弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人鶴敍(主任)および同今枝仁連名作成の控訴趣意書
記載のとおりであり,これに対する答弁は,検察官矢野敬一作成の答弁書およ
「」,び答弁書(補充)と題する書面にそれぞれ記載されているとおりであるから
これらを引用する。
論旨は,被告人を死刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であり,また,
我が国の死刑制度は憲法13条,19条,31条,36条に違反するというの
である。
所論にかんがみ記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せ検討
する。
本件は,殺人2件,死体遺棄1件,詐欺14件(うち4件は,いわゆる保険
金詐欺),窃盗1件および有印私文書偽造・同行使・詐欺3件を犯したという
事案であるところ,これらは,Aの殺害とその関連事件,Bの殺害とその関連
事件およびその他の事件の3つに分類することができる。そこで,まず本件事
案の概要を見た上,A殺害とその関連事件,B殺害とその関連事件およびその
,,他の事件とに分けて量刑不当の事由として弁護人が主張するところを検討し
最後に,死刑選択の相当性と憲法違反の主張について検討することとする(以
下,証拠に付したかっこ内の「検」の数字は原審検察官請求証拠の標目番号で
あり「弁」の数字は当審弁護人請求証拠の標目番号である)。,
1本件事案の概要
(1)A殺害とその関連事件
①被告人およびその養父であるAは,いずれも原判示のC会社の清算人
であり,Aは代表清算人であったところ,被告人は,C会社のD銀行に
対する債務について連帯保証をしていた。被告人とAは,C会社の清算
方針を巡って意見が対立していたところ,被告人は,Aを殺害して,自
分の思うように同社を清算することにより,D銀行に対する上記連帯保
証による債務(以下「本件保証債務」という)を免れるとともに,原判示
第2の生命保険会社との間で結ばれたAを被保険者,被告人を保険金受
取人とする生命保険契約に基づき,死亡保険金(災害死亡時6000万
円。以下「本件生命保険金」という)を得ようと企て,平成10年10
月11日午後9時ころ,原判示第1のF生コンの敷地において,殺意を
もって,Aの頭部を鉄アレイで数回殴打した上,同人を普通乗用自動車
(以下「本件車両」ともいう)の助手席に乗せ,自らは同車を運転して,
時速68キロメートル以上の高速度で原判示第1の免許センター北口交
差点付近のコンクリートブロック壁に同車前部を衝突させ,上記一連の
,,,,暴行によりAに脳挫傷急性硬膜下血腫脳内出血等の傷害を負わせ
よって,平成11年1月20日,搬送先の原判示第1の病院において,
Aを脳挫傷に起因する肺炎により死亡させて殺害した(原判示第1)。
②被告人は,本件車両を故意にコンクリートブロック壁に衝突させるな
どしてAを殺害したことを秘して,同月27日ころ,原判示第2の生命
保険会社に対し,Aが不慮の交通事故により死亡した旨虚偽の申告をし
て本件生命保険金の支払を請求し,同年11月11日ころ,被告人から
本件生命保険金債権を譲り受けたG会社名義の預金口座に同保険会社か
ら6000万円を振込入金させてだまし取った(原判示第2)。
③被告人は,本件車両を目的とする自家用自動車総合保険契約が,原判
示第3の損害保険会社との間で結ばれていたことを奇貨として,同年4
月7日ころ,同保険会社に対し,被告人が,本件車両を運転中の不慮の
交通事故により受傷した旨虚偽の申告をして,医療保険金の支払を請求
し,同月12日ころ,被告人名義の預金口座に同保険会社から130万
9000円を振込入金させ(原判示第3の1),同年10月26日ころ,
同保険会社に対し,上記交通事故によりAが死亡した旨虚偽の申告をし
て,Aの相続人として死亡保険金の支払を請求し,同月29日ころ,被
告人名義の預金口座に同保険会社から910万円を振込入金させて(同
第3の2),それぞれだまし取った。
(2)B殺害とその関連事件
④被告人は,その妻Bに対し,G会社の代表取締役であるHに取得され
た本件生命保険金を取り返す手段を講じており,これを取り返したらB
の預金口座に入金される旨嘘を言うとともに,そのための行動をしてい
るかのように装い,取り返す手続が遅れている旨色々な嘘を言い続けて
いたものの,これ以上嘘を言うのが困難になったことから,嘘を言って
,,,いたことなどがBに発覚すればBが被告人に愛想を尽かして離婚し
他の男と再婚するであろうと考えるうち,Bを殺害すれば,Bが,実際
のことを知って悲嘆することもなく,自分自身も,Bが他の男と再婚す
るのを見なくてすむなどと思い至り,Bを昏睡させた上,溺死させて殺
害しようと企て,平成12年3月1日午後11時ころ,原判示第4のa
の家において,Bの飲み物に睡眠導入剤を混入してBにこれを飲ませた
上,Bと性交渉をした後,一緒に入浴し,浴槽内で寝込んでいたBの体
を手で押さえてBの頭部を湯の中に漬け,目を覚ましたBが,上半身を
起こし「何で,何でなん」などと叫ぶのも構わず,Bの両肩を両手で押
さえつけ,その上に馬乗りになるなどしてその顔を湯に漬け続け,よっ
て,同日午後11時40分ころ,Bを溺水による窒息のため死亡させて
殺害した(原判示第4)。
⑤被告人は,Bの死体を自動車に積み込んで原判示第5のb岸壁まで運
搬した上,同月2日午前1時20分ころ,同岸壁からBの死体を海へ投
げ捨て,もって死体を遺棄した(原判示第5)。
⑥被告人は,原判示第6の生命保険会社との間で,Bを被保険者,被告
人を保険金受取人とする生命保険契約が締結されていることを奇貨とし
て,同月27日ころから同年4月8日ころまでの間,Bが岸壁から誤っ
て転落するという不慮の事故で死亡したように装って,Bの死亡保険金
を請求し,同月21日ころ,被告人名義の預金口座に同保険会社から2
99万3365円を振込入金させてだまし取った(原判示第6)。
(3)その他の事件
⑦被告人は,平成13年8月13日,原判示第7のI方において,Iの
自動車運転免許証1通を窃取した(原判示第7)。
⑧被告人は,同日,原判示第8の信用金庫の支店において,上記免許証
に表示されたI名義の普通預金申込書兼入金伝票等を偽造した上,同免
許証とともに提出行使し,担当者をだまして預金通帳1通の交付を受け
た(原判示第8)。
⑨被告人は,同日,原判示第9の店舗において,上記免許証に表示され
,,たI名義の電話契約申込書を偽造した上同免許証とともに提出行使し
担当者をだまして携帯電話機1台(仕入価格5万0900円)の交付を受
けた(原判示第9)。
⑩被告人は,不正に入手したI名義のクレジットカードを利用して,同
年9月30日から同年10月20日ころまでの間,前後9回にわたり,
原判示第10の1ないし9の各店舗において,ゲーム機合計12台(販売
。価格合計40万8789円)をだまし取った(原判示第10の1ないし9)
⑪被告人は,同年11月11日ころ,原判示第11の店舗において,上記
免許証に表示されたI名義のジェイフォンサービス加入契約申込書を偽
造した上,同免許証とともに提出行使し,担当者をだまして携帯電話機
1台(仕入価格3万2000円)の交付を受けた(原判示第11)。
⑫被告人は,同月12日,原判示第12のガソリンスタンドにおいて,そ
の店員に対し,代金を支払う意思も能力もないのに,あるように装って
給油を申し込み,ガソリン45リットル(販売価格4995円)を給油さ
せてだまし取った(原判示第12)。
なお原判示第8第9および第11にいずれも同人になりすましI,,「」「
になりすまし「I本人による」とあるのは,それぞれ「同人の代理人に」
なりすまし「Iの代理人になりすまし「Iの代理人による」の誤記で」」
あると認める。
2A殺害とその関連事件について
(1)動機について
①原判決は,A殺害の動機について「Aを殺害することにより,C会,
社の清算権限を奪取し,自己の方針に従って同社の債務を清算すること
によって,同債務を主債務とする被告人の本件保証債務を免れることの
ほか,本件生命保険金を取得することをも動機とし」たものであるもの
の「本件保証債務を免れる手段としては,Aを殺害してC会社の清算,
権限を奪うことが主であって,本件生命保険金は付随的な意味しか持た
」「」,なかった(原判決の量刑の理由の項の2(2)ア)などと認定した上
,,,,F生コン敷地においてA殺害行為に及ぶ直前に被告人がAに対し
昭和60年1月13日に死亡した被告人の養母でありAの妻であるJの
ことを話題にし「もっと大事にしてやりゃよかったろうが」などと詰,
問したところ,Aが「子供が産めんかったあの女が悪いんじゃ」などと
言ったことから,Aが,Jを「あの女」呼ばわりして,Jを死に追い込
んだ責任をJに転嫁しようとしているなどと考えて,憤まんやるかたな
く感じたことも,A殺害のきっかけであった旨認定している(原判示第
1。なお,原判決の「量刑の理由」の項の2(4)参照)。
これに対し,弁護人は,原判決が,その「量刑の理由」の項の2(2)
で認定するとおり,本件生命保険金は最大でも6000万円にすぎず,
本件保証債務が6億円を超えていたことにかんがみると,Aを殺害して
,,,,本件生命保険金を得てもそれだけで被告人が本件保証債務を免れ
破産を回避できるわけではない上,被告人が,本件生命保険金をC会社
のD銀行以外の金融機関に対する債務や滞納税の返済に充てようと計画
し,被告人の主債務や保証債務に充当しようとはしていなかったことか
らすると,本件生命保険金を得ることは,A殺害の「付随的意味」です
らなく,単なる「殺害後の結果」でしかなかったことを意味する旨主張
する。そして,被告人も,原審公判で「保険金は,偽装交通事故によっ
て親父を殺害することで自動的に下りる,言い方は悪いかもしれません
が,おまけのようなものであり,私にとってはあってもなくても,さし
て影響のあるものではありませんでした」と弁護人の主張に沿う供述を
している(原審第15回公判調書中の被告人供述調書4頁。以下「原審第1
5回被告人4頁」のようにいう)。
②そこで検討するに,原審で取り調べた証拠によると,原判決の「A殺
害に至る経緯」の項の1(1)ないし(4),2(1)(2)の各事実のほか,以下
の各事実が認められる。
アC会社は,平成10年当時,c市d区e町所在の本社ビルおよび敷
地(以下合わせて「Fビル」という),同市f区g町大字h字i182
番4の山林6825平方メートルおよび同所183番保安林2433
平方メートル(以下合わせて「本件山林」という)ならびに同市j区k
町l所在の宅地約400平方メートルを所有し,F生コンに対する2
億0033万5538円,G会社に対する5995万円等合計3億1
591万9018円の貸付債権を有していた。
他方,その当時のC会社の債務は,D銀行(E支店)に対するものに
加えて,K信用金庫(L支店)に対して元金4600万円,K信用組合
(T支店)に対して元金2096万4269円,K県信用保証協会に対
して元金8620万5232円のほか,Fビルの入居者に対する敷金
合計1982万7050円の返還債務および未払税金合計1422万
7700円等の合計約8億1852万6282円であった(捜査状況
報告書〔検154〕)。そして,FビルにはD銀行を債権者とする極度額
5億5000万円の根抵当権等が,本件山林にはD銀行を債権者とす
る極度額4億円の根抵当権等が,それぞれ設定されていた(捜査関係
事項回答書〔検163,全部事項証明書〔検152,153〕)。〕
イ被告人は,C会社のD銀行に対する債務のほかに,K信用金庫に対
する債務についても,AおよびMとともに連帯保証していた(捜査関
係事項回答書〔検163の32丁以下,原審第15回被告人6頁)。〕
ウ被告人は,C会社が,Aの構想する原判示の加工砂事業によって収
益を得ることは,実現可能性が低いから,加工砂事業をすることを諦
めて,C会社の所有するFビル等の資産を有利な条件で任意売却する
とともに,原判示の本件確認書に基づいて,N会社からC会社に譲渡
された本件山林を,N会社が所有する原判示の第1期工事によって完
成した宅地約2000坪(以下「本件宅地」という)と交換して同宅地
を転売し,C会社のF生コンに対する貸付債権の弁済を受け,あるい
は同債権を譲渡することなどにより,C会社の上記債務を弁済すべき
であると考えるようになった。そして,被告人は,Fビルについては
3億円程度で,本件宅地は坪単価平均28万円程度(合計約5億60
00万円)で売却できるので,C会社の上記債務は十分返済可能であ
り,そうすれば,被告人自身は破産を免れ,被告人所有のaの家も保
全できると考えていた。
,,,エしかしFビルの売却については様々な引き合いはあったものの
一向に成約に至ることはなかった(D銀行E支店長作成の回答書〔検1
57〕中の交渉記録簿)。
また,本件宅地と交換すべき本件山林の所有名義は,平成10年5
月28日売買を原因としてHに移転された後,同年8月25日真正な
登記名義の回復を原因としてG会社に移転された(全部事項証明書検〔
152,153〕)。そして,被告人は,それに先立つ同月21日,G会社の
代表取締役を退任し代わってHがその代表取締役に就任していた(履,
歴事項全部証明書〔検151〕)。したがって,本件山林と本件宅地との
交換および本件宅地の転売については,実質的にはHの権限において
実行されることになったから,本件宅地が転売される時期や,本件山
林の根抵当権者であるD銀行に対する被担保債権の返済額も,同銀行
とHとの話合いによって決せられることになった(被告人の検察官調
書〔検197〕3項)。しかし,D銀行が根抵当権を設定していた本件山
林は,1000万円の価値もなかったことから(原審第18回被告人13
頁),本件宅地との交換に本件山林を供する前提として,本件山林の
根抵当権設定登記の抹消登記手続をD銀行にさせるために,その被担
保債権に関し,G会社がC会社に代わってD銀行に弁済する金額につ
いて,Hが交渉しても,同人は本件保証債務の返済について何らの利
害関係も有しないこともあって,相当に難航することが予想された。
オC会社は,Fビル入居者からの賃料収入が月額200万円程度あっ
たところ,Aは,平成8年1月にC会社が解散し,清算手続に入った
後にも,その清算人である立場を利用して,上記賃料収入から諸経費
や清算人の報酬を優先して支払い,これを金融機関に対する債務の弁
済に充てようとはしなかった。
被告人は,従前から,C会社の元従業員として,D銀行との間の債
務弁済に関する交渉に当たっていたところ,同銀行は,平成10年8
月18日,それまで支店長や支店長代理において対応していたC会社
の同銀行に対する債務の弁済交渉に,本店融資管理部も関与して,同
年10月以降,上記賃料収入から上記債務の弁済を開始しない場合に
は,上記賃料債権を差し押さえる旨通告していた。被告人は,G会社
の代表取締役を退任した後,同年9月10日,C会社の清算人に就任
したところ,D銀行は,同月14日,被告人に対し,同年12月まで
にFビルの任意売却先を探すよう強く要請した。また,被告人におい
ても,同年9月29日,D銀行に対し,同年10月早々には,C会社
の清算人を被告人1人にした上,清算人報酬を受け取らず,O会社に
対し管理費等として月額10万円ないし15万円を支払うことを考え
ている旨申し入れた(上記交渉記録簿)。
なお,O会社は,被告人が,Bからの借入金約320万円を資本金
として設立した不動産仲介業を目的とする会社であるところ,当時ほ
とんど仕事がない状態であった(被告人の警察官調書〔検181〕の14
項)。
カ原判決の「量刑の理由」の項の2(2)のとおり,被告人は,Aが,
同人を被保険者,被告人を保険金受取人とする生命保険契約を締結し
ていたことや,同契約によるA死亡時の受取額は,普通死亡時300
,。,0万円災害死亡時6000万円であることを熟知していたそして
被告人は,Aの葬儀の翌日には本件生命保険金の請求手続を生命保険
会社に問い合わせ,A死亡の1週間後には必要書類を提出して,その
請求手続をした。
③以上の事実関係,特に,<ア>被告人は,C会社のK信用金庫に対する
元金4600万円の債務についても連帯保証をしていたから,被告人自
身が破産するのを避けるためには,その債務も弁済する必要性があった
こと,<イ>C会社のK信用金庫に対する上記債務については,Mも連帯
保証していたところ,被告人は,知り合いのMに迷惑を掛けたくないと
,,考えていたためこの点からも上記債務を弁済する必要性があったこと
<ウ>本件山林と本件宅地との交換および本件宅地の転売については,被
告人が,自ら主体的に関与することが困難になっていた上,Fビルの任
意売却についても,必ずしも目処が立っていたわけではないこと,<エ>
被告人は,平成10年9月当時,C会社の清算人になり,O会社の経営
にも当たっていたものの,それらによる収入は多くを見込めなかったこ
となどからすると,自己の債務を弁済することにより,破産することを
避けたいと考えていた被告人にとって,Aが死亡すれば,まず確実に手
にすることができる本件生命保険金について,無関心であったとは考え
難い。しかも,被告人は,捜査段階において,Aを殺害することを考え
るようになってから,Aを殺害すれば本件生命保険金も手に入るので,
災害死亡時6000万円の生命保険金が下りるよう,Aの死亡を事故に
見せかけることができるような計画を立てたことや,上記6000万円
のうち約4500万円をC会社のK信用金庫に対する債務の返済に充
,,,てその余はFビルを任意売却するための交渉を有利に進める意味で
同ビルに対する税務官庁からの差押えを避けるために,C会社が滞納し
ている税金の支払に充てようと考えていた旨供述し(被告人の検察官調
書〔検220〕),原審公判においても同旨の供述をしていること(原審第1
5回被告人5頁)や,aの家については,親戚に金を渡して買い取らせ,
その所有名義を変更することにより,差押えを避けて残すことを考えて
いたこと(被告人の警察官調書〔検189〕15項)などにも照らすと,被告
人がAを殺害しようとした動機が,本件生命保険金を得ることにもあっ
たことは,明らかである。
④弁護人は,本件生命保険金を被告人において一切受け取っていないこ
とと,A殺害の動機との関係について,原判決が,何らの検討も行って
いないのは不当である旨主張している。
しかし,被告人は,A殺害行為をする時点において,本件生命保険金
を受け取ろうと考えていたものであって,それを実際に受け取ったか否
かということと,A殺害の動機とは直接の関係はない。
また,関係証拠によると,以下の事情も認められる。すなわち,被告
人は,本件車両の運転を誤って交通事故を起こしたことにより,助手席
に乗っていたAが負傷した旨偽っていたところ,その事故の前に,Aを
殴打していた事実が同人の弟に発覚したことから,そのことが弱みにな
って,同人から,本来被告人1人が受け取る筈であった本件生命保険金
の一部を,Aの妻子に渡すよう要求されて諍いになり,そのことを,被
告人が金員を借りていた被告人のいとこであるHに相談したところ,同
人にうまく言いくるめられて,本件生命保険金債権をG会社に譲渡する
ことになり,その結果,本件生命保険金はHが取得し,被告人は受け取
ることができなかった。被告人は,その後,本件生命保険金を取り戻そ
うと考え,弁護士に相談したところ,取り戻すためにはまず仮差押えを
すべきであり,それには保証金が必要であると教えられた。しかし,被
告人は,当時無収入で,いわゆるサラ金にも借金がある状態であったた
め,本件生命保険金を取り戻すことを諦めた。
そうすると,被告人が,本件生命保険金を受け取っていないのは,被
告人が殺害行為をした後の,被告人の予想しなかった事情の変化による
ものであって,被告人が本件生命保険金を受け取っていないからといっ
て,被告人がAを殺害しようとした際,本件生命保険金を得ようという
動機があったことについて,何らの疑問も生じない。
⑤もっとも,被告人としては,仮に本件生命保険金が得られなかったと
,,しても本件山林と本件宅地との交換に頑なに反対していたAを殺害し
,,被告人自らがその交換を実行することができるようになりさえすれば
本件宅地を含めたC会社の資産を換価することにより,本件保証債務を
含めた被告人の債務の負担から解放され,破産を免れることができると
考えていたことが認められる。したがって,仮に,Aが生命保険に加入
していなかったとしても,被告人がAを殺害したことに変わりはなかっ
たという,被告人の原審公判供述の信用性を否定することはできない。
そうすると,本件生命保険金を得ることは,被告人にとって,A殺害
の重要な動機ではあるものの,最大の動機は,C会社の清算業務からA
を排除することにあったというべきである。本件生命保険金を得ること
は,A殺害の動機の一つではあっても,従たるものにすぎず,主たる動
機であったということはできない旨の原判決の説示は,以上の限度にお
いて正当である。
(2)Jの死因について
,「」,,①原判決はその量刑の理由の項の2(3)で説示するとおりJが
自らの意思によって縊死したと推認している。
これに対し,弁護人は,原判決が,Jの死因について事実を誤認して
おり,Jは,Aによって殺害された疑いが濃厚である旨主張し,仮に,
Jの死因が,他殺ではなく自殺であったとしても,被告人において,A
がJを殺害したと誤信するのも無理からぬところであったし,Jが自殺
した原因は,Aが若い女性と不倫関係にあった上,同女との間で子供ま
でつくったことが大きく影響していたのであるから,被告人がAを殺害
するに当たり,被告人最愛のJを死に至らしめたのはAであるとの思い
により,Aを殺害することに対する心理的障壁がやや低くなっていたと
考えられるので,この点も量刑上考慮すべきである旨主張している。
②そこで検討するに,関係証拠によれば,原判決の「被告人の生育歴,
家族関係」の項の4および「量刑の理由」の項の2(3)ア(ア)aないし
e,(イ),(ウ),(エ)abの各事実が認められるところ,Jの死因につ
いて,捜査機関が,自殺であると判断するまでの経緯は,以下のとおり
要約できる。すなわち,Jは,昭和60年1月13日に原判示のmの家
で死亡し,同日夜,110番通報により臨場した警察官らは,同夜から
翌日にかけて検視を行い,Jの死体の頚部に損傷があり,自他殺いずれ
かは判明しないと判断した(捜査状況報告書〔検386〕添付の検視調書写
し参照)。そして,Jの死体は,鑑定処分許可状に基づき医師Pにより
解剖され,同医師は,鑑定書(検387はその写し。以下「P鑑定書」とい
う)を作成した。他方,Jの死体の第一発見者である被告人は,連日,
警察署に出頭して警察官による取調べを受けた。被告人は,当初,Jの
死体を発見したときの状況について,午後8時ころmの家に帰り,玄関
の錠を開けて中に入り,奥六畳間の照明を点けたところ,Jが,コタツ
に入り仰向けになって,胸から上をコタツから出して寝ており,よだれ
を出していたのでタオルで拭いてやり「お母さん」と声をかけても反,
応がなく,身体が冷たいので温めるため電気カーペット上に運び,父親
の自動車電話や親戚に電話したなどと述べていた。しかし,被告人は,
その後,供述を変え,帰宅したところ,Jが,太い荷造り用のロープの
一端を庭の柵に結び,他方の端を,リビングルームのガラス製引き戸の
上部にある高窓(天窓)の桟の上を通してたれ下げ,そのロープで首をつ
って死亡していたので,庭に出て上記ロープを切ってJの死体を床に降
ろし,そのロープは自室の天井裏に置いた旨供述した(以下,この供述
を「旧供述」という)。そして,mの家の被告人が供述した場所から2
つに切断されたロープ(以下「本件ロープ」という)が発見され,警察官
が,mの家で,P医師立会いの上,ロープとマネキン人形を用いて,被
告人の供述する方法で首をつることができるかどうかの再現実験をし
。,「」,た加えて原判決の量刑の理由の項の2(3)イ(イ)abのとおり
Jは,Aが,不貞行為をして,相手女性との間に子をもうけたことなど
に苦悩し,酒に溺れる生活をしていた上,Jが書き残したと推測される
メモの内容が,自殺をほのめかす遺書としての意味合いを持つものと判
断されたことなどから,捜査官は,被告人の上記供述を受け入れ,Jは
自殺したものと判断した。
③これに対し,当審において証人として取り調べたQ医師は,Jの死因
が縊死ではないという意見を述べているところ,その意見は,同医師の
「」当審公判供述ならびに同医師作成の意見書(弁21)および意見書(追加)
と題する書面(弁25)を総合すると,以下のとおり要約できる(以下「Q
意見」という)。
ア縊死の場合,死体の頚部に形成された索溝は,体重が最もかかる前
頚部に強く深く顕著に出現し,上方に向かうに従って索状物は首から
離れていくから,索溝は徐々に弱く浅くなり,やがて消失する。とこ
ろが,P鑑定書によると,Jの索溝は,ほぼ頚部を水平に一周してお
り,絞死の場合に見られる索溝のようであって,縊死とは思えない形
状であり,絞死の可能性の方がはるかに高い。
イP鑑定書によると,Jの頚部の内部所見は,<ア>甲状軟骨左右の上
角が骨折し,周囲の筋肉に出血があり,左側では頚椎のそばに及ぶ出
血となっている,<イ>頚部左右の皮下出血がある,<ウ>頚部左右脊椎
部分付近の出血がある,<エ>喉頭蓋粘膜溢血点がある,<オ>舌骨骨折
,。,,はないが舌骨周囲の出血があるそして以上の所見を要約すると
前頚部上方の舌骨や甲状軟骨部の前面から両側面にかけて,横に幅数
センチメートル程度の索状物あるいは手掌面のようなもので,首を前
から後方へ圧迫するようにやや強い外力が作用したために,甲状軟骨
の骨折や周囲の出血を形成したものと思われるところ,特に甲状軟骨
の上角が左右とも折れているということは,縊死あるいは絞死という
よりも,扼死の際に見られる所見に近い。Jの右側頚部の拇指頭面大
,,,の淡青色変色ははっきりとは分からないもののJを扼殺した際の
加害者の右手の第1指(拇指)の扼痕ではないかと思われる。したがっ
て,本件は,メカニズムからいえば扼死の可能性が最も高い。縊死や
絞死は,索状物による頚部圧迫が主であるから,甲状軟骨骨折や前頚
部および左右側頚部の出血は,扼死よりも生じにくい。
ウJの頚部をほぼ水平に一周する索溝が見られることからすれば,絞
死の可能性が高い。しかし,P鑑定書添付の写真6によると,右側頚
部に横に走る索溝に対して,縦に3条の蒼白な皮膚圧迫痕があり,そ
の周辺はかすかに出血を伴っているように見えるところ,これは,加
害者が,Jの背後からやや幅のある帯状の紐の両端を持って,U字状
に前頚部にかけ,後方に強く引いて頚部圧迫によって絞殺しようとし
た際,Jが防御のために右手指3本を索状物の下に入れ,その3本の
指が紐の下に挿入されたまま,加害者がJの首を絞めたために形成さ
れた絞殺時の防御痕であるとも考えられるし,あるいは,右側頚部で
Jの着衣のぬいしろあるいは皺などの凹凸が形成されたために,その
厚さが強い紐の圧迫によって印象されて出現したものとも考えられ
る。
エJの顔面のうっ血や眼瞼結膜,口唇粘膜,心外膜,喉頭蓋,気管支
,。粘膜等に溢血点があることからJが窒息死したことは明らかである
そして,体重が紐に100パーセント掛かる定型的縊死の場合には,
側頚部を走る動静脈が一緒に締まってしまうので,索溝の下と上の部
分には変化がなく,内部に出血などが起きにくいというのが原則であ
る。これに対し,絞死の場合には,皮膚の表面を走る静脈は締まるの
に対し,深い部分の動脈は締まりにくいので,顔面のうっ血や眼瞼結
膜の溢血点が出る。また,自殺を目的として自分で自分の首を絞めた
上,紐がゆるまないように結ぶ自絞死の場合には,着衣等が紐の下に
かからないようにはだけて絞めるので,上記のような防御痕あるいは
着衣のよれのような印象が生じるとは思われない。さらに,Jの膀胱
内には200ミリリットルの尿が入っていたところ,縊死の場合は立
位になっているので,膀胱内に尿が200ミリリットルも入っていれ
ば,意識を失ったときに,膀胱括約筋,肛門括約筋が開き,内容物が
流れ出る筈であるのに,これが流れ出ていないということは,Jは,
意識を失ったときに横臥位であったと考えてよい。
オ以上のとおり,Jの外部所見からは絞死を思わせ,内部所見からは
扼死を思わせる2つの所見が併存しているところ,これをすべて絞殺
の所見と解釈しても誤りではないものの,初めに索状物で背後から首
を絞め,仮死状態で仰臥位になっているところを前頚部を手指で絞め
扼殺したと考えても,Jの死体所見を矛盾なく説明することができ,
いずれにせよ,Jの死は他殺によるものであり,縊死(自殺)では説明
することができない。
④そして,被告人は,A殺害について捜査官から取り調べられた際,J
の死因について旧供述とは異なる供述をしているところ,被告人の平成
14年6月30日付け警察官調書(検188)には,要旨以下のとおりの供
述が記載されている。すなわち,昭和60年1月13日の夕方,被告人
が帰宅したところ,Jが,リビングに仰向けに倒れて死んでいた。Jの
首にはガーゼのような物が巻かれ,それを少し下ろしてみると,引っ掻
いたような傷とロープで絞めたような痕が残っていた。また,Jの髪や
服が濡れており,そばの台所には浴室にある筈のタライが,水の入って
いない状態で置かれていた。被告人は,Aが,Jのことが邪魔になって
殺したと思い,直ぐにAの自動車電話に電話して,状況を伝えて直ぐ帰
宅するよう言い,その後,親戚にも電話連絡した。被告人は,mの家の
1階階段下の物置に置いてある筈のロープを見に行き,そこにはなかっ
たので探したところ,2階の押入の中にあり,中途半端な長さに切って
あった。被告人は,この姿のままのJを人に見られたくないと思い,J
,。の着衣を着替えさせたり濡れていた髪をドライヤーで乾かすなどした
電話連絡から10分後くらいにmの家に戻ったAは,駆け付けた医師に
対し「いい具合に頼む」と,病気で死んだことにしてくれという内容の
話をしていた。しかし,救急隊が来て,首のロープ痕を見て警察に連絡
し,警察も動き出した。被告人は,自分から本当のことを言うつもりは
なく,帰宅したらJが首をつっていたと嘘を織り交ぜ,想像して話して
いたところ,偶然ロープ全体の長さや切った長さ,巻き付けの状態等が
,,。被告人の話と一致しその後警察から取調べを受けることはなかった
また,被告人の平成14年7月1日付け検察官調書(検195)には,上
記警察官調書の記載と同旨の内容に加えて,要旨以下のとおりの供述が
記載されている。すなわち,本件ロープは,いつも階段下の倉庫に保管
してあったのが,被告人の部屋の押入にあった。そのロープは,もとも
と10メートル以上の長いものであったところ,2メートルないし3メ
ートルと,残りとの2本に切断された状態になっていた。被告人は,本
件ロープを自室の押入の天井裏に隠した。元々韓国人である被告人にと
,,,って父親は絶対の存在であり息子が父親のことを警察に売ることは
日本人よりも抵抗感が大きかった上,養父が養母を殺したことが明るみ
になれば,F生コンもC会社も立ち行かなくなり,自分の仕事もなくな
って,Bとの結婚話も破談になってしまうという気持ちがあった。被告
,,,,人は警察で嘘発見器にかけられ刑事からの取調べに対しては当初
家に戻ったら母親がリビングに倒れていたと言ったところ,首に絞めら
れた痕があると追及されたことから「実は家に戻ってきたら母親が首,
をつっていたので,それを私が降ろした。リビングの床に倒れていたと
,,嘘を付いていたのは母が自殺したことが公になると世間体が悪いから
」。,病死ということにしたいと思い嘘をついていたと説明した刑事から
Jが首をつっていたロープはどこにあるのかとか,どのように首をつっ
ていたのかと聞かれて,自分の部屋の天井裏にロープがあることを話し
た。そして,ロープが10メートル以上の長いもので,しかも切られて
いたことから,辻褄が合うようにロープの一端を庭木に縛り,反対側を
縁側の掃出窓の上にある小窓から室内に引き入れ,そこで首をつってい
たものであり,ロープが切れているのは,Jを降ろすとき自分が切った
と嘘の説明をした。
さらに,被告人は,原審公判廷において,上記警察官調書および検察
官調書とほぼ同旨の供述をし,当審公判廷においては,弁護人から差し
入れられた上記昭和60年1月14日付け検視調書写しを読んで,記憶
が混乱していることが分かったとして,当初供述していたとおり,同月
13日午後6時ころ帰宅した際,Jは,1階奥の台所でコタツに入って
座っており,被告人がいったん外出して,同日午後8時ころ帰宅したと
きに,Jは,その下半身を上記コタツに入れた状態で倒れていた旨供述
した。
,,,,以上のとおり被告人はJ死亡直後の検視の際には警察官に対し
Jの死後最初にJを発見したとき,Jは下半身をコタツに入れて仰向け
になって倒れていた旨の供述していたものの,その後の警察での取調べ
の際には,Jは首をつって自殺していた旨供述した。しかし,A殺害に
ついての取調べの際には,再び,当初の供述と同様の供述をして,Jの
死因が自殺ではなく,Aに殺害されたものである旨供述したものである
(以下,Jが殺害されたという被告人の供述を「新供述」という)。
⑤たしかに,Q意見は,Jの死因について,絞殺または扼殺であり,縊
死(自殺)では説明することができないというのであり,被告人の新供述
は,法医学的にも裏付けられているようにみえる。
しかし,Q意見は,Jの死因を検討する際,P鑑定書に記載されたJ
の死体所見を,定型的縊死の場合に見られる所見と比較検討して,縊死
ではないという結論を導いていることは,Q医師の証言からも明らかで
ある。ところが,Jが,定型的縊死であることを窺わせる証拠はなく,
被告人の旧供述に基づき,mの家でマネキン人形を使って再現実験をし
た際は,首に巻いたロープの結び目が右側頚部にあることに照らすと,
Jが縊死したのであるとすれば,それは非定型的縊死であることが窺わ
れる。また,Q意見は,縊死の場合は立位になっているので,意識を失
ったときに膀胱括約筋や肛門括約筋が開き,内容物が流れ出る筈である
のに,Jの膀胱内に尿が200ミリリットルも入っていて,これが流れ
出ていないということは,Jは,意識を失ったときに横臥位であったと
考えてよいというところ,P鑑定書によれば,Jの肛門は閉じていたと
いうのであるから,その肛門括約筋や膀胱括約筋は開いていなかったと
考えられ,そうすると,Jの膀胱内に尿が残っていたことをもって,縊
死ではないと直ちにいうこともできないというべきである。
また,被告人の原審および当審各公判供述によれば,被告人は,Jの
死体が発見された当時,連日,警察署において長時間の取調べを受け,
Jが,夫の不倫やその相手との間で子が生まれていることなどに悩み苦
悩しているのを見て,被告人が,いっそのことJを死なせて楽にしてや
ろうと考え殺害したのではないかと追及され,ポリグラフ検査まで受け
たというのであるから,捜査機関においては,Jを被告人が殺害したの
ではないかということを相当程度疑っていたことが窺われる。そして,
被告人の旧供述の信用性を確認するために,mの家において,P医師立
会の下で被告人の旧供述の内容を再現する実験をした上で,被告人の旧
供述が,少なくとも信用できないとはいえないと判断したものである。
捜査機関が,相当の嫌疑があると考えた者の否認供述の信用性を否定で
きなかったという事実は,十分尊重しなければならないというべきであ
る。さらに,この再現実験の際,実際にJの死体を解剖した法医学者で
あるP医師も立ち会っていたことにかんがみると,被告人の旧供述は,
法医学的にみて必ずしも不合理なものでもなかったことが窺われるとい
わざるを得ない。
しかも,ロープの端を庭木に結びつけた上,ロープのもう一方の端を
家屋内に引き込んで首をつるという方法は,極めて特異な方法であると
,,,,考えられるところ真実被告人がその新供述のとおりの体験をして
旧供述のような体験をしていなかったとすれば,庭木にロープの端を結
びつけて屋内で縊死するというような特異な方法を思いつくとは考え難
いというべきである。この点について,被告人は,ロープ全体の長さや
切られた長さなどを矛盾なく説明するために,苦しまぎれに嘘を考え,
縊死している状況について虚偽の供述をしたところ,たまたま警察官に
信用してもらえた旨供述する。しかし,縊死していた状況について嘘の
供述をするのであれば,例えば,ロープにしたところで,その全部を使
って首をつっていたという必要もなく,一部余っていたように装うこと
もできるし,切られた短い方のロープがJの頚部に巻かれていたように
述べることもできたのであって,自殺の道具立てにわざわざ庭まで使っ
て虚偽の自殺方法を述べるというのは不自然の感を免れない。
加えて,被告人は,Jが死亡しているのを発見した直後,自室押入の
中に本件ロープがあるのを発見して,それを入れたのはAであると思っ
たというのである。そうすると,当然,Aが,被告人をJ殺害の犯人に
。,,仕立て上げようとしていることも察知した筈であるそして被告人は
取調べを受けたときの警察官の対応から,自分自身がJ殺害の犯人であ
ると疑われていることも分かっていた筈である。それにもかかわらず,
被告人は,その当時は,自分を犯人に仕立てようとAが企んでいるとは
,,,気付かずいずれ警察がAが犯人であることを突き止めるであろうし
そうなればAも真実を話すであろうと思い,それまでの時間を稼ぐつも
りで,Jが縊死したと嘘を言った旨供述しているところ,被告人のこの
供述は,内容が不合理であり不自然であって信用できない。
また,Jが,自殺をほのめかす本件メモを残していたことは既に認定
したとおりである。
そうすると,Jの死因については,被告人の旧供述の方こそ信用でき
るというべきであるから,原判決が,検視およびP鑑定書によると,何
らかの紐状物により頚部を圧迫されたことにより窒息死したものと認め
られるものの,これが自殺によるものか,他殺によるものかを確定的に
判断できないところ,Jに自殺の動機があり,本件メモが存在していた
上,被告人の旧供述のとおり本件ロープが発見され,旧供述に基づいて
再現実験がなされた結果,Jが自殺したと判断されて捜査が終えられて
いることなどから,Jは自らの意思で縊死したと認定したのは,正当と
して是認できる。
⑥被告人は,AがJを殺害したものであり,自分自身はそう信じていた
旨供述するのであるが,前述のとおり,被告人の旧供述の方が信用でき
るところ,これによれば,被告人は,Jが縊死しているのを見ており,
Aが殺害したものでないことは分かっていた筈である。もっとも,Jの
死が自殺であるにせよ,その主たる原因は,Aの不貞行為とその相手と
の間に子が生まれたことにあることは明らかであるから,Jをそのよう
な状況に追いやったのはAであり,その意味において,被告人が,Jの
死についてはAに責任があると考えたとしても,それは至極自然なこと
であって,何ら不思議はない。
そして,A自身も,Jの死亡については,自分に原因があることは理
解していた筈であるから,Jの死後,Aが,被告人に対して経済的に甘
,,くなり被告人が購入するマンションの頭金約450万円を出したほか
自動車やゴルフ会員権の購入代金合計約600万円を出し,さらには被
告人のサラ金に対する債務も合計約1500万円くらい支払うなどした
ことも,Jの死亡について,自分に原因があるという負い目を感じてい
たからであると考えれば,十分説明のつくことであって,被告人が述べ
るように,AにはJを殺したことの弱みがあったからである(被告人の
警察官調書〔検188〕)と考えるのは当たらない。
⑦したがって,原判決が,その「量刑の理由」の項の2(4)において,
原判示第1の犯行直前に,Aにおいて,13年近くにもわたって隠し続
けてきた筈の殺人という重大犯罪を,被告人との仕事の話のついでに交
わされた簡単な会話の中で,さしたるためらいもなく認めるような言動
,,,,をしたというのは余りに唐突で不自然であるからその際被告人が
Aから,Jを殺害した旨聞いた旨の供述は信用できない旨説示した点は
正当である。
なお,原判決は,被告人が,原判示第1の殺害行為の日の2日か3日
後に,Aの妻であるRに対し,Aとの別れ話があったのか尋ね,Rが,
それを否定したという事実(Rの検察官調書〔検165〕)から,原判示第
1の犯行直前に,Aが,被告人に対し,Rと別れようと思っている旨述
べたという事実を認定している。しかし,原判示第1の犯行直前に,被
告人が,AからJ殺害の事実を聞いたという供述が信用できないのであ
るから,その同じ時に,Aから,妻と別れようと思っているという話を
聞いたという供述についても,その信用性については慎重に検討する必
要がある。そして,被告人が,Aから,そのような話を聞いてもいない
のに,聞いたと嘘をついたと疑う余地がある上,原判示第1の犯行直前
よりも,もっと以前にそのような話をAから聞いていたという可能性も
否定し難い。また,仮に,その犯行直前にAからそのような話を聞いた
としても,そのことから直ちに,被告人の供述のとおり,その際,被告
人がAに対し,Jのことを話題にして「もっと大事にしてやりゃよかっ
たろうが「なんでもっと大事にしてやらんのじゃ」などと詰問したと」
ころ,Aが「子供を産めんかったあの女が悪いんじゃ」などと言って,
Jを「あの女」呼ばわりしたのではないかとまでいうことはできない。
,,「,,したがって原判示第1においてAに対しJのことを話題にし
『もっと大事にしてやりゃよかったろうが『なんでもっと大事にして』
やらんのじゃ』などと詰問したところ,Aが『子供を産めんかったあの
女が悪いんじゃ』などと言ったことから,AがJを『あの女』呼ばわり
して,Jを死に追い込んだ責任をJに転嫁しようとしているなどと考え
て,憤まんやるかたなく感じるとともに」と認定説示した点は,事実を
誤認しているといわざるを得ない。
しかしながら,原判決は,Aを殺害しようとした主たる動機は,C会
社の清算権限をAから奪って自己の方針に従ってC会社を清算し,自己
の破産を免れようとした点にあると認定しているのであるから,この誤
認が判決に影響を及ぼすとはいえない。
(3)A殺害の態様,殺害後の事情等について
①弁護人は,A殺害計画およびその実行について,原判決が,被告人は
「極めて周到な準備をした上,これをほぼ計画どおりに実行したのであ
,,,」って本件犯行は冷徹に計算された稀に見るほど計画性の高い犯行
と断じているところ,被告人の計画は,最終的にA死亡という意図どお
りの結果になったことが不思議なほど,拙劣で確実性がなく,実現可能
性や計画性の乏しいものであった上,実行の面でも冷静さを欠き,計画
を変更せざるを得なかっただけでなく,結果の発生に至る経緯も,当初
の計画からは大きく異なるものであったから,原判決の評価は誤ってい
るというのである。
②そこで検討するに,被告人は,原判示第1のA殺害の犯行に及ぶ1か
月以上前から,殺害方法について考え計画を練っていたところ,その経
緯は,以下のとおりであったと認められる。すなわち,被告人は,A殺
,,,害の場所を夜間人がおらず日曜日であれば従業員の出入りもない上
Aを呼び出しても怪しまれないF生コンの敷地に決めた。また,A殺害
行為の後,同人を本件車両に乗せ,自動車事故で死亡したように装うこ
とに決めて,偽装の交通事故(以下「本件事故」ともいう)を起こす場所
やその方法,警察に事情聴取された際の弁解内容についても,予め考え
ておいた。さらに,A殺害の後,交通事故を偽装するためには,Aの死
体を載せた自動車を被告人自身が運転せざるを得ないので,交通事故を
装う際,被告人自身が大けがをしたり命を落としたりすることのないよ
,。,う安全性が高いベンツである本件車両を使用することとしたそして
自分は助手席に乗り,死亡したAを運転席に座らせて,助手席側から本
件車両の運転ができるかどうかを確かめるため,Aから本件車両を借り
て試してみたところ,うまく運転できなかったことから,Aの死体は助
手席に載せ,被告人自ら運転することに決めた。また,被告人は,凶器
についてもあれこれ考えた末,Aの不意をつけるように,殺傷能力が大
きい割に形状の小さい鉄アレイにすることとし,鉄アレイを被告人が入
,。,,手した形跡が残らないように万引きして用意した加えて被告人は
A殺害後,Aに代わって自分がC会社の代表清算人になることができる
よう工作した。
③以上のとおり,被告人は,A殺害の方法について,事前に十分考え,
周到に計画を練って準備していたものである。
ところが,実際には,F生コンの敷地にAを呼び出し,その不意をつ
いて,鉄アレイでAの前額部を複数回殴打し,その頭蓋骨の一部が欠損
するほどの傷害を与えたところまでは,事前に計画したとおりに事態が
進行したものの,Aは,その場で絶命するに至らなかった。その上,A
は,同敷地内にある女子トイレの中の洗面台まで歩いて行ったため,そ
の付近が血で染まり,洗面台の排水口にAの頭の骨片が落ちたところ,
被告人は,その犯跡を隠滅することができなかった。そして,本件事故
を起こした翌日,上記洗面台付近の血の跡や骨片をF生コンの関係者に
発見されたことから,被告人が,本件事故の直前にAを殴打したことが
発覚したものであって,これらの点において,計画どおりに事が運ばな
かったことは明らかである。
しかし,被告人は,重傷を負ったAを本件車両の助手席に乗せ,これ
を運転して,計画どおり本件事故を起こし,Aは,病院に搬送されたも
のの,その後意識を回復することなく死亡し,A殺害については,3年
半以上もの間,犯行が捜査機関に発覚しなかったものである。
そうすると,A殺害が「極めて周到な準備をした「計画性の高い犯」
行」であるとの評価は免れ難い。また,事前の計画とは異なり,F生コ
ン敷地においてはAを殺害できなかったものの,Aは,その後,病院に
おける治療の甲斐もなく死亡するに至ったものであるから原判決のほ,「
ぼ計画どおりに実行した」という評価も誤りとはいえない。そして,被
告人がAに負わせた傷害の程度は相当に深刻であり,Aが被告人の行為
によって死亡したことを,他人に知られないまま相当期間経過したこと
などにも照らすと,所論指摘の諸点を検討してみても,被告人の計画が
拙劣で確実性がないものとはいえない。
たしかに,実行の面では,F生コンの敷地において,計画どおりAを
殺害するまでに至らなかったことや,上記女子トイレの中に犯跡が残さ
れていたことに気付かなかったことなどからすれば,被告人が冷静さを
欠いていたかのように見えないではない。しかし,鉄アレイで殴打して
相当の重傷を負わせた筈であるにもかかわらず,その直後,Aが自力で
歩くなどということは,全く予想外の出来事であり,そのような事態に
立ち至って,その場でさらに暴行を加える気持ちにならず,それよりも
次に予定していた交通事故により殺害しようと考え,それを実行する方
に気を奪われたとしても,それは無理からぬことである。また,女子ト
イレの中に血痕や骨片等の犯跡が残されていることに気付かなかったの
も,そのときの状況にかんがみれば,自然な成り行きであるというべき
であって,これらの事情から,被告人が冷静さを欠いていたとまではい
えない。
もっとも,被告人は,A殺害行為をした翌朝,F生コンの敷地に戻っ
た際にも,上記女子トイレの中の犯跡を発見して,これを消すなどの罪
証隠滅工作をしていない。そして,その結果,被告人が,本件事故の直
前にAを殴打した事実に関する証拠が残ってしまったものであって,こ
の点をとらえて,その計画の実行において不十分な点があったと評価す
る余地はある。
(4)その他の主張について
弁護人は,①被告人の行為とA死亡との間の因果関係について,疑問を
差し挟む余地がある,②被告人は,本件事故後間もなく,K県K西警察署
で取調べを受けた際,捜査官から,本件事故の前にAを殴ったという話が
あるが本当かと尋ねられ,このとき既に,親族から問い詰められて,Aを
殴打したことを告白していたため,素直にそのことを認める供述をしたか
ら,自首に類似する事情が認められる,③原判決が,A殺害計画は「極め
て周到かつ綿密なものであり,このことは,現に,被告人が,犯行現場に
残されていた血痕や骨片の存在を知ったAの親戚から問い詰められて,A
を殴打したこと自体を認めざるを得なくなった後も,A殺害そのものにつ
いては,3年半以上にわたって発覚を免れたことからも明らかである」と
し「これを,捜査機関の捜査不十分などと批判して,これに責任を転嫁,
するかのような弁護人らの主張は到底採用できない」と判示して,捜査機
関の怠慢を軽視し,量刑上全く考慮しようとしなかったのは誤っている旨
主張している。
しかし,①の点については,被告人のAに対する暴行の結果,同人が負
った頭部外傷に基いて,同人に遷延性意識障害が発生し,健康な状態であ
れば容易に行うことのできる口腔内に溜まった唾を飲み込んだり,痰や嘔
吐物を吐き出すなどの行動ができなくなっていたところ,唾や痰,嘔吐物
には多くの雑菌が含まれ,それらが気管から肺に入って肺炎を起こし,か
つ,脳に重篤な障害があることから,菌に対する抵抗力や体力が低下して
いたことも加わって,Aは死に至ったことが認められる。そうすると,被
告人の行為とA死亡との間に因果関係が存することは,優に認められるの
であって,因果関係があることに疑いを差し挟む余地はない。
②の点については,所論によっても,被告人は,F生コン敷地内の女子
トイレにA殴打を示す痕跡が残っていたため,親族から問い詰められて,
Aを殴打したことをやむなく認め,捜査官に対しても,その限度で供述し
たにすぎない。そうすると,A殺害を自主的に捜査機関に申告することを
意味する自首に類似したような事情があるとはいえない。
③の点については,本件事故当時,Aの親戚等が,捜査機関に対し,F
生コン敷地内の女子トイレに血痕や骨片が残されていた事実を告げてはい
ないところ,被告人は,Aを殴打した事実を認めながらも,Aの死亡原因
は自動車事故である旨虚偽の供述を続けていた上,A殺害計画が,相当程
度周到かつ綿密であったことから,Aの死亡が事故によるものであると判
断され,その結果,被告人によるA殺害が,原判示の期間発覚しなかった
ものである。そうすると,原判決が,被告人において虚偽供述を続けなが
ら,その虚偽供述を見抜けなかったとして,捜査機関を非難することなど
許されないという考えの下に,捜査機関の捜査が不十分であるなどと批判
して,これに責任を転嫁するかのような弁護人の主張は到底採用できない
旨断じて「捜査機関の怠慢」を量刑上考慮しなかったのは相当である。,
3B殺害とその関連事件について
(1)弁護人は,原判決が,その「B殺害に至る経緯」の項の1ないし7で
,,,認定した事実を前提に被告人がBに対して深い愛情を有していながら
「極めて強固な殺意」をもって殺害行為に及ぶということは,理解できる
ところではなく,被告人が,最愛の妻Bが自分を許してくれる筈もないと
思い詰めたことと,同女を殺害してしまうということとの間には相当の飛
躍があり,被告人がBをなぜ殺害しなければならないのか,その経緯,動
機が説明できないし,被告人のBに対する深い愛情と,B殺害という行為
における愛情の欠如という評価とは矛盾し,両者が結びつかないことは明
,。らかであってB殺害の動機に関しては何ら解明されていない旨主張する
しかし,原判決は,その「量刑の理由」の項の5(1)で認定していると
おり,被告人が,Bに対し,本件生命保険金がHの手に渡り,自らは取得
,,できなかった旨伝えたところBが落胆して離婚をほのめかしたことから
本件生命保険金を取り戻すことができると嘘をつき,さらに,それを取り
戻すことができたと言って,Bをだまし続けたところ,これ以上Bをだま
,,せないと考えるや真相を知ったBから離婚されることを阻止するために
Bを殺害しようとしたというのである。そして,被告人のBに対する「愛
情」とは,結局のところ,同女を失いたくない,他の男性に取られたくな
いといういわば独占欲であって,同女を他の男性に奪われるくらいである
ならば,いっそのこと同女を殺害しようと決意したというその動機は,十
分理解することが可能である。B殺害の動機が解明されていない旨の所論
に賛同することはできない。
また,被告人が,Bについて強い独占欲を有していたが故に,強固な殺
意をもって同女の殺害に及んだことも,十分に理解し得るというべきであ
る。
(2)次に,弁護人は,原判決が,B殺害について,被告人が,着実かつ非
常に周到に殺害の準備を進め,同女を殺害することについての,ためらい
やおののきなど何ら窺うことができない上,その殺害の態様は,極めて残
虐かつ執ようなもので,殺意も極めて強固であり,B殺害後死体遺棄に至
る行為は,非常に計画的かつ巧妙で,犯跡隠ぺいに子供たちを平気で利用
する冷酷な心情には,人間として理解し難いものがあり,犯行後もB殺害
を認めない被告人の態度には,Bを殺害したことに対するおののきや後悔
は一切見出せないなどと説示していることについて,B殺害は突発的なも
のであり,しかも,最終的に立てられた殺害計画と実際の犯行との間にも
ずれがあり,海での事故による溺死であるように装うといいながら,殺害
計画自体が,海での溺死ではないことがすぐに判明するようなずさんなも
のであったから,原判決は,そのような事実を正しく評価していない旨主
張している。
しかし,被告人は,B殺害の約22時間前である平成12年3月1日午
前1時ころ,B殺害を決意し,その後,一度はその決意を鈍らせて,犯行
に用いる予定であった睡眠導入剤を海に捨てたものの(被告人の検察官調
書〔検328〕2項),同日昼ころ以降は,殺害の準備をためらうことなく進
め,B殺害に至ったものである。そして,原判示第4および原判決の「量
刑の理由」の項の5(2)のとおり,Bが,必死に抵抗し「Sくん」と長,
男の名を呼んで助けを求めるのも構わずに,被告人は,浴槽内でBを転倒
させ,もがき苦しむ同女に馬乗りになって,その顔を湯に漬け続けて殺害
したものである。B殺害に至る経緯および殺害の態様を総合すれば,B殺
害の態様は,極めて残虐かつ執ようで,殺意も極めて強固であるというべ
きであるから,その旨説示した原判決の認定評価に誤りはない。
また,被告人は,Bの死体を原判示第5の岸壁から海に投げ捨てた後,
釣りをしている長男のそばに行き「何か海に落ちる音がしなかったか」,
などと,暗にBが誤って海に落ちたかと思わせる伏線を張った上,車に戻
った長男が,Bがいないことに気付くや,一緒に探す振りをするなど,犯
跡隠ぺいに子供を平気で利用する冷酷な心情には,人間として理解し難い
ものがあるとした原判決の評価も,相当であるというべきである。
そして,被告人は,Bの死体を遺棄した(原判示第5)後,警察官から事
情を聴取された際にも,あくまでBが事故死したように装って虚偽の供述
をしたほか,原判決の「量刑の理由」の項の5(3)で指摘されているとお
り,原判示第1,第2,第7ないし第12の各罪で審理中の原審公判におい
て,B殺害の事実は全く身に覚えがない旨述べて,B殺害の事実を認めて
いなかったことが明らかである。
もっとも,被告人は,当初,Bに睡眠導入剤を飲ませ,Bが眠った後,
その状態のまま自動車に乗せて岸壁へ行き,眠っているBを海中に投げ入
れて殺害し,事故死に見せかけるという計画を立てていた。しかし,実際
には,Bに睡眠導入剤を服用させた後,aの家(以下「自宅」ともいう)の
風呂場で,浴槽の湯にBの顔を漬けて殺害しているところ,この計画変更
は突発的になされたものであり,最終的に立てられた殺害計画と実際の犯
行との間にずれがあることは否定できない。また,殺害現場となった自宅
は,閑静な住宅密集地にあり,子供2人がいたことから,Bが大声を出し
て抵抗すれば,犯行が発覚した可能性もあった上,自宅から海岸まで,子
供たちに怪しまれないようにしてBの死体を運ぶために,Bの死体に衣服
を着せたり,その髪を乾かすなど,予定外の行動をせざるを得ず,そのた
めに約50分間を要したところ,その間にも子供たちにその様子を見られ
る危険性があるなど,犯行遂行の確実性が,元々の計画に比して低くなっ
ていたことも否めない。さらに,被告人は,同月2日午前1時9分ころ原
判示第5の岸壁付近に着き,同日午前1時30分ころ,Bが海に落ちた旨
119番通報しているところ(捜査関係事項照会回答書〔検302〕),同日
午前2時17分ころ海中から引き上げられたBの死体の下顎は,既に硬直
していたものであって(Vの警察官調書〔検273,捜査状況報告書〔検27〕
4,下顎部の硬直は,通常,死後2時間程度で発現することからすると〕)
(捜査状況報告書〔検270〕),通報時刻と推定死亡時刻とが合わないこと
や,海で溺死した場合,肺組織に無数の珪藻が検出される筈であるのに,
浴槽で溺死したBの肺組織からは,それが検出されなかったことなど,最
終的な殺害計画自体が,海での事故による溺死でないことがすぐに判明す
るような,ずさんなものであったことも否定し難い。
そうすると,原判決が,その「量刑の理由」の項の9(2)において,A
,「,殺害のみならずB殺害についても長期間にわたって発覚を免れたのは
何よりもまず,これらの犯行が,被告人の綿密な計画,周到な準備に基づ
いて,巧妙に実行された結果というべきである」と説示している点につい
ては,実際の犯行態様と対比したとき,過大に評価しているきらいがある
といわざるを得ない。
加えて,被告人は,取調べの検察官から,推定死亡時刻との関係で,少
しでも長く長男と釣りをした後,119番通報した方が有利であったので
はないかと質問されて,それは分かっていたものの,暗く冷たい海にBを
長く漬けておくのはかわいそうであったので,早く引き上げてやりたかっ
たし,その時点では,B殺害が発覚することはある程度覚悟していた旨述
べているところ(被告人の検察官調書〔検329〕5項),その心情に偽りが
あるとは思われない。また,被告人は,取調べの検察官に対し,Bを殺し
たことを後悔している旨繰り返し供述している(被告人の検察官調書〔検3
28〕8項)ところ,その心情にも偽りがあるとは思われない。この点につ
いて原判決はその量刑の理由の項の5(3)において被告人が警,,「」,「
察に通報するなどして犯跡隠ぺいに意を用い」Bの死体が発見された後も
「冷静な態度を保ち続け「最愛の妻であったBを殺害したことに対する」
おののきや後悔は一切見出せない」と説示しているところ,B殺害後の被
告人の心情をそのように一蹴してしまうのが相当であるか,疑問なしとし
ない。
(3)弁護人は,B殺害に関して,④上記のとおり,Bの死体が発見された
際,死後硬直が始まっていたことに加えて,被告人が,死体を遺棄して間
もない同年3月2日午前3時25分ころ自宅に戻った後,Bの体を拭いた
バスタオルを他の洗濯物と一緒に洗濯し,その終わりを示す洗濯機のメロ
ディーが鳴るのを長男が聞いていたことから,この点を捉えて,捜査機関
が,何を洗濯したのかなどと被告人を追及していけば,B殺害が露見する
可能性があったこと,B殺害後,被告人の体全体にひっかき傷が残ってお
り,被告人が,B殺害後の数日間,警察署で任意の事情聴取を受けた際に
も,警察官からその点を指摘されていたから,警察官が,さらにこの点を
追及していけば,被告人によるB殺害が露見する可能性があったこと,B
を解剖した時点で,肺臓内の水分に珪藻が存在するか否かがきちんと調査
されていれば,被告人がBを殺害したことが容易に判明し得たことなどに
照らすと,B殺害直後から,被告人によるB殺害が容易に疑われる状況に
あったというべきであるから,結局,被告人のB殺害計画は甘いものであ
り,犯罪遂行の確実性が低かったといわざるを得ない,⑤捜査機関は,B
死亡の事実は把握していたものの,殺害されたものとして扱っていなかっ
たところ,被告人が,捜査機関に対しB殺害を申告したことによって,初
めてそのことが発覚したものと評価できるから,自首に該当し,仮にそう
でないとしても,被告人の改悛による責任減少が認められるから,刑の軽
減が認められるべきであるというのである。
しかし,所論が④で指摘する事実は,いずれも,B殺害後に生じた事実
ばかりであるから,それらの事実があったからといって,それが,B殺害
の遂行の確実性が低かったことを示すとはいえない。もっとも,それらの
事実は,いずれも,被告人によるB殺害を裏付け得る事実であるといえる
から,被告人によるB殺害は,容易に発覚し得るものであり,その計画が
甘いものであったことを示す事情であるということはできる。
⑤の点については,被告人が,平成14年9月2日に開かれた原審第6
回公判期日において「先ごろ,私が妻Bを殺害した旨の報道がされ,現在
その件について任意の取調べも受けているところですが,私には,そのよ
うな事実は全く身に覚えのないことです」と述べていたものであって,そ
の当時から,捜査官によりB殺害についての取調べがなされていたことが
明らかであるところ,被告人の同月20日付けの警察官調書(検319)には
「昨日,自分がBを殺したことを正直に話そう。そして私が罪を償うこと
で,子供たちが真っ当な道を歩むことを願おうと心に決め」て,警察官に
対し「私がBを殺したんです」と話した旨の供述が記載されている。そう
すると,被告人は,捜査機関の取調べに対して犯行を認めて自白したにす
ぎず,それが自首に当たらないことは明白である。また,④でも指摘され
ているとおり,被告人がB殺害を申告しなければ,その事実が発覚しない
ような状況ではなかったことが明らかであるから,被告人がB殺害を自白
したことについて,特に被告人の改悛による責任減少が認められるとはい
えない。
4死刑選択の相当性について
以上検討した諸点についての判断を踏まえて,以下,原判決の量刑の当否
について検討する。
(1)原判示第1のA殺害について
ア原判示第1の犯行は,被告人が,自分の養父を殺害したという事案で
ある。被告人は,15歳のとき自分が養子であるという事実を知ったと
ころ,そのときまでAを実の父親であると信じており,その後にあって
も,それまでと同じく,実の父子同様の関係にあり,高校卒業後間もな
く,当時Aが実質的に経営していたF生コンに就職してからは,将来,
F生コンにおけるAの地位を引き継ぐことをAから期待され,経済的に
も何不自由なく遇してくれるなど,多大な恩義のあるAを殺害したもの
であって,まことに悪質である。その態様は,夜間,Aを呼び出し,突
如,一方的に,鉄アレイでAの前頭部を複数回にわたって殴打して瀕死
の重傷を負わせた上,自分の運転する自動車の助手席に同乗させて発進
し,交差点のコンクリートブロック壁に高速度で衝突させて,Aに脳挫
傷等の傷害を負わせ,搬送先の病院において,同人を上記脳挫傷に基づ
く肺炎により死亡させて殺害したというものである。被告人は,A殺害
,,行為の1か月以上前から綿密に計画を立て犯行場所や日時についても
,,,Aを呼び出しても怪しまれないF生コン敷地でAが自宅におりかつ
同社の従業員の出入りがない日曜日の夜に実行することを決めるなど,
その犯行全体を通じて極めて計画的である。被告人は,当初,A殺害を
,,実行した1週間前の日曜日の夜に殺害行為に及ぶつもりでいたものの
その日は決断がつかなかったことから,その1週間後に実行することを
決めた旨供述している。しかし,いったん実行を決意するや,頭蓋骨が
折れてその骨の一部が飛び出すほどの強い力で,Aの前頭部を複数回鉄
アレイで殴打したものであって,その態様は,甚だ凶暴で執ようかつ残
忍というほかない。しかも,自分自身が重傷を負ったり死亡したりする
可能性すらあったにもかかわらず,Aを乗せた自動車を自ら運転して高
,,速度で走行させコンクリートブロック壁に計画どおり衝突させた点は
被告人が,犯行をやり遂げようという強固な決意を有していたことを物
語っている。Aは,被告人の鉄アレイによる攻撃によって脳に強い衝撃
,,,を受け通常であればその攻撃を受けた時点で直ちに意識障害が生じ
歩行も困難となった筈である。しかし,被告人の供述によると,Aは,
頭部から多量に出血し,血の中に目があるような形相であったものの,
なお歩行や会話が可能であって,自ら近くのトイレまで行った後,被告
人から「病院に行こう」などと言われるや,自ら自動車に乗り込んだと
いうのである。しかるに,被告人は,Aを殴打したことにより,かよう
,,な重大な傷害を負わせたことについて何ら反省悔悟することなくAが
そのような大けがを負わされながらも,病院に行こうという被告人の言
葉を信頼して,本件車両の助手席に乗るや,その信頼を逆手に取り,当
初からの計画どおり犯行を遂行して,交通事故を装ってAを殺害し,自
らは不慮の事故を装うことにより罪責を免れようとしたものであって,
極めて卑劣かつ冷酷である。
イ被告人の犯行により,Aは,上記偽装の交通事故の現場において,完
全に意識を失い,病院に搬送されて脳組織の一部除去,脳内血腫の吸引
および止血等の手術を受けて,手術自体は成功したものの,その後も意
識が回復することなく,殺害行為から3か月以上経った後に死亡したも
のである。生じた結果は甚だ重大であり,Aの肉体的苦痛は,極めて大
きかったと推察される。
Aは,妻との間に子がなかったことから,実弟の子である被告人を,
その幼いころに引き取り,実子同様に大切に育て,被告人が成人してか
らも,マンションを買い与えたり,被告人がBと結婚する際は,その結
。,,婚に反対していたBの両親の説得にも当たるなどしたまた被告人が
aの家を購入した際は,その月々のローンも実質的にAが支払い,将来
Aが死亡した際,そのローン債務が清算できるよう,被告人を保険金受
取人とする本件生命保険に加入した。さらに,Aは,被告人に多額の小
遣いを与えたり,被告人の借金の返済を肩代わりするなど,被告人に対
し惜しみない愛情を注いできたものである。また,Aは,J死亡後再婚
した女性との間に子供をもうけたことについて,被告人に対し申し訳な
く感じ,そのことを気に掛けていたものであって,常に,被告人を自分
の長男として扱ってきたということができる。しかも,Aは,負債を抱
えて解散に追い込まれたC会社に代わって,Aが将来加工砂事業を展開
する際の中心にする予定であったG会社の代表取締役に被告人を就任さ
せるなどして,被告人に期待を掛けていたものである。そのような被告
人から,突如,恩を仇で返すような仕打ちを受けたAの驚愕は著しかっ
たと推察される。また,当時8歳から15歳の学齢期にあった3人の男
児の成長を見守ることもできず,その母親である妻も残してこの世を去
らざるを得なかった無念の情や不安感は,いかばかりであったかと思わ
れる。
しかるに,被告人は,捜査段階においては「私は,父を殺したこと自
体は後悔していません」と述べるなど(被告人の検察官調書〔検199〕9
項),A殺害について反省の態度が見られなかった。
ウ最愛の夫を被告人によって奪われたAの妻の悲しみや憤りは強く,絶
対に被告人を許すことができず,被告人をAと同じ目にあわせてもらい
たい旨供述して,被告人を死刑に処すよう求めている。また,Aの子ら
の悲しみも深いものと推察される上,Aの妻子らの被った経済的痛手も
著しい。加えて,原判決の「被告人の生育歴,家族関係」の項の2,そ
「」,,,の量刑の理由の項の3(3)アのとおりAはF一族の中心として
一族の尊敬や信望を集めてきたものであって,その兄弟や甥なども,被
告人の厳重処罰を求めている。しかるに,被告人は,Aの妻子らに対し
何らの慰謝の措置も講じていない。
エ被告人が,Aを殺害するに至った経緯や動機は,既に認定説示したと
おりである。すなわち,A殺害行為に及んだ当時,C会社は,合計8億
円以上の債務を抱えていたところ,被告人は,C会社のD銀行に対する
6億3130万円余りの債務およびK信用金庫の元金4600万円の債
務(以下,合わせて「本件債務」という)について連帯保証しており,特
にD銀行からは,その債務の履行を求められていた。C会社の代表清算
人としてその清算権限を有していたAは,本件山林の保有を続け,本件
山林を足がかりにして将来加工砂事業を行うことにより利益を得れば,
それらの債務を返済することが可能であると考えていた。一方,被告人
は,加工砂事業を展開することは困難であって,早急に本件山林を本件
宅地と交換した上,同宅地を転売するなど,C会社の資産を売却等して
整理することにより,それらの債務を返済すべきであると考え,Aにそ
の旨進言していた。しかし,Aは,加工砂事業を行うことにこだわり,
当面,それら債務の返済を滞らせたとしても,D銀行等の金融機関が,
Fビルや本件山林等に設定していた担保権を実行することはないと考
え,被告人の進言を入れようとはしなかった。そこで,被告人は,この
ままでは,自分が破産に追い込まれ,自宅であるaの家も差押えを受け
て,妻子との幸せな生活を失い,被告人が幼いころの貧しい生活に逆戻
りするとともに,子供たちにも肩身の狭い思いをさせることになるとの
焦燥感を募らせた末,C会社の清算権限をAから奪ってC会社の資産を
整理するとともに,本件生命保険金を取得して,本件債務を返済するた
め,A殺害行為に及び,さらに本件生命保険金をだまし取ったものであ
る。
たしかに,Aの計画していた加工砂事業が,近々開始できる可能性は
乏しかったことが窺われるし,平成10年当時にあっては,それ以前と
は異なり,D銀行等の金融機関が担保権を実行することは,十分にあり
,。得たから被告人のAに対する進言は正当であったということができる
したがって,Aの方針に従いC会社の資産を売却整理することなく,本
件債務の返済もしないままに時を移せば,被告人が破産に追い込まれる
可能性も十分存したと認められる。そうすると,被告人が,そのような
不安を持ったことは当然であり,Aにおいて被告人の進言に一切耳を貸
さなかったことは,相当とはいい難かったように思われる。そして,そ
のことが,被告人を精神的に追い詰めた面があったことは否定し難い。
しかし,そうであるからといって,それが,被告人のA殺害を正当化す
るような理由になり得ないことも,また明らかである。
,,オ弁護人はAがJを殺害したとの疑惑を被告人が有していたことから
A殺害についての障壁が低くなっていた旨主張する。
しかし,既に説示したとおり,被告人は,JがAによって殺害された
と認識していなかったものであるから,弁護人の主張は前提を欠いてい
る。
もっとも,Jが自殺した主な原因が,Aの不貞行為にあることは明ら
,,かでありAがJを自殺に追いやったといわざるを得ないのであるから
被告人が,Jの死についてはAに責任があると思っていたことは明らか
。,,であるしかしいかに被告人がJに対して愛情を持っていたとしても
Jの敵討ちのようにしてAを殺害することが,幾分たりとも相当視でき
ないことは明らかである。ましてや,被告人は,Aに対し相当の恩義が
あった上,Aからも愛情を受けていたのであるからなおさらである。被
告人が,Jの自殺についてAに責任があると思っていたことを,A殺害
の関係で特段に斟酌すべきであるとまではいえない。
カなお,原判決は,その「量刑の理由」の項の3(2)ア(イ)(ウ)におい
て,被告人によるA殺害が,冷静かつ着実な方法で実行され,犯行後も
執ように犯跡を隠ぺいする行動に出た旨認定している。
しかし,既に指摘したとおり,被告人の元々の計画は,被告人がAを
鉄アレイで殴打して殺害し,犯跡隠滅のため,Aの死体を本件車両に載
せて偽装の交通事故を起こすというものであったのに,実際には,Aを
鉄アレイで殴打することによっては殺害することができなかったもので
ある。そうすると,被告人が,常に冷静かつ着実にA殺害を実行したと
までいえるのかについては,疑問の余地もある。
また,被告人は,Aを殴打した後,AがF生コン敷地内の女子トイレ
に入ったことを認識していながら,Aの傷害部位から流れ出た血が同ト
イレ内に落ちていることなどに思い及ばず,Aを乗せた本件車両を運転
して同敷地から立ち去る前にも,また,その翌朝,被告人が,入院先の
病院を抜け出して同敷地に戻った際にも,上記トイレ内の犯跡を隠滅す
る機会がなかったわけではないのに,被告人は,それらの犯跡を隠滅し
ていない。そうすると,被告人が,犯行後も執ように犯跡を隠ぺいする
行動に出た旨の原判決の評価も,必ずしも当を得ているとはいえない。
(2)原判示第2の本件生命保険金の詐欺について
原判示第2の犯行についての動機,経緯,犯行態様および結果は,原判
決がその「量刑の理由」の項の3(1),(2)イ,(3)イで説示するとおりで
あって,その動機,態様ともに悪質であり,その被害額は非常に多額であ
るところ,その被害弁償は一切なされていない。もっとも,本件生命保険
金については,上記2(1)④のとおり,被告人は,実際には一切取得する
。,,,ことができなかったものであるなお被告人は平成16年8月27日
被害者である生命保険会社との間で,被告人が,同保険会社に対し,不法
行為による損害賠償債務として6000万円およびこれに対する平成11
年11月10日から支払済みまで年5パーセントの割合による遅延損害金
の支払義務があることを認めて,これを直ちに支払う旨の刑事和解を成立
させてはいるものの,それが履行される見込みはない。
(3)原判示第3の1,2の各保険金詐欺について
原判示第3の1,2の各犯行についての動機,経緯,犯行態様および結
果については,原判決の「量刑の理由」の項の4のとおりである。すなわ
ち,その利欲的な動機に酌むべき点はなく,その態様は狡猾であり,被害
額は合計1040万9000円と多額である。被告人は,これらをBや知
人からの借金返済等に充てて費消したところ,現在に至るまで被害弁償の
措置を何ら講じていない。
(4)原判示第4のB殺害および同第5の死体遺棄について
アB殺害および死体遺棄の各犯行に至る経緯,動機,犯行態様,犯行後
の行動および結果等は,上記3(2)(3)で指摘した点を除いては,概ね,
原判決が,その「B殺害に至る経緯」の項の1ないし7および「量刑の
理由」の項の5(1)ないし(4)で説示するとおりである。
イその経緯および動機は,被告人が,Bに対し,本件生命保険金を取り
戻すことができる,あるいは取り戻すことができた旨,仮差押え決定通
知書と称する書面や銀行の振込受取書を偽造までして,その場限りの嘘
を重ねてだます一方,夜間,同女が飲む飲料に睡眠導入剤を混入して同
女を眠らせることにより,同女が外出して知人に会うのを妨げて,その
嘘が発覚するのを免れていたものの,それ以上Bに嘘をつき続けること
ができなくなり,もし,同女に真相が発覚した場合には,同女が,自分
に愛想を尽かして離婚し,他の男性と再婚してしまい,子供たちとも会
えなくなるであろうから,それを避けるためには,Bを殺害するしかな
いと考えて,実際に殺害に及んだ上,海で事故死したように装って,犯
,。行が発覚するのを免れようと考えその死体を海に投棄したものである
その殺害の動機は,いわゆる財産目当て,あるいはわいせつ目的という
ような,特に悪質と考えられる類のものではない。しかし,そうである
からといって,極めて安易に人を殺めたことの悪質性が弱まるものでは
ない。被告人の行為は,本来,自分の身を犠牲にしてでも守るべき妻の
生命を奪い,かつ,被告人と妻との間にもうけた当時12歳の長男およ
び8歳の長女から,その母を奪うという,子供たちにとって,これ以上
ないといっても過言ではない不幸を強いるものである。被告人のいう妻
を失いたくない,あるいは子供たちと会えなくなるのを避けたいという
心情は,それ自体十分に理解し得るものである。しかし,その目的のた
めに,妻を殺害するという行為に出た点は,この上なく短絡的かつ身勝
手である。しかも,被告人は,Bとの婚姻後も,他の女性と浮気をした
り,B殺害の約4年8か月前である平成7年7月には,テレホンクラブ
で知り合った女性をホテルに誘って性交渉をもった後,同女の財布から
現金を抜き取ったことにより,窃盗罪で逮捕され,起訴を猶予されたこ
とがあったほか,子供たちのための学資保険や貯金を,Bに黙って勝手
に引き出して使うなど,Bに対して,数々の背信行為を重ねてきたもの
である。そうすると,被告人は,妻子への思いを語りながらも,その内
実は,自分だけが大切であり,自分だけは不幸になりたくなく,その目
的のためには,妻子を含めた他者の存在やその思いには何らの配慮もし
ないという,極めて自己中心的な自己愛を表現しているにすぎないとい
わざるを得ない。したがって,B殺害の動機の悪質性は,上記のような
財産等を目当てとする利欲からの殺人と比べても大差なく,酌量の余地
はない。また,上記のとおり,被告人が,嘘に嘘を重ね,Bの知らぬう
ちに睡眠導入剤を同女に飲ませるなどした経緯も,甚だ悪質である。
ウB殺害の態様は,以下のとおりである。すなわち,被告人は,既に,
その日の夜のうちにBを殺害しようと決めていたことから,Bの作った
。,夕飯を同女の最後の手料理であると思いながら味わって食べたそして
子供を風呂に入れて寝かせた後,居間で酒を飲みながら,同女が家事を
終えるのを待ち,居間に来た同女とともに酒を飲んだ。Bは,被告人か
ら,既に本件生命保険金6000万円がB名義の預金口座に入金されて
いると聞かされていたので「明日こそ銀行に連れて行って欲しい」と,
被告人に言った。それに対して,被告人は,B殺害を決意していたこと
から「明日は時間もあるし,銀行に行こう」などと嘘をついてBを喜,
ばせた。被告人は,Bに用事を言い付けて台所に行かせた隙に,同女が
健康のために毎日飲んでおり,その日も用意してあった飲み物の入った
マグカップの中に,あらかじめ水に溶かして用意していた多量の睡眠導
入剤を流し込んで,居間に戻ってきたBに飲ませた上,同女と性交渉を
もった。その後,被告人は,浴室で同女とともに浴槽の湯に浸かり,被
,「」,告人の胸に背中をもたれかからせてあったかいねえと言いながら
被告人を信頼しきって眠り始めた同女を見るうち,突然,冷たい海の中
ではなく,暖かい湯船の中で死なせてやろうという身勝手な思いが生じ
たことから,既に認定説示したとおり,極めて残虐かつ執ように,強固
な殺意に基づいて同女を殺害した。
Bは,その日,被告人から,既に入金されていると聞かされながら,
被告人の都合によって,なかなかその入金が確認できなかった本件生命
保険金6000万円について,明日こそはその入金が確認できると考え
て嬉しく思っていた筈である。そして,最も安全であるべき自宅におい
て,夫と夫婦の愛情を確認する性交渉をした直後,一緒に暖かい風呂に
入り,その浴槽内で,自分を誰よりも守ってくれる筈の夫の胸に抱かれ
ながら,その心地よさに安心しきって眠っていたところ,突如態度を豹
変させた夫により,その場で,全裸のまま殺害されたものである。その
,「,」,ときのBの驚愕は著しく何で何でなんという同女の言葉どおり
直ちにはその状況が理解できなかったに違いない。そして,突然の事態
に混乱しながらも,ようやく,自分が夫から殺されようとしていること
が飲み込め,必死に抵抗しながらも,最後に「Sくん」と12歳の長男
に助けを求める叫びを発したときの絶望感はいかばかりであったかと思
われる。死に至るまでの苦しさ,38歳の若さで,かつ,未だ学齢期の
長男長女を残して絶命させられる無念さ,そして,何よりも,これまで
様々な心労を強いられながらも,信じて愛し続けてきた夫に裏切られた
ことの悔しさを思うとき,その不憫さ哀れさには語るべき言葉がない。
エB殺害後の状況および死体遺棄の態様等は,既に認定説示したとおり
であり,自分の子供たちをアリバイ証人に仕立てつつ,Bの死体を海に
投棄することによって,Bが事故死したように見せかけ,B殺害の犯跡
を隠滅しようとしたもので,悪質というほかない。加えて,被告人は,
そのほかにも以下のような罪証隠滅工作を行っている。すなわち,被告
人は,B殺害直後,Bの体を拭いていた際,Bの口から出た汚物が付着
したバスタオルを自宅近くのコンビニエンスストアのゴミ箱に捨てた。
Bの死体を海に投げ捨て,長男とともにBを探す振りをした後,119
番通報し,同女が発見されて搬送された先の病院で,警察官から事情聴
取を受け始めたものの,それが終わらないうちに病院を抜け出し,自動
車を運転して自宅に帰る道中,Bを殺害したときに使った証拠品を持っ
ていてはまずいと思い,睡眠導入剤を捨てた(被告人は,その当時,焦
っていたことから,睡眠導入剤を捨ててしまったところ,後記の弁解内
容から考えると失敗であった旨供述している。被告人の検察官調書〔検
329〕7項。なお,被告人の警察官調書〔検317〕三項の問答参照)。自
宅に戻ると,脱衣所付近の床がBの吐いた物で汚れている気がして,そ
れをバスタオルで拭き,洗濯機の中に入れて洗濯した。そして,自宅に
来た警察官や,その後,警察署で被告人の事情聴取に当たった警察官に
対し,Bが日ごろ,寝る1時間くらい前に睡眠薬を飲んでおり,Bが原
判示第5の岸壁から落ちた日も,自宅から出掛ける前,同女が酒を飲ん
でふらついていた旨Bが事故死したかのように装う供述をしたほか(被,
告人の警察官調書〔検317,318〕),Bを溺死させる際,同女が抵抗した
ことによって被告人の顔面等に生じていた傷について警察官から問われ
て,コーキング作業をしてついた旨虚偽の説明をした(写真撮影報告書
〔検287〕)。さらに,被告人は,子供たちや親族に対しても,Bの死因
について同様の虚偽の説明をした。
オ上述のとおり,Bは,被告人の女性問題や金銭問題に悩まされながら
も,妻として家庭を守り,子供たちに愛情を注いでいたものであって,
何ら責められるべき点はない。そのようなBを殺害した結果の重大性は
いうまでもない。そして,何よりも,自分の子供たちから,突如,その
,,,最愛の母親を奪ったことにより同児らに与えた不幸の大きさそして
その母親を殺害したのが父親である被告人であると知らされたときの子
,,。供たちの受けた衝撃や苦悩葛藤の大きさは想像を絶するものがある
Bの父親および姉妹らの被告人に対する憤りは強い。Bの父親は,原
審公判において,Bを失ったことによる喪失感とともに,そもそも被告
人との結婚に反対を貫けず,最終的に許してしまったことについて激し
く後悔している旨供述している。また,同時に,Bの父親は,Aの親族
から,原判示第1の交通事故があった際,被告人がAを石で殴打したこ
とや,F生コン敷地内のトイレにAの骨があったことを聞かされ,被告
,,人を告訴することについて相談されたとき積極的に告訴させておけば
,,Bが殺されることはなかったと述べて無念の情を露わにするとともに
自分の孫である残された2人の子の行く末を案じている。
,,,Bの長姉は明るく朗らかで家事も育児も完璧にこなしていたBが
子供たちの成長を見られなかったことについて,いかに無念であったか
と述べるとともに,Bの長女については,B死亡の約1年半後から現在
に至るまで,長男については,平成14年1月に被告人が逮捕された後
長男が中学校を卒業するまで,自分の手元に引き取っているところ,母
親が父親に殺害された旨知らされた子供たちの苦悩や寂しさを訴えてい
る。そして,Bの父親およびBの姉妹らは,いずれも被告人を死刑に処
すよう求めている。
しかし,被告人は,これらBの遺族に対し,謝罪の手紙のほかには何
らの慰謝の措置も講じていない。
,,,カなお被告人は上記のような動機からBを殺害したにもかかわらず
その約1年後には,いわゆるお見合いパーティに参加して,原判示第7
の女性と知り合い,その女性から拒まれたにもかかわらず,しつこくつ
きまとった挙げ句,同女と交際するようになり,性関係までもつに至っ
ている。被告人は,Bを殺害したことを後悔し,反省している旨折に触
れ述べているところ,その言葉自体は嘘ではないと思われるものの,実
際の行動は,それと全く裏腹であり,B殺害について被告人の述べる後
悔や反省の弁は,口先だけのものであるといわざるを得ない。交際相手
を求めた被告人の心情については,妻を自らの手で殺害してしまったこ
とを悔やむ気持ちや寂しさをこらえることができず,新たに交際する女
性を求めたと解するとしても,心の底から反省し,無念の思いで死んで
いったBの心情や,その遺族の気持ちを少しでも推し量れば,自分が新
たに女性と交際するなどということは決して許されないことであるとい
うことは,被告人において容易に理解できる筈である。それにもかかわ
らず,お見合いパーティに参加し,ストーカー行為までして女性と交際
した被告人については,犯行後の情状が極めて悪いというべきである。
(5)原判示第6の保険金詐欺,第7の窃盗,第8,第9,第11の各有印私
文書偽造・同行使・詐欺ならびに第10の1ないし9および第12の各詐欺に
ついての動機や経緯,態様等は,原判決が「量刑の理由」の項の6,7に
おいて説示するとおりである。すなわち,被告人は,B殺害の約50日後
にだまし取った原判示第6のBの死亡保険金を借金返済や生活費等に使い
果たし,やがて日雇い仕事に出るようになったものの,生活費に窮したた
め,B殺害から1年半を経ないで,約3か月間に窃盗1件,有印私文書偽
造・同行使・詐欺3件および詐欺10件を累行したものである。いずれの
動機や経緯にも酌量の余地はない。その態様は,交際中の女性方から,原
判示第7の運転免許証を盗み出し,それを悪用して,原判示第8,第9,
第11の各有印私文書偽造・同行使・詐欺に及んだところ,運転免許証の窃
取が被害者に発覚しないように,その不正利用をした後は直ちに元の場所
に戻したり,原判示第9,第11の各犯行において同女名義でした携帯電話
契約や,原判示第10の1ないし9の各詐欺で同女のクレジットカードを不
正利用したことが発覚しないよう,同女の住所を当時の被告人の自宅住所
にして届け出たり,郵便局に同女の転居届を出すなど,いずれの犯行も,
その態様が非常に狡猾で悪質である。被害額は,現金が299万3365
円,物品の価額が合計49万6684円相当に及ぶところ,いずれの被害
についても弁償はされていない。各被害者あるいは被害店舗の関係者は,
いずれも被告人の厳重処罰を求めている。
(6)以上のとおり,本件各犯行の動機や経緯,犯行態様および犯行後の情
状はいずれも悪質で,特に酌むべき点はない。いずれも生じた結果は重大
であり,被害者らの被害感情は厳しい。
特に量刑上重視すべきA殺害およびB殺害については,いずれも極めて
自己中心的な動機による,強固な殺意に基づいた,執ようかつ残虐な態様
による犯行であって,生じた結果はまことに重大であり,いずれの被害者
遺族の処罰感情も極めて厳しいものがある。殺害された被害者2名は,被
告人の養父および妻であって,いずれも,被告人に対して愛情を持って接
し,被告人を慈しんでくれた,被告人にとって極めて恩義のある存在であ
った。特に,妻Bについては,一点の落ち度も見出すことはできない。そ
れにもかかわらず,養父を殺害する行為に出て,その3か月余り後に同人
を死亡させた後,わずか1年2か月を経ないで妻を殺害したものである。
その各動機の根底においては,自己に都合の悪い事態に立ち至ったとき,
邪魔になる人物や自己から離れていく人物を殺害することによって,問題
を処理しようとする点において,一部つながるものがあり,このような人
格態度は,厳しく断罪されなければならない。また,各殺害は,基本的に
は全く別の動機から,冷酷かつ慎重に各被害者の殺害を計画し,それを実
行したものであって,その悪質さは際だっている。近しい親族や家族を連
続して殺害するなどした被告人の犯行が,社会に与えた衝撃も著しく,こ
の点も被告人の量刑に当たって十分に考慮されるべきである。そして,本
件の他の各犯行の犯情をも併せ考慮すると,原判示第7以下の犯行は,殺
人を2件も犯した後の犯行であり,ある程度自棄的になっていたことは否
めないことや,職も失い生活費に窮した上での犯行であることを斟酌して
も,被告人の犯罪傾向は強く,規範意識を欠いているというほかない。
他方,本件殺人2件は,全くの第三者を利欲目的または格別の目的もな
く無差別に連続して殺害したような事案ではなく,そのような事案と対比
すると,その凶悪性は若干劣るという評価も成り立ち得ること,A殺害に
ついては,それが殺害されなければならないほどの事情ではないものの,
C会社の清算について,被告人からの正当と思われる進言に耳を貸さず,
被告人が,破産への不安から精神的に追い込まれる原因を作った点で,A
においても全く落ち度がないとまではいえないこと,被告人が,Jの死亡
,,についてAに責任があると考えていた点は無理からぬものであるところ
それが,A殺害の決意を若干なりとも促した面があったと考える余地があ
ること,A殺害およびB殺害ともに,その各犯行前,被告人が,実行をた
めらっていること,B殺害の動機については,すこぶる身勝手とはいえる
,,,ものの財産目当て等の利欲性はないことA殺害およびB殺害について
比較的長期間,捜査機関に明らかにならなかったのは,各犯行の計画性の
高さや,被告人において巧妙な罪証隠滅工作を行ったためであることが否
定できない反面,いずれの犯行についても,直ちに被告人の犯行であるこ
とが発覚するような重要かつ明らかな証拠を残しており,その点で,被告
人の計画は完璧なものではなく,また,実行行為においては,完全犯罪と
,,,いうにはほど遠いものであったこと被告人はいずれの犯行についても
自白した後は,その全容を詳細に供述し,B殺害については,繰り返し後
悔の念を述べるなど,A殺害を除いては,捜査段階から原審公判を通じて
反省の態度を示していたこと,原審の最終段階においては,A殺害を含め
て反省の弁を述べ「その罪は,己の命を以ってしても到底償いきれませ,
ん」と述べて,極刑を受けることにより罪を償う覚悟を示すに至っていた
こと,被告人には前科がないことなど,被告人のために斟酌すべき事情も
認められる。
さらに,当審における事実取調べの結果によれば,以下の事実が認めら
れる。すなわち,被告人とBとの間の長男Sは,14歳か15歳のとき,
母Bが,父である被告人によって殺害されたことを知り,当初は,被告人
を自らの手で殺したいほど憎んだものの,本件の原審判決を報道で知って
から,気持ちが少しずつ変わり,平成17年7月から被告人と手紙をやり
取りするようになり,その後面会もするようになり,週に1回程度の割合
で面会を続けている。Sは,現在では,母を失った上に,父である被告人
をも失うことは耐えられないとして,被告人について極刑を回避するよう
望んでおり,現在,被告人とSが,父と子としての交流を保ち,互いに精
神的に支え合っていることが窺われるのである。実の父に母の命を奪われ
た子であるSの心情については,非常に複雑で,激しい葛藤が渦巻いてい
,。るものと思われ余人において安易に推し量ることはできないといえよう
,,,,もし被告人が死刑に処された場合Sは母を失った被害者である上に
最も近しい肉親である父をも失い,再び母を失ったのと同様の悲しみや喪
失感を味わうことになる。この点は,被害者遺族の意思ないし被害感情と
して一定の考慮をせざるを得ないものと考える。他方,被告人も,当審に
おいて私の生い立ちとその後の生活歴についてと題する長文の手記(弁「」
19)を提出しており,それには,これまでの人生や本件のことを振り返っ
た上,原審の死刑判決については,今でもやむを得ないことだろうと思っ
ているものの,Sと面会してからは,生きたいと思うようになったこと,
もし許されて無期懲役になったなら,一生懸命務めて罪を償い,もう一度
Sと暮らしたいと思っており,今の自分にとっては,Sの存在だけが生き
る支えとなっている旨記載している。それによると,被告人は,Jの死因
等についての原審の認定については不服であるものの,死刑判決自体はや
むを得ないと考え,受け入れる姿勢を示しているのであって,被告人の贖
,。罪意識は相当に深まっていると評価することも可能であると考えられる
しかし,これらの諸情状を総合してさらに検討するに,原判決には,上
,,述のとおりその前提となる事実の誤認あるいは評価の誤りがあるものの
なお,本件は,その結果が別々の機会に2名の被害者を殺害した2件の殺
人罪を含む重大凶悪事案であり,それら各殺人の態様についてみても,い
ずれも計画性が高く,特にA殺害の態様の残虐性は著しい上,両殺人事件
とも強固な殺意に基づく犯行であり,いずれも被告人において様々な罪証
隠滅工作を図るなど,犯行後の情状も悪質であることに加えて,各殺人の
被害者遺族らの被害感情が極めて峻烈であり,社会的影響も大きかったこ
と,Sの心情は尊重すべきであるものの,同人は,本件各殺人やその後の
ことについて,必ずしもすべての真相を知った上で,現在の気持ちに至っ
たものであるかは疑わしいこと,Sは,本件殺人の被害者2名の遺族の中
の1人であり,他の遺族の気持ちを代弁しているわけではないことなどの
諸事情にも照らすと,罪刑均衡の見地からも一般予防の見地からも,被告
人を死刑に処した原判決の量刑は,まことにやむを得ないものというべき
である。
5憲法違反の主張について
弁護人は,我が国の死刑制度は憲法13条,19条,31条,36条に違
反しており,これが合憲であるとする最高裁判所昭和22年(れ)第119号
昭和23年3月12日大法廷判決・刑集2巻3号191頁等の判例は変更さ
れるべきである旨主張する。
しかし,我が国の死刑制度が憲法13条,31条,36条の各規定に違反
するものでないことは,確立した判例(所論指摘の判例のほか,最高裁判所
昭和24年新(れ)第335号昭和26年4月18日大法廷判決・刑集5巻5
号923頁,昭和26年(れ)第2518号昭和30年4月6日大法廷判決・
刑集9巻4号663頁)であって,その後の時代と環境の変化や死刑制度に
関する世界的な動向等所論指摘の諸点を十分検討しても,国民の感情,犯罪
状況,刑事政策を取り巻く諸般の事情を総合すると,現在においても,これ
が左右されるものではない。
また,弁護人は,平成9年に臓器の移植に関する法律(臓器移植法)が制定
されたことにより,死刑囚が,贖罪のために自己の臓器を提供することが可
能になったところ,たとえ死刑囚であっても,その臓器提供の意思は尊重さ
れなければならないにもかかわらず,現行の絞首という執行方法によれば,
体内の臓器の損傷が大きく,少なくとも心臓と肺の移植は不可能であるし,
その他の臓器についても,果たして移植の対象とし得るか大きな疑問がある
上,死刑囚について現実に移植意思を尊重するための制度的保障は全くない
,,,ことなどを考慮すると現行の死刑制度はその執行方法を変更しなければ
「」,,償い方の自由ともいうべき権利を侵害するものであるから憲法13条
19条に違反する旨主張する。
たしかに,臓器移植法2条1項が,生存中に有していた自己の臓器の提供
に関する意思は尊重されなければならないと規定していることは,そのとお
。,,,,りであるしかし同法2条はあくまで臓器移植の基本的理念すなわち
,,,移植医療の基本は臓器提供者本人の人道的な提供意思にあり移植医療は
,,本来その上に成り立つものであることを示しているものと解すべきであり
かかる観点から臓器提供意思の尊重も理解すべきである。そして,刑に服し
ている者は,その執行に必要な限度において,国民が享有する基本的人権に
合理的な制限が加えられることもやむを得ないところ,死刑は,人間の存在
の根元である生命そのものを永遠に奪い去る刑罰であるから,例え,生前の
意思により脳死状態における臓器の提供意思が表明されている場合であって
も,その意思を尊重するために死刑の執行方法が左右されることにはならな
いし,これにより臓器提供ができなくなったとしても,それはやむを得ない
というべきである。したがって,この点からしても,現行の死刑制度が憲法
13条,19条の各規定に違反するものではない。
6結論
以上説示したとおり,原判決の量刑は不当ではない。また,我が国の死刑
制度は憲法に違反するものでもない。論旨は理由がない。
よって,刑事訴訟法396条により本件控訴を棄却し,当審における訴訟費
用を被告人に負担させないことにつき同法181条1項ただし書を適用して,
主文のとおり判決する。
平成19年10月29日
広島高等裁判所第1部
裁判長裁判官楢崎康英
裁判官森脇淳一
裁判官友重雅裕

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