弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成12年(行ケ)第324号 審決取消請求事件(平成13年5月21日口頭弁
論終結)
          判         決
       原      告   三谷セキサン株式会社
       訴訟代理人弁護士   上 村 正 二
       同          石 葉 泰 久
       同          石 川 秀 樹
       同          松 村   武
       同    弁理士   鈴 木 正 次
       同          涌 井 謙 一
       被      告   株式会社ジオトップ
       訴訟代理人弁護士   藤 川 義 人
       同          米 田   実
       同          辻   武 司
       同          松 川 雅 典
       同          四 宮 章 夫
       同          田 中   等
       同          田 積   司
       同          米 田 秀 実
       同          上 甲 悌 二
       同          浦 中 裕 孝
       同          軸 丸 欣 哉
同          伊 藤 勝 彦
同          藤 田 清 文
       同          名 倉 啓 太
       同          高 島 志 郎
       同          渡 邊   徹
       同    弁理士   森     治
          主         文
      特許庁が平成11年審判第35133号事件について平成12年7月
18日にした審決を取り消す。
      訴訟費用は被告の負担とする。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
   主文と同旨
 2 被告
   原告の請求を棄却する。
   訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   被告(平成3年10月1日商号変更前の旧商号は「株式会社武智工務所」)
は、名称を「基礎杭構造」とする特許第2651893号発明の特許権者である
(以下、この特許を「本件特許」といい、本件特許に係る発明を「本件発明」とい
う。)。
   本件特許は、平成元年3月6日の特許出願に係る特願平1-53990号出
願の一部を平成6年6月17日に新たな特許出願とした特願平6-135780号
出願につき、平成9年5月23日に設定登録がされたものである。
   本件特許につき、平成11年3月26日に原告が被告を被請求人として無効
審判の請求をしたところ、被告は、平成12年3月27日に本件特許に係る明細書
の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載を訂正する旨の訂正請求(以下、こ
の訂正請求に係る訂正を「本件訂正」といい、本件訂正後の明細書を「訂正明細
書」という。)をした。
   特許庁は、上記審判請求を平成11年審判第35133号事件として審理し
た上、平成12年7月18日、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たな
い。」との審決をし、その謄本は、同年8月7日に原告に送達された。
 2 特許請求の範囲の記載
  (1) 本件訂正前の明細書の特許請求の範囲の記載
   【請求項1】基礎杭上部に既製の円筒パイルを、下部に円筒パイルの径と略
同径の胴部を有する既製の節付きコンクリートパイルを配して、これら両パイルを
連結して上層が軟弱で下層が支持力を有する地盤に打設したことを特徴とする基礎
杭構造。
   【請求項2】少なくとも円筒パイルの周囲に、砂、砂利、砕石等の充填材を
充填してなる請求項1に記載の基礎杭構造。
   【請求項3】基礎杭上部の既製の円筒パイルが杭の内外に連通する透水孔を
有する孔明きパイルであって、円筒パイルの内外周に、砂、砂利、砕石等充填材を
充填してなる請求項1に記載の基礎杭構造。
  (2) 訂正明細書の特許請求の範囲の記載(訂正部分を下線で示す。以下、下記
請求項1~3記載の発明を総称して「訂正発明」といい、請求項1記載の発明を
「訂正発明1」という。)。
   【請求項1】基礎杭上部に既製の円筒パイルを、下部に円筒パイルの径と略
同径の胴部を有する既製の節付きコンクリートパイルを配する基礎杭構造であっ
て、前記円筒パイルに節付きコンクリートパイルよりも曲げ耐力の大きいパイルを
用い、これら両パイルを連結して上層が軟弱で下層が支持力を有する地盤に打設し
たことを特徴とする基礎杭構造。
   【請求項2】少なくとも円筒パイルの周囲に、砂、砂利、砕石等の充填材を
充填してなる請求項1に記載の基礎杭構造。
   【請求項3】基礎杭上部の既製の円筒パイルが杭の内外に連通する透水孔を
有する孔明きパイルであって、円筒パイルの内外周に、砂、砂利、砕石等充填材を
充填してなる請求項1に記載の基礎杭構造。
 3 審決の理由
   審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、①本件訂正は、特許請求の範囲の
減縮又は明りょうでない記載の釈明に当たり、願書に添附した明細書又は図面の範
囲内のもので、実質的に特許請求の範囲を拡張又は変更するものではなく、かつ、
訂正発明は、<ア>昭和60年10月~12月ころ、福井県勝山市の越前大仏建立工事
における寺務所、講堂、宝物殿の基礎工事において公然と実施された、基礎杭上部
に原告製の既製の円筒コンクリートパイル(PHCφ400の7mB種)を、下部
に被告製の既製の節付きコンクリートパイル(HC-TOPφ400~500の1
0mB種)を用い、これら両パイルを溶接して連結した基礎杭構造の発明(以下
「本件公然実施発明」という。)ではなく、本件公然実施発明及び請求人(注、原
告)が提出した別紙文献目録記載の各公知文献(以下、個々の文献を表示するに当
たって、同目録記載の略称を用いる。)から当業者が容易にし得たものと認めるこ
ともできず、<イ>同各公知文献から当業者が容易にし得たものと認めることもできな
いので、訂正発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものである
として、本件訂正を認めた上、②訂正発明は、上記①で示した理由により、本件公
然実施発明であるとも、本件公然実施発明及び同各公知文献に基づいて当業者が容
易に発明をすることができたものであるとも、同各公知文献に基づいて当業者が容
易に発明をすることができたものであるとも認められないから、請求人の主張する
理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許の請求項1~3に係る特許を無効
とすることはできないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
   審決の理由中、本件訂正が特許請求の範囲の減縮又は明りょうでない記載の
釈明に当たり、願書に添付された明細書又は図面の範囲内のもので、実質的に特許
請求の範囲を拡張又は変更するものではないこと、訂正発明の認定、本件公然実施
発明がされたこと、原告が提出した各公知文献の記載事項の認定、訂正発明1と本
件公然実施発明との一致点の認定、訂正発明1と特開昭51-8709号公報(引
用例16)記載の発明との一致点及び相違点の認定は認める。
   審決は、本件訂正の許否についての判断において、訂正発明1と本件公然実
施発明との相違点の認定を誤り(取消事由1)、また、当該相違点についての判断
を誤って(取消事由2)、訂正発明1が特許出願の際独立して特許を受けることが
できるものである旨誤った判断をし、ひいて、本件訂正を認めて本件発明の要旨の
認定を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(相違点の認定の誤り)
  (1) 審決は、訂正発明1と本件公然実施発明とが、「訂正後の請求項1に係る
発明(注、訂正発明1)においては、円筒パイルに節付きコンクリートパイルより
も曲げ耐力の大きいパイルを用い、これら両パイルを連結して上層が軟弱で下層が
支持力を有する地盤に打設したのに対して、公然実施された発明(注、本件公然実
施発明)においては、円筒パイルと節付きコンクリートパイルの曲げ耐力について
は明らかでなく、円筒パイル及び節付きコンクリートパイルのそれぞれの杭部分と
対応する地盤の性状が明確でない点」(審決謄本10頁13行目~18行目)にお
いて相違する旨認定したが、この認定のうち、本件公然実施発明において「円筒パ
イル及び節付きコンクリートパイルのそれぞれの杭部分と対応する地盤の性状が明
確でない」との点は誤りである。
  (2) すなわち、越前大仏建立工事の地質調査の結果により、B-2地点(甲第
3号証の1)及びB-4地点(同号証の2)において、地表からほぼ7m程度の深
さまでの間にN値が小さい箇所があることが判明している。したがって、本件公然
実施発明が、「上層が軟弱で、下層が支持力を有する地盤」に打設した基礎杭構造
であることは明らかである。この点に関し、被告は、杭を設計する場合に、地層の
評価は測定N値の平均値を基準とすることが一般的であると主張するが、ボーリン
グによる地質調査を参考にして安全側(N値の小さい側)の数値により杭種及び工
法を決めることは当業者の常とう手段である。
  (3) なお、審決は、訂正発明1における「軟弱地盤」の意義につき、訂正明細
書(甲第33号証の2)の「殊に、軟弱な粘性地盤では上層地盤が圧密沈下する
と、杭体上部に負の摩擦力が働くため、この部分の周面支持力が大きいと、杭体は
構築物荷重による軸力以外に、前記の負の摩擦力による軸力を(注、「軸力も」の
誤記と認める。)負担することとなる」(段落【0043】)との記載を引用し
て、「『軟弱地盤』とは、圧密沈下する地盤である」(審決謄本10頁38行目)
と認定したが、訂正明細書に、「上層が軟弱な粘性地盤であって圧密沈下すること
があっても」(段落【0048】)と記載されていることからうかがわれるよう
に、訂正明細書は、訂正発明1の構成が、上層の軟弱地盤が圧密沈下しない場合も
有効であるが、圧密沈下する場合に特に有効である旨を強調して記載しているにす
ぎず、「軟弱地盤」の意義を圧密沈下する場合のみに限定することは誤りである。
    このことは、訂正明細書の「円筒パイルの周囲に、砂、砂利、砕石等の充
填材を充填しておくことができる」(段落【0013】)との記載に照らしても明
らかである。すなわち、円筒パイルの周囲に砂、砂利、砕石等を充填すると、円筒
パイルと地盤との間の摩擦力が増大するから、地盤が圧密沈下する場合には円筒パ
イルに負の摩擦力が働く結果となるからである。
    また、審決は、訂正発明1においては「軟弱地盤である上層と基礎杭上部
の円筒パイルの外周面との間・・・の環状間隙に充填されるもの」(審決謄本11
頁3行目~5行目)が「円筒パイルの対応する地層が軟弱地盤であることを前提と
して設定されている」(同11頁28行目~29行目)が、本件公然実施発明にお
いては「円筒パイルの外周面と上層地盤との間・・・の環状間隙・・・に充填され
る充填物からみて・・・基礎杭上部の円筒パイルの対応する地層が軟弱地盤である
ことを前提としたものではなく」(同11頁30行目~37行目)と認定した。し
かしながら、訂正明細書に「上層地盤には円筒パイル(P)を用い、それより下方部の
地盤には節付きパイル(F)を用いた基礎杭が地中に造築される・・・上記の基礎杭
を、セメントミルク工法など低騒音の先掘り工法で行う」(段落【0032】~
【0033】)と記載されているとおり、訂正発明1は、セメントミルク工法を採
用したものを実施例の一つとしているところ、越前大仏建立工事の施工報告書(甲
第5号証)及び見積書(甲第6号証の2~4)に記載されているように、本件公然
実施発明もセメントミルク工法を採用したものであるから、訂正発明1と本件公然
実施発明とは、円筒パイルの周面に充填されるものに関しては同一であり、審決の
上記認定は誤りである。
 2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)
  (1) 審決は、上記訂正発明1と本件公然実施発明との相違点につき、「公然実
施された発明(注、本件公然実施発明)においては・・・環状空間に充填されるも
のは軟弱地盤に対応するものではなく、訂正後の請求項1に係る発明(注、訂正発
明1)と公然実施された発明は、実質的にその構成が相違する。そして、引用例1
2には、支持力を有する地層下部に対応する杭部分を摩擦杭の機能を有するものと
し、圧縮しやすい軟弱土層である地層上部に対応する杭部分を摩擦杭の機能を有し
ないものとした基礎杭構造が記載されおり、引用例6、7、17~23には、基礎
杭上部には曲げモーメントが他の杭部分よりかかるため、基礎杭上部には曲げ耐力
の大きい杭を使用する構成が記載されているが、前記各引用例には、軟弱地盤によ
る負の摩擦力を軽減する基礎杭の構成と基礎杭上部の曲げモーメントに対する耐力
を増加する基礎杭構成がそれぞれ独立して記載されているに過ぎず、前記公然実施
された発明に、引用例12及び引用例6、7、17~23の構成を適用して、前記
相違点にあげた訂正後の請求項1に係る発明の構成のようにすることは、当業者が
容易になしえるものとは認めることができない」(審決謄本12頁9行目~26行
目)と判断したが、次のとおり、誤りである。
  (2) すなわち、引用例12(甲第19号証)には、軟弱地盤対策工法として、
軟弱地層に上杭として汎用パイルである円筒パイルを用い、下杭として摩擦杭を用
いて支持させる継杭工法の記載(395頁図9.14.1の中央の図)があるところ、摩
擦杭として通常用いられるのは、節付きコンクリートパイルである。
    また、昭和53年3月25日社団法人日本建築学会第1版第6刷発行の
「建築基礎構造設計規準・同解説」に記載されている(甲第32号証の2)よう
に、杭種にはA種、B種、C種の3種類があって、A種からC種に向かう程曲げ耐
力が大きくなることが当業者に周知であったところ、上部のパイルと下部のパイル
を連結杭として打設する場合に、上下部の各パイルをそれぞれどのような種類とす
るかは、専ら支持すべき建物の性質、重量、地盤の状態等を考慮して適宜選定採用
することのできる設計事項である。特に、引用例18(甲第26号証の1)、同1
9(同号証の2)、同21(甲第27号証の2)、昭和58年2月社団法人土質工
学会発行の「杭基礎の調査・設計から施工まで」(甲第30号証の1~3)、19
86年(昭和61年)10月発行の雑誌「基礎工」58頁~65頁、89頁(甲第
36号証)にそれぞれ記載されているように、上杭に曲げ耐力の大きい杭材種を使
用する異種杭連結は、設計上の常とう手段とされている事項であり、上層がN値の
低い場合の設計などで常時採用されていた。
    したがって、本件公然実施発明においては、上部の円筒パイル及び下部の
節付きコンクリートパイル双方にB種を用いているが、これを、円筒パイルにB種
を用い、節付きコンクリートパイルにA種を用いる組合せとすることは当業者が極
めて容易にし得ることである。
  (3) 被告は、昭和56年12月15日付け建設省住指発第301号特定行政庁
建築主務部長宛て建設省住宅局建築指導課長通知(乙第10号証)の「本くいは、
継ぐいとして使用しないものとする。」との記載を引用して、本件公然実施発明の
実施当時及び本件特許の出願当時、円筒パイルと節付きコンクリートパイルを接続
して使用することは、本件公然実施発明を除き、実用化されていなかったと主張す
る。しかしながら、上記建設省住宅局建築指導課長通知は、被告の製造に係る節付
きコンクリート杭(HC-TOPパイル)についてのものであって、すべての節付
きコンクリートパイルの基礎杭に関するものではないのみならず、HC-TOPパ
イルであっても所定の試験の結果が規準に達していれば継杭としても使用できるも
のであり、かつ、本件公然実施発明において節付きコンクリートパイルとして使用
されたのがHC-TOPパイルであることに照らせば、本件公然実施発明の実施当
時においては使用できたものと推認される。
    また、被告は、昭和50年3月25日発行の「建築基礎構造設計規準・同
解説」(乙第9号証)の「同一の建築物または工作物に,支持ぐいと摩擦ぐいを混
用してはならない」との記載を引用して、本件公然実施発明の実施当時及び本件特
許の出願当時、円筒パイルと節付きコンクリートパイルを混用することは避けるべ
きものとされていたと主張するが、上記記載は、支持杭と摩擦杭の並列使用を禁止
したもので、継杭を禁止したものではない。
    したがって、上記各主張に基づいて、上杭に下杭よりも曲げ耐力の大きい
杭を用いることは円筒パイルを連結して支持杭とする場合に限られ、訂正発明1の
技術思想は当業者において容易に想到することはできなかったとする被告の主張も
失当である。
    被告は、さらに、本件公然実施発明の設計者である青山正巳作成の証明書
(乙第7号証)の記載を引用して、本件公然実施発明は、地質調査未了時に、地盤
の性状とは無関係に、基礎杭構造を構成する各杭の少なくとも節付きコンクリート
パイルの長さを同一にし、杭の長さにばらつきが生じた場合でも、各杭の鉛直支持
力に違いが生じないようにするという技術思想に基づいて設計されたものであり、
接続して使用する円筒パイルと節付きコンクリートパイルとは曲げ耐力の大きさを
同一とすることが前提とされるものであるから、「前記円筒パイルに節付きコンク
リートパイルよりも曲げ耐力の大きいパイルを用いる」訂正発明1の技術とは相容
れないと主張する。しかしながら、同証明書に記載されているとおり、本件公然実
施発明は周辺地盤の地質調査を参考にして設計されたもので、後に行われた地質調
査の結果、設計変更を要しなかったにすぎない。そして、同証明書の記載によって
も、公然実施発明が軟弱地盤工法であることは明らかであり、その場合に、上杭に
下杭よりも曲げ耐力の大きいパイルを用いることは、上記のとおり設計事項であ
る。
第4 被告の反論
   審決の認定及び判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
 1 取消事由1(相違点の認定の誤り)について
  (1) 原告は、越前大仏建立工事の地質調査の結果、B-2地点及びB-4地点
の地表からほぼ7m程度の深さまでの間のN値が小さかったから、本件公然実施発
明が、「上層が軟弱で、下層が支持力を有する地盤」に打設した基礎杭構造である
ことが明らかであると主張する。しかしながら、上記地質調査の結果を記載した資
料(甲第3号証の1、2)は、一般に公開することを目的として作成されたもので
はないから、一般第三者が各パイルと地質との対応関係を確認することはできな
い。
    のみならず、「軟弱地盤」とは、1999年(平成11年)2月15日技
報堂出版株式会社発行の社団法人土木学会編「土木用語大辞典」(乙第5号証)
に、「建造物の基礎として十分な地耐力をもたない地盤.すべり破壊、過大沈下・
変形、液状化等が問題となる.軟弱地盤の判定は建造物の種類、規模、重要度等の
相対的関係で異なる.特殊な場合を除き通常はN値が4以下の粘性土や10以下の
緩い砂地盤をさす.」とされているものである。そして、杭を設計する場合には、
地層の評価に当たって複数のボーリングデータによる総合的な判断が必要とされる
ことから、測定N値の平均値を基準とすることが一般的であるところ、上記越前大
仏建立工事に係るB-2地点、B-4地点及びB-5地点の地質調査の結果(甲第
3号証の1~3)に基づき、フーチング部(コンクリート基礎)の深さ(1.45
~3.60m)及びフーチング部の底面から5m程度までの地盤を上層として、そ
のN値の平均値を検討すると、上記限界値(粘性土(シルト)が4、礫質土が1
0)をはるかに超えているから、本件公然実施発明が、「上層が軟弱で、下層が支
持力を有する地盤」に打設した基礎杭構造であるとする原告の主張は誤りである。
  (2) 原告は、「『軟弱地盤』とは、圧密沈下する地盤である」との審決の認定
が誤りであると主張するところ、上記(1)のとおり、「軟弱地盤」には、液状化等が
問題となるN値10以下の緩い砂地盤も含まれるものの、その代表的なものは、圧
密沈下するN値4以下の粘性土であり、訂正明細書(甲第33号証の2)の「上層
が軟弱な粘性地盤であって圧密沈下することがあっても」(段落【0048】)等
の記載に照らしても、審決の上記認定が誤りであるとまでいうことはできない。
    また、原告は、訂正発明1がセメントミルク工法を採用したものを実施例
の一つとし、本件公然実施発明もセメントミルク工法を採用したものであるから、
訂正発明1と本件公然実施発明とは円筒パイル外周面に充填される充填物に関して
は同一であり、訂正発明1は「円筒パイルの対応する地層が軟弱地盤であることを
前提として設定されている」が、本件公然実施発明は「基礎杭上部の円筒パイルの
対応する地層が軟弱地盤であることを前提としたものではなく」とした審決の認定
が誤りであると主張する。しかしながら、訂正発明1において採用されるセメント
ミルク工法は、一般的な「セメントミルク工法」を排除するものではないが、訂正
明細書(甲第33号証の2)に「このミルク等の硬化液(M)は、節付きパイル(F)の
周囲や先端根固め部分には強度の大きいものを・・・円筒パイル(P)の周囲には強度
の低い液を・・・充填する等、杭の深さ方向で配合を変えることもできる。杭の鉛
直支持力を期待する部分には大きな強度の発現できる充填液を用いるのが望まし
い」(段落【0035】)と記載されているとおり、必ずしも一般的な「セメント
ミルク工法」と同一であるとはいえず、また、そもそも、本件公然実施発明におい
て、一般的な「セメントミルク工法」が採用されているからといって、本件公然実
施発明が「上層が軟弱で、下層が支持力を有する地盤」に打設した基礎杭構造であ
るということはできない。
  (3) したがって、審決の訂正発明1と本件公然実施発明との相違点の認定に原
告主張の誤りはない。
 2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について
  (1) 原告は、引用例12(甲第19号証)の395頁図9.14.1の中央の図に、
軟弱地盤対策工法として、軟弱地層に上杭として汎用パイルである円筒パイルを用
い、下杭として摩擦杭(節付きコンクリートパイル)を用いて支持させる継杭工法
の記載がある旨主張するが、同図並びに図9.14.1の左側の図及び右側の図に示され
ているのは、同一種類、同一形状の杭が「支持杭」(左側の図)、「摩擦杭(下
部)」(中央の図)、「摩擦杭(全長)」(右側の図)のいずれになるかは地層に
よって決定されるということであり、特に中央の図と右側の図は、上層が軟弱であ
ればその部分は摩擦杭として機能せず(中央の図)、上層が摩擦抵抗で支持するた
めの支持力を有する層であれば、その部分も摩擦杭として機能する(右側の図)と
いうことを示したものであって、円筒パイルと節付きコンクリートパイルとを用い
て支持させる継杭工法が記載されているものではなく、原告の上記主張は誤りであ
る。
    また、原告は、杭種にはA種、B種、C種の3種類があって、A種からC
種に向かう程曲げ耐力が大きくなることが当業者に周知であったこと、引用例1
8、同19、同21等の公知文献に上杭に曲げ耐力の大きい杭材種を使用する異種
杭連結が記載されていることを根拠として、上部のパイルと下部のパイルを連結杭
として打設する場合に、上下部の各パイルをそれぞれどのような種類とするかは、
専ら支持すべき建物の性質、重量、地盤の状態等を考慮して適宜選定採用すること
のできる設計事項であり、本件公然実施発明において、上部の円筒パイルにB種を
用い、下部の節付きコンクリートパイルにA種を用いる組合せとすることは当業者
が極めて容易にし得ると主張する。
    しかしながら、上記各公知文献には、既製の円筒コンクリートパイルを連
結して支持杭とする場合に、上杭に下杭よりも曲げ耐力の大きい杭を用いることが
記載されているにとどまっている。他方、「常圧蒸気養生されたプレテンション方
式遠心力プレストレスト節付コンクリートくい(HC-TOPパイル)の取扱いに
ついて」と題する昭和56年12月15日付け建設省住指発第301号特定行政庁
建築主務部長宛て建設省住宅局建築指導課長通知(乙第10号証)に、被告の製造
に係る節付コンクリート杭(HC-TOPパイル)につき「本くいは、継ぐいとし
て使用しないものとする。」との記載があるとおり、本件公然実施発明の実施当時
(昭和60年10月~12月ころ)及び本件特許の出願当時(平成元年3月6
日)、円筒パイルと節付きコンクリートパイルを接続して使用することは、本件公
然実施発明を除き、実用化されていなかっただけでなく、昭和50年3月25日社
団法人日本建築学会第1版第2刷発行の「建築基礎構造設計規準・同解説」(乙第
9号証)に「同一の建築物または工作物に,支持ぐいと摩擦ぐいを混用してはなら
ない」と記載されているように、当時は、円筒パイルは専ら支持杭として使用され
るものであり、節付きコンクリートパイルは専ら摩擦杭として使用されるものと考
えられていたから、円筒パイルと節付きコンクリートパイルを混用することは避け
るべきものとされていた。そうすると、このような状況下においては、たとえ、既
製の円筒パイルを連結して支持杭とする場合に、上杭に下杭よりも曲げ耐力の大き
い杭を用いることが公知であるとしても、それは円筒パイルを連結して支持杭とす
る場合に限られ、訂正発明1の「基礎杭上部に既製の円筒パイルを、下部に円筒パ
イルの径と略同径の胴部を有する既製の節付きコンクリートパイルを配する基礎杭
構造であって、前記円筒パイルに節付きコンクリートパイルよりも曲げ耐力の大き
いパイルを用い、これら両パイルを連結して上層が軟弱で下層が支持力を有する地
盤に打設」するという技術思想は、当業者がこれを容易に想到することはできなか
ったことが明らかである。
  (2) なお、本件特許出願当時、唯一円筒パイルと節付きコンクリートパイルを
接続して使用した例である本件公然実施発明は、その設計者である青山正巳作成の
各証明書(乙第7号証、第16号証)に記載されているように、地質調査未了時点
に、地盤の性状とは無関係に、基礎杭構造を構成する各杭の少なくとも節付きコン
クリートパイルの長さを同一にし、杭の長さにばらつきが生じた場合でも、各杭の
鉛直支持力に違いが生じないようにするという技術思想に基づいて設計されたもの
であって、上層が軟弱で下層が支持力を有する地盤に打設するということが考慮さ
れたものではない。そして、当該技術思想に基づけば、杭の長さにばらつきが生じ
た場合でも各杭の同一深さ位置での曲げ耐力に違いが生じないようにするため、接
続して使用する円筒パイルと節付きコンクリートパイルとは、当然曲げ耐力の大き
さを同一とすることが前提とされるものであるから、本件公然実施発明は、「基礎
杭上部に既製の円筒パイルを、下部に円筒パイルの径と略同径の胴部を有する既製
の節付きコンクリートパイルを配する基礎杭構造」であっても、「前記円筒パイル
に節付きコンクリートパイルよりも曲げ耐力の大きいパイルを用いる」訂正発明1
の技術とは相容れないものである。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(相違点の認定の誤り)について
  (1) 本件公然実施発明が、昭和60年10月~12月ころ、福井県勝山市の越
前大仏建立工事における寺務所、講堂、宝物殿の基礎工事において公然と実施され
た、基礎杭上部に原告製の既製の円筒コンクリートパイル(PHCφ400の7m
B種)を、下部に被告製の既製の節付きコンクリートパイル(HC-TOPφ40
0~500の10mB種)を用い、これら両パイルを溶接して連結した基礎杭構造
の発明であることは、当事者間に争いがない。
  (2) 原告は、越前大仏建立工事の地質調査の結果により、B-2地点(甲第3
号証の1)及びB-4地点(同号証の2)において、地表からほぼ7m程度の深さ
までの間にN値が小さい箇所があることが判明しているから、本件公然実施発明が
「上層が軟弱で、下層が支持力を有する地盤」に打設した基礎杭構造であることは
明らかであり、審決の相違点の認定のうち、本件公然実施発明において「円筒パイ
ル及び節付きコンクリートパイルのそれぞれの杭部分と対応する地盤の性状が明確
でない」とした部分が誤りであると主張する。
    N値とは、地層の堅さを示す指標であり、昭和53年3月25日社団法人
日本建築学会第1版第6刷発行の「建築基礎構造設計規準・同解説」(甲第32号
証の1~4)によれば、原位置における土の硬軟、締まりぐあいの相対値を知るた
めのJIS規格である土の標準貫入試験方法において、「重量63.5㎏のハンマ
を75㎝自由落下させ、標準貫入試験用サンプラーを30㎝打ち込むのに要する打
撃数をいう」(同号証の4第613頁)ものとされ、したがって、N値が小さいほ
ど地盤が軟弱であることが認められる。そして、「越前大仏建立計画 附属伽藍・
門前町・駐車場造営工事地質調査」との標題のある書面(甲第3号証の1~3、な
お、同号証の1には「ボーリング孔:№B-2」との、同号証の2には「ボーリン
グ孔:№B-4」との、同号証の3には「ボーリング孔:№B-5」との記載がそ
れぞれある。)は、越前大仏建立工事の地質調査の結果を記載したものと認めら
れ、それぞれの書面には、1.5mから1mごとの深さの段階に対応したN値のグ
ラフの記載があるから、越前大仏建立工事に係る上記各ボーリング地点(B-2地
点、B-4地点、B-5地点)における地表からの深さに応じたN値は上記各グラ
フに記載されたとおりであるものと認められる。しかしながら、上記地質調査が越
前大仏建立工事のために行われたものであることは明らかであるから、同各書面
が、当該工事関係者以外の者に対しても当然に公開される性質のものとは認めるこ
とができず、かつ、本件特許の出願(平成元年3月6日)前に、同書面又はそのう
ちの少なくともN値が当該工事関係者以外の者に対して公開されたことを認めるに
足りる証拠もない。そうすると、原告の主張に係るB-2地点及びB-4地点の地
表からの深さに応じたN値は、公然知られる状況又は公然知られるおそれのある状
況にあったものと認めることはできない。
    そして、公然実施された発明(特許法29条1項2号)とは、公然知られ
る状況又は公然知られるおそれのある状況で実施された発明を意味するものである
から、越前大仏建立工事に係る「寺務所、講堂、宝物殿の基礎工事において、基礎
杭上部に原告製の既製の円筒コンクリートパイル(PHCφ400の7mB種)
を、下部に被告製の既製の節付きコンクリートパイル(HC-TOPφ400~5
00の10mB種)を用い、これら両パイルを溶接して連結した基礎杭構造の発
明」(本件公然実施発明)は、上記構成の限度では公然実施された発明であって
も、当該発明に係る基礎杭を打設した地盤のN値(地盤の硬軟、性状)に係る構成
の部分においては公然実施されたものということはできず、その構成部分を本件公
然実施発明に含めることはできない。したがって、仮に、B-2地点及びB-4地
点の地表からほぼ7m程度の深さまでの間のN値によれば、本件公然実施発明にお
ける基礎杭を打設した地盤が客観的には「上層が軟弱で、下層が支持力を有する地
盤」であると認められるとしても、審決が、訂正発明1と本件公然実施発明との対
比において、訂正発明1が上部に既製の円筒パイルを下部に既製の節付きコンクリ
ートパイルを連結したものを「上層が軟弱で下層が支持力を有する地盤に打設し
た」のに対して、本件公然実施発明が「円筒パイル及び節付きコンクリートパイル
のそれぞれの杭部分と対応する地盤の性状が明確でない」こと相違点として認定し
たこと自体には誤りはない。
    なお、原告は、相違点の認定に関連して、審決が、訂正発明1における
「軟弱地盤」の意義につき「『軟弱地盤』とは、圧密沈下する地盤である」(審決
謄本10頁38行目)と認定したことが誤りであると主張するが、審決の上記記載
が、「軟弱地盤」の意義を圧密沈下する地盤に限定したものとまで解することはで
きず、上記主張は採用することができない。
 2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について
  (1) 審決が認定した訂正発明1と本件公然実施発明との相違点である「訂正後
の請求項1に係る発明(注、訂正発明1)においては、円筒パイルに節付きコンク
リートパイルよりも曲げ耐力の大きいパイルを用い、これら両パイルを連結して上
層が軟弱で下層が支持力を有する地盤に打設したのに対して、公然実施された発明
(注、本件公然実施発明)においては、円筒パイルと節付きコンクリートパイルの
曲げ耐力については明らかでなく、円筒パイル及び節付きコンクリートパイルのそ
れぞれの杭部分と対応する地盤の性状が明確でない点」(審決謄本10頁13行目
~18行目)とは、訂正発明1の「円筒パイルに節付きコンクリートパイルよりも
曲げ耐力の大きいパイルを用い」る構成及び上部に既製の円筒パイルを下部に既製
の節付きコンクリートパイルを連結したものを「上層が軟弱で下層が支持力を有す
る地盤に打設」する構成を、本件公然実施発明が備えていないことをいうものと理
解される。
  (2) しかしながら、引用例6(甲第13号証)に「基礎杭の上部には曲げモー
メントが他の部分より多くかかるため、中空コンクリートパイルの上部を矩形断面
とし、下部を前記矩形の辺の長さ以下の直径とした円環断面とした異形パイルが記
載されている」(審決謄本7頁8行目~10行目)こと、引用例7(甲第14号
証)に「大径パイルを深く沈設する場合、パイルにかかる曲げモーメントは一様で
はなく、一般に中心より上部にかかる。したがってまた最大の曲げモーメントも沈
設されたパイルの上部に生じる。従来はこのような場合は、最大曲げモーメントに
耐えうる大径のパイルを沈設していたが、かかる大径パイルは高価であるととも
に、搬送および現場における施工が困難で不経済であった。本発明においてはパイ
ルの上部を強度の高い角形パイルとし、下部を通常の円筒形パイル若しくは同小径
パイルとするものである」(同7頁13行目~19行目)との記載があること、引
用例22(甲第28号証)に「従来の技術 一般に既製コンクリート杭は全長にわ
たって各断面の外径と厚さがほぼ一定の製品を現場で接続して施工される。ところ
が埋設した杭に水平力が作用すると特に上杭部分に曲げモーメントが生ずるのでこ
の部分を補強する必要がある。 発明が解決しようとする問題点 このような場合
の対応方法としてSC杭(外殻鋼管付きコンクリート杭)を使用するとしても、上
部から下部まで同一外径の既製コンクリート杭で設計しようとすると経済性の問題
がある」(同9頁26行目~32行目)との記載があること、引用例23(甲第2
9号証)に「PC杭を打撃工法で施工する場合、普通の曲げ強度を有するPC下
杭(b)の上端に継接される上杭(a)として鋼管コンクリート杭等よりなる曲げ杭を使
用する場合が一般的である」(同9頁35行目~37行目)との記載があること
は、いずれも当事者間に争いがないところ、これらの記載は、基礎杭の中心よりも
上部に大きな曲げ応力が生ずるために、異なる種類の杭を連結して基礎杭とするこ
と、その場合に、上杭の曲げ耐力を下杭の曲げ耐力よりも大きくすることが開示さ
れているということができる。
    他方、引用例14(甲第21号証)には「軟弱地盤で橋台などが基礎背面
に盛土が行われる箇所では側方流動の可能性が高く」(10頁右欄33行目~34
行目)との記載が、引用例15(甲第22号証)には「通常、地表に近いところに
存在する沈積層などの軟弱層を支持層になし得ないため」(1頁右欄6行目~7行
目)との記載があり、これらの記載によれば、軟弱地盤においては、通常、地表に
近い地盤上層部が軟弱であって側方流動の可能性が高いことが開示されているとい
うことができる。
    そして、1989年(平成元年)1月20日社団法人土質工学会第3刷発
行の「基礎杭の設計法とその解説」(甲第31号証の1~11)には、「軟弱地盤
あるいは液状化する地盤では,地震時に計算で推定する以上の大きな変形が生ずる
可能性があり,同様に軟弱地盤での橋台など偏荷重を受ける場合では,地盤の側方
流動に伴い,杭基礎が大きな曲げを受けることもある(図-2.29)。これらの場
合,あるいは杭体からその支持力が定められる場合には,杭体の耐力の高い杭種を
選定するのが有利である」(同号証の5第106頁20行目~107頁7行目)と
の記載及び地盤上層部の側方流動により杭体上部が曲げ変形を起こす図(同頁図-
2.29)の表示があるとともに、「SC杭は曲げ耐力が大きく,一般に大きな応力が
生じる上杭のみに用いられ,下杭にはPHC杭が用いられることが多い」(同号証
の10第616頁18行目~20行目)との記載があり、これらの記載及び図示
は、上記引用例6、同7、同14、同15、同22及び同23の各開示事項と同旨
であると認められるから、結局、本件特許出願当時(平成元年3月6日)、軟弱地
盤においては、地表に近い地盤上層部が軟弱であって、側方流動や液状化の可能性
が高く、これに対応するために、基礎杭として曲げ耐力の大きい杭を選択する必要
があること、また基礎杭の中心よりも上部に大きな曲げ応力が生ずることに対応し
て、異なる種類の杭を連結して基礎杭とし、上杭の曲げ耐力を下杭の曲げ耐力より
も大きくすることが、当業者に周知であったものと認められ、そうすると、軟弱地
盤において、異なる種類の杭を連結して基礎杭とする場合には、上杭に下杭よりも
曲げ耐力の大きいものを選択することは、本件出願当時、当業者が基礎杭工事に当
たり当然考慮すべき事項であったものと認められる。
    ところで、本件公然実施発明は、上記のとおり、基礎杭上部に原告製の既
製の円筒コンクリートパイル(PHCφ400の7mB種)を、下部に被告製の既
製の節付きコンクリートパイル(HC-TOPφ400~500の10mB種)を
用い、これら両パイルを溶接して連結した基礎杭構造であり、異なる種類の杭を連
結して基礎杭とした発明であるところ、これを、周知の地表に近い地盤上層部が軟
弱である軟弱地盤に用いることができないと解する理由は特に見当たらない。そし
て、このような異なる種類の杭を連結した基礎杭を軟弱地盤において用いるとき
に、上杭に下杭よりも曲げ耐力の大きいものを選択することが、当業者の当然考慮
すべき事項であったことは上記のとおりである。
    他方、前掲「建築基礎構造設計規準・同解説」(甲第32号証の1~4)
には、「PCくいは,表1のようにひびわれ曲げモーメントの大きさにより,A
種、B種およびC種に区分する.」(同号証の2第623頁)との記載とともに、
表1(同624頁)に、外径300㎜~1200㎜の10種類の「PCくい」につ
いて、それぞれ種別に対応したひびわれ曲げモーメント等の具体的な値が掲載され
ており、これによれば、A種からC種に向かうほどひびわれ曲げモーメントが大き
いこと、すなわち曲げ耐力が大きいことが示されているところ、「プレストレスト
コンクリートくい(以下PCくいという.)について規定する.」(同号証の2第
623頁)との記載及び訂正明細書(甲第33号証の2)の「水平耐力が大きい既
製杭として、下記の円筒パイルがあり、・円筒状のプリストレスコンクリートパイ
ル・・・(PC杭・・・)」(段落【0004】)との記載に照らして、上記「P
Cくい」は、円筒パイルを意味するものと認められる。
    また、被告の「HC-TOPパイル」のカタログ(甲第7号証)には、
「遠心力成形高強度節付コンクリート杭」である「HC-TOPパイル」にA種及
びB種が存在し、具体的な値によって、B種の方が設計曲げモーメントが大きいこ
と、すなわち曲げ耐力が大きいことが示されている。
    そうすると、本件公然実施発明ではともにB種であった円筒パイルと節付
きコンクリートパイルとの組合せにおいて、例えば、円筒パイルにつきB種を、節
付きコンクリートパイルにつきA種を選択して、円筒パイルの曲げ耐力を節付きコ
ンクリートパイルより大きくすることは、何らの困難もなくできるものと認められ
る。
    したがって、本件公然実施発明に、「上層が軟弱で下層が支持力を有する
地盤に打設」する構成及び「円筒パイルに節付きコンクリートパイルよりも曲げ耐
力の大きいパイルを用い」る構成を採用して、訂正発明1の構成とすることは、当
業者が容易にし得たことといわざるを得ない。
  (3) 被告は、「常圧蒸気養生されたプレテンション方式遠心力プレストレスト
節付コンクリートくい(HC-TOPパイル)の取扱いについて」と題する昭和5
6年12月15日付け建設省住指発第301号特定行政庁建築主務部長宛て建設省
住宅局建築指導課長通知(乙第10号証)に、被告の製造に係る節付コンクリート
杭(HC-TOPパイル)につき「本くいは、継ぐいとして使用しないものとす
る。」との記載があること、昭和50年3月25日社団法人日本建築学会第1版第
2刷発行の「建築基礎構造設計規準・同解説」(乙第9号証)に「同一の建築物ま
たは工作物に,支持ぐいと摩擦ぐいを混用してはならない」と記載されていること
を根拠として、本件公然実施発明の実施当時(昭和60年10月~12月ころ)及
び本件特許の出願当時(平成元年3月6日)、円筒パイルと節付きコンクリートパ
イルを接続して使用することは、実用化されていなかったとか、円筒パイルと節付
きコンクリートパイルを混用することは避けるべきものとされていたと主張し、そ
れを前提として、そのような状況下においては、訂正発明1の「基礎杭上部に既製
の円筒パイルを、下部に円筒パイルの径と略同径の胴部を有する既製の節付きコン
クリートパイルを配する基礎杭構造であって、前記円筒パイルに節付きコンクリー
トパイルよりも曲げ耐力の大きいパイルを用い、これら両パイルを連結して上層が
軟弱で下層が支持力を有する地盤に打設」するという技術思想は、当業者がこれを
容易に想到することはできなかったと主張する。
    しかしながら、本件公然実施発明において、上記建設省住宅局建築指導課
長通知に係る被告製の節付コンクリート杭「HC-TOPパイル」を円筒コンクリ
ートパイルと連結して基礎杭としたことは上記のとおりであるから、本件公然実施
発明の実施当時(昭和60年10月~12月ころ)においても、上記通知に係る行
政上の規制が存続していたものとすれば、本件公然実施発明と当該規制との関係に
ついて主張立証を要するものというべきところ、本件において、そのような主張立
証がないことに照らせば、本件公然実施発明の実施当時においては、既に当該規制
がなかったものと推認するのが相当である。また、「建築基礎構造設計規準・同解
説」の「同一の建築物または工作物に,支持ぐいと摩擦ぐいを混用してはならな
い」との記載は、同一の建築物又は工作物の建造に当たって杭を複数設ける場合
に、支持杭としての作用をする杭と摩擦杭としての作用をする杭との混用を禁止す
ることを述べたにとどまり、それに当たらない限り、種別を異にする杭の併用その
ものが禁止されたものとは解されず、まして、種別を異にする杭を連結して1本の
杭として使用することは上記記載と無関係であるというべきである。
    したがって、上記通知や「建築基礎構造設計規準・同解説」の記載によっ
て、被告主張のように、本件公然実施発明の実施当時、円筒パイルと節付きコンク
リートパイルを接続して使用することが実用化されていなかったとか、避けるべき
ものとされていたと認めることはできない。
    のみならず、上記のとおり、軟弱地盤においては、地表に近い地盤上層部
が軟弱であって、側方流動や液状化の可能性が高く、これに対応するために、基礎
杭として曲げ耐力の大きい杭を選択する必要があること、また基礎杭の中心よりも
上部に大きな曲げ応力が生ずることに対応して、たとえ、円筒パイルと節付きコン
クリートパイルとの組合せに限られないとしても、異なる種類の杭を連結して基礎
杭とし、上杭の曲げ耐力を下杭の曲げ耐力よりも大きくすることが、当業者に周知
であった状況下において、本件公然実施発明に係る上部に円筒パイルを、下部に節
付きコンクリートパイルを用いて連結した基礎杭構造の存在を前提としたときに、
これを上層部が軟弱である軟弱地盤に用いることや、その際、上部の円筒パイルに
下部の節付きコンクリートパイルよりも曲げ耐力の大きいものを選択することが、
当業者において容易に想到することができないとは到底認め難い。
    したがって、被告の上記主張は採用することができない。
  (4) また、被告は、本件公然実施発明は、地質調査未了時点に、地盤の性状と
は無関係に、基礎杭構造を構成する各杭の少なくとも節付きコンクリートパイルの
長さを同一にし、杭の長さにばらつきが生じた場合でも、各杭の鉛直支持力に違い
が生じないようにするという技術思想に基づいて設計されたもので、当該技術思想
に基づけば、各杭の同一深さ位置での曲げ耐力に違いが生じないようにするため、
接続して使用する円筒パイルと節付きコンクリートパイルとは、当然曲げ耐力の大
きさを同一とすることが前提とされるものであるから、本件公然実施発明は「前記
円筒パイルに節付きコンクリートパイルよりも曲げ耐力の大きいパイルを用いる」
訂正発明1の技術とは相容れないものであると主張する。
    しかしながら、本件公然実施発明の設計者である青山正巳作成の証明書
(乙第7号証)には、「基礎杭構造を構成する各杭の少なくとも節付きコンクリー
トパイルの長さを同一(10m)にし、・・・杭の長さにばらつきが生じた場合で
も、各杭の鉛直支持力に大きな違いが生じず、造営した寺務所等が不等沈下するこ
とを防止できるようにしました。・・・節付きコンクリートパイルの上に、円筒パ
イルを配するようにした理由は、専ら、杭の長さにばらつきが生じた場合に、節付
きコンクリートパイルの長さを同一(10m)にするためにあります」(3頁2行
目~11行目)との記載はあるものの、各杭の同一深さ位置での曲げ耐力に違いが
生じないようにするため、接続して使用する円筒パイルと節付きコンクリートパイ
ルとは曲げ耐力の大きさを同一とすることが前提とされる旨の記載はない。そし
て、複数の杭が異なる場所に打設される場合に、地層の褶曲等により、それぞれの
場所の同一深さ地点における地層が必ずしも同一とはいえないこと(公知の事実で
あると認められる。)を考慮すれば、基礎杭構造を構成する連結した各杭のうち、
節付きコンクリートパイルの長さを同一にして、杭の長さにばらつきが生じた場合
でも、各杭の鉛直支持力に大きな違いが生じないようにしたからといって、各杭の
同一深さ位置での曲げ耐力に違いが生じないようにしなければならない技術的な必
然性は見いだせない。したがって、本件公然実施発明の技術思想に基づけば、各杭
の同一深さ位置での曲げ耐力に違いが生じないようにするため、接続して使用する
円筒パイルと節付きコンクリートパイルとは、当然曲げ耐力の大きさを同一とする
ことが前提とされるものとは認め難く、これを理由として、本件公然実施発明が
「前記円筒パイルに節付きコンクリートパイルよりも曲げ耐力の大きいパイルを用
いる」訂正発明1の技術とは相容れないものであるとする被告の上記主張は採用す
ることができない。
    なお、被告は、本件公然実施発明において、上層が軟弱で下層が支持力を
有する地盤に打設するということが考慮されたものではないとも主張するが、本件
公然実施発明が「上層が軟弱で下層が支持力を有する地盤に打設」する構成を備え
ない点を相違点とした審決の認定に誤りがないこと、本件公然実施発明を周知の地
盤上層部が軟弱である軟弱地盤に用いることが容易であることは、いずれも上記の
とおりである。
  (5) そうすると、「公然実施された発明(注、本件公然実施発明)に、引用例
12及び引用例6、7、17~23の構成を適用して、前記相違点にあげた訂正後
の請求項1に係る発明(注、訂正発明1)の構成のようにすることは、当業者が容
易になしえるものとは認めることができない」(審決謄本12頁23行目~26行
目)とした審決の判断は誤りであるというべきである。
 3 以上によれば、原告主張の審決取消事由2は理由があり、審決は、本件訂正
の許否についての判断において、訂正発明1と本件公然実施発明との相違点につい
ての判断を誤った結果、訂正発明1が特許出願の際独立して特許を受けることがで
きるものである旨誤った判断をし、ひいて、本件訂正を認めることにより本件発明
の要旨の認定を誤ったものといわざるを得ず、この瑕疵が、審決の結論に影響を及
ぼすことは明らかであるから、審決は取消しを免れない。
   よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき
行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所第13民事部
    裁判長裁判官 篠   原   勝   美
    裁判官 石   原   直   樹
    裁判官   宮   坂   昌   利
別紙 文献目録

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛