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平成29年1月12日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成27年(ワ)第367号国家賠償法請求事件
口頭弁論終結日平成28年10月19日
判決
主文
1被告は,原告に対し,3万円及びこれに対する平成24年1月31日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用はこれを10分し,その7を原告の負担とし,その余を被告の
負担とする。
4この判決は第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,10万円及びこれに対する平成24年1月31日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,平成24年1月31日に兵庫県a警察署の警察官らによる職務質問及び
所持品検査を受けた原告が,当該所持品検査等の行為が警察官職務執行法(以下「
警職法」という。)2条で認められる範囲を超える違法なものであり,それにより
精神的苦痛を被ったと主張して,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項
に基づき,被告に対し,慰謝料10万円及びこれに対する不法行為の日である同日
から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案
である。
1前提となる事実(当事者間に争いがないか,掲記した証拠等により容易に認
められる事実)
(1)当事者等
ア原告は,昭和36年生まれの男性(本件当時50歳)である。
イA巡査部長は,平成24年1月31日当時,兵庫県a警察署の地域第一課に
所属する巡査部長であった者であり,B巡査は同課に所属する巡査であった者であ
る(以下,A巡査部長とB巡査を併せて「A巡査部長ら」という。)。
(2)平成24年1月31日の職務質問等の概要
原告は,平成24年1月31日午後1時頃,神戸市a区bc丁目d番e号所在の
レンタルビデオ店の駐車場(以下「本件駐車場」という。)に停めた自己の車両(日
産ラフェスタ。以下「原告車両」という。)内にいたところ,警ら用無線自動車(以
下「本件パトカー①」という。)に乗車して警ら中のA巡査部長らが原告車両内に
いる原告に対し,職務質問を実施した。その際,A巡査部長らは,原告に対し,原
告車両内及び同車内に置かれた原告所有のかばん(以下「本件かばん」という。)
等の所持品検査の協力を求めたが,原告は本件かばんの中身の検査を拒否した。そ
の後,本件駐車場に応援の警察官が臨場し,しばらく原告に対する説得がされ,最
終的に,本件かばんの検査がされたが,不審物等が発見されなかったため,A巡査
部長らは,所持品検査を終えて本件駐車場を去った。
(3)本件事件後の原告からの相談等の経緯
ア原告は,平成26年9月24日,兵庫県警察本部を訪れ,総務部県民広報課
情報センター員に対し,本件事件に関する文書があるか調査して欲しいと申し立て,
同本部を退出した。
同センター員は,本件事件に関する文書の有無を調査した上,同月26日,原告
に対して同文書が存在しない旨回答した。
イ原告は,平成27年1月9日,兵庫県警a署を訪れ,同署地域第一課に所属
するC警部に対し,本件事件に関する文書がないか確認してほしい旨申し立て,C
警部は,調査して回答する旨述べ,原告は同署を退出した。
C警部は,同月12日,原告に対し,調査の結果,本件事件に関する記録はない
旨回答した。その際,原告は,A巡査部長に会って話をしたい旨申し立てたが,C
警部は,それはできない旨回答した。
ウ原告は,同月30日,本件訴訟を提起した(当裁判所に顕著な事実)。
2争点及び当事者の主張
(1)本件職務質問及び本件所持品検査が警職法2条で認められる範囲を超えた
違法な公権力の行使に当たるか(争点1)
【原告の主張】
原告は,本件駐車場に警らに訪れたA巡査部長らによる職務質問を受けた。その
際,A巡査部長らから,所持禁制品の所持の有無を確認したいとして原告車両内の
所持品検査をしたいとの申し入れがされたため,原告は,これを了解し,原告車両
から一旦降りて,その後部トランク,後部座席の運転席側スライドドアを開け,A
巡査部長らは,原告車両内の所持品検査を行った。原告は,A巡査部長らによる所
持品検査を終えたものと考え,本件駐車場から去ろうとしたところ,A巡査部長ら
は,原告が原告車両の助手席側に置いていた本件かばんの中身の検査を要求した。
原告は,既にA巡査部長らに協力して原告車両内の所持品検査自体は終わったもの
と考えていたことに加え,本件かばんの中に入っていた大人用の玩具(以下「本件
玩具」という。)を見られることは潔いものと感じなかったため,原告車両の運転
席に乗り込み,ドアを閉めて発車しようとした。しかし,A巡査部長が運転席のド
アと車体の間に足を入れてドアを閉めるのを妨害していたため,ドアが閉まらなか
った。その様子を見ていたB巡査は,無線で他の警察官の応援を要請した。その後,
4,5名の警察官が警ら用無線自動車(以下「本件パトカー②」という。)で本件
駐車場に臨場し,原告車両の前に駐車し,原告車両が本件駐車場から退出できない
ようにした。A巡査部長らは,原告に対し,何度も本件パトカー②に乗るよう申し
向けた。原告は,本件パトカー②に一旦乗り込んだ後,乗り込んだ方のドアと反対
側のドアを開けて降りようと考え,パトカーの助手席側後部座席のドアから本件パ
トカー②に乗り込み,運転席側後部ドアを開けようとしたが,チャイルドロックが
かかっており,車両の中からはドアが開かず,その間,運転席側後部座席に座った
原告を取り囲むようにして,警察官3名が本件パトカー②の運転席,助手席,助手
席側後部座席に乗り込んだ。原告は,警察官らの措置は問題であると考え,警察官
らとの会話を録音するため,原告車両内に置いてあるスマートフォンを取りに行く
ことの許可を求めたが,受け入れられず,途中,A巡査部長が助手席に座っていた
警察官と交代し,A巡査部長やそのほかの警察官の説得を受けた。
その後,原告は,本件パトカー②から降り,原告車両に行き,その車内に置いて
いたウエストポーチを開けさせられ,筆入れ,財布の中を検査され,さらに,本件
かばんの中の検査を受け,本件かばん内の紙袋の中に入れていた本件玩具も見せさ
せられた。その後,原告は,職務質問及び所持品検査から解放された。
このように,所持品検査は,原告に,これに応じるという選択肢しかないような
状況に追い込んで行われたものであり,原告が自由な意思で本件パトカー②に乗り
込んだとか,原告の同意の下で本件かばんの中の所持品検査が行われたということ
はなく,A巡査部長らによる職務質問はその範囲を超えた違法なものである。
【被告の主張】
A巡査部長及びB巡査は,平成24年1月31日午後1時頃,警ら活動中,本件
駐車場に立ち寄った際,駐車中の原告車両を発見したため,近づいていくと,原告
が車内にいることが判明したため,車上狙いにあわないよう防犯指導を実施した。
すると,原告は,単なる防犯指導にもかかわらず,それを受け入れる姿勢を見せず,
大声を出してA巡査部長らの対応を拒否する姿勢を示した。
そのため,A巡査部長らは,単なる防犯指導に対して拒否した原告を不審に思い,
職務質問をすることとし,原告に対し,原告の身分及び駐車理由などについて尋ね
たところ,納得のいく回答が得られなかったため,更に不審感を深め,所持品検査
を求めたが,原告はこれに応じなかった。A巡査部長らは,原告が合理的な理由も
なく所持品検査を拒否したことから,所持禁制品を所持しているかもしれないと考
え,また,本件事件当時,秋葉原で起きた無差別殺傷事件のことが念頭にあったた
め,原告に対し,同事件のような事案発生防止のためパトロールしているので所持
品を確認させてもらいたい旨申し向け,根気強く所持品検査に応じるよう求めたが,
原告は頑なにこれに応じなかった。
そこで,A巡査部長らは,仮に不審物が発見されるなどして原告が激しく抵抗し,
一人とはいえ成人男性である原告に対して警察官2名で対応すれば,受傷するか又
は原告を負傷させるおそれもあると考え,応援を要請する必要があると判断し,B
巡査が警ら中の他の警察官に応援を要請し,a署地域第一課のD巡査部長及びE巡
査長が本件パトカー②で本件駐車場に臨場し,付近の交番勤務員も警ら用自動二輪
車で本件駐車場に臨場した。その際,原告から,本件パトカー②の停車位置につい
て抗議がされたことはなかった。
原告は,応援の警察官らが臨場した後も所持品検査に応じなかったため,A巡査
部長は,原告のプライバシーを考慮し,原告に対し,パトカーの中で話をする旨申
し向けたところ,原告はこれに同意し,助手席側後部ドアから本件パトカー②に乗
り込み,運転席にD巡査部長,助手席側後部座席にA巡査部長が乗り込んだ。A巡
査部長,D巡査部長及び助手席に座った警察官は,原告に対し,所持品検査に応じ
るよう説得を試みていたところ,原告は,A巡査部長と話したくないと申し立てた
ため,A巡査部長は,一旦,本件パトカー②から降車し,しばらく,他の警察官が
原告に対して話をしていた。原告が落ち着いたため,再び,A巡査部長が本件パト
カー②に乗り込んで説得をしたところ,原告は納得し,所持品検査に同意した。そ
の際,A巡査部長は,原告から求められた握手に応じ,原告は笑顔をみせるなど,
和やかな雰囲気となった。
原告は本件パトカー②から降車して原告車両に行き,原告自ら運転席側ドアを開
け,A巡査部長が車内を確認したが,不審物は発見されなかった,この間,B巡査
や他の警察官は,少し距離を置いて車内検査の様子を見守っていた。
A巡査部長は,原告車両内に置かれていた本件かばんを発見したため,原告にそ
の中味を見せるよう申し向け,原告の同意を得て覗き込んで中を確認したが,一見
して所持禁制品がないことが分かり,原告に対し,職務質問に協力してくれたこと
に対して礼を述べ,所持品検査を終了した。A巡査部長は,本件所持品検査中,原
告車両のドアや原告の所持品に触れることはなかった。
このように,本件所持品検査は,A巡査部長らによる説得が行われ,原告が同意
したことから行われたものであるし,本件所持品検査が終了するまでの間,警察官
が原告を取り押さえたり,本件パトカー②に押し込んだりすることもなく,A巡査
部長が原告車両の運転席ドアと車体との間に足を挟んでドアを閉めるのを妨害した
事実もない。A巡査部長が足を挟まれたのであれば,同巡査部長が原告を公務執行
妨害で捜査して然るべきであるが,そのような事実がないことからも裏付けられる。
また,警ら活動に使用するパトカーは,盗難防止,逃走防止等の観点から,チャイ
ルドロックをかけた状態にしており,本件職務質問の際に,特別にロックをかけた
ものではない。
(2)職務質問に係る報告書を作成していないことが国賠法上の違法を構成する
か(争点2)
【原告の主張】
本件職務質問は,原告の同意を得ずに強制的に行われた違法なものであるから,
このような後日問題となりそうな警察官の執務に関しては,担当の警察官において
記録を作成し,警察署においてこれを保存しておく義務があるというべきである。
ところが,A巡査部長をはじめ本件職務質問に臨場した警察官は,本件職務質問及
び本件所持品検査に係る記録を作成しておらず,違法である。
【被告の主張】
職務質問により犯罪が明らかとなった場合,職務質問について捜査書類が作成さ
れるが,犯罪が明らかにならなかった場合でも,職務質問の対象者ともめるなどし
て後日苦情に発展する可能性がある場合等警察本部に報告する必要性が生じた場合
には,報告書が作成される。他方,上記のような場合以外には,個々の職務質問に
おいて書類を作成する必要はない。
本件では,本件職務質問により犯罪が明らかになった場合ではないし,本件所持
品検査も原告の同意を得て行われたものであり,苦情事案に発展することもなく終
了したものであるから,A巡査部長及びそのほか本件職務質問に臨場した警察官に
報告書を作成する義務はない。
(3)A巡査部長との面会申出を拒否したことが国賠法上の違法を構成するか(争
点3)
【原告の主張】
原告は,本件職務質問後にa署を訪れて本件職務質問に関わったA巡査部長との
面会を求めたが,担当の警察官からは,面会を断られるなどして,誠実に取り合わ
なかった。これらの対応も,違法な公権力の行使に当たる。
【被告の主張】
原告に対して特定の警察官と面会させなければならないと規定する法令はなく,
原告に対し何ら法的義務を負う者ではないから,C警部が原告のA巡査部長との面
会の申入れに対してこれを拒否したことに違法はない。
(4)原告の損害(争点4)
【原告の主張】
本件職務質問等により,原告は,精神的苦痛を与えられた。これを慰謝するには,
10万円を下らない。
【被告の主張】
争う。
第3当裁判所の判断
1認定事実
証拠(甲1~6,乙1~3,証人A,原告本人)によれば,次の事実が認められ
る。
(1)本件駐車場の状況
本件駐車場は,地上階にあり,その上にレンタルビデオ店の店舗がある構造とな
っており,東側及び西側は壁で囲われ,南側と北側にそれぞれ出入口がある。
(2)本件所持品検査の経緯
ア原告は,平成24年1月31日午後1時頃,別紙図面の「原告車両」と記載
された位置に東向きに原告車両を停め,同車内で仮眠をとっていた。
イA巡査部長らは,同日午前9時頃から,警ら用パトカーである本件パトカー
①に乗車して本件駐車場を含むa署管内において,犯罪の予防検挙等を目的とした
警ら活動を行っていたところ,同日午後1時頃,本件駐車場の西側中央部分に東向
きに駐車している原告車両を発見した。A巡査部長らは,原告車両内に原告が乗車
していることが分かったため,防犯指導を行うこととし,原告車両の運転席側ドア
をノックして原告に対し「大丈夫ですか。」と声をかけ,続いて,原告に対して身
分確認のための免許証の提示を求め,本件駐車場に駐車している理由を尋ねた。
原告は,A巡査部長に対して運転免許証を提示し,駐車理由を尋ねられたことか
ら,本件駐車場に駐車していることをとがめられたものと考え,本件駐車場から出
ていく旨述べた。しかし,A巡査部長らは,原告が不審物や禁制品を所持している
か確認することとし,原告に対し,車内に刀や銃などの禁制品を積んでいないか確
認するため,原告車両内を見せてほしいと所持品検査への協力を求めた。原告は,
原告車両の運転席から降車し,原告車両の後部座席のスライドドアを開けて後部座
席を確認させたり,トランクルームを開けて中を確認させた。
ウA巡査部長らは,上記検査に続き,原告車両内に置かれていた本件かばんを
開けてその中の所持品についての検査の協力を求めたところ,原告は,これを拒否
した。A巡査部長は,再三,原告に対し,「協力お願いします。」などと言って,
本件かばんを開けてみせるよう求めたが,原告は,本件かばんの中に本件玩具が入
っており,これを見せたくなかったことから,「見せたくないです。」,「協力し
ません。」などと言って拒否し続けた。それでもなおA巡査部長が本件かばんの所
持品検査の協力を求めたことから,原告は,A巡査部長の対応を腹立たしく感じ,
本件駐車場から退出しようと考え,原告車両の運転席に乗り込み,A巡査部長に対
する不快感を示すため,運転席ドアを思い切り閉めようとしたが,運転席ドアと車
体との間にA巡査部長の足があったため,同ドアは閉まらなかった。
エその様子を見ていたB巡査が,本件パトカー①の無線で応援を呼び,程なく
してa管内の警ら活動を行っていたD巡査部長,E巡査長が本件パトカー②で本件
駐車場に臨場し,D巡査部長は,別紙図面の「本件パトカー②」に示されたとおり,
原告車両の前方に本件パトカー②を停車させた。また,本件駐車場付近の交番勤務
の警察官2名が,バイクで本件駐車場に臨場した(以下,D巡査部長,E巡査長及
び上記2名の警察官を併せて「D巡査部長ら」という。)。
オ原告は,D巡査部長らが到着した後も,本件かばんの所持品検査を拒否して
いたが,バイクで本件駐車場に臨場した警察官のうち1名が,原告に対して本件パ
トカー②の車内で話をしようと申し向けた。当初,原告はこれも拒否していたが,
同警察官から何度も本件パトカー②に乗車して話をしようと申し向けられたことか
ら,原告は,これを了解し,本件パトカー②の後部座席に助手席側のドアから乗り
込んだ。原告は,なおも,本件所持品検査に応じる意思はなかったことから,後部
座席の運転席側ドアを開けて降りようとしたが,本件パトカー②の後部座席にはチ
ャイルドロックがかけられていたため,原告は後部座席のドアを開けて降りること
はできなかった。その間,本件パトカー②には,D巡査部長らのうち3名が原告に
続いて本件パトカー②に乗り込み,一名が助手席側後部座席に,その他2名の警察
官がそれぞれ運転席及び助手席に座った。本件パトカー②に乗り込んだ警察官らは,
原告に対し,本件所持品検査に応じるよう説得したが,原告は,これに対しても,
拒否していた。A巡査部長は,本件パトカー②には乗り込まず,本件パトカー②の
車外にいたため,原告は,本件パトカー②の車内からA巡査部長に対して本件所持
品検査について抗議をしたところ,A巡査部長は,本件パトカー②の助手席に乗車
していた警察官と交替した。A巡査部長は原告に対して本件所持品検査への協力を
求めた。最終的に,原告は,本件所持品検査に応じることとし,A巡査部長は,原
告に対し,仲直りの趣旨で握手を求め,原告はこれに応じて握手をした。
カ原告は,本件パトカー②から降車し,原告車両の助手席上に置いた本件かば
んとウエストポーチを開けて,A巡査部長らに対し,その中身を見せた。A巡査部
長は,原告に対し,本件かばんの中の紙袋に入れられた本件玩具を確認し,不審物
が発見されなかったことから,本件所持品検査は終了した。
(3)本件事件後の相談の申入れ等
ア原告は,平成26年9月24日,兵庫県警本部を訪れて同本部の職員に対し,
本件職務質問を受けた状況が記録された文書を探してほしい旨申し立て,同職員は,
同月26日,原告が求めるような文書は存在しない旨回答した。
イ原告は,平成27年1月9日,a署に赴き,同署のC警部に対し,本件所持
品検査があったことを説明し,原告は本件かばんを見せたくなかったが,強い口調
で協力を依頼され,しぶしぶ見せた,しかし,今になってもどうしても納得ができ
ない,警察官は全ての人に同じような対応をしているのか,本件職務質問の際の記
録は作成・保存していないのかなどと述べて,本件職務質問を行った「A」及び「B」
という警察官と直接会って話をしたいと申し立てた。
C警部は,職務質問はそれぞれの警察官の判断で行っているため一概には説明で
きないこと,所持品検査が争われた裁判例はインターネットで閲覧することができ
ることなどを説明し,本件当時の記録があるか一応調べてみるなどと述べ,原告は,
記録の有無の調査結果の回答を求めて退庁した。
C警部は,平成24年当時の職員配置表から,原告の申し出た「A」及び「B」
がA巡査部長及びB巡査であることがうかがわれたことから,同月12日,A巡査
部長に対し,事実確認のため,当時のA巡査部長の勤務場所に電話をかけて連絡を
取ったところ,A巡査部長からは記憶にない旨の回答を得た。
C警部は,同日,原告に対し,本件職務質問の際の記録がないこと,本件職務質
問に関与したと思われるA巡査部長に確認をしたが,原告に対して職務質問をした
記憶がないようであるなどと説明した。原告は,A巡査部長との面会を要求したが,
C警部は,A巡査部長と面会させることはできないと述べたところ,原告は,納得
しないまま,電話を切った。(乙3)
2認定事実に係る補足説明
(1)証人Aは,本件職務質問及び本件所持品検査に至った経緯につき,単なる防
犯目的の声掛けに対して原告が大声を上げ,身分や駐車理由に対する質問に合理的
な理由を述べなかったからであると証言する(証人A調書3~5頁)一方,原告車
両を発見したときに原告が何をしていたのか,原告に対してどのように声をかけ,
これに対して原告がどのように回答したのか,証人Aが原告のどのような挙動をも
って証人Aの対応を拒否したと考えたのかについては覚えていない(証人A調書2
1~22頁)など,防犯目的の声掛けから,所持禁制品の所持の確認のための職務
質問をするに至った経緯等本件の重要な部分について記憶がない旨証言している。
証人Aによる本件職務質問のあった平成24年1月31日から既に4年9月を経過
しており,証人Aにおいて,職務質問は日々の業務の一つであり,個々の職務質問
やそれに付随して行った所持品検査の詳細の記憶をとどめていないのもやむ得ない
面があるとしても,当時秋葉原で無差別殺傷事件が起きたため,当該事件を引き合
いにして所持品検査を求めたなどと具体的に述べている証人Aが,原告の職務質問
の端緒となる不審な様子や言動について記憶がない旨述べており,その証言態度は
相当不自然といわざるを得ず,上記認定した事実と反する証人Aの証言は信用でき
ない。
(2)被告は,A巡査部長において原告が原告車両のドアを閉めようとした際に車
体とドアの間に足を挟んでこれを妨害した事実を否認し,そのような事実があれば,
A巡査部長に対する公務執行妨害を念頭に捜査を実施して然るべきであるが,その
ような事実もないとして,A巡査部長が原告車両のドアと車体との間に足を挟んだ
ことはないとの証人Aの証言(証人A5頁,18頁)が信用できる旨主張する。
しかしながら,前述のとおり,証人Aは,職務質問に至った経緯という本件の重
要な事実関係についてはほとんど覚えていない旨証言しているのに,本件所持品検
査の任意性に疑いを生じさせ得るような不利な事実については明確に否認する証言
をしており,この点でも証人Aの上記証言はにわかに信用し難い。他方で,原告は,
A巡査部長に対するいら立ちを示そうと,思い切りドアを閉めたため,A巡査部長
の足にけがを負わせたのではないかと思った(原告本人調書3頁),その時のA巡
査部長は痛みでうずくまることはなかったが,いきなりバタンと閉めたら足引かれ
へんやろがなどと述べて怒っていた(原告本人調書11頁)と,当時の原告の心情
やA巡査部長の言動について具体的に述べており,信用できる。また,原告車両の
ドアに足を挟まれたA巡査部長が,必ずしも原告を公務執行妨害で捜査しなければ
ならないものとはいえないから,そうした捜査の事実がないことは,A巡査部長が
原告車両の車体とドアの間に足を置いてドアを閉めるのを妨害した事実がないこと
の証左にはならないというべきであり,被告の上記主張は採用できない。
(3)被告は,本件パトカー②が本件駐車場に臨場した際,原告車両が前進できな
いような場所に停車したという事実について争う旨の主張をしているが,本件所持
品検査を遂行しようとしていたA巡査部長らの応援要請を受けて臨場したD巡査部
長らは,原告が所持品検査への協力を拒否して原告車両を発進させて本件駐車場か
ら退出しようとしていることを認識していたものと認められ,そうであれば,D巡
査部長らもA巡査部長らに協力して本件職務質問を遂行すべく,原告車両の前に本
件パトカー②を停車し,原告が原告車両を発進させて退出するのを防ごうと思うの
は自然であることからすれば,本件パトカー②は原告車両の前方に停められたもの
と認めるのが相当である。
3争点1について
(1)所持品検査については,明文の規定はないものの,口頭による職務質問(警
職法2条1項)と密接に関連し,かつ,職務質問の効果を上げるうえで必要性,有
効性の認められる行為であるから,同条項による職務質問に付随してこれを行うこ
とができる場合があると解するのが相当であり,所持品検査は,任意手段である職
務質問の付随行為として許容されるのであるから,所持人の承諾を得て,その限度
においてこれを行うのが原則であるが,所持人の承諾がない場合であっても,捜索
に至らない程度の行為は,強制にわたらない限り,所持品検査の必要性,緊急性,
これによって侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考
慮し,具体的状況のもとで相当と認められる限度で許容されるものというべきであ
る(最高裁昭和53年6月20日第三小法廷判決・刑集32巻4号670頁参照)。
(2)本件についてこれをみるに,A巡査部長らは,本件駐車場に駐車している原
告を発見し,防犯目的で声をかけたところ,原告が本件駐車場から出ていく旨述べ
たことから原告を不審に思い,所持品検査の協力を求めたというのである。ところ
で,証人Aによれば,本件当時,本件駐車場で車上狙いが多発しているとか,本件
駐車場付近が特に犯罪の多い地域として把握していたということもなく(証人A2
1頁),かつ,本件当日のA巡査部長らの警ら活動も,特定の事件の犯人の所在確
認の捜査を念頭に置いていたというような事情も認められない。そうすると,A巡
査部長らから駐車理由を尋ねられ,これをとがめられたと考えた原告が,本件駐車
場から出る旨答えたからといって,それだけでは,所持禁制品を所持していること
をうかがわせるに足りる異常な挙動があったとはいえない。まして,原告は,身分
確認のための運転免許証も提示していたこと,原告車両の後部座席及びトランクの
車内の検査にも応じていたことをも踏まえると,本件当時の周囲の状況から,原告
について罪を犯し,又は犯そうとしている事情があるものと疑わせるに足りる相当
な事情があったとも認められない。ところが,A巡査部長は,原告が本件かばんの
検査を拒否し,本件駐車場から退出しようとした原告の挙動をもって,所持禁制品
の所持を疑い,本件職務質問を開始し,原告に対し,本件所持品検査への協力を求
め,上記認定事実の経緯で本件所持品検査を行ったものである。本件所持品検査の
うち,本件かばんの検査については,原告は,A巡査部長らに対して「見せません。
」,「協力しません。」と明確にこれを拒否する態度を示していたというのである
から,所持品検査が職務質問の効果を上げるうえで必要性,有効性の認められる行
為としてこれに付随して許容されるに過ぎないものであることに鑑み,前記のとお
り,原告について,罪を犯し,又は犯そうとしていることを疑わせる具体的な事情
もない中で,原告の承諾が得られない以上,その段階で原告に対する所持品検査を
終えて原告を解放すべきであったというべきである。それにもかかわらず,A巡査
部長らは,原告に対して執拗に本件かばんの検査協力を求めただけでなく,これに
協力する義務はないと考えた原告が,原告車両に乗車して発車しようとしたところ
を,A巡査部長において,原告車両のドアが閉まらないように足を置き,更に,応
援要請を受けて臨場したD巡査部長及びE巡査長において,本件パトカー②を原告
車両の前方に停めて原告が本件駐車場から退出するのを阻止し,また,A巡査部長
だけでなくD巡査部長ら数名の警察官で原告に本件パトカー②に乗って話をするよ
う執拗に説得し,これに応じざるを得なくなった原告が本件パトカー②に乗車する
や,警察官3名が原告を囲むようにして本件パトカー②に乗り込み,本件かばんの
検査協力を求め,最終的に,原告がこれに応じて本件かばんの中及び本件玩具をA
巡査部長に確認させたというのである。上記のような経緯でされた本件所持品検査
は,そもそも,職務質問を続行する必要性,緊急性を欠いた状況で行われたもので
あって,また,その態様も,A巡査部長らにおいて本件かばんを開披したものでは
ないものの,原告の真意による承諾があったものとは認められず,プライバシー侵
害の高い行為であり,本件の具体的状況の下では,相当と認められる限度を逸脱し
たものといわざるを得ない。
そうすると,本件所持品検査は,警職法2条1項で認められる範囲を超えた違法
なものであり,国賠法上の違法を構成するというべきである。
4争点2及び3について
(1)原告は,警察官には,問題となりそうな執務に関しては記録を作成し,警察
署においてこれを保存しておく義務があるというべきであり,本件職務質問に関し
て当該記録の作成・保存がされていないことが,原告に対する違法な公権力の行使
であると主張する。
しかしながら,警察官に対して職務質問及び所持品検査に係る報告書等の公文書
を作成すべき義務を課した法令上の規定は見当たらず,原告との関係でこれを作成
すべき注意義務があったという根拠もないから,本件職務質問に係る報告書が作成
されていないとしても,それが違法となるものではなく,原告の上記主張は採用で
きない。
(2)原告は,兵庫県警察において,原告に対してA巡査部長との面会を求めたに
もかかわらず,担当の警察官がこれに誠実に対応しなかったことも,違法な公権力
の行使であると主張する。
しかしながら,警察官との面会を求めた者に対してこれに応じる義務を課した法
令上の規定は見当たらず,原告との関係でこれに応ずる対応をすべき注意義務があ
ったという根拠もないから,原告からA巡査部長との面会要求を受けたC警部にお
いて,これを拒否したからといって,原告に対する職務上の法的義務に反したとは
認められない。
(3)したがって,本件所持品検査に係る文書が作成・保存されていないこと及び
C警部において原告からのA巡査部長との面会要求を拒否したことは,国賠法上の
違法を構成しない。
5争点4について
上記のとおり,本件所持品検査は,職務質問の要件を欠く違法なものであるとこ
ろ,本件所持品検査に至る経緯,その態様等,本件に現れた一切の事情を考慮する
と,原告の損害は3万円をもって相当と認める。
第4結論
よって,原告の請求は3万円及びこれに対する平成24年1月31日から支払済
みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから同部分
を認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決
する。なお,被告の仮執行免脱宣言の申立ては相当でないので,これを付さないこ
ととする。
神戸地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官山口浩司
裁判官吉田祈代
裁判官鈴木美智子

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