弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
       事   実
(当事者双方の申立て)
一、原告
(一) 被告が昭和四〇年三月三一日付で、原告の昭和三六年九月二一日より昭和
三七年三月二〇日までの事業年度の法人税について、所得金額を金八、七九一、六
二九円、法人税額を金三、六八七、九三〇円としてなした更正処分は、これを取り
消す。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
二、被告
主文と同旨の判決。
(当事者双方の主張)
第一 原告の請求原因
一、原告は、その昭和三六年九月二一日より昭和三七年三月二〇日までの事業年度
(以下本件事業年度という。)の法人税について、欠損金四、一九九、七五三円、
法人税額を零円として確定申告したのに対し、被告より昭和四〇年三月三一日付
で、所得金額を金八、七九一、六二九円、法人税額を金三、六八七、九三〇円とす
る更正処分を受けたので、被告に対し異議申立てをしたところ、同年五月二九日付
で棄却され、更に大阪国税局長に対し審査請求をしたところ、同年八月三一日付で
これを棄却する旨の裁決がなされた。
二、本件更正処分は、原告が本件事業年度において、東洋貿易株式会社(以下単に
東洋貿易という。)に対する貸付金債権金一一、一〇二、六七九円、東洋木工株式
会社(以下単に東洋木工という。)に対する前渡金債権金七、〇八七、八五九円に
つき、それぞれ回収可能金額を金一、一〇二、六七九円、および金二、〇八七、八
五九円と見積り、東洋貿易に対する右債権のうち金一〇、〇〇〇、〇〇〇円、東洋
木工に対する右債権のうち金五、〇〇〇、〇〇〇円をそれぞれ回収不能金として貸
倒れ処理したことを、被告が否認した結果なされたものである。
三、しかし、原告が右のような貸倒れ処理をしたことについて、法律上および会計
上何ら否認されるべき理由がないから、本件更正処分は違法であり、ここにその取
消しを求める。
第二、被告の答弁および主張
一、請求原因一、二の事実は、すべて認める。同三は争う。
二、(一) 被告が原告の確定申告の内容について調査したところ、つぎのとおり
加算、減算すべきであると認められた。
(1) 加算金額 一五、〇〇〇、〇〇〇円
(2) 減算金額 二、〇〇八、六一八円
(二) 原告は、昭和三七年三月一七日付で、東洋貿易および東洋木工との間にお
いて、それぞれつぎのような内容の契約を締結した。
(1) 原告が東洋貿易に対し有している昭和三七年三月一七日現在の貸付金債権
金一一、一〇二、六七九円のうち、金一〇、〇〇〇、〇〇〇円を昭和四二年三月三
一日まで棚上げし、その後毎月金五〇〇、〇〇〇円宛支払うこと、
(2) 原告が東洋木工に対し有している昭和三七年三月一七日現在の前渡金債権
金七、〇八七、八五九円のうち、金五、〇〇〇、〇〇〇円を昭和四二年三月三一日
まで棚上げし、その後毎月金二〇〇、〇〇〇円宛支払うこと。
 原告は、この契約により棚上げした債権合計金一五、〇〇〇、〇〇〇円を貸倒れ
として債権償却引当金勘定を設けてこれを損金に計上したのであるが、右棚上げ債
権金一五、〇〇〇、〇〇〇円は、以下において詳述するとおり、貸倒れと認められ
ないので、被告はこれを益金として加算したのである。
(三) 法人税法においては、債権の貸倒れ損失は、債権の回収不能の事実(純資
産減少の原因となる事実)が確定した場合に始めて、その確定した事業年度の損金
となると解されている。そして債権が回収不能であるといいうるためには、単に債
務者が債務超過の状態にあるというだけでは不十分であつて、債務者に支払能力の
ないことが確定される必要がある。それ故、法人税法においては、課税の公平、明
瞭、確実、普遍を期するために当該事業年度において回収不能を確定させるに足り
る事実がない限り、
(1) 債権については、その評価損の計上を認めず(旧法人税法施行規則一七条
の二)、
(2) 青色申告法人については、債権の貸倒れによる損失補てんに充てるため、
貸金の額の一定割合に相当する貸倒準備金勘定への繰入額の損金算入が認められて
いる(旧法人税法施行規則一四条乃至一四条の五)、にすぎない即ち、法人税法に
おいては、回収不能の虞れのある債権について、個別にその評価を行ない、その評
価換えによる損失を計上することは認められていない。
(四) もつとも、わが国の最近の金融事情等を反映して、手形の不渡り、売掛債
権の貸倒れ等が激増しているため、法人の有する債権について、貸倒れの事実が確
定していない段階においても、将来回収不能となる可能性が強い一定の事実が債務
者に生じた場合には、その事実の発生時において、その債権の一部を貸倒れとして
償却する特別措置が、「売掛債権の償却の特例等について」という通達(昭和二九
年七月二四日付、直法一―一四〇、直所一―七七。昭和三〇年一二月六日付、直法
一―二二三、直所一―一〇八により一部改正。以下単に特例通達という。)により
定められており、この通達によれば、その通達の「第一の二の1」および「第一の
二の4」に掲記されている事実が発生した場合は、特定の経理および手続を条件と
して、債権の一部をその事実の発生した事業年度の貸倒れとして処理することが認
められている。
(五) 特例通達の第一の二の4は、法律の定める整理手続等による決定、または
いわゆる債権者集会の協議によつて債権の棚上げ等の決定がなされた場合には、そ
の決定があつた日において当該債務者に対して有する債権のうち、右決定後五年経
過後に弁済されることとなる部分の債権の金額を貸倒れとして処理することができ
るものとし、更に、債権の棚上げ等が当事者間の契約によつて定められた場合にお
いても、右契約について、つぎの二つの要件を具備している場合には、法律に定め
る整理手続等による決定と同様に取り扱うこととしている。
(1) 当該契約が、債務者の弁済の困難な事情に基づいてなされたものであるこ
と。
(2) 当該契約が金融機関のあつせんにかかる場合等、その内容が真実であるこ
とを確認される場合であること。
 そして、この二つの要件のうち、債務者の弁済の困難な事情は、当該契約時に存
在していることが必要であるばかりでなく、一方かような事情が債権の発生時には
存在していなかつたことを要するものと解すべきである。仮にこれを反対に解する
とすれば、既に債務の弁済が困難な事情にある者に対して、金銭を貸付けると同時
にこの債権を棚上げし、貸倒れ処理をするという操作をすることによつて、何時で
も、どのような額でも、恣意的に貸倒れ処理をすることができることとなり、不合
理な結果が生ずることになる。また右にいう当該契約の内容が真実であることが確
認される場合とは、単に当該契約が現実に締結されたことを意味するのではなく、
当該契約の内容、即ち債権の棚上げ等の金額、期間(期限)等の決定が、当事者の
恣意に基づかないで、合理的な基準、根拠によつて算定され、決定されたもので、
このことが明確である場合を意味するのである。
(六) 原告の本件貸倒れ処理は、特例通達の第一の二の4の後段に該当しない。
(1) まず東洋貿易に対する債権について
 東洋貿易は、ミシンの輸入業を営む、資本金一、〇〇〇、〇〇〇円の会社である
が、その株式の過半数を原告の代表者でもあるA、およびBが所有している。東洋
貿易の代表者は、昭和三七年八月までAであつたが、経営の実際面はBが担当して
いた。東洋貿易の昭和三四年九月二一日より昭和三五年三月二〇日までの事業年度
から昭和三九年三月二一日より同年九月二〇日までの事業年度に至る間の各事業年
度の財産状態、営業成績、および原告との貸借関係等は、別紙(一)のとおりであ
る。東洋貿易は相当以前より営業不振であつたが、昭和三五年一一月二一日より昭
和三六年三月二〇日までの事業年度以降は債務超過の状態となり、その累積欠損金
は解消できなかつた。原告は東洋貿易の欠損金の累積に基づく資金不足を補うため
に、昭和三五年九月二一日より同年一一月二〇日までの事業年度以降、同社に資金
が不足すれば、その都度弁済期限等を定めずに貸付けを行ない、同社は随時これを
返済していたが、このようなことを繰り返した結果、本件事業年度末日現在におい
て、金一一、一〇二、六七九円の貸付金が残存することとなつた。
 以上の事実から明らかなとおり、原告は東洋貿易が債務超過の状態にあり、しか
もその累積欠損金が解消できない状態にあつたにもかかわらず、同社を援助するた
めに、同社に対し弁済期等を定めずに貸付けを継続し、その結果累積した貸付金に
ついて、本件事業年度において、評価損を計上するため、形式上本件契約を締結
し、貸付金の一部を貸倒れとして処理したのであり、本件契約により棚上げされた
債権の金額、期間は合理的な基準、根拠に基づいて算定され、決定されたのではな
かつた。
 したがつて、本件契約による棚上げ債権は、特例通達の第一の二の4の要件に該
当しない。
(2) ついで東洋木工に対する債権について
 東洋木工は、ミシンテーブルの製造業(原告の下請)を営む、資本金五〇〇、〇
〇〇円の会社であるが、その株式のうち金三〇〇、〇〇〇円は原告が所有してい
る。東洋木工の昭和三四年九月二一日より昭和三五年三月二〇日までの事業年度か
ら昭和三九年三月二一日より同年九月二〇日までの事業年度に至る間の各事業年度
の財産状態、営業成績、および原告との貸借関係等は、別紙(二)のとおりであ
る。東洋木工は相当以前より債務超過の状態にあつたが、これは同社の製品の原価
が非常に高かつたにもかかわらず、原告はこれを普通一般の相場で仕入れていたた
めに赤字が累積したもので、したがつて東洋木工は営業を継続すればするほど欠損
が増加する状況にあつた。原告は、東洋木工の運転資金の不足を補うため、必要に
応じ、弁済期等も定めずに資金の貸出しを行ない、右貸出金は主として東洋木工よ
りの仕入代金と相殺することによつて回収していたが、その結果、本件事業年度末
日現在において、金六、二六九、三九七円の前渡金が生じることになつた。
 以上の事実によつて明らかなとおり、原告は、東洋木工が債務超過の状態にあ
り、しかも営業を継続すればするほど欠損金が増加する状態にあつたにもかかわら
ず、同社を援助するために、同社に対し弁済期等も定めずに貸出しを継続し、その
結果累積した前渡金について、本件事業年度において、評価損を計上するため、形
式上本件契約を締結し、前渡金の一部を貸倒れとして処理したのであり、本件契約
により棚上げされた債権の金額、期間は、合理的な基準、根拠に基づいて算定さ
れ、決定されたのではなかつた。
 したがつて、本件契約による棚上げ債権は、特例通達の第一の二の4の要件に該
当しない。
(七) 減算金額の内訳は、つぎのとおりである。
(1) 価格変動準備金 一、八七九、〇〇〇円
 原告は、本件事業年度の損金に計上した価格変動準備金繰入金額一、八七九、〇
〇〇円を、繰入限度額をこえるものであるとして、確定申告書において益金に加算
していたが、前叙のとおり、加算金額が生じたことにより、右繰入金額は繰入限度
額以内の金額となるので、右繰入金額を、本件事業年度の損金と認め、減算した
(租税特例措置法五三条、同法施行令三一条参照)。
(2) 繰越欠損金額 一二九、六一八円
 前叙のような加算金額が生じたことにより、前事業年度から繰り越された欠損金
額一二九、六一八円を、本件事業年度の損金に算入し、減算した(旧法人税法九条
五項、同法施行規則九条の二参照)。
第三 被告の主張に対する原告の応答および反対主張
一、被告の主張二(一)乃至(六)のうち、原告が東洋貿易および東洋木工に対す
る各債権の貸倒れ処理に当たり、被告が主張するとおりの処理をしたことは認め
る。東洋貿易の財産状態、営業成績、原告との貸借関係等に関する別紙(一)のう
ち、役員に対する債権債務の欄における、昭和三六年三月二一日より同年九月二〇
日までの事業年度、および同年九月二一日より昭和三七年三月二〇日までの事業年
度のAからの借入金、各金四、二〇九、〇一四円については、当初これを全額認め
たが、このうち各金二〇九、〇一四円を除く部分は真実に反し錯誤に基づいて認め
たものであるから、その自白を撤回し、否認する。即ち、否認にかかる各残額四、
〇〇〇、〇〇〇円は、東洋貿易がC、D、E、およびFから借入した債務である。
別紙(一)のその余の各項目および各金額は、すべて認める。東洋木工の財産状
態、営業成績、および原告との貸借関係等に関する別紙(二)の各項目および各金
額は、すべて認める。被告の、法人税においては回収不能の虞れのある債権につい
て、個別にその評価を行ない、その評価換えによる損失を計上することは認められ
ていないとの主張、および、原告の本件貸倒れ処理は、特例通達の第一の二の4の
後段に該当しないとの主張は、いずれも争う。
二(一) 売掛金、貸付金等の債権について、債務者の資力、財産状態により、そ
の回収が不能となる虞れが発生するに至つたときは、直ちに回収可能金額を算定
し、回収不能金額を貸倒れとして処理すべきである。このことは、会計学上の通説
であるとともに、昭和三七年法律第八二号商法の一部を改正する法律によつても確
認されたところである(商法二八五条の四第二項参照)。法人の計算においては、
現在発生主義(税法においては権利確定主義)を採用し、現金主義を採用していな
いため、売掛金等の債権については、その回収以前にこれを収益に計上することと
なるが、現実にはこれら債権のうち実際に回収された部分のみが真実の収益を構成
するのであり、回収不能額は、売上金額を総額において計上する以上、その売上金
額に対応する費用として控除しなければならない性質のものである。被告は、債権
については具体的に回収不能の事実が確定されたときに、その貸倒れ処理が認めら
れると主張するが、いかなる時点において回収不能の事実が確定されたとするか
は、結局程度の差異にすぎない。それ故、貸倒れ処理をする場合に問題となるの
は、債務者の側に回収不能を推認せしめる特定の事実が発生したかどうかではな
く、貸倒れ金額を算出した根拠、およびそれが客観的かつ明確であるかどうかとい
うことである。旧法人税法施行規則一七条の二の資産の評価損の規定において、売
掛金等につきその評価換えを除外しているが、右規定自体は、直ちに債権の回収可
能額の計上、即ち債権の一部につき貸倒れ償却をなすことを禁止したものではな
い。また貸倒引当金の設定が認められていることをもつて、直ちに個々の債権の貸
倒れ償却を否定するものであるということもできない。
(二) 仮に個々の債権について貸倒れ償却をなすことが、旧法人税法によつて認
められていないとしても、被告も主張するように、売掛債権等については、特例通
達によつて一定の事実が発生した場合に、債権の一部を貸倒れとして償却する特例
措置が認められている。
 ところで、憲法八四条が規定する租税法律主義の原則は、一面において課税にお
ける平等を意味している。したがつて、売掛債権等の貸倒れ償却が特例通達によつ
て処理されているのであるから、右通達が定めている要件を充たしているにもかか
わらず、この場合に貸倒れ償却を認めないとすれば、租税法律主義の一側面である
公平の原則に反することになる。そして、通達は法律の解決指針であつて法律その
ものではないのであるから、通達の規定する要件に合致しないことの一事をもつて
その取扱いを左右することも、また違法であり、通達の規定する要件との類似性を
検討し、通達が規定するところと完全に合致しなくとも、その実情において相等し
い場合には、同様の取扱いをしなければならない。そこで、これを本件について考
えてみることとする。
(三) まず東洋貿易についてであるが、原告が本件貸倒れ償却をした当時の昭和
三七年三月二〇日現在における東洋貿易の財産状態は、累積欠損金が金五、四八
八、五六七円にのぼつており、総資産は金二二、六九一、五七七円であるが、この
うち金九、八四一、三〇六円は特定債務の見返りとなるべきものであり、その余の
財産は回収が極めて困難である上、原告は東洋貿易の親会社として、その取引先に
対する債務を代位弁済すべき道義的責任を負担する立場にあつた。原告は東洋貿易
に対し、貸倒れを予期しながら恣意的に貸付を増加したのでは決してなかつた。東
洋貿易は当初取引規模を拡大するため利潤の少ない取引も多くなしていたが、昭和
三五年以降逐次これらの利潤の少ない取引を整理することにより、企業の体質改善
を図つてきた。この営業規模の縮少の過程で、東洋貿易が運転資金を必要としたた
め、原告が同社に貸付を行なつてきたのである。仮に、東洋貿易が資金不足のため
支払停止をなすようなことがあれば、原告の取引先と東洋貿易のそれとが多数同一
であつたところから、これらの取引先が原告に対しても、債権の取立、取引の停止
をなすであろうことは必至であり、こうなれば原告も破滅することになる。原告の
右貸付が効果的であつたことは、東洋貿易が昭和三七年九月期以降の決算におい
て、黒字経営が可能になつたことで明らかである。原告としては、東洋貿易の再建
を図るため、Bを新代表者としたが、その際Bや取引先より、原告の東洋貿易に対
する債権が棚上げされない限り、再建に協力できない旨抗議されたため、東洋貿易
との間で本件棚上げ契約を締結したのである。右契約書には確定日付が附されてお
り、その内容は正確で、かつ取引先に公表されている。
 右のような事実を考慮すれば、原告が東洋貿易に対して有していた貸付金債権金
一一、一〇二、六七九円のうち、金一〇、〇〇〇、〇〇〇円につき貸倒れ償却をし
た行為は、十分合理性を有するものというべきであり、仮に若干行過ぎがあるとし
ても、その全額を否認することは違法である。
(四) つぎに東洋木工についてであるが、昭和三七年三月二〇日現在における東
洋木工の財産状態は、累積欠損金が金三、五〇四、五一一円に上つており、資産の
うち、銀行預金は銀行借入金等と、在庫資産は売買代金債権として先取特権のある
買掛金、支払手形等によつて、それぞれ優先的に取得される外、支払手形中には、
労働者災害保障保険料、固定資産税、および社会保険料等の優先権のある債権が存
在しているので、原告の前渡金債権は、結局固定資産の一部をもつて若干の弁済が
期待されるにすぎない状況であつた。原告は東洋木工に対し、同社の営業不振に伴
う資金繰り悪化を救済するため、前渡金名下に融資を継続していたのであるが、仮
に東洋木工が支払停止をなすようなことがあれば、東洋貿易の場合に述べたところ
と同様に、原告も破滅することになる。原告としては、東洋木工の再建を図るた
め、Gを新代表者としたが、その際Gや取引先より、原告の東洋木工に対する債権
が棚上げされない限り再建に協力できない旨抗議されたため、東洋木工との間で、
本件棚上げ契約を締結したのである。右契約書には東洋貿易の場合と同様に、確定
日付が附されており、その内容は正確で、かつ取引先に公表されている。しかし東
洋木工はその後も損失を重ね、遂に昭和三七年末には事業を閉鎖して、休業状態に
入つた。
 右のような事実を考慮すれば、原告が東洋木工に対して有していた前渡金債権金
七、〇八七、八五九円のうち、金五、〇〇〇、〇〇〇円につき貸倒れ償却した行為
は、十分合理性を有するものというべきである。
第四 自白の撤回に対する被告の異議
 原告は、被告の主張に対する原告の応答一において、東洋貿易のAからの借入各
金四、二〇九、〇一四円について、当初これを全額認めておきながら、このうち各
金二〇九、〇一四円を除く部分を否認したが、これは自白の撤回であるから、右撤
回に異議がある。
(証拠省略)
       理   由
一、原告の請求原因一、二の事実は、すべて当事者間に争いがない。
 そして、原告が、つぎのような方法により、東洋貿易および東洋木工に対する債
権を貸倒れ処理したことも、また当事者間に争いがない。即ち、原告は昭和三七年
三月一七日付で、東洋貿易および東洋木工との間においてそれぞれ、(1)原告が
東洋貿易に対し有している昭和三七年三月一七日現在の貸付金債権金一一、一〇
二、六七九円のうち、金一〇、〇〇〇、〇〇〇円を昭和四二年三月三一日まで棚上
げし、その後毎月金五〇〇、〇〇〇円宛支払うこと、(2)原告が東洋木工に対し
有している昭和三七年三月一七日現在の前渡金債権金七、〇八七、八五九円のう
ち、金五、〇〇〇、〇〇〇円を昭和四二年三月三一日まで棚上げし、その後毎月金
二〇〇、〇〇〇円宛支払うこと、という内容の契約を締結し、この契約により棚上
げした債権合計金一五、〇〇〇、〇〇〇円を貸倒れとして債権償却引当金勘定を設
けてこれを損金に計上した。
二、原告は、売掛金、貸付金等の債権について、債務者の資力、財産状態等により
その回収が不能となる虞れが発生するに至つたときは、直ちに回収可能金額を算定
し、回収不能金額を貸倒れとして処理すべきである旨主張するので、旧法人税法が
貸倒れ損失に関しいかなる取扱いをすべきものとしていたかについて、検討するこ
ととする。
 本件事業年度の当時施行されていた旧法人税法によれば、法人税の課税標準であ
る各事業年度の所得額は、その年度の総益金から総損金を控除した金額であるとさ
れていた。
 そしてここでいう総益金とは、法令により別段の定めのあるものの外、資本の払
込み以外において純資産増加の原因となるべき一切の事実をいい、総損金とは、法
令に別段の定めのあるものの外、資本の払戻しまたは利益の処分以外において純資
産減少となるべき一切の事実をいうものと解せられている。ところで、旧法人税法
施行規則一七条の二によれば、預金、貯金、貸付金、売掛金その他の債権につき評
価換えをし、その帳簿価額を減額した場合においても、その帳簿価額の減少額に相
当する金額は、当該評価換えをした日の属する事業年度の所得の計算上、これを損
金に算入しないとする一方、同施行規則一四条乃至一四条の五によれば、青色申告
書を提出する法人が、各事業年度においてその有する売掛金、貸付金等の債権の貸
倒れによる損失の補てんに充てるため、当該事業年度終了の日における右債権の帳
簿価額の合計額に、当該法人の営む主たる事業区分に従い、規定されている一定割
合を乗じて算出した金額以下の金額を貸倒準備金勘定に繰り入れた場合において
は、当該繰入金額はそれをした事業年度の所得の計算上、これを損金に算入すると
定められている。これらの施行規則の諸規定を総合して判断すれば、債権について
回収不能の虞れが生じても、個別にその評価換えを行ない、それにより生じた帳簿
価額の減少額に相当する金額を損金に算入することは認められていないのであり、
ただ、右施行規則一四条乃至一四条の五に規定されている限度において、債権の合
計額に対する一定割合に相当する金額を損金に算入することが認められているにす
ぎないものと解するのが相当である。
 したがって、売掛金、貸付金等の債権の貸倒れ損失については、純資産減少の原
因となる事実、つまり債務者が支払能力を喪失した等の事情により当該債権の回収
が不能となる事実が確定した場合に、所得の計算上、右事実の確定した日の属する
事業年度の損金となるのである。
 原告は、債権についてその回収が不能となる虞れが発生したときは直ちに回収可
能金額を算定し、回収不能金額を貸倒れとして処理することが、会計学上の通説で
あり、このことは商法の規定によつても確認されている旨主張する。ところで、企
業会計の役割は、企業の資本および利潤を正確に測定し、これによつて企業の財政
状態および経営成績を明らかにし、これを企業の構成員および債権者等利害関係人
に報告するとともに、経営管理の基礎資料として役だてることにある。このような
見地に立つて、企業の将来の危険に対してあらかじめ備えるという観点から、企業
の財政に不利に影響を及ぼす可能性がある場合には、これに備えて適当に健全な会
計処理をしなければならないということが、企業会計原則の一つとして認められて
いるのであるけれども、これを過度に尊重することは、企業の財政状態を過少に表
示する結果になるから、企業会計原則の中でも最も重要な原則である真実性の原則
に反するものとして排斥しなければならないとされているのである。原告が指摘す
る商法の規定も、企業会計に関する右のような思想と同一の基盤および会社債権者
保護の立場の上に立つて制定されたものであるといいうる。しかしながら、法人税
の場合には、国家財政上および国民経済上の見地から、法人のいかなる純資産の増
加に、担税力の基礎となる所得を認めるべきかという政策的観点に立つて、税務の
計算をし、課税の公平を図ろうとするのであるから、純資産減少の原因となるべき
事実について、企業会計の場合よりも厳格なある種の制約を加えることは、当然起
こりうることである。それ故、企業会計の場合には、債権の貸倒れ処理がある程度
是認されていることをもつて、貸倒れ損失に関する前示のような旧法人税法の取扱
いを論難することはできない。
 したがつて、原告の前記主張はそれ自体失当であつて、これを採用することがで
きない。
三、貸倒れ損失に関する旧法人税法の取扱いについては、二において判示したとお
りであるけれども、最近のように、信用取引制度が極度に発達した経済社会におい
ては、貸倒れの生ずる危険は、ほとんど避けることのできないものである。そこ
で、わが国の近年における金融事情等を反映して、手形の不渡り、売掛債権の貸倒
れ等が激増している事情に鑑み、法人の有する売掛金、貸付金その他の債権につい
て、回収不能の事実が確定していない段階においても、将来回収不能となる可能性
が強い一定の事実が債務者に生じた場合には、その事実が発生した日の属する事業
年度において、その債権の一部を貸倒れとして損金に算入するとする特別措置が
「特例通達」によつて認められることとなつた。もとより、通達は上級行政庁の下
級行政庁に対する命令示達の一形式であつて、それ自体法規としての性質を有する
ものでないことはいうまでもない。しかし、通達によつて示達された内容が税務執
行において実施され、相手方である納税者においてその取扱いが異議なく受容され
るとともに、当該通達がその内容において合理性を有している場合に、しかも右通
達が定める要件を充たしているにもかかわらず、これの適用を受けないものとされ
た場合には、租税法の基礎原則の一つである公平負担の原則に違背し、当該通達を
適用しないとしてなされた課税庁の処分は違法性を帯びるものというべきである。
 これを本件についてみるに、特例通達のうち、本件において適用の有無が問題と
なる部分は、「第一の二の4」であり、これによると大要つぎのような定めがなさ
れている。
 和議の成立等法律の定める整理手続による決定、または法律の定める整理手続に
よらない、いわゆる債権者集会の協議によつて債権の棚上げ等の決定がなされた場
合には、その決定のあつた日において当該債務者に対して有する債権のうち、右決
定後五年経過後に弁済されることとなる部分の債権の金額を貸倒れとして処理する
ことができるものとし、更に、債権の棚上げ等が当事者間の契約によつて定められ
た場合においても、つぎの二つの要件が具つている場合には、法律の定める整理手
続等による決定と同様に取り扱うこととしている。そしてその要件とは、(1)当
該契約が債務者の弁済の困難な事情に基づいてなされたものであること、(2)当
該契約が金融機関のあつせんにかかる場合等、その内容が真実であることを確認さ
せる場合であること、の二つである。
 この二つの要件の中でいう、債務者の弁済の困難な事情は、当該契約時に存在し
ていることが必要であることはいうまでもないが、反面このような事情が債権の発
生時に存在していることを、債権者において認識していなかつたことも要するもの
と解すべきである。けだし、これを反対に解するとすれば、既に債務の弁済が困難
な事情にあることを認識しながら、その者に対して金銭を貸付ける一方、この債権
を棚上げし、貸倒れ処理をすることによつて、何時でも、どのような額でも、恣意
的に貸倒れ処理ができることとなり、極めて不合理な結果が生ずるからである。ま
た、右にいう当該契約の内容が真実であることが確認される場合とは、単に当該契
約が現実に締結されたことのみを意味するのではなく、当該契約の内容、即ち債権
の棚上げ等の金額、期間(期限)等の決定が、当事者の恣意に基づかないで、合理
的な基準、根拠によつて算定され、決定されたものであることが明確である場合を
意味するものと解するのが相当である。
 ところで、特例通達の合理性については、本件において原告が争つているわけで
はなく、わが国の近年における金融事情等を反映して、手形の不渡り、売掛債権の
貸倒れ等が激増するに至つているため、前示のような旧法人税法が予定している貸
倒引当金の制度のみでは、実際の経済活動に即応しない分野が生じていることは顕
著な事実であるので、特例通達によつて定められている要件を厳格に解釈し、適用
する限り、これによつて特に一部のものの租税負担が軽減される結果となるもので
はないと解せられるから、特例通達は十分にその合理性を有していると解せられ
る。
 本件においては、原告は、東洋貿易および東洋木工との間において債権の棚上げ
契約を締結し、この契約により棚上げした債権合計金一五、〇〇〇、〇〇〇円を貸
倒れとして損金に計上した行為について、特別通達の第一の二の4の適用を受ける
べきであると主張するのに対し、被告は原告の右行為が特例通達に該当しない旨主
張するので、以下においてこの点について判断を進めることとする。
四、東洋貿易に対する債権について
(一)(1) 東洋貿易の昭和三四年九月二一日より昭和三五年三月二〇日までの
事業年度から昭和三九年三月二一日より同年九月二〇日までの事業年度に至る間の
各事業年度の財産状態、営業成績、および原告との貸借関係等に関する別紙(一)
のうち、役員に対する債権債務の欄における、昭和三六年三月二一日より同年九月
二〇日までの事業年度、および同年九月二一日より昭和三七年三月二〇日までの事
業年度のAからの借入金各金四、二〇九、〇一四円を除くその余の各項目および各
金額、ならびに、右借入金各金四、二〇九、〇一四円のうち各金二〇九、〇一四円
については、いずれも当事者間に争いがない。
(2) 被告は、原告が右各金四、二〇九、〇一四円を全額Aからの借入金である
と認めておきながら、このうち各金二〇九、〇一四円を除く部分を否認したのは、
自白の撤回であるからこれに異議がある旨主張する。しかしながら、昭和三六年三
月二一日より同年九月二〇日までの事業年度、および同年九月二一日より昭和三七
年三月二〇日までの事業年度において、東洋貿易のAからの借入金がいかほどであ
つたかということは、本件棚上げ契約の内容が合理的な基準、根拠に基づいて算定
されたかどうかという事実との関係では、間接事実であるにすぎないから、この点
について、原告がさきになした自己に不利益な事実の陳述を後になつて訂正して
も、自白の撤回にならないことは明らかである。
 したがつて、自白の撤回に異議がある旨の被告の主張は、その余の点について判
断するまでもなく理由がない。
(二) いずれも成立に争いのない甲第四号証の一乃至七、第六号証、第九号証、
乙第一号証、第三号証の二、第五、六号証、証人B、同H、同Iの各証言(証人
B、同Iの各証言については、いずれも後記信用しない部分を除く。)、および原
告代表者尋問の結果(後記信用しない部分を除く。)を総合すると、つぎのような
事実を認めることができる。
(1) 東洋貿易は、昭和二六年一一月三〇日に設立された、ミシンの製造販売、
およびミシン、雑貨の輸出入業等を営む、資本金一、〇〇〇、〇〇〇円の会社であ
るが、株式の五分の三については、原告の代表者であるAとBが二分の一づつ所有
している。東洋貿易の設立当初より昭和三七年八月まで、Aがその代表者であつた
が、業務の実際面はBが担当していた。
(2) 東洋貿易は、設立後二、三年の間は欠損金を出していたが、その後一時は
多少内容的に好転したものの、外国との取引においてクレームが生じたり、手形が
不渡りになつたりしたため、またも経営不振に陥り、昭和三五年一一月二一日より
昭和三六年三月二〇日までの事業年度以降は、債務超過の状態となり、その累積欠
損金は解消できない有様であつた。原告は、東洋貿易の資金不足を補うため、昭和
三五年九月二一日より同年一一月二〇日までの事業年度以降、同社に資金需要が生
じるとその都度、弁済期等を定めずに貸付けを行ない、随時同社よりその返済を受
けていた。原告は、昭和三六年三月二一日より同年九月二〇日までの間に、東洋貿
易に対し、一二五回にわたり金二三、四八七、七三〇円の貸付けを行ない、同社よ
り五八回にわたり金一八、九二六、一四三円にのぼる貸付金の弁済を受けており、
また同年九月二一日より昭和三七年三月二〇日までの間に、同社に対し、七二回に
わたり金一五、三九七、〇八七円の貸付けを行ない、同社より三九回にわたり金一
〇、一二四、四七八円にのぼる貸付金の弁済を受けた。このようなことを繰り返し
た結果、本件事業年度の末日現在において、原告は東洋貿易に対し金一一、一〇
二、六七九円の貸付金債権を有することになつた。
(3) 東洋貿易では、再建を図るため、代表者がAよりBに替わることになつた
が、その際Bや取引先より、原告の東洋貿易に対する債権を棚上げしてもらいたい
旨の要望があつたので、原告はこれを了承した。そこで原告は、I税理士事務所の
J税理士の指導に従い、前示のとおり、昭和三七年三月一七日付で東洋貿易との間
において、右貸付金債権金一一、一〇二、六七九円のうち金一〇、〇〇〇、〇〇〇
円を昭和四二年三月三一日まで棚上げする旨の契約を締結し、右棚上げにかかる金
一〇、〇〇〇、〇〇〇円について債権償却引当金勘定を設定し、貸倒れ経理をし
た。右棚上げ契約による棚上げの金額、および期間については、東洋貿易に関する
綿密な再建計画あるいは資金計画の下に割り出されたものではなく、何ら合理的な
根拠に基づくものではなかつた。本件棚上げ契約には昭和三七年三月一九日の確定
日付が附され、その内容は取引先等に公表されたけれども、右契約は金融機関のあ
つせんにより成立したものではなかつた。東洋貿易に対する債権の棚上げをしたの
は原告のみであり、他の債権者は全く棚上げをしなかつた。
(4) 昭和三六年三月二一日より同年九月二〇日までの事業年度、および同年九
月二一日より昭和三七年三月二〇日までの事業年度における、東洋貿易のAからの
借入金は各金二〇九、〇一四円であり、Lからの借入金として計上されている各金
四、〇〇〇、〇〇〇円の債権者はAの家族や親族であつた。右借入金合計金四、二
〇九、〇一四円は原告が肩代りをし、同年三月二一日より同年九月二〇日までの間
に、A等に弁済した。
(5) 東洋貿易は、その後多少業績が好転し、昭和三七年三月二一日より同年九
月二〇日までの事業年度から昭和三九年三月二一日より同年九月二〇日までの事業
年度に至るまでの間、利益金を計上するようになり、累積欠損金も金一、四六六、
六七六円に減少した。この間においても、原告は東洋貿易に対し、貸付けを継続し
て行なつていた。
 以上の事実を認めることができ、右認定に反する証人B、同Iの各証言の一部、
および原告代表者尋問の結果の一部は、前掲各証拠と対比して信用できず、他に右
認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 四(一)(二)において認定した事実に照らせば、東洋貿易が本件事業年
度の末日現在において支払不能の状態にあつたとは到底いえないのみならず、原告
は、東洋貿易と特殊な関係にあつたために、同社が債務超過の状態にあり、累積欠
損金を容易に解消できない状態にあつたことを十分認識しながら、資金不足を救済
し、同社を援助する目的をもつて、同社に対し、弁済期等を定めずに貸付けを継続
し、その結果累積した金一一、一〇二、六七九円にのぼる貸付金について、本件事
業年度において評価損を計上するため、同社との間で本件棚上げ契約を締結し、そ
の一部である金一〇、〇〇〇、〇〇〇円を貸倒れ処理したのであり、右棚上げにか
かる債権の金額、期間については何ら合理的な基準ないし根拠に基づいて算定さ
れ、決定されたものではなかつたことが明らかである。
 したがつて、原告が東洋貿易との関係で、右金一〇、〇〇〇、〇〇〇円について
貸倒れ処理をした行為が、特例通達の第一の二の4の適用を受ける余地はないもの
といわねばならない。
五、東洋木工に対する債権について
(一) 東洋木工の昭和三四年九月二一日より昭和三五年三月二〇日までの事業年
度から昭和三九年三月二一日より同年九月二〇日までの事業年度に至る間の各事業
年度の財産状態、営業成績、および原告との貸借関係等に関する別紙(二)の各項
目および各金額については、すべて当事者間に争いがない。
(二) いずれも成立に争いのない甲第五号証の一乃至七、第七、八号証、乙第二
号証の一乃至三、第四号証の一乃至三、第五、六号証、証人H、同I(後記信用し
ない部分を除く。)の各証言、および原告代表者尋問の結果(後記信用しない部分
を除く。)を総合すれば、つぎのような事実を認めることができる。
(1) 東洋木工は、原告の下請会社として、昭和三四年五月一二日設立された。
主としてミシンのテーブルの製造販売を営む資本金五〇〇、〇〇〇円の会社である
が、株式の五分の三は原告が所有している。Aは東洋木工の設立以来取締役になつ
ており、その代表者は昭和三七年八月までKであつた。
(2) 東洋木工は、当初予期したような原価の安いミシンテーブルを製造するこ
とができず、原価が高くつくことになつたが、原告はその製品を一般市中価格で買
い取つたため、赤字が累積し、設立当初より債務超過の状態にあり、営業を継続す
ればするほど欠損金が増加するという状況であつた。原告は、東洋木工の資金不足
を補うため、同社に資金需要が生じるとその都度、前渡金として弁済期等も定めず
に貸出しを行ない、右貸出金は主として同社からの仕入代金と相殺することによつ
て回収していた。原告は、昭和三六年三月二一日より同年九月二〇日までの間に、
東洋木工に対し百数回にわたり、金一九、三三九、四一九円を前渡金として貸出し
て、これを買掛金勘定に経理し、これより同社からの返戻金四、五五五、三七七円
と仕入代金一四、〇二六、九八五円との合計額一八、五八二、三六二円を差し引い
た金額七五七、〇五七円を前渡金勘定に振替え経理し、また同年九月二一日より昭
和三七年三月二〇日までの間に、同社に対し一二九回にわたり金二〇、〇三五、三
四八円を前渡金として貸出して、これを買掛金勘定に経理し、これより同社からの
返戻金五、三五四、五三一円と仕入代金一一、六一〇、八四八円との合計額一六、
九六五、三七九円を差し引いた金額三、〇六九、九六九円を前渡金勘定に振替え経
理した。このようなことを繰り返した結果、本件事業年度の末日現在において、原
告は東洋木工に対し、金六、二六九、三九七円の前渡金債権を有することとなつ
た。
(3) 東洋木工でも再建を図るため、代表者がKよりGに替わることになつた
が、その際東洋貿易の場合と同様に、Gや取引先より原告の東洋木工に対する債権
を棚上げしてもらいたい旨の要望があつたので、原告はこれを了承した。そこで原
告は、東洋貿易の場合と同様に、Jの指導に従い、前示のとおり、昭和三七年三月
一七日付で、東洋木工との間において、同日現在有している前渡金債権金七、〇八
七、八五九円のうち、金五、〇〇〇、〇〇〇円を昭和四二年三月三一日まで棚上げ
する旨の契約を締結し、右棚上げにかかる金五、〇〇〇、〇〇〇円について債権償
却引当金勘定を設定し、貸倒れ経理をした。右棚上げ契約による棚上げの金額、お
よび期間については、東洋木工に関する綿密な再建計画あるいは資金計画の下に割
り出されたものではなく、何ら合理的な根拠に基づくものではなかつた。本件棚上
げ契約には昭和三七年三月一九日の確定日付が附され、その内容は取引先等に公表
されているけれども、右契約は金融機関のあつせんにより成立したものではなかつ
た。東洋木工に対する債権の棚上げをしたのは原告のみであり、他の債権者は全然
棚上げをしなかつた。
(4) 東洋木工はその後も事業を継続していたが、昭和三八年一月原告の社屋が
火災により焼失したのを機会に、原告は、それまで東洋木工に貸していた原告所有
の緑橋工場の一部の返還を受け、そこで営業を始めることにしたため、東洋木工は
代表者の意向に反して、木工部門の事業を閉鎖せざるを得なくなつた。そこで東洋
木工としてはやむなく焼跡においてモータープールを経営することになり、昭和四
一年一月頃その敷地を銀行に売却するまで右営業を継続した。原告は本件事業年度
の後、昭和三九年九月二〇日に至る間においても、東洋木工に対し資金の貸出しを
継続して行なつていた。
 以上の事実を認めることができ、右認定に反する証人Iの証言の一部、および原
告代表者尋問の結果の一部は前掲各証拠と対比して信用できず、他に右認定を覆す
に足りる証拠はない。
(三) 五(一)(二)において認定した事実に徴すれば、東洋木工がその事業を
完全に廃止した昭和四一年一月頃ならともかく、本件事業年度の末日現在において
は、支払不能の状態にあつたとは到底いえないのみならず、原告は、東洋木工と特
殊な関係にあつたために、同社が設立当初より債務超過の状態にあり、その上営業
を継続すればするほど欠損金が増加する状態にあつたことを十分認識しながら、資
金不足を救済し、同社を援助する目的をもつて、同社に対し弁済期も定めずに貸出
しを継続し、その結果累積した昭和三七年三月一七日現在における金七、〇八七、
八五九円にのぼる前渡金について、本件事業年度において評価損を計上するため、
同社との間で本件棚上げ契約を締結し、その一部である金五、〇〇〇、〇〇〇円を
貸倒れ処理したのであり、しかも右棚上げにかかる債権の金額、期間については何
ら合理的な基準ないし根拠に基づいて算定され、決定されたものでなかつたことが
明らかである。
 したがつて、原告が東洋木工との関係で右金五、〇〇〇、〇〇〇円について貸倒
れ処理した行為も、特例通達の第一の二の4の適用を受ける余地はないものといわ
ねばならない。
六、それ故、原告が東洋貿易および東洋木工に対して有している債権のうち、棚上
げにかかる金一五、〇〇〇、〇〇〇円を貸倒れとして損金に計上した行為を被告に
おいて否認し、原告の本件事業年度の所得の計算上、これを益金に加算したのは、
正当であるとして是認すべきところ、右益金算入に伴い、価格変動準備金一、八七
九、〇〇〇円、および繰越欠損金額一二九、六一八円の合計額二、〇〇八、六一八
円を損金に算入しうることについては、原告において明らかに争わないから、これ
を自白したものとみなすべく、そうすると、右のような加算および減算を行なつた
上なされた本件更正処分には、違法な点がない。
七、結論
 以上の次第で、原告の本訴請求は理由がなく失当であるから棄却することとし、
訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石崎甚八 喜多村治雄 南三郎)
別紙(一)(二)省略

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