弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人美和勇夫の上告理由について
 原審の確定した事実関係は、(一) 本件土地は、明治の初期に上告人の祖父又は
曾祖父が被上告人の祖父又は曾祖父から借受けて以来、上告人の方で代々引続いて
賃借している、(二) 賃料は従来から年払いであつて、毎年一二月末日限り当年度
分を支払う約定のもとに賃借人は賃貸人からの請求額をそのまま支払い、過去にお
いて両者間の信頼関係を害するような事実もなかつた、(三) 被上告人は、昭和四
七年にその父から本件土地の贈与を受けて右賃貸人の地位を承継したが、従来から
上告人との間に賃貸借契約書が作成されていなかつたことから、契約関係を明確な
ものとするため、昭和四九年一二月二五日、上告人との間で、(1) 存続期間は昭
和四九年一二月一日より二〇年間とする、(2) 借地権は賃借権のみとする、(3)
 賃料は本件土地の当年度の固定資産課税台帳に登録された土地の価格及び当年度
の固定資産税額等に基づき、建設省告示(昭和二七年一二月四日建告一四一八号)
所定の地代算定方式によつて算出された額とする趣旨の条項を含む本件土地賃貸借
契約書を取り交わした、(四) 上告人は被上告人に対し、賃料として、昭和四九年
度は従前の金額に一万円を加算した約三万五〇〇〇円ないし四万円を支払い、昭和
五〇年度からは前記賃料算定方式に基づいて同年度は年額四万二九一四円、同五一
年度は年額五万四五〇二円を支払つた、(五) ところが、上告人は、昭和五〇年暮
頃、本件土地所在地と同じ岐阜県多治見市a地区にあるその所有の賃貸土地の賃料
を本件土地賃料と同様の計算方式によつて支払うよう右土地の賃借人に申し入れた
ところ、昭和五一年暮頃、それでは高すぎると断わられたことから近隣の地代相場
を調査した結果、坪当り年額三五〇円程度であることが判明した、(六) そこで、
上告人は、昭和五二年一二月三一日に被上告人から同年度分の賃料債務五万五〇四
八円(坪当り年額七九八円)の履行を求められた際、本件土地の賃料を近隣の地代
相場なみに減額して貰いたいと申し入れて賃料の支払をしなかつた、(七) その後、
上告人は被上告人と昭和五三年一月から三月にかけて数回話合いをしたが、被上告
人が終始一貫して上告人の減額請求を拒否したため、話合いは全く進展しなかつた
ところ、同年三月二九日、被上告人から一週間の期限付で賃料支払催告の内容証明
郵便が来たため、同年四月二八日、被上告人に対し、坪当り年額四五〇円とする案
を申し入れたが、これも拒否された、(八) 上告人は、同年五月二日、被上告人か
ら契約解除の内容証明郵便を受けるに及んで、同月四日、岐阜地方法務局多治見支
局に昭和五二年度分賃料として被上告人の要求額である五万五〇四八円を供託する
とともに、被上告人に対し、契約書どおりの賃料を支払うから契約解除の意思表示
を撤回して欲しいと申し入れたが聞き入れられなかつた、というのである。
 原審は、右事実関係のもとにおいて、昭和五二年当時には本件土地の賃料が近隣
の地代相場の二倍以上に達していて被上告人との間に賃貸借契約書を取り交わした
際、賃料について右のような結果が生じることを予想しうべくもなかつた上告人が、
地代相場との懸隔を知つて被上告人に対して賃料減額の申し入れをしたことにはそ
れなりの理由があつたとしながら、他方、上告人が被上告人に対してした右申し入
れは、一次的には賃料引下げの交渉の申し入れを意味するとともに、二次的には借
地法一二条に基づく賃料減額請求権の行使と解されるところ、昭和五二年度賃料五
万五〇四八円に関する限り、減額請求権行使の対象とされるのはわずかに一二月三
一日の一日分の賃料債務(一五八円相当)のみであつて、その大部分を占める三六
四日分の賃料債務(五万四八九〇円相当)に対しては、もはや減額請求権を行使す
るに由ないものであつて、この関係においては、右申し入れは既存債務の免除の意
思表示を得たい旨の要請の意味を有するにすぎず、上告人の右行為を客観的に考察
すれば、上告人は債権者たる被上告人から総債務の半額以上にも及ぶ免除の意思表
示を獲得することを目指して、局面を有利に展開する方法として四か月にもわたり、
かたくなに債務の履行を拒絶したものと言わざるをえず、このような上告人の賃料
債務不履行は、著しく不誠実であつてとうてい賃貸借契約上の信頼関係を破壊しな
いものとはいえないとして、被上告人がした前記契約解除の効力を認め、地上建物
を収去して本件土地明渡を求める旨の本訴請求を認容している。
 しかしながら、土地賃貸借関係における賃料不払の場合に、なお信頼関係を破壊
するものとは認められない特段の事情があるかどうかの認定判断にあたつては、賃
貸借期間の長短、賃料不払の程度、右不払に至つた事情その他当該賃貸借関係にお
ける諸事情の一切を考慮すべきところ、原審の認定する諸事情、ことに本件土地賃
貸借は明治初期以来のものであつて過去において相互の信頼関係を損うような事情
もなかつたこと、年払いの約定とされている本件土地の賃料不払期間が四か月程度
であつて、しかも上告人は、その間、これを放置していたというのではなく、本件
土地の賃料が近隣の地代相場に較べて二倍以上になるため、その減額を申し入れて
交渉を継続していたものであつて、右交渉中に契約解除の意思表示を受けるに及ん
で直ちに被上告人の要求する賃料額を供託していることなどの事実関係を考慮する
と、上告人の右賃料不払については、他は格別の事情の認められない限り、賃貸借
関係の基礎をなす信頼関係を破壊するものと認めるに足りない特段の事情の存在を
肯認する余地があるものといわざるをえない。
 しかるに、原審は、右格別の事情の存否について顧慮することなく、上告人の被
上告人に対する賃料減額の申し入れが、一日分のみの賃料についての借地法一二条
の規定に基づく賃料減額請求権の行使にあたり、その残余の既発生賃料債務につい
ては免除を求める要請を意味するにすぎないとの形式的な理由に基づいて右特段の
事情が認められないとしているのであつて、原審の右認定判断には、契約解除に関
する法令解釈の誤り、ひいては理由不備の違法があるというべきであるから、論旨
は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件は、契約解除の効力に関す
る叙上の点についてさらに審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻
すのが相当である。
 よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決す
る。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    木   下   忠   良
            裁判官    鹽   野   宜   慶
            裁判官    宮   崎   梧   一
            裁判官    大   橋       進

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