弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1中央労働基準監督署長が平成16年10月19日付けで原告両名に対してし
た労働者災害補償保険法による遺族補償一時金等を支給しない旨の処分を取り
消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文と同旨
第2事案の概要
1本件は,日本トランスシティ株式会社(以下「訴外会社」という。)に勤務
していたP1の両親である原告両名が,P1の自殺が業務に起因するものであ
ると主張し,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく
遺族補償給付等を不支給とした平成16年10月19日付けの中央労働基準監
督署長の処分(以下「本件処分」という。)の取消しを求める事案である。
2争いのない事実等(掲記の証拠等により容易に認定できる事実を含む。)
(1)P1の経歴等
P1は,昭和▲年▲月▲日,原告両名の長男として三重県伊勢市で出生し
(甲4),平成8年3月P2大学法学部を卒業した後,同年4月,訴外会社
に就職した。
P1は,三重県四日市市にある本社人事部で4か月の研修,四日市支社輸
出貨物部営業2課勤務を経て,平成12年8月国際事業部国際輸送部東京営
業所(平成15年6月組織変更により「関東支社国際営業部国際輸送営業
所」となった。以下「本件営業所」という。)に配置換えされ,死亡時まで
横浜市<以下略>所在の訴外会社の社宅で一人暮らしをしていた。P1は独
身であり,両親は三重県伊勢市に居住していた。
(2)本件営業所の構成等
本件営業所の人員構成は,平成13年12月,それまでは所長及び所長補
佐を含めた主任以上の総合職の社員が6名在籍していたものが,2名減の4
名になった。平成14年4月,一般職が1名増員されるなどし,同年7月か
らは,所長P3,所長補佐のP4,総合職のP5及びP1,一般職のP6,
P7(欧州担当),P8(北米担当),P9(アジア担当),P10(アジ
ア担当),P11(エアー担当)という態勢になったが,平成15年6月2
7日以降,P3所長が異動してP4補佐が所長に昇格し,所長補佐がなくな
り,総合職のP12が配属された(甲24)。
本件営業所の主たる業務は,特定顧客の貨物を海外へ,海上,陸上,航空
及び鉄道輸送等の手段を複合させて輸送する国際複合一貫輸送の手配や書類
作成業務である。例えば,日本の本社から海外の工場に部品を定期的に輸送
する業務である。
これに対し,P1は,このような特定顧客の日常的,定型的な業務は担当
せず,ODA案件その他のプロジェクト案件,設備移設案件のスポット案件,
例えば,JICA(独立行政法人国際協力機構)の援助物資,国内工場の海外へ
の移設(プラント輸出)の輸送案件に特化して営業及び輸送手配等の業務を
行っていた。このような業務を行うためには,多種多様なこれら案件の情報
をあらゆる手段を駆使して入手し,一方で,輸送先の代理店候補を探し,各
国の法規制その他物流事情を調査して,個々の案件につき見積りを作成し,
受注に向けて営業活動を行い,受命に至れば,その営業窓口を確保して輸送
手配を行うことになるが,P1の部下であるP6がJICAの入札参加及び受
命した案件の輸送手配を担当していたほかは,P1がこれらを一人で行って
いた。また,P1は,国際ネットワークの拡大,すなわち,世界各国への輸
送手配が円滑にできるよう各国に代理店を整備する業務も行っており,その
候補を選定し,問題がない相手とは代理店契約締結の交渉及び契約書の作成
も行っていた。(甲5,6,20)
(3)P1の勤務時間等
通常の勤務時間は,始業時刻が午前9時,終業時刻が午後5時15分,休
憩時間が正午から午後1時までである。休日は土・日・祝日であるが,土曜
日は月1回出勤日となっており,その勤務時間は午前9時から正午までであ
る。
被災前8か月間の時間外労働時間は以下のとおりである。
年月在社時間外労働社宅時間外労働合計時間外労働
平成14年12月43:40─43:40
平成15年1月63:12─63:12
2月73:0613:4489:58
3月70:356:2877:03
4月58:4416:3175:15
5月68:4112:3681:17
6月95:1714:28109:45
7月95:1420:09115:23
(4)本件災害の経緯
P1は,平成15年6月ころ,ICD-10「精神および行動の障害」の
診断ガイドライン(国際疾病分類第10回修正)のF3に分類される精神障
害,すなわち気分(感情)障害を発症し(以下「本件発症」という。),同
障害に起因して,平成▲年▲月▲日,前記社宅において,部屋に目張りした
上で木炭を焚いて自殺を図り,同日午後6時ころ一酸化炭素中毒により死亡
した(以下「本件災害」という。)。
気分障害に含まれる主な症例には,うつ病,双極性感情障害(躁うつ病)
の2つがある。
(5)本件訴訟に至る経緯
原告両名は,原告P13を代表者として,中央労働基準監督署長に対し,
本件災害が業務に起因するものであるとして遺族補償一時金の支給請求,遺
族特別支給金及び遺族特別一時金の支給申請をしたところ,同監督署長が平
成16年10月19日付けでこれらをいずれも不支給とする旨の本件処分を
行い(甲1の1・2),これを受けて,東京労働者災害補償保険審査官に審
査請求をしたが,同審査官は,平成17年9月21日,同請求を棄却する決
定をし,さらに,労働保険審査会に対し,再審査請求をしたが,同審査会は,
平成20年2月29日,これを棄却する旨の裁決をしたため,平成20年7
月28日,本件訴訟を提起した。
3争点
本件災害が業務に起因するものであるか否か。
(1)精神疾患発症及び自殺の業務起因性の判断基準
(原告らの主張)
厚生労働省は,平成14年2月12日付け基発第0212001号「過重
労働による健康障害防止のための総合対策」(甲27)において,時間外労
働がおおむね月45時間を超えて,時間外労働が長くなるほど業務と健康障
害との関連性が強まると指摘し,「発症前1か月におおむね100時間を超
える時間外労働が認められる場合又は発症前2か月~6か月にわたって1か
月あたりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合には,業務
と発症との関連性が強い」と指摘しており,その根拠は長時間の時間外労働
が労働者の心身に与える影響が大きいためであり,このような労働が行われ
た場合には,精神障害を発症するような過重な業務があったとして業務と発
症との関連性が強いと判断すべきである。そして,平成15年度災害科学に
関する研究(甲25)及び中央労働災害防止協会作成の「職場における自殺
の予防と対応」(甲30)によっても,100時間を超える時間外労働に従
事する人の睡眠時間は4時間~5時間となり,そのような状態が1週間以上
続く場合にはうつ病に罹患する率が高くなることが示されている。
そして,業務による心理的負荷の強度の評価方法については,当該労働者
の地位,仕事の性質,労働時間の程度,職場環境,被災直前の状況,個体側
要因による影響の有無等を勘案して総合的に心理的負荷を判断すれば足りる
ものと解するのが相当であり,労働省平成11年9月14日付け基発第54
4号「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」
(乙1。以下「判断指針」という。)の定める評価方法は,恣意的かつ機械
的で不合理なものである。
(被告の主張)
精神障害の業務起因性については,①当該業務による負荷が,平均的な労
働者,すなわち,日常業務を支障なく遂行できる労働者にとって,業務によ
るストレスが客観的に精神障害を発病させるに足りる程度の負荷であると認
められること(危険性の要件)及び②当該業務による負荷が,その他の業務
外の要因に比して相対的に有力な原因となって,当該精神障害を発病させた
と認められること(現実化の要件),の2つの要件が必要であるところ,こ
れらの要件該当性の判断基準としては,専門家による最新の精神医学及び心
理学等の知見に基づく検討の結果である「精神障害等の労災認定に係る専門
検討会報告書」(乙2。以下「専門検討会報告書」という。)を踏まえ,精
神障害の業務起因性に関する法的判断の枠組みを前提とした上で策定された
判断指針に依拠するのがもっとも適当というべきである。
(2)発症後の過重な業務の考慮の可否
(原告らの主張)
前記(1)のとおり100時間を超える時間外労働に従事する状態が1週間
以上続く場合には,精神障害が発症しやすくなるだけではなく,その病状が
増悪する結果,自殺に至る確率は極めて高くなる。P1が,本件発症後も長
時間の時間外労働にさらされて十分な睡眠時間をとれずにおり,それが原因
で症状が悪化したことにより自殺念慮が出現して自殺に至ったことは,平成
15年6月~7月にP1がメールで仕事量の増加やトラブルによるストレス
を訴えたことや7月半ばにはP1らしからぬ仕事上のミスが出てきたことか
らも明らかである。このように,本件発症後の時間外労働の実態をみれば,
P1の自殺は業務に起因しているというべきである。また,P1は,本件発
症後も,後記(3)の事情から業務を継続する必要があり休むことができなか
った結果,症状が悪化して自殺に至った。
(被告の主張)
前記(1)のとおりであり,原告らの主張はいずれも争う。
(3)P1が従事した労働が質的に過重であったかどうか。P1が就職サイト
へ書き込みしたことについて訴外会社から叱責等された事実の存否(これが
存在すれば,業務に関連する出来事であることは争いがない。)。
(原告らの主張)
P1の労働は以下のとおり質的にも過重であった。
P1の業務は,ODA関連業務で危険度が高い地域への輸送手配や新規事業,
顧客の開拓など難度の高い仕事であることからストレスを抱えやすい性質を
有していた。仕事の相手方も海外の取引先や代理店が中心であるため時差や
宗教上の事情などで土日や自宅での仕事を余儀なくされており,特に,平成
15年度はイスラム圏の仕事が増えたことにより,土日の仕事が増えていた。
そして,このようなことから正確な記録に残らない残業をしていたと推測さ
れる。また,被災直前の半年間は以前から仕込んでいた事業開拓の努力が実
を結び始め,商社からの受命案件が増大し,それが危険地域への輸送のため
トラブルも多発して,その処理に追われるようになっていった。他方,訴外
会社はP1らの過重労働に対し増員等の支援を全くせず,実際にも職場の同
僚が疲労で倒れる事態を招いた。かえって,平成15年6月には所長補佐職
を廃止するなど実質的な人員削減をし,職場の仕事量と人員がバランスを失
するような状態に陥っていた。
P1は,以上のようなことから,思い余ってインターネット上の就職サイ
ト掲示板に訴外会社の長時間残業の実態を書き込んだが,これが訴外会社の
人事部に発覚し,警告を受けるなどしたことから,懲罰人事を受けるのでは
ないかと恐れていた。
(被告の主張)
ア前記(1)のとおり判断指針に基づき評価をするに,本件は,同別表1
「職場における心理的負荷評価表」記載の「出来事の類型」では「仕事の
量・質の変化」に,同「具体的出来事」では「勤務・拘束時間が長時間化
した」にそれぞれ該当し,平均的な心理的負荷の強度は「Ⅱ」となる。
そして,これに関する同表中の「心理的負荷の強度を修正する視点」の
着眼事項である「変化の程度等」についてみると,業務内容はP1の担当
する通常の業務の範疇に属しており,業務と能力・経験にギャップは認め
られず,社宅における顧客等とのメールの送受信も,自発的,非拘束的,
非指示的なものであるから,これらを理由として心理的負荷の強度を修正
するのは相当でない。
次に,同表の(3)「出来事に伴う変化等を検討する視点」については,
その各項目,①仕事の量(労働時間等)の変化,②仕事の質の変化,③仕
事の責任の変化,④仕事の裁量性の欠如,⑤職場の物的,人的環境の変化,
⑥支援・協力等の有無のいずれによっても心理的負荷の評価を修正すべき
ものはなく,ペナルティを受けたこともないことや,仕事の困難性等の事
情を勘案すると,出来事に伴う変化等の心理的負荷は「特に過重」とは認
められず,これらを理由として心理的負荷の強度を修正するのも相当でな
い。
イ総合評価
以上のことから,職場における心理的負荷評価を総合的に判断すると,
具体的出来事は「勤務・拘束時間が長時間化した」に該当すると認められ
るが,業務による心理的負荷が特に過重であったとは認められず,職場に
おける心理的負荷の総合評価は「中」とみるのが相当である。
ウ特別な出来事等について
業務により睡眠時間が短くなったと認めることはできないほか,P1に
ついては特別な出来事と評価できるものは認められない。
(4)業務外の要因として,P1の音楽活動や女性関係と本件災害との関連性
(原告らの主張)
創作に伴う精神的負担は殆どない上,音楽活動はP1の趣味であり,本件
発症及び悪化の要因となることはあり得ないばかりか,かえってストレスの
発散になって精神的安定をもたらすものである。しかも,平成15年6月当
時の楽曲作業は土日が中心であり,音楽活動が本件災害に与えた影響は殆ど
ないと考えてよい。
交際女性との破綻の原因は,P1が同女性の行動や態度を非難して,一方
的に関係を破綻させたことにあり,また,P1は,破綻後に交際相手を求め
るなど,女性関係でのストレスには耐性を持っていた。
(被告の主張)
P1の趣味である音楽活動は,MIDIデータの作成を行う作業であり,創
作に伴う精神的な負担が殆どないとはいえないし,また,P1は,平成15
年に入っても,作成したMIDIデータを締め切りに間に合うよう発注先に納
品するため,音楽活動を続けていたのであって,P1の音楽活動が,業務外
の事情として,P1の精神的な負荷となっていたことは明らかである。
P1には交際相手があったが,遅くとも平成15年3月ころから同女との
関係は悪化し,同年6月初めころには破局に至ったものであり,そのことが
P1に相当の影響を与えていたことは明らかである。これを「業務以外の心
理的負荷評価表」に当てはめると,出来事の類型は「他人との人間関係」に,
具体的出来事は「失恋,異性関係のもつれがあった」にそれぞれ該当し,そ
の心理的負荷の強度は「Ⅱ」と評価される。
第3当裁判所の判断
1業務起因性の判断基準
労災保険法に基づく保険給付は,労働者の業務上の負傷,疾病,障害又は死
亡の災害について行われるが(同法7条1項1号),労働者の死亡等の災害が
業務上の事由によるものであるといえるためには,業務と死亡等の災害との間
に相当因果関係のあることが必要である(最高裁昭和50年(行ツ)111号
同51年11月12日第二小法廷判決・集民119号189頁参照)。そして,
上記相当因果関係があるというためには,当該災害の発生が業務に内在する危
険が現実化したことによるものとみることができることを要すると解すべきで
ある(最高裁平成6年(行ツ)第24号同8年1月23日第三小法廷判決・裁
判所時報1163号5頁,最高裁平成4年(行ツ)第70号同8年3月5日第
三小法廷判決・集民178号621頁各参照)。そして,同法による補償制度
が使用者等に過失がなくても業務に内在する危険が現実化した場合に労働者に
生じた損害を一定の範囲で填補させる危険責任の法理に基づくものであること,
また,精神障害,特に,うつ病の成因については,几帳面で真面目な性格等に
代表される執着気質,メランコリー親和型といわれるうつ病の病前性格と,業
務上及び業務外のうつ病の発症要因になりやすい出来事との関係で精神的破綻
が生じるかどうかが決まると解するのが相当であること(乙2,3,弁論の全
趣旨)からすれば,相当因果関係があるというためには,これらの要因を総合
考慮した上で,業務による心理的負荷が,社会通念上,精神障害を発症させる
程度に過重であるといえる場合に,当該災害の発生が業務に内在ないし通常随
伴する危険が現実化したことによるものとして,これを肯定できると解すべき
である。
そして,その判断は,当該労働者と同種の業務に従事し遂行することが許容
できる程度の心身の健康状態を有する労働者(以下「平均的労働者」とい
う。)を基準として,勤務時間,職務の内容・質及び責任の程度等が過重であ
るために当該精神障害を発症させられる程度に強度の心理的負荷を受けたと認
められるかを判断し,これが認められる場合に,次に,業務外の心理的負荷や
個体側の要因を判断し,これらが存在し,業務よりもこれらが発症の原因であ
ると認められる場合でない限りは相当因果関係の存在を肯定するという方法に
よるのが相当である。
原告は,発症前1か月におおむね100時間を超える時間外労働が認められ
る場合又は発症前2か月~6か月にわたって1か月あたりおおむね80時間を
超える時間外労働が認められる場合には,業務と発症との関連性が強いと判断
すべきであると主張するところ,同判断基準は脳・心疾患の発症に関するもの
であるから,精神障害の発症に直ちに採用しうるものではないが,100時間
を超える時間外労働に従事する状態が1週間以上続く場合にはうつ病に罹患す
る率が高くなるとの研究結果(甲25,30)と併せ,労働時間の面からする
過重性判断の指標として参考にはできる。他方,被告が主張する認定基準によ
る方法は,判断手法として有益な面があるとしても,これによらなければ,業
務起因性が認められないというものではない。
2精神障害発症後の過重な業務の考慮の可否
判断指針及びその根拠となった専門検討会報告書は,精神障害の発症時期を
確定してそれ以前おおむね6か月内の業務による心理的負荷を検討するものと
しているところ,これは,業務と精神障害との相当因果関係を判断するには,
業務による過大なストレスを受けてから症状の出現までの経過が医学的に妥当
であるかを判断することが重要であるとするものである(乙1の2頁,乙2の
21,22頁)。確かに,被災者が通常の業務に従事する中で精神疾患を発症
し,その後に過重な業務に従事する中で自殺したと認められる場合には,同人
はもともと精神疾患に対する脆弱性を有するものと推認されるであろう。また,
発症後の業務は客観的に見て過重ではないにもかかわらず,精神疾患の影響で
処理に要する時間が長時間となったに過ぎない場合がありうるので,このよう
な場合には業務と自殺との間の相当因果関係は否定されるべきである。したが
って,前記の判断手法が一定の合理性を有することは肯定できる。
しかし,他方,専門家の診断・治療歴がない場合には,得られた情報だけか
ら発症時期を推測することは極めて困難である(乙2の21頁)。そうすると,
被災者が継続して過重な業務に従事する中で精神疾患を発症し自殺した事案に
おいては,発症時期の特定が困難であるため,過重な業務によって精神疾患を
発症させうる程度の精神的負荷を受けたとは直ちに断定できなくとも,その可
能性があると判断される場合があり,その場合には被災者がもともと精神疾患
に対する脆弱性を有するものとは推認できない。かつ,月100時間以上の残
業をしている労働者は,99時間以内の労働者に比べて,精神疾患発症までの
期間が短く,発病から自殺に至るまでの期間も短いとの調査結果があること
(甲30)からすると,発症後に従事した業務も客観的にも過重であったと認
定されるなら,継続する過重な業務により発症・悪化させられた精神障害によ
り正常な認識,行為選択能力および抑制力が著しく阻害されるに至り自殺行為
に出たものとして,業務と精神障害の発症・悪化,さらには自殺との相当因果
関係があると推認すべき場合も存する。
そうすると,判断指針及び専門検討会報告書の前記判断手法も前記1と同様
に判断手法として有益な面があるとしても,これによらなければ,業務起因性
が認められないというものではなく,当初の発症後重症化するまでの業務の過
重性を考慮するべき場合も存するというべきである。
以上とは別に,発症前及び発症後の業務が客観的に見て過重ではないとして
も,発症後も業務の必要から適切な業務の軽減を受けられなかった結果,症状
が重症化して自殺に至った場合には,そのことが自殺の原因であるといわなけ
ればならないから,業務と自殺との間の相当因果関係は肯定されるべきである。
3業務の過重性(とりわけ質的過重性)について
(1)前記争いのない事実等に,証拠(甲2,3,5,11~15,23及び
後掲のもの)並びに弁論の全趣旨を併せると次の事実が認められる。
ア業務の困難さ
P1が担当した仕事は,特定の取引先との間の定型的なものではなく,
新規の案件を獲得するべく企画・提案し,受命後はそれを実行するという
ものであり,しかも,それはODA関連業務で危険度が高い僻地への輸送手
配,会社が得意としない中東,アフリカ,南アメリカ,南アジア等へのス
ポット的な海上,航空貨物関係の仕事,3国間以上の多国間貿易,代理店
への信用調査と開発等,難度の高い業務であった。すなわち,このような
業務の性格上,通信事情が悪く,ストライキや内戦等,突発事情も起こり
やすい国とのやり取りが多いため,契約変更,確認,催促等の連絡を迅速
に行い,常に最悪の事態を想定して早めに対応する必要があった(甲11
の2,6項,甲14の4項,甲15の4頁,5頁,甲22)。
また,P1は,JICA関係者,商社,同業者から,ODA関係の知識やノウ
ハウが豊富な優秀な社員であるとの評価を得ており,かつ,海外代理店や
代理店候補との間でメールのやり取りを頻繁に行うこと,とりわけ,メー
ルでの問い合わせや依頼に即時対応することにより信頼関係を構築してい
た。その結果,JICA関係者等から様々な輸送案件に関する情報を入手で
き,輸送先の情報の収集や見積の作成も迅速に行うことができた。そして,
P1の業務においては,このようなことから終始一貫した対応が必要であ
った。(甲11,13)
P1の死後,その後任のP14は,P1の行っていた業務のうち,ODA
関連業務は労力と経験・ノウハウが必要であることから,海外代理店の整
備拡充は差し迫った必要がないとしていずれも引き継がず,既存の海外代
理店も契約書を取り交わしていなかったものは関係を消滅させた。また,
受命済みの3案件はP14とP4が分担したが,このうちの一件について
は,訴外会社において,人材不足のため業務遂行が困難になったことなど
から,受命を辞退した。(甲2の14頁,甲13)
イ社宅における労働
社宅における労働の具体的な内容は,別紙1「社宅における労働時間の
推計」記載のとおりであり,このうち,前記争いのない事実等の社宅労働
時間の算定基準は別紙2「P1にかかる労働時間の推計根拠」記載のとお
りである(乙4の1及び2)。
P1は,日本との時差が大きいブラジルやアフリカへの輸送であれば深
夜に,同様に木曜,金曜が休日になるイスラム圏であれば土曜,日曜にメ
ール等で連絡を取らざるを得ないことから(甲15・P6陳述書の3頁),
職場のPCに入ったメールを自宅PCに転送するシステムを組んでおり,帰
宅後の深夜や休日にも転送された仕事関係のメールに直ちに対応していた。
さらに,P1は,同僚のP5と同じく最寄り駅が相模鉄道本線のα駅の
社宅から,JR東京駅まで電車通勤をしていたが,通常の片道通勤時間は
約1時間30分である(甲14,31)から,往復で約3時間の通勤時間
がかかった。
ウ上司等がP1の過重労働を認識しながら支援をしなかったこと
P1の職場の労働時間管理は,各社員が個人別勤務管理表(甲16)に
労働時間を記入するという労働者の自主申告制によっていたが,1か月分
をまとめて記入したり,本来は所属長が認印する必要があるのに当該労働
者の押印で済ませるなど,かなり杜撰であったため,いわゆるサービス残
業が横行しており,P1の訴外会社内での勤務終了時間は別紙1「社宅に
おける労働時間の推計」の「会社PCログオフ時間」記載のとおりであり,
平成15年1月中旬以降は,業務終了が午後10時,11時になることが
多くなったにもかかわらず,遅くとも午後9時には終了した旨報告してい
た(甲17~20,乙4の1・2)。
訴外会社は,各社員につき目標管理表を作成しており,各社員は自己の
達成目標として具体的な仕事の課題,達成水準,達成方法を,その結果の
自己評価として各課題の達成状況にかかる客観的事実,達成度を記載し,
これに対し,一次評価者として所属部署の長が,各課題毎にウェイト評価,
難易度評価,達成度評価を行って得点を算出するなどして,各社員の業績
評価を行っており,その評価結果は本人に対しても期末の面談に際し告知
されていた。また,平成14年度の評価として,P3はP1の評価が最も
高い旨,国際輸送部長からも同様の高い評価が告知された。P1は,平成
12年度の目標管理表において,自己評価として社内情報連携強化の達成
状況にかかる客観的事実につき「何処にいようと何時であろうと,仕事と
してmailを使うようにして,少しでも情報の遅滞がないよう心がけまし
た。このために,3つのmailアドレスを使い分け,海外や自宅でも,事
務所と同様のデスクワークが実現できています。」と記載して訴外会社に
提出した(甲22の4枚目)。その後も,P1は,このような方法で業務
を遂行し続けており,また,後記エのとおり自殺の半年ほど前から長時間
の時間外労働をするようになり,2か月前からは特に繁多であったが,所
長を始め職場の同僚は,そのことを認識しつつ,時間外労働は社員の自己
管理の問題であるとか,P1の業務は独立した仕事で最初から最後まで一
人の人間が行う必要があるとして,何の支援もしなかった。そして,実際,
所長は,P1に対して,どの仕事を行うか,それをどのように遂行するか
といった具体的な指示は一切行わず,P1に一任していた。(甲12の4
項,甲15の3,5頁,甲20の9,10頁,甲21の16,19,20,
38~41頁)
エ被災前の仕事の状況
P1の仕事量は,新規開拓の成果が上がり,商社との受命案件が成約に
至ることが多くなるなどして,自殺の半年前から徐々に増加し,平成15
年6,7月には非常に多忙な状態になっていた(甲2の14,15頁(使
用者申立書),甲13の5項③,甲15の5頁,甲23の6項(2)③)。
また,この間の時間外労働時間は前記争いのない事実等(3)のとおりであ
るが,同年5月31日から同月11日までを見ると所定時間外労働時間は
約70時間に達していた(別紙1に基づき,終業時刻午後5時15分から
会社PCログアウト時間までの時間と社宅労働時間を集計)。
また,それに加えて,平成15年6月27日の組織変更により,所長補
佐職が廃止され,総合職が1名増員になっているが,同人は国際輸送部の
実務経験がないため戦力にはならず,どちらかといえばむしろ教育係が必
要な状況であり,本件営業所全体が厳しい状況になった(甲11の12項,
甲12の8,9項,甲15の6頁,甲21の25頁,甲24)。そして,
P1は,それによって新たな仕事を命じられてはいないものの,所長補佐
がいない新所長の立場を察し,所長の業務をサポートした(甲13の6項,
甲15の6頁)。そして,6月末から7月にかけては,数日続けて,終電
まで会社で仕事をし,帰宅後も午前2時,3時まで仕事をすることがあっ
た(甲15の2,3頁,甲23の6項(3)②,乙4の1)。
他方,P1の仕事ぶりは,このように仕事量が自殺の半年前から徐々に
増加してきたにもかかわらず,平成15年7月中旬の時点でも,長年獲得
を目指してきた新規顧客との取引が決まり,所長のP4に同行を求めて挨
拶に行くなど,前向きに頑張っている様子であり,いつもと変わりなく仕
事をしていた(甲21の14,18,19頁)。また,7月に入り,昼食
は仕事をしながらコーラとラムネ菓子だけを食べるようになったものの,
仕事が速いので忙しいようには見えず,ただ,自殺の2週間前からは辛そ
うに見えた(甲14の8,9項)。そして,7月半ば以降になるとそれま
ではなかったようなミスをするようになった(甲15の5頁,甲23の6
項(2)③)。
ただし,P1は,平成15年6月21日,訴外会社本社のP15保健師
に対し,約10日前から眠れない旨,躁鬱の気があり,暴言・虚言が増え
たり,週末には落ち込んで自殺を考えたりする旨のメールを送信した(甲
2の30頁,甲8)。これを受けて,本社人事部は,P3に対し,そのよ
うなメールが来たことを知らせるとともに,P1の様子を確認し,必要に
応じて対策を講じるように指示したが,P3は,P4と相談の上,P1の
様子に問題はないと回答し,何の対策も講じなかった(甲20の20,2
1頁,甲21の17,18頁)。
オネット掲示板
P1は,新卒の求職者などを対象としたインターネットの情報掲示板に
匿名で訴外会社の長時間労働を訴える投稿をした。これを知ったP6ら他
の社員もP1に続き,「私も現場のある営業所で月140~160時間く
らい残業してます。これから会社に期待して入社を決めてくれる方達の為
にも,月100時間以上の残業はありません!と言えるような体制を真剣
に考えなければいけないと思います。」等と書き込みをするようになった
(甲10の8頁)。
訴外会社人事部は,これを知り,P3に対し,投稿者に厳重な注意をす
るよう指示し,P3は一部はP1が投稿したものと判断した。その後,平
成15年5月30日ころには,P3は人事担当者から同書き込みを会社の
人事担当課長会議資料として受け取り,P1らに同掲示板にアクセスをし
ないよう注意するとともにこれを回覧させた(甲10の6頁,甲11の1
1項,甲20の16,17頁)。また,P1とペアで仕事をしている入社
2年目の一般職の女性(P6)がした投稿に対し,6月8日,「この会社
は組織に批判的な事を発言すると一生飼い殺しになりますから発言は程々
に」との返信の投稿があったことから,そのころから,P1は自己の書き
込みが発覚して懲罰人事を受けるのではないかと怖れ,そうなるなら自ら
退職しようと考えていた。そのような中で行われた6月27日の組織変更
は,他に業務量が減少している部署があるにもかかわらず,多忙な本件営
業所が実質減員となったことから,P1はこれが懲罰人事の一環ではない
かと疑っていた。(甲2の26頁(4月11日P1からP6へのメール),
28頁(6月23日P6からP1へのメール),甲10の10,23,2
4頁,甲11の12項,甲15の2,6,8頁)
カ職場で倒れた同僚の救急搬送
平成17年6月13日深夜,P1が職場で仕事中,同僚が突然倒れ救急
車で病院に搬送され,P1は,これに付き添い,その後職場に戻り仕事を
し,終了したのは午前4時40分ころであった(甲10の14頁,甲15
の8頁,乙4の1)。P1は,四日市支社輸出貨物部営業2課当時の同僚
で組合幹部でもあるP16に対し,同僚が毎日遅くまで残業をしていたこ
とから過労が原因であるとして,次に倒れるのは自分であろうと訴えた
(甲10の17,18頁,乙8)。
以上の認定に対し,P3及びP4は,業務上のメールに即時対応する必要
はなく,24時間以内に対応すれば足りる旨,P1に対し深夜にメール対応
しないよう指示した旨,業務の軽減のため,JICAの入札業務を止めるよう
指示した旨,午後9時までに帰宅するよう指示した旨供述する(甲11~1
3,20,21)が,いずれも的確な裏付けを欠いているほか,以下の点に
鑑みると信用することができず,前記のとおり認定することができる。
すなわち,P4は,部署によってはメールに即時対応する必要があること
を自認しているところ(甲21の7頁),P1の行っていた業務は他の者の
行っていたものとは異なる新規案件に関するものであり,同業務を行う以上
はP1が行ったようにするしかないことは,後任者がそもそも同業務の相当
部分を引き継がなかったことからも裏付けられている。ちなみに,通常の業
務では遅くとも24時間以内に対応していれば特段の問題は生じないとして
も,新規案件を獲得するのに,通信事情等の悪い地域の代理店等からのメー
ルに対する応答が時差のため双方の勤務時間が重ならない地域では早くとも
翌日以降になるというのでは不都合であろうと考えられる。また,P1は,
平成12年度の目標管理表で代理店等からのメールにいつでも何処にいても
即時対応していることを評価されるべき事実として報告したこと,その後も
それを続け,そのことをP3も認識しながらP1に対し高い評価を与えたこ
とからして,上司からP1に対し深夜にメール対応しないよう指示したとは
考えられない。JICAの入札業務を止めるよう指示したということも,同業
務はP6の担当であったからP1の業務が軽減される訳ではなく,同指示自
体がP6の残業時間を減らすためにそのような指導をしたことが認められる
(甲20の12頁)。P3は,残業をするか,残業時間を何時間と報告する
かは,本人の裁量に任せていたと供述し(甲20の7~10頁),P1は午
後9時までには勤務が終了したと報告しているのであるから,早く帰宅する
よう指示する理由がない。
(2)判断
以上の認定事実に前記争いのない事実等を併せると,P1は,継続して過
重な業務に従事する中で本件発症をし自殺したところ,本件発症の時期が平
成15年6月ころと明確ではないため断定はできないものの,本件発症まで
の間に過重な業務によってその原因となりうる程度の精神的負荷を受けた可
能性が十分にある上,その後もこれが重症化する平成15年7月中旬までの
間,客観的に過重な業務に従事したと認められるから,P1が従事した業務
は,平均的な労働者にとって量的及び質的にも過重なものであり,本件発症
をさせ,これを重症化させる程度の心理的負荷を与えるものであったという
ことができる。
アまず,量的な面から見る。
所定外労働時間数については,自殺前2か月(平成15年6,7月)は
労働時間の面からする過重性判断の指標として参考とすべき月100時間
を優に超える過重なものとなっていた。また,同3~6か月前(5~2
月)はおおむね月80時間程度の時間外労働を行っていた。そして,これ
は同8か月前(平成14年12月)から確実に増加してきた結果であった
から,所定外労働時間だけをみても強いストレスを引き起こすものである。
なお,平成15年5月31日から11日までの所定外労働時間数が約70
時間であり,これを1か月に換算すると105時間となる(70÷2×
3)。
これに加えて,深夜や休日に海外からのメールが転送されてきてこれに
対応していたことにより,仕事から開放されて疲労から回復する時間がと
れない状態が続いた。また,P1は,会社の業務上の必要から故郷の三重
県から東京へ転勤し社宅に入居していたのであるから,その通勤時間も業
務の必要からする拘束時間と見るべきところ,その時間は1日約3時間に
及んでいた。
他方,本件発症は6月ころとされるが,その根拠は,P1のメールから,
P1の症状を認定したものであるところ(甲3の28頁),その内容が全
て真実であるとは即断できず,本件発症時期が6月初めなのか6月末なの
かの推測は困難である。仮に,前記(1)エのP1からP15保健師へのメ
ールの発信日である6月21日や組織変更があった6月27日ころを発症
時期とすれば,おおむね発症前3週間以上にわたり1か月100時間を超
えるような時間外労働があったものと認められる。そして,それ以前の時
間外労働の経過等を併せると,本件発症前の労働の量的な面からしても,
前記1の判断指標を充たす過重な労働に従事した可能性は十分に認められ
る。また,前記(1)エのとおり7月中旬以前には本件発症によりP1の事
務処理能力が低下した様子はなく,仕事に対し意欲的に取り組んでいたこ
と等からすると,同時期までは,本件発症により労働時間が増大したもの
ではなく,引き続き客観的にも過重な労働に従事したと認められる。そし
て,これによれば,本件発症後に症状が重症化した時期は7月中旬ころで
あると推認するのが相当であり,それ以前1か月以上の間,1か月100
時間以上の時間外労働を行っていたものである。
イ次に,質的な面を見るに,それはそもそも難易度が高く,また,トラブ
ルの発生に備える必要があるなど,精神的な緊張を強いられるものであっ
た。また,部下のP6が一部の業務を分担した他は,このような困難な業
務を同僚や上司からの支援や援助が全くない状態で,一人で担当した。困
難な業務を上司の指示や助言のない状況で一人で担当させられたというこ
とはその結果に対する責任も実質的には一人で負わされたものといえるか
ら,そのストレスは大きいというべきである。したがって,P1の業務は
質的に見ても過重なものであった。
これに対し,被告は,P1自身が,周囲に対し支援を求めていなかった
ことがうかがわれると指摘するが,部下のP6には,上司から時間外労働
をさせすぎると注意されるほど,仕事を分担させており,前記認定のとお
り極めて多忙な状況にありながら,支援を希望しないとは考えがたい。ま
た,訴外会社が,平成13年12月には総合職2名の減員を行い,さらに
自殺の直前にも実質的な減員となる組織変更を行ったことからすると,訴
外会社に支援を求めても有効な支援となるような人員を配置する意思がな
いことをP1もその上司であるP3らも承知していたと解されるから,被
告の指摘のとおりであったとしても前記判断を左右しない。
また,P1は,その業務を上司からの個別具体的な指示に従って遂行し
ていたわけではないことから,P1が任意に,むしろ好んで行ったもので
はないか,また,裁量性が高くノルマもないことから,仕事の量や質,そ
の進行を自らコントロールでき,業務による負荷が軽減されるのではない
かが一応問題となりうる。しかし,前記(1)ウのとおり訴外会社がP1の
業務内容及びその遂行方法を高く評価していたということは,すなわち,
それを承認,奨励することにより,引き続き行うよう黙示に命じたものと
解するのが相当である。また,新規案件の受命を獲得するべく,連絡や依
頼に直ちに対応して来た担当者が成約に至るや翌日以降や休日明けの対応
しかしなくなったというのでは,客先の信頼を大きく損なうことになるこ
とは明白であって,受命案件が増加する中で,仕事の量や質,その進行を
コントロールするには自ずから限度がある。よって,前記のように業務に
よる負荷が軽減されるものとは認められない。その他の被告の主張は,既
に説示したとおりであっていずれも採用できない。
ウさらに,業務に関して,ストレス要因となる次のような出来事があった。
本件発症直前の平成15年5月末以降6月27日の前記組織変更にかけ
て,ネット掲示板への投稿が原因で処分等を受けるのではないかと危惧し
ていたところに,多忙な状況の中で逆に実質減員という組織変更があり,
実質的な報復人事が行われたのではないかと疑い,実際に一層多忙な状況
になっていったという経過がある。他方,そのような状況の中で同僚が倒
れるという事態が起こり,自分の健康も不安に感じた。これらは,過重な
労働と相俟って業務上の出来事によるストレス要因といえる。
4業務外要因について
(1)音楽活動
P1が音楽活動を趣味としてそこから楽しみを得ていたことは明らかであ
る(乙10,11)。株式会社ウエストサイドから依頼を受けて行っていた
行為は,既存の楽曲をMIDIデータ化するもので作曲とは異なるものの,MID
Iファイル作成ソフトを使用して同ファイルに変換していくという点ではP
1が行っていた作曲や編曲と同様である(乙9,11,14)。また,それ
により得た収入は,平均すると月額3,4万円程度であろうと見られるので
あり(乙9),P1が当時30ないし31歳の独身者でありながら約200
0万円の預貯金を有していたこと(甲2の43頁)に比べて少額であって,
それで生計を立てている訳でないことはもちろん収入を得ることを目的とし
た副業であるとも考えにくい。また,P1は平成12年9月から12月まで
の間に合計8曲,平成13年1月から3月までの間に合計6曲,同年9,1
0月に合計5曲を納品しているが(甲2の41頁,乙9),それにより特段
の健康上の問題を生じた形跡はない(乙6,7)。そうすると,同行為によ
りある程度の時間や集中力を要するとしても,心身に大きな負担となるよう
なものとは認めがたい。
被告は,P1が同ファイルの納期に追われていたとして,その趣旨のP1
のメールの存在を指摘するが,P1は平成14年7月29日に発注を受けた
曲を平成15年3月4日に納品し,また,平成14年11月1日に発注を受
けた曲は平成15年3月4日に納品の見通しが立たないとして発注取消にさ
せるなど,実際に納期を守っていたわけではない。平成15年4月19日か
ら6月22日までの間に4曲を納品していること(乙9)についても,主に
5月の大型連休をはじめとする休日等に制作したと考えられる。また,被告
は,P1が作曲をしようとすると眠れなくなると述べていた旨のP16の陳
述(乙8)を指摘するが,同人の陳述は,作曲や編曲を前提としており,P
1が本件発症前にこれを行っていたことを裏付ける的確な証拠はなく,また,
同陳述は,全体としてP1に対し批判的な内容になっており,容易に信用し
がたい。よって,同指摘は採用できない。
そうすると,P1が趣味の音楽活動のため本件発症前に大きなストレスを
受けたとは考えられず,業務による負荷の方が重いことは明らかである。
(2)女性関係
証拠(甲23の11項,甲32の1~21頁)によれば,P1と交際して
いた女性は情交関係にあり,女性はP1との結婚を希望していたが,P1が
同女性がだらしがないとして関係を絶ってしまったこと,P6から見てその
ことで落ち込んだようには見えなかったこと,P1は,その後間もなく他の
女性の関心を引こうとしていたことが認められ,そうすると,P1が女性関
係のために大きなストレスを受けたとは考えられず,業務による負荷の方が
重いことは明らかである。
これに対し,被告は,P1が送信した失恋してショックを受けた旨のメー
ルの存在(甲2の49,50頁)を指摘するが,P1は,他方で,過労のた
め楽になりたい,年末にでも死にますとか(甲32の27頁),訴外会社は
死ぬまで働かせようとし,駅のホームに立っていると飛び込みたくなる(甲
10の38,39頁)とのメールも送信しており,被告指摘のメールは,受
信者に対する当てつけや嫌がらせ,同情や関心を引こうとしての誇張が含ま
れており,特に,7月中旬以降のものはその内容が真実やP1の真意である
とは考えにくい。よって,被告指摘のメールは前記判断を左右するものでは
ない。
5以上によれば,P1が従事した業務は,平均的労働者を基準として,社会通
念上,本件発症及び重症化の原因となりうる程度の疲労の蓄積や精神的ストレ
スをもたらす過重なものであったと認められ,他方,P1が,他に,業務より
も有力な発症要因となるような精神疾患に対する脆弱性等を有していたなどと
は認められないから,継続する過重な業務により発症・悪化させられた精神障
害により正常な認識,行為選択能力および抑制力が著しく阻害されるに至り自
殺行為に出たものとして,業務と本件発症及び悪化,さらには本件災害との相
当因果関係があると推認すべきである。
第4結論
以上の次第で,本件災害は,P1が従事した業務に起因するものというべき
であるから,これを業務上の災害と認めなかった本件処分は違法であり,取り
消されるべきである。
よって,原告らの被告に対する本件請求は理由があるから認容することとし,
主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第1部
裁判官多見谷寿郎

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