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平成13年(行ケ)第33号 審決取消請求事件
平成14年11月19日口頭弁論終結
          判      決
   原   告    山一電機株式会社
   訴訟代理人弁理士 中畑 孝
   被   告    特許庁長官 太田信一郎
   指定代理人    和泉 等,田中秀夫,山口由木,林 栄二,高木 進
          主      文
   原告の請求を棄却する。
   訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 特許庁が平成11年審判第15541号事件について平成12年11月28日に
した審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。
第2 前提となる事実
 1 特許庁における手続の経緯
 (1) 本願発明
  出願人     山一電機株式会社(原告)
  発明の名称   「ICソケット」
  出願番号    特願平10-23216号
  出願日     平成10年2月4日
 (2) 本件手続
  拒絶査定日   平成11年8月24日(発送)
  審判請求日   平成11年9月24日(平成11年審判第15541号)
  手続補正    平成11年10月21日
  審決日     平成12年11月28日
  審決の結論   「本件審判の請求は,成り立たない。」
  審決謄本送達日 平成12年12月27日(原告に対し)
 2 本願発明の要旨(手続補正後のもの。本件は拒絶査定がされた事案である
が,以下,審決の表記に従い,請求項1に係る発明を「本件発明1」という。)
【請求項1】ICパッケージの外部接点に接触すべくソケット本体に列設されたコ
ンタクトと,該ソケット本体の上部に上下動可能に設けられたコンタクト開閉カバ
ーと,該コンタクト開閉カバーの下降操作により下方へ押し下げられて上記コンタ
クトをその弾力に抗し後方変位せしめ接触解除状態を形成する受圧レバーとを備
え,上記コンタクト開閉カバーの下降操作解除時に上記コンタクトがその復元力で
前方変位し上記外部接点に加圧接触するようにしたICソケットにおいて,上記受
圧レバーに上方への押し上げ力を与える補圧ばねを設け,該補圧ばねは常に弾力を
蓄えた状態で上記受圧レバーに押し上げ力を与え,該押し上げ力にて受圧レバーが
コンタクト開閉カバーを押し上げる構成にしたことを特徴とするICソケット。
【請求項2】上記受圧レバーがコンタクトとは別部品からなることを特徴とする請
求項1記載のICソケット。
【請求項3】上記受圧レバーがコンタクトと一体に打抜かれて形成されていること
を特徴とする請求項1記載のICソケット。
 3 審決の理由
 本件審決の理由は,【別紙】の「審決の理由」に記載のとおりである。要する
に,本件発明は,引用例(特開平7-161422号公報,本訴甲4)に記載され
た発明と当業者が適宜採用することができる慣用技術に基づいて,当業者が容易に
発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受ける
ことができない,というものである。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
(以下,原告の個別の主張につき,①,②のように通し番号を付し,それぞれ「①
の主張」などという。)
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)
① 引用例(甲4)のICソケットは,本件発明1の主要な命題となっている,
補圧ばねを受圧レバーとコンタクト開閉カバーの押し上げ手段として兼用させつ
つ,上記補圧ばねの蓄勢弾力で受圧レバーとコンタクト開閉カバーとに常に押し上
げ力を与える構成により,この種のカバー開閉式ICソケットにおけるレバーとカ
バーの負荷及び振動に起因するコンタクトの接触不全の問題点を解決するという思
想を全く欠如している。
 上記問題点は,この種のカバー開閉式ICソケットの死命を制する問題点であ
り,その解決は,緊要な課題となっている。本件発明1は,この引用例では果たす
ことができない課題の解決を可能とした点をもって進歩性を有するとすべきであ
る。
 ② 引用例(甲4)の図1,図2に示すばね35は,押し上げ途中において,レ
バー36に押し上げ力を与えてはいるが,押し上げ終了状態では完全に伸び切って
カム37の円弧面の途中がレバー(従動部)5cに接し,ニュートラル状態に置か
れる。加えて引用例のレバー36とカバー34とは,完全に離間している。
 被告は,作動レバー36と押さえカバー34間に間隔が空いている点につき,技
術的にみて,直ちにはそのとおりのものとは認められないなどと主張するが,IC
リードの厚みが0.1~0.15㎜程度であることにかんがみれば,またICリー
ドを微細に打ち抜くとコンタクト接片の弾性常数も限定されたものになることを考
えれば,引用例(甲4)の図1に記載した間隔が,単なる作図上の都合に起因する
とは到底いい難く,むしろカバーの負荷や振動がコンタクトに加わるのを防止する
ために,カバーを別の専用ばねにて押し上げ,レバーとは干渉しないようにしてお
り,そのことを理解しやすくするために,明確な間隔を図示していると解するのが
自然である。
被告は,引用例(甲4)の段落【0015】の記載をもって,ばねがレバー及び
カバーを常時押し上げている根拠としているが,【0015】の記載は,ばね35
がレバー及びカバーを最押し下げ位置から押し上げることを記載しているのみであ
り,コンタクトの接触部が接触した後に,残存蓄勢弾力をもってレバー及びカバー
に常時押し上力を付与していることを記載しているのではない。よって,【001
5】の記載を弾力結合の根拠とする被告の主張は誤りである。
 以上のように,引用例は,本件発明1における,補圧ばねの蓄勢弾力で常に受圧
レバーとコンタクト開閉カバーに押し上げ力を与えている構成を欠如している。し
たがって,審決の「3.対比」の項でいう,本件発明1と引用例記載の発明とは
「上記受圧レバーを上方へ押し上げ該押し上げ力にてコンタクト開閉カバーを押し
上げる補圧ばねを設けた点で一致するものと認められる。」との一致点の認定は誤
りである。
 ③ 引用例(甲4)は,段落【0014】において,「ベース部材底面に対して
進退可能に設けられ上方に向けてばね力を印加した押えカバーとを有するソケット
において,」と記載し,ばね力を印加した押えカバーと記載するように,押えカバ
ーを専用のばねにて押し上げて原位置復帰を図るという,従前の構成を採っている
のであり,補圧ばねの蓄勢弾力で常時受圧レバーを押し上げつつ,同蓄勢弾力でコ
ンタクト開閉カバーを常時押し上げているとの本件発明1の構成を欠如しているの
である。
 受圧レバーとコンタクト開閉カバーとをばね拘束しつつ,一体に上下動せしめて
コンタクトを開閉し,課題解決に資する本件発明1の発想は,この種のカバー開閉
式ICソケットにおいて従来皆無であり,予測だにされていない。
 2 取消事由2(相違点(イ)の判断の誤り)
 (1) 審決は,相違点(イ)の検討として,「弾性部材で復帰させる操作部材(例
えば押しボタンスイッチ)においては,ガタを生じないよう,当該弾性部材の収縮
を,常に弾力を蓄えた状態で操作部材を支持する領域に設定することが慣用的に用
いられる技術にすぎないものであるので,この点は当業者が適宜なし得た事項であ
ると認められる。」と判断している。
 (2) しかし,上記判断は誤りである。
 ④ 確かに,押しボタンスイッチのごとき単要素の物体を,蓄勢弾力をもって支
持することが慣用技術であるとしても,この押しボタンスイッチにおける慣用技術
を,本件発明1におけるカバー開閉式ICソケットに容易に転用可能とすること自
体に飛躍があり,さらにはカバー開閉式ICソケットにおいて,補圧ばねの蓄勢弾
力をレバーに付与し,かつレバーを介してカバーに付与する構成に容易に転用可能
であるとする根拠(その慣用技術)は全く示されておらず,上記判断は,進歩性欠
如の論拠に欠けるものである。
 本件発明1は,「ICパッケージの外部接点に接触すべくソケット本体に列設さ
れたコンタクトと,該ソケット本体の上部に上下動可能に設けられたコンタクト開
閉カバーと,該コンタクト開閉カバーの下降操作により下方へ押し下げられて上記
コンタクトをその弾力に抗し後方変位せしめ接触解除状態を形成する受圧レバーと
を備え,上記コンタクト開閉カバーの下降操作解除時に上記コンタクトがその復元
力で前方変位し上記外部接点に加圧接触するようにしたICソケット」における特
有の課題を解決する手段を提供するものであり,押しボタンスイッチとの技術的乖
離は顕著である。
 加えて,押しボタンスイッチをばねの蓄勢弾力をもって支持する技術から,本件
発明1における課題解決手段となっている「補圧ばねが常に弾力を蓄えた状態で上
記受圧レバーに押し上げ力を与え,該押し上げ力にて受圧レバーがコンタクト開閉
カバーを押し上げてカバーとレバーの負荷による有害要因を取り除く構成」を容易
に予測し得るとするのは,予測可能性の範囲を著しく逸脱した判断であるといわざ
るを得ず,この種のカバー開閉式ICソケットにおいて,これを慣用技術とするの
は失当である。
 ⑤ 受圧レバーとコンタクト開閉カバーとをばね拘束しつつ一体に上下動せし
め,コンタクトを開閉する発想は,この種のカバー開閉式ICソケットにおいて従
来皆無であり,予測だにされていない。
 ⑥ 引用例におけるカバー34は,専用のばねにて原位置へ押し上げられるので
あり,本件発明1のようにレバーを押し上げる補圧ばねによって押し上げられるの
ではない。引用例(甲4)におけるカバー34は,専用のばねによってレバー36
から離間した位置まで押し上げられる。したがって,カバー34はこの離間距離を
解消するまで押し下げられた後にレバー36を押し下げることを要し,レバー36
を押し下げるための押し下げストロークが増大し,加えてレバー36の制御,コン
タクトの制御が不安定になる。
 これに対し,本件発明1におけるカバーは,レバーと直接的に接し,ばね結合
(ばね拘束)しており,カバーの押し下げは,レバーにダイレクトに伝達される構
成であり,したがって押し下げストロークを最小限にし,レバーの制御とコンタク
トの制御を安定にすることができるという差異を有する。
 ⑦ 本件発明1の補圧ばねによる接触補完作用,すなわちコンタクトのばね部に
よる接触を補圧ばねが補完する作用については,以下のとおりである。
 本来コンタクトは,それ自身が有するばね部によって,ICリードと加圧接触す
るようになっている。
 しかしながら,本件発明1における補圧ばねは,受圧レバーを押し上げる手段
(復帰手段)として機能しつつ,同時にコンタクトのばね部に加わる受圧レバーの
負荷を取り除き,同コンタクトのばね部の減衰によるICリードに対する接触不全
を解消する手段として機能する。すなわち,コンタクトのばね部の復元による接触
を補完する手段として機能するものであり,押しボタンスイッチにおけるばねのよ
うに押しボタンを単に復帰せしめる慣用技術の採用には当たらないものである。
 本件発明1における補圧ばねは,受圧レバーに対し,常蓄勢押し上げ力を与え,
同時にその補圧ばねは,受圧レバーを介してコンタクト開閉カバーに対し常蓄勢押
し上げ力を与える構成を有し,受圧レバーとコンタクト開閉カバーの復帰手段とし
て機能するだけでなく,同時にコンタクトのばね部に加わる受圧レバーとコンタク
ト開閉カバーの負荷を取り除き,同コンタクトのばね部の減衰によるICリードに
対する接触不全を解消する手段として機能する。
 すなわち,コンタクトが有するばね部の復元による接触を補完する手段として機
能するものであり,押しボタンスイッチにおけるばねのように押しボタンを単に復
帰せしめる慣用技術の採用には当たらないものである。
 3 取消事由3(相違点(ロ)の判断の誤り)
 (1) 審決は,相違点(ロ)の検討として,「引用例の第7図に「押えカバー3
4」に,復帰位置においても,「操作レバー36」が当接するような長さの「ばね
35」を用いることが示されており,したがって,これらの構成により,「操作レ
バー36」に与えられた押し上げ力にて「操作レバー36」が「押えカバー34」
を復帰位置まで押すように構成することは当業者が容易になしえる程度の事項にす
ぎないものと認められる。したがって,本件発明1は,引用例に記載された発明と
当業者が適宜採用することができる慣用技術に基づいて当業者が容易に発明をする
ことができたものであり,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることが
できないものである。」と判断している。
 (2) しかし,上記判断は誤りである。
 ⑧ 引用例(甲4)の図7のばね35は,もし仮に弾力を蓄えているとの仮説を
立てたとしても,この蓄勢弾力は,レバー36とカム37を介してコンタクトピン
5の従動部5cを押し下げる力として作用し,したがって,コンタクトピン5を接
触解除方向に後退せしめる力として作用することとなり,むしろコンタクトピン5
の接触不全を誘発する有害要素として働く構成となっている。
 これは,補圧ばねによりカバーとレバーの負荷を取り除き,かつレバーを押し上
げてコンタクトの前進を助勢するようにしつつ,コンタクト開閉カバーを押し上
げ,コンタクトの接触不全を解決するという,本件発明1の発想とは逆行する発明
思想であり,一方から他方を類推し得る関係にない。
 ⑨ さらに,引用例(甲4)のばね35に蓄勢弾力があり,この蓄勢弾力を保有
した状態でカバー34に衝接していると仮定するならば,この衝接位置によって
は,コンタクトピン5の前方変位不足を生じ,その結果,IC23のリード25と
離間し,更なる接触不全を招来する原因となる。
 ⑩ また,引用例(甲4)のレバー36は,段落【0025】に記載するストッパ
ー(分岐5c1)によって,それ以上の上方回動を阻止する構造となっており,そ
のため仮にばね35に蓄勢弾力があったとしても,レバー36の回動が阻止されて
いるのであるから,ばね35の蓄勢弾力は,レバー36を介してカバー34に絶対
に伝わらない構造となっている。すなわち,本件発明1とは相反する構造となって
いる。
 なお,上記ストッパーは,引用例(甲4)の図7に符号が示されていないが,段
落【0025】に分岐5c1(コンタクトピン5の頭部から角状に突出している突
片)として説明され,レバー36のカム37がこのストッパーに当たって,それ以
上回動ができないようになっている。引用例(甲4)の段落【0018】に記載す
るように,「カム37は…変形五角形状」をなしており,レバー36が押し上げら
れた時,この変形五角形状のカム37が上記分岐5c1に必ず当たって,それ以上
回動ができない構成を図示し,記載している。したがって,ばね35による残存押
し上げ力はカバーに伝わらないのである。
 ⑪ 以上のとおり,引用例(甲4)のばね35に蓄勢弾力があり,この蓄勢弾力
をもってレバー36をカバー34に弾接せしめ,この蓄勢弾力をレバー36及びカ
バー34に作用せしめていると理解するのは,引用例の記載から遊離した理解であ
るといわざるを得ず,この図7記載の技術を採用して本件発明1を想到し得るとす
るのは,論拠に欠けるものである。
 ⑫ 引用例(甲4)のカバー34は,専用のばねによって押し上げられ,レバー
36とは離間するように設計して,コンタクトピン5の前方変位を確実にすると理
解するのが自然であり,引用例(甲4)の図7は,作図上,たまたまレバー36を
カバー34に接する図にしたのであり,この接する図にした技術的意義は全くな
く,明細書中にも一切の言及もない。引用例(甲4)に明記するように,ばね35
は,レバー36を原位置に復帰せしめるばね手段として設けているのであり,その
限りにおいて公知例(慣用技術)を理解すべきである。
 ⑬ 審決においては,引用例のばねの長さのみをとらえて,レバーがカバーを押
し上げる弾力を蓄えている旨の認定をしているが,この認定は,引用例が本件発明
1とは前記した互いに背反する技術であることに照らして,明らかに引用例の記載
を越えた予断を伴った判断であるといわざるを得ず,公知例参酌の範囲を逸脱して
いる。よって,図7の記載を進歩性欠如の理由とする判断は,失当である。
第4 被告の主張の要点
 1 取消事由1(一致点の認定)に対して
 (1) 原告の①の主張は,誤りである。すなわち,引用例(甲4)における各実
施例のものは,「ばね35(補圧ばね)を操作レバー36(受圧レバー)と押えカ
バー34(コンタクト開閉カバー)の押し上げ手段として兼用させつつ,上記ばね
35(補圧ばね)の蓄勢弾力で操作レバー36(受圧レバー)と押えカバー34
(コンタクト開閉カバー)とに押し上げ力を与える構成」を有するものである。引
用例(甲4)の段落【0015】の記載からみて,加圧停止時にはICのリード2
5とコンタクトピン5の接触部5aとは,コンタクトピンのばね部5bの弾性で接
触することとなる。引用例においても,レバーとカバーの負荷及び振動に起因する
カムの変動によるコンタクトの接触不全を避けなければならないことは明らかであ
って,「この種のカバー開閉式ICソケットにおけるレバーとカバーの負荷並びに
振動に起因する,コンタクトの接触不全の問題点を解決する」という課題が全くな
いということもできない。
 (2) 原告の②の主張のうち,引用例(甲4)のレバー36とカバー34とは完
全に離間している旨をいう点については,確かに,引用例(甲4)の図1において
は,レバー36とカバー34とは離間しているように記載がなされているが,技術
的にみて,直ちにそのとおりのものとは認められない。作用の説明である引用例
(甲4)の段落【0015】の記載によれば,押えカバー36は,操作レバー36
に加わっている上方へのばね力で押し上げられるものとみることが自然であり,図
1以外の実施例である図3,5,7,9,11の記載とも整合する。図1の場合だ
け,押えカバー34がばね35以外の手段で押し上げられているものと解すること
は不自然である。
 また,②の主張のうち,カム37の円弧面の途中がレバー(従動部)5cに接し
ニュートラル状態に置かれるとの点は,引用例(甲4)の段落【0015】の「コ
ンタクトピンのばね部の弾性により,その接触部はICのリードと接触する。」と
の記載や,コンタクトピンの接触部とICのリードとの接触は,単一のばねの弾力
によるという技術常識に反するものであって,全くの誤解である。
 (3) 原告は,③の主張において,引用例は,押えカバーを専用のばねにて押し
上げて原位置復帰を図るという,従前の構成を採っている旨をいう。
 しかし,引用例(甲4)の段落【0014】の記載は,操作レバー36を介して
ばね力を押えカバー34に印加することを阻害する記載ではなく,同段落【001
5】の記載からみれば,操作レバーは,上方へのばね力により押し上げられるもの
である。
 さらに,引用例(甲4)の図3,4に係る第2実施例ではリンク38により,以
下同様に,図5,6に係る第3実施例ではラック棒39により,図9,10に係る
第5実施例ではリンク38により,図11,12に係る第6実施例ではラック棒3
9により,押えカバー34とばね35は実質的に一体に結合されている。このよう
に,実質的に一体に結合されているものについて,原告主張のような,「押えカバ
ーを専用のばねにて押し上げ原位置復帰を図る」ようにすることはあり得ない。な
ぜなら,上記実施例におけるリンク38やラック棒39に対して,ばね35の押し
上げ力と,原告主張の「専用のばね」の押し上げ力が同時に作用すると,それらの
ばね力の互いの影響により不要に複雑化するものであって,技術常識上そのような
構成を採用することは考えられない。実際に引用例には,専用のばねといったもの
については一切記載がない。
 
2 取消事由2(相違点(イ)の判断の誤り)に対して
 (1) 原告は,④のようにいうが,審決は,「弾性部材で復帰させる操作部材に
おいては,ガタを生じないよう,当該弾性部材の収縮を,常に弾力を蓄えた状態で
操作部材を支持する領域に設定することが慣用的に用いられる技術にすぎない」と
弾性部材,すなわちばねを操作部材に設定する際には弾力を蓄えた状態で設定する
ことが技術常識である点を指摘したものであり,カバー開閉式ICソケットと押し
ボタンスイッチとを対比しようとしているものではなく,原告のこの主張は失当で
ある。
 そして,レバーとカバーの負荷及び振動に起因するカムの変動によるコンタクト
の接触不全を避けなければならないことは明らかであるから,審決では,引用例に
おいて,カムの動きに直接影響するレバーのがたつきを防止するために,上記技術
常識に基づいて相違点(イ)に係る構成を採用することは,当業者が適宜になし得た
事項であると判断したのである。
 (2) 原告は,⑤のようにいうが,受圧レバー(操作レバー)とコンタクト開閉
カバー(押えカバー)とをばね拘束しつつ一体に上下動せしめ,コンタクトを開閉
する発想は,引用例(甲4)に既に記載されている事項である。
(3) 原告の⑥の主張は,引用例記載事項の誤った理解に基づくものである。
 (4) 原告の⑦の主張は,請求項1に係る発明を特定する事項に基づく主張では
なく,失当である。また,引用例(甲4)のものも,段落【0015】の記載から
わかるように,コンタクトのばね部を補完する機能を有するものである。
 3 取消事由3(相違点(ロ)の判断の誤り)に対して
 (1) 原告は,⑧のようにいうが,引用例(甲4)の段落【0025】及び【0
021】によれば,図7においても,「コンタクトピン5のばね部5bの弾性によ
り,その接触部5aはIC23のリード25と接触する」ものである。すなわち,
引用例(甲4)の図7の状態は,カム37とコンタクトピン5の従動部5cとは互
いに影響を及ぼさない状態にあるものと認められるものであり,原告の上記主張は
失当である。
 (2) 原告の⑨の主張も,上記と同様に,引用例(甲4)の図7の状態は,カム
37とコンタクトピン5の従動部5cとは互いに影響を及ぼさない状態にあるもの
と認められるものであるから,失当である。
 (3) 原告の⑩の主張は,根拠が不明である。引用例(甲4)の段落【002
5】には,「これらの図において,コンタクトピン5の従動部5cはへの字状の頂
点から,反IC収容部2側の辺に垂直な分岐5c1が突出されており,」との記載
があり,図7にもそれらしい分岐が描かれているが,分岐5c1がレバー36の回
動を阻止するストッパーであるとはどこにも記載がなく,そのような作用のストッ
パーと解すべき理由も見出せない。
 (4) 原告は,⑪のようにいうが,審決の引用例に対する理解は,段落【002
5】,【0021】及び図7の記載に沿ったものであり,誤りはない。
 (5) 原告の⑫の主張は,特に引用例(甲4)の段落【0015】,【002
1】及び【0025】の記載に反するもので,失当である。
 (6) 原告の⑬の主張も前記と同様の理由で失当である。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(一致点の認定)について
 (1) 原告は,本件発明1と引用例記載の発明との一致点について,審決が「上
記受圧レバーを上方へ押し上げ該押し上げ力にてコンタクト開閉カバーを押し上げ
る補圧ばねを設けた点で一致するものと認められる。」と認定した点につき,これ
を誤りであると主張する。
 原告は,その根拠として,引用例(甲4)の段落【0014】の記載を挙げ,引用
例記載の発明においては,押えカバーを専用のばねにて押し上げて原位置復帰を図
るという,従前の構成を採っているのであり,補圧ばねの蓄勢弾力で常時受圧レバ
ーを押し上げつつ,同蓄勢弾力でコンタクト開閉カバーを常時押し上げているとの
構成を欠如している旨主張する。
 (2) そこで,検討するに,引用例(甲4)の段落【0014】には,
「【課題を解決するための手段】本発明のICソケットは,・・・ベース部材
底面に対して進退可能に設けられ上方に向けてばね力を印加した押えカバーとを有
するソケットにおいて,・・・前記カムには前記押えカバーの圧下により前記カム
を回動させる操作レバーを取り付けたことを特徴とする。」
との記載がされている。このように,段落【0014】には押えカバーについて
「上方に向けてばね力を印加」との記載はあるが,押えカバーを押し上げるために
専用のばねを用いることについての記載はない。
 次に,引用例(甲4)の段落【0015】には,
「【作用】上記構成の本発明のICソケットにおいては,押えカバーを押し下
げると・・・着脱が可能である。ICを挿入した後,押えカバーに対する加圧を停
止すれば,押えカバー,操作レバーは,操作レバーに加わっている上方へのばね力
により,操作レバーは押し上げられ,カムは前記とは逆方向の回動をしコンタクト
ピンのばね部の弾性により,その接触部はICのリードと接触する。」
との記載がされ,これには,「上方へのばね力」との記載があって,前記の段落
【0014】の「上方に向けてばね力を印加」は,段落【0015】の「上方への
ばね力」を意味するものと認められる。
 また,引用例(甲4)には,実施例について,
「【0023】・・・図3は,本発明の第2の実施例のコンタクトピン前進時
の断面図,図4は・・・後退時の断面図である。これらの図において,操作レバー
36の先端と押えカバー34とはリンク38で連結されている。・・・押えカバー
34の動きが前記リンク38を介し操作レバー36に伝達されるほかは,第1の実
施例と同様の作用効果が得られる。」,
「【0026】・・・図9は,本発明の第5の実施例のコンタクトピン前進時
の断面図,図10は・・・後退時の断面図である。・・・作動レバー36はリンク
28を介して押えカバー34下面に連結されている。この実施例では,押えカバー
34の動きがリンク38を介して作動レバー36に伝達されるほかは,前記各実施
例と同様の作動がなされ同様の効果を得ることができる。」
との記載がされ,これには,操作レバー(作動レバー)36と押えカバー34が連
結され,押えカバー34の動きが作動レバー36に伝達されるものが示されてい
る。
 さらに,引用例(甲4)には,
「【0024】・・・図5は,本発明の第3の実施例のコンタクトピン前進時
の断面図,図6は・・・後退時の断面図である。・・・この実施例においては,押
えカバー34の動きがラック棒39,扇形歯車部36aを介して操作レバー36に
伝達されるほかは,前記各実施例と同様に作動し,同様の効果が得られる。」,
「【0027】・・・図11は,本発明の第6の実施例のコンタクトピン前進
時の断面図,図12は・・・後退時の断面図である。これらの図において,押えカ
バー34下面にラック棒39が垂下され,作動レバー36の先端には前記ラック棒
38と噛合する歯を有する扇形歯車部36aが設けられている。この実施例でも前
記各実施例と同様に作動し,同様の効果が得られる。」
との記載がされ,やはり,押えカバー34の動きが操作レバー36に伝達されるも
のが示されているところであるが,押えカバーを押し上げるために専用のばねを用
いることに関する記載は認められない。
 そうすると,引用例(甲4)には,押えカバーと操作レバー(作動レバー)との
間で動きを伝達することの記載はあっても,押えカバーを押し上げるための専用の
ばねについての記載はないのであるから,押えカバーを押し上げるための専用のば
ねが存在するとの原告の主張は,十分な根拠のないものというべきであり,審決
が,上記のように,本件発明1と引用例記載の発明との一致点について,「上記受
圧レバーを上方へ押し上げ該押し上げ力にてコンタクト開閉カバーを押し上げる補
圧ばねを設けた点で一致するものと認められる。」と認定した点に誤りがあるとい
うことはできない。
 (3) なお,原告は,引用例(甲4)の図1において,作動レバー36と押さえカ
バー34とが完全に離間している点を指摘するが,前記段落【0015】の記載,
図1以外の実施例である図3,5,7,9,11の記載などをも考慮すれば,図1
のみをもって審決の認定判断に誤りがあるとすることはできない。
(4) 以上のほか,原告の①~③の主張を仔細に検討しても,いずれも採用の限
りではない。
 2 取消事由2(相違点(イ)の判断の誤り)について
 (1) 審決は,相違点(イ)として,「本件発明1が「補圧ばねは常に弾力を蓄え
た状態で上記受圧レバーに押し上げ力を与え」るのに対し,引用例に記載された発
明では「ばね35」が,常に弾力を蓄えた状態で「作動レバー36」及び「カム3
7」に押し上げ力を与えているか否かは明記されていない点」と認定した上,「弾
性部材で復帰させる操作部材(例えば押しボタンスイッチ)においては,ガタを生
じないよう,当該弾性部材の収縮を,常に弾力を蓄えた状態で操作部材を支持する
領域に設定することが慣用的に用いられる技術にすぎないものであるので,この点
は当業者が適宜なし得た事項であると認められる。」と判断した。
(2) これに対し,原告は,押しボタンスイッチにおける慣用技術を本件発明1
におけるカバー開閉式ICソケットに容易に転用可能とすること自体に飛躍があ
り,さらにはカバー開閉式ICソケットにおいて,補圧ばねの蓄勢弾力をレバーに
付与し,かつレバーを介してカバーに付与する構成に容易に転用可能であるとする
根拠(その慣用技術)は全く示されておらず,上記判断は進歩性欠如の論拠に欠け
るものである旨主張する。
 検討するに,まず,審決の上記認定中,「弾性部材で復帰させる操作部材(例え
ば押しボタンスイッチ)においては,ガタを生じないよう,当該弾性部材の収縮
を,常に弾力を蓄えた状態で操作部材を支持する領域に設定することが慣用的に用
いられる技術」であるとの点に誤りはない(この点は原告も争う趣旨ではな
い。)。
 そこで,このような技術手段が弾性部材で復帰させる操作部材において慣用的に
用いられるものであるとすると,このような技術手段を,同じく弾性部材で復帰さ
せる操作部材を用いる引用例記載の技術に適用することは,その適用を阻害する特
段の事由が存在するというのでなければ,格別困難なものということはできない。
 原告は,容易に転用可能とすること自体に飛躍があり,さらには容易に転用可能
であるとする根拠は全く示されておらず,審決の上記判断は進歩性欠如の論拠に欠
けると主張するが,弾性部材で復帰させる操作部材という共通性のほか,慣用的に
用いられるという点に,その論拠が明確に示されているというべきである。
 原告は,また,カバー開閉式ICソケットにおいてこれを慣用技術とするのは失
当であるとも主張するが,審決は,カバー開閉式ICソケットにおいて慣用技術と
しているのではなく,一般的に弾性部材で復帰させる操作部材において慣用技術と
しているのであって,原告の上記主張は,審決の説示を正しく理解しないでする非
難であり,失当であるというほかない。
 (3) 原告は,また,受圧レバーとコンタクト開閉カバーとをばね拘束しつつ一
体に上下動せしめ,コンタクトを開閉する発想は,この種カバー開閉式ICソケッ
トにおいて従来皆無であり,予測だにされていない旨も主張する。
 検討するに,まず,受圧レバーとコンタクト開閉カバーとをばね拘束しつつ一体
に上下動せしめ,コンタクトを開閉するという点自体が,本件請求項1に記載のな
い事項である。
また,審決は,本件発明1の新規性の欠如をいうものではなく,進歩性を問題と
しているのであり,仮にこのような点がカバー開閉式ICソケットにおいて従来皆
無であるとしても,これが進歩性の判断に直ちに影響するものではない。
しかも,上記のように,引用例(甲4)の第2実施例(図3,4)及び第5実施例
(図9,10)では,リンク38によって操作レバー(作動レバー)36と押えカ
バー34とを連結するものが示され,第3実施例(図5,6)及び第6実施例(図
11,12)では,ラック棒39により押えカバー34と操作レバー(作動レバ
ー)36とで動きを伝達するものが示されている。
以上によれば,原告の上記主張は,採用することができない。
 (4) 原告は,本件発明1におけるカバーは,レバーと直接的に接し,ばね結合
(ばね拘束)しており,カバーの押し下げは,レバーにダイレクトに伝達される構
成であり,したがって,押し下げストロークを最小限にし,レバーの制御とコンタ
クトの制御を安定にすることができる差異を有するなどとも主張するが,押えカバ
ーと操作レバー(作動レバー)との当接については,審決は,相違点(ロ)に関して
判断しているところであって,相違点(イ)に関する問題ではない。
 (5) 原告は,本件発明1における補圧ばねは,コンタクトが有するばね部の復
元による接触を補完する手段として機能するものであり,押しボタンスイッチにお
けるばねのごとく,押しボタンを単に復帰せしめる慣用技術の採用には当たらない
ものであるとの趣旨を主張する。
 しかし,本件請求項1には,「接触を補完する手段」との記載はなく,結局,原
告の上記主張は,本件請求項1の記載に基づくものでなく,根拠がないというほか
ない。なお,引用例(甲4)に記載のものは,押えカバーに対する加圧を停止すれ
ば,上方へのばね力により操作レバーは押し上げられ,コンタクトピンのばね部の
弾性により,その接触部はICのリードと接触するものであり,引用例のばね35
も接触を補完するものであるということもでき,接触を補完する手段として機能す
るばねを有する点で,本件発明1と引用例記載のものとが相違するということもで
きない。いずれにしても,原告の上記主張も採用することができない。
 (6) その他,原告が主張する④~⑦の点を精査しても,いずれも採用すること
ができない。
 3 取消事由3(相違点(ロ)の判断の誤り)について
 (1) 審決は,相違点(ロ)として,「本件発明1が「(受圧レバーに与えられ
た)押し上げ力にて受圧レバーがコンタクト開閉カバーを押し上げる構成」にして
いるのに対して,引用例に記載された発明では,作動レバー36が押さえカバー3
4を押し上げるのか否かは明記されていない点。」と認定した上,「引用例の第7
図に「押えカバー34」に,復帰位置においても,「操作レバー36」が当接する
ような長さの「ばね35」を用いることが示されており,したがって,これらの構
成により,「操作レバー36」に与えられた押し上げ力にて「操作レバー36」が
「押えカバー34」を復帰位置まで押すように構成することは当業者が容易になし
える程度の事項にすぎないものと認められる。したがって,本件発明1は,・・・
特許を受けることができないものである。」と判断した。
 (2) 原告は,上記判断は誤りであると主張し,その根拠として,引用例(甲
4)の図7のばね35は,もし仮に弾力を蓄えているとしても,蓄勢弾力がレバー
36とカム37を介してコンタクトピン5の従動部5cを押し下げる力として作用
し,したがって,コンタクトピン5を接触解除方向に後退せしめる力として作用す
ることとなり,むしろコンタクトピン5の接触不全を誘発する有害要素として働く
構成となっており,これはコンタクトの接触不全を解決する本件発明1の発想とは
逆行する発明思想であること,引用例(甲4)のばね35に蓄勢弾力があり,この
蓄勢弾力を保有した状態でカバー34に衝接していると仮定するならば,この衝接
位置によっては更なる接触不全を招来すること,引用例(甲4)のレバー36は段
落【0025】に記載するストッパー(分岐5c1)によって,それ以上の上方回
動を阻止する構造となっており,ばね35の蓄勢弾力は,レバー36を介してカバ
ー34に絶対に伝わらない構造となっており,本件発明1とは相反する構造となっ
ていることを主張する。
 そこで,検討するに,審決は,引用例(甲4)の図7の実施例を,復帰位置におい
ても「押えカバー34」に「操作レバー36」が当接するような長さの「ばね3
5」を用いることの例示としているのであり,コンタクトピンの接触不全に関する
発明思想,カバー34との衝接位置及びばね35の蓄勢弾力を伝える構造について
示しているのではない。よって,原告の主張は,審決に記載のない点について,審
決を離れて主張するものであり,失当であるというほかない。なお,引用例(甲4)
には,図7及び図8の第4の実施例について,蓄勢弾力がコンタクトピン5を接触
解除方向に後退せしめる力として作用するとの記載はなく,カバー34との衝接位
置についての記載や分岐5c1がストッパーであるとの記載もされていない。よっ
て,原告の上記主張には,十分な根拠も認められない。
 (3) 原告は,引用例(甲4)の図7は,作図上,たまたまレバー36をカバー
34に接する図にしたのであり,この接する図にした技術的意義は全くなく,明細
書中にも一切の言及もなく,引用例(甲4)に明記するように,ばね35は,レバ
ー36を原位置に復帰せしめるばね手段として設けているのであり,その限りにお
いて公知例(慣用技術)を理解すべきである旨も主張する。
 検討するに,引用例(甲4)の図7において,レバー36はカバー34に接するよ
うに描かれている(この点は原告も争わない。)。この図7のような構造にしたこ
と自体について,明細書中に特記されていないとしても,そのことをもって,上記
構造が技術的意義を有しないものであるということはできず,引用例(甲4)の段
落【0025】,【0015】,【0021】などの記載によれば,図7の実施例
のばね35は,レバー36を原位置に復帰せしめるばね手段として設けているとと
もに,レバー36がカバー34に接する構造であるものと認めることができる。そ
うすると,審決が相違点(ロ)の判断において,「引用例の第7図に「押えカバー3
4」に,復帰位置においても,「操作レバー36」が当接するような長さの「ばね
35」を用いることが示されており」説示した点に,誤りがあるものとは認められ
ない。
 (4) その他,原告が主張する⑧~⑬の点を精査しても,いずれも採用すること
ができない。
 4 結論
 以上のとおり,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく,その他審決には
これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
 よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判
決する。
東京高等裁判所第18民事部
     裁判長裁判官      永   井   紀   昭
           裁判官      塩   月   秀   平
           裁判官      田   中   昌   利
【別紙】 審決の理由
平成11年審判第15541号事件,平成12年11月28日付け審決
(下記は,上記審決の理由部分について,文書の書式を変更したが,用字用語の点
を含め,その内容をそのまま掲載したものである。)
理 由
1.手続の経緯、本願発明
 本願は、平成10年2月4日に出願されたものであり、本願発明は、平成11年10月
21日付手続補正書で明瞭でない記載の釈明を目的として補正された明細書および図
面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1~3に記載されたとおりの次の
ものと認める。
「【請求項1】ICパッケージの外部接点に接触すべくソケット本体に列設された
コンタクトと、該ソケット本体の上部に上下動可能に設けられたコンタクト開閉カ
バーと、該コンタクト開閉カバーの下降操作により下方へ押し下げられて上記コン
タクトをその弾力に抗し後方変位せしめ接触解除状態を形成する受圧レバーとを備
え、上記コンタクト開閉カバーの下降操作解除時に上記コンタクトがその復元力で
前方変位し上記外部接点に加圧接触するようにしたICソケットにおいて、上記受
圧レバーに上方への押し上げ力を与える補圧ばねを設け、該補圧ばねは常に弾力を
蓄えた状態で上記受圧レバーに押し上げ力を与え、該押し上げ力にて受圧レバーが
コンタクト開閉カバーを押し上げる構成にしたことを特徴とするICソケット。
【請求項2】上記受圧レバーがコンタクトとは別部品からなることを特徴とする請
求項1記載のICソケット。
【請求項3】上記受圧レバーがコンタクトと一体に打抜かれて形成されていること
を特徴とする請求項1記載のICソケット。」
  
2.引用例
 これに対し、原査定の拒絶の理由に引用された特開平7-161422号公報(以下
「引用例」という。)には、ICソケットに関して、第1~16図と共に以下の事項
が記載されている。
(1)「ICパッケージの収容部を有するベース部材と、前記収容部の少なくとも
2辺に沿って前記ベース部材に多数植立されたコンタクトピンと、前記ベース部材
底面に対して進退可能に設けられ上方に向けてばね力を印加した押えカバーとを有
するソケットにおいて、前記コンタクトピンには前記ベース部材に固定されるベー
スと、このベースに連接し前記収容部に向けての弾性を具えるばね部と、このばね
部を介して前記ベースに連接し前記収容部側の端部に接触部を有する従動部と、前
記コンタクトピンの列と平行な軸を中心として回動され前記従動部と協動して前記
接触部のICリードに対する動きを制御するカムとを具え、前記カムには前記押え
カバーの圧下により前記カムを回動させる操作レバーを取り付けたことを特徴とす
るICソケット。」(【特許請求の範囲】)、
(2)「上記構成の第1の実施例において、図1の状態において押えカバー35を押
し下げると操作レバー36が押し下げられてカム37が回動し、コンタクトピン5の従
動部5cがカム37の斜辺に持ち上げられて、接触部5aを後退させる。」(第4頁左欄
段落【0019】)、
(3)「押えカバー34を押し下げた状態では、コンタクトピンが開いた状態を保持
しているため、IC23のIC収容部2に対する着脱が可能である。ICを挿入した
後、押えカバー34に対する加圧を停止すれば、ばね35によって操作レバー36に加わ
っている上方へのばね力により、操作レバー36は押し上げられ図1の状態に戻り、
カム37は前記とは逆方向の回動をしコンタクトピン5のばね部5bの弾性により、そ
の接触部5aはIC23のリード25と接触する。」(第4頁左欄段落【0021】)、
(4)「図1~図6と同一部分には同一符号を付した図7は、本発明の第4の実施
例のコンタクトピン前進時の断面図、図8は前記実施例のコンタクトピン後退時の
断面図である。これらの図において、コンタクトピン5の従動部5cはへの字状の頂
点から、反IC収容部2側の辺に垂直な分岐5c1が突出されており、カム37は前記
第1~第3の実施例とは逆向き、すなわち変形五角形の頂点を下にして設置されて
いる。この実施例においては、押えカバー34の押圧によって従動部5c上面に当接し
ているカム37が回動され、これによってコンタクトピン5の接触部5aが後退され
る。」(第4頁右欄段落【0025】)、
  
3.対比
 上記本件請求項1に係る発明(以下「本件発明1」という。)と引用例に記載され
た発明とを対比すると、引用例の「ICリード25」、「ソケット本体1」、「コン
タクトピン5」、「押さえカバー34」、「ばね35」は、本件発明1の「ICパッケ
ージの外部接点」、「ソケット本体」、「コンタクト」、「コンタクト開閉カバ
ー」、「補圧ばね」に相当するものと認められ、また、引用例の「作動レバー36」
及び「カム37」からなる部材は、「押えカバー34」の下降操作により下方へ押し下
げられて「コンタクトピン5」をその弾力に抗して後方変位せしめ接触解除状態を
形成するので、本件発明1の「受圧レバー」に相当するものと認められる。
 したがって、両者は、「ICパッケージの外部接点に接触すべくソケット本体に
列設されたコンタクトと、該ソケット本体の上部に上下動可能に設けられたコンタ
クト開閉カバーと、該コンタクト開閉カバーの下降操作により下方へ押し下げられ
て上記コンタクトをその弾力に抗し後方変位せしめ接触解除状態を形成する受圧レ
バーとを備え、上記コンタクト開閉カバーの下降操作解除時に上記コンタクトがそ
の復元力で前方変位し上記外部接点に加圧接触するようにしたICソケットにおい
て、上記受圧レバーを上方へ押し上げ該押し上げ力にてコンタクト開閉カバーを押
し上げる補圧ばねを設け」た点で一致するものと認められる。
 一方、両者は以下の点で相違する。
(イ)本件発明1が「補圧ばねは常に弾力を蓄えた状態で上記受圧レバーに押し上げ
力を与え」るのに対し、引用例に記載された発明では「ばね35」が、常に弾力を蓄
えた状態で「作動レバー36」及び「カム37」に押し上げ力を与えているか否かは明
記されていない点。
(ロ)本件発明1が「(受圧レバーに与えられた)押し上げ力にて受圧レバーがコン
タクト開閉カバーを押し上げる構成」にしているのに対して、引用例に記載された
発明では、作動レバー36が押さえカバー34を押し上げるのか否かは明記されていな
い点。
 そこで、上記相違点について検討すると、
(イ)の点に関しては、弾性部材で復帰させる操作部材(例えば押しボタンスイッ
チ)においては、ガタを生じないよう、当該弾性部材の収縮を、常に弾力を蓄えた
状態で操作部材を支持する領域に設定することが慣用的に用いられる技術にすぎな
いものであるので、この点は当業者が適宜なし得た事項であると認められる。
 また、(ロ)の点に関しては、引用例の第7図に「押えカバー34」に、復帰位置に
おいても、「操作レバー36」が当接するような長さの「ばね35」を用いることが示
されており、したがって、これらの構成により、「操作レバー36」に与えられた押
し上げ力にて「操作レバー36」が「押えカバー34」を復帰位置まで押すように構成
することは当業者が容易になしえる程度の事項にすぎないものと認められる。
 したがって、本件発明1は、引用例に記載された発明と当業者が適宜採用するこ
とができる慣用技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであ
り、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
  
4.むすび
 以上より、本願は、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、特許を
受けることができない。
 よって、結論のとおり審決する。
         平成12年11月28日

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