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平成26年1月14日判決言渡
平成23年(行ウ)第217号B発電所設置許可処分無効確認請求事件
主文
1本件訴えを却下する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
内閣総理大臣(原子力規制委員会がその権限を承継)が昭和41年12月1
日付けでA株式会社に対してしたB発電所原子炉1号機設置許可処分が無効
であることを確認する。
第2事案の概要
本件は,原告が,当時の処分行政庁である内閣総理大臣の事務を承継した原
子力規制委員会の属する国を被告として,内閣総理大臣が昭和41年12月1
日付けでA株式会社(以下「A」という。)に対してしたB発電所原子炉第1
号機(以下「本件原子炉」という。)の設置許可処分(以下「本件許可処分」
という。)には重大な違法があると主張してそれが無効であることの確認を求
める事案である。
1関係法令の定め等
別紙2のとおり。なお,別紙2において用いた略称は,以下の本文において
も用いることとする。
2前提事実(争いのない事実,顕著な事実並びに末尾記載の証拠及び弁論の全
趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者
原告は,東京都○区に居住し,平成23年▲月▲日生まれの女児を有
する者である。原告の居住地と本件原子炉の施設との間の距離は約220㎞
である。(争いがない)
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(2)B発電所及び本件原子炉の概要
アB発電所は,昭和46年3月に第1号機(本件原子炉)が営業運転を開
始して以来順次増設され,平成23年3月当時,計6基の原子炉が設置さ
れていた。(乙24・Ⅳ-1頁)
イ本件原子炉の型式は,濃縮ウラン,軽水減速,軽水冷却型(沸騰水型)
のいわゆるBWR型原子炉であり,熱出力は約1380mW(メガワット),
電気出力は約46万kW(キロワット)である。(乙10の2,乙24・Ⅳ
-2頁)
(3)本件許可処分等
アAは,昭和41年7月1日付けで,内閣総理大臣に対し,本件原子炉の
設置に関する許可を申請し,同年10月27日付け,同年11月10日付
け及び同月14日付けで申請の一部訂正をした。(乙10の1,乙11の
1)
イ内閣総理大臣は,昭和41年12月1日,本件許可処分をした。(乙1
0の1)
ウAは,その後,昭和43年11月19日付け(昭和44年1月20日付
けでその一部を補正)及び平成5年4月13日付け(同年7月22日付け
でその一部を補正)で,内閣総理大臣に対し,本件原子炉の設置変更に関
する許可をそれぞれ申請し,内閣総理大臣は,昭和44年2月10日付け
及び平成6年3月8日付けで,上記各申請に係る設置変更を許可した。
(乙10の2,乙10の3,乙11の2ないし5)
(4)権限の承継
原子炉規制法23条1項に基づく原子炉(発電の用に供するもの)の設置
の許可をする権限は,昭和53年法律第86号による改正より内閣総理大臣
から通商産業大臣に,平成11年法律第160号による改正により通商産業
大臣から経済産業大臣に,平成24年9月19日に施行された原子力規制委
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員会設置法(平成24年法律第47号)による改正により,経済産業大臣か
ら原子力規制委員会にそれぞれ承継された(以下では,断りがない限り,原
子炉規制法の条文は,昭和53年法律第86号による改正前のものを示すも
のとする。)。
3争点
本案前の争点は原告適格の有無であり,本案の争点は本件許可処分の重大な
瑕疵の有無であるが,各争点に関する当事者の主張の要旨は,以下のとおりで
ある。
(1)原告適格の有無(争点(1))
(原告)
ア処分の無効等確認の訴えを提起することができるのは,処分の無効等の
確認を求めるにつき法律上の利益を有する者に限られるところ,法律上の
利益を有する者とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護され
た利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいう。国は,
国民一般の生命,健康をリスクから保護する義務を負っているから,上記
の法律上の利益には,上記の国民一般の生命,健康をリスクから保護され
る利益が含まれ,国がした原子炉設置許可処分により国民のリスクから保
護される利益が侵害されたといえる場合には,当該国民は原子炉設置許可
処分の無効確認の訴えの原告適格を有するというべきである。
また,処分により侵害される「自己の権利」には憲法上の権利も含まれ
ると解すべきであるから,自己の憲法上の権利が侵害された者は,処分の
無効等確認の訴えを提起することができると解すべきである。
イまた,原子炉設置許可処分の無効確認等の訴えの原告適格については,
経験則上,一見明白に原子炉等による災害による被害を受けないと認めら
れる者を除いては,当該周辺住民個人について,逐一原子炉からの距離や
災害等の態様などを考慮するなどして原告適格の有無を判定することな
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く,原告適格を認めるのが相当である。
ウ仮に,上記の各立場を採用せず,被告が主張するように,原子炉設置許
可処分の無効確認等の訴えにつき法律上の利益を有する者は,原子炉規制
法24条1項3号(技術的能力に係る部分に限る。)及び4号所定の安全
性に関する各審査に過誤,欠落があった場合に起こり得る原子炉の事故等
がもたらす災害により直接的かつ重大な被害を受けることが想定される
範囲の住民に限られるとする立場に立つとしても,水道法は,原子炉規制
法と目的を共通にする関連法令であり,原告適格の有無を判断するために
は,水道法の趣旨並びに目的及び同法が保護しようとする内容並びに性質
も斟酌されるべきであるところ,水道法は,個々の水道利用者が良質な水
道水を利用することができる権利を個別具体的な法益として保護する仕
組みを採用しているというべきである。
エ(ア)原告は,東京都○区に居住しており,本件訴えを提起した平成2
3年当時零歳児の父親であったところ,東北地方太平洋沖地震によりB
発電所において事故が発生した後,東京都○区に給水する東京都の金
町浄水場において,乳児についての放射性物質に係る国の暫定基準値を
超える放射性物質が検出されており,零歳児の父親である原告は,安心
して水道水を用いた粉ミルクを飲ませることができず,将来の健康被害
に脅えて過ごさざるを得ない状況にある。また,農産物及び水産物も放
射性物質の汚染により食用に適さない状況にあり,放射性物質の流出が
今後停止するめどは立っていないから,大気,食物又は水道水からの被
ばくにより原告が将来健康,生命を害するおそれがあることを否定し難
い。国等による農産物等に関する放射能汚染の有無の検査も徹底されて
いないため,原告には,食物の摂取により未知の健康被害を受けるおそ
れがある。
(イ)B発電所において最大限に過酷な事故が発生した場合に放出され
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る可能性のある放射性物質とその地理的な分散についてチェルノブイ
リ原子力発電所の事故(以下「チェルノブイリ原子力発電所事故」とい
う。)を参考にして検討すると,B発電所の原子炉1号機ないし4号機
において,「原子炉施設に対する攻撃の影響に関する一考察」と題する
外務省委託研究報告書においてレベル2とされた最大限度の事故が連
鎖的に発生した場合には,上記各原子炉の使用済核燃料プールを除いた
炉心からのみであっても,放射性ヨウ素につきチェルノブイリ原子力発
電所事故の約1・5倍以上,セシウム137につきチェルノブイリ原子
力発電所事故の約2・5倍が放出されることになるものと予想される。
また,チェルノブイリ原子力発電所事故を参考にすると,B発電所の原
子炉から250㎞以上離れた地点においても,高濃度の放射性物質で汚
染される可能性がある。
(ウ)C内閣府原子力委員会委員長(以下「C委員長」という。)名義で
作成された平成23年3月25日付け「B発電所の不測事態シナリオの
素描」(以下,当該資料を「本件資料」といい,本件資料において想定
された事象を「本件シミュレーション」という。)においては,B発電
所の原子炉4号機の使用済核燃料プールにある1535本の燃料棒が
溶融した場合に,半径170㎞の地点までが放射性セシウムで148万
Bq(ベクレル)/㎡の汚染の被害を被るとされているところ,放射性物
質の拡散には天候が影響するから,北風の強く吹く時期にB発電所から
放射性物質が放出された場合には,本件シミュレーションよりもより過
酷な被害が原告の居住する東京都にもたらされる可能性がある。
そもそも,米国の原子力委員会(NRC)が公開した情報によれば,
NRCは,本件シミュレーションよりもより過酷な事故を想定していた
ことが認められること,原子炉事故による健康被害においては,放射性
ヨウ素は,放射性セシウムと並んで最も代表的な核種であり,専門家が
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考慮する際には,決して落とされることのない要素であるにもかかわら
ず,本件シミュレーションにおいては,放射性ヨウ素について何ら触れ
られていないこと,本件資料において,セシウム137による被害結果
を検討する際には,4号機からの放射性物質放出の影響についてしか言
及していないことからすると,本件資料は,C委員長がB発電所に保管
されている1万本以上の燃料の溶融を想定して真に最悪の事態を想定
したにもかかわらず,公文書として登録される前に改ざんされたか,本
件資料とは別に,本件シミュレーションよりもより過酷な事故を想定し
た資料が存在する可能性がある。
(エ)したがって,本件原子炉施設から約220㎞離れた地点に居住する
原告には,本件原子炉に最大に過酷な事故が発生した場合には,重大な
被害を受ける可能性があるというべきである。
(オ)本件原子炉に過酷な事故が発生した場合には,本件原子炉周辺地域
への安全な移動又は居住をすることが困難となるから,原告は,居住移
転の自由を侵害されることになる。したがって,原告は,本件許可処分
により居住移転の自由を十分な理由なくして制約され,権利の侵害を受
けるおそれのある者に該当するから,本件訴えにつき原告適格を有す
る。
オ(ア)被告は,下級審裁判例を根拠として,本件訴えについて原告に原告
適格が認められない旨主張するが,複数の原子炉が同時に爆発事故を起
こす等の事態は,従前の裁判例における原告適格の判断においては想定
されておらず,生じ得る被害の程度も小さく見積もられていたから,下
級審裁判例の射程は限定的に解されるべきである。
(イ)被告は,たとえ本件原子炉の事故により原告の居住する東京都にお
ける空間放射線量が増加することになったとしても,日本国内における
地域差にすぎない程度のものであれば,原告の原告適格を基礎付けるも
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のとはならない旨主張するが,低線量の被ばくであっても健康に対する
リスクを与えるのであるから,原子炉の事故が発生したことにより原告
が健康リスクを余分に負うことになる余地があるのであれば,原告適格
を基礎付ける違法な侵害のおそれがあるといえる。
(ウ)被告は,国際放射線防護委員会(InternationalCommissiononRa
diologicalProtection,以下「ICRP」という。)の諸勧告を重視
しているが,米国科学アカデミーが行った低線量被ばくの生物学的影響
についての包括的研究に関する報告書であるtheBiologicalEffects
ofIonizingRadiation(以下「BEIR」という。)は,ICRPの
勧告においても参照されているところ,BEIRによれば,低線量の被
ばくによる健康被害の危険は,被ばく線量とほぼ比例するとされ,IC
RPの勧告よりも少ない被ばく量でがんが発症する旨の結論が示され
ている。BEIRにおいては,専ら医学的,生物学的観点からのみ検討
されているのと異なり,ICRPの勧告においては,「正当化の原則」
及び「最適化の原則」という社会経済的観点が取り入れられているため,
ICRPの勧告が示す基準に依拠することで原子炉付近に居住する住
民の健康等の個人的法益が十分に保護されるということはできない。
(被告)
ア行政事件訴訟法36条は,処分の無効等確認の訴えを提起することがで
きる者を,当該処分の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する
者に限定しているところ,法律上の利益を有する者とは,当該処分により
自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害
されるおそれのある者をいい,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数
者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それ
が帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣
旨を含むと解される場合には,このような利益も上記の法律上保護された
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利益に当たるというべきである。そして,処分の相手方以外の者について
法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては,当該処分の根拠と
なる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並び
に当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し,この場
合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令
と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,
当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠と
なる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性
質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきである。
イ原子炉規制法は,原子炉設置許可の段階の安全審査において,当該原子
炉の事故等による災害により直接的かつ重大な被害を受けるものと想定
される地域に居住する住民の生命,身体の安全等を,一般公衆のそれとは
区別して,特に配慮し,視野に入れた上で安全審査を行うべきものとして
いると解されるから,原子炉設置許可処分の無効等確認の訴えについて法
律上の利益を有するか否かは,原子炉規制法24条1項3号(技術的能力
に係る部分に限る。)及び4号所定の安全性に関する各審査に過誤,欠落
があった場合に起こり得る原子炉の事故等がもたらす災害により直接的
かつ重大な被害を受けることが想定される範囲の住民に限られるという
べきであり,当該住民の居住する地域が,前記の原子炉事故等による災害
により直接的かつ重大な被害を受けるものと想定される地域であるか否
かについては,当該原子炉の種類,構造,規模等の当該原子炉に関する具
体的な諸条件を考慮に入れた上で,当該住民の居住する地域と原子炉の位
置との距離関係を中心として,社会通念に照らし,合理的に判断すべきも
のである(最高裁判所平成元年(行ツ)第130号同4年9月22日第三
小法廷判決・民集46巻6号571頁,以下「もんじゅ最高裁判決」とい
う。)参照)。
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原子炉規制法24条1項3号(技術的能力に係る部分に限る。)及び4
号に基づく安全審査に過誤,欠落があった場合に起こり得る事故の内容・
程度をどのようなものと考えるべきかについて,もんじゅ最高裁判決は明
示的な判断を示していないが,原子炉規制法24条1項3号(技術的能力
に係る部分に限る。)及び4号に基づく安全審査は,当該原子炉の基本設
計に係る事項(平常時に当該原子炉から空気中又は水中に排出される放射
性物質の周辺環境,特に人体に対する影響とその評価,当該原子炉の事故
防止対策ないし事故対策の審査)を対象とするものであるから,上記安全
審査に過誤,欠落があった場合に起こり得る原子炉の事故の内容・程度も,
当該原子炉の基本設計で設定された種類,構造及び規模等を踏まえ,基本
設計に係る事項の安全審査に過誤,欠落があった場合に起こり得ることが
想定される内容・程度のものを意味するものと考えられる。そして,原子
炉規制法は,原子炉設置許可処分について,各専門分野の学識経験者等を
擁する原子力安全委員会等の科学的・専門的技術的知見に基づく意見を尊
重して行う処分行政庁の合理的な判断に委ねているから,基本設計に係る
事項の安全審査に過誤,欠落があった場合に起こり得ることが通常予想さ
れる原子炉事故とは,各専門分野の学識経験者等の原子炉に関する専門
的,技術的知見を有する者の通念からみて起こり得ると考えられる内容・
程度のものをいうと解すべきであって,そのような専門家集団の通念に照
らして合理的に判断するのが相当であり,単なる抽象的な可能性があるに
すぎない最大規模の事故といったものまでは含まれない。
ウ原告は,本件原子炉から約220㎞もの距離がある遠隔地に居住してい
る。本件原子炉は,電気出力約46万kWの沸騰水型原子炉であり,その出
力は,本件原子炉と同様の沸騰水型軽水炉であるD発電所原子炉,E発電
所1号炉(各110万kW)を下回っており,これらの原子炉から100㎞
を超える距離に居住する者に原告適格が認められた裁判例は存しないこ
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とに照らすと,原告は,本件原子炉の設置許可に当たり行われる原子炉規
制法24条1項3号(技術的能力に係る部分に限る。)及び4号所定の安
全性に関する各審査に過誤,欠落がある場合に起こり得る事故によって,
その生命,身体等に直接的かつ重大な被害を受けることが想定される者に
該当することはできない。
エ(ア)東京都新宿区内における空間放射線量の値は,B発電所事故の影響
によって増加しているが,その増加分が約0.231mSvであることか
らすると,東京都内における空間放射線率に若干の差異があり得ること
を考慮に入れたとしても,原告の居住する○区を含む東京都内におけ
る増加分は日本国内の地域差の範囲内であると考えられる。
また,東京都内のB発電所事故後の1年間における推定積算空間放射
線量約0.534mSvという数値は,ICRP勧告103(ICRP2
007年勧告)において人体の細胞等に影響が生ずる可能性が高いとさ
れる年間100mSvという数値や,緊急時被ばく状況において公衆を防
護するための参考レベルの下限値である年間20mSvという数値を下回
るものであり,生命や身体に直接的かつ重大な被害をもたらすことを示
すものではない。
(イ)また,東京都の金町浄水場において,B発電所事故後である平成2
3年3月22日及び同月23日にそれぞれ採取された水道水から,食品
衛生法に基づく暫定規制値を超える放射性ヨウ素が検出されたが,原子
力安全委員会が策定した「原子力施設等の防災対策について」(以下「防
災指針」という。)が定めた原子力施設等の異常事態発生時における飲
食物の摂取制限に関する指標値は,これを超えた場合に健康被害のおそ
れがあることを意味するものではなく,飲食物の摂取制限措置を講ずる
ことが適切であるか否かの検討を開始するための指標であり,防災指針
の上記指標値に準拠して定められた暫定規制値も,相当の安全性を見込
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んで設定されたものとされており,暫定規制値を超える量の放射性ヨウ
素を含有するものを飲食したからといって,健康被害が生ずるおそれが
あるとされているわけではない。さらに,授乳中の母親が指標値レベル
の飲料水を授乳期間中飲用し続けたとしても,乳児に健康被害が生じる
ことはない。したがって,原告は,B発電所事故によってその生命,身
体等に直接的かつ重大な被害を受けているとは認められない。
(ウ)仮に,本件原子炉の設置許可に当たり行われる原子炉規制法24条
1項3号(技術的能力に係る部分に限る。)及び4号所定の安全性に関
する各審査に過誤,欠落がある場合に起こり得る事故により,原告が直
接的かつ重大な被害には該当しない何らかの被害を受けるおそれがあ
るといい得るとしても,その被害は,原子炉施設の周辺住民が被るおそ
れがあるような「その生命・身体等に対する直接的かつ重大な被害」と
は明らかに質的に異なり,原告適格を基礎付けるものではない。
(エ)本件資料は,その作成の経緯及び目的,記載内容の概要等に照らせ
ば,B発電所事故を前提に,飽くまでも政府の危機管理に万全を期すと
いう観点から,現実にはその発生が想定し難い最悪の事態をあえて想定
して作成されたものであるから,本件訴えに係る原告適格の範囲を適確
に判断するに当たり,本件資料の記載内容に依拠するのは相当ではな
い。すなわち,本件シミュレーションは,B発電所事故後における新た
な連鎖的事象により主としてB発電所4号機の使用済核燃料プールか
ら2炉心分の放射性物質が放出されることを想定したものであり,この
うち土壌汚染等の原因とされたセシウム137の想定放出量は,B発電
所において現に発生した事故の約57倍,チェルノブイリ原子力発電所
事故の約7倍にも相当する甚大なものであって,本件シミュレーション
は現実には極めて起こりにくい大規模なものであるから,本件訴えの原
告適格を論ずる上では,本件資料は参考資料となり得るものではない。
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(オ)また,仮に,本件シミュレーションにより土壌が汚染された範囲等
を前提とした場合であっても,原告の居住する地域付近においては,初
期線量等や積算線量の数値からして,確定的影響(人の組織・臓器の細
胞が損傷して機能喪失等に至るリスク)があるとは認められず,長期被
ばくによるがん発症の確率的影響(確定的影響のしきい値よりも十分低
い線量であっても,線量におよそ比例して線量の増加分とともに上昇す
るリスク)の程度もさしたるものではない。したがって,原告は,本件
原子炉の事故等により起こり得る重大な災害によって,生命,身体に直
接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲の住民には該当し
ない。
(カ)原告が指摘する米国のNRCの公開情報は,いかなる事象の下,ど
のような根拠に基づく計算によって算出されたものであるのかが明ら
かではない上,仮に,NRCが原告が主張するとおりの放射性物質の放
出を想定しているとすると,その放出量は,本件資料における放射性物
質の放出量をはるかに上回ることになるから,NRCは通常起こり得る
内容・程度の原子炉事故を想定してはいないことが明らかである。
(キ)また,原告は,本件資料が作成後に改変された可能性を指摘するが,
そのような事実はない。本件資料において,放射性ヨウ素の放出量が考
慮されなかったのは,使用済核燃料については,放射性ヨウ素が新たに
生成されることはなく,放射性物質による地表汚染の長期的な影響を検
討する上では,半減期が短い放射性ヨウ素を考慮する意味に乏しいため
である。また,本件資料において,B発電所全体から放出される放射性
物質を主として4号機からであると想定したのは,使用済核燃料プール
には建屋以外に遮蔽物がないため燃料の溶融等により多量の放射性物
質がそのまま外部に放出されること,4号機の使用済核燃料プールに保
管されていた使用済燃料は保管期間が比較的短く発熱量が比較的大き
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いことによるものであるから,本件シミュレーションにおいて不合理な
想定がされているわけではない。
(2)本件許可処分につき重大な瑕疵の有無(争点(2))
(原告)
原子炉設置許可処分に際して行う安全性審査に関する全ての資料を処分
行政庁が有していること等の点を考慮すると,まず,処分行政庁の側が原子
炉設置許可処分の適法性を相当程度の根拠及び資料に基づいて主張立証す
べきである。仮に,原告の側で処分の違法性を基礎付ける具体的事実を主張
立証すべきとする立場に立つとしても,本件許可処分の違法性は,本件原子
炉が水素爆発を起こしたという公知の事実のみで十分である。
また,処分の無効を基礎付ける瑕疵の程度としては,その瑕疵が重大であ
ること(重大性)の要件さえ満たせば足り,その瑕疵が明白であること(明
白性)の要件は不要と解すべきである。
(被告)
争う。
第3当裁判所の判断
1原告適格の有無の判断基準及び主張立証責任
(1)行政事件訴訟法36条は,処分の無効等確認の訴えを提起することがで
きる者を,「当該処分の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する
者」に限定しているところ,法律上の利益を有する者とは,当該処分により
自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害さ
れるおそれのある者をいい,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の
具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属
する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含む
と解される場合には,このような利益も上記の法律上保護された利益に当た
るというべきである。そして,処分の相手方以外の者について法律上保護さ
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れた利益の有無を判断するに当たっては,当該処分の根拠となる法令の規定
の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分におい
て考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し,この場合において,当該法
令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関
係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質
を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた
場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様
及び程度をも勘案すべきである(最高裁平成16年(行ヒ)第114号同1
7年12月7日大法廷判決・民集59巻10号2645頁,最高裁平成20
年(行ヒ)第247号同21年10月15日第一小法廷判決・民集63巻8
号1711頁参照)。
(2)原子炉規制法は,原子力基本法の精神にのっとり,核原料物質,核燃料
物質及び原子炉の利用が平和の目的に限られ,かつ,これらの利用が計画的
に行われることを確保し,併せてこれらによる災害を防止して公共の安全を
図るために,製錬,加工及び再処理の事業並びに原子炉の設置及び運転等に
関する必要な規制等を行うことなどを目的として制定されたものである(1
条)。原子炉規制法23条1項に基づく原子炉の設置の許可申請は,内閣総
理大臣に対して行われるが,内閣総理大臣は,同項に基づく許可申請が同法
24条1項各号に適合していると認めるときでなければ許可をしてはなら
ず,また,同項に基づく許可をする場合においては,あらかじめ,同項各号
に規定する基準の適用について原子力安全委員会の意見を聴き,これを尊重
してしなければならないものとされている(24条2項)。原子炉規制法2
4条1項各号所定の許可基準のうち,3号(技術的能力に係る部分に限る。)
は,当該申請者が原子炉を設置するために必要な技術的能力及びその運転を
適確に遂行するに足りる技術的能力を有するか否かにつき,4号は,当該申
請に係る原子炉施設の位置,構造及び設備が核燃料物質(使用済燃料を含
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む。),核燃料物質によって汚染された物(原子核分裂生成物を含む。)又
は原子炉による災害の防止上支障がないものであるか否かにつき,審査を行
うべきものと定めている。原子炉設置許可の基準として,原子炉規制法24
条1項3号(技術的能力に係る部分に限る。)及び4号が設けられた趣旨は,
原子炉が,原子核分裂の過程において高エネルギーを放出するウラン等の核
燃料物質を燃料として使用する装置であり,その稼働により,内部に多量の
人体に有害な放射性物質を発生させるものであって,原子炉を設置しようと
する者が原子炉の設置,運転につき所定の技術的能力を欠くとき,又は原子
炉施設の安全性が確保されないときは,当該原子炉施設の従業員やその周辺
住民等の生命,身体に重大な危害を及ぼし,周辺の環境を放射能によって汚
染するなど,深刻な災害を引き起こすおそれがあることに鑑み,そのような
災害が万が一にも起こらないようにするため,原子炉設置許可の段階で,原
子炉を設置しようとする者の技術的能力の有無及び申請に係る原子炉施設
の位置,構造及び設備の安全性につき十分な審査をし,申請者において所定
の技術的能力があり,かつ,原子炉施設の位置,構造及び設備が上記災害の
防止上支障がないものであると認められる場合でない限り,内閣総理大臣は
原子炉設置許可処分をしてはならないとした点にある。そして,原子炉規制
法24条1項3号所定の技術的能力の有無及び4号所定の安全性に関する
各審査に過誤,欠落があった場合には重大な原子炉事故が起こる可能性があ
り,事故が起こったときは,原子炉施設に近い住民ほど被害を受ける蓋然性
が高く,しかも,その被害の程度はより直接的かつ重大なものとなるのであ
って,特に,原子炉施設の近くに居住する者はその生命,身体等に直接的か
つ重大な被害を受けるものと想定されるのであり,上記各号は,このような
原子炉の事故等がもたらす災害による被害の性質を考慮した上で,右技術的
能力及び安全性に関する基準を定めているものと解される。上記の3号(技
術的能力に係る部分に限る。)及び4号の設けられた趣旨,上記各号が考慮
-16-
している被害の性質等にかんがみると,上記各号は,単に公衆の生命,身体
の安全,環境上の利益を一般的公益として保護しようとするにとどまらず,
原子炉施設周辺に居住し,上記事故等がもたらす災害により直接的かつ重大
な被害を受けることが想定される範囲の住民の生命,身体の安全等を個々人
の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当
である(もんじゅ最高裁判決)。
ふえんして述べると,原子炉規制法は,いわゆる分野別,段階的規制の方
法を採用しており,原子炉設置許可の段階の安全審査は,当該原子炉の基本
設計の安全性に関わる事項を対象とするものと解されるところ(最高裁昭和
60年(行ツ)第133号平成4年10月29日第一小法廷判決・民集46
巻7号1174頁),原子炉規制法による上記の規定によりその個別的利益
が配慮されるものと解される住民の範囲については,このような基本設計に
ついての安全審査において,どの範囲の周辺地域・住民の生命,身体等の安
全等を,一般公衆のそれとは区別して特に配慮をし,視野に入れた上で安全
審査を行うべきものとしているかという観点から検討すべきことになる。原
子炉規制法24条1項4号にいう「核燃料物質(使用済燃料を含む。),核
燃料物質によって汚染された物(原子核分裂生成物を含む。)又は原子炉に
よる災害」とは,上記のとおり,原子炉事故等によって上記放射性物質等が
原子炉の外部に放出されることにより,原子炉施設の従業員及びその周辺住
民等の生命,身体等に対し,重大な危害を及ぼし,周辺の環境を放射能によ
って汚染するなどの深刻な事態を引き起こすことを意味する。そして,原子
炉事故による災害や放射線被ばくによる被害の性質からすれば,炉心溶融等
の原子炉の大事故を想定した場合,原子炉から放出される放射性物質から発
せられる放射能により何らかの健康被害を受けるおそれのある者は,広範囲
に及ぶことが推測される。しかしながら,原子炉の事故等による災害により
被害を受ける蓋然性や,受ける被害の程度,深刻さは,原子炉施設の周辺に
-17-
居住する者と原子炉施設から遠く離れた場所に居住する者とでは,明らかに
差異があり,この差異は質的に異なるものというべきである。そうすると,
原子炉規制法は,原子炉の設置許可の段階の安全審査において,当該原子炉
の事故等による災害により直接的かつ重大な被害を受けるものと想定され
る地域に居住する住民の生命,身体の安全等を,一般公衆のそれとは区別し
て,特に配慮し,視野に入れた上で安全審査を行うべきものとしていると解
されるのであって,原子炉設置許可処分の無効等確認の訴えについて法律上
の利益を有するのは,原子炉規制法24条1項3号(技術的能力に係る部分
に限る。)及び4号所定の安全性に関する各審査に過誤,欠落があった場合
に起こり得る原子炉の事故等がもたらす災害により直接的かつ重大な被害
を受けることが想定される範囲の地域に居住する住民に限られるというべ
きである。
そして,当該住民の居住する地域が,前記の原子炉事故等による災害によ
り直接的かつ重大な被害を受けるものと想定される地域であるか否かにつ
いては,当該原子炉の種類,構造,規模等の当該原子炉に関する具体的な諸
条件や原子炉事故等が生じた場合に合理的に予測される事態等を考慮に入
れた上で,当該住民の居住する地域と原子炉の位置との距離や位置関係を中
心として,社会通念に照らし,合理的に判断すべきである(もんじゅ最高裁
判決参照)。もっとも,原告適格の有無の判断は,本来,訴訟の入口の段階
で問題となるものであるから,想定される原子炉事故の規模,当該事故によ
る放射性物質の放出量及びこれによりどの程度の健康被害を当該原告が受
けるか等についての当事者双方の詳細な主張立証を経た上で判断するのは
相当ではなく,原告適格の有無の判断は,社会通念によるある程度大まかな
判断が許容されると解すべきであるが,社会通念に照らし合理的に判断する
ためには,原子炉規制法24条1項3号(技術的能力に係る部分に限る。)
及び4号所定の安全性に関する各審査に過誤,欠落があった場合に起こり得
-18-
る原子炉事故等の内容,程度,原子炉の事故等により放出される放射性物質
の種類,量,それらの放射性物質が身体,生命等に与える影響の有無,程度
等に関する基礎的な科学的,専門技術的な知見を基に想定せざるを得ない。
なお,原告は,国は国民一般の生命,健康をリスクから保護する義務を負
っているから,上記の法律上の利益には,上記の国民一般が有する生命,健
康をリスクから保護される利益が含まれ,国が原子炉設置許可処分をする際
に国民一般のリスクから保護される利益を侵害したといえる場合には,当該
国民は,原子炉設置許可処分の無効等確認の訴えの原告適格を有する旨主張
するが,原告の主張は,原告適格の有無を判断する基準となる「法律上の利
益」について,不特定多数者である国民一般が有する生命,健康をリスクか
ら保護される利益であるという点のみに着目し,それが専ら一般的公益では
なく個々人の個別的利益として保護されているか否かという点(「リスクか
らの保護義務」を考える場合にも,根拠規定を始めとする諸規定が行政庁に
「リスクからの保護義務」を課すものと認められるか否かは問題となる(前
掲・最高裁平成17年12月7日大法廷判決の藤田宙靖裁判官の補足意見参
照)。),また,ここでの問題である保護される範囲はどうかという点を捨
象している点で独自の見解であって,採用することはできない。
また,原告は,処分により侵害される「自己の権利」には,憲法上の権利
も含まれ,本件原子炉に過酷な事故が発生した場合には本件原子炉周辺地域
への安全な移動又は居住をすることが困難となり,居住移転の自由を侵害さ
れることになるため,本件訴えにつき原告適格を有する旨主張するが,本件
原子炉の原子炉規制法24条1項3号(技術的能力に係る部分に限る。)及
び4号所定の安全性に関する各審査に過誤,欠落があった場合に起こり得る
原子炉の事故等がもたらす災害により,本件原子炉周辺地域への安全な移動
又は移動が制限されるのは,本件原子炉施設の周辺住民に限られず,原告の
主張を前提とすると,結局,いかなる者でも本件許可処分の無効等確認の訴
-19-
えを提起することができることになるから,原告の主張は,原告適格の有無
を判定する基準としての意味を成しておらず,独自の見解であって採用する
ことはできない。
さらに,原告は,原子炉設置許可処分の無効確認等の訴えの原告適格につ
いては,経験則上,一見明白に原子炉等による災害による被害を受けないと
認められる者を除いては,当該周辺住民個人について,逐一原子炉からの距
離や災害等の態様などを考慮するなどして原告適格の有無を判定すること
なく原告適格を認めるのが相当である旨主張するが,上記のとおり,原子炉
に起こり得る事故等がもたらす災害は,当該原子炉からの距離により大きく
左右されるものであるから,社会通念に照らしたある程度大まかな判断が許
容されるとはいえ,当該原子炉の種類,構造,規模等の当該原子炉に関する
具体的な諸条件を考慮に入れた上で,当該住民の居住する地域と原子炉の位
置との距離や位置関係を中心として判断されるべきであるところ,原告の主
張は,後記(3)で説示するところを超えて,原子炉からの距離を具体的に検
討するまでもなく原告適格を認めるべきであるとしている点で独自の見解
であって,採用することはできない。
(3)原告適格は公益的意義を有する訴訟要件であり,その有無は職権調査事
項であるが,その判断の基礎となる資料の収集については弁論主義の適用が
あり,原告適格の有無が問題となる場合には,原告が原告適格を有すること
を基礎付ける事実につき主張立証責任を負うものと解すべきである。しかし
ながら,原子炉設置許可処分の無効等確認の訴えの原告適格の有無を判断す
るためには,本件原子炉の原子炉規制法24条1項3号(技術的能力に係る
部分に限る。)及び4号所定の安全性に関する各審査に過誤,欠落があった
場合に起こり得る原子炉の事故等の内容,程度,原子炉の事故等により放出
される放射性物質の種類,量,それらの放射性物質が身体,生命等に与える
影響の有無,程度等を想定する必要があるが,これらの事項を合理的に想定
-20-
するためには,科学的,専門技術的な知見が必要となるところ,原子炉規制
法が,原子炉設置許可処分につき,各専門分野の学識経験者等を擁する原子
力安全委員会の科学的・専門技術的知見に基づく意見を尊重してしなければ
ならないものとし(原子炉規制法24条2項),原子炉の安全性審査の際に
は原子力安全委員会の意見その他の科学的・専門技術的知見を踏まえて設置
許可の許否を判断していることからすると,原子炉設置許可権限を有する内
閣総理大臣(及びその事務を承継した原子力規制委員会)は,その権限行使
の過程等において上記の科学的・専門的知見を取得し保有しているものと考
えられる。したがって,原告が原子炉設置許可処分の無効等確認の訴えにつ
いて原告適格を有することを基礎付ける事実を一定程度主張立証した場合
には,処分行政庁の属する被告(国)の側において,原告の主張立証が合理
的なものでないことを主張立証しない限り,原告適格を肯定すべきものと考
えられる。
2想定すべき事故の内容及び程度
(1)次に,原告適格の有無,すなわち原告の居住する地域が本件原子炉の原子
炉規制法24条1項3号(技術的能力に係る部分に限る。)及び4号所定の
安全性に関する各審査に過誤,欠落があった場合に起こり得る原子炉の事故
等がもたらす災害により直接的かつ重大な被害を受けることが想定される
範囲の地域であるか否かを判断するに当たって,上記事故等をどのようなも
のと想定すべきかを検討する。
この点,被告は,原子炉規制法24条1項3号(ただし,技術的能力に関
する部分に限る。)及び4号所定の技術的能力に係る安全審査に過誤,欠落
があった場合に起こり得る原子炉の事故の内容・程度も,当該原子炉の基本
設計で設定された種類,構造及び規模等を踏まえ,各専門分野の学識経験者
等の原子炉等に関する専門的,技術的知見を有する者の通念からみて起こり
得ると考えられる内容・程度のものを意味する旨主張する。
-21-
しかしながら,原子炉規制法24条1項3号(技術的能力に係る部分に限
る。)及び4号所定の安全性に関する各審査に際して用いられる安全設計上
の指針等は,各種の安全各専門分野の学識経験者等の知見を踏まえ,原子炉
における事故発生防止のための設備に関して各種の基準を設けているとこ
ろ,原子炉の安全性に関する各審査に過誤,欠落がある場合には,当該原子
炉が安全設計上の指針等において必須とされている設備の設計基準を満た
していない場合のみならず,当該原子炉が安全設計上の指針等において必須
とされている設備の設計基準を満たしているものの,そもそも安全設計上の
指針等の策定が不適切である場合も含まれるというべきである。そして,当
該安全設計上の指針等の策定が誤っていた場合に当該指針等を策定する際
に前提とされていなかった事象が生じたときには,当該指針等そのものは適
切なものであったが安全審査に過誤,欠落があった場合と比較するとより過
酷な原子炉事故が発生する可能性が高いものと推定される。そうすると,仮
に,被告の主張が,原子炉の安全性に関する各審査に過誤,欠落がある場合
に起こり得る原子炉の事故等の程度を上記の安全設計上の指針等において
必須とされている設計基準を満たしていない場合に起こりうる事故等の程
度というように限定的に解するものであるとすれば,原子炉設置許可処分の
無効等確認の訴えの原告適格を有する者の範囲を不当に狭く解するもので
あって相当ではない。
もっとも,原告適格の有無を判断するに際し,原子炉の安全性に関する各
審査に過誤,欠落がある場合には,上記の安全設計上の指針等そのものが不
適切である場合も含まれるものと解するとしても,それにより生じ得る原子
炉事故について,社会通念上合理的といえる想定の範囲を超えて,単におよ
そ抽象的に発生する可能性のある最大規模の事故を想定するというのは相
当ではない。
以上によれば,原告適格の有無を判断する前提として想定する当該原子炉
-22-
に起こり得る事故とは,当該原子炉の原子炉規制法24条1項3号(技術的
能力に係る部分に限る。)及び4号所定の安全性に関する各審査に過誤,欠
落があった場合に,社会通念上合理的に想定し得る過酷な事故と解すべきで
ある。
(2)次に,本件原子炉に発生することが社会通念上合理的に想定し得る過酷
な事故とはどのようなものか,当該過酷な事故により,どの程度の放射性物
質が放出されることになるのかについて,以下,検討する。各末尾掲記の各
証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
アB発電所事故の概要等
(ア)B発電所の設備の概要
B発電所は,平成23年3月当時,6基の原子炉を有し,総発電設備
容量は469万6000kWであった。各原子炉の発電設備の内容は,
次のとおりである。(乙24・Ⅳ-1頁)
1号機2号機3号機4号機5号機6号機
電気出力(万kW)46.078.478.478.478.4110.0
建設着工1967/91969/51970/101972/91971/121973/5
営業運転開始1971/31974/71976/31978/101978/41979/10
原子炉型式BWR-

BWRー4BWRー5
格納容器形式マークⅠマークⅡ
燃料集合体数(体)400548548548548764
制御棒本数(体)97137137137137185
(イ)B発電所事故の概要
-23-
東北地方太平洋沖地震及びその直後に到達した津波により,B発電所
1号機ないし3号機の各原子炉において,外部回線が断絶したり,非常
用ディーゼル機器が使用不能になったりして全交流電源が長時間にわ
たって喪失したために,原子炉の冷却機能が失われた結果,原子炉炉心
がいずれも損傷し,1号機及び3号機において水素ガスによるものと思
われる爆発が起こって原子炉建屋が損壊し,2号機及び4号機において
も水素ガスによるものと思われる爆発が起こり,放射性物質が大気中に
放出された。(乙24・Ⅳ-36頁ないしⅣ-75頁,乙23・165
頁,198頁)。
1号機の原子炉建屋で水素爆発が発生した後,1号機では消防ポンプ
による淡水及び海水の注入がされ,淡水の注水に切り替えられた後,仮
設電動ポンプによる注水が行われた。2号機についても,消防ポンプを
用いた淡水及び海水の注入がされ,淡水の注入に切り替えられた後,仮
設電動ポンプによる注水が行われた。3号機については,高圧注水系(H
PCI)が停止した後に,原子炉格納容器の圧力を下げるためウェット
ベントがされ,淡水及び海水の注水がされ,淡水の注水に切り替えられ
たのち,仮設電動ポンプによる注水が行われた。(乙24・Ⅳー38,
52,64,65頁)
なお,5号機及び6号機は,B発電所事故当時定期検査中であり,5
号機は,全交流電源が喪失し冷却用海水ポンプが機能喪失したために崩
壊熱を最終的な熱の逃がし場(以下「最終ヒートシンク」という。)で
ある海に移行させることができない状態になったが,6号機の非常用電
源から電源融通を受けて復水移送ポンプを使用しての原子炉内への注
水が可能になるなどして冷温停止状態となり,6号機は,非常用電源1
台の運転が継続されたために5号機と同様に冷温停止状態となった。
(乙24・Ⅳ-82,84頁)
-24-
B発電所事故当時,B発電所に貯蔵されていた燃料等の量は,次のと
おりである(共用プールは,1号機ないし6号機共用の使用済燃料プー
ルである。)。(乙24・Ⅳ-29,86頁)
4号機の使用済燃料プールに保管されていた使用済燃料に含まれて
いる総核種の総放射能量は,2.2×1019
Bq,セシウム137の組成
量は,8.84×1017
Bqである。(乙32・114頁)
号機地震発生前の状態
1号機原子炉運転中(燃料400体)
使用済燃料プール392体(うち新燃料100体)
2号機原子炉運転中(燃料548体)
使用済燃料プール615体(うち新燃料28体)
3号機原子炉運転中(燃料548体うちMOX燃料32体)
使用済燃料プール566体(うち新燃料52体,MOX燃料0体)
4号機原子炉定期検査中(平成22年11月29日解列,全燃料取出中,
プールゲート閉,原子炉ウェル満水)
使用済燃料プール1535体(うち新燃料204体)
5号機原子炉定期検査中(平成23年1月2日解列,RPV耐圧試験中
,RPV上蓋閉)
使用済燃料プール994体(うち新燃料48体)
6号機原子炉定期検査中(平成22年8月13日解列,RPV上蓋閉)
使用済燃料プール940体(うち新燃料64体)
共用プール6375体(号機プールにて19か月以上貯蔵)
イ原子炉施設の安全審査基準
-25-
原子炉の安全審査については,安全評価指針において原子炉施設の安全
設計及びその評価に当たって考慮すべき事象が抽出されており,これらが
設計基準事象とされている。B発電所事故に関連する外部電源喪失,全交
流電源喪失及び最終ヒートシンクへ熱を輸送する系統に関する設計基準
事象は,次のとおりである。
安全評価指針は,外部電源喪失を運転時の異常な過渡変化の一つとして
取り上げ,対応する安全設備の適切性の確認を行うこととしているが,安
全設計審査指針は,全交流電源喪失を設計基準事象として要求していな
い。その理由は,交流電源として非常用電源系を高い信頼性を備えた設計
とするよう要求しているためである。具体的には,「発電用軽水型原子炉
施設の安全機能の重要度分類に関する審査指針(以下「重要度分類指針」
という。)は,非常用電源系を重要度の特に高い安全機能を有する系統に
分類し,安全設計審査指針の指針9(信頼性に関する設計上の考慮),指
針48(電気系統)などにより,多重性又は多様性及び独立性を備えた設
計による高い信頼性を要求し,耐震設計審査指針は,地震時に機能喪失し
ないことを求めていることを踏まえ,安全設計審査指針の指針27(電源
喪失に対する設計上の考慮)は,「原子炉施設は,短期間の全交流動力電
源喪失に対して,原子炉を安全に停止し,かつ,停止後の冷却を確保でき
る設計であること」としているが,同指針27の解説は,「長期間にわた
る全交流動力電源喪失は,送電線の復旧又は非常用交流電源設備の修復が
期待できるので考慮する必要はない」とし,「非常用交流電源設備の信頼
度が系統構成又は運用により十分高い場合においては,設計上全交流電源
喪失を想定しなくてよい」としている。このため,事業者は,非常用ディ
ーゼル発電機を独立2系統設置し,仮に非常用ディーゼル発電機が1台故
障した場合には他方の1台を起動することとし,故障が長時間に及んだ場
合には原子炉を停止することとしている。
-26-
また,全ての海水冷却系の機能が喪失する事象は,設計基準事象として
要求されていない。これは,非常用電源系と同様に,重要度分類指針は,
海水ポンプを重要度の特に高い安全機能を有する系統に分類し,安全設計
審査指針の指針9(信頼性に関する設計上の考慮),指針26(最終的な
熱の逃し場へ熱を輸送する系統)などは,多重性又は多様性及び独立性を
備えた設計による高い信頼性を要求するとともに,耐震設計審査指針が,
地震時に機能喪失しないことを求めているためである。
水素爆発については,設計基準事象としては,事故事象として原子炉冷
却材喪失時の原子炉格納容器内の可燃性ガスの発生が想定されている。こ
れに対応するため,安全設計審査指針の指針33(格納施設雰囲気を制御
する系統)に基づき,原子炉格納容器(PCV)内の水素燃焼を防止する
可燃性ガス濃度制御系(FCS)が設置されている。また,原子炉格納容
器内を不活性な雰囲気に保つことで,水素燃焼が発生する可能性を更に低
減させているが,これらは,原子炉格納容器(PCV)の健全性確保の観
点から原子炉格納容器(PCV)内での水素燃焼を防止することが目的で
あり,原子炉建屋内での水素燃焼防止を目的としていない。(乙24・Ⅳ
-4,5頁)
ウB発電所の外部電源等に関する設計
B発電所においては,外部電源は,2回線以上の送電線により電力系統
に接続された設計とされ,外部電源喪失に対応する非常用電源は,非常用
ディーゼル発電機が多重性及び独立性を持って設置されている。さらに,
短時間の全交流電源喪失に対応するため,非常用直流電源(蓄電池)が設
置され,多重性及び独立性を有している。また,復水器による冷却ができ
ない場合の炉心の冷却を高圧の状態で行う設備として,1号機には非常用
復水器(IC)と高圧注水系(HPCI)が,2号機及び3号機には高圧
注水系と原子炉隔離時冷却系(RCIC)が設置されている。低圧の状態
-27-
で炉心冷却を行う設備としては,1号機には炉心スプレイ系(CS)と原
子炉停止時冷却系(SHC),2号機及び3号機には残留熱除去系(RH
R)と低圧注水系として炉心スプレイ系(CS)がそれぞれ設置されてい
る。さらに,原子炉圧力容器(RPV)につながる主蒸気管には,原子炉
蒸気を圧力抑制室(S/C)に排出する主蒸気逃し安全弁(SRV)及び
原子炉蒸気を原子炉格納容器(PCV)のドライウェル(D/W)に排出
する安全弁が設置されており,主蒸気逃し安全弁(SRV)は自動減圧装
置の機能を有している。最終ヒートシンクとしては,1号機は原子炉停止
時冷却系(SHC),2号機及び3号機は残留熱除去系(RHR)にある
熱交換器で,それぞれ海水冷却系により供給される海水を利用して冷却さ
れる。水素爆発に関しては,原子炉格納容器内(PCV)を窒素雰囲気に
保つこととし,原子炉格納容器(PCV)の水素燃焼を防止するため,可
燃性ガス濃度制御系(FCS)が設置されている。(乙24・Ⅳ-5,6
頁)
エB発電所事故後の放射性物質の飛散状況
(ア)原子力安全委員会は,平成23年4月12日,環境モニタリング等
のデータと大気拡散計算から大気中への放出量を逆推定する手法によ
り,B発電所事故により,同年3月11日から同年4月5日までに大気
中へ放出された放射性物質の量の推定的試算値をヨウ素131につき
1.5×1017
Bq,セシウム137につき1.2×1016
Bqであると発
表した。(乙33)
(イ)原子力安全委員会は,平成23年8月24日,上記(ア)の推定的試
算値を再試算した結果,B発電所事故により,同年3月11日から同年
4月5日までに,大気中へ放出された放射性物質の量の推定的試算値を
ヨウ素131につき1.3×1017
Bq,セシウム137につき1.1×
1016
Bqであると訂正した。(乙34)
-28-
(ウ)政府は,下記3(1)カ(エ)のICRP勧告103(ICRP200
7年勧告)において示された「参考レベル」の数値を考慮して,各地の
空間放射線量率の調査結果等を参考に,B発電所から20㎞以遠で,B
発電所事故から1年間の推定積算放射線量が20mSv以上に達するおそ
れのある区域を計画的避難区域と設定した。同区域のうちB発電所から
最も遠方となるのは,B発電所から約47㎞の地点(福島県相馬郡α)
である。(乙36・27頁,公知の事実)
(エ)原子力安全・保安院は,平成23年4月12日,B発電所事故につ
き,INES(国際原子力機関(IAEA)及び経済協力開発機構の原
子力機関(OECD/NEA)が,原子力施設等の個々の事故・トラブ
ルについて,それが安全上どのような意味を持つものかを簡明に表現で
きるような指標として策定したもの)の評価基準に基づき,レベル7と
暫定評価した。(乙18の1)
ただし,B発電所事故と同じくINES評価でレベル7であるチェル
ノブイリ発電所事故を比較すると,B発電所事故により放出された放射
線量はチェルノブイリ原子力発電所事故により放出された放射線量の
約7分の1ないし10分の1である。(乙35の2,乙18の1,乙3
6・13頁)
(オ)原子力安全・保安院は,平成23年4月14日,上記(エ)において
B発電所事故において放出されたものと推定した放射線量につき,その
推定の元となった東北地方太平洋沖地震によりB発電所の各原子炉が
停止した当時の放射性ヨウ素の量が6.1×1018
Bq,セシウム137
の量が7.1×1017
Bqであると公表した。(甲39)
オ本件資料及び本件シミュレーション
(ア)本件資料は,B発電所事故が発生したことを受け,菅直人内閣総理大
臣(当時)がF内閣総理大臣補佐官(当時)と協議する中で,「本当の
-29-
最悪のシナリオ」とは何かということを政府として検討すべきであると
いうことになり,「相当想定をしにくい」最悪の事態をあえて想定して,
当該事態に至るプロセスを解析し,「万々が一」にそのような最悪の事
態が生じた場合であっても万全の対策を講ずることなどを目的として,
同内閣総理大臣の指示に基づき,C委員長が作成したものとされている。
(乙22)
(イ)本件資料では,上記(ア)の目的に沿って,以下のとおり,B発電所事
故における新たな事象の発生を仮定している。
すなわち,本件資料では,最悪の事態として,B発電所事故において,
作業員が事故の発生した原子炉や使用済燃料プールへ接近することがで
きない状況に陥り,注水がおよそ不可能となって原子炉及び使用済燃料
プールの冷却ができなくなり,1号機ないし4号機からの放射性物質の
外部放出事故が連鎖的に発生するという仮想のシナリオを設定してい
る。具体的には,まず,①既に原子炉建屋上部で水素爆発と思われる
爆発が発生していた1号機の原子炉圧力容器内又は原子炉格納容器内に
おいて,新たに水素爆発が発生して放射性物質が放出され,1号機への
注水が不能となり,圧力や温度の上昇によって原子炉格納容器が破損す
るに至り,原子炉圧力容器外に移行した放射性物質が更に放出され,②
放射線量の上昇によって1号機ないし4号機の各原子炉等の冷却作業
に当たるべき作業員が総退避を余儀なくされる事態を仮定した。その上
で,この場合に,人的対応が不能となることを前提に,③2号機及び
3号機においても,原子炉への注水・冷却が不能となるとともに,④4
号機の上層階にある使用済燃料プールへの注水も不能となって,同プー
ル内の燃料(平成23年3月当時,4号機は定期検査が実施されており,
使用済燃料1331体及び未使用燃料204体が保管されていた。)が水
位低下により露出し,核燃料と被覆管のギャップ(間隙)に内包された希
-30-
ガス等の放射性物質(ギャップ放射能)の放出が始まり,また,冷却不足
によって燃料の破損,溶解が生じ,溶融した燃料とプール底面のコンク
リートとの相互作用(溶融燃料コンクリート相互作用。以下「MFCI」
という。)によってコンクリートが浸食されて床コンクリートが抜け落
ち,溶融燃料,溶融被覆管及びコンクリート等の混合体(コリウム)が下
層階に落下し,放射性物質が外部に放出され,さらに,⑤2号機及び
3号機の各原子炉格納容器も破損して,原子炉圧力容器外に移行した放
射性物質が放出され,⑥1号機ないし3号機の各使用済燃料プール内
においても,上記④と同様の事態が生じて放射性物質が外部に放出され
る,という事象の連鎖の発生を想定したものである。
(ウ)本件資料は,本件シミュレーションにより放射性物質の放出に至る
放出シーケンス(時系列)について,以下の想定をしている。
すなわち,最初に1号機で水素爆発が発生し,その後6日目に4号機
のギャップ放射能放出が始まり,8日目に2号機及び3号機の各原子炉
格納容器が破損し,3号機では14日目に,2号機では35日目に,1
号機では172日目に,それぞれギャップ放射能放出が始まること,4
号機では14日目から18日目までの間,2号機では58日目から69
日目までの間,3号機では67日目から93日目までの間,1号機では
294日目から354日目までの間,それぞれMFCIが起こり,使用
済燃料プールから放射性物質が放出されることが想定されている。(乙
21・9,10頁)
(エ)本件資料は,前記(イ)の①ないし⑥の事象の全てが起こった場合に放
出される放射性物質の総量について,主に4号機の使用済燃料プールか
ら1炉心分ないし2炉心分相当の放射性物質が放出されることを想定し
ている。(乙21・11,12頁)
(オ)本件資料11頁の表は,上記(ウ)の放出シーケンスに即して,横軸に,
-31-
1号機での水素爆発,2号機及び3号機での各原子炉格納容器破損,4
号機の使用済燃料プールにおけるMFCIによる1炉心分ないし2炉
心分の放射性物質放出の各事象を示し,縦軸に,これらの事象が起こっ
てから7日間の放射性雲からの外部被ばく,地表沈着からの外部被ばく
及び吸入による内部被ばくによる実効線量の合計を,指標線量の区分に
沿って,10mSv(屋内退避),50mSv(避難),100mSvと3段階に
分け,上記各事象が起こった場合に指標線量を超える領域の範囲をそれ
ぞれB発電所からの距離で示している。(乙21・11頁)
(カ)本件資料12頁の表によれば,上記(イ)の①ないし⑥の全ての事象が
生じたことを前提に,1炉心分ないし2炉心分の放射性物質が放出され
ることを想定した場合に,土壌汚染に伴う移転勧告,自主移転容認の対
象となる領域の範囲が,以下のとおり示されている。
まず,地表汚染濃度の指標となる数値については,チェルノブイリ事
故後に設けられた基準(以下「チェルノブイリ基準」という。)を参考に,
セシウム137の地表汚染濃度(放射性物質の一種であるセシウム13
7が地表にどの程度付着しているかを示すもの)の指標が1480kBq
(キロベクレル)/㎡を超える領域を移転勧告を行うべき領域(強制移
転)とし,555kBq/㎡を超える領域を,年間線量が自然放射線レベル
を大幅に超えることをもって移転を希望する場合は,これを容認すべき
領域(任意移転)としている。上記の表は,この二つの地表汚染濃度の指
標を縦軸に取り,横軸に1炉心分,2炉心分の放射性物質の放出量に応
じた強制移転,任意移転の対象領域の範囲をB発電所からの距離で表示
したものである。すなわち,セシウム137の地表汚染濃度が1480
kBq/㎡を超える領域は,1炉心分の放射性物質が放出された場合には
B発電所から110㎞の領域と想定され,2炉心分の放射性物質が放出
された場合には,同発電所から170㎞の領域と想定されている。また,
-32-
セシウム137の地表汚染濃度が555kBq/㎡を超える領域は,放出
された放射性物質が1炉心分の場合には,同発電所から200㎞の領域
と想定され,放出された放射性物質が2炉心分の場合には,同発電所か
ら250㎞の領域と想定されている。(乙21・12頁)
(キ)本件資料13頁の左側の図は,縦軸に線量率(mSv/年)を,横軸に
事故からの経過年数(年)を取り,そこに初期濃度(事故からの経過年
数「0」の時点における地表汚染濃度のこと。以下同じ。)1480kB
q/㎡,初期濃度555kBq/㎡という地表汚染濃度の場所における人の
線量率を置いて,それらが事故からの経過年数によってどの程度減衰す
るかを示したものである。同図では,初期濃度1480kBq/㎡の場所
について,初期線量率(線量率とは,年当たりの実効線量をいう。)は
約95mSv/年,これが1年後には線量率が約45mSv/年まで減衰する
こと,初期濃度555kBq/㎡の場所について,初期線量率は約37mSv
/年,これが1年後には線量率が約18mSv/年まで減衰することが示
されている。(乙21・13頁)
なお,同図に掲記された「10mSv/年-ICRPPub.82で居住上
問題ないとされるレベル」との記載は,後記3(2)カ(ウ)のとおり,I
CRP1999年勧告において,一般参考レベルで,現存年線量がそれ
以下では介入が正当化されそうにないとされている値である10mSv/
年に満たないレベルを意味する。(乙27・xv頁,36頁,53頁)
(ク)本件資料13頁の右側の図は,縦軸に積算線量(mSv実効線量の累
積値)を,横軸に事故からの経過年数(年)を取り,そこに初期濃度1
480kBq/㎡(初期線量率約95mSv/年)と初期濃度555kBq/㎡
(初期線量率約37mSv/年)を置いて,それらの経過年数に応じた積算
線量を示したものである。
初期濃度1480kBq/㎡(初期線量率約95mSv/年)の場合の経過
-33-
年数ごとの積算線量は,5年で約185mSv,10年で約235mSv,2
0年で約300mSv,40年~60年で380mSv~420mSv,70年
で約435mSvである。また,初期濃度555kBq/㎡(初期線量率約3
7mSv/年)の場合の経過年数ごとの積算線量は,5年で約70mSv,1
0年で約90mSv,20年で約110mSv,40年~60年で140mSv
~160mSv,70年で約165mSvである。
なお,同図の上部に掲記された「移転領域に留まった場合の積算線量
の意味生涯1Sv-ICRPの作業者の線量限度相当あるいはこれ以
上でほとんど常に永久移転が正当化されるレベル」のうちの,「生涯1
Sv-ICRPの作業者の線量限度相当」とは,ICRP1990年勧告
が作業時に受ける放射線による被ばくの線量限度を生涯線量で1Sv
(1000mSv)としていることを示すものであり,後記3(1)カ(ア)のと
おり,ICRP1990年勧告は,生涯線量1Sv相当あるいはこれ以上
の生涯線量となる被ばくレベルを「ほとんど常に永久移転が正当化され
るレベル」としている。
(ケ)本件資料の最終頁には,前記(イ)の連鎖的事象の全てが発生した場
合,「強制移転をもとめるべき地域が170㎞以遠にも生じる可能性
や,年間線量が自然放射線レベルを大幅に超えることをもって移転を希
望する場合認めるべき地域が250㎞以遠にも発生することになる可
能性がある。」(上から四つ目の・)との記載がある。
上記の「年間線量が自然放射線レベルを大幅に超えることをもって移
転を希望する場合認めるべき地域」とは,本件資料12頁の表で,2炉
心分の放射性物質が放出したことを想定した場合に,建物等の遮へい効
果を考慮しない場合は,地表汚染の初期濃度が555kBq/㎡(初期線量
率約37mSv/年)で,任意移転の対象とされる領域が,B発電所から2
50㎞以遠に及ぶ可能性があることを意味する。
-34-
カチェルノブイリ原子力発電所事故
チェルノブイリ原子力発電所事故では,大気中に放出されたセシウム1
37の量は,85×1015
Bqとされている。(乙35の2)
キ「原子炉施設に対する攻撃の影響に関する一考察」
財団法人Gは,昭和59年2月,外務省国際連合局軍縮課の委託を受け
て調査研究を行った結果を「原子炉施設に対する攻撃の影響に関する一考
察」と題する報告書として提出した。(乙12)
上記調査研究は,原子炉施設に対する攻撃が行われた場合の影響を知る
ために委託されたものであり,上記報告書では,発電用原子炉(加圧水型
(PWR),沸騰水型(BWR))を念頭に置き,原子炉施設に対する攻
撃による被害のシナリオとして,補助電源喪失(シナリオⅠ),格納容器
破壊(シナリオⅡ),原子炉の直接破壊(シナリオⅢ)の三つを挙げ,シ
ナリオⅡの格納容器が破損し,冷却材喪失事故が発生し,非常用炉心冷却
系や電源系統も破壊されるなどして炉心溶融に至り,既に破損した格納容
器を通り抜けて大気中に放射性物質が拡散する事態を想定して被害を推
定している。(乙12・10ないし15頁)
上記報告書では,シナリオⅡの場合に,112万kwの出力を有する軽水
炉の格納容器が破壊され,放射性ヨウ素の45%,セシウムの67%等,
大量の放射性物質が炉心溶融後極めて短時間に大気中に拡散する状況を
想定した上,様々な気象条件を仮定して,急性死亡者数やがんによる死亡
者数,土地利用の制限がされる距離等の推定がされている。長期にわたる
土地利用制限(農作物等の土地利用及び居住の禁止)がされるのは,気象
条件について平均した結果では原子炉から19マイル(約30.57㎞),
99パーセンタイル(気象条件によって100回に1回程度の確率でこの
レベルをさらに超えることもあり得るという意味で,ほぼ最高値とみなし
てよいもの)では原子炉から54マイル(約86.90㎞)とされている。
-35-
(乙12・19ないし22頁)
(3)検討
ア前記(2)ア(イ)のとおり,B発電所事故は,東北地方太平洋沖地震及び
その直後に到達した津波により,B発電所1号機ないし3号機の各原子炉
において全交流電源が長時間にわたって喪失したために,原子炉の冷却機
能が失われた結果,原子炉炉心がいずれも損傷し,水素ガスによるものと
思われる爆発により原子炉建屋が損壊するなどして放射性物質が外部に
放出されたという事故であるところ,前記(2)イのとおり,原子炉の安全
審査において原子炉施設が備えているべき安全性に係る設計基準事象を
定めた安全設計審査指針は,短期間の全交流動力電源喪失に対して,原子
炉を安全に停止し,かつ,停止後の冷却を確保できる設計であることを要
求しているものの,長期間にわたる全交流動力電源喪失は設計基準事象と
して要求していないこと,海水ポンプについて多重性又は多様性及び独立
性を備えた設計にすることを要求しているものの,全ての海水冷却系の機
能が喪失する事象は設計基準事象として要求していないこと,水素爆発に
ついては,設計基準事象として原子炉格納容器内での可燃性ガスの発生を
想定して原子炉格納容器内での水素燃焼を防止するための設計をするこ
とを求めているものの,それは原子炉建屋内での水素燃焼防止を目的とし
たものではないことが認められるから,B発電所事故は,原子炉の安全審
査において原子炉施設が備えているべき安全性に係る設計基準事象を定
めた安全設計上の指針等において想定されていなかった事象により発生
したものということになるが,安全設計上の指針等の策定自体に過誤欠落
があったということもあり得る以上,原告適格の有無を判断する前提とし
て想定する「当該原子炉の原子炉規制法24条1項3号(技術的能力に係
る部分に限る。)及び4号所定の安全性に関する各審査に過誤,欠落があ
った場合に,社会通念上合理的に想定し得る過酷な事故」に該当するもの
-36-
ということができる。
イこの点,原告は,B発電所において最大限に過酷な事故が発生した場合
には,上記各原子炉の使用済燃料プールを除いた炉心からのみであって
も,放射性ヨウ素につきチェルノブイリ原子力発電所事故の約1.5倍以
上,セシウム137につきチェルノブイリ原子力発電所事故の約2.5倍
が放出されることになる旨主張し,その根拠として,前記(2)エ(オ)のと
おり,B発電所事故において各原子炉が停止した当時に保管されていた放
射性ヨウ素及びセシウム137の量につき,前記(2)キのとおり,「原子
炉施設に対する攻撃の影響に関する一考察」と題する昭和58年度外務省
委託研究報告書(乙12)においてシナリオⅡとして想定されている原子
炉の格納容器が攻撃された場合に大気中に放出されるとされる放射性ヨ
ウ素及びセシウム137の放出率を用いて算定した放射性ヨウ素及びセ
シウム137の量と,チェルノブイリ原子力発電所事故の原子炉に保管さ
れていたとされる燃料の量及び事故により放出されたとされる放射性物
質の割合に関する数値とを比較しているところ,前記(2)キのとおり,外
務省の研究報告書(乙12)は,原子炉施設に対する攻撃がされた場合の
被害を想定したものであって,原子炉施設の設置許可に際しての安全性審
査に過誤,欠落があった場合に生じる可能性のある重大事故による被害を
想定したものではなく,テロ行為等による攻撃により発生する事故の方が
原子炉設置許可の際の安全性審査に過誤,欠落がある場合に社会通念上合
理的に発生し得るものと想定される事故よりも過酷であると推認される
から,乙12において想定された放出率を原子炉設置許可の際の安全性審
査に過誤,欠落がある場合に社会通念上合理的に想定し得る過酷な事故に
よる被害を想定する場合に用いるのは相当ではないというべきであり,原
告の主張をそのまま採用することはできないというべきである。
ウ(ア)前記(2)オ(イ)のとおり,本件シミュレーションは,B発電所の1
-37-
号機ないし4号機からの放射性物質の外部放出事故が連鎖的に発生す
るという仮想のシナリオを設定したものであるところ,本件シミュレー
ションは,原子炉の冷却作業に当たるべき作業員が全員退避を余儀なく
され,発生した事故に対して何らの対応,対策をも執らない事態を想定
しているが,実際には,前記(2)ア(イ)のとおり,B発電所事故後は,
消防ポンプによる淡水及び海水の注水,仮設電源ポンプの設置の措置等
の対策が採られていたことが認められるから,社会通念上合理的に想定
し得る過酷な事故が発生した場合,その後に何らの措置も執られないこ
とを想定するのは相当ではない。また,本件シミュレーションは,既に
水素爆発が生じていた1号機の原子炉圧力容器内又は原子炉格納容器
内において新たな水素爆発が発生することを想定しているところ,多量
の水素が発生したとしても,それが爆発により外部に放出された場合に
は,内部に溜まることはなく,水素爆発が連続して生ずる事態は想定し
にくいといえる。さらに,前記(2)オ(エ)のとおり,本件シミュレーシ
ョンは,4号機の使用済燃料プールの2炉心分の放射性物質が放出され
ることを想定しているところ,前記(2)ア(イ)のとおり,4号機の使用
済核燃料プールに保管されていた使用済燃料1535本(2.8炉心分)
に含まれるセシウム137は8.84×1017
Bqであり,2炉心分に換
算すると6.31×1017
Bqの放射性物質が含まれることになり,その
量は,前記(2)エ(イ)のとおり,B発電所事故により大気中に放出され
たセシウム137の量1.1×1016
Bqと比較するとその約57倍,前
記(2)カのとおり,チェルノブイリ原子力発電所事故により現実に大気
中に放出されたセシウム137の量85×1015
Bqと比較すると約7.
4倍であることが認められるから,大気中に放出されるとするセシウム
137の量の点から見ても,本件シミュレーションは,現実に発生した
過酷な事故であるB発電所事故,及び,前記(2)エ(エ)のとおり,同じ
-38-
くINESのレベル7と評価されたチェルノブイリ原子力発電所事故
と比較して,それらを相当程度上回る大規模な事故を想定していること
になる。以上の点を総合すると,本件シミュレーションは,相当想定し
にくい最悪の事態を前提に,社会通念上合理的に想定し得る過酷な事故
よりも更に過酷な事故を想定したものであることが明らかであって,前
記(2)オ(ア)のとおり,本件シミュレーションは,相当想定をしにくい
事態をあえて想定して万が一最悪の事態が発生した場合であっても万
全の対策を講ずること等を目的として策定されたものと認めるのが相
当である。したがって,本件シミュレーションを本件訴えにおける原告
適格の有無を判断する際に直接参考にするのは相当でないというほか
ない(この点に関する原告の主張立証は合理的なものでない。)。
(イ)なお,原告は,本件資料について,作成後に改ざんされたか,又は,
本件資料とは別のシミュレーションが存在する可能性がある旨主張し,
その根拠として,米国の原子力委員会(NRC)が公開した情報によれ
ば,NRCは,本件シミュレーションよりもより過酷な事故を想定して
いたものと認められることを指摘するところ,原告の主張及び本件各証
拠に照らしても,NRCがいかなる条件を設定して計算したものである
かは明らかではない。また,原告は,本件資料が改ざんされた根拠とし
て本件資料の最終頁に頁数が付されていない点も指摘するところ,前記
(2)オのとおり,本件資料に記載された本件シミュレーションは,一連
の流れに沿って合理的に説明することができ,その説明経過において特
段不自然な点は認められないから,やはり,この点に関する原告の主張
も推測の域を出るものではなく,採用の限りではない。さらに,原告は,
本件シミュレーションにおいて放出される放射性ヨウ素の量が検討さ
れていないことを問題視するところ,後記3(1)イのとおり,放射性ヨ
ウ素は半減期が短いため,放射性物質による長期的な影響を検討する際
-39-
には放射性ヨウ素を考慮する意味に乏しいといえるから,この点に関す
る原告の指摘も的を射たものとはいえない。そして,原告は,本件シミ
ュレーションが4号機からの放射性物質による影響しか考慮していな
い旨主張するところ,前記(2)オ(エ)のとおり,本件シミュレーション
においては,4号機の使用済燃料プールに保管された使用済み燃料から
の放射性物質の放出が主として検討されているものの,それは,前記(2)
ア(イ)のとおり,4号機の使用済核燃料プールに保管された燃料の保管
期間が比較的短く,発熱量が大きいと考えられたことや,原子炉建屋以
外に遮蔽物がなく燃料の溶融等により多量の放射性物質がそのまま外
部に放出されることになることを考慮したものであるとすれば,不合理
な想定であるということもできないから,この点も本件資料が改ざんさ
れ,又は,他のシミュレーションが存在する根拠とはならないというべ
きである。
3放射性物質による生命,身体への被害の程度等
(1)放射性物質による生命,身体への被害の程度について,各末尾掲記の各
証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
ア放射能の単位
放射線は,ある特定の原子核が別の原子核に変化(崩壊)する際に放出
されるが,1Bq(ベクレル)は,1秒間に1個の原子核が崩壊して放射線
を出す放射能の強さをいい,数値が大きいほど放射線を放出して崩壊する
原子核の数が多い。ただし,放射性物質の種類により放出される放射線の
種類や強さが異なるため,同じBq数の放射能を有していても,放射性物質
の種類が異なれば,人体に与える影響の大きさは異なるため,人体が放射
線を受けた場合の影響度を示す共通の単位として設けられたものがSv(シ
ーベルト)であり,計測結果が同じSv数であれば,人体に与える影響の程
度は同じである。放射能の単位であるBqから生体影響の単位であるmSvに
-40-
換算する係数を「実効線量係数」といい,核種,化学形,摂取経路別にI
CRPなどにおいて示されている。(乙4・8頁)
イ放射性物質の半減期
ヨウ素131は,核分裂によって生成し,物理学的半減期(元の放射性
物質の原子核の個数が全体の半分に減少するまでの時間)は約8日であ
り,口から摂取されたヨウ素は容易に消化管から吸収され,血中に入った
後,30%は甲状腺に蓄積し,残りは体内から排泄される。(乙4・11
頁)
セシウムは主として11種類存在するが,セシウム134,セシウム1
37は,人工放射性物質で,核分裂により生成し,物理学的半減期は,そ
れぞれ2年と30年である。セシウムには,体内に残存する際に,特定の
臓器に蓄積する性質(親和性)はない。(乙4・11頁)
ウ放射線被ばくによる確定的影響と確率的影響
(ア)放射線防護の分野においては,放射線被ばくによる有害な健康への
影響は確定的影響と確率的影響とに分類されている。(乙17・7頁,
乙28・5,6頁)。
(イ)確定的影響とは,放射線被ばくで組織・臓器内の細胞が損傷された
ことによって生じる臓器機能の喪失など,臨床的に観察し得る障害が発
生することをいい,主に急性的にないし一時的にしきい値を超えた被ば
くを受けた場合に問題となる。こうした障害を引き起こす確率は,低線
量の被ばくであれば0%であるが,線量がしきい値を超えると100%
まで急速に上昇し,組織・臓器内の細胞が壊死したり,正常に再生し,
機能することが妨げられたりして,臓器機能の喪失に至ることがあると
されている。(乙28・5,15,17,18頁)
(ウ)確率的影響とは,確定的影響のしきい値よりも十分低い線量であっ
ても,放射線に起因するがんの発症の確率が,線量におよそ比例して線
-41-
量の増加分とともに上昇することである。すなわち,放射線被ばくで損
傷した細胞が長い潜伏期を経て悪性状態となってその増殖が制御され
なくなる(がんを意味する。)ことがあり,その確率は放射線の影響によ
り損傷を受けた細胞の数によって左右される。遺伝的情報を持った細胞
に損傷が発生すると,遺伝的影響が生じる場合もある。(乙28・6,
15,19頁)。
確率的影響については,確定的影響におけるようなしきい値は想定さ
れておらず,また,放射線被ばく者においては,がん以外の確率的影響
は放射線によって誘発されないものとされている。(乙28・20頁)
エ自然界における放射線(自然バックグラウンド放射線)の量等
世界の一人当たりの自然バックグラウンド放射線の量は年間2・4mSv
であり,日本国内では,自然バックグラウンド放射線の量は,年平均1.
5mSvであり,生涯を80年とすれば,自然バックグラウンド放射線を1
20mSv被ばくすることになるが,地域によって年間0.3ないし0.4m
Svの差があり,地域によっては生涯に150mSv程度の被ばくを受ける場
合もある。(乙37・23,24頁)
世界には,より高線量の地域もあり,ブラジルのガラバリという地域で
は年間10mSv,インドのケララ州では年間16mSvの自然バックグラウン
ド放射線が存在すると報告されている。(乙4・15頁,乙26,乙37・
25頁)
オ放射線防護に関する用語の定義等
(ア)実効線量
放射線防護の基準に用いる放射線の単位は,1点における吸収線量で
はなく,組織・臓器にわたって平均し,線質について加重した吸収線量
とされ,そのための荷重係数は「放射線加重係数」と呼ばれ,放射線の
種類とエネルギーに対して,線エネルギー付与(LET)だけでなく,
-42-
確率的影響の生物的効果比も考慮して決定されている。そして,放射線
加重係数で加重された吸収線量は,各組織・臓器の「等価線量」と呼ば
れ,身体の全ての組織・臓器の加重された等価線量の和は「実効線量」
と呼ばれている(ICRP1990年勧告では,「加重係数」は「荷重
係数」とされていたが,ICRP2007年勧告において,「加重係数」
と変更され,放射線加重係数と組織加重係数の一部の数値が変更され
た。)。(乙17・序ⅰ,ⅱ頁,乙28・6ないし9頁)
(イ)年線量(年実効線量),預託実効線量,現存年線量
「年線量(年実効線量)」とは,長期被ばくの状況において,外部照
射による実効線量率の1年にわたる時間積分とその状況に含まれた長
寿命放射性核種(及びそれらの短寿命子孫核種)のその年の間における
全ての体内摂取によって引き起こされた内部汚染による預託実効線量
との合計をいい,「預託実効線量」とは,体内に取り込まれた放射性物
質が臓器等の身体組織に与える等価線量率の時間積分値をいい,成人に
ついては50年間,子供については70歳までとして計算される。「現
存年線量」とは,長期被ばく状況の下に置かれた人の居住地の被ばくグ
ループの人々の代表的な個人が全ての関連した線源から全ての経路を
通して受ける年線量の全ての重要な成分の合計をいう。(乙17・G15
頁,乙27・8,65,66,67頁)
(ウ)個人線量限度,線量拘束値
「個人線量限度」とは,計画被ばく状況(線源の計画的な導入と操業に
伴う状況)から個人が受ける超えてはならない実効線量又は等価線量の
値をいい,「線量拘束値」とは,ある線源からの個人線量に対する予測
的な線源関連の制限値をいう。線量拘束値は,線源から最も高く被ばく
する個人に対する防護の基本レベルを提供し,その線源に対する「防護
の最適化」における線量の上限値としての役割を果たす。職業被ばくに
-43-
ついては,最適化のプロセスで考察される複数の選択肢の範囲を制限す
るために使用される個人線量の値であり,公衆被ばくについては,管理
された線源の計画的操業から公衆構成員が受けるであろう年間線量の
上限値である。(乙17・xvii頁,G9頁)
(エ)職業被ばく,医療被ばく,公衆被ばく,長期被ばく
「職業被ばく」とは,仕事中に主として仕事の結果起こる被ばくであ
り,「医療被ばく」とは,主に診断又は治療の一部として患者が受ける
被ばくであり,「公衆被ばく」とは,職業被ばく又は医療被ばくを除い
たものをいう。(乙17・G2,G5頁,乙28・33頁)
(オ)計画被ばく状況,緊急時被ばく状況,現存被ばく状況
「計画被ばく状況」とは,線源の計画的な導入と操業に伴う状況をい
い,「緊急時被ばく状況」とは,計画的状況における操業中,又は悪意
ある行動により発生するかもしれない,至急の注意を要する予期せぬ状
況をいい,「現存被ばく状況」とは,自然バックグラウンド放射線に起
因する被ばく状況のように,管理に関する決定をしなければならない時
点で既に存在する被ばく状況をいう。(乙17・xvii頁)
(カ)参考レベル,一般参考レベル
「参考レベル」とは,緊急時被ばく状況又は現存の制御可能な被ばく
状況において,それを上回る被ばくの発生を許す計画を策定することは
不適切であるとされ,それを下回る被ばくの発生状況においては,「防
護の最適化」を履行すべきであるとされる,線量又はリスクのレベルを
表す用語であり,「一般参考レベル」とは,個別のケースではなく,長
期被ばく(公衆が偶発的に,また,自発的に受ける長期間にわたる被ば
く)状況全般に関連するものである。(乙17・xv頁,G4,G5頁,乙2
7・24頁,乙28・38頁)。
参考レベルとは,経済的及び社会的要因を考慮しながら,被ばく線量
-44-
を合理的に達成できる限り低くする「防護の最適化」の原則に基づいて
措置を講じるための目安であり,ある一定期間に受ける線量がそのレベ
ルを超えると考えられる人に対して優先的に防護措置を実施し,そのレ
ベルより低い被ばく線量を目指すために利用し,防護措置の成果の評価
の指標とするものであるから,全ての住民の被ばく線量が参考レベルを
直ちに下回らなければならないものでもなく,そのレベルを下回るよう
対策を講じ,被ばく線量を漸進的に下げていくためのものであり,被ば
くの限度を示したものでもなく,安全と危険の境界を意味するものでは
ないとされている。(乙28・38頁,乙36・10頁)
(キ)放射線防護のための三つの原則
放射線防護のためには,以下の三つの原則があるが,正当化の原則と
防護の最適化の原則は,(オ)の全ての被ばく状況に適用されるが,線量
限度の原則は,計画被ばく状況の結果として,確実に受けると予想され
る線量に対してのみ適用される。(乙17・xvii,xviii頁)
a正当化の原則
放射線被曝の状況を変化させるようなあらゆる決定は,害よりも便
益が大となるべきである。
b防護の最適化の原則
被ばくの生じる可能性,被ばくする人の数及び彼らの個人線量の大
きさは,全ての経済的及び社会的要因を考慮に入れながら,合理的に
達成できる限り低く保つべきである。
c線量限度の適用の原則
患者の医療被ばく以外の,計画被ばく状況における規制された線源
からのいかなる個人の総線量も,委員会が特定する適切な限度を超え
るべきでない。
(ク)建物等による遮へい効果又は低減効果(以下「屋内滞在時間による
-45-
低減効果」という。)等
建物等には放射性物質による人体の健康への影響を遮へい又は低減
する効果があるとされており,防災指針に記載された平屋又は2階建て
の木造家屋の低減効果の係数0.4を用い,原子力安全委員会が設定す
る一般の人の生活モデルとして,1日8時間屋外活動を行い,残りの1
6時間は木造の家屋にいると仮定すると,年間推定積算線量を算定する
際には,自然放射線量を除く空間放射線量の積算値に0.6(1×8/
24+0.4×16/24)を乗じることとされている。(乙25)
カ放射能防護に関する国際的機関による勧告
国際放射線防護委員会(ICRP)は,1928年に設立された国際X
線・ラジウム防護委員会を継承し,1950年に放射線防護の国際的基準
を勧告することを目的として設立された国際委員会(非政府機関)で,世
界の医学・保健・衛生等の権威者を集めて構成されている。ICRPによ
る放射線防護に関する勧告は次のとおりである。
(ア)ICRP勧告60(以下「ICRP1990年勧告」という。)
ICRPは,1990年11月に主委員会により採択された勧告にお
いて,放射線防護に関する指針を示した。
ICRP1990年勧告は,被ばくの種類を,「職業被ばく」,「医
療被ばく」及び「公衆被ばく」の3種類に分類し,それぞれについて,
許容される線量限度を示した。
職業被ばくについては,毎年ほぼ均等に被ばくしたとして全就労期間
中に受ける総実効線量が約1Svを超えないように線量限度を定めるべ
きであり,いかなる1年間にも実効線量が50mSvを超えるべきでない
という付加条件付きで,5年間の平均値が年当たり20mSv(5年間に
100mSv)とする実効線量限度を勧告した。この数値の算定に際して
は,作業時の被ばくについて,人の全就労期間を47年間と設定し,こ
-46-
の47年間の全ての作業年に20mSvという値の年実効線量を受けるも
のとして生涯線量を1Svと試算し(20mSv/年×47年≒1Sv),この
生涯線量1Sv(1000mSv)を「容認不可」(通常の操業において,い
かなる合理的な根拠に基づいても被ばくは受け入れることができない
ことを意味する(乙28・45頁)。)のレベルの最下限の値と設定して
いる。(乙28・48,49,88,89頁)。
そして,このような実効線量の制限により,実効線量が限度値で長期
間続いたと仮定しても,ほとんど全ての組織・臓器に確定的影響を起こ
さないことは確実であるとしている。(乙28・50頁)
ICRPは,上記の職業被ばくの実効線量を算定するに際し,作業者
集団につき,全ての作業年に10mSv,20mSv,30mSv,50mSvの年
線量を受けるという仮定の下,それぞれに47を乗じると,概算で0.
5Sv,1.0Sv,1.4Sv,2.4Svとなり,各寄与死亡の確率は,1.
8%,3.6%,5.3%,8.6%となるという計算を行っており,
生涯線量1Svでは,寄与死亡率の確率(がんによる死亡の確率)は,3.
6%となり,がんによる死亡の確率が約50年で3.6%上昇すること
になるとしている。(乙28・46頁)
また,生涯被ばく(生涯線量1Sv)の結果起こると考えられる確率的
影響による18歳の人の平均余命の平均喪失は0.5年としている。(乙
28・46頁,乙29・6頁)
公衆被ばくについては,1年に1mSvの実効線量として表すが,特殊
な状況においては,5年間にわたる平均が年当たり1mSvを超えなけれ
ば,単一年にこれよりも高い実効線量が許されることがあり得るとして
いる。(乙28・56,91頁)
(イ)ICRP勧告63(以下「ICRP1992年勧告」という。)
ICRPは,1992年11月に主委員会により採択された勧告にお
-47-
いて,大規模事故等が発生した場合に,公衆を防護するために事故後に
行われるべき政府による介入(人々の全被ばくを減少させるために意図
される防護対策(乙27・viii頁))に関する諸原則を示した。
ICRP1992年勧告は,屋内退避については,屋内退避が実効可
能と考えられる時間の間に50mSvの回避実効線量が確保できるのであ
れば,屋内退避はほとんどいつでも正当化されるとし,避難については,
予測される全身に対する平均個人線量が1日以内に0.5Svを超え,又
は避難期間の間に回避される平均個人実効線量が0.5Sv若しくは皮膚
線量が5Svであれば,避難はいつでも正当化されるとしている。(乙3
0・19,20頁)
ICRP1992年勧告は,食品及び水の制限については,任意の1
種類の食料品に対して,ほとんどいつでも正当化される介入レベルは,
1年のうちに回避される実効線量で10mSvであり,代替食品の供給が
容易に得られない状況,又は住民集団が重大な混乱に陥りそうな状況で
は,1年につき10mSvより遙かに高い予測線量レベルでのみ介入は正
当化されるかもしれないとしている。(乙30・24頁)
(ウ)ICRP勧告82(以下「ICRP1999年勧告」という。)
ICRPは,1999年9月に委員会により承認された勧告におい
て,長期放射線被ばく状況における公衆の防護について,ICRPの放
射線防護体系を適用する上での指針を示した。
ICRP1999年勧告においては,ほとんど常に介入を正当化でき
る「一般参考レベル」を現存年線量で100mSv以下,正当化されそう
にない介入に対する一般参考レベルを現存年線量で10mSv以下として
いる。(乙27・xv頁,36,53頁)
また,介入が通常期待されず,正当化されそうにないほど低い現存年
線量は,世界の多くの地域で経験されている自然の現存年線量を用いる
-48-
ことが有用であるとして,自然の線量の世界平均が年当たり2.4mSv
であるが,多くの人口集団が年当たりおよそ10mSv程度にまで高めら
れた線量を経験している世界の諸地域で何年もの間生活していること
も参考としている。(乙27・33頁)
長期間の被ばくについては,普通の長期被ばく状況においては,年線
量は,通常,確定的影響のしきい値より十分に低く,関心のある放射線
誘発健康影響は,確率的影響だけであると考えるとしながら,比較的均
一な長期被ばく状況においては,確定的影響に対するしきい値は,どの
臓器も確定的影響に対するそのしきい値を上回る年吸収線量を受けな
ければ,年実効線量100mSv以上であるはずであるとしている。(乙
27・9,70,71頁)
(エ)ICRP勧告103(ICRP2007年勧告)
ICRPは,2007年3月に主委員会により承認された勧告におい
て,ICRP1990年勧告を改訂し,複雑化した線量制限値を3段階
の枠で示すこととし,防御行動過程に基づいて行為と介入に分類した体
系から,「計画被ばく状況」,「現存被ばく状況」,「緊急時被ばく状
況」という三つの被ばく状況に基づく体系に変更した。(乙17・xvii
頁)
ICRP2007年勧告は,計画被ばく状況における「個人線量限度」
は,職業被ばくについて規定された5年間の平均が年当たり20mSv,
公衆被ばくについて年間1mSvとし,「線量拘束値」は,職業被ばくに
ついて年20mSv以下,公衆被ばくについて状況に応じて年1mSv以下,
事故時などの緊急時被ばく状況における「参考レベル」として1年間の
実効線量の積算値を20mSvを超過し100mSvまでとする数値を提示
した。(乙17・75頁)
また,確定的影響に関するしきい値について,睾丸,卵巣,水晶体,
-49-
骨髄等の臓器ごとに具体的な線量を示しているが,これらのしきい値は,
いずれも100mSvを超え,睾丸及び卵巣の永久不妊や白内障のように5
000mSvから6000mSvに達するものもある。(乙17・124頁の
吸収線量を実効線量に換算したもの)
なお,ICRP2007年勧告は,これらのしきい値を超えない場合
であっても,急性的に又は年間を通じて受ける実効線量が100mSvを
超過すると,確定的影響とがんの有意なリスクの可能性が高くなるとし
ているが,約100mSvを下回る線量においては,ある一定の線量の増
加又はそれに正比例して放射線起因の発がん又は遺伝性影響の確率の
増加を生じるであろうという仮定(この線量反応モデルを「LNTモデ
ル」という。)に引き続き根拠を置くこととしつつも,LNTモデルが
実用的な放射線防護体系において引き続き科学的にも説得力がある要
素である一方,このモデルの根拠となっている仮説を明確に実証する生
物学的/疫学的知見がすぐには得られそうにないということを強調し
ている。また,低線量における健康影響は不確実であるため,公衆の健
康を計画する目的には,非常に長期間にわたり多数の人々が受けたごく
小さい線量に関連するかもしれないがん又は遺伝性疾患について仮想
的な症例数を計算することが適切ではないと判断している。(乙17・
17,19,57,75頁)
キ食料品等に含まれる放射性物質に関する規制
(ア)コーデックス委員会による規制値
コーデックス委員会は,消費者の健康の保護,食品の公正な貿易の確
保等を目的として1963年に設置された国際的な政府間機関であり,
国際食品規格(コーデックス規格)の策定等を行っている。コーデック
スの示した指標値は,飲料水,牛乳・乳製品及び野菜類(根菜,芋類を
除く。)については,放射性ヨウ素につき100Bq/㎏,放射性セシウ
-50-
ムにつき1000Bq/㎏である。(乙4・17頁)
(イ)原子力安全委員会による防災指針
原子力安全委員会は,昭和55年6月,防災対策一般,防災対策を重
点的に充実すべき地域の範囲,緊急時環境放射線モニタリング,災害応
急対策実施のための指針,緊急被ばく医療に関する「原子力施設等の防
災対策について」と題する報告書(防災指針)を発表した。上記報告書
は,その後,複数回の改訂作業が行われているが,平成22年8月改訂
後のものによれば,原子炉事故等の異常事態が発生した場合に,災害対
策本部等が飲食物の摂取制限措置を講ずることが適切であるか否かの
検討を開始する目安として,飲料水及び牛乳・乳製品については,放射
性ヨウ素につき3×102(300)Bq/kg以上,放射性セシウムにつ
き2×102(200)Bq/kg以上,根菜,芋類を除く野菜については,
放射性ヨウ素につき2×103(2000)Bq/kg以上,野菜類,穀類,
肉・卵・魚・その他については,放射性セシウムにつき5×102(5
00)Bq/kg以上とされている。(乙1・23,24頁)
これらの数値は,放射性ヨウ素については,ICRP勧告63(IC
RP1992年勧告)等の国際的動向を踏まえ,放射性ヨウ素につき,
甲状腺等価線量50mSv/年(実効線量として2mSv/年)を基礎として,
飲料水,牛乳・乳製品及び野菜類(根菜,芋類を除く。)の三つの食品
カテゴリーについて指標を策定したものであり,穀類,肉類等を除いた
のは,放射性ヨウ素は半減期が短く,これらの食品においては,食品中
への蓄積や人体への移行の程度が小さいからであり,三つの食品カテゴ
リー以外の食品の摂取を考慮して,50mSv/年の3分の2を基準とし,
これを三つの食品カテゴリーに均等に3分の1ずつ割り当て,我が国に
おける食品の摂取量を考慮して,それぞれの甲状腺等価線量に相当する
各食品カテゴリーごとの摂取制限指標(単位摂取量当たりの放射能)を
-51-
算出したものである。放射性セシウムについては,全食品を,飲料水,
牛乳・乳製品,野菜類,穀類及び肉・魚・卵その他の五つのカテゴリー
に分け,放射能分析の迅速性の観点から,セシウム134及びセシウム
137の合計放射能値を用いることとし,実効線量5mSv/年を各食品
カテゴリーに5分の1ずつ割り当て,我が国におけるこれらの食品の摂
取量及び放射性セシウム及びストロンチウムの寄与を考慮して,各食品
カテゴリーごとにセシウム134及びセシウム137についての摂取
制限指標を算出したものである。(乙1・108頁)
ク長期間にわたる低線量の被ばくによる人体等への影響に関する論文等
(ア)低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ報告書
低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループは,平成23
年12月22日,避難指示の基準となっている年間20mSvという低線
量被ばくについて,その健康影響をどのように考えるか,放射線の影響
を受けやすいと考えられている子供や妊婦に対してどのような配慮が
必要か等に関する見解をまとめた報告書を発表した。同報告書において
は,現在の科学により判明している健康影響について,国際的な合意で
は,放射線による発がんのリスクは,100mSv以下の被ばく線量では,
他の要因による発がんの影響によって隠れてしまうほど小さいため,放
射線による発がんリスクの明らかな増加を証明することは難しいとさ
れ,疫学調査以外の科学的手法によっても,発がんリスクの解明が試み
られているが,現時点では,人のリスクを明らかにするには至っていな
いこと,上記の100mSvは,短期間に被ばくした場合の評価であるが,
低線量率の環境で長期間にわたり継続的に被ばくし,積算量として合計
100mSvを被ばくした場合は,短期間で被ばくした場合より健康影響
が小さいと推定されており(これを線量率効果という。),世界の高自
然放射線地域の一つであるインドのケララ地方住民の疫学調査では,蓄
-52-
積線量が500mSvを超える集団であっても,発がんリスクの増加は認
められないとしている一方で,旧ソビエト連邦,南ウラル核兵器施設の
一連の放射線事故で被ばくしたテチャ川流域の住民の疫学調査では,蓄
積線量が500mSv程度の線量域において,発がんリスクの増加が報告
されているが,いずれにしても,100mSv程度の線量ではリスクの増
加は認められていないとしている。放射線による健康リスクについて
は,低線量被ばくであっても,被ばく線量に対して直線的にリスクが増
加するという考え方を採用するが,これは,科学的に証明された真実と
して受け入れられているのではなく,科学的な不確かさを補う観点か
ら,公衆衛生上の安全サイドに立った判断として採用されているとして
いる。放射線と他の発がん要因等のリスクとを比較すると,喫煙は10
00mSvから2000mSv,肥満は200mSvから500mSv,野菜不足や
受動喫煙は100mSvから200mSvのリスクと同等とされ,年間20mS
vを被ばくすると仮定した場合の健康リスクは,他の発がんリスクと比
べても低いとされている。(乙36・4,8,9,19頁)
(イ)「低線量放射線の人体影響を考察する」と題する論考
放射線医学総合研究所の島田義也ほかによる「低線量放射線の人体影
響を考察する」と題する特集記事においては,100mSv未満の疫学調
査はいろいろあるが,リスクが増加したというもの,変わらないという
もの,逆に低下するというもの等一定の傾向がつかめず,積算線量とし
て100mSv未満のがんリスクは,条件(交絡因子の存在や対照群の設
定など)により影響を受けやすい不確実なものであり,言い換えれば,
リスクはあったとしても小さいということであるとしている。(乙3
7・25頁)
ケB発電所事故後の食品等の摂取に関する取組等
(ア)厚生労働省医薬食品局食品安全部長による放射能汚染された食品
-53-
の取扱いに関する通知
厚生労働省医薬食品局食品安全部長は,平成23年3月17日,都道
府県知事,保健所設置市長,特別区長に対し,原子力安全委員会により
示された指標値を食品衛生法に基づく暫定規制値とし,これを上回る食
品については,食品衛生法6条2号に当たるものとして食用に供される
ことがないよう販売その他について十分処置すること,100Bq/㎏を
超えるものは,乳児用調製粉乳及び直接飲用に供する乳に使用しないよ
う指導することを求める通知を発した。(乙3)
暫定規制値は,食品の放射能濃度が半減期に従って減っていくことを
前提に,このレベルの汚染を受けた食品を飲食し続けても健康影響がな
いものとして設定されたものであり,相当の安全を見込んで設定してあ
るため,出荷停止とされた食品を一時的に飲食していたとしても健康へ
の影響はないとされている。(乙4・18頁)
(イ)食品安全委員会による放射性物質を含む食品の規制に関する報告

厚生労働大臣は,平成23年3月20日,食品安全委員会に対し,有
毒な,若しくは有害な物質が含まれ,若しくは付着し,又はこれらの疑
いがあるものとして,放射性物質について指標値を定めることを要請
し,食品安全委員会は,同月29日,厚生労働大臣に対し,「放射性物
質に関する緊急とりまとめ」と題する報告書を提出した。同報告書にお
いては,放射性ヨウ素(ヨウ素131)については,年間50mSvの甲
状腺等価線量(実効線量として2mSvに相当)に基づいて規制を行うこ
とについて健康影響の観点から不適当といえる根拠は現在までに見出
せていないこと,放射性セシウムについては,実効線量として年間5mS
vは食品由来の放射線曝露を防ぐ上でかなり安全側に立ったものである
と考えられたことが報告された。(乙2)
-54-
(ウ)厚生労働省健康局水道課長による乳児による水道水の摂取に関す
る対応を求める通知
厚生労働省健康局水道課長は,平成23年3月21日,各都道府県水
道行政担当部(局)長に対し,水道水の放射性ヨウ素が100Bq/㎏を
超える場合には,当該水を供する水道事業者等は,乳児用調製粉乳を水
道水で溶かして乳児に与える等,乳児による水道水の摂取を控えるよう
広報するよう求めた。(乙5)
(エ)原子力災害対策本部による食品の検査計画等に関する見解の提示
原子力災害対策本部は,平成23年4月4日,検査計画,検査結果に
基づく出荷制限等の必要性の判断等について再整理した「検査計画,出
荷制限等の品目・区域の設定・解除の考え方」を示し,国が行う出荷制
限・摂取制限の品目・区域の設定条件等について,暫定規制値を超えた
品目について,生産地域の広がりがあると考えられる場合に地域・品目
を対象とし,地域については原則として県域とし,品目についてはこれ
までのデータを踏まえ,個別品目ごとに検討することとしている。(乙
8)
(オ)原子力安全委員会による放射性ヨウ素の摂取制限に関する技術的
助言
原子力安全委員会緊急技術助言組織は,平成23年4月5日,防災指
針において示した飲料水の放射性ヨウ素の摂取制限に関する指標30
0Bq/㎏という数値は,飲料水の放射能濃度が物理的半減期(8日)で
減衰していくことを前提としていること,妊婦が指標値レベルの飲料水
を経口摂取した場合の胎児における被ばく線量は,ICRP勧告88に
示されている線量係数を用いて求められるが,妊娠期間中飲用し続けて
も,この被ばく線量においては流産や奇形,知的発達傷害等の健康影響
が生じることはないこと,授乳中の母親が指標値レベルの飲料水を経口
-55-
摂取した場合の母乳を介した乳児における被ばく線量は,ICRP勧告
95に示されている線量係数を用いて求められるが,授乳期間中飲用し
続けても,この被ばく線量においては乳児に健康影響が生じることはな
いこと,摂取制限に関する指標値は相当の安全を見込んで設定してお
り,摂取制限以前に摂取していたとしても健康への影響はないことを助
言した。(乙6)
(カ)B発電所事故後の東京における水道水等の状況
a金町浄水場からの放射性ヨウ素の検出
東京都の金町浄水場において,B発電所の事故後である平成23年
3月22日に採取された水道水から,210Bq/㎏の放射性ヨウ素が
検出され,翌23日に採取された水道水から190Bq/㎏の放射性ヨ
ウ素が検出された。(乙7)
東京都は,上記両日にわたり,水道水中の放射性ヨウ素の検出量が
上記(ウ)の厚生労働省健康局水道課長による通知に係る乳児の指標
値100Bq/㎏を超えたため,江戸川から取水する金町浄水場及び美
鄕浄水場から配水されている東京都23区と武蔵野市,三鷹市,町田
市,多摩市及び稲城市の5市を対象として,乳児の水道水の摂取を控
えるよう指示する広報をしたが,同月24日6時に採取された水を検
査した結果,放射性ヨウ素の濃度が79Bq/㎏に低下し,上記の指標
値を下回ったことから,同日,その旨の広報をした。(公知の事実)
その後は,現在に至るまでの間,金町浄水場において,暫定規制値
を超える濃度の放射性ヨウ素は検出されていない。(乙7)
b食品の出荷制限
東京都においては,B発電所事故後,現時点までにおいて,原子力
災害対策特別措置法に基づき出荷制限等の指示がされた食品は存在
しない。(乙9)
-56-
c空間放射線量
東京都新宿区内のモニタリングポストで測定したB発電所事故後
の平成23年3月14日から同年10月10日までの2111日間
の空間放射線量の積算値は約0.3271mSvであり,同日における
測定値の平均である0.001334mSvが同日から平成24年3月
13日まで継続したものと仮定すると,平成23年10月10日から
平成24年3月13日までの推定積算空間放射線量は,約0.206
8mSvとなるから,平成23年3月14日から平成24年3月13日
までの推定積算空間放射線量は約0.5339mSvとなり(自然バッ
クグラウンド放射線量約0.1752mSvを含む。),屋内滞在時間
による低減効果を考慮すると,上記の1年間の推定積算空間放射線量
は0.138mSvとなる。(乙13・表1,乙14)
東京都新宿区内のモニタリングポストで測定した2008年度(平
成20年度)の月平均値から算定した積算年間空間放射線量は約0.
3029mSvであり,B発電所事故後に増加した積算年間空間放射線
量は約0.231mSvである。(乙15)
平成20年度の東京都以外のモニタリングポストで測定した月平
均値から算定した積算年間空間放射線量は,山口市で約0.7986
mSv,前橋市で0.1664mSvとなり,その差は約0.6mSvである。
(乙15・26,34頁)
(2)放射線被ばくによる健康への影響について
ア前記(1)ウ(ア)のとおり,放射線被ばくによる人体への影響は,放射
線被ばくで組織・臓器内の細胞が損傷されることによって臓器機能が喪
失するなどする確定的影響と放射線に起因するがんの発症率が放射線
の線量に比例して上昇する確率的影響の2種類があるため,それぞれ分
けて検討する。
-57-
イ機能障害等を受ける確定的影響については,前記(1)ウ(イ)のとおり,
主に急性的に又は一時的に特定の臓器に関するしきい値を超える被ば
くをした場合に問題となるものと認められ,前記(1)カ(エ)のとおり,
ICRP2007年勧告によれば,各臓器ごとのしきい値は,100mS
vを超え,5000ないし6000mSvに達するものもあることが認めら
れる。もっとも,前記(1)カ(エ)のとおり,ICRP2007年勧告に
よれば,しきい値を超えない場合であっても,急性的に又は年間を通じ
て受ける実効線量が100mSvを超える場合には,確定的影響の可能性
が高くなることが指摘されている。また,前記(1)カ(ウ)のとおり,I
CRP1999年勧告によれば,長期間の被ばくについては,通常の長
期被ばく状況では確率的影響のみが問題となるが,比較的均一な長期被
ばく状況においては,年実効線量が約100mSv以上になる場合には,
確定的影響が問題になるとされている。
ウがん発症率が上昇する確率的影響については,前記(1)ウ(ウ)のとお
り,確定的影響におけるようなしきい値は設定されていない。前記(1)
カ(ウ)のとおり,ICRP1999年勧告は,長期放射線被ばく状況に
おいて,公衆を防護するための介入がほとんど常に正当化される一般参
考レベルを現存年数量で100mSvとし,前記(1)カ(エ)のとおり,IC
RP2007年勧告は,急性的に又は年間を通じて受ける実効線量が年
間100mSvを超過すると,がん発症の有意なリスクが高くなるとして
いることが認められる。
そして,前記(1)カ(エ)のとおり,ICRP2007年勧告は,急性
的に又は年間を通じて受ける実効線量が100mSvを下回る場合につい
ては,ある一定の線量の増加又はそれに正比例して放射線に起因するが
んの発症の確率が増加するというLNTモデルに根拠を置きつつも,L
NTモデルの根拠とされている仮説を明確に実証する生物学的又は疫
-58-
学的知見は得られそうにないということを強調していることが認めら
れる。さらに,前記(1)ク(イ)のとおり,積算線量として100mSv未満
のがんのリスクは条件により影響を受けやすい不確実なものであり,言
い換えれば,リスクはあったとしても小さいとする論考が発表され,前
記(1)ク(ア)のとおり,政府の報告書においても,放射線による発がん
のリスクは,短期的な被ばくにおける100mSv以下の被ばく線量では,
他の要因による発がんの影響により隠れてしまうほど小さいため,放射
線による発がんリスクの明らかな増加を証明することは難しいとされ,
低線量率の環境で長期間にわたり継続的に被ばくし,積算量として10
0mSvを被ばくした場合には,短期間で被ばくした場合よりも健康影響
が小さいとされ,いずれにしても,100mSv程度の線量では発がんリ
スクの増加は認められないとされていることが認められる。
他方で,前記(1)カ(ア)及び(エ)のとおり,ICRP1990年勧告
及びICRP2007年勧告は,計画被ばく状況における職業被ばくに
ついて,個人線量限度を規定された5年間の平均が年間20mSv,線量
拘束値を年間20mSv以下としていることが認められるが,当該数値は,
生涯線量が1Svを超える場合にがん死亡率が年3.6%上昇し,18歳
の平均余命の平均喪失が0.5年であることから導かれているものと認
められる。また,前記(1)カ(ウ)のとおり,ICRP1999年勧告に
おいて,年間10mSvを下回るときには介入は正当化されないとしてい
るのは,世界には自然バックグラウンド放射線が年間10mSv程度存在
する地域においても多くの人口集団が生活していることが参考とされ
ていること,前記(1)ク(ア)のとおり,自然バックグラウンド放射線の
量が高い地域において,蓄積線量が500mSvを超える地域においても
発がんリスクの増加は認められないという報告が存在することが認め
られる。
-59-
そうすると,短期的な被ばく状況において1回の被ばく線量や年間の
被ばく線量が100mSvを超える場合には確率的影響が生ずる可能性が
相当程度高いものと認められる一方で,1回の被ばく線量又は年間の被
ばく線量が10mSvを下回る場合には確率的影響が生ずる可能性は問題
とならないものということができると思われる。しかしながら,短期的
な被ばく状況において1回の被ばく線量や年間の被ばく線量が100m
Svを下回る場合や,長期的な被ばく状況において積算線量が100mSv
を下回るような場合については,上記のとおり,確率的影響が生ずる可
能性は問題とならないとする見解がある一方で,上記のとおり,職業被
ばくについてであるが年間20mSvを上限とするICRPによる見解が
示されていることからすると,年間10mSvを超え100mSvに満たない
場合であっても,確率的影響が合理的に容認できない程度まで上昇する
場合がないとまではいえないことになる。
そうすると,前記(1)カ(ア)のとおり,少なくとも,ICRP199
0年勧告において,長期的な被ばく状況に置かれることを前提とする職
業被ばくにおいて線量限度が年間20mSvとされていることを踏まえる
と,線量限度が年間20mSvを超える場合には,確率的影響が生ずる可
能性が高まるおそれがあるということができる。
なお,原告は,BEIRは,専ら医学的,生物学的観点のみから検討
されているのと異なり,ICRPの諸勧告は,「正当化の原則」及び「最
適化の原則」という社会経済的観点が取り入れられているため,ICR
Pの勧告が示す基準に依拠することでは原子炉付近に居住する住民の
健康等の個人的法益を十分に保護することができない旨主張し,BEI
Rによれば,低線量の被ばくによる健康被害の危険は,被ばく線量とほ
ぼ比例するとされ,ICRPの勧告よりも少ない被ばく量でがんが発症
する旨の結論が示されている旨指摘するが,原告の主張を前提として
-60-
も,BEIRにおいて具体的にどの程度の線量で健康被害が生ずる旨の
結論が示されているのか明らかではなく,仮にがんの発症する確率が増
加する旨の結論が提示されているとしても,それが他の発がんリスクと
比較して高いものといえるか否かについても明らかではないから,原告
の主張を採用することはできない。
(3)検討
ア以上を前提として,本件原子炉に社会通念上合理的に想定し得る過酷な
事故が発生した場合に,原告の居住する地域に居住する住民が事故により
放出される放射性物質により生命,身体等に対する直接的かつ重大な影響
を受けるか否かを検討する。
イまず,原告は,B発電所事故により原告の居住地域に給水する金町浄水
場の水が放射性物質により汚染されたことを理由に,零歳児の父親である
原告は,安心して水道水を用いた粉ミルクを飲ませることができず,将来
の健康被害におびえて過ごさざるを得ない旨主張する。前記(1)ケ(カ)a
のとおり,金町浄水場では,B発電所事故後である平成23年3月22日
及び23日の2日間にわたり,厚生労働省医薬食品局食品安全部長及び同
省健康局水道課長による通知で示された指標値である100Bq/㎏を超
える限度の放射性ヨウ素が検出されたため,東京都により,金町浄水場か
ら給水を受ける地域の住民に対し,乳児の水道水の摂取を控えるよう指示
する広報がされたことが認められるところ,前記(1)キ(ア),(イ)及びケ
(ウ)のとおり,上記厚生労働省健康局水道課長による通知で示された指標
値は,原子力安全委員会が防災指針において示した指標値300Bq/㎏よ
りも厳しいコーデックス委員会による基準100Bq/㎏に従ったもので
あり,前記(1)キ(イ)のとおり,防災指針は,原子炉事故等の異常事態が
発生した場合に,災害対策本部等が飲食物の摂取制限措置を講ずることが
適切であるか否かの検討を開始する目安として示されたものであり,具体
-61-
的には,ICRP1992年勧告等に従い,放射性ヨウ素については,実
効線量年間2mSvを基礎として算定されたものであるから,金町浄水場で
見られた水道水の汚染の程度では,水道水を短期間又は長期間飲用したと
しても,飲用した者が確定的影響又は確率的影響を受けると認めることは
できない。
また,前記(1)ケ(カ)cのとおり,東京都新宿区内のモニタリングポス
トで測定された空間放射線量は,B発電所事故後に増加していることが認
められるものの,その増加量は,約0.231mSvにすぎず,平成20年
度のモニタリングポストで測定された全国の数値と比較しても地域差の
範囲に収まる程度にすぎず,そのような空間放射線量の程度であれば,原
告の居住地域を含む東京都内に居住する者が確定的影響及び確率的影響
を受けるものと認めることはできない。
さらに,原告は,国等による流通する農産物,水産物に関する放射能汚
染の有無の検査もされていないため,食物の摂取により未知の健康被害を
受けるおそれがある旨主張するが,前記(1)キ(イ)のとおり,防災指針に
おいては,牛乳・乳製品に関しては放射性ヨウ素につき300Bq/㎏以上,
放射性セシウムにつき200Bq/㎏以上,根菜,芋類を除く野菜に関して
は放射性ヨウ素につき2000Bq/㎏以上,放射性セシウムにつき500
Bq/㎏以上とする指標値が示され,前記(1)ケ(ア)のとおり,厚生労働省
医薬食品局食品安全部長の通知により,防災指針において示された上記指
標値を食品衛生法に基づく暫定規制値とすることとし,前記(1)ケ(エ)の
とおり,原子力災害対策本部が示した食品に関する出荷制限等の品目・区
域の設定等に関する考え方に従って検査が行われているところ,前記(1)
ケ(ア)のとおり,暫定規制値は,同レベルの汚染を受けた食品を飲食し続
けても健康被害がないものとして設定されたものであり,相当の安全を見
込んで設定したものであることが認められ,前記(1)ケ(カ)bのとおり,
-62-
東京都においては,B発電所事故後現時点までに原子力災害対策特別措置
法に基づく出荷制限等の指示がされた食品は存在しないことが認められ
る。
ウまた,原告は,B発電所において最大限に過酷な事故が発生した場合に
は,上記各原子炉の使用済燃料プールを除いた炉心からのみであっても,
放射性ヨウ素につきチェルノブイリ原子力発電所事故の約1.5倍以上,
セシウム137につきチェルノブイリ原子力発電所事故の約2.5倍が放
出されることになる旨主張するが,前記2(3)のとおり,この主張は採用
することができない。
エ(ア)前記2(3)ウ(ア)のとおり,本件シミュレーションにおいて想定さ
れているセシウム137の放出量は,B発電所事故の約57倍,チェル
ノブイリ原子力発電所事故の約7倍であるところ,原告の居住する地域
において本件シミュレーションが想定する程度の放射性物質が飛散す
るという事態は容易には想定できないというべきである。
(イ)さらに,念のため,仮に,本件シミュレーションのとおり,B発電
所事故の約57倍,チェルノブイリ原子力発電所事故の約7倍の放射性
物質が放出された場合を想定して,原告の居住する本件原子炉から約2
20㎞離れた地点における放射性物質の量及びそれによる生命,身体等
への影響を検討すると,次のとおりとなる。
(ウ)原告が居住する本件原子炉から約220㎞離れた地域は,2炉心分
のセシウム137が放出された場合の強制移転を求める170㎞と任
意移転の対象となる250㎞のほぼ中間地点に当たるため,本件シミュ
レーションにおける原告の居住地域における初期線量率及び1年後の
線量率,経過年数ごとの積算線量は,本件原子炉施設から170㎞の地
点における値を下回るが,本件原子炉施設から250㎞の地点における
値を上回るものと推定される。また,本件シミュレーションにおいては,
-63-
線量率及び積算線量については,1日24時間を全て屋外で過ごすこと
を前提としたものであり,屋内滞在時間による低減効果を考慮していな
いものであるから,前記(1)オ(ク)のとおり,1日8時間屋外活動を行
い,残りの16時間は木造の家屋内にいることを仮定した場合には,そ
れらの数値に0.6を乗じた値が線量率及び積算線量に相当することに
なる。そうすると,前記2(2)オ(キ)及び(ク)のとおり,本件原子炉か
ら170㎞の地点における初期線量率が約95mSv/年,1年経過後の
線量率が45mSv/年とされているため,屋内滞在時間による低減効果
を考慮すると,初期線量率は57mSv/年,1年経過後の線量率は27m
Sv/年となり,本件原子炉から250㎞の地点における初期線量率が約
37mSv/年,1年経過後の線量率が18mSv/年とされているため,屋
内滞在時間による低減効果を考慮すると,初期線量率は22mSv/年,
1年経過後の線量率は11mSv/年となるから,上記の各数値は,いず
れも前記(2)で検討した確定的影響のしきい値を下回ることはもとよ
り,急性的に又は1年間における被ばくの場合に確定的影響のリスクが
高まるとされる100mSvを大きく下回ることになる。
また,前記2(2)オ(ク)の経過年数ごとの積算線量について,屋内滞
在時間による低減効果を考慮すると,本件原子炉から170㎞離れた地
点については,5年間で約111mSv,10年間で約141mSv,20年
間で約180mSv,40年間から60年間で約228mSvから252mSv,
70年間で約261mSvとなり,本件原子炉から250㎞離れた地点に
ついては,5年間で約42mSv,10年間で約54mSv,20年間で約6
6mSv,40年間から60年間で約84mSvから96mSv,70年間で約
99mSvとなるところ,これらの数値を見ても,確定的影響が問題とな
る年間100mSvという実効線量を下回ることになるから,原告の居住
する地域付近の住民について,確定的影響が及ぶものとは認め難い。
-64-
(エ)次に,確率的影響について見ると,本件原子炉から170㎞の地点
における初期線量率57mSv/年,1年経過後の線量率27mSv/年の各
数値は,年間20mSvの実効線量の限度は超えるものの,本件原子炉か
ら250㎞の地点における初期線量率22mSv/年,1年経過後の線量
率11mSv/年とされていることからすると,原告が居住する地域の住
民が受けることとなる放射線の量は,年間20mSvの実効線量をそれほ
ど大きく上回るものとは考え難い。
また,経過年数ごとの積算線量は,本件原子炉から170㎞離れた地
点については,5年間で約111mSv,10年間で約141mSv,20年
間で約180mSv,40年間から60年間で約228mSvから252mSv,
70年間で約261mSvとなるところ,5年経過時の約111mSvは,前
記(1)カ(ア)のとおり,ICRP1990年勧告が年実効線量20mSv,
5年間で100mSvとする限度を若干上回るが,10年経過時以降の積
算線量は,年実効線量20mSvに経過年数を乗じた値をいずれも下回っ
ているということができる。さらに,本件原子炉から170㎞離れた地
点における積算線量の40年から60年経過時の228mSvないし25
2mSv,70年経過時点の262mSvという積算線量は,前記(1)カ(ア)
のとおり,ICRP1990年勧告が職業被ばくに関する線量限度とす
る約50年間で1Sv(1000mSv)と比較するとその4分の1程度に
すぎず,前記(1)ク(ア)のとおり,外国の自然バックグラウンド放射線
が高濃度の地域における積算線量500mSvと比較しても相当程度少な
い線量であり,野菜不足,喫煙,肥満等の他の発がん要因等のリスクと
比較しても大差がないか,これらを下回るレベルにとどまっているとい
うことができ,前記(1)カ(ア)のとおり,ICRP1990年勧告にお
いて,作業者集団につき被ばくの積算線量が約0.5Sv(500mSv)
の場合のがんによる死亡の確率が1.8%とされていることからする
-65-
と,積算線量がその半分程度にとどまる40年ないし70年経過時点で
のがんによる死亡の確率はそれらを下回るものと考えられ,本件原子炉
からの距離が更に遠く離れた原告の居住地域の住民については,確率的
影響は,日常生活を送る上で被る程度の比較的軽度のものということが
できる(原子炉施設の近隣住民が当該施設の継続的運転・操業に伴い反
復継続して受ける被害とは異なり,事故により飛散した放射性物質の残
留による影響を問題とする場合には,長期的にみる限り,放射性物質の
除去・除染や避難等の可能性も考慮し得なくはないことからすると,そ
の影響の程度は更に軽くなるものとみることもできる。)。
(オ)以上のとおり,本件シミュレーションは,そもそも,相当想定をし
にくい最悪の事態を前提に,社会通念上合理的に想定し得る過酷な事故
よりも更に過酷な事故を想定したものであって,本件訴えにおける原告
適格の有無を判断する際に直接これを参考にするのは相当でないとい
うほかなく,過酷な事故というべきB発電所事故による原告の居住地域
付近への影響は,前記(1)ケ(カ)a及びcのとおり,水道水の汚染の程
度及び空間放射線量の増加のいずれについて見ても,確定的影響及び確
率的影響を受けるものとは認められない程度にとどまっている上,仮
に,本件シミュレーションに係るセシウム137が放出された場合の汚
染範囲や放射線量を前提としても,原告の居住地域付近における放射線
により確定的影響を受けると認めることはできず,確率的影響について
も,直接的かつ重大な被害といえる程度のものを受けるとは認められな
いというべきである。
4小括
以上によれば,本件における主張立証を前提とする限り,本件原子炉におい
て社会通念上合理的に想定し得る最も過酷な事故が発生したとしても,それに
よる災害により原告が居住する地域において被り得る被害は,直接的かつ重大
-66-
なものということはできないというほかない。そうすると,原告の居住する地
域が本件原子炉の事故等による災害により直接的かつ重大な被害を受けるも
のと想定される範囲の地域であると認めることはできず,原告が本件訴えにつ
いて原告適格を有するものということはできない。
第4結論
よって,本件訴えについて原告には原告適格が認められないから,本件訴え
は不適法なものとして却下することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴
訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官川神裕
裁判官内野俊夫
裁判官日暮直子
-67-
(別紙2)
関係法令の定め等
1核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下「原子炉規制
法」という。昭和43年法律第55号による改正前のもの)
(1)設置の許可(23条)
ア1項
日本原子力研究所以外の者で原子炉を設置しようとするものは,政令で
定めるところにより,内閣総理大臣の許可を受けなければならない。
イ2項
前項の許可を受けようとする者は,次の事項を記載した申請書を内閣総
理大臣に提出しなければならない。
(ア)1号
氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては,その代表者の氏名
(イ)2号
使用の目的
(ウ)3号
原子炉の型式,熱出力及び基数
(エ)4号
原子炉を設置する工場又は事業所(原子炉を船舶に設置する場合にあ
っては,その船舶を建造する造船事業者の工場又は事業所)の名称及び
所在地
(オ)5号
原子炉及びその附属施設(以下「原子炉施設」という。)の位置,構
造及び設備
(カ)6号
原子炉施設の工事計画
-68-
(キ)7号
原子炉に燃料として使用する核燃料物質の種類及びその年間予定使
用量
(ク)8号
使用済燃料の処分の方法
(2)許可の基準(24条)
ア1項
内閣総理大臣は,第23条第1項の許可の申請があった場合において
は,その申請が次の各号に適合していると認めるときでなければ,同項の
許可をしてはならない。
(ア)1号
原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがないこと。
(イ)2号
その許可をすることによって原子力の開発及び利用の計画的な遂行
に支障を及ぼすおそれがないこと。
(ウ)3号
その者(原子炉を船舶に設置する場合にあっては,その船舶を建造す
る造船事業者を含む。)に原子炉を設置するために必要な技術的能力及
び経理的基礎があり,かつ,原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技
術的能力があること。
(エ)4号
原子炉施設の位置,構造及び設備が核燃料物質(使用済燃料を含む。
以下同じ。),核燃料物質によって汚染された物(原子核分裂生成物を
含む。以下同じ。)又は原子炉による災害の防止上支障がないものであ
ること。
イ2項
-69-
内閣総理大臣は,第23条第1項の許可をする場合においては,前項各
号に規定する基準の適用について,あらかじめ原子力委員会の意見をき
き,これを尊重してしなければならない。
2原子炉規制法(昭和53年法律第86号による改正前のもの)
(1)設置の許可(23条)
ア1項
原子炉を設置しようとする者は,政令で定めるところにより,内閣総理
大臣の許可を受けなければならない。
イ2項
前項の許可を受けようとする者は,次の事項を記載した申請書を内閣総
理大臣に提出しなければならない。
(ア)1号
氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては,その代表者の氏名
(イ)2号
使用の目的
(ウ)3号
原子炉の型式,熱出力及び基数
(エ)4号
原子炉を設置する工場又は事業所の名称及び所在地(原子炉を船舶に
設置する場合にあっては,その船舶を建造する造船事業者の工場又は事
業所の名称及び所在地並びに原子炉の設置の工事を行う際の船舶の所
在地)
(オ)5号
原子炉及びその附属施設(以下「原子炉施設」という。)の位置,構
造及び設備
(カ)6号
-70-
原子炉施設の工事計画
(キ)7号
原子炉に燃料として使用する核燃料物質の種類及びその年間予定使
用量
(ク)8号
使用済燃料の処分の方法
(2)許可の基準(24条)
ア1項
内閣総理大臣は,第23条第1項の許可の申請があった場合において
は,その申請が次の各号に適合していると認めるときでなければ,同項の
許可をしてはならない。
(ア)1号
原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがないこと。
(イ)2号
その許可をすることによって原子力の開発及び利用の計画的な遂行
に支障を及ぼすおそれがないこと。
(ウ)3号
その者(原子炉を船舶に設置する場合にあっては,その船舶を建造す
る造船事業者を含む。)に原子炉を設置するために必要な技術的能力及
び経理的基礎があり,かつ,原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技
術的能力があること。
(エ)4号
原子炉施設の位置,構造及び設備が核燃料物質(使用済燃料を含む。
以下同じ。),核燃料物質によって汚染された物(原子核分裂生成物を
含む。以下同じ。)又は原子炉による災害の防止上支障がないものであ
ること。
-71-
イ2項
内閣総理大臣は,第23条第1項の許可をする場合においては,前項各
号に規定する基準の適用について,あらかじめ原子力委員会の意見をき
き,これを尊重してしなければならない。
3原子炉規制法(平成11年法律第160号による改正前のもの)
(1)設置の許可(23条)
ア1項
原子炉を設置しようとする者は,次の各号に掲げる原子炉の区分に応
じ,政令で定めるところにより,内閣総理大臣,通商産業大臣又は運輸大
臣(以下この章において「主務大臣」という。)の許可を受けなければな
らない。
(ア)1号
発電の用に供する原子炉(次号から第4号までのいずれかに該当する
ものを除く。以下「実用発電用原子炉」という。)通商産業大臣
(イ)2号
船舶に設置する原子炉(第4号に該当するものを除く。以下「実用舶
用原子炉」という。)運輸大臣
(ウ)3号
試験研究の用に供する原子炉(前号に該当するものを除く。)内閣
総理大臣
(エ)4号
研究開発段階にある原子炉として政令で定める原子炉内閣総理大

イ2項
前項の許可を受けようとする者は,次の事項を記載した申請書を主務大
臣(前項各号に掲げる原子炉の区分に応じ,当該各号に定める大臣をいう。
-72-
以下この章において同じ。)に提出しなければならない。
(ア)1号
氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては,その代表者の氏名
(イ)2号
使用の目的
(ウ)3号
原子炉の型式,熱出力及び基数
(エ)4号
原子炉を設置する工場又は事業所の名称及び所在地(原子炉を船舶に
設置する場合にあっては,その船舶を建造する造船事業者の工場又は事
業所の名称及び所在地並びに原子炉の設置の工事を行う際の船舶の所
在地)
(オ)5号
原子炉及びその附属施設(以下「原子炉施設」という。)の位置,構
造及び設備
(カ)6号
原子炉施設の工事計画
(キ)7号
原子炉に燃料として使用する核燃料物質の種類及びその年間予定使
用量
(ク)8号
使用済燃料の処分の方法
ウ3項
内閣総理大臣,通商産業大臣及び運輸大臣は,第1項第4号の政令の制
定又は改廃の立案をしようとするときは,あらかじめ原子力委員会及び原
子力安全委員会の意見を聴き,これを十分に尊重してしなければならな
-73-
い。
(2)許可の基準(24条)
ア1項
主務大臣は,第23条第1項の許可の申請があった場合においては,そ
の申請が次の各号に適合していると認めるときでなければ,同項の許可を
してはならない。
(ア)1号
原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがないこと。
(イ)2号
その許可をすることによって原子力の開発及び利用の計画的な遂行
に支障を及ぼすおそれがないこと。
(ウ)3号
その者(原子炉を船舶に設置する場合にあっては,その船舶を建造す
る造船事業者を含む。)に原子炉を設置するために必要な技術的能力及
び経理的基礎があり,かつ,原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技
術的能力があること。
(エ)4号
原子炉施設の位置,構造及び設備が核燃料物質(使用済燃料を含む。
以下同じ。),核燃料物質によって汚染された物(原子核分裂生成物を
含む。以下同じ。)又は原子炉による災害の防止上支障がないものであ
ること。
イ主務大臣は,第23条第1項の許可をする場合においては,あらかじめ,
前項第1号,第2号及び第3号(経理的基礎に係る部分に限る。)に規定
する基準の適用については原子力委員会,同項第3号(技術的能力に係る
部分に限る。)及び第4号に規定する基準の適用については原子力安全委
員会の意見を聴き,これを十分に尊重してしなければならない。
-74-
4原子炉規制法(平成24年法律第47号による改正前のもの)
(1)設置の許可(23条)
ア1項
原子炉を設置しようとする者は,次の各号に掲げる原子炉の区分に応
じ,政令で定めるところにより,当該各号に定める大臣の許可を受けなけ
ればならない。
(ア)1号
発電の用に供する原子炉(次号から第4号までのいずれかに該当する
ものを除く。以下「実用発電用原子炉」という。)経済産業大臣
(イ)2号
船舶に設置する原子炉(第4号又は第5号のいずれかに該当するもの
を除く。以下「実用舶用原子炉」という。)国土交通大臣
(ウ)3号
試験研究の用に供する原子炉(前号,次号又は第5号のいずれかに該
当するものを除く。)文部科学大臣
(エ)4号
発電の用に供する原子炉であって研究開発段階にあるものとして政
令で定める原子炉経済産業大臣
(オ)5号
発電の用に供する原子炉以外の原子炉であって研究開発段階にある
ものとして政令で定める原子炉文部科学大臣
イ2項
前項の許可を受けようとする者は,次の事項を記載した申請書を主務大
臣(前項各号に掲げる原子炉の区分に応じ,当該各号に定める大臣をいう。
以下この章において同じ。)に提出しなければならない。
(ア)1号
-75-
氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては,その代表者の氏名
(イ)2号
使用の目的
(ウ)3号
原子炉の型式,熱出力及び基数
(エ)4号
原子炉を設置する工場又は事業所の名称及び所在地(原子炉を船舶に
設置する場合にあっては,その船舶を建造する造船事業者の工場又は事
業所の名称及び所在地並びに原子炉の設置の工事を行う際の船舶の所
在地)
(オ)5号
原子炉及びその附属施設(以下「原子炉施設」という。)の位置,構
造及び設備
(カ)6号
原子炉施設の工事計画
(キ)7号
原子炉に燃料として使用する核燃料物質の種類及びその年間予定使
用量
(ク)8号
使用済燃料の処分の方法
ウ3項
文部科学大臣,経済産業大臣及び国土交通大臣は,第1項第4号及び第
5号の政令の制定又は改廃の立案をしようとするときは,あらかじめ原子
力委員会及び原子力安全委員会の意見を聴かなければならない。
(2)許可の基準(24条)
ア1項
-76-
主務大臣は,第23条第1項の許可の申請があった場合においては,そ
の申請が次の各号に適合していると認めるときでなければ,同項の許可を
してはならない。
(ア)1号
原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがないこと。
(イ)2号
その許可をすることによって原子力の開発及び利用の計画的な遂行
に支障を及ぼすおそれがないこと。
(ウ)3号
その者(原子炉を船舶に設置する場合にあっては,その船舶を建造す
る造船事業者を含む。)に原子炉を設置するために必要な技術的能力及
び経理的基礎があり,かつ,原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技
術的能力があること。
(エ)4号
原子炉施設の位置,構造及び設備が核燃料物質(使用済燃料を含む。
以下同じ。),核燃料物質によって汚染された物(原子核分裂生成物を
含む。以下同じ。)又は原子炉による災害の防止上支障がないものであ
ること。
イ主務大臣は,第23条第1項の許可をする場合においては,あらかじめ,
前項第1号,第2号及び第3号(経理的基礎に係る部分に限る。)に規定
する基準の適用については原子力委員会,同項第3号(技術的能力に係る
部分に限る。)及び第4号に規定する基準の適用については原子力安全委
員会の意見を聴きかなければならない。
5原子炉規制法(現行法)
(1)設置の許可(43条の3の5)
ア1項
-77-
発電用原子炉を設置しようとする者は,政令で定めるところにより,原
子力規制委員会の許可を受けなければならない。
イ2項
前項の許可を受けようとする者は,次の事項を記載した申請書を原子力
規制委員会に提出しなければならない。
(ア)1号
氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては,その代表者の氏名
(イ)2号
使用の目的
(ウ)3号
発電用原子炉の型式,熱出力及び基数
(エ)4号
発電用原子炉を設置する工場又は事業所の名称及び所在地
(オ)5号
発電用原子炉及びその附属施設(以下「発電用原子炉施設」という。)
の位置,構造及び設備
(カ)6号
発電用原子炉施設の工事計画
(キ)7号
発電用原子炉に燃料として使用する核燃料物質の種類及びその年間
予定使用量
(ク)8号
使用済燃料の処分の方法
(ケ)発電用原子炉施設における放射線の管理に関する事項
(コ)発電用原子炉の炉心の著しい損傷その他の事故が発生した場合にお
ける当該事故に対処するために必要な施設及び体制の整備に関する事
-78-

(2)許可の基準(43条の3の6)
ア1項
原子力規制委員会は,前条第1項の許可の申請があった場合において
は,その申請が次の各号のいずれにも適合していると認めるときでなけれ
ば,同項の許可をしてはならない。
(ア)1号
発電用原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがないこと。
(イ)2号
その者に発電用原子炉を設置するために必要な技術的能力及び経理
的基礎があること。
(ウ)3号
その者に重大事故(発電用原子炉の炉心の著しい損傷その他の原子力
規制委員会規則で定める重大な事故をいう。第43条の3の22第1項
において同じ。)の発生及び拡大の防止に必要な措置を実施するために
必要な技術的能力その他の発電用原子炉の運転を適確に遂行するに足
りる技術的能力があること。
(エ)発電用原子炉施設の位置,構造及び設備が核燃料物質若しくは核燃
料物質によって汚染された物又は発電用原子炉による災害の防止上支
障がないものとして原子力規制委員会規則で定める基準に適合するも
のであること。
イ2項
前項の場合において,第43条の3の29第1項の規定により型式証明
を受けた同項に規定する特定機器の型式の設計は,前項第4号の基準(技
術上の基準に係る部分に限る。)に適合しているものとみなす。
ウ3項
-79-
原子力規制委員会は,前条第1項の許可をする場合においては,あらか
じめ,第1項第1号に規定する基準の適用について,原子力委員会の意見
を聴かなければならない。

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