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平成15年(行ケ)第191号 審決取消請求事件(平成16年3月3日口頭弁論
終結)
          判    決
       原   告      株式会社村上開明堂
       訴訟代理人弁理士   加 藤 邦 彦
       被   告      特許庁長官 今井康夫
       指定代理人      尾 崎 和 寛
       同          八日市谷 正 朗
同          橳 島 愼 二
同          大 野 克 人
       同          伊 藤 三 男
          主    文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が不服2001-5678号事件について平成15年3月19日にし
た審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は,平成6年6月29日,名称を「車両用ミラー」とする発明につき特
許出願(以下「本件出願」という。)をしたが,平成13年3月12日に拒絶査定
を受けたので,同年4月12日,不服の審判の請求をし,不服2001-5678
号事件として特許庁に係属した。
   特許庁は,同事件について審理した結果,平成15年3月19日,「本件審
判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年4月9日,原告に
送達された。
 2 本件出願の願書に添付した明細書(平成11年3月29日付け及び平成13
年1月18日付け各手続補正書による補正後のもの。以下「本件明細書」とい
う。)の特許請求の範囲の【請求項1】の記載
   最表面に親水性酸化膜を固定成膜し,該親水性酸化膜の表面をPVD法によ
って得られる多孔質状に構成してなる車両用ミラー。
  (以下,上記発明を「本願発明」という。)
 3 審決の理由
   審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明は,特開昭61-910
42号公報(甲3,以下「引用文献」という。)に記載の発明(以下「引用発明」
という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法
29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
 審決は,本願発明の認定を誤り(取消事由1),引用発明の認定を誤り,ひ
いては,本願発明と引用発明との相違点を看過し(取消事由2),容易想到性の判
断を誤り(取消事由3),発明の顕著な作用効果を看過した(取消事由4)結果,
本願発明の進歩性を誤って否定したものであるから,違法として取り消されるべき
である。
 1 取消事由1(本願発明の認定の誤り)
 本願発明の「PVD法によって得られる多孔質状」構造は,PVD膜の膜構
造を分類した構造ゾーンモデルにおける領域1の膜構造に該当するから,この点を
正解していない審決には,本願発明の認定の誤りがある。
 2 取消事由2(引用発明の認定の誤り)
(1) 審決は,「引用文献には,『ミラーガラスの表面上にスパッタリングによ
って無機酸化物の薄膜を形成してなるミラーガラス』の発明(注,引用発明)が記
載されている」(審決謄本2頁第5段落)と認定したが,引用文献(甲3)の酸化
膜は,スパッタリングで形成した無機酸化物薄膜に化学処理を施して得られるもの
であって,親水性酸化膜をPVD法により得るものではないから,引用発明が「ス
パッタリングによって無機酸化物の薄膜を形成してなる」とした審決の認定は,誤
りである。
  引用文献(甲3)に記載された発明において,ガラス表面上に無機酸化物
薄膜を形成するのは,無機酸化物自身の物性により親水性を向上させるためでな
く,無機酸化物薄膜をスパッタリングで形成することにより,柱状結晶による粒
界,すなわち,後の化学腐蝕処理で腐蝕が優先して進行する部分を形成するためで
あり,ガラス表面上に無機酸化物薄膜をスパッタリングにより形成し,次いで,薄
膜の表面を化学腐蝕することにより,薄膜の「柱状結晶格子の柱と柱の間の界面即
ち粒界の腐蝕が優先して進行」(3頁左上欄第3段落)するようにして,薄膜の表
面に微細な凹凸を形成し,これによって,水濡れ性(親水性)を向上させたもので
ある。引用発明が,無機酸化物自身の物性により親水性を向上させるものではない
ことは,引用文献(甲3)に,「未処理のガラス板では接触角42°であり,又,
腐蝕前のSiO2成膜済のガラス板では40°である。これらのガラス板では表面
に付着した水滴が外観上は小さなレンズの働きをするため視認性が劣る」(2頁右
下欄最終段落)と記載され,接触角が42°から40°に低下したことをもって親
水性が向上したとは認識していないことからも明らかである。また,現実に,接触
角が42°から40°に低下した程度では,実質上,人間の視覚により親水性が向
上したと確認することはできない。引用文献には,上記のとおり,腐蝕前のSiO
2(親水性酸化膜)を成膜しただけのものでは親水効果が得られない旨記載されて
いるのであるから,引用文献には,「スパッタリングで親水性酸化膜を得るもの」
が記載されているだけであり,「スパッタリングで親水性酸化膜を得る発明」は開
示されていない。
  このように,引用発明は,ガラス表面上に無機酸化物薄膜を形成し,無機
酸化物自身の物性により親水性を向上させ,これを化学腐蝕することにより親水性
を更に向上させるというものではなく,前段階の処理工程として,ガラス表面上に
粒界を有する無機酸化物薄膜をスパッタリングにより形成し,これを化学腐蝕する
ことにより表面に微細な凹凸を形成して親水性を得るものであり,ガラス表面上に
無機酸化物薄膜をスパッタリングで形成する前工程と,薄膜の表面を化学腐蝕して
薄膜の表面に微細な凹凸を形成する後工程とを一体不可分とするものであって,ガ
ラス表面上に無機酸化物薄膜をスパッタリングで形成する前工程だけでは,引用発
明は成り立たない。無機酸化物薄膜をスパッタリングで形成する工程は,後工程の
化学腐蝕処理で腐蝕を優先して進行させるための粒界を形成する準備段階としての
工程としての意味しかなく,この工程だけを取り出して,独立した一つの技術的思
想としてとらえることはできない。また,ガラス表面上に無機酸化物薄膜を形成し
ただけでは,親水性を向上する効果が得られないから,前工程によるガラス表面上
に無機酸化物薄膜を形成した構成だけでは,物の発明として成り立たない。
 ところで,本件明細書(甲20)には,「親水性膜22をSiO2等の親
水性酸化膜で構成した場合は,親水基であるOH基が作られて,これが親水性を発
揮する」(段落【0023】)とある一方,「親水性膜22の表面を図2に示すよ
うに多孔質状に構成すれば,毛細管現象により表面の濡れ性が向上し,より親水性
が高められる」(段落【0024】)とも記載されており,本願発明における親水
性とは,被告が主張するような「無機酸化物の表面に存在する水酸基の親水性作
用」という狭義の意味ではなく,水酸基による化学的な親水性作用と多孔質状によ
る物理的な親水性作用(毛細管現象)を含む広義の概念(上位概念)のものであっ
て,上記段落【0024】の意味は,多孔質状に構成することにより毛細管現象に
よる親水性向上効果が得られ,広義の意味での親水性が高められるというものであ
る。さらに,本件明細書には,「この発明によれば,ミラーの最表面に親水性膜を
固定成膜したので,ミラー面に付着した水滴は薄い水膜に広がりやすくな
り・・・」(段落【0016】)と記載されており,ここでは,親水性膜が酸化膜
であることを要件としていないから,本願発明における「親水性」という概念が,
「無機酸化物の表面に存在する水酸基の親水性作用」という狭義の意味ではないこ
とは明らかである。
 (2) 引用文献(甲3)には酸化膜として領域1の膜を使用できないことが明記
されているのに,審決は,この点を正しく認定せず,ひいては本願発明と引用発明
との相違点を看過した誤りがある。
  引用文献には,「第1表の結果より,SiO2のスパッタ成膜中のガラス
板温度が高い方が,又,成膜中のアルゴンガス圧力の高い方が腐蝕後の水滴との接
触角が小さく,よく濡れることが判る」(2頁右下欄第1段落),「スパッタ条件
により接触角が異なるのは次の様に説明できる。ガラス板の温度が上昇すると第2
図に示すSiO2スパッタ膜2の構造は,柱状結晶の太さ即ち結晶粒子の大きさが
増し,腐蝕によって形成される凹凸が粗くなる。又,アルゴンガス圧力が高くなっ
ても同様な現象が起る。ガラス板温度が低く,又アルゴンガス圧力が低い場合には
極めて微小の柱状結晶が生成し,腐蝕後SiO2スパッタ膜2の表面に極めて微細
な凹凸が形成されるため水濡れに対して効果を示さなくなると考えられる」(3頁
左上欄第4段落~右上欄第2段落)と記載されており,これらの記載によれば,当
業者は,スパッタ法で形成する膜にあっては,柱状結晶の大きさ(太さ)が大きい
ことが必要であり,微小の柱状結晶は使用できないことを理解し得る。平成5年2
月25日日刊工業新聞社初版第1刷発行「スパッタ薄膜-基礎と応用-」(甲1
0,以下「甲10文献」という。)によれば,微細構造モデルの領域1(ZONE-
1)の薄膜の膜構造は「微小柱状」(62頁下から第2段落)であり,領域1より
も基板温度を高くすると得られる領域Tの膜構造も「グレイン・サイズは微小」
(64頁第1段落)であって,「微小柱状」(ただし,多孔質ではない。)であ
る。これに対し,領域Tよりも基板温度を高くすると得られる領域2(ZONE-2)
の薄膜の膜構造は「領域1や遷移領域(領域T)に対し,グレイン・サイズの大き
な柱状構造となる」(63頁下から第3段落)ものであり,さらに,領域2よりも
基板温度を高くすると得られる領域3(ZONE-3)に至ると「もはや柱状構造では
ない」(同頁下から第2段落)ものとなる。そうであれば,引用発明は,グレイ
ン・サイズの大きな柱状構造である領域2の膜を使用するものであって,微小の柱
状構造である領域1や領域Tの膜は使用できないものであることが明らかである。
本願発明は,上記1のとおり,領域1の膜を使用するものであるから,領域1の膜
を使用することができない引用発明とは,膜構造において相違しているのに,審決
は,この点を看過している。
  甲10文献によれば,領域2よりも大きなグレイン・サイズの柱状構造が
得られる領域はなく,領域Tや領域1よりも微小なグレイン・サイズの柱状構造が
得られる領域もないのであるから,引用文献(甲3)にいう「柱状結晶の太さ即ち
結晶粒子の大きさが増し」とは,領域2に対応し,「極めて微小の柱状結晶が生成
し」とは,領域Tまたは領域1に対応する。引用文献には,「極めて微小の柱状結
晶」について,「腐蝕後SiO2スパッタ膜2の表面に極めて微細な凹凸が形成さ
れるため水濡れに対して効果を示さなくなると考えられる」(3頁右上欄第2段
落)と記載されており,この記載から,当業者は,「極めて微小の柱状結晶」であ
る領域Tや領域1の膜は使用できないとされていることが理解できる。
3 取消事由3(容易想到性の判断の誤り)
(1) 審決は,本願発明と引用発明の相違点として認定した,「本願発明では,
親水性酸化膜の表面がPVD法によって得られる多孔質状であるのに対し,引用文
献(注,引用文献1とあるのは誤記と認める。以下同じ。)に記載の発明(注,引
用発明)では化学腐蝕によって微細な凹凸としている点」(審決謄本3頁第1段
落)について,「引用文献に記載の発明におけるPVD法によって得られる親水性
酸化膜の表面を多孔質状とすることは,上記周知の技術を参考に当業者であれば容
易に想到し得たもの」(同頁第5段落),「周知の技術を参考に,引用文献に記載
の親水性酸化膜の親水性を更に高めるべく,その表面を多孔質状に構成することは
当業者であれば容易に想到し得たもの」(同頁第6段落)と判断したが,誤りであ
る。
  まず,本願発明の「PVD法によって得られる多孔質状」構造は,上記1
のとおり,PVD膜の膜構造を分類した構造ゾーンモデルにおいて,領域1の膜構造
に該当するが,この膜構造は,他の製法で作成された多孔質薄膜とは異なる特有の
多孔質状構造であるため,PVD法の技術分野における当業者においては,このよ
うな多孔質状の膜は好ましくない膜であることが技術常識とされ,こうした膜が成
膜されることは回避すべきものと認識されていた。すなわち,甲10文献に,領域
1に関し,「微小柱状でそのカラム間には空隙や孔のある欠陥膜である。したがっ
て,密度が低く,電気比抵抗が高く,光に対する鏡面反射率の低い特性をもつ。い
わば,カサカサの膜であるから,水蒸気などが広い面積で付着し,腐食を増す。結
果的には,耐環境性の弱い膜である」(62頁下から第2段落)とあるように,領
域1の膜構造は,ボイド等を多く含む欠陥膜であるため,本件出願前,PVD技術
分野における当業者にとっては,耐環境性が要求される用途では忌避されるべき膜
であることが技術常識であり,このような多孔質状の膜が成膜されるのを回避する
ことが重要な技術的課題として広く認識されていた。
  PVD法によって多孔質状構造の膜が得られることは,現象として知られ
ていたにとどまり,有用な多孔質薄膜の製法としてはいまだ認知されていなかった
上,車両用ミラーには厳しい耐久性基準に適合することが要求されるという特別の
事情が存在するから,技術分野及び用途に何の関連性もなく,多孔質膜により得よ
うとする作用効果も全く相違している,被告提出に係る特開平5-88761号公
報(乙1,以下「乙1公報」という。),特開平5-181548号公報(乙2,
以下「乙2公報」という。)及び特開平5-240835号公報(乙3,以下「乙
3公報」という。)をもって,領域1の膜が忌避されるべきものではなく,車両用
ミラーの表面の多孔質の膜形成方法としてPVD法を採用することが容易想到であ
ったということはできない。車両用ミラーは,非常に厳しい状況で使用されるもの
であるため,JIS規格で定められた厳しい耐久性基準(振動耐久性,耐湿性,耐
温度性,耐候性)に適合することが要求される。車両用ミラーの技術常識によれ
ば,耐環境性や物理特性が悪く欠陥膜と認識され忌避されている領域1の膜が,こ
のような厳しい耐久性基準に適合するとは到底予想もできないことであり,この膜
を車両用ミラーに適用することなど考えも及ばないことである。本願発明は,上記
のとおり,多孔質状膜の成膜を回避すべきとの発想を転換して,「PVD法によっ
て得られる多孔質状」構造の膜に親水性膜としての有用性を初めて見いだし,この
膜をミラー表面に配置する親水性膜として利用することを着想したものである。
  このように,「PVD法によって得られる多孔質状」構造を積極的に利用
することを着想するに当たっては,重大な阻害要因があるから,本願発明において
「PVD法によって得られる多孔質状」構造を車両用ミラー表面に適用し,「引用
文献に記載の親水性酸化膜の親水性を更に高めるべく,その表面を多孔質状に構成
すること」には困難性があり,領域1の膜構造の有用性は,本願発明により初めて
見いだされたものである。
(2) また,審決は,引用発明を,前工程においてガラス表面上に無機酸化物薄
膜を形成した構成のみであると認定した上で,実願昭56-151718号(実開
昭58-56829号)のマイクロフィルム(甲4,以下「周知例1」という。)
及び特公昭47-44523号公報(甲5,以下「周知例2」という。)等の周知
技術と組み合わせて,本願発明の相違点に係る構成の容易想到性を肯定したが,引
用文献の酸化膜は,スパッタリングで形成した無機酸化物薄膜に化学処理を施して
得られるものであって,親水性酸化膜をPVD法により得るものではないから,審
決が,引用発明を,無機酸化物薄膜をスパッタリングで形成する発明と誤って認定
し,これと上記周知技術とを組み合わせて,本願発明の容易想到性を肯定した判断
は誤りである。さらに,引用文献には,上記のとおり,領域1の膜を使用できない
ことが明記されており,このことは,本願発明の容易想到性の阻害要因となるにも
かかわらず,審決は,引用発明の膜構造を誤認し,この誤認に基づいて,周知の技
術を参考にすれば当業者は容易に想到し得たと判断したものであって,前提におい
て誤りがある。
 4 取消事由4(本願発明の顕著な作用効果の看過)
 審決は,「本願発明の効果は,引用文献に記載の発明(注,引用発明)及び
上記周知の技術より当業者が予測しうる程度のものであり格別なものとはいえな
い」(審決謄本3頁第7段落)と判断したが,誤りである。
 引用文献並びに周知例1(甲4)及び周知例2(甲5)に記載された構造
は,いずれも,その製造に危険物を使用するものであるのに対して,本願発明によ
れば,PVD法によって多孔質状を得るから,危険物を使用しなくても済み,製造
上安全であるのみならず,化学腐蝕処理が不要なため,製造工程が単純であり,製
造コストを低減化できる。PVD法によって得た親水性の多孔質状膜を車両用ミラ
ーの膜として適用することに阻害要因があることは,上記のとおりであり,本願発
明は,この阻害要因のゆえに当業者が容易に想到し得ないものである。また,本願
発明は,PVD法によって得られる多孔質状構造膜が柱状構造の間に深い空孔を有
するため,引用発明の浅い空孔しか形成されない膜に比べて保水力があり,これに
より高い親水性能が得られるという格別の効果も奏するのに対し,引用発明は,P
VD法で形成した薄膜を使用するものではあるが,薄膜を化学腐蝕して使用するも
のであるため,PVD法が本来有している効果を得ることはできない。さらに,P
VD法によって得られる多孔質状構造膜を車両用ミラーに適用することは,本願発
明によって初めて提案されたものであり,現に,本願発明を基礎として後願発明が
され,この後願発明に係る親水機能付き車両用ミラーが広く実施されて,商業的成
功を得ているものであるから,本願発明が産業の発展に寄与した程度は極めて大き
い。以上のとおり,本願発明は,引用発明及び周知例からは予測不可能な顕著な作
用効果を奏するものである。
第4 被告の反論
   審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
 1 取消事由1(本願発明の認定の誤り)について
   審決に原告主張の誤りはない。
 2 取消事由2(引用発明の認定の誤り)について
(1) 原告は,引用発明において,接触角は,スパッタリングによるSiO2成
膜前後でほとんど差がなく,親水性の向上はスパッタリングによって形成されたS
iO2膜の腐食によるものであるとして,引用文献にはスパッタリングで親水性酸
化膜を得る発明は記載されていないと主張するが,本件明細書(甲20)の「親水
性膜22をSiO2等の親水性酸化膜で構成した場合は,親水基であるOH基が作
られて,これが親水性を発揮する」(段落【0023】),「親水性膜22の表面
を第2図に示すように多孔質状に構成すれば・・・より親水性が高められる」(段
落【0024】)との記載からすれば,原告のいう親水性とは,無機酸化物の表面
に存在する水酸基の親水性作用のことを指すと解される。そして,引用文献には,
車両用ミラーの最表面にSiO2の膜をPVD法であるスパッタリングによって形
成するものが記載されているのであるから,車両用ミラーの最表面に親水性酸化膜
をPVD法によって得る引用発明が記載されているとした審決の認定に誤りはな
い。
 原告は,引用発明は,ガラス表面上に無機酸化物薄膜をスパッタリングで
形成する前工程と,薄膜の表面を化学腐蝕して薄膜の表面に微細な凹凸を形成する
後工程を一体不可分とするものであると主張する。しかしながら,引用文献には,
その主題とする発明のほかにも,従来技術に相当する発明や前提技術となる発明等
も開示されているのであり,「車両用ミラーの最表面に親水性酸化膜をPVD法に
よって得るもの」,すなわち,「車両用ミラーの最表面に親水性酸化膜をPVD法
によって得る」という技術的思想が,この発明を前提とする発明とともに開示され
ている。確かに,原告のいう後工程は,前工程を前提とするものであるが,物体の
表面に凹凸を施すために表面処理を施すことは,周知例1(甲4)及び周知例2
(甲5)を挙げるまでもなく常とう手段であるから,これらの二つの工程は,それ
ぞれ独立した技術的思想としてとらえることができ,一体不可分なものとはいえな
い。
 (2) 原告は,引用発明は,スパッタリングによる成膜後化学腐食処理による粗
い凹凸を形成するもので,この凹凸の形成のためには成膜の柱状結晶の大きさ(太
さ)が大きいことが必要であり,微小の柱状結晶は使用できないから,引用発明
は,柱状結晶の大きい領域2の膜を使用するものであって,柱状結晶が微小である
領域1の膜を使用できないことが引用文献に明記されている旨主張する。しかしな
がら,領域2と領域1の膜の柱状結晶の大きさを比べただけで,ガラス表面に付着
する水滴の濡れ性の良い接触角を得るための絶対的な結晶粒子の大きさが決定でき
るものではなく,相対的に領域2の膜の方が領域1の膜より良いということはいえ
ても,領域1の膜を使用できないことの証明にはならない。したがって,引用発明
は,柱状結晶の大きい領域2の膜を使用するものであり,柱状結晶が微小である領
域1の膜を使用できないことが引用文献に明記されているとする原告の主張は理由
がない。そもそも,審決は,引用発明として,「ミラーガラスの表面上にスパッタ
リングによって無機酸化物の薄膜を形成してなるミラーガラス」を認定しており,
薄膜の結晶粒子の大きさを問題にしておらず,この認定に誤りがないことは,上記
のとおりである。
 3 取消事由3(容易想到性の判断の誤り)について
(1) 原告は,本願発明について,従来欠陥膜として利用を忌避されていたPV
D法によって得られる多孔質膜を積極的に利用する着想自体(発想の転換)に進歩
性が認められる旨主張する。しかしながら,この主張は,PVD法によって得ら
れ,欠陥膜と称される膜に存在する「多孔(質)」「ボイド」「欠陥」「隙間」等
という構造を,欠陥であり,忌避されるべきものとする誤った認識に基づくもので
ある。均一な材料,平たんな表面が求められるのであれば,上記「多孔(質)」
「ボイド」「欠陥」「隙間」等の構造は避けなければならないが,これらの性状が
必要な場合は,その有用性が肯定されることは当然である。また,PVD法におけ
る領域1の膜が現実に忌避されているとの証拠はなく,かえって,乙1公報~乙3
公報に示されるように,PVD法によって得られる多孔質状構造を積極的に利用す
ることは,本件出願前に周知であったばかりでなく,仮に,PVD法によって得ら
れる多孔質構造の膜が多孔質構造のゆえに耐環境性に問題があり,光学的に質の悪
い膜であるとしても,防曇機能を得るために多孔質構造を採用することが周知であ
ることからすると,防曇機能を得ることにおいて,当該膜の採用を阻害する要因に
はなり得ない。したがって,PVD法によって得られる多孔質構造の膜が欠陥膜で
あり,親水性膜の多孔質膜として利用する着想に至ることに阻害要因があるとする
原告の主張は失当であり,車両用ミラーの表面の多孔質の膜形成方法としてPVD
法を採用することは,当業者が容易に想到し得たものというべきである。
(2) 引用発明の認定に誤りはなく,原告主張の阻害要因が存在しないことは,
上記のとおりであるから,引用文献に,車両用ミラーの最表面に親水性酸化膜をP
VD法によって得るものが記載されている一方で,鏡あるいはガラス類において,
表面の親水性,ぬれ性を高めるため表面を多孔質状とすることが周知であり,ま
た,PVD法によって多孔質状の膜を形成できるということも周知であることから
すれば,「引用文献に記載の発明におけるPVD法によって得られる親水性酸化膜
の表面を多孔質状とすることは,上記周知の技術を参考に当業者であれば容易に想
到し得たものであるといえる」とした審決の判断に誤りはない。
 4 取消事由4(本願発明の顕著な作用効果の看過)について
 原告が本願発明の顕著な作用効果として主張するところは,成膜方法を限定
せずに単にミラーに親水性膜を構成することによって得られる効果にすぎない。化
学腐食処理を採用する場合とPVD法を採用する場合とで製造工程等に差があるこ
とは当然であり,そのことにより一定の効果の差はあり得るが,周知のPVD法が
本来有している効果に基づくものであって,格別なものとはいえない。車両用ミラ
ーにおいて親水性の多孔質状膜をPVD法によって得ることは,当業者が容易に想
到し得るものである以上,当業者の予測し得る程度のものであり,格別なものとは
いえない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(本願発明の認定の誤り)について
(1) 原告は,本願発明の「PVD法によって得られる多孔質状」構造は,PV
D膜の膜構造を分類した構造ゾーンモデルにおける領域1の膜構造に該当するから,
この点を正解していない審決には,本願発明の認定の誤りがあると主張する。本願
発明の特許請求の範囲の記載は,上記第2の2のとおり,「最表面に親水性酸化膜
を固定成膜し,該親水性酸化膜の表面をPVD法によって得られる多孔質状に構成
してなる車両用ミラー」というものであり,親水性酸化膜の表面について「PVD
法によって得られる多孔質状」と規定しているところ,原告の上記主張は,上記
「PVD法によって得られる多孔質状」とは,「PVD膜の膜構造を分類した構造
ゾーンモデルにおける領域1の膜構造」を意味するものと解釈されるべきであるとの
趣旨であると理解される。
(2) そこで,本願発明の規定する「PVD法によって得られる多孔質状」の技
術的意味についてみると,まず,「PVD法」(物理蒸着法)とは,「真空中で加
熱蒸発させ,基板上に薄膜を形成させる方法」(日刊工業新聞発行「マグローヒル
科学技術用語大辞典第3版」)であり,これに対し,引用発明で用いられる「スパ
ッタリング」(溶射法)とは,「溶融点の髙い金属を電極として放電熔解させ,こ
の溶融粒子を高速で被めっき材に吹き付けて被覆する方法」(同)であって,PV
D法の下位概念である。
 次に,本件出願時における薄膜の微細構造モデルに関する技術水準につい
てみると,平成3年3月25日共立出版初版第1刷発行「薄膜作製ハンドブック」
(甲9,以下「甲9文献」という。)には,「ある種の薄膜がある条件でつくられ
ると,柱状構造・・・と呼ばれる特殊な形態をとることが知られ・・・柱状構造
は・・・断面の形態があたかも柱がぎっしりと林立しているように見えることから
この名前がつけられた。この柱の間は単なる粒界ではなく,空孔,空隙が多く含ま
れている境界・・・と考えられている」(70頁右欄4・3・1の項の第1段落~
第2段落)と記載されており,また,甲10文献には,Thorntonによって提唱され
た薄膜の微細構造モデルが一般に認められており,それによれば,領域1(ZONE-
1),領域T(ZONE-T)(遷移領域),領域2(ZONE-2)及び領域3(ZONE-
3)の4種類があること,領域1の薄膜の膜構造は「微小柱状」であり,領域1よ
りも基板温度を高くすると得られる領域T(遷移領域)の膜構造も「グレイン・サ
イズは微小」であって,「繊維状の柱状構造であるが,その間にすき間がなく,緻
密な膜」であること,これに対し,領域Tよりも基板温度を高くすると得られる領
域2の薄膜の膜構造は「領域1や遷移領域(領域T)に対し,グレイン・サイズの
大きな柱状構造となる」ものであり,さらに,領域2よりも基板温度を高くすると
得られる領域3に至ると「もはや柱状構造ではない」ものとなること(61頁最終
段落~64頁第1段落)が記載されている。さらに,甲9文献には,上記記述に続
けて,「Thorntonが第一ゾーン(注,領域1)と名づけた領域にある柱状構造の性質
を述べよう。この領域にある構造が最も本質的な意味で柱状構造といえるもので,
圧力が高く,温度が低い条件で発生する。本質的というのは,柱と柱の間にボイド
とみなせるものが多くできており,柱が一つ一つ独立しているように見えるという
ことである」(71頁右欄第2段落),「第一ゾーンの次に現れる構造について簡
単に述べよう。第一ゾーンよりわずかに高い温度領域では,柱状構造がかなり不明
瞭になる。この領域は遷移領域(T-zone)といわれており,どうしてこれが現れ
るかよくわからない。現象としては,ボイドが著しく減少してしまった状態で,表
面が非常に平らになり,見掛けは鏡面のようになる。さらに高温になると,この構
造が密できれいな柱状構造に変わる」(72頁左欄第3段落)と記載されている。
 甲9文献及び甲10文献の上記記載によれば,領域1以外の領域T(遷移
領域)及び領域2においても,形態に差はあっても柱状構造が現れるところ,柱状
構造においては,「柱の間は・・・空孔,空隙が多く含まれている境界」(甲9,
70頁右欄4・3・1の項の第2段落)であるから,領域1以外のゾーンにおいても
多孔質状の構造を呈するものと認められる。そうすると,本願発明の特許請求の範
囲の記載における「PVD法によって得られる多孔質状」については,「PVD膜
の膜構造を分類した構造ゾーンモデルにおける領域1,領域T(遷移領域)及び領域
2」を含むものであると一義的に明確に理解することができ,原告主張のように,
同じく多孔質状の構造を呈する領域T(遷移領域)及び領域2を除いて,「PVD
膜の膜構造を分類した構造ゾーンモデルにおける領域1の膜構造」と限定的に理解す
べき特段の事情は認められないというほかはない。
 さらに,原告の主張にかんがみ,念のため,本件明細書(甲20)の発明
の詳細な説明及び本件出願の願書に添付した図面についても検討すると,実施例の
欄に,「親水性膜22の表面を図2に示すように多孔質状に構成すれば,毛細管現
象により表面の濡れ性が向上し,より親水性が高められる。SiO2等をイオンプ
レーティングやスパッタリング等のPVD法で成膜することにより,このような多
孔質状の親水性膜22を容易に得ることができる。この場合,膜厚を1000オン
グストローム以上に成膜すれば十分な多孔質状態を得ることができる」(段落【0
024】)と記載されており,これによれば,多孔質状の構造はスパッタリング等
のPVD法により得られるものであることが理解されるものの,発明の詳細な説明
には,上記記載以外に「PVD法によって得られる多孔質状」の技術的意味につい
て言及する部分は見当たらない。
 もっとも,上記実施例において引用されている図2(甲2)には,親水性
膜の多孔質構造が図示されており,同図については,甲10文献の図5.2に記載
された,PVD膜の膜構造の構造ゾーンモデルにおける領域1の断面模式図に酷似
していることが認められるが,【図面の簡単な説明】の欄には,図2が「多孔質状
に構成した親水性膜の断面図」と記載されているにとどまり,それ以上,「多孔質
状」とは「PVD膜の膜構造を分類した構造ゾーンモデルにおける領域1の膜構造」
を意味することを示唆する記載はない。かえって,本件明細書の上記段落【002
4】の記載によれば,本願発明において,車両用ミラーの表面を「多孔質状」とし
たのは,多孔質状に構成することにより毛細管現象による親水性向上効果が得られ
ることを意図したものであると理解される(なお,被告は,本件明細書の「親水性
膜22をSiO2等の親水性酸化膜で構成した場合は,親水基であるOH基が作ら
れて,これが親水性を発揮する」(段落【0023】)との記載を根拠に,本願発
明における親水性とは,無機酸化物の表面に存在する水酸基の親水性作用を指すと
主張するが,本件明細書には,「この発明によれば,ミラーの最表面に親水性膜を
固定成膜したので,ミラー面に付着した水滴は薄い水膜に広がりやすくなり」(段
落【0016】)と記載されており,そこでは,親水性膜は酸化膜であることを要
件としていないから,本願発明における親水性とは,水酸基による化学的な親水性
作用と多孔質状による物理的な親水性作用(毛細管現象)を含むものであると解す
るのが相当である。)から,領域1の膜構造でなくとも,毛細管現象による物理的
な親水性作用を発揮する一般的な多孔質状の構造であれば,本願発明における「多
孔質状」との要件を満たすものであると理解される。そうすると,図2が甲10文
献に図示された領域1の膜構造と酷似していることのみから,直ちに,原告主張の
ように,領域1の膜構造を表したものであると解することはできないというべきで
ある。
(3) 以上によれば,本願発明の規定する「PVD法によって得られる多孔質
状」の技術的意味を,原告主張のように,「PVD膜の膜構造を分類した構造ゾー
ンモデルにおける領域1の膜構造」であると限定的に解釈することは許されないとい
うべきであり,審決に原告主張の誤りがあるとはいえない。
 したがって,原告の取消事由1の主張は理由がない。
 2 取消事由2(引用発明の認定の誤り)について
(1) 原告は,引用発明は,ガラス表面上に粒界を有する無機酸化物薄膜をスパ
ッタリングにより形成し,これを化学腐蝕することにより表面に微細な凹凸を形成
して親水性を得るものであり,ガラス表面上に無機酸化物薄膜をスパッタリングで
形成する前工程と,薄膜の表面を化学腐蝕して薄膜の表面に微細な凹凸を形成する
後工程を一体不可分とするものであって,ガラス表面上に無機酸化物薄膜をスパッ
タリングで形成する前工程だけでは,引用発明は成り立たないから,引用発明を,
「ミラーガラスの表面上にスパッタリングによって無機酸化物の薄膜を形成してな
るミラーガラス」と認定した審決は,誤りである旨主張する。
  引用文献(甲3)に,審決が認定したとおり,(イ)「本発明(注,引用
発明)は車輌用等に使用される防曇ガラス及びその製造方法に関するものである」
(1頁左下欄(産業上の利用分野)),(ロ)「本発明の防曇ウインドガラス及び
ミラーガラスは,ガラス表面上に所定の厚さで表面に微細な凹凸を有するシリカ,
チタニア等の無機酸化物の薄膜を形成したことを特徴とする。本発明に用いるガラ
スは通常のウインドガラス及びミラーガラスを使用することができる。このガラス
表面上に無機酸化物例えば上記シリカ(SiO2),チタニア(TiO2)の外にア
ルミナ(Al2O3),酸化インジウム(In2O3;Snドープ)等をスパッタリ
ングにより薄膜状に形成する」(2頁左上欄第2段落~第3段落),(ハ)「スパ
ッタリングによりガラス板上に形成される無機酸化物の薄膜は微細な結晶粒子より
なり,次いで該薄膜の表面を腐蝕剤例えば弗化水素酸単独又はこれに硝酸,硫酸等
の酸化性の酸や塩類を加えた混酸腐蝕液を用いて化学腐蝕すると結晶粒界が他の部
分よりもより腐蝕されやすいため優先的に腐蝕されて表面に微細な凹凸が形成され
る」(同頁右上欄第2段落),(ニ)「上記の各サンプルについて,第1図に示す
ように蒸留水と処理ガラスのSiO2成膜面との間の接触角を測定した。・・・水
滴との接触角が小さく,よく濡れることが判る」(同頁左下欄最終段落~同頁右下
欄第1段落)ことが記載されされていることは,当事者間に争いがない。審決は,
これらの記載に基づき,引用文献には「ミラーガラスの表面上にスパッタリングに
よって無機酸化物の薄膜を形成してなるミラーガラス」の発明が記載されていると
認定した上,本願発明と引用発明との一致点として,「最表面に親水性酸化膜を固
定成膜し,該親水性酸化膜の表面をPVD法によって得られる表面に構成してなる
車両用ミラーである点」(審決謄本2頁3〈一致点〉)を,また,相違点として,
「本願発明では,親水性酸化膜の表面がPVD法によって得られる多孔質状である
のに対し,引用文献に記載の発明(注,引用発明)では化学腐蝕によって微細な凹
凸としている点」(同頁~3頁〈相違点〉)を認定した。
 確かに,上記(ハ)の記載からすると,引用発明においては,スパッタリ
ングによって形成された無機酸化物の薄膜表面を,化学腐蝕することにより,表面
に微細な凹凸を形成していることが認められ,また,上記(ニ)の記載からする
と,上記化学腐蝕処理して得られた微細凹凸により濡れ性すなわち親水性を向上さ
せていることが認められるから,引用文献には,「ミラーガラスの表面上にスパッ
タリングによって無機酸化物の薄膜を形成し,この無機酸化膜の薄膜表面に,化学
腐蝕による微細な凹凸を形成したミラーガラス」の発明が開示されていると認めら
れる。そうすると,引用発明を,「ミラーガラスの表面上にスパッタリングによっ
て無機酸化物の薄膜を形成してなるミラーガラス」とし,また,本願発明と引用発
明との一致点を「最表面に親水性酸化膜を固定成膜し,該親水性酸化膜の表面をP
VD法によって得られる表面に構成してなる車両用ミラーである点」とした審決の
上記認定は,化学腐蝕により得られる微細凹凸形状を考慮しない点において,誤り
である。被告は,ガラス表面上に無機酸化物薄膜をスパッタリングで形成する前工
程だけでも,独立した技術的思想としてとらえることができ,引用発明は,このよ
うな技術的思想を有するものとして認定できる旨主張するが,そうであれば,引用
発明は化学腐蝕を施さないものと認定されることになり,審決が,化学腐蝕によっ
て微細な凹凸としている点を本願発明との相違点としたことと矛盾するから,被告
の上記主張は,失当である。
  しかしながら,審決は,上記のとおり,「本願発明では,親水性酸化膜の
表面がPVD法によって得られる多孔質状であるのに対し,引用文献に記載の発明
(注,引用発明)では化学腐蝕によって微細な凹凸としている点」を相違点と認定
しており,これによれば,引用発明が,化学腐蝕により得られる微細凹凸を有する
ことを前提に,本願発明と引用発明とを対比して,相違点を認定したことが明らか
であって,上記の本願発明の認定並びに引用文献の上記(イ)~(ニ)の記載から
すると,この相違点の認定は首肯するに足り,本願発明と引用発明とは正しく対比
されているものというべきである(なお,化学腐蝕する前の酸化膜の膜構造の認定
に誤りがないことは後記のとおりである。)から,引用発明の認定と一致点の認定
の誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものではない。
(2) 原告は,引用文献には酸化膜として領域1の膜を使用できないことが明記
されているのに,審決は,この点を正しく認定せず,ひいては本願発明と引用発明
との相違点を看過した誤りがあると主張する。
  引用文献(甲3)には,「上記の各サンプルについて,第1図に示すよう
に蒸留水と処理ガラスのSiO2成膜面との間の接触角を測定した。・・・結果を
第1表に示す」(2頁左下欄最終段落),「第1表の結果より,SiO2のスパッ
タ成膜中のガラス板温度が高い方が,又,成膜中のアルゴンガス圧力の高い方が腐
蝕後の水滴との接触角が小さく,よく濡れることが判る。接触角16°以下のもの
は実質上滴状ではなく平らで,視認性については特に問題がない」(同頁右下欄第
1段落),「スパッタ条件により接触角が異なるのは,次の様に説明できる。ガラ
ス板の温度が上昇すると第2図に示すSiO2スパッタ膜2の構造は,柱状結晶の
太さ即ち結晶粒子の大きさが増し,腐蝕によって形成される凹凸が粗くなる。又,
アルゴンガス圧力が高くなっても同様な現象が起る。ガラス板温度が低く,又アル
ゴンガス圧力が低い場合には極めて微小の柱状結晶が生成し,腐蝕後SiO2スパ
ッタ膜2の表面に極めて微細な凹凸が形成されるため水濡れに対して効果を示さな
くなると考えられる」(3頁左上欄第4段落~同頁右上欄第2段落)と記載されて
いる。これらの記載によれば,スパッタ条件いかんによっては,満足し得る親水性
が得られない場合があり得ることが認められる。しかしながら,引用文献の第1表
(2頁右下欄)には,アルゴンガス圧力を,2×10-3
Torr,7×10-3
To
rr,15×10-3
Torrという条件で,また,ガラス板温度を,60℃,15
0℃,300℃(それぞれ,絶対温度は,333°K,423°K,573°K)
という条件で,SiO2膜を成膜したものが示されており,このうち,例えば,1
5×10-3
Torrの条件で成膜されたSiO2膜の膜構造について,甲10文献の
図5.1(62頁)に示されたスパッタ薄膜の微細構造モデルを参照して検討する
と,SiO2の融点は1710℃(昭和36年7月15日共立出版発行「化学大辞
典6」696頁におけるクリストバル石の融点。絶対温度1983°K)であるか
ら,甲10文献の上記図において,Ts(作成時の基板温度)/TM(薄膜の融点)
は,それぞれ,0.17,0.21,0.29と計算され,引用文献の第1表にお
いて,上記条件で成膜されたSiO2の膜構造は,甲10文献の上記図の領域1の
膜の成膜条件と一致する。そうすると,引用文献において,第1表に示された膜
が,領域1の膜ではないとする根拠に乏しく,これらの膜のうち,アルゴンガス圧
力を15×10-3
Torr,ガラス版温度を150℃,300℃としたもの,アル
ゴンガス圧力を7×10-3
Torr,ガラス版温度を300℃としたもの(第1表
の右下隅の三つ)については,化学腐蝕を行うものであるにせよ,満足し得る親水
性を示すものであることからすると,原告主張のように,引用文献に領域1の膜構
造(腐蝕処理する前の膜構造)を使用できないことが記載されているということは
できない。
(3) したがって,原告の取消事由2の主張は理由がない。
 3 取消事由3(容易想到性の判断の誤り)について
(1) 原告は,本願発明の「PVD法によって得られる多孔質状」構造は,PV
D膜の膜構造を分類した構造ゾーンモデルにおいて,領域1の膜構造に該当すると
した上,この膜構造は,PVD技術分野における当業者において,好ましくない膜
であることが技術常識であって,当業者は,このような多孔質状の膜が成膜される
のを回避すべきものとして認識していたのであり,領域1の膜構造の有用性は本願
発明により初めて見いだされたのであるから,当業者の上記認識は,本願発明を想
到する上での阻害要因であるのに,審決は,この点を看過し,「引用文献に記載の
親水性酸化膜の親水性を更に高めるべく,その表面を多孔質状に構成することは当
業者であれば容易に想到し得た」(審決謄本3頁第6段落)と誤った判断をした旨
主張する。
  しかしながら,本願発明の「PVD法によって得られる多孔質状」構造
が,領域1の膜構造に限定されるものでないことは,上記1に判示したとおりであ
るから,原告の上記主張は,前提において失当というほかはない。なお,原告は,
領域1の膜構造については,当業者がこのような多孔質状の膜が成膜されるのを回
避すべきものというのが技術常識であり,領域1の膜構造の有用性は本願発明によ
り初めて見いだされた旨主張するが,乙1公報~乙3公報には,「PVD法によっ
て得られる多孔質状」構造の酸化膜を,電極等に使用することが開示されており,
この多孔質状構造が,領域1の膜構造であると明記されているわけではないとして
も,多孔質状構造である以上,領域1の膜を含むものと解され,用途によっては,
領域1の膜構造は既に利用されていると認めることができる。また,引用文献に,
「ミラーガラスの表面上にスパッタリングによって無機酸化物の薄膜を形成し,こ
の無機酸化膜の薄膜表面に,化学腐蝕による微細な凹凸を形成したミラーガラス」
の発明が開示されていることは,上記のとおりであり,引用発明においても,車両
用ミラーに領域1の膜構造を利用することが示されていると認められる。原告は,
車両用ミラーは,非常に厳しい状況で使用されるものであり,JIS規格で定めら
れた厳しい耐久性基準(振動耐久性,耐湿性,耐温度性,耐候性)に適合すること
が要求されるため,車両用ミラーの技術常識によれば,耐環境性や物理特性が悪く
欠陥膜と認識され忌避されている領域1の膜が,上記耐久性基準に適合するとは到
底予想もできないと主張するが,車両用ミラーの耐久性基準が厳しいことは,直ち
に領域1の膜構造の忌避に結び付くものではない。したがって,本願発明を想到す
る上で阻害要因がある旨の原告の主張は採用の限りではない。
(2) また,原告は,引用文献(甲3)の酸化膜は,スパッタリングで形成した
無機酸化物薄膜に化学処理を施して得られるものであって,親水性酸化膜をPVD
法により得るものではないから,審決が,引用発明を,無機酸化物薄膜をスパッタ
リングで形成する発明であると誤って認定し,これと周知例1,2等の周知技術と
を組み合わせて,本願発明の相違点に係る構成の容易想到性を肯定したことは誤り
である旨主張する。
  審決の引用発明の認定に誤りはあるものの,本願発明と引用発明との相違
点(本願発明では,親水性酸化膜の表面がPVD法によって得られる多孔質状であ
るのに対し,引用発明では化学腐蝕によって微細な凹凸としている点)について,
審決の認定に誤りがないことは,上記2(1)において判示したとおりである。そこ
で,この相違点に係る容易想到性の判断に当たり,引用発明と周知技術を組み合わ
せることに阻害事由があるか否かについて検討すると,引用文献には,「SiO2
スパッタ膜2は第2図に示すように,通常基板のガラス板1の表面にほぼ垂直な柱
状の構造を有する。上記構造を有するSiO2スパッタ膜2を所定条件でHF溶液
等の腐蝕剤で腐蝕すると第3図に示すように柱状結晶粒子の柱と柱との間の界面即
ち粒界の腐蝕が優先して進行し,腐蝕前の表面5が腐蝕後の表面6へと変形して腐
蝕表面に凹部を生ずる」(3頁左上欄第3段落)と記載されており,この記載と第
2図及び第3図の図示からすると,引用文献において,腐蝕前のスパッタ膜2は,
柱状構造を呈しており,柱状結晶粒子の柱と柱との間には,界面,すなわち粒界が
形成されていることが認められる。この形態的な特徴は,甲9文献の上記「柱状構
造は,・・・断面の形態があたかも柱がぎっしりと林立しているように見えること
からこの名前がつけられた。この柱の間は単なる粒界ではなく,空孔,空隙が多く
含まれている境界・・・と考えられている」(70頁右欄4・3・1の項の第2段
落)との記載と符合するところ,柱状構造とは,空孔,空隙が多く含まれている境
界のことであり,また,空隙は,膜の表面からみて,孔とみることができるもので
あるから,引用文献における腐蝕前のスパッタ膜2の表面は,その程度はともかく
として,柱状構造,すなわち多孔質状を呈するものと認められる。さらに,引用文
献には,「SiO2スパッタ膜2は第2図に示すように,通常基板のガラス板1の
表面にほぼ垂直な柱状の構造を有する。上記構造を有するSiO2スパッタ膜2を
所定条件でHF溶液等の腐蝕剤で腐蝕すると第3図に示すように柱状結晶粒子の柱
と柱との間の界面即ち粒界の腐蝕が優先して進行し,腐蝕前の表面5が腐蝕後の表
面6へと変形して腐蝕表面に凹部を生ずる」(3頁左上欄第3段落),「未処理の
ガラス板では接触角42°であり,又,腐蝕前のSiO2成膜済のガラス板では4
0°である。これらのガラス板では表面に付着した水滴が外観上は小さなレンズの
働きをするために視認性が劣る。更にウィンドガラスとして車輌に使用した場合,
人体の発汗等による車室側の曇りについても,通常のガラス板では白く曇るのに対
し,接触角16°以下の本発明の処理ガラス板では濡れるのみで小液滴を形成しな
いため白く曇ることがない」(2頁右下欄最終段落~3頁左上欄第1段落),「外
観上効果を有すると判定されるのは接触角16°以下であり」(3頁右上欄第3段
落)と記載されており,これらの記載からすると,引用文献において,腐蝕前のS
iO2成膜済のガラス板では接触角が40°であるところ,この接触角では,外観
上効果を有すると判断されないため,化学腐蝕によって,柱状結晶粒子の柱と柱と
の間の界面即ち粒界部分の空隙,すなわち,孔を大きくして,膜の表面を凹凸形状
に形成し,接触角を小さくしているものと解される。腐蝕剤は,腐蝕処理後,洗浄
除去される(2頁左下欄第2段落)のであるから,腐食剤自体により接触角の減少
がもたらされるのではないことは明らかである。そうすると,腐蝕処理の技術的意
義は,腐蝕を行わないと,柱状構造の間の界面,すなわち粒界部分の空隙が小さ
く,接触角が小さいため,腐蝕によりこの空隙を拡大すること,すなわち,孔を大
きくすることにあるということができる。もっとも,引用文献には,「スパッタ条
件により接触角が異なるのは,次の様に説明できる。ガラス板の温度が上昇すると
第2図に示すSiO2スパッタ膜2の構造は,柱状結晶の太さ即ち結晶粒子の大き
さが増し,腐蝕によって形成される凹凸が粗くなる。又,アルゴンガス圧力が高く
なっても同様な現象が起る。ガラス板温度が低く,又アルゴンガス圧力が低い場合
には極めて微小の柱状結晶が生成し,腐蝕後SiO2スパッタ膜2の表面に極めて
微細な凹凸が形成されるため水濡れに対して効果を示さなくなると考えられる」
(3頁左上欄第4段落~右上欄第2段落)と記載され,成膜条件によっては,柱状
結晶の太さに大小が生じることから,腐蝕した後の薄膜の凹凸にも粗密が生じ,望
ましい接触角が得られない場合もある旨記載されており,接触角が,凹凸の粗密に
もよることが理解されるものの,柱状構造の間の空隙の大きさ(すなわち,孔の大
きさ)が,接触角の大小に大きく影響を与えることは明らかである。そうであれ
ば,引用発明と,接触角を小さくすること,又は柱状構造の間の空隙を大きくする
ことを技術課題とする他の技術との組み合わせについて検討することに,何ら阻害
事由はないというべきである。
  以上によれば,審決が,相違点について判断するに当たり,「鏡あるいは
ガラス類において,表面の親水性,ぬれ性を高めるため表面を多孔質状とすること
は,周知の技術である(例えば,実願昭56-151718号(実開昭58-56
829号)のマイクロフィルム(注,周知例1〔甲4〕),特公昭47-4452
3号公報(注,周知例2〔甲5〕),参照。)。また,PVD法による薄膜成形に
おいて,多孔質状の膜を形成することができるということも周知の技術事項であ
る」(審決謄本3頁第3段落)として,引用発明と周知技術の組み合わせを検討し
たのは,引用発明は,周知例1(甲4)及び周知例2(甲5)と同様,孔を大きく
することで,接触角を小さくすることを技術的本質とするものであるとの認定に基
づき,孔の大きな周知の薄膜の利用性についてみたものと解することができるか
ら,審決の上記判断に原告主張の誤りがあるとはいえない。
さらに,原告は,引用文献には,領域1の膜を使用できないことが明記さ
れており,このことは,本願発明の容易想到性の阻害要因となるのに,審決は,引
用発明の膜構造を誤認し,この誤認に基づいて,「引用文献に記載の発明における
PVD法によって得られる親水性酸化膜の表面を多孔質状とすることは,上記周知
の技術を参考に当業者であれば容易に想到し得たものであるといえる」(同第5段
落)と判断したことは,誤りである旨主張するが,引用文献に,領域1の膜を使用
できないことが記載されていると認めることができないことは,上記2(2)において
判示したとおりであるから,原告の上記主張は,前提を欠き,失当である。
(3) 進んで,本願発明の引用発明に基づく容易想到性について検討すると,上
記のとおり,引用文献によれば,接触角の大小は,腐蝕後に,薄膜に形成された凹
凸の粗密,柱状構造の間の空隙の大きさに影響されるものであるところ,そもそ
も,これら腐蝕後の薄膜構造は,腐蝕前の薄膜自体が有している構造と密接に関連
することは,スパッタ条件により接触角が異なること及び引用文献の第1表の記載
からも明らかであり,腐蝕条件が,得られる薄膜の構造に応じて変更されるもので
あることも,同表及び第2表の記載より明らかである。加えて,引用文献(甲3)
には,「条件を選択することにより薄膜の性状を容易に変化させることができる」
(4頁左下欄第1段落)と記載され,成膜条件に応じて薄膜性状の異なるものが得
られることが示されている。そうすると,引用発明は,スパッタリングにより得ら
れる薄膜の構造に応じて腐蝕処理条件を定めるものと解され,そうであれば,成膜
条件を異にする種々の薄膜を形成した上で,この薄膜の接触角を測定し,その接触
角が,定められた使用条件に合致しない場合に,適切な腐蝕条件を選択すること
は,当業者が容易に行い得ることである。また,柱状構造の間の空隙の大きなも
の,すなわち,必要な接触角が得られるものが成膜できるのであれば,腐蝕処理を
行うことなく,そのまま使用することも,同様に容易に想到できるというべきであ
る。
  本願発明と引用発明との相違点は,親水性酸化膜の表面が,本願発明にお
いては,PVD法によって得られるままの多孔質状であるのに対し,引用発明にお
いては,この多孔質状の膜を更に腐蝕処理している点に尽きるところ,必要な接触
角が得られる薄膜が存在する場合に,腐蝕処理を行うことなく使用することの容易
想到性が肯定されるべきことは,上記のとおりである。他方,成膜条件により,柱
状構造の間の空隙の大きなもの(例えば,上記領域1の膜)が形成できることは,
甲9文献等により,本件出願前に周知であって,このような薄膜が,その多孔質構
造からみて接触角が小さくなることは,当業者の容易に予測し得る事項である。
  そうすると,必要な接触角を得るために,PVD法によって得られるまま
の周知の多孔質状の薄膜を採用することは,当業者が容易に想到できることという
べきであり,上記相違点に当業者が格別の創意を要するものということはできな
い。本件明細書(甲20)には,【実施例】の説明として,「ガラス基板16の表
面全体には,親水性膜22が成膜されている。親水性膜22はSiO2等の親水性
酸化膜で構成されている。親水性膜22は,水滴接触角が例えば40°以下の親水
性の膜で構成され,その膜面に付着した水滴(雨滴等)を薄い水膜状に広げる作用
をする。親水性膜22をSiO2等の親水性酸化膜で構成した場合は,親水基であ
るOH基が作られて,これが親水性を発揮する」(段落【0023】)と記載され
ており,引用文献(甲3)の腐蝕前のスパッタ膜2の接触角は40°(2頁右下欄
最終段落)であって,本願発明における使用条件に合致していることからも,腐蝕
処理を行うかどうかは,使用条件に応じて当業者が適宜決定し得るものというべき
である。
(4) したがって,本願発明の引用発明に基づく容易想到性を肯定した審決の判
断に誤りはなく,原告の取消事由3の主張は理由がない。
 4 取消事由4(本願発明の顕著な作用効果の看過)について
 原告は,本願発明によれば,PVD法によって多孔質状を得るから,危険物
を使用しなくても済み,製造上安全であり,また,化学腐蝕処理が不要なため,製
造工程が単純であって,製造コストを低減化できるという顕著な作用効果を奏する
と主張する。しかしながら,上記のとおり,引用発明において,腐蝕処理を行うか
どうかは,成膜条件や使用条件に応じて,当業者が適宜決定できることにすぎない
ところ,腐蝕処理を行わないのであれば,危険物を使用せず,また,製造工程が単
純となるという作用効果を奏することは,自明のことにすぎないから,当業者の予
測できない格別のものということはできない。
 また,原告は,本願発明は,PVD法によって得られる多孔質状構造膜が柱
状構造の間に深い空孔を有するため,引用発明の浅い空孔しか形成されない膜に比
べて保水力があり,これにより高い親水性能が得られるという格別の効果も奏する
のに対し,引用発明は,PVD法で形成した薄膜を使用するものではあるが,薄膜
を化学腐蝕して使用するものであるため,PVD法が本来有している効果を得るこ
とはできないと主張する。確かに,化学腐食処理を採用する場合とPVD法を採用
する場合とで製造工程等に差があり,そのことにより一定の効果の差はあり得ると
しても,周知のPVD法が本来有している効果に基づくものであって,当業者の予
測を超える格別なものということはできない。
 さらに,原告は,PVD法によって得られる多孔質状構造膜を車両用ミラー
に適用することは,本願発明によって初めて提案されたものであり,現に,本願発
明を基礎として後願発明がされ,この後願発明に係る親水機能付き車両用ミラーが
広く実施されて,商業的成功を得ているから,本願発明の効果は顕著である旨主張
するが,PVD法により得られる多孔質状構造膜の車両用ミラーへの適用は,引用
発明においても提案されており,本願発明が初めてのものではないことは,上記の
とおりである。本願発明を基礎に開発された製品が広く実施されて,商業的成功が
得られ,それなりに産業の発展に寄与しているとしても,その実施品は,後願発明
に係るものであるから,本願発明の構成のみならず,後願発明の構成をも備えたも
のである上,商業的成功が販売技術や宣伝等の様々な要因によって決まる事柄であ
ることは当裁判所に顕著な事実であって,原告が主張する商業的成功の事実が直ち
に本願発明の進歩性に結び付くわけではないし,本願発明が商業的に成功した理由
がその進歩性以外にないとの事情を認めるに足りる証拠もない。
 したがって,原告の取消事由4の主張は失当である。
 5 以上のとおり,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を
取り消すべき瑕疵は見当たらない。
   よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
    裁判官 岡  本     岳
    裁判官 早  田  尚  貴

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