弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
     本件控訴と附帯控訴とを棄却する。
     控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の、附帯控訴費用は被控訴人(附帯
控訴人)の各負担とする。
         事    実
 第一、 当事者の求めた裁判
 (本件控訴について)
 一、 控訴人(附帯被控訴人以下単に控訴銀行という)代理人ら
 原判決を取り消す。
 被控訴人(附帯控訴人以下単に被控訴人という)の請求を棄却する。
 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
 二、 被控訴代理人ら
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。
 (附帯控訴について)
 被控訴代理人ら
 原判決主文第一項の各金額について年六分の割合による金員の支払いを命じた部
分を、日歩五銭の割合による金員の支払いを命ずるよう求める。
 第二、 当事者の事実上の主張と証拠関係
 次に記載するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、ここに引用する。
 (事実関係)
 一、 控訴銀行代理人ら
 別紙準備書面のとおり
 二、 被控訴代理人ら
 別紙附帯控訴の理由並びに請求の拡張に対する原因と題する書面のとおり
 (証拠関係)(省略)
         理    由
 一、 控訴銀行A支店が、別紙定期預金一覧表記載のとおり、六回にわたり、預
金方法欄記載の各送金小切手により、定期預金として預入れを受け、これに対し、
預金者名義を「B」とする六通の預金証書を被控訴人に交付したことは、控訴銀行
において、明らかに争わないから自白したものとみなす。
 二、 本件預金の預金者について争いがあるので判断する。
 (1) 成立に争いがない甲第一ないし第七号証、同第八号証の一、二、同第九
号証、原審証人C、同D、同E、同F(一部)、当番証人G、同Hの各証言、原審
での被控訴人の本人尋問の結果や弁論の全趣旨を総合すると次のことが認められ、
この認定に反する原審証人Fの証言は採用しないし、ほかにこの認定の妨げになる
証拠はない。
 (イ) 被控訴人は、繊維製品の売買と金融を業とする訴外林株式会社(以下訴
外会社という)の経理係長代理をしているもので、訴外会社は、昭和四一年当時年
六〇億円もの資金を導入預金として運用していた(その預金の期間はいずれも三カ
月)。その方法は、訴外会社では、預金者を訴外会社とせず、被控訴人や訴外会社
の社員個人の名義とし、被控訴人が、その預入れの手続をとることにしていた。
 (ロ) 本件預金の第一回の分(定期預金一覧表1)の預金は、訴外会社と取引
関係のあつた、いわゆる導入屋(媒介者)である訴外Dから、謝礼金として日歩四
銭による金三六万円の支払いをするから、控訴銀行A支店に金一、〇〇〇万円の預
金をするよう勧誘をうけ、被控訴人は、訴外会社の社長訴外Iの承諾をえ、Dか
ら、みぎ謝礼金を受けとつた後同表1欄記載の送金小切手を持参して、Dと同道の
うえ、控訴銀行A支店に赴き、そこで、訴外Eと落ち合い、Eから、同支店次長訴
外Fに対し、「これが預金する人です。」と紹介され、被控訴人自身も名を告げ
て、預金申込書と持参の小切手を差し出し、Fから、被控訴人を名義人とする定期
預金証書を受けとつた。
 (ハ) 被控訴人は、同表の3、6、の各預金をするについて、自ら控訴銀行A
支店に赴いたが、同表の2、4、5、の三回については、その部下である訴外Cを
被控訴人の使者として同支店に行かせて各預金をしたもので、これらの定期預金証
書の名義人はいずれも被控訴人となつている。
 (ニ) これらの預金の資金は訴外会社のものではあるが、被控訴人は、訴外会
社から、訴外会社の金を引き出して控訴銀行A支店に被控訴人名義で預金し、三ヵ
月の期間がたてば、控訴銀行から返還を受け、それを再び訴外会社に戻し入れるこ
との委任をその都度受け、委任事務の処理として、本件預金をし、本訴を提起して
いる。
 (ホ) もつとも、本件預金の預金申込書と定期預金証書には、訴外会社の社長
印が届出印鑑として使用され、また預金申込書の預金者の住所として、訴外会社の
代表者がその代表取締役を兼任している訴外林紡績株式会社大阪支店の住所が記載
されている。
 (2) 以上認定の事実関係からすると、被控訴人は、その所属する訴外会社か
ら、訴外会社のため被控訴人の名前で控訴銀行A支店に対し本件預金(合計金一億
一、〇〇〇万円)をするよう委任を受け、自ら、又は部下のCを通じて、控訴銀行
A支店に対し、期間をいずれも三カ月、利息年四分の定めで、定期預金の預入れを
し、その証として被控訴人名義の定期預金証書の交付を受けたものであるから、本
件預金の預金者は被控訴人であるとするほかはない。そして、このことと、届出印
鑑が社長印であるとか、住所が前記認定の住所であるとかいうこととは矛盾するも
のではない。そのわけは、後記認定のとおり同支店の支店長であつた訴外Jは、本
件預金がいわゆる導入預金であることを知つて受け入れたのであるから、預金者を
Gまたはその関係者であると考えたというのは、単なる言いのがれにすぎず、本件
預金の定期預金証書を被控訴人名義にしたことを手掛りに、本件預金の情況を考え
たとき、届出印鑑が社長印であることや、住所の違いは、本件預金の預金者を決定
するについて重要ではないといえるからである。
 (3) なお附言すると、G証言によると、本件預金については、G、J、Jの
腹心の部下Kとの間で秘密裏に行なわれたもので、Fは関知していなかつたことが
認められるから、原審証人Fの証言中預金者に関する部分は、証拠価値の乏しいも
のとしなければならない。
 三、 控訴銀行の抗弁についての判断
 (一) 控訴銀行は、本件預金は弁護士法、信託法に違反すると抗弁するが、前
記認定のとおり、被控訴人は、訴外会社の社員として訴外会社の委任を受けて自己
の名前で預金をしたにすぎないのであるから、これが弁護士法や信託法に違反する
理由は見出だし難い。
 したがつて、この抗弁は採用に由ない。
 (二) 本件預金は、「預金等に係る不当契約の取締に関する法律(以下単に導
入預金取締法という)に違反し、しかも刑罰をもつて禁止されているから、民法九
〇条、七〇八条によつて、控訴銀行には本件預金の返還義務はない、との抗弁につ
いて判断する。
 (1) 原審証人Jの証言によつて成立が認められる乙第一号証、同第三号証の
一ないし四三、同第四号証や同証言、原審証人E、同D、同Cの各証言、当審証人
G、同Hの各証言および原審での被控訴人の本人尋問の結果を総合すると次のこと
が認められ、この認定の妨げとなる証拠はない。
 (イ) Jは、昭和四一年三月二三日控訴銀行A支店で、暴力団柳川組幹部Gお
よびその支配下にある訴外大建工商株式会社(以下単に大建工商という)の代表取
締役訴外Hの両名から脅迫され、大建工商振出の小切手一通を受け取つて金五〇〇
万円を、いわゆるちよい貸ししたのをはじめとし、同年四月九日から同年六月一五
日までの間約四〇回にもわたつて、G、またはH、あるいは両名から、柳川組を背
景に脅迫され、大建工商が手形小切手を過振りしたのを貸金の形で決済をつけさせ
られ、その額は金二億数千万円にものぼつた。Jが、これを同支店の正式の帳簿に
記帳しなかつたことは勿論である。
 (ロ) 当時、控訴銀行の資本金は金八、〇〇〇万円で資本準備金一億円余り、
大口貸付の枠は金二、五〇〇万円であつた。したがつて、Jは、権限をはるかに越
える不正貸出しをしたことになり、その回収に苦慮し、Gに善処方を求めた。
 (ハ) Gは、同年三月ころから、金融業者であるEに依頼して、控訴銀行A支
店に導入預金をして貰い、Jと打合せして、この導入預金を見返えりに前記の過振
りをしていた。Jとしては、Gに預金の資力がないことを知つていたので、大建工
商のためになされる預金が導入預金であることは判つていた。したがつて、Jは、
これらの預金について正式の担保権を設定したことはなかつた。
 (ニ) 本件預金も、大建工商に金融をえさせるため被控訴人によつてされた導
入預金であるが、その成立過程は次のとおりである。すなわち、
 大建工商は、控訴銀行に多額の過振りを認めさせたので、預金をする必要に迫ら
れ、大建工商の実質七の支配者であつたGは、金融業者Eに、裏金利日歩五銭の謝
礼金を支払うことを条件に控訴銀行A支店に預金して呉れる者を世話するよう依頼
した。Eは、導入屋Dにこの話をもちかけ、謝礼金として日歩四銭五厘を出すこと
を約束した。Dは、被控訴人に対しこの導入預金の勧誘をしたが、裏金利として日
歩四銭の約束をした。被控訴人はこれを承諾して本件預金をしたが、控訴銀行A支
店から融資を受ける者が、大建工商であることは遂に知らされなかつた。
 (ホ) みぎ裏金利は、大建工商からE、Dを経て被控訴人に支払われた。
 (へ) Jは、本件預金がいわゆる導入預金であることを知つていたので、これ
を担保とすることなく、昭和四一年六月二日から同月一五日までの間大建工商の過
振りを貸金とする方法で、大建工商の小切手または約束手形を決済した。
 (2) 以上認定の事実関係からすると、被控訴人は、Dのすすめで、裏金利日
歩四銭でいわゆる導入預金として、控訴銀行A支店に本件預金を頂け入れたもので
あるが、この預金を利用して大建工商が控訴銀行から融資をろけることは知らなか
つたわけである。
 (3) 導入預金取締法二条一項は、「金融機関に預金等をする者は、当該預金
等に関し、特別の金銭上の利益を得る目的で、特定の第三者と通じ、当該金融機関
を相手方として、当該預金等に係る債権を担保として提供すことなく、当該金融機
関がその者の指定する特定の第三者に対し資金の融通をし、又は当該第三者のため
に債務の保証をすべき旨を約してはならない。」と規定し、四条は、これに該当す
る者に対し罰則をもつて臨んでいる。
 <要旨>さて、同法二条一項の「特定の第三者と通じ」とは、預金者が特定の第三
者と通謀し、預金債権を担保としないで、第三者に金融機関から融通をえさ
せる目的で、金融機関に導入預金をする場合は勿論のこと、更に、媒介者(導入
屋)があるときには、預金者が、客観的にみて、媒介者を介して、特定の第三者と
相関連共同している場合をも含む趣旨であると解するのが相当である。そのわけ
は、つぎのとおりである。
 後者の場合、預金者は、媒介者があかさない限り、特定の第三者の名前は判ら
ず、ただ自己の知らない特定の第三者があるとの認識にとどまるが、もともと、導
入預金とは、預金者が、裏金利をえて媒介者の媒介する特定の第三者が金融機関か
ら融資を受けられるよう、自分の預金が利用されることを承知しているもので、預
金者の関心は、専ら裏金利をかせぐことにあり、預金を利用する第三者は誰でもよ
いわけである(導入預金をする者は裏金利の支払いがなければ金融機関に預金をし
ない)。媒介者の申込みに応じ、裏金利をえて預金者が導入預金をすることは、と
りもなおさず、媒介者と特定の第三者との結びつきが当然予想されているわけで、
預金者は、媒介者を介して特定の第三者と牽連性をもつ。ところが、このような場
合にまで、預金者と特定の第三者との通謀を必要とするとすると、預金者と媒介
者、媒介者と第三者との間にしか意思の疎通がないから、導入預金取締法の適用が
ないことになるが、これでは、媒介者の数を増し、預金者と第三者とを遮断して通
謀できなくすることにより、たやすく同法の適用を免れるわけで、預金者と第三者
の意思の疎通のないのが普通である導入預金について、それを禁圧しようとした同
法の精神は全く生かされないことになり、この結論がわれわれの法感情に著しく反
することは多言を必要としない。
 したがつて、同法二条一項の「特定の第三者と通じ」の意味、は必ずしも預金者
と特定の第三者との通謀を必要とせず、媒介者を介し預金者と特定の第三者との間
に客観的に相関連共同関係が生じることで足りるとしなければならない。
 (4) この視点に立つて本件を観ると、金融業者Eは、大建工商が控訴銀行か
ら導入預金をいわゆる見返りに融資を受けることを承知のうえで、大建工商のため
に導入預金をする者を世話しようとして、導入屋であるDにその紹介の依頼をし
た。Dは、これ亦多額の導入預金のため資金を運用している訴外会社の被控訴人
に、控訴銀行A支店に導入預金をするよう勧誘し、被控訴人は裏金利をえてこれに
応じた。そうして、被控訴人が本件預金を同支店にしたところ、同支店は本件預金
を担保にとらないで、大建工商に融資したというのであるから、被控訴人は、D、
Eを介して大建工商と通じて、本件預金を、導入預金として同支店に預け入れたと
するほかはなく、本件預金は、みぎ二条一項に違反することは明らかである。
 (5) しかし、本件預金が、このように同法二条一項に違反していても、本件
預金契約自体の私法上の効力は別問題である。
 「本件は給付の原因たる行為の無効を主張して不当利得の返還請求をするもので
はなく」預金契約の「有効を主張してその弁済を求めるものである。それゆえ、第
一次においては民法九〇条の問題であるけれども、要物契約である関係上不法な動
機のための金銭の交付はすでに完了してしまつており、残るはその返還請求権だけ
であつて、この請求は何ら不法目的を実現せんとするものではない。それゆえ実質
的には前記民法九〇条に関する私法理想の要請の問題ではなく、同七〇八条に関す
る諸要請の問題であり、その適用の結果は妥当性を欠く場合が多いのであつて、こ
のことを考慮に入れて考えなければならない」(最判昭和二九年八月三一日民集八
巻八号一五五七頁)。
 本件において、前記認定事実からすると、控訴銀行A支店長Jは、大建工商に対
し、資金もないのに、そして支店長の権限をはかるに越えて、金二億数千万円も
の、いわゆるちよい貸し又は過振りを許したことに端を発したもので、それがGや
Hの脅迫によるとはいえ、極めて異常なことといわなければならない。Jとして
は、もつと初期の段階で本店と相談するか、警察に被害事実を申告するべきであつ
た。他方被控訴人は、裏金利をえて本件預金をしたとはいえ、控訴銀行A支店の前
記事情を全く関知していないものである。
 ところで、本件請求が是認されても、被控訴人はもともと出損した金が返つて来
るだけである(裏金利の利得の問題は別とする)が、もし、民法七〇八条を適用し
て請求が棄却されると、金一億一、〇九九万円もの損失をすることになるのに対
し、控訴銀行は、自己の行員であるJの不始末を控訴人に転嫁し、民法九〇条、七
〇八条の適用をうけて、本件預金返還義務を免れ、これを前記ちよい貸し又は過振
りによつて生じた未回収債権(約金一億七、〇〇〇万円であることが前掲G証言に
よつて認められる)に充当して、その損害を最小限度に食いとめようとするもの
で、本件預金が、このちよい貸し又は過振りの正式な担保になつていないことに想
到するとき、それは、甚しく不法不当の利得をすることになるわけで、民法七〇八
条を適用して控訴銀行に被控訴人の損失において利得させることと、同条を適用し
ないで、被控訴人に本件預金の返還請求を認めるのとでは、どちらが、社会的妥当
性があるかは、自ら明らかである。すなわち、被控訴人が導入預金取締法に違反し
て本件預金をし法の許容しない裏金利をかせいだ不法は、控訴銀行のA支店長J
が、本件預金が導入預金であることを知りながら、担保にとらないでこれをいわゆ
る見返りに、大建工商に、独断で、多額の融資をした不法に比して問題にならない
程度のものである。
 これを要するに、被控訴人の本件預金は、導入預金取締法によつて処罰を受ける
ことがあつても、国民生活ならびに国民感情に照し、反道徳的な醜悪な行為とし
て、ひんしゅくすべき反社会性が認められないということである(最判昭和三五年
九月一六日民集一四巻一一号二二〇九頁)。
 (6) 以上の次第で、本件預金契約自体私法上有効であつて、控訴銀行は、民
法九〇条、七〇八条によつて、これが返還を拒む理由とすることはできないから、
控訴銀行のこの抗弁も採用に由ない。
 四、 被控訴人の附帯控訴についての判断
 被控訴人は、附帯控訴により、本件預金の返還義務の履行として、各預金の満期
日の翌日から、日歩五銭の割合による損害金の支払いを請求しているが控訴銀行と
被控訴人との間に、日歩五銭の損害金を支払う旨の約束があつたことが認められる
証拠はどこにもないし、被控訴人が主張するような理由で、損害金が当然日歩五銭
になる至当性も見出だせない。
 したがつて、損害金は、被控訴人が原審で主張し、原判決が認めた商事法定利率
年六分によるのが正当であるから、被控訴人の附帯控訴請求は棄却を免れない。
 五、 むすび
 そうすると、本件預金総額金一億一、〇〇〇万円と、これらに対する各約定の三
カ月間年四分の割合による利息金二〇万円のうち利子所得税として源泉徴収される
百分の十を控除した金九九万円、および各回の預金元利金第一回分金一、〇〇九万
円、第二回分ないし第六回分いずれも金二、〇一八万円に対する各満期日の翌日か
ら支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による損害金の支払いを求める被控訴
人の控訴銀行に対する本件請求は理由があるから、これを認容した原判決は、結論
において正当であつて、本件控訴は棄却を免れないし、被控訴人の附帯控訴も、前
記理由で棄却するほかはないから、民訴法三八四条、八九条、九五条を適用のうえ
主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 三上修 判事 長瀬清澄 判事 古嵜慶長)
別 紙
<記載内容は末尾1添付>

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