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平成17年11月30日判決言渡 
平成16年(ワ)第1996号 損害賠償請求事件
判決
主文
1被告らは連帯して,原告Aに対し,金2017万2695円及びこれに対する平成14年
6月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは連帯して,原告Bに対し,金1907万2695円及びこれに対する平成14年
6月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用はこれを7分し,その3を原告らの,その余を被告らの負担とする。
5 この判決は,1項及び2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
 1 被告らは連帯して,原告Aに対し,金3491万0666円及びこれに対する平成14
年6月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2被告らは連帯して,原告Bに対し,金3381万0666円及びこれに対する平成14年
6月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 訴訟費用は被告らの負担とする。
 4 仮執行宣言
第2 事案の概要
   本件は,平成14年6月23日肝細胞癌により死亡したD(昭和12年12月生。)の相
続人である原告らが,被告医療法人S内科医院(以下「被告医院」という。)の理事長で
ある被告Cが,C型慢性肝炎に罹患していたDに対し,インターフェロン療法をせず,ま
た,肝細胞癌の早期発見のための検査を怠った過失によりDが死亡したとして,被告C
に対しては不法行為に基づき,被告医院に対しては法人の不法行為(医療法68条によ
る民法44条の準用)又は診療契約上の債務不履行に基づき,損害の賠償及びDが死
亡した日から支払済みまでの間の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を
求める事案である。
 1 基本的事実関係(証拠を掲げていない事実は,当事者間に争いのない事実であ
る。)
  Dは,平成2年9月22日以降,被告医院に通院し,被告Cを主治医として治療を受
けていたが,平成14年6月23日,肝細胞癌を直接の死因として死亡した。原告AはD
の妻,原告BはDの子である。
  Dは,平成2年ころ,勤務先の株式会社A(以下「A」という。)の定期健康診断で,高
血圧と肝機能の異常所見を指摘され(甲B10),同年9月22日,被告医院に赴き,被告
Cの診察を受けた。被告Cは,高血圧症と診断し,以後,Dに対し,通院による降圧剤の
投薬治療を施すようになった。
   Dは,平成3年3月16日,被告医院において血液検査を受け,その結果慢性肝炎
と診断され,同月26日から,肝庇護薬であるパンパール,ウルソ等の投薬治療を受け
るようになった。
 Dは,平成4年2月10日,被告医院において検査を受け(被告医院代表者兼被告
本人),そのころ,C型ウイルス性肝炎と診断された。
   このとき,被告Cは,インターフェロン投与の適応を判断するためのHCV-RNA
定量検査(C型肝炎ウイルス(HCV)量の検査)及びHCVセロタイプ測定検査(C型肝炎
ウイルスの遺伝子群を血清学的にみる検査)を行わなかった。
  Dは,その後,平成4年は17回被告医院に通院したが,そのうち15回は診療され
ることなく,投薬のみされた。
   以後Dは,平成5年17回,平成6年24回,平成7年から平成10年まで各27回,
平成11年26回,平成12年33回,平成13年27回,被告医院に通院しているが,その
ほとんどは高血圧及びC型慢性肝炎について診療を受けている(乙A1)。
  この間の平成7年11月,Dは,被告医院において肝血管腫の疑いを指摘され,医
療法人赤心堂病院を紹介されてCT検査を受けたところ,肝血管腫の疑いと診断され,
その旨告げられた。
   また,平成13年3月8日,Dは,自宅で胸痛,腹痛を発し,被告医院が休診日であ
ったため,近所の中村外科を受診した。中村外科では,同日,CT上肝臓に多発性腫瘤
を認め,肝腫瘍(悪性疑い)の,同月9日胃癌(疑い),胃炎,高血圧症,胃粘膜不整,ヘ
リコバクターピロリ菌感染症の,同月10日高血圧症,慢性C型肝炎の診断を下し,同月
17日には,腫瘍マーカー検査の結果が高値で,多発性肝癌の可能性が大であり,精
査・加療と,Dへのムンテラ(説明)の必要を認めた(甲A2,甲B10)。しかし,Dは,その
後中村外科を受診せず(甲A2),同月19日,被告医院を受診し,被告Cに対し,同月8
日に腹痛を起こして中村外科に運ばれたこと,そこで諸々の検査を受けたことなどを説
明した(乙A1)。
  Dは,平成13年12月3日,腹部に激痛を訴えた。被告Cが不在であったため,原告
Bが中村外科にDを搬送した。中村外科では,同日,原告Bに対しDが癌である旨を告
げ,同月4日,AFP定量検査を行い,多発性肝癌との診断を下し,同月6日には上腹部
CT検査の上,Dに肝細胞癌の可能性を告げた(甲A2,甲B20)。
  Dは,被告Cの紹介により,精査・加療の目的で,平成14年1月8日,日大板橋病
院を受診し,腹部超音波検査,CT検査等を受けた。腹部超音波検査の結果,肝臓の右
葉に多発性の腫瘍が認められ,その大きさは最大53㎜に達しており,これらの所見か
ら多発性肝細胞癌と診断された。また,左季肋部には,70㎜大の球形の腫瘍があり,
膵体部,脾静脈を圧排し,脾臓と連続しているようにも見える状態であり,脾腫の疑いと
診断された。なお,AFP定量検査の結果231.5ng/mlであった(甲A3。なお,基準値は
10.0ng/ml以下,罹患しているか否かを効率よく判別するために設定される値であるカ
ットオフ値は21ng/ml以下とされている。)。そこで,Dは,同日,同病院に入院した。
   同病院で同月10日実施された内視鏡検査の結果,胃穹隆部に4㎝大の静脈瘤
が認められ,また,腹部CT検査の結果,肝右葉全体がびまん性の腫瘍で占められてお
り,左葉にも6㎝大の巨大な腫瘍が認められた。この結果を受けて,原告らは,担当医
から,Dの癌は治療が困難なほどの末期であるので,本人のQOL(qualityoflife,生活
の質)を考えると一時退院が望ましい旨説明された(甲A3)。そして,Dは,同年2月16
日,通院先として新座志木中央総合病院を紹介された上,日大板橋病院を退院した。
   しかし,新座志木中央総合病院では,吐血に対する設備が不十分で対応しきれな
いとの理由で通院を断られ,埼玉医科大学総合病院医療センターを紹介され,以後,2
週間に一度診察と投薬を受けに同医療センターに通院し,一方,同年2月28日以降,
三浦病院にも通院した。この間,被告Cは,原告Aの要請を受けて,Dを往診したりした。
(甲A5の1・2,甲B20,乙A3)
   その後,Dは,平成14年4月21日,腹水貯留による腹痛を起こし,上記医療セン
ターに搬送されたものの,空きベッドが不足しているとの理由で,同月24日退院を余儀
なくされたため,被告Cの紹介で,同日から三浦病院に入院した(甲C4の25,乙A3)。
   Dは,同年6月23日午前11時,同病院において死亡した。直接の死因は肝細胞
癌,その原因としてはC型肝硬変と診断された(甲B10,乙A3)。
 2 争点
  被告CがDに対しインターフェロン療法をしなかったことに過失があるか
 被告Cに肝細胞癌の早期発見のための検査を怠った過失があるか
  因果関係の有無
  損害額
  過失相殺事由の有無
第3 争点に関する当事者の主張
 1 争点(被告CがDに対しインターフェロン療法をしなかったことに過失があるか)につ
いて
  (原告らの主張)
  被告Cは,平成4年2月10日,Dに対し,C型慢性肝炎の確定診断をしたのである
から,HCV-RNA定量検査及びHCVセロタイプ測定検査をすることによってインターフ
ェロン適応の有無を判断した上,自らインターフェロン療法を行うか,これを被告医院に
おいて行えないのであれば,行うことができる医療機関に転院させるべきであったのに,
これを怠った。
  なお,Dは,平成13年3月8日に中村外科を受診したときや同年4月7日にさとう歯
科医院を受診したときにC型肝炎であることを説明していない。このことからすると,被告
Cは,Dに対してC型肝炎であることの告知自体を怠ったと考えられる。
  被告らの主張に対する反論
  ア 被告らは,Dが肝生検を厭ってインターフェロン療法に同意しなかったかのよう
に主張する。しかし,Dは,長期にわたり,ほぼ2週間に1度,熱心に被告医院に通って
いた。几帳面な性格で,自宅においても血圧を測定し,その結果を手帳に記載してグラ
フ化するなど健康管理には人一倍努力していた。したがって,C型肝炎という疾病の特
徴,これに対するインターフェロン療法の意味を正しく説明されれば,インターフェロンの
適応の有無の検査も含めて頭からこれを拒否することなど,およそ考えられない。なお,
カルテ上の平成4年5月2日のインターフェロンとの記載(乙Aの1の5丁)は被告ら側に
おいて一方的にしたものにすぎない(この記載が同日にされたかも疑いがある。)。
    また,インターフェロン療法が保険適用となった平成4年当時は,適用要件の1
つとして,原則として肝生検が求められていたが,平成9年10月以降は,「組織所見又
は肝予備能・血小板数等により慢性肝炎であることが確認されていること」と適用要件
が緩和されている。
  イ Dは,被告ら主張のとおり,さとう歯科医院を受診した際に,問診票にウルソ等
について記載していないが,それは,被告医院の診察を通じて,主病は高血圧で,肝臓
については,多少問題があり薬を飲んでいるといった程度の認識しか持っていなかった
からである。
  (被告らの主張)
  被告Cは,平成4年5月2日,Dに対し,C型肝炎に感染していることを告知した上,
インターフェロン療法について説明した。
   この当時,インターフェロン療法の適応を決めるためには肝生検が必須であり,そ
のこともDに伝えた。治療のためには入院が必要なこと,治療の副作用についても説明
した。
   しかし,Dからはインターフェロン療法に対する同意が得られなかった。そのため,
肝生検は行われず,次の段階であるHCV-RNA定量,HCVセロタイプ検査も行えな
かった。Dの同意が得られれば,これらの検査は他の病院に依頼することができた。
 インターフェロンの使用による治癒率が3割程度にとどまること,副作用の存在等を
も考えれば,被告Cの医療行為は当時の医療水準に反しない。
 Dが中村外科やさとう歯科医院において何故C型肝炎であることを説明しなかった
のか不明であるが,C型肝炎患者の中には,公にすると何か不利益を受けるのではな
いかと心配して感染していることを隠す患者もいる。Dは,さとう歯科医院では,肝疾患
の薬(ウルソ等)を処方されていることを認識しながらあえてこれを問診票に記載してい
ない。
 2 争点(被告Cに肝細胞癌の早期発見のための検査を怠った過失があるか)につい

  (原告らの主張)
 C型肝炎患者は,原発性肝癌発症の危険性が極めて高いハイリスク群である。した
がって,被告Cは,肝細胞癌の早期発見のため,確立されている次の検査を定期的に
行うべきであったが,それを怠った。
ア 血小板数検査
    血小板数検査を定期的に行うべきである。
    被告Cは,約10年間の診療期間中,一度も血小板検査をしていない。
  イ 腫瘍マーカー検査
    AFP検査又はPIVKAⅡ検査を少なくとも3~4か月に1回交互に行うべきであ
る。
    AFP検査は,平成8年5月1日,平成9年3月24日,平成10年10月30日,平
成12年2月16日に行ったとの記載が被告医院のカルテにあるが,平成9年及び平成1
2年のものは検査票が貼付されておらず,真実検査が行われたか疑わしい。また,これ
らはAFPの数値を測る定量検査ではなく,より簡易な定性検査にすぎない。
    PIVKAⅡ検査は行われていない。
 ウ 腹部超音波検査(エコー)
3か月に1回定期的に行うべきである。
 腹部超音波検査については,被告医院のカルテの平成6年6月18日,平成7年
11月11日,平成10年11月6日及び平成12年4月12日に記載があるが,平成6年の
ものに画像が貼付され,平成7年のものに「胆のうやや上方に21×17㎜のハイパーエ
コー」との具体的記載があるほかは,単にエコーと記載されているのみである。
    被告らは,Dが腹部超音波検査を拒否した旨主張するが,同人が拒否すること
は考えられない。
  エ CT検査
    半年に1回程度行うべきであった。
    平成8年1月12日に赤心堂病院で1回行われたのみである。
 被告らの主張に対する反論
   被告らは,Dが投薬のみの受診を希望した旨主張するが,無診察医療は罰則付
きで固く禁じられているし,同一の投薬はみだりに反復せず,症状の経過に応じて内容
を変更する等の考慮が医師に義務づけられている。診察をせずに投薬を反復すること
は法的にも許されない。
  (被告らの主張)
 C型肝炎患者が,原発性肝癌発症の危険性が極めて高いハイリスク群であること,
原告主張の各検査を定期的に実施すべきであることは争わない。
   被告医院における具体的な実施状況は以下のとおりである。
ア 血小板数検査について
    血小板数の検査をしていないことは認める。
  イ 腫瘍マーカー検査について
 カルテに記載してあるAFP検査は全て行っている。検査票が貼付されていないも
のは検査結果が陰性であったためである。平成10年のAFP検査の結果は11ng/mlで
あったが,後記のように腹部超音波検査を勧めている。
    AFP検査の定性法と定量法の関係は,定性法の-が定量法の0から12.4
ng/ml,±が12.5ng/mlから29.9ng/ml,+が30ng/ml以上に相当している。患者に肝
癌が発生しているか否かを診断するについて,定性法が定量法に劣ることはない。
    AFPとPIVKAⅡの検査を交互にすることは可能であるが,肝癌に対する特異性
はAFPの方が高いと考えAFPの検査を行った。
 ウ 腹部超音波検査について
 腹部超音波検査は,平成6年6月18日及び平成7年11月11日に行っている。
    平成6年の結果は,肝硬変の所見なし,平成7年の結果は,肝右葉胆嚢床のや
や上方に21×17mmの高エコー域(hyperecho)があり,血管腫と思われたが,前回の
検査時はなかったので,念のため赤心堂病院にて精査してもらうこととした。
    被告Cは,平成10年11月6日には,同年10月30日のAFP値が軽度高値であ
ったことから,腹部超音波検査を勧めたが,Dはこれに応じなかった。平成12年3月1日
にも,同年2月16日の検査結果を説明し,腹部超音波検査を勧めたが,Dは,同年3月
13日,27日と来院したものの薬の処方のみを希望し,診察を希望せず,腹部超音波検
査を受けるとの返事もなかった。同年4月12日にも腹部超音波検査を勧めているが,D
は応じなかった。
  エ CT検査の回数については認める。
 Dは,平成4年のインターフェロン療法の説明後,平成4年内に17回受診している
が,そのうち診察を受けたのは2回であり,15回は投薬のみの受診である。したがっ
て,肝癌の発見が遅れた責任は被告らではなくDが負うべきである。
   無診療治療とは,一度も治療をしていない初診患者に投薬等の治療を行うことで
あり,慢性疾患で通院中であったDには当てはまらない。
 3 争点(因果関係の有無)について
(原告らの主張)
  Dの症例がインターフェロン著効例であった場合,インターフェロン療法によりC型肝
炎を根治することが期待できる。インターフェロン著効例でない場合でも,インターフェロ
ン療法により,肝癌の発症を遅らせることが十分に期待できる。肝癌の発症を抑止でき
ない場合においても,早期に発見していれば,肝切除術,肝動脈塞栓術,エタノール注
入等の有効な治療法が確立されており,ケースによっては根治も望める。
   したがって,被告Cにおいて,インターフェロン療法をするか,肝細胞癌の早期発
見のための検査をしていれば,Dが平成14年6月23日の時点で生存していた高度の
蓋然性があった。
 血小板数検査をしても肝癌を発見できなかったとする被告らの主張への反論
 ア 血小板数の検査は,C型肝炎患者における肝線維化の程度をはかり,肝癌発
症の確率を推定するために行われるものであるから,あくまで肝癌が発症する前に行う
ことに意味がある。
  イ 被告らは,平成14年2月の三浦病院での血小板検査の結果を問題にしている
が,ひとたび肝癌が発症し重症化した段階では,必ずしも血小板数の減少が継続するも
のではなく,逆に上昇する場合もある。したがって,肝癌が極めて重篤になった後の三
浦病院における血小板数が正常値であっても,それ以前の段階での血小板数の検査
が無意味であるとはいえない。
  (被告らの主張)
  Dの同意を得てインターフェロン療法を施行したとしても,保険適用になったばかり
の当時のインターフェロン療法の実情からして,Dの癌の進行をくい止めることができた
か,それが可能であるとしてどの程度くい止めることができたかは不明である。
   インターフェロンの著効率は3分の1程度にすぎないし,日本人の場合には,イン
ターフェロン療法の効果が薄いタイプが多い。
   したがって,被告CがDにインターフェロン療法を行っていたとしても,Dが平成14
年6月23日の時点で生存していた高度の蓋然性は認められない。
 原告らの主張によっても,Dの肝細胞癌をいつ,どのような方法により発見すること
ができたか不明である。
  平成14年2月28日の三浦病院初診時に行われた血小板検査の結果,その数は2
6万/μlであって,正常範囲にあり,減少は認められていない。したがって,被告医院
において血小板数の検査をしていても,その異常は認められず,肝癌の早期発見には
つながらなかったというべきである。
   肝癌発症後に血小板数が上昇することは多いケースではない。
 4 争点(損害額)について
  (原告らの主張)
  治療関係費 225万3480円
  ア S内科  28万1250円
    平成4年3月以降の支払分(カルテ記載の保険点数から自己負担分を算出)
  イ 中村外科3万6970円
  ウ その他の医療機関 193万5260円
    肝細胞癌と判明した後に受診した日大板橋病院,埼玉医大総合医療センター,
帯津三敬病院及び三浦病院での相談・受診・入院について支出した一切の医療費
 自宅療養関係費37万0543円
  ア 自宅付添費 31万5000円
    Dは,日大板橋病院退院後埼玉医大総合医療センターに入院するまでの平成1
4年2月17日から同年4月20日までの63日間自宅療養したが,その間原告らが付き
添ったことについて,1日当たり5000円
  イ 介護用品費5万5543円
上記アの自宅療養期間中Dが使用した介護用ベッドのレンタル代(ステッキの購
入費を含む。)
  入院雑費 15万6000円
Dは,日大板橋病院(平成14年1月8日から同年2月16日まで),埼玉医大総合医
療センター(同年4月21日から同月24日まで)及び三浦病院(同月24日から同年6月
23日まで)にそれぞれ入院した(以上合計104日間)が,その間の入院雑費として,1
日当たり1500円
  交通費 10万1180円
   Dの入退院時のタクシー代及び家族の見舞いのための交通費(電車賃及び高速
道路通行料金)
  葬儀費用 150万円
  慰藉料 3300万円
   Dの慰藉料3000万円,原告A固有の慰藉料200万円,原告B固有の慰藉料10
0万円
  逸失利益2496万9948円
アDは,死亡当時,嘱託として,株式会社B(以下「B」という。)から186万円,C株
式会社(以下「C」という。)から97万6070円,以上合計283万6070円(①)の年収を
得ていた。
    また,Dは,死亡当時,Aの企業年金(厚生年金基金)を年128万2200円及び
老齢厚生年金を年194万9400円受給していたが,死亡と同時にこれらが打ち切られ,
遺族厚生年金年190万4500円が支給されることになったので,これらの年金に関する
年間の損害額は,次のとおり,企業年金及び老齢厚生年金の支給額から遺族厚生年
金の支給額を差し引いた132万7100円(②)となる。
    (1,282,200+1,949,400)-1,904,500=1,327,100
  イ Dの死亡時の年齢は64歳であるから,平均余命は18年,就労可能年数は9年
と考えられる。そこで,以上を前提にして,ライプニッツ係数は労働対価部分につき7.1
078(③),年金部分につき11.6895(④),生活費控除率0.3(⑤)としてDの逸失利
益の現価を計算すると,次のとおり2496万9948円となる。
    ①×(1-⑤)×③+②×(1-⑤)×④=24,969,948
  なお,平均余命まで生存可能だったことを前提に逸失利益を算定すべき理由は,
次のとおりである。
     Dの症例が,インターフェロン療法著効例で,C型肝炎が根治した場合は,Dは
平均余命まで生存可能である。
 そうでなかった場合でも,3(原告らの主張)記載のとおり,インターフェロンによる
肝線維化を抑制する効果が期待できる場合があるし,有効な治療法もある。肝癌患者
の余命については個人差が大きく,Dに肝癌が発症したと仮定した場合の生存可能年
数を特定することは困難であるが,被告Cの注意義務違反により手遅れになるまで肝癌
が発見されなかった本件において,この点を被害者に不利益に評価することは,損害の
公平な分担という損害賠償制度の基本理念に反する。
  証拠保全費用 44万1034円
弁護士報酬30万円,謄写業者への支払14万1034円
  小計
   各原告の損害は,固有の慰藉料を除いた上記ないしの各費目の合計額から損害
の填補額(国民健康保険高額療養費の受給額の合計33万0853円)を控除したもの
(5946万1332円)に,各自の法定相続分2分の1を乗じ,それに,上記中の各自の固
有の慰藉料を加えた額になるので,原告Aは3173万0666円,原告Bは3073万066
6円となる。
  弁護士費用 626万円
   原告Aにつき318万円,原告Bにつき308万円
  (被告らの主張)
   上記3の(被告らの主張)記載の事実からすると,Dの予後については期待できな
かった。
 5 争点(過失相殺事由の有無)について
  (被告らの主張)
   仮に,被告らに責任があるとしても,次の事情からすると相当の過失相殺がされる
べきである。
  Dは,インターフェロン療法を拒否し,腹部超音波検査も積極的に受けようとせず,
意識的にこれを回避していた。
  Dは,平成13年3月8日,中村外科を受診し,原発性肝癌の可能性大,なお精査加
療必要と診断されたのに,中村外科での受診を中止し,被告Cには,腹痛にて救急車で
中村外科を受診,胃炎,ヘリコバクターピロリ菌+とのみ報告している。
 さらに,アルコール多飲も,肝癌への進展を早めた可能性がある。Dは,平成4年5
月から約9年間,焼酎を1日2合飲酒していた。これは日本酒720mlに相当する。健康
な者でも日本酒の適量は1日180mlである。まして,C型ウイルス性肝炎患者の場合に
は絶対的な禁酒が必要とされる。なお,アルコールはインターフェロンの治療効果にも
悪影響を与えるとされている。
  (原告らの主張)
   本件において過失相殺すべき事由は存在しない。
  Dがインターフェロン療法や腹部超音波検査を拒否したことはない。
  被告Cは,長期間にわたってC型肝炎患者であるDを治療している主治医である。
突然の胸痛,腹痛により中村外科に搬送された時点で,Dの病変を察知し,自ら検査を
するか,検査結果を照会するなどできたはずである。
  Dが,日大板橋病院の問診票で焼酎を2合と回答したのは,必ずしも1日2合との趣
旨とは解されない。また,被告医院における血液検査でも,γGTPの数値が基準値を
上回ったのは,肝細胞癌が末期に達していた平成13年9月以降を除外すれば,19回
中3回だけである。更に,アルコール性肝障害にみられる傾向とは逆に,AST<ALTと
なっている。
第4 争点に対する判断
 1 C型慢性肝炎及び肝癌の治療に関する一般的知見(証拠を掲げていないものは,
当事者間に争いがない。)
  C型慢性肝炎の治療には,原因療法と対症療法がある。
   原因療法としては,ウイルスの増殖を抑え,排除することを目的とするインターフェ
ロン療法がある。この療法は,すべてのC型肝炎患者に奏功するわけではないが,3割
程度の患者においては,C型肝炎ウイルスが完全に消失し,根治することが期待できる
(いわゆる著効例)。このインターフェロン療法は,平成4年に保険適用となり,広く臨床
で行われるようになった。
   対症療法としては,強力ネオミノファーゲンC,ウルソ,パンパール,プロヘパー
ル,小柴胡湯等の肝庇護薬の投与があるが,これらは,インターフェロン療法によりウイ
ルスを駆除してC型肝炎の原因であるウイルスを除去することができない場合に,GPT
値をできるだけ低値に抑え,肝病変の進行を抑えようとするものであり,あくまで二次
的,補充的なものである。
   また,インターフェロンは,肝線維化を改善ないし抑制するので,インターフェロン
著効例でなくても,肝癌発症の時期を遅らせる効果がある(甲B26)。
   インターフェロン療法の保険の適用については,平成4年2月当初は,その要件
の一つに「組織像により慢性活動性肝炎であることが確認されていること」が挙げられて
いた(平成4年2月7日保険発第12号「インターフェロン アルファー2a製剤の取扱につ
いて」・乙B1)が,この要件が,平成9年10月以降,組織所見又は肝予備能・血小板数
等で慢性肝炎であることが確認されていることに改められ(平成9年10月14日保険発
第133号「『フエロン』の保険上の取扱いについて」,平成10年9月30日保険発第142
号「『イントロンA注射用300,同600,同1000』の保険上の取扱いについて」・以上に
つき甲B8。肝生検が必須要件でなくなった。),平成14年には,インターフェロン製剤に
係るこれらの保険適用上の要件が廃止された(平成14年2月12日保医発0212001
号「インターフェロン製剤の取扱いについて」・甲B9)。
  日本における肝癌発症のほとんどはウイルス性肝炎が関連しており,C型肝炎患
者は,原発性肝癌発症の危険性が極めて高いハイリスク群である。現在の知見では,
肝細胞癌の92.6%が肝炎ウイルスを成因としており,うち76%がHCV抗体陽性(C型
肝炎)とされている(平成11年11月1日発行の日本医師会編「肝疾患診療マニュアル」
(甲B3))。
   したがって,C型肝炎患者を診る医師は,平成4年当時においても,その頻度につ
いてはともかくとして,以下の検査を定期的に行い,その結果肝細胞癌が発生したとの
疑いが生じた場合には,その確定診断を行うようにすべき注意義務を負っていたという
べきである。
ア血小板数検査
    血小板数の測定は,患者と肝細胞癌との距離を推し量り,ハイリスク群からさら
に危険性の高い群(スーパーハイリスク群)を囲い込むために必要な検査であり,定期
的・継続的にされるべきものである。
なお,C型慢性肝炎では,肝線維化が緩徐に進行し,一般に約30年の経過で肝
硬変さらには肝発癌に至る。その肝線維化の進展度は,線維化のないF0から,肝硬変
を表すF4の5段階に分類されているが,10年間の推定発癌率の肝線維化の進展度,
血小板数との関係について,甲B3によれば,F1(血小板数17万/μl)では5%,F2(同
15万/μl)では15%,F3(同13万/μl)では30%,F4(同10万/μl)の肝硬変では80
%に及ぶとされている。
  イ 腫瘍マーカー検査
癌が発生すると血液中に増えてくる特殊なタンパク質を腫瘍マーカーというが,肝
癌に関する主な腫瘍マーカーには,AFP(アルファ・フェトプロテイン)と,PIVKAⅡ(ピヴ
カツー)がある。C型慢性肝炎患者には,これらの検査を定期的に行うことが肝細胞癌
の早期発見のために必要であるとされていた。そして,遅くとも平成11年ころには,これ
らの検査を少なくとも3ないし4か月に1回行うこと,そして,肝硬変となったスーパーハ
イリスク群では月1回行うべきであるとされていた(甲B3)。
ウ 腹部超音波検査(エコー)
  2㎝以下の初期の肝細胞癌では,腫瘍マーカー検査をしても陰性であることが多
い。そのため,肝細胞癌の早期発見のためには,腫瘍マーカー検査と画像検査を組み
合わせて行う。
    画像検査中,腹部超音波検査は,侵襲が少なく,簡便かつ安価で,小さな病変
の発見が可能である。平成4年当時の教科書における知見では,この検査を,一般に
は,年2回の実施が必要であるとされていた(被告医院代表者兼被告本人)。平成6年
から平成7年にかけて実施された第13回全国原発性肝癌追跡調査によっても,肝細胞
癌の早期発見に最も役立つ検査であるとされている(甲B5)。
    なお,平成14年8月1日発行の「肝癌治療テクニックマニュアル」(甲B6)によれ
ば,この腹部超音波検査により極めて小さな腫瘤を見つけることが可能であり,直径1
㎝未満の場合には3か月ごとに経過観察をし,直径1㎝以上になった場合に,精密検査
をして鑑別診断すべきとされている。
  エ CT検査
    腹部超音波検査では描出困難な部位もあり,また見落としも皆無とはいえない
ので,これを補うためにCT検査が必要であるとされていた。平成4年当時の教科書にお
ける知見では,年1回は実施することが必要とされていた(被告医院代表者兼被告本
人)。
 2 争点(被告CにおいてDにインターフェロン療法をしなかったことに過失があるか)に
ついて
  上記1に摘示したところによれば,平成4年当時,インターフェロンは,著効例にお
いてはC型肝炎ウイルスを駆除する効果があるから,C型肝炎患者に対しては,インタ
ーフェロン療法をまず第1に選択すべきであることが,医学的に広く知られていたものと
いうべきである。そして,被告Cは,前記基本的事実関係認定のとおり,Dについて,平
成4年2月10日ころ,C型肝炎との確定診断をしたのであるから,当時の開業医の医療
水準として,インターフェロン適応の有無を判断するために,速やかにHCV-RNA定量
及びHCVセロタイプの検査を行い,適応がある場合には,自らこれを行うか,被告医院
において行えないのであれば行うことができる他の医療機関に転院させるべき注意義
務を負っていた。それにもかかわらず,被告Cは,上記基本的事実関係記載のとおり,
これをしなかったのであるから,特段の事情がない限り,上記注意義務に違反したという
べきである。
  そこで,上記特段の事情の存否について検討するに,被告らは,Dがインターフェロ
ン療法を拒否した旨主張する。
ア証拠(乙A1,被告医院代表者兼被告本人)に弁論の全趣旨を総合すれば,次の
事実が認められる。
    被告Cは,平成4年2月10日に実施した検査の結果が判明した後,Dに対し,C
型肝炎ウイルスに感染した肝炎に罹患していること及びこれに対してはインターフェロン
を投与する治療法があることを説明した上,肝炎一般に共通する生活上の注意を指示
した。また,インターフェロン療法が保険の適用になったのを機に,同年5月2日,再度D
に対し,その療法を勧めたが,Dは応諾しなかった。なお,その際,被告Cは,インターフ
ェロン療法をするには,入院した上肝生検をすることが必要であること及びその療法に
は副作用があることを説明したが,インターフェロン療法を行わなかった場合の予後に
ついての具体的な説明はしなかった。
    なお,被告Cは,インターフェロン療法の保険適用要件が緩和され,肝生検が必
須要件でなくなった平成9年以降(上記1)も,Dに対し,インターフェロン療法を受けるか
どうかを改めて確認することはしなかった。
  イ 上記認定に関し,原告らは,被告Cが,Dに対しC型肝炎に罹患していること自
体について説明しなかったかのように主張する。しかし,平成7年11月11日の赤心堂
病院宛診療情報提供書にもC型肝炎との記載をしており(乙A2),しかも,その書面上,
Dに対しその診断を伏せている旨の記載もされていないことなどに照らすと,上記診断
をDに対しことさらに伏せていたとは考え難い。
  ウ 他方,被告Cは,DにC型肝炎であることを告知した際,慢性肝炎,肝硬変から
肝癌に至る経緯も説明したかのように供述する。
    しかしながら,Dは,遅くとも平成4年以降,自宅で毎晩血圧を測定し,体脂肪率
測定機能のある体重計で体重及び体脂肪率を測定するなど,健康には人一倍気を遣
い,極めて几帳面な性格であった(甲B10,B11,B20,原告A,同B)。また,被告C
は,インターフェロン療法を行わなかった場合の予後について説明していないことについ
て,その本人尋問において自認しているところである。こうしたことに徴すると,被告C
は,Dに対し,C型肝炎及びインターフェロン療法について一定の説明をしたものの,C
型肝炎の発生原因を抽象的に説明するのみで,それが高率に肝硬変,さらに肝癌に進
展する危険性のある疾患であることについては十分に説明していなかったものと推認さ
れる。
    したがって,被告Cの上記供述部分は採用できない。
    そうであるとすると,Dは,自らのC型肝炎の病態について,その深刻さを認識で
きないまま,インターフェロン療法に要する時間,副作用等に注意が向いて,これを応諾
しなかったものと推認される。
  エ 以上の事実に徴すれば,Dは,C型肝炎及びインターフェロン療法を受けるかど
うかを判断するために十分な情報を被告Cから与えられない状況の下で,インターフェロ
ン療法を受けることを応諾しなかったものであるから,これをもって,被告Cの注意義務
違反を否定することはできないというべきである。
  そして,他に,上記の特段の事情を認めるべき証拠はないので,被告Cには上記摘
示の注意義務違反があるというべきである。
 3 争点(被告Cに肝細胞癌の早期発見のための検査を怠った過失があるか)につい

  肝細胞癌の早期発見のためにすべき検査
   上記1摘示の事実によれば,被告Cは,Dについて,平成4年2月10日ころ,C型
肝炎との確定診断をしたのであるから,当時の開業医の医療水準を前提にしても,肝細
胞癌の早期発見のために,定期的に血小板数検査及び腫瘍マーカー検査を行い,更に
は腹部超音波検査(少なくとも年に2回)及びCT検査(少なくとも年に1回)を実施し,そ
の結果肝細胞癌が発生したとの疑いが生じた場合には,その確定診断を行うようにす
べき注意義務を負っていたというべきである。
  被告Cが行った検査の状況
  ア 血小板数検査
    被告Cが同検査を全く行っていないことは当事者間に争いがない。
  イ 腫瘍マーカー検査
    証拠(乙A1,乙B5,被告医院代表者兼被告本人)に弁論の全趣旨を総合すれ
ば,被告Cは,AFP検査を平成8年5月1日,平成9年3月24日,平成10年10月30日
及び平成12年2月16日に行ったことが認められる。
    この点に関し,原告らは,平成9年,平成12年のものは検査票が貼付されてい
ない旨指摘するが,保険点数も計上されており,異常なしの判定だったので添付しなか
ったとの被告Cの供述もただちには排斥できないので,上記のとおり認定することができ
る。
    上記認定によれば,被告Cは,AFP検査を,約10年の間にわずか4回実施した
にすぎないのであるから,これをもって,上記摘示の肝細胞癌の早期発見のための定
期的な腫瘍マーカー検査ということはできない。
 ウ 腹部超音波検査(エコー)
 証拠(乙A1,2,被告医院代表者兼被告本人)によれば,被告Cは,腹部超音波
検査を,平成6年6月18日及び平成7年11月11日に実施し,また,後者の検査結果を
前提にして,赤心堂病院に対しCT検査を依頼したことが認められる。そうすると,平成4
年当時においても,少なくとも年2回の腹部超音波検査をすべきであったのであるから,
被告Cは,腹部超音波検査を定期的にすべき注意義務に違反したというべきである。
    この点に関し,乙A1(被告医院の診療録)には,平成10年11月6日に「エコー」
との,平成12年3月1日「25日エコーを予定。都合ヲ後日返事スル由」との,同年4月1
2日に「エコーを」との各記載があり,被告らは,被告Cにおいて,Dに腹部超音波検査を
勧めたが,Dにおいてこれに応じなかった旨主張する。
    しかし,腹部超音波検査は,極めて侵襲の少ない検査方法であり,上記2認定
のとおり健康に気を遣っていたDが,同検査の前に食事をしないことを要する程度の理
由でこれを拒むことは想定しがたい。仮にDが腹部超音波検査を受けることに消極的だ
ったとしても,上記2に説示したことにかんがみると,被告Cの定期的に腹部超音波検査
をすべき注意義務違反が否定されるものではない。
 エ CT検査
    この検査が被告医院における診療期間を通じて1回しかされなかったことは当
事者間に争いがない。したがって,被告Cが,定期的にCT検査をすべき注意義務に違
反したことは明らかである。
以上及びに説示したところによれば,被告Cは,肝細胞癌の早期発見のため,定期
的に血小板数検査,腫瘍マーカー検査,腹部超音波検査,CT検査をすべき注意義務を
怠ったというべきである。
  なお,被告らは,Dは,平成4年にインターフェロン療法について説明した後17回
受診しているが,そのうち診察を受けたのは2回であり,残りの15回は投薬のみの受診
であるから,肝癌の発見が遅れた責任は被告らではなくDが負うべきである旨主張す
る。しかし,C型肝炎患者は,原発性肝癌発症の危険性が極めて高いハイリスク群であ
り,被告Cはそのことを認識していたのであるから(被告医院代表者兼被告本人,弁論
の全趣旨),仮にDが投薬のみの受診を希望していたとしても,上記各検査をすべき義
務を免れ得るいわれはない。
 4 争点(因果関係の有無)について
  インターフェロン療法をしなかった過失とDの死亡との間の因果関係
アC型慢性肝炎患者のうち,インターフェロン療法によりC型肝炎ウイルスの消失ま
で期待することのできる著効例が3割程度に及ぶことは上記1摘示のとおりである。そし
て,ウイルスが消失した場合の生命予後は,日本人の余命と同程度に改善する(甲B2
6)。
    また,著効が得られない場合でも,一過性有効例,再燃群ないし不完全著効例
と呼ばれるもの(治療中はALT(肝臓の細胞の中にある酵素)の値が正常化するが,治
療終了6か月以内に再上昇するもの)では,肝線維化を抑制し,肝癌発生の危険を低減
させる効果がある。このような効果が得られるものは,著効例と合わせ約3分の2といわ
れている(甲B5・「慢性肝炎診療マニュアル」平成13年5月刊行)。
もっとも,インターフェロン療法の無効例とされるものも存在する。肝細胞癌の発
症率,長期予後とも,著効例,一過性有効例(再燃群ないし不完全著効例)とは差異が
大きい(甲B5)。
イ「C型慢性肝炎におけるインターフェロン治療後の長期予後」と題する研究(甲B2
5・平成16年3月刊行)によれば,上記ア認定事実に関し,次の事実が認められる。
    これは,組織学的に診断されたC型慢性患者3295例を対象にして,インターフ
ェロン療法の治療効果が肝細胞癌発症に与える影響を分析したものである。対象者の
内訳は,インターフェロン療法がされたのが3024例(治療群),されなかったのが271
例(未治療群)である。
    インターフェロン療法の効果について
     上記研究では,上記アの著効例,再燃群等を次のとおり定義している。併せ
て,上記対象者中のその症例数及びその治療群に占める比率を記載する(なお,治療
効果が判定できなかったものが5例ある。)。
    a 著効群 投与中に血清ALTが正常化し,投与終了後6か月以上それが持続
した群。このうちの81%については,C型肝炎ウイルスの排除が認められている。994
例,32.9%
    b 再燃群 投与中は血清ALTの正常化が認められるが,投与終了後6か月内
にその再上昇が認められる群。791例,26.2%
    c 無効群 投与しても血清ALTの正常化が認められない群。1234例,40.8

    インターフェロン療法と肝細胞癌の発症率について
     肝細胞癌の発症の危険因子は年齢,性別,肝線維化の程度及びインターフェ
ロン療法の有無と考えられるが,これらについて補正した後の,上記の類型別の累積肝
細胞癌発症率(肝生検施行後の期間5年,10年,15年の時点の割合)は,次のとおり
である。
    5年   10年   13年(%)
     著効群0.9   3.5   4.9
     再燃群3.0  11.3 15.4
     無効群5.0  18.2  24.4
     未治療群5.2  19.1  25.8
    インターフェロン療法と肝臓病死との関係(累積生存率)について
     上記対象者中の肝臓病死(肝細胞癌,肝不全及び食道静脈瘤破裂による死
亡)119例(治療群72例,未治療群47例)について,その危険因子(と同様)について
補正した後の,上記の類型別の累積生存率(肝生検施行後の期間5年,10年,15年
の時点の割合)は,次のとおりである。
    5年   10年   13年(%)
     著効群100.0  99.7  99.5
     再燃群99.898.5  97.3
     無効群99.1  93.3  86.3
     未治療群98.6  90.7  83.2
  ウ 上記ア及びイ認定の事実によれば,確かに,インターフェロン療法を実施するこ
とにより,著効群及び再燃群においては,肝細胞癌の発症率の面でも,累積生存率の
面でも,未実施の場合と比べ有意な差が認められることが明らかである。
    しかしながら,インターフェロン療法未実施の場合と比べ有意な差のある効果が
認められる割合は,上記イの研究では6割程度に止まり(上記イa及びbの合計59.1
%),また,上記アの文献(甲B5)でも約3分の2とされている。そして,Dが上記著効群
又は再燃群に属するのか否かについては,明確な資料が存在しない。
 さらに,インターフェロン療法については,6か月の投与しか保険適用が認められ
ておらず(甲B5,乙B6の1),また,その副作用として,甲状腺機能異常,間質性肺炎,
精神症状,耐糖能異常,自己免疫疾患等があり,それが現れた場合にはインターフェロ
ンの投与の中止ないし中断が求められる(乙B6の4)。また,C型ウイルス性肝炎患者
の長期予後は肝臓の線維化の程度にも関係しているが,線維化を促進する因子とし
て,① 感染年齢が40歳以上であること,② アルコール消費量が1日50g以上である
こと,③ 男性であることなどが挙げられている(乙B11)。
    以上の諸点に照らすと,インターフェロン療法の効果があるか否かの判断のた
めに,HCV-RNA量,HCVコア蛋白量,セロタイプ,肝線維化の程度等の検査が有益
であるにもかかわらず,被告Cがこれらの検査をしなかったことを考慮しても,被告Cが
インターフェロン療法を実施していたならばDがその死亡の時点においてなお生存して
いたであろうことを是認し得る高度の蓋然性については,証明が尽くされていないといわ
ざるを得ず,未だ相当程度の可能性の存在の証明に止まるというべきである。
したがって,被告Cがインターフェロン療法を実施しなかったことそれ自体とDの死
亡との間の因果関係については,これを認めることはできない。
  肝細胞癌の早期発見のための検査を怠った過失とDの死亡との間の因果関係
ア上記基本的事実関係(事実及び理由中の第2の1)の認定事実及び証拠(乙A
1,2)によれば,次の事実が認められる。
    Dは,被告Cにより,平成3年3月慢性肝炎との,また,平成4年2 月C型ウイル
ス性肝炎との診断がされ,その後も,引き続き被告Cの診療を受けていた。
    被告医院における平成7年11月の腹部超音波検査の結果,胆のう床のやや上
方(肝右葉S6)に直径21mm×17㎜のハイパーエコーが認められた。Dは,被告Cの
紹介で赤心堂病院で受診し,平成8年1月5日CT検査を受けたところ,肝血管腫の疑い
と診断された。そこで,被告医院においてAFP定性検査をしたが陰性であった。
     その後,Dは,平成10年10月30日,定量法(RIA法)によるAFP検査を受けた
が,その結果11.0ng/mlであり,注意を要する状態であった。さらに,平成12年2月16
日,定性法によるAFP検査を受けたが,その結果は陰性であった。
     ところで,Dは,平成13年3月8日,胸痛,腹痛を発し,中村外科を受診した。同
日のAFP検査では89.8ng/mlの高値を示し,また,CT上肝臓に多発性腫瘤が認めら
れた。そして,中村外科は,同月17日,多発性肝細胞癌の可能性が大であり,継続的
な精査,加療を要する旨診断した(なお,D本人に対しては,その旨を次回受診時に説
明することが予定されていたが,来院しなかった。)。
     中村外科は,平成13年12月4日,前日からの診察及び各種検査結果により,
Dについて多発原発性肝細胞癌との診断をした。また,精査及び加療目的で入院した日
大板橋病院は,平成14年1月8日,腹部超音波検査の結果,肝臓の右葉に多発性の
腫瘍(最大のものは53mmであった)を認め,多発性肝細胞癌と診断した。そして,同月
15日には,腹部CT検査の結果,肝右葉全体がびまん性の腫瘍で占められており,左
葉にも6cm大の巨大な腫瘍が認められ,治療が困難なほどの末期の状況にあると判断
した。
   イ 上記ア認定事実及び上記1で認定したC型肝炎患者に対する診療の在り方に
よれば,次のことが明らかである。
     被告Cは,そもそも,DがC型ウイルス性肝炎に罹患していることを知った平成4
年以降,上記1説示の検査を定期的に実施し,肝細胞癌が発生したとの疑いが生じた
場合には,その確定診断を行うようにすべき注意義務を負っていた。
     その後,Dは,平成7年11月の腹部超音波検査の結果,肝右葉に直径21mm
×17㎜のハイパーエコーが認められ,赤心堂病院で肝血管腫の疑いと診断され,ま
た,平成10年10月30日のAFP検査の結果11.0ng/mlと注意を要する状態にあった
のであるから,被告Cとしては,より一層慎重に検査をすべきであった。
     そして,証拠(甲B6)によれば,a 腹部超音波検査を実施すれば,極めて小さ
な腫瘤も見つけることができる,b それがおおむね1cm未満の場合には経過観察とし,
1cm以上となった場合に精密検査をすればよい,c 腫瘤が1.5cm以上になると,癌の
場合には急速に増大したり,転移する率が高くなることが認められる。
     そうであるとすると,被告Cは,血小板数検査,腫瘍マーカー検査に加え,腹部
超音波検査を組み合わせて定期的に検査を実施していれば,Dの肝臓に発症した腫瘍
を1cm未満の段階で発見することができ,それについて肝細胞癌の発症を疑い,その確
定診断を得るように検査を行えば,Dの肝細胞癌を初期の段階で発見することができた
ものと推認することができる。
     なお,上記認定事実によれば,Dは,平成8年1月の赤心堂病院受診当時は未
だ肝細胞癌に罹患していなかったが,平成13年3月の中村外科受診当時には,既に多
発性肝細胞癌に罹患していた可能性が高いものと推測されるが,被告医院において定
期的な検査がされていないので,その発症時期を確定することは困難である。
ウところで,証拠(甲B6,21)によれば,肝細胞癌に対する治療について,次の事
実が認められる。
    肝癌に対する主な治療法としては,肝切除術,肝動脈塞栓術(TAE),経皮的エ
タノール注入術(PEI)がある。
     肝切除術は,単発で肝機能が良好な肝細胞癌が主な適応である。
      その手術の予後については,日本肝癌研究会追跡調査委員会がした報告・
「第15回全国原発性肝癌追跡調査報告(1998~1999)」(甲B21)がある。その肝細
胞癌に対する肝切除症例の累積生存率(%)の集計結果を,全症例(Aと表示した。)(1
988年から1999年にかけての21,711症例),最大腫瘍径が2cm以下の症例(Bと
表示した。)(4,213症例)及び腫瘍個数が1個の症例(Cと表示した。)(15,453症
例)についてみると,次のとおりである。
    (年)12  3  4  5  6  7  8  9  10
     A 87.4 77.8 69.0 60.3 52.345.2 38.6 33.7 29.8 27.3
     B 94.7 89.3 83.1 75.2 67.459.0 50.8 43.6 37.0 33.9
C 90.282.374.266.157.950.743.939.135.232.5
     肝動脈塞栓術(TAE)は,肝細胞癌の栄養血管にカテーテルを挿入し,塞栓物
質を注入することにより癌組織を阻血・壊死させる治療法である。結節型の多発例が適
応となる。腫瘍縮小効果及び壊死効果に伴う延命効果が認められ,繰り返し治療が可
能なため,肝機能が許す限り有効である。また,高度に進行した肝癌であっても,肝機
能が良好であれば考慮の対象となる。
その術の予後については,上記「第15回全国原発性肝癌追跡調査報告(1998
~1999)」(甲B21)がある。その肝細胞癌に対する肝動脈塞栓術の累積生存率(%)
の集計結果を,全症例(Dと表示した。)(1988年から1999年にかけての22,869症
例)及び腫瘍個数が1個の症例(Eと表示した。)(9,131症例)についてみると,次のと
おりである。
    (年)12  3  4  5  6  7  8  9  10
D 77.1 57.9 43.0 31.9 23.6 16.9 12.4 9.8 8.46.9
E 82.966.952.740.630.822.918.214.811.49.8
     経皮的エタノール注入術(PEI)は,迅速な蛋白凝固作用を有する 純エタノー
ルを,超音波ガイド下に直接肝細胞癌の腫瘤内に注入し,癌組織を確実に壊死させる
治療法である。肝細胞癌が3㎝以下,3個以内が適応となる。
その術の予後については,上記「第15回全国原発性肝癌追跡調査報告(1998
~1999)」(甲B21)がある。その肝細胞癌に対する経皮的エタノール注入術の累積生
存率(%)の集計結果を,全症例(Fと表示した。)(1988年から1999年にかけての1
2,876症例)及び腫瘍個数が1個の症例(Gと表示した。)(7,182症例)についてみる
と,次のとおりである。
    (年)12  3  4  5  6  7  8  9  10
     F 91.577.663.650.840.331.025.219.919.319.3
     G93.281.869.457.346.636.229.923.121.721.7
  エ 以上の認定説示を総合すれば,被告Cは,上記イ説示の定期的な検査義務を
適切に尽くし,Dの肝臓に発症した腫瘍を1cm未満の段階で発見するとともに,それに
ついて肝細胞癌の発症を疑い,その確定診断を得るように検査を行っていれば,Dの肝
細胞癌を初期の段階で発見することができた,そして,そのような段階で,適応する治療
法を選択し,手術をすれば,Dが平成14年6月23日の時点においてなお生存していた
であろうことを是認し得る高度の蓋然性が認められるというべきである。
    そうすると,被告Cが肝細胞癌の早期発見のための検査を怠った過失とDの死
亡との間には,因果関係が認められる。
 5 争点(損害額)について
  治療関係費 194万8520円
  ア 被告医院分 0円
    原告らは,Dが,平成4年3月以降,被告病院に自己負担分として支払った28
万1230円を損害である旨主張する。しかしながら,被告医院における治療費には,D
の症状から必要性が認められた高血圧症や感冒,風邪等に対するものも含まれていた
(乙A1)。また,被告Cがインターフェロン療法を実施しなかったことそれ自体とDの死亡
との間の因果関係について,高度の蓋然性があると認めることはできないのであるか
ら,肝庇護薬であるパンパールやウルソの投与も直ちに無意味な診療行為と断ずること
はできない。
    したがって,原告らの上記主張は採用できない。
  イ 中村外科1万3260円
   上記4イ説示のとおり,Dは,平成13年3月の中村外科受診当時既に多発性肝
細胞癌に罹患していた可能性が高いものと推測されるが,その発症時期を確定すること
は困難である。したがって,中村外科関係の治療費については,Dに肝細胞癌が発症し
た後である同年12月3日以降の分について,本件と相当因果関係があるものと認める
のが相当である。
    そして,その額は,甲C3によれば,1万3260円と認められる。
  ウ その他の医療機関 193万5260円
    Dは,肝癌と判明した後に受診した各病院での相談,受診,入院において,日大
板橋病院で122万1450円(甲C4の1ないし3),埼玉医大総合医療センターで7万42
30円(甲C4の18ないし25),帯津三敬病院で500円(甲C4の26),三浦病院で63万
5240円(甲C4の4ないし16),新座志木中央総合病院で3840円(甲C4の17)の各
支出をしたことが認められる。これらの支出は,本件と相当因果関係にある損害と認め
ることができる。
 自宅療養関係費37万0543円
  ア 自宅付添費 31万5000円
    甲B10,B20によれば,原告らは,日大板橋病院退院後埼玉医大総合医療セ
ンターに入院するまでの平成14年2月17日から同年4月20日までの63日間,上記4
ア認定のとおり末期癌の状態にあるDを自宅で療養看護したことが認められる。これに
伴う損害としては,1日当たり5000円の割合で算定するのが相当である。
  イ 介護用品費5万5543円
甲C5の1ないし5によれば,上記自宅療養期間中,Dが使用した介護用ベッド等
のレンタル代(ステッキの購入費を含む。)として,上記額の出費をしたことが認められ,
これは本件と相当因果関係のある損害と認められる。
  入院雑費 15万6000円
基本的事実関係認定のとおり,Dは,日大板橋病院(平成14年1月8日から同年2
月16日まで),埼玉医大総合医療センター(同年4月21日から同月24日まで),三浦病
院(同月24日から同年6月23日まで)にそれぞれ入院した(合計104日間)。これに伴
う入院雑費は,1日当たり1500円として計算すると,上記額が相当である。
  交通費 10万1180円
   甲C6の11ないし118によれば,Dの入退院時のタクシー代及び家族の見舞いの
ための交通費(電車賃及び高速道路通行料金)として少なくとも上記額の支出が認めら
れ,これは本件と相当因果関係のある損害と認められる。
  葬儀費用 150万円
   Dの死亡に伴う葬儀費用としては,150万円をもって本件と相当因果関係のある
損害と認めるのが相当である。
  証拠保全費用0円
原告請求に係る証拠保全の際の謄写業者への支払14万1034円については,そ
の具体的内容が明らかでなく,その支払を裏付けるに足りる証拠もない。また,証拠保
全に係る弁護士報酬については,本件全体を通じて弁護士費用がどの範囲で相当因果
関係のある損害であるかを総合的に評価する中で判断するのが相当である。
  逸失利益400万円
   ア Dの逸失利益の算定においては,被告Cが上記4イ摘示の定期的な検査義務
を適切に尽くしていたならば,どの程度の期間生存し得たかが問題となるので,以下,
検討する。
    上記4イ説示のとおり,被告Cは,血小板数検査,腫瘍マーカー検査に加え,腹
部超音波検査を組み合わせて定期的に検査を実施していれば,Dの肝臓に発症した腫
瘍を1cm未満の段階で発見することができ,それについて肝細胞癌の発症を疑い,その
確定診断を得るように検査を行えば,Dの肝細胞癌を初期の段階で発見することができ
たということができる。もっとも,肝細胞癌の発症時期については,Dは,平成8年1月の
赤心堂病院受診当時は未だ発症していなかったが,平成13年3月の中村外科受診当
時には,既に多発性肝細胞癌が発症していた可能性が高いものと推測されるものの,
被告医院において定期的な検査がされていないので,その発症時期を確定することは
困難というほかない。
    そして,上記4エ説示のとおり,1cm未満の段階で肝細胞癌の発症を発見し,適
応する治療法を選択し,手術をすれば,Dが平成14年6月23日の時点においてなお生
存していたであろうことが認められ,その治療の予後については,上記4ウ認定のとおり
である。
    以上のとおり,Dについては,そもそも肝細胞癌の発症時期が明らかではなく,し
たがって,定期的な検査の実施により,その発症を発見し,適応する手術を実施し得た
であろう時期についても明らかではないが,以上の事実を総合的に検討すれば,その発
症後適切な時期に適切な治療法が施されれば,Dは,その治療法施行後数年間は生存
し得たものと推測することができる。
イところで,Dは,死亡(平成14年6月23日)当時,Bから186万円(甲C7の1),C
から97万6070円(甲C7の2),以上合計283万6070円(①)の年収を得ていた(い
ずれも嘱託としての年収)。
    また,当時,Aの企業年金(厚生年金基金)及び老齢厚生年金を受給していた
が,死亡に伴いこれらの支給が打ち切られ,遺族厚生年金が支給されることになったの
で,これらの年金に関する年間の損害額は,企業年金(128万2200円,甲C7の3)及
び老齢厚生年金(194万9400円,甲C7の4)の支給額から遺族厚生年金(190万45
00円,甲C7の5)の支給額を差し引いた132万7100円(②)となる。
    そうすると,Dの死亡に伴う逸失利益の年額を,生活費の控除を3割として算定
すると,上記嘱託としての収入を得ている時期については,次のとおり288万2789
円,年金だけを受けている時期については,次ののとおり92万8970円と算定される。
    (①+②)×(1-0.3)=291万4219円
 (②)×(1-0.3)=92万8970円
ウ 以上認定したところによれば,本件においては,いずれにしても,損害の額を算
定する上で重要な要素をなすDの余命について不確定な点が多く,また,それは,もとも
と被告C被告医院において定期的な検査がされていないことが大きな原因となっている
のである。こうしたことを総合的に考慮すると,本件は,損害の性質上その額を立証する
ことが極めて困難であるとき(民訴法248条)に該当するものというべきである。
    そこで,当裁判所は,上記ア及びイの認定説示,特に,肝細胞癌に対する各種
治療法及びその療法の予後等並びに弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づいて,
Dがその平成14年6月23日の死亡により喪失した逸失利益相当額の損害額を,400
万円と認定することとする。
  慰藉料 合計2800万円
   以上認定した諸事実,特に,上記2及び3説示の被告Cの過失の態様(なお,上
記2の過失については,上記4説示のとおり,Dの死亡との間に因果関係を認めること
はできないものの,当時の医療水準にかなったインターフェロン療法を受けていたなら
ばその死亡時点においてなお生存した相当程度の可能性は認め得るところ,Dはその
治療を受けることができなかったのである。),さらには,本件に顕れた一切の事情を考
慮すると,Dは,被告Cの上記過失により死亡したことに伴う慰藉料として2500万円を
もって相当と判断する。
   また,原告Aは,Dの妻であり,原告BはDの子であるが,Dの死亡により甚大な精
神的苦痛を被ったことが明らかであるから,その固有の慰藉料として,原告Aについて2
00万円,原告Bについて100万円を認めるのが相当である。
  損害の填補 33万0853円
国民健康保険高額療養費として合計すると上記額が支給されたことは当事者間に
争いがない。
  小計
   原告1人の損害は,固有の慰藉料を除いた上記ないしの費目の合計額3307万
6243円から記載の填補損害額を控除した3274万5390円に,各自の法定相続分2
分の1を乗じ,各自の固有の慰藉料を加えた額になるので,原告Aは1837万2695
円,原告Bは1737万2695円となる。
  弁護士費用 350万円
   本件事案の内容,本件訴訟の審理の経過,本件の認容額等の事情を総合する
と,原告Aにつき180万円,原告Bにつき170万円を本件不法行為ないし債務不履行と
相当因果関係のある損害と認める。
 6 争点(過失相殺事由の有無)について
  被告らは,Dが,インターフェロン療法を拒否し,腹部超音波検査も積極的に受けよ
うとせず,意識的にこれを回避していた旨主張する。しかしながら,被告Cがインターフェ
ロン療法や腹部超音波検査の意義について十分に説明していなかったことは上記認定
のとおりであるから,被告ら主張の事由をもって過失相殺事由とすることは相当でない。
  また,被告らは,Dが,平成13年3月8日に中村外科を受診し,原発性肝癌の可能
性大,なお精査加療必要と診断されたのに,被告Cに対しその内容を的確に報告しなか
ったことを問題にしている。
   ところで,中村外科のカルテ(甲A2)の平成13年3月27日の欄には,「今回α
feto(AFP検査)のみ高値,原発性肝癌の可能性大,なを精査(継続的)加療必要 次回
(同様にムンテラ必要)」と記載されている。その記載内容に加え,同年12月6日の欄に
は,「HCC(肝細胞癌)の可能性を話す」と記載されていることと(中村外科においては,
当日説明をした場合にはこのように明記していることがうかがえる。),また,被告医院
のカルテの平成13年3月19日の欄には,「腹痛ニテ,救急車で中村外科受診,胃炎,
HP(ヘリコバクターピロリ菌)(+)と」と記載されていることに徴すると,中村外科でのD
に対する説明はDが被告Cに報告した範囲に止まっていたものと認められる。なお,肝
癌はほとんど無症状であるが,大きな肝癌で鈍痛を生じることがあることにかんがみる
と(甲B6),Dから上記事実を告げられた被告Cとしては,肝癌の有無についてさらに検
査を行うべきであるとは言えても,責任が軽減される理由はない。
 被告らは,平成4年5月から約9年間焼酎を1日2合飲むというDのアルコール多飲
が,肝癌への進展を早めた可能性がある旨主張する。
   日本大学付属板橋病院の外科外来診療録(写し)(甲A3)の44頁の「alcohol」の
欄に「焼酎2合/day 去年はのまず」との記載があり,69頁,93頁にも同旨の記載が
ある。他方,D自身が記載した問診票(甲A3の49頁)には,「アルコールを飲みますか」
との問いに対し,「いいえ」に○をした上で,「但し1昨年迄は焼酎を2合位 昨年より禁
酒」との記載がされているのみであり,この記載からただちに毎日2合飲んだとは読みと
ることはできない。
   被告医院の診療録(乙A1)には,平成4年4月18日の欄に「酒飲まない!」と,平
成8年5月15日の欄及び平成9年2月14日に「酒」との記載(いずれもその右に「指」と
の記載があり,酒について指導したという趣旨と解される。),同年3月31日の欄に「酒
止めた」との,同年5月12日の欄に「酒飲んでない」との,同年10月15日の欄に「酒な
し」との記載がある。これらの記載によれば,被告Cが酒について指導し,Dが禁酒に至
ったことがうかがえるが,被告C本人の尋問によっても,同人はDが1日2合の焼酎を飲
んでいたとの話を聞いていないというのである。原告A及び同B本人の尋問に照らして
も,Dが焼酎を1日2合ずつ飲んでいたことはもちろん,C型肝炎から肝硬変への進展に
寄与する因子とされるエタノール換算で1日50グラム以上のアルコール飲酒(乙B10)
をしていたものとも認めることはできない。
  そうであるとすると,被告らの過失相殺事由に関する主張は,いずれも採用できな
いというほかない。
 7 結論
   以上の次第であるから,原告らの請求は主文の限度で理由があるから認容し(被
告医院については遅延損害金の起算点の早い不法行為構成に基づく請求について認
容し),その余は失当として棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第35部
      裁判長裁判官金  井  康  雄
         
          裁判官本  吉  弘  行
 裁判官望  月  千  広

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