弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人北山六郎、同宮崎定邦の上告理由について。
 民法一一〇条にいう「正当ノ理由ヲ有セシトキ」とは、無権代理行為がされた当
時存した諸般の事情を客観的に観察して、通常人において右行為が代理権に基づい
てされたと信ずるのがもつともだと思われる場合、すなわち、第三者が代理権があ
ると信じたことが過失とはいえない(無過失な)場合をいい、右諸般の事情には、
本人の言動を含むものと解すべきである。
 これを本件についてみるに、原審が適法に確定した事実の要旨は、次のとおりで
ある。すなわち、(1)訴外D(以下単に「訴外D」という。)は、本件家屋の賃貸
人である被上告人の代理人として本件家屋の賃料の取立および受領の権限(以下「
管理権」という。)しか有せず、被上告人の代理人として本件建物の賃借権譲渡の
承諾をする権限を有していなかつたところ、上告人が昭和二六年一二月頃本件家屋
の賃借人である訴外E(以下単に「訴外E」という。)から本件家屋の賃借権を譲
り受けるにあたり、右譲渡について承諾した(したがつて、訴外Dは、その代理権
限外の右承諾をした。)、(2)上告人は、当時訴外Eから被上告人の代理人である
訴外Dの右承諾を得た旨の説明を受けたに止まつた、(3)上告人は、当時すでに訴
外Dの住所氏名をも知つており、上告人の住所から被上告人および訴外Dの住所ま
での交通の便は極めて良好であり、上告人は、被上告人または訴外Dに対し、右(
2)の訴外Eの説明が真実であるか否かを容易に確め得た(もし、上告人が確めた
ならば、訴外Dが本件家屋の賃借権譲渡の承諾をする代理権を有していなかつたこ
とが明白となつた。)にもかかわらず、かかる措置を採らず、漫然と右(2)の訴外
Eの説明を信じ、本件家屋の賃借権の譲渡について被上告人の承諾があつたものと
速断して、本件建物に入居した、(4)上告人の入居後間もなく、訴外Dは、上告人
に対し、上告人の賃借権譲渡については別段異議を唱えなかつたが、賃貸人である
被上告人の諒解を得るまで訴外Eの標札を本件家屋に掲げておくよう指示した、と
いうのである。
 右(1)ないし(3)の事実によれば、上告人は、訴外Eから本件建物の賃借権を譲
り受けるにあたり、本件家屋の管理権者にすぎない訴外Dの承諾を得た旨の訴外E
の説明を受けただけで、容易に被上告人または訴外Dについて調査することができ、
これによつて訴外Dには右承諾をする代理権のないことを知り得たにもかかわらず、
かかる措置を採らず、漫然と訴外Eの右説明のみを信用し、訴外Dには被上告人を
代理して右承諾をする権限があると信じたものであるから、上告人が訴外Dに右代
理権があると信じたことは、上告人の過失であるといわざるを得ない。また、右(
4)の事実によれば、上告人は、訴外Dが被上告人を代理して本件家屋の賃借権譲
渡の承諾をする権限を有しなかつたことを容易に知り得たはずであるから、右(4)
の事実によつて、上告人が訴外Dに右代理権があると信じたことは、上告人の過失
であるといわなければならない。されば、いずれにしても、上告人には、訴外Dに
右代理権があると信ずるについて正当な理由があつたとはいえない。なお、上告人
所論の被上告人側の事実は、右の正当な理由の有無の判断について何等消長を来た
すものではない。
 されば、論旨は採用できない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文の
とおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    松   本   正   雄
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    飯   村   義   美
            裁判官    関   根   小   郷

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