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平成29年1月18日判決言渡
平成28年(行ケ)第10005号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成28年11月8日
判決
原告X
訴訟代理人弁護士山本健策
同草深充彦
訴訟代理人弁理士山本秀策
同森下夏樹
同馰谷剛志
被告ロート製薬株式会社
訴訟代理人弁護士塚原朋一
同栁本高廣
訴訟代理人弁理士長谷川芳樹
同清水義憲
同城戸博兒
同吉住和之
同坂西俊明
同中塚岳
主文
1特許庁が無効2015-800023号事件について平成2
7年12月1日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要(認定の根拠を掲げない事実は争いがないか弁論の全趣旨により
容易に認定できる事実である。)
1特許庁における手続の経緯等
被告は,発明の名称を「眼科用清涼組成物」とする発明につき,平成17年6月
7日を出願日(以下「本件出願日」という。)として,特許出願(特願2005-1
67147号。優先日を平成16年6月8日と主張するもの。以下「本件優先日」
という。)をし,平成25年11月8日,特許第5403850号(請求項の数は6
である。)として特許権の設定登録を受けた(甲49。以下,この特許を「本件特許」
という。)。
原告は,平成27年2月5日,本件特許の請求項1ないし請求項6に係る発明を
無効とすることを求めて無効審判(無効2015-800023号。以下「本件審
判」という。)を請求した(甲50)。
特許庁は,同年12月1日,本件審判の請求は成り立たない旨の審決をしたこと
から,原告は,平成28年1月8日,本件審決取消訴訟を提起した。
2特許請求の範囲の記載(甲49)
本件発明に係る特許請求の範囲(以下「本件特許請求の範囲」という。)の請求項
1ないし6の記載は,以下のとおりである(以下,請求項1ないし6に係る発明を
それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明6」,これらを併せて「本件発明」,本件
発明の明細書及び図面を併せて「本件明細書」,とそれぞれいう。)。
「【請求項1】
a)メントール,カンフル又はボルネオールから選択される化合物を,それらの
総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満,
b)0.01~10w/v%の塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化ナトリウム,
炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム,硫酸マグネシウム,リン酸水素二ナトリウ
ム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸二水素カリウムから選ばれる少なくとも1種,
および
c)平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩を0.00
1~10w/v%含有することを特徴とするソフトコンタクトレンズ装用時に清涼
感を付与するための眼科用清涼組成物。
【請求項2】
さらに,非イオン性界面活性剤を0.001~5w/v%含有する請求項1に記載
の眼科用清涼組成物。
【請求項3】
さらに,エデト酸又はその塩を0.0001~1w/v%含有する請求項1又は2
に記載の眼科用清涼組成物。
【請求項4】
さらに,アミノエチルスルホン酸,グルタミン酸,アスパラギン酸カリウム,ア
スパラギン酸マグネシウム,グルタミン酸ナトリウム,グルコース又はトレハロー
スから選択される少なくとも1種以上の成分を,それらの総量として0.01~5
w/v%含有する請求項1乃至3に記載の眼科用清涼組成物。
【請求項5】
点眼剤又は洗眼剤である請求項1乃至4に記載の眼科用清涼組成物。
【請求項6】
a)メントール,カンフル又はボルネオールから選択される化合物を,それらの
総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満,
b)0.01~10w/v%の塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化ナトリウム,
炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム,硫酸マグネシウム,リン酸水素二ナトリウ
ム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸二水素カリウムから選ばれる少なくとも1種,
および
c)平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩を0.00
1~10w/v%含有することを特徴とするソフトコンタクトレンズ常用者用の眼
科用清涼組成物。」
3審決の理由
審決の理由は,別紙審決書(写し)に記載のとおりである。その要旨は,次のと
おりである(以下,審決が引用する刊行物のうち,特開2003-183157号
公報(甲1)は,「甲1公報」と,「一般薬日本医薬品集」(じほう2003年7月
発行)(甲4)は,「甲4刊行物」と,「新アスパライトフレッシュ添付文書(中新薬
業)」(甲7)は,「甲7刊行物」と,「新アスパクール添付文書(中新薬業)」(甲8)
は,「甲8刊行物」と,「ピタール目薬添付文書(中新薬業)」(甲9)は,「甲9刊行
物」と,「新アスパライトフレッシュ,新アスパクール,ピタールの販売時期を示す
ウェブサイト(http://www.pref.toyama.jp/sect
ions/1208/syonin.htmより2003年11月12日ダウンロ
ードしたもの)」(甲10)は,「甲10刊行物」と,特開2001-187733号
公報(甲13)は,「甲13公報」と,それぞれいう。)。
①本件特許は,本件特許請求の範囲又は本件明細書の「平均分子量」等の記載
に不備はなく,特許法36条6項2号の明確性要件(無効理由1),同条4項1号の
実施可能要件(無効理由2),同条6項1号のサポート要件(無効理由3)を満たし
ていない特許出願に対してされたものとはいえず,無効とすべきものではない,②
本件発明は,甲1公報に記載された発明(以下「甲1発明」という。)と同一なもの
であるとはいえず,同法29条1項3号の規定に違反するものではなく,(無効理由
4),又は甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはい
えず,同条2項に違反するものではなく(無効理由7-1),③本件発明1及び3
ないし6は,甲4刊行物及び甲7刊行物ないし甲10刊行物に記載された発明と同
一なものであるとはいえず,同条1項3号に違反するものではなく(無効理由5),
④本件発明1及び3ないし6は,甲4刊行物及び甲7刊行物ないし甲10刊行物
によれば公然実施されたものと認められる発明と同一なものであるとはいえず,同
項2号に違反するものではなく(無効理由6),⑤本件発明は,甲13公報に記載
された発明(以下「甲13発明」という。)に基づき,当業者が容易に発明をするこ
とができたものとはいえず,同条2項に違反するものではなく(無効理由7-2),
⑥本件発明は,「新スマイルコンタクトクール」に基づき,当業者が容易に発明を
することができたものとはいえず,同項に違反するものではなく(無効理由7-3),
⑦本件発明は,「新アスパライトフレッシュ(中新薬業)」,「新アスパクール(中
新薬業)」,「ピタール目薬(中新薬業)」に基づき,当業者が容易に発明をすること
ができたものとはいえず,同項に違反するものではなく(無効理由7-4),以上に
よれば,本件特許は,無効とすべきものとはいえないというのである。
審決が認定した甲1発明の内容,本件発明1及び6と甲1発明の一致点及び相違
点は,次のとおりである。
(1)甲1発明の内容
ア「l-メントール0.03g/100mL,dl-カンフル0.003g/
100mL,約20000~25000の重量平均分子量を有するコンドロイチン
硫酸ナトリウム2g/100mL,L-アスパラギン酸カリウム1g/100mL,
塩化ナトリウム0.4g/100mL,エデト酸ナトリウム0.1g/100mL
を含み,眼に対するDraize法により評価される刺激性が低く,清涼感及び清
涼感の持続性が極めて高い点眼剤」(以下「甲1発明11」という。)
イ「l-メントール0.02g/100mL,dl-カンフル0.03g/1
00mL,d-ボルネオール0.01g/100mL,約20000~25000
の重量平均分子量を有するコンドロイチン硫酸ナトリウム0.5g/100mL,
塩化ナトリウム0.44g/100mL,L-アスパラギン酸カリウム1g/10
0mL,ポリオキシエチレン(P=20)ソルビタンモノオレエート0.05g/
100mL,エデト酸ナトリウム0.1g/100mLを含み,眼に対するDra
ize法により評価される刺激性が低く,清涼感及び清涼感の持続性が極めて高い
点眼剤」(以下「甲1発明17」という。)
(2)本件発明1と甲1発明11の一致点及び相違点
ア一致点
「a)メントール,カンフル又はボルネオールから選択される化合物を,それら
の総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満,
b)0.01~10w/v%の塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化ナトリウム,
炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム,硫酸マグネシウム,リン酸水素二ナトリウ
ム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸二水素カリウムから選ばれる少なくとも1種,
および
c)平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩を0.00
1~10w/v%含有することを特徴とする眼科用清涼組成物。」
イ相違点
本件発明1は,「ソフトコンタクトレンズ装用時に清涼感を付与するため」の組成
物であるのに対し,甲1発明11は,当該構成について特定されていない点(以下
「相違点1」という。)
(3)本件発明1と甲1発明17の一致点及び相違点
ア一致点
「a)メントール,カンフル又はボルネオールから選択される化合物を,それら
の総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満,
b)0.01~10w/v%の塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化ナトリウム,
炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム,硫酸マグネシウム,リン酸水素二ナトリウ
ム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸二水素カリウムから選ばれる少なくとも1種,
および
c)平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩を0.00
1~10w/v%含有することを特徴とする眼科用清涼組成物。」
イ相違点
本件発明1は,「ソフトコンタクトレンズ装用時に清涼感を付与するため」の組成
物であるのに対し,甲1発明17は,当該構成について特定されていない点(以下
「相違点1’」という。)
(4)本件発明6と甲1発明11の一致点及び相違点
ア一致点
「a)メントール,カンフル又はボルネオールから選択される化合物を,それら
の総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満,
b)0.01~10w/v%の塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化ナトリウム,
炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム,硫酸マグネシウム,リン酸水素二ナトリウ
ム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸二水素カリウムから選ばれる少なくとも1種,
および
c)平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩を0.00
1~10w/v%含有することを特徴とする眼科用清涼組成物。」
イ相違点
本件発明6は,「ソフトコンタクトレンズ常用者用」の組成物であるのに対し,甲
1発明11は,当該構成について特定されていない点(以下「相違点2」という。)
(5)本件発明6と甲1発明17の相違点
ア一致点
「a)メントール,カンフル又はボルネオールから選択される化合物を,それら
の総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満,
b)0.01~10w/v%の塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化ナトリウム,
炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム,硫酸マグネシウム,リン酸水素二ナトリウ
ム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸二水素カリウムから選ばれる少なくとも1種,
および
c)平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩を0.00
1~10w/v%含有することを特徴とする眼科用清涼組成物。」
イ相違点
本件発明6は,「ソフトコンタクトレンズ常用者用」の組成物であるのに対し,甲
1発明17は,当該構成について特定されていない点(以下「相違点2’」という。)
第3取消事由に関する当事者の主張
主たる争点は,多岐にわたる取消事由のうち,取消事由1及び取消事由8である
と整理され,当事者双方は,第1回口頭弁論期日において,甲141及び乙9に基
づき,取消事由1及び8に関する主張を中心として技術説明を行った(第1回口頭
弁論調書及び弁論の全趣旨)。
1原告の主張
審決には,記載不備に関する判断の誤り(取消事由1ないし7)及び新規性欠如
又は進歩性欠如に関する判断の誤り(取消事由8ないし11)があり,これらは審
決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は違法として取り消されるべきであ
る。
(1)取消事由1(「平均分子量」についての記載不備に関する判断の誤り)につい

本件特許請求の範囲及び本件明細書に記載されている「平均分子量」には,「重量
平均分子量」,「粘度平均分子量」,「数平均分子量」,「z-平均分子量」等の様々な平
均分子量が存在し,それぞれ定義及び測定方法が異なるから,同一物質であっても
測定方法によって数値自体が大きく異なるものになる。それにもかかわらず,本件
明細書には,上記にいう「平均分子量」の定義又は説明が一切なされていないから,
「平均分子量」という記載はそれ自体明確であるとはいえない。この点につき,審
決は,本件明細書及び技術常識によれば,本件特許請求の範囲及び本件明細書にい
う「平均分子量」とは,「重量平均分子量」であると解することができると認定した
ものの,単に「平均分子量」と記載するのみでは,いずれの測定方法により定めら
れた平均分子量であるかが明らかではないから,本件出願日当時の技術常識を考慮
したとしても,上記にいう「平均分子量」が一義的に「重量平均分子量」であると
解することはできない。のみならず,本件明細書の発明の詳細な説明(【0021】)
には,「マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分
子量約0.7万等)等が利用できる。」と記載されているところ,当該記載にいう「平
均分子量」は,「粘度平均分子量」を意味するから,本件発明の詳細な説明には,少
なくとも「粘度平均分子量」のものも混在している。しかも,仮に本件特許請求の
範囲及び本件明細書にいう「平均分子量」が「重量平均分子量」であるとしても,
具体的な試験条件等によっても数値が変動し得るものであり,本件明細書には当該
試験条件等の記載がないのであるから,平均分子量を一義的に特定できるものとは
いえない。
したがって,当業者が「平均分子量」を一義的に理解することができない以上,
「平均分子量」という本件特許請求の範囲及び本件明細書の記載が特許法36条4
項1号の実施可能要件,同条6項1号のサポート要件及び同項2号の明確性要件の
いずれにも違反しないとした審決の判断には誤りがある。
(2)取消事由2(「0.01~10w/v%」についての明確性要件に関する判断
の誤り)について
本件特許請求の範囲の請求項1には「0.01~10w/v%の塩化カリウム,塩
化カルシウム,塩化ナトリウム,炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム,硫酸マグ
ネシウム,リン酸水素二ナトリウム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸二水素カリ
ウムから選ばれる少なくとも1種」と記載されている。本件特許請求の範囲及び本
件明細書のその他請求項には「総量」であるという記載があるにもかかわらず,上
記「0.01~10w/v%」の数値には「総量」であるという記載がない。そう
すると,「0.01~10w/v%」の数値が全成分の総量であるか各列挙された成
分ごとの量であるかが不明である。
したがって,「0.01~10w/v%」という本件特許請求の範囲の記載が特許
法36条6項2号の明確性要件に違反しないとした審決の判断には誤りがある。
(3)取消事由3(平均分子量の範囲(0.5万~4万)についての記載不備に関
する判断の誤り)について
本件特許請求の範囲の請求項1には,「0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或い
はその塩」と記載されているのであるから,本件明細書には,コンドロイチン硫酸
又はその塩の分子量に係る範囲全体にわたり,本件発明の課題が解決されるように
記載される必要がある。それにもかかわらず,本件明細書には,「平均分子量」が1
万若しくは2万のコンドロイチン硫酸ナトリウム又はその混合物に関する測定結果
しか存在せず(【0056】,【表6】),それ以外の「平均分子量」に関する実施例の
記載はないし,平均分子量の大小が所定の効果に対してどのような影響があるのか
についても本件明細書には一切記載されていない。そうすると,本件明細書には,
コンドロイチン硫酸又はその塩の分子量の範囲全体にわたり,本件発明の課題が解
決されるように記載されているとはいえず,また,本件明細書は,当業者が本件発
明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない。
したがって,「0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」についての本
件特許請求の範囲及び本件明細書の記載が特許法36条6項1号のサポート要件及
び同条4項1号の実施可能要件のいずれにも違反しないとした審決の判断には誤り
がある。
(4)取消事由4(コンドロイチン硫酸又はその塩の濃度の範囲についての記載不
備に関する判断の誤り)について
本件特許請求の範囲の請求項1には,「コンドロイチン硫酸或いはその塩を0.0
01~10w/v%含有する」と記載されているのであるから,本件明細書は,コン
ドロイチン硫酸又はその塩に係る濃度の範囲全体にわたり,課題が解決されるよう
記載されていることが必要である。それにもかかわらず,本件明細書には,コンド
ロイチン硫酸ナトリウムの濃度が0.3~0.5w/v%である場合における測定結
果のみしか存在せず(【0056】,【表6】),それ以外の濃度の場合における実施例
の記載はないし,濃度の大小が所定の効果に対してどのような影響があるのかにつ
いても,本件明細書には一切記載されていない。そうすると,本件明細書には,コ
ンドロイチン硫酸又はその塩の濃度の範囲全体にわたり,本件発明の課題が解決さ
れるように記載されているとはいえず,また,本件明細書は,当業者が本件発明の
実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない。
したがって,「コンドロイチン硫酸或いはその塩を0.001~10w/v%含有
する」という本件特許請求の範囲及び本件明細書の記載が特許法36条6項1号の
サポート要件及び同条4項1号の実施可能要件のいずれにも違反しないとした審決
の判断には誤りがある。
(5)取消事由5(その他高分子の存在についての記載不備に関する判断の誤り)
について
上記(3)及び(4)のとおり,「平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或
いはその塩を0.001~10w/v%」含有する組成物の場合であっても,サポ
ート要件及び実施可能要件を充足しないのであるから,当該組成物に加えて,コン
ドロイチン硫酸或いはその塩とは異なる高分子を混合させた場合に,サポート要件
及び実施可能要件を充足しないことも明らかである。
したがって,その他高分子の存在についての本件特許請求の範囲及び本件明細書
の記載が特許法36条6項1号のサポート要件及び同条4項1号の実施可能要件の
いずれにも違反しないとした審決の判断に誤りはない。
(6)取消事由6(塩化ナトリウムについての記載不備に関する判断の誤り)につ
いて
本件特許請求の範囲の請求項1b)には,「0.01~10w/v%の塩化カリウ
ム,塩化カルシウム,塩化ナトリウム,炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム,硫
酸マグネシウム,リン酸水素二ナトリウム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸二水
素カリウムから選ばれる少なくとも1種」と記載されている。しかしながら,本件
明細書には,塩化ナトリウム0.5w/v%についての実施例以外のものが存在し
ないし,本件出願日当時において塩化ナトリウム以外の無機塩類であっても眼科用
組成物の清涼感に寄与することについての理論的な説明もなく,特定の濃度以外の
塩化ナトリウムが同様の効果を奏することも説明されていない。そうすると,本件
明細書には,塩化ナトリウム以外の無機塩類につき,本件発明の課題が解決される
ように記載されているとはいえず,また,本件明細書は,当業者が本件発明の実施
をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない。
したがって,塩化ナトリウムについての本件特許請求の範囲及び本件明細書の記
載が特許法36条6項1号のサポート要件及び同条4項1号の実施可能要件のいず
れにも違反しないとした審決の判断には誤りがある。
(7)取消事由7(清涼組成物についての記載不備に関する判断の誤り)について
本件特許請求の範囲の請求項1には「メントール,カンフル又はボルネオールか
ら選択される化合物を,それらの総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未
満」と記載されている。しかしながら,本件明細書には,「l-メントール0.02
0g/100ml,d-カンフル0.005g/100ml,d-ボルネオール0.
010g/100ml」という1種類の組合せによる効果が記載されるにとどまり,
他の濃度の組合せでも同様の効果が奏されるとの技術常識も存在しない。メントー
ル,カンフル,ボルネオールは,それぞれ独自の清涼化作用及び刺激作用を有する
ものであり,カンフル及びボルネオールはメントールが有する清涼感又は冷感を増
強し又はその刺激性を弱める効果があることが認められ,また,メントールを0.
03重量%以上配合する場合には,刺激や障害が起こりやすいことも本件出願日当
時の従来技術として当業者が知るところである。これらの事情によれば,l-メン
トールを本件明細書の実施例で使用された0.020w/v%より多く含有させた
場合に刺激を抑制できない蓋然性が高いといえる。そうすると,本件明細書には,
「l-メントール0.020g/100ml,d-カンフル0.005g/100
ml,d-ボルネオール0.010g/100ml」の1種類の組合せ以外の清涼
化剤の組合せにつき,本件発明の課題が解決されるように記載されているとはいえ
ず,また,本件明細書は,当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確
かつ十分に記載されたものとはいえない。
したがって,清涼組成物についての本件特許請求の範囲及び本件明細書の記載が
特許法36条6項1号のサポート要件及び同条4項1号の実施可能要件のいずれに
も違反しないとした審決の判断には誤りがある。
(8)取消事由8(甲1発明に基づく新規性欠如又は進歩性欠如に関する判断の誤
り)について
甲1公報(【0028】)には,「本発明の眼科用組成物の用途としては,特に制限
はないが,清涼感が良好で,更に清涼感の持続性も良好であると共に,清涼化剤等
による,眼に対する刺激性が低いことから,特に点眼剤として配合されるのが好ま
しい。該点眼剤としては,医療用点眼剤でもよく,一般用点眼剤でもよく,またソ
フトコンタクトレンズ,ハードコンタクトレンズ等を装用した状態でも点眼可能で
ある。また本発明の眼科用組成物の用途としては,洗眼剤,コンタクトレンズ装着
液等も好ましい。」との記載がある。当該記載には,本件発明1と甲1発明の相違点
1及び1’(「ソフトコンタクトレンズ装用時に清涼感を付与するため」の組成物で
ある点)に加え,本件発明6と甲1発明の相違点2及び2’(「ソフトコンタクトレン
ズ常用者用」の組成物である点)についても開示されている。また,ソフトコンタ
クトレンズはハードコンタクトレンズと比較して特殊なところはなく,Draiz
e法とパネラー法による評価法の相違は,同一事象を多面的に見るものにすぎず,
質的相違はない。そうすると,本件発明は甲1発明と実質的に同一なもの又は当業
者が甲1発明に基づき容易に想到することができたにもかかわらず,これを否定し
た審決の判断には誤りがある。
(9)取消事由9(新アスパクール等に基づく新規性欠如又は進歩性欠如に関する
判断の誤り)について
本件発明は,「新アスパクール」(甲4,甲7ないし甲10)と,①成分,②成分
の具体的な濃度が特定されていないこと,③成分(コンドロイチン硫酸或いはその
塩)の平均分子量が明記されていないという点においてのみ相違し,「ソフトコンタ
クトレンズ装用時に清涼感を付与するための眼科用清涼組成物」又は「ソフトコン
タクトレンズ常用者用の清涼組成物」という点は実質的に相違するものではない。
しかしながら,上記の相違点にいう濃度の相違は,一般用医薬品の眼科用医薬の使
用濃度やメントール等の使用濃度の範囲で示される濃度を採用するものにすぎず,
眼科用組成物における設計事項である。そうすると,本件発明は「新アスパクール」
と実質的に同一なもの又は当業者が「新アスパクール」に基づき容易に想到するこ
とができたにもかかわらず,これを否定した審決の判断には誤りがある。
(10)取消事由10(甲13発明に基づく進歩性欠如に関する判断の誤り)につい

本件発明は,甲13発明と,①メントール類の濃度,②コンドロイチン硫酸又は
その塩の平均分子量,③ソフトコンタクトレンズ装用時に清涼感を付与すること,
④清涼の特定がない点において相違する。しかしながら,本件発明における「平均
分子量」の数値限定には技術的意義がないのであるから,「平均分子量」については
実質的な相違点ではなく,メントール類が清涼剤として使用される点についても実
質的な相違点ではないから,当業者は,甲13発明に基づき,刺激がなく清涼感が
持続するという本件発明の効果を容易に想到することができるというべきである。
そうすると,本件発明は甲13発明に基づき容易に想到することができたにもかか
わらず,これを否定した審決の判断には誤りがある。
(11)取消事由11(新スマイルコンタクトクールに基づく進歩性欠如に関する判
断の誤り)について
本件発明は,「新スマイルコンタクトクール」(甲3,甲5及び甲6)と,①メン
トール類の濃度,②塩化ナトリウム等の無機塩類を採用すること,③コンドロイチ
ン硫酸又はその塩の平均分子量,④ソフトコンタクトレンズ装用時に清涼感を付与
するという点において相違する。しかしながら,①ないし③の点は,いずれも設計
事項にすぎず,④の点も実質的に開示されているといえるから,当業者が容易に予
測できるものである。そうすると,本件発明は「新スマイルコンタクトクール」に
基づき容易に想到することができたにもかかわらず,これを否定した審決の判断に
は誤りがある。
2被告の反論
(1)取消事由1(「平均分子量」についての記載不備に関する判断の誤り)につい

本件特許請求の範囲及び本件明細書には,高分子化合物の平均分子量につき一貫
して「平均分子量」と記載されているから,当業者は「平均分子量」の意味が全て
同じものであると理解するものと認められる。そして,本件明細書にいう「ポリビ
ニル系高分子化合物」及び「セルロース系高分子化合物」の「平均分子量」は「重
量平均分子量」であると認められる上,高分子化合物の各種物性と分子量の関係を
示す場合等には,一般に「重量平均分子量」を用いることが多く,「数平均分子量」,
「粘度平均分子量」等は,分子量分布の目安,高分子物質の試料の分子量の目安を
示すにすぎないから,眼科用薬分野の当業者は,本件特許請求の範囲及び本件明細
書にいう「平均分子量」が「重量平均分子量」であると理解するものと認められる。
したがって,当業者は「平均分子量」が「重量平均分子量」であると理解するの
であるから,「平均分子量」という本件特許請求の範囲及び本件明細書の記載が特許
法36条4項1号の実施可能要件,同条6項1号のサポート要件及び同項2号の明
確性要件のいずれにも違反しないとした審決の判断に誤りはない。
(2)取消事由2(「0.01~10w/v%」についての明確性要件に関する判断
の誤り)について
本件特許請求の範囲の請求項1にいう「0.01~10w/v%」は,列挙され
る全成分の総量を意味することは明確である。仮にそれ自体明確でないとしても,
本件明細書(【0014】)には,「本発明において眼科用清涼組成物中のこれらの無
機塩類は1種又は2種以上を組み合わせて用いることができ,その含有量は無機塩
類の総量として,好ましくは0.01~10%,より好ましくは0.1~10%,
特に好ましくは0.1~5%程度である。」と記載されているのであるから,当業者
は,本件明細書を参酌して「0.01~10w/v%」を「総量」であると理解す
ることは明らかである。
したがって,「0.01~10w/v%」という本件特許請求の範囲の記載が特許
法36条6項2号の明確性要件に違反しないとした審決の判断に誤りはない。
(3)取消事由3(「平均分子量」の範囲(0.5万~4万)についての記載不備に
関する判断の誤り)について
本件明細書によれば,0.5万ないし4万のコンドロイチン硫酸又はその塩が特
に好ましいとされ(【0021】),このうち平均分子量約1万ないし約2万のコンド
ロイチン硫酸ナトリウムを組み合わせた組成物が本件発明の効果(【0056】)を
奏するのであるから,当業者は,平均分子量が0.5万ないし約1万又は約2万な
いし4万のコンドロイチン硫酸又はその塩を組み合わせた組成物であっても,上記
と同様の効果を奏することを容易に認識することができる。
したがって,「平均分子量」の範囲(0.5万~4万)についての本件特許請求の
範囲及び本件明細書の記載が特許法36条4項1号の実施可能要件及び同条6項1
号のサポート要件のいずれにも違反しないとした審決の判断に誤りはない。
(4)取消事由4(コンドロイチン硫酸又はその塩の濃度範囲についての記載不備
に関する判断の誤り)について
本件明細書の記載に接した当業者は,成分として「平均分子量が0.5万~4万
のコンドロイチン硫酸或いはその塩」それ自体を組み合わせれば,「ソフトコンタク
トレンズを装用中においても,十分な清涼感を付与できる清涼組成物を提供」でき
ると認識するのであるから,当業者は,好ましい含有量「0.001~10w/v%」
の成分を組み合わせても,もとより同程度の効果を奏し,本件発明の課題は解決で
きるものと認識するといえる。
したがって,「コンドロイチン硫酸或いはその塩を0.001~10w/v%含有
する」という本件特許請求の範囲及び本件明細書の記載が特許法36条4項1号の
実施可能要件及び同条6項1号のサポート要件のいずれにも違反しないとした審決
の判断に誤りはない。
(5)取消事由5(その他高分子の存在についての記載不備に関する判断の誤り)
について
上記(3)及び(4)のとおり,「平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或
いはその塩を0.001~10w/v%」含有する組成物がサポート要件及び実施
可能要件を充足しないという原告の主張は理由がないのであるから,当該主張を前
提としてその他高分子の存在についての記載不備をいう主張も,その前提を欠く。
したがって,その他高分子の存在についての本件特許請求の範囲及び本件明細書
の記載が特許法36条4項1号の実施可能要件及び同条6項1号のサポート要件の
いずれにも違反しないとした審決の判断に誤りはない。
(6)取消事由6(塩化ナトリウムについての記載不備に関する判断の誤り)につ
いて
本件明細書の記載に接した当業者は,本件明細書(【表6】)にいう実施例19な
いし21の組成物が,成分として塩化ナトリウムを組み合わせることにより,十分
な清涼感が得られ,刺激がなく安全性が高いという効果(【0056】)を奏するも
のであると理解する。その上で,本件明細書(【0013】)には,「特に好ましい」
無機塩類として塩化カリウム及び塩化ナトリウムが記載されているほか,本件特許
請求の範囲の請求項1b)に掲げられたその他無機塩類が「好ましい」無機塩類とし
て記載されている。そうすると,当業者は,「好ましい」無機塩類も,実施例19な
いし21に開示された上記組成物と同様な効果を奏すると理解するものと認められ
る。
したがって,塩化ナトリウムについての本件特許請求の範囲及び本件明細書の記
載が特許法36条4項1号の実施可能要件及び同条6項1号のサポート要件のいず
れにも違反しないとした審決の判断には誤りはない。
(7)取消事由7(清涼組成物についての記載不備に関する判断の誤り)について
本件明細書の記載によれば,「メントール,カンフル又はボルネオールから選択さ
れる化合物を,それらの総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満」を
含有させれば,本件発明の効果(【0056】)を奏するとされている。メントール,
カンフル,ボルネオールがそれぞれ清涼化剤として使用され得ることは当業者の技
術常識であり,本件明細書には,「0.01w/v%以上0.1w/v%未満」の数
値範囲で使用した場合の弊害は,何ら記載されていないのであるから,本件明細書
の記載に接した当業者が「1種類の濃度組み合わせの清涼組成物の刺激性が,他の
濃度でも回避できる」と理解することは明らかである。
したがって,清涼組成物についての本件特許請求の範囲及び本件明細書の記載が
特許法36条4項1号の実施可能要件及び同条6項1号のサポート要件のいずれに
も違反しないとした審決の判断に誤りはない。
(8)取消事由8(甲1発明に基づく新規性欠如又は進歩性欠如に関する判断の誤
り)について
マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウムが約2000
0~25000の重量平均分子量を有することは明らかではないから,甲1発明1
1及び17は,「コンドロイチン硫酸ナトリウム」と認定すべきである。そうすると,
本件発明1が「平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸又はその塩」を
組み合わせたものであるのに対し,甲1発明11及び17では平均分子量が特定さ
れていない点についても相違点として認定されるべきである(以下,当該相違点を
「相違点A」という。)。そして,当業者が「ソフトコンタクトレンズを装用した状
態」で「清涼感が良好」となるための成分として「平均分子量が0.5万~4万の
コンドロイチン硫酸或いはその塩」を知っていたとは認められず,甲1公報の明細
書にも,清涼感持続化剤として「平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫
酸或いはその塩」が適当である旨記載されていないから,「ソフトコンタクトレンズ
を装用した状態」で「清涼感が良好」な点眼剤とするため,当業者は,甲1発明1
1及び17のコンドロイチン硫酸ナトリウムを,「平均分子量が0.5万~4万」の
ものとすることを容易に想到することはできない。
また,甲1発明の実施例11及び17の点眼剤を評価した裸眼の「専門パネラー
(健常者)」が「ソフトコンタクトレンズを装用した状態」又は「ソフトコンタクト
レンズ常用者」であるとも記載されていないのであるから,上記にいう専門パネラ
ーは,ソフトコンタクトレンズ装用者又は常用者とは,眼の状態が異なる別の者で
あって,それにより奏される効果は同一とはならない。しかも,ソフトコンタクト
レンズを装用した状態では涙液交換率も低く,裸眼の状態とは異なるから,甲1公
報に,当該点眼剤をソフトコンタクトレンズを装着した状態で点眼しても,「清涼感
及び清涼感の持続性が極めて高い」ことが記載されているということはできない。
また,「ソフトコンタクトレンズを装用した状態」において,甲1発明11及び17
の各成分,特にコンドロイチン硫酸ナトリウム及び塩化ナトリウムがどのように作
用するのかは全く不明であるから,当業者は,ソフトコンタクトレンズを装用した
場合の効果を予測することはできない。のみならず,本件明細書に記載されたソフ
トコンタクトレンズ装用者又は常用者に対する刺激と,甲1発明においてDrai
ze法により評価される刺激は,そもそも質的に異なるものである。そうすると,
本件発明は,甲1発明から予測し得ない効果を有するものというべきである。
したがって,本件発明が特許法29条1項3号又は同条2項の各規定に違反する
ものではないとした審決の判断に誤りはない。
これに対し,原告は,甲1公報に記載されているDraize法の眼刺激性が本
件発明と同じであると主張する。しかしながら,Draize法はウサギを用いて
角膜,虹彩及び結膜に生じる損傷の程度を評価する試験法であるから,甲1発明1
1及び17の「眼に対するDraize法により評価される刺激性」とは,眼の可
逆的変化である「角膜,虹彩及び結膜に生じる損傷」であって,人間の眼の感覚(痛
覚)を評価するものではない。したがって,ソフトコンタクトレンズ常用者を専門
パネラーとした本件発明にいう「清涼感を超えた刺激感」という使用感と,Dra
ize法によりウサギを用いて評価した「角膜,虹彩及び結膜に生じる損傷の程度」
は質が異なる評価であるから,これを同一視する原告の主張は,失当である。
(9)取消事由9(新アスパクール等に基づく新規性欠如又は進歩性欠如に関する
判断の誤り)について
本件発明との相違点につき,原告は,「ソフトコンタクトレンズ装用時に清涼感を
付与するための眼科用清涼組成物」又は「ソフトコンタクトレンズ常用者用の清涼
組成物」という点は実質的に相違するものではないなどと主張するものの,ソフト
コンタクトレンズ装用者に対する用途と,それ以外の者に対する用途とは実質的に
も相違するから,原告の主張は前提を欠く。
したがって,本件発明が特許法29条1項3号又は同条2項の各規定に違反する
ものではないとした審決の判断に誤りはない。審決の判断に違法はない。
(10)取消事由10(甲13発明に基づく進歩性欠如に関する判断の誤り)につい

甲13発明を構成するコンドロイチン硫酸ナトリウムは,粘度を増し,べとつき
を低減するものであり,甲13公報には,ソフトコンタクトレンズを装用中におい
ても,十分な清涼感を付与することは記載されておらず,しかもコンドロイチン硫
酸又はそれらの塩やコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量についての記載が
存在しない。そうすると,ソフトコンタクトレンズを装用中においても十分な清涼
感を付与するという観点から,当業者が,粘度を増し,べとつきを低減するアミノ
酸類のうち,特にコンドロイチン硫酸ナトリウムに着目することはないし,更にそ
れを平均分子量「0.5万ないし4万」のものにする動機付けもない。また,甲1
3発明のコンドロイチン硫酸ナトリウムは,上記のとおり「粘度が増し,べとつき
が低減される」というものであり,コンドロイチン硫酸ナトリウムの分子量を変更
することを示唆する記載もないから,当業者は甲13発明から本件発明の効果を予
測することはできない。
したがって,本件発明が特許法29条2項の規定に違反するものではないとした
審決の判断に誤りはない。
(11)取消事由11(新スマイルコンタクトクールに基づく進歩性欠如に関する判
断の誤り)について
当業者は「ひんやり冷たいさし心地」という観点から「新スマイルコンタクトク
ール」が既に完成しているものであると認識するため,「新スマイルコンタクトクー
ル」の複数の成分のうち,l-メントール,dl-カンフル,グリセリン,プロピ
レングリコール,コンドロイチン硫酸ナトリウムに着目してこれらの成分組成を変
更しようとする動機付けはない。また,これと同様に「瞳をいたわる角膜保護成分」
としてのコンドロイチン硫酸ナトリウムに着目し,これを変更する動機付けもない。
したがって,本件発明が特許法29条2項の規定に違反するものではないとした
審決の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,原告の取消事由1及び取消事由8には理由があり,審決にはこれを
取り消すべき違法があるものと判断する。その理由は,次のとおりである。
1取消事由1(「平均分子量」についての記載不備に関する判断の誤り)につい

(1)特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようと
する発明が明確でなければならない旨規定する。この趣旨は,特許請求の範囲に記
載された発明が明確でない場合には,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確
となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るため,そのような不都合な
結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否
かは,特許請求の範囲の記載のみならず,願書に添付した明細書の記載及び図面を
考慮し,また,当業者の出願時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の
記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から
判断されるべきである。
原告は,本件特許請求の範囲及び本件明細書における「平均分子量」という記載
が不明確であり,明確性要件を欠くと主張するので,以下検討する。
(2)本件明細書の記載
本件明細書(甲49)には,以下の事項が記載されている。
「【技術分野】
【0001】
本発明は,ソフトコンタクトレンズ装用中に眼に適用することで,ソフトコンタ
クトレンズ装用時においても十分な清涼感を付与することができる眼科用清涼組成
物に関する。
【背景技術】
【0002】
眼科用清涼組成物においては,メントールに代表される清涼化剤が配合される。
清涼化剤の配合は,快適な強さの清涼感を不快な刺激を伴うことなく付与できるよ
う処方設計することが重要であり,常時起こっている涙液交換,すなわち涙液によ
る希釈と排出を被っても適度な強さの清涼感を付与できるだけの高濃度のメントー
ルの投与が必要になる。しかしながら,過剰に高濃度のメントールは,点眼直後に
清涼感を超えた強すぎる不快な刺激を伴うため,眼科用清涼組成物に配合できるメ
ントール量にはおのずと限界がある。」
「【0004】
このように,メントール等の清涼化剤を単に増量することなく,十分な清涼感を
持続させるとともにメントールの刺激性を改善する方法が示されている。しかしな
がら,これらの方法や点眼剤は,専らソフトコンタクトレンズを装用していない使
用者,すなわち裸眼或いはハードコンタクトレンズを常用する使用者に対して清涼
感を付与することを主目的として開発されており,ソフトコンタクトレンズ装用に
おける特有の課題については何ら考慮されてはいない。
【0005】
ところで,ソフトコンタクトレンズ装用においては以下のような特有の課題があ
る。
角膜は知覚神経に富む組織であり,角膜上皮における神経密度は皮膚の約300
~600倍といわれている。(非特許文献1)。したがって,使用者が清涼感を感じ
るかどうかは,角膜表面にメントールがどの程度接触したかに影響される。ハード
コンタクトレンズ直径は角膜径よりも小さく,ハードコンタクトレンズを装用して
も角膜周縁部が露出しているが,ソフトコンタクトレンズ径は,角膜よりも大きく
ソフトコンタクトレンズを装用すると角膜表面はソフトコンタクトレンズに覆われ
てしまう。そのため,ソフトコンタクトレンズ装用者は,裸眼の場合に比して格段
に清涼感を感じにくい。
また,ソフトコンタクトレンズを装用中は,レンズ後面(角膜側)とレンズに覆
われていない部分(結膜表面)との涙液交換率が極めて低下する。ハードコンタク
トレンズでは,ベストフィッティングでの涙液交換率が健常眼の涙液メニスカスに
おける涙液交換率と同程度の高値25.6±11.1(%/分)を示すが,ソフト
コンタクトレンズでは,ベストフィッティングでの涙液交換率ですら,16.5±
1.1(%/分)と低値を示す(非特許文献2レンズと涙液交換率の低下)。その
ため,メントールがソフトコンタクトレンズと眼表面の間隙にある涙液層を経て角
膜中央部に到達するための涙液交換も著しく遅く,清涼感の感度低下を増長してし
まう。
【0006】
これまで,ソフトコンタクトレンズ装用中の眼に適用した場合においても,十分
な清涼感を付与することができる眼科用清涼組成物は知られていなかった。また,
ソフトコンタクトレンズ装用中にレンズ後面の涙液交換を促進する方法も,ほとん
ど知られていない。このようにソフトコンタクトレンズ装用中に所要の清涼感を一
定時間持続させつつ,刺激を緩和することは極めて困難であった。
さらに,メントールなどの清涼化剤や,クロロブタノール等の局所麻酔作用剤,
塩化ベンザルコニウム等の第4級アンモニウム塩などの防腐剤等,塩酸テトラヒド
ロゾリン,塩酸ナファゾリン,硝酸ナファゾリン等の血管収縮剤等のソフトコンタ
クトレンズに悪影響(吸着や変形)を及ぼすことが懸念される成分を含有する場合
には,製剤設計が制限される。」
「【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで本発明は,ソフトコンタクトレンズを装用中においても,十分な清涼感を
付与できる清涼組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは,課題解決のために鋭意検討の結果,a)メントール,カンフル又
はボルネオールから選択される化合物を,それらの総量として0.01(w/v)%
以上0.1(w/v)%未満,b)無機塩類,およびc)平均分子量が20万~2
50万のヒドロキシエチルセルロース,平均分子量が5万~50万のメチルセルロ
ース,平均分子量が1万~15万のポリビニルピロリドン,平均分子量が5万~5
0万のコンドロイチン硫酸又はその塩,平均分子量が5万~50万のヒドロキシプ
ロピルメチルセルロース,平均分子量が1万~30万のポリビニルアルコールから
選ばれる少なくとも1種から選ばれる少なくとも1種を含有する眼科用清涼組成物
が,ソフトコンタクトレンズ装用時の眼に適用しても刺激を伴うことなく十分な清
涼感を付与することができることを見出し,本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明者は,かかる知見に基づいて開発されたものである。
すなわち,本発明は,下記(1)~(12)に掲げる眼科用清涼組成物である。
(1)a)メントール,カンフル又はボルネオールから選択される化合物を,それ
らの総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満,
b)無機塩類,および
c)平均分子量が20万~250万のヒドロキシエチルセルロース,平均分子量
が5万~50万のメチルセルロース,平均分子量が1万~15万のポリビニルピロ
リドン,平均分子量が5万~50万のヒドロキシプロピルメチルセルロース,平均
分子量が1万~30万のポリビニルアルコール,又は平均分子量が0.5万~50
万のコンドロイチン硫酸或いはその塩から選ばれる少なくとも1種を含有すること
を特徴とするソフトコンタクトレンズ装用時に清涼感を付与するための眼科用清涼
組成物,
(2)平均分子量が20万~250万のヒドロキシエチルセルロースを,0.00
1~10w/v%で含有する(1)に記載の眼科用清涼組成物,
(3)平均分子量が5万~50万のメチルセルロースを,0.001~10w/
v%で含有する(1)に記載の眼科用清涼組成物,
(4)平均分子量が1万~15万のポリビニルピロリドンを,0.001~10w
/v%で含有する(1)に記載の眼科用清涼組成物,
(5)平均分子量が5万~50万のヒドロキシプロピルメチルセルロースを,0.
001~10w/v%で含有する(1)に記載の眼科用清涼組成物,
(6)平均分子量が1万~30万のポリビニルアルコールを,0.001~10w
/v%で含有する(1)に記載の眼科用清涼組成物,
(7)平均分子量が0.5万~50万のコンドロイチン硫酸或いはその塩を,0.
001~10w/v%で含有する(1)に記載の眼科用清涼組成物,
(8)さらに,非イオン性界面活性剤を0.001~5w/v%含有する(1)乃
至(7)に記載の眼科用清涼組成物,
(9)さらに,エデト酸又はその塩を0.0001~1w/v%含有する(1)乃
至(8)に記載の眼科用清涼組成物,
(10)さらに,アミノエチルスルホン酸,グルタミン酸,アスパラギン酸カリウ
ム,アスパラギン酸マグネシウム,グルタミン酸ナトリウム,グルコース又はトレ
ハロースから選択される少なくとも1種以上の成分を,それらの総量として0.0
1~5w/v%含有する(1)乃至(9)に記載の眼科用清涼組成物,
(11)点眼剤又は洗眼剤である(1)乃至(10)に記載の眼科用清涼組成物,
(12)a)メントール,カンフル又はボルネオールから選択される化合物を,そ
れらの総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満,
b)無機塩類,および
c)平均分子量が20万~250万のヒドロキシエチルセルロース,平均分子量
が5万~50万のメチルセルロース,平均分子量が1万~15万のポリビニルピロ
リドン,平均分子量が5万~50万のヒドロキシプロピルメチルセルロース,平均
分子量が1万~30万のポリビニルアルコール,又は平均分子量が0.5万~50
万のコンドロイチン硫酸或いはその塩から選ばれる少なくとも1種を含有すること
を特徴とするソフトコンタクトレンズ常用者用の眼科用清涼組成物。
なお,本明細書中,特に言及しない限り,%はw/v%を意味するものとする。
【発明の効果】
【0011】
本発明の眼科用清涼組成物によれば,清涼化剤のなかでも特にメントール,カン
フル又はボルネオールから選択される化合物を単独または組み合わせて,それらの
総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満の限定された範囲内で含有した
うえで,無機塩類を必須の構成成分として含有し,さらに,特定の分子量を有する
特定の高分子を組み合わせて含有することを特徴とする,ソフトコンタクトレンズ
装用時に清涼感を付与するための眼科用清涼組成物を提供することができる。
これまで,ソフトコンタクトレンズ装用中に適用する点眼剤としては,人工涙液
型点眼剤が広く用いられている。従来型の人工涙液型点眼剤では,十分な清涼感を
付与したくてもメントールなどの清涼化剤がソフトコンタクトレンズに吸着するこ
とが安全面での弊害となり,高濃度のメントールを含有することができなかった。
また吸着の問題を解決してメントールを増量しても,ソフトコンタクトレンズ装用
中の眼では,角膜が露出していないうえに涙液交換率が低下しているために,メン
トール等による刺激を受けることがなく清涼感の付与が困難であった。
本発明の眼科用清涼組成物によれば,眼に組成物を適用した直後から十分な清涼
感が得られ,かつ刺激が緩和されているため,ソフトコンタクトレンズ装用者に快
い清涼感を付与するための眼科用清涼組成物を提供できる。さらに,本発明によれ
ば,メントールを少量用いても十分な清涼感を付与することができ,刺激がなく安
全性が高い眼科用清涼組成物を提供できる。
さらに,本発明の眼科用清涼組成物は,清涼化剤の刺激を伴うことなく清涼感を
感じることができるので,例えばソフトコンタクトレンズ装用によって障害を有す
る眼となった,ソフトコンタクトレンズ常用者がソフトコンタクトレンズの装用中
のみならずソフトコンタクトレンズを外した後の眼に清涼感を付与するためのソフ
トコンタクトレンズ常用者用の眼科用清涼組成物としても利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の眼科用清涼組成物は,メントール,カンフル又はボルネオールから選択
される1種又は2種以上の化合物をそれらの総量として0.01%以上0.1%未
満で含有する。」
「【0013】
本発明の眼科用清涼組成物は,無機塩類を必須成分として含有する。かかる無機
塩類としては,…塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化ナトリウム,炭酸水素ナト
リウム,炭酸ナトリウム,硫酸マグネシウム,リン酸水素二ナトリウム,リン酸二
水素ナトリウム,リン酸二水素カリウムが好ましく,塩化カリウム,塩化ナトリウ
ムが特に好ましい。
【0014】
本発明において眼科用清涼組成物中のこれらの無機塩類は1種又は2種以上を組
み合わせて用いることができ,その含有量は無機塩類の総量として,好ましくは0.
01~10%…程度である。無機塩類が0.01%未満では,組成物を眼に適用し
た直後に十分な清涼感を感じにくく,10(w/v)%以上では,組成物を眼に適
用した直後の清涼感が強くなりすぎる傾向があり使用者によっては刺激を感じる場
合がある。
【0015】
本発明の眼科用清涼組成物では,特定の分子量を有する特定の高分子を組み合わ
せて含有することが必須の構成となる。すなわち,本発明では,平均分子量が20
万~250万のヒドロキシエチルセルロース,平均分子量が5万~50万のメチル
セルロース,平均分子量が1万~15万のポリビニルピロリドン,平均分子量が5
万~50万のヒドロキシプロピルメチルセルロース,平均分子量が1万~30万の
ポリビニルアルコール,又は平均分子量が0.5万~50万のコンドロイチン硫酸
或いはその塩から選ばれる少なくとも1種を含有することを特徴とする。
【0016】
本発明に用いるヒドロキシエチルセルロースは公知の高分子化合物であり,平均
分子量が20万~250万のものが用いられ,より好ましくは50万~200万,
特に好ましくは80万~150万のヒドロキシエチルセルロースを用いる。かかる
ヒドロキシエチルセルロースは市販のものを利用することができ,例えば住友精化
株式会社から販売されているHEC-CF-G(平均分子量約40万),HEC-C
F-H(平均分子量約70万),HEC-CF-V(平均分子量約100万),HE
C-CF-W(平均分子量約130万),HEC-CF-X(平均分子量約150万),
HEC-CF-Y(平均分子量約180万)等が利用できる。」
「【0017】
本発明に用いるメチルセルロースは公知の高分子化合物であり,平均分子量が5
万~50万のものが用いられる。さらに好ましくは平均分子量10万~50万であ
り,特に好ましくは20万~50万のメチルセルロースを用いる。かかるメチルセ
ルロースは市販のものを利用することができ,例えば,メトローズSMシリーズと
して信越化学工業株式会社から販売されている,SM-15(平均分子量約7万),
SM-25(平均分子量約9万),SM-50(平均分子量約11万),SM-10
0(平均子量約12万),SM-400(平均分子量約17万),SM-1500(平
均分子量約29万),SM-4000(平均分子量約36万)等が利用できる。」
「【0018】
本発明に用いるポリビニルピロリドンは公知の高分子化合物であり,平均分子量
が1万~15万のものが用いられる。さらに好ましくは平均分子量2万~15万の
ポリビニルピロリドンを用いる。かかるポリビニルピロリドンは市販のものを利用
することができ,例えば,コリドンシリーズとしてBASF株式会社から販売され
ている,コリドン25(平均分子量約3万),コリドン30(平均子量約5万),コ
リドン17PF(平均分子量約9万),コリドン90(平均分子量約12万)等が利
用できる。」
「【0019】
本発明に用いるヒドロキシプロピルメチルセルロースは公知の高分子化合物であ
り,平均分子量が5万~50万のものが用いられる。さらに好ましくは平均分子量
10万~50万であり,特に好ましくは20万~50万のヒドロキシプロピルメチ
ルセルロースを用いる。かかるヒドロキシプロピルメチルセルロースは市販のもの
を利用することができ,例えば,メトローズSHシリーズとして信越化学工業株式
会社から販売されている,60SH-15(平均分子量約7万),60SH-25(平
均分子量約9万),60SH-50(平均分子量約11万),60SH-100(平
均分子量約12万),60SH-400(平均分子量約17万),60SH-150
0(平均分子量約29万),60SH-4000(平均分子量約36万)等が利用で
きる。」
「【0020】
本発明に用いるポリビニルアルコールは公知の高分子化合物であり,平均分子量
が1万~30万のものを用いる。さらに好ましくは平均分子量2万~20万,特に
好ましくは平均分子量2万~15万のポリビニルアルコールを用いる。かかるポリ
ビニルアルコールは市販のものを利用することができ,例えば,ゴーセノールシリ
ーズとして日本合成化学株式会社から販売されている,ゴーセノールEG05(平
均分子量約3万),ゴーセノールEG40(平均分子量約12万)等が利用できる。」
「【0021】
本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平
均分子量が0.5万~50万のものを用いる。より好ましくは0.5万~20万,
さらに好ましくは平均分子量0.5万~10万,特に好ましくは0.5万~4万の
コンドロイチン硫酸又はその塩を用いる。かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は
市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されてい
る,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均
分子量約4万等),マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリ
ウム(平均分子量約0.7万等)等が利用できる。
本発明において眼科用清涼組成物中のコンドロイチン硫酸又はその塩の含有量は,
好ましくは0.001~10%,より好ましくは0.01~5%,特に好ましくは
0.05~3%程度である。」
「【0032】
本発明の眼科用清涼組成物としては,ソフトコンタクトレンズ装用中の眼やソフ
トコンタクトレンズ常用者に適用されるものであれば特に制限されることはないが,
点眼剤(点眼薬),洗眼剤(洗眼薬)が好適である。」
「【0035】
また,本発明の眼科用清涼組成物には,発明の効果を損なわない範囲でその用途
や形態に応じて,常法に従い,様々な成分や添加物を適宜選択し,一種またはそれ
以上を併用して含有させてもよい。」
「【0041】
また,本発明の眼科用清涼組成物は,清涼化剤の刺激を伴うことなく清涼感を感
じることができるので,例えばソフトコンタクトレンズ装用によって障害を有する
刺激に敏感な眼に対して,ソフトコンタクトレンズを常用している使用者がソフト
コンタクトレンズの装用中のみならずソフトコンタクトレンズを外した後の眼に清
涼感を付与するための眼科用清涼組成物としても利用できる。
清涼化剤のなかでも特にメントール,カンフル又はボルネオールから選択される
化合物を単独または組み合わせて,その総量として0.01w/v%以上0.1w
/v%未満の限定された範囲内で含有したうえで,無機塩類を必須の構成成分とし
て含有し,さらに,特定の分子量を有する特定の高分子を組み合わせて含有するこ
とで,ソフトコンタクトレンズを常用することによって眼に障害を有して,刺激に
敏感になった眼に適用した場合においても,適用直後から十分な清涼感が付与され,
かつ,刺激が緩和されている使用感に優れた組成物を提供することができる。」
「【実施例】
【0042】
以下に,試験例及び実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが,本発明はこれ
らの実施例によって限定されるものではない。
【0043】
実施例および比較例の調製
試験に用いた各実施例及び試験例の調製は,表1~6に示す処方に従った。具体
的には,表1に記載の実施例1の調製方法を示す。ヒドロキシエチルセルロース(H
EC-CF-G)を約100mLの精製水中にて攪拌溶解した(調製液A)。次に,
ポリソルベート80,l-メントール,d-カンフル,d-ボルネオールを攪拌溶
解した(調整液B)。エデト酸ナトリウムと塩化ナトリウムを50mLの精製水に溶
解し,調整液Aおよび調製液Bを加え,さらに精製水を加えてpHを調整して(p
H=7.4),全体を200mlとした。さらに実施例1に従い,他の実施例及び比
較例も調製した。
【0044】
清涼感付与試験
試験溶液を無菌的に濾過し,10mlずつ点眼容器に充填して,20名のソフト
コンタクトレンズを常用している専用パネラーにおいて,ソフトコンタクトレンズ
を装用中又は裸眼時(ソフトコンタクトレンズを外した直後)に点眼した場合の,
点眼直後及び点眼5分後,点眼10分後の清涼感の評価を行った。使用したソフト
コンタクトレンズは,グループIV(2ウイークアキュビュー(登録商標),ジョン
ソンエンドジョンソン株式会社)のソフトコンタクトレンズを用いた。
各パネラーには,清涼感について全く感じない場合を0点,十分に強い清涼感を
感じる場合を6点として7段階評価してもらった。同様に眼刺激について全く感じ
ない場合を6点,強い刺激を感じる場合を0点として7段階評価してもらった。パ
ネラー全員の評価点を平均して,その平均値が0~2点未満を×,2点以上3点未
満を△,3点以上4点未満を○,4点以上6点以下を◎として表に結果を示す。」
「【0052】
試験の結果,ポリビニルピロリドン(平均分子量約3万)又は/及びポリビニル
ピロリドン(平均分子量約12万)を塩化ナトリウムと組み合わせて含有する本発
明の実施例では眼に組成物を適用した直後から十分な清涼感が得られ,刺激がなく
安全性が高いことが示された。また,ソフトコンタクトレンズを常用すると,涙液
の減少や角膜表面に何らかの障害を惹起することが知られており,特にソフトコン
タクトレンズを外した直後は,メントール等の清涼感に対して極めて過敏になって
いるが,この極めて過敏な眼に対しても刺激を伴うことなく十分な清涼感を付与す
ることができることが確認された。」
「【0054】
試験の結果,ポリビニルアルコール(平均分子量約3万)又は/及びポリビニル
アルコール(平均分子量約12万)を塩化ナトリウムと組み合わせて含有する本発
明の実施例では眼に組成物を適用した直後から十分な清涼感が得られ,刺激がなく
安全性が高いことが示された。また,ソフトコンタクトレンズを常用すると,涙液
の減少や角膜表面に何らかの障害を惹起することが知られており,特にソフトコン
タクトレンズを外した直後は,メントール等の清涼感に対して極めて過敏になって
いるが,この極めて過敏な眼に対しても刺激を伴うことなく十分な清涼感を付与す
ることができることが確認された。
【0055】
【表6】
【0056】
試験の結果,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万)又は/及びコ
ンドイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約2万)を塩化ナトリウムと組み合わせて
含有する本発明の実施例では眼に組成物を適用した直後から十分な清涼感が得られ,
刺激がなく安全性が高いことが示された。また,ソフトコンタクトレンズを常用す
ると,涙液の減少や角膜表面に何らかの障害を惹起することが知られており,特に
ソフトコンタクトレンズを外した直後は,メントール等の清涼感に対して極めて過
敏になっているが,この極めて過敏な眼に対しても刺激を伴うことなく十分な清涼
感を付与することができることが確認された。」
(3)本件発明の技術的特徴
前記(2)の本件明細書の記載によれば,本件発明は,ソフトコンタクトレンズ装用
時においても十分な清涼感を付与することができる眼科用清涼組成物を提供するも
のである。従来から,メントール等の清涼化剤を増量することなく十分な清涼感を
持続させるとともに,メントールの刺激性を改善した点眼剤については知られてい
たものの,これらの点眼剤は,専ら裸眼又はハードコンタクトレンズ常用者に対し
て清涼感を付与することを主たる目的として開発されたものである。そのため,こ
れらの点眼剤は,ソフトコンタクトレンズ装用者が裸眼の場合と比較して格段に清
涼感を感じにくいという,ソフトコンタクトレンズ特有の課題を考慮するものでは
なかった。
本件発明は,上記課題を解決して,ソフトコンタクトレンズの装用者又は常用者
に対し十分な清涼感を付与する眼科用清涼組成物を提供するものである。本件発明
によれば,ソフトコンタクトレンズ装用者に対し十分な清涼感を付与し,かつ,刺
激がなく安全性が高い眼科用清涼組成物を提供するとともに,ソフトコンタクトレ
ンズ常用者に対しても,ソフトコンタクトレンズの装用中のほか,ソフトコンタク
トレンズを外した後の眼にも清涼感を付与する眼科用清涼組成物を提供するもので
ある。
(4)本件明細書における「平均分子量」の意義
前提となる事実に証拠(後掲各証拠のほか,甲49〔本件明細書〕)及び弁論の全
趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
ア「平均分子量」という概念は,一義的なものではなく,測定方法の違い等に
よって,「重量平均分子量」,「数平均分子量」,「粘度平均分子量」等にそれぞれ区分
される(甲17)。そのため,同一の高分子化合物であっても,「重量平均分子量」,
「数平均分子量」,「粘度平均分子量」等の各数値は,必ずしも一致せず,それぞれ
異なるものとなり得る(甲27)。
イ本件特許請求の範囲及び本件明細書には,単に「平均分子量」と記載される
にとどまり,上記にいう「平均分子量」が「重量平均分子量」,「数平均分子量」,「粘
度平均分子量」等のいずれに該当するかを明らかにする記載は存在しない。
もっとも,本件明細書に記載された他の高分子化合物については,例えば,ヒド
ロキシエチルセルロース(【0016】),メチルセルロース(【0017】),ポリビ
ニルピロリドン(【0018】)及びポリビニルアルコール(【0020】)の平均分
子量として記載されている各社の各製品の各数値は,重量平均分子量の各数値が記
載されているものであり,この重量平均分子量の各数値は公知であったから(甲5
8,61ないし67),当業者は,これらの高分子化合物の平均分子量は,重量平均
分子量を意味するものと解するものと推認される。
ウ次に掲げる事実によれば,高分子化合物の「平均分子量」は,本件出願日当
時には,一般に「重量平均分子量」によって明記されていたことが認められる。
(ア)特開平10-139666号公報(甲58【0027】)には,ポリビニルピ
ロリドン(ポビドン)の「平均分子量」が「重量平均分子量」によって明記されて
いる。
(イ)特開2001-187731号公報(甲61【0006】,【0007】)に
は,ヒドロキシエチルセルロース,メチルセルロース,ポリビニルピロリドン,ヒ
ドロキシプロピルメチルセルロース,ポリビニルアルコールの「平均分子量」が「重
量平均分子量」によって明記されている。
(ウ)特開2002-154989号公報(甲62【0014】)には,セルロース
系高分子化合物の「平均分子量」が「重量平均分子量」によって明記されている。
(エ)特開2001-125052号公報(甲63【0009】)には,ポリビニル
系高分子化合物及びセルロース系高分子化合物の「平均分子量」が「重量平均分子
量」によって明記されている。
(オ)特開2003-201241号公報(甲64【0016】)には,セルロース
誘導体の「平均分子量」が「重量平均分子量」によって明記されている。
(カ)特開2002-345929号公報(甲65【特許請求の範囲】)には,特定
の構造を有するカチオンポリマーの「平均分子量」が「重量平均分子量」によって
明記されている。
(キ)特開2002-20320号公報(甲66【0009】)には,塩基性アミノ
酸のポリマーの「平均分子量」が「重量平均分子量」によって明記されている。
(ク)信越化学工業株式会社作成に係る「医薬品添加剤メトローズ」と題するカタ
ログ(甲67の6頁)には,ヒドロキシプロピルメチルセルロースの「平均分子量」
が「重量平均分子量」によって明記されている。
(ケ)特開平9-202731号公報(甲59【0026】,【0041】ないし【0
048】)には,「平均分子量」は「重量平均分子量」であることが好ましいとされ
た上,コンドロイチン硫酸の「平均分子量」が「重量平均分子量」の測定方法であ
る光散乱法(甲17)で算定されている。
(コ)特開2002-3384号公報(甲60【0017】)には,「多糖類の平均
分子量は,重量平均分子量で示すのが一般的である」と記載されている。
エ次に掲げる事実によれば,マルハ株式会社(その後に同社の事業を承継した
マルハニチロ株式会社を含む〔甲43〕)から販売されていたコンドロイチン硫酸ナ
トリウムの「重量平均分子量」は,本件出願日当時,2万ないし2.5万程度のも
のであったことが認められる。
(ア)特開2004-196695号公報(甲28【0028】ないし【0030】,
【0033】及び【0034】。以下,当該公報を「甲28公報」という。)には,
マルハ株式会社製Lot.PUC-791のコンドロイチン硫酸ナトリウムの「平
均分子量」が「重量平均分子量」の測定方法である光散乱法により測定され,その
数値が「21,500」であると算定されている。また,マルハ株式会社製Lot.
PUC-794及び790のコンドロイチン硫酸ナトリウムの「平均分子量」が「重
量平均分子量」の測定方法である光散乱法により測定され,その数値が「24,1
00」と算定されている。
(イ)特開2004-263109号公報(甲29【0032】ないし【0035】,
【0039】。以下,当該公報を「甲29公報」という。)には,マルハ株式会社製
Lot.PUC-790(甲45)のコンドロイチン硫酸ナトリウムの「平均分子
量」が「重量平均分子量」の測定方法である光散乱法により測定され,その数値が
「21,500」であると算定されている。また,マルハ株式会社製Lot.PU
C-794のコンドロイチン硫酸ナトリウムの「平均分子量」が「重量平均分子量」
の測定方法である光散乱法により測定され,その数値が「21,200」と算定さ
れている。
オマルハ株式会社は,平成15年ないし平成16年頃,コンドロイチン硫酸ナ
トリウム(Lot.PUC-822,829,844,845,849,850及
び855)の平均分子量につき,全て「粘度平均分子量」で測定してこれを販売し
ており,それ以外の測定方法によって算出したものは存在しない。また,上記の各
製品の「粘度平均分子量」は6千ないし1万程度のものであったことが認められる。
(甲2)
カマルハ株式会社は,過去において,ユーザーからコンドロイチン硫酸ナトリ
ウムの平均分子量について問合せがあった場合には,粘度平均分子量の数値を提供
していたものであり(甲43),ユーザーには当業者が含まれると推認されるから,
本件出願日当時,マルハ株式会社のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量と
して,同社のユーザーである当業者に公然に知られた数値は,粘度平均分子量の数
値であったと認められる。
キマルハ株式会社と生化学工業株式会社の2社は,本件出願日当時,コンドロ
イチン硫酸又はその塩の製造販売を市場において独占していた。
(5)明確性要件違反について
本件特許請求の範囲にいう「平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸
或いはその塩」にいう平均分子量が,本件出願日当時,「重量平均分子量」,「粘度平
均分子量」等のいずれを示すものであるかについては,本件明細書において,これ
を明らかにする記載は存在しない。もっとも,このような場合であっても,本件明
細書におけるコンドロイチン硫酸あるいはその塩及びその他の高分子化合物に関す
る記載を合理的に解釈し,当業者の技術常識も参酌して,その平均分子量が何であ
るかを合理的に推認することができるときには,そのように解釈すべきである。し
かし,本件においては,次に述べるとおり,「コンドロイチン或いはその塩」の平均
分子量が重量平均分子量であるのか,粘度平均分子量であるのかを合理的に推認す
ることはできない。
前記(2)ないし(4)の認定事実によれば,本件明細書(【0021】)には,「本発明
に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平均分子量
が0.5万~50万のものを用いる。より好ましくは0.5万~20万,さらに好
ましくは平均分子量0.5万~10万,特に好ましくは0.5万~4万のコンドロ
イチン硫酸又はその塩を用いる。かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のも
のを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コン
ドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約
4万等),マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均
分子量約0.7万等)等が利用できる。」という記載がされている。また,本件出願
日当時,マルハ株式会社が販売していたコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子
量は,重量平均分子量によれば2万ないし2.5万程度のものであり,他方,粘度
平均分子量によれば6千ないし1万程度のものであったことからすれば,本件明細
書のマルハ株式会社から販売される上記「コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分
子量約0.7万等)」にいう「平均分子量」が客観的には粘度平均分子量の数値を示
すものであると推認される。
そして,マルハ株式会社は,本件出願日当時,コンドロイチン硫酸ナトリウムの
製造販売を独占する二社のうちの一社であって,コンドロイチン硫酸ナトリウムの
平均分子量を粘度平均分子量のみで測定し,ユーザー(当業者を含む。以下同じ。)
から問い合わせがあった場合には,その数値(6千ないし1万程度のもの)をユー
ザーに提供していたのであり,マルハ株式会社のコンドロイチン硫酸ナトリウムの
平均分子量として,同社のコンドロイチン硫酸ナトリウムを利用する当業者に公然
と知られていた数値は,このような粘度平均分子量の数値であったと認められる。
のみならず,本件出願日当時には,マルハ株式会社から販売されていたコンドロイ
チン硫酸ナトリウムの重量平均分子量が2万ないし2.5万程度のものであること
を示す刊行物が既に複数頒布され,当該数値は,本件明細書にいう0.7万等とい
う数値とは明らかに齟齬するものであることが認められる。これらの事情の下にお
いては,本件明細書の「コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)」
という記載に接した当業者は,上記にいう平均分子量が粘度平均分子量を示す可能
性が高いと理解するのが自然である。そうすると,当業者は,本件特許請求の範囲
の記載について,少なくともコンドロイチン硫酸又はその塩に限っては,重量平均
分子量によって示されていることに疑義を持つものと認めるのが相当である。
したがって,当業者は,本件出願日当時,本件明細書に記載されたその他高分子
化合物であるヒドロキシエチルセルロース(【0016】),メチルセルロース(【0
017】),ポリビニルピロリドン(【0018】)及びポリビニルアルコール(【00
20】)については重量平均分子量で記載されているものと理解したとしても,少な
くとも,コンドロイチン硫酸ナトリウムに限っては,直ちに重量平均分子量で記載
されているものと理解することはできず,これが粘度平均分子量あるいは重量平均
分子量のいずれを意味するものか特定することができないものと認められる。
以上によれば,本件特許請求の範囲にいう「平均分子量が0.5万~4万のコン
ドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が,本件出願日当時,「重量平均分
子量」,「粘度平均分子量」のいずれを示すものであるかが明らかでない以上,上記
記載は,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であり,特許法36条6項2
号に違反すると認めるのが相当である。
(6)被告の主張に対する判断
ア甲28公報及び甲29公報には,マルハ株式会社製のコンドロイチン硫酸ナ
トリウム(Lot.PUC-790等)の「重量平均分子量」の数値が記載される
にとどまり,その他測定方法による数値が記載されず,マルハ株式会社がコンドロ
イチン硫酸ナトリウムの「重量平均分子量」以外の平均分子量の値を当業者に提供
していたことはうかがわれないのであるから,当業者は本件明細書(【0021】)
の「コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)」の「平均分子量」
が「粘度平均分子量」であると理解することはない旨主張する。しかしながら,前
記(4)の認定事実のとおり,マルハ株式会社は,コンドロイチン硫酸ナトリウムを全
て「粘度平均分子量」の数値で算定していた上,ユーザーから問合せがあればその
数値を伝えていたのであるから,マルハ株式会社がそのコンドロイチン硫酸ナトリ
ウムについて「重量平均分子量」以外の平均分子量の値を当業者に提供していない
とする被告の主張は,その前提を欠く。かえって,甲28公報及び甲29公報にお
いて示されているコンドロイチン硫酸ナトリウムの「重量平均分子量」の数値は,
甲28公報及び甲29公報各記載の各製品と本件明細書記載の製品が概ね同時期に
販売されていたにもかかわらず,本件明細書にいうコンドロイチン硫酸ナトリウム
の「平均分子量」の数値と大きく齟齬しているのであるから,当業者は,むしろ,
上記各公報の測定方法と本件明細書の測定方法が異なるものと理解するのが自然で
ある。したがって,被告の上記主張は理由がない。
イ被告は,本件出願日当時,「重量平均分子量」が高分子の「平均分子量」とし
て最も多い頻度で使用され,しかも「重量平均分子量」は,他のものとは異なり高
分子の各種物性と関わりを有するものであるから,当業者は,本件特許請求の範囲
にいう「コンドロイチン硫酸或いはその塩」の「平均分子量」を「重量平均分子量」
であると理解するのが自然であるなどと主張する。
しかしながら,前記(4)の認定事実によれば,本件出願日当時,高分子の平均分子
量は一般には「重量平均分子量」によって明記されていたことが認められるものの,
マルハ株式会社の販売するコンドロイチン硫酸ナトリウムに限っては,そのユーザ
ーには粘度平均分子量によって測定された平均分子量の数値が公然と示されていた
のであり,同数値は,本件出願日前に頒布された複数の刊行物に記載されていた,
同社のコンドロイチン硫酸ナトリウムの重量平均分子量の数値とは明らかに齟齬す
ることからすれば,本件出願日当時の当業者にとっては,他の高分子化合物とは異
なり,少なくとも本件明細書に示された同社のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平
均分子量が重量平均分子量か,粘度平均分子量であるかは不明であったものといわ
ざるを得ない。
以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明と,当業者の技術常識から,これ
を合理的に解釈しようとしても,本件特許請求の範囲におけるコンドロイチン硫酸
ナトリウムに係る「平均分子量」が「重量平均分子量」か「粘度平均分子量」を意
味するかが不明であり,その数値範囲を特定することができないのであるから,本
件特許請求の範囲の上記記載は不明確であるといわざるを得ない。したがって,被
告の上記主張は,採用することができない。
(7)まとめ
以上によれば,「平均分子量」という本件特許請求の範囲の記載は,特許法36条
6項2号の明確性要件に違反するものと認められるから,その余の点を判断するま
でもなく,審決にはこれを取り消すべき違法があり,原告の取消事由1には理由が
ある。
2取消事由8(甲1発明に基づく新規性欠如又は進歩性欠如に関する判断の誤
り)について
審決は,本件発明の「平均分子量」を「重量平均分子量」と解した上で,本件発
明の要旨を認定し,本件発明は,甲1発明に基づき,当業者が容易に発明し得たも
のとはいえないと判断した。しかし,審決のこの判断も,次に述べるとおり,誤り
である。
(1)本件発明の要旨
本件明細書によれば,本件発明の内容は,次のとおりであると認められる(甲4
9)。
ア本件発明は,ソフトコンタクトレンズ装用中に眼に適用することで,ソフト
コンタクトレンズ装用時においても十分な清涼感を付与することができる眼科用清
涼組成物に関するものである(【0001】)。眼科用清涼組成物においては,メント
ールに代表される清涼化剤が配合されるところ,清涼化剤の配合は,快適な強さの
清涼感を不快な刺激を伴うことなく付与できるよう処方設計することが重要であり,
常時起こっている涙液交換,すなわち涙液による希釈と排出を被っても適度な強さ
の清涼感を付与できるだけの高濃度のメントールの投与が必要になる。しかしなが
ら,過剰に高濃度のメントールは,点眼直後に清涼感を超えた強すぎる不快な刺激
を伴うため,眼科用清涼組成物に配合できるメントール量にはおのずと限界がある。
(【0001】,【0002】)
イ他方,メントール等の清涼化剤を単に増量することなく,十分な清涼感を持
続させるとともにメントールの刺激性を改善する方法が示されている。しかしなが
ら,これらの方法や点眼剤は,専らソフトコンタクトレンズを装用していない使用
者,すなわち裸眼又はハードコンタクトレンズを常用する使用者に対して清涼感を
付与することを主目的として開発されており,ソフトコンタクトレンズ装用者にお
ける特有の課題については何ら考慮されてはいない。(【0004】)
ウすなわち,ソフトコンタクトレンズ装用においては,以下のような特有の課
題がある。角膜は知覚神経に富む組織であり,角膜上皮における神経密度は皮膚の
約300~600倍といわれている。したがって,使用者が清涼感を感じるかどう
かは,角膜表面にメントールがどの程度接触したかに影響される。ハードコンタク
トレンズの直径は角膜径よりも小さく,ハードコンタクトレンズを装用しても角膜
周縁部が露出しているが,ソフトコンタクトレンズ径は,角膜よりも大きくソフト
コンタクトレンズを装用すると角膜表面はソフトコンタクトレンズに覆われてしま
う。そのため,ソフトコンタクトレンズ装用者は,裸眼の場合に比して格段に清涼
感を感じにくい。
また,ソフトコンタクトレンズを装用中は,レンズ後面(角膜側)とレンズに覆
われていない部分(結膜表面)との涙液交換率が極めて低下する。ハードコンタク
トレンズでは,ベストフィッティングでの涙液交換率が健常眼の涙液メニスカスに
おける涙液交換率と同程度の高値25.6±11.1(%/分)を示すが,ソフト
コンタクトレンズでは,ベストフィッティングでの涙液交換率ですら,16.5±
1.1(%/分)と低値を示す。そのため,メントールがソフトコンタクトレンズ
と眼表面の間隙にある涙液層を経て角膜中央部に到達するための涙液交換も著しく
遅く,清涼感の感度低下を増長してしまう。(【0005】)
エこれまで,ソフトコンタクトレンズ装用中の眼に適用した場合においても,
十分な清涼感を付与することができる眼科用清涼組成物は知られていなかった。ま
た,ソフトコンタクトレンズ装用中にレンズ後面の涙液交換を促進する方法も,ほ
とんど知られていない。このようにソフトコンタクトレンズ装用中に所要の清涼感
を一定時間持続させつつ,刺激を緩和することは極めて困難であった。そこで,本
件発明は,ソフトコンタクトレンズを装用中においても,十分な清涼感を付与でき
る清涼組成物を提供することを課題とするものである。(【0006】,【0008】)
オ本件発明の発明者らは,課題解決のために鋭意検討の結果,a)メントール,
カンフル又はボルネオールから選択される化合物を,それらの総量として0.01
(w/v)%以上0.1(w/v)%未満,b)無機塩類,c)平均分子量が20
万~250万のヒドロキシエチルセルロース,平均分子量が5万~50万のメチル
セルロース,平均分子量が1万~15万のポリビニルピロリドン,平均分子量が5
万~50万のコンドロイチン硫酸又はその塩,平均分子量が5万~50万のヒドロ
キシプロピルメチルセルロース,平均分子量が1万~30万のポリビニルアルコー
ルから選ばれる少なくとも1種から選ばれる少なくとも1種を含有する眼科用清涼
組成物が,ソフトコンタクトレンズ装用時の眼に適用しても刺激を伴うことなく十
分な清涼感を付与することができることを見いだし,本件発明を完成するに至った。
本件発明の眼科用清涼組成物によれば,清涼化剤のなかでも特にメントール,カン
フル又はボルネオールから選択される化合物を単独または組み合わせて,それらの
総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満の限定された範囲内で含有した
上で,無機塩類を必須の構成成分として含有し,さらに,特定の分子量を有する特
定の高分子を組み合わせて含有することを特徴とする,ソフトコンタクトレンズ装
用時に清涼感を付与するための眼科用清涼組成物を提供することができる。(【00
09】,【0011】)
カこれまで,ソフトコンタクトレンズ装用中に適用する点眼剤としては,人工
涙液型点眼剤が広く用いられている。従来型の人工涙液型点眼剤では,十分な清涼
感を付与したくてもメントールなどの清涼化剤がソフトコンタクトレンズに吸着す
ることが安全面での弊害となり,高濃度のメントールを含有することができなかっ
た。また吸着の問題を解決してメントールを増量しても,ソフトコンタクトレンズ
装用中の眼では,角膜が露出していない上に涙液交換率が低下しているために,メ
ントール等による刺激を受けることがなく清涼感の付与が困難であった。本件発明
の眼科用清涼組成物によれば,眼に組成物を適用した直後から十分な清涼感が得ら
れ,かつ,刺激が緩和されているため,ソフトコンタクトレンズ装用者に快い清涼
感を付与するための眼科用清涼組成物を提供できる。また,本件発明によれば,メ
ントールを少量用いても十分な清涼感を付与することができ,刺激がなく安全性が
高い眼科用清涼組成物を提供できる。さらに,本件発明の眼科用清涼組成物は,清
涼化剤の刺激を伴うことなく清涼感を感じることができるので,例えばソフトコン
タクトレンズ装用によって障害を有する眼となった,ソフトコンタクトレンズ常用
者がソフトコンタクトレンズの装用中のみならずソフトコンタクトレンズを外した
後の眼に清涼感を付与するためのソフトコンタクトレンズ常用者用の眼科用清涼組
成物としても利用できる。(【0011】)
キまた,本件発明の眼科用清涼組成物は,清涼化剤の刺激を伴うことなく清涼
感を感じることができるので,例えばソフトコンタクトレンズ装用によって障害を
有する刺激に敏感な眼に対して,ソフトコンタクトレンズを常用している使用者が
ソフトコンタクトレンズの装用中のみならずソフトコンタクトレンズを外した後の
眼に清涼感を付与するための眼科用清涼組成物としても利用できる(【0041】)。
ク試験溶液を無菌的に濾過し,10mlずつ点眼容器に充填して,20名のソ
フトコンタクトレンズを常用している専用パネラーにおいて,ソフトコンタクトレ
ンズを装用中又は裸眼時(ソフトコンタクトレンズを外した直後)に点眼した場合
の,点眼直後及び点眼5分後,点眼10分後の清涼感の評価を行った。使用したソ
フトコンタクトレンズは,グループIV(2ウイークアキュビュー(登録商標),ジ
ョンソンエンドジョンソン株式会社)のソフトコンタクトレンズを用いた。各パネ
ラーには,清涼感について全く感じない場合を0点,十分に強い清涼感を感じる場
合を6点として7段階評価してもらった。同様に眼刺激について全く感じない場合
を6点,強い刺激を感じる場合を0点として7段階評価してもらった。パネラー全
員の評価点を平均して,その平均値が0~2点未満を×,2点以上3点未満を△,
3点以上4点未満を○,4点以上6点以下を◎として表に結果を示す。(【0044】)
ケ試験の結果,ポリビニルピロリドン(平均分子量約3万)又は/及びポリビ
ニルピロリドン(平均分子量約12万)を塩化ナトリウムと組み合わせて含有する
本件発明の実施例では眼に組成物を適用した直後から十分な清涼感が得られ,刺激
がなく安全性が高いことが示された。また,ソフトコンタクトレンズを常用すると,
涙液の減少や角膜表面に何らかの障害を惹起することが知られており,特にソフト
コンタクトレンズを外した直後は,メントール等の清涼感に対して極めて過敏にな
っているが,この極めて過敏な眼に対しても刺激を伴うことなく十分な清涼感を付
与することができることが確認された。(【0052】)
コ試験の結果,ポリビニルアルコール(平均分子量約3万)又は/及びポリビ
ニルアルコール(平均分子量約12万)を塩化ナトリウムと組み合わせて含有する
本件発明の実施例では眼に組成物を適用した直後から十分な清涼感が得られ,刺激
がなく安全性が高いことが示された。また,ソフトコンタクトレンズを常用すると,
涙液の減少や角膜表面に何らかの障害を惹起することが知られており,特にソフト
コンタクトレンズを外した直後は,メントール等の清涼感に対して極めて過敏にな
っているが,この極めて過敏な眼に対しても刺激を伴うことなく十分な清涼感を付
与することができることが確認された。(【0054】)
【表6】
サ試験の結果,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万)又は/及
びコンドイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約2万)を塩化ナトリウムと組み合わ
せて含有する本件発明の実施例では眼に組成物を適用した直後から十分な清涼感が
得られ,刺激がなく安全性が高いことが示された。また,ソフトコンタクトレンズ
を常用すると,涙液の減少や角膜表面に何らかの障害を惹起することが知られてお
り,特にソフトコンタクトレンズを外した直後は,メントール等の清涼感に対して
極めて過敏になっているが,この極めて過敏な眼に対しても刺激を伴うことなく十
分な清涼感を付与することができることが確認された。(【0056】)
(2)甲1発明の要旨
甲1公報によれば,甲1発明の内容は,次のとおりであると認められる(甲1)。
ア甲1発明は,眼科用組成物に関し,テルペノイド類と,水溶性高分子と,局
所麻酔剤とを含有することにより,良好な清涼感を付与でき,清涼感が持続すると
共に刺激性が低く,特に点眼剤用,洗眼剤用及びコンタクトレンズ装着液用等に好
適な眼科用組成物を提供するものである(【0001】)。
イ上記の課題を解決するための手段は,以下のとおりである。
(ア)テルペノイド類と,水溶性高分子化合物と,局所麻酔剤とを含有することを
特徴とする眼科用組成物である。
(イ)テルペノイド類が,メントール類,カンフル類,ボルネオール類,ゲラニオ
ール,シネオール,リナロール,ユーカリ油,ベルガモット油,ウイキョウ油及び
ローズ油から選択される少なくとも1種である。
(ウ)水溶性高分子化合物が,メチルセルロース,ヒドロキシプロピルメチルセル
ロース,ヒドロキシエチルセルロース,ポリビニルアルコール,ポリビニルピロリ
ドン,カルボキシビニルポリマー,ヒアルロン酸ナトリウム及びコンドロイチン硫
酸ナトリウムの少なくとも1種である。
(エ)局所麻酔剤が,クロロブタノール,リドカイン,塩酸リドカイン,塩酸ジブ
カイン及び塩酸オキシブプロカインの少なくとも1種である。
(オ)点眼剤用,洗眼剤用及びコンタクトレンズ装着液用の少なくともいずれかに
用いられる眼科用組成物である。
(カ)水溶性高分子化合物が,清涼感持続化剤である眼科用組成物である。
(キ)テルペノイド類と,水溶性高分子化合物と,局所麻酔剤とを配合することを
特徴とする清涼感持続化方法である。(【0007】)
ウ水溶性高分子としては,具体的には,以下の市販品を好適に使用することが
できる。例えば,メチルセルロースであれば,信越化学工業(株)製メトローズS
M(粘度グレード15,25,100,400,1500,4000,8000),
ヒドロキシプロピルメチルセルロースであれば,信越化学工業(株)製のメトロー
ズ60SH(粘度グレード15,50,100,400,1500,4000,8
000),65SH(粘度グレード50,400,1500,4000),90SH
(粘度グレード100,400,4000),ヒドロキシエチルセルロースであれば,
住友精化(株)製のフジケミHEC(CF-G,CF-H,CF-V,CF-W,
CF-X,CF-Y),ポリビニルアルコールであれば,日本合成化学工業(株)製
のゴーセノール(EG-05,EG-25,EG-30,EG-40),ポリビニル
ピロリドンであれば,BASF社製のKollidon(12PF,17PF,2
5,30,90F),カルボキシビニルポリマーであれば,Goodrich社製の
カーボポール(981,980,974P,974-NF,941,940,93
4P,910),ヒアルロン酸ナトリウムであれば,キューピー(株)製のヒアルロ
ンサン(HA-AM,HA-QA),マルハ(株)製のヒアルロン酸,ナトリウム「マ
ルハ」(点眼用)(平均重合度1500~3000),コンドロイチン硫酸ナトリウム
であれば,マルハ(株)製の局外規コンドロイチン硫酸ナトリウム等の市販品が挙
げられる。(【0012】)
エ甲1発明の眼科用組成物の用途としては,特に制限はないが,清涼感が良好
で,更に清涼感の持続性も良好であるとともに,清涼化剤等による,眼に対する刺
激性が低いことから,特に点眼剤として配合されるのが好ましい。当該点眼剤とし
ては,医療用点眼剤でもよく,一般用点眼剤でもよく,またソフトコンタクトレン
ズ,ハードコンタクトレンズ等を装用した状態でも点眼可能である。また,甲1発
明の眼科用組成物の用途としては,洗眼剤,コンタクトレンズ装着液等も好ましい。
(【0028】)
オ【表1】のとおり,眼科用組成物(点眼剤)を調製(配合量:g/100m
L)し,容器に充填した後,点眼直後の清涼感,当該清涼感の持続性及び眼刺激性
について各々評価した。なお,点眼直後の清涼感及び当該清涼感の持続性は,専門
パネラーによる官能試験により評価した。眼刺激性については,厚生省科学研究報
告(昭和45年)における点眼用保存剤粘膜刺激性短期試験方法に準じて行なった。
各々の評価においては,下記評価基準に従い評価した。(【0031】ないし【00
35】)
<評価基準>
-点眼直後の清涼感-
5:清涼感を非常に強く感じる。
4:清涼感を強く感じる。
3:清涼感を感じる。
2:清涼感が殆ど感じられない。
1:清涼感が感じられない。
-清涼感の持続性-
◎:清涼感が,10分以上持続して感じられる。
○:清涼感が,5分以上10分未満持続して感じられる。
△:清涼感が,1分以上5分未満持続して感じられる。
×:清涼感が,1分未満で感じられなくなる。
-眼刺激性-
◎:Draize法による平均評点が0点以上2点未満である。
○:Draize法による平均評点が2点以上4点未満である。
△:Draize法による平均評点が4点以上6点未満である。
×:Draize法による平均評点が6点以上である。
【表1】
(3)甲1発明の認定の誤りについて
被告は,甲1発明(【0012】)には「コンドロイチン硫酸ナトリウムであれば,
マルハ(株)製の局外規コンドロイチン硫酸ナトリウム等の市販品が挙げられる。」
と記載されているものの,コンドロイチン硫酸ナトリウムの重量平均分子量が特定
されていないから,本件発明と甲1発明の相違点は,審決認定に係る相違点の他に,
本件発明1は「平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩を
組み合わせたもの」であるのに対し,甲1発明では平均分子量が特定されていない
という点についても,相違点Aとして認定されるべきであるなどと主張する。
そこで検討するに,甲1公報(【0012】)には,「マルハ(株)製の局外規コン
ドロイチン硫酸ナトリウム等の市販品が挙げられる。」と記載されているのである
から,甲1公報の実施例では,マルハ(株)製の局外規コンドロイチン硫酸ナトリ
ウムが使用されたことは明らかである。そして,証拠(甲28,29,43)及び
弁論の全趣旨によれば,①マルハ株式会社は,コンドロイチン硫酸ナトリウムを
「局外規コンドロイチン硫酸ナトリウム」と称して販売していたこと,②甲28
公報には,マルハ株式会社製Lot.PUC-791のコンドロイチン硫酸ナトリ
ウムの「平均分子量」が「重量平均分子量」の測定方法である光散乱法により「2
1,500」であると算定され,また,マルハ株式会社製Lot.PUC-794
及び790のコンドロイチン硫酸ナトリウムの「平均分子量」が「重量平均分子量」
の測定方法である光散乱法により「24,100」と算定されたこと,③甲29
公報には,マルハ株式会社製Lot.PUC-790(甲45)のコンドロイチン
硫酸ナトリウムの「平均分子量」が「重量平均分子量」の測定方法である光散乱法
により「21,500」であると算定され,また,マルハ株式会社製Lot.PU
C-794のコンドロイチン硫酸ナトリウムの「平均分子量」が「重量平均分子量」
の測定方法である光散乱法により「21,200」と算定されていること,④こ
れらの事実によれば,平成14年から平成15年頃にかけてマルハ株式会社により
販売されていたコンドロイチン硫酸ナトリウムの「重量平均分子量」は,2万ない
し2万5千程度であったと認められること,⑤甲1発明の出願日は平成13年1
2月19日であるのに対し,甲28公報に係る発明の出願日は平成14年12月1
8日,甲29公報の発明に係る出願日は平成15年3月3日であって,上記各出願
日はいずれも近接していること,以上の事実が認められる。
上記認定事実によれば,甲1発明の実施例で使用されたマルハ株式会社の「局外
規コンドロイチン硫酸ナトリウム」の「重量平均分子量」は,ロット番号が必ずし
も明らかではないものの,甲28公報及び甲29公報に係るマルハ株式会社のコン
ドロイチン硫酸ナトリウムと同様に,2万ないし2万5千程度であったと推認する
のが相当であり,これを覆すに足りる証拠はない。そうすると,甲1発明に係る審
決の認定に誤りはないものと認められる。
したがって,被告の上記主張は,採用することはできない。
(4)本件発明1について
ア相違点1及び1’に係る容易想到性の判断について
前記(2)の認定事実によれば,甲1公報(【0028】)には,「該点眼剤としては,
医療用点眼剤でもよく,一般用点眼剤でもよく,またソフトコンタクトレンズ,ハ
ードコンタクトレンズ等を装用した状態でも点眼可能である。」と記載されており,
甲1発明の点眼剤をソフトコンタクトレンズの装用者にも適用し得ることが示唆さ
れているのであるから,当業者は,甲1発明の点眼剤をソフトコンタクトレンズ装
用時に清涼感を付与するために用いることを容易に想到することができたものと認
められる。
イ作用効果の存否について
特許出願に係る発明の構成が,公知技術である引用発明に他の公知技術,周知技
術等を適用することによって容易に想到することができる場合であっても,上記発
明の有する効果が,当該引用発明等の有する効果と比較して,当業者が技術常識に
基づいて従来の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著な
ものであるときは,上記発明はその限度で従来の公知技術等から想到できない有利
な効果を開示したといえるから,当業者は上記発明を容易に想到することができな
いものとして,上記発明については,特許を受けることができると解するのが相当
である。
これを本件についてみると,前記(1)の認定事実によれば,本件発明は,ソフトコ
ンタクトレンズ装用者に十分な清涼感を付与し,かつ,刺激がなく安全性が高い眼
科用清涼組成物を提供するものであり,本件明細書(【0055】【表6】)に記載さ
れている実施例19ないし21において,ソフトコンタクトレンズ装用中の点眼直
後の清涼感は◎と評価され,かつ,ソフトコンタクトレンズ装用中の点眼直後の刺
激も○又は◎と評価されている。
しかしながら,本件明細書(【0044】)には「各パネラーには,清涼感につい
て全く感じない場合を0点,十分に強い清涼感を感じる場合を6点として7段階評
価してもらった。同様に眼刺激について全く感じない場合を6点,強い刺激を感じ
る場合を0点として7段階評価してもらった。パネラー全員の評価点を平均して,
その平均値が0~2点未満を×,2点以上3点未満を△,3点以上4点未満を○,
4点以上6点以下を◎として表に結果を示す。」と記載され,清涼感及び刺激の評価
において,◎と評価された場合であっても,7段階評価における中央値付近の「4」
の評価が含まれている。そうすると,上記評価から,直ちに本件発明1の奏する効
果が甲1発明と比較して予測できないほど顕著であると推認することはできず,そ
の他に,甲1発明の点眼剤をソフトコンタクトレンズ装用時に適用した場合と比較
して,本件発明1が奏する効果が当業者の予測を超える顕著なものであることを認
めるに足りる的確な証拠はない。のみならず,前記(2)の認定事実によれば,甲1発
明の点眼剤は,目に対する刺激性が低く,良好な清涼感を付与することができ,か
つ,清涼感の持続性の高いものであり,前記アのとおり,甲1発明の点眼剤をソフ
トコンタクトレンズの装用者にも適用し得ると示唆されているのであるから,これ
らの記載に接した当業者は,甲1発明の点眼剤につき,ソフトコンタクトレンズ装
用時に清涼感を付与するために用いた場合に,裸眼時やハードコンタクトレンズ装
用時と同程度に,眼に対する刺激性が低く,良好な清涼感を付与することができ,
清涼感の持続性が高いものであることを十分に予測することができる。しかも,甲
1発明の点眼剤の効果と本件発明の効果は,そもそも清涼感を付与し刺激性が低い
という同種のものにすぎず,本件明細書には,ハードコンタクトレンズ装用時にお
ける清涼感との比較評価等が一切記載されていないのであるから,本件優先日当時
の技術常識を考慮しても,具体的にどの程度の清涼感の差異があるのかは不明であ
る。
したがって,本件発明1の有する効果が予測することができる範囲を超えた顕著
なものであると認めることはできない。
(5)本件発明2ないし5について
上記によれば,本件発明1は,当業者が甲1発明に基づき容易に想到することが
できたものというべきである。したがって,これと異なる判断をした上で,単に本
件発明1が容易想到ではないことを理由として本件発明2ないし5が容易想到では
ないとした審決の判断は,その前提において誤りがあるから,これを取り消すべき
違法があるものと認められる。
(6)本件発明6について
ア相違点2及び2’に係る容易想到性の判断について
前記(4)アと同様に,前記(2)の認定事実によれば,甲1公報(【0028】)には,
「該点眼剤としては,医療用点眼剤でもよく,一般用点眼剤でもよく,またソフト
コンタクトレンズ,ハードコンタクトレンズ等を装用した状態でも点眼可能である。」
と記載され,甲1発明の点眼剤をソフトコンタクトレンズの装用者にも適用し得る
ことが示唆されているのであるから,当業者は,甲1発明の点眼剤をソフトコンタ
クトレンズ常用者に用いることも容易に想到することができたものと認められる。
イ作用効果の存否について
前記(4)イのとおり,特許出願に係る発明の構成が,公知技術である引用発明に他
の公知技術,周知技術等を適用することによって容易に想到することができる場合
であっても,上記発明の有する効果が,当該引用発明等の有する効果と比較して,
当業者が技術常識に基づいて従来の技術水準を参酌した上で予測することができる
範囲を超えた顕著なものであるときは,上記発明はその限度で従来の公知技術等か
ら想到できない有利な効果を開示したといえるから,当業者は上記発明を容易に想
到することができないものとして,上記発明については,特許を受けることができ
ると解するのが相当である。
これを本件についてみるに,本件発明は,ソフトコンタクトレンズ装用者のみな
らず,その常用者に対しても,十分な清涼感を付与し,かつ,刺激がなく安全性が
高い眼科用清涼組成物を提供するものであり,本件明細書(【0055】【表6】)に
記載されている実施例19ないし21において,ソフトコンタクトレンズを外した
直後の点眼直後の清涼感は◎と評価され,かつ,ソフトコンタクトレンズを外した
直後の点眼直後の刺激は○ないし◎と評価されている。
しかしながら,本件明細書(【0044】)には「各パネラーには,清涼感につい
て全く感じない場合を0点,十分に強い清涼感を感じる場合を6点として7段階評
価してもらった。同様に眼刺激について全く感じない場合を6点,強い刺激を感じ
る場合を0点として7段階評価してもらった。パネラー全員の評価点を平均して,
その平均値が0~2点未満を×,2点以上3点未満を△,3点以上4点未満を○,
4点以上6点以下を◎として表に結果を示す。」と記載され,清涼感及び刺激の評価
において,◎と評価された場合であっても,7段階評価における中央値付近の「4」
の評価が含まれている。そうすると,上記評価から,直ちに本件発明6の奏する効
果が甲1発明と比較して予測できないほど顕著なものであると推認することはでき
ず,その他に,本件発明6が奏する効果が,甲1発明の点眼剤をソフトコンタクト
レンズ常用者に適用した場合と比較して,当業者の予測を超える顕著なものである
ことを認めるに足りる的確な証拠はない。のみならず,前記(2)の認定事実によれば,
甲1発明の点眼剤は,目に対する刺激性が低く,良好な清涼感を付与することがで
き,かつ,清涼感の持続性の高いものであり,前記アのとおり,甲1発明の点眼剤
をソフトコンタクトレンズの装用者にも適用する旨の示唆がされているのであるか
ら,これらの記載に接した当業者は,甲1発明の点眼剤につき,ソフトコンタクト
レンズ常用者に使用した場合でも,裸眼時やハードコンタクトレンズ装用時と同程
度に,眼に対する刺激性が低く,良好な清涼感を付与することができ,清涼感の持
続性が高いものであることを十分に予測することができる。しかも,前記(4)イのと
おり,甲1発明の点眼剤の効果と本件発明の効果は,そもそも清涼感を付与し刺激
性が低いという同種のものにすぎず,本件明細書には,ハードコンタクトレンズ装
用時における清涼感との比較評価等が記載されていないのであるから,本件優先日
当時の技術常識を考慮しても,具体的にどの程度の清涼感の差異があるのかは不明
である。
したがって,本件発明6の有する効果が予測することができる範囲を超えた顕著
なものであると認めることはできない。
(7)被告の主張に対する判断について
被告は,甲1公報には,甲1発明が本件発明1及び6と同じ効果を奏することが
示唆されていない上,本件発明の専門パネラーによる「清涼感を超えた刺激感」と
いう使用感と,甲1発明にいうDraize法によりウサギを用いて評価した「角
膜,虹彩及び結膜に生じる損傷の程度」は,質の異なる評価であるから,甲1発明
をソフトコンタクトレンズ装着者又は常用者に使用した場合に,当業者は本件発明
1及び6と同様の効果を奏するものと予測することはできないなどと主張する。
そこで検討するに,確かに,甲1発明においてDraize法により評価される
刺激性は「角膜,虹彩及び結膜に生じる損傷の程度」であるといえるから,本件発
明にいう専門パネラーの使用感と同一であると認めることはできない。しかしなが
ら,甲1発明においては,上記試験に加え,清涼感の持続性について専門パネラー
による官能試験も併せて実施されており,専門パネラーが当該官能試験において不
快な刺激を感じたとすれば,専門パネラーが清涼感を感じることがないことは明ら
かである。そうすると,Draize法による試験又は専門パネラーによる官能試
験に関する記載に接した当業者は,甲1発明についても,不快な刺激を伴うことな
く清涼感を付与することができると理解するのが自然である。そもそも本件発明の
奏する効果が顕著であるというためには,当該効果が本件明細書に記載されている
か,あるいは,当業者が技術常識を踏まえ本件明細書の記載から読み取ることがで
きるものであることが必要である。しかるに,前記(4)イ及び(6)イに説示したとお
り,甲1発明の点眼剤の効果と本件発明の効果は,いずれも清涼感を付与し刺激性
が低いという同種のものにすぎず,本件発明1及び6が奏する効果が,甲1発明の
点眼剤をソフトコンタクトレンズ装用者又は常用者に適用した場合と比較して,当
業者の予測を超える顕著なものであることを認めるに足りる的確な証拠はないので
あるから,本件発明の奏する効果が顕著であると認めることはできない。その他に
被告の当審における主張を改めて十分検討しても,被告の主張は,具体的な裏付け
を欠くまま本件発明の顕著な効果等をいうものにすぎず,上記判断を左右するに至
らない。
したがって,被告の上記各主張は,採用することができない。
第5結論
以上によれば,原告の取消事由1及び取消事由8には理由があり,その余の点を
判断するまでもなく,原告の本訴請求は理由があるから,これを認容することとし
て,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官設樂一
裁判官中島基至
裁判官岡田慎吾

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