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平成17年12月12日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成15年(ワ)第27245号 損害賠償等請求事件
口頭弁論終結日 平成17年9月12日
判        決
原     告             A
原     告             B
原告ら訴訟代理人弁護士   木 内 千登勢
井浦謙二
被告       学校法人 東京醫科大学
同代表者理事長           C
同訴訟代理人弁護士     加藤済仁
              桑原博道
蒔田 覚
大平雅之
主        文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告Aに対し金4695万0200円,原告Bに対し金4478万3053円及
びこれらに対する平成13年12月6日から各支払済みまで年5分の割合による金
員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告の設置する病院において診療を受けていた患者が全脳虚血により
死亡したことにつき,その両親である原告らが,全脳虚血は感染性心内膜炎の進
行に起因するものであるとした上,担当医師において,より早期に,感染性心内膜
炎の発症を疑って,適切な鑑別診断を実施することにより同疾患を発見して,これ
に対する治療を行うべきであったにもかかわらず,これを怠った(早計に成人スチ
ル病と誤診して同疾患に対する治療のみを継続し,感染性心内膜炎の診断,治療
が遅れた。)などと主張して,被告に対し,債務不履行又は不法行為(使用者責任)
に基づく損害賠償請求として,患者の逸失利益,慰謝料及び原告ら固有の慰謝料
並びにこれらに対する患者死亡の日からの民法所定の割合による遅延損害金の
支払を求めている事案である。
1 前提事実(証拠原因により認定した事実については,括弧書きで当該証拠原因を
掲記する。その余の事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告Aと同Bは,夫婦であり,その長女がD(昭和56年9月22日生,平成1
3年12月6日死亡。)である。
イ 被告は,東京都新宿区内において「東京醫科大学」を開設する学校法人で
あり,東京都八王子市内に附属の「東京医科大学八王子医療センター」という
名称の病院(以下「被告病院」という。)を設置している。
(2) 被告病院におけるDの診療経過の概要(甲A1,2の1ないし18,3,B22,乙
A1ないし5,9ないし12,証人E,同F,原告B本人,弁論の全趣旨)
ア Dは,平成13年1月中旬ころ(以下の日付は,特に断らない限り,平成13年
の日付である。)から微熱を伴う感冒様症状を訴えるようになり,2月ころから
は,しばしば38℃ないし39℃の発熱をみるようになったため,複数の市中病
院を受診していたが,諸検査によってもその原因が判然としなかった。そのた
め,Dは,4月10日,そのころ受診していた「G医院」の紹介により,精査,加
療目的で被告病院の免疫・血液内科外来を受診し,その際,被告との間で診
療契約を締結した。
被告病院におけるDの診療は,主として,免疫・血液内科のE医師及び神
経内科のF医師が担当した。
イ 被告病院初診時,Dは,諸検査を受けるとともにE医師の診察を受けたとこ
ろ,リンパ節等には異常は認められなかったが,聴診により軽度の収縮期駆
出性心雑音が聴取された。E医師は,上記の検査及び診察の結果のほか上
記アのような症状経過や「G医院」から提供された診療情報等から膠原病を疑
ったが,当面は経過観察を行うことにした。なお,胸部レントゲン検査では特
段の異常は認められなかったが,血液検査の結果,白血球数,血沈,CRP値
に異常が認められ,何らかの炎症が生じていることを示していた。
Dは,初診以後,被告病院の免疫・血液内科に幾度か通院し,5月29日の
受診時に,E医師により成人スチル病と診断され,以後,概ね1か月に2,3回
の頻度で同科外来を受診し,ステロイド剤の投与等を中心とする治療と経過
観察を継続して受けていた。
ウ Dは,9月28日,発熱と左手足のしびれ,吐気,軽度頭痛を訴えて被告病院
に救急搬送され,翌29日,被告病院の神経内科を受診して,F医師の診察及
び頭部CT検査を受けた結果,軽度くも膜下出血と右視床の梗塞所見が認め
られたため,そのまま同科に入院した。
その後,Dは,10月24日に症状が軽快したとして被告病院を退院し,以
後,再び免疫・血液内科外来に通院することになったが,11月5日に被告病
院腎臓内科を受診した際,同科医師から,収縮期心雑音,上下肢・眼瞼の紫
斑等の症状を指摘されて,感染性心内膜炎も疑われるとされ,また,11月7
日,3日前から右眼が赤く見えると訴えて被告病院眼科を受診した際も,右視
力低下と眼底出血を指摘され,さらに,同月13日,E医師の診察時に心エコ
ー検査を受けた結果,僧帽弁閉鎖不全と疣贅(ゆうぜい)が発見されて感染
性心内膜炎と診断され,そのまま被告病院に緊急入院となった。
エ Dは,11月15日,被告病院心臓血管外科に入院し,同月26日の脳血管造
影検査により脳内に動脈瘤が発見された。そのようなことから,Dに対して,僧
帽弁形成術ないし置換術を実施し,その後に脳動脈瘤破裂の予防のための
開頭術(クリッピング術)を施行することになった。
Dは,同月27日,人工心肺下で僧帽弁置換術を受けたが,術後,覚醒せ
ず,緊急に実施された脳血管造影検査の結果,動脈瘤からの少量の出血の
ほか,脳血管の緊張性変化が認められ,全脳虚血の状態にあることが判明
し,いわゆる脳死状態に陥り,その後も容態の改善が見られないまま,12月
6日,死亡が確認された(死亡時20歳)。
なお,被告病院心臓血管外科のH医師作成の死亡診断書には,直接死因
は「感染性心内膜炎」,その発症からの期間は「11か月」と記載されている。
(3)ア 4月10日から12月6日までの被告病院におけるDの診療経過は,別紙「診
療経過一覧表」(ただし,「カルテ等の記載」欄のうち下線を付した部分を除
く。)記載のとおりである。
イ 4月10日から9月29日までのDの発熱状況(熱型)は,別紙「熱型表」(別紙
診療経過一覧表の上記期間に対応する「体温」欄記載の数値をグラフ化した
もの)記載のとおりである。
ウ 4月10日から11月5日までのDに対する血液検査等の結果は,別紙「血液
検査等結果一覧表」記載のとおりである。
(4) Dの死亡原因について
Dは,直接的には,血管攣縮による全脳領域の虚血及びそれに伴う多臓器不
全により死亡した(ただし,その血管攣縮が感染性心内膜炎に起因するものであ
るか否かについては争いがある。)。
(5) 本件に関連する医学的知見
ア 感染性心内膜炎(甲B2ないし4,5の1,9,10,13,14,乙B1,2)
(ア) 疾患の概要
感染性心内膜炎は,弁膜や心内膜,大血管内膜に細菌集蔟を含む疣贅
を形成し,菌血症,血管塞栓,心障害など多彩な臨床症状を呈する全身性
敗血症性疾患であり,頻度の多い疾患ではないが,いったん発症すれば多
くの合併症を引き起こして,ついには死に至る疾患である。
感染性心内膜炎の発症に関しては,多くの場合,弁膜疾患や先天性心
疾患に伴う異常血流の影響や人工弁置換術後例等異物の影響で生じた非
細菌性血栓性心内膜炎が重要と考えられており,そのような原疾患により
心内膜の内皮細胞が障害され,膠原線維が露出すると,その部分に血液う
っ滞が生じ,血小板とフィブリンからなる血栓が生じる。この状態で,菌血症
(本来無菌であるはずの血中に細菌(感染性心内膜炎の場合は,緑色レン
サ球菌,黄色ブドウ球菌,腸球菌,表皮ブドウ球菌,グラム陰性桿菌等)が
検出される状態であり,敗血症ほどの強い全身症状を呈さないもの。)を誘
発する感染症が起こると,その原因菌が血小板やフィブリンに付着して細
菌の増殖が始まり,これを血中の線維成分や血小板などが更に取り囲ん
で,あたかも培養地のような状態を形成し,更に細菌が増殖していくことに
なる。このように弁膜,心内膜等に生じた菌塊や血中のフィブリン,血小
板,血球が付着してできた箇所を疣贅(vegetation。「疣腫」ともいう。)とい
う。
菌血症を合併したり,あるいは菌血症を生じうるような手技や小処置(抜
歯等の歯科処置,扁桃摘除等の耳鼻咽喉科処置,婦人科処置,尿道カテ
ーテル挿入等の泌尿器科措置)の後に持続する不明熱を訴える場合や以
前に聴取されなかった逆流性心雑音が出現したような場合は,感染性心内
膜炎を疑わなければならないとされている。
(イ) 臨床経過
菌血症が起こってから感染性心内膜炎の症状の発現までの期間は短
く,80%以上の例では2週間以内であるとの報告もある。感染性心内膜炎
の臨床症状は亜急性あるいは急性の経過を辿り,亜急性の場合は,発
熱,全身倦怠感,食欲不振,体重減少,関節痛等の非特異的な症状を呈
する。症状は,徐々に見られ,その発現日は通常特定しにくいが,抜歯,扁
桃摘除等と関連する場合もある。一方で,病原性の高い原因菌による急性
の場合には,高熱を呈し,心不全症状が急速に進行する。
(ウ) 臨床症状
(あ) 発熱
継続する菌血症による感染症状として最も頻度の高い(80~85%)
症状であるが,亜急性の場合は,微熱が長期にわたり持続する場合が
ある。他の感染症状として,脾腫,貧血,白血球増多,赤沈亢進,CRP
陽性,IgG上昇等がある。
基礎疾患となる心疾患が存在する場合,人工弁置換術後の例で説明
のつかない発熱が続く場合は,感染性心内膜炎の可能性を念頭に置く
ことが重要であるとされている。
(い) 心雑音等
ほとんど(80~85%)の例で聴取される。特に,新たに出現した弁逆
流性雑音は,急性感染性心内膜炎あるいは人工弁置換術後感染性心
内膜炎を疑う所見として重要であるとされており,他にも,心肥大,心悸
亢進,心電図変化,心不全等の感染症状が認められることがある。
(う) 末梢血管病変
点状出血は最も頻度の高い所見であり,眼瞼結膜・頬部粘膜・四肢に
見られる微小血管塞栓により生じ,その他,Osler結節(指頭部にみられ
る紫色又は赤色の有痛性皮下結節),Janeway発疹(手掌と足底の無痛
性小赤色斑),ばち状指,Roth斑(眼底の出血性梗塞で中心部は白色)
などの所見がある。ただし,これらの所見は急性期には見られず,亜急
性でも出現頻度は従前より低くなっているといわれている。
(え) 関節痛,筋肉痛
羅病期間の長い亜急性例では脾腫も見られるが,全体ではその頻度
は多くはない。
(お) 全身性梗塞症
重要な合併症であり,全体の約40%に見られる。これは,感染性心
内膜炎に随伴する疣贅から菌塊等が遊離して血流を通じて他臓器に塞
栓症状を発症させるものであり,中心網膜動脈の塞栓による眼底変化,
中大脳動脈領域の塞栓(脳梗塞)による片麻痺の出現,四肢動脈の塞
栓による四肢痛や虚血,腸間膜動脈の閉塞による腹痛,イレウス,血便
のほか,腎梗塞,脾梗塞等が認められることがある。
(か) 神経学的症状
感染性心内膜炎の30ないし40%に見られる。細菌性動脈瘤ができ
ることがあり,これが脳血管に生じた場合の動脈瘤破裂や梗塞部位に生
じた動脈炎による動脈破裂により,脳出血やくも膜下出血等の頭蓋内出
血を生じることもある(感染性心内膜炎の1.2ないし5%に生じるとの報
告もある。)。
(き) その他
うっ血性心不全(弁の破壊,逆流,腱索断裂の結果として生じるもの)
や腎不全(免疫複合体による糸球体腎炎の結果として生じるもの)があ
る。
(エ) 検査所見等
(あ) 血液培養陽性
感染性心内膜炎の診断については,血液培養で起炎菌を同定し,そ
れに対する抗生物質の投与が重要とされており,持続する発熱患者で
は常に感染性心内膜炎を疑い積極的に血液培養を行うべきとする文献
もある。
(い) 心エコー
心エコーにより弁や心内膜に付着した疣贅を検出したときは,感染性
心内膜炎の診断は確定するとされている。
臨床上,感染性心内膜炎が疑われる場合やそのリスクが高い場合
は,血液培養陰性例を含めて,心エコーを施行すべきであるとする文献
もある(一方で,不明熱を示すが他には臨床的に感染性心内膜炎の疑
いが少ない場合等にまで全例でスクリーニング検査として心エコーを行う
のは効率的でないとする意見もある。)。
(オ) 診断基準
感染性心内膜炎の診断は,敗血症に伴う臨床症状,血液中の病原微生
物(原因菌)の確認,疣贅を始めとした感染に伴う心内構造の破壊の確認
に基づいてなされる。
国際的に承認されている感染性心内膜炎の診断基準としては,1994
年に米国デューク大学のグループが提唱した基準(以下「Duke診断基準」
という。)があり,その内容は別紙「感染性心内膜炎(IE)のDuke臨床的診
断基準」のとおりである。
なお,同診断基準では,血液培養陽性が大基準に含まれているが,感
染性心内膜炎であっても何らかの原因で血液培養が陽性に出ない場合が
あることはしばしば経験されるとの報告もある。
イ 不明熱(甲B5の1,7,8,11,13)
体温は,視床下部の体温調節中枢で制御されており,正常では37℃に設
定されているが,それ以上に高い温度にセットされると発熱をみる。
発熱を伴う疾患には種々のものがあり,その中でも高熱を呈する疾患とし
ては,感染症(細菌性,ウイルス性,真菌性,原虫等),膠原病及び類縁疾患
(全身性エリテマトーデス,成人スチル病,側頭動脈炎,結節性多発動脈炎,
過敏性血管炎),血液疾患(悪性リンパ腫,急性白血病,無顆粒球症,溶血性
貧血,血栓性血小板減少性紫斑病),その他(サルコイドーシス,亜急性甲状
腺炎,悪性腫瘍,薬物,詐熱)が挙げられるが,感染症以外の悪性腫瘍,膠
原病などの発熱機序はほとんど解明されていない。
発熱の原因のつかめないものを不明熱(fever unknown origin。「FUO」と
もいう。)といい,不明熱の基礎疾患としては,感染症,悪性腫瘍,膠原病で全
体の3分の2を占める。
熱型(発熱の態様)は,疾患鑑別に参考となるところ,概ね下記のような分
類がされている。
              記
稽留熱:日差1℃以内で高熱が続くもの,腸チフス,大葉性肺炎,脳炎,化膿
性髄膜炎等
弛張熱:日差1℃以上であるが,低いときでも37℃にならないもの,敗血症,
感染性心内膜炎,膠原病,悪性腫瘍等
間欠熱:日差1℃以上であるが,低いときは37℃以下になるもの,マラリア等
波状熱:有熱期と無熱期を不定期に繰り返すもの,ブルセラ症等
周期熱:規則的な周期で発熱を繰り返すもの
ウ 成人スチル病(甲B5の2,6,15,16,17,18)
小児の慢性関節炎である若年性関節リウマチには,全身型の関節症状に
加えて,発熱,皮疹,リンパ節腫脹などの全身症状が見られるという特徴があ
り,これが成人に認められる場合が成人スチル病と称されている。
発症機序については,免疫異常を含む宿主側の要因が絡んで発症すると
の見解もあるが,その病因は不明である。
臨床症状は,発熱と関節症状が必発であり,皮疹,咽頭痛,リンパ節腫
脹,脾腫も高頻度に認められる。発熱は,典型的には夕方から夜間にかけて
急激に上昇し,朝方には自然に解熱する「イブニング・スパイク」(evening 
spike)と称される熱型を示す。皮疹は,比較的特異性が高く,本症の診断上も
重要な所見とされており,定型的には,掻痒感のない赤桃色の紅斑で,?幹や
四肢近位部に見られやすく,発熱時に出現しやすいという特徴を持つ。
本疾患には非特異性所見が多く,早期診断に困難を来すことが多いが,上
記の臨床像が見られる発熱患者については必ず念頭に置いておくことと,発
熱を来す他の疾患(感染症,悪性腫瘍,膠原病)を十分に除外することが重要
であるとする文献がある。
検査所見としては,白血球増加(1万/μl以上,うち好中球80%以上),肝
機能異常,自己抗体陰性,血清フェリチン値著増(正常値上限の10倍以
上),炎症所見は高度で赤沈亢進,CRP高値,炎症性貧血,低アルブミン血
症などが見られる。
治療としては,非ステロイド性抗炎症薬が第一選択とされているが,大部分
の症例では副腎皮質ステロイドの投与が必要とされている。
成人スチル病の一般的な分類基準は,下記のとおりと理解されている(以
下,この基準を「成人スチル病診断基準」という。)。
           記
(大項目)
(1) 発熱(≧39℃,1週間以上持続)
(2) 関節痛(2週間以上持続)
(3) 定型的皮疹
(4) 80%以上の好中球(杆状核球,分葉核球)増加を含む白血球増加(≧1
0000/μl)
(小項目)
(1) 咽頭痛
(2) リンパ節腫脹あるいは脾腫
(3) 肝機能異常
(4) リウマトイド因子陰性及び抗核抗体陰性
大項目2項目以上を含む合計5項目以上を成人スチル病と分類する。ただ
し,除外項目は除く。
参考項目:血清フェリチン著増(正常上限の5倍以上)
除外項目:Ⅰ 感染症
Ⅱ 悪性腫瘍
Ⅲ 膠原病
2 原告らの主張
(1) 被告病院医師の過失ないし義務違反
ア 初診時ないしこれに近接した時期における過失ないし義務違反
(ア) Dの感染性心内膜炎の発症時期
Dは,被告病院初診時前に38℃以上の発熱が2か月以上継続してお
り,抗生物質の服用中は解熱し,服用を止めるとまた発熱するといった状
態であった。また,被告病院初診時,心雑音が認められており,血液検査
の結果も白血球増多,赤沈亢進,CRP陽性,IgG上昇等と炎症徴候が顕著
であった。さらに,成人スチル病との診断のもとに5か月間以上にわたって
ステロイド剤が投与されたが,発熱が止むことはなく,血液検査の結果にも
改善が見られなかった。しかも,若年女性であったにもかかわらず9月29
日に脳梗塞を発症しており,同日の診察で再び心雑音が聴取され,10月1
日の心電図でも左心房肥大の徴候が見られた。このような臨床経過等によ
れば,Dが被告病院初診時に感染性心内膜炎に罹患していたことは明らか
である。なお,H医師も,死亡診断書に感染性心内膜炎の罹患期間を11
か月と記載しており,被告病院初診時において既に感染性心内膜炎に罹
患していたことを認めている。
(イ) Dは,被告病院初診の時点で,2か月以上継続する38℃以上の発熱が
あって,抗生物質服用中だけ解熱するといった状態であり,白血球増多,
赤沈亢進,CRP陽性,IgG上昇等の炎症徴候を示す血液検査所見があっ
たほか,心雑音が聴取されていた。このような臨床所見や検査結果等から
すれば,被告病院初診時において,上記(ア)のとおり感染性心内膜炎に罹
患していたことは明らかであり,仮に明らかとまではいえないとしても,感染
性心内膜炎を疑うべき徴候は十分に揃っていたといえるし,少なくとも,不
明熱として原因検索を実施する必要がある症状を呈していたといえる。
したがって,E医師は,被告病院初診時あるいはこれに近接した時期に
おいて,感染性心内膜炎の発症を疑い,あるいは不明熱の原因検索として
も,血液培養を行って感染症の原因菌を同定し,心雑音に対しても心エコ
ー検査を施行して,感染性心内膜炎を発見し,直ちにその治療に着手すべ
き注意義務を負っていた。にもかかわらず,同医師は,これを怠り,血液培
養も心エコー検査も行わず,感染性心内膜炎の診断及び治療をしなかっ
た。
イ 被告病院通院中(9月29日の脳梗塞発症まで)における過失ないし義務違

E医師は,4月17日の診療時以後,成人スチル病との前提でステロイドを
投与した。しかし,その後も,週に1,2回は38℃程度の発熱があり,白血球
増多,CRP陽性等の炎症所見も全く改善傾向を示していなかった。また,5月
30日には,骨盤内感染症や尿路感染症を疑うべき発熱,右側腹部痛を発症
している。さらに,9月13日には感染性心内膜炎を示唆するリウマトイド因子
検査(別紙血液検査等結果一覧表の「RAPA」の検査項目欄)が陽性となり,
血清補体値(別紙血液検査等結果一覧表の「CH50」の検査項目欄)も初診時
及び9月13日のいずれも低値を示しているなど,成人スチル病の診断とは矛
盾する検査結果も現れている。
このような臨床所見や検査結果等に上記アの初診時前後における所見等
を併せれば,被告病院通院中において,感染性心内膜炎に罹患していたこと
は明らかであり,仮に明らかとまではいえないとしても,感染性心内膜炎を疑
うべき徴候は十分に揃っていたといえるし,少なくとも,成人スチル病との診断
を見直して,改めて不明熱として原因検索を実施する必要がある状態にあっ
たということができる。
したがって,E医師は,被告病院通院中(9月29日の脳梗塞発症まで)にお
いて,感染性心内膜炎の発症を疑い,あるいは不明熱の原因検索としても,
血液培養を行って感染症の原因菌を同定し,心エコー検査を施行して,感染
性心内膜炎を発見し,直ちにその治療に着手すべき注意義務を負っていた。
にもかかわらず,同医師は,これを怠り,血液培養も心エコー検査も行わず,
感染性心内膜炎の診断及び治療をしなかった。
ウ 脳梗塞発症時(9月29日)ないしこれに近接した時期(10月18日まで)にお
ける過失ないし義務違反
Dは,9月29日,右視床部梗塞と軽度くも膜下出血を起こしており,心雑音
も聴取された。また,同日までの診療経過をみても,発熱傾向は改善していな
かった。さらに,神経内科入院後の10月1日の心電図検査では左心房肥大
の徴候が,同月9日,12日,17日に行われた血液検査では白血球増多,C
RP陽性等の炎症徴候がそれぞれ見られた。しかも,10月1日には感染性心
内膜炎を示唆するリウマトイド因子検査が陽性を,同月12日には血清補体値
が低値をそれぞれ示していたほか,抗生物質を服用すると解熱するといった
状態にあった。
このような臨床所見や検査結果等に脳梗塞発症時までの所見等も併せみ
ると,脳梗塞発症時において,感染性心内膜炎に罹患していたことは明らか
であり,仮に明らかとまではいえないとしても,感染性心内膜炎を疑うべき徴
候は十分に揃っていたといえるし,少なくとも,成人スチル病との診断を見直
して,改めて不明熱として原因検索を実施する必要がある経過を辿っていたと
いえる。
したがって,被告病院医師は,9月29日の脳梗塞発症時ないしこれに近接
した時期(10月18日まで)において,感染性心内膜炎の発症を疑い,あるい
は不明熱の原因検索としても,血液培養を行って感染症の原因菌を同定し,
心雑音に対しても心エコー検査を施行して,感染性心内膜炎を発見し,直ち
にその治療に着手すべき注意義務を負っていた。にもかかわらず,被告病院
医師は,これを怠り,血液培養も心エコー検査も行わず,感染性心内膜炎の
診断及び治療をしなかった。
(2) Dの死因及び被告病院医師の過失ないし義務違反とDの死亡との間の因果関

ア 死因について
Dは,感染性心内膜炎の進行に伴って,脳梗塞,細菌性脳動脈瘤が発生し
たほか,右椎骨動脈も途絶し,かつ,脳血管が脆弱化した状態になっていたと
ころに,11月27日,人工心肺下での長時間にわたる僧帽弁置換術を受けた
ことから,脳出血,脳血管の緊張性変化などの脳循環障害が発生して全脳虚
血となり,これに引き続く多臓器不全によって死亡したものである。
上記の全脳虚血は,塞栓によってではなく血管攣縮によって生じたもので
あるが,その血管攣縮は,上記のとおり,感染性心内膜炎が進行して脳合併
症が生じたまま心臓外科手術を余儀なくされたことに起因するものである。
イ 因果関係
(ア) 上記(1)のア,イとの因果関係
初診時から脳梗塞発症までの時期に,感染性心内膜炎との診断がされ
て,血液培養で同定した菌に対して有効な抗生物質が投与されていれば,
治癒して,外科的手術の必要は生じなかった(したがって,血管攣縮が生じ
ることもなかった。)から,死亡することもなかった。仮に,内科的な治療だ
けでは治癒せず,外科的手術の必要があったとしても,その時期には上記
アのような脳合併症は生じていなかったから,血管攣縮が生じることはな
く,やはり死亡することはなかった。
(イ) 上記(1)のウとの因果関係
9月29日の脳梗塞発症時に,感染性心内膜炎との診断がされて,強力
な抗生物質の投与と可及的速やかな僧房弁置換術が実施されていれば,
その時期には脳合併症は重篤ではなかった(脳梗塞は小さかったし,脳動
脈瘤や右椎骨動脈の途絶は生じていなかった。)から,血管攣縮が生じる
ことはなく,死亡することはなかった。
(3) 損害
ア Dの損害
(ア) 逸失利益 4772万3732円
Dは,死亡時は20歳でI専門学校の5年生に在学しており,平成16年3
月には卒業見込みであったから,同年4月から67歳まで就労可能であった
との前提で同人の逸失利益を算出すると,以下のとおりとなる。
基礎年収379万1600円(平成13年賃金センサス女子高専・短大卒平
均年収額)×(1-生活費控除率0.3)×17.981(就労可能年数47年に
対応するライプニッツ係数)=4772万3732円
(イ) 入通院慰謝料 170万円
(ウ) 死亡慰謝料 2200万円
(エ) 原告らは,Dに発生した上記損害について,法定相続分(各2分の1)に
応じて被告に対する損害賠償請求権を相続したものであり,その額はそれ
ぞれ3571万1866円となる。
イ 原告Aの損害
(ア) 治療費 36万7874円(Dの治療費負担分)
(イ) 通院付添交通費 3万0260円
(ウ) 入院雑費 7万2000円
(エ) 葬儀費用 150万円
(オ) 慰謝料 500万円
(カ) 弁護士費用 426万8200円
ウ 原告Bの損害
(ア) 慰謝料 500万円
(イ) 弁護士費用 407万1187円
3 被告の主張
(1) Dの感染性心内膜炎の発症時期について
11月27日の僧帽弁置換術の際に切除された僧帽弁前尖後尖に細菌塊の付
着した小凝固壊死巣が確認されているところ,それより半年以上も前である被告
病院初診時に既に感染性心内膜炎に罹患していたと解することは不合理であ
る。
すなわち,被告病院初診時において既に菌血症ないし感染性心内膜炎に罹
患していたのであれば,その後,易感染性の副作用のあるステロイド剤が継続
投与されていたのであるから,敗血症に移行しないままに外来診療の範囲内で
の管理が可能であったとは考えられない。また,Dは,被告病院初診時において
19歳と青年期にあり,心臓の基礎疾患も免疫不全を引き起こす基礎疾患もな
く,免疫学的検査においても感染抵抗性の減弱を示す結果は得られていなかっ
た。このような状態にあったDが菌血症を発症するとすれば,事前に血管内に大
量の病原性微生物が侵入していたとの事情を想定せざるを得ないところ,その
ようなエピソード(カテーテル検査や抜歯等)はなかった。また,血液検査によっ
ても溶血性連鎖球菌やグラム陰性桿菌は検出されていなかった。
もっとも,被告病院初診時において心雑音が聴取されたが,これは,注意深く
聴診した際にようやく聴取される程度のものであり,かつ,器質性のものではなく
機能性の雑音であったこと,1月以後不明熱が続いて前医の診察を受けていた
が,前医から提供された診療情報にも心雑音が聴取されたとの指摘はなかった
こと,感染性心内膜炎による心機能障害が生じていれば,左心房の拡張,肺循
環不全,左心室肥大が生じていてしかるべきところ,初診時に実施された胸部レ
ントゲン検査ではそのような異常は指摘されなかった(心胸郭比は40%程度で
ある。)こと,再診後の診療経過の中では心雑音は聴取されていないこと等から
すれば,上記の初診時における心雑音は感染性心内膜炎を疑わせるものでは
ないということができる。
むしろ,初診時以後の臨床所見及び各種検査結果によれば,成人スチル病
診断基準の大項目(1),(2),(4)及び小項目(1),(3),(4)を満たしており,成人スチ
ル病が強く疑われるものであったといえるから,E医師が成人スチル病と診断し
てステロイド治療を継続したことに不合理な点はない。
これに対し,原告らは,血液培養の実施をしていないなど感染症との鑑別診
断が不十分である以上,成人スチル病の診断をすることはできないと主張する
(後記4(1))。しかし,血液は強い殺菌力を有しているのであって,菌血症の状態
になるためには,血液中に大量の病原性微生物が侵入するようなエピソードが
あったり,免疫力が低下しているなどの事情が必要であるところ,Dについては
両者とも否定されていた。E医師は,このような事情に各種検査所見等を踏まえ
て感染症を除外したのであるし,感染症の除外のために血液培養が必須という
ものでもないから(感染性心内膜炎でも何らかの原因で血液培養が陰性となる
ことはしばしば経験されることである。),E医師が血液培養等を行わずに菌血症
ないし感染性心内膜炎を除外したとしても,鑑別診断は実施されており,その診
断手法に不合理な点はない。
診療経過を概観すれば,Dの感染性心内膜炎は11月7日に近接した時期に
発症したものと解するのが合理的である。
(2) 被告病院医師の診断の相当性
ア 初診時から脳梗塞発症までについて
上記(1)のとおり,4月10日の被告病院初診時ないしこれに近接した時期に
感染性心内膜炎に罹患していたとは考えられない。
また,臨床所見等に照らしてみても,初診時において,呼吸器症状,消化
器症状,泌尿器症状,循環器症状はいずれも認められず,胸部レントゲン検
査の結果も異常所見はなく,感染症を疑わせる局所感染巣所見もなかったほ
か,菌血症の発症を疑わせるエピソードや免疫系疾患も存在しなかったこと
等の事情からすれば,感染性心内膜炎を疑うべき事情すらなかったというべ
きである。むしろ,上記(1)のとおり,成人スチル病が強く疑われる状態にあっ
たといえるから,E医師が成人スチル病と診断したことは正当である。
この点,原告らは,ステロイド治療の継続によっても発熱がコントロールさ
れていないと主張するが,発熱は,体内に生じた炎症により惹起されるもので
あるところ,成人スチル病のような自己免疫疾患(免疫機能の異常により正常
な臓器まで攻撃されてしまうことによる疾患)でも炎症は生じるのであって,感
染症(感染性心内膜炎)のみから引き起こされるものではないから,発熱が治
まらなかったことをもって感染性心内膜炎への罹患が疑われるものではない。
また,原告らは,血液培養を行っていない以上,成人スチル病との確定診断
はできるものではないし,感染性心内膜炎の鑑別診断を尽くしていないと主張
するが(後記4(1)),上記のとおり成人スチル病の診断に際して感染症を除外
する上で血液培養は必須のものではない。
イ 9月29日以降について
9月29日に心雑音が聴取されたものの,その後のF医師の診察では心雑
音は聴取されていない。また,神経内科入院時の胸部レントゲン及び心電図
検査でも特段の異常は認められなかった。10月2日に実施された脳血管造
影検査の結果でも脳動脈瘤や明らかな梗塞所見を認めず,同月12日に実施
された頭部MRI検査の結果でも梗塞症が疑われるような大脳皮質を含んだ
梗塞所見を認めなかった。さらに,同月15日に実施されたガリウムシンチでも
感染性心内膜炎を疑うような異常集積像は認められなかった。一方,成人ス
チル病(膠原病)に起因して脳血管に血管炎を合併することもあり得る。この
ような事情からすれば,神経内科入院中の感染性心内膜炎発症は否定的に
解すべきであり,この時期にE医師あるいはF医師が血液培養あるいは心エコ
ーを実施しなかったとしても,過失ないし義務違反を構成しない。
なお,仮に神経内科入院中に感染性心内膜炎に罹患していたとしても,F
医師は抗生剤の投与によって感染予防に努めていたのであるから,その対応
に不適切な点はない。
(3) Dの死因及び因果関係について
ア 死因
僧帽弁置換術を施行したところ生じた血管攣縮により全脳虚血の状態とな
ったことが直接死因であると考えられるが,これは,原告らが主張するように
感染性心内膜炎の増悪により生じたものではない。
すなわち,僧帽弁置換術の直後に実施された脳血管造影検査の結果によ
れば,脳に向かう4本の血管がすべて攣縮して虚血状態に陥っていたのであ
って,これは,疣贅から血栓等が飛んで脳血流が途絶するという感染性心内
膜炎の合併症として生じ得る梗塞症状とは全く異なるものであり,極めて稀な
特異的所見である。
この点,H医師はDの死因を感染性心内膜炎と記載した死亡診断書を作成
しているが,これは,E医師やF医師と協議の上で作成されたものでもないし,
また,死亡時において感染性心内膜炎に罹患していたことが明白であったこ
とから,そのように記載されただけのことであって,同診断書の存在をもって
死亡原因が感染性心内膜炎であったということにはならない。
イ 因果関係
(ア) 上記のとおり,Dの死因は感染性心内膜炎の増悪とは直接関連しない
脳血管攣縮による全脳虚血が最も疑われるところであるから,原告ら主張
の感染性心内膜炎の診断,治療の遅れとDの死亡との間には因果関係が
ない。
(イ) Dに認められた脳血管攣縮は,成人スチル病による血管炎,外科的侵襲
に対するDの特異体質,外科的手術の際の麻酔,人工心肺等の影響が考
えられ,これらが相互に関連しあって生じたものと解される。しかして,仮に
11月7日よりも前に感染性心内膜炎に罹患していたとしても,抗生剤投与
の内科的治療のみで治癒を期待することは困難であり,いずれかの時期に
僧帽弁置換術等の外科的手術を実施することは避けられなかったといえる
から,Dの上記症状は不可避的に生じた結果あるいは外科的手術に通常
随伴するやむを得ない合併症の発現と評価せざるを得ないものであって,
いずれにせよ死亡を回避することはできなかったというべきである。
(4) 損害
いずれも否認し,又は争う。
4 被告の主張に対する原告らの反論
(1) 上記3(1)に対し
被告は,Dについて,被告病院初診時の時点で成人スチル病に罹患していた
と主張する。しかし,上記1(5)ウの成人スチル病診断基準に照らしてみても,D
の臨床所見はこれを満たさず,同疾患に特異的な定型的皮疹もなかった。ま
た,成人スチル病は,我が国では稀な疾患であって,上記診断基準にあるとお
り,その確定診断を行うためには血液培養等の方法による感染症の除外診断な
いし鑑別診断が必須であるにもかかわらず,Dについてそのような除外診断は
一切されていない。さらに,被告が主張するような臨床ないし検査所見(発熱,咽
頭痛,好中球増加)は感染性心内膜炎の所見でもあるし,リウマトイド因子陽
性,血清補体値の低下等の検査所見(9月13日以後)は,成人スチル病の所見
とは矛盾するものである。このような事情に加え,被告病院も,本訴提起前に
は,Dの疾病について感染性心内膜炎,脳血管障害であると説明するのみで,
成人スチル病であったとの説明をしていなかったことも考え併せれば,被告病院
受診中に成人スチル病であった可能性はない。
(2) 上記3(2)に対し
ア 同アについて
心雑音の聴取自体が感染性心内膜炎の臨床所見として挙げられているこ
と,感染症状であれば常に局所感染病巣が認められるものではなく,免疫不
全症等の基礎疾患,菌血症の発症の原因となる事柄あるいは心疾患の既往
がなければ感染性心内膜炎を発症しないということにもならないこと,被告病
院医師が行った感染症の除外診断も感染性心内膜炎の原因菌を網羅的に除
外したものではないことからすれば,被告主張の事由はいずれも感染性心内
膜炎の発症を疑い得なかったとする合理的理由にはならないし,E医師にお
いて診療義務を尽くしたということもできない。また,被告は,被告病院初診時
及びそれに近接する時期のDの症状や検査所見からすれば,むしろ成人スチ
ル病が疑われるものであったと主張するが,仮にそうであったとしても,成人
スチル病の確定診断のためには感染症を除外することが必須なのであるか
ら,やはり血液培養及び心エコー検査を行うべき注意義務があったといえるこ
とに変わりはない。
イ 同イについて
Dは,当時20歳に達したばかりの若年女性であり,脳出血の原因として動
脈硬化等は考え難いのであるから,9月29日の脳梗塞所見は感染性心内膜
炎の合併症と疑うのが合理的であること,一般的に成人スチル病の合併とし
て血管炎は認められないこと,F医師は神経内科入院中に心音の聴診をして
いない可能性があること,ガリウムシンチグラフィは常に動いている弁膜に付
着した疣贅を確認するには不向きであり,同検査結果で異常所見がないこと
が直ちに僧帽弁の感染病巣の不存在を示すことにはならないことからすれ
ば,被告主張の事由はいずれも,9月29日時点において感染性心内膜炎に
罹患していなかったことの裏付けとはならない。
(3) 上記3(3)に対し
Dはそもそも成人スチル病であったとはいえないのであるし,外科的侵襲に対
して脳血管が全般的に萎縮するような体質であったとか,僧帽弁置換術の影響
であるというのも被告の推論の域を超えるものではないから,いずれにせよ,被
告の主張では脳血管攣縮の原因を合理的に説明したことにはならない。
第3 当裁判所の判断
1 事実関係
前記前提事実に証拠(甲A2の1ないし18,3,4の1,2,B22,乙A1ないし5,
6の1,2,7ないし12,証人E,同F,原告B本人)及び弁論の全趣旨を併せると,
以下の事実が認められ,他に同認定を覆すに足りる証拠はない(なお,主要な証
拠を認定事実ごとに掲記する。)。
(1) 被告病院受診前のDの症状等(甲A3,B22,乙A1,11,証人E,原告B本
人)
Dは,1月中旬ころから微熱を伴う感冒様症状が現れ,2月になると,しばしば
38℃程度の発熱と咽頭痛を感じるようになった。同月15日,J病院を受診して
咽頭炎との診断を受け,抗生剤等の投与を受けたが,抗生剤の服用中は解熱
するが服用を止めると発熱がぶり返すといった状態であり,症状に特段の改善
は見られなかった。4月2日,近医のG医院を受診して,抗生剤,解熱剤の投与
を受けたが,同医院で施行された血液検査,胸部レントゲン検査等の結果でも
異常所見は窺われなかった。そのような中,同月8日,9日には感冒様症状を伴
わない39℃程度の発熱をみたため,G医院の紹介により,精査,加療目的で被
告病院を受診することになった。
(2) 被告病院初診時の状況(甲A3,B22,乙A1,6の1,2,11,証人E,原告B
本人)
Dは,4月10日,被告病院の免疫・血液内科外来を受診し,E医師の診察を
受けたほか,血液検査,尿検査,胸部レントゲン検査等を受けた。
E医師は,頚部,腋窩のリンパ節触診では異常を認めなかったが,聴診により
軽度の収縮期駆出性心雑音を聴取した。なお,Dには,心臓疾患の既往はなく,
被告病院受診前の数か月間に大量の細菌が体内に侵入したことを窺わせるエ
ピソード(大怪我や外科手術,カテーテル操作,抜歯,扁桃摘除等)もなかった。
E医師は,このような前提に加え,DがJ病院受診中からメモをしていた発熱時
の体温等の症状経過の内容,G医院から提供された診療情報から,同医院及び
J病院の診療経過のうち,抗生剤を投与しても解熱期間が短いとされていたこ
と,胸部レントゲン検査の結果に異常はないとされていたこと,血液検査の結果
は白血球8600,CRP0.6,α2グロブリン,γグロブリンのほかに異常はなか
ったことなどに着目して,膠原病を疑ったが,当面は経過観察を行うことにし,G
医院が処方していたものと同一の抗生剤及びロキソニン(非ステロイド系プロピ
オン酸消炎剤)の服用を指示するとともに,熱型を精査する目的で体温測定の
結果をグラフ化しておくことを指導して,一週間後の受診を指示した。なお,Dが
作成した上記メモには,2月26日,3月23日に足が腫れるといった症状が記載
されていた。
(3) 再診時から脳梗塞発症までの診療状況(甲A2の1ないし16,B22,乙A1,1
0,11,証人E,原告B本人,弁論の全趣旨)
E医師は,4月17日にDを再診したが,初診時に施行した胸部レントゲン検査
には特段の異常を認めず,血液検査の結果,白血球数は11010,血沈は64
㎜/時,CRPは3.97,フェリチンは158と異常値を示し,ALP,NAPスコア(高
値の場合は細菌感染症等を疑わせる。)も基準値よりは高値を示していたもの
の,免疫不全等の基礎疾患による感染抵抗力の顕著な減弱を示す所見(Ig
G,IgA,IgM値)や真菌及びグラム陽性菌,溶血性連鎖球菌感染を疑わせる所
見(エンドトキシン値,β-D-グルカン値,ASO値)は認められなかった。E医
師は,このような検査結果に加え,Dから足首,膝の関節痛の訴えがあったこと
などから,成人スチル病罹患を疑い,ステロイド剤であるプレドニゾロン(商品名
プレドニン錠)等の服用を指示して,更に経過観察をする予定とした。
その後,E医師は,概ね1週間ごとの再診を継続する中で,プレドニゾロンの
投与量を調整したり,抗生物質や抗菌剤を併用したりして経過観察を続けてい
たが,その間,熱発が治まるまでには至らなかったものの全体的に軽減傾向を
示し始めてきたこと,発熱がないときには関節痛も治まるといった相互関連性が
認められたこと,聴診で肺の湿性ラ音や異常心音を認めなかったこと,顕著な体
重減少等の消耗性症状が見られなかったことなどから,上記(1),(2)の臨床経
過,血液検査所見等を併せて,5月29日の診療時に,Dの疾病を成人スチル病
とする確定診断をし,プレドニゾロンによる発熱のコントロールを主眼とした治療
を行うことにした。
Dは,5月30日,発熱,右側腹部痛及び吐き気等を訴えて被告病院に救急搬
送され,K医師の診察と処置を受け,翌日も症状が改善しないとして再度診察を
受けたが,腹部エコー検査の結果にも特段の異常所見は認められず,被告病院
婦人科で骨盤内感染症,尿路感染症の検索のための検査も受けたが,婦人科
領域でも特段の異常は認められなかった。
その後,E医師は,月に2,3回の頻度でDを診察していたが,関節痛,手先の
腫脹,筋痛は残っていたものの,常時発熱しているという状況にはなくなり,咽頭
痛,咳等の訴えもなくなるなどしたため,プレドニゾロンの投与量を発熱状況に
応じて増減させながら,9月18日の診療日まで外来での病状管理を継続した。
なお,6月26日には尿の細胞診が実施されたがクラスⅠであり異常はなく,8月
中に実施された感染症鑑別検査(トキソプラズマ,マイコプラズマ,オーム病,ツ
ツガムシ病)の結果も陰性であり,副甲状腺ホルモン検査も陰性であった。
もっとも,上記の期間も,Dにおいて,足底痛(8月7日診療時)を訴えたり,夕
方から翌朝にかけて38℃台まで発熱し,夕方までには沈静化するという棘
熱(Spike Fever)がしばしば見られた。
(4) 脳梗塞発症後の神経内科入院時の診療経過(甲A2の16,4の1,2,B22,
乙A1,2,4,7,11,12,証人E,同F,原告B本人)
Dは,9月28日,前日夕方からの38℃台の発熱,左手,足のしびれ,頭痛等
を訴えて被告病院を受診し,特段の他覚的異常が見当たらなかったことから,経
過観察となりいったん帰宅したものの,症状が改善しなかったため,翌29日に
再び被告病院を受診した。その際,診察を担当したL医師は,神経学的な著変
はなかったものの,Dが半年で約6キロの体重減少を申告したことや収縮期駆出
性心雑音を聴取したこと及び上記の主訴を考慮して,心電図と頭部CTをオーダ
ーするとともに,神経内科にコンサルトした。
しかして,頭部CT検査の結果は,右扁桃部近傍に少量のくも膜下出血と右視
床に梗塞の疑いというものであったため,Dは,そのまま精査,加療目的で被告
病院神経内科に入院となった。
同科のF医師は,Dについて,免疫・血液内科で成人スチル病と診断されて治
療を受けている患者であったこと,10月1日に行われた血液検査の結果におい
ても白血球数,CRP値,リウマトイド因子が異常値を示したが,免疫グロブリン
値には特段の異常は現れなかったこと,Dも関節痛を訴えることはなかったこ
と,同月2日に実施された脳血管造影検査により,椎骨脳底動脈から後大脳動
脈起始部にかけて蛇行が認められたものの,脳塞栓症が疑われる所見はなか
ったことなどから,Dの脳血管疾患について成人スチル病に起因する血管炎を
疑い,輸液及びラジカット投与により神経症状が軽快し,左上肢のしびれ感も低
減してきたことを受けて,同月10日からプレドニゾロンの投与を再開した。
その後,同月15日に実施された核医学検査(ガリウムシンチグラフィ検査)に
よっても,全身に明らかな異常集積はなく,関節への集積も特に高くなく,検査所
見としても有意な異常はないとの結果が報告され,また,同月12日に実施され
た頭部MRIによっても明らかな異常所見は指摘されず,同時期に実施された血
液検査(凝固系線溶因子系検査(Dダイナー),自己抗体系検査(抗核抗体),免
疫系検査(IgG抗体検査))によっても特段の異常所見は認められず,入院後に
は心雑音も聴取されなかった。
他方,同月1日の心電図検査の結果は「左房室肥大,異常心電図」というもの
であり(ただし,自動診断の結果である。),また,F医師自身も同月18日にはD
の発熱について不明熱と診断し,同月19日には,Dの症状について成人スチル
病としては低補体価(CH50の値が同月1日が30.1,同月9日が24.8,同月1
7日が23.5)であることがカルテ上指摘された。
その後,脳血管疾患の症状が軽快したとして同月24日に退院となり,以後,
免疫・血液内科で継続して経過観察を行うこととされた。
(5) 神経内科退院後,感染性心内膜炎の確定診断に至るまでの診療経過(甲A2
の17,18,B22,乙A1,5,11,12,証人E,同F,原告B本人)
E医師は,10月30日,神経内科を退院したDを診察したが,上記(4)のとおり
ガリウムシンチでも異常は認めなかったものの,左足小指の痒みを訴えられ,血
管炎症状と認めたが,リウマトイド因子に上昇傾向が認められたこと,補体価(C
H50)が軽度低下していたことなどから,腎臓内科にコンサルトした。
被告病院腎臓内科のM医師が,11月5日にDを診察した。その結果は,収縮
期心雑音(Ⅲ度)を認めること,上下肢・眼瞼の紫斑,プレドニゾロン服用中の3
8℃超の発熱を認めることなどからして,膠原病は考えにくく,心エコーを含めて
細菌性心内膜炎の検討を勧めるといったものであった。E医師は,上記の腎臓
内科からの指摘を受けて,同月7日,F医師にも意見を求め,同医師から,心房
駆出性収縮期雑音を認めること,発熱に対し抗生剤が効果的であることからし
て,亜急性細菌性心内膜炎も十分可能性があるとの回答を得た。
Dは,同月7日,右眼の一部に赤い色が付くとの主訴で被告病院眼科を受診
したが,その際の所見は,両眼眼底出血(Roth斑),右眼は黄斑出血で視力低
下というものであった。
E医師は,このような他科の診療結果や意見を踏まえ,同月13日の診療にお
いて心エコーを実施したところ,心臓に僧帽弁閉鎖不全と疣贅を認めたため,感
染性心内膜炎と診断した。そのため,Dは,同月15日,僧帽弁置換術(可能で
あれば形成術)の施行を前提に被告病院循環器内科に緊急入院となり,同日中
に心臓血管外科に転科となった。
(6) 心臓血管外科入院後,死亡に至るまでの診療経過(甲B22,乙A3,5,8,
9,11,12,証人E,同F,原告B本人)
Dは,11月15日に心臓血管外科のN医師の診察を受けたが,その際,収縮
期心雑音(Ⅳ度ないしⅥ度)と手指の発赤と腫脹が認めらた。同日実施された頭
部MRIの結果は,正中構造に変化なし,脳室系にも拡大や変形なし,脳実質に
は,右頭頂葉及び左前頭葉に皮質下梗塞を認める,小脳や脳幹には異常は認
められないというものであった。
また,Dは,同月16日に被告病院脳神経外科のO医師の診察を受けたが,そ
の結果は,僧帽弁形成ないし置換術前にセルディンガー法による脳血管造影検
査を要するというものであった。さらに,Dは,同日,胸腹部CT検査を受けたとこ
ろ,両側腎臓皮質が局所的に萎縮して変形が認められ,多発性の陳旧性梗塞も
認められるとともに,上腸間膜動脈についても分岐後数㎝の箇所に感染性と見
られる狭窄所見が発見された。そして,同日及び同月22日の心エコー検査によ
り,僧帽弁後尖弁尖中央に可動性の疣贅(1.36×0.74㎝)及び同前尖弁尖
中央に円形の可動性の疣贅(0.67×0.66㎝)が認められ,いずれも弁尖に
付着しており,重篤な血液の逆流も認められた。
Dは,同月16日午後7時30分ころに痙攣発作を起こし,その後はCCU(冠疾
患集中治療室)で治療を受けることになった(同月17日にも眼振を伴う痙攣発作
を起こした。)。
N医師とO医師は,以上の諸検査結果を踏まえ,Dに対して僧帽弁形成ないし
置換術を施行するものとしたが,他方でDの右中大脳動脈末梢に動脈瘤を疑わ
せる所見があり,これが破裂すると予後不良となる危険が高まることから,僧帽
弁形成ないし置換術の前日にセルジンガー法による脳血管造影検査を行い,動
脈瘤が発見された場合には僧帽弁形成ないし置換術に引き続いて開頭術を実
施することにし,原告らにもその旨を説明して,同月22日までにこれらの手術の
承諾を得た。
その後,同月26日にDに対してセルジンガー法による脳血管造影検査が行
われたが,その結果,10月段階では開通していた右椎骨動脈が途絶しており,
また,角状動脈の末梢に6㎜前後の動脈瘤及びその下方に小動脈瘤を認めた
ため,被告病院医師は,上記のとおり,僧帽弁形成ないし置換術の翌日に開頭
術(クリッピング術)を予定することとした。
Dは,同月27日午前9時から人工心肺下で開胸術(僧帽弁置換術)を受け,
同手術は同日午後5時43分ころに終了した。しかし,Dは,その後も覚醒せず,
同日午後7時の時点で,瞳孔が8㎜に拡大し,対光反射もない状態となった。翌
28日午前0時の段階で脳血管造影検査が実施されたが,その結果は,動脈瘤
から少量の出血があり,術前は開通していた左椎骨動脈も途絶していたほか,
全脳虚血によると思われる浮腫が強く,塞栓による閉塞所見はないものの,全
体的に緊張性となり血液循環不良となっており,重篤な脳障害を生じていた。
Dは,同日午前4時には自発呼吸が停止して脳死に近い状態に陥り,その後
に延命的治療が行われたが回復の様子はなく,12月6日午前2時43分に死亡
が確認された。
2 前記前提事実及び上記認定事実(以下「前提事実等」という。)に基づき,まず,被
告病院医師の過失ないし義務違反の有無について検討する。
(1) 被告病院初診時ないしこれに近接する時期における過失ないし義務違反の有

ア(ア) 前提事実等によれば,Dについては,被告病院初診前から,発熱が治ま
らず,感冒様所見を伴わない39℃台の発熱もあり,抗生剤の投与による
一定の解熱効果が得られていたほか,足ないし足裏の腫れを訴えていたこ
と,初診時,血液検査の結果は白血球数,CRP値,血沈,フェリチンともに
異常値(高値)を示しており,心雑音も聴取されていたことが認められるとこ
ろ,これらの発熱の継続を主とする臨床所見等は,一応感染症の罹患を疑
わせる所見であるということができる。
(イ) しかしながら,他方で,被告病院受診までのDの発熱経過をみると,抗生
物質による解熱効果は一時的であって根本的な解熱効果は得られていな
かったほか,38℃台の発熱が恒常的,継続的に現れていたものでもなか
った(甲A第3号証によれば,少なくとも,4月2日から同月7日までは38℃
台の発熱はないことが認められる。)ことが認められるのであって,このこと
は,Dの発熱が感染症以外の原因によるものであることを窺わせるものと
いえる。
また,感染性心内膜炎の発症については,心疾患の既往が原因疾患と
なることが多いとされているところ,Dにそのような既往はなかった。
さらに,感染性心内膜炎は,敗血症の一種であり,全身性の菌血症の発
症を前提とするものであると解されているところ,血液にはそれ自体に強い
殺菌作用がある関係で,悪性腫瘍,腎不全等の基礎疾患がある場合,免
疫力の低下(感染防御能の低下)が認められる場合,大量の細菌が体内に
侵入するようなエピソードがある場合に,敗血症ないし菌血症を起こしやす
いと解されている(甲B9,乙A11,証人E)ところ,Dについては,被告病院
受診前数か月間に,大量の細菌の侵入を窺わせるものとして通常考えられ
ている外科手術,カテーテル操作,抜歯,扁桃切除等のエピソードはなく,
また,未だ19歳と若く,血液検査の結果によっても免疫不全等の基礎疾患
による感染抵抗力の減弱を示す所見は見られなかったことが認められる。
そして,感染性心内膜炎については,発熱,心雑音のほかにも,前提事
実(5)ア(ウ)のとおり,心肥大等の胸部異常所見,末梢血管病変,関節痛,
筋肉痛,全身性梗塞症,神経学的症状,その他の所見(うっ血性心不全や
腎不全)が認められるとされているところ,Dについて,そのような症状が初
診時までに顕著に存在したと認めるに足りる証拠はなく,また,このような
典型症状は菌血症の発症から2週間以内に80%の割合で各種症状が発
現するとされているところ,Dについて初診時から近接した時期に上記のよ
うな各種典型症状が発現していたともいえない(関節炎の訴えがあったぐら
いにすぎない。)。
(ウ) (イ)の諸点のほか,(ア)に判示したような感染症を疑わせる各所見も感
染性心内膜炎に特異的なものではないことにも照らすと,Dについて,被告
病院初診時ないしこれに近接した時期に感染性心内膜炎を発症し,あるい
はその発症を疑うべき所見が顕著に現れていたとまではいうことができな
い。
かえって,Dについては,被告病院受診までの抗生剤に対する反応性の
低さ(発熱)や初診時における血液検査の結果(①高い好中球割合(合計9
1%)を伴う白血球の増加,②リウマトイド因子及び抗核抗体がいずれも陰
性であったこと,③免疫系検査項目に顕著な異常がないこと),咽頭痛の訴
えといった所見は,成人スチル病診断基準のうちの複数を満たすものであ
るといえるから,被告病院初診時において判明していた各種所見を前提と
する限り,成人スチル病に罹患していた可能性も否定できないというべきで
ある。
したがって,初診時あるいはそれに近接した時期において,E医師につ
き,感染性心内膜炎の発症を疑って血液培養や心エコー検査を実施すべ
き義務を負っていたとは解されず,感染性心内膜炎との診断をしなかったこ
とをもって同医師の過失ないし義務違反を肯定することはできない。
イ(ア) これに対し,医療法人医真会理事長P医師は,Dは被告病院初診時にお
いて感染性心内膜炎に罹患しており,また,Dにみられた不明熱について
適切な鑑別診断を行っていれば初診時においても感染性心内膜炎の診断
には容易に至り得た旨の意見を述べている(甲B29の1)。
しかし,P医師の意見は,要するに,不明熱が見られた場合には血液培
養等によって感染性心内膜炎等の感染症の罹患の有無について確定して
おくことが前提であるというものであると解されるところ,その前提自体は一
般的な診断手法としては首肯できるものであるとしても,上記アに説示した
とおり,Dの被告病院初診時あるいはそれに近接する時点における各種臨
床所見及び検査所見には感染性心内膜炎の罹患と矛盾する所見が少なく
ないにもかかわらず,E医師の鑑別診断の手法について論難するばかり
で,上記の矛盾点に関する吟味を十分に行っているとは解し難く,また,E
医師も,感染性心内膜炎の典型的な発症機序に照らし,Dに菌血症発症の
エピソードがないこと等も踏まえて感染性心内膜炎を除外しているのであっ
て,臨床的にはそのような除外診断の方法が一概に否定されるものとも解
されないことからすれば,上記意見を直ちに採用することはできない。
(イ) また,原告らは,被告病院初診時において聴取された心雑音は感
染性心内膜炎の徴候であるから,E医師において感染性心内膜炎への罹
患を疑うべきであったと主張する。
しかし,乙B第1,第2号証によれば,心雑音は,心周期のどの時期に生
じるかにより収縮期雑音,拡張期雑音及び連続期雑音に分けられるほか,
器質性雑音(心臓弁膜の器質的病変に由来する雑音)とそれらによらない
雑音(機能性雑音)に分類されていること,収縮期雑音は,収縮中期駆出
性雑音(血液が大動脈弁,肺動脈弁を通過し,大動脈,肺動脈といった大
血管に駆出されるときに生じる雑音)と全収縮期逆流性雑音(血液が収縮
全期を通して,より高い内圧を有する心室あるいは大血管から,低い内圧
の心室あるいは大血管へ流入するために生じる雑音)の2型に大別される
こと,僧帽弁閉鎖不全症を発症している場合には全収縮期逆流性雑音が
認められること,機能性雑音は,特段の異常がなくても聴取される場合が
あり(それゆえ,「無害性雑音」とも称されている。),発熱,高血圧の場合に
も聴取されることが認められる。しかして,初診時に聴取されたDの心雑音
は,駆出性のもので,僧帽弁閉鎖不全症に典型的な逆流性雑音ではなく,
その程度も軽度であったというのであり,その後の診療時に心雑音が連続
して聴取されたとも認められないことからすれば,初診時に聴取された心雑
音を重視して感染性心内膜炎の発症を疑うべきであるということはできな
い。
(2) 被告病院通院期間中(9月29日まで)の過失ないし義務違反の有無
ア 前提事実等によれば,4月17日の被告病院再診時以後のDの臨床所見,
検査結果等は以下のとおりと認められる。
(ア) 投薬状況
プレドニゾロンが継続投与され,発熱状況等に応じて,その量を増減した
り,抗生剤,抗菌剤を併用するなどして,発熱コントロールを中心とした経
過観察がされていた。
(イ) 発熱経過
9月29日までの間の発熱状況は別紙熱型表記載のとおりであるところ,
5月29日までの期間をみれば,4月23日,24日,5月20日の各日中に3
9℃台の発熱が見られたほかは,概ね36℃台の平熱を維持していた。そ
の後,5月31日から6月11日までは,朝方から夕方にかけての39℃台の
棘熱が継続して見られた(なお,高熱時には解熱剤(座薬)が服用され,5
月15日からプレドニゾロンの服用が1日1回,1.5錠の服用に減少してい
た。)。6月12日から9月29日までは,6月19日に39℃台の弛緩熱が見
られ,幾度か38℃台の発熱が見られたほかは,概ね平熱を維持してい
た。
(ウ) 血液検査の結果
血液検査の結果は別紙血液検査等結果一覧表記載のとおりであるとこ
ろ,白血球数は,5月15日に一時的に8560を示したほかは,5月31日に
1万9560を記録するなど,通じて1万を下回ることはなかった。また,白血
球中の好中球割合は,80ないし90%から減少することはなかった。血沈
については,6月12日に91まで増加したが,9月13日には34まで減少し
ていた。CRPについては,6月12日には5.44と高値を示したが,その余
は,8月に0.41まで低下した時もあり,一定していなかった。フェリチン値
は,6月12日に222を記載したが,その後は減少傾向にあった。5月15日
まで3回にわたって実施された真菌及びグラム陽性菌感染を調べる検査
(エンドトキシン,β-D-グルカン)によっても異常は認められなかった。
(エ) 主訴等
足首,膝の関節痛の訴え,手先の腫脹,筋痛は残っていたものの,咽頭
痛,咳等の訴えはその後になくなった。初診時に聴取された心雑音はその
後聴取されなかった。また,顕著な体重減少は認められなかった。
(オ) その他の検査結果
初診時に施行した胸部レントゲン検査には特段の異常を認めなかった。
8月に実施された感染症鑑別検査(トキソプラズマ,マイコプラズマ,オーム
病,ツツガムシ病)の結果はいずれも陰性であり,副甲状腺ホルモン検査も
陰性であった。5月30日には婦人科領域での腹部エコー検査が行われた
が,異常所見は認められなかった。また,6月26日には尿の細胞診が実施
されたが,クラスⅠであり異常はなかった。
イ(ア) 上記のとおり,血液検査の結果については,白血球数,CRP値,血沈,
フェリチンが依然として異常値を示しており,手先の腫脹,筋痛も残ってい
たほか,9月13日にはリウマトイド因子が160と高値を示すようになってい
たし,発熱についても,プレドニゾロンの投与によっても高熱が治まるという
ことにはならず,時として39℃台の棘熱をみることもあったのであって,こ
れらの所見は,感染性心内膜炎ないし何らかの感染症の罹患を一応窺わ
せるものである。
(イ) しかしながら,他方,初診後の熱型は高熱が常時継続するといった状態
にはなく,相当期間平熱を維持していた期間もあったのであるから,プレド
ニゾロンに対する反応性も一応窺われるといえるし,CRP値も8月7日の血
液検査では0.41と基準値に近いほどに減少傾向を示しており,初診時後
は心雑音が聴取されたこともなかったというのである。
また,仮にDが被告病院通院中の時期に感染性心内膜炎ないし菌血症
を発症していたとすれば,プレドニゾロンは易感染性の副作用があるとされ
ている(甲B20,証人E)こと,また,前説示のとおり,約80%の症例で菌
血症の発症から感染性心内膜炎の所見発現まで2週間程度で増悪経過を
辿るものであるとの知見があることからして,より早期に菌血症ないし感染
性心内膜炎の典型所見が発現するのが自然であるところ,実際には,Dは
そのような臨床経過を辿っていないのであり,少なくとも,Dにおいて通院治
療が可能な程度の健康状態を保っていたことを合理的に説明することは困
難である。
(ウ) (イ)の諸点のほか,胸部レントゲン検査によっても心肥大などの異常は
指摘されておらず,各種の感染症鑑別診断の結果はいずれも陰性であっ
たこと,婦人科領域での検査によっても尿路感染症等は否定されたこと,尿
細胞診により悪性腫瘍の罹患も否定されていること,感染性心内膜炎の典
型的臨床所見が顕著に現れているものでもないことにも照らすと,被告病
院通院期間中にDが感染性心内膜炎を発症し,あるいはその発症を疑うべ
き所見が顕著に現れていたとまではいえない。
かえって,被告病院通院中の臨床経過,検査数値の推移,発熱状況等
を見れば,Dの発熱については熱型表上はプレドニゾロンへの反応性が一
応肯定されていたといえるし,依然として高い好中球割合を伴う白血球の
増加があったこと,免疫系検査項目に顕著な異常は検出されなかったこ
と,関節痛の訴えがあったことは,成人スチル病診断基準のうちの複数を
満たすものであるといえるから,このような所見を前提とする限り,同期間
においてもDが成人スチル病に罹患していた可能性は否定できないという
べきである。
このようにみれば,被告病院通院期間中において,E医師につき,感染
性心内膜炎の発症を疑って血液培養や心エコー検査を実施すべき義務を
負っていたとは解されず,感染性心内膜炎との診断をしなかったとしても直
ちに同医師の過失ないし義務違反を肯定することは相当でない。
ウ(ア) これに対し,P医師は,被告病院通院期間中に感染性心内膜炎を疑って
いれば,塞栓症の所見,心エコー検査,血液培養,血液検査の反復により
早期に感染性心内膜炎を発見し得た可能性が高いとの意見を述べている
(甲B29の1)。
しかし,P医師は,被告病院通院期間中にDが感染性心内膜炎に罹患し
ていたとの前提で上記の意見を述べているものと解されるところ,その理由
としては,同期間中における除外診断がされていないことを指摘するに留
まるものであって,Dの感染性心内膜炎罹患を疑わせる客観的な臨床所
見,検査所見等の有無に関する検討はほとんどされていないというほかな
い。したがって,P医師の上記意見は,その前提において合理的な疑問を
差し挟む余地があるのであって,直ちに採用することができない。
(イ) また,原告らは,補体検査値が低値で推移していたほか,リウマトイド因
子が検出されるなど,Dには成人スチル病の診断とは整合しない検査所見
が認められていたと主張する。
なるほど,補体数値(CH50)については,初診時及び9月13日の時点
でいずれも基準値を下回っており,また,同日にはリウマトイド因子は160
と異常値を示していることは原告ら主張のとおりであるが,そのことのみを
もって,Dが成人スチル病に罹患していなかったと断定することはできず,
少なくとも,Dについて感染性心内膜炎の発症を疑わせる所見が一定程度
具備されていたとまでは言い切れないから,E医師について原告ら主張の
過失ないし義務違反を肯定することはできないというべきである。
(3) 脳梗塞発症時ないしこれに近接した時期における過失ないし義務違反の有無
ア 前提事実等によれば,9月29日以後のDの被告病院での症状経過及び各
種検査結果の概要は以下のとおりであった。
(ア) 9月29日の診療経過概要
Dは,9月27日からの38℃台の発熱のほか,同日夕方からの左手,足
のしびれ,頭痛等を訴えるとともに,半年で約6キロの体重減少を申告し
た。また,聴診の結果,収縮期駆出性心雑音が聴取された。
頭部CT検査の結果は,右扁桃部近傍に少量のくも膜下出血と右視床に
梗塞の疑いというものであった。なお,Dからは関節痛の訴えはなかった。
(イ) その後の検査所見等
10月1日の血液検査では,白血球数,CRP値,リウマトイド因子が異常
値を示したが,免疫グロブリン値には特段の異常は現れなかった。
同日の心電図検査では,自動診断の結果として「左心房肥大,異常心電
図」との診断がされていた。
同月2日の脳血管造影検査では,椎骨脳底動脈から後大脳動脈起始部
にかけて蛇行が認められたものの,脳塞栓症が疑われる所見はなかった。
同月15日の核医学検査(ガリウムシンチグラフィ)の結果は特に異常所
見はなく,同月12日に実施された頭部MRIの結果にも明らかな異常所見
は認められなかった。
血液検査(凝固系線溶因子系検査(Dダイナー),自己抗体系検査(抗核
抗体),免疫系検査(IgG,IgA,IgM))によっても特段の異常所見はなかっ
たが,成人スチル病としては低補体価(CH50の値が10月1日が30.1,9
日が24.8,17日が23.5)にあった。
イ(ア) 前提事実等のとおり,10月30日の診察時において,E医師はDから左
足小指の痒みを訴えられているところ,そのころにはリウマトイド因子も異
常値を示し,補体価(CH50)の軽度低下もあったこと,11月5日のM医師
の診察時において,収縮期心雑音(Ⅲ度)が聴取され,上下肢・眼瞼の紫
斑,プレドニゾロン服用中の38℃超の発熱等が存在したこと,同月7日に
は,両眼眼底出血(Roth斑)が認められ,右眼は黄斑出血で視力低下があ
り,同月13日には,心エコー検査により僧帽弁閉鎖不全と疣贅が認められ
て,感染性心内膜炎との確定診断がされたことが認められる。
また,9月28日には脳梗塞に基づくとみられる左手足のしびれといった
神経学的異常が認められているところ,Dは,そのころ20歳に達したばか
りであり,脳血管疾患を生じさせる危険性のある既往症(高血圧や動脈硬
化症等)も存在していなかったというのであるから,動脈硬化等による虚血
性疾患として脳梗塞を発症する蓋然性は低かったといえるのに対し,脳梗
塞所見は感染性心内膜炎の典型的な合併症として指摘される疾患であ
る。
加えて,同日までの診療経過をみても,Dの白血球数,CRP値等の炎症
の罹患を示す血液検査数値は初診後5か月を経ても基準値を上回る状態
が続いており,また,プレドニゾロン投与と解熱との間に一定の関連性は認
められるとしても,短期的に見れば関連が否定される熱型をとっている期間
もあり,その熱型も棘熱であったほか,9月29日の時点で心雑音が聴取さ
れていること,補体(CH50)の値が低値であったこと,フェリチン値,リウマト
イド値が10月1日時点で基準値を大幅に上回る数値を示していること,こ
のころにはDから半年間で6キロの体重減という消耗性疾患を窺わせる申
告がされていることに着目すると,これらの所見は,成人スチル病を否定し
て感染性心内膜炎への罹患を疑わせるものであり,かつ,それまでの通院
中の所見とは全く異なる臨床経過を辿っているものということができる。
そして,感染性心内膜炎の検査は,心エコーあるいは血液培養といった
身体への侵襲の低いものであって,検査自体が困難であったといえる事情
もない。
以上のような事情を総合すれば,10月2日以後の脳血管造影検査,頭
部MRIで目立った疾患が発見できず,神経内科入院中も目立った心雑音
は聴取されなかったこと,同月15日のガリウムシンチ検査でも異常所見は
ないとの結果が出ていたこと等の事情を考慮したとしても,Dについて,脳
梗塞発症時ないしこれに近接した時期に感染性心内膜炎ないし菌血症を
発症していた可能性を否定することはできず,少なくとも,その時期におい
て感染性心内膜炎の発症を疑うべき客観的所見ないし臨床経過があった
といえるから,被告病院医師において,Dの脳梗塞について成人スチル病
以外の原因で生じているのか否かについて再度精査する必要があったと
いえるのであり,不法行為あるいは債務不履行上の過失ないし義務違反
の有無の評価については措くとしても,F医師あるいはE医師において,D
について感染性心内膜炎の罹患を疑い,心エコー検査あるいは血液培養
によって感染性心内膜炎の罹患の有無について鑑別すべきであったという
ことができる。
(イ) これに対し,被告は,神経内科入院中の検査数値からは感染性心内膜
炎を具体的に疑うべき所見は現れていないと主張する。
この点,神経内科入院後も感染性心内膜炎に特異的な典型所見が複数
取り揃っていたものではなく,また,被告病院医師が各種感染症の精査を
一切懈怠し,あるいは何らの根拠なくDの脳梗塞を成人スチル病に起因す
る血管炎であると即断したものでもないことは被告主張のとおりである。し
かし,感染性心内膜炎への罹患が一義的に否定されるような臨床経過や
検査所見があるのであれば格別,Dの脳梗塞の発症は,それまでの症状
経過を併せて考えると,少なくとも外形的には感染性心内膜炎の典型所見
とみられる重要な所見の発現と解することができるし,成人スチル病診断
基準の項目となっている白血球中の好中球割合も10月17日には基準値
付近まで改善している(少なくとも杆状核球は基準値内の数値である。)こ
と,乙B第4,5号証及び弁論の全趣旨によれば,脳血管疾患が成人スチ
ル病の合併症として発現することは,全くないとはいえないとしても,稀な症
例であると認められること,ガリウムシンチグラフィ検査も,疣贅が発生しや
すい僧帽弁は拍動に伴って可動する部位であるから,心弁膜の疣贅の異
常を映し出すにはもとより盤石のものではないといえること等の事情に加
え,感染性心内膜炎は,前提事実(5)ア(ア),(イ)記載のとおり,確定診断に
は困難を伴うものであることは否定できないものの,発症後には多彩な合
併症状を伴うものであって,診断の遅れが予後に重大な影響を与えかねな
い疾患であるとされていることも考え併せれば,Dの脳梗塞が成人スチル
病による血管炎に起因するものであるとの明確な判断ができるほどの精査
は行われていないこととも相俟って,Dの脳梗塞発症について感染性心内
膜炎の鑑別を含めた原因検索が尽くされていたとまでは解することができ
ない。
3 Dの死因及び因果関係について
上記のとおり,被告病院医師は,9月29日のDの脳梗塞発症時ないしそれと近
接した時期において,心エコー検査あるいは血液培養によって感染性心内膜炎の
鑑別診断を行うべきであったといえるところ,原告らは,そのような鑑別診断が行わ
れていれば,その時期に,感染性心内膜炎の確定診断がされて,これに対する治
療が行われることにより,Dが死亡することはなかったと主張するので,以下,Dの
死因及びその死亡結果と上記過失等との因果関係について検討する。
(1) 前提事実等に証拠(乙A5,証人F)及び弁論の全趣旨を併せると,Dは,直接
的には,脳に向かう4本の血管(左右の椎骨動脈と内頸動脈)のすべてが攣縮し
て脳への血流が途絶し,そのために全脳虚血が生じて,これに引き続く多臓器
不全により死亡したものであることが認められる。
なお,この点について,P医師の意見書(甲B29の1)は,「シャワー塞栓」に
より脳循環障害ないし全脳虚血を生じたものであるかのようにいうが,本件の僧
帽弁置換術の直後(11月28日午前0時)に実施された脳血管造影検査の結果
(脳血管について,塞栓による閉塞所見はなく,全体的に緊張性となって血液循
環不良となっていた。)に照らして,到底採用することができない(原告らも,本件
審理の最終段階で,全脳虚血は塞栓によってではなく血管攣縮によって生じた
ものであることを認めるに至った。)。
(2) 上記のような全脳虚血に至る機序は,感染性心内膜炎が脳梗塞を生じさせる
典型的な機序,すなわち,感染性心内膜炎に随伴する疣贅から菌塊等が遊離し
血流を通じて脳血管に塞栓を生じさせるという機序とは明らかに異なる。
しかして,原告らは,上記の血管攣縮は感染性心内膜炎が進行して脳合併症
が生じたままの状態で心臓外科手術(僧帽弁置換術)を余儀なくされたことによ
って生じたものであり,9月29日ないしこれに近接した時期(10月18日まで。以
下「原告主張時期」という。)に感染性心内膜炎との診断がされて,その時期に
強力な抗生物質の投与と可及的速やかな僧帽弁置換術が行われていれば,そ
の時期には脳合併症は重篤ではなかったから,血管攣縮が生じることはなかっ
たと主張する(なお,原告ら主張の「脳合併症」とは,「脳梗塞」,「細菌性脳動脈
瘤」,「右椎骨動脈の途絶」,「脳血管の脆弱化」といった脳血管疾患を指すもの
と解される。)。
(3)ア 確かに,原告主張時期においては,軽度くも膜下出血と右視床の梗塞は確
認されていたが,後の11月15日に確認された右頭頂葉及び左前頭葉の皮
質下梗塞や同月26日に確認された右椎骨動脈の途絶及び脳動脈瘤が既に
生じていたと認めるに足りる証拠がないところであり,そうすると,原告主張時
期におけるDの脳血管疾患の程度は,僧帽弁置換術が行われた時期(11月
27日)におけるそれよりも軽度であったと認めてよい。
イ しかしながら,そもそも,感染性心内膜炎が脳血管疾患を生じさせる機序とし
ては,上記のとおり感染性心内膜炎に随伴する疣贅から菌塊等が遊離し血
流を通じて脳血管に塞栓を生じさせるというのが典型的なものであるところ,
Dの脳血管に塞栓が生じていたとは認められず(本件の僧帽弁置換術の直後
(11月28日午前0時)に実施された脳血管造影検査の結果では,Dの脳血
管に塞栓による閉塞所見はなかったし,他に,本件全証拠を検討してみても,
被告病院における全診療期間を通じてDの脳血管に塞栓が生じていたことを
認めるに足りる証拠はない。),他に,本件全証拠を検討してみても,Dの脳血
管疾患(原告ら主張の「脳合併症」)が感染性心内膜炎の進行により生じたも
のであると認めるに足りる的確な証拠はない。一方,成人スチル病(ないし若
年性関節リウマチ)の臨床経過として,脳血管に血管炎様の症状を来して脳
梗塞を生じた症例が報告されている(乙B3,4)ところでもあり,上記の血管攣
縮は,成人スチル病による血管炎や本件の僧帽弁置換術の際の麻酔及び人
工心肺の影響あるいはD自身の特異体質といった要因が相互に関連して生じ
たものであるとの被告の主張も,これ一概に排斥するだけの事情や医学的知
見は見当たらない。
しかも,Dに生じた脳血管疾患が感染性心内膜炎の進行に起因するもので
あったと仮定し,Dの脳血管疾患の程度が本件の僧帽弁置換術実施時より軽
度であったと推認される時期に心臓外科手術(僧帽弁置換術)が行われてい
たとしても,原告ら主張のようにDの死亡結果を生じさせる程の血管攣縮が生
じることはなかったとの事実を認めるに足りる的確な証拠もない。
ウ したがって,上記の血管攣縮が感染性心内膜炎の進行に起因するものであ
ると認めることはできず,仮にこれを肯定したとしても,原告ら主張の如く原告
主張時期に感染性心内膜炎の診断及び治療(僧帽弁置換術)が行われてい
れば血管攣縮が生じなかったとも認められない。
(4) これに対し,原告らは,H医師作成のDの死亡診断書(甲A1)に直接死因とし
て「感染性心内膜炎」と記載されていることを指摘するが,死亡診断書は,主とし
て火葬,埋葬許可を受け,あるいは職場への報告や生命保険会社への保険金
請求を行う必要等から死亡後間もない時点で作成されるものであり,それゆえ,
その「直接死因」欄の記載も,病理解剖等の死因検索を経ているような場合であ
れば格別,そうでない場合には(なお,甲A第1号証によれば,本件ではDの病
理解剖は実施されていないことが認められる。),厳密な病理学的見地から精査
された死亡までの機序が記載されるとは限らず,作成時点において最も疑わし
いとされる確定病名が記載されるものと解される。しかして,H医師は,Dについ
て,その死亡時に感染性心内膜炎の確定診断が付されていたこと,同疾患に係
る僧帽弁置換術後に死亡に至っていることからして,死亡診断書作成時に現れ
ていた最も典型的かつ確定的な所見である感染性心内膜炎を死因として記載し
たにすぎないものと推認するのが相当というべきであるから,死亡診断書上の
上記記載から直ちにDの死因が感染性心内膜炎であると断定することは相当で
ない。
(5) 以上の検討によれば,Dの全脳虚血をもたらした血管攣縮が感染性心内膜炎
に起因するものであるとは認められないから,その余の点(原告主張時期にお
いて感染性心内膜炎に罹患していたか否かの点を含む。)について検討するま
でもなく,原告ら主張の感染性心内膜炎の診断及び治療の遅れとDの死亡との
間に因果関係を肯定することはできない。
4 結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく原告らの請求は理由が
ない(なお,付言するに,Dは,感染性心内膜炎あるいは成人スチル病のいずれに
罹患していたものであったにせよ,長期間の発熱に悩まされた上に,心疾患,脳血
管疾患,腎臓疾患,眼科疾患等を発症し,ついには開胸術の施行を余儀なくされ
るほどに症状増悪の一途を辿る中で,その治療に耐え続けた末,前途洋々たる将
来に希望を見出しながら若干20歳でその生涯を終えたのであって,その無念の心
情は筆紙に尽くし難く,また,最愛の一人娘を突然に失うことになった原告らの心
情も察するに余りあるものがある。被告病院においては,Dの死亡結果を無にする
ことのないよう,今後の感染性心内膜炎や成人スチル病に対する診療に際し,本
件診療経過及び本件審理を通じて得られた知見を貴重な教訓として生かすことが
望まれる。)。
よって,原告らの本訴請求は,その余の点について判断するまでもなくいずれも
理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61
条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。
    東京地方裁判所民事第14部
      裁判長裁判官  貝阿彌   誠
          裁判官片 野 正 樹
          裁判官西 田 祥 平

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答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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