弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人国分丸治の上告趣意について。
 原判決は、弁護人の「当時被告人において進駐軍の許可があり違法でないものと
信じていたものであるから、犯意を欠き罪とならないものである旨」の主張に対し、
所論のごとく当時被告人は判示超過価格による精米の売買につき違法の認識を有し
なかつたと断じながら右は通常人としての注意を著しく欠き判示超過価格による精
米の売買が法律上許容されたものであると信じたことにつき明らかに過失があるも
のというべきであるから、被告人に犯意がなかつたものとして物価統制令違反の罪
責を否定することは到底できないと説示したことは所論のとおりである。
 しかし、犯意があるとするためには犯罪構成要件に該当する具体的事実を認識す
れば足り、その行為の違法を認識することを要しないものである(昭和二四年(れ)
第二二七六号同二五年一一月二八日第三小法廷判決刑事判例集四巻一二号二四六三
頁以下、昭和二五年(れ)第一三三九号同年一二月二六日同小法廷判決同判例集二
六二七頁以下参照)。なおこの点に対する斎藤裁判官の補足意見は、次のとおりで
ある。
 「刑法三八条一項本文(他の刑罰法令については同法八条)の犯意ありとして犯
人を非難、処罰するには、罪となるべき事実を認識するを以て足りるものである。
その趣旨は、犯人は通常罪となるべき事実を認識するばかりでなく、実際はこれを
認容し又は進んでこれを希望するのが普通であるが仮りに認容せず又は希望しなく
とも、犯意の成立には、認識あるを以て足りるという意味である。なぜなら、認識
しながら犯行を敢えてした以上は、その間に如何なる心理上の経過あるを問わず、
その認識あるだけで通常抑制感情又は反対動機を起す期待可能性あるが故に法律的
責任を認めて、その犯人を非難し処罰するのである。罪となるべき事実の認識以外
の心理状態は犯意の成立以外における情状たるに過ぎないのであつて、通常認容し
た程度であつたならば情状軽く、希望した段階に達したときは情状寧ろ重しとせね
ばなるまい。しかし、往々にして認識はしていたが常習、道義的感情の麻痺等のた
め認容もせず、希望もしないで、言い換えれば、現実には抑制感情又は反対動機を
少しも起さないで、易々として犯罪を敢行するような者が存在する。かような者に
は到底道義的責任を期待することができないから、法律的責任を認め寧ろ厳罰に処
するを相当とするのである。これ刑罰の目的とする効果は、道義的責任に相応する
教育的効果に止るものではなく、より強き鎮圧的効果をも包含するものであるから
であつて、死刑存在の必要な理由の一つもここにあるのである。そして、罪となる
べ事案とは、刑罰法令各本条の前半に規定されている犯罪構成要件に該当する具体
的事実をいうものである。その事実は、単なる赤裸々な自然的事実ではなく、当該
法条立法の際禁止せんとした実質的違法にまみれ、これに化体した事実である。従
つて、犯意ありとするには、かかる違法化した罪となるべき事実を認識するを以て
足りるのである。この意味において犯意の成立には違法の認識を要しない。ここで
もまた違法の認識には種々の段階と態様とがあるのであろう。或いは更らに社会的
規範に、或いは条理若しくは文化的規範に又は法律的規範に違反するという意識を
伴うことがあるかも知れない。しかし、いずれの場合でも犯意の成立には立法の際
各本条の罪となるべき事実を着色し、これに織り込んだ実質的違法の認識以上の違
法の認識を必要としない。ことに、刑罰法令各本条は、罪となるべき具体的な事実
を判定すべき類型的標目を掲げたに過ぎないものであるから、かかる標目に該当す
る具体的事実を認識した以上かかる標自白体を知らなかつたからといつて、犯意が
ないとはいえない。以上は刑法三八条三項本文の存する所以である。いわゆる違法
の認識は、犯意の要件ではなく、単に犯罪成立以外の情状たるに過ぎない。されば、
違法の認識を欠くことを以て犯意を阻却するものとすることができないばかりでな
く、情状常に軽しとすることもできない。これ同法同条同項但書の存する所以であ
り、改正刑法仮案第一一条第三項において、「法律ヲ知ラサル場合ニ於テ自己ノ行
為カ法律上許サレタルモノト信シタルコトニ付相当ノ理由アルトキハ其ノ刑ヲ免除
ス」と規定して、いわゆる違法の認識を欠くもので情状最も軽き場合でさえ単に免
刑の原由に止めた理由である。」
 それ故、原判示のごとく被告人は違法の認識を有しなかつたと断じても犯意がな
かつたとはいえないし、また、犯意の成立を論ずるのに原判決説示のように更らに
その違法の認識を欠いたことにつき過失の有無を問うを要しない。されば、仮りに
原判決がその過失の存在の判定に所論のごとく誤りがあるとしても、被告人の罪責
を否定することができないのは論を俟たないところであつて、もとより過失を有罪
としたものでないことは明らかである。それ故所論は採用できない。
 同弁護人の追加上告趣意について。
 しかし、物価統制令四条に基き指定された統制額違反の犯罪については、行為当
時の告示によるべきものであり、従つて、犯罪当時の統制額を指定した告示がその
後屡々改正され、行為当時の売渡価格よりも高価に指定されるに至つても、既に成
立した犯罪の刑罰を廃止するものではないから、所論は採用し難い。
 よつて旧刑訴四四六条に従い主文のとおり判決する。
 この判決は斎藤裁判官の補足意見を除くの外裁判官全員一致の意見によるもので
ある。
 検察官 長部謹吾関与
  昭和二六年一一月一五日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    沢   田   竹 治 郎
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    岩   松   三   郎

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