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平成17年(行ケ)第10234号 審決取消請求事件
平成17年7月4日口頭弁論終結
判       決
    原       告   アービトロン インコーポレイテッド
    同訴訟代理人弁理士   浅村皓
    同           浅村肇
    同           小池恒明
    同           岩井秀生
    同           林鉐三
    同           清水邦明
    被       告   特許庁長官 小川洋
    同指定代理人      藤内光武
    同           新宮佳典
    同           小曳満昭
    同           宮下正之
主       文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための
 付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 特許庁が不服2002-21839号事件について平成16年7月13日に
した審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 主文1,2と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
   原告は,発明の名称を「放送セグメントを認識するための方法とシステム」
とする発明につき,平成5年4月30日(パリ条約による優先権主張1992年4
月30日,米国)を国際出願日とする特許出願(平成5年特許願第519540
号)をし,平成14年6月25日付け手続補正書により補正(この補正後の請求項
の数は4である。)を行ったが,同年8月7日付けの拒絶査定を受けたため,これ
に対する不服の審判請求をし,特許庁は,これを不服2002-21839号事件
として審理した。その過程において,原告は,平成14年12月11日付け手続補
正書により明細書の特許請求の範囲を補正した(以下,この補正後の明細書及び図
面を「本願明細書」という。)。特許庁は,審理の結果,平成16年7月13日,
「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし(出訴期間として90日を付
加),同月23日ころ,審決の謄本を原告に送達した。
 2 特許請求の範囲(以下,この請求項1の発明を「本願発明」という。)
  【請求項1】放送信号の認識に使用するための音声放送信号を特徴づけるシグ
ネチャーを生成する方法であって,
   各々が前記音声放送信号のうち対応する所定の周波数帯域に含まれる音声放
送信号部分を表す複数の周波数帯域値を形成する工程と,
   複数の比較値を生成するため前記複数の周波数帯域値の第1のグループの各
々と,同一の対応する所定の周波数帯域内の前記音声放送信号部分を表す前記複数
の周波数帯域値の第2のグループの対応する一つと比較する工程であって,前記音
声放送信号部分を表す前記複数の周波数帯域値の第2のグループの対応する一つの
各々は,少なくともその一部が前記複数の周波数帯域値の前記第1のグループの対
応する一つによって表される前記音声放送信号の一部より前の放送である工程と,
   前記複数の比較値を含む前記シグネチャーを形成する工程とを備えた,シグ
ネチャーを生成するための方法。
3 審決の理由
 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平1-17
7796号公報(平成元年7月14日公開,以下「引用例1」という。)及び特開
昭63-24786号公報(昭和63年2月2日公開,以下「引用例2」とい
う。)の記載に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるか
ら,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,とするものであ
る。
 審決が上記結論を導くに当たり認定した引用例1記載の発明(以下「引用発
明」という。)の内容,本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおり
である。
 (1) 引用発明の内容
 「テレビ放送の同一性を判別する方法に関するもので,放送される音声信
号の所定の周波数帯域に含まれる音声信号を表す複数の周波数帯域値(バンドパス
フィルタ23A-1~23A-10でスペクトル分解された音声信号)を形成し,
前記複数の周波数帯域値の各々を整流,積分した後サンプリングして前記音声信号
を特徴づけるデータ(本願発明でいうシグネチャー)を形成し,当該データを使用
して前記テレビ放送の同一性の判別がなされるのであるから,引用発明も,本願発
明でいうのと同様,「放送信号の認識に使用するための音声放送信号を特徴づける
シグネチャーを生成する方法」ということができ,また,当該方法は,「各々が前
記音声放送信号のうち対応する所定の周波数帯域に含まれる音声放送信号部分を表
す複数の周波数帯域値を形成する工程とシグネチャーを形成する工程」とを備えて
いるといえる。」
 (2) 一致点
    両者は,いずれも「放送信号の認識に使用するための音声放送信号を特徴
づけるシグネチャーを生成する方法であって,
    各々が前記音声放送信号のうち対応する所定の周波数帯域に含まれる音声
放送信号部分を表す複数の周波数帯域値を形成する工程と,
    前記シグネチャーを形成する工程とを備えた,シグネチャーを生成するた
めの方法。」であること。
 (3) 相違点
    本願発明では,複数の比較値を生成するため複数の周波数帯域値の第1の
グループの各々と,同一の対応する所定の周波数帯域内の音声放送信号部分を表す
前記複数の周波数帯域値の第2のグループの対応する一つと比較する工程であっ
て,前記音声放送信号部分を表す前記複数の周波数帯域値の第2のグループの対応
する一つの各々は,少なくともその一部が前記複数の周波数帯域値の前記第1のグ
ループの対応する一つによって表される前記音声放送信号の一部より前の放送であ
る工程を備え,前記シグネチャーを形成する工程を前記複数の比較値を含むシグネ
チャーを形成する工程としているところ,引用発明では,このような比較する工
程,複数の比較値を含むシグネチャーを形成する工程を備えていないこと。
第3 原告主張の取消事由の要点
 審決は,引用例2の認定を誤ったことなどにより,本願発明の容易推考性に
ついての判断を誤ったものであり,この誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかで
あるから,取り消されるべきである。
1 引用例2の認定の誤り
   本願発明の重要な要件の一つは,時間的に前と後に放送された音声信号の同
じ周波数帯域の値(音声周波数帯域値)同士を比較していることであるところ,審
決は,引用例2に,ある映像フィールドあるいはフレーム中の各エリアの平均輝度
を,前の「同じ」エリアの平均輝度と比較することが開示されていると認定してい
る。
 しかし,引用例2では,後のフィールドあるいはフレームの8×2の16ピ
クセルの各エリアの平均輝度と,前のフィールドあるいはフレームの平均輝度を比
較する四つの異なる方法が開示され,その四つ目の方法(違うエリア同士の比較)
が好適である旨が記載されており(10頁左下欄20行~11頁左上欄13行),
時間的に前と後に放送された信号の同じエリアの平均輝度同士を比較することを否
定し,異なるエリアの平均輝度同士を比較することを良しとしているのであって,
審決は,引用例2の記載事項の認定を誤っているものである。
2 容易推考性の判断の誤り
  審決が認定した引用発明の内容,本願発明と引用発明との一致点及び相違点
は認めるが,次のとおり,本願発明は,引用発明に引用例2記載の発明を適用して
当業者が容易に発明をすることができたものではない。
 (1) 音声信号と映像信号
ア ①引用発明は,二つのテレビ放送(スタンダードとなる放送及び実際の放
送)を比較して,その同一性を検出しているのに対し,②引用例2記載の発明は,
一つのテレビ放送(実際の放送のみ)の中から,近接した2箇所(ミリセカンドオ
ーダーの間隔)の信号を比較して,特異性(いかに異なるかのシグネチャー)を検
出している。そして,同一性又は特異性を検出するために採用している信号は,
引用発明では,テレビ放送における音声信号を表す複数の周波数帯域値であるのに
対し,引用例2記載の発明では,映像の平均輝度である。
 本願発明は,上記②ととを組み合わせたものであるが,上記のとおり,
引用発明と引用例2記載の発明とは,その技術的思想を全く異にするものであり,
これらを組み合わせることは,当業者にとって決して容易とはいえない。
  イ 上記のように,引用発明(音声信号処理)と引用例2記載の発明(映像信
号処理)とでは,取り扱う信号に違いがあるから,周波数帯,変調方式その他の技
術的な取扱方法が異なり,両者は,技術分野を共通にするとはいえない。
  ウ また,被告が引用例2で開示されていると主張する「輝度平均(映像信
号)」によるシグネチャー生成の技術を,音声信号を周波数分割している引用発明
に,そもそも適用できるかどうか,適用できるとしてもどのように適用すればよい
か,その効果等は,更なる研究を要する課題であり,単に「引用発明のように音声
信号を利用したシグネチャーを生成するものにあっても有用であることが,当業者
に明らかである。」とはいえない。
  エ 映像の領域と分割した周波数帯とは,決して対応する技術的思想ではない
から,引用発明に引用例2記載の発明を適用するに当たっては,「同じ」という表
現があるからといって,映像の「同じ領域」を音声の「同じ周波数帯」に単に転用
することは,決してあり得ない。
 (2) 信号遅延
    引用発明も本願発明も対応する同一の周波数帯域内の信号を用いている点
は同じであるが,これを使用した技術的意義が異なる。すなわち,引用発明では,
二つの信号の同一性を確認しているから,対応する同一の周波数帯域内の信号を用
いるのは当然であるのに対し,本願発明においては,信号のある部分のシグネチャ
ーを求めるために,本来なら異なる周波数帯域内の信号を使用したいところ,周波
数の遅延時間差の問題でやむなく,同一の対応する周波数帯域内の信号を用いたも
のである。
    本願発明において,複数の周波数帯域の信号を,同じ周波数帯域の信号同
士で比較して複数のシグネチャーを作ったことには,信号遅延の影響を受けないと
いう技術的意義がある。音声信号値については,比較的近い周波数の信号は同じ程
度に遅延し,異なる周波数の信号は異なる信号遅延を有することが経験的に知られ
ており,様々な条件下での音声信号の変動があっても,同じ周波数帯域の音声信号
から比較して形成されたシグネチャーは,遅延の影響を受けない。
    本願発明が依拠する「音声信号値の遅延は周波数によって変動する」とい
う知見は,引用例1又は2のいずれにも開示されていないし,信号遅延の影響を受
けないという本願発明の効果は,いずれの引用例からも予測することができない。
    また,信号から得られる相対値を用いることと周波数による遅延誤差との
関係は,学術的にも極めて大きな発見であり,決して当業者が容易に認識できるも
のではない。
第4 被告の反論の骨子
 審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 引用例2の認定の誤りについて
   原告が主張する引用例2の記載は,エリアの平均輝度の比較において,
「3.ある前のフィールドまたはフレームにおける同じ領域の平均輝度」が,「好
ましくない」とする記載ではないし,まして,前のフィールドまたはフレームにお
ける同じ領域の平均輝度と比較することを「否定する」ものではない。
   逆に,引用例2には,時間的に前のフィールドまたはフレームにおける同じ
領域の平均輝度と比較することによりシグナチャーを作成することが明確に記載さ
れている。
   原告の主張は,引用例2記載の発明を正解しないでされたものであり,失当
である。
2 容易推考性の判断の誤りについて
   引用発明に引用例2記載の発明を適用し,相違点に係る本願発明の構成を得
ることは,当業者にとって容易であったものである。
 (1) 音声信号と映像信号
  ア 引用発明と引用例2とで取り扱う信号に違いがあっても,以下の各点に照
らせば,これらを組み合わせることは,当業者にとって容易である。
    ①引用発明は,音声信号の周波数帯域毎にシグネチャー生成のための信号
処理をしている。②引用発明と引用例2記載の発明とは,ともに,放送信号の認識
に関する発明であるという意味において,技術分野が共通している。③引用例2記
載の発明において,「比較値を生成」していることの技術的意義(「比較値を生
成」する構成の果たす役割)は,輝度信号を利用したシグネチャーを生成するもの
に限らず,引用発明のように音声信号を利用したシグネチャーを生成するものにあ
っても有用であることが,当業者に明らかである。
  イ 引用発明に引用例2記載の発明にある「比較値を生成」する際には,引用
発明が音声信号の周波数帯域毎に信号処理がなされているのであるから,周波数帯
域毎に「比較値を生成」する処理を行うようにすること,すなわち,映像の「同じ
領域」を音声の「同じ周波数帯」とすることが最も自然である。音声信号の場合に
は,サンプル時刻が相違していれば同一の周波数帯域の信号であっても相違してい
るのが普通であるから,引用発明に引用例2記載の発明の「比較値を生成」する構
成を適用する際に,比較の対象を「時間的に離れた対応する周波数帯域値」として
も,適切な信号が得られることは明らかであり,当業者は,該比較の対象を,あえ
て「対応しない周波数帯域値」とはしない。
  ウ 引用発明と引用例2記載の発明は,同じ技術分野に属し,同様の技術思想
のものである。なお,引用例2には,音声シグナチュアについても記載されてい
る。
 (2) 信号遅延
    「音声信号値の遅延は周波数によって変動する」という知見が引用例1又
は2のいずれにも開示されていないとしても,異なった課題認識の下で同一の構成
に到達することは十分にあり得ることであり,本願発明の発明者がどのような知見
に依拠して本願発明の構成に到達したかは,引用発明から本願発明の構成に至るこ
とが容易であったか否かとは関係しない。
    また,信号「遅延の影響を受けない」という原告主張の効果は,引用発明
と引用例2記載の発明に基づいて容易に想到される構成から必然的に得られる効果
として,当業者が予測し得るものであり,本願発明の進歩性を肯定する根拠になり
得るものではない。
第5 当裁判所の判断
1 引用例2の認定の誤りについて
 (1) 甲第6号証によれば,引用例2には次の記載があることが認められる。
  ア 特許請求の範囲(1)
    「ディジタルにパラメータ表示されるセグメントにより認識するためセグ
メントの既知のサンプルからディジタルシグナチュアを構築し,前記シグナチュア
形式に所定の定義済規則によって前記パラメータ表示されたセグメントを介しラン
ダムフレーム個所の中から部分的に選択し,そして前記部分のフレーム個所に前記
シグナチュアを結合させ,前記シグナチュアおよびシグナチュアの登録簿における
結合するフレーム個所,認識するため特定のセグメントと識別する前記登録簿にお
ける各シグナチュアを記憶し,放送信号を監視し,前記監視信号をディジタルにパ
ラメータ表示し,そして前記パラメータ表示された監視信号の各フレームに対し,
結合可能なシグナチュアを前記登録簿からサーチし,前記シグナチュアと結合する
フレーム個所情報を使用し,前記パラメータ表示された監視信号の専用フレームに
対し前記結合可能な記憶されたシグナチュアのそれぞれを比較することからなる放
送セグメントの連続パターン認識方法。」
  イ 同(2)
    「シグナチュアおよびパラメータ表示された信号は,前記セグメントおよ
び前記監視信号の映像部分から導出することからなる特許請求の範囲第1項記載の
方法。」
  ウ 同(4)
    「シグナチュアおよびパラメータ表示された信号は,前記映像部分の輝度
から導出することからなる特許請求の範囲第2項記載の方法。」
  エ 同(5)
    「シグナチュアおよびパラメータ表示された信号の各ディジタルワード
は,少なくとも1つの対照領域の平均輝度に対し前記セグメントのフレームの選択
された領域すなわち前記ディジタルワードのビットを提供する選択された各領域の
平均輝度を比較して導出することからなる特許請求の範囲第4項記載の方法。」
  オ 同(9)
    「少なくとも1つの対照領域は,選択された領域のそれぞれに対し,前の
フレームの対応する領域からなる特許請求の範囲第5項記載の方法。」
  カ 同(10)
    「少なくとも1つの対照領域は,選択された領域のそれぞれに対し,前の
フレームの異なる予め選択された領域からなる特許請求の範囲第5項記載の方
法。」
  キ 「[実施例]・・・
    領域の数は,好適には16(しかしより多くのもしくは少い地域を使用し
得る)の映像フィールドもしくはフレームが選択される。各領域の大きさは,好適
には8×2の画素であるが,しかし他の大きさの領域を使用することもできる。各
領域の輝度は,グレイスケールに絶対値として,例えば0-255になるように平
均化される。この値は,下記のいずれかの値と比較することにより,0または1の
ビット値に対し正規化される。
   1.全体フィールドまたはフレームの平均輝度,
   2.フィールドまたはフレームのある領域での平均輝度,
   3.ある前のフィールドまたはフレームにおける同じ領域の平均輝度,また

   4.ある前のフィールドまたはフレームのある他の領域の平均輝度
   比較を行うことでの選択において,ゴールはエントロピを最大化するこ
と・・・例えば,領域間での相互関係を最小化することである。(相互関係は,1
つの領域の輝度の値が他の領域と関係しもしくは従うように段階的に対比する。)
このような理由のため,上記4つの比較は,現在のフレームの後の1~4のフレー
ムに存在する前のフレームとすることが好適である。同じ理由のため,前のフィー
ルドまたはフレームにおける16領域と同様の,フィールドまたはフレームにおけ
る16領域の分布は,フィールドまたはフレームの中央について非対称であること
が好ましい。何故なら,このことは,対称的に位置する領域間のより多くの相互関
係が存在するこのような方法での映像フレームの比較を行うことは,経験を主とし
て決定するからである。」(10頁左下欄20行~11頁左上欄13行)
  ク 「どのような比較を使用しても,1のビット値は,問題の領域の輝度が比
較領域の輝度を上回るように反転する。・・・このようにして得られた16の値
は,パラメータ表示した“フレームシグナチュア”を作成する。」(11頁右上欄
6行~20行)
 (2) これらの記載によれば,引用例2には,「ある前のフィールドまたはフレ
ームのある他の領域の平均輝度」を比較することのほかに,「ある前のフィールド
またはフレームにおける同じ領域の平均輝度」を比較することも開示されており,
その技術内容を特許請求の範囲第9項として特定していることが認められる。そう
すると,同じエリアの平均輝度を比較することは,いずれが好適かの比較において
は最適とされないものの,これが否定されていないことは明らかであり,原告が指
摘する記載(10頁左下欄20行~11頁左上欄13行)も,その内容に照らし,
前のフィールド又はフレームにおける同じ領域の平均輝度を比較することを否定し
ている記載でないことが明らかである。
 したがって,前記認定したところからすれば,引用例2には,「放送信号
の認識に使用するための放送信号を特徴づけるシグネチャーを作成する方法につい
て,映像情報の映像フィールドもしくはフレームに16の領域を選び,各領域の輝
度の平均値を求め,当該各領域の輝度平均値とある前のフィールドまたはフレーム
における同じ領域の平均輝度とを比較して複数の比較値を生成し,複数の比較値を
含むシグネチャーを生成することが記載されている」とした審決の認定に誤りはな
く,その認定の誤りをいう原告の主張は,失当である。
2 容易推考性の判断の誤りについて
 (1) 音声信号と映像信号
    引用例2に,「放送信号の認識に使用するための放送信号を特徴づけるシ
グネチャーを作成する方法について,映像情報の映像フィールドもしくはフレーム
に16の領域を選び,各領域の輝度の平均値を求め,当該各領域の輝度平均値とあ
る前のフィールドまたはフレームにおける同じ領域の平均輝度とを比較して複数の
比較値を生成し,複数の比較値を含むシグネチャーを生成すること」が記載されて
いることは前記のとおりであるところ,比較値の生成の技術は,必ずしも映像のみ
に限定されるものではなく,音声を含めた放送信号に共通するものであるから,引
用例2に接した当業者であれば,そこから,「放送信号の時間的に離れたフレーム
における同じ領域の値を比較して複数の比較値を生成し,当該複数の比較値を含む
シグネチャーを生成する」という技術事項が開示されていることを理解することが
でき,この技術を引用発明におけるシグネチャーを形成する工程として採用するこ
とに想い到ることは容易であるということができる。そして,当業者がこれを引用
発明に適用するに当たっては,引用発明が音声信号の周波数帯域ごとに信号処理を
行うものであることからすれば,同じ領域の値,すなわち周波数帯域ごとに比較値
を生成する処理を行うように構成するのが自然であるといえるのであって,そうす
ると,引用例2の上記技術事項を引用発明に適用することにより,相違点に係る本
願発明の構成を得ることは容易になし得るものと認めることができる。
 なお,引用例2の記載から,映像のみならず音声を含めた放送信号に関す
る上記技術事項が開示されていると理解することができることは,引用例2に,
「この発明は,放送信号におけるキューやコードに依存することなく連続パターン
認識により,リアルタイムで広告放送のような放送セグメントを認識する方法,装
置およびシステムを提供するものである。」(甲第6号証7頁左上欄19行~右上
欄3行),「音声“「フレーム」シグナチュア”を使用するとすれば,同一方法で
処理できるため映像フレームシグナチュアと同様のフォーマットで前記音声フレー
ムシグナチュアを構築することができる。このような音声シグナチュアは,放送無
線セグメントを認識するために使用可能であり,また疑わしいデータの含まれる率
が高い映像セグメントの識別を確認するために使用可能である。」(同11頁左下
欄18行~右下欄6行)などの記載があり,音声シグネチャーが映像シグネチャー
と同一の方法で処理することができ,放送無線セグメントを認識するために使用可
能であるとして,映像を用いた比較値の生成の技術が,音声についても当てはまる
ことが開示されていることからも,裏付けることができるといえる。
 (2) 原告は,引用発明と引用例2記載の発明とは,技術的思想が異なり,技術
分野も共通にするといえないとして,両者を組み合わせることは容易でない旨主張
する。しかし,引用発明も引用例2記載の発明も,ともに放送信号の認識に使用す
るための放送信号を特徴づけるデータ(シグネチャー)を生成する方法に関するも
のであるから,両発明は,その具体的な構成において相違するとしても,技術的思
想において異なるところはなく,放送信号の認識のための技術という点で技術分野
を共通にするものであることは明らかであり,原告の上記主張は失当である。
 また,原告は,引用例2の「輝度平均(映像信号)」によるシグネチャー
生成の技術を,音声信号を周波数分割している引用発明に適用できるかどうか,ど
のように適用すればよいかなどは,当業者に明らかであるとはいえない旨主張す
る。しかし,前記のとおり,引用例2に開示され,引用発明に適用するのは,「放
送信号の時間的に離れたフレームにおける同じ領域の値を比較して複数の比較値を
生成し,当該複数の比較値を含むシグネチャーを形成する」という比較値を用いた
シグネチャー生成の技術であって,映像信号によるシグネチャー生成のみに限定さ
れた構成ではなく(しかも,引用例2には,音声シグネチャーが映像シグネチャー
と同一の方法で処理することができ,放送無線セグメントを認識するために使用可
能であることが開示されていることは,前記のとおりである。),当業者にとっ
て,引用例2の上記技術事項を,引用発明におけるシグネチャーを形成する工程と
して採用することに何ら困難性はないのであり,原告の上記主張も理由がない。
 さらに,原告は,映像の領域と分割した周波数帯とは対応する技術的思想
ではないから,引用発明に引用例2記載の発明を適用するに当たって,映像の「同
じ領域」を音声の「同じ周波数帯」に転用することはあり得ないとも主張する。し
かし,引用発明においては,音声信号の周波数帯域ごとに信号処理がされているの
であるから,引用発明におけるシグネチャーを形成する工程として,引用例2の
「同じ領域の値」を比較する技術を適用するに際しては,「同じ領域」に相当する
周波数帯域ごとに比較値を生成する構成とするのが自然であって,原告の上記主張
は失当である。
 (3) 信号遅延
 原告は,本願発明は,複数の周波数帯域の信号を,同じ周波数帯域の信号
同士で比較して複数のシグネチャーを作ったことにより,信号遅延の影響を受けな
いという技術的意義を有するものであり,本願発明が依拠する「音声信号値の遅延
は周波数によって変動する」という知見は,引用例1又は2のいずれにも開示され
ておらず,信号遅延の影響を受けないという本願発明の効果は,いずれの引用例か
らも予測することができないなどと主張する。
    甲第3号証によれば,本願明細書(25頁19行~26行)には,音声信
号の遅延に関して,次の記載があることが認められる。
    「表Iはまた,主としてテレビジョン音声信号の音声内容に基づくシグネ
チャー生成技術に対する周波数帯域の有益な選択を表している。帯域1ないし16
の各々は,30Hzの帯域幅を有している。しかしながら,帯域及び/又は帯域幅
の異なる選択を採用し得ることがわかる。各帯域Bnに対しBadjを生成する
際,周波数の差異に基づく時間遅れの差による歪をも最小化するために,近接する
帯域からの値を用いることが好ましい。即ち,大きく異なる周波数の信号は,大き
く異なる周波数遅延を引き起こし,相対的に近接した周波数の信号は,一般に,小
さな位相遅延となる。」
    この記載によれば,信号遅延の影響を受けないという効果は,同じ周波数
帯域の音声信号からシグネチャーを形成すれば,必然的にもたらされるものと解さ
れる。そうすると,引用例2の技術事項を引用発明に適用し,同じ周波数帯域の音
声信号からシグネチャーを形成する構成とすることにより,信号遅延の影響を受け
ないようになることは当然である。したがって,原告の主張する本願発明の上記効
果は,引用発明と引用例2記載の発明に基づいて容易に想到し得る本願発明の構成
から,当然に生じるものであって,予測し得ない程の顕著なものとはいえず,本願
発明の進歩性を基礎づけるものとはいえない。
 (4) 以上のとおりであって,本願発明は,引用発明及び引用例2記載の発明に
基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした審決の認定判断
に,誤りはないというべきである。
3 結論
 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由には理由がなく,
その他,審決には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。
  よって,原告の請求は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担につき行政事
件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官     佐  藤  久  夫
裁判官     三  村  量  一
裁判官     古  閑  裕  二

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採用情報


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弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
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弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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