弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人小島衛の上告受理申立て理由第1,第2について
1本件は,①第1審判決別紙物件目録記載の建物部分(以下「本件建物部
分」という。)を上告人に賃貸した被上告人が,被上告人と上告人との間における
賃貸借は借地借家法(以下,単に「法」という。)38条所定の定期建物賃貸借で
あり,期間の満了により終了したなどと主張して,上告人に対し,本件建物部分の
明渡し及び賃料相当損害金の支払を求める訴えと,②上告人が,法38条2項所
定の書面(以下「説明書面」という。)の交付及び説明がなく,上記賃貸借は定期
建物賃貸借に当たらないと主張して,被上告人に対し,本件建物部分につき賃借権
を有することの確認を求める訴えとが併合審理されている事案である。
2原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)被上告人は,平成15年10月29日,上告人との間で,「定期賃貸借建
物契約書」と題する契約書を取り交わし,期間を同年11月16日から平成18年
3月31日まで,賃料を月額20万円として,本件建物部分につき賃貸借契約(以
下「本件賃貸借」という。)を締結した。
(2)本件賃貸借について,平成15年10月31日,定期建物賃貸借契約公正
証書(以下「本件公正証書」という。)が作成された。本件公正証書には,被上告
人が,上告人に対し,本件賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了する
ことについて,あらかじめ,その旨記載した書面を交付して説明したことを相互に
確認する旨の条項があり,その末尾には,公証人役場において本件公正証書を作成
し,被上告人代表者及び上告人に閲覧させたところ,各自これを承認した旨の記載
がある。
(3)被上告人は,期間の満了から約11か月を経過した平成19年2月20
日,上告人に対し,本件賃貸借は期間の満了により終了した旨の通知をした。
3原審は,上記事実関係の下で,説明書面の交付の有無につき,本件公正証書
に説明書面の交付があったことを確認する旨の条項があること,公正証書の作成に
当たっては,公証人が公正証書を当事者に読み聞かせ,その内容に間違いがない旨
の確認がされることからすると,本件において説明書面の交付があったと推認する
のが相当であるとした上,本件賃貸借は法38条所定の定期建物賃貸借であり期間
の満了により終了したと判断して,被上告人の請求を認容し,上告人の請求を棄却
した。
4しかしながら,原審の上記認定は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
前記事実関係によれば,本件公正証書には,説明書面の交付があったことを確認
する旨の条項があり,上告人において本件公正証書の内容を承認した旨の記載もあ
る。しかし,記録によれば,現実に説明書面の交付があったことをうかがわせる証
拠は,本件公正証書以外,何ら提出されていないし,被上告人は,本件賃貸借の締
結に先立ち説明書面の交付があったことについて,具体的な主張をせず,単に,上
告人において,本件賃貸借の締結時に,本件賃貸借が定期建物賃貸借であり,契約
の更新がなく,期間の満了により終了することにつき説明を受け,また,本件公正
証書作成時にも,公証人から本件公正証書を読み聞かされ,本件公正証書を閲覧す
ることによって,上記と同様の説明を受けているから,法38条2項所定の説明義
務は履行されたといえる旨の主張をするにとどまる。
これらの事情に照らすと,被上告人は,本件賃貸借の締結に先立ち説明書面の交
付があったことにつき主張立証をしていないに等しく,それにもかかわらず,単
に,本件公正証書に上記条項があり,上告人において本件公正証書の内容を承認し
ていることのみから,法38条2項において賃貸借契約の締結に先立ち契約書とは
別に交付するものとされている説明書面の交付があったとした原審の認定は,経験
則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。
5以上によれば,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな違法が
ある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,その余の点について判断する
までもなく,原判決は破棄を免れない。そこで,更に審理を尽くさせるため,本件
を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官竹内行夫裁判官古田佑紀裁判官須藤正彦裁判官
千葉勝美)

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