弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は,控訴人らの負担とする。
       事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2(1) 被控訴人武蔵府中税務署長に対する控訴人P1の請求
① 主位的請求
 被控訴人武蔵府中税務署長が控訴人P1に対し,平成3年3月12日付けでした
同控訴人の昭和62年分の所得税に係る更正処分のうち,納付すべき税額1001
万2900円を超える部分を取り消す。
② 予備的請求
 被控訴人武蔵府中税務署長が控訴人P1に対し,平成3年3月12日付けでした
同控訴人の昭和62年分の所得税に係る更正処分のうち,還付金に相当する金額7
283万8237円を超える部分を取り消す。
(2) 被控訴人渋谷税務署長に対する控訴人P2の請求
 被控訴人武蔵府中税務署長(被控訴人渋谷税務署長が承継)が控訴人P2に対
し,平成3年3月12日付けでした同控訴人の昭和62年分の所得税に係る更正処
分(ただし,平成7年7月4日付けの裁決によって一部取り消された後のもの)の
うち,納付すべき税額4億2595万0600円を超える部分を取り消す。
(3) 被控訴人新宿税務署長に対する控訴人第一不動産株式会社(控訴会社)の
請求
 被控訴人新宿税務署長が控訴会社に対し,平成3年3月18日付けでした昭和6
2年3月分の支払給与に係る納税告知処分(ただし,平成7年7月4日付けの裁決
によって一部取り消された後のもの)を取り消す。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
(1) 控訴人P1は,控訴会社及びその関連会社である株式会社第一コーポレー
ション(旧商号 株式会社住宅流通センター。第一コーポ)の代表者であり,控訴
会社の株主である。
 控訴人P2は,同P1の長男で控訴会社の役員で,その株主でもあり,かつ,控
訴会社の関連会社株式会社ディー・エフ・シー(DFC)の代表者である。
(2) 本件は,被控訴人らが,昭和62年分の控訴人らの所得税の課税に関し
て,① 控訴会社が控訴人P1に対して,控訴会社が保有する第一コーポの株式
(第一コーポ株)を譲渡したこと,② 控訴会社が,昭和62年3月に新株を30
0万株(本件新株)発行したところ,控訴人P1に対してうち200万株を,控訴
人P2に対してうち84万株をいずれも1株500円で発行したこと,③ 控訴人
P1が控訴
会社の株式200万株(P1譲渡株)をDFCに,控訴人P2が控訴会社の株式1
8万7000株(P2譲渡株)を三井不動産販売株式会社(三井販売)にそれぞれ
一株500円で譲渡したことをとらえて,被控訴人らが,①につき,第一コーポ株
の譲渡が低額譲渡に当たり,時価と譲渡価額との差額が控訴人P1に対する賞与で
あるとして,②につき,新株の時価と発行価額との差額が控訴人P1及び同P2ら
の一時所得になるとして,③につき,控訴人P1及び同P2に譲渡所得が発生して
いるとして,控訴人P1及び同P2に対して更正処分及び過少申告加算税の賦課決
定処分(控訴人P2の③の譲渡所得に関しては,更正処分においては譲渡所得の認
定はされていなかったが,裁決において譲渡所得の認定がされ,被控訴人渋谷税務
署長も,本訴において,同譲渡所得を同控訴人の所得金額に加算して主張してい
る。)を,控訴会社に対し,控訴人P1の賞与に係る源泉所得税の納税告知をした
のに対して,控訴人らがこれらの更正処分等の取消しを求めた事案である。
 なお,控訴人P1及び控訴会社は,①は賞与に当たらないとして,主位的には,
更正処分のうち申告に係る納付すべき税額1001万2900円を超える部分の取
消しを,控訴会社は告知処分の取消しを求め,予備的に,控訴人P1は,①が賞与
に当たるとしても,賞与額は16億5432万円,源泉徴収額は10億2403万
6584円であるから,還付金に相当する金額は7283万8237円となると主
張して,更正処分のうち同還付金に相当する額を超える部分の取消しを求めた(控
訴会社は,予備的に,10億8066万5177円を超える部分について納税告知
処分の取消しを求めているが,これは告知処分の一部の取消しを求めるものである
から,予備的請求として掲記しない。)。また,控訴人P2に対する更正処分は,
被控訴人武蔵府中税務署長がしたのであるが,納税地の変更に伴い,その権限と事
務は被控訴人渋谷税務署長がこれを承継した。
(3) 原審は,控訴人P1の主位的請求及びその余の控訴人らの請求をいずれも
棄却し,控訴人P1の予備的請求を却下したので,控訴人らが控訴した。
2 「前提となる事実」,「本件各更正処分等の適法性に関する主張」及び「争点
に関する当事者の主張」
 当審における当事者の主張を次のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理
由」第二の一,二及び四に摘示の
とおりであるから,これを引用する(ただし,原判決添付の別紙一-二を本判決別
紙のとおり改め,原判決13頁8行目の「ただし」から10行目の「いう。」まで
を「別紙数額対比表の『P1原処分』欄記載のとおり。」に,15頁1行目の「九
一六九株」を「九一六〇株」に,同2行目の「七五〇五円」を「七四〇五円」にそ
れぞれ改める。)。
(1) 本件新株の引受けにかかる所得の帰属について
① 控訴人P1がP1譲渡株を取得したか否か
ア 控訴人らの主張
(ア) P1譲渡株の帰属について
 控訴人P1は,P1譲渡株を昭和62年3月11日に引き受け,その後,同年5
月12日にはDFCへ移動をしており,この間わずか2か月である。
 しかも,昭和62年当時のDFCは,経営実績が僅か2年の会社であって,営業
損益も赤字であり,金融機関からの借入れの実績にも乏しく,通常の金融の常識か
らみると,10億円の新規借入申込みは拒絶されるとみなければならない会社であ
った。このような状況下で,控訴人P1は,一たん銀行から融資を受けて,その債
務をDFCに承継させ,本件新株200万株を本来の取得者であるDFCに取得さ
せようと企図したのである。銀行としても,控訴人P1が連帯保証契約を締結し,
連帯債務者として引き続き銀行に対して責任を負うことを前提に,債務者の名義を
DFCに変更することを承諾したのであり,このようにして,初めてDFCの資金
調達や200万株の取得が可能になったのである。したがって,実際にDFCが1
か月後に融資を受けられたとしても,そのことをもって,当初から融資を受けられ
たものと認定することは,融資本来の在り方に反するとともに現実を無視するもの
である。
 そして,DFCは,もともと控訴会社の創業者である控訴人P1が死亡した後も
安定的に株式を保有する目的で設立された会社であるから,単に本件新株をDFC
が取得したからといって,それ自体DFCの目的に沿うものであり,奇とすべきで
はないのである。そして,昭和62年3月の中旬及び同年4月の中旬に異変が起き
て,相続税対策として株式を移動させたという事実もない。したがって,DFCが
200万株を取得したことを特別な相続税対策であるとするのは,DFCの位置づ
けを見誤っている。なお,当時控訴会社と第一コーポとの合併・上場という構想は
なく,それが4月に中止されたために,本件新株200万株はDFCに移動
されたということもないのである。このことは,会社の合併,上場という事柄の性
質上,会社を挙げて準備を進め,取締役会で十分な検討を経なければ実現しないの
であるから,控訴人P1が,創業者利益を獲得するつもりであったが,その方針を
相続対策に変更したというような個人的な思い付きで,これを実行したり,中止し
たりするという性質の問題ではないのであって,このことに照らしても,合併や上
場が予定されていなかったことは明らかというべきである。
 上記の事情からすると,P1譲渡株は当初からDFCが取得したものというべき
である。
(イ) 稟議書等の証拠能力について
a 質問検査権の行使について
 乙第12ないし14号証(本件各聴取書)及び乙第22ないし34号証(本件各
稟議書等)は,次のとおり被控訴人らに,質問検査権の行使につき違法があるの
で,証拠としての能力に疑問がある。
i 所得税法234条1項は「調査につき必要があるとき」に質問し検査すること
ができると規定しているところ,ここにいう「調査に必要があるとき」とは,客観
的に調査の必要があるときであると解されている。そして,調査の相手方につい
て,同項3号は,1号に掲げられた「納税義務がある者,納税義務があると認めら
れる者」等に「金銭若しくは物品の納付をする義務があったと認められる者若しく
は当該義務があると認められる者又は同号に掲げる者から金銭若しくは物品の給付
を受ける権利があると認められる者」に対して,調査ができることを規定している
が,これらの者に対する調査(いわゆる反面調査)は,特に必要がある場合のほか
は,同項1号に掲げる者に対する調査(いわゆる本人調査)によって十分な資料の
取得収集ができなかった場合にのみできるものと解されている。本件に係る調査に
おいて,担当したP5調査官は,その必要部分についてほとんど調査を終了してい
たのであり,また,控訴人P1の株式の取得及び譲渡に係わる所得を中心に調査を
行うことを目的にしていたことからすると,P5調査官が行った控訴人P1やその
関係会社の取引銀行等に対する調査は,「調査の必要性」の観点からして,不当・
違法な調査といえる。
 さらに,大蔵省通達では,直接金融機関について調査を行わなければ,適正な課
税ができ難いと認められる場合にのみ,金融機関に対して調査をすることができ,
その対象も納税者等で特定した者の帳簿書類等だけであ
るとしている。本件で,P5調査官は,調査によって控訴人P1が株式を動かした
背景が理解できたこと,及び銀行の稟議書等は課税関係には影響しないと述べてい
ることに照らすと,P5調査官の行った調査は違法性が高いということになる。そ
して,稟議書等は,その目的に照らし,調査の対象になり難いものであり,銀行と
しては,稟議書に対する検査については,これを拒否しているところでもある。本
件で,被控訴人らが本件各稟議書等を取得していることからすると,調査担当者が
通常の方法で入手したとは到底考えられず,極めて違法性の高い行為による取得の
可能性が高い。
ii また,調査は,質問を受ける者のいる場所及び帳簿書類その他の物件の所在
する場所において権限を行使すべきものと解されるところ,本件各聴取書における
質問検査は,調査の日から相当経過した後に,しかも遠く離れた場所で行われたの
であるから,不相当な調査であり,特に稟議書に関する検査は,許された調査の範
囲を逸脱しているものとして,違法である。
b 本件各稟議書等の信用性について
 本件において,第一勧業銀行,三井銀行,日本債券信用銀行から融資に当たって
本件各稟議書等が提出されているが,これらの書類は,いずれも本部決裁を受ける
ための資料として,融資案件についての意思形成を円滑適切に行うために作成され
た文書であるところ,当時はいわゆるバブル期で,銀行においては,一般的に無謀
で杜撰な融資が行われ,形式さえ整えば良いとされていた時期で,書類の記載も厳
密なものとはいえず,本件で融資にかかわった銀行も,厳密な調査や査定をないが
しろにしていたものといえるから,そもそも本件各稟議書等の記載内容には信用性
がないといわざるを得ない。しかも,本件では,控訴会社のメインバンクである三
井信託銀行の稟議書等が提出されていない上,提出された本件稟議書等の記載も,
本件新株をDFCに譲渡した理由については,第一勧業銀行及び日本債券信用銀行
は,おおむね相続税対策が理由であるとし,三井銀行は,控訴人P1が創業者利益
を受けられなくなって金利負担に耐えられなくなったことが理由であるとしている
等,その内容もまちまちであって,到底信用できないものである。その上,その内
容として記載されている金利負担に耐えられないとの点についても,負担金利より
配当金の方が多額であることに照らせば,そのこと自体が事実に反し
ているのである。
(ウ) 実質課税の原則違反について
 控訴人P1は,本件新株を10億円で取得して10億円でDFCに移動させてい
るにすぎず,何の利得も伴っていないのであるから,所得税法12条等の実質課税
の原則に照らしても,本件においては,本件新株をDFCが取得したと認めるべき
である。
イ 被控訴人らの主張
(ア) P1譲渡株の帰属について
 P1譲渡株については,昭和62年2月9日開催の控訴会社の臨時取締役会にお
いて,控訴人P1に本件新株のうち200万株を,1株当たりの発行価額500円
で第三者割当として割り当てることが決議され,控訴人P1は,当該決議に基づ
き,払込期日である同年3月11日に払込みをして有効に引き受け,その後の同年
5月12日,DFCに発行価額と同額で譲渡したのである。
 DFCが控訴人P1の保証により資金調達することは,当初から可能であったこ
と,各銀行としても,控訴会社が多額の含み資産を有しており,本件新株を担保と
して取得できれば,融資の担保としては十分過ぎるものであったのであるから,控
訴人P1が融資の受けられないDFCに代わって本件新株を一旦引き受けたにすぎ
ないものとみることはできない。また,DFCが引き受けることを予定していたの
であれば,一旦控訴人P1が融資を受けた後,DFCが,控訴人P1から資金を借
り受けて本件新株を引き受ければ足りるのであるから,控訴人らの主張は極めて不
自然というべきである。
 そして,控訴人P1は,第一不動産の株式の上場をあきらめ,第一コーポのみの
単独上場の構想に変更して,両社上場による創業者利益の獲得を断念し,相続税対
策の一環として,一度取得したP1譲渡株をDFCに譲渡したのであるから,控訴
会社と第一コーポの合併・上場という構想は虚構のものであるとする控訴人らの主
張は失当である。
(イ) 本件各稟議書等の証拠能力について
a 質問検査権の行使について
 所得税法234条1項の質問検査については,「国税庁,国税局または税務署の
調査権限を有する職員において,当該調査の目的,調査すべき事項,申請,申告の
体裁内容,帳簿等の記入保存状況,相手方の事業の形態等諸般の具体的事情にかん
がみ,客観的な必要性があると判断される場合には,職権調査の方法として,同条
1項各号規定の者に対し質問し,またはその事業に関する帳簿,書類その他当該調
査事項に関連性を有する物件の検
査を行う権限を認めた趣旨であって,この場合に質問検査の範囲,程度,時期,場
所等実体法上特段の定めのない実施の細目については,右にいう質問検査の必要が
あり,かつ,これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な程度にと
どまるかぎり,権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべき
である。」(最高裁昭和48年7月10日第3小法廷決定・刑集27巻7号120
5頁)から,控訴人らの主張は独自の見解であり,失当である。
 本件の場合,控訴人P1がP1譲渡株を取得し,その2か月後にDFCに譲渡し
た目的ないし事情を解明しないことには,適正な課税の判断ができないという必要
性から,取引銀行に対する反面調査を実施したのであり,このような調査担当者の
判断は,実質課税の実現のためにも必要なものであるから,何ら違法性は存しな
い。また,控訴人らは,本件各稟議書等が違法性の高い行為により取得されたもの
と主張するが,当該主張を裏付ける具体的証拠もなく,単なる憶測を述べるにすぎ
ないのであって,失当である。さらに,質問検査の時期場所に関する控訴人らの主
張も,前記最高裁判決に照らし失当である。
b 本件各稟議書等の信用性について
 稟議書は,一般に,銀行が億単位の融資の申込みを受けた際に,担当者が融資を
受ける目的や返済計画等を申込者から聞き出して,部内決裁を経て融資の可否を決
定するために作成するのであるから,当然のことながら,申込者から聞き出した事
項が記載されているのである。銀行の担当者が稟議書に虚偽の事実を記載して融資
が決定されたとすると,その後,債務者が返済不能等の事態に陥った場合には,必
然的に担当者が虚偽の事実を稟議書に記載したことが発覚してしまうことは明らか
であり,そのことは,各銀行の担当者が十分承知しているのである。
 また,貸出協議書等は,金融機関内部の資料とはいえ,多額の金銭の貸出しに関
する資料となるものであるから,全く根拠のない虚偽の事実が記載されるとは一般
的には考え難く,ましてや,控訴会社が株式の上場を計画しており,その際の創業
者利益の確保が目的であるという内容であれば,なおさらそのような重大な事項に
ついて事実に反する記載をするなどということは,常識的にみて考えられないので
ある。現に,本件においても,銀行の担当者は,控訴会社から聞き出した事項につ
いて記載しているのであって,信用
性が高いとみるべきであり,この点からも,銀行の稟議書の記載内容は信用される
べきである。
 さらに,本件新株の発行に際して,控訴人P1が,創業者利益を確保するという
観点から割当がされたこと,その後,事情の変更によりDFCに譲渡することとな
ったという点においては,いずれの記載も一致しているのである。控訴人らは,控
訴人P1がP1譲渡株をDFCに譲渡した理由に係る各銀行の稟議書の記載につい
て,その内容がまちまちであるとも主張するが,控訴人P1は,金利負担に耐えら
れなくなったこと及び相続税対策の両方の理由により,DFCに本件新株を譲渡す
ることにしたというのが真相であるから,一方の理由だけが記載されているからと
いって,その信用性に影響を及ぼすものではない。
 なお,控訴人らは,当時の融資の実態について主張するが,具体的根拠に欠け,
論理も飛躍していて失当である。
(ウ) 実質課税の原則違反について
 被控訴人らは控訴人P1が実質的にP1譲渡株を取得したとして課税しているの
であるから,実質課税の原則に反することはない。
② 事務管理について
ア 控訴人らの主張
 株式申込み・引受けが財産法上の行為であって,事務管理の対象となり得るもの
であることは疑いのないところ,本件の場合,当時のDFCが新たに10億円の融
資申込みをしても,融資を受けることは困難であったことから,控訴人P1が一時
DFCのために本件新株を引き受けて払込みをし,できるだけ早期にDFCに名義
を移すつもりでいたのであって,そのために,控訴人P1は,DFCの銀行借入れ
の保証人となって借入れを容易にし,本件新株の引受価格と同一価格によってこれ
をDFCに引き渡したこと,その期間が短期間であること,同額での取得であるこ
とからすると,控訴人P1のした新株の申込み及び引受けについては,事務管理が
成立しているというべきである。また,事務管理行為は,事務管理者が事務管理行
為の効果として,本人のために受け取った金品をそのまま本人に引き渡したという
ものであり,事務管理者に担税力を生じる余地はない。そして,控訴人らのこの点
に関する主張に変遷はなく,一貫しているのである。
イ 被控訴人らの主張
 控訴人P1がP1譲渡株を引き受けたのは,同人自身の創業者利益の確保などを
目的として,自らの計算においてしたものであるから,事務管理が成立する余地は
ない。このことは,控訴人
P1が「相続税対策としてうまくいった」と述べていることからして,明らかであ
る。また,控訴人らのP1譲渡株の引受け及び譲渡をめぐる原審における控訴人ら
の主張は,再三変遷しており,この点も,控訴人らの上記事務管理に係る主張に理
由がないことを物語るものである。
(2) 控訴人P2が三井販売に譲渡したP2譲渡株の帰属について
① 控訴人らの主張
 P2譲渡株は,本件新株の発行が法的に瑕疵ある手続であったため,本来の株主
である三井販売から抗議を受け,直ちに控訴人P2の取得部分から引き渡したので
あり,本来ならば新株発行手続全体のやり直しがなされるべきところ,新株取得の
ための銀行の融資決定も既にされていたので,手続をやり直すのではなく,控訴人
P2取得分から三井販売に引き渡すという便宜的手法が採用されたのであるから,
P2譲渡株については,控訴人P2が取得した株式であるとみなされるべきではな
い。仮に,法律的に当該手続き上の瑕疵があっても新株発行自体は有効であるとし
ても,今後の取締役会や株主総会の運営ひいては控訴会社の信用保持と企業の発展
を考えるときには,控訴会社とすれば,三井販売の申出を無視し,何らの是正措置
を取らないということはできないのである。かような観点からすると,控訴人P2
が三井販売と協議の上,その了解を得て控訴人P2譲渡株を三井販売に譲渡するこ
とは,経済的合理性の観点からも不合理不自然なものではない。
 また,本件新株の発行手続の瑕疵の是正方法としても,本件の処理は妥当なもの
である。株主総会を開き全面的に手続をやり直すということは,とりもなおさず商
業登記上の記載も変更するということであるから,そのような措置を避けたいと考
えるのは,企業運営上当然のことである。こうして,3月12日から僅か2週間後
の3月26日に是正措置が採られたのである。
 なお,控訴人P1には,三井販売の常務取締役であり,控訴会社の非常勤取締役
であるP6に対し,臨時取締役会の開催通知をしているとの明確な記憶が有るわけ
ではなく,仮に通知しているとしても,簡単な議題を見て理解したことと実際に経
過を聞いてみて理解したことの間に乖離があるのは当然であるから,P6取締役が
3月上旬の非常勤役員の会合での説明を聞いて,事の重大さを認識したとみるのが
自然である。また,控訴人らは,三井販売の抗議の時期に関する主張を変更したこ
とがあるもの
の,これは調査の過程で事実が確定していった結果であるから,主張の変更とまで
はいえないものである。
② 被控訴人らの主張
 控訴人らの主張する本件新株発行手続の法的瑕疵とは,新株発行事項の広告又は
株主への通知の欠缺を指すものと解されるところ,本件新株の払込期日(昭和62
年3月11日)については,商法280条の3の2により,その2週間前の同年2
月25日からが通知期間となるから,株主に対する通知前にその通知の欠缺が問題
とされるはずはなく,当該通知の欠缺とP2譲渡株とは何ら関係がない。
 また,三井販売からの抗議の時期に関しては,昭和62年3月上旬に開催した非
常勤役員を含めた役員会の席上,三井販売より就任しているP6取締役が,本件新
株発行の件について初めて報告を受けた旨主張を変更するに至ったという経緯があ
り,このように,合理的理由を示し得ないまま主張を変遷させること自体,その主
張が事実に基づかないものであることを物語るものである。加えて,控訴人P1
は,P6取締役にも昭和62年2月9日開催の臨時取締役会の開催通知をしたと供
述しているのであるから,三井販売は,当該取締役会の開催の際に,本件新株発行
の件を認識していたはずであり,上記通知の欠缺等と控訴人P2譲渡株とは何ら関
係がなく,本件新株発行手続の瑕疵を是正するために三井販売への譲渡がされたと
の控訴人らの主張が事実に反するものであることは明らかである。
 さらに,控訴人P2による三井販売への譲渡は,本件新株発行が有効なものであ
ることを前提として,事後的にその持ち株割合を回復するためにされたものであ
り,その結果,三井販売は,本件新株発行により2.3パーセントにまで低下した
持ち株割合を,P2譲渡株の譲渡を受けることにより,7パーセントにまで回復し
たものである。しかも,控訴人らの主張する本件新株の発行手続の瑕疵は,株主総
会の通知の欠缺,新株発行の通知の欠缺等の瑕疵であるところ,控訴人らの取った
措置によっても,瑕疵の是正にはなっていないのである。
 したがって,控訴人P2譲渡株の三井販売への譲渡が本件新株発行の手続上の瑕
疵の是正のために行われたものでないことは明らかであるから,上記控訴人らの主
張は失当である。
(3) 売買実例について
① 控訴人らの主張
 株式の価額につき,所得税基本通達23~35共-9(本件所得税通達)(4)
イは,売買実例のあるもの
については,最近において売買の行われたもののうち適正と認められる価額と定め
ているところ,この「適正」という基準の意義は,価格の適正さということより
も,取引形態が利害関係のからまない公正な取引かどうかを検討するものというべ
きで,そう理解しなければ,結局,本件所得税通達(4)ロの類似法人比準方式又
は同通達(4)ハの純資産価額方式の問題となり,売買実例を認めるという基準が
何の規範性も持たなくなることに帰する。そうであれば,「売買実例」とは,結
局,特別な利害関係のない相手という第三者性が確保される場合には,特別に不合
理に実態と離れた価額でない限り,売買実例として尊重されるべきである。
 この点について,国税庁法人税課長監修に係る「コンメンタール法人税基本通
達」は,「純然たる第三者間において種々の経済性を考慮して定められた取引価額
は,たとえ上記したところと異なる価額であっても,一般に常に合理的なものとし
て是認されることはいうまでもない。」としているのである。
 本件では,売買の相手方は,三井銀行及び東洋信託銀行で,いずれもメインバン
クではなく,通常の取引先であって安定株主でもなく,控訴会社及び第一コーポと
は特別な関係を有していなかったのである。また,その価額についても,野村證券
株式会社(野村證券)が算定し,大蔵大臣に提出した有価証券通知書に添付された
株価算定書として確認されていること,関係者においても適切な価額として理解さ
れた価額であることからして,1株1200円という価額が特別に不合理な実態と
離れた価額とはいえない。したがって,三井銀行等への売買価額をもって,売買実
例としてみなされる適正な価額というべきである。
② 被控訴人らの主張
 本件所得税通達(4)イの「適正と認められる価額」の趣旨は,たとえ第三者間
の取引といえども,必ずしも適正な価額でされるとは限らないことから,価額が適
正か否かの検討が必要であることを意味していることは明らかである。つまり,控
訴人らの主張する利害関係のからまない取引とは,本件において,控訴人らが売買
実例として主張する取引の相手方である三井銀行等のように,取引の相手方が資本
関係等の外形的な面において特殊関係にない場合を指しているものと思料される
が,外形的な面において特殊関係にない取引の相手方が,何らの利害関係もからま
ずに,常に適正な価額により取引するとは限ら
ないから,当然,価額が適正か否かを検討する必要性はあるのである。
 また,仮に,控訴人ら主張のとおり,「適正」という基準は,価格の適正さとい
うことよりも,取引形態が利害関係のからまない公正な取引かどうかを検討するも
のと解する余地があるとしても,控訴人らが売買実例として挙げる三井銀行等への
譲渡は,他の金融機関等と同程度の株式を三井銀行及び東洋信託銀行にも保有して
貰い,安定株主を増やすとともに,将来にわたる当該銀行との円滑な取引を期待し
てされたという側面があることを否定しきれないのであって,必ずしも,通常の株
式の譲渡と同様の条件で譲渡が行われたものではないと考えられる。この意味での
ある種の利害関係があればこそ,1株当たり1200円という,時価評価額に比し
て著しく低い価額で同銀行等に譲渡されたものと認められるのであって,控訴会社
から三井銀行等への譲渡は,利害関係のからまない公正な取引とはいえず,両者間
における取引価額を売買実例としての適正な価額とみることはできない。
 「コンメンタール法人税基本通達」は,「種々の経済性を考慮して定められた取
引価額」であることを前提に,合理的なものとして是認される旨解説しているとこ
ろ,この趣旨を尊重しても,利害関係のからまない公正な取引とはいえない控訴会
社から三井銀行等への譲渡における価額が,「種々の経済性を考慮して定められた
取引価額」として合理的なものとは是認できないのである。
 この点,控訴人らが売買実例と主張する1株当たり1200円の価額は,野村證
券の鑑定書(甲第9号証)に記載されている評価額によるものであるところ,当該
鑑定書の算定データは,控訴会社の第22期及び第23期という古い事業年度の資
本合計及び当期利益が使われている。また,当該鑑定書における野村證券の意見
は,純資産価額方式を採用して算定しているが,純資産価額を時価評価せず簿価で
評価しており,第一コーポが所有している土地について,実際より低く計算されて
いる。控訴会社は,含み益が1株当たり1万0130円を超えることが明らかにな
っていたにもかかわらず,これをはるかに下回る1200円と算定した上で,三井
銀行等に譲渡したものであり,かかる売買価額を「適正と認められる価額」といえ
ないことは明らかである。
(4) 法人税等相当額の控除について
① 控訴人らの主張
ア 非上場株式を純資産価額方式で算定す
るということは,総資産から総債務を差し引いて,株式総数で除するということで
ある。この純資産価額方式は,簿価純資産価額方式と時価純資産価額方式とに分類
され,前者は,決算貸借対照表上の純資産を発行済株式総数で除したものを1株の
価額とする方式であり,後者は,現時点で会社を解散し清算を行うと仮定した場合
に,1株に対して払い戻されるであろう額をもって1株の価額とするものである。
このうち簿価純資産価額方式は,資産の実態を反映せず,企業価値を示すものでは
ないので,不適切であるといえる。そして,非上場株式を所有する株主の株式に対
する価値観を支えているのは,残余財産分配請求権の価値といえるから,時価評価
については,再調達価格ではなく,処分価格によるべきことになる。処分価格によ
る時価評価をするとなれば,清算出費は当然控除されるべきものとなる。他方,処
分価格による時価評価は,評価益が資産として評価されることになるから,会社内
部に留保されることのない法人税等相当額は,資産から控除すべきことになる。こ
のように評価益が計上される場合には,その評価益に対する法人税等相当額を控除
することによって,株主に公平感を与えるのである。
イ 非上場株式の評価に当たり,評価益という未実現の利益を株主の資産として評
価することは,未実現の利益に課税することであって,未実現利益非課税の原則に
反することになる。したがって,未実現の利益を資産に計上するならば,それに見
合う法人税相当額を控除するのは当然の措置なのである。そして,評価益は,その
全額が株主に帰属するものではなく,その中には,法人税として国に帰属すべき部
分,事業税その他地方税として地方公共団体に帰属すべき部分も含まれているか
ら,これら株主に帰属しない部分を取り除く必要があり,法人税等相当額控除の趣
旨は,まさに実質課税の原則により,評価差額のうち株主に帰属しない部分を取り
除く措置でもある。
ウ 所得税課税において,取引相場のない株式の評価をする場合においても,本件
所得税通達(4)イ,ロに該当しない場合には,法人税基本通達9-1-15(本
件法人税通達)により,相続税財産評価通達(評価通達)178から189-6ま
での例によって評価を行うべきところ(なお,法人税基本通達6-1-4により,
本件法人税通達は有利な発行価額による株式の引受けの際にも適用される。),
(ア)本件法人
税通達は,法人税等相当額について控除しないと定めてはおらず,かえって,財産
評価通達を準用していることからすると,これを控除しない理由はないこと,
(イ)法人税基本通達6-1-4は,有価証券の評価損における株価の算定方法を
定めた同通達9-1-11から9-1-15までを準用するに際し,「合理的に計
算される価額」との留保を付けているが,同文言が「法人税等相当額を控除しない
で計算する」との趣旨であれば,「合理的に計算される」という曖昧な表現ではな
く,「法人税等相当額を控除しないで」と明確に表現すれば足りるのであるから,
上記「合理的に計算される」が「法人税等相当額を控除しないで計算する」との意
味であるということはできないこと,(ウ)法人税基本通達6-1-4は,本件法
人税通達が策定される前から「合理的に計算される価額」との文言を用いていたの
であるから,この文言は,法人税基本通達9-1-14に対して向けられたもので
あり,本件法人税通達を対象としたものではないこと,(エ)法人税施行令68条
2号ロによれば,「有価証券を発行する法人の資産状態が悪化している場合」に
は,評価損を計上することができるが,その場合であっても,法人税基本通達9-
1-9は更生手続の開始決定があった場合をも適用の対象とし,法人税基本通達9
-1-9の(2)は,法人の解散を前提としない場合にも,本件法人税通達を適用
して法人税等相当額の控除を行うのであるから,本件法人税通達が会社の存続を前
提とした場合にも適用されること,以上のことからすると,法人税相当額の控除
は,非上場株式の売買を行う場合の株式の適正取引価額の判定にも適用されるべき
である。
 そうであれば,本件においては,純資産価額方式により本件新株及び第一コーポ
株を評価するのであるから,法人税等相当額を控除すべきことになる。
エ なお,相続の場合であっても当該法人の清算が常に予定されているわけではな
く,また,株主事業主といえども,有利発行による株式取得や低額譲渡した株式の
評価が予想以上に大きい場合には,所得税の納税のために当該法人を清算すること
もあり得るから,事業承継というのは相続開始のときだけに起こる問題ではなく,
営業譲渡,合併,株式の移動といった形で日常的に行われているのである。そうす
ると,評価通達が,法人株主として相続したことに伴い相続税を納付するに当たっ
て,当該法人
を清算せざるを得ない場合もあり得ることや,事業承継を円滑に行わせることに配
慮したものともいえない。そして,評価通達は,贈与税にも適用されるのであるか
ら,株式の取得が積極的意思によるものか否かは,法人税等相当額の控除をすべき
か否かの基準とはならない。
オ さらに,法人税相当額の控除が,株主事業主と個人事業主との間の異なる所有
形態を経済的に同一の条件に置き換えるものであり,法人株主である相続人が会社
の資産を自己のために自由に利用あるいは処分したい場合には,会社を解散ないし
清算することにより,被相続人が所有していた株式数に見合う財産を手にするほか
ないところ,その場合に,法人の清算所得があったときには,その清算所得に対し
て法人税等が課されるため,個人事業者が直接に事業用資産を所有している場合に
比して法人税等相当額分だけ実質的な取り分が減少することになる。しかし,会社
が清算した状態というのは,個人事業主にとっては,その事業用資産を売却した状
態であり,その場合には,法人が支払うべき法人税等相当額に相当する譲渡所得税
及び地方税の支払義務が発生するので,この意味においては,株主事業主と個人事
業主との条件は同一であるというべきである。
カ また,被控訴人らの主張によれば,非上場で気配相場もない株式を有利発行の
引受け・払込みにより取得したときは,その評価に当たっては法人税等相当額は控
除しないが,時が経過して発行法人の資産状態が悪化して特別清算・破産・和議,
会社整理等の事態に立ち至って評価損を計上することが認められる段階に至れば,
評価の基準そのものまでも変更し,法人税等相当額の控除をも認めるということに
なるところ,そもそも,法人税法において,評価損を計上するときの評価の仕方・
基準と,その株式を取得したときの評価の仕方・基準を変えるという二重基準を導
入することに合理性は存在しないのであるから,法人税等相当額の控除は,取得の
時点における評価から認められなければならない。
② 被控訴人らの主張
ア 株式,特に市場において取引されない非上場株式の価格を評価する方法は,常
に一定のものがあるわけではなく,評価の目的により違い得るものであり,また,
それぞれの評価場面により方法も異なっている。課税の場合,大量に発生する課税
対象について,国が迅速に対応しなければならないという課税技術上の観点から,
いわば国と国民と
の関係を律することを目的に,それぞれの課税の場面(税目)に応じた合理的な価
格の算定を示すことにより,それぞれの課税の場面における納税者間の公平性及び
一貫性を図っているのである。こうした意味で,私人間の具体的個別的な利害対立
を解決し,当事者に適正な経済的利益を享受させようという理念から,その評価に
当たっては,株主等間における公平という点に配慮し,利害関係者間の調整を図る
ことを要請される商事事案(株主から株式買取請求がなされた場合等)とは異なる
のである。
 相続税の課税の場合においては,個人事業として事業用財産を直接支配している
場合と,個人事業と変わらない程度の小規模でありながらも会社組織として事業用
資産を間接支配している場合との両者について,相続が発生した場合には,両者の
相続税の課税価格の算定に当たって,経済的に同一条件に置き換えた上で評価の均
衡を図ることが要請され,評価益に対する法人税等相当額を控除するという方法が
採用されたのである。しかし,このような扱いをしたそもそもの趣旨は,相続とい
う特殊性から,相続による事業の円滑な承継にも配意する必要があり,相続を起因
とする中小企業の事業承継に対し,非上場株式の評価についてできるだけ緩く評価
できる方法はないか,また,緩く評価するに当たり,これを相当とする何らかの理
由付けがないかということが検討された結果であり,中小企業の事業承継者などの
相続税負担の軽減という政策的配慮に基づくものなのである。
イ 相続税が,相続又は贈与という,相続人にとっては,静的・消極的ないし偶発
的な事態の発生に基づく被相続人から相続人への財産の移転に着目し,相続人の所
有に帰することとなった財産に担税力を求め,相続人が所有する財産の価額そのも
のを課税標準とするものであることから,相続財産の評価が相続人の税負担に直結
するため,相続財産の評価については様々な斟酌がなされており,このような斟酌
のひとつとして,純資産価額方式による株式の評価に際し,法人税等相当額を控除
することとしているのである。
 しかし,所得税ないし法人税の課税は,取引から生ずる利益(所得)に着目し,
そこに担税力を求めて課税するのであって,相続税の課税における上記のような要
請がないことから,特段の事情のない限り,法人税ないし所得税についてまで,そ
の財産評価につき,法人税等相当額を控除するとの斟酌をする
必要がないのである。言い換えれば,一般に,順調に事業活動を行って利益を生み
出している会社の株式を売買取引する場合の買い手は,現在の会社の営業状態や財
産状況を基本に,今後更なる事業の発展による利益の増大に伴う配当受領への期待
や評価益の更なる増大,また,評価益の増大に伴う更なる株価の上昇により,将来
の株式譲渡の際の譲渡益の獲得への期待などを総合的にみて,現在の1株当たりの
価額を意識して取引するものと考えられるのであって,現時点で解散した場合に発
生するであろう清算所得に対する法人税等の潜在的債務までをも意識し,今すぐ解
散した場合にどれだけの残余財産の分配を享受できるかとの観点に立って取引価格
を決定するものとは考え難い。
 したがって,評価益に対する法人税等相当額を負債に算入して株式を評価すべき
根拠は認められない。
ウ 本件法人税通達は,非上場株式の評価損の計上を行う場合の取扱いを定めたも
のであるところ,非上場株式の売買を行う場合の適正取引価額の判定にも準用され
ることについては,控訴人ら主張のとおりであるが,前記のことから,純資産価額
方式により取引価額を定める場合には,そのことについて合理的な理由があると認
められるときを除き,評価益に対する法人税等相当額を控除しないで純資産価額を
計算すべきものである。そして「合理的な理由がある場合」とは,本件法人税通達
が,本来株式の評価損を計上する場合に適用することを前提として定められたもの
であることに鑑みれば,非上場株式の売買を行う場合であっても,評価損を計上す
る場合のように,評価株式の発行法人が,評価損を計上できる場合に匹敵するよう
な状況に陥っているという特段の事情がある場合に限定して控除を認める趣旨と解
すべきであるから,本件の場合が「合理的な理由がある場合」と認めるべき特段の
事情がある場合に該当しないこと,つまり,評価益から法人税等相当額を控除して
まで,評価額を低額に評価すべき特段の事情が存しないことは明らかである。
エ 法人税基本通達6-1-4(3)は,法人税基本通達9-1-11から9-1
-14まで及び本件法人税通達に準じて「合理的に計算される価額」との留保を付
けているので,本件法人税通達が評価通達の定めによる評価を認めているものの,
純資産価額方式により評価する場合,法人税等相当額を控除することの合理性につ
いても当然検討が必要であるところ
,その検討結果として,本件のような法人の存続を前提とした株式取引の場合に
は,法人を清算するようなことは予定されていないので,相続による企業承継を考
慮する必要はなく,法人税等相当額を控除することに合理性は認められないのであ
る。
オ 控訴人らは,法人税基本通達6-1-4(3)の末尾の「合理的に計算される
価額」との文言は,本件法人税通達の策定前から用いられているので,本件法人税
通達に対して向けられたものではないとも主張する。しかし,法人税基本通達6-
1-4(3)の末尾の「合理的に計算される価額」の文言が,本件法人税通達の策
定前から用いられていたのは事実としても,現行(及び本件における所得税の更正
処分の対象となった昭和62年当時)の同通達(3)の「(1)及び(2)以外の
場合 その新株又は出資の払込期日において当該新株につき9-1-11から9-
1-15までに準じて合理的に計算される額」との定めにおける「合理的に計算さ
れる価額」の表現が,本件法人税通達にも向けられていることは一目瞭然であるか
ら,控訴人らの上記主張は失当である。
カ 法人税基本通達9-1-9にいう法人税等相当額の控除が認められる場合と
は,更生会社のように法的に特殊な状況下にありながらも存続する場合であって,
本件において問題とされている控訴会社や第一コーポのように営業活動を順調に行
って存続している会社であることを前提としているものではないことは明らかであ
る。つまり,本件のように営業活動を順調に行って存続している会社の株式の譲渡
取引の場合,そもそも譲渡取引の当事者のうち,譲渡者は譲渡利益の獲得等を目的
とするのであり,一方,株式を取得する当事者は,上記のとおり,そのまま株式を
保有することにより,今後の更なる事業の拡大や含み益の増加による株価の上昇を
期待して取引価額を交渉するのが一般的であるから,このような取引の場合におい
てまで,その取引時における株価の評価に当たり,法人を清算した場合の法人税等
相当額まで加味することは実情にそぐわないのである。
 そもそも本件法人税通達が適用されるのは,「法人が非上場株式の評価損の計
上」をする場合であり,法人が行った非上場株式の売買に係る時価を評価するため
のものではなく,加えて,非上場株式等の評価損の計上が認められるには,極めて
厳しい条件が付されていること,及びその条件を概観することにより明ら
かなとおり,評価損計上時点における株式発行法人の営業状態について極めて異常
な状況にある場合を想定しているといわざるを得ず,仮に破産しているような会社
を想定すれば明らかなとおり,実際には評価差額が生じる可能性はほとんどなく
(生じる可能性があるとすれば,控訴人らも例に挙げる更生会社の場合が考えられ
るが),仮に生じたならば,そのような異常な状況に陥っている場合に限り,評価
差額(清算所得)に対する法人税等相当額を控除することによって,事態に応じた
適正な株式の評価額が算定できるように配慮されているのである。
 したがって,本件法人税通達は,上述のような異常な状況の場合のみを射程とし
て評価通達に制限を加えた上で適用されることは明らかであり,本件のような,何
ら異常な状況に陥っていない発行法人に係る非上場株式の売買の場合にまで,評価
差額から法人税等相当額を控除することを予定しているものではない。
キ さらに,法人税基本通達6-1-4(3)の定めにおいて,同通達9-1-1
4及び本件法人税通達を準用するに当たり,「合理的に計算される額」との留保が
付されていることの意味は,法人税基本通達6-1-4(3)の場合において本件
基本通達を準用するに当たっては,本件法人税通達が評価通達の定めによる評価を
認めているものの,純資産価額方式により評価する場合に,法人税等相当額を控除
することの合理性についても当然検討することが必要であることを示唆しているも
のであり,本件法人税通達をそのまま無条件に適用するものではないのであるか
ら,同一の取引に対して異なる取扱いをするのであれば二重基準ということになる
が,取得した株式を評価する場合と,評価損を計上する場合とで異なる取扱いをす
ることは,控訴人らの主張するような二重基準には該当しない。
ク 控訴人らは,評価に二重基準を導入することに合理性など存在しないとも主張
するが,評価損を計上する場合と,取得した株式を評価する場合とで取扱いを異に
することがそもそも二重基準に該当しないことは上記のとおりである上,評価損を
計上する場合と,取得した株式を評価する場合とでは,株式の評価の対象となる会
社の状況は全く異なるので,法人税等相当額の控除を認めないことを原則とし,例
外的に評価損を計上できる場合のように,評価の対象となる会社が異常な状況の場
合のみ控除を認めるという異なる取扱いをすること
は,むしろ合理性があるというべきであるから,控訴人らの主張は独自の見解に基
づくものであり,失当というべきである。
(5) 純資産価額方式による計算上の問題に関する主張について
① 控訴人らの主張
ア 純資産価額方式による場合の棚卸資産の評価は,評価通達4-2及び同通達1
33により,時価評価ではなく簿価評価によるべきであり,不動産販売業者の所有
する販売を目的とする土地等は,その実質がまさに棚卸資産に該当し,通常の固定
資産である土地等として評価するよりも棚卸資産として評価する方が実態に合致し
ているという点から定められたものであるから,これにより,原判決が認定した純
資産価額方式による評価には第一コーポ株については63億円の評価益が過大に評
価され,本件新株についても同様の問題が発生する。
イ 控訴人P2譲渡株は,本件新株と同額であるのに対し,控訴人P1譲渡株の譲
渡価額は,新株引受時4283円が事業年度を異にしたことにより,わずか2か月
内で1.57倍の7576円に値上がりしたことになるが,みなし譲渡課税は,資
産の所有期間中の値上がり益に対する課税である趣旨からして,事業年度を異にす
る計算技術上の簡便法の採用であれば,期間分配し,2か月/12か月で計算する
べきである。
② 被控訴人らの主張
ア 評価通達を準用する旨を定めた本件法人税通達(2)は,株式の発行会社が土
地を有する場合には,1株当たりの純資産価額の計算に当たっては,当該事業年度
終了の時における価額(時価)によることと明記しており,たとえ,評価通達4-
2及び同133において簿価による旨の定めがあるとしても,本件法人税通達にお
いては,土地が棚卸資産である場合の例外は定めていないのであるから,控訴人ら
の主張は失当である。
イ なお,類似業種比準方式により株式を評価する場合には,評価の対象となる月
の類似業種の株価に,評価時点の直前の事業年度末の評価会社の1株当たりの配当
金額,利益金額及び純資産価額に基づく数値を乗じて計算することとなっているこ
と,控訴人P1が新株引受けにより取得してからDFCに譲渡するまでの2か月間
に,評価会社である控訴会社の決算期が到来し,控訴会社の業績が前年よりも急激
に上昇している時期であったことにより,純資産価額も大幅に増加したこと等が,
評価額の大幅な増加の要因として挙げられるが,類似業種比準方式により株価を評
価する場
合には,その評価方式の反映として,評価会社の決算期を境に,このような評価額
の増減は当然のこととして生じ得るのである。そして,当該計算方式は,評価会社
の決算期を異にしたことによる期間配分をする考え方を採用しているものではない
から,控訴人らの主張は失当である。
(6) 控訴人P1の予備的請求について
① 控訴人P1の主張
ア 控訴人P1の昭和62年分所得税の確定申告について更正処分がされたのは,
平成3年3月12日付けで,国税通則法23条1項の更正の請求の期限をはるかに
徒過しており,更正処分の内容とされた認定賞与の加算は,確定申告時において,
控訴人P1にとって予測不可能な事柄であったから,国税通則法所定の更正の請求
手続では,納税者の権利が適切に保障されないばかりか,支払者である控訴会社に
対する認定賞与に係る源泉徴収税額の納税告知処分がなされる前に,支給を受けた
とされるであろう賞与の金額とそれに伴う源泉徴収税額を受給者が自ら認識して確
定申告をしておいて,法定申告期限から1年以内に,納付すべき税額が過大である
ことを発見して更正の請求をすべきであるというのは,受給者である納税者に不可
能を強いるものであり,適切ではない。
イ また,本件のように,給与の支払者が納税告知処分の適否を争っており,受給
者がその納税告知に係る給与の額を加算した(所得税の)更正処分を争っていて,
2つの訴えが併合審理されている場合には,支払者に対する納税告知に係る給与の
額及び源泉徴収税額と,受給者に対する更正処分のうち当該納税告知処分において
認定されている給与の額及び源泉徴収税額とは,本来一致するものであるから,2
つの訴えの当事者が別々であっても,その点についての判断は一致すべきものであ
り,その認定された給与の額・源泉徴収税額が,支払者に対する納税告知とは異な
る旨の判決がなされる場合には,受給者に対する更正処分は,その判決内容に従っ
て訂正されるべきであり,その訂正の結果における計算上,受給者の確定申告にお
ける納付すべき税額を下回る結果となっても,納税者の権利救済の確実性及び紛争
の1回解決という訴訟経済の観点から,控訴人P1の予備的請求にも訴えの利益が
あるものとして,本案判決がなされるべきである。
② 被控訴人らの主張
ア 控訴会社においては,当該賞与に係る源泉所得税の法定納期限到来まで若しく
は控訴人P1の所得税の確定申告
期限までに源泉徴収漏れに気付き,控訴人P1においては,所得税の確定申告期限
まで若しくはその1年後の更正の請求期限までに納付すべき税額の過大に気付き,
それぞれ正当な源泉徴収税額の納付,正当な所得税の確定申告若しくは1年以内の
更正の請求ができたはずであるから,原判決の内容が納税者に不可能を強いる結果
となるものとはいえない。
 控訴人らの主張は,結局は,被控訴人らによる更正処分及び納税告知処分をきっ
かけとして,初めて源泉徴収漏れ若しくは納付すべき税額が過大であることを知る
ことができるとの前提に立ったものであって,控訴会社及び控訴人P1が注意義務
を怠ったことにより,然るべき期限までに当初から正当な(又は予備的請求におい
て正当と自認する)数額をもって確定申告をしなかったこと若しくは更正の請求を
しなかったことが更正の請求の機会を失うこととなった原因であるということを看
過したものである。
イ また,たとえ,本件のように源泉所得税の納税告知処分と所得税の更正処分が
同時に併合して争われている場合であっても,更正処分の取消訴訟において,納税
者は申告に係る課税標準等及び納付すべき税額以下の部分についてまでの取消しを
求めることは許されず,その部分については取消しを求める訴えの利益がないとい
うべきである。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所も,控訴人らの本訴請求のうち,控訴人P1の主位的請求及び控訴人ら
のその余の請求は理由がないのでいずれも棄却すべきであり,控訴人P1の予備的
請求は不適法であるから却下すべきであると判断する。その理由は,次のとおり訂
正・付加するほか,原判決の「事実及び理由」第三に説示のとおりであるから,こ
れを引用する。
1 原判決の訂正
(1) 原判決115頁2行目の「証人P3,」の次に「証人P7,証人P4,証
人P8,」を,同119頁1行日の末尾に続けて「これらの記載は,各銀行の担当
者が,控訴会社の経理部長P3から聴取したことを基礎に記載したものである。」
をそれぞれ加え同120頁末行の「審議書」を「稟議書」に改める。
(2) 同142頁2行目の「八,」の次に「九,一〇,」を,3行目の「二五の
2,」の次に「三二,」を加える。
(3) 同144頁8行目の「合計額」の次に「の平均額」を加え,9行目の「評
価額」の次に「1499.1円を基に,前記845.33円と1499.1円との
平均額」を加える。
(4)
 同145頁3行目及び8行目の各「四月」をそれぞれ「九月」に改める。
(5) 同152頁6行目の「権利行使日等又は権利行使日等」を「当該払込みに
係る期日又は同日」に改める。
(6) 同168頁7行目の冒頭から169頁9行目の末尾までを次のとおり改め
る。
 「 純資産価額は,株式の価額を評価する1つの方式である純資産価額方式によ
って算出される価額を指すものであり,その方式は,基本的には,株式の価額を,
会社の総資産から総負債を控除したものを発行済株式総数で除して求めるものであ
る。
 ところで,純資産価額を求めるについて,評価通達185は,1株当たりの純資
産価額は,課税時期における各資産を評価した価額の合計額から,課税時期におけ
る各負債の金額及び評価差額に対する法人税額等に相当する金額を控除した金額
を,課税時期における発行済株式数で除して計算した額と定めている〔なお,法人
税基本通達9-1-15は,法人が,気配相場のない株式の評価損の損金算入(法
人税法33条2項)にあたって,当該株式の価額を評価通達によって算定している
ときは,課税上弊害のない限り,条件を付した上で,法人税法上も是認する旨規定
している。法人税等相当額控除〕。このように評価通達が,純資産価額の算定にあ
たって法人税額等相当額を控除するに至った背景には,相続による事業の円滑な承
継に配意し,相続を起因とする中小企業の事業承継につき,非上場株式の評価につ
いてできるだけ緩く評価できる方法をとる必要があるとの政策的な配慮が存在した
のであり,その理由付けとして,個人事業として事業用財産を直接支配している場
合と個人事業と変わらない程度の小規模でありながらも会社組織として事業用資産
を間接支配している場合との両者について,相続が発生した場合には,両者の相続
税の課税価格の算定に当たって経済的に同一条件に置き換えた上で評価の均衡を図
ることが付加されたのである。しかし,評価通達においても,そのような政策的な
配慮の必要のない場面,例えば評価会社が有する株式等の純資産額の計算(評価通
達186-3)においては,評価益に対する法人税等相当額の控除はしていないの
である。このように相続税を課税する場合であっても,政策的配慮の必要のないと
きは,法人税等相当額の控除がされるわけではないことに照らすと,純資産価額の
算定に当たって,常に評価通達185によって処理す
ることが予定されていることにはならないと言わざるを得ない。このことは,相続
税を課税する場合における政策的配慮を要求されない所得税や法人税については,
他に何らかの合理的な理由がない限り,評価通達185によって処理すべきことに
はならないということになる。そして,そのような理由は,結局のところ,課税に
おいて要求されている「通常取引されると認められる価額」の判断において,通常
の取引において法人税額等相当額を控除することを考慮要素として考えることが,
取引当事者の合理的な意思に合致するか否かに帰着するものということになる。
 そこで,この点について更に検討するに,非上場株式であって気配相場のない株
式については,その価値の実現は,上場している株式等とは異なり,残余財産の分
配にあることからすると,そのような株式を取引するに当たって,当事者は,当該
会社が清算した後の価値に相当する価額に注目し,清算所得に対する法人税等を控
除することを考慮しているものといえなくはない。しかしながら,通常,営業活動
を順調に行って存続している会社については,譲渡取引の当事者のうち,譲渡者は
譲渡利益の獲得等を目的とし,株式を取得する当事者は,そのまま株式を保有する
ことにより,今後の更なる事業の拡大や含み益の増加による株価の上昇を期待して
取引価額を交渉するものとみることができる。そうすると,このような当事者にと
っては,会社の清算を前提とした法人税額等相当額の控除した純資産価額で株式を
売買するという取引は通常考えられないということができ,これらの当事者にとっ
て,逆に法人税等相当額を控除することは不合理でもある。そうであれば,順調に
営業活動を行っていた控訴会社や第一コーポの株式の価額の算定に当たって,法人
税等相当額を控除しないことをもって違法ということはできない。」
(7) 同183頁9行目の「P1原処分欄」を「裁決欄」に,10行目の「右各
金額は」から末行の「から」を,「P1更正処分における納付すべき税額は右『裁
決欄』記載の額を下回り,P2更正処分及び本件告知処分の納付すべき税額は右
『P2原処分』欄及び『本件告知処分等』欄の金額と同額であるから」に改める。
2 控訴人らの当審における主張に対する判断
(1) P1譲渡株の引受けにかかる所得の帰属について
① P1譲渡株の帰属について
ア 控訴人らは,(ア)控訴人P1は,わずか2
か月後にDFCに株式を移動しているが,昭和62年3月,4月当時,控訴人P1
からDFCに株式を移動させなければならない事情の変化はなかったこと,(イ)
当時DFCは,銀行から融資を受けられる状況にはなく,控訴人P1が当初融資を
受け,これをDFCが承継して初めてDFCへの融資が可能となったこと,(ウ)
DFCは,控訴人P1が死亡した後も安定的に株式を保有するために設立した会社
であり,DFCが株式を保有することは,DFCの目的に沿うものであること,以
上のことから,本件新株は,当初からDFCが取得したものであると主張する。
イ(ア)(ア)について
 引用した原判決の認定した事実によれば,控訴会社の臨時取締役会において,控
訴人P1に200万株,DFCに16万株をそれぞれ割り当てることが決定され,
それぞれ引き受けた株式に相当する金額が払い込まれたこと,控訴人P1は,20
0万株を引き受けた後,これをDFCに譲渡し,その後,譲渡につき取締役会の承
認を得たことが認められるので,控訴会社の取締役会が控訴人P1に割り当てる意
思に基づいて,割当を実行したことは明らかであり,また,控訴人P1も,これに
対応して払込みをしているのであるから,控訴人ら主張(ア)の事実をもって,控
訴会社や控訴人P1が,当初からP1譲渡株をDFCに割り当てる意思であったと
推認することはできない。
(イ)(イ)について
 当時DFCが単独で融資を受けられる状況になかったとしても,控訴人P1の保
証により融資を受けられたであろうことは,その後の融資がなされていることから
して明らかであり,また,控訴人P1が融資を受けた金員をDFCに貸与すること
によっても,新株の引受けが可能であったことからすると,当時,DFCに10億
円もの融資を受ける経営実績がなかったからといって,直ちに控訴人ら主張の事実
を認めることはできない。
(ウ)(ウ)について
 DFCが控訴人ら主張のような目的によって設立された会社であったとしても,
そのこと自体によって控訴人P1の新株取得を否定することはできない。
(エ) 以上に説示したところからすると,(ア)ないし(ウ)の事情を総合して
も,前記控訴人ら主張の事実を認めることはできず,他にこの事実を認めるに足り
る証拠はない。
② 本件各聴取書及び本件各稟議書等の証拠能力について
ア 質問検査権について
 控訴人らは,本件各聴取書及び本件各
稟議書等は,質問検査を行う際に要求される調査の必要性を欠いている上,本来対
象外である本件各稟議書等の提出を受けていること,本件各聴取書については,質
問検査の時期場所についても不適切であることからすると,質問検査権の行使につ
き違法があるので,証拠としての能力に疑問がある旨主張する。
 ところで,所得税法234条1項の質問検査については,「国税庁,国税局また
は税務署の調査権限を有する職員において,当該調査の目的,調査すべき事項,申
請,申告の体裁内容,帳簿等の記入保存状況,相手方の事業の形態等諸般の具体的
事情にかんがみ,客観的な必要性があると判断される場合には,職権調査の方法と
して,同条1項各号規定の者に対し質問し,またはその事業に関する帳簿,書類そ
の他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行う権限を認めた趣旨であって,
この場合に質問検査の範囲,程度,時期,場所等実体法上特段の定めのない実施の
細目については,右にいう質問検査の必要があり,かつ,これと相手方の私的利益
との衡量において社会通念上相当な程度にとどまるかぎり,権限ある税務職員の合
理的な選択に委ねられているものと解すべきである。」(最高裁昭和48年7月1
0日第3小法廷決定・刑集27巻7号1205頁)とされている。
 これを本件についてみると,控訴人P1がP1譲渡株を取得し,その2か月後に
DFCに譲渡しているのであるから,適正な課税のために,その目的ないし事情を
解明するために調査の必要性があったことは明らかであるし,また,そのために,
調査担当者が質問をし,本件各稟議書等の提出を受けることは,その調査検査権の
範囲内の行為であるということができるから,これらの行為が違法であるとは認め
られない。なお,控訴人らは,稟議書が違法性の高い行為により取得したものであ
ると主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。さらに,質問検査の時期場所
に関する控訴人らの主張も,前記最高裁判決に照らせば,調査担当者に認められた
調査検査権の範囲を逸脱しているとはいえず,違法性を有するものと評価すること
はできない。
イ 本件各稟議書等の信用性について
 控訴人らは,本件各稟議書等の信用性がないとしてるる主張するが,引用した原
判決の認定した事実によれば,本件各稟議書等は,第一勧業銀行,三井銀行及び日
本債券信用銀行の各担当者が控訴会社の経理部長であるP3から聴
取したことを記載したものであると認められ,P3がこれら銀行の担当者に対し,
控訴人らの意向を無視して虚偽の事実を述べたことを認めるべき証拠はなく,その
当時の控訴人らの思惑を述べたものと推認されるので,本件各稟議書等の記載内容
は信用できないものではないというべきである。
③ 実質課税の原則違反について
 上記のとおり,控訴人P1がP1譲渡株を取得したものと認められるので,その
取得した経済的な利益に課税することは当然であって,この点に関する控訴人らの
主張は,採用することができない。
④ 事務管理について
 控訴人らは,控訴人P1がDFCにP1譲渡株を引き渡した経緯,その期間が短
期間であること,同額での取得であることからすると,控訴人P1のした新株の申
込み及び引受けについては事務管理が成立していると主張するが,前記のとおり,
P1譲渡株の引受けは,控訴人P1が自らの計算においてしたものと認められるの
であるから,控訴人の主張は採用することができない。
(2) P2譲渡株の帰属について
① 控訴人らは,(ア)P2譲渡株は,本件新株の発行が法的に瑕疵ある手続であ
り,新株発行手続全体をやり直すべきところ,控訴人P2の新株取得分から三井販
売に引き渡すという便宜的手法によって是正したのであるから,P2譲渡株につい
ては,当初から控訴人P2が取得した株式であるとみなされるべきではないこと,
(イ)その後の控訴会社の取締役会や株主総会の運営,信用保持と企業の発展を考
えるときには,控訴会社とすれば,三井販売の申出に対し,何らの是正措置を取ら
ないということはできなかったのであるから,経済的合理性の観点からも控訴人ら
のとった措置は不合理不自然なものではないこと,(ウ)本件新株の発行手続の瑕
疵の是正方法としても,株主総会を開き全面的に手続をやり直すということは,と
りもなおさず商業登記上の記載も変更し直すということであり,そのような措置を
避けたいと考えるのは,企業運営上当然であること,以上のことからすると,P2
譲渡株は,控訴人P2が引き受けたものではなく,三井販売が当初から引き受けた
ものとみるべきであると主張する。
②ア (ア)について
 引用した原判決第三の―3(一)に説示のとおり,控訴会社において,本件新株
発行手続に瑕疵が存在するとの認識があったとすれば,その是正のためには,株主
割当とするか,発行価額を適正な価額とし
て割当をやり直すしかなく,P2譲渡株を三井販売に譲渡することによっては,瑕
疵は治癒されないのであるから,何ら解決策とならないのであり,本件新株発行手
続の瑕疵を治癒するために譲渡の方法を採用したものとは認め難い。
イ (イ)について
 控訴人らの主張する事情は,控訴人P2がP2譲渡株を取得した後,これを三井
販売に譲渡して三井販売の持株割合を高めることによって是正できるのであるか
ら,仮に(イ)の事情があったとしても,これをもって直ちに控訴人らの主張を認
めることはできない。
ウ (ウ)について
 仮に,新株発行手続に瑕疵があったとすれば,商業登記上の記載を変更すること
はやむを得ないのであって,それを避ける是正方法を採ることが企業運営上当然で
あるとはいえない。
③ア なお,控訴人らは,控訴人P1には,P6取締役に昭和62年2月9日の臨
時取締役会の開催通知をしているとの明確な記憶が有るわけではない旨主張する
が,控訴人らの主張によっても,今後の控訴会社における取締役会及び株主総会の
運営や控訴会社の信用保持と今後の企業の発展を考えると,三井販売は無視できる
存在ではないのであるから,控訴会社が取締役会の通知をしていないとは到底考え
られない。
イ また,控訴人らは,仮に通知しているとしても,簡単な議題を見て理解したこ
とと実際に経過を聞いてみて理解したことの間に乖離があるのは当然であると主張
するが,このような乖離があったことを認めるに足りる証拠はない。
(3) 売買実例について
 控訴人らは,本件所得税通達(4)イにいう「売買実例」とは,特別な利害関係
のない相手方(純然たる第三者)という第三者性が確保される場合には,特別に不
合理に実態と離れた価額でない限り,それは売買実例として尊重されるべきである
として,本件において売買の相手方とされた三井銀行及び東洋信託銀行は通常の取
引先であって,控訴会社及び第一コーポとは特別な関係を有していないこと,ま
た,その価額1200円も,野村證券が算定し,大蔵大臣に提出した有価証券通知
書に添付された株価算定書として確認された価額であるから,不合理とはいえず,
売買価額1200円をもって売買実例としてみなされる適正な価額というべきであ
ると主張する。
 しかし,本件所得税通達(4)イの「適正と認められる価額」の趣旨は,たとえ
第三者との取引といえども,必ずしも適正な価額で取引されると
は限らないことから,第三者との取引であっても価額が適正か否かの検討も必要で
あることを意味しているものというべきである。そして,本件においては,引用し
た原判決の第三の二において説示するように,三井銀行及び東洋信託銀行への譲渡
は,他の金融機関等と同程度の株式を同銀行らにも保有して貰って,安定株主を増
やすとともに,将来にわたる当該銀行との円滑な取引を期待してなされたという側
面があることを否定しきれないのであって,必ずしも,通常の株式の譲渡と同様の
条件で譲渡が行われたものではないといえるから,同各銀行との取引であることか
ら直ちにその売買価額が適正と認められる価額であると認めることはできない。こ
の点について,「売買実例」は,特別な利害関係のない相手方(純然たる第三者)
という第三者性が確保された者との売買における価額であるとの解釈を採るとして
も,上記のような事情のある三井銀行及び東洋信託銀行をもって,第三者性の確保
された者に当たるということはできない。そして,控訴人ら主張の1株1200円
の評価額は野村證券の算定によるものであるが,同算定は控訴会社の第22期及び
第23期という古い事業年度の資本合計及び当期利益を使用し,また,算定に当た
って採用した純資産価額方式においては,純資産価額を時価評価せず簿価で評価し
ていて,評価益が算定の基礎に含まれていないのであるから,野村證券の算定した
1株1200円の価額は合理的な価額と認めることはできない。したがって,かか
る売買価額を「適正と認められる価額」とはいえない。
(4) 法人税額等相当額の控除について
① 控訴人らは,非上場株式の評価に当たり,評価益という未実現の利益を株主の
資産として評価することは,未実現の利益に課税することであって,未実現利益非
課税の原則に反することになるのであるから,未実現の利益を資産に計上するなら
ば,それに見合う法人税相当額を控除するのは当然の措置である旨主張する。
 しかしながら,通常取引されると認められる株式の価額を算定するに当たって評
価益を考慮することが直ちに評価益に課税することにはならないのであるから,こ
れをもって未実現利益に対する課税ということはできないし,また本件における非
上場株式の評価は,実際に譲渡された第一コーポ株等についての実現した利益の算
定のために行われたのであって,非実現利益に対する課税ではないのであ
るから,いずれにしても控訴人らの主張は理由がない。
② 控訴人らは,評価益は,その全額が株主に帰属するものではなく,その中には
法人税として国に帰属すべき部分,事業税その他地方税として地方公共団体に帰属
すべき部分も含まれているから,これら株主に帰属しない部分を取り除く必要があ
り,法人税等相当額控除の趣旨はまさに,実質課税の原則により,評価益のうち株
主に帰属しない部分を取り除く措置でもあると主張する。
 しかしながら,一般にある利益が課税の対象となったからといって,当該利益の
うち税額に相当する額については利益として帰属しなかったと評価することはでき
ないのであるから,評価益が法人税や地方税の対象になったとしても,これら税額
に相当する額が株主に帰属しない利益であると評価することはできず,当然に評価
益から差し引くべきであるとすることはできない。そして,このように扱ったとし
ても,形式にこだわらずその実質に従って課税すべきであるとする原則に反するも
のともいえない。したがって,控訴人らの主張は理由がない。
③ 控訴人らは,非上場で気配相場もない株式を有利発行の引受け・払込みにより
取得したときは,その評価に当たっては,法人税等相当額を控除しないが,時が経
過して発行法人の資産状態が悪化して特別清算・破産・和議,会社整理等の事態に
立ち至って評価損を計上することが認められる段階に至れば,評価の基準そのもの
までも変更し,法人税等相当額の控除をも認めるという二重基準を導入することに
なり,不合理である旨主張する。
 しかし,取得した株式を評価する場合と評価損を計上する場合とは場面を異にし
ているので,両場合において取扱いを異にすることは,二重基準を導入することに
はならないというべきである。また,両場合において,評価の対象となる会社の状
況も全く異なるので,取扱いを異にすることに合理性があるというべきであるか
ら,控訴人らの主張は採用することができない。
(5) 純資産価額方式による計算上の問題に関する主張について
① 控訴人らは,純資産価額方式による場合の棚卸資産の評価は,評価通達4-2
及び同通達133に基づき時価評価ではなく簿価評価によるべきである旨主張す
る。
 しかし,評価通達を準用する旨を定めた本件法人税通達(2)は,株式の発行会
社が土地を有する場合の1株当たりの純資産価額の計算に当たっては,当該事業年
度終了
の時における価額(時価)によることと明記しており,たとえ,評価通達4-2及
び同通達133において簿価による旨の定めがあるとしても,本件法人税通達にお
いては土地が棚卸資産である場合の例外は定めていないのであるから,控訴人らの
主張は失当である。
② また,控訴人らは,P2譲渡株は本件新株と同額であるのに対し,P1譲渡株
の譲渡価額は,新株引受時から事業年度を異にしたことにより,わずか2か月内で
1.57倍に値上がりしたことになるが,みなし譲渡課税は,資産の所有期間中の
値上がり益に対する課税である趣旨に照らして,期間分配し,2か月/12か月で
計算するべきである旨主張する。
 しかし,引用した原判決の認定した事実によれば,P1取得株の価額が,昭和6
2年3月では4823円であり,5月では7580円となっていることが認められ
るところ,このような値上がりは,控訴人P1が新株引受けにより取得してからD
FCに譲渡する2か月間に,控訴会社の決算期が到来し,控訴会社の業績も前年よ
りも急激に上昇している時期にあり,純資産価額も大幅に増加したことから,評価
額が大幅に増加したものと推認することができるが,しかしその増加が期間の経過
とともに増加したとも認められない本件では,これを期間配分する合理性を見出せ
ないから,控訴人らの主張は採用することができない。
(6) 控訴人P1の予備的請求について
① 控訴人P1は,(ア) 本件の場合,控訴人P1において,法定申告期限から
1年以内に,納付すべき税額が過大であることを発見して更正の請求をすべきであ
るというのは,受給者である納税者に不可能を強いるものであり,適切ではない
旨,(イ) 本件のように,給与の支払者が納税告知処分の適否を争っており,受
給者がその納税告知に係る給与の額を加算した(所得税の)更正処分を争ってい
て,2つの訴えが併合審理されている場合には,支払者に対する納税告知に係る給
与の額及び源泉徴収税額と,受給者に対する更正処分のうち当該納税告知処分にお
いて認定されている給与の額及び源泉徴収税額とは本来一致するものであるから,
受給者の確定申告における納付すべき税額を下回る結果となっても,納税者の権利
救済の確実性及び紛争の1回解決という訴訟経済の観点から,控訴人P1の予備的
請求にも訴えの利益があるものとして,本案判決がなされるべきである旨主張す
る。
②ア (ア)につ
いて
 控訴会社においては,当該賞与に係る源泉所得税の法定納期限到来まで若しくは
控訴人P1の所得税の確定申告期限までに源泉徴収漏れに気付き,控訴人P1にお
いては,所得税の確定申告期限まで若しくはその1年後の更正の請求期限までに納
付すべき税額の過大に気付き,それぞれ正当な源泉徴収税額の納付,正当な所得税
の確定申告若しくは1年以内の更正の請求ができたはずであるから,原判決の内容
が納税者に不可能を強いる結果となるものとはいえない。
イ (イ)について
 本件のように源泉所得税の納税告知処分と所得税の更正処分が同時に併合して争
われている場合であっても,更正処分の取消訴訟において,納税者は申告に係る課
税標準等及び納付すべき税額以下の部分についてまでの取消しを求めることは許さ
れず,その部分については取消しを求める訴えの利益がないというべきである。
 よって,上記と同旨の原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからいずれも
棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第11民事部
裁判官 遠山廣直
裁判官 河野泰義
裁判長裁判官瀬戸正義は退官のため署名押印をすることができない。
裁判官 遠山廣直

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