない。
7争点7(損害の有無及び額)について
(1)原告の主張
原告は,金融証券業界で勤務していたところ,本件職務停止処分により甚
大な不利益を受けることから,同処分が適法であるか否か,これを争うべき
か否かなどの点について,重大な関心を有していた。しかるに,上記6(1)
のとおり,本件職務停止処分が行手法14条1項本文の定める理由提示の要
件を欠いたため,原告は,同処分がどのような自己の行為を原因としたのか,
要件を満たすのか,1年間という職務停止の期間が相当かなどの点について
判断することができず,不安定な状態に置かれて混乱又は困惑し,精神的な
苦痛を被った。
上記の精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は,300万円を下らない。そ
して,上記違法行為と相当因果関係のある弁護士費用に相当する損害は,上
記の1割に相当する30万円である。
(2)被告国の主張
原告は本件職務停止処分により精神的苦痛を被っておらず,原告に損害は
発生していない。
すなわち,原告は,本件職務停止処分が行手法14条1項本文の定める理
由提示の要件を欠くことにより,自己が被った不利益の存在及び内容を基礎
付ける具体的事実を何ら示していない。
上記6(2)のとおり,本件通知書の記載をもって,本件職務停止処分の名
宛人である本件会社において,原告のどのような行為が職務上知り得た秘密
を漏洩したことに当たるのかを知ることができる。
原告は,本件聴聞に参加人として出席し,本件会社が認めた本件職務停止
処分の原因となる事実を熟知していたから,本件通知書の記載をもって,自
己のどのような行為が職務上知り得た秘密を漏洩したことに当たるのかを
知ることができた。そうすると,実質的にみても,原告は,本件職務停止処
分における提示の理由により,不安定な状態に置かれたとはいえない。
第4当裁判所の判断
1争点1(原告適格の有無)について
被告協会は,原告が本件職務停止処分の相手方(名宛人)でなく,その取消
しの訴えの原告適格を有しない旨を主張する(上記第3の1(1)参照)。
(1)原告適格について
行訴法9条は,取消訴訟の原告適格について規定しているが,同条1項に
いう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当
該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必
然的に侵害されるおそれのある者をいうと解すべきである(最高裁昭和49
年(行ツ)第99号同53年3月14日第三小法廷判決・民集32巻2号2
11頁,最高裁平成元年(行ツ)第130号同4年9月22日第三小法廷判
決・民集46巻6号571頁参照)。
そして,処分の名宛人以外の者が処分の法的効果による権利の制限を受け
る場合には,その者は,処分の名宛人として権利の制限を受ける者と同様に,
当該処分により自己の権利を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのあ
る者として,当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に当
たり,その取消訴訟における原告適格を有するものというべきである(最高
裁平成24年(行ヒ)第156号同25年7月12日第二小法廷判決・裁判
集民事244号43頁参照)。
さらに,処分の名宛人以外の者が処分の法的効果による権利の制限を受け
ない場合であっても,当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによるこ
となく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利
益の内容及び性質を考慮することにより,その者について上記の法律上保護
された利益の有無を判断すべきである(行訴法9条2項前段参照)。この場
合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と
目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該
利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法
令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びに
これが害される態様及び程度をも勘案すべきである(同項後段参照)。
(2)金商法の定め
ア金融商品取引業者等は,その役員又は使用人のうち,金商法64条1項
各号に掲げる行為(有価証券の売買等)を行う者(外務員)につき,外務
員登録原簿に登録を受けなければならず(金商法64条1項),登録を受
けた外務員以外の者に外務員の職務を行わせてはならない(金商法64条
2項。なお,罰則として201条7号,207条1項6号)。外務員は,
その所属する金融商品取引業者等に代わって,一切の裁判外の行為を行う
権限を有するとみなされる(金商法64条の3第1項)。
イ登録事務の委任を受けている協会は,登録を受けた外務員が外務員の職
務に関して著しく不適当な行為をしたと認められる場合等においては,そ
の登録を取り消し(登録取消処分),又は2年以内の期間を定めてその職
務の停止を命ずること(職務停止処分)ができる(金商法64条の5第1
項2号,64条の7第1項)。そして,協会は,上記処分をすることとし
たときは,書面により,その旨を登録申請者(すなわち金融商品取引業者
等)に通知しなければならない(金商法64条の5第3項,64条の7第
1項)。なお,協会の上記処分に不服がある当該金融商品取引業者等は,
内閣総理大臣に対し,行政不服審査法による審査請求をすることができる
(金商法64条の9)。
ウ金融商品取引業者等が法令に基づいてする行政官庁の処分に違反した
ときは,当該金融商品取引業者等の登録を取り消し,又は6月以内の期間
を定めて業務の全部又は一部の停止を命ずることができる(金商法52条
1項6号,52条の2第1項3号,29条,33条の2参照)。
(3)検討
ア上記の金商法の定めによれば,金商法64条の5第1項の規定に基づく
処分の名宛人は,金融商品取引業者等であることが明らかである。
もっとも,金融商品取引業者等が特定の外務員に関する職務停止処分を
受けることによって負う義務の内容は,当該外務員をして登録外務員とし
ての職務を一定の期間は行わせないようにするというものであって,相手
方のある行為であると解されるところ,金融商品取引業者等が当該処分に
よって負った義務を履行することは,すなわち当該外務員との間の雇用契
約の内容を変更し又は解消することを意味し,これにより,当該外務員の
法的地位は影響を受けることとなる。
以上に鑑みると,当該外務員は,当該処分の名宛人以外の者ではあるが,
当該処分の法的効果による権利の制限(所属する金融商品取引業者等との
間の権利義務関係の変更)を受けることが予定されているものであるとい
うことができるから,当該処分により自己の権利を侵害され又は必然的に
侵害されるおそれのある者として,当該処分の取消しを求めるにつき法律
上の利益を有する者に当たり,その取消訴訟における原告適格を有するも
のというべきである。
イまた,仮に,外務員は,職務停止処分の法的効果により権利の制限を受
けるものとまではいえないと解するとしても,以下のとおり,行訴法9条
2項の考慮事項を踏まえれば,同処分の取消訴訟における原告適格を有す
るということができる。
(ア)職務停止処分の根拠法令の趣旨及び目的
金商法は,金融商品等の取引等を公正にし,有価証券の流通を円滑に
するほか,資本市場の機能の十全な発揮による金融商品等の公正な価格
形成等を図り,もって国民経済の健全な発展及び投資者の保護に資する
ことを目的とするものである(1条参照)。
そして,上記(2)のとおり,職務停止処分の根拠法令である金商法64
条の5第1項は,登録を受けている外務員が,外務員の職務に関して著
しく不適当な行為をしたと認められるとき等において,その登録を取り
消し(登録取消処分),又は2年以内の期間を定めてその職務の停止を
命ずること(職務停止処分)ができると定めている。
そうすると,金商法は,職務停止処分を含めた外務員に係る監督上の
処分をするに当たっては,当該外務員がした「著しく不適当な行為」の
悪質性,具体的には,その行為がどの程度まで金商法の上記目的を害す
るものであったかを考慮することを求める趣旨であると解される。
(イ)職務停止処分において考慮されるべき利益の内容及び性質
職務停止処分がされた場合には,名宛人である金融商品取引業者等は,
2年以内の一定期間にわたり,自己の役員又は従業員である当該外務員
をして,自己に代わって金商法64条1項各号に掲げる行為(外務員の
職務)を行わせることができないこととなり(金商法64条の3第1項
参照),その職業活動(金融商品取引業等の遂行)が制約を受けること
は明らかである。また,当該外務員においても,上記期間中に外務員の
職務を行うことができなくなることにより,事実上,自己の職業活動の
範囲が相当程度制約されるという比較的大きな不利益を受けるといわざ
るを得ない。しかも,当該外務員は,当該金融商品取引業者等の役員又
は従業員として,当該金融商品取引業者等のために外務員の職務を行う
立場にあるから,両者が被る上記各不利益は,極めて密接な関係にある
ということができる。
(ウ)以上を総合考慮すると,職務停止処分の根拠法令である金商法64
条の5第1項は,外務員に係る監督上の処分(登録取消処分又は職務停
止処分)をするに当たり,当該外務員のした行為の悪質性(ひいては金
融商品等の取引等の公正等)と当該金融商品取引業者等及び当該外務員
が被る不利益(職業活動に関する制約)とを比較考量した上で,合理的
な内容の処分をすべきことをその趣旨とするものであり,当該金融商品
取引業者等及び当該外務員の職業活動の保護という観点をも含むと解し
得るから,職務停止処分がされた場合における外務員は,同処分により
自己の法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれ
のある者として,同処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益」(行
訴法9条1項参照)を有するということができる。
(4)小括
以上のとおり,原告は,本件職務停止処分の相手方(名宛人)ではないも
のの,同処分の取消しの訴えの原告適格を有すると解される。
2争点2(訴えの利益の消長)について
被告協会は,本件職務停止処分の取消しを求める訴えの利益は,職務停止の
期間が満了したことにより,消滅していると主張する(上記第3の2(1)参照)。
(1)訴えの利益について
処分の取消しを求める訴えの利益の有無は,処分がその公定力によって有
効なものとして存しているために生じている法的効果を除去することによ
って回復すべき権利又は法律上の利益(行訴法9条1項参照)が存在してい
るか否かという観点から判断することが相当である。
(2)検討
これを本件についてみるに,本件職務停止処分は,原告について,平成2
6年8月26日から平成27年8月25日までの1年間,外務員の職務の停
止を命ずることを内容とする処分であり(前提事実(4)ア参照),現時点で
は,既に上記期間を経過している以上,本件職務停止処分の法的効果は消滅
しているといわざるを得ない。
これに対し,原告は,本件職務停止処分の存在により,将来より重い処分
が選択されるおそれが高く,また,名誉権又は名誉感情が害される上に就労
の機会も制限されるから,同処分の取消しによって回復すべき法律上の利益
(行訴法9条1項参照)を有している旨を主張する(上記第3の2(2)参照)。
この点,行手法12条1項の規定により定められ公にされている処分基準
において,先行の処分を受けたことを理由として後行の処分に係る量定を加
重する旨の不利益な取扱いの定めがある場合には,上記先行の処分に当たる
処分を受けた者は,将来において上記後行の処分に当たる処分の対象となり
得るときは,上記先行の処分に当たる処分の効果が期間の経過によりなくな
った後においても,当該処分基準の定めにより上記の不利益な取扱いを受け
るべき期間内はなお当該処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を
有するものと解するのが相当である(最高裁平成26年(行ヒ)第225号
同27年3月3日第三小法廷判決・民集69巻2号143号参照)。
しかし,上記の場合に回復すべき法律上の利益があるとされるのは,当該
行政庁の後行の処分における裁量権が当該処分基準に従って行使されるべ
きことがき束されているからであるところ,弁論の全趣旨によれば,外務員
に対する監督上の処分(登録取消処分及び職務停止処分)については,行手
法12条1項により処分基準が定められていない。そうすると,将来,本件
会社を名宛人とする外務員に対する監督上の処分において,過去に本件職務
停止処分を受けたことが考慮され,その量定が加重される可能性があるとし
ても,そのような量定をすべきことが法的にき束されているということはで
きないのであって,そのような取扱いは,本件職務停止処分の法的効果によ
るものではなく,飽くまでその事実上の効果によるものといわざるを得ない。
また,仮に本件職務停止処分の存在により原告の名誉権若しくは名誉感情
が害され,又は原告の就労の機会が制限されているとしても,これらは本件
職務停止処分による事実上の効果として生じているものにすぎないといわ
ざるを得ない。
したがって,原告は,本件職務停止処分の取消しによって「回復すべき法
律上の利益」(行訴法9条1項参照)を有するとはいえない。
(3)小括
以上のとおりであるから,本件職務停止処分の取消しを求める訴えは,訴
えの利益を欠き,不適法なものというほかない。そうすると,争点3(行訴
法10条1項による主張制限の有無)及び争点4(理由提示要件の充足の有
無)については,判断の必要がないこととなる。
3争点5(国賠法上の保護法益の有無)について
被告国は,国賠法1条1項の適用上,本件職務停止処分が行手法14条1項
本文の定める理由提示の要件を満たすことについて,原告が法律上保護された
利益を有するとはいえない旨を主張する(上記第3の5(2)参照)。
(1)理由提示の趣旨について
行手法14条1項本文が,「行政庁は,不利益処分をする場合には,その
名あて人に対し,同時に,当該不利益処分の理由を示さなければならない」
としているのは,名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという
不利益処分の性質に鑑み,行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意
を抑制するとともに,処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を
与える趣旨に出たものと解される(平成23年最判参照)。
(2)検討
上記1(3)アのとおり,金商法64条の5第1項に基づく職務停止処分の
名宛人は外務員ではない以上,外務員は,行手法14条1項本文が直接適用
される「名あて人」には当たらないというほかない。
しかしながら,上記1(3)アのとおり,外務員は,当該処分の法的効果に
よる権利の制限を受けることが予定されているものであるということがで
きるし,また,同イのとおり,金商法64条の5第1項は,行政庁に対し,
外務員に係る職務停止処分をするに当たっては,金融商品取引業者等及び外
務員が被る各不利益(職業活動に関する制約)の内容及び程度等をも考慮す
べきことを求める趣旨であると解される。
このような職務停止処分の法的効果やその根拠規定である金商法64条
の5第1項の趣旨を考慮すれば,同処分が行われる場合における理由の提示
は,行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するという適正
手続(行政運営における公正の確保)の観点から,名宛人である金融商品取
引業者等の法律上の権利利益を保護するものであるとともに,外務員の法律
上の権利利益をも保護するものと解すべきである。
(3)小括
以上のとおりであるから,本件職務停止処分の当時,外務員であった原告
は,本件会社を名宛人とする同処分が行手法14条1項本文の定める理由提
示の要件を満たすことについて,国賠法1条1項の適用上,法律上保護され
た利益を有していたというべきである。
4争点6(国賠法上の違法性の有無)について
被告国は,本件職務停止処分は行手法14条1項本文の定める理由提示の要
件を欠くものではないから,国賠法1条1項の適用上違法でないと主張する
(上記第3の6(2)参照)。
(1)理由提示の程度について
行手法14条1項本文に基づいてどの程度の理由を提示すべきかは,同項
本文の趣旨(上記3(1)参照)に照らし,当該処分の根拠法令の規定内容,
当該処分に係る処分基準の存否及び内容並びに公表の有無,当該処分の性質
及び内容,当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決
定すべきである(平成23年最判参照)。また,提示すべき理由の内容及び
程度は,特段の理由のない限り,いかなる事実関係に基づきいかなる法規を
適用して当該処分がされたのかを,処分の相手方においてその記載自体から
了知し得るものでなければならず,単に抽象的に処分の根拠規定を示すだけ
では,それによって当該規定の適用の原因となった具体的な事実関係をも当
然に知りうるような例外の場合を除いては,理由の提示として十分ではない
というべきである(最高裁昭和45年(行ツ)第36号同49年4月25日
第一小法廷判決・民集28巻3号405頁参照)。
(2)本件通知書における理由提示の行手法14条1項適合性
ア前提事実(4)ウのとおり,被告協会は,本件職務停止処分を本件会社に
対して通知したところ,本件通知書に記載された本件職務停止処分の理由
は,「本件会社の外務員である原告は,平成22年6月から平成22年9
月までの間,職務上知り得た秘密を漏洩した(従業員規則7条3項17号
該当)。上記の行為は,外務員の職務に関して著しく不適当な行為と認め
られ,金商法64条の5第1項2号に該当する」というものであった。
イそこで検討するに,金商法64条の5第1項の規定をみると,同項各号
が挙げる登録取消し又は職務の停止の事由は,金融商品等の取引等の公正
等を害する金融商品取引業者等及び外務員の行為を類型化したものであ
り,同項2号は,処分要件を「外務員の職務に関して著しく不適当な行為
をしたと認められるとき」などと抽象的に定めているところ,同項に基づ
く処分の理由として同号の規定を掲げるのみでは,具体的な事案において
いかなる事実がこれに該当するとされるのかは明らかではないし,上記の
行為に当たるものとして「職務上知り得た秘密を漏洩した(従業員規則7
条3項17号該当)」ことを挙げたとしても,職務上知り得た秘密を漏え
いしたとされる行為の内容が具体的に記載されなければ,いかなる行為が
上記の規則に該当するとされたのかは明らかにならず,さらに,処分の対
象となった行為につき「平成22年6月から平成22年9月までの間」と
の限定が付されたとしても,その間における行為の態様や回数がなお不明
であり,上記の規定の適用の原因となった具体的な事実関係を当然知りう
るような記載とはいえないと評価せざるを得ない。
また,金商法64条の5第1項は,その効果としての処分内容について,
外務員の登録の取消し又は2年以内の外務員の職務の停止と定め,幅を持
った複数の選択肢を設けた上,そのいずれを選択するかについては行政庁
の裁量に委ねているところ,同処分に関する処分基準は設けられていない
ものの(上記2(2)参照),処分の名宛人としては,通知書の記載から,
いかなる事実関係等(行為の態様や回数等)に基づいて当該処分がされた
のかを知ることができるのでなければ,その処分につき裁量権行使の適否
を争う的確な手掛かりを得られない。そして,上記のとおり,本件通知書
の理由からは,職務執行停止を1年とするとの判断の基礎となった事実関
係等(行為の態様や回数等)とその違反の程度に関する評価の内容は不明
であるといわざるを得ない。
なお,前提事実(3)及び弁論の全趣旨によれば,本件聴聞において「不
利益処分の原因となる事実」の具体的な内容となっていたもの(本件会社
が提出した本件事実確認書の内容)は,原告が他社の複数の従業員に対し
本件会社の顧客99名に関する情報を217回にわたり漏洩した(具体的
には,①平成22年8月4日,公募増資が予定されている空売り推奨銘
柄を口頭で答えた,②同年7月27日,公募増資が行われる可能性のあ
る銘柄を口頭で答えた,③同年6月11日,7月5日,7月27日に,
本件会社の顧客の株取引(株式売買の約定,空売り,買戻し)に係る情報
をチャットを通じて漏洩した(合計21件),④同年6月15日から9
月1日までの間の6日において,本件会社の顧客によるブック情報をチャ
ットを通じて漏洩した(合計144件),⑤同年7月14日及び7月2
7日,本件会社の顧客に対するアロケーション情報をチャットを通じて漏
洩した(合計27件),⑥同年8月12日,本件会社の顧客がフェイル
を起こした事実に係る情報をチャットを通じて漏洩した(合計13件),
⑦同年7月20日,本件会社に対する顧客の支払手数料総額の順位に係
る情報をチャットを通じて漏洩した(合計10件))というものであると
ころ,これらのうち秘密漏洩行為と認められる事実の範囲如何によっては,
違反の程度に関する評価を異にする可能性もある。他方,被告協会におい
て,秘密漏洩行為と認めた事実の概要を示すことは,さほど困難な事務処
理を強いられるものとも考え難い。
ウ以上を総合考慮すると,①「平成22年6月から平成22年9月まで
の間,職務上知り得た秘密を漏洩した」という,処分の原因となる事実(外
務員の職務に関する著しく不適当な行為)の始期及び終期並びに抽象的な
類型と,②金商法64条の5第1項2号及び従業員規則7条3項17号
という,処分及び服務基準違反(禁止行為)の根拠法条とが示されている
のみでは,本件職務停止処分の名宛人である本件会社において,上記期間
にされた複数の行為のうちどれが処分要件に該当するとされたのか,また,
どのような事情が考慮されて1年間の職務停止という処分の選択(量定)
がされたのかを知ることができないといわざるを得ない。
したがって,本件通知書の記載それ自体からは,本件職務停止処分の名
宛人である本件会社において,同処分の理由を知ることはできないのであ
って,その記載は,行手法14条1項本文の趣旨に照らし,同項本文の要
求する理由提示としては十分でないといわざるを得ない。
エ被告国は,本件職務停止処分の名宛人である本件会社は,本件事実確認
書等を自ら提出して事実関係を認めており,本件通知書の記載により同処
分の理由を知ることができたのであって,同処分は行手法14条1項本文
の定める理由提示の要件を欠くものではない旨を主張する(上記第3の6
(2)ア参照)。
しかし,上記3(1)のとおり,行手法14条1項本文は,処分の理由を
名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与えるのみならず,行政庁の判断
の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するという趣旨に出たもので
ある。そうすると,たとえ名宛人があらかじめ行政庁に関係資料を提出し
ていたことなどにより処分の理由を推知し得たとしても,そのことをもっ
て直ちに行政庁の判断の慎重と合理性が担保されているとはいえない以
上,当該処分が行手法14条1項本文の定める理由提示の要件を当然に満
たすということはできない。
したがって,被告国の上記主張は,本件職務停止処分が行手法14条1
項本文の定める理由提示の要件を満たすか否かについての上記判断を左
右するものとはいえない。
(3)本件職務停止処分の国賠法上の違法性
本件職務停止処分の当時,行手法14条1項本文に基づいてどの程度の理
由を提示すべきかについては,上記(1)のような解釈を採ることが合理的で
あったというべきであるところ,記録に照らしても,被告協会が,相当の調
査を踏まえた一応の合理的な根拠に基づき,本件通知書の記載をもって足り
ると判断したことをうかがわせる事情は見当たらない。
そうすると,被告協会は,本件職務停止処分における理由の提示に関し,
その職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と公権力を行使
したといわざるを得ない。
したがって,本件職務停止処分は,行手法14条1項本文の定める理由提
示の要件を欠いたものであって,国賠法1条1項の適用上も違法であるとい
わざるを得ない。
5争点7(損害の有無及び額)について
原告は,本件職務停止処分が行手法14条1項本文の定める理由提示の要件
を欠く違法なものであったため,同処分の適否等について判断することのでき
ない不安定な状態に置かれ,精神的な苦痛を被ったなどと主張する(上記第3
の7(1)参照)。
しかしながら,前提事実(3)及び(4)によれば,原告は,本件職務停止処分に
先立ち,行政庁である被告協会から,名宛人である本件会社が作成した本件事
実確認書等の資料を交付されるとともに,本件聴聞に参加して意見を述べ,同
処分がされた後,本件会社を通じ,その理由が記載された本件通知書の写しを
受領したことが認められる。そして,本件通知書上,本件職務停止処分の原因
となる事実は,原告が平成22年6月から同年9月までの間にした秘密漏洩行
為を対象としており,特に限定がされていないものとなっているところ,上記
のとおり本件職務停止処分の手続に関与した原告においては,上記の記載が,
本件事実確認書上において秘密漏洩行為とされていたものと一致するもので
あると推知することは容易であったというべきである。
そうすると,原告は,本件通知書を受領し本件職務停止処分がされたことを
知った段階で,同処分が本件事実確認書等に記載された全ての具体的な行為を
対象とするものであることを前提に,同処分が金商法64条の5第1項2号の
定める処分要件を満たすか否か,1年間の職務停止という処分内容が相当か否
かなどの点について検討することができたということができる。そして,原告
は,上記検討の結果,本件職務停止処分の法的効果を排除する必要があると判
断したのであれば,上記と同様に,同処分が本件事実確認書等に記載された全
ての具体的な行為を対象とするものであることを前提に,同処分の違法を主張
してその取消しの訴えを提起する等の機会を与えられていたといえる。
以上のような事実関係の下では,本件職務停止処分が行手法14条1項本文
の定める理由提示の要件を欠く違法なものであったとしても,原告に関する限
り,本件通知書に記載された同処分の理由をもって,同処分の適否を合理的に
判断するための必要最低限の材料を与えられており,その判断を前提として,
同処分の効力を排除する機会を欠くということもなかったといえるから,社会
通念上,受忍限度を超える程度の精神的な苦痛を受けたとまでは断じ難いとい
わざるを得ないのであって,原告に精神的損害が発生したとは認め難い。
したがって,本件職務停止処分が行手法14条1項本文の定める理由提示の
要件を欠き,国賠法1条1項の適用上も違法であるとの評価を受けるとしても,
原告の被告国に対する請求は理由がないこととなる。
6結論
以上によれば,原告の請求のうち,①本件職務停止処分の取消しを求める
部分(甲事件)は,不適法であるからこれを却下すべきであり,②その余(乙
事件)は,理由がないからこれを棄却すべきである。
よって,訴訟費用の負担につき行訴法7条,民訴法61条を適用の上,主文
のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第38部
裁判長裁判官谷口豊
裁判官工藤哲郎
裁判官和久一彦は転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官谷口豊
(別紙1)
関係法令等の定め
1金融商品取引法(平成26年法律第69号による改正前のもの。以下「金商法」
という。)
(目的)
1条この法律は,企業内容等の開示の制度を整備するとともに,金融商品取引
業を行う者に関し必要な事項を定め,金融商品取引所の適切な運営を確保す
ること等により,有価証券の発行及び金融商品等の取引等を公正にし,有価
証券の流通を円滑にするほか,資本市場の機能の十全な発揮による金融商品
等の公正な価格形成等を図り,もつて国民経済の健全な発展及び投資者の保
護に資することを目的とする。
(登録)
29条金融商品取引業は,内閣総理大臣の登録を受けた者でなければ,行うこ
とができない。
(金融機関の登録)
33条の2金融機関は,次に掲げる行為のいずれかを業として行おうとすると
き,又は投資助言・代理業若しくは有価証券等管理業務を行おうとすると
きは,内閣総理大臣の登録を受けなければならない。(以下略)
(金融商品取引業者に対する監督上の処分)
52条
1項内閣総理大臣は,金融商品取引業者が次の各号のいずれかに該当する場
合においては,当該金融商品取引業者の第29条の登録を取り消し,…又
は6月以内の期間を定めて業務の全部若しくは一部の停止を命ずること
ができる。
六金融商品取引業又はこれに付随する業務に関し法令…又は法令に基
づいてする行政官庁の処分に違反したとき。
(登録金融機関に対する監督上の処分)
52条の2
1項内閣総理大臣は,登録金融機関が次の各号のいずれかに該当する場合に
おいては,当該登録金融機関の第33条の2の登録を取り消し,又は6月
以内の期間を定めて業務の全部若しくは一部の停止を命ずることができ
る。
三登録金融機関業務又はこれに付随する業務に関し法令又は法令に基
づいてする行政官庁の処分に違反したとき。
(外務員の登録)
64条
1項金融商品取引業者等(注)は,勧誘員,販売員,外交員その他いかなる
名称を有する者であるかを問わず,その役員又は使用人のうち,その金融
商品取引業者等のために次に掲げる行為を行う者(以下「外務員」という。)
の氏名,生年月日その他内閣府令で定める事項につき,内閣府令で定める
場所に備える外務員登録原簿(以下「登録原簿」という。)に登録を受け
なければならない。
(注)「金融商品取引業者等」とは,金融商品取引業者又は登録金融機
関をいう(金商法34条参照)。
一有価証券(第2条第2項の規定により有価証券とみなされる同項各号
に掲げる権利を除く。)に係る次に掲げる行為
イ第2条第8項第1号から第3号まで,第5号,第8号及び第9号に
掲げる行為
ロ次に掲げる行為
(1)売買又はその媒介,取次ぎ(有価証券等清算取次ぎを除く。)若
しくは代理の申込みの勧誘
(2)市場デリバティブ取引若しくは外国市場デリバティブ取引又は
その媒介,取次ぎ(有価証券等清算取次ぎを除く。)若しくは代理
の申込みの勧誘
(3)市場デリバティブ取引又は外国市場デリバティブ取引の委託の
勧誘
二次に掲げる行為
イ第2条第8項第4号,第6号及び第10号に掲げる行為
ロ店頭デリバティブ取引等の申込みの勧誘
三前二号に掲げるもののほか,政令で定める行為
2項金融商品取引業者等は,前項の規定により当該金融商品取引業者等が登
録を受けた者以外の者に外務員の職務(同項各号に掲げる行為をいう。以
下同じ。)を行わせてはならない。
3項第1項の規定により登録を受けようとする金融商品取引業者等は,次に
掲げる事項を記載した登録申請書を内閣総理大臣に提出しなければなら
ない。(以下略)
5項内閣総理大臣は,第3項の規定による登録の申請があった場合において
は,次条第1項の規定により登録を拒否する場合を除くほか,直ちに第1
項に定める事項を登録原簿に登録しなければならない。
6項内閣総理大臣は,第1項の登録をしたときは,書面により,その旨を登
録申請者に通知しなければならない。
(登録の拒否)
64条の2
1項内閣総理大臣は,登録の申請に係る外務員が次の各号のいずれかに該当
するとき,又は登録申請書若しくはその添付書類のうちに虚偽の記載があ
り,若しくは重要な事実の記載が欠けているときは,その登録を拒否しな
ければならない。
二第64条の5第1項の規定により外務員の登録を取り消され,その取
消しの日から5年を経過しない者
(外務員の権限)
64条の3
1項外務員は,その所属する金融商品取引業者等に代わって,第64条第1
項各号に掲げる行為に関し,一切の裁判外の行為を行う権限を有するもの
とみなす。
(外務員に対する監督上の処分)
64条の5
1項内閣総理大臣は,登録を受けている外務員が次の各号のいずれかに該当
する場合においては,その登録を取り消し,又は2年以内の期間を定めて
その職務の停止を命ずることができる。
二金融商品取引業(登録金融機関にあっては,登録金融機関業務)のう
ち第64条第1項各号に掲げる行為を行う業務又はこれに付随する業
務に関し法令に違反したとき,その他外務員の職務に関して著しく不適
当な行為をしたと認められるとき。
2項内閣総理大臣は,前項の規定に基づいて処分をしようとするときは,行
政手続法第13条第1項の規定による意見陳述のための手続の区分にか
かわらず,聴聞を行わなければならない。
3項内閣総理大臣は,第1項の規定に基づいて処分をすることとしたときは,
書面により,その旨を登録申請者に通知しなければならない。
(登録事務の委任)
64条の7
1項内閣総理大臣は,内閣府令で定めるところにより,協会(認可金融商品
取引業協会又は第78条第2項に規定する認定金融商品取引業協会をい
う。以下この節において同じ。)に,第64条,第64条の2及び前3条
に規定する登録に関する事務(以下この条及び第64条の9において「登
録事務」という。)であって当該協会に所属する金融商品取引業者等の外
務員に係るものを行わせることができる。
3項内閣総理大臣は,前2項の規定により協会に登録事務を行わせることと
したときは,当該登録事務を行わないものとする。
4項協会は,第1項又は第2項の規定により登録事務を行うこととしたとき
は,その定款において外務員の登録に関する事項を定め,内閣総理大臣の
認可を受けなければならない。
(登録事務についての審査請求)
64条の9…第64条の7第1項の規定により登録事務を行う協会の第64
条の5第1項の規定による処分について不服がある金融商品取引業者等
は,内閣総理大臣に対し,行政不服審査法(昭和37年法律第160号)
による審査請求をすることができる。
(権限の委任)
194条の7
1項内閣総理大臣は,この法律による権限(政令で定めるものを除く。)を
金融庁長官に委任する。
201条次の各号に掲げる違反があった場合においては,その行為をした金融
商品取引業者等…の代表者,代理人,使用人その他の従業者…は,1年
以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する。
七第64条第2項…の規定に違反して,外務員の職務を行わせたとき。
207条
1項法人…の代表者又は法人…の代理人,使用人その他の従業者が,その法
人…の業務…に関し,次の各号に掲げる規定の違反行為をしたときは,そ
の行為者を罰するほか,その法人に対して当該各号に定める罰金刑を…科
する。
六…第201条(第1号,第2号,第4号,第6号及び第9号から第1
1号までを除く。)…各本条の罰金刑
2金融商品取引業等に関する内閣府令(平成19年内閣府令第52号)
(協会の外務員登録事務)
254条法第64条の7第1項及び第2項の規定に基づき,次に掲げる登録に
関する事務であって,協会に所属する金融商品取引業者等の外務員に係るも
のを当該協会に,協会に所属しない金融商品取引業者等に係るものを同項の
規定により金融庁長官が定める協会に行わせるものとする。
一法第64条第3項の規定による登録申請書の受理
二法第64条第5項の規定による登録
三法第64条第6項,第64条の2第3項及び第64条の5第3項の規定
による通知
四法第64条の2第1項の規定による登録の拒否
七法第64条の5第1項の規定による登録の取消し及び職務の停止の命

八法第64条の5第2項の規定による聴聞
3日本証券業協会定款(乙1)
(目的)
6条本協会は,協会員の行う有価証券の売買その他の取引等を公正かつ円滑な
らしめ,金融商品取引業の健全な発展を図り,もって投資者の保護に資する
ことを目的とする。
(業務)
7条
1項本協会は,前条の目的を達成するため,次の各号に掲げる業務を行う。
9金商法64条の7第1項の規定に基づき,金融庁長官から委任された
外務員の登録に関する事務を行うこと。
(規則等)
8条本協会は,前条第1項各号に規定する業務を円滑に行うため,自主規制規
則,統一慣習規則,紛争処理規則,協会運営規則その他の規則を定めること
ができる。
4日本証券業協会「協会員の従業員に関する規則」(甲4,乙2。以下「従業員
規則」という。)
(目的)
1条この規則は,金融商品取引業の公共性及びその社会的使命の重要性にかん
がみ,協会員の従業員について,その服務基準等を定めるとともに,従業員
に対する協会員の監督責任を明らかにし,もって投資者の保護に資すること
を目的とする。
(禁止行為)
7条
3項協会員は,その従業員が金商法及び関係法令において金融商品取引業者
の使用人の禁止行為として規定されている行為(登録金融機関の使用人に
準用されているものを含む。)のほか,次の各号に掲げる行為を行うこと
のないようにしなければならない。
17職務上知り得た秘密(店頭デリバティブ取引会員にあっては特定店
頭デリバティブ取引等に係るものに,特別会員にあっては登録金融機関
業務に係るものに限る。)を漏洩すること。
(事故連絡)
9条
1項協会員は,従業員又は従業員であった者(以下「従業員等」という。)
に第7条第3項各号及び外務員規則第5条に規定する行為又は従業員と
して遵守すべき法令等に違反する行為若しくは前条に規定する不適切行
為(以下「事故」という。)のあったことが判明した場合は,…直ちにそ
の内容を記載した所定の様式による事故連絡書を本協会に提出しなけれ
ばならない。
(事故顛末報告)
10条
1項協会員は,前条に規定する事故…の詳細が判明したときは,当該従業員
等について当該事故の内容等に応じた適正な処分を行い,遅滞なく,その
顛末を記載した所定の様式による事故顛末報告書を本協会に提出しなけ
ればならない。
5日本証券業協会「協会員の外務員の資格,登録等に関する規則」(乙13。以
下「外務員規則」という。)
(目的)
1条この規則は,外務員の資格,職務,研修制度及び金商法第64条の7第1
項の規定に基づく外務員の登録に関する委任事務の内容等を定めることに
より,外務員の資質の向上及び外務員登録制度の的確かつ円滑な運営を図り,
もって投資者の保護に資することを目的とする。
(外務員についての処分)
11条
1項本協会は,登録を受けている外務員が次の各号のいずれかに該当するこ
ととなった場合は,金商法64条の5第1項の規定に基づき,その登録を
取り消し,又は2年以内の期間を定めて外務員の職務の停止の処分を行う
ことができる。
2協会員の行う金融商品取引業(定款第5条各号に掲げる会員,特定業
務会員又は特別会員の業務をいう。)のうち外務員の職務又はこれに付
随する業務に関し法令に違反したとき,その他外務員の職務に関して著
しく不適当な行為をしたと認められるとき。
2項本協会は,前項の規定による処分をしようとするときは,細則に定める
ところにより,当該外務員の所属する協会員に通知し,聴聞を行う。
3項本協会は,前項の規定による聴聞の結果,当該外務員について処分を行
ったときは,遅滞なく,書面にその理由を記載のうえ,当該外務員の所属
する協会員に通知する。

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