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       主   文
一 被告が昭和四三年二月二日付で原告に対してなした職務上の事由による船員保
険傷病手当金の支給をしない旨の決定を取消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
 主文同旨
二 被告
 請求棄却、訴訟費用原告負担の判決
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、船員保険の被保険者の資格((船)神Dとめ第五五九号)を有するも
のであるが、訴外徳島水産株式会社に船員として雇入れられ、第十一加喜丸に乗組
んでメキシコ沖で操業揚縄中、昭和三九年一二月二八日午後六時ころ、ボートデツ
キ上の漁具に足をとられて転倒し、後頭部、背部、腰部を強打した。
2 右転倒負傷後、原告は、作業を中止して寝台で休み、衛生管理者からトクホン
貼布等の治療を受けたが、負傷後三日目ころから食欲がなくなり、昭和四〇年一月
一〇日、右船内において精神分裂病が発病し、同月一五日、メキシコ国マンサニオ
港にて下船して同地の病院に五日間入院し、同月二一日、空路日本に帰国した。そ
の後郷里の徳島県の精神病院に入通院を繰り返しているが、症状は軽快しない。
3 そこで、原告は、昭和四二年六月一二日、被告に対し、原告の精神分裂病は操
業揚縄中の転倒負傷に起因し、職務上の事由による疾病であるとして、船員保険法
による職務上の事由による傷病手当金の支給を請求した。しかし、被告は、昭和四
三年二月二日、次の理由から、原告の精神分裂病は職務に起因するものとは認めら
れないとして、主文掲記の処分(以下「本件処分」という。)をした。
(一) 請求人は昭和三九年一二月二八日に船上で負傷してから昭和四〇年一月一
〇日に精神分裂病を発病するまでの間通常の状態で作業に従事していた。
(二) 初診をした聖路加国際病院の医師が請求人の精神分裂病は外傷とは関連が
ない旨の意見をのべている。
 原告は、右処分を不服として、昭和四三年二月二〇日、神奈川県社会保険審査官
に対し審査請求をしたが、昭和四四年一月二四日、同審査官が審査請求を棄却する
旨の決定をしたので、同年二月二〇日、社会保険審査会に対し再審査請求をした
が、同審査会は、昭和四七年三月三一日、請求を棄却する旨の裁決をなした。
4 しかしながら、原告は、昭和三九年一二月二八日の転倒負傷後は作業を中止し
て治療を受けていたのであるから、「通常の状態で作業に従事」していたという事
実は全くなく、また、原告の後頭部強打は精神分裂病発病の原因となりうるし、加
えて、操業中の船内には医師が不在で医療設備もなく、治療の名に値する処置も受
けられず、ほとんど放置されたに等しい状態に置かれていたため、これが受傷後一
四日後に精神分裂病発病を招来する原因になつたものと考えられる。このように、
原告の精神分裂病は、操業中の転倒による後頭部強打が原因となつているものであ
るから、職務上の事由による疾病というべきであり、従つて、職務上の事由による
船員保険傷病手当金の支給をすべきであるのに、これを否定した被告の本件処分は
事実の認定を誤つた違法がある。
 よつて、原告は本件処分の取消しを求めるため本訴請求に及んだ。
二 請求原因に対する答弁
 請求原因1ないし3の事実を認め、同4の事実のうち、原告が昭和三九年一二月
二八日の転倒負傷後作業を中止して治療を受けていたことを認め、その余を否認す
る。
三 被告の主張
 原告の転倒による受傷と精神病発病との間には因果関係が認められないので、原
告の疾病には業務起因性がない。
1 精神分裂病は内因性の精神病であり、遺伝的素因と関連するもので、原告の分
裂的性格が発症原因の全てであり、外傷によつて精神分裂病が発病することはあり
えない。
2 外傷によつて精神病の発病することがありうるとすれば、それは外傷精神病な
いし頭部外傷後遺症による精神病様状態として、脳に器質的損傷を受けたか少なく
とも受傷直後に意識障害があつた場合に限られるところ、原告は転倒によつて後頭
部を強打したものとは認められず、仮に、後頭部に何らかの打撃を受けたとして
も、受傷直後の意識障害はなく、脳に器質的損傷が認められないのであるから、外
傷によつて精神病が発病したものとは考えられない。
3 船上の居住環境は、次のとおり、極めて良好であり、これが精神分裂病発病の
条件ないし誘因となることはありえない。
(一) 第十一加喜丸は昭和三九年七月に進水した新造船で、当時の漁船としては
大型で、冷房機械等最新の設備を完備していた。
(二) 船長以下乗組員の対人関係は良好であり、最年少の原告は「a」と愛称で
呼ばれて可愛がられていた。
(三) 受傷後も、原告は食堂に隣接した船室のベツトで休養していたが、船長の
指示もあつて、他の船員から声をかけられ、励まされていたもので、決して孤独、
単調な閉鎖的状態ではなかつた。
       理   由
一 発病の経過
 成立に争いがない乙第三号証、第一五号証の二、三、第一七ないし第二〇号証
(但し、乙第三号証、第一五号証の二については後記措信しない部分を除く)、弁
論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第三一号証、証人bの証言により
真正に成立したと認められる甲第四号証の一、二、証人cの証言及び当事者間に争
いがない事実によれば、次の事実が認められ、右認定に反する乙第三号証、第一五
号証の二の記載の一部は証人cの証言と対比してたやすく措信しがたく、他に右認
定を左右するに足りる証拠はない。
1 原告は、中学校卒業後、訴外徳島水産株式会社(以下「訴外会社」という。)
に船員として就職し、二航海を終えたのち、訴外会社の第十一加喜丸(以下「本
船」という。)に乗船して、三回目の航海として、昭和三九年九月五日、三崎港を
出港し、同年一〇月三日からメキシコ沖での操業に従事した。本船は、同年七月に
進水した新造の母船式鮪漁船で、総屯数四九九・一一屯、船の長さ約五〇メート
ル、船の巾約一一・五メートル、乗組員は船長以下四三名であつた。
2 同年一二月二八日午後六時ころ、原告は、揚縄作業に従事中、揚縄の縄が切断
したため、縄についている浮きを捕えようとしたとき、漁具に足をとられて、甲板
上に仰向けに転倒し、後頭部、背部、腰部を強打した(以下「本件事故」とい
う。)。当時は夕食の交替時で、食事を終えて甲板上に戻つた同僚の一人が、両手
で頭を抑えしやがみ込んでいる原告を認め、「どうしたか」と尋ねたが、返事がな
く、原告の背中に魚の血やウロコが付着していたので、手当てしようとしたとこ
ろ、間もなく、原告は、「後頭部をデツキで強打した。少しの間目まいがしたが、
もう治つた。大丈夫だ。」と述べていた。やがて、本件事故の報告を受けたc船長
の指示により、原告は直ちに作業を中止して、船室に戻つて休養することになり、
本船の衛生管理者で次席一等航海士dからトクホン貼布等の治療を受けた。本船の
普通船員の船室は、機関部後方の船尾の左舷と右舷に食堂を狭んで一部屋ずつあ
り、各部屋とも二段ベツトが備付けられ、一四人程度寝起きできる大部屋で、外気
温度と四ないし五度差の冷房設備が設けられていた。なお、本船には、救急用の医
薬品は積込まれていたが、医者は乗船していなかつたし、特段の医療設備等もなか
つた。
3 本件事故後三日目ころから、原告は、就床している原告のもとへ食事を持参し
た同僚に対し、「マイクが聞こえる」、「皆が悪口をいいよる」などと口走るよう
になり、食事もほとんど食べないようになつた。その後、昭和四〇年一月三日こ
ろ、原告は、内地へ帰航中の船があれば帰りたいとしきりに言うようになつたが、
適当な船便もなかつたため、従前どおり、作業には就かず、一人ベツトで寝かされ
ている状態が続いた。そして、同月六日には、船内の誰が見ても原告の態度が異常
となつたことが判るようになり、航行中の本船から訴外会社東京支社宛へ、電信
で、原告が病気に罹つた旨の連絡がなされ、更に、同月一一日には原告が精神異常
を来たして症状が悪化した旨の連絡がなされて、指示を仰いでいる。そのころか
ら、原告は、不眠状態が続き、睡眠薬(ブロバリン錠)六ないし八錠を服用するも
眠らず、言葉がはつきりしなくなり、目つきが悪くなり、頭を一時間くらい振り続
けたり、「殺される」などと口走るようになつた。そこで、c船長において、一日
も早く治療を受けさせる必要があるものと判断して、訴外会社の了解を得て、同月
一五日、近くのメキシコ国マンサニオ港に寄港し、付添看護人として前記dを同道
させ、同地の病院に入院させた。しかし、治療効果は上らず、原告は、同月二〇
日、メキシコ空港から空路日本への帰国の途につき、同月二一日、帰国した。そし
て、同月二二日、東京都内の聖路加国際病院で診察を受け、同病院において、被害
妄想が顕著であつたため、「精神分裂病疑」と診断された。
二 病状
 鑑定の結果及び鑑定証人e、同fの各証言を総合すると、原告は、臆病、はにか
み、控え目、従順等の内向的性格が著明であるのに加えて、思考の狭小さ、単純さ
並びに固執傾向や情緒面の豊さが乏しいなど精神分裂病に親和性のある性格であつ
たところ、本件事故当時、原告は一七歳で乗組員中最年少であり、親しい友人も話
し相手もなく、遠洋航海中の船内では、他人との接触に、自らの内面を秘し、自我
を殺してひたすら従順にのみ努力する生活を続けていた矢先、本件事故によつて負
傷し、十分な治療も受けられないまま船尾下部の船員ベツトの中に一人横たわつて
いる状態は、若年、未熟で、かつ、前記の性格である原告にとつては恐怖そのもの
であり、日々の葛藤が極度の緊張を惹起し、雪崩式に緊張病性興奮状態に達し、つ
いに、昭和四〇年一月初旬ころ、緊張型精神分裂病が発病するに至つたこと、同月
二三日、原告は郷里の徳島県に帰り、その後、県下の精神病院に長期間入通院をし
て治療を受けたが、緊張病性の精神運動興奮と昏迷を繰り返し、長期の罹病から人
格水準の低下が認められ、現在、相当すすんだ精神異常の状態にあること、なお、
原告には、本件事故による脳の器質的障害は認められず、受傷直後に意識障害も認
められなかつたことから、原告の疾病は、頭部外傷後遺症による精神病様状態ある
いは外傷精神病の病態ではないこと、以上の事実が認められ、右認定に反する乙第
一〇号証、第二一号証の記載の一部は前記鑑定結果及び鑑定証人fの証言と対比し
てたやすく措信しがたい。なお、鑑定人f作成の鑑定書の鑑定主文六項には、本件
事故後、日本に帰国するまでの原告のおかれた環境は良好とはいえないが、当時の
条件から特に悪影響を与えたとは認められない、との記載があるが、右は、同鑑定
書二七丁表三行目から裏五行目までの記載及び鑑定証人fの証言(同人の証人調書
二四丁裏二行目から二七丁裏六行目まで)と対比すれば、右認定を左右するに足り
る趣旨とは解し難い。
三 請求原因3の事実は当事者間に争いがない。
四 業務との関連性
1 船員保険法は、被保険者に疾病、負傷という事態が生じた場合に、療養の給付
(第二八条)のほか傷病手当金も給付(第三〇条)されることになつているが、職
務上の事由による場合と職務外の事由による場合で給付率を異にしている(同条第
二項)ところ、同条に定める職務上の事由による疾病とは、船員の疾病が、業務の
遂行中(業務遂行性)、業務との相当因果関係の範囲内において(業務起因性)生
じた場合を指すものと解される。
2 ところで、前記認定の事実によれば、原告は、本船の船員として揚縄作業中に
本件事故に遭つたものであり、また、本件事故のため船長の指示のもとに船室のベ
ツトで休養を余儀なくされていたのであるから、従つて、本件事故そのものは勿
論、その直後からの航海中の船室のベツトで一人休養中の状態は、使用者との支配
従属関係のもとにあつたものとして、業務遂行性が認められることは明らかであ
る。
 次に、前記認定のとおり、もともと精神分裂病の素因を有していた原告が、遠洋
航海中の船員ベツトの中に一人横たわり、十分な治療や看護も受けられず、さりと
て早期に下船、帰国することもできない状態に置かれたため、極度の緊張を惹起し
て本件疾病を発病するに至り、しかも、発病後も直ちに適切な治療を受けることが
できず、帰郷後にようやく専門的な治療を受けたというのであるから、もし、本件
事故がなく極度の緊張状態を生む居住環境に置かれなかつたとすれば、本件疾病を
発病することはなかつたものと考えられるし、また、少なくとも、発病したのち早
期かつ適切な治療を受けていれば前記一、二認定の如き症状の著しい悪化と固定化
は見られなかつたものと推測されるので、以上の点を総合して考察すれば、本件疾
病は、原告の前記遂行中の業務と相当因果関係があるものと認めるのが相当であ
る。
3 被告は、本件疾病は内因性の精神病であり、遺伝的素因と最も深く関連するも
ので、原告の分裂的性格がその発病原因の全てであり、業務起因性はない、と主張
するが、前記認定のとおり、原告の本件疾病は緊張型の精神分裂病であり、前掲鑑
定の結果及び鑑定証人e、同fの証言によれば、右疾病は突然の緊張興奮状態が素
因と共にその発症の原因とされているもので、前示の本件事故後の状態は原告にと
つて緊張興奮を招来する格好の環境にあつたものと認められるから、かかる環境に
置かれたこと自体が本件疾病発症の重要な要素になつていたものというべきであ
り、被告の右主張は採用しがたい。
五 以上によれば、本件疾病は職務上の事由による疾病と認めるべきであり、職務
外の事由によるものとの認定のもとに原告に対してなした本件処分は違法であるか
ら、取消しを免れない。
 よつて、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴
訟法第七条、民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 三井哲夫 吉崎直弥 嘉村孝)

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