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平成29年10月11日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成28年(行ウ)第49号退職手当金不支給処分取消請求事件
口頭弁論の終結の日平成29年7月26日
判決
主文5
1本件訴えのうち退職手当不支給処分の取消請求に関する部分を却
下する。
2原告らのそのほかの請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は原告らの負担とする。
事実と理由10
第1請求
1原告甲(⑴~⑶はいずれも退職手当の支給という同一の目的に向けられたも
のであり,この3つの請求は選択的併合の関係にあると解される)
⑴処分行政庁が平成28年5月30日付けで原告甲に対してした退職手当不支
給処分を取り消す。15
⑵被告は原告甲に対し2975万7021円とこれに対する平成28年8月1
6日から支払いずみまで年5%の割合による金員を支払え。
⑶処分行政庁は原告甲に対し一般の退職手当等2975万7021円を支給す
る処分をせよ。
2原告乙(⑴~⑶はいずれも退職手当の支給という同一の目的に向けられたも20
のであり,この3つの請求は選択的併合の関係にあると解される)
⑴処分行政庁が平成28年5月30日付けで原告乙に対してした退職手当不支
給処分を取り消す。
⑵被告は原告乙に対し2801万3731円とこれに対する平成28年8月1
6日から支払いずみまで年5%の割合による金員を支払え。25
⑶処分行政庁は原告乙に対し一般の退職手当等2801万3731円を支給す
る処分をせよ。
第2事案の概要
本件は,かつて被告(兵庫県明石市)の職員であった原告らが,在職中に刑事事
件に関し起訴され退職後有罪判決を受けたことを理由に退職手当が支給されないの
は不当であるとして,被告に対しその支給を求めて提訴した事案である。5
1基本的事実関係(当事者間に争いがないかカッコ内の証拠と弁論の全趣旨に
より認める。書証の番号は,特に枝番号を掲げるものを除きすべての枝番号を含む)
⑴原告らの経歴(乙6,7)
ア原告甲は昭和38年4月に被告の一般職員として採用され(当時18歳),
平成17年3月31日に定年退職した(当時60歳)。所属部署は次のとおりであ10
り(省略),昭和57年4月から係長,平成4年4月から副主幹,平成6年4月か
ら副課長,平成8年10月から課長,平成12年4月から参事を務めた。
イ原告乙は昭和49年4月に被告の一般職員として採用され(当時22歳),
平成18年3月31日に勧奨退職した(当時54歳)。所属部署は次のとおりであ
り(省略),平成2年12月から担当係長,平成3年4月から係長,平成7年4月15
から副主幹,平成9年4月から副課長,平成11年4月から課長を務めた。
⑵原告らに対する刑事処分(甲2~7)
ア平成13年12月30日,明石市の大蔵海岸東地区に位置する砂浜(以下「本
件砂浜」という)で,4歳の少女が突如生じた陥没孔に落ち込んで生き埋めになる
事故(以下「本件事故」という)が発生した。本件砂浜は大蔵海岸海浜公園に含ま20
れ,東側と南側で,コンクリート製ケーソンを並べて築造されたかぎ形突堤(以下,
その東側部分と南側部分をそれぞれ「東側突堤」「南側突堤」という)に接してい
た。この陥没孔は,東側突堤のケーソン目地部に取り付けられたゴム製防砂板が破
損し,その破損部から目地部付近の砂層の砂が海中に吸い出されて砂層内に大規模
な空洞が形成され,その上部を小走りで移動していた被害者の重みのためその空洞25
が突如崩壊して,生じたものであった。被害者は約5か月後に死亡した。
原告らは本件事故について,被告に在職中の平成16年4月16日,いずれも業
務上過失致死罪で共同被告人として起訴された。この刑事訴訟の経過は次のとおり
であり,平成26年7月22日の最高裁判所の決定により,原告らをいずれも禁錮
1年,執行猶予3年とした差戻し後の第2次第1審判決(神戸地方裁判所平成23
年3月10日判決)が確定した。5
神戸地裁H18.7.7判決2人とも無罪
大阪高裁H20.7.10判決破棄差戻し
最高裁H21.12.7決定各上告棄却
神戸地裁H23.3.10判決2人とも有罪(いずれも禁錮1年,執行猶予3年)
大阪高裁H23.12.2判決各控訴棄却
最高裁H26.7.22決定各上告棄却
なお,差戻し前の第1審から上告審までにおいては,原告らのほかに,国土交通
省丙地方整備局丁工事事務所工務第一課長であった戊と同事務所己出張所長であっ
た庚も共同被告人となっており,戊も庚も原告らと同じく第1審において無罪とさ
れたが,控訴審で破棄差戻しとなり,上告は棄却された。差戻し後の第2次第1審
から上告審までにおいては,戊についての弁論が分離され,原告らと庚のみが共同10
被告人となっており,庚も原告らと同じく第2次第1審において禁錮1年,執行猶
予3年の有罪判決を受け,控訴,上告はいずれも棄却された。
イ確定した差戻し後の第2次第1審判決(甲5)の認定した罪となるべき事実
の概要は下記のとおりである。
記15
①庚は国土交通省丙地方整備局丁工事事務所己出張所長として,本件砂浜と
かぎ形突堤の管理を行い,砂浜利用者等の安全を確保すべき業務に従事し,
原告甲は被告の土木部海岸・治水担当参事として,原告乙は海岸・治水課長
として,それぞれ本件砂浜とかぎ形突堤の維持,管理を行い,大蔵海岸海浜
公園利用者等の安全を確保すべき業務に従事していた。20
②かぎ形突堤はケーソンを並べるなどして築造され,ケーソン間の目地部に
はゴム製防砂板が取り付けられ,これによって目地部のすき間から砂層の砂
が海中に吸い出されるのを防止する構造になっており,庚と原告らの3名と
も,この構造を現に認識していたか,認識することが可能であった。
③庚は平成13年5月から6月にかけ,被告の海岸・治水課職員から,防砂5
板が破損し砂層の砂が海中に吸い出されて南側突堤沿いの砂浜の陥没を食い
止めることができないことや東側突堤沿い南端付近の砂浜についても陥没が
発生していることなどの説明を受け,かつ,国土交通省による抜本的な砂の
吸い出し防止工事の実施の要望を受けた。原告らも同年1月から6月にかけ,
上記陥没の状況をみずから確認したり,海岸・治水課職員から報告を受けた10
りしており,また原告乙は丁工事事務所側に対して上記工事の実施を要望し,
原告甲はその報告を受けていた。しかし丁工事事務所側は,予算上の都合等
からただちに工事に着工するのはむずかしいとの見方であった。
④したがって庚と原告らはいずれも,陥没がくり返し発生していた南側突堤
沿いの砂浜においてはもとより,基本的な構造が同一である東側突堤沿いの15
砂浜においても,防砂板の破損による砂の吸い出しにより陥没が発生する可
能性があることを予見することができたのであるから,
a庚においては遅くとも同年6月以降国土交通省による抜本的な砂の吸い
出し防止工事が終了するまでの間,己出張所みずから,本件砂浜に人が立
ち入ることがないよう,バリケード等を設置し,本件砂浜陥没の事実とそ20
の危険性を表示するなどの安全措置を講じ,あるいは被告に要請して同安
全措置を講じさせ,
b原告甲においては遅くとも同年6月以降,国土交通省による上記工事が
着工されるまでの間,原告乙ら海岸・治水課職員を指導して上記安全措置
を講じ,25
c原告乙においては同じ期間,同課みずから上記安全措置を講じ,あるい
は本件砂浜等の日常管理を被告が委託していた辛協会に指示して同安全措
置を講じさせ,
もって陥没等の発生により公園利用者等が死傷に至る事故の発生を未然に防
止すべき業務上の注意義務が,それぞれあった。
⑤しかし庚と原告らはこれらの注意義務を怠り,同年11月以降も本件砂浜5
で陥没発生が継続していたことを知っていたにもかかわらず,南側突堤沿い
の砂浜と東側突堤沿い南端付近の砂浜の表面に現出した陥没の周囲のみにバ
リケード等を設置する措置を講ずることで事足りると軽信し,いずれも漫然
と上記安全措置を講ずることなく放置した各過失の競合により本件事故を発
生させ,被害者を死亡するに至らせた。10
⑶原告らに対する懲戒処分(乙6,7)
原告らはいずれも平成16年4月30日,本件事故についての責任を問われ,停
職1月の懲戒処分を受けた。
⑷退職手当についての条例の内容(甲1の2,乙2,3)
明石市職員退職手当条例(昭和37年明石市条例第15号。平成24年明石市条15
例第8号による改正前のもの。以下「退職手当条例」という)には下記の規定があ
る。なお13条の2にいう「一般の退職手当等」とは,同条例2条の2第2項に規
定された一般の退職手当と9条の規定による退職手当のことをいう(同条例10条
1項1号。以下,一般の退職手当等というべきところでも単に「退職手当」という)。
記20
2条1項この条例の規定による退職手当は,職員が退職した場合には,その者
(死亡による退職の場合には,その遺族)に支給する。
2条の2第2項次条から第5条までの規定による退職手当(以下「一般の退職
手当」という。)及び第9条の規定による退職手当は,職員が退職した日から
起算して1月以内に支払わなければならない。〔以下省略〕25
8条一般の退職手当は,次の各号のいずれかに該当する者には,支給しない。
⑸地公法第29条の規定による懲戒免職の処分又はこれに準ずる処分を受け
た者
13条の2第1項職員が刑事事件に関し起訴(当該起訴に係る犯罪について禁錮
以上の刑が定められているものに限り,刑事訴訟法(昭和23年法律第131
号)第6編に規定する略式手続によるものを除く。第4項及び次条第5項にお5
いて同じ。)をされた場合で,その判決の確定前に退職したときは,一般の退
職手当等は,支給しない。ただし,禁錮以上の刑に処せられなかったときは,
この限りでない。
2項前項ただし書に定めるもののほか,禁錮以上の刑に処せられた者のうち刑
の執行を猶予されたものについて,その罪が本人の故意又は重大な過失によら10
ないものであり,かつ,その者の在職中の勤務成績が良好で特に必要と認める
ときは,同項本文の規定にかかわらず,一般の退職手当等を支給することがで
きる。
⑸退職手当の支給の拒否(甲1の1,乙1)
原告らは被告の総務部職員室人事課給与係長あての「退職手当金支払請求通知書」15
と題する平成28年5月6日付けの書面で被告に対し退職手当を支給するよう請求
したが,被告は総務部職員室名義の同月30日付けの書面で,原告らには退職手当
条例13条の2第1項本文の規定が適用されるので請求には応じられない,また同
条2項の規定に基づく退職手当を支給する予定はない,と回答した(以下「本件回
答」という)。20
2原告らの請求
⑴本件回答の取消請求
本件回答は原告らに対し退職手当の支給をしないという行政処分である。
退職手当条例13条の2第1項本文に該当する場合であっても,処分行政庁は,
同条2項に基づき,裁量により退職手当を支給することができる。ところが処分行25
政庁は,原告らが同条1項本文に該当するというだけで退職手当の全額を不支給と
しており,裁量による支給の検討をしていないから,本件回答には裁量権の逸脱・
濫用があり違法である。
よって原告らはそれぞれ被告に対し行政事件訴訟法(以下「行訴法」という)上
の取消訴訟として本件回答の取消しを求める(以下,この原告らの請求を「本件請
求A」という)。5
⑵退職手当請求
退職手当条例に基づいて算定した退職手当は,原告甲が2975万7021円,
原告乙が2801万3731円である。原告らは退職手当条例13条の2第2項の
要件を満たすから,この金額の退職手当請求権が当然に発生している。
よって原告らはそれぞれ被告に対し行訴法上の当事者訴訟として上記の各金額の10
退職手当とこれらに対する弁済期の後である平成28年8月16日から支払いずみ
まで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払いを求める(以下,この原告
らの請求を「本件請求B」という)。
⑶退職手当条例13条の2第2項に基づく退職手当支給処分の義務付けの請求
退職手当条例13条の2第2項に基づく退職手当を支給するには処分行政庁によ15
る行政処分が必要であるというのであれば,原告らはそれぞれ被告に対し行訴法上
の義務付け訴訟(同法3条6項1号にいういわゆる非申請型義務付け訴訟)として,
処分行政庁が同条例13条の2第2項に基づき,原告甲に対しては2975万70
21円の,原告乙に対しては2801万3731円の,各退職手当支給処分をすべ
き旨を命ずることを求める(以下,この原告らの請求を「本件請求C」という)。20
3争点
⑴本件回答の行政処分性
ア原告らの主張
退職手当の支給について,退職手当条例には「処分」と明記されてはいないが,
その不支給は実質的な不利益処分であるから,原告らはこれを争えなければならな25
い。退職手当を支給しないという処分行政庁の意思は本件回答により初めて原告ら
に知らされたのであり,かつ,そこには同条例13条の2第2項に基づく退職手当
の支給をしないとの判断も含まれているのであるから,原告らはこれを行政処分と
してその取消しの訴え(本件請求A)を提起することができるというべきである。
イ被告の主張
原告らには退職手当条例13条の2第1項本文が適用されるので,この規定の効5
果として退職手当は支給されない。本件回答はこのことを説明した連絡文書にすぎ
ず,何の法的効果も発生させるものではないから,行政処分にあたりえない。本件
請求Aに関する訴えは取消しの対象を欠く不適法な訴えである。
⑵退職手当条例13条の2第2項の規定により退職手当請求権が発生するか。
ア原告らの主張10
本来退職手当は退職したときに退職手当条例の規定に従って当然に発生するもの
である。したがって同条例13条の2第2項の要件を満たす場合にも当然に退職手
当請求権が発生すると解すべきである(本件請求B)。
イ被告の主張
たしかに通常の退職手当の場合,処分行政庁による処分を待つまでもなく退職手15
当条例の要件を満たすことにより当然に退職手当請求権が発生するが,同条例13
条の2第1項本文に該当する退職者,すなわち起訴され,その判決の確定前に退職
した職員については,同項の規定により,本来発生するはずの退職手当請求権は発
生しないことになる。
同条2項は,そのような職員についても,有罪判決が執行猶予付きであった場合,20
処分行政庁が在職中の事情等を考慮して退職手当を支給することができることを認
めた規定である。この退職手当を支給するには処分行政庁による判断が不可欠であ
るから,これは処分行政庁に対し退職手当支給処分をする権限を与えた規定である。
したがって処分行政庁が同項に基づく支給処分をすることなしに原告らに退職手
当請求権が発生することはないから,本件請求Bは同項所定の要件を検討するまで25
もなく棄却すべきである。
⑶退職手当条例13条の2第2項に基づく退職手当支給の要否
ア原告らの主張
原告甲は定年退職まで42年間にわたり勤務し,原告乙は勧奨退職まで32年間
にわたり勤務した。
退職手当の法的性格は,功績報償的性格,賃金の後払い的性格,退職後の生活保5
障的性格が結合している。原告らに対する退職手当全額を不支給とすることができ
るのは,有罪判決とされた本件事故についての責任が,原告らの永年の勤務の功績
をすべて抹消してしまうほど重大な背信的である場合にかぎられる。原告らは本件
事故について,差戻し前第1審判決では無罪とされたのであり,後に有罪とされた
が,重大な過失はなかった。また原告らの在職中の勤務成績は良好であった。した10
がって原告らには退職手当条例13条の2第2項に基づき退職手当が支給されなけ
ればならない。
退職手当条例8条5号によれば,退職した一般の職員のうち退職手当を不支給と
されるのは,懲戒免職処分またはこれに準ずる処分を受けた者のみであり,この規
定に照らしても,原告らに退職手当を不支給とすることは不相当に過酷な処分であ15
り,比例原則に反する。
平成13年7月21日に明石市の山陽本線朝霧駅南側で発生した歩道橋事故では
11名が死亡したが,責任者として起訴された被告の職員2名はいずれも禁錮2年
6月,執行猶予5年の判決を受けたにもかかわらず退職手当全額の支給を受けてい
る。原告らより重い刑の言渡しをされた上記職員に退職手当を支給する一方で原告20
らに支給しないことは平等原則に反する。
原告乙は前々回の明石市長選挙において現在の市長の対立候補の支援者のかなめ
であった。原告らに退職手当を支給しないのは,過去の選挙戦に対して報復し今後
の選挙活動を牽制・抑止するという目的によるものではないかと思われる。
イ被告の主張25
退職手当条例13条の2第2項に基づく退職手当は,退職者に対する温情的措置
に基づく給付であり,処分行政庁には広範な裁量が認められる。そしてこの権限は
退職者の意向によって左右されるものではないから,同項に基づく退職者からの退
職手当支給の申立ては処分行政庁の職権発動を求める事実上の申入れにすぎない。
本件事件についての確定判決(差戻し後第2次第1審判決)は,原告らの各過失
はいずれも重大なものであると判示しており,この判断は控訴審,上告審において5
も維持された。したがって原告らについては同項の要件のうち「その罪が本人の故
意又は重大な過失によらないもの」という要件が満たされていない。
また原告らについてはいずれも,在職中顕著な功績を挙げたという事情は認めら
れない。本件事故を引き起こしたことによって原告らはその功績を没却されるに至
ったと評価せざるをえず,同項の要件のうち「在職中の勤務成績が良好で特に必要」10
の要件も満たさない。
歩道橋事故で有罪とされた元職員2名に対して被告が退職手当全額を支給したの
は事実である。しかし本件事故と歩道橋事故とは事案がまったく異なり,また歩道
橋事故については被告人となった職員に重大な過失があったとの評価はされなかっ
た。したがって原告らを歩道橋事故の被告人となった職員と同様に扱わなければな15
らないという要請はなく,平等原則違反はない。
原告らに退職手当を支給しないのは過去の選挙活動に対して報復し今後の選挙活
動を牽制・抑止するという不当な目的ないし他事考慮によるものであるとの原告ら
の主張は,裏づけを欠き推測の域を出るものではない。
したがって原告らに退職手当を支給しないことは,同項に基づく広範な裁量権を20
逸脱・濫用することにはならない。
第3争点に対する判断
1退職手当条例13条の2第2項に基づく退職手当支給の法的性格について
原告らについては次の事実が認められる。
平成16年4月16日本件事故について禁錮以上の刑が定められている業25
務上過失致死罪で起訴
平成17年3月31日原告甲退職
平成18年3月31日原告乙退職
平成26年7月22日原告らをいずれも禁錮1年,執行猶予3年とする有罪
判決が確定
したがって原告らはいずれも退職手当条例13条の2第1項本文に該当するので,5
退職手当が支給されるとすれば同条2項が根拠となる。そこでまず,同項に基づく
退職手当支給の法的性格について検討する。
退職手当条例2条1項,2条の2第2項によると,被告の職員が退職した場合,
処分行政庁において特に処分をするまでもなく,退職した日から起算して1月以内
に所定の退職手当が支給されることになっている。したがって職員は,退職したこ10
とにより当然に被告に対し退職手当請求権を取得する。これが原則である。これに
対し同条例8条は同条各号のいずれかに該当する者に対し,13条の2第1項本文
はその規定に該当する者に対し,退職手当を支給しないと規定しているから,これ
らの者には,この条例の規定の効果により,本来発生すべき退職手当請求権が発生
しないことになる。15
同条2項は,同条1項本文に該当する者で,禁錮以上の刑に処せられたが刑の執
行を猶予されたものについて,所定の要件の下に退職手当を支給することができる
ことを定めた規定である。支給の主体は定められていないが,処分行政庁であると
解するほかない。そうすると同条2項は,退職手当請求権の発生を否定された同条
1項本文該当者について,所定の要件の下に処分行政庁の判断により退職手当請求20
権を発生させることができることを定めた規定である。処分行政庁の判断によって
特定の者に特定の権利を発生させるのであるから,これは処分行政庁がそのような
行政処分をすることができることを定めた規定であると解される。そして処分行政
庁がその行政処分をするにあたり同条1項本文該当者からあらかじめ申請を受ける
という仕組みにはなっていないから,この行政処分は申請に対する応答の処分では25
なく,処分行政庁が一方的に行う処分であると解するほかない(以下,同条2項が
定める退職手当支給の行政処分を「2項処分」という)。
2争点⑴(本件回答)
上記のとおり2項処分は申請に対する応答の処分ではない。原告らが「退職手当
金支払請求通知書」と題する平成28年5月6日付けの書面で被告に対してした退
職手当の支給の請求を,処分行政庁に対し法令に基づき2項処分を求める申請と解5
することはできないから,これはあくまで事実上の請求にすぎず,この通知書に対
し退職手当の支給の拒否を回答した本件回答をもって申請を拒否する行政処分と解
する余地はない。
また2項処分は退職手当を支給する処分であり,退職手当条例13条の2第2項
に基づく退職手当を支給しない処分なるものは存在しない。10
したがって本件回答はいかなる意味でも行政処分になりえないから,行訴法上の
取消訴訟の対象にならない。本件請求Aに関する訴えは対象を欠く不適法な訴えで
あり却下を免れない。
3争点⑵(退職手当請求権)
退職手当条例13条の2第1項本文に該当する者については,前記のとおり,本15
来発生すべき退職手当請求権が発生しないこととされている。2項処分が行われて
初めて,この者について退職手当請求権が発生する。
現在まで原告らに対する2項処分は行われていないから,原告らは同項に基づく
退職手当請求権を有していない。本件請求Bは,これ以上判断するまでもなく理由
がない。20
4争点⑶(退職手当条例13条の2第2項の要件該当性)
⑴退職手当条例13条の2第1項本文に該当する者が提起すべき訴えについて
前記のとおり2項処分は申請に対する応答の処分にはなりえないから,退職手当
条例13条の2第1項本文に該当する者が処分行政庁に対し退職手当の支給を求め,
これが拒否された場合,その者は,処分行政庁が2項処分をすべきであるにかかわ25
らずこれがされないとして,被告に対し処分行政庁が2項処分をすべき旨を命ずる
ことを求める訴訟すなわち行訴法3条6項1号に掲げる義務付け訴訟(いわゆる非
申請型義務付け訴訟)を提起するほかないと解される。
この義務付け訴訟を提起するためには,当該処分がされないことにより「重大な
損害を生ずるおそれがあり,かつ,その損害を避けるため他に適当な方法がない」
ことが必要である(行訴法37条の2第1項)。前記のとおり退職手当条例によれ5
ば退職手当請求権は退職により当然に発生するのが原則であり,同条例13条の2
第1項本文がこれを否定しているのは例外的な事態であるから,同項本文に該当す
る者は,2項処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがある状態にあ
ると解することができる。そしてこれを避けるためには行訴法3条6項1号に掲げ
る義務付け訴訟を提起するほかない。10
以上によると,本件請求Cは,行訴法37条の2第1項の要件を満たしていると
いうべきである。
⑵2項処分の義務付け訴訟における本案要件の判断枠組み
退職手当条例13条の2第2項の文言によると,2項処分が行われるのは,次の
①~③の要件が満たされたときである。15
①退職手当条例13条の2第1項本文該当者が禁錮以上の刑に処せられたが,
刑の執行を猶予されたこと
②その罪が本人の故意または重大な過失によらないものであること
③その者の在職中の勤務成績が良好で特に必要と認めること
これらの要件について個別に検討すると,まず①は,確定した有罪判決の内容に20
より客観的に定まるものである。②も,確定した有罪判決の内容によって定まるも
のであるが,①と異なり,当該判決に明記されているとはかぎらないから,必ずし
も客観的に判断できるわけではなく,2項処分の義務付け訴訟の中で裁判所がその
有無を判断することになる。
これに対し③は,「特に必要と認める」という文言と,その主体が処分行政庁で25
あることからして,処分行政庁に裁量権を与えたものと解される。したがって③に
ついては,2項処分の義務付け訴訟において,「特に必要と認める」か否かを裁判
所がみずから決すべきものではなく,処分行政庁が「特に必要と認める」とはいえ
ないとの判断をしたことを前提にしたうえで,それが裁量権の範囲を超えまたはそ
の濫用となると認められるときに,当該判断を違法とすべきである(行訴法37条
の2第5項参照)。そしてこの文言からしても,また,2項処分が授益処分であり,5
しかも本来は退職手当請求権を有しない者に対して恩恵的に退職手当を支給すると
いう性格のものであることからしても,処分行政庁の裁量権の範囲は広範であると
解されるから,「特に必要と認める」とはいえないとした判断が裁量権の逸脱・濫
用として違法となるのは,基礎となる重要な事実を見落としたか,または社会通念
に照らし著しく妥当性を欠くと認められる場合にかぎられるというべきである。10
なお同条例13条の2第2項が「支給することができる」と規定していることか
ら,①~③の要件が満たされた場合でもさらに,退職手当を支給するか否かを最終
的に決める裁量権を処分行政庁が有するかのようにも読めなくはないが,そのよう
に読むと③の要件との関係で裁量判断が重複することになるから妥当でない。ここ
にいう「支給することができる」は,処分行政庁に権限があることを規定したもの15
であり,①~③の要件が満たされた場合にはこの権限を行使する義務すなわち退職
手当を支給する義務があると解すべきである。
したがって裁判所としては,①・②のいずれについても肯定的に判断し,かつ③
の裁量判断に裁量権の逸脱・濫用があると判断した場合に,処分行政庁が2項処分
をすべき旨を命ずる判決(義務付けの判決)をすることになる。20
以下,この判断枠組みに従って検討する。
⑶本件についての検討
ア①の要件
原告らは禁錮1年,執行猶予3年の有罪判決を受けたから,①の要件を満たす。
イ②の要件25
原告らは業務上過失致死罪で有罪とされたのであるから,その罪について故意が
ないことは明らかである。
過失の程度について,確定した差戻し後の第2次第1審判決は次のように判示し
ている(甲5の68頁)。「国による抜本的な陥没対策工事が未着工の状況下にお
いて,被告人らは,陥没が繰り返し発生していた南側突堤沿いの砂浜のみならず,
ケーソン目地部に防砂板を設置して砂の吸い出しを防ぐという基本的な構造が同一5
である東側突堤沿いの砂浜においても,防砂板の破損による砂の吸い出しにより陥
没が発生する可能性があることを予見することができた以上,陥没等の発生により
本件砂浜利用者等が死傷に至る事故の発生を未然に防止すべきことが強く求められ
ていた。それなのに,被告人らは,南側突堤沿いの砂浜及び東側突堤沿い南端付近
の砂浜の表面に現出した陥没の周囲のみにA型バリケード等を設置する措置を講ず10
ることで事足りると軽信し,それぞれが『罪となるべき事実』記載のとおりの安全
措置を講じることなく放置した結果,本件事故という最悪の事態が引き起こされた
のであって,被告人らの各過失は,いずれも重大なものであると言わざるを得……
ない」。そして第2次控訴審判決,上告審決定においても,これに反するような判
断はされていない(甲6,7)。15
原告らに事故の予見可能性があったことは,差戻し前の控訴審判決以降の各判決・
決定において一貫して認められており,これを覆す事情はない。そして原告らがみ
ずから,あるいは公園協会に指示して講ずべき安全措置は,本件砂浜に人が立ち入
ることがないようバリケード等を設置し,本件砂浜陥没の事実とその危険性を表示
するなどの措置をとることであって(基本的事実関係⑵イの④参照),これは原告20
らにとって十分に実行可能で,かつ容易なことであったと認められる。この事情を
ふまえると,原告らに重大な過失があったとする上記判断には根拠があるというべ
きであり,少なくとも,その罪が「重大な過失によらないもの」であると認めるこ
とはできない。
したがって原告らは②の要件を満たさないというほかない。25
ウ③の要件
原告らについては②の要件が満たされないからもはや③の要件を検討する必要は
ないが,念のため,仮に②の要件が満たされたものとして,③の要件についても検
討する。
原告らは,「在職中の勤務成績が良好で特に必要と認める」べき事情があるとし
て,かつての同僚職員が作成した陳述書(甲10,11)を提出する。一方被告は,5
原告らの人事記録台帳(乙6,7)を提出し,そこには在職中の客観的な事実が記
載されている。これらの証拠によれば,原告らが長年にわたって被告における職務
に精励し順調に昇進を重ねた事実は認められるものの,本件事故についての有罪判
決の内容をもふまえると,顕著な功績があったとまではいいがたい。したがって「在
職中の勤務成績が良好で特に必要」と認めなかった処分行政庁の判断が,基礎とな10
る重要な事実を見落としたとか,社会通念に照らし著しく妥当性を欠くとかいうこ
とはできないから,裁量権の逸脱・濫用はない。
⑷原告らの主張について
原告らは,平成13年7月に明石市で発生した歩道橋事故について起訴され有罪
となった被告の職員2名には退職手当が支給されたことを指摘し,平等原則違反が15
あると主張する。しかしこれらの職員に対する刑事事件の判決の内容についても,
在職中の勤務成績についても,証拠がないから,これらの職員に退職手当が支給さ
れたという一事をもって,本件における処分行政庁の判断に裁量権の逸脱・濫用が
あるということはできない。
原告らはまた,原告らに退職手当を支給しないのは,過去の選挙戦に対して報復20
し今後の選挙活動を牽制・抑止するという不正な目的ないし他事考慮によるもので
あるとも主張するが,これについても証拠がまったくないから,原告らの主張する
不正な目的ないし他事考慮を認める余地はない。
⑸まとめ
2項処分の要件①~③のうち原告らについて満たされるのは①のみであるから,25
その義務付けの請求を認容することはできない。本件請求Cは理由がない。
5結論
本件回答は行政処分ではないから原告らはその取消しを求めることはできない。
行訴法上の取消しの訴えである本件請求Aに関する訴えは不適法であるから却下を
免れない。
退職手当条例13条の2第2項に基づく退職手当については,処分行政庁が2項5
処分をして初めてその請求権が発生する。処分行政庁はこれまで当該処分をしてい
ないから,原告らはその主張する退職手当請求権を有しておらず,本件請求Bは理
由がなく,棄却すべきである。
本件請求Cは行訴法37条の2第1項の要件(訴訟要件)を満たしているものの,
処分行政庁に対し原告らのための2項処分を義務付けるべき事情はないから,本件10
請求Cは理由がなく,棄却すべきである。
神戸地方裁判所第6民事部
裁判長裁判官倉地康弘15
裁判官達野ゆき
裁判官若林貴子

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