弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人鍛治利一の上告趣意第一点について。
 所論は被害者大部栄の死亡当時(昭和二三年一一月一二日)、原判決挙示の鑑定
書の記載どおり同人が六ケ月に達する胎児を姙娠していたとすれば、原判決が被告
人は昭和二三年七月頃右被害者と情交関係を結ぶに至つたと認定したのは実験則に
反するというのである。なる程、原判決の証拠説明中に「鑑定人安斎徹の被害者に
対する鑑定書中被害者が姙娠六ケ月に達する男性の胎児を有する旨の記載」とあつ
て、原判決は右鑑定書の記載を証拠にとつていることは明かである。しかし、もと
もと右鑑定書は昭和二三年一一月一五日平市在住医師安斎徹が裁判官吉井信男の命
にもとずき現場において被害者の死体解剖の上作成したものであつて、そのうち同
裁判官の命じた鑑定事項の六「姙娠し居るや否や」という項目に対して「……子宮
腔には姙娠六ケ月に達する男性胎児を有す……」と「述べているのである。即ち右
鑑定事項は姙娠の有無についてゞあつて、医学的に正確な妊娠の月数を求めている
のではないのである。しかも鑑定書は姙娠六ケ月と断定した経緯を明示しておらな
いばかりでなく、死胎によつて姙娠月数を正しく算出しようと思えば胎児の重量と
大さとを測定すべきであるのに、本鑑定ではこれを欠き、鑑定書によれば「子宮は
妊娠子宮にして大さ小児頭大なり。子宮底の高さ臍部に達す。」「臍帯の長さ二三
糎、胎盤の大さ直径一三糎なり。」との所見をしたのみでたやすく胎児は姙娠六ケ
月であるとの意見を附したのである。従つて右は鑑定書の記載自体からみるも妊娠
月数の算出としては疎漏の譏を免れないであろう。要するに原判決が「その結果同
女は姙娠し」と認定するについて証拠としたところは右鑑定書記載中姙娠月数に関
する記載の部分は含まれていないのである。されば原判決の証拠説明としての右鑑
定書の記載の指摘が稍々適格を欠いた嫌があつても、之をもつて原判決の認定に実
験則違反の点は認めることはできない。論旨は採用できない。
 同第二点について。
 所論は被告人は被害者栄と情交関係は結んだけれども栄が姙娠したのはその結果
ではないという前提に立つて、原判決の殺人の動機に関する証拠の取捨とその価値
判断とを争うものであるから適法な上告理由ではない。本件姙娠の事実に関する原
判決の認定が実験則に反しないことは前段説明の通りであるばかりでなく、論旨指
摘の証拠以外に原判決挙示の証拠即ち司法警察官の昭和二三年一二月一五日付被告
人に対する訊問調書の記載(記録一八五丁以下)を併せ考えれば判示事実は認定で
きるから原審の事実認定が経験則に違反しているということはできない。されば右
経験則違反を前提とする憲法三一条違反の論旨は採用することができない。
 同第三点について。
 所論被害者死亡の日時に関する主張は結局原判決の事実誤認の主張に帰するばか
りでなく、右事実の認定には実験則に反する点はないから論旨は理由がない。
 同第四点について。
 原判決が証拠とした所論第一審第三回公判調書中大部ナオの供述記載及び発信者
大部ナヲ名義の被害者に宛てた手紙一葉(証第二十号)は証拠能力がある以上、論
旨は事実審の裁量に属する証拠の価値判断を非難するに帰するから適法な上告理由
ではない。
 同第五点について。
 所論司法警察官の証言の価値判断を非難する論旨は適法な上告理由でない。右証
言が証拠能力がある以上はその採否と価値判断とは原審の健全な裁量にまつところ
であるから、論旨違憲の主張はその前提を欠き採用できない。
 同第六点について。
 記録を精査しても所論司法警察官の昭和二三年一二月一五日付被告人に対する被
疑者訊問調書並に検事の同年一二月二二日付被告人に対する聴取書中判示事実に照
応する部分の各供述がそれぞれ強制による自白であると認めることはできないから
論旨は採用できない。
 弁護人勅使河原直三郎の上告趣意第一点について。
 原判決は被告人の自白以外に他の証拠をも綜合して判示事実を認定しているので
あるから、所論違憲の主張はその前提を欠き採用できない。
 同第二点について。
 論旨は事実誤認の主張であつて適法な上告理由ではない。
 よつて刑訴施行法二条、旧刑訴四四六条により裁判官谷村唯一郎の意見を除く他
の裁判官一致の意見で主文の通り判決する。
 裁判官谷村唯一郎の少数意見は次のとおりである。
 弁護人鍛治利一の上告趣意第一点は、原判決が証拠として挙示した鑑定人安斎徹
の鑑定書の記載によれば、被害者大部栄は死亡当時(昭和二三年一一月一二日)姙
娠六ケ月に達する男性の胎児を有していたのである。然るに原判決が認容した第一
審判決は、被告人は昭和二三年七月頃より大部栄と情交関係を結ぶに至りその結果
同女は姙娠したと認定したのは実験則に反するというのである。これに対し多数意
見は、右の鑑定を命じた裁判官の鑑定事項六に「姙娠し居るや否や」とあり、この
項目に対して鑑定人は「……妊娠六ケ月に達する男性胎児を有する」と述べている
が、右鑑定事項は姙娠の有無についてであつて、医学的に正確な姙娠の月数につい
てではないのであるから、第一審判決が「その結果同女は姙娠し」と認定するにつ
いて証拠としたところは右鑑定書記載中姙娠月数に関する記載部分は含まれないの
であると断じ、そして原判決の証拠説明としての鑑定書の記載の指摘が正確を欠い
た嫌いがあるに過ぎないと判示して論旨を排斥しているのであるが、およそ専門家
である医師に対して屍体の鑑定を命ずる場合その鑑定事項の一として「姙娠し居る
や否や」との項目があるとき、これは単に姙娠の有無だけを知るのみで足り、医学
的に姙娠月数についての鑑定は含まないと解することが常理に適うことであらうか。
しかも苟も犯罪捜査の必要上、裁判官が姙娠の有無の鑑定を命ずる場合単に姙娠し
ている、姙娠していないというだけで、姙娠している場合その月数が不明確とあつ
ては、周密を要する犯罪捜査の資料としては何等の役に立たぬのである。従つて専
門家である医師としてかような鑑定を命ぜられたとき解剖の結果姙娠して居れば、
その月数を鑑定することは当然であり、また鑑定を命じた趣旨もここにあると見る
のが常識であるのである。それなればこそ本件鑑定人は前記鑑定事項に対する解答
として胎児の月数を医学的に鑑定して記載しているのである。然るに多数意見が鑑
定事項として姙娠の月数を求めていないと独断し、原判決の証拠説明としての鑑定
書の指摘が適確を欠いた嫌いがあると称して鑑定書中姙娠六ケ月の記載が恰も無用
なものでもあるかのようにこれに眼を蔽い原判決の不備を看過することは常理に副
はない判断であつて、私の納得し得ないところである。このことは決して多数意見
のように証拠説明の、よし、あしの問題ではない。原審が被告人と被害者との情交
を結んだのが昭和二三年七月頃でその結果被害者が姙娠したと認定している以上胎
児の月数如何は、被害者の姙娠が果して被告人との情交に因るものであるか否かを
決定する鍵であつて本件の犯罪事実を判断するにつき極めて重要な事項であるから、
(若し胎児が被告人の子でないことになれば一審の事実認定真実に反することとな
る)本件において鑑定書に示されている胎児の月数は姙娠の有無と不可分的関係に
あるものであり、鑑定事項の範囲外であるとか、証拠説明としての鑑定書の引き方
が適確でないとかの単なる形式的な措辞で片付けることは無理に原判決の不備の辻
褄を合はそうとするものとしか思はれない。そして記録を精査すると胎児が被告人
の子であるか、否かは多分に疑問の存する本件(被告人は検事にも、一、二審の公
判廷でも月が違うから自分の子ではないと否認しており、これを裏付ける証言もあ
る。また被害者も生前一言も被告人の子であると何人にも話したことはない、たゞ
被告人が司法警察官の取調に際し被害者の姙娠が自分との情交の結果であるように
答えている節があるが、これは取調の情況と供述の全趣旨から見て明確を欠くとこ
ろがある。)においては科学的証拠方法である医師の鑑定の結果は最も重要な資料
である、しかも原判決は犯行の動機として被告人が被害者と情交を結び、その結果
姙娠したことを掲げているのであるから、被告人との情交に因る姙娠であることを
証拠によつて明かにしなければならぬことは言うまでもない。然るに原判決は上記
の如く被告人と被害者との情交の時期を昭和二三年七月頃と認定し、その結果被害
者が姙娠したことを認定して、その証拠として「鑑定書中被害者栄が姙娠六ケ月の
男性の胎児を有する旨の記載」を引用したことは、情交の時期に符合しない姙娠の
事実を認めたことになつて明らかに実験則に反する違法があるといわなければなら
ない。そして右の違法は判決に影響を及ぼすことは上来述べたところによつて明か
であり、且つ著しく正義に反するものであるからこれを破棄して原審に差戻し、更
に審理を尽させることが相当である。
 検察官 橋本乾三関与
  昭和二八年三月二七日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    谷   村   唯 一 郎

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