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裁判例


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平成12年(行ケ)第370号 特許取消決定取消請求事件(平成13年5月16
日口頭弁論終結)
          判           決
       原      告   トキワケミカル工業株式会社
       原      告   東海興業株式会社
       両名訴訟代理人弁理士 岡田英彦
       同          池田敏行
       同          岩田哲幸
       同          中村敦子
      被      告   特許庁長官 及 川 耕 造
       指定代理人   大島祥吾
       同          神崎 潔
       同          大野覚美
       同          宮川久成
          主           文
      原告らの請求を棄却する。
      訴訟費用は原告らの負担とする。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告ら
   特許庁が平成10年異議第76149号事件について平成12年7月28日
にした決定を取り消す。
   訴訟費用は被告の負担とする。
 2 被告
   主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告らは、名称を「車両のフロントガラス用モールディング」とする特許第
2769112号発明(以下「本件特許発明」という。)の特許権者である。な
お、上記特許は、昭和61年6月27日にされた実用新案登録出願(実願昭61-
98764号、以下「原原出願」という。)が昭和63年4月15日に特許出願
(特願昭63-93162号、以下「原出願」という。)に変更され、その出願の
一部を分割して平成6年8月3日にされた新たな特許出願(特願平6-18242
5号)に係り、平成10年4月10日に設定登録されたものである。
   上記特許につき特許異議の申立てがされ、平成10年異議第76149号事
件として特許庁に係属したところ、原告らは、平成12年2月8日に明細書の特許
請求の範囲及び発明の詳細な説明の各記載を訂正する旨の訂正請求をした(以下、
この訂正請求に係る訂正を「本件訂正」という。)。
   特許庁は、同特許異議の申立てにつき審理した上、平成12年7月28日、
「訂正を認める。特許第2769112号の特許を取り消す。」との決定(以下
「本件決定」という。)をし、その謄本は同年9月4日原告らに送達された。
 2 本件訂正後の本件特許発明の要旨
  車体パネルとフロントガラスとの間に介装されたモールディングであって、
 前記モールディングは、合成樹脂等により長尺の帯状をなしかつ前記フロン
トガラスの上縁部から左右両側部にわたって一体に連続するとともに、頭部と脚部
とを一体に備え、
 前記フロントガラスの上縁部では雨水受部がなく左右両側部では雨水受部を
形成するために、前記頭部の頂面は、前記フロントガラスの上縁部ではガラス前面
に近接し、同フロントガラスの左右両側部ではガラス前面に離反しており、
 しかも、前記モールディングの左右両側部、上縁部及びコーナー部のうち左
右両側部及び上縁部において、その頭部が前記フロントガラスのガラス前面と略平
行する所定角度の姿勢を保って前記車体パネルとフロントガラスとの間に介装され
ており、
 さらに、前記モールディングの脚部の先端面から頭部の頂面までの高さ寸法
において、左右両側部の高さ寸法よりも上縁部の高さ寸法が小さくなっていること
を特徴とする車両のフロントガラス用モールディング。
 3 本件決定の理由
   本件決定は、別添決定謄本写し記載のとおり、①本件訂正は、明りょうでな
い記載の釈明を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請
求の範囲を拡張又は変更するものでもないから、本件訂正に係る訂正請求を認容す
るとして、本件特許発明の要旨を本件訂正後の特許請求の範囲の記載のとおり認定
した上、②本件特許発明は、原出願及び原原出願の願書に添付された明細書(以
下、それぞれ「原出願明細書」、「原原出願明細書」という。)の記載の範囲外の
事項を含むものであるから、出願日の遡及は認められず、本件特許出願日は平成6
年8月3日であるとし、③本件特許発明は、特開平1-269612号公報(本訴
甲第8号証)に記載された発明であって、特許法29条1項3号に規定する発明に
該当するものであり、その特許は、同法113条1項2号に該当するものとして取
り消されるべきであるとした。
第3 原告ら主張の本件決定取消事由
 1 本件決定の理由中、本件訂正に係る訂正請求についての判断(決定謄本3頁
3行目~18行目)、本件特許発明の要旨の認定(同3頁20行目~38行目)は
認める。
 本件決定は、本件特許発明が、原出願明細書及び原原出願明細書に記載され
ていないとの誤った認定をし(取消事由)、本件出願日の遡及を認めなかったた
め、本件特許発明の新規性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消され
るべきである。
 2 取消事由(原原出願明細書及び原出願明細書の記載事項に係る認定判断の誤
り)
 (1) 原原出願明細書について
    本件決定は、「原原出願明細書で開示されているのは、『上部支持突片と
下部支持突片』とを備えた『一種類の断面形状よりなるモールディング』を一旦形
成した後、フロントガラスの上方に対応する部分ではその下部支持突片部を切除し
て、モールディングの高さ寸法を小さくするという考え方である。・・・一方、本
件発明でいう、『モールディングの脚部の先端面から頭部の頂面までの高さ寸法に
おいて、左右両側部の高さ寸法よりも上縁部の高さ寸法が小さくなっている』
(注、以下「本件寸法構成」という。)モールディングには、・・・もともと単一
の支持突片のみを備え、頭部と支持突片との間の距離を変えることにより、高さ寸
法が異なる状態に形成されるモールディングも包含されることになるのは明かであ
り、・・・本件特許発明を、原原出願明細書に記載されていたものとすることはで
きない」(決定謄本4頁35行目~5頁16行目)と認定判断するが、誤りであ
る。
    物の発明において、その物が明細書に開示されているか否かの判断は、明
細書に記載されている物の製造方法の実施例に限定して行うのではなく、その物自
体が明細書に記載されているか否かで判断しなければならない。ところが、本件決
定の原原出願明細書の記載事項の認定は、フロントガラス用モールディングの製造
方法の一実施例の記載に基づくものにすぎない。
    すなわち、原原出願明細書(甲第4号証)の考案の詳細な説明の「考案が
解決しようとする問題点」欄の「フロントのガラス用モールディングにおいては、
ウィンド硝子の左右の側部モールと上方の上部モールとが別個の断面形状で成形さ
れたモールディングを一種類のモールディングによって硝子を挟持できれば大変に
作業性がよく、美麗に仕上がることができ、且つコーナー継手が不要とすることに
よって、体裁の優れた強固なモールディングを得ようとするものである」(3頁1
1行目~18行目)との記載にあるとおり、原原出願明細書には、「側部モールと
上部モールとが別個の断面形状で成形された一種類のモールディング」が記載され
ていることが明確に理解され、この記載は、本件特許発明を示すものにほかならな
い。
    そして、同「問題点を解決するための手段」欄には、「この考案のモール
ディングは、上述の問題点をすべて解決するために、フロントの左右の側面モール
(10)(10)には上部支持突片(4)と下部支持突片(6)との間に硝子を挿
嵌させ、フロントの上部モール(11)には、上部支持突片(4)を残して下部の
切断部(8)より下部を切除し、モール頭部(2)と上部支持突片(4)との間に
硝子の縁部を挿嵌させることによって、一種類のモールディングを以って、上記目
的の達成を計っている」(4頁2行目~10行目)との記載があるが、これは、上
記のようなモールディングを得る技術の一実施例として示されているものにすぎな
い。
    さらに、原原出願の実用新案登録出願日である昭和61年6月27日以前
において、長尺の押出成形品の横断面形状を成形後に切除する方法以外の方法で変
化させる技術は、実開昭59-83519号公報(甲第9号証)、特開昭59-7
0528号公報(甲第10号証)、特開昭59-114040号公報(甲第11号
証)及び特開昭59-182722号公報(甲第12号証)に記載されているよう
に周知であったから、原原出願明細書には、本件寸法構成を得るための技術とし
て、一種類の断面形状から成るモールディングを成形した後、上部モール部分の下
部支持突片を切除するという上記実施例の方法以外の方法も実質的に記載されてい
るということができる。
    また、実用新案登録請求の範囲に記載する事項は出願人の裁量に任されて
いるのであるから、原原出願明細書の実用新案登録請求の範囲に「一種類の断面形
状で成形され、上部モール部分では上部支持突片を切除したモールディング」と記
載されているとしても、原原出願明細書に当該モールディングしか記載されていな
いという理由にはならないというべきである。
 (2) 原出願明細書について
    本件決定は、原出願明細書について、「原明細書においては、・・・モー
ルディング上部支持突片の下部における切断部によって、モールディングの下部を
除去するものの他に、モールディング下部が切除されないで利用されうることも示
唆されているといえるが、その場合においては、『モールディングの脚部の先端面
から頭部の頂面までの高さ寸法において、左右両側部の高さ寸法よりも上縁部の高
さ寸法が小さくなっている』構成(注、本件寸法構成)を備えてはいないことにな
る。したがって、当該原出願の明細書及び図面に、本件特許発明が記載されている
とみることも適切とはいえない」(決定謄本5頁25行目~33行目)と認定判断
するが、誤りである。
    まず、上記(1)で引用した原原出願明細書の記載は、原出願明細書の記載と
ほぼ同じであるから、原出願明細書に本件特許発明が記載されている理由は、上
記(1)で主張したところと同じである。
    加えて、原出願明細書(甲第5号証)には、「第5図に示す如く、挿入脚
部(3)の下方の切断部(8)より切除したり、または、切除しないでモールディ
ング本体(1)の該上部支持突片(4)とモール頭部(2)との間の該雨水受溝
(5)に硝子パネル(12)の上部端縁を挿嵌してフロント硝子(12)を張着す
るものである」(6頁4行目~9行目)との記載があるところ、この記載は、本件
寸法構成を得るために、挿入脚部の下方の切断部から切除する技術を用いてもよい
し、切除しない周知の他の技術を用いてもよいという意味であって、原出願明細書
に記載された本件寸法構成を備えるモールディングが前者の方法によって製造され
たものに限定されないことは明らかである。
    したがって、モールディング下部を切除しないものが本件寸法構成を備え
ないとする本件決定の上記認定は誤りである。
 (3) 以上のとおり、原原出願明細書及び原出願明細書のいずれにも、本件特許
発明が記載されているから、本件特許出願日は原原出願のされた昭和61年6月2
7日に遡及するというべきであり、平成元年10月27日に公開された刊行物(甲
第8号証)に基づいて本件特許発明の新規性を否定した本件決定の判断は誤りに帰
するというべきである。
第4 被告の反論
 1 本件決定の認定判断は正当であり、原告ら主張の取消事由は理由がない。
 2 取消事由(原原出願明細書及び原出願明細書の記載事項に係る認定判断の誤
り)について
 (1) 原原出願明細書について
 原告らは、原原出願明細書(甲第4号証)の「フロントのガラス用モール
ディングにおいては、ウィンド硝子の左右の側部モールと上方の上部モールとが別
個の断面形状で成形されたモールディングを一種類のモールディングによって硝子
を挟持できれば大変に作業性がよく・・・」(3頁11行目~18行目)等の記載
を根拠に、原原出願明細書には、「側部モールと上部モールとが別個の断面形状で
成形された一種類のモールディング」が記載されている旨主張するが、「この考案
のモールディングによれば、1種類の断面形状よりなるモールディングを以って左
右の雨水受溝付の側面モールと、上方の雨水受溝の無い上部モールを容易に構成し
て・・・上部支持突片の下部の切断部によって、下部を切除したものを用いるの
で、・・・コーナーが綺麗に仕上がる効果がある」(6頁11行目~7頁5行目)
との原原出願明細書の記載も併せ考慮すれば、原告らの引用する上記記載にいう
「左右の側部モールと上方の上部モールとが別個の断面形状で成形されたモールデ
ィング」は従来技術を示す記載と解すべきものである。すなわち、原原出願明細書
には、「左右の側部モールと上方の上部モールとが別個の断面形状で成形された」
従来のモールディングに代わるものとして、「一種類の断面形状で成形され、上部
モール部分では下部支持突片を切除したモールディング」が記載されているにとど
まるというべきであり、このことは、原原出願明細書の実用新案登録請求の範囲に
「前記モールディング本体は、フロントの左右の側面モールには、上部支持突片と
下部支持突片との間に硝子を挿嵌し、且つフロントの上方の上部モールには該上部
支持突片の下部における切断部によって下部を切除し、該モール頭部と上部支持突
片との問に硝子を挿嵌した事を特徴とする車輌のフロント硝子用モールディング」
と記載されていることからも明らかである。
 仮に、原告らの主張するように「側部モールと上部モールとが別個の断面
形状で成形された一種類のモールディング」が原原出願明細書に記載されていると
しても、そこに示されているのは、上部支持突片と下部支持突片とを備えた「一種
類の断面形状よりなるモールディング」をいったん成形した後、上部モール部分で
はその下部支持突片部を切除して、モールディングの高さ寸法を小さくするという
技術思想にとどまる。原原出願明細書は、それ以外の方法によって本件寸法構成を
得ることまで記載されているものではなく、かつ、それが当業者にとって自明の事
項であるということもできない。
 (2) 原出願明細書について
 原告らは、原出願明細書(甲第5号証)の「第5図に示す如く、挿入脚部
(3)の下方の切断部(8)より切除したり、または、切除しないでモールディン
グ本体(1)の該上部支持突片(4)とモール頭部(2)との間の該雨水受溝
(5)に硝子パネル(12)の上部端縁を挿嵌してフロント硝子(12)を張着す
るものである」(6頁4行目~9行目)との記載は、本件寸法構成を得るために、
挿入脚部の下方の切断部から切除する技術を用いてもよいし、切除しない周知の他
の技術を用いてもよいという意味である旨主張する。しかし、同明細書の特許請求
の範囲の「該挿入脚部には片側に上部支持突片と下部支持突片とを形成した車輌の
フロント硝子用モールディングにおいて、前記モールディング本体は、フロントの
左右側部モールには、上部支持突片と下部支持突片との間の硝子嵌入溝に硝子パネ
ルの左右の端縁を挿嵌し、且つフロントの上方の上部モールでは、該モール頭部と
該上部支持突片との間に設けた雨水受溝に硝子パネルの上端縁を挿嵌した」(1頁
6行目~14行目)との記載、「発明の効果」欄の「一種類の断面形状よりなるモ
ールディングを以て左右の雨水受溝付の側部モールと、上方の雨水受溝の無い上部
モールを容易に構成して硝子を張着できる」(6頁11行目~15行目)、「必要
に応じて該上部支持突片の下部を切除したことによってコーナー部分の屈曲も容易
に曲げられてコーナーが綺麗に仕上がると共に、車体パネルの浅い場所にも容易に
装着できる効果がある」(7頁2行目~7行目)との記載に照らせば、原告らの引
用する上記記載が、本件寸法構成を得るために挿入脚部の下方を切除する以外の方
法まで開示するものでないことは明らかである。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由(原原出願明細書及び原出願明細書の記載事項に係る認定判断の誤
り)について
 (1) 原出願明細書(甲第5号証)に本件特許発明が記載されているかどうかに
ついて検討するに、原出願明細書の全記載を通じて、本件寸法構成の文言に沿う形
で直接言及している記載はないものの、上部モールと側部モールの構成に関して、
以下の記載があることが認められる。
   ア「特許請求の範囲・・・該挿入脚部には片側に上部支持突片と下部支持
突片とを形成した車輌のフロント硝子用モールディングにおいて、前記モールディ
ング本体は、フロントの左右側部モールには、上部支持突片と下部支持突片との間
の硝子嵌入溝に硝子パネルの左右の端縁を挿嵌し、且つフロントの上方の上部モー
ルでは、該モール頭部と該上部支持突片との間に設けた雨水受溝に硝子パネルの上
端縁を挿嵌した」(明細書1頁4行目~14行目)
   イ「(産業上の利用分野)この発明・・・の目的とする所は、一種類のモー
ルディングを以って側部モールと上部モールとの両方の役目を果すための車輌のフ
ロント硝子用モールディングに関するものである。」(同1頁18行目~2頁4行
目)
   ウ「(従来の技術)・・・これ等のフロントのモールディングは、左右のモ
ールと上部のモール及びコーナー継手の三種類の部品によって構成される構造とな
っている。従って、この種のフロントに装着されているモールディングは、コーナ
ー部においては、コーナー継手によって外観が不体裁となると共に、継手部分が容
易に破損しやすい欠点がある。」(同2頁5行目、2頁19行目~3頁6行目)
   エ「(発明が解決しようとする問題点)フロントの硝子用モールディングに
おいては、ウィンド硝子の左右の側部モールと上方の上部モールとが別個の断面形
状で成形されたモールディングを一種類のモールディングによって硝子を挟持でき
れば大変に作業性がよく、美麗に仕上がることができ、且つコーナー継手が不要と
することによって、体裁の優れた強固なモールディングを得ようとするものであ
る。」(同3頁8行目~16行目)
   オ「(問題点を解決するための手段)この発明のモールディングは、上述の
問題点をすべて解決するために、フロントの左右の側部モール(10)(10)に
は上部支持突片(4)と下部支持突片(6)との間に硝子パネルの左右の端縁を挿
嵌させ、フロントの上部モール(11)では、モール頭部(2)と該上部支持突片
(4)との間に設けた雨水受溝(5)に硝子パネル(12)の上縁部を挿嵌したこ
とによって、一種類のモールディングを以って、上記目的の達成を計っている。」
(同3頁19行目~4頁8行目)
   カ「(実施例)・・・モールディング本体(1)は・・・その上部に露出す
るモール頭部(2)と、隙間に挿着する挿入脚部(3)とを一体的に形成する。前
記挿入脚部(3)の片側に上部支持片(4)を突設して該モール頭部(2)との間
に雨水を受け流す雨水受溝(5)を形成する。この上部支持突片(4)の下方に水
平の下部支持突片(6)を突設してその間に硝子嵌入溝(7)を形成せしめてあ
る。符号(8)は、上部モール部分において該上部支持突片(4)の下方位置を切
断する個所を示すものである。」(同4頁9行目~5頁2行目)
   キ「(作用)・・・コーナーの部分を境として上部モール(11)の部分
は、第5図に示す如く、挿入脚部(3)の下方の切断部(8)により切除したり、
または、切除しないでモールディング本体(1)の該上部支持突片(4)とモール
頭部(2)との間の該雨水受溝(5)に硝子パネル(12)の上部端縁を挿嵌して
フロント硝子(12)を張着するものである。」(同5頁13行目、6頁2行目~
9行目)
   ク「(発明の効果)以上のように、この発明のモールディングによれば、
一種類の断面形状よりなるモールディングを以て左右の雨水受溝付の側部モール
と、上方の雨水受溝の無い上部モールを容易に構成して硝子を張着できる効果と、
従来の様にモールディングのコーナー継手部を使用する必要がなく、表面が大変に
綺麗で外観の優れた仕上がりとなる効果がある。・・・また、必要に応じて該上部
支持突片の下部を切除したことによってコーナー部分の屈曲も容易に曲げられてコ
ーナーが綺麗に仕上がると共に、車体パネルの浅い場所にも容易に装着できる効果
がある。」(同6頁10行目~7頁6行目)
 (2) 以上の認定に基づいて判断するに、まず、原告らは、上記キの記載は、本
件寸法構成を得るために、挿入脚部の下方の切断線から切除する技術を用いてもよ
いし、切除しない周知の他の技術を用いてもよいという意味である旨主張するが、
上記キの記載自体において、原告らの主張するような「本件寸法構成を得るため」
という目的を示す記載はない上、その前後の記載を通じて、これを根拠づける記載
も見当たらない。むしろ、上記オ、カの記載に照らせば、上記キでいう「挿入脚部
の下方を切除しない」実施例を採用し得るとの意味は、上部モール部分において
は、雨水受溝を硝子挿嵌部として用いるために、下部支持突片は使用されない不要
な構成となるが、これを切除することなくそのまま放置しても構わないという趣旨
をいうにとどまるというべきである。
    また、原告らは、長尺の押出成形品の横断面形状を成形後に切除する方法
以外の方法で変化させる技術が周知である旨主張するが、当該技術自体は周知であ
るとしても、そもそも横断面形状を変化させるという前提が記載されていない以
上、当該周知技術を用いて本件寸法構成を得ることが実質的に記載されているとい
うことはできない。
    よって、原告らの上記主張は採用することができない。
 (3) 次に、原告らは、上記エの記載等を根拠として、原出願明細書には、「側
部モールと上部モールとが別個の断面形状で成形された一種類のモールディング」
が記載されているのであるから、本件寸法構成を備えた本件特許発明が記載されて
いる旨主張するので、以下判断する。
    上記エの「左右の側部モールと上方の上部モールとが別個の断面形状で成
形された・・・一種類のモールディング」との記載は、それ自体を文字どおりに解
すれば、本件寸法構成を含むより広い概念として記載されたものと解する余地もあ
り、原告らの上記主張はこの趣旨をいうものと理解される。
    しかし、上記エの記載は、「発明が解決しようとする問題点」欄に記載さ
れているように、その発明の意図する目的に関しての記載にとどまるところ、その
目的を実現するための具体的な手段としては、上記ア、オ、カの記載から明らかな
ように、側部モール部分では上部支持突片と下部支持突片との間に硝子パネルの上
縁端を挿嵌させるとともに、上部モール部分ではモール頭部と上部支持突片との間
の雨水受溝に硝子パネルの左右端縁を挿嵌させたモールディングを採用することが
記載されているにすぎない。そして、これらの記載に願書添付図面第3~第5図の
図示を総合すれば、原出願明細書に記載されているモールディングは、上部モール
部分も側部モール部分も、同じ「モール頭部」、「雨水受溝」、「上部支持突
片」、「下部支持突片」という各構成部分を有する共通した断面構成を有するもの
として成形することを前提としつつ、上部モール部分における硝子の挿嵌位置をモ
ール頭部と上部支持突片の間の雨水受溝とする一方、側部モール部分における硝子
の挿嵌位置を上部支持突片と下部支持突片の間とするという機能面での使い分けを
通じて、上記目的を達成するものであるというべきである。そして、その実施例と
して記載されている「上部モール部分の挿入脚部の下方を切除しない」ものが、単
に、使用されない下部支持突片を切除することなくそのまま放置されたものをいう
にすぎないことは前示のとおりであるから、これが「別個の断面形状」を有するも
のといえないことは明らかである。そうすると、側部モールと上部モールとが「別
個の断面形状」を有するものとして原出願明細書に記載されているものは、上部モ
ール部分の挿入脚部の下方を切除したものであると認めるのが相当である。
    上記のとおり解すべきことは、上記クの「発明の効果」の欄の記載にも沿
うものである。すなわち、上記ク記載のとおり、原出願明細書記載の発明が「一種
類の断面形状よりなるモールディングを以て」雨水受溝のある側部モールと雨水受
溝のない上部モールを容易に構成することができるという効果を述べるとともに、
「必要に応じて該上部支持突片の下部を切除したこと」によって、上記の効果のほ
かに、コーナー部の屈曲が容易になる等の効果が奏されることが記載されており、
この記載は、いったん一種類の断面形状のものとして成形したモールディングを前
提としつつ、そのいわばバリエーションとして、一部を切除する方法を示す趣旨に
解されるものである。
    以上によれば、原出願明細書に記載されている「別個の断面形状」を備え
たモールディングは、いったん一種類の断面形状のものとして成形した上で、上部
モール部分の挿入脚部の下方を切除した物を意味するというべきである。
 (4) そこで、進んで、上記の「上部モール部分で挿入脚部の下方を切除した」
実施例の記載が、本件寸法構成を備える本件特許発明の記載といえるかどうかにつ
いて検討する。
    まず、上記実施例として記載のモールディングは、側部モール部分の高さ
寸法よりも、挿入脚部の下方が切除された上部モール部分の高さ寸法の方が必然的
に小さくなっていると解されるから、上記実施例の記載は、形式的には、本件寸法
構成を示しているということはできる。
    しかし、上記実施例記載のモールディングは、いったんは一種類の断面形
状を有するものとして成形されたモールディングの一部を切除した物であるから、
側部モールの雨水受溝と上部モールの硝子挿嵌部とが同一形状のものであり、か
つ、下部支持突片が側部モールと上部モールの境となるコーナーの部分で切断され
た形状となることは明らかである。これに対し、本件寸法構成は、「モールディン
グの脚部の先端面から頭部の頂面までの高さ寸法」について「左右両側部の高さ寸
法よりも上縁部の高さ寸法が小さくなっている」ことを規定するだけであるから、
上記のように、側部モールの雨水受溝と上部モールの硝子挿嵌部とが同一形状であ
ることを要しないし、側部モール部分の下部支持突片が上部モール部分の上部支持
突片まで連続した形状とすることを妨げるものでもない。
    そうすると、本件寸法構成を備える本件特許発明は、原出願明細書に記載
されている上記実施例のモールディング以外の構成も含むものであるから、原出願
明細書に記載されていない発明を含むといわなければならない。
 (5) 原告らは、物の発明において、その物が明細書に開示されているか否かの
判断は、明細書に記載されている物の製造方法の実施例に限定して行うのではな
く、その物自体が明細書に記載されているか否かで判断しなければならない旨主張
する。しかし、物自体が明細書に記載されているか否かという観点から検討して
も、原出願明細書に記載されていると認められる物は、一種類の断面形状を有する
ものとして成形されたモールディングの上部モール部分の挿入脚部の下方を切除す
ることによって自ずとその形状が限定されることとなる。そうすると、本件寸法構
成を備えた本件特許発明が原出願明細書に記載された当該形状以外の物を含む以上
は、原告らの主張を前提としても、本件特許発明が原出願明細書に記載されていな
い物を含むことに変わりはない。
 (6) したがって、「原出願の明細書及び図面に、本件特許発明が記載されてい
るとみることも適切とはいえない」(決定謄本5頁32行目~33行目)とした本
件決定の認定判断に誤りはないというべきであるから、本件特許発明が原原出願明
細書に記載されているか否かについて検討するまでもなく、本件特許出願日の遡及
は認められないというべきである。
 2 以上のとおり、原告ら主張の本件決定取消事由は理由がなく、他に本件決定
を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
   よって、原告らの請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担
につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条1項本文を適用して、主文
のとおり判決する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官 篠原勝美
    裁判官 長沢幸男
    裁判官 宮坂昌利

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