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裁判例


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       主   文
被告が昭和三九年九月五日付でなした、原告の昭和三七年の所得税について城東税
務署長によつてなされた更正処分に対する原告の審査請求を棄却する旨の裁決は、
これを取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
       事   実
(当事者双方の申立て)
一、原告
主文と同旨の判決。
二、被告
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
(当事者双方の主張)
第一 原告の請求原因
一、原告は、肩書地において金属加工業を営んでいる者であるが、原告の昭和三七
年の所得税について、昭和三八年三月一五日総所得金額を金七二〇、〇〇〇円とし
て確定申告をしたのに対し、城東税務署長より、同年一〇月三日付で、総所得金額
を金一、七二七、九八四円とする更正処分を受けたので、同年一一月二日同署長に
対し、総所得金額を金九三九、〇〇〇円として異議申立てをしたところ、同署長よ
り昭和三九年一月二九日付で棄却され、更に同年二月二四日被告に対し審査請求を
したところ、同年九月五日付でこれを棄却する旨の裁決がなされ、同日その旨裁決
書謄本の送達を受けた。
二、しかしながら、被告の審査手続には、つぎに指摘するような違法事由がある。
(一)(1)原告は、昭和三九年五月四日被告に対し、原処分庁である城東税務署
長の弁明書副本の送付方を請求した(行政不服審査法―以下単に審査法という。―
二二条)ところ、被告は同月二五日原告に対し、被告は城東税務署長に弁明書の提
出要求をしていないから、弁明書副本を送付することができない旨の回答をしてき
た。
(2) 訴願法は明治二三年に制定され、爾来その欠陥が指摘されていたにもかか
わらず、昭和三七年に至るまで根本的な改正がみられなかつたのであるが、審査法
が制定されたことにより、国民の権利利益の救済の点に主眼がおかれ、その点に配
慮を加えた手続が一応整備されたということができる。
 即ち、審査法は、その一条一項において、行政不服申立ての趣旨について、「行
政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民に対して
広く行政庁に対する不服申立てのみちを開くこと」および「簡易迅速な手続による
国民の権利利益の救済を図る」ことを目的とすると定めている。広く不服申立てを
認めるということは、単にその範囲を広くし、窓口を拡げるということだけではな
く、十分に不服申立てを認めるということであり、そのためには不服審査手続に当
事者を関与させることが必要である。また簡易迅速な手続によつて救済をはかるた
めには、単に審査庁のみが手続に関与するのではなく、当事者も関与させて、争点
を明確にすることが必要である。当事者が手続に関与する形態と内容については、
種々な方法があり、実定法を基礎として考えなければならないが、最も徹底した関
与形態は、対席形式で弁論を闘わす方法である。現行の審査法がこのような対席的
口頭弁論方式を採つているかどうかについては、議論の余地があるとしても、少く
とも両当事者(処分庁と審査請求人)が相互に相手方の主張およびその根拠(証拠
を含む)を知り、その上で争点を明確にして、審査手続を進めようとしていること
は疑いがない。審理の方式については、訴願法の場合には書面審理を原則とし、行
政庁が必要と認めるときに、口頭審問をすることができるというようになつていた
が、審査法の場合には、書面審理によりながらも、請求があれば必ず口頭で意見を
述べる機会を与えるというようになつており、更に、証拠書類の提出、参考人の陳
述、物件の提出要求、検証、および審尋というような点についても、審査請求人に
申立権が認められているのである。それ故、処分庁のみが相手方の主張およびその
根拠を知り、審査請求人は全くの手探り状態で、立証の機会を奪われたまま、審査
手続が進められるとすれば、それは審査法の建前に違反しているといわねばならな
い。
(3) このような観点に立つて弁明書に関する審査法の規定を検討してみると、
審査法二二条一項は、訴願法の場合のように、訴願書につけて処分庁から提出する
というような形ではなく、審査庁から必要があると認めるときに処分庁に弁明書の
提出を求めることができると規定している。しかし審査庁としては、審査請求が期
間徒過による不適法な場合であるとか、あるいは審査請求を全部認容する場合であ
るとかの特別な事由がある場合を除いては、処分庁に対し弁明書の提出を要求すべ
きである。殊に本件審査請求事件のように、審査請求人である原告より弁明書副本
の送付につき請求があつた場合には、審査庁は必ず処分庁より弁明書の提出を受け
た上、その副本を審査請求人に送付すべきである。この意味において、審査法二二
条一項は、全くの自由裁量ではなく法規裁量に属する規定である。このようにして
弁明書の副本が審査請求人に送付され、またこれに対し審査請求人より反論書が提
出されることにより、はじめて争点が整理ないし確定され、これによつて審理を十
分に尽すことができるようになるのである。
 仮に課税処分に関する不服申立てが大量に発生し、しかもこれらの多くが事実認
定の当否に関する案件であるため、処分庁より弁明書の提出を求めるよりも、口頭
で弁明を受けた方が、簡易迅速な救済という原理に適合するとしても、この場合に
は、審査庁は処分庁より得た弁明内容を審査請求人に通知すべきである。何故な
ら、審査法二二条三項に規定されている弁明書の提出とは、口頭による弁明を含む
と解すべきであるからである。
(4) しかるに本件審査請求事件においては、被告は原告に対し弁明書の副本を
送付せず、また口頭による弁明の通知もしなかつたのであるから、被告の本件審査
手続は審査法に違反しているばかりでなく、このような被告の審理方式は、審査手
続において最も重要であるところの争点の整理ないし確定すらしようとしない態度
のあらわれであつて、行政不服審査制度をじゆうりんするものであり、この点にお
いても違法である。
(二)(1) つぎに、原告は、昭和三九年五月四日被告に対し、本件更正処分の
理由となつた事実を証する書類の閲覧を請求した(査法法三三条二項)ところ、同
月二九日被告が原告に閲覧させたものは、更正処分通知書(写)、異議申立書およ
び附属書類、異議申立決定書、異議申立補正命令書、申告所得税課税台帳(写)、
および確定申告書(写)の六通のみであつた。
2 二(一)(2)において述べた趣旨に照らすと、審査法三三条二項の規定は、
行政上の不服審査を実効あらしめるために設けられた重要な規定である。しかるに
被告が原告に対し閲覧を許可した書類六通は、その表題だけからも明らかであるよ
うに、本件更正処分の理由となつた事実を証明するものではなく、審査法三三条一
項に規定されている書類に該当しないものであり、本件審査請求事件においては、
右六通の書類以外にも処分庁より提出された書類が存在していたはずである。した
がつて、原告は違法に書類の閲覧を拒否されたのと同じであり、右違法は裁決の取
消事由になるといわねばならない。
(三)(1) 更に、原告は、昭和三九年六月一〇日被告に対し、意見陳述の機会
を与えられるべく申立てをした(審査法二五条一項)ところ、被告は同月一八日原
告に対し、同月二五日午後二時に意見陳述を聞く旨の通知をしてきたが、右通知に
おいて、被告は意見陳述の相手方(聞き手)として、大阪国税局協議団所属の協議
官A、およびその補助職員Bを指定した。
(2) しかし、国税局協議団は、国税通則法八三条一項によつて、中立公平な立
場から裁決の基礎となる議決をするために、審査庁である被告から独立した機関と
して設置されたものであり、被告と協議団とは本来別個の機関であつて、協議団は
被告の公正妥当な審査および裁決を監視する機関でもある。しかも、原告は審査庁
である被告に対し審査法二五条に基づいて意見陳述の申立てをしたのであつて(実
際上は直税部職員が意見陳述を聞くことになるであろう。)、協議団に対して意見
陳述の申立てをしたのではない。協議官は、国税庁協議団及び国税局協議団令(以
下単に団令という。)五条に従つて、申立ての有無にかかわらず、原告から意見を
聞かなければならないのであつて、原告としては、協議官に対しては必ず意見を述
べる機会があるから、その申立てをする必要がないのである。そして裁決は協議団
の議決に基づいて行なわれることになつているが(国税通則法八三条一項)、必ず
しも協議団の議決がそのまま裁決になるのではなく、現実に裁決をなすに当たつて
は、議決を尊重しつつ、更に処分庁に対する上級行政庁としての検討、判断がなさ
れるのである。それ故、協議官に対する意見の陳述は、協議団の議決の資料にはな
り得ても、審査庁の裁決の直接の資料とはならないのであるから、審査庁である被
告に対し意見陳述をする必要性は法律上もあるわけである。また審査法三一条は審
査庁が特にその下部職員に対し、その名と責任において審査の一部を委任する場合
の規定であると解すべきであるから、協議官をもつて同条にいう審査庁の職員であ
るということはできない。したがつて、被告が意見陳述の相手方として協議官を指
定した措置は、結局事実上意見陳述の申立てを拒否したに等しいことになるといわ
ねばならない。
(3) 原告は、前記意見陳述の指定を受けたので、意見陳述をするため指定され
た日時に指定された場所へ出向いたところ、偶偶当日は被告が原告以外の審査請求
人に対しても意見陳述日として指定しており、しかもこれらの請求人はいずれも原
告と同様城東商工会に所属していて、従来から城東商工会役員と被告との間で集団
的に手続上の諸問題についての交渉が行なわれていたので、当日も原告らの意見陳
述に先立つて意見陳述聴取者の資格についての交渉が行なわれたが、被告側担当者
は城東商工会代表者の質問に即答できなかつたため、後日に回答することを約し
た。そこで原告は意見陳述の準備をしていたにもかかわらず、後日の連絡を待つこ
とにして引き上げたのであるが、その後何の連絡もないまま、本件裁決がなされた
のである。したがつて、原告は意見陳述の機会を放棄したわけでは決してなく、か
えつて被告にこそ原告に対し意見陳述の機会を保障する意思がなかつたのである。
(4) これを要するに、本件審査手続は審査法二五条に規定されている義務に違
反しており、違法である。
(四) 前叙のように、被告が意見陳述の相手方として協議官を指定したことから
判断すれば、被告は協議団制度の意義に反し、協議官の中立的地位権限を無視して
いるのであり、事実上協議官を自己の下部職員として扱つているのであつて、本件
審査請求事件においては、協議団としての独自の議決(国税通則法八三条一項参
照)はなかつたといわなければならないから、被告の裁決は協議団の議決に基づか
ない違法なものである。
(五) 被告は、本件裁決の理由として、裁決書に、「収入金額については反面調
査により判明した金五、八一四、〇〇七円を計上し、経費については提出の計算書
に基づき同業者の経費等を比較検討して所得金額を算定した原処分は相当であ
る。」旨を記載している。しかし裁決の理由は、少なくとも原処分の更正金額が算
出される筋道を示す程度に記載されていなければならないにもかかわらず、本件裁
決においては、具体的に判断された所得金額の計算根拠が数額的に明示されていな
い。また原告が収支計算書を原処分庁に提出したのは、本件更正処分がなされた後
のことであるから、本件裁決理由はこの点において矛盾している。
 したがつて、本件裁決は審査法四一条に違反しており、右違法は裁決の取消事由
になるといわねばならない。
三、以上において述べてきたところにより明らかなように、二(一)は審査法二二
条に、同(二)は同法三三条二項に、同(三)は同法二五条一項、国税通則法八三
条一項に、同(四)は同法同条に、同(五)は審査法四一条にそれぞれ違反してお
り、結局本件裁決は実質的な審理が何ら行なわれず、手続法に違背してなされたの
であるから、取り消されるべきである。
第二 被告の答弁および主張
一、請求原因一の事実はすべて認める。同二については、(一)乃至(三)の各
(1)、および(三)(2)のうち、国税局協議団が中立公平な立場で議決するた
めに設置されたものであること、および団令五条に協議官の調査等の規定が設けら
れていることは、いずれも認めるが、その余の事実および主張についてはすべて争
う。同三の主張は争う。
二 (一) 請求原因二(一)の主張について
 審査法二二条一項の規定の形式、および法律の趣旨を総合すれば、審査庁が処分
庁に対して弁明書の提出を求めるかどうかは審査庁の自由裁量に属する事項である
ことが明らかである。もつとも審査法は訴願法(但し所得税法上の不服申立てにつ
いてはその適用が排除されていた。―旧所得税法五〇条)と異なつて、処分庁より
弁明書の提出があつたときは、その副本を審査請求人に送付すべきものとする規定
を設けている(審査法二二条三項)わけであるから、弁明書の提出が処分庁の主張
を審査請求人に知らしめる機能を果たす結果となることは否定できない。しかしこ
のことから直ちに審査法二二条一項が審査請求人の利益のために設けられた規定で
あると解することはできないのであつて、弁明書の提出を求めるかどうかは、審査
庁が審理手続の円滑な進行を図るために弁明書という形式で処分庁の弁明の内容を
知る必要があるかどうかという観点から判断すれば足りるのである。そして、国税
に関する法律に基づく処分で所得税にかかる審査請求は、事案が大量に発生し、か
つ当該処分に対する不服が概して要件事実の認定の当否にかかるものであり、また
協議官が審査請求の審理をなすに当たつては、「協議官自ら必要な調査に当たり、
又は国税庁長官若しくは国税局長を通じ、国税庁、国税局若しくは税務署の当該職
員に対しその調査を嘱託する外、当該審査請求の目的となつた処分に関する事務に
従事した職員及び当該審査請求をした者に、その意見を述べる機会を与えなければ
ならない。」(団令五条)とされているから、処分庁より弁明書を徴収し、これを
審査請求人に送付した上、同人よりこれに対する反論書の提出をまち、これらの書
面を資料として審理するよりも、税務行政に習熟した協議官が自ら進んで必要な調
査を行ない、処分庁関係職員および審査請求人の双方より口頭で意見を聴取する方
が、はるかに迅速でかつ適正な処理をはかることができるのは明らかであり、この
方法の方が、いわゆる書面による審理方式に比べ、より一層行政不服審査制度の趣
旨(審査法一条一項)に合致するものといえよう。本件審査請求事件においては、
審査庁である被告は処分庁に対して弁明書の提出を求めなかつたが、これがために
被告がその有する裁量権の範囲を起えなかつたことはもとより、裁量権を濫用した
場合にも該当しないことが明らかである。
 したがつて、本件審査手続が審査法二二条に違反するから違法であるとの原告の
主張は失当である。
(二) 同二(二)の主張について
(1) 被告は、原告より書類の閲覧請求がなされたので、日時および場所を指定
してこれを許可したところ、原告は右指定日に指定の場所で書類の閲覧を行なつ
た。原告がこのように書類閲覧の許可に従いその閲覧をしたにもかかわらず、なお
かつ閲覧拒否と同じである旨主張するのは、閲覧許可をした以外の書類の閲覧を許
可しなかつたためであろうが、被告が右以外の書類の閲覧を許可しなかつた理由は
つぎのとおりである。
(2) 閲覧を許可した以外の書類とは所得調査書に外ならないが、原告の昭和三
七年の所得調査書は処分庁より被告に提出されていなかつた。
 被告は当初原告の昭和三七年の所得調査書が審査法三三条二項前段に規定されて
いる閲覧の対象となる書類に該当することを認め、同項後段の閲覧拒否の正当な理
由について種々主張を尽してきたのであるが、証拠調べの結果、それが真実に反す
る陳述であることが明らかとなり、かつ錯誤に基づいてなされたものでもあるの
で、その自白を撤回し、これを否認する。
 もつとも本件審査請求事件においては、所得調査書の提出がなかつたけれども、
協議官Aおよびその補助職員Bは処分庁である城東税務署において所得調査書を閲
覧しており、その際メモを作成している。しかし書類が提出されたといえるために
は、当該書類が審査庁の審理手続に上程されることが必要であり、処分庁と審査庁
とが場所的に離隔している場合には、通常書類の場所的移動も含めて解すべきであ
る。また閲覧の対象となる書類は、単に提出されたことのみでは足らず、閲覧請求
時に現に審査庁の手許に存在することが必要であり、このことは提出された書類の
留置きが認められている(審査法二八条)ことからも首肯できる。しかるに、原告
の所得調査書については、協議官らがその調査の過程において城東税務署で閲覧し
ただけであるから、到底被告に提出があつたとはいえず、また閲覧請求時には被告
の手許に存在しなかつたのである。更に右メモは協議官らが調査した結果について
の個人的な覚書であるから、これが処分庁より提出された書類に該当しないことは
いうまでもない。その外処分庁より提出のあつた書類については、被告は原告に対
し、すべて閲覧を許可した。
(3) 仮に被告の自白の撤回が認められないとしても、本件審査請求事件におい
ては、審査法三三条二項後段に規定されている閲覧を拒む正当な理由があつたか
ら、被告が原告に対し所得調査書を閲覧させなかつたことに違法な点はない。
(ア) 原告の昭和三七年の所得調査書の内容
 原告の昭和三七年の所得調査書は、昭和三七年一一月における調査と昭和三八年
七月における調査とに分かれる。その記載内容は、担当者のメモ的な記載が多く、
しかも各記載が混在しているが、これを分類整理するとつぎのようになる。
 まず昭和三七年一一月の調査に関してつぎに掲げる事項の記載がある。
 即ち、売上金額、所得率、算出所得金額、標準外経費(雇人費、外注費)、標準
外経費控除後の金額および所得金額の前年分との対比、所得率の検討に関する事
項、調査担当者に対する指示、小橋金属株式会社(以下小橋金属という。)に対す
る月別売上高、材料代および他に売却した金額、一部の支払経費に関する事項、外
注費の細目、月別支払給料額、所得率についての原始記録保存分からの検討事項、
図面、源泉徴収に関する事項。
 つぎに昭和三八年七月の調査に関してつぎに掲げる事項の記載がある。
 即ち、売上金額、所得率、算出所得金額、標準外経費、標準外経費控除後の所得
金額、売上金額および所得金額の前年分との対比、所得率の検討についての調査担
当者に対する指示、原告の事業の概要、仕入先および取引品目、取引銀行および取
引の種類、従業員の状況、設備の状況、原告の申告額についての申立内容、行なつ
た調査の方法および実額によることの困難性、所得率および所得率算出の基礎とな
つた同業者名、小橋金属に対する調査結果としての月別工賃収入、小橋金属以外か
らの収入およびその内容、所得率の検討、雇人費、外注費、昭和三七年中に取得し
た資産のうち判明したもの、熔接材料の仕入先、外注先、および判明した範囲の支
払金額。
(イ) 書類閲覧請求権の対象
 審査法三三条一項および二項の趣旨からみれば、審査請求人等が閲覧を請求し得
る書類その他の物件は、処分庁が審査庁に提出したすべての書類および物件ではな
く、「当該処分の理由となつた事実」に対する立証資料であるということができ
る。したがつて、審査請求人等の有する書類閲覧請求権の対象は、処分庁が提出し
た資料のうち、処分の理由となつた事実を証する資料に限定され、それ以外のもの
には及ばないのである。
(ウ) 本件更正処分の理由となつた事実
 処分庁の本件更正処分時における処分内容としての課税標準の算出過程は、収入
金額に後述の所得率を乗じて得た算出所得金額より、標準外経費として、雇人費、
外注費を控除したものである。そして、収入金額は原告の取引先である小橋金属に
対する調査に基づいている。なお小橋金属より支給された材料を第三者に売却した
ことによる収入金額は、当該第三者に対する調査によるものである。所得率は原告
と同規模の小橋金属の下請先の所得率によつている。雇人費は、原告が呈示したメ
モおよび原告の源泉徴収所得税の申告額に基づくものであり、外注費(内職費を含
む。)は、原告に対する調査、外注先に対する反面調査によつて確認しているが、
実額を把握できなかつた部分については、推計によつている。
(エ) 処分の理由となつた事実を証する書類
 原告の昭和三七年の所得調査書をその記載内容等によつて分類すれば、(a)担
当職員のした損益計算、(b)損益計算の各項目の金額についての基礎事実に関す
る資料、(c)行政庁内部の調査担当者に対する指示事項および調査担当者の調査
方針等を記載した部分に大別され、(b)の基礎事実に関する資料の中には、1原
告の売上先、外注先に対する調査の結果を記載したもの、2原告に対する調査の結
果を記載したもの、3同業の第三者の所得率を記載したもの等が含まれている。
 右に述べた(a)乃至(c)のうち、(a)の損益計算は、事実を証する書類で
はなく、単なる計算過程を示すもので、いわば主張ないし説明的文書であり、
(c)の指示事項、調査方針等の記載は、原処分の理由となつた事実を証する書類
には該当しないと考えられるから、いずれも閲覧請求権の対象とはならないものと
解せられる。したがつて、閲覧請求権の対象となりうる書類は、(b)の基礎事実
に関する資料に限定されるのである。
(オ) 書類閲覧請求権の制限事由
 審査法三三条二項後段は、「審査庁は、第三者の利益を害するおそれがあると認
めるとき、その他正当な理由があるときでなければ、その閲覧を拒むことができな
い。」と規定しているので、審査庁は正当な理由があるときは、閲覧請求を拒むこ
とができるとされているのである。ところで、閲覧拒否理由としての「正当な理
由」には、その例示的文言から明らかなように、書類開示により第三者の秘密保持
の利益を害する場合、即ち閲覧請求権と第三者の利益との衝突の調整、および書類
開示により行政上の秘密を害する場合、即ち閲覧請求権と公益との衝突の調整が含
まれる。そしてこれらの正当理由の根底にあるものの一つには公務員の守秘義務が
あると解される。国家公務員法一〇〇条一項によれば、公務員は、「職務上知り得
た秘密」を守る義務があるものとされ、これに違反した場合は、刑事罰が科される
ことになつており(同法一〇九条一二号)、そしてこの「職務上知り得た秘密」の
中には、一般人の個人的秘密と行政自身の要求によつて秘密を保つことを必要とす
る行政上の秘密の両者が含まれている。更に税務職員においては、個人的秘密の保
護につき、所得税法に特別規定がある(旧所得税法七一条)。このように、閲覧拒
否理由としての正当な理由の実質の一つは、公務員の守秘義務であり、公務員の守
秘義務の及ぶ範囲は、正当な理由を構成すると考えられる。
 まず個人的秘密について考えてみるに、個人の秘密は、他の諸法律(刑法一三四
条、医療法七三条、薬事法八六条二項、弁護士法二三条、民事訴訟法二八一条一項
二号三号、銀行法一二条の三、相互銀行法二〇条、刑事訴訟法一〇五条、一四九
条)によつて、客観的秘密あるいは主観的秘密を問わず絶対的に保護されており、
訴訟における証人義務のごときも、第三者の秘密保持の利益のために譲歩を強いら
れているのである。これらの点を考えるならば、書類閲覧請求権も、書類の開示が
第三者の個人的秘密にかかわる場合には、それが客観的秘密であるか、あるいは主
観的秘密であるかを問わず、公務員の守秘義務との関連において、常に正当な拒否
理由に当たると解すべきである。
 つぎに行政上の秘密については、訴訟法上、監督官庁の許可を得ない限り、公務
員の証言拒絶権(民事訴訟法二八一条一項一号、刑事訴訟法一四四条本文)、押収
拒絶権(刑事訴訟法一〇三条本文)が認められているが、刑事訴訟法上の証言拒絶
権、および押収拒絶権については、国の重大な利益を害する場合を除いては、監督
官庁は承諾を拒むことができないとされている(同法一四四条但書、一〇三条但
書)。しかし、このことから直ちに行政上の秘密に関しては、国の重大な利益を害
しない限り、書類閲覧請求拒否の正当事由に該当しないと解すべきではない。行政
不服審査制度は、行政の内部的統制であり、純然たる第三者機関として行なう司法
統制とは異なつているのである。即ち、行政不服審査制度は、簡易迅速な手続によ
つて国民の権利利益を保護する機能を果たすとともに、行政運営の適正を確保する
機能をもあわせ果たすことを目的としており、その審理手続も、司法手続と異なつ
て、審査請求人の利益の確保が絶対的に保障されているわけではない。これらの点
から考えると、行政上の秘密は、国の重大な利益を害する程度に至らなくとも、閲
覧拒否の正当理由に該当するものと解すべきである。
 なお注意すべきことは、書類閲覧請求権の拒否理由については、「第三者の利益
を害するおそれがあると認めるとき、その他正当な理由があるとき」と規定されて
おり、第三者の利益を害することの蓋然性の存在をもつて要件とし、また「正当な
理由」という不確定な一般概念を要件としていることである。このことは、閲覧拒
否理由の要件の存否についての認定において審査庁に裁量権が認められていること
を示している。
(カ) 本件所得調査書の秘密性
(a) 取引先についての調査事項
 本件所得調査書には、原告の売上先、熔接材料の仕入先、外注先の調査事績が含
まれているが、これらの調査の結果および調査に応じたこと自体秘密性を有する。
もともと取引先としては、税務調査に応じる義務があるのであるが、何かと取引関
係の円滑が害されることを懸念して、調査に協力することを避ける傾向にあり、そ
れにもかかわらず積極的に調査に協力した取引先については、その利益を絶対的に
保護する必要がある。このことは過去の実例に照らしても明らかである。例えば、
仕入先の調査が漏れたため、仕入先が取引停止を受けた例、あるいは銀行調査を行
なつたため民主商工会関係者が多数銀行に押しかけて抗議をした例、その外取引先
に対して有形、無形の圧迫が加えられた例は多数ある。また、調査に応じたことを
他に漏らさないことを条件として調査に協力する者もしばしば存在する。これらの
点を考えるならば、取引先が調査に応じたこと、および調査に際してどのような資
料を提供したかということ自体の秘密性が、閲覧拒否理由に該当することは、いう
までもないであろう。
(b) 第三者の所得率についての調査事項
 本件更正処分に適用された所得率は、原告と同様の立場にある小橋金属の下請業
者の所得率であるが、これらの調査結果の記載については、私経済に属し、秘密性
を有することが明らかである。これに加えて、同業者の氏名が明らかになれば、有
形、無形の圧迫、あつれきの原因となる危険性が十分に予想されるから、閲覧拒否
理由に該当すると考えられる。
(c) 担当者に対する指示事項、調査方針等の記載
 これらは、前叙のとおり、処分の事実を証する書類に該当しないし、指示事項、
調査方針等が税務行政運営上の秘密に属することはいうまでもない。
(d) のみならず、これらの事項は、所得調査書の処々に混在しており、その結
果所得調査書は全体としてその閲覧を拒否するについて正当な理由が存するものと
いうべきである。
(キ) したがつて、本件審査手続が審査法三三条二項に違反するから違法である
との原告の主張は失当である。
(三) 同二(三)の主張について
(1) 原告は、昭和三九年六月一〇日付書面で被告に対し、審査法二五条一項但
書に基づき、口頭による意見陳述の申立てをしたので、被告は同月一八日書面で原
告に対し、意見陳述の日時を同月二五日午後二時、場所を大阪国税局協議団本部と
指定し、意見の陳述を聞く職員として、審査法三一条により、A、Bを指名して通
知した。そして右審査庁職員Aおよび同Bは、指定された日時場所において、原告
が意見陳述に現われるのを待つていたのであるが、原告は遂に出頭しなかつたので
ある。
 もつとも、当日原告は、他の審査請求人、弁護士数名、その他城東商工会事務局
関係者とともに大阪国税局に出頭した事実はあるが、原告らは意見の陳述を聞く職
員として指定された職員の許には出頭せず、被告に対して直接意見陳述をなす旨主
張し、被告との面会を要求して引き下がらなかつたのである。
(2) しかし、審査法は審査庁の直接審理主義を貫いているわけではなく、部分
的に間接審理を導入していることは、審査法三一条に規定されているとおりであ
り、同法二五条一項但書の意見陳述についても、同様に取り扱いうるものと解せら
れる。したがつて、審査庁である被告がその庁の職員をして意見陳述を聞かせるこ
とにしても何ら差支えない。また現実の問題としても、課税処分に対する審査請求
は大量かつ反復的に発生するものであるから、これらのすべての事案につき被告が
直接審査請求人の意見陳述を聞くなどということができよう筈がない。しかるに原
告らはこのようなことを知悉しながら敢て被告に対する直接の意見陳述を要求した
のであり、このことは裏返せば、原告らには意見陳述をしようという真意がなかつ
たとみられるのであつて、原告は意見陳述の権利を放棄したのである。
(3) なお、意見陳述を聞く職員として指定されたAおよびBが協議官およびそ
の補助職員であつたことをもつて、協議団の独立性が害されたとはいえない。何故
なら、協議団は具体的事案について議決をなすに当たり、審査庁の指揮監督を受け
ないという意味において独立性を有しているのであるが、意見陳述を聞く職員とし
て協議官が指定されたからといつて、協議団が当該事案につき議決をするに当たり
拘束力を生じさせるとはいえないからである。かえつて、協議官が審査請求人の意
見を聞くことは、協議団が議決をするに当たつて役立つことはいうまでもないか
ら、審査庁が審査法三一条により協議官をして審査請求人の意見陳述を聞かせるこ
ととしたのは合理的である。
(4) したがつて、本件審査手続が審査法二五条一項、国税通則法八三条一項に
違反するから違法であるとの原告の主張は失当である。
(四) 同二(四)の主張について
(1) 国税に関する法律に基づく処分についての審査請求について、協議団の議
決を要することとした趣旨は、納税者の不服に対してより迅速で適正な裁決を保障
することにあるが、議決は審査請求の審理の手続の一環としてなされるもので、こ
れと別個に行なわれるものではない。即ち審査請求事案はすべて審査庁が受理した
後、直ちに協議団に回付され、その所属協議官が自ら必要な調査を行ない関係人の
意見を聞いた上で、三人以上の協議官からなる合議体の合議により議決を行ない
(団令四条)、その議決内容を審査庁である国税局長に報告し(団令六条)、審査
庁は報告のあつた議決に基づいて審査の裁決をするのである(国税通則法八三条一
項)。本件審査請求事件においては、右手続に従つて議決がなされ、これに基づい
て審査庁の裁決が行なわれた。
(2) なお、国税局協議団は国税局に置かれる(大蔵省設置法四五条)のであつ
て、組織法上はいわゆる附属機関(国家行政組織法八条)に属する。したがつて、
国税局協議団に所属する協議官は、附属機関の職員として、所轄国税局長の一般的
指揮監督に服するのであり、当該審査庁の職員であることは明らかである。それ
故、既に述べたとおり、協議官が審査法三一条により意見の陳述を聞くことは、そ
の独立性に何の影響も与えない。
(3) したがつて、本件裁決は協議団の議決に基づかない違法なものであるとの
原告の主張は失当である。
三、本件審査手続は公正であつた。
 そもそも、弁明書の副本送付、口頭による意見陳述の権利、および書類閲覧請求
の権利が認められているのは、審査請求人に十分な攻撃防禦を尽す機会を与えるこ
とを究極の目的としているのである。そして本件審査請求事件においては、協議団
の調査の過程で、協議官らが原告に対し個々の争点(最終的には雇人費および外注
費)を告知して、立証を促すことにより、十分な攻撃防禦の機会を与えたのである
が、原告の方が立証をしようとしなかつたか、またはなし得なかつたにすぎないの
である。このように、原告は審査手続において争点について十分な説明を受けたの
であるから、弁明書副本の送付を受けなかつたことによつて何らの不利益も蒙つて
いないし、また右の二つの争点はいずれも特別経費に関するものであり、原告が自
ら立証すべき事項であつたため、所得調査書を閲覧しなかつたことによつても、不
利益を受けていないのである。
四、原告の主張は信義に反している。
 原告の確定申告時より審査手続に至るまでの一連の違法ないし不当な行動からみ
れば、原告が審査手続の違法を攻撃すること自体信義に反していて、許されない。
原告は、昭和三七年の所得税について、所得金額を適当に生活費から逆算し、金七
二〇、〇〇〇円として確定申告をしたが、更正処分がなされるや、異議申立ての段
階においてはじめて収支計算書を提出し、所得金額を金九三九、〇〇〇円に増額訂
正したのである。このような事実からみると、原告はまず不当に低い所得金額で申
告をして税務署長の反応を窺い、更正がなされれば、そこで資料を提出して争い、
更正がなければ、そのまま不当に課税を免れようとする不誠実な態度であつたこと
が明らかである。昭和三七年一一月一二日城東税務署職員が原告に対していわゆる
事前調査をした際には、原告は比較的素直に調査に応じていた。ところがその後、
原告が城東商工会に加入すると、調査拒否の態度を明確にしたのである。また原告
に対する本件更正処分が行なわれて間もなくの頃、城東商工会事務局員を含む商工
会会員十数名の者が、城東税務署に押しかけて処分理由の説明を求め、あるいは誹
謗的言辞を弄したことがあつた。これに対し税務職員は、処分理由の説明は私人の
秘密事項が含まれているので個別的に説明する旨を答えたにもかかわらず、更正処
分を受けた商工会会員らは、これに応じないで、再び集団で押しかけたのである。
更に本件審査手続においては、原告は争点の指摘を受けながら十分な立証をなさ
ず、あるいは意見陳述の機会を与えられながら、意見陳述をなさなかつたのであ
る。
 このように、原告が確定申告時より審査手続に至るまで、違法、不当な行為、態
度に終始したのは、処分庁による原告の所得の把握を困難ならしめ、租税負担を不
当に回避しようとするためであつたと考えざるを得ない。そうであるとすれば、こ
のような不当な行動をとつた原告が、本件訴訟において、仮に審査手続に瑕疵があ
つたとしても、実質的には微々たる瑕疵を理由に、裁決の取消しを求めることは、
信義則上許されない。
第三 被告の自白の撤回に対する原告の異議
 被告は、本件訴訟が始つて以来、当初は一貫して、本件更正処分の理由となつた
事実を証する書類として所得調査書が処分庁より提出されていたこと、しかし正当
な理由があつたためその閲覧を拒否した旨の主張をし、提出された書類の内容につ
いて詳細な陳述をしてきたのである。しかるに被告は、本件訴訟が提起された後三
年以上も経過した昭和四三年三月一八日付準備書面において、全く突如として、所
得調査書は処分庁より提出されていなかつたため、被告の手許にはなかつたと陳述
し、これに反する従前の主張は真実に反しており、かつ錯誤に基づいてなされたも
のであるから、これを撤回すると言い出したのである。しかし、錯誤の原因、およ
び右錯誤について被告に故意過失がなかつたことの合理的な主張立証がない以上、
原告は右自白の撤回に異議がある。
第四 被告の主張に対する原告の応答および反論
一、被告の主張二(二)(3)および同三、四の主張は、いずれも争う。
二、(一) 仮に被告の自白の撤回が許され、処分庁より提出された書類の中に所
得調査書が含まれていなかつたとしても、協議官Aおよびその補助職員Bが作成し
たメモは審査庁に存在したのである。そしてこのメモは原処分の理由となつた事実
を証する書類の中に含まれると解すべきである。何故なら、右メモは、原告の売
上、雇人費、外注費、所得率等に関する処分庁の所得調査書より要点を書き写し、
また所得調査書添付の資料箋より小橋金属の売上に関する報告書等、法定資料を書
き写して作成され、その記載経過は、審査庁の職員が処分庁に出向いて行き、処分
庁の担当者関与のもとに作成したものであるし、その用紙も大阪国税局の用紙を用
いており、しかもそれを裁決書作成者に交付して、本件裁決の資料としているから
である。
 審査法三三条に規定されている提出の意味については、その物理的意味ではな
く、法律的意味を考えなければならない。本件審査請求事件の場合、A協議官ら
は、処分庁において、本件更正処分について弁明を求め、それとあわせて審査庁と
しての調査をし、メモを作成し、これを審査庁に持ち帰つているのであるから、明
らかに場所的移転を伴つている。そして、課税処分に対する不服審査は大量かつ反
復的になされるため、処分庁が一件記録を審査庁に送付する事例はなく、むしろ審
査庁の職員が処分庁へ出かけて行つて弁明を求め、記録をメモし、時々は借用書を
入れて記録を借りて帰つてくるにすぎないというのが実情であるなら、審査法三三
条に規定されている提出の内容について、訴訟行為のように厳格に解するのではな
く、要するに、処分理由について審査に提供された書類という意味に解すべきであ
る。
(二) 本件審査請求事件においては、書類の閲覧を拒否する正当な理由はなかつ
た。
 即ち、取引先の小橋金属について、原告との取引額を秘密にしなければならない
具体的事情の主張立証は全くない。また同業者である第三者の所得率についても、
原告との関係で秘密にしなければならない具体的事情の主張立証も全然なされてい
ない。更に、担当者に対する指示等が混在しているという立証はないし、現実に
は、売上、所得率、経費は各々別葉に記載されていたから、事業概況書、資料箋と
ともに、特定して閲覧に応じることが十分可能であつた筈である。被告が主張する
ように、公務員の一般的守秘義務を閲覧拒否の実質的根拠とするのなら、審査法三
三条自体が無意味になつてしまうといわねばならない。
三、本件審査手続において、弁明書副本の送付を受け、また書類の閲覧も実現でき
ておれば、原告は小橋金属との取引に関し、数額の具体的な相違について、主張立
証をなし得たのである。このことは雇人費、外注費、所得率等についても同様であ
る。しかるにその機会が奪われたために、現在では殊に外注費に関し、受託者が行
方不明になり、立証が極めて困難になつてしまつた。
(証拠関係)(省略)
       理   由
一、原告の請求原因一の事実は、すべて当事者間に争いがない。
二、行政不服審査法の法的位置づけ
 原告は、その請求原因二(一)乃至(五)において、本件裁決は手続上違法であ
る旨を主張するのであるが、その違法であると指摘する事由のうちの大部分、即ち
(四)を除く(一)乃至(三)および(五)は、いずれも審査法に関係のある主張
であるので、原告が主張する個々の違法事由を検討するに先立つて、審査法が予定
しているとみられる行政不服審査制度の本質を明らかにするとともに、審査法が規
定している個々の条項のうち、原告の主張と関連する審理手続の諸条項について概
観を試みた上、審査法の解釈の指針を探り出す必要があると思われる。
 審査法は、訴願法(明治二三年法律第一〇五号)を全面的に改正するという意図
の下に、昭和三七年八月三一日第四一回臨時国会において可決成立し、同年九月一
五日に昭和三七年法律第一六〇号として公布され、同年一〇月一日より施行された
法律である。それ故、訴願法を中心とする審査法施行前の訴願制度と対比すること
によつて、審査法の意味内容を明らかにするというやり方が、ここでは最も適当な
方法ということになるであろう。もつとも、審査法施行前の国税に関する不服申立
てについては、訴願法そのものの適用が排除され(所得税については旧所得税法五
〇条)、国税徴収法、所得税法、法人税法、相続税法、および資産再評価法の各法
律の規定によつて行なわれるものとされていた。しかし国税に関する不服申立ての
審理手続についても、審査手続に協議団制度が導入され、各税法の規定の中に、国
税庁長官または国税局長が審査決定を行なう場合に、「協議団の協議を経なければ
ならない」と規定されていた外は、訴願法と比較して特記しなければならないほど
の規定が設けられていたわけではないから、国税に関する不服申立ての事件である
本件事案の解決に当たつても、従前の訴願制度と対比して審査法の特質を把握する
ことが、重要な意味を持つことには変わりはない。
 さて、訴願法は明治二三年に施行されて以来、審査法が施行されると同時に廃止
されるまでの間、一度も改正されたことがなかつたが、一方において、審査請求、
異議の申立て等種々の名称が付された行政上の不服申立て制度が、各種の行政法規
によつて認められ、これらが全体として広い意味での訴願制度を形成していた。従
前の訴願制度は、一面において、国民に対し簡易迅速な救済を与えることを目的と
しながらも、他面において、行政の自己統制ないし行政監督的作用を目的として併
有し、しかも後者の方に重点を置いていたために、事案の公正な判断、権利の手続
的保障という観点は、必ずしも重視されていなかつたといえよう。
 これに対し、審査法は、一条一項において、この法律の趣旨を、「この法律は、
行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民に対し
て広く行政庁に対する不服申立てのみちを開くことによつて、簡易迅速な手続によ
る国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することを目的
とする。」旨宣明している。
 ところで、審査法は行政上の不服申立ての中心に審査請求をすえているのである
が、審査請求は原則として処分庁の直近上級行政庁に対してするもの(五条二項)
とされているので、この点においては従前の訴願制度と異なるところがない。後述
するように、審査法は、わが国の行政不服審査制度について、注目すべき幾多の改
善点を実現しているのであるけれども、不服申立てを裁断する審査庁が、処分庁か
ら独立した第三者機関ではないが故に、事案の公正な判断を期待するという意味
で、国民の権利および利益を救済する制度として果して妥当なものであるかどうか
は疑問の存するところであつて、この点において、審査法が施行された後の行政不
服審査制度といえども、なお従前の訴願制度におけると同様に、行政の自己統制な
いし行政監督的作用という色彩を濃厚に残存せしめているといわざるを得ないので
ある。もつとも、国税に関する法律に基づく処分に対する不服申立てについては、
国税庁および国税局に協議団が設置され、国税庁長官または国税局長が決定または
裁決をするについては、協議団の議決に基づかなければならないこととされている
(国税通則法八三条一項)が、協議団はあくまでも審理機関であつて裁決権限者で
はないのであり、しかも、協議団は、後述するように、国税庁または国税局の附属
機関にすぎないのであつて、協議団制度が導入されていることによつて、前叙のよ
うな行政不服審査制度の本質が変容せしめられるようなことは決してない。
 それにもかかわらず、審査法は、従前の訴願制度と比較して、注目すべき改善を
施している。
 即ち、不服申立ての種類を、審査請求、異議申立て、および再審査請求の三種類
に整理したこと、不服申立事項を従前の列挙主義から一般概括主義に改め、原則と
して不服申立てを広く認めることとするとともに、行政庁の不作為についても救済
の途を設けたこと、不服申立事項に一般概括主義を採用したため、不服申立てをす
べき行政庁が判然としないという欠陥を補填するために、行政庁に救済手段を教示
する義務を課したこと、審査請求人に処分の執行停止を求める権利を認めたこと、
審理および裁決の手続についてもかなりの規定をおき、その整備を図つたこと、以
上の諸点を改善された要点として挙げることができよう。これらの諸点のうち、特
に本件において関係の深い審理手続に関する諸規定について概観すれば、訴願法に
おいては、訴願書の経由に当たる処分庁は、弁明書および必要文書を添えて裁決庁
に送付すべき(一一条)ものとされ、審理の方式については、書面審理を原則と
し、裁決庁が必要と認めたときに口頭審問をなすことができる(一三条)ものとさ
れていた(もつとも、国税に関する不服申立てのうち協議団が審理すべきものとさ
れていたものについては、協議団制度が発点した当初より、審査請求人の意見を聴
取しなければならないとされていた。)のに対し、審査法においては、審査庁は、
審査請求を受理したときは、処分庁に対し相当の期間を定めて、弁明書の提出を求
めることができる(二二条一項)ものとされ、弁明書は正副二通を提出しなければ
ならず(同条二項)、処分庁から弁明書の提出があつたときは、その副本を審査請
求人に送付しなければならない(同条三項)ものとされており、弁明書に対して
は、審査請求人は反論書を提出することができる(二三条)ものとされ、審理の方
式については、書面審理を原則としながらも、審査請求人または参加人の申立てが
あつたときは、審査庁は口頭で意見を述べる機会を与えなければならない(二五条
一項)ものとされ、更に、審査請求人または参加人は、審査庁に対し、第三者の利
益を害するおそれがあると認められるとき、その他正当な理由があるときを除い
て、処分庁から提出された書類その他の物件の閲覧を求めることができる(三二条
二項)ものとされ、また利害関係人の参加の制度が認められ(二四条)ている外、
証拠書類等の提出(二六条)、参考人の陳述および鑑定の要求(二七条)、物件の
提出要求(二八条)、検証(二九条)、ならびに審査請求人または参加人の審尋
(三〇条)については、審査請求人または参加人に申立権を賦与する旨の規定が設
けられている。これらの審理手続に関する規定は、当事者が参与する対審的審理構
造をとつておらず、また審理公開の原則を採用していないとはいえ、従前の訴願制
度に対比するとき、審査請求人および利害関係人の権利および利益を手続的に保障
するという方向に向つて、画期的な前進をはかつたと評価して差支えない。
 以上において判示してきたところにより明らかになつた現行の行政不服審査制度
の下において、事案の公正な判断を達成するためには、殊に審査手続を主宰する審
査庁が、前叙のとおり、処分庁から独立した第三者機関ではないわけであるから、
行政能率を著しく阻害しない限り、審査請求人または参加人の手続上の諸権利を十
分に尊重するということによつて、右制度の欠陥が露呈することのないように努め
なければならないのである。
三、本件審査手続が審査法二二条に違反し、争点を整理ないし確定すらしようとし
ない違法があるとの原告の主張について
(一) 審査法二二条は、一項において、「審査庁は、審査請求を受理したとき
は、審査請求書の副本又は審査請求録取書の写しを処分庁に送付し、相当の期間を
定めて、弁明書の提出を求めることができる。」と規定し、三項において、「処分
庁から弁明書の提出があつたときは、審査庁は、その副本を審査請求人に送付しな
ければならない。ただし、審査請求の全部を容認すべきときは、この限りでな
い。」と規定している。
 審査法二二条一項の規定は、審査庁が処分庁に対し弁明書の提出を要求すべきで
あるかどうかについて、その形式上一見したところ、審査庁の自由な裁量に委ねて
いるようにみえるけれども、訴願法においては、訴願は処分庁を経由して提出すべ
き(二条一項)ものとされ、処分庁は訴願書を受け取つた日から一〇日以内に弁明
書および必要文書を添えて裁決庁に送付すべき(一一条)ものとされていたとこ
ろ、実際には弁明書の作成のために訴願書の送付が遅れ、その結果訴願人の地位が
不利になる弊害があつたという批判に対処するため、審査法においては、審査請求
書を原則として直接審査庁に提出させる(五条二項)こととし、処分庁が審査請求
書を受け取つた場合においても、直ちに審査請求書を審査庁に送付すべき(一七条
二項)ものとして、右のような弊害が発生しないよう配慮した結果、処分庁の弁明
書の提出は、審査庁より求められてからするということにされたのであり、この場
合、審査請求を全面的に認容するとか、あるいは審査請求が不適法であることが明
らかであることもありうるので、弁明書の提出を求めるかどうかを、一応審査庁の
判断に委ねたにすぎないものと解すべきである。そして、訴願法とと対比において
審査法を解釈するならば、審査法二二条の規定は、二項および三項にその改善点が
あるものとみるべきであつて、この三項の規定は、同法三三条の書類閲覧請求権、
同法二三条の反論書の提出権とともに、審査請求人が処分庁の処分理由を知り、か
つその証拠資料を検討する機会を得て、争点を明確に把握し、これに対する攻撃防
禦方法を講じる上で、重要な規定であることはいうまでもない。
 このような前提の上に立つて審査法二二条一項の規定を解釈すれば、右規定は、
第一次的には、審査庁が審査請求の当否について判断するための資料を収集する手
段として活用されるべき規定であることが明らかであるから、審査庁が処分庁より
弁明書の提出を求めなくとも、その外の手段によつて事案の争点が十分に明確にな
り、審査庁が当該審査請求の当否を判断するについて何ら支障がないと考えた場合
にまで、すべて弁明書の提出を求めなければならないとすれば、事案の能率的な処
理という要請に背くことになるから、このような場合にまで、審査庁に弁明書の提
出を求めるべき義務があるということはできないけれども、審査法二二条を全体と
してみれば、右規定は第二次的には、審査請求人に対し処分庁の弁明内容を知悉す
る機会を与えたという点にも意義があるわけであるから、右のような場合であつて
も、審査請求人が弁明書の副本の送付方を請求した場合には、審査請求人に対し処
分庁の弁明内容を開示して、その後の審理手続をより公正にするために、審査庁と
しては、処分庁に対し弁明書の提出を要求した上、その副本を審査請求人に送付す
べきであり、したがつてこの場合においては、審査庁に弁明書の提出を求めるべき
義務が生ずるものと解するのが相当であつて、審査庁がこれらの手続を怠つた場合
には、その審査手続は違法性を帯びるものというべきである。
(二) これを本件についてみるに、原告が昭和三九年五月四日被告に対し処分庁
である城東税務署長の弁明書副本の送付方を請求したところ、被告が同月二五日原
告に対し被告は城東税務署長に弁明書の提出要求をしていないから副本を送付する
ことができない旨の回答をしたことについては当事者間に争いがなく、証人B、お
よび同Aの各証言によると、原告が被告に対して請求した事件審査請求事件は、昭
和三九年四月八日頃、主任協議官C、担当協議官A、および参加協議官Dによつて
構成されている協議団に配付されてきたが、主任協議官および担当協議官は処分庁
の処分理由が判明すれば、処分庁に対し弁明書の提出を要求しないという考えであ
つたため、まず担当協議官がその補助職員Bとともに処分庁である城東税務署に赴
き、原告の所得調査書を検討したところ、処分理由が明らかになつたので、処分庁
に対し改めて弁明書の提出を要求するようなことはしなかつたこと、Aは昭和四〇
年七月三日まで大阪国税局協議団本部に協議官として勤務していたが、処分庁に対
し弁明書の提出を要求した経験を持つていないこと、原告の弁明書副本の送付方請
求に対し送付することができない旨の回答をしたのは協議団本部の庶務係であるこ
と、以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
(三) 右に認定した事実によれば、原告は被告に対し弁明書副本の送付方を請求
したにもかかわらず、被告は処分庁に対し弁明書の提出を要求しないまま、原告の
右請求に応じられない旨の回答をしたのであつて、このような被告の態度は、審査
法二二条に違反することが明らかであり、本件審査手続を違法ならしめるといわな
ければならない。
 被告は、所得税にかかる審査請求は、事案が大量に発生し、かつ当該処分に対す
る不服が概して要件事実の認定の当否にかかるものであるので、審査請求の審理に
当たつては、処分庁より弁明書を徴収するよりも、税務行政に習熟した協議官が自
ら進んで必要な調査を行ない、処分庁関係職員および審査請求人の双方より口頭で
意見を聴取する方がはるかに迅速でかつ適正な処理をはかることができる旨反論す
る。しかしながら、原告が審査法に定められている手続上の利益を享受しようとす
る意思を明確に表明しているにもかかわらず、これを無視してまで事案の簡易迅速
な処理をはかる必要性は毫も存しないから、本件審査手続における右の点の違法性
が被告の反論によつて左右されるものではない。
(四) なお、原告は、被告の審理方法は争点の整理ないし確定すらしようとしな
いもので、行政不服審査制度をじゆうりんし違法である旨主張するけれども、被告
が処分庁に対し弁明書の提出を要求しなかつたことをもつて、直ちに被告は争点の
整理ないし確定をしていないと即断することはできないのみならず、証人B、同A
の各証言、および原告本人尋問の結果、ならびに弁論の全趣旨によれば、本件審査
請求事件の審理を担当した協議団では、担当協議官あるいはその補助職員が、処分
庁において所得調査書を調査検討し、また処分庁の当時の係官とも面接して調査
し、更に原告とも二、三回面接して調査を行なつた結果、本件審査請求事件の争点
は、収入金額、雇人費、および外注費の三点に整理されたことが認められ、右認定
に反する証拠はないから、被告の審理方法が争点の整理ないし確定をしようとしな
いものであるということはできない。したがつて、原告の右主張は採用できない。
(五) 本件審査手続が審査法二二条に違反し違法であることは前示のとおりであ
るが、右手続に基づいてなされた裁決がその取消事由に該当するほどの違法性を帯
びるかどうかについては、なお検討を要する事柄である。審査法二二条三項の規定
が審査請求人の手続上の利益を保障した上で重要な規定であることは、三(一)に
おいて説示したとおりである。しかしながら、処分庁が審査庁に対して提出すべき
弁明書をいかなる様式に従つて作成すべきか、またこれにいかなる内容を記載すべ
きか、つまり処分の理由を弁明書においてどの程度に開示すべきかについては、審
査法は全く触れるところがない(昭和三七年九月二六日人事院規則一三―一、二六
条はその特例である。)。それ故、弁明書をいかなる様式に従つて作成すべきか、
またこれにいかなる内容を記載すべきかは、処分庁の裁量に委ねられているものと
解さざるを得ない。このことは、審査法が二三条において、審査請求人は弁明書に
対し反論書を提出することができるものと規定していることによつても左右されな
い。何故なら、審査請求人が内容空疎な弁明書に対して反論書を提出しても、一向
に差し支えないからである。本件の場合において、仮に審査庁である被告が処分庁
である城東税務署長に対して弁明書の提出を要求し、同署長が弁明書を被告に対し
提出して、更に原告がその副本の送付を受けたとしても、これによつて果して本件
更正処分の処分理由が十分に明らかになり、原告がこれに対し適切な攻撃防禦方法
を講じえたかどうか、またそのことによつて本件裁決の結論に影響が及ぶ可能性が
あつたかどうかは、甚だ疑問であるといわねばならない。したがつて、本件審査手
続が審査法二二条に違反しているという違法は、未だ本件裁決の取消事由に該当し
ないと解するのが相当である。
四、本件審査手続が審査法三三条二項に違反し、違法であるとの原告の主張につい

(一) 原告が昭和三九年五月四日被告に対し本件更正処分の理由となつた事実を
証する書類の閲覧を請求したところ、同月二九日被告が原告に閲覧させた書類は、
更正処分通知書(写)、異議申立書および附属書類、異議申立決定書、異議申立補
正命令書、申告所得税課税台帳(写)、および確定申告書(写)の六通のみであつ
たことについては、当事者間に争いがない。
(二) 被告は、当初原告の昭和三七年の所得調査書が処分庁より被告に対して提
出されており、これが審査法三三条二項前段に規定されている閲覧の対象となる書
類に該当することを認めていたが、後になつて、右陳述は真実に反し錯誤に基づい
てなされたものであるから、その自白を撤回する旨主張し、一方原告は、右自白の
撤回に異議がある旨陳述するので、果して自白の撤回が有効になされたかどうかに
ついて判断することとする。
 本件の弁論の経過に照らすと、被告は、昭和四〇年六月二九日付、同年一一月六
日付、昭和四一年四月一日付、および昭和四二年六月六日付、各準備書面におい
て、原告の昭和三七年の所得調査書が審査法三三条二項前段に規定されている閲覧
の対象となる書類に該当することを当然の前提として認め、ただ本件審査請求事件
においては、同項後段に規定されている閲覧拒否についての正当な理由がある旨の
主張を詳細に展開していたのであるが、昭和四三年三月一八日付準備書面に至つ
て、一転して右自白を撤回した上、原告の昭和三七年の所得調査書は処分庁より被
告に提出されていなかつた旨の主張をはじめたことが認められる。本件訴訟は昭和
三九年一二月三日に提起され、その訴状の副本は同月九日に被告に対し送達されて
いることが本件記録上明らかであるから、被告が原告の所得調査書は処分庁より被
告に提出されていなかつた旨の主張をはじめたのは、被告が本件訴訟が当裁判所に
係属したことを知り、そのための攻撃防禦方法を講じることができる状態になつて
以来、実に三年以上の歳月が経過した後のことであつて、被告が真実に反する自白
を故意にしたのではないかという疑念が一応生じるともいえよう。
 しかしながら一方において、証人B、同Aの各証言によると、本件審査請求事件
において処分庁より提出された書類は、原告に閲覧を許可した六通の書類だけであ
つて、原告の所得調査書は被告に提出されていなかつたこと、事案によつては、協
議官あるいはその補助職員が処分庁において所得調査書等を調査した際、借用書を
入れて所得調査書等を審査庁に持ち帰ることがあるが、本件審査請求事件において
は、争点が比較的限られていたので、所得調査書を持ち帰るようなことはせず、た
だ処分庁においてその要点をメモし、これを持ち帰つたにすぎないことが認められ
(右認定に反する証拠はない。)、また本件記録によると、Bが当法廷において証
言したのは昭和四二年八月二九日であり、Aが証言したのは、同日の外、昭和四三
年二月二日、および同年五月一三日であつたことが明らかである。
 右に認定した事実によれば、被告の自白は真実に反した陳述であるといわざるを
得ないし、被告の主張の変更と証人Bおよび同Aの各証言との時間的関係を考慮す
ると、被告が故意に右のような真実に反する自白をしたとも認め難いから、結局被
告の自白の撤回は有効になされたと解すべきである。
(三) そこでつぎに、協議官Aおよびその補助職員Bが処分庁において原告の昭
和三七年の所得調査書を調査検討した際、この要点を写して作成したメモが、審査
法三三条二項前段に規定されている閲覧の対象となる書類に該当するかどうかにつ
いて、検討することとする。
(1) ところで、右のメモは本件訴訟において証拠として提出されているわけで
はないので、その内容がどういうものであつたかは、被告の主張およびBならびに
Aの各証言に基づいて、推断する外はない。
 まず被告の主張によれば、原告の昭和三七年の所得調査書の内容はつぎのような
ものであつたというのである。
 昭和三七年一一月の調査に関する事項として、売上金額、所得率、算出所得金
額、標準外経費(雇人費、外注費)、標準外経費控除後の金額、売上金額および所
得金額の前年分との対比、所得率の検討に関する事項、調査担当者に対する指示、
小橋金属に対する月別売上高、材料代および他に売却した金額、一部の支払経費に
関する事項、外注費の細目、月別支払給料額、所得率についての原始記録保存分か
らの検討事項、図面、源泉徴収に関する事項。
 昭和三八年七月の調査に関する事項として、売上金額、所得率、算出所得金額、
標準外経費、標準外経費控除後の所得金額、売上金額および所得金額の前年分との
対比、所得率の検討についての調査担当者に対する指示、原告の事業の概要、仕入
先および取引品目、取引銀行および取引の種類、従業員の状況、設備の状況、原告
の申告額についての申立内容、おこなつた調査の方法および実額によることの困難
性、所得率および所得率算出の基礎となつた同業者名、小橋金属に対する調査結果
としての月別工賃収入、小橋金属以外からの収入およびその内容、所得率の検討、
雇人費、外注費、昭和三七年中に取得した資産のうち判明したもの、熔接材料の仕
入先、外注先、および判明した範囲の支払金額。
 つぎに、証人B、同Aの各証言によれば、協議官Aおよびその補助職員Bは、本
件審査請求事件の配付を受けて間もなく、城東税務署に赴き、同所において原告の
昭和三七年の所得調査書を調査検討したが、その際各人が各別に大阪国税局の罫紙
を使用して、その要点を書き写したメモを作成したこと、Bが作成したメモは罫紙
二枚程度のもので、その内容は、売上収入、事業概況書、一般経費、外注費、雇人
費、小橋金属よりの売上報告書等であつたこと、またAのメモは主として本件審査
請求事件の争点に関連した事項について作成された罫紙一枚程度のもので、その内
容は、損益計算書、即ち、収入金、所得率、標準外経費、標準外経費控除後の所得
金額、更に、所得金額の前年との対比、従業員数、従業員一人当たりの給与額、各
項目の説明書とその根拠等であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
 BおよびAの右各証言は、同人らの記憶に基づいて陳述されたものであるから、
これのみによつて同人らが作成したメモの内容の詳細を確定することは困難であ
り、しかし一方、右メモに行政庁内部の調査担当者に対する指示事項および調査担
当者の調査方針等が転記されていたとの立証はないので、結局右メモの内容は、被
告が原告の昭和三七年の所得調査書の内容であるとして主張するもののうち、処分
庁内部の指示事項や調査方針を省いたものを簡略化したものであると判断してよい
と思われる。
(2) 審査法三三条一項および二項の趣旨からみれば、審査請求人または参加人
が閲覧を請求し得る書類その他の物件とは、処分庁より審査庁に提出されたすべて
の書類および物件ではなく、当該処分の理由となつた事実を証する証拠資料を意味
するものと解せられる。そして被告は、本件更正処分の理由となつた事実として、
つぎのとおり主張している。即ち、処分庁の本件更正処分における処分内容として
の課税標準の算出過程は、収入金額に所得率を乗じて得た算出所得金額より、標準
外経費として、雇人費、外注費を控除したものである。そして、収入金額は原告の
取引先である小橋金属に対する調査に基づいている。なお、小橋金属より支給され
た材料を第三者に売却したことによる収入金額は、当該第三者に対する調査による
ものである。所得率は原告と同規模の小橋金属の下請先の所得率によつている。雇
人費は、原告が呈示したメモおよび原告の源泉徴収所得税の申告額に基づくもので
あり、外注費(内職費を含む。)は、原告に対する調査、外注先に対する反面調査
によつて確認しているが、実額を把握できなかつた部分については推計によつてい
る。被告は以上のように主張している。
 そうすると、AおよびBが作成したメモが、本件更正処分の理由となつた事実を
証する証拠資料となりうる性質の書類であることは明白である。
(3) そこで更に、右のメモが審査法三三条二項前段に規定されている処分庁か
ら審査庁に提出された書類に該当するかどうかについて考えてみる。
 ところで、審査法三三条二項前段は、「審査請求人または参加人は、審査庁に対
し処分庁から提出された書類その他の物件の閲覧を求めることができる。」と規定
しているが、右規定は、前示のとおり、審査請求人等に処分庁の処分理由を根拠づ
ける証拠資料を検討する機会を与えるという重要な意味を有していることを考慮す
れば、右規定にいう「処分庁から提出された書類その他の物件」とは、当該処分の
理由となつた事実に対する処分庁の証拠資料で、審査庁に現に存在するもの(全
部、一部もしくはその抜萃たるとを問わない。)をいうと解するのが相当であつ
て、正式の提出手続を経て提出された書類その他の物件に限らないと解すべきであ
る。
 これを本件についてみるに、証人B、同Aの各証言によれば、所得調査書を借用
しようとしても、処分庁が次年度の調査をしている等の理由により借用できない場
合があること、AおよびBが作成したメモは、原告が本件閲覧請求をした当時担当
の協議団の手許に存在したこと、右メモは単なる作成者の私物ではなく、協議団が
合議する際に資料として使用され、その必要部分は被告に対して提出される決議報
告書に転記された後、廃棄されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
 右に認定した事実に、前示四(三)(1)において認定した事実も加えて判断す
ると、所得税に関する不服申立てにおいて処分庁が当該処分の理由となつた事実を
証する書類その他の物件の一部を審査庁に提出しないのは、所得税に関する処分が
反復的であるため、処分庁としては所得調査書等が長期にわたつて手許にないと、
次年度の処分をなすにつき支障をきたすこと、また協議団の係官も気軽に処分庁へ
赴いて所得調査書等を閲覧調査し、必要があればその要点をメモする等の方法をと
つているので、提出されないことにさほど不便を感じていないという特殊な事情に
よるものと考えられ、このような事情の下に作成された右のメモは、処分庁が作成
ないし収集し、かつ保管しているところの、処分の理由となつた事実を証する書類
と同一視しうるものであり、処分庁より原書類が提出されない欠陥を補填する役割
も果しているのである。
 そうすると、AおよびBが作成したメモは、閲覧請求権の対象となる書類に該当
するといわなければならない。
(四) つぎに、被告は、原告の本件閲覧請求を拒否するについて正当な理由があ
つた旨主張するので、この点について判断することとする。
 審査法三三条二項後段は、「審査庁は、第三者の利益を害するおそれがあると認
めるとき、その他正当な理由があるときでなければ、その閲覧を拒むことができな
い。」と規定している。即ち、審査庁は正当な理由があるときに限つて、審査請求
人または参加人の閲覧請求を拒否することができるのである。そしてここでいう閲
覧拒否を正当化する「正当な理由」とは、審査請求人等の閲覧請求権と閲覧を許可
することによつて生ずると予測される審査請求人等以外のものの利益の侵害とを調
整する概念として理解すべきであるが、国家公務員法一〇〇条一項によれば、職員
は、職務上知ることのできた秘密、つまり一般人の個人的秘密および行政上の秘密
を漏らしてはならないとされ、しかも右義務に違反した場合には、刑罰による制裁
を科されることになつており(同法一〇九条一二号)、更に所得税法にも同様の罰
則規定が設けられている(旧所得税法七一条)ことを考慮すると、審査請求人等以
外のものの利益の中には、第三者の個人的秘密、および行政上の秘密の両者が含ま
れると解するのが相当であり、その外正当な防禦権の行使としてではなく、税務行
政を混乱に陥れようとするような意図でなされる等、閲覧請求権の濫用にわたる場
合も、閲覧拒否についての正当な理由があると解すべきである。しかしながら、閲
覧拒否の正当な理由としての第三者の個人的秘密あるいは行政上の秘密が存在する
といえるためには、単に審査庁がその裁量によつて右の要件が具備していると認定
するだけでは不十分であつて、かかる事項が、審査請求人等あるいはその外の一般
人に知られないことについて客観的にみて相当な利益が存在する場合でなければな
らない。けだし、審査庁の裁量によつてその要件の存否を認定できるとすれば、審
査庁は処分庁の上級行政庁であつて第三者機関ではないのであるから、審査請求人
等の閲覧請求権を不当に制限する虞れがあるからである。
 これを本件についてみるに、証人Bおよび同Aの各証言によると、過去におい
て、納税者が調査の内容を知つたために納税者とその取引先との間で問題が起こつ
た事例があること、また商工会関係者が調査に応じた銀行に対し集団で抗議したこ
とがあること、更に取引先等が秘密にすることを条件として調査に応じる場合もあ
ることを認めることができるが、これらの事実はいずれも本件に関係のある第三者
の利益とは直接関係がないのみならず、原告がAおよびBが作成したメモを閲覧す
ることによつて、原告の主要取引先である小橋金属、同社より供給を受けた材料の
売却先、所得率算定の基礎となつた同業者、および原告の取引銀行等が一体いかな
る具体的利益を害されるのかについては全く立証がないのであり、かえつて、右各
証言を仔細に検討すれば、本件の場合、右にあげたような第三者に対する調査内容
の中には、原告に対し特別秘密にしなければならないような事項は見出しえなかつ
たという趣旨の供述も存在するのであつて、結局右メモには、第三者の個人的秘密
は存在しなかつたといわざるを得ない。
 つぎに行政上の秘密については、前示のとおり、右のメモには処分庁の指示事項
や調査方針が記載されていなかつたと考えられるが、仮にこのような記載がなされ
ていたとしても、その記載内容が果して行政上の秘密に該当するかどうかについ
て、裁判所が判断をなし得る程度に具体的に主張した上、それが行政上の秘密に該
当することの立証もなすべきであるにもかかわらず、本件においてはそのような主
張立証が全くなされていないから、右のメモに行政上の秘密事項が記載されていた
ということはできない。
 それ故、本件閲覧請求を拒否するにつき正当な理由があつたとの被告の主張は、
失当である。
(五) したがつて、原告の閲覧請求に対し被告がこれを拒否したのは、審査法三
三条二項に違反しており、本件審査手続はこの点においても違法である。
 もつとも、審査法三三条二項に違反している審査手続に基づいてなされたすべて
の裁決が取り消されるべきものと解するのは妥当ではなく、裁決がその取消事由に
該当するほどの違法性を帯びるのは、閲覧拒否にかかる書類その他の物件に対し適
切な反証を提出することによつて、当該裁決の結論に影響が及ぶ可能性のある場合
に限られると解するのが相当である。けだし、書類その他の物件の閲覧請求権が審
査請求人または参加人に認められているのは、攻撃防禦方法を講じる上での手続的
な利益を審査請求人らに保障したものであるからである。しかしながら、本件の場
合においては、前示のようなAおよびBの作成したメモの記載内容、および本件審
査請求事件の争点から判断すれば、右のメモの記載内容に対し適切な反証を提出す
ることによつて、本件裁決の結論が容易に左右されたであろうことは明らかである
から、本件裁決もまた違法性を帯びるものといわねばならない。
五、本件審査手続が審査法二五条一項、国税通則法八三条一項に違反し、違法であ
るとの原告の主張について
(一) 原告が昭和三九年六月一〇日被告に対し、意見陳述の機会を与えられるべ
く申立てをしたところ、被告が同月一八日原告に対し、同月二五日午後二時意見陳
述を聞く旨の通知をなし、その際意見陳述の聞き手として大阪国税局協議団所属の
協議官Aおよびその補助職員Bを指定したことについては、当事者間に争いがな
い。
(二) そこで、国税庁および国税局と協議団との間の行政組織上の関係について
考察する。
 協議団は、国税庁および国税庁の地方支分部局である国税局(大蔵省設置法四二
条)に設置された附属機関の一つであつて(同法三九条一項、四五条一項)、国税
庁長官または国税局長に対する内国税に関する不服申立てについて、国税通則法八
三条一項に規定する議決を行なう機関(大蔵省設置法三九条二項、四五条二項、団
令一条一項)であり、協議団の協議官は国税庁長官によつて任命され(団令二条三
項)、更に国税庁長官は、各協議団に、その庶務に従事させるため、協議官の外、
所要の職員を置くことができる(同条四項)とされているので、協議官およびその
補助職員は、国税庁長官または国税局長の一般的指揮監督の下に服する国税庁また
は国税局の職員であることは当然であり、この意味において、協議団が審査庁から
全く独立した第三者機関であるということはできないのである。もつとも、協議団
制度は、シヤウプ勧告に基づき、国税庁長官または国税局長に対する不服申立てに
ついて、客観的第三者的立場に立つて公正な審理と判断をなし得るよう保障するた
めに導入されたもので、協議団の議決は、三人以上の協議官をもつて構成する合議
体の合議により行なうものとし、合議体の長を含む過半数の協議官の意見によつて
決定することになつており(団令四条)、その議決内容は書面をもつてすみやかに
国税庁長官または国税局長に報告しなければならない(団令六条)とされ、更に、
国税庁長官または国税局長が国税に関する法律の規定に基づく処分に対する不服申
立てについて決定または裁決をする場合には、協議団の議決に基づいてこれをしな
ければならない(国税通則法八三条一項)とされているので、この意味において、
協議団の議決に対しては裁決権限者である国税庁長官または国税局長の指揮監督を
受けないものとされているのであるが、この場合においても、協議団が国税庁長官
または国税局長に対して独立性を有しているのは、租税要件の認定という事実問題
に関してだけであり、国税庁長官の発する基本通達には依然として拘束されている
のである。
(三) かようにして、協議官およびその補助職員といえども、審査法三一条にい
う審査庁の職員に該当することが明らかとなつたが、更に団令五条によれば、協議
官は合議に付された事案について、自ら必要な調査を行ない、処分庁の処分に関す
る事務に従事した職員および当該不服申立てをした者にその意見を述べる機会を与
えなければならないとされており、協議団が審理に当たる国税の不服申立て事件に
ついては、むしろ口頭審理が原則とされていることになるから、右規定は審査法二
五条一項に対する特別規定とみるべきであつて、この場合の意見陳述の相手方は当
然協議団でなければならない。
(四) また実質的にみても、審査請求人の意見陳述は、単なる裁決権限者にすぎ
ない国税局長よりも、実際の審理に当たつている協議団の係官にさせた方が妥当で
ある。即ち、国税庁長官または国税局長に対してなされる不服申立てについては、
協議団が実際の審理に当たることになるので、この場合には、裁決権限者と審理機
関とが分離されているのであり、審査庁の裁決は裁決権限者の最終判断にかかつて
いるのはいうまでもないけれども、右裁決は、前示のとおり、協議団の議決に基づ
いてしなければならないとされているのであるから、審査請求人としては、審理機
関である協議団に対して自らの主張を十分に尽し、これを理由づける証拠資料を遺
漏なく提出することによつて、まず協議団の議決の中に自らの主張を反映させる必
要があり、そうすればまた審査請求人にとつて公正な裁決もなされることになるの
である。証人Bおよび同Aの各証言によれば、原告の本件審査請求事件は、昭和三
九年四月八日頃に大阪国税局協議団の担当協議団に配付され、その後審理を重ねた
結果、同年六月下旬頃、右協議団において議決がなされたことが認められる(右認
定に反する証拠はない。)から、原告が被告に対し意見陳述の申立てをしたとき
は、本件審査請求事件は担当協議団のところで審理中であつたのであり、そうであ
ればなおさら、担当協議団の係官に対して意見陳述をする方が効果的であつたので
ある。
 原告は、審査庁である被告に対し意見陳述をする必要性が法律上もある旨主張す
るが、国税に関する法律に基づく処分に対する不服申立ては、大量かつ反復的に生
じるのであるから、審査庁に対する意見陳述といつても、結局は審査法三一条によ
つて審査庁の下部職員がその名において意見陳述を聞く相手方とならざるを得ない
こととなり、これでは果して十分な裁決の資料となりうるのかどうか甚だ疑問であ
つて、原告の右主張にはにわかに左袒できない。
(五) そして成立に争いのない甲第一号証、証人B、同A、同Eの各証言、およ
び原告本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く。)を総合すると、被告が意見
陳述を聞く日として指定した昭和三九年六月二五日、原告は、他の審査請求人、弁
護士数名、その他城東商工会事務局関係者とともに、大阪国税局に出頭したが、意
見陳述を聞く相手方として協議官が指定されていることに疑問を投げかけ、その代
表数名が大阪国税局協議団本部の副本部長と面談した結果、意見陳述の聴取者の資
格については検討して後日回答するということになつたこと、一方意見陳述を聞く
担当係官として指定された協議官Aおよびその補助職員Bは、意見陳述を聴取する
ため所定の部屋で待機していたが、原告はここに出頭しなかつたこと、以上の事実
を認めることができ、担当係官の待機する部屋には入れてもらえなかつたという原
告本人尋問の結果の一部は前掲各証拠と対比して信用できず、他に右認定を覆すに
足りる証拠はない。
 右に認定した事実から判断すれば、被告は原告に対し意見陳述をなす機会を与え
たものと認められる。
(六) したがつて、本件審査手続は、審査法二五条一項、国税通則法八三条一項
に違反し、違法であるとの原告の主張は失当であつて、これを採用することができ
ない。
六、本件裁決には協議団としての独自の議決に基づいていない違法があるとの原告
の主張について、
 原告は、被告が意見陳述の相手方として協議官を指定したことから判断すれば、
被告は協議団制度の意義に反し、協議官の中立的地位権限を無視しているのであ
り、事実上協議官を自己の下部職員として扱つているのであつて、本件審査請求事
件においては、協議団としての独自の議決はなかつたといわなければならないか
ら、本件裁決には協議団の議決に基づかない違法がある旨主張する。
 しかしながら、国税局協議団は、元来制度上国税局長に対する関係では、五
(二)において判示した程度の独立性しか有していないのであつて、被告が原告の
なした意見陳述の申立てに対して、これを聴取する相手方として担当協議団の協議
官Aおよびその補助職員Bを指定したことをもつて、直ちに協議団の独立性を否定
し、その中立的地位権限を無視しているとはいえないところであり、前示のような
独立性すらも否定されているというようなことは、本件証拠によつて認めることが
できない。そして前示のとおり、本件審査請求事件については、昭和三九年六月下
旬頃に協議団の議決がなされていることが明らかであるから、本件裁決は特段の事
情のない限り、右議決に基づいてなされたものと認めるべきである。
 したがつて、本件裁決には、協議団としての独自の議決に基づいていない違法が
あるとの原告の主張も失当であつて、採用できない。
七、本件裁決は、審査法四一条に違反して理由附記が不備であるから違法であると
の原告の主張について
 審査法が四一条一項において、裁決の書面に理由を附記すべきことを要求してい
るのは、裁決機関の判断を慎重ならしめるとともに、裁決が裁決機関の恣意に流れ
ることのないように、その公正を保障するためと解されるから、その理由として
は、審査請求人の不服の事由に対応して、その結論に到達した過程を、審査請求人
に理解し得る程度に明らかにしなければならない(最高裁判所昭和三七年一二月二
六日判決、民集第一六巻一二号二五五七頁参照)。
 しかしながら、成立に争いのない甲第一一号証、証人B、同Aの各証言、および
原告本人尋問の結果によると、本件審査請求事件の争点は、収入金額、雇人費およ
び外注費の三点であつたこと、および被告がなした本件裁決の裁決書謄本には、本
件審査請求を棄却する理由として、「収入金額については反面調査により判明した
五、八一四、〇〇七円を計上し、経費については提出の計算書に基づき同業者の経
費等を比較検討して所得金額を算定した原処分は相当である。」と記載されていた
ことが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると本件審査請求事件の争点
は右の三点のみであつて比較的争点の少ない案件に属するので、裁決書に附記すべ
き理由としては、右裁決書謄本に記載されている程度の理由をもつて足りると解せ
られ、また原告の収支計算書が本件更正処分の後に提出されたものであるとして
も、右裁決書の理由は、その収支計算書と対比して検討してみても原処分の所得金
額は相当であるという趣旨に解せられるから、そこには理由不備あるいは理由齟齬
の違法はない。
 したがつて、本件裁決には理由不備の違法がある旨の原告の主張は失当であつ
て、これまた採用することができない。
八、本件審査手続は公正であつたとの被告の主張について
 被告は、本件審査請求事件においては、協議団の調査手続の過程で、協議官らが
原告に対し個々の争点を告知して立証を促すことにより、十分な攻撃防禦の機会を
与えたから、原告は、弁明書の提出がなかつたことおよび所得調査書の閲覧ができ
なかつたことによつて何らの不利益も蒙つていないと主張する。
 証人B(後記信用しない部分を除く。)および同Aの各証言によれば、本件審査
請求事件を審理した際、協議官Aおよびその補助職員Bが原告に対し、口頭で本件
審査請求事件の争点が、収入金額、雇人費および外注費の三点である旨を告知し、
この点に関する説明ないし立証を促したが、争点となつている差額がいかなる事情
により生じ、またその金額がいかほどであるかについては説明しなかつたこと、お
よび雇人費については一部推計によつて算出されているがこのことも原告に説明し
なかつたことが認められ、右認定に反する証人Bの証言の一部は曖味であつて信用
できないし、証人Eの証言、および原告本人尋問の結果は前掲各証拠と対比して信
用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
 およそ租税に関する所得金額の認定に関して課税庁と納税者との間に争いがある
場合に、納税者として有効的確な反論および立証活動をしようとしても、争点とな
つている差額がいかなる項目または細目より生じているか、またその金額がいかほ
どであるかというようなことが明らかでなければ、攻撃防禦活動に支障をきたすこ
とは明白である。雇人費および外注費が特別経費に属する故をもつて、争点の内容
の詳細を原告に告知しなくても、原告の攻撃活動に支障をきたさないと考えるの
は、被告の独断にすぎない。
 そうすると、協議官らは原告に対し十分な攻撃の機会を与えなかつたことになる
から、被告の右主張は採用できない。
九、原告の主張は信義に反していて許されないとの被告の主張について
 被告は、原告の確定申告時より審査手続に至るまでの一連の違法ないし不当な行
動からみれば、原告が本件審査手続の違法を攻撃すること自体、信義に反していて
許されない旨主張する。
 なるほど、いずれも成立に争いのない甲第五号証、乙第二号証、証人Fの証言に
より真正に成立したものと認められる乙第六号証の一、二、証人B、同E、同Fの
各証言、および原告本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く。)を総合する
と、被告が原告の違法ないし不当な行為として指摘する事実のうち、つぎのような
事実を認めることができる。即ち、原告は、昭和三七年の所得税について、その所
得金額を生活費から逆算し、金七二〇、〇〇〇円と算出して確定申告をしたが、こ
れに対して本件更正処分がなされると、異議申立てを行ない、このときはじめて収
支計算書を提出するとともに、所得金額を金九三九、〇〇〇円と増額訂正したこ
と、原告は、城東税務署職員が昭和三七年一一月に行なつたいわゆる事前調査の際
には、資料の一部を右職員に見せていたにもかかわらず、昭和三八年六月二七日の
いわゆる事後調査の際には、多忙を理由に資料の提出を拒否し、また翌七月三日に
資料を城東税務署まで持参することを約束しておきながら、その日になると、城東
商工会の方より税務署との話合いは商工会を通じてするから勝手に税務署へ行かな
いようにという連絡を受けているとか、あるいは多忙であるとかを述べて、資料の
提出を拒んだこと、原告は、本件更正処分がなされた後の同年一〇月一八日、原告
と同様に更正処分を受けた城東商工会会員および同会職員ら約五〇名とともに、城
東税務署を訪れ、G所得税課長に対し、更正処分の理由を開示してもらいたい旨要
求し、また同月二四日にも、八ないし一〇名の者とともに同様の要求をしたこと、
および原告は、本件審査手続中に意見陳述の機会を与えられておきながら、意見陳
述をしなかつたこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する原告本人尋
問の結果の一部は前掲各証拠と対比して信用できず、他に右認定を覆すに足りる証
拠はない。
 しかしながら、原告が右認定のような行動をしたからといつて、これをもつて本
件審査手続の違法を主張することが信義に反するというようなことは到底いえない
から、被告の右主張もまた採用できない。
一〇、結論
 以上の説示によつて明らかなとおり、本件審査手続には、被告が処分庁に対し弁
明書の提出を求めた上その副本を原告に送付しなかつたという手続違背、および本
件更正処分の理由となつた事実を証する書類の閲覧請求を正当な理由なくして拒否
したという手続違背が存するのであるが、右二つの違法のうち本件裁決の取消事由
に該当するのは、前示のとおり、後者の違法である。即ち、審査請求人の書類の閲
覧を請求しうる権利は、処分庁の処分理由の正当性を根拠づける証拠資料を検討す
る機会が審査請求人に対して与えられているという、審査請求人にとつて、最も重
要でかつ基本的な利益を手続的に保障したものであり、しかも被告の主張をもつて
しても、本件審査手続の前示違法性を解消させることはできないのであるから、か
かる重大な瑕疵のある手続に基づいてなされた被告の本件裁決もまた違法であつ
て、取消しを免れない。
 よつて、原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につい
て、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石崎甚八 喜多村治雄 南三郎)

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