弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
被告は、株式会社漫画社の商号を使用してはならない。
被告は、株式会社漫画社の商号の抹消登記手続をせよ。
訴訟費用は、被告の負担とする。
       事   実
原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、次のとおり
述べた。
「一 原告は、昭和四四年六月二〇日、(一)広告、宣伝、企画及びデザインに関
する制作並びに販売、(二)右に付帯、関連する一切の事業を目的として設立登記
された会社であり、具体的には漫画を基調とする広告、宣伝用出版を主とした事業
を行つているものである。
二 これより先、昭和四二年一一月九日東京都千代田区<以下略>に訴外株式会社
漫画社(以下「旧漫画社」という。)が設立され、その代表取締役に、現在原告会
社の代表取締役である訴外Aが、取締役に訴外B、同C、同D、現在被告会社の代
表取締役である訴外Eらがそれぞれなつて、雑誌「漫画」を出版するとともに、前
記原告会社と同一の内容の事業を営んできたが、その後同社は経営不振に陥り、昭
和四四年六月ごろには累積赤字約二、〇〇〇万円に達した。しかし、右二、〇〇〇
万円の債務の債権者は、Bが代表取締役をしている訴外三協美術印刷株式会社及び
Aであつたから、旧漫画社は累積赤字があつたからといつて、必ずしも不渡手形を
出すまでにはいたらなかつたが、右三協美術印刷株式会社の債権を損害金として処
理し、同社の経理の健全化を計るためもあつて、旧漫画社は、昭和四四年六月不渡
手形を出して休業状態に入つた。一方、旧漫画社の事業は、前記のように、昭和四
四年六月二〇日原告会社を設立してこれに引継がせた。原告会社の役員構成は、旧
漫画社の取締役中Bを除くその余の取締役がそのまま取締役として就任し、更に新
たに三名が取締役として加わり、Aが代表取締役となつた。
三 右のとおり、旧漫画社の事業、陣容は、役員も含め、ほとんどそのまま原告会
社が引継ぎ、事業を継続した。また、原告会社の事務所のあるビルの名称も漫画社
ビルであることからも、原告自身、自社の営業を取引先に対し漫画社と呼び、ま
た、取引先も一般に、原告を漫画社又は株式会社漫画社と呼んでいる。
四 被告会社は、昭和四七年二月八日、(一)広告、宣伝、企画、デザイン及び出
版に関する制作並びに販売、(二)右に付帯する一切の事業を目的として設立登記
された会社であり、具体的には原告会社とまつたく同一の内容の事業を行つている
ものである。
五 原告会社は、その設立後、取締役中D、訴外F、同Gが退任し、A、E、Cが
残り運営されてきたが、右E、Cには、昭和四七年一月ごろから、原告会社の役員
を退任し自ら会社を設立し原告と同一内容の事業を独立して行いたいとの希望があ
つたので、原告はこれを認め、同人らの前途を祝福した。しかるに、Eらは、原告
会社が一般に漫画社と呼称されていることに着眼し、原告会社の取締役であつた
E、C、営業部長であつたD(元取締役であつたが後これを退任し、営業部長とな
つた。)その他を取締役として、原告会社の商号である「株式会社漫画アイデアセ
ンター」と類似した「株式会社漫画社」なる商号の被告会社を設立したものであ
る。
六 右のように、被告会社は原告会社とはまつたく別の会社であるにかかわらず、
その設立にあたり、挨拶状において、あたかも原告会社が新事務所を開設し、もし
くは移転したかのように、標題を「事務所開設」とし、その内容において、「新ら
しい電話番号のお知らせ」とし、更に「……銀座の巷に<会社移転>をし……」と
虚偽の事実を記載し、これを原告会社の取引先多数に配付し、また口頭で同趣旨の
挨拶をした。
 右は被告が、原告会社の社会的信用を自社の営業活動に利用するという不正の目
的をもつて原告会社の商号と類似する前記商号を使用しているものである。
 よつて、原告は、商法第二〇条第一項に基づき、被告会社の前記商号の使用の差
止並びにその商号登記の抹消登記手続を求める。
七 前記のとおり、原告会社は、その商号を「株式会社漫画アイデアセンター」と
し、自ら又は他人によりその営業を「漫画社」又は「株式会社漫画社」と称し又は
称されているものであり、右表示は、原告会社が設立された昭和四四年六月ごろ既
に、東京都及びその周辺地域における取引先、宣伝、広告を必要とする一切の事業
体において、原告会社の営業を示すものとして広く認証されていた。
 しかして、前記のように、被告会社は、不正の目的をもつて、原告の営業表示で
ある「株式会社漫画アイデアセンター」、「漫画社」又は「株式会社漫画社」と同
一又は類似の「株式会社漫画社」なる商号を使用して営業しているものであり、右
の商号を使用して営業することは、これを原告の営業であると誤認させることにな
り、混同を生じさせることになる。そして、前に述べたような被告の挨拶状のた
め、原告会社は、取引先から会社を移転したのかなどの問合せにしばしば接し、そ
のつど事情を説明し、誤解を解いている。また現実に、原告会社の取引先である噂
発行所は、昭和四七年二月一七日雑誌「噂」掲載原稿料を被告会社の取引銀行に送
金した事実も発生し、原告会社の利益の侵害は具体的に発生している。
 よつて、原告は、商法第二一条又は不正競争防止法第一条第一項第二号に基づ
き、被告に対しその商号の使用の差止並びにその商号登記の抹消登記手続を求め
る。」
 被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とす
る。」との判決を求め、答弁及び主張として、次のとおり述べた。
「一(一) 請求原因一のうち、原告会社の設立登記の日及び登記された会社の目
的は認めるが、その余の事実は知らない。
(二) 同二のうち、旧漫画社が東京都千代田区<以下略>を本店として、昭和四
二年一一月九日に設立登記されたこと、A、E、C、D、Bが右会社の最初の取締
役に就任したこと、旧漫画社が「漫画」と題する雑誌を出版したこと、旧漫画社の
事業内容が、E、C、Dがいた頃の原告会社のそれと同一であること、旧漫画社の
事業が設立当初の原告会社に引継がれたこと、原告会社の役員に旧漫画社の取締役
中Bを除くその余の取締役がそのまま取締役として就任したことはいずれもこれを
認めるが、その余の事実は知らない。
(三) 請求原因三のうち、原告が取引先から漫画社と呼ばれていることは知らな
い。
(四) 同四のうち、被告会社の設立登記の日及び登記された会社の目的は認め、
その余は争う。
(五) 同五のうち、E、Cが自ら会社を設立したいので原告会社の取締役を辞任
したい旨及び設立される会社の事業内容はその当時の原告会社のそれと同一である
旨を昭和四七年一月ごろから原告会社の代表者に申し出て、そのころその承諾を得
たことは認める、Eらが、原告会社が一般に「漫画社」と呼称されていることに着
眼して被告会社の商号に「株式会社漫画社」を選定したこと、「株式会社漫画アイ
デアセンター」と「株式会社漫画社」とか類似の商号であることはいずれも否認す
る。
(六) 請求原因六のうち、被告が「事務所開設」と題する挨拶状を第三者に配付
したことは認めるが、その余の事実は否認する。右挨拶状に記載された内容は、要
約すれば、H(Cのペンネーム)、訴外I、同Jが「あしベビル五階」に事務所を
開設し、同所に新らしい電話が架設されたこと、E、D、訴外KもCらに追随して
勤務先を同所に変えたことをそれぞれの知人らに知らせる趣旨につきる。
(七) 請求原因七のうち、噂発行所から被告会社の預金口座に対し、雑誌「噂」
掲載の原稿料が振込まれたことは認める。「漫画社」又は「株式会社漫画社」なる
呼称が、原告会社の略称として広く認識されていること、被告会社が不正の目的を
もつて「株式会社漫画社」なる商号を使用して営業していること、右商号を使用し
て営業することは、これを原告の営業であると認識させ、これとの間に混同を生じ
させることになることはいずれも否認し、その余の事実は知らない。
二 原告の商号「株式会社漫画アイデアセンター」と被告の商号「株式会社漫画
社」とは類似しない。「漫画」は普通名詞であり、その名称自体に営業主体もしく
は商品の信用、名声が化体されているわけではないから、それだけでは自他を識別
させることができず、両商号はその付加文字によつて明瞭に区別でき、混同される
おそれはない。
 商業登記法第二七条は、「商号の登記は、同市町村内においては、同一の営業の
ため他人が登記したものと判然区別することができないときは、することができな
い。」と定めている。ところで、原告の主張によれば、昭和四二年一一月九日に東
京都千代田区<以下略>を本店所在地とする株式会社漫画社(旧漫画社)が設立さ
れ、その後昭和四四年六月二〇日に同町<以下略>を本店所在地とする原告会社の
設立登記がされ、設立当時の原告会社の営業が旧漫画社のそれと同一内容であつた
のであるから、登記官は、旧漫画社と原告会社の商号は判然区別することができる
と判断したことになる。もとより、右両商号が判然区別できるか否かは、登記官が
どう判断したかによつて確定されるものではないが、その事情は本件商号の異同を
判定する際に斟酌されるのが相当である。
三 原告の請求の根底には、原告が今日までの企業活動を通じて、東京都及びその
周辺地域の宣伝、広告を必要とする一切の事業体の間でゆるぎない信用を獲得し、
その信用が原告の商号に化体しているとの主張がある。信用を獲得するとは、例え
ば原告の広告の手法がユニークであるとか、その技術が卓抜であるとか、納品が迅
速であるとか等の評判が定着した状態を指す、といい換えてもよい。しかし、原告
は、右の意味での信用を獲得していない。原告は、個々の社員の交遊関係その他の
縁故を頼みにするとか、広告に使う漫画の執筆者のネームバリユーを借用するとか
によつて始めてその顧客を獲得する零細企業の域を出ておらず、「漫画社」の社名
自体を信用して原告に発注するほどの事業体は存しない。従つて、被告が原告会社
の社会的信用を自己の営業活動に利用することなどあり得ない。
 被告会社の取締役であるC(ペンネームはH)、I、Jは、俗に漫画界の御三家
とか称せられるほど著名で、かつ優れた漫画家である。従つて、被告にしてみれ
ば、例えば「Hの会社」と称した方が「Aの主宰する会社」とか、「Aのやつてい
る漫画社」などと唱えるよりもはるかに世間で受けがよいのである。もつて、被告
が原告のいう不正の目的を有していないことは当然である。」
立証(省略)
       理   由
 昭和四二年一一月九日東京都千代田区<以下略>に株式会社漫画社(旧漫画社)
が設立されたこと、A、E、C、D、Bが右会社の最初の取締役に就任したこと、
右会社が「漫画」と題する雑誌を出版したことについては、当事者間に争いがな
い。原告会社代表者A、被告会社代表者E各尋問の結果を総合すると、右雑誌「漫
画」の出版は昭和四三年の一月号から同年の一二月号まで続けられ、その出版部数
は多いときで五〇、〇〇〇部、少いときで一五、〇〇〇部くらいであつたが、いず
れもその八割五分ないし九割ぐらいは返本されて返つてきたため、右出版事業は赤
字を重ね、その累積赤字は二、〇〇〇万円を越えるに至つたこと、旧漫画社の大口
債権者は、Bがその代表取締役であつた三協美術印刷株式会社とAの二名であつた
が、そのうち三協美術印刷株式会社の債権額は、一、二〇〇万円ないし一、三〇〇
万円であつたこと、三協美術印刷株式会社は、同社の旧漫画社に対する債権を、税
務対策上自社の損金としておとすためには、旧漫画社が手形不渡をだして倒産し、
回収不能となつたようにして処理する必要があつたため、旧漫画社が三協美術印刷
株式会社に対して負つているのと同額の手形を同社のために振出し、これを不渡と
することによつて、三協美術印刷株式会社は旧漫画社に対する債権を欠損金として
経理上処理したこと、旧漫画社は現在解散はしていないが、事業を行つてはおらず
休眠状態であることをそれぞれ認めることができ、右認定に反する証拠はない。し
かして、原告が昭和四四年六月二〇日に(一)広告、宣伝、企画及びデザインに関
する制作並びに販売(二)右に付帯関連する一切の事業を目的として設立登記され
た株式会社であることについては、当事者間に争いがなく、その成立について争い
のない甲第一八、第一九号証、原告会社代表者A、被告会社代表者E各尋問の結果
を総合すると、原告会社は具体的には、旧漫画社の事業のうち雑誌「漫画」の発行
を除いて、同社と同様、漫画を基調とする広告、宣伝用出版の事業を行つているも
のであることを認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。
 被告が、昭和四七年二月八日に、(一)広告、宣伝、企画、デザイン及び出版に
関する制作並びに販売(二)右に付帯する一切の事業を目的として設立登記された
株式会社であることについては当事者間に争いがない。
 ところで、官署作成部分については真正に成立したものであることについて当事
者間に争いがなく、その余の部分については原告会社代表者A尋問の結果によつて
真正に成立したものであることが認められる甲第四号証、第八号証、原告会社の事
務所のある建物の写真であることについて争いのない甲第一五号証、証人Lの証
言、原告会社代表者A尋問の結果、被告会社代表者E尋問の結果(一部)を総合す
ると、原告会社は、「株式会社漫画アイデアセンター」として設立された後も、旧
漫画社の役員のうちBを除く他の者がそのまま原告会社の役員となつたこと、原告
会社と旧漫画社との事業の内容がほとんど変らないものであつたこと、事務所が同
一の場所にあつたことなどの関係もあつて、自ら又は他人により「漫画社」又は
「株式会社漫画社」と称し又は称されていたことを認めることができ、被告会社代
表者E尋問の結果中右認定に反するかのような部分はこれを措信できず、他に右認
定に反する証拠はない。しかして、被告会社の商号「株式会社漫画社」は、右「漫
画社」及び「株式会社漫画社」と同一又は類似であるから、原告会社代表者A、被
告会社代表者E各尋問の結果により認められる、原、被告会社の事業内容が同一で
あること、その事務所がいずれも東京都区内にある本件においては、被告が右商号
を使用することは、他人をしてこれを原告の営業であると誤認させることになるも
のと認められる。そしてまた、被告の右商号の使用は不正の目的に出たものという
べきである。けだし、被告会社は、原告会社の取締役であつたC、Eらが原告会社
の代表取締役であるAにその設立の了承を得て、原告と同一事業をすることを目的
とする会社として設立されたものであり(以上の点は当事者間に争いがない。)従
つて、被告会社が原告会社と競業関係に立つことになることは原告会社としてはこ
れを了承していたものといいながらも、前認定の事業関係からすれば、右C、Eら
も原告会社が自ら又は他人により「漫画社」又は「株式会社漫画社」と称し又は称
されていたことを知りながら敢えて被告会社の商号に「株式会社漫画社」を選定
し、しかも(成立について争いのない甲第一六号証及び被告会社代表者E尋問の結
果によれば)その設立に際し、原告会社の取引先その他原告会社の関係人に対し、
被告会社が設立された旨ではなく、あたかも株式会社漫画社が東京都中央区<以下
略>に事務所を開設して会社を移転したことの通知をする旨の挨拶状を発送したこ
とが認められ、これらの事実を総合すると、被告会社はその商号の使用につき原告
の営業上の実績、信用等を利用する意図を有していたものということができるから
である。
 被告は、原告は、その広告の手法がユニークであるとか、その技術が卓抜である
とか、納品が迅速であるとか等の評判が定着しているとの意味での信用を獲得して
おらず、個々の社員の交遊関係その他の縁故を頼みにするとか、広告に使う漫画の
執筆者のネームバリユーを借用するとかによつて始めて顧客を獲得する雰細企業の
域を出ないから、被告が原告会社の社会的信用を自己の営業活動に利用することな
どありえないと主張する。しかしながら、不正の目的があるというためには、利用
されるべき信用が、被告主張のようにゆるぎないものでなければならないというこ
とはない。被告は、更に、Aの主宰する会社などというよりも、Hの会社とした方
が世間で受けがよいから、被告には不正の目的などないという趣旨の主張もする。
しかし、仮に被告主張のような呼称の方が世間に受けがよいなら、商号にそのよう
な呼称のものを使用すればよいのであつて、ことさら株式会社漫画社という商号を
使用する必要はないはずである。前掲甲第一六号証の存在は被告の右主張と矛盾
し、結局被告の、不正の目的は存しないとの主張は理由がないことになる。
 被告がその商号を使用することによつて被告の営業が原告の営業であると誤認さ
れるおそれのあること前認定のとおりであるから、原告はこれによつて利益を害せ
られるおそれのあることは明瞭であるといわなければならない。
 よつて商法第二一条に基づき、被告に対しその商号の使用の禁止並びにその商号
登記の抹消登記手続を求める原告の本訴請求は、その他の点の判断をするまでもな
く、正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟
法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 荒木秀一 高林克巳 清水利亮)

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