平成14年(ワ)第6845号 立替金請求事件
口頭弁論終結の日 平成15年12月9日
判 決
原 告 A
訴訟代理人弁護士 小 松 陽一郎
同 福 田 あやこ
同 宇 田 浩 康
同 井 崎 康 孝
同 辻 村 和 彦
被 告 永山電子工業株式会社
訴訟代理人弁護士 仲 野 旭
主 文
1 被告は、原告に対し、金5625万0064円及び内金339万3959
円に対する平成13年11月16日から、内金319万4053円に対する平成1
3年12月20日から、内金2712万4433円に対する平成14年1月23日
から、内金2225万9698円に対する平成14年7月9日から、それぞれ支払
済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は、第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
主文第1項と同旨
第2 事案の概要
本件は、米国特許権を有する被告が、米国における特許紛争に関し、弁理士
である原告に対し、米国の特許弁護士との連絡調整等を委任したとして、米国特許
弁護士からの報酬及び経費の請求に応じて原告が立替払いした金員につき、(1) そ
の一部(金5597万2143円)については、主位的に、原・被告間の委任契約
に基づく費用償還請求権を主張し、予備的第1次的に、米国特許弁護士と被告の間
の委任契約に基づく報酬等請求権を第三者の弁済による代位によって取得したと主
張し、予備的第2次的に、事務管理に基づく費用償還請求権を主張して、(2) その
残部(27万7921円)については、事務管理に基づく費用償還請求権を主張し
て、それぞれ同額の金員の支払を請求している事案である(なお、本件において
は、事案の性質に鑑み、以下、年の表記は原則として西暦を用いる。)。
1 前提となる事実(特に明示した部分以外は当事者間に争いがない。)
(1) 原告は弁理士であり、大阪市所在のA特許事務所の代表者である。
被告は、電気部品の組立配線・精密機器の製造販売のほか、Tナット及び
建築用金属製品の製造販売及び輸出等を業とする株式会社であり、Tナットに関す
る米国特許権(USP5,348,432、出願日1993年9月24日、登録日1994年
9月20日。以下「本件米国特許権」という。)を有している。
(2) 被告は、1995年末ころ、米国においてカナダ法人であるSigmaTool&
Machine,Ltd.(以下「シグマ社」という。)が販売する製品(以下「シグマ社製
品」という。)が、本件米国特許権を侵害する可能性があることを知った。そこ
で、被告は、同年12月末ころ、原告に対し、シグマ社製品が本件米国特許権を侵
害するか否かについての鑑定を、米国の特許弁護士に依頼するよう求めた。
原告は、被告の前記求めに応じ、1995年12月27日、米国の弁護士
事務所であるLowe,Price,Leblanc&Beckerに対して、シグマ社製品が本件米国特
許権を侵害するか否かについて鑑定するよう依頼した。原告は、1996年2月2
2日、前記弁護士事務所からファクシミリ送信されてきた鑑定書を、被告にファク
シミリ送信して報告した。
その後、シグマ社が新たな製品を販売したため、被告は、1997年11
月17日、原告に対し、米国の特許弁護士に、これについても本件米国特許権を侵
害するか否かについて鑑定の依頼をするよう依頼した。
なお、1998年2月、前記弁護士事務所で被告とシグマ社との本件米国
特許権に関する係争案件を中心となって担当していたB弁護士らが、米国の弁護士
事務所であるMcDermott,Will&Emery(以下「本件米国弁護士事務所」という。)
に移籍したため、これ以後、当該案件は本件米国弁護士事務所が取り扱うようにな
った。
そこで、原告は、被告の前記求めに応じて、本件米国弁護士事務所に対し
て、新たなシグマ社製品が本件米国特許権を侵害するか否かについて鑑定するよう
依頼した。原告は、1998年7月27日、本件米国弁護士事務所からファクシミ
リ送信されてきた鑑定書を、被告に送付して報告した。
被告は、原告を通じて、本件米国弁護士事務所に対し、シグマ社に対する
警告書を送付するよう依頼し、1998年8月11日及び1999年2月16日の
2回にわたって、本件米国弁護士事務所から警告書が送付された。
(3) 2000年12月19日、シグマ社が、米国コロンビア特別区連邦地方裁
判所に、被告を相手とする特許権侵害行為不存在確認訴訟を提起した。
被告は、2001年1月19日、上記訴訟について、訴訟関係書類が本件
米国弁護士事務所に送達されることを承認し、同事務所の弁護士を訴訟代理人に選
任した。
同年3月ころ、被告は、上記訴訟について答弁書を提出するとともに、シ
グマ社を相手とし、反訴として特許権侵害行為差止等請求訴訟を提起した(これら
両訴訟を合わせて、以下「本件米国訴訟」という。)。
本件米国訴訟におけるその後の進行経過は次のとおりである。
① 2001年4月 反訴に対する答弁書提出
② 2001年6月 進行についての打合せ
③ 2001年7月 証拠開示手続(ディスカバリー)開始
④ 2001年8月7日 証言録取(デポジション)の開催
⑤ 2002年1月 特許クレーム保護範囲の主張書面提出
⑥ 2002年2月20日 特許クレームの保護範囲特定のための判事によ
るヒヤリング(マークマンヒヤリング)
(4) 下記のとおり、本件米国弁護士事務所は、本件米国訴訟の弁護士報酬及び
経費の請求として、原告に請求書を送付した(甲第8ないし第12号証の各1、第
13ないし第17号証)。
① 2001年7月19日付請求書
2001年6月分 28,243.72ドル
(弁護士報酬 27,801.25ドル、経費 442.47ドル)
② 2001年8月17日付請求書
2001年7月分 26,181.90ドル
(弁護士報酬 25,096.25ドル、経費 1,085.65ドル)
③ 2001年9月19日付請求書
2001年8月分から同年9月5日までの分 94,180.01ドル
(弁護士報酬 86,242.50ドル、経費 7,937.51ドル)
④ 2001年10月19日付請求書
2001年9月分 58,783.01ドル
(弁護士報酬 49,086.25ドル、経費 9,696.76ドル)
⑤ 2001年11月17日付請求書
2001年10月分 50,521.10ドル
(弁護士報酬 36,556.25ドル、経費 13,964.85ドル)
⑥ 2002年1月10日付請求書
2001年11月分 44,173.09ドル
(弁護士報酬 39,168.75ドル、経費 5,004.34ドル)
⑦ 2002年2月21日付請求書
2001年12月から2002年2月4日までの分 102,273.23ドル
(弁護士報酬 62,322.50ドル、経費 39,950.73ドル)
⑧ 2002年3月18日付請求書
2002年2月分 19,774.57ドル
(弁護士報酬 17,526.25ドル、経費 2,248.32ドル)
⑨ 2002年4月24日付請求書
2002年3月分 13,340.50ドル
(弁護士報酬 11,678.75ドル、経費 1,661.75ドル)
⑩ 2002年5月15日付請求書
2002年4月分 3,630.93ドル
(弁護士報酬 3,260.00ドル、経費 370.93ドル)
(5) 上記(4)の請求について、原告は、本件米国弁護士事務所に支払うため、
被告に対し、下記のとおり、円建てに換算した金額を原告に送金するよう請求した
(エないしクについて弁論の全趣旨)。
ア ①について 2001年9月12日ころ
イ ②について 2001年10月17日ころ
ウ ③ないし⑤について 2002年1月23日ころ
エ ⑥について 2002年2月19日ころ
オ ⑦について 2002年3月18日ころ
カ ⑧について 2002年4月11日ころ
キ ⑨について 2002年5月7日ころ
ク ⑩について 2002年6月3日ころ
(6) 原告は、上記(4)の請求について、下記のとおり、その全額を本件米国弁
護士事務所に送金して支払った(金額は、ドル建てで送金した上記(4)の請求額の全
額を当時の為替水準により円に換算したもので、原告が負担した金額である。これ
らをまとめて、以下「本件立替払い」という。)(甲第19ないし第22号証の各
1ないし3)。
ア ①について 2001年11月16日 339万3959円
イ ②について 2001年12月20日 319万4053円
ウ ③ないし⑤について 2002年1月23日 2712万4433円
エ ⑥ないし⑩について 2002年7月9日 2225万9698円
(7) 原告は、2002年7月10日、上記(6)アないしエのとおり原告が本件
米国弁護士事務所に支払った金員相当額の支払を求めて本件訴えを提起した。
(8) 原告は、被告に対し、2002年7月17日到達の書面で、原告と被告の
間の委任契約を解除する旨の意思表示をした(乙第18号証)。
(9) 本件米国弁護士事務所は、2002年7月29日ころ、本件米国訴訟の弁
護士報酬及び経費のうち2002年6月分の請求として、同月19日付請求書を原
告に送付した。請求額は、2217.16ドル(弁護士報酬として1090ドル、
経費として1127.16ドル)であった(甲第42号証の1)。
上記請求について、原告は、2002年9月6日、被告に対し、本件米国
弁護士事務所に支払うため、円建てに換算した金額を原告に送金するよう請求した
(甲第42号証の2)。
原告は、上記請求について、同年10月29日、その全額を本件米国弁護
士事務所に送金して支払った(以下「本件追加立替払い」という。)。これを同日
の為替水準により円に換算すると、27万7921円となる(甲第43号証の1な
いし3)。
(10) 本件米国訴訟については、コロンビア特別区連邦地方裁判所において、
2003年9月15日に裁判所の事実認定及び法的結論(FindingsofFactand
ConclusionsofLaw)が示され、同月29日に判決(最終判決及び恒久的差止
め)(FinalJudgmentandPermanentInjunction)が下されたが、被告代理人は最
後まで本件米国弁護士事務所の弁護士が務めた(甲第59号証の1・2、乙第2
6、第27号証)。
上記判決は、シグマ社製品が本件特許権の侵害品であることを認め、その
製造販売等の差止請求と、9万1651ドルの損害賠償請求を認容したが、弁護士
費用の賠償請求は棄却した(甲第59号証の2、乙第27号証)。
(11) 被告は、これまで、上記(5)及び(9)の原告からの請求に対し、原告への
支払をしていない。
2 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 原・被告間の契約は本件米国訴訟に係る本件米国弁護士事務所への報酬等
の立替払いを委任契約上の事務として含むものであったか。
〔原告の主張〕
被告は、遅くとも第1回鑑定書作成を米国の弁護士事務所であるLowe,
Price,Leblanc&Beckerに依頼した1995年12月27日には、原告に対し、シ
グマ社の特許権侵害行為への対処につき本件米国弁護士事務所との調整も含め全般
に関して、コーディネーター及びアドバイザーとしての役割を担うよう委任した
(第1委任契約)。
さらに、被告は、本件米国訴訟のうちシグマ社が提起した本訴が係属した
後の2001年1月19日、本件米国弁護士事務所に反訴を含めて本件米国訴訟の
追行を委任し、同事務所弁護士を本件米国訴訟の訴訟代理人として選任した。その
際、被告は、原告に対し、本件米国訴訟に限ってみても本件米国弁護士事務所との
調整も含め同訴訟全般に関して、コーディネーター及びアドバイザーとしての役割
を担うよう委任した(第2委任契約)。
一般に、国外の代理人との取引においては、お互いの信頼関係を見極めて
業務を依頼し、当該業務が完了した段階で発行される国外代理人からの請求書を受
けて、依頼した側の代理人が、支払保証としての立替送金を行い、その金額につい
て別途顧客に請求書を発行するという実務が、国際ビジネス上の代表的な取引形態
として確立しており、原告を含め多くの特許事務所でも、同様の方法を採用してい
る。
被告も、本件米国訴訟のある時期までは、このような取引慣習を理解し
て、原告による国外代理人への立替送金後に原告から発行される請求書に対応して
支払をしてきたものである。
したがって、本件米国訴訟に係る本件米国弁護士事務所に対する報酬等の
本件立替払いは、上記第2委任契約、少なくとも上記第1委任契約によって委任さ
れた事務に属するものである。仮に、これが委任された事務に属しないとしても、
委任契約の本旨に反するものではない。
なお、被告は、2002年7月9日、本件米国弁護士事務所所属のC弁護
士に対して送信した書簡(甲第34号証)によって、引き続き本件米国訴訟の訴訟
追行を依頼する条件として本件米国訴訟に関して原告から送付された過去及び将来
の請求書について全額を支払うことに同意した。したがって、原告は、本件米国弁
護士事務所に対して、本件米国訴訟の弁護士費用及び経費を立替払いすることが委
任事務の範囲に含まれることを認め、あるいは少なくともこれを追認したものであ
る。
〔被告の主張〕
被告が原告に対して依頼したのは、原告が第1ないし第2委任契約として
主張するような内容のものではなく、弁理士としてのサービス業務そのものであ
り、その内容を要約すると、次の3点である。
① シグマ社の特許侵害事件について適切な米国の弁護士を仲介斡旋する
こと
② 被告と米国の弁護士との間で、弁護士報酬、事件依頼の範囲、訴訟の
進め方など全般について適切な連絡、調整を行うこと
③ 上記①②について、被告に対して弁理士として適切な専門的アドバイ
スを行うこと
米国の弁護士の報酬等の立替えは、そのサービス業務の範囲には属さない
し、被告が原告に米国の弁護士報酬等の立替を委任したこともない。
仮に、原告と被告との間に米国の弁護士事務所との仲介、連絡、調整の業
務について事実上委任契約が成立していたと認められるとしても、その委任の範囲
は、上記①ないし③の業務の範囲にとどまり、弁護士報酬等の立替払いまでその委
任の範囲に含まれるものではない。
(2) 原告が本件立替払いにより支出した金員は受任者が委任事務を処理するの
に必要な費用(民法650条1項)といえるか。
〔原告の主張〕
本件立替払いに係る報酬及び経費はいずれも相当な金額である。米国で
は、特許出願等を扱う弁護士と特許侵害訴訟等を扱う弁護士は分業化しており、特
許出願とは別の弁護士に本件米国訴訟の代理を委任するのは標準的なことである
し、タイムチャージ制も通常の報酬決定方式である。タイムチャージについても、
米国における相場をはるかに超えたものではなく、相当な範囲である。本件米国訴
訟に複数の弁護士が関与したことについても、2名の弁護士が中心となり、その他
の担当者は特定の問題についてのみ2名に協力していたものであって、不自然なも
のではなく、むしろ費用面で効率的な態勢である。
なお、本件米国訴訟について本件米国弁護士事務所の弁護士を代理人とし
て選ぶに先立って、報酬等の見積もりを取らなかったのは、1999年ころ、被告
と本件米国弁護士事務所との間で、その後は、被告は本件米国弁護士事務所からの
請求の全額について支払い、個別の事柄ごとに見積もりを出すことを取り止める旨
の合意があったからである。
そして、原告が本件立替払いをしなければ、本件米国弁護士事務所が本件
米国訴訟の訴訟代理人を辞任し、訴訟の継続さえ危うかったのであるから、本件立
替払いの費用は、委任者である被告のために必要な費用であり、受任者である原告
が善管注意義務をもって、委任事務の処理に必要な費用として支出したものであ
る。
したがって、原告は、本件立替払いによって支出した金員について、委任
契約に基づく委任事務の処理に必要な費用として、その全額の償還を求めることが
できる。
〔被告の主張〕
原告が立て替えた弁護士報酬等は相当なものではない。米国においても、
多くの事件で特許出願と侵害訴訟を同一の弁護士が取り扱っている。また、米国の
弁護士の最も一般的なタイムチャージの額は、時間当たり150ドルから200ド
ル程度であるところ、本件米国訴訟を担当した弁護士15名のうち、タイムチャー
ジが400ドルを超える弁護士が8名、250ドルを超え400ドルに至らない弁
護士が2名もいる。
原告が事案の内容や被告の企業規模、弁護士報酬等の負担能力等を検討し
た上で、弁護士の選択及び弁護士報酬の額の交渉に相応の努力を尽くしていたな
ら、高くても時間当たり225ドルのタイムチャージの範囲内で事案に相応した弁
護士に事件依頼をすることが十分可能であった。また、仮に、原告が、あらかじめ
上記のような本件米国弁護士事務所のタイムチャージを被告に説明していれば、被
告は、本件米国訴訟の代理を本件米国弁護士事務所に依頼することなく、被告自
ら、時間当たり225ドル程度のタイムチャージの弁護士に依頼していた。
また、特許出願とは別の弁護士に訴訟の代理を依頼したため、受任した弁
護士は新たに本件米国特許権の内容を理解する必要が生じ、しかも、本件米国弁護
士事務所が、15名もの弁護士を事件に関与させたため、執務時間が不必要に増大
している。この執務時間の無駄は30パーセントを下らない。
さらに、タイムチャージによる報酬以外の諸経費も、執務時間と同様に、
特許申請とは別の弁護士に訴訟を依頼し、しかも、本件米国弁護士事務所が、15
名もの弁護士を事件に関与させたために、不必要に増大している。この諸経費の無
駄も30パーセントを下らない。
以上を前提とすると、米国訴訟をその事案に相応した弁護士に依頼したな
らば、本件立替払いに係る請求分に関していえば、その報酬及び費用は合計で21
万1846.81ドル(弁護士報酬として、225ドル×979時間×0.7=1
5万4192.5ドル、費用として、8万2363.31ドル×0.7=5万76
54.4ドル、合計で21万1846.81ドル、1ドル120円で換算して25
42万1617円)の範囲内で収まったと考えられる。
仮に、原・被告間に、原告が前記(1)で主張するような委任関係が存在する
としても、上記金額を超える費用は、原告が善管注意義務を怠った不適切な委任事
務により過分な費用を生じさせたものであるから、被告にその償還を求めることは
許されない。すなわち、被告が成功報酬制による弁護士報酬の支払を強く希望して
いたのに、原告が本件米国弁護士事務所と何の交渉もせずに訴訟の追行を依頼し、
また、被告が成功報酬制への切り替え又は報酬の減額交渉を強く希望したのに、原
告が何の交渉もせず、被告の意思を無視して高額な弁護士報酬等を立替払いしてい
ることに照らすと、本件立替払いは、原告が本件米国弁護士事務所と業務上相互取
引の関係があるために、自らの利益を優先したものであり、被告の利益を考慮した
ものではないといわざるを得ない。したがって、本件立替払いによって生じた費用
には、原告が受任者としての善管注意義務を尽くしていれば生じなかったはずの費
用が含まれるのであって、その全額が委任事務の処理に必要な費用であったとはい
えない。
なお、被告が2002年7月8日付の書簡(甲第33号証)に同意したの
は、その時点で新たな弁護士を選任すれば無駄な弁護士報酬等が生じることになる
し、訴訟を停滞させないで進行させる必要上、そうするのが最も無駄のない方法と
考えたからであり、それまでの請求額をそのまま相当な報酬等の額として是認した
からではない。被告は、立替払いの問題については原告との訴訟で決着をつけるつ
もりでいたのであり、本件米国弁護士事務所には別途その旨の書簡(乙第19号
証)を発している。
(3) 原告による本件立替払いは第三者の弁済による代位の要件を満たすか。
〔原告の主張〕
ア 本件立替払いによる代位弁済に関する準拠法は日本法である。
すなわち、任意代位については債権譲渡に類似するためこれに準じて考
えるべきであり、債権譲渡に関する準拠法は法例12条によって債務者の住居所地
法となる。本件では、債務者すなわち被告の住居所地は日本であるから、準拠法は
日本法となる。
仮に、任意代位について債権譲渡に準じて考えられず、当事者の黙示の
意思によるとした場合でも、任意代位の性質、当事者の住居所地が双方とも日本で
あることから、日本法が準拠法となる。
さらに、行為地法によるとしても、任意代位自体が他人の債務を義務な
くして弁済するという性質に着目すると事務管理と類似していることから、行為地
は法例11条1項によって原因たる事実発生地である日本となり、日本法が準拠法
となる。
イ 本件立替払いについては、原告が本件米国弁護士事務所に告知し、承諾
を得た上でしたものである。
また、2001年12月21日、原告は、被告に対して、原告が立替払
いする旨告げたが、被告から特に反対の意思は表示されなかった。
被告は、本件立替払いはその意思に反すると主張するが、被告が異を唱
えたのは、その金額が高額に過ぎるという点についてのものであって、原告が立替
払いとすること自体についてのものではない。
なお、被告は、2002年7月9日、本件米国弁護士事務所に送信した
前記書簡(甲第34号証)によって、本件米国訴訟に関して原告から送付された過
去及び将来の請求書について全額を支払うことに同意したのであるから、この点か
らも、債務者の意思に反して行われたものではない。
〔被告の主張〕
被告は、シグマ社との特許侵害訴訟については、成功報酬制による弁護士
報酬の支払を強く希望していた。被告が、本件米国弁護士事務所の高額の請求額を
そのまま支払うことを肯んじず、その支払に強い難色を示していた事実に照らせ
ば、原告のした本件立替払いは、明らかに被告の意思に反してなされたものであ
る。
(4) 原告は、本件立替払い及び本件追加立替払いにより本件米国弁護士事務所
に支払った金員につき、事務管理による費用償還請求をすることができるか。
〔原告の主張〕
仮に原告が被告から償還を受け得る範囲が、被告の意思に反してなされた
事務管理行為により生じた費用として被告が現に利益を受ける限度であるとして
も、もし、原告が本件立替払い及び本件追加立替払いをしなければ、本件米国弁護
士事務所が本件米国訴訟の訴訟代理人を辞任し、訴訟の継続さえ危うかったのであ
るから、本件立替払い及び本件追加立替払いの費用は、その全額が本人である被告
の利益になったものであり、有益な費用である。そして、その金額が相当なもので
あることも、前記(2)で主張したとおりである。
なお、被告は、本件米国弁護士事務所からの請求分については、2002
年7月8日付の書簡(甲第33号証)に対する返答である同月9日付の書簡(甲第
34号証)において債務を承認しており、本件米国弁護士事務所からの請求は免れ
ないのであるから、これを第三者が代わって支払ったとしても、その範囲において
本人である被告に利益が現存することに変わりはない。
したがって、原告は、本件立替払い及び本件追加立替払いによって支出し
た金員について、その全額の償還を求めることができる。
〔被告の主張〕
本件立替払い及び本件追加立替払いは、前記(3)で被告が主張したとおり、
被告の意思に反してされたものであるから、その費用は、被告の意思に反してなさ
れた事務管理行為により生じた費用として、被告が現に利益を受ける限度でその償
還が認められるべきであるところ、その限度は前記(2)で主張したとおりであり、2
1万3462.8ドル(相当な弁護士報酬として、225ドル×984.25時間
×0.7=15万5019.4ドル、相当な費用として、8万3490.47ドル
×0.7=5万8443.4ドル、合計で21万3462.8ドル、1ドル120
円で換算して2561万5536円である。)が被告が現に利益を受ける限度であ
る。
第3 当裁判所の判断
1 各争点に対する判断の前提として、本件米国訴訟に至るまで及び本件米国訴
訟の提起後の原・被告の関係について検討するに、前記「前提となる事実」と証人
Dの証言、被告代表者本人尋問の結果、甲第35、第50、第60号証(Dの陳述
書)、乙第23ないし第25号証(被告代表者の陳述書)、後掲各証拠及び弁論の
全趣旨によれば、以下の各事実を認めることができる。
(1) 本件米国訴訟に至るまでの経過
ア 被告は、昭和43年の設立のころから、その特許権や実用新案権等の工
業所有権に関する事務について、原告に弁理士業務について委任してきた。
本件米国特許権の出願手続においても、被告は、原告を通じて、米国の
E弁護士に依頼して米国での出願手続を行った(甲第1号証)。なお、本件米国特
許権に係る発明は、Tナットと呼ばれるナットの筒状部分の先端の一部にかしめ部
分を設け、そのかしめ部分に構造上の工夫を施したことにより、ナットが強く物体
に固定されて脱落しにくくなるという効果を奏することを内容とするものである。
イ 被告は、1995年末ころ、シグマ社製品が、本件米国特許権を侵害す
る可能性があることを知った。
そこで、被告はシグマ社製品が本件米国特許権を侵害するか否かについ
て、原告に鑑定書を作成するよう求めた。これに対し、原告は、鑑定書は米国の特
許弁護士に作成を依頼すべきである旨答えた。そこで、被告は、同年12月末こ
ろ、原告に、米国の特許弁護士に鑑定書の作成を依頼するよう求めた。
ウ 原告は、被告の上記求めに応じて、同年12月27日、米国の弁護士事
務所であるLowe,Price,Leblanc&Beckerに対して、シグマ社製品が本件米国特許
権を侵害するか否かについて鑑定するように依頼した。
原告が、上記鑑定の依頼先として上記の弁護士事務所を選んだのは、被
告とシグマ社との紛争が訴訟に発展する可能性があるとの見通しの下で、出願手続
を依頼したE弁護士の事務所は専ら特許出願等の米国特許商標庁における手続を扱
う事務所であったことから、原告が取引していた米国弁護士事務所のうち、訴訟手
続をも扱う事務所として上記弁護士事務所があったからであった。
なお、上記鑑定の依頼に際しては、あらかじめ、上記の弁護士事務所か
ら、鑑定書の作成に対する報酬についての見積もりを得て、被告がこれに了解した
上で依頼をした(甲第2号証)。
エ 原告は、1996年2月22日、前記弁護士事務所からファクシミリ送
信されてきた鑑定書(F弁護士作成に係るもので、その内容は、シグマ社製品は本
件米国特許権を侵害するというものであった。甲第4号証)を、被告にファクシミ
リ送信して報告した。この送信の際、原告は、被告に対し、シグマ社に対する侵害
通告のための費用(約300ドル)のほか、通告した場合には、本件米国特許権の
有効性やシグマ社による侵害の有無に関する訴訟に発展する可能性があるとして、
その場合に同事務所の今後予想される報酬等の見積額についても言及しており、具
体的には、シグマ社の侵害の有無等に関する訴訟に発展した場合の合計費用として
50万ドル~100万ドルという見積りをしていることが記載されていた(甲第4
号証)。
また、原告は、1996年2月26日、上記鑑定書に続いて前記弁護士
事務所から送信されてきた書簡についても和訳文を作成して被告に送信した(甲第
23号証)。その和訳文には、米国における訴訟手続の段階を順次説明した上、各
段階につき本件で予想される必要な費用額が具体的に記載されていた(訴状の準備
5000ドル~1万ドル、仮差止め命令5万ドル~10万ドル、書面による証拠開
示手続15万ドル~25万ドル、証言録取10万ドル~15万ドル、簡易判決2万
5000ドル~7万5000ドル、事実審20万ドル~25万ドル、専門家の証人
5万ドル~10万ドル、控訴2万5000ドル~5万ドル、反訴10万ドル~25
万ドル)。
オ その後、シグマ社が新たな製品を販売したため、被告は、1997年1
1月17日、原告に対し、米国の特許弁護士に、これについても本件米国特許権を
侵害するか否かについて鑑定の依頼をするよう求めた。
そこで、原告は、被告の上記求めに応じて、前記弁護士事務所に対し
て、新たなシグマ社製品が本件米国特許権を侵害するか否かについて鑑定するよう
に依頼した。
なお、上記鑑定の依頼に際しても、あらかじめ、上記の弁護士事務所か
ら、鑑定書の作成に対する報酬についての見積もりを得て、被告がこれに了解した
上で依頼をした(甲第3号証)。
カ 1998年2月、前記Lowe,Price,Leblanc&Beckerで被告とシグマ社
との本件米国特許権に関する係争案件を中心となって担当していたB弁護士らが、
本件米国弁護士事務所に移籍したため、その後、当該案件は本件米国弁護士事務所
において扱うようになった。上記2回目の鑑定依頼も、正式な依頼は同年5月であ
ったため、実際には本件米国弁護士事務所に依頼している。
キ 原告は、1998年7月27日、本件米国弁護士事務所からファクシミ
リ送信されてきた鑑定書(B弁護士作成に係るもので、その内容は、シグマ社製品
は本件米国特許権を侵害するというものであった。甲第5号証)を、被告に送付し
て報告した。また、原告は、翌日、「シグマ社製CB-Tナットに関する鑑定結果
に基づく今後の進め方の件」と題する書面(甲第6号証)を送信して、現時点にお
けるシグマ社に対する対応としては、警告よりも問い合わせの形式を取ることが望
ましい等のアドバイスもしていた。
ク 被告は、原告を介して、本件米国弁護士事務所に対し、シグマ社に対す
る警告書を作成して送付するよう依頼し、1998年8月11日及び1999年2
月16日の2回にわたって、本件米国弁護士事務所からシグマ社に対し、警告書が
送付された。
なお、上記警告書の作成送付に際しては、あらかじめ、本件米国弁護士
事務所から、その報酬についての見積もりを得て、被告がこれに了解した上で依頼
をしている(乙第2ないし5号証)。
(2) 本件米国訴訟の提起とその後の経過
ア 被告は、2000年11月14日付け及び同年12月5日付けで、シグ
マ社の米国ユーザー等に対し、シグマ社の製品が本件米国特許権を侵害している旨
を記載した書簡を送付した(甲第7号証)。
イ シグマ社は、被告の上記措置に対抗して(甲第26号証)、2000年
12月19日、米国コロンビア特別区連邦地方裁判所に、被告を相手とする特許権
侵害行為不存在確認訴訟を提起した。
ウ 被告は、原告から上記の訴訟提起を知らされ、2001年1月19日、
上記訴訟について、訴訟関係書類が本件米国弁護士事務所に送達されることを承認
し、同事務所の弁護士を訴訟代理人に選任した(甲第7号証)。
エ 同年3月ころ、被告は、上記訴訟について答弁書を提出するとともに、
シグマ社を相手とし、反訴として特許権侵害行為差止等請求訴訟を提起した。
オ 本件米国訴訟の提起後、原告が、本件米国弁護士事務所に対し、本件米
国訴訟について、弁護士報酬も含めて、どの程度の費用を要する見込みであるか、
改めて見積もりを求めたことはない。また、原告においても、本件米国訴訟につい
て、本件米国弁護士事務所内で担当する弁護士の体制や、担当する弁護士のタイム
チャージについても逐一確認することまではしなかった。なお、本件米国
弁護士事務所の弁護士のタイムチャージは、2001年10月ころ及び2002年
2月ころに増額されているが、これについては、被告がそのような同意を求められ
たことはなかったし、原告も、本件訴訟に至るまで、このことを認識していなかっ
た。(甲第10ないし第12の各1・2、第15号証)。
(3) 本件米国弁護士事務所の弁護士報酬等に関する経過
ア 本件米国訴訟についての弁護士報酬等については、当初の2001年1
月分から同年5月分までは、本件米国弁護士事務所から原告が請求を受け、あらか
じめ原告が立替払いした上で、これを円建てに換算した金額を被告に請求してお
り、被告は何らの異議を述べずに原告からの請求に応じていた。
しかし、2001年6月分からは、本件米国弁護士事務所からの請求額
が高額になってきたため、原告は、立替払いをせずに、被告からの入金を受けてか
ら本件米国弁護士事務所に支払おうと考え、被告に相当額を送金するよう請求し
た。
イ ところが、被告は、弁護士報酬等の金額が高額に過ぎるとし、原告から
の請求に応じず、かえって、原告に対し、弁護士報酬等の減額を求めて、本件米国
弁護士事務所と交渉するよう求めたが、原告はこれに応じなかった。
そこで、被告は、原告を介さず、本件米国弁護士事務所との間で弁護士
報酬等の減額交渉をしようとしたが、本件米国弁護士事務所は当初これに応じなか
った(乙第8、第9号証、第10号証の1)。
ウ これらの間も、本件米国弁護士事務所は原告に対して弁護士報酬等の請
求を続けたため、原告は、この請求を放置すれば、本件米国訴訟に悪影響を与えか
ねないと判断して、本件立替払いをすることとした(甲第18号証)。
この間、被告は、本件米国訴訟の代理人を本件米国弁護士事務所の弁護
士から他の弁護士に交代させることを考え、原告と協議をしたり、被告の取引銀行
に相談したりもしたが、代理人の交代によって生じるであろう損失や不利益を考慮
して、交代させることを取り止めた(甲第30、第32号証)。
その後、本件米国弁護士事務所は、原告を介さずに、被告との間での弁
護士報酬等の減額交渉に応じるようになった。
エ 本件米国弁護士事務所で本件米国訴訟の訴訟手続面を中心になって担当
していたC弁護士は、2002年7月8日、被告に対してファクシミリ送信した書
面で、本件米国訴訟の弁護士報酬についての減額案を提示したが、その末尾には、
「最後に、これに基づいて、手続を続行するという当方の同意はさらに、この訴訟
に関しA特許事務所から永山電子に対し送付された現在未払いとなっている請求書
および将来の請求書について全額を支払うことに貴方が同意されることを条件とし
ています。上述のことに同意頂けるのであれば、示すとおり以下の文書に署名し日
付を記入して、署名済みの同意書の写を私宛ご返送下さい。この書簡の日付から1
0日以内にこの同意書に署名をした写を受取らなかった場合には、この訴訟におい
て貴方の代理人撤回の申し立てを行なわざるを得ません。」(原文は英語)と記載
されている。なお、この書面は、同時に、原告にもファクシミリ送信されている
(甲第33号証)。
オ 被告は、2002年7月9日、本件米国弁護士事務所のC弁護士に対
し、上記書面への返答として、「貴方のファックスに述べられた貴方の提案に同意
します。」(原文は英語)と提案に対して同意する旨を記載した書面をファクシミ
リ送信したが、この書面には、上記の「この訴訟に関しA特許事務所から永山電子
に対し送付された現在未払いとなっている請求書および将来の請求書について全額
を支払うことに貴方が同意されることを条件としています。」との部分について、
同意しない旨の記載も、何らかの条件や留保を付す旨の記載もない(甲第34号
証)。
その結果、本件米国弁護士事務所の弁護士が、その後も、判決に至るま
で、本件米国訴訟における被告代理人を務めた。
カ 被告は、2002年8月13日、本件米国弁護士事務所のC弁護士に対
してファクシミリ送信した書面において、「2002年8月12日付けのあなたの
手紙にお答えしますと、A特許事務所と永山は、2002年4月10日、未払いの
法的費用の件で、訴訟提起されて以来、論争しています。シグマと永山の裁判の件
に関しましては、私達は、A特許事務所から何の見積書や同意書(契約書)も受け
取っていないのは決定的であります。このような状況下において、日本の民事裁判
所に判断を委ねることが必要とされています。A氏と私は、このことについて先日
電話で話し合っています。彼は、私の立場もよく分かっています。つけ加えて、裁
判所の声明が、日本の税務署に書類を渡す際必要とされます。とにかく、この件に
関しましては、Aと永山が、日本で解決する責任があります。」(原文は英語。訳
文は被告提出のものを一部修正)と記している(乙第19号証)。
2 争点(1)について
(1) 前記1の認定事実を前提に、原・被告間の契約の内容として、被告が支払
うべき本件米国訴訟に係る本件米国弁護士事務所への報酬等を原告が立替払いする
ことが委任契約上の事務として含まれていたか否かについて検討する。
(2) 前記1で認定したとおり、被告は、弁理士である原告に、長年にわたって
特許等の出願事務を中心として特許等に関する事務を委任していたが、その委任す
る事務の範囲については、明確に協議して合意を形成した形跡はなく、これを明確
にした文書を締結したことも認められない。これは、本件米国訴訟についても同様
である。
しかしながら、前記1(3)アのとおり、原告は、本件米国訴訟に係る本件米
国弁護士事務所からの請求について、本件立替払いに係る請求に至る以前、すなわ
ち、2001年1月分から同年5月分までについては、被告に送金を請求する以前
に原告において本件米国弁護士事務所に立替払いをし、その後にその分の金員を送
金するよう被告に請求し、被告においてもこれに応じて原告に送金していたもので
ある。そして、甲第56号証の1ないし4によれば、2001年1月分から3月分
までの原告から被告への請求書においては、その費目は「在外代理人手数料 SI
GMA社との交渉」に係る「立替金」と表示されていたものの、これと同時に被告
に送付された本件米国弁護士事務所から原告への請求書には、本件米国訴訟に関す
ることが明らかな事務に係る報酬分が記載されていることが認められ、また、甲第
57、第58号証の各1・2によれば、同年4月分及び5月分の原告から被告への
請求書においては、「在外代理人手数料 シグマ社との裁判への対応」ないし「S
IGMA社との訴訟に関る手続」に係る「立替金」と表記されていたことが認めら
れる。以上の事実によれば、被告は、2001年1月分から同年5月分までに関
し、本件米国訴訟に係る本件米国弁護士事務所の報酬等について、原告があらかじ
め立替払いしていたことを知りながら、これに異を唱えることなく原告からの請求
に応じていたものと推認することができる。
この点につき、被告代表者は、本人尋問において、2001年1月分から
同年5月分までについては、原告からの請求に対し、その金額が比較的少額であっ
たために、被告代表者が知らないうちに、被告の経理担当者が支払ってしまったも
のである旨供述する。しかしながら、仮に上記供述が事実であったとしても、それ
は法人としての被告内部の事務処理上の問題にすぎないから、上記認定を左右する
ものではない。
以上のとおり、被告が、本件立替払いに係る請求に至る以前において、本
件米国訴訟に係る本件米国弁護士事務所の報酬等について、原告があらかじめ立替
払いしていたことを知りながら、これに異を唱えることなく原告からの請求に応じ
ていたこと、前記1(3)エ、オのとおり、2002年7月8日、本件米国弁護士事務
所から被告への弁護士報酬に関する提案があり、そこでは、「この訴訟に関しA特
許事務所から永山電子に対し送付された現在未払いとなっている請求書および将来
の請求書について全額を支払うこと」に被告が同意しなければ、本件米国弁護士事
務所は被告の代理人を辞任する旨記されていたこと、これに対する同月9日の被告
の返答は、上記条件に何らの異論も条件も留保も付さず、本件米国弁護士事務所か
らの提案全体に同意するというものであったことという事実に鑑みれば、原告と被
告の間の委任契約の内容として、本件米国訴訟に係る本件米国弁護士事務所に対す
る報酬等について、原告がこれを立替払いする事務も含まれていたものと認めるの
が相当であり、仮にそうでないとしても、少なくとも、被告が上記のとおり原告の
請求に応じて本件米国弁護士事務所に対する報酬等を原告に支払ったことによっ
て、原告が立替払いすることが委任事務の範囲に含まれることを追認したものと認
めるのが相当である。
(3) 被告は、上記甲第34号証の書簡による同意は、本件米国訴訟の進行上、
そうするのが最も無駄のない方法だったからであり、立替払いの問題については原
告との訴訟で決着をつけるつもりでいた旨主張し、被告代表者も、その本人尋問に
おいて、これに沿う供述をし、前記1(3)カの被告から本件米国弁護士事務所の弁護
士に宛てた書簡(乙第19号証。ただし、上記同意の1か月以上後のものであ
る。)の内容も一応これに沿うかのようである。しかしながら、本件米国弁護士事
務所から被告への上記提案には、明確に「この訴訟に関しA特許事務所から永山電
子に対し送付された現在未払いとなっている請求書および将来の請求書について全
額を支払うこと」との条件が付され、上記のとおり被告はこの条件について何ら触
れずに本件米国弁護士事務所からの提案に同意しているという経過に照らせば、被
告の上記主張は採用しがたい。仮に、被告の上記主張が事実のとおりであったとし
ても、無駄を避けるとの目的でいったんは上記条件に何ら触れることなく本件米国
弁護士事務所からの提案に同意し、これによって本件米国弁護士事務所の弁護士に
よる本件米国訴訟における被告の代理を継続させるという利益を得ておきながら、
その後になって上記条件の部分については別論であると主張するのは、著しく信義
に反し誠実を欠くものといわざるを得ない。したがって、被告が上記主張によっ
て、原告が本件米国訴訟に係る本件米国弁護士事務所に対する報酬等を立替払いす
ることを追認していないと主張することは許されないものというべきである。
(4) 以上検討したところによれば、原告による本件立替払いは、被告との間の
委任契約上の事務の範囲内であったか、少なくとも範囲内であることを追認したも
のと解すべきである。
3 争点(2)、(4)について
(1) 前記2で判示したとおり、本件立替払いが被告から委任された事務の範囲
に含まれることを前提にして、以下、本件立替払い及び本件追加立替払いに係る金
員の全額の償還を求めることができるかについて検討する。
被告は、① 原告が、本件米国訴訟における被告の代理人として、本件米
国特許権の出願に際して依頼した弁護士とは別の弁護士である本件米国弁護士事務
所の弁護士を選んだため、本件米国弁護士事務所の弁護士は新たに本件米国特許権
の内容を理解する必要が生じ、このために無駄な執務時間と費用を要した、② 本
件米国弁護士事務所は、本件米国訴訟に15名もの所属弁護士を関与させたため、
無駄な執務時間と費用を要した、③ 本件米国訴訟については、事案の内容、被告
の企業規模、弁護士報酬の負担能力等に鑑みれば、高くても時間当たり225ドル
のタイムチャージの範囲内で、事案に相当した弁護士を選ぶことができたところ、
本件米国訴訟に関与した本件米国弁護士事務所の弁護士15名中には、これよりも
高額なタイムチャージの設定をしている者が10名もいた、と主張し、これを前提
として、④ 原告において、上記の点に留意して、本件米国訴訟における被告の代
理を相応の弁護士に依頼し、その報酬額の交渉に相応の努力を尽くしていれば、高
くても1時間当たり225ドルのタイムチャージの弁護士に依頼することができ、
その執務時間及び費用についても、多くても本件米国弁護士事務所が費やしたもの
の7割で済んだはずであると主張する。そして、これを超える額については、委任
契約に基づく本件立替払いについては、原告において善管注意義務を怠った不適切
な事務処理により過分な費用を生じさせたものであり、事務管理に基づく本件追加
立替払いについては、被告の意思に反してされたものであり、かつ、被告が現に利
益を受ける限度を超えるものであって、いずれも被告に償還を求めることは許され
ないと主張する。
(2) 上記の被告の主張につき検討するに、一般に、どのような弁護士に訴訟の
代理を依頼するか、すなわち、① 特許権の侵害訴訟において出願手続の代理を依
頼した弁護士に依頼するか、あるいは別の弁護士に依頼するか、② タイムチャー
ジ制の弁護士に依頼するか、成功報酬制の弁護士に依頼するか、あるいは他の報酬
形態の弁護士に依頼するか、③ タイムチャージ制であればどの程度のタイムチャ
ージの設定をしている弁護士に依頼するか、④ 単独の弁護士に依頼するか、ある
いは複数の弁護士に依頼するか(ないしは、弁護士事務所内で、関与する弁護士の
数を限定するか、あるいは限定しないか)、などという選択は、事案の性質及び内
容や、依頼者の事情(費用負担能力や、経理処理上の都合)などに照らして、最終
的には依頼者が選択決定すべき事柄であるというべきである。したがって、委任者
(本件における被告)から米国における特許訴訟の代理人たる弁護士の選定につき
委任を受けた受任者(本件における原告)としては、委任者である原告の意思決定
に必要な事項につきアドバイスや説明を適宜なすべき義務があることはいうまでも
ないが、そのような説明義務を尽くした以上、常にその弁護士報酬や経費を最低限
にとどめることを最優先事項とすべきものではなく、依頼者の利益を実現するため
に必要と思われる弁護士を選定すれば足りると解するのが相当である。
(3) これを本件についてみるに、前記1(1)で認定したとおり、被告とシグマ
社との紛争に関し、米国での被告代理人として本件米国弁護士事務所の弁護士を選
んだのは原告であるが、原告としては、被告とシグマ社との紛争が訴訟に発展する
可能性があるとの見通しの下で、専ら特許出願等の手続を担当するE弁護士の事務
所ではなく、原告が取引していた米国弁護士事務所のうち、訴訟手続も扱う事務所
として上記弁護士事務所を選択したものであり、シグマ社との紛争が訴訟にまで発
展した本件のその後の経過に照らせば、原告の当該選定の判断に格別不合理な事情
はうかがわれない(仮に訴訟開始の時点で、他の弁護士を選定しようとすれば、よ
り多額の費用を要する可能性がある。)。本件米国訴訟の提起に先立ち、被告は、
原告を介して、Lowe,Price,Leblanc&Beckerないし本件米国弁護士事務所に、シ
グマ社製品が本件米国特許権の侵害品であるか否かについての鑑定を依頼している
ところ、その依頼の前に、これに要する費用の見積もりを得て、被告がその内容を
了解した上で依頼に及んでいるという経過があることに照らしても、シグマ社との
紛争に関して、本件米国特許権の出願手続を委任した弁護士ではなく、訴訟手続に
習熟した他の弁護士に依頼することについては、被告も同意していたと認めること
ができる。
そればかりか、今後予想される本件米国訴訟の追行に際しても、原告は、
その概括的な合計見積額(50万ドル~100万ドル)を記載し(甲第4号証)、
訴訟手続の段階を説明し、各手続段階で要する概括的な費用も和訳文として用意し
た(甲第23号証)上で、弁護士報酬等が極めて多額になる危険性を被告に注意喚
起していたものである。被告自身も、このような多額の弁護士報酬等に関し
ては、最終的にはシグマ社との訴訟を通じて得られるべき金員(本件米国訴訟の紛
争規模がどの程度のものであったかは必ずしも明確ではないが、甲第29号証によ
れば、損害賠償担当の専門家による損害額の試算で120万ドル、3倍賠償が認め
られた場合には360万ドルとなる可能性も指摘されていた。)ですべて賄うこと
ができると考えていたことが認められる(被告代表者本人尋問の結果)。さ
らに、前記1(3)エ、オのとおり、2002年7月8日、本件米国弁護士事務
所から被告への弁護士報酬に関する提案(甲第33号証)があり、そこでは、「こ
の訴訟に関しA特許事務所から永山電子に対し送付された現在未払いとなっている
請求書および将来の請求書について全額を支払うこと」に被告が同意しなければ、
本件米国弁護士事務所は被告の代理人を辞任する旨記されていたこと、これに対す
る同月9日の被告の返答(甲第34号証)は、上記条件に何らの異論も条件も留保
も付されず、本件米国弁護士事務所からの提案全体に同意するというものであった
ことが認められるところ、上記同意は、本件米国訴訟について本件米国弁護士事務
所に対して原告が立替払いした報酬等については、被告がその全額を支払うことを
表明したものであるというべきである。
したがって、本件立替払いによって原告が出捐した費用については、被告
は、原告が委任契約の遂行に要した費用として、支出日からの利息と共に、その全
額を償還する義務を負うものである。また、本件追加立替払いは、被告が本件米国
弁護士事務所に支払義務があることを認めていた報酬等を被告に代わって支払った
ものであるから、被告のために有益な費用であり、かつ、その利益は現存するもの
というべきであるから、被告は、原告が事務管理に要した費用として、その全額を
償還する義務を負うものである。
(5) この点に関し、被告は、上記の同意は、訴訟進行上、そうするのが最も無
駄のない方法だったからであり、立替払いの金額が相当であると認めたものではな
く、この問題については原告との訴訟で決着をつけるつもりでいた旨主張し、被告
代表者も、その本人尋問において、これに沿う供述をし、前記1(3)カの被告から本
件米国弁護士事務所への書簡の内容も一応これに沿うかのようである。しかしなが
ら、前記2(3)で判示したとおり、被告は、本件米国弁護士事務所からの提案に明確
に付されていた「この訴訟に関しA特許事務所から永山電子に対し送付された現在
未払いとなっている請求書および将来の請求書について全額を支払うこと」との条
件について何ら触れないままに上記提案に同意しているのであるから、被告の上記
主張は採用しがたい。仮に、被告の上記主張が事実のとおりであったとしても、無
駄を避けるとの目的でいったんは上記条件に何ら触れることなく本件米国弁護士事
務所からの提案に同意し、これによって本件米国弁護士事務所の弁護士による本件
米国訴訟における被告の代理を継続させるという利益を得ておきながら、その後に
なって上記条件の部分については別論であると主張するのは、同様に著しく信義に
反し誠実を欠くものといわざるを得ないことも、前記2(3)で判示したところと同様
である。したがって、被告が上記主張によって、原告が本件立替払い及び本件追加
立替払いによって支出した金員について、その全額の償還を拒むことは許されない
ものというべきである。
(6) なお、被告は、成功報酬制による弁護士報酬の支払を強く希望していたと
主張し、被告代表者もその本人尋問においてこれに沿う供述をする。しかしなが
ら、仮にこれが事実であったとしても、前記2(2)で判示したとおり、被告は、20
01年1月分から同年5月分までの本件米国訴訟に係る本件米国弁護士事務所に対
する報酬等について、原告が立替払いしていることを知りながら、異を唱えずに原
告からの請求に応じていたのであるから、少なくとも、被告が上記請求に応じた時
点では、本件米国訴訟の代理人の弁護士報酬を成功報酬制によらないことについ
て、被告が容認していたものと認めることができる。したがって、これも上記判断
を左右するものではない。
3 結論
以上のとおりであるから、原告の請求(本件請求のうち、金5597万21
43円の請求に関しては主位的請求である委任契約に基づく費用償還請求〔附帯請
求は原告による各支出日から支払日までの商事法定利率による利息〕、残部の金2
7万7921円については事務管理に基づく費用償還請求)はすべて理由がある。
よって、主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官 小 松 一 雄
裁判官 田 中 秀 幸
裁判官 守 山 修 生
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