弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 東京高等検察庁検事長花井忠の上告趣意について。
 記録によれば、原審の是認した第一審判決は、本件被告人Aに対する横領、業務
上横領被告事件につき、昭和二六年三月末頃から同二九年五月五日頃迄の間になさ
れた同人の所為につき、横領及び業務上横領の事実(判示(一)ないし(七)の事
実)を認定した。しかるに右第一審判決は、右被告人が昭和二九年二月二四日東京
高等裁判所において横領罪により懲役六月、執行猶予三年の判決言渡を受け、該判
決は同年三月一一日確定しているので、同人を判示(一)ないし(四)の横領、業
務上横領の事実につき懲役六月に、同(五)ないし(七)の業務上横領の事実につ
き懲役一〇月に処し、右刑につき夫々三年間執行を猶予する旨の裁判を言い渡した
が、右刑の中、後者の刑についてのみ、刑法二五条二項、二五条ノ二、一項後段を
適用して執行を猶予し、その猶予の期間中被告人を保護観察に付する旨を言い渡し、
前者の刑については、右条項を適用することなく、同法二五条一項により執行を猶
予したけれども、その猶予の期間中保護観察に付する旨の言渡をしなかつたことは
所論のとおりである。そして論旨は、刑法の所論改正(昭和二八年法律一九五号に
よる刑法の一部改正)後においては、前者の刑についても後者と同様に、その執行
猶予については刑法二五条二項を適用すべきものであり、同条項を適用して執行を
猶予した場合は、同法二五条ノ二、一項後段を適用して右猶予の期間中保護観察に
付する旨の言渡をしなければならぬものであるに拘らず、これをしなかつた第一審
判決は違法であつて、これを是認した原判決は法令の解釈適用を誤り、判例に違反
するものであると主張するのである。
 そこで、刑法の所論改正により新設された刑法二五条二項の法意を考えてみるに、
それは同条一項と比較して、刑の執行猶予言渡の条件を更に厳格に制限したもので
ある。すなわち、同法二五条一項一号によれば、三年以下の懲役若くは禁錮又は五
千円以下の罰金の言渡につき情状に因り刑の執行を猶予することができるのに、同
条二項は、一年以下の懲役又は禁錮の言渡につき情状特に憫諒すべきものあるとき
にかぎり、刑の執行を猶予することができるものとしており、また同法二五条ノ二、
一項によれば、前者については、猶予の期間中保護観察に付することができるに過
ぎないのに(同条項前段)、後者については、猶予の期間中必らず保護観察に付さ
なければならない(同条項後段)こととなつているのであつて、両者は、その処遇
に寛厳の差の存することが明らかである。おもうに、罪を犯した者が、その刑につ
き執行を猶予せられ、その裁判が確定したにも拘らず、その猶予期間内に更に罪を
犯した場合は、そのことだけで、前に刑法二五条一項により刑の執行を猶予された
ときの犯罪に比して情状が重いというべきであるから、かかる者に対して、その刑
の執行を猶予する場合は、右条項の場合よりもその条件を厳格にすることは理由の
あることであつて、これに同法二五条二項を適用することは充分首肯することがで
きるのである。しかし、或る罪につき同法二五条一項により執行を猶予された者が
その裁判の確定前に犯した他の罪(即ち余罪、刑法四五条後段)と、右執行猶予の
裁判の確定した罪とを比較すると、右余罪たる他の罪が、それより以前に確定した
他の裁判により言い渡された執行猶予の期間内に犯されたものでない限りは、両者
の刑の執行猶予の条件については、これを別異にすべき合理的な理由はない。即ち、
後者(裁判の確定した罪)につき執行猶予の言渡が刑法二五条一項によりなされた
ものであれば、前者(前記の余罪)についても、ひとしく同条項により、その執行
猶予の条件が勘案せらるべきであり、そして、この場合には、同条項の「刑ニ処セ
ラレタル」とは、実刑を言い渡された場合を指し、執行猶予の付せられた場合を包
含しないものと解すべきことは、所論刑法改正の前後によつて差異を生ずるもので
はない。なお、この場合前者と後者とは、法律上併合罪の関係に在ることをもつて
足りるのであつて、訴訟手続上又は犯行時期等の関係から、実際上同時に審判する
ことが著しく困難若しくは不可能であるかどうか、又は同時に審判されたならば執
行猶予を言い渡すことのできる情状があるかどうかというようなことは問題とはな
らないのである(昭和二五年(あ)一五九六号、同二八年六月一〇日大法廷判決、
集七巻六号一四〇四頁以下、昭和二九年(あ)二四五九号、回三一年五月三〇日大
法廷判決、集一〇巻五号七六〇頁以下各参照)。それ故、右と同趣旨の見解に出た
原判決の判断は正当である。所論引用の高等裁判所の各判例は前記昭和三一年五月
三〇日言渡大法廷判決により既に変更されたものであつて、所論判例違反の主張は
理由がない。
 よつて、刑訴四〇八条により主文のとおり判決する。
 この判決は、裁判官斎藤悠輔の反対意見あるほか、その他の裁判官全員の一致し
た意見によるものである。
 裁判官斎藤悠輔の反対意見は、次のとおりである。
 先ず第一に、昭和二八年六月一〇日言渡の大法廷判決(判例集七巻六号一四〇四
頁以下)の多数意見が、刑法二五条一項一号(判決当時は二五条一号)の「刑ニ処
セラレタル」とは、実刑を言渡された場合を指すものと解したのは、法文を甚だし
く誤解したのである。すなわち、併合罪の関係に立つ数罪が前後して起訴され、後
に犯した罪につき刑の執行猶予が言渡されていた場合に、前に犯した罪につき刑の
執行を猶予すべき情状があるにもかゝわらずこれにつき絶対に執行猶予を附するこ
とができないという解釈に従うものとすれば、この二つの罪が同時に審判されてい
たならば一括して執行猶予が言渡されたであろう場合に比し著しく均衡を失し結局
執行猶予の制度の本旨に副わないから、かゝる不合理な結果を生ずる場合に限り、
かく解するというのである。これに対し、わたくしは、多数説のいうがごとく数罪
が同時に審判され一括して執行猶予を言渡されたであろう場合のごときは、現行刑
訴法上の実際においては寧ろ例外であり、しかも本件では絶対に不可能であるから、
多数説のごとき微視的な恣意的解釈論には賛同できないとした。(同巻同号一四〇
八、一四〇九頁参照)。しかし、多数説は、法文を誤解したが、その誤解を著しく
均衡を失し不合理な結果を生ずる場合だけに限定した点は、まだしも妥当性があつ
た。
 次で、第二に、昭和三一年五月三〇日言渡された大法廷判決(判例集一〇巻五号
七六〇頁以下)の多数説は、改正後の刑法二五条二項の法意に関し前記大法廷判決
の誤解を維持して、「おもうに、猶予の期間内さらに罪を犯した場合は、そのこと
だけで従前に刑の執行猶予を言い渡されたときの犯罪に比して情状が重いのである
から、かかる者に対して、刑法二五条二項によつてその刑の執行をさらに猶予する
場合に、同条一項の場合よりもその条件を厳格にすることは、首肯することができ
る。しかし、確定裁判のあつたときのいわゆる余罪は、起訴手続上の都合等によつ
て、たまたま別個に審判されるに過ぎないのであつて、すでに裁判を経た罪と、い
まだ裁判を経ない余罪との間には、猶予の期間内に犯された罪の場合のような情状
の差はないのであるから、その間に刑の執行猶予の条件を別異にすべき合理的な理
由は認められない。」とした。これに対し、わたくしは、公職選挙法二五二条の法
文(なお、昭和二七年政令一一八号減刑令一条の法文参照)を例として、その誤解
である所以を明らかにし、改正刑法は、この誤解を是正して法文の字句を誤解なか
らしめるため刑法二五条二項の規定を設くると共に刑法二六条を改正しさらに二六
条の二就中三号の規定を新設して一切の他の罪(いわゆる余罪)についても刑法二
五条二項の条件の下においてのみ執行猶予をなし得ることに立法したものと解すべ
き旨論じ、さらに、かく解することは執行猶予制度本来の立法趣旨にも適合する所
以を説いたのである。しかし、右第二の多数説は、誤解は誤解でも、情状の差や、
起訴手続上の都合等を云々するところになお妥当性の残さいを認めることができる
のである。
 しかるに、本件ではどうであろうか。多数説は、第一審判決の言渡後に再び犯罪
を犯しても、それがその判決の確定前であれば、執行猶予の期間内にさらに罪を犯
した場合とは異なり情状は重くないから、かゝる余罪については刑法二五条一項に
より執行猶予をしてもよいというのであり(この点明瞭には判示していないが、多
数説中「右余罪たる他の罪が、それより以前に確定した他の裁判により言い渡され
た執行猶予の期間内に犯されたものでない限りは、両者の刑の執行猶予の条件につ
いては、これを別異にすべき合理的な理由はない。」とあるのは、そのことをいつ
ているのである。)、さらに、多数説は、いわゆる余罪が法律上併合罪の関係に在
ることをもつて足りるのであつて、訴訟手続上(とくに、前記第二の多数説の理由
参照)又は犯罪時期等の関係から、実際上同時に審判することが著しく困難若しく
は不可能であるかどうか(とくに、前記第一の多数意見に対するわたくしの反対意
見参照)、又は同時に審判されたならば執行猶予を言い渡すことのできる情状があ
るかどうか(とくに、前記第一の多数説の理由参照)というようなことは問題とは
ならないのであるというのである。
 かくて、多数意見は、誤解の母体とも、魂ともいうべき妥当性のある限定を弊履
のごとく棄て去つて、ひたすらその残骸ともいうべき形式論理的な体面だけをたゞ
これ維持しようとするのである。すなわち、多数説は、妥当性も安く、法文にも合
致しない恣意的な見解であつて、断乎反対せざるをえないのである。
  昭和三二年二月六日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    池   田       克
            裁判官    垂   水   克   己
 裁判官本村善太郎は、退官につき署名押印することができない。
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎

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