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平成30年1月30日判決言渡
平成28年(行ケ)第10218号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成29年12月25日
判決
原告イデラファーマシューティカルズ
インコーポレイテッド
訴訟代理人弁理士葛和清司
塩崎進
三橋規樹
前田正夫
木村伸也
小田切美紗
矢後知美
松浦綾子
大栗由美
木羽邦敏
被告特許庁長官
指定代理人村上騎見高
内藤伸一
尾崎淳史
半田正人
主文
1特許庁が不服2014-14059号事件について平成28年5月
20日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた裁判
主文同旨
第2事案の概要
本件は,特許出願拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟
である。争点は,手続違背(取消事由1),本願発明の認定の誤り(取消事由2),
実施可能要件及びサポート要件に係る各判断の誤り(取消事由3)の有無である。
1前提となる事実(特許庁における手続の経緯)
原告は,発明の名称を「トール様受容体に基づく免疫反応を調整する免疫調節ヌ
クレオチド(IRO)化合物」とする発明につき,平成18年10月12日,国際
特許出願(特願2008-535681号。請求項の数が22であり,優先日を平
成17年10月12日,平成18年3月21日及び同年9月13日(いずれも米国)
と主張するもの。以下「本願」という。甲4)をしたが,平成26年3月6日付け
で拒絶査定(甲12)を受けた。
原告は,同年7月18日,拒絶査定不服審判の請求(不服2014-14059
号。以下「本件審判請求」といい,本件審判請求に係る審判を「本件拒絶査定不服
審判」という。甲13)をするとともに,手続補正(甲14)をした。そして,原
告は,平成27年9月16日付けの拒絶理由通知(甲16)を受けたため,平成2
8年3月17日,意見書(甲18)を提出するとともに,手続補正(以下,上記手
続補正と併せて「本願補正」という。甲17)をした。
特許庁は,本件審判請求について審理を行い,同年5月20日,「本件審判の請求
は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年6月1日,原告に送達された。
2本願発明の要旨
本願補正後の請求項1,14及び15に係る発明(以下,請求項1を引用する請
求項14を更に引用する請求項15に係る発明を「本願発明」という。)は,次のと
おりである(甲19。以下,本願補正後の本願の明細書及び図面を「本願明細書」
という。)。
「【請求項1】
免疫調節オリゴヌクレオチド(IRO)化合物であって,前記化合物が,構造:
5’-Nm-N3N2N1CGN1
N2
N3
-Nm
-3’
式中:
CGはC*
pG,C*
pG*
またはCpG*
から選択されるオリゴヌクレオチドモチ
ーフであり,Cはシトシンヌクレオシドであり,C*
は2’-デオキシチミジン,1
-(2’-デオキシ-β-D-リボフラノシル)-2-オキソ-7-デアザ-8-
メチル-プリン,2’-ジデオキシ-5-ハロシトシン,2’-ジデオキシ-5-
ニトロシトシン,アラビノシチジン,2’-デオキシ-2’-置換アラビノシチジ
ン,2’-O-置換アラビノシチジン,2’-デオキシ-5-ヒドロキシシチジン,
2’-デオキシ-N4-アルキル-シチジンまたは2’-デオキシ-4-チオウリ
ジンから選択されるピリミジンヌクレオシド誘導体であり,Gはグアニンヌクレオ
シドであり,およびG*
は2’-デオキシ-7-デアザグアノシン,2’-デオキシ
-6-チオグアノシン,アラビノグアノシン,2’-デオキシ-2’置換-アラビ
ノグアノシン,2’-O-置換-アラビノグアノシンまたは2’-デオキシイノシ
ンから選択されるプリンヌクレオシド誘導体であり;
N2N1はG#
A#
またはG#
U#
であり,ここでG#
,A#
およびU#
はそれぞれ,2’
-OMe-グアノシン,アデノシンおよびウリジンであり;
N3および/またはN1
~N3
は,それぞれの出現において,独立して,i)ヌクレ
オシド,またはii)2’アルキル化リボヌクレオシド,2’アルコキシ化リボヌ
クレオシド,2’アルキル化アラビノシドまたは2’アルコキシ化アラビノシドか
ら選択されるヌクレオシド誘導体であり;
NmおよびNm
は,それぞれの出現において,独立して,ヌクレオチドであり;
ただし,化合物は3以上の連続したグアニンヌクレオチドを含有せず;
および,そこにおいてmは0~30の数である,前記化合物。」(以下,上記構造
を有する免疫調節オリゴヌクレオチド(IRO)化合物を「本願IRO化合物」と
いい,本願IRO化合物の構造である「5’-Nm-N3N2N1CGN1
N2
N3
-N

-3’」のうち「N2N1CG」部分を「N2N1CGモチーフ」という。)
「【請求項14】
請求項1~7のいずれか一項に記載の化合物を含む,TLRにより媒介される疾
患を有する脊椎動物を治療的に処置するための組成物であって,TLRが,TLR
7,TLR8および/またはTLR9である,前記組成物。」
「【請求項15】
疾患が,癌,自己免疫疾患,気道炎症,炎症性疾患,感染症,皮膚疾患,アレル
ギー,ぜんそくまたは病原体により引き起こされる疾患である,請求項14に記載
の組成物。」
3審決の理由の要点
本願発明は,次のとおり,実施可能要件(特許法36条4項1号)及びサポート
要件(特許法36条6項1号)に適合するものではなく,特許を受けることができ
ない。
(1)実施可能要件違反
本願明細書の記載によれば,本願発明は,本願IRO化合物がTLR7,TLR
8,TLR9のアンタゴニスト作用を有することにより,「TLR7,TLR8およ
び/またはTLR9により媒介される疾患である,癌,自己免疫疾患,気道炎症,
炎症性疾患,感染症,皮膚疾患,アレルギー,ぜんそくまたは病原体により引き起
こされる疾患を治療的に処置する」ことを用途とする医薬用途発明である。
そして,医薬用途発明が実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な
説明は,その医薬を製造することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らし
て,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要がある。
この点につき,本願明細書において,免疫抑制効果の試験の結果として,TLR
のアンタゴニスト作用を有するものであることが具体的に示されている本願IRO
化合物は,IRO5,IRO10,IRO17,IRO25,IRO26,IRO
33,IRO34,IRO37,IRO39,IRO41,IRO43及びIRO
98であるところ,これらは全て,N2N1CGモチーフの5’末端側に隣接するオ
リゴヌクレオチド部分配列が「CTATCT」であり,かつ,N2N1CGモチーフの
3’末端側に隣接するオリゴヌクレオチド部分配列が「TTCTCTGT」又は「T
TCTCUGU」であるものであって,これらは互いに類似の二通りの配列である。
一般に,生体の免疫応答に関して,あるオリゴヌクレオチド化合物が免疫活性化
に対するアンタゴニスト作用を有するか否かについては,その化合物の化学構造か
ら類推することは不可能であると認められるから,本願IRO化合物であって,N
2N1CGモチーフの5’末端側に隣接するオリゴヌクレオチド部分配列が「CTA
TCT」以外の配列を有する化合物,又はN2N1CGモチーフの3’末端側に隣接
するオリゴヌクレオチド部分配列が「TTCTCTGT」又は「TTCTCUGU」
以外の配列を有する化合物が全て,TLR7,TLR8,TLR9のアンタゴニス
ト作用を有するものであるとすることはできない。
また,そのような化合物が全て,TLR7,TLR8,TLR9のアンタゴニス
ト作用を有するといえる根拠となる本願明細書の記載又は本願出願時の技術常識を
見いだすこともできない。
そうすると,本願明細書の記載及び本願出願時の技術常識に基づいても,本願I
RO化合物が全て,TLR7,TLR8,TLR9のアンタゴニスト作用を有する
ものであることを,当業者が理解できるとはいえない。
そして,TLR7,TLR8,TLR9のアンタゴニスト作用を有する化合物で
あれば,あるいは,本願IRO化合物が全て,「TLR7,TLR8および/または
TLR9により媒介される疾患である,癌,自己免疫疾患,気道炎症,炎症性疾患,
感染症,皮膚疾患,アレルギー,ぜんそくまたは病原体により引き起こされる疾患」
を,「治療的に処置する」ことができるといえる根拠となる本願明細書の記載又は本
願出願時の技術常識を見いだすこともできない。
したがって,本願明細書の記載及び本願出願時の技術常識に基づいても,本願I
RO化合物が全て,TLR7,TLR8,TLR9のアンタゴニスト作用を有する
ものであって,「TLR7,TLR8および/またはTLR9により媒介される疾患
である,癌,自己免疫疾患,気道炎症,炎症性疾患,感染症,皮膚疾患,アレルギ
ー,ぜんそくまたは病原体により引き起こされる疾患を治療的に処置する」ことが
できるものであることを,当業者が理解できるとはいえない。
以上によれば,本願明細書は,本願出願時の技術常識に照らして,「TLR7,T
LR8および/またはTLR9により媒介される疾患である,癌,自己免疫疾患,
気道炎症,炎症性疾患,感染症,皮膚疾患,アレルギー,ぜんそくまたは病原体に
より引き起こされる疾患を治療的に処置する」ことをその用途とする本願発明の医
薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されているとはいえない。
よって,本願は,実施可能要件に適合するものではなく,特許を受けることがで
きない。
(2)サポート要件違反
本願発明の課題は,本願IRO化合物によって,TLR7,TLR8,TLR9
に係る媒介免疫反応を阻害,抑制することにより,TLR7,TLR8,TLR9
により媒介される疾患である,癌,自己免疫疾患,気道炎症,炎症性疾患,感染症,
皮膚疾患,アレルギー,ぜんそく又は病原体により引き起こされる疾患を治療的に
処置することであると認められる。
この点につき,本願明細書において,免疫抑制効果の試験の結果として,TLR
のアンタゴニスト作用を有するものであることが具体的に示されている本願IRO
化合物は,IRO5,IRO10,IRO17,IRO25,IRO26,IRO
33,IRO34,IRO37,IRO39,IRO41,IRO43及びIRO
98であるところ,これらは全て,N2N1CGモチーフの5’末端側に隣接するオ
リゴヌクレオチド部分配列が「CTATCT」であり,かつ,N2N1CGモチーフ
の3’末端側に隣接するオリゴヌクレオチド部分配列が「TTCTCTGT」又は
「TTCTCUGU」であるものであって,これらは互いに類似の二通りの配列で
ある。
一般に,生体の免疫応答に関して,あるオリゴヌクレオチド化合物が免疫活性化
に対するアンタゴニスト作用を有するか否かについては,その化合物の化学構造か
ら類推することは不可能であると認められるから,本願IRO化合物であって,N
2N1CGモチーフの5’末端側に隣接するオリゴヌクレオチド部分配列が「CTA
TCT」以外の配列を有する化合物,又はN2N1CGモチーフの3’末端側に隣接
するオリゴヌクレオチド部分配列が「TTCTCTGT」若しくは「TTCTCU
GU」以外の配列を有する化合物が全て,TLR7,TLR8,TLR9のアンタ
ゴニスト作用を有するものであることを,当業者が認識できるとはいえない。
また,当業者が,そのような認識をすることができるといえる根拠となる本願明
細書の記載又は本願出願時の技術常識を見いだすこともできない。
そうすると,本願明細書の記載により,又は本願出願時の技術常識に照らして,
本願IRO化合物が全て,TLR7,TLR8,TLR9のアンタゴニスト作用を
有するものであることを,当業者が認識できるとはいえない。
他方,TLR7,TLR8,TLR9のアンタゴニスト作用を有する化合物であ
れば,あるいは,本願IRO化合物が全て,「TLR7,TLR8および/またはT
LR9により媒介される疾患である,癌,自己免疫疾患,気道炎症,炎症性疾患,
感染症,皮膚疾患,アレルギー,ぜんそくまたは病原体により引き起こされる疾患」
を「治療的に処置する」ことができるものであることを,当業者が認識できるとい
える根拠となる本願明細書の記載又は本願出願時の技術常識を見いだすことはでき
ない。
したがって,本願明細書の記載により,又は本願出願時の技術常識に照らして,
本願IRO化合物が全て,TLR7,TLR8,TLR9のアンタゴニスト作用を
有するものであって,「TLR7,TLR8および/またはTLR9により媒介され
る疾患である,癌,自己免疫疾患,気道炎症,炎症性疾患,感染症,皮膚疾患,ア
レルギー,ぜんそくまたは病原体により引き起こされる疾患を治療的に処置する」
ことができるものであることを,当業者が認識できるとはいえない。
以上によれば,本願発明は,本願明細書の記載により,又は本願出願時の技術常
識に照らして,本願発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲を超える発
明を含むものであるといえる。
よって,本願は,サポート要件に適合するものではなく,特許を受けることがで
きない。
第3原告主張の審決取消事由
1取消事由1(手続違背)
(1)特許法50条を準用する159条2項は,拒絶査定不服審判において査定
の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合には,特許出願人に対し,拒絶の理由を
通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならないと
規定している。
(2)この点につき,本件拒絶査定不服審判における平成27年9月16日付け
拒絶理由通知書(甲16)には,請求項8(本願の請求項9をいう。以下同じ。)及
び請求項13(本願の請求項14をいう。以下同じ。)に対し,次のとおり拒絶理由
が通知されていた。
「請求項8の「TLR媒介免疫反応」及び請求項13の「TLRにより媒介され
る疾患」について検討する。
本願明細書ではTLRとして,「TLR7」,「TLR8」及び「TLR9」に対す
る各種IROのアンタゴニスト作用を確認しただけであって,他のTLRに対して
もアンタゴニスト作用を有することは確認されていない。
一般に,ある化合物が一部のレセプターに対してアンタゴニスト作用を有するこ
とが確認できたとしても,他のレセプターについてまで同じくアンタゴニスト作用
を有するとはいえないのが技術常識である。
したがって,請求項8の「TLR媒介免疫反応」のうち,「TLR7」,「TLR8」
又は「TLR9」の媒介免疫反応以外の免疫反応については,本願発明のIRO化
合物が阻害効果を示すことが確認できない。
また同じように,請求項13の「TLRにより媒介される疾患」のうち,「TLR
7」,「TLR8」又は「TLR9」によって媒介される疾患以外の疾患については,
本願発明のIRO化合物が治療効果を示すことが確認できない。
したがって,請求項8及び13に係る発明は,当業者が発明の課題を解決できる
と認識できる範囲を超えたオリゴヌクレオチド化合物を無数に含んでいるから,発
明の詳細な説明に記載されたものとは認められない。
また,アンタゴニスト作用の対象ではないTLRについての阻害剤や医薬組成物
は,何に使用できるかが不明であるため,当業者が実施できるものとは認められな
い。
また,請求項8又は13を引用する請求項16及び17についても,サポート要
件違反と実施可能要件違反の両方の拒絶理由が存在している。」
(3)原告は,平成28年3月17日,上記拒絶理由を踏まえ,手続補正書(甲
17)を提出し,TLRをTLR7,TLR8及びTLR9に限定する補正をする
とともに,次のとおり,上記拒絶理由は解消された旨を記載した意見書を提出した。
なお,その後に拒絶理由が再度通知されることはなかった。
「審判官殿は,補正後の請求項9(現請求項8)の「TLR媒介免疫反応」およ
び補正後の請求項14(現請求項13)の「TLRにより媒介される疾患」につい
て,「本願明細書ではTLRとして「TLR7」,「TLR8」及び「TLR9」に対
する各種IROのアンタゴニスト作用を確認しただけであって,他のTLRに対し
てもアンタゴニスト作用を有することは確認されていない」旨認定されました。し
かしながら,上記補正のとおり,TLRが「TLR7」,「TLR8」および/また
は「TLR9」に限定されましたので,この点における理由1,2は解消したもの
と思料します。」
(4)ところが,審決は,本願補正により,上記拒絶理由が解消されたにもかか
わらず,本願IRO化合物がTLR7,TLR8,TLR9のアンタゴニスト作用
を有するものであることを当業者が理解できるとはいえず,また,本願IRO化合
物が疾患を治療的に処置することができるといえる根拠となる本願明細書の記載又
は本願出願時の技術常識を見いだすこともできないとして,上記拒絶理由とは異な
る新たな理由に基づき,実施可能要件及びサポート要件に適合しないとした。
(5)以上によれば,審決は,出願人に意見又は補正の機会を与えることなくな
されたいわば不意打ちというべきものであり,同法159条2項の規定に違反する
ものであるから,取り消されるべきものである。
2取消事由2(本願発明の認定の誤り)
審決は,請求項1を引用する請求項14を更に引用して本願発明(請求項15)
を認定している。しかしながら,本願発明のうち「疾患を治療的に処置するための
組成物」という部分は,請求項14を引用する部分であるから,請求項14の記載
に従って「疾患を有する脊椎動物を治療的に処置するための組成物」と認定される
べきである。そうすると,審決には,審決の基礎となる本願発明の認定に誤りがあ
ることになる。
したがって,上記認定の誤りは審決の結論に影響があったことは明らかであるか
ら,審決は取り消されるべきである。
3取消事由3(実施可能要件及びサポート要件に係る各判断の誤り)
(1)審決が本願を実施可能要件違反及びサポート要件違反とする唯一の根拠
は,次の点である。
「一般に,生体の免疫応答に関して,あるオリゴヌクレオチド化合物が免疫活性
化に対するアンタゴニスト作用を有するか否かについては,その化合物の化学構造
から類推することは不可能であると認められる。たとえ中心部分の「N2N1CG」
モチーフの構造が特定されたとしても,例えば特表2003-526628号公報
や特表2005-518402号公報の記載等からその化合物全体の免疫原性の程
度について類推することは可能かも知れないが,他の免疫活性化物質の作用を抑制
するというアンタゴニスト作用についてまで類推できるものではない。」(実施可能
要件に係る判断につき審決31頁,サポート要件に係る判断につき同34頁参照)
しかしながら,実施可能要件及びサポート要件の充足性の各判断に当たり,発明
者が新たに発見した現象や実施例に示した新しい事実を何ら考慮することなく,「ア
ンタゴニスト作用はその構造から類推できない」といった従来の固定観念あるいは
単なる憶測のみをもって実施可能要件及びサポート要件をそれぞれ判断するという
審決の判断手法は,科学技術立国を標榜する我が国の特許法の下においては,採る
べき手法とはいえない。
(2)すなわち,本願の発明者らは,N2N1CGモチーフ以外の部分については
これを固定した上で,N2N1CGモチーフ部分における修飾部分については,様々
に変えた多数の実験をし,さらに,N2N1CGモチーフ以外の部分については念の
ため,N2N1CGモチーフの3’末端側にそれぞれ隣接する部分の二通りの塩基配
列を用い,N2N1CGモチーフ内では様々な修飾を施したものによる数多くの実験
をしたところ,一様にアゴニストがアンタゴニストに反転する現象が起こるという
規則性を初めて発見したのである。
このように,本願発明は,たった一つの実験で偶然生じた現象を一般化してなる
発明ではなく,多数の実験を通して一つの規則性を確認して完成したものである。
また,上記実験の手法は,原因となるモチーフ以外の部分を固定しなければ,モ
チーフ部分における修飾による効果を正確に確認することができないことから,極
めて自然なものというべきである。しかも,この場合のモチーフ以外の部分の塩基
配列は何ら特異なものでもないし,その長さについては一定の限定も付されている
ことから無限の範囲に広がるものでもないから,上記の実験は,極めて科学的な手
順に基づくものというべきである。
そして,非修飾のN2N1CGモチーフを含むアゴニスト作用を有する化合物が,
同じ配列のN2N1CGモチーフを修飾しただけで,その他は全く同一であるのにア
ンタゴニスト作用を有する化合物に反転するという上記規則性に接した当業者は,
その反転がN2N1CGモチーフの修飾・非修飾に起因すると考えるのが普通であり,
その反転がモチーフ部分や非モチーフ部分の所定の配列,結合様式等に起因するこ
とが既に知られているなど特段の事情がない限り,一般に疑いを挟む余地はない。
さらに,本願の実施例13によれば,本願IRO化合物がTLR9だけでなくT
LR7及び8に対してもアンタゴニスト作用を奏することが確認されているため,
本願IRO化合物はTLR7及び8においてもTLR9と同様にアンタゴニスト活
性を示すことが当然に予測できる。
(3)以上によれば,本願発明が実施可能要件及びサポート要件にそれぞれ適合
しないものとした審決の各判断には誤りがある。
第4被告の反論
1取消事由1(手続違背)
(1)平成27年9月16日付け拒絶理由通知書には,原告主張に係る拒絶理由
のほかに,請求項1に対して,次のとおり,実施可能要件違反及びサポート要件違
反をいう拒絶理由が通知されていた。
「「CG」モチーフの5’末端側に隣接するオリゴヌクレオチドについて,わずか
2通りの塩基配列を示しただけで,その他の無数に存在する塩基配列についても,
同様に免疫反応に対してアンタゴニスト作用を有することは明細書の実施例の記載
からは確認できない。また,明細書の発明の詳細な説明のその他の記載及び出願時
の技術常識を検討しても同様である。」
「「CG」モチーフの3’末端側に隣接するオリゴヌクレオチドについて,わずか
2通りの塩基配列を示しただけで,その他の無数に存在する塩基配列についても,
同様に免疫反応に対してアンタゴニスト作用を有することは明細書の実施例の記載
からは確認できない。また,明細書の発明の詳細な説明のその他の記載及び出願時
の技術常識を検討しても同様である。」
「本願請求項1に係る発明は,当業者が発明の課題を解決できると認識できる範
囲を超えたオリゴヌクレオチド化合物を無数に含んでいるから,発明の詳細な説明
に記載されたものとは認められない。
また,アンタゴニスト作用を有するとは認められないオリゴヌクレオチド化合物
については,何に使用できるかが不明であるため,当業者が実施できるものとは認
められない。」
「また,請求項3及び4,7~17についても上記(1)~(3)で示したサポ
ート要件違反と実施可能要件違反の両方の拒絶理由が存在している。」
(2)上記のとおり,上記(1)に係る拒絶理由は,本件補正前の請求項3,4及び
7ないし17についても,当てはまる旨記載されていたことからすると,本願発明
についても,上記拒絶理由が通知されていたといえる。そして,審決は,前記第2
の3のとおり,本願発明は,実施可能要件及びサポート要件にそれぞれ適合するも
のではなく特許を受けることができないと判断したところ,審決の理由は,上記拒
絶理由と同じものである。
(3)以上によれば,審決が新たな理由に基づき実施可能要件及びサポート要件
に適合しないとそれぞれ判断したとする原告の主張は,そもそも前提を欠くもので
あり,失当である。
2取消事由2(本願発明の認定の誤り)
審決が認定した本願発明のうち「疾患を治療的に処置するための組成物」という
部分は,原告が主張するとおり,正確には「疾患を有する脊椎動物を治療的に処置
するための組成物」と認定されるべきである。しかしながら,上記認定の誤りは明
らかな誤記であり,審決は,正しい本願発明の認定を前提として判断している。
したがって,上記認定の誤りは,審決の結論に影響を及ぼさないことは明らかで
あり,原告の主張は理由がない。
3取消事由3(実施可能要件及びサポート要件に係る各判断の誤り)
(1)原告は,TLR9が結合し認識するのは非メチル化CpGジヌクレオチド
である一方,本願明細書の発明の詳細な説明(【0104】ないし【0106】)に
おける実施例11の記載を根拠にして,本願IRO化合物はTLR9に対してアン
タゴニスト作用を有することが実証されており,TLR9は,メチル化,非メチル
化に関係なく,CpGジヌクレオチドに結合することを理解することができると主
張する。
しかしながら,実施例11には,本願IRO化合物において「Nm-N3」が「C
TATCT」であり,かつ,「N1
N2
N3
-Nm
」が「TTCTCTGT」である化
合物が示されるのみであり,それ以外の本願IRO化合物は全く示されていないこ
とからすると,アンタゴニスト作用が「CpGジヌクレオチド」に結合した結果で
あるのか,あるいは,それ以外の共通する部分に結合した結果であるのかは定かで
ない。
また,本願明細書の発明の詳細な説明には,本願IRO化合物のうち,実施例1
1に示された化合物以外のものが,実施例11に示された化合物と同様にアンタゴ
ニスト作用を有することを示唆する記載もなく,この点が技術常識であるともいえ
ない。
以上によれば,本願明細書の実施例11の記載によって,本願IRO化合物であ
って,N2N1CGモチーフの5’末端側に隣接するオリゴヌクレオチド部分配列が
「CTATCT」以外の配列を有する化合物,又はN2N1CGモチーフの3’末端
側に隣接するオリゴヌクレオチド部分配列が「TTCTCTGT」又は「TTCT
CUGU」以外の配列を有する化合物が全て,TLR7,TLR8,TLR9のア
ンタゴニスト作用を有するものであることが明らかであることを,当業者が認識す
ることはできない。
(2)そして,TLRによる病原体に特異的な構造を認識する作用機序を解明し
た研究発表は,TLR1ないしTLR4についての平成20年の研究発表(乙3)
が最初であり,それまでは,TLRが病原体に特異的な構造をどのようにして認識
するかという作用機序は解明されておらず,病原体に特異的な構造を認識するため
にはTLRの立体構造の変化が必要であるということはもとより,病原体に特定的
な構造とTLRとの結合が必要であるということすらも,本願出願時に技術常識と
はなっていなかった。しかも,そのTLR1ないしTLR4についての研究発表を
踏まえてTLR7ないしTLR9についても研究が行われたものの,TLR8につ
いては平成25年の研究発表(乙4),TLR9については平成27年の研究発表
(乙5),TLR7については平成28年の研究発表(乙6)までは,これらのTL
Rが病原体に特異的な構造をどのようにして認識するかという作用機序は解明され
ていなかったのである。そうすると,原告の仮定する本願IRO化合物のTLR9
に対するアンタゴニスト作用のメカニズムは,本願出願のはるか後になされた研究
発表の内容に基づけば導くことができるかもしれないものの,少なくとも本願出願
時の技術常識に基づいて導くことはできないというべきである。
(3)また,TLR9についての作用機序に基づく原告の主張は失当であるが,
そもそも,TLR7及び8が認識するものと,TLR9が認識するものが,異なる
ことは出願時の技術常識であるから,原告は,本願発明に含まれる広範なIRO化
合物がTLR7及び8についてもアンタゴニスト作用を奏することが本願明細書の
記載及び出願時の技術水準に基づき認識できることについては,何ら根拠をもって
説明するものとはいえない。
すなわち,TLR9が細菌やウイルスのDNAを認識することは出願時の技術常
識であり,他方,TLR7とTLR8が,TLR9とは異なり,ウイルスの一本鎖
RNAや抗ウイルス薬のイミダゾキノリン誘導体を認識することも出願時の技術常
識である。このように,TLR7及び8が認識するものと,TLR9が認識するも
のが異なるという技術常識に基づけば,TLR9に対して本願IRO化合物がアン
タゴニスト作用を奏するとする原告の作用機序の説明が,TLR7及び8には妥当
し得ないことは明らかである。のみならず,原告は,TLR9に対するものと同様
に,TLR7及び8に対しても本願IRO化合物がアンタゴニスト作用を奏する例
として,本願明細書の発明の詳細な説明(【0124】ないし【0125】)に記載
された実施例13を挙げるものの,実施例13において用いられた「IRO」は本
願明細書の発明の詳細な説明において全く特定されておらず,N2N1CGモチーフ
の有無すら不明であるから,本願IRO化合物がTLR7及び8に対してアンタゴ
ニスト作用を奏する根拠にはなり得ない。
(4)以上によれば,本願発明が実施可能要件及びサポート要件にそれぞれ適合
しないものとした審決の各判断には誤りはなく,原告の主張は理由がない。
第5当裁判所の判断
1認定事実
(1)本願発明について
本願明細書(甲19)には,次のとおりの記載がある。
「【技術分野】
【0002】
本発明の背景
本発明は概して免疫学および免疫療法の分野に関し,ならびにより特別には免疫
調節オリゴヌクレオチド(IRO)組成物およびトール様受容体媒介免疫反応の阻
害および/または抑制のためのその使用に関する。
【背景技術】
【0003】
関連技術の概要
トール様受容体(TLR)は免疫系の多くの細胞に存在し,先天性免疫応答に関
連することが示されてきている(略)。脊椎動物において,このファミリーはTLR
1~TLR10と呼ばれる10のタンパク質からなり,それらは,細菌,菌類,寄
生虫,およびウイルスからの分子パターンに関連する病原体を認識することが知ら
れている(略)。TLRは,哺乳類が異質分子に対する免疫反応を認識および開始す
る鍵となる手段であり,ならびに,先天性および適応的免疫反応が結合する手段を
また提供する(略)。TLRは,また,自己免疫,感染症,および炎症を含む,多く
の疾患の発病においての役割を果たすことが示されてきており(略),適切な薬剤を
用いるTLR媒介活性化の調節により,疾患介入のための手段を提供する。
【0004】
いくつかのTLRは,細胞表面に配置され,細胞外病原体を検出し,それに対す
る反応を開始し,そして,他のTLRは細胞内部に配置され,細胞内病原体を検出
し,それに対する反応を開始する。表1は,TLRの代表例およびそして公知のア
ゴニストを提示する(略)。
【0005】
細菌性および合成DNAに存在するある非メチル化CpGモチーフは,免疫系を
活性化し,抗腫瘍活性を誘発すると示されている。(略)CpGジヌクレオチドを含
有するアンチセンスオリゴヌクレオチドを用いる他の研究により,免疫反応を刺激
することが示されてきた(略)。その後の研究により,TLR9が細菌性および合成
DNAに存在する非メチル化CpGモチーフを認識することが示された(略)。」
「【0007】
TLRの活性化は免疫反応を開始することに関係する一方,TLRを介する免疫
系の非制御刺激は免疫低下対象において,特定の疾患を悪化させ得る。近年,いく
つかのグループが,合成オリゴデオキシオリゴヌクレオチド(ODN)の炎症性サ
イトカインの阻害剤としての使用を示してきた(略)。」
「【発明の開示】
【0011】
発明の概要
本発明は,TLRのアンタゴニストとしての新規の免疫オリゴヌクレオチド(I
RO)化合物およびそれを用いる方法を提供する。これらのIROは,免疫刺激性
モチーフに隣接する配列および/または修飾がなければ免疫刺激性であるオリゴヌ
クレオチドモチーフにおける1つまたは2つ以上の化学修飾を有する。」
「【0015】
本発明は,免疫刺激性オリゴヌクレオチドモチーフ中へ,および/または免疫刺
激性オリゴヌクレオチド隣接配列へと化学修飾を導入することを含む,免疫刺激性
オリゴヌクレオチドモチーフを含むTLR刺激性オリゴヌクレオチドを修飾するた
めの方法であって,かかる免疫刺激性オリゴヌクレオチドモチーフの免疫刺激性活
性が化学修飾により抑制される,前記方法を提供する。
【0016】
本発明は,脊椎動物においてTLR媒介免疫反応を阻害するための方法をさらに
提供し,(略)いくつかの好ましい態様において,本発明によるIRO化合物を投与
することを含むTLR刺激を阻害することであって,かかるTLRはTLR2,T
LR3,TLR4,TLR5,TLR7,TLR8,およびTLR9から選択され
る。」
「【0018】
本発明は,TLRにより媒介される疾患を有する脊椎動物を治療的に処置するた
めの方法をさらに提供し,かかる薬学的有効量の本発明によるIRO化合物を脊椎
動物へ投与することを含む。好ましい態様において,かかる疾患は癌,自己免疫疾
患,気道炎症,炎症性疾患,感染症,皮膚疾患,アレルギー,ぜんそくまたは病原
体により引き起こされる疾患である。」
「【0021】
好ましい態様の詳細な説明
本発明は,免疫療法用途のための免疫モジュレーター薬剤としての新規のオリゴ
ヌクレオチドの治療的使用に関する。特に,本発明は,TLR媒介免疫反応を阻害
するおよび/または抑制するためのトール様受容体(TLR)のアンタゴニストと
しての免疫調節オリゴヌクレオチド(IRO)を提供する。これらのIROは内因
性および/または外因性TLRリガンドまたはアゴニストに対する反応におけるT
LR媒介シグナル伝達を阻害するまたは抑制する特異的な配列を有する。(略)」
「【0036】
「TLR媒介疾患」または「TLR媒介障害」の用語は,概して,1つまたは2
つ以上のTLRの活性化が要因である,任意の病態を意味する。かかる状態は,癌,
自己免疫疾患,気道炎症,炎症性疾患,感染症,皮膚疾患,アレルギー,ぜんそく
または病原体により引き起こされる疾患を限定なく含む。」
「【0049】
「オリゴヌクレオチドモチーフ」の用語は,ジヌクレオチドを含む,オリゴヌク
レオチド配列を意味する。「1つまたは2つの修飾がなければ免疫刺激性であるオ
リゴヌクレオチドモチーフ」は,親オリゴヌクレオチドにおいて免疫刺激性である
が,誘導体オリゴヌクレオチドにおいて免疫刺激性ではなく,かかる誘導体オリゴ
ヌクレオチドはかかる親オリゴヌクレオチドに基づくが,1つまたは2つ以上の修
飾を有する,オリゴヌクレオチドモチーフを意味する。
【0050】
CpG,C*
pG,C*
pG*
およびCpG*
という用語は,免疫刺激性であって,
シトシンまたはシトシン類似体およびグアニンまたはグアニン類自体を含む,オリ
ゴヌクレオチドモチーフを指す。(略)
【0051】
第1の側面において,本発明は免疫調節オリゴヌクレオチド(IRO)化合物を
提供する。「IRO」という用語は,1つまたは2つ以上のTLRに対するアンタゴ
ニストである免疫調節オリゴヌクレオチド化合物を指し,かかる化合物はオリゴヌ
クレオチドモチーフおよび少なくとも1つの修飾を含み,かかるオリゴヌクレオチ
ドモチーフは,かかる化合物が4未満の連続したグアノシンヌクレオチド,好まし
くは3未満の連続したグアノシンヌクレオチドを含有するという前提で,オリゴヌ
クレオチドモチーフの活性を抑制する1つまたは2つ以上の修飾がなければ免疫刺
激性(例えば,非メチル化CpG)である。かかる修飾は,オリゴヌクレオチドモ
チーフに隣接する配列内の,および/またはオリゴヌクレオチドモチーフ内の,オ
リゴヌクレオチド5’末端内であってもよい。これらの修飾の結果,TLR調節免疫
刺激を抑制するIRO化合物を生じる。かかる修飾は,ヌクレオチド/オリゴヌク
レオシドモチーフに隣接するヌクレオシド,またはオリゴヌクレオチドモチーフ内
の塩基,糖残基および/またはリン酸骨格であることができる。」
「【0077】
本研究において用いられるこれらの一般構造内の特異的なIROの配列は,表4
において示されるものを,限定なく含む。
【0078】
【表9】
【0079】
【表10】
【0080】
【表11】
太字のG,AまたはU=2’-OMe;太字のT=3’-OMe;A1=3’-OMe;
G1=7-デアザ-dG;m=P-Me;A2,T2,C2,およびG2=Β-L-デオ
キシヌクレオシド;X1=脱塩基;X2=グリセロールリンカー,X3=C3-リン
カー;C3およびG3=3’-デオキシ-ヌクレオシド;G4=アラG;C4=アラC;
C5=5-OH-dC;C6=1-(2’-デオキシ-β-D-リボフラノシル)-2
-オキソ-7-デアザ-8-メチル-プリン;G5=N1-Me-dG;C7=N3
-Me-dC;U1=3’-OMe;U2=dU」
「【0093】
例2
TLR刺激の阻害
TLRを安定して発現するHEK293細胞(Invivogen)を,レポーター遺伝子,
Seap,(Invivogen)で6時間,一過的に形質導入した。細胞を0.5μg/m
lの5’-CTATCTGACGTTCTCTGT-3’(マウスCpG配列;IMO/配列番号1;:0用量)
単独および多様な濃度のIRO5または6で,18時間処置した。TLR9依存性
レポーター遺伝子発現は,製造者のプロトコール(略)に従って決定され,結果を
TLR9刺激オリゴヌクレオチド(100%)の%活性で表現する。結果を図1に
示す。これらの結果により,IRO5がIMOのTLR9アゴニスト活性を阻害す
ることが実証される。
【0094】
例3
IRO特異的阻害TLR9刺激
TLR9またはTLR3を安定して発現するHEK293細胞(Invitrogen)を
レポーター遺伝子,Seap,(Invitrogen)で6時間,一過的に形質導入した。
細胞を0.5mg/molのIMO1(0.5μg/ml),IRO5(2.0μm
g/ml),R848(5.0μg/ml),またはポリ(I).ポリ(C)(0.5
μg/ml)およびIMO+IRO,R848+IRO,またはポリ(I).ポリ(C)
+IROの組み合わせで18時間処置した。TLR9またはTLR3依存性レポー
ター遺伝子発現は,製造者のプロトコール(略)に従って決定され,結果をNF-
kB活性における倍加変化(foldchange)として表現された。結果を図2に示す。こ
れらの結果により,IRO5はTLR9アゴニストの活性を阻害するが,TLR3
のアゴニストではなく,そしてより一般的にはIROのものは選択的にTLR活性
化を阻害することが実証される。
【0095】
例4
IROによる用量依存性の阻害
C57BL/6マウスに,左腋下に0.25mg/kgの刺激性5’-TCTGACG1TTCT-
X-TCTTG1CAGTCT-3’(IMO/配列番号3:G1=7-デアザG,X=グリセロール)を,
および右腋下に異なる用量のIRO5を皮下注射(s.c.)した。刺激性IMO3注
射の2時間後に血清試料を採取し,ELISAによりIL-12レベルを決定した。
結果を図3に示す。これらの結果により,IROによる用量依存性の阻害が実証さ
れる。
【0096】
例5
IROによる時間依存性の阻害
C57BL/6マウスに,左腋下に0.25mg/kgの刺激性IMO3を,お
よび刺激性IMOの1時間前(-1h)または同時(0h)のいずれかに右腋下に
1mg/kgのIRO5または5’-CTATCTCACCTTCTCTGT-5’
(非CpG非刺激性対照:オリゴ/配列番号4)を皮下注射した。刺激性IMO注
射の2時間後に血清試料を採取し,ELISAによりIL-12レベルを決定した。
図4Aにおける結果により,刺激性IMOの1時間前(-1h)または同時(0h)
のいずれかに,IRO5または(オリゴ4)の投与後の血清IL-12のレベルに
おける低下が実証される。

「【0098】
C57BL/6マウスに,左腋下に0.25mg/kgの刺激性IMO3を,お
よび刺激性IMO(0h)の1時間前(-1h),24時間前(-24)または72
時間前(-72)のいずれかに右腋下に2mg/kgまたは10mg/kgの刺激
性IRO17,98,101を皮下注射した。刺激性IMO注射の2時間後に血清
試料を採取し,ELISAによりIL-12レベルを決定した。結果を図4C~D
に示す。これらの
結果により,IR
Oの前投与およ
び同時投与によ
りTLR9のア
ゴニストを阻害
できること,およ
びより一般的に
は,IROのもの
はTLR活性化
を阻害できるこ
とが実証される。

「【0100】
例7
ヒト細胞培養におけるTLR9の阻害
ヒトpDCおよびPBMCを10ugの5’-CTATCTGTCGTTCTC
TGT-3’(ヒトCpG配列:IMO/配列番号2)および40ugのIRO10
で,24時間培養した。結果を図6に示す。これらの結果により,IROがヒト培
養細胞においてTLR9アゴニスト活性を阻害すること,より一般的にはIROが
ヒト細胞におけるTLRを阻害できることが実証される。

「【0102】
例9
Th1およびTh2免疫反応へのIMO効果のIRO阻害
結果を図8に示す。これらの結果により,IROがTh2阻害性を逆転化し,I
MOにより誘発されるTh1免疫反応を阻害できることが実証される。
【0103】
例10
IMOおよびIROに対する抗体反応
マウスを,wk0およびwk2においてIMOおよびIRO5または6ならびに
その組み合わせの存在下および不存在において,HBsAgで免疫化した。結果は
図9に示され,IMO誘発性IgG2A免疫反応でのIROによる低下が実証され
る。
【0104】
例11
免疫刺激性オリゴヌクレオチドの阻害
TLR9を安定して発現するHEK293細胞(略)を,レポーター遺伝子,S
eap(略)で6時間,一過性に形質導入した。細胞を0.25μg/ml単独(I
MO1;0用量)および様々な濃度のIROで,18時間処置した。TLR9依存
性レポーター遺伝子発現は,製造者のプロトコール(略)に従って決定され,結果
を免疫刺激性オリゴヌクレオチド活性の%阻害で表現する。結果を以下の表5およ
び6に示す。かかる結果により,IROがIMOの活性を阻害することが実証され
る。
【0105】
【表12】
様々な修飾を含有するIROは,TLR9を発現するHEK293細胞における
IMOのNF-κB活性化を阻害し,より一般的には,様々な修飾を含有するIRO
はIMOのNF-κBの活性化を阻害することができる。
【0106】
【表13】
様々な修飾を含有するIROは,TLR9を発現するHEK293細胞における
IMOのNF-κB活性化を阻害し,より一般的には,様々な修飾を含有するIRO
はIMOのNF-κB活性化を阻害することができる。
【0107】
例12
IROによる時間依存性の阻害
C57BL/6マウスに,左腋下に0.25mg/kg~10mg/kgのTL
Rアゴニストを,TLRアゴニストの1時間前(-1h)~48時間前(-48h)
または同時(oh)に右腋下に1mg/kg~20mg/kgのIRO5,17,
または37あるいは5’-TCCTGGCGGGGAAGT-3’(ポリdG対照;オ
リゴ配列番号49)を,皮下注射した。刺激性IMO注射の2時間後に血清試料を
採取し,ELISAによりIL-12レベルを決定した。結果を以下の表7~22
に示す。これらの結果により,IROの前投与および同時投与の両方により,TL
R9のアゴニストを阻害すること,およびIROの阻害活性はIMO投与48時間
前に投与するときでさえも有効であることが実証される。より一般的には,これら
の結果により,ILRの前投与および同時投与によりTLRアゴニストを阻害でき
ること,およびIROの阻害活性がTLRアゴニストの投与の何時間も前に投与さ
れるときでさえも見られることが実証される。
【0108】
【表14】
IRO5は,IRO投与後6時間以内に注射されるとき,IMO誘発性IL-1
2産生を阻害した。より一般的には,これらの結果により,IMOが存在するとき
またはIRO投与の数時間後に最初に存在するようになるとき,IROがTLR活
性化およびIMO誘発性IL-12産生を阻害できるということが実証される。
【0109】
【表15】
IRO5は,IRO投与後6時間以内に注射されるとき,IMO誘発性IL-1
2産生を強力に阻害した。より一般的には,これらの結果により,IMOが投与さ
れるとき,またはIRO投与の数時間後に最初に存在するようになるとき,IRO
がTLR活性化およびIMO誘発性IL-12産生を実質的に阻害することが実証
される。
【0110】
【表16】
IRO5は,IRO投与後48時間以内に注射されるとき,IMO誘発性IL-
12産生を強力に阻害した。より一般的には,これらの結果により,IMOが投与
されるとき,またはIRO投与の数時間後に最初に存在するようになるとき,IR
OがTLR活性化およびIMO誘発性IL-12産生を実質的に阻害できることが
実証される。
【0111】
【表17】
IRO17は,IRO投与6時間以上後に注射されるとき,IMO誘発性IL-
12産生を阻害した。より一般的には,これらの結果により,IMOが投与される
とき,またはIRO投与の数時間後に最初に存在するようになるとき,IROがT
LR活性化およびIMO誘発性IL-12産生を阻害できることが実証される。
【0112】
【表18】
IRO37は,IRO投与後3時間以内に注射されるとき,IMO誘発性IL-
12産生を阻害した。より一般的には,これらの結果により,IMOが投与される
とき,またはIRO投与の数時間後に最初に存在するようになるとき,IROがT
LR活性化およびIMO誘発性IL-12産生を阻害できることが実証される。」
「【0115】
【表21】
IRO5は,IRO投与後1時間以内に注射されるとき,R848誘発性IL-
12産生の低度の一過性の阻害を示す。より一般的には,これらのデータにより,
IROは細胞内TLRの活性を阻害できることが実証される。」
「【0117】
【表23】
IRO5は,IRO投与後1時間以内に注射されるとき,IMO誘発性MCP-
1産生の強力な阻害を示す。より一般的には,これらのデータにより,IROはT
LR活性化およびIMO誘発性MCP-1産生を阻害できることが実証される。
【0118】
【表24】
IROは,IRO投与後1時間以内に注射されるとき,R848誘発性MCP-
1産生の低度の一過性の阻害を示す。より一般的には,これらのデータにより,I
ROがTLR活性化および細胞内TLRを介するMCP-1産生を阻害できること
が実証される。」
「【0120】
【表26】
IRO5は,IRO投与後7日以内に注射されるとき,IMO誘発性IL-12
産生の強力な阻害を示す。より一般的には,これらのデータにより,IROは哺乳
類におけるTLR活性化およびIMO誘発性IL-12産生を阻害できることが実
証される。
【0121】
【表27】
IRO5は,IRO投与後72時間以内に注射されるとき,IMO誘発性IL-
12産生の強力な阻害を示す。より一般的には,これらのデータにより,IROは,
IROが投与された数時間後に,哺乳類において,TLR活性化およびIMO誘発
性IL-12産生を阻害できることが実証される。
【0122】
【表28】
IRO5は,IRO投与後72時間以内に注射されるとき,R848誘発性IL
-12産生の阻害を示す。より一般的には,これらのデータにより,IROは,I
ROが投与された数時間後に,哺乳類において,細胞内TLRのアゴニストの活性
およびTLRアゴニスト誘発性IL-12産生を阻害できることが実証される。」
「【0124】
例13
TLRアゴニストに対するIROの短期および長期遮断活性
IRO化合物の短期活性および選択性を評価するために,左側腹部へのTLRア
ゴニストの皮下投与1時間前(-1h)に,マウスに,右側腹部に2mg/kgの
IROを皮下注射した。血清試料をTLRアゴニスト投与後2時間で採取し,
Biosource(Camarill,CA)より得た複数のサイトカイン/ケモカインを検出する
Luminexキットを用いて解析した。サイトカイン/ケモカイン値をLuminex100機
器上で決定された標準曲線に当てはめた平均値から決定した。Luminex解析は,
STarStationソフトフェア(略)を用いて実施した。以下の代表的なアゴニストを
指示する用量で用いた:5’-TCTGACG1TTCT-X-TCTTG1CAGT
CT-5’(TLR9アゴニスト;0.25mg/kg,G1=7-デアザ-dG),
R848(TLR7/8アゴニスト,0.1mg/kg),ロキソリビン(TLR7
アゴニスト,100mg/kg),Flagellin(TLR5アゴニスト,0.25mg
/kg),LPS(TLR4アゴニスト,0.25mg/kg),ポリI.ポリC(T
LR3アゴニスト,20mg/kg),およびMALP-2(TLR2アゴニスト,
0.5mg/kg)。かかる結果を図10~12に示す。これらの結果により,IR
Oが,TLRアゴニストに対する反応において,サイトカイン/ケモカイン産生を
阻害できることが実証される。かかる効果は,細胞外TLR(例えば,TLR2,
TLR4,およびTLR5)と比較して,細胞内TLR(例えば,TLR3,TL
R7,TLR8,およびTLR9)に対しては,より大きい。
【0125】
IRO化合物の長期活性および選択性を評価するために,TLRアゴニスト(上
記のように)を左腹側に皮下投与する72時間前(-72h)に,10mg/kg
のIROを右腹側に皮下注射した。血清試料をTLRアゴニストの投与2時間後に
採取し,上記のように解析した。結果を図13~15に示す。これらの結果により,
IROの前投与によりTLRアゴニストを阻害できること,およびIROの阻害活
性はアゴニストの投与72時間前に投与されるときでさえ有効であることが実証さ
れる。
【0126】
例14
ループスマウスモデルにおけるIR化合物の活性
野生型(BALB/c)およびループスプローン(lupusprone)(MRL-lpr)
マウスからの精製したマウス脾臓B細胞を,0.3mg/mlのIMO存在下また
は非存在の1mg/mlのIRO-17,あるいは0.3mg/mlのIMOまた
は媒体単独で72時間培養した。結果を図16に示す。これらの結果により,IR
Oの投与によりBリンパ球増殖を阻害できることが実証される。
【0127】
野生型(BALB/c)およびループスプローン(MRL-lpr)マウスから
の精製したマウス脾臓B細胞を,0.3mg/mlのIMO存在下または非存在の
1mg/mlのIRO-17,あるいは0.3mg/mlのIMOまたは媒体単独
で72時間培養した。結果を図17Aに示す。これらの結果により,IROの投与
によりマウスBリンパ球によるIL-6産生を阻害できることが実証される。野生
型(BALB/c)およびループスプローン(NZBW)マウスからの精製マウス
脾臓B細胞を,1mg/mlのIMOの存在下の0.01~10mg/mlのIR
O-17で,または10mg/mlのIRO-17,1mg/mlのIMOまたは
媒体単独で,72時間培養した。結果を図17Bおよび17Cに示す。これらの結
果により,IROが,マウス脾臓細胞によりIL-6およびIL-12産生を阻害
できることが実証される。
【0128】
ループスプローンMRL-lprマウスに,100μgの用量のIRO-5を第
9~18週,および第21~23週に1週間に1度,またはIRO-17を第10
~15週に開始して,第18~21週には100μgで週あたり3度,および第2
2~24週には40mgで週あたり3度,皮下注射した。血液および尿を,毎週,
IRO注射前に採集した。マウスを第24週に殺処分した。血清抗DNAIgG
1レベルをELISAで決定した。結果を図18A~18Eに示す。これらの結果
により,IROおよびIRO17が,ループスプローンマウスにおいてIgG1お
よびIgG2A産生ならびに尿中タンパク質を阻害できることが実証される。
【0129】
ループスプローンNZBWマウスに,第6週に開始して,2週間ごとに1度,3
00μgのIRO-5を皮下投与した。血清抗DNAIgG2aレベルを第16
週および第20週において決定した。かかる結果を図19に示す。これらの結果に
より,IRO投与によりNZBWマウスにおいて血清抗DNAIgG2aが阻害
されることが実証される。

(2)本願発明の技術的特徴について
前記(1)によれば,本願発明は,トール様受容体(TLR)媒介免疫反応の阻害,
抑制のための免疫調節オリゴヌクレオチド(IRO)組成物に関するものである(【0
002】)。
上記にいうTLRとは,免疫系の多くの細胞に存在し,哺乳類ではTLR1ない
しTLR10という10のタンパク質から構成されるものであり,細菌,菌類,寄
生虫及びウイルスからの分子パターンに関連する病原体を認識することにより,異
質分子に対する免疫反応を認識及び開始する鍵となる手段並びに先天性及び適応的
免疫反応が結合する手段を提供する(【0003】)。そして,細胞の表面及び内部に
配置されるTLRは,それぞれ細胞外病原体及び細胞内病原体を検出し,これらに
対する反応を開始する。
また,TLRの代表例及び公知のアゴニストは表1のとおりである(【0004】)。
さらに,TLR9は,細菌性及び合成DNAに存在する非メチル化CpGモチーフ
を認識することが示されている(【0005】)。
他方,TLRを介する免疫系の非制御刺激は,免疫低下対象において,特定の疾
患を悪化させ得るものであり,また,TLRは,自己免疫疾患,感染症及び炎症を
含む多くの疾患の発病に関係することが示されてきている(【0003】,【000
7】)。
本願発明は,TLR7,TLR8,TLR9のアンタゴニストとしての本願IR
O化合物によって,TLR7,TLR8,TLR9により媒介される免疫反応を阻
害,抑制することにより,TLRの活性化が要因となる疾患である癌,自己免疫疾
患,気道炎症,炎症性疾患,感染症,皮膚疾患,アレルギー,ぜんそく又は病原体
によって引き起こされる疾患を有する脊椎動物に対し,治療的に処置するための組
成物を提供することを課題とするものである(【0011】,【0016】,【0018】,
【0021】,【0036】)。そして,当該組成物に含まれる本願IRO化合物が,
修飾がなければ免疫刺激性であるオリゴヌクレオチドモチーフ(免疫刺激性オリゴ
ヌクレオチドモチーフ)内や当該モチーフに隣接する配列に対し,化学修飾を導入
して,免疫刺激性オリゴヌクレオチドモチーフの免疫刺激性活性を抑制し,TLR
7,TLR8,TLR9のアンタゴニストとして作用することにより,上記課題を
解決するものである(【0011】,【0015】,【0021】,【0049】,【005
1】)。
2取消事由に対する判断
本件事案に鑑み,本願発明の認定の誤りをいう取消事由2,実施可能要件及び
サポート要件に係る各判断の誤りをいう取消事由3の順で検討し,取消事由2及び
3に対する各判断を踏まえ,最後に手続違背をいう取消事由1を検討することとす
る。
(1)取消事由2(本願発明の認定の誤り)
原告は,審決は請求項1を引用する請求項14を更に引用して本願発明(請求項
15)を認定するところ,本願発明のうち「疾患を治療的に処置するための組成物」
という部分は,請求項14を引用する部分であるから,請求項14の記載に従って
「疾患を有する脊椎動物を治療的に処置するための組成物」と認定されるべきであ
り,上記認定の誤りは審決の結論に影響するものであるから,審決は取り消される
べきであると主張する。
そこで検討するに,前記第2の2によれば,本願発明(請求項15)が引用する
請求項14は,「請求項1~7のいずれか一項に記載の化合物を含む,TLRにより
媒介される疾患を有する脊椎動物を治療的に処置するための組成物であって,TL
Rが,TLR7,TLR8および/またはTLR9である,前記組成物。」というも
のであるから,審決が認定した本願発明のうち,請求項14を引用する「疾患を治
療的に処置するための組成物」という部分は,「疾患を有する脊椎動物を治療的に処
置するための組成物」の誤記であることは明らかであり,その限りで審決には誤り
がある。
しかしながら,当該誤記は,疾患を有する対象として「脊椎動物」という記載を
欠くにとどまるものであり,その内容に照らしても,実施可能要件及びサポート要
件に係るその後の審決の各判断を実質的に左右するものではないから,審決の結論
に影響を及ぼすものではないことが明らかである。
したがって,原告の主張は採用することができず,取消理由2は理由がない。
(2)取消事由3(実施可能要件及びサポート要件に係る各判断の誤り)
ア実施可能要件について
(ア)特許法36条4項1号は,発明の詳細な説明の記載は,「その発明の属
する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度
に明確かつ十分に記載したものであること」と規定している。
したがって,同号に適合するためには,本願明細書中の「発明の詳細な説明」の
記載が,これを見た本願発明の技術分野の当業者によって,本願出願当時に通常有
する技術常識に基づき本願発明の実施をすることができる程度の記載であることが
必要となる。
(イ)TLR9について
a前記1の認定事実によれば,本願明細書には,次の事実が記載され
ている。
(a)TLR9の公知のアゴニストは,非メチル化DNAである(【00
04】表1)。
本願IRO化合物のうち,次に掲げる配列を有するIRO5,IRO10,IR
O17,IRO25,IRO26,IRO33,IRO34,IRO37,IRO
39,IRO41,IRO43及びIRO98は,TLR9のアンタゴニストとし
て作用することが確認されている(【0093】ないし【0096】,【0098】,
【0100】,【0102】ないし【0112】,【0117】,【0120】,【012
1】,【0126】ないし【0129】。以下「12種類化合物」といい,12種類化
合物のうちIRO98を除く化合物を「同配列アンタゴニスト化合物」という。)。
IRO5:5’-CTATCTGACGTTCTCTGT-3’
IRO10:5’-CTATCTGUCGTTCTCTGT-3’
IRO17:5’-CTATCTGACG1TTCTCTGT-3’
IRO25:5’-CTATCTGAC2GTTCTCTGT-3’
IRO26:5’-CTATCTGACG2TTCTCTGT-3’
IRO33:5’-CTATCTGAC3GTTCTCTGT-3’
IRO34:5’-CTATCTGACG3TTCTCTGT-3’
IRO37:5’-CTATCTGACG4TTCTCTGT-3’
IRO39:5’-CTATCTGAC4GTTCTCTGT-3’
IRO41:5’-CTATCTGAC5GTTCTCTGT-3’
IRO43:5’-CTATCTGAC6GTTCTCTGT-3’
IRO98:5’-CTATCTGACG1TTCTCUGU-3’
(b)同配列アンタゴニスト化合物は,TLR9のアゴニストとしての
作用を有する「5’-CTATCTGACGTTCTCTGT-3’」(非メチル化
CpG配列を有する配列であって,以下,本願明細書に合わせて「IMO」という。
【0093】)について,「GACG」部分に化学修飾を導入してN2N1CGモチー
フとすることにより,TLR9のアゴニストとしての作用を有するものから,TL
R9のアンタゴニストとしての作用を有するものに反転することが確認されたもの
である(【0093】ないし【0096】,【0098】,【0100】,【0102】な
いし【0112】,【0117】,【0120】,【0121】,【0126】ないし【0
129】)。
(c)細菌性及び合成DNAに存在するある非メチル化CpGモチーフ
は,免疫系を活性化し,抗腫瘍活性を誘発することが示されており,その後の研究
により,TLR9が細菌性及び合成DNAに存在する非メチル化CpGモチーフを
認識することが示されていた(【0005】)。
b本願明細書の上記記載によれば,同配列アンタゴニスト化合物は,
アゴニスト作用を示していたIMOについて,「GACG」部分に化学修飾を導入し
て同部分をN2N1CGモチーフにすることにより,アンタゴニスト作用を示すに至
ったことが認められる(以下,当該作用変化を「本件反転作用」という。)。
このような記載に接した当業者は,本件反転作用を生じさせた原因となる部分は,
その他の配列が同一である以上,化学修飾を導入したN2N1CGモチーフに存在す
るものと理解するのが自然である。のみならず,本願明細書の前記a(c)の記載に接
した当業者は,細菌性及び合成DNAの塩基配列には様々なものがあるにもかかわ
らず,TLR9がそれらに存在する非メチル化CpGモチーフを認識するのである
から,IMOの「GACG」部分にある非メチル化CpGモチーフがTLR9に結
合するものと理解するといえる。そのため,本件反転作用の原因は,TLR9に結
合する「GACG」部分に化学修飾を導入し,これをN2N1CGモチーフとするこ
とによって,上記の結合部分に何らかの変化が生じたことによるものと理解するの
が自然である。
そうすると,12種類化合物の配列は,N2N1CGモチーフの5’末端側に隣接
するオリゴヌクレオチド部分配列(以下「5’末端側隣接配列」という。)が全て「C
TATCT」という一つの配列のみであり,かつ,N2N1CGモチーフの3’末端
側に隣接するオリゴヌクレオチド部分配列(以下「3’末端側隣接配列」という。)
が「TTCTCTGT」又は「TTCTCUGU」という類似する二つの配列のみ
であるものの,当業者は,本件反転作用を生じさせた部分は,N2N1CGモチーフ
自体であって,5’末端側隣接配列又は3’末端側隣接配列ではないと理解するの
であるから,N2N1CGモチーフを有する本願IRO化合物も,12種類化合物と
同様に,アンタゴニスト作用を奏する蓋然性が高いものと論理的に理解するのが自
然である。そして,当業者は,TLR9のアンタゴニストとして作用し得る本願I
RO化合物が,少なくともTLR9のアゴニスト作用が原因となる癌,自己免疫疾
患,気道炎症,炎症性疾患,感染症,皮膚疾患,アレルギー,ぜんそく又は病原体
により引き起こされる疾患を有する脊椎動物を治療的に処置し得ることを十分に理
解することができるといえる。
したがって,本願明細書に接した当業者は,本願IRO化合物が高い蓋然性をも
ってTLR9のアンタゴニスト作用を奏し,かつ,TLR9のアンタゴニストとし
て作用し得る本願IRO化合物がTLR9のアゴニスト作用を原因とする上記各疾
患を治療的に処置し得ることを理解することができるのであるから,本願明細書中
の発明の詳細な説明の記載は,当業者によって本願出願当時に通常有する技術常識
に基づき本願発明の実施をすることができる程度の記載であると認めるのが相当で
ある。
以上によれば,本願明細書の記載により,本願IRO化合物が全て,TLR9の
アンタゴニスト作用を有するものであることを当業者が認識できるとはいえないな
どとして,本願発明が実施可能要件に適合するものではないとした審決の判断には
誤りがあり,TLR9についての原告の取消事由3は,理由がある。
cこれに対し,被告は,実施例11に示されている同配列アンタゴニス
ト化合物につき,5’末端側隣接配列が「CTATCT」であり,かつ,「N1
N2


-Nm
」が「TTCTCTGT」である化合物が示されるのみであって,それ以外
の本願IRO化合物は示されていないことからすると,アンタゴニスト作用が「C
pGジヌクレオチド」に結合した結果であるのか,あるいは,それ以外の共通する
部分に結合した結果であるのかは定かでなく,また,本願明細書の発明の詳細な説
明には,本願IRO化合物のうち,実施例11に示された化合物以外のものが,実
施例11に示された化合物と同様にアンタゴニスト作用を有することを示唆する記
載もなく,この点が技術常識であるともいえないなどと主張する。
しかしながら,同配列アンタゴニスト化合物は,上記bにおいて説示するとおり,
アゴニスト作用を示していたIMOについて,「GACG」部分についてのみ化学修
飾を導入して同部分をN2N1CGモチーフにすることにより,本件反転作用を奏す
るに至ったのであるから,このような記載に接した当業者は,本件反転作用を生じ
させた部分は,化学修飾を導入したN2N1CGモチーフに存在するものと論理的に
理解するのが自然であるといえる。そうすると,当業者は,実施例11に示された
化合物以外のものであっても,少なくともTLR9については,N2N1CGモチー
フが存在すれば,高い蓋然性をもってアンタゴニスト作用を示すものと理解すると
認めるのが相当である。
したがって,被告の主張は,その他の主張を含め,本件反転作用の技術的意義を
正解しないものに帰し,採用することができない。
(ウ)TLR7及び8について
a前記1の認定事実によれば,本願明細書には,次の事実が記載され
ている。
(a)TLR7及び8の公知のアゴニストは,一本鎖RNAウイルスで
ある(【0004】表1)。
(b)実施例12において,IRO5は,TLR7及び8のアンタゴニ
ストとして作用することが確認された(【0115】,【0118】,【0122】)。た
だし,実施例12においては,TLR7及び8のアゴニストとしてIMOなどIR
O5に類似したものは使用されていないため,本件反転作用は確認されなかった。
(c)実施例13において,IRO化合物は,TLR9のほか,TLR
7及び8のアンタゴニストとして作用することが確認された(【0124】,【012
5】)。ただし,実施例13においては,上記IRO化合物の構造が具体的に特定さ
れていない。
(d)本願明細書においては,TLR7及び8について,TLR9とは
異なり,もとより細菌性及び合成DNAに存在する非メチル化CpGモチーフを認
識することが示されていないほか,その他特定のモチーフを認識することは示され
ていない。
b本願明細書の上記記載によれば,TLR7及び8について,アンタ
ゴニストとして作用するIRO化合物は,実施例12及び13においてのみ示され
ているところ,実施例12において示されたIRO5については,IMOが使用さ
れていないため,前記(イ)とは異なり,本件反転作用を確認することはできない。ま
た,実施例13において示されたIRO化合物は,本願明細書ではその構造が具体
的に特定されておらず,N2N1CGモチーフの存在すら明らかではないものである。
そうすると,TLR7及び8については,アンタゴニスト作用を奏した原因とな
る部分がN2N1CGモチーフであると特定することができないことは明らかであ
る。のみならず,本願明細書の上記記載によれば,TLR9のアゴニストが非メチ
ル化DNAであるのに対し,TLR7及び8のアゴニストは一本鎖RNAウイルス
であるから,そもそも当業者は,TLR7及び8の結合部位がTLR9と同様であ
ると理解するものとはいえない。
したがって,本願明細書に接した当業者は,本願IRO化合物がTLR7及び8
のアンタゴニスト作用を奏するものと理解することができず,そうである以上,T
LR7及び8のアゴニスト作用が原因となる疾患を治療的に処置し得ることを理解
することができないのであるから,本願明細書中の発明の詳細な説明の記載は,当
業者によって本願出願当時に通常有する技術常識に基づき本願発明の実施をするこ
とができる程度の記載であると認めることはできない。
以上によれば,本願明細書の記載により,本願IRO化合物が全て,TLR7及
び8のアンタゴニスト作用を有するものであることを当業者が認識できるとはいえ
ないなどとして,本願発明が実施可能要件に適合するものではないとした審決の判
断には誤りがないから,TLR7及び8についての原告の取消事由3は,理由がな
い。
cこれに対し,原告は,本願の実施例13によれば,本願IRO化合
物がTLR9だけでなくTLR7及び8に対してもアンタゴニスト作用を奏するこ
とが確認されたため,本願IRO化合物はTLR7及び8についてもTLR9と同
様にアンタゴニスト活性を示すことが当然に予測できると主張する。
しかしながら,TLR7及び8については,そもそも本件反転作用が確認されて
いないのであるから,TLR9について説示したところがTLR7及び8に直ちに
当てはまるものとはいえない。しかも,TLR9のアゴニストが非メチル化DNA
であるのに対し,TLR7及び8のアゴニストは一本鎖RNAウイルスであるから,
そもそも当業者は,TLR7及び8の結合部位がTLR9と同様であると理解する
ものとはいえない。のみならず,実施例13に記載されているIRO化合物は,そ
の構造が何ら特定されていないのであるから,当業者は,本願IRO化合物と異な
るものも相当程度包含されていると理解するのが自然である。
したがって,原告の主張は,その他の主張を含め,その裏付けを欠くものという
ほかなく,採用することはできない。
(エ)小括
以上によれば,原告の実施可能要件についての取消事由3のうち,TLR9につ
いての部分は理由があるものの,TLR7及び8についての部分は理由がないから,
取消事由3は,結論において理由がない。
イサポート要件について
(ア)特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,
特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記
載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載
により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,
また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課
題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきもので
ある(知的財産高等裁判所平成17年(行ケ)第10042号同年11月11日特
別部判決参照)。
(イ)前記アによれば,本願明細書に接した当業者は,本願IRO化合物が,
TLR9のアンタゴニスト作用を奏することによってTLR9のアゴニスト作用が
原因となる疾患を治療的に処置し得ることを理解できるのに対し,TLR7及び8
のアンタゴニスト作用を奏するものと理解することが困難であるものと認められる。
そうすると,本願発明は,本願明細書の記載により又は本願出願時の技術常識に
照らして,本願発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲を超える発明を
含むものであり,本願発明について,サポート要件に適合するものではなく特許を
受けることができないとした審決の判断のうち,TLR9についての判断部分には
誤りがあり,TLR7及び8についての判断部分には誤りはない。
(ウ)これに対し,被告は,当業者が本願明細書の記載により本願IRO化
合物のTLR9に対するアンタゴニスト作用を認識することができないなどと主張
し,他方,原告は,当業者が本願明細書の記載により本願IRO化合物のTLR7
及び8に対するアンタゴニスト作用を認識することができるなどと主張する。
しかしながら,前記アで説示したとおり,本願明細書においては,TLR7ない
し9のうち,TLR9に限り本件反転作用を確認することができたのであるから,
当事者双方の主張は,本件反転作用の技術的意義を正解しないものに帰するもので
ある。
したがって,上記各主張は,いずれも採用することができない。
ウ小括
そのほかに原告及び被告の当審における主張を改めて十分検討しても,結局のと
ころ,被告においてはTLR9について本件反転作用が確認された技術的意義を,
原告においてはTLR7及び8について本件反転作用が確認されなかった技術的意
義を,それぞれ正解しないものに帰するものであって,上記判断を左右するに至ら
ない。
以上によれば,本願発明が実施可能要件及びサポート要件にそれぞれ適合しない
ものとした審決の各判断は,いずれも結論において誤りはない。
エまとめ
以上によれば,原告の取消事由3のうち,TLR9についての取消事由は理由が
あるものの,TLR7及び8についての取消事由は理由がないから,取消事由3は,
結論において理由がない。
(3)取消事由1(手続違背)
ア特許法50条を準用する同法159条2項の意義
特許法50条本文は,拒絶査定をしようとする場合は,出願人に対し拒絶の理由
を通知し,相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えなければならないと
規定し,同法17条の2第1項1号に基づき,出願人には指定された期間内に補正
をする機会が与えられ,これらの規定は,同法159条2項により,拒絶査定不服
審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合にも準用される。この
準用の趣旨は,審査段階で示されなかった拒絶理由に基づいて直ちに請求不成立の
審決を行うことは,審査段階と異なりその後の補正の機会も設けられていない(も
とより審決取消訴訟においては補正をする余地はない。)以上,出願人である審判請
求人にとって不意打ちとなり,過酷であるため,手続保障の観点から,出願人に意
見書の提出の機会を与えて適正な審判の実現を図るとともに,補正の機会を与える
ことによって,出願された特許発明の保護を図ったものと理解される(知的財産高
等裁判所平成22年(行ケ)第10298号同23年10月4日判決,知的財産高
等裁判所平成25年(行ケ)第10131号同26年2月5日判決各参照)。
このような適正な審判の実現と特許発明の保護との調和は,複数の発明が同時に
出願されている場合の拒絶査定不服審判において,従前の拒絶査定の理由が解消さ
れている一方,複数の発明に対する上記拒絶査定の理由とは異なる拒絶理由につい
て,一方の発明に対してはこれを通知したものの,他方の発明に対しては実質的に
これを通知しなかったため,審判請求人が補正により特許要件を欠く上記他方の発
明を削除する可能性が認められたのにこれを削除することができず,特許要件を充
足する上記一方の発明についてまで拒絶査定不服審判の不成立審決を最終的に免れ
る機会を失ったといえるときにも,当然妥当するものであって,このようなときに
は,当該審決に,特許法50条を準用する同法159条2項に規定する手続違背の
違法があるというべきである。
イこれを本件についてみると,前提となる事実に後掲各証拠及び弁論の全
趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
(ア)原告は,発明の名称を「トール様受容体に基づく免疫反応を調整する
免疫調節ヌクレオチド(IRO)化合物」とする発明につき,平成18年10月1
2日,国際特許出願をしたが(甲4),平成26年3月6日付けで拒絶査定(甲12)
を受けた。拒絶査定の理由は,次のとおりである。
「請求項1には「N2~N3および/またはN1
~N3
は,それぞれの出現において,
独立して,i)ヌクレオチド,またはii)2’-置換リボヌクレオシド,2’-
O-置換リボヌクレオシド,2’-置換アラビノシドまたは2’-O-置換アラビ
ノシドを含むヌクレオチドから選択される,前記オリゴヌクレオチドモチーフの活
性を抑制するヌクレオチド誘導体であり」と記載されており,「前記オリゴヌクレオ
チドモチーフの活性を抑制するヌクレオチド誘導体」と機能・特性による規定を含
んでいる。(略)
当該規定は,化学物の構造を機能・特性により特定しようとするものであるが,
出願時の技術常識を考慮したところで,当該機能・特性を有する「ヌクレオチド誘
導体」が具体的に如何なる構造を有するのかは不明である。本願明細書を参照した
ところで,実施例に具体的に開示された数種類のIROが阻害活性を有することを
確認できるものの,その他の化合物については,どのような化学構造を有すればよ
いか類推し得るほど十分な実施例が開示されているとも言えないし,どのような化
学構造を有すればよいかについて十分な示唆がなされているとも言えない。また,
「i)ヌクレオチド,またはii)2’-置換リボヌクレオシド,2’-O-置換
リボヌクレオシド,2’-置換アラビノシドまたは2’-O-置換アラビノシドを
含むヌクレオチドから選択され」さえすれば,必ず上記機能・特性を発揮するとも
認められない。
よって,この出願の発明の詳細な説明は,当事者が請求項1~17を実施するこ
とができる程度に明確かつ十分に記載されたものでなく,請求項1~17に係る発
明は,発明の詳細な説明に記載したものでなく,請求項1~17に係る発明は明確
でない。」
(イ)これに対し,原告は,同年7月18日,本件審判請求をするとともに
(甲13),請求項1ないし5の文言の一部を補正し又は誤記を訂正する手続補正
(甲14)をした。
(ウ)原告は,本件拒絶査定不服審判において,平成27年9月16日付け
の拒絶理由通知(甲16)を受けた(以下,当該拒絶理由通知を「本件拒絶理由通
知」といい,本件拒絶理由通知に係る拒絶理由を「本件拒絶理由」という。)。請求
項1,請求項8及び請求項13に対する本件拒絶理由は,大要次のとおりである。
a請求項1,3,4及び7ないし17(請求項3を追加する前のもの)
証拠(甲16)及び弁論の全趣旨によれば,本件拒絶理由通知では,実施例にお
いてアンタゴニスト作用を有することが証明された化合物のうち,本願IRO化合
物に含まれるものは,IRO5,10,17,25,26,33,34,37,3
9,41,43及び98であるとして,これらの12種類化合物に限定して検討を
加えていること,12種類化合物は,いずれもTLR9に対してアンタゴニスト作
用を有するものであるが,IRO5に限り,TLR9のほか,TLR7及び8に対
してもアンタゴニスト作用を有するものであること,本件拒絶理由通知では,12
種類化合物を全体として比較して,N2N1CGモチーフの5’末端側に隣接する部分
の塩基配列及びN2N1CGモチーフの3’末端側に隣接する部分の塩基配列が,それ
ぞれ類似の二通りのみであることを根拠として,請求項1,3,4及び7ないし1
7に係る各発明の実施可能要件及びサポート要件違反を示していること,そのため,
本件拒絶理由通知では,IRO5に固有の問題を検討するものではなく,TLR9
に対するアンタゴニスト作用を有する12種類化合物のみの問題を検討しているこ
と,以上の事実が認められる。
上記認定事実によれば,本件拒絶理由通知は,TLR9に対してアンタゴニスト
作用を有する12種類化合物のみの問題を検討するにとどまり,TLR7及び8に
対してもアンタゴニスト作用を有するIRO5に固有の問題を検討した上で拒絶理
由を通知するものではないから,実質的にはTLR7及び8に対する拒絶理由を示
すものではないと認めるのが相当である。
b請求項8,13,16及び17(請求項3を追加する前のもの)
証拠(甲16)及び弁論の全趣旨によれば,本件拒絶理由通知は,請求項8に係
る発明につき,「本願明細書ではTLRとして「TLR7」,「TLR8」及び「TL
R9」に対する各種IROのアンタゴニスト作用を確認しただけであって,他のT
LRに対してもアンタゴニスト作用を有することは確認されていない。」,「請求項
8の「TLR媒介免疫反応」のうち,「TLR7」,「TLR8」又は「TLR9」の
媒介免疫反応以外の免疫反応については,本願発明のIRO化合物が阻害効果を示
すことが確認できない。」と記載し,また,請求項13に係る発明につき,「請求項
13の「TLRにより媒介される疾患」のうち,「TLR7」,「TLR8」又は「T
LR9」によって媒介される疾患以外の疾患については,本願発明のIRO化合物
が治療効果を示すことが確認できない。」と,それぞれ記載していることが認められ
る。
上記認定事実によれば,本件拒絶理由通知は,文言上,少なくとも,TLR7な
いし9については,アンタゴニスト作用及びその治療効果を有することが確認され
たことをいうものと理解するのが自然である。
c請求項14(請求項3を追加する前のもの)
本件拒絶理由通知には,請求項14のみに存在する拒絶理由は示されていない。
(エ)原告は,平成28年3月17日,本件拒絶理由を踏まえ,手続補正書
(甲17)を提出し,請求項2から非ヌクレオチドリンカーを削除した上,これを
規定する請求項3を追加する(請求項の数は18。)とともに,新たな請求項9及び
14においては,TLR1ないし6を削除して,TLR7ないし9に限定するなど
の補正をし(以下,当該補正前の「請求項3」ないし「請求項17」を「旧請求項
3」ないし「旧請求項17」という。),さらに,次のとおり,本件拒絶理由は解消
した旨を記載した意見書(甲18)を提出した。
「審判官殿は,補正後の請求項9(現請求項8)の「TLR媒介免疫反応」およ
び補正後の請求項14(現請求項13)の「TLRにより媒介される疾患」につい
て,「本願明細書ではTLRとして「TLR7」,「TLR8」及び「TLR9」に対
する各種IROのアンタゴニスト作用を確認しただけであって,他のTLRに対し
てもアンタゴニスト作用を有することは確認されていない」旨認定されました。し
かしながら,上記補正のとおり,TLRが「TLR7」,「TLR8」および/また
は「TLR9」に限定されましたので,この点における理由1,2は解消したもの
と思料します。」
(オ)その後,特許庁は,原告に対し,改めて拒絶理由を通知することなく,
平成28年5月20日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。
ウ前記イ(ウ)aによれば,本件拒絶理由通知は,TLR9に対してアンタゴ
ニスト作用を有する12種類化合物のみの問題を検討するにとどまり,TLR7及
び8に対してアンタゴニスト作用を有するIRO5に固有の問題を検討した上で拒
絶理由を通知するものではないから,実質的にはTLR7及び8に対する拒絶理由
を示すものではないことが認められる。のみならず,TLR7及び8については,
本件反転作用を裏付ける実施例はない上,そもそも認識するアゴニストの対象が,
TLR9とは異なり,一本鎖RNAウイルスであると認められるのであるから,T
LR7及び8の拒絶理由には,TLR9の拒絶理由とは異なる固有の理由が存在す
ることは明らかであるにもかかわらず,本件拒絶理由通知は,これを通知していな
いことが認められる。
そして,前記イ(エ)によれば,原告は,本件拒絶理由を受けて,その理由を解消す
るために,TLR1ないし6に係る発明部分を削除しているのであり,このような
経緯に鑑みると,原告は,TLR7及び8についても拒絶理由を実質的に通知され
ていた場合には,TLR7及び8に係る発明部分についても,TLR1ないし6に
係る発明部分と併せて補正によって削除した可能性が高いものと認められる。
のみならず,前記イ(ウ)bによれば,請求項8,13,16及び17に係る各発明
に対する本件拒絶理由通知は,文言上,少なくとも,TLR7ないし9については,
アンタゴニスト作用及びその治療効果を有することが確認されたことをいうものと
理解するのが自然であるから,このような記載に接した原告が,少なくともTLR
7ないし9については,アンタゴニスト作用を有することが確認されたため,実施
可能要件及びサポート要件違反はないものと理解したのもやむを得ないところであ
る。現に,原告は,前記イ(エ)によれば,本件拒絶理由通知を踏まえ,請求項9及び
14においては,TLR1ないし6を削除して,TLR7ないし9に限定する補正
をしている事実が認められるのであるから,このような事実からも,上記の原告の
理解が十分に裏付けられるといえる。そうすると,TLR7ないし9についてもア
ンタゴニスト作用を有するものであるとすることはできないとして,本願発明が実
施可能要件及びサポート要件に適合しないとした審決の判断は,実質的にみれば,
上記の経過に照らし,原告にとっては,不意打ちというほかなく,不当であるとい
うほかない。
これらの事情の下においては,本件拒絶査定不服審判において,従前の拒絶査定
の理由とは異なる拒絶理由について,TLR9に係る発明に対してはこれを通知し
たものの,TLR7及び8に係る各発明に対しては実質的にこれを通知しなかった
ため,原告が補正により特許要件を欠くTLR7及び8に係る各発明を削除する可
能性が認められたのにこれを削除することができず,特許要件を充足するTLR9
に係る発明についてまで本件拒絶査定不服審判の不成立審決を最終的に免れる機会
を失ったものと認められる。
したがって,審決には,特許法50条を準用する同法159条2項に規定する手
続違背の違法があるというべきであり,当該手続違背の違法は,審決の結論に影響
を及ぼすというべきであるから,取消事由1は,理由があるものと認められる。
エこれに対し,被告は,前記イ(ウ)aのとおり,サポート要件違反と実施可能
要件違反をいう請求項1に係る本件拒絶理由は,旧請求項3及び4,7なしい17
についても存在する旨通知されているのであるから,審決が本件拒絶理由とは異な
る新たな拒絶理由に基づき実施可能要件及びサポート要件に適合しないと判断した
とする原告の主張は,前提を欠くものであるなどと主張する。
しかしながら,上記ウで説示したとおり,本件拒絶査定不服審判において,本件
拒絶理由通知では,TLR9に関する拒絶理由のみを通知し,実質的にはTLR7
及び8に関する拒絶理由を通知しなかったため,原告はTLR7及び8に係る各発
明を削除するなどの補正をする機会を失うことになり,実施可能要件及びサポート
要件をいずれも充足するTLR9に係る発明まで最終的に特許を受けることができ
ないことになったものと認められる。このような結果は,原告にとって,不意打ち
となるため,原告に過酷というほかなく,審判請求人の手続保障を規定する特許法
159条2項の趣旨に照らし,相当ではないというべきである。
かえって,被告は,本件訴訟に至っては,そもそもTLR7及び8が認識するも
のと,TLR9が認識するものが異なるという技術常識に基づけば,TLR9に対
して本願IRO化合物がアンタゴニスト作用を奏するとする原告の作用機序の説明
が,TLR7及び8には妥当し得ないことは明らかであるなどとして,現にTLR
7及び8に固有の拒絶理由を具体的に主張しているのであるから(準備書面(第1
回)13頁),実質的にみても,上記のように,本件拒絶査定不服審判においてTL
R7及び8に固有の拒絶理由を通知することが,審判合議体にとって困難なもので
あったとは認められない。
したがって,被告の主張は,審判請求人の手続保障を規定する特許法159条2
項の意義を正解しないものに帰し,採用することができない。
なお付言するに,本願IRO化合物が治療効果を有するかどうかの点につき,本
件拒絶理由では,TLR7ないし9によって媒介される疾患以外の疾患については
治療効果を示すことが確認できないとしているところ,原告は,本件拒絶査定不服
審判においては,TLR7ないし9によって媒介される疾患については治療効果を
示すことが確認されたものと理解した上,本件拒絶理由を踏まえてTLR1ないし
6を削除する補正をし,さらに,その後の意見書において,この点に係る拒絶理由
が解消されたとまで述べているのであるから,審決においてTLR7ないし9によ
って媒介される疾患についても治療的に処置することができるといえる根拠がない
と判断するのであれば,審判請求人の手続保障を規定する特許法159条2項の法
意に照らすと,本件拒絶査定不服審判において,この点についても改めて拒絶理由
を通知することが相当であったものと認められる。
第6結論
以上によれば,取消事由2及び3は理由がないが,取消事由1は理由があるから,
審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官
清水節
裁判官
中島基至
裁判官
岡田慎吾

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