弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
       原判決を破棄し,第1審判決を取り消す。
       被上告人の請求を棄却する。
       訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人大室俊三,同馬場泰,同辻澤広子の上告受理申立て理由第二点,第三
点について
 1 原審の適法に確定した事実関係及び記録によって明らかな本件訴訟の経緯等
は,次のとおりである。
 (1) 上告人は,宗教法人D宗の被包括宗教法人であり,昭和38年,D宗の
信徒及びその親族ら有縁者のために,本件墓地を開設し,維持,管理している。
 (2) 被上告人は,昭和49年8月当時,D宗の信徒でG員であったが,その
ころ,本件墓地の使用を申し込み,上告人の承諾を得て,本件墓地のうちの1区画
(本件墓地区画)の永代使用権を取得した。
 その際,被上告人は,上告人との間において,本件墓地の使用については上告人
の定める墓地使用規則によることを合意するとともに,D宗の定める典礼の方式に
従って墓石を設置することを合意した。
 (3) 被上告人は,昭和51年1月に母親が死亡した際,本件墓地区画に遺骨
を埋葬したが,経済的理由から墓石を設置しなかった。
 (4) 被上告人は,平成4年11月ころ,本件墓地区画に墓石を設置すること
を計画して石材店に墓石の製作を依頼し,平成5年4月,上告人代表者(住職)に
対し,石材店から示された題目(「妙法蓮華経」の文字)を墓石の正面に刻した墓
石(第1審判決添付「墓石図面」記載の様式の墓石。以下「本件墓石」という。)
を設置したいと申し入れた。
 これに対し,上告人代表者は,本件墓地に設置する墓石には,上告人の住職であ
る同人が書写した題目を刻する必要があると述べ,本件墓石を設置することにつき
,承諾を与えなかった。
 (5) D宗が定める典礼の方式によると,墓石に刻する題目は墓地の属する寺
院の住職が書写したものであることを要するとされている。他方,被上告人が本件
墓石に刻することを希望している前記題目の文字は,D宗で使用されている「過去
帳」に記載された「南無妙法蓮華経」の文字から「南無」の2字を除いて拡大した
ものであり,上記「南無妙法蓮華経」の文字は,D宗宗務院の執事であったI(故
人)が書写したものである。
 (6) 被上告人は,上告人の住職の書写した題目を墓石に刻することを拒み,
平成5年6月,上告人に対して,本件墓地区画に本件墓石を設置する権利を有する
ことの確認等を求める本件訴訟を提起し,第1審係属中にD宗の信徒でなくなった。
 (7) 被上告人が本件墓石の設置を求め,上告人の住職の書写した題目を墓石
に刻することを拒んでいるのは,平成3年11月,D宗がGに対して破門を通告す
るなど両者が対立関係にあることから,G員である被上告人としては,D宗の方針
に従っている上告人の住職の書写した題目を墓石に刻することは受け入れ難いと考
えていることによる。
 (8) なお,被上告人は,上記(6)記載の請求の外に,「J家之墓」との家
名を刻した墓石を設置する権利を有することの確認を求める請求をしていたところ
,上告人は,上告人の住職が書写した墓石でなくても,上記のような墓石ならば設
置を認めてもよいとして,第1審の口頭弁論期日においてこの請求を認諾している。
 2 本件は,被上告人が,上告人に対して,墓地の永代使用権に基づき,本件墓
地区画に本件墓石を設置する権利を有することの確認と,設置を拒絶することの禁
止又は設置を妨害することの禁止を求めている事件である(拒絶禁止請求と妨害禁
止請求は選択的併合)。
 3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判示し,被上告人の請求(
確認請求と拒絶禁止請求)を認容すべきものとした。
 被上告人は,本件墓地区画に対する永代使用権を取得した際,D宗の典礼の方式
に従って墓石を設置することに合意したが,この合意は被上告人がD宗の信徒でな
くなったときには効力が及ばず,被上告人は,上告人との間で,信徒であった当時
と同様の定めに従う旨の新たな合意をしない限り,D宗の典礼の方式に従う義務は
ない。もっとも,本件墓地はD宗の寺院墓地であるから,被上告人が墓石を設置す
る場合には,上告人の宗教活動を阻害したり,その宗教的感情を著しく損なうもの
であってはならない。ところで,本件墓石は,D宗の方式に沿わないものではある
が,おおむねこれに従っており,題目は住職の書写によるものではないが,刻され
る文字(「妙法蓮華経」)は同一であって,外形的に見るとD宗の墓石ともいえる
ほどである。本件墓石は,客観的に見る限り本件墓地内に異形のものを持ち込むも
のではないから,上告人にとって実質的な被害が生ずるとは考えられない。したが
って,本件墓地区画に本件墓石を設置することは許容されるべきである。
 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
 寺院が檀信徒のために経営するいわゆる寺院墓地においては,寺院は,その宗派
に応じた典礼の方式を決定し,決定された典礼を施行する自由を有する。したがっ
て,寺院は,墓地使用権を設定する契約に際し,使用権者が当該寺院の宗派の典礼
の方式に従って墓石を設置する旨の合意をすることができるものと解され,その合
意がされた場合には,たとい,使用権者がその後当該宗派を離脱したとしても,寺
院は,当該使用権者からする当該宗派の典礼の方式とは異なる宗教的方式による墓
石の設置の求めを,上記合意に反するものとして拒むことができるものと解するの
が相当である。
 これを本件についてみると,前記の事実関係によれば,本件墓地は,D宗に属す
る寺院である上告人が,信徒及びその親族ら有縁者のために経営する寺院墓地であ
り,被上告人は,本件墓地区画の永代使用権を取得するに当たり,D宗の定める典
礼の方式に従って墓石を設置することに合意したものであるところ,D宗が定める
典礼の方式によると,墓石に刻する題目は当該墓地が属する寺院の住職が書写した
ものであることを要するとされている。そして,被上告人が設置を求める本件墓石
の題目は上告人の住職が書写したものではなく,また,本件墓石は宗教的方式によ
らないものとはいえないから,題目が外形上は上告人の住職の書写したものと類似
していたとしても,本件墓石はD宗の定める典礼の方式とは異なる宗教的方式によ
るものであることが明らかである。【要旨】そうすると,本件においては,上告人
は,上記合意に反するものとして,被上告人が本件墓地区画に本件墓石を設置する
ことを拒むことができるというべきである。したがって,これと異なる原審の前記
判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨
をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,前記説示によれ
ば,被上告人の本件請求はいずれも理由がないから,この請求を認容した第1審判
決を取り消し,被上告人の請求を棄却することとする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
    最高裁判所第三小法廷
(裁判長裁判官 奥田昌道 裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 濱田
邦夫)

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