弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
 原告は「特許庁が昭和四六年九月六日同庁昭和四〇年審判第八二三一号事件につ
いてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は
主文同旨の判決を求めた。
第二 請求原因
一、特許庁における手続の経緯
 原告は登録第五六三四七八号商標(以下「本件登録商標」という。)の商標権者
である。本件登録商標は別紙(一)の構成からなり、指定商品を旧商標法施行規則
(大正一〇年農商務省令第三六号)第一五条第三六類(以下「旧第三六類」とい
う。)被服、手巾、釦鈕および装身用ピンの類として、昭和三四年四月二二日登録
出願され、昭和三五年一二月二〇日登録された。被告は昭和四〇年一二月一六日原
告を被請求人として本件登録商標につき登録無効審判を請求した(昭和四〇年審判
第八二三一号)。特許庁はこれに対し昭和四六年九月六日「本件登録商標の登録を
無効とする。」との審決をし、その謄本は同年一一月一〇日原告に送達された。
二、審決理由の要点
 本件登録商標の構成は、別紙(一)のとおり、楯形輪廓内に長髪の左向き婦人の
胸像図形を画き、その下部に肉太の二本の横線を表わし、かつ楯形輪廓の上部中央
に接近して王冠の図形を表わし、該図形を介してその左側に「QUEEN」、右側
に「ARROW」の欧文字をローマン書体風で横書きし、更に、前記「QUEE
N」および「ARROW」の欧文字の下部に、楯の下部を右から左につらぬくよう
に図案化した矢を画き、その矢の下に「TOKYO」右に「SHIRTS CO」
の文字を小さく、細い丸ゴシツク書体で表わしたものである。そして、その指定商
品、登録出願および登録年月日は前項掲記のとおりである。
 これに対し、別紙(二)の構成からなる登録第八九二四六号の一の商標(以下
「引用商標(1)」という。)が商標法施行細則(明治四二年農商務省令第四四
号)第二〇条第三六類(以下「旧旧第三六類」という。)被服、手巾、釦鈕および
装身用ピン等他類に属しない商品一切を指定商品として、大正六年六月三〇日登録
出願され、同年一一月一九日登録された。また、別紙(三)の構成からなる登録第
一二八二四二号の一の商標(以下「引用商標(2)」という。)が旧旧第三六類被
服、手巾、釦鈕および装身用ピン等他類に属しない商品を指定商品として、大正一
〇年三月三日登録出願され、同年四月二七日登録された。また、別紙(四)の構成
からなる登録第一三一二六四号の一の商標(以下「引用商標(3)」という。)が
旧旧第三六類被服、手巾、釦鈕および装身用ピン等他類に属しない商品を指定商品
として、大正一〇年四月二七日登録出願され、同年六月二八日登録された。そし
て、これらの引用商標(1)、(2)、(3)について、大正一四年四月二二日原
簿喪失による登録回復がなされ、昭和五年六月一三日、各指定商品中の「巻ゲート
ル、脚袢、法被、腹掛、股引、パツチ、半股引、ネビエシラズ、手甲、腕貫」にか
かる商標権の分割移転登録がなされ、昭和一二年一月九日原告のために移転登録が
なされ、昭和一二年一〇月二八日、昭和一五年一一月一六日および同年一二月二四
日それぞれ存続期間の更新登録がなされ、昭和二六年二月七日原告の連合国人商標
戦後措置令(昭和二五年政令第九号)第四条第一項による申請に基づき期間不算入
の登録がなされている。
 さらに、別紙(5)の構成からなる登録第四四八八三四号商標(以下「引用商標
(4)」という。)が旧第三六類帽子類、ホワイトシヤツ、シヤツ、猿股、セータ
ー、肌着、水着、シユミーズ、手袋および靴下を指定商品として、昭和二八年九月
九日登録出願され、昭和二九年七月二八日登録されている。
 そこで、本件登録商標と各引用商標の類否について考察する。本件登録商標の構
成は、中央部に表示された図形がこれを何と呼んでよいかその名称も極めて不確定
なものであつて、この図形を介してその左右に配置された「QUEEN」および
「ARROW」の文字は極めて読み取りやすく、かつ明確に表示されているもので
あるから、「QUEEN」および「ARROW」の文字はそれぞれ別個独立に看者
の注意を惹くに足りる部分として構成されたものと認められる。しかも、「QUE
EN」および「ARROW」の文字はそれぞれ、それ自体として明確な意味をも
ち、一般に親しみ易い文字であるばかりでなく、「QUEEN」(女王)と「AR
ROW」(矢)とが対いの物として関連の深い語であると認識されているとか、或
いは「QUEEN ARROW」として別個独立の概念を有するという、観念上必
然的に結びついた格別のものとも認められない。これらをあわせると、本件登録商
標からは「QUEEN」のほか、「ARROW」の文字に相応して「アロー」
(矢)の称呼、観念が生ずることは決して少くないものと判断するのが取引の実際
に照らし相当である。
 これに対し、引用商標(1)および(3)からは容易に「アロー」の称呼および
「矢」の観念を生ずることは多言を要しない。また、引用商標(2)についても、
その構成中「OSG」の文字は小さく表示されており、写実的に描画されている
「矢」の図形および大きく表示されている「ARROW」の文字が強く看者の注意
を惹く部分であるから、これから単に「アロー」の称呼および「矢」の観念を生ず
る。また、引用商標(4)についても、その構成中「GOLDEN」の文字は商品
の品質の誇示表示として普通に使用されているから、これから単に「アロー」の称
呼および「矢」の観念を生ずる。
 したがつて、本件登録商標と各引用商標とは「アロー」の称呼および「矢」の観
念を共通にする類似の商標であり、その指定商品も互いに牴触することが明らかで
ある。よつて、本件登録商標の登録は、商標法施行法第七条第一項、第一〇条第一
項によりなお効力を有する旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第二条第一項第九
号に違反してなされたものであるから、同法第一六条第一項第一号により無効とす
べきものである。
三、審決を取消すべき事由
(一) 引用商標(1)から(4)までの構成、指定商品、登録出願、(設定)登
録の年月日が審決認定のとおりであること、
引用商標(1)から(3)までについて審決認定のとおりの各登録がなされている
こと、引用商標(1)から(4)までからはいずれも「アロー」の称呼および
「矢」の観念を生ずることは認める。しかし、本件登録商標が各引用商標と類似す
る商標であるとした審決の判断は、以下に述べる理由により違法であるから、取消
されるべきである。
(二) 本件登録商標の中心部に表示される楯形輪廓内の胸像が婦人像であり、そ
の頭部に王冠が存在することは、審決認定のとおりであるから、これをクイーン
(女王)の胸像と解さないことは経験則に反する。さらに、同胸像はトランプ風の
デザインであり、同胸像を見ることにより直ちにトランプカードにおけるクイーン
を連想させる。しかも、同胸像が楯形の輪廓と結合して中世の騎士道的なイメージ
を、伏在させることにより、クイーンのイメージを更に高揚させているのである。
 また、前記楯形輪廓の下部を右から左につらぬくように図案化した矢が画かれて
いることは、審決認定のとおりである。この矢は装飾矢であり、その装飾性がクイ
ーンと調和した矢である点において、女王と一体をなした矢であるとの印象を強め
ている。
 したがつて、本件登録商標の図形は経験則上「クイーンアロー」、「女王矢」を
表現していることが明らかであるから、「これを何と呼んでよいかその名称も極め
て不確定な図形であつて」という審決の認定は、経験則に反した判断である。
(三) 本件登録商標は、前述のとおり、楯形輪廓内の女王の胸像の下部に、左右
に分れて図案化された装飾矢を配したものであるが、この装飾矢の上部に「QUE
EN ARROW」、その下部に「TOKYO SHIRTS CO」の文字が矢
に沿つていずれも女王像をつらぬくように記載されている。したがつて、「TOK
YO」と「SHIRTS CO」、矢の先端図と矢羽根部分の図とを分離して考え
るのが不合理であるのと同様に、「QUEEN」と「ARROW」とを分離して考
察する余地はない。
 また、本件登録商標は、女王の胸像図形、装飾矢の図形、「QUEEN ARR
OW」の文字、出所を表示する「TOKYO SHIRTS CO」の文字が極め
て顕著に一体的に結合したものであり、この構成によつて全体的に一つの表象を形
成しているから、これを各文字、図形ごとに分断して「QUEEN」(女王)、
「ARROW」(矢)、「TOKYO」(東京)、「SHIRTS CO」(シヤ
ツ株式会社)とその一つ一つを別個に観念しまたは称呼することは不自然である。
 以上のとおり、本件登録商標は、その構成によつて商標として従来にない「女王
矢」という新しい観念を形成し、「女王矢」としかいいようのない一体の商標とし
て一般需要者を印象づけるのである。したがつて、本件登録商標からは、「ジヨオ
ウヤ」、「クイーンアロー」の称呼および「女王矢」の観念を生ずるだけで、単に
「アロー」の称呼および「矢」の観念を生ずる余地はない。
(四) 商標における観念とは「一見して記憶に映ずる心象」である。そして、こ
れは具体的な意味内容をもたなければならないものではない。特に、本件登録商標
のように無関係な言葉の結合からなる結合商標の観念は、既成概念として存在する
ことはあり得ないから、一般的な意味内容として把え難いものであつても差支えな
い。結合商標は二語の結合によつて新しい観念を形成し、需要者に対し新鮮な印象
を与え、その識別性を増す作用を有する。
 したがつて、本件登録商標からは「女王」および「矢」の観念だけが生ずるとい
う被告の主張は理論の飛躍である。本件登録商標は「女王」と「矢」をばらばらに
表現したものではなく、これを秩序によつて一体的に表現したものであつて、これ
を観念として表現すれば「女王矢」となるのである。例えば、【A】家の家紋とし
て名高い「菊水」が既成概念である「菊」および「水」とは別に、「菊水」として
記憶され独自の観念をもち得たように、「女王矢」も「女王」および「矢」とは別
に「女王矢」として記憶され、独自の観念をもち得るものである。
 しかも、原告は本件登録商標の出願前である昭和二八年頃から「クイーンアロ
ー」、「女王矢」の称呼、観念を生ずる商標を使用し、宣伝、広告を重ねて来た。
このため「クイーンアロー」は、本件登録商標の出願時には、原告の商品を表示す
るものとして需要者間に顕著であつた。したがつて、本件登録商標の出願前、「女
王」とも「矢」とも異なる独自の観念としての「女王矢」の観念が需要者間に確立
していたのである。
 以上のとおりであるから、本件登録商標からは「女王矢」の観念だけが生じ、
「女王」および「矢」の観念は生じない。
(五) 本件登録商標は「クイーン」(女王)という独立の名詞が「アロー」
(矢)という独立の名詞に結合したものであつて、「クイーン」の語は被告が主張
するような品質等を表示する形容詞ではない。被告主張の「社交界の女王」または
「花の女王」は、特定の婦人または特定の花を指し、社交界そのものまたは花一般
を意味するものではない。また女王蜂は一般の蜂とは異質の蜂である。したがつ
て、「クイーンアロー」印の商品が「アロー」印の商品の一分類であると印象され
るおそれはない。
 しかも、我が国においては、近年本件登録商標のような結合商標の登録が極めて
多くなつている。このことは、一般需要者の結合商標に対する識別意識が極めて高
くなつていることを示すものである。また、本件登録商標の指定商品は一般的必需
品であるが、身近な商品である程需要者の商標に対する関心が高いのが実情であ
る。したがつて、本件登録商標は、被告主張のような誤認、混同を生ずるおそれは
ない。
(六) 被告の「アロー」印商標がワイシヤツについて本件登録商標の出願前我が
国の取引者、需要者間に著名であつた事実は否認する。
第三 被告の答弁
一、本件登録商標の構成、指定商品、登録出願および登録年月日、本件の特許庁に
おける手続の経緯、審決理由の要点が原告主張のとおりであることは認める。
二、「本件登録商標からは「QUEEN」のほか「ARROW」の文字に相応して
「アロー」(矢)の称呼、観念が生ずることは決して少くないものと判断するのが
取引の実際に照らし相当である」とした審決の認定は極めて正当である。原告自身
本件登録商標を付した自らのワイシヤツを「女王マークの男シヤツ」と呼んでい
る。
これは本件登録商標から女王の観念の自然に生ずるものであることを物語るもので
ある。本件登録商標から女王の観念が生ずるとすれば、同じ商標から他の一部であ
る「矢」の観念をも生ずべきことは理論上当然といえよう。
三、本件登録商標から「クイーン・アロー」という称呼も生ずることは争わない。
しかし、その場合にも「女王」および「矢」の観念が生ずるだけで「女王矢」とい
う観念は生じない。
 そもそも商品の需要者は、商標の外観を仔細に熟視し、これをそのまま記憶し想
起するものではない。商標類否の判定に際しては、各別に時と所を異にして観察し
た場合を標準とする離隔的観察によるべく、商標を直接に対照比較する対比的観察
のみによるべきでないとされるのはこのためである。商標の類否判定に際し、外観
および称呼の他に観念についても検討すべきであるとするのも、商標が、その外観
が正確に記憶されず、その商標が意味をもつ文字または図形よりなるときは、その
意味によつて需要者に記憶されることが多いからである。
 ところで、商標法第二条第一項の規定上外観のない商標は存しない。しかし称呼
のない商標および観念を有しない商標は極めて多く存する。観念および称呼の存し
ない商標については外観のみが対比されることとなるのは当然である。商標類否の
判断に際して用いられる概念としての「観念」とは決して外観に対応する表象ある
いは外観に対する記憶をいうのではない。外観に対する表象とか外観に対する記憶
は外観、称呼、観念の三分類のうえでは外観に属すべきものである。たとえばイ
(にんべん)の商標については、もとよりその外観に対する表象とか記憶とかが看
者の心理に生ずるが、これは商標の類否判断に際しての概念である「外観」に属す
るものではない。
 原告は本件登録商標から「女王矢」の観念が生ずると主張するが、原告が「観
念」として論ずるものは、まさに外観に対する記憶であり、これがもし商標類否の
判断に際しての概念である「観念」であるとするならば、イ(にんべん)の商標
も、単なる模様からなる商標も、観念を有するものといわねばならない。かくては
商標類否の判断に際し、その「外観」の他に「観念」を考えるべき意味がなくな
る。
 前述のとおり、一般需要者は商標の外観を仔細に熟視し、これをそのまま記憶し
想起するものではない。ある商標が意味内容を有する図形または文字よりなると
き、需要者はそのような、図形または文字のもつ意味内容によつてこれを記憶す
る。このような意味内容が商標類否の判断に際し手段として用いられる「観念」で
ある。
 本件登録商標についていえば、一般需要者は、「女王」と「矢」の二つの意味内
容によつてこれを記憶する。そして、「女王」と「矢」の二つの観念のほかに、
「女王矢」という単一の独立の観念は存し得ない。観念によつて商標を記憶するに
は、商標の表現する観念があらかじめ一般需要者の脳裡に存しなければならない。
鳳凰の図形を見てそれが鳳凰を表現するものであると理解するのは、見る者の脳裡
にあらかじめ鳳凰の観念が存するからである。鳳凰の観念を有しない欧米人が鳳凰
の図形を見ても、単なる異様な図形として目に映ずるのみで、鳳凰を表現するもの
とは理解できない。したがつて、一般需要者は本件登録商標が「女王矢」を表現す
るものと理解することができないから、これを「女王矢」という単一の独立の観念
によつて記憶することはあり得ない。
 以上のとおり、本件登録商標からは「クイーン・アロー」の称呼と「女王」およ
び「矢」の観念が生ずる。そして、この称呼と観念は、引用商標(1)から(4)
までの称呼と観念と類似することが明らかである。
四、本件登録商標は、前述のとおり、「クイーン・アロー」と称呼され、一般需要
者によりこの称呼に対応する「クイーン」(女王)と「アロー」(矢)の観念によ
つて記憶される。ところが、「クイーン」の語は、社交界の女王、花の女王(例え
ばバラ)のような語法あるいは女王蜂、クイーン・ビーの如き固有名詞からもうか
がわれるように、その語によつて表現されるもののもつ属性の故に、優越、華麗と
いつた観念を直感せしめ、そのため商品の区別をとわず商標として用いられるに適
する。したがつて、自他商品を識別する力において劣るいわゆる弱い商標に属する
ものである。
このような「クイーン」の語が「ARROW」のように自他識別力の強い、いわゆ
る任意選定語と結合して、クイーン・アローと称呼され、かつ「クイーン」と「ア
ロー」の観念によつて記憶されるべき商標を構成するとき、「クイーン」の部分
は、自然、自他識別力において劣らざるをえず、一般需要者は、いきおい、「アロ
ー」の部分を商品の出所を示すものとして重視し、「クイーン」の部分は、ともす
れば記憶より脱落し易い。また、たとえ「クイーン」の部分を記憶したとしても、
前記のように「クイーン」の語が商品一般について、優越、華麗といつた属性を示
すに適しているという性質から、一般需要者において、「アロー」印商品の一分類
を示すものとして認識しがちである。
 そればかりでなく、出所を同じくする一定商品につき、サイズ、型式、品質、等
級等の相違を示すため、出所の同一性を示す商標とサイズ等の差を示す標章とを結
合せしめることは、しばしばみられるところである。このようなサイズ、型式、品
質、等級等の差を示す目的のため他の商標と結合または併用される標章としては、
同一類概念に包括されるいくつかの種概念が極めて適当であり、実際に行われてい
る、例えば、金、銀、銅とか、赤、白、黒とか松、竹、梅、桜とかがそれである。
キングとクイーンのような概念もこのような目的に極めてよくかなつているといわ
ねばならない。したがつて、本件登録商標のように、「クイーン・アロー」と称呼
され、「クイーン」とか「アロー」によつて観念される商標について、一般需要者
が「アロー」印シヤツ中のある種類(ある生地、ある型)のものを指すものとして
これを認識することのあることは当然予想されるところである。このことは、外
観、称呼、観念の三分類にこだわることなく、本件商標と各引用商標を時と所を異
にして観察するとき、それがそれぞれどのようなものとして一般需要者に記憶され
るかを検討してみても同様である。そもそも、商品の需要者が商標の外観をそのま
まに記憶しないという傾向は、需要者が商品および業界に詳しくない一般人であれ
ばあるほど大きい。また、需要者が一般人であるときにおいても、商品が高価品で
ない場合は、そうでない場合よりもこのような傾向が強い。本件登録商標および各
引用商標の指定商品はいずれも一般的必需品で、商標が外観どおり記憶されない傾
向は特に強いといわねばならない。しかも、本件登録商標および各引用商標の指定
商品、殊にワイシヤツは、一般に、一般需要者の目を惹くデザイン(文字、図案
等)のほどこされた包装等によつて小売され、商標は、そのようなフアンシイなデ
ザインの一部として表示されることが極めて多い。したがつて、一般需要者は、こ
のようなデザインの一部として表示される商標の外観を正確に記憶しない傾向は特
に強いといわねばならない。このような情況を考えるとき、一般需要者が本件登録
商標を単純に「クイーン・アロー」印として記憶することが極めて多いと考えねば
ならない。そして、本件登録商標を単純な「クイーン・アロー」印と観念すると
き、これを「アロー」印の一分類であると印象されるおそれは極めて多いといわな
ければならない。
 したがつて、本件登録商標は引用商標(1)から(4)までに類似することが明
らかである。
五、被告の「ARROW」印商標は、ワイシヤツについて本件登録商標出願時はも
とより戦前から、我が国の取引者の間において著名であつた。このことはおよそワ
イシヤツの業界にある者の常識ともいうべきことである。被告は大正年代から我が
国に対する「ARROW」印商品(ワイシヤツおよびカラー等)の輸出を始め、支
那事変に入り綿製品の輸入についてきびしい制限を受けるに至つた後もこれをつづ
け、遂に昭和一六年一二月の開戦に至つてこれを途絶した。戦後ワイシヤツの輸入
がいわゆる自動承認制という形で自由化されたのは昭和三六年一二月のことであ
る。
 このように久しきに亘つた輸入制限のため被告による本件登録商標出願時に至る
までの我が国における毎年の販売額は決して多かつたとはいえない。しかし、販売
量の多寡は必ずしも商標の著名性とは関係しない。輸入量は決して特に多い訳では
なかつたが、海外生活経験者や高級品を好む階層には戦前から「ARROW」印ワ
イシヤツは有名であつたのである。
 したがつて、これと類似する本件登録商標は、旧商標法第二条第一項第八号に違
反して登録されたものであり、商標法施行法第一〇条および旧商標法第一六条第一
項により無効とされるべきである。
第四 証拠(省略)
       理   由
一、本件登録商標の構成、指定商品、登録出願および登録年月日、本件の特許庁に
おける手続の経緯、審決理由の要点が原告主張のとおりであること、引用商標
(1)から(4)までの構成、指定商品、登録出願および(設定)登録年月日が審
決認定のとおりであること、引用商標(1)から(3)までについて審決認定のと
おり各登録がなされていること、引用商標(1)から(4)までからはいずれも
「アロー」の称呼および「矢」の観念を生ずることは、いずれも当事者間に争いが
ない。
二、本件登録商標をみると、その中央部にある楯形輪廓内の婦人の胸像は、トラン
プカードのクイーンを連想させるようなデザインによつて画かれており、その頭部
に王冠があることから、クイーン(女王)を表わすものであることが容易に理解で
きる。したがつて、「これを何と呼んでよいかその名呼も極めて不確定な図形であ
つて」という審決の認定は誤りであるが、これだけでは審決を取消すべき事由にな
らない。そうすると、一般需要者が本件登録商標を一見すれば、これが「QUEE
N」および「ARROW」の文字と「QUEEN」を表わす女王像および「ARR
OW」を表わす矢の図形の組合せからなるものと理解し、記憶するであろうと認め
られる。したがつて、本件登録商標から「クイーンアロー」の称呼が生ずることは
明らかであり、この点は当事者間に争いがない。
三、(一) 次に本件登録商標からどのような観念を生ずるかについて判断する。
原告は、本件登録商標の構成からは「女王矢」の観念が生ずるだけであると主張す
る。そこで、本件登録商標を仔細に観察すると、前記の矢の図形は女王像の楯形輪
廓の下部を右から左へつらぬくように画かれ、女王像と類似のデザインによつて図
案化されている。しかし、「QUEEN」および「ARROW」の文字は女王像を
中央に介して左右に分かれて記載されている。
そうだとすると、本件登録商標の外観が「女王」と「矢」を一体化した「女王矢」
という単一の新しい観念を示唆していることは直ちに認めることができない。それ
ばかりでなく、一般需要者が原告主張のように本件登録商標の外観を仔細に観察
し、これを正確に記憶するであろうとは到底考えることができない。したがつて、
原告の前記の主張はこの点において既に採用できない。
(二) 本件登録商標が「QUEEN」と「ARROW」の二語の結合からなるこ
とは、前述のとおりである。原告は、本件登録商標はこの二語の結合によつて新し
い観念を形成するものであり、商標における観念とは一見して記憶に映ずる心象で
あつて、この観念は具体的な意味内容をもたなければならないものではないと主張
する。しかし、商標の観念とは、被告主張のとおり、一般需要者が文字または図形
の意味内容によつて商標を記憶する場合の意味内容をいうものである。けだし、一
般需要者は外観、称呼のほかにこのような意味内容によつて商標を記憶する場合が
あるので、商標の類否を判定するにはこのような意味内容の異同を基準とする必要
があるからである。原告主張の「商標を一見して記憶に映ずる心象」は、商標に関
する外観、称呼、観念の三分類の見地から見れば、商標の外観に属すると認めるの
が相当である。したがつて、原告の前記主張は採用の限りではない。
 そうすると、無関係の二語を結合することだけによつては、新しい観念が形成さ
れることはあり得ないことになる。もつとも、二語の結合からなる商標によつて新
しい単一の観念が生ずるかのように見える場合はある。しかし、それは、商標の使
用または宣伝、広告によつて新しい単一の観念が需要者の間に形成された場合か
(例えば「握り矢」、(原告主張の「菊水」という紋章の場合もこれに類す
る。)、二語の意味内容よりはむしろ一連の称呼によつて記憶されるに至つた場合
(例えば「竹矢」、「サンスター」)に限られると認めるのが相当である。
 これを本件登録商標についてみるに「QUEEN」と「ARROW」の語が意味
または情緒の上において互に関連性のない言葉であり、「女王矢」という単一の観
念は一般的には存在しない。したがつて、本件登録商標の登録前、その使用または
宣伝、広告により、その指定商品の需要者間に「女王矢」という単一の観念が形成
されていた場合でなければ、本件登録商標から「女王矢」の観念が生ずるとはいえ
ないことが明らかである。
(三) そこで、本件登録商標の登録前「女王矢」の観念が需要者の間に形成され
ていたかどうかについて判断する。
 原告代表者本人尋問の結果およびこれによつて真正に成立したものと認める甲第
三号証によれば、原告が本件登録商標の登録前である昭和二八年頃から、本件登録
商標とは異なるが「Queen」および「Arrow」の文字と女王像および矢の
図形からなる商標を附してワイシヤツ類を製造販売し、昭和三三年頃から本件登録
商標の使用をはじめるとともに、一部地域においてテレビ・車内広告等によつたほ
か、主として、雑誌によりこれを宣伝広告したことが認められる。しかし、本件指
定商品の需要者の層が広汎であることをあわせ考えると、これによつて「女王矢」
という単一の観念が一般需要者の間に形成されたことは、到底認めることができな
い。
四、本件登録商標が「QUEEN」および「ARROW」の二語の結合からなるこ
とは前述のとおりである。そして、「QUEEN」および「ARROW」は、我が
国において女王および矢を意味する英語として広く知られており、これらと同一ま
たは類似の発音を有する言葉で異なる意味をもつものはない(この点で「屋」、
「八」、「谷」、「夜」、「野」等の同音異義語を有する「矢」と異なる。)。し
たがつて、「QUEEN」および「ARROW」の語はいずれもそれ自体自他識別
力を有する。また、「女王矢」という単一の観念が存在しないこと、「QUEE
N」および「ARROW」の語が意味または情緒の上で互に関連性を有しないこと
は前述のとおりである。したがつて、本件登録商標が「クイーンアロー」と一連に
のみ称呼されると認めなければならない理由はない。
 そうだとすると、より簡単な称呼、観念によつて商標を記憶しようとする一般需
要者の傾向をあわせ考えれば、本件登録商標は、「クイーン」または「アロー」の
称呼と「女王」または「矢」の観念を生ずると認めるのが相当である。そして、各
引用商標が「アロー」の称呼と「矢」の観念を生ずることは、前述のとおり当事者
間に争いがないから、本件登録商標と各引用商標は「アロー」の称呼と「矢」の観
念を共通にする類似の商標であると認めなければならない。また、両者の指定商品
が互に牴触することは前述したところから明らかであるから、本件登録商標の登録
は旧商標法第二条第一項第九号に違反してなされたものである。
五、なお、証人【B】の証言および原告代表者本人尋問の結果によれば、原告の製
品である本件登録商標を附したワイシヤツと被告の製品である「アロー」印のワイ
シヤツが特定のデパートの同じ売場で販売された場合でも、両者の誤認混同が生じ
たため需要者から苦情を持ち込まれたことがない事実が認められる。しかし、成立
に争いがない乙第一八号証によれば、我が国の一般需要者が商標を指定してワイシ
ヤツを購買することは、ほとんど行われていないことが認められるので、前認定の
事実は、将来商標を指定してワイシヤツを購買する傾向が増大した場合に、両者の
製品につき誤認混同が生ずるであろうことを否定する資料にならない。したがつ
て、前認定の事実は本件登録商標が各引用商標と類似すると認めることを妨げるも
のではない。
六、よつて、審決には原告主張の違法はないから、原告の本訴請求を失当として棄
却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し
て主文のとおり判決する。
(裁判官 古関敏正 瀧川叡一 宇野栄一郎)
<11845-001>
<11845-002>

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