弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人美村貞夫同河上丈太郎の上告趣意(後記)は、刑訴四〇五条の上告理由に
あたらないが、職権を以つて調査するに、原審において弁護人は被告人の本件所為
は、不法侵入者たるA等の暴行に対し自己又はBの身体生命の危険を防衛するため
になしたものであるから、盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律一条一項三号に該当す
ると主張したのに対し、原判決は右A等が被告人方を訪れた時、被告人自ら表戸を
開き、「用があるなら這入つてくれ」と挨拶していること及び右A等が被告人方え
赴いたのはCからBの連れ出し方を頼まれたためで、当初から右B若くは被告人を
実力を以つて拉致するとか、または被告人並びにBを殴打創傷する等の暴行の目的
で来たものと認め得る証拠がないということを理由として、A等が被告人方え這入
つたのを目して不法に被告人の居宅に侵入したものということはできないと断じ、
更に、尤も右Aは当初被告人に対し「外え頼まれてくれ」と腕を引張り、其の後中
の間え土足のまま上つて暴行に及んではいるが、特に被告人から同人等に退去を求
めた事跡のない本件では、未だ前記法律一条一項三号に該当する場合とは認められ
ないと判示して、弁護人の主張を排斥しているのである。しかし何人もその住居の
如何なる部分といえども、みだりに他人から侵害されない保障を有するものであつ
て、たとえ当初適法に人の住居の一室に入つた者も、爾後家人の意に反して、また
はその承諾がないのに、擅に他の室に立ち入るが如きことは到底許容されないとこ
ろである。本件について見るに、原判決の確定したところによると、判示日時A等
が判示の如き事情から被告人方を訪れ、被告人に対し「話があるから一寸外え頼ま
れてくれ」と申し向けて腕を引張つたので、被告人は同人等が喧嘩に来たものと考
え、延引策として「食事中だから待つてくれ」と答えて中二畳の間に引き返し食事
を続けようとしたところ、右A等は更に中の間土間に立ち入り、Aは「頼まれてく
れといつているのに食事するとは常識のないやつだ」と理不尽にも土足のまま座敷
に上つて食卓を引つ繰り返し、Bを殴りつける等の暴行に及んだというのであるか
ら、特段の事情のない限りAは被告人の意に反して暴行の目的を以つて不法に被告
人方中の間二畳の部屋に押し入つたものというべく、爾後同人は前記法律一条一項
三号にいわゆる「故ナク人ノ住居ニ侵入シタル者」にあたるものと解するを相当と
する。従つて、原判示の如く、被告人が当初「用があるなら這入つてくれ」と挨拶
した事実があり、またA等が不法な目的を以つて被告人方を訪れたものではないと
しても、ただそれだけで直ちにA等を不法侵入者にあらずと断ずることは早計であ
る。即ち、原判決が前記特段の事情について何ら考慮することなく、本件は盗犯等
ノ防止及処分ニ関スル法律一条一項三号に該当する場合とは認められないとしたこ
とは審理不尽、理由齟齬の違法があるか、または法律の解釈適用を誤つたものとい
うべく、これを破棄しなければ著しく正義に反するものといわなければならない。
 よつて刑訴施行法二条、三条の二、刑訴四一一条一号、旧刑訴四四八条の二に従
い、主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官小谷勝重の反対意見を除き、その他の裁判官全員一致の意見で
ある。
 裁判官小谷勝重の反対意見は次のとおりである。
 (一)上告論旨中刑法三六条一項違反の主張について、
 喧嘩闘争は相互の侵害行為であつて、従つて正当防衛の観念を容れる余地のない
ことは当裁判所屡次の判例の示すところである。原判決の認定した事実によれば、
被告人はCの依頼により同人の情婦Bを自宅に預りおるうち情交を結ぶに至り爾来
この関係を続けていたところ、之をCに感知せられ爾来被告人とC間に紛議を重ね
ていたというのである。凡そ右被告人の所為は不道義であること勿論であり、事は
この儘で済む筈のものでないことは現に原判示の「被告人はCが同人等を語らい喧
嘩に来たものと考え」たとの点に徴するも、本件のような争の生ずることは被告人
の予知していたところと認められるのである。然らば本件は前示正当防衛の観念を
容れざる喧嘩闘争の一種であると認められない事案ではないように思料されるので
ある。然し原判決は被告人の所為を過超防衛行為であると認定したが、刑法三六条
二項による刑の減免を行わず、刑法殺人の正条に照して処断しているのであるから、
原判決には結局擬律上の誤りもなく亦所論の各違法はないのである。
 然らば論旨は結局事実誤認又は量刑不当の主張に帰し刑訴四〇五条(本件は刑訴
施行法三条の二に当る事件である)所定の適法な上告理由とならないものである。
 (二)上告論旨中盗犯等防止に関する法律一条一項三号違反の主張について、
 盗犯等防止法は第一次大戦終了後の大正九年春世界的経済恐慌勃発し、以後累年
に亘る我国経済界の不況混乱期殊に昭和三、四年頃の最不況時代において、彼の説
教強盗をはじめ兇暴なる強窃盗或は強請押売等の犯行横行したゝめ、之を防止する
目的をもつて昭和五年五月公布された法律であつて、即ち本法は犯罪の面において
特殊な常習強窃盗に対し刑法各本条に比し重刑に処し(二条乃至四条)又被害者側
の面において刑法正当防衛の条件を拡張し(一条一項)又誤想防衛行為を不罰とし
た(一条二項)ものであるが、本法に対する論議の中心は右一条の規定であつて斬
捨御免の悪法であるとの非難のあつた法条であるのであるが、本条の適用を受ける
防衛又は排除行為は本法二条四条の罪及び之等の刑法各本条の罪並びに以上各条の
犯行ありと思料して被害を防衛排除するために出でた行為を指すものと解するを相
当と思料するものである。
 然らば本件は原判決認定の如く「……Cに感知せられ紛議を重ねていたが……被
告人はCが同人等を語らい喧嘩に来たものと考え」た上の所為であつて、喧嘩闘争
(こゝでは通俗の喧嘩の義)の行為であることは明白なところである。即ち本件は
何等上に掲げた犯行ありとの思料のもとになされたものではないのである。然らば
本件は盗犯等防止法を適用すべき事件ではないのである。
 ところが、原判決は本件が若し「不法侵入」ならば同法一条一項三号の適用問題
を生ずるやに判示しているけれども、結局においては、同法の適用を排除している
から、原判決は結局正当に帰するものである。それ故本点論旨も採用するに値いし
ない。
 されば論旨はすべて理由がなく、又記録に徴するも本件には刑訴四一一条各号の
何れをも適用すべき事由あるを認め難いから、本件上告は棄却すベきを相当と思料
する。
 (三)本件当裁判所の判決(即ち多数意見)に対する意見。
 以上私の見解に反し、本件に盗犯等防止法の適用あることを前提とし、もつて原
判決を破棄し事件を原審に差戻す旨の判決をされた多数意見には到底賛し難いとこ
ろである。
 検察官 熊沢孝平関与
  昭和二七年五月二日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    谷   村   唯 一 郎

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