弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役3年6月に処する。
未決勾留日数中80日をその刑に算入する。
押収してある「リース見積について(依頼」と題する書面1通(平成1)
8年押第214号の1,賃貸借契約書1通(同押号の2,御見積書1通))
(同押号の3,注文請書1通(同押号の4,証憑書類整理台紙に貼付さ))
れた御請求書1通(同押号の5)及び物件借受証1通(同押号の6)の各有
形偽造部分並びに支出負担行為兼支出伝票(通知書兼領収証)に添付された
支出調書37通(同押号の7ないし43)の各無形偽造部分を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,和歌山県橋本市(以下略)所在の和歌山県橋本市役所健康福祉部福祉
課保護係に勤務し,同市福祉事務所所員を兼ねていたものであるが
第1同市福祉事務所長が決定した生活保護法に定める保護費等の支給に関し支出
調書を作成して支給手続を行うなどの権限があったことを奇貨として,同市か
ら保護費等名目で金員を詐取しようと企て
1同市(以下略)所在の社会福祉法人「A」に入所しているBらに支給される
保護費について,真実は,同人らに支給する意思がなく,自己が費消する意思
であるのにその情を秘し,上記Bらに支給するかのごとく装い
(1)別表1「起票年月日」記載欄のとおり,平成15年4月24日ころから
,,「」同18年1月31日ころまでの間6回にわたり同表生活保護受給者名
欄記載の受給者に各保護費を支給する旨の各支出調書及びそれに見合う各支
出負担行為兼支出伝票を作成して,同表「被欺罔者」欄記載の同市健康福祉
部福祉課長C又は同市健康福祉部長Dらに対して上記支出調書等を提出し,
同人らをして,同支出調書等記載内容のとおり上記Bらに保護費を支給する
ものと誤信させてその支出負担行為を決定させるとともに支出命令を発せさ
せ,よって,同表「詐取年月日」欄記載のとおり,同15年4月28日ころ
から同18年2月1日ころまでの間,6回にわたり,同市役所内所在の株式
会社E銀行橋本支店橋本市役所派出所窓口において,同表「支出者」欄記載
のとおり,上記各支出命令に基づき,同市収入役F又は同市出納室長Gから
同市出納室係員を介し,同表「詐取金額」欄記載の現金合計161万450
3円の交付を受けた
(2)別表2「文書作成年月日」欄記載のとおり,同15年4月25日ころか
,,,ら同17年12月20日ころまでの間33回にわたり同市役所において
行使の目的で,ほしいままに,同市役所備付けのパーソナルコンピューター
を用いて,支出調書用紙33通に同表「支出調書の虚偽内容」欄記載のとお
り,保護費の水増しなどを内容とする各虚偽の記載をし「H」と刻した記,
名印を押捺し,もって,自己の職務に関し,被告人作成名義の虚偽有印公文
書合計33通(平成18年押第214号の7ないし39)を作成した上,上
記各支出調書に見合う支出負担行為兼支出伝票をそれぞれ起票し,同表「行
使年月日」欄記載のとおり,同15年4月28日ころから同17年12月2
0日ころまでの間,33回にわたり,同市役所において,同表「行使の相手
方」欄記載の上記C,上記D又は同市健康福祉部長Iらに対し,上記各支出
調書を内容の真正な公文書として上記各支出負担行為兼支出伝票とともに提
出して行使し,その都度,同人らをして,上記各支出調書等記載内容のとお
り上記Bらに保護費を支給するものと誤信させてその支出負担行為を決定さ
せるとともに支出命令を発せさせ,よって,同表「詐取年月日」欄記載のと
おり,同15年4月28日ころから同17年12月21日ころまでの間,3
3回にわたり上記E銀行橋本支店橋本市役所派出所窓口において同表支,,「
出者」欄記載のとおり,上記各支出命令に基づき,上記F,上記G又は同市
出納室長Jから同市出納室係員を介し,同表「詐取金額」欄記載のとおり現
金合計1400万889円の交付を受け,もって,人を欺いて財物を交付さ
せた
2上記「A」に支給する保護施設事務費及び上記Bらに支給される保護費は,
同市から既に支給済み若しくは別途支給される予定であるのに,別表3の「文
書作成年月日」欄記載のとおり,同15年9月17日ころから同16年11月
9日ころまでの間,4回にわたり,同市役所において,行使の目的で,ほしい
ままに,同市役所備付けのパーソナルコンピューターを用いて,支出調書用紙
4通に同表「支出調書の虚偽内容」欄記載のとおり,二重請求などを内容とす
る各虚偽の記載をし「H」と刻した記名印を押捺し,もって,自己の職務に,
関し,被告人作成名義の虚偽有印公文書合計4通(同押号の40ないし43)
を作成した上,上記各支出調書に見合う支出負担行為兼支出伝票をそれぞれ起
票し,同表「行使年月日」欄記載のとおり,同15年9月17日ころから同1
6年11月9日ころまでの間,4回にわたり,同市役所において,同表「行使
の相手方」欄記載の上記I又は同市助役Kらに対し,上記各支出調書を内容の
真正な公文書として上記各支出負担行為兼支出伝票とともに提出して行使し,
その都度,同人らをして,上記各支出調書等記載内容とおり上記「A」等に保
護施設事務費等を支給するものと誤信させてその支出負担行為を決定させると
ともに支出命令を発せさせ,よって,同表「詐取年月日」欄記載のとおり,同
,,15年9月30日ころから同16年11月25日ころまでの間4回にわたり
上記各支出命令に基づき,上記Fをして,株式会社E銀行橋本支店に開設され
ている救護施設A寮長L名義の普通預金口座に「詐取金額」欄記載のとおり,
の現金合計472万8396円を振込送金させ,もって,人を欺いて財物を交
付させた
第2国の生活保護適正化推進事業の一環として,補助金によって橋本市健康福祉
部福祉課にパーソナルコンピューターを使用して生活保護関係事務の処理を行
うシステム一式(以下「支援システム」という)を導入することが予定され。
ているのを奇貨として,橋本市福祉事務所が支援システムを購入した事実はな
いのに,橋本市福祉事務所が同支援システムをM株式会社に売却し,同社が橋
本市との間で同支援システムについて賃貸借契約を締結して賃料を取得できる
かのように偽って,Mが橋本市福祉事務所に支払う支援システムの購入代金名
下に金員を詐取しようと企て,平成15年6月上旬ころから同年7月14日こ
ろまでの間,数回にわたり,同市役所から大阪市(以下略)所在のM大阪支店
に電話をかけ,同支店推進担当主任Nに対し「福祉課で支援システムをリー,
スで入れることとなった。リース会社の選択については,各社で調整する時間
がないので,今回はM1社で進めたい「Mが,支援システムを購入する相。」
手の業者は,橋本市役所にあるSOHO支援事業部というパソコンのシステム
事業部門であるが,国庫補助金がらみの事業なので,購入契約の相手方窓口は
福祉課が行い,売主名義は,橋本市福祉事務所にする」旨虚偽の事実を申し。
向けるとともに,この間の同年6月9日ころ,同市役所において,行使の目的
で,ほしいままに,同市役所備付けのワードプロセッサーを用いて「リース,
見積について(依頼」と題し,MがSOHO支援対策事業部から支援システ)
ム一式を2475万9000円で購入し,橋本市とリース契約を締結した場合
のリース料等の見積りを依頼する旨記載した書面を作成し,同書面に「O」の
記名印を押し,その名下に「和歌山県橋本市長之印」と刻した公印を冒捺し,
もって,橋本市長O作成名義の「リース見積について(依頼」と題する公文)
書1通(同押号の1)を偽造し,そのころ,同偽造文書が真正に成立したもの
,,,のように装って同市役所から上記M大阪支店あてに郵送し同月11日ころ
これを上記Nに閲読させて行使し,さらに,別表4「偽造年月日」欄記載のと
おり,同月23日ころ及び同年7月1日ころ,5回にわたり,同市役所におい
,,,,て行使の目的でほしいままに上記ワードプロセッサーを用いるなどして
同表「偽造態様」欄記載のとおり「賃貸借契約書」と題し,Mが橋本市福祉,
事務所から購入した支援システムを橋本市が賃借する旨の橋本市長O作成名義
の「賃貸借契約書」を作成するなどし,同書面に「和歌山県橋本市長之印」と
刻した公印を冒捺するなどして,もって,同表「偽造文書」欄及び「偽造文書
の作成名義人」欄記載のとおり,橋本市長Oほか1名作成名義の「賃貸借契約
書」と題する公文書等合計5通(同押号の2ないし6)を各偽造し,同月4日
ころ,上記偽造に係る公文書5通をいずれも真正に成立したもののように装っ
て同市役所からM大阪支店あてに郵送し,同月7日ころ,上記Nにこれらを閲
読させて行使し,同人及びその上司であるM大阪支店理事支店長Pをして,M
が,支援システムを購入すれば橋本市と賃貸借契約を締結でき,同市から支援
システムの賃貸料を取得できるものと誤信させて支援システムの代金支払を決
定させ,よって,同月31日,東京都千代田区有楽町1丁目13番2号所在の
,()Q本店に開設された上記M名義の当座預金口座から和歌山県橋本市以下略
所在のE銀行橋本支店にあらかじめ被告人が自己のために開設していた橋本市
福祉事務所代表H名義の普通預金口座に,上記支援システムの購入代金として
2475万9000円を振込送金させ,もって,人を欺いて財物を交付させた
ものである。
(法令の適用)
被告人の判示第1の1(1)の所為,判示第1の1(2)の所為のうち詐欺の点及び判
示第1の2の所為のうち詐欺の点は包括して刑法246条1項に判示第1の1(2),
及び判示第1の2の各所為のうち,各虚偽有印公文書作成の点はいずれも同法15
6条,155条1項に,各虚偽有印公文書行使の点はいずれも同法158条1項,
156条,155条1項に,判示第2の所為のうち,各有印公文書偽造の点はいず
,,れも同法155条1項に各偽造有印公文書行使の点はいずれも同法158条1項
155条1項に,詐欺の点は同法246条1項にそれぞれ該当するところ,判示第
1の1(2)の各虚偽有印公文書作成とその各行使と詐欺との間及び判示第1の2の
各虚偽有印公文書作成とその各行使と詐欺との間にはいずれも順次手段結果の関係
があり,判示第2の別表4番号1ないし5の偽造有印公文書の一括行使は,1個の
行為が5個の罪名に触れる場合であり「リース見積について(依頼」と題する,)
有印公文書偽造とその行使と詐欺との間,及び別表4番号1ないし5の各有印公文
書偽造とその一括行使と詐欺との間にはいずれもそれぞれ順次手段結果の関係があ
るので,判示第1の1(1),(2)及び2の罪については同法54条1項後段,10条
により,判示第2の罪については同法54条1項前段,後段,10条によりそれぞ
れ1罪として,いずれもそれぞれ刑及び犯情の最も重い判示第1の1(1),(2),2
の罪については,判示第1の2の別表3番号4平成16年11月9日行為の虚偽有
印公文書行使罪の刑,判示第2については別表4番号1の偽造有印公文書行使罪の
刑で処断することとし,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本
文,10条により犯情の重い判示第2の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で
被告人を懲役3年6月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中80日をその
刑に算入し,押収してある支払負担行為兼支出伝票(通知書兼領収証)に添付され
た支出調書37通の各無形偽造部分は判示第1の1(2)及び判示第1の2の各虚偽
有印公文書行使の,押収してある「リース見積について(依頼」と題する書面1)
通(平成18年押第214号の1,賃貸借契約書1通(同号の2,御見積書1))
通(同号の3,注文請書1通(同号の4,証憑書類整理台紙に貼付された御請))
求書1通(同号の5,物件借受証1通(同号の6)の各有形偽造部分は判示第2)
の各偽造有印公文書行使罪の犯罪行為をそれぞれ組成した物で,何人の所有をも許
さないものであるから,同法19条1項1号,2項本文を適用してこれらをいずれ
も没収することとする。
(量刑の理由)
本件は,市役所の福祉課係員としての地位,権限を有していた被告人が,生活保
護受給者の氏名を悪用して生活保護費を詐取した事案(判示第1の1(1),虚偽)
の有印公文書を作成し,これを行使して同様に生活保護費等を詐取した事案(判示
第1の1(2)及び2)及び市長ないし福祉事務所長名義の有印公文書を偽造,行使
し,市役所がリース契約によって使用するという架空のコンピュータシステムの購
入代金名目でリース業者から金銭を詐取した事案(判示第2)である。
被告人は,競馬の費用やそのための借金の返済のために消費者金融,友人等及び
いわゆる闇金融業者からさらに多額の借金をしてその返済に窮し,特に闇金融業者
からの返済の催促が厳しくなったことから,これを完済するため,公務員の地位と
権限を悪用して金銭を不正に取得することを考え,本件各犯行に及んだもので,そ
の動機は自己中心的,かつ身勝手なもので酌量の余地はない。
被告人は,健康福祉部福祉課保護係員兼福祉事務所所員として,職務に関して得
た知識や権限等を悪用して本件各犯行を計画的かつ巧妙に敢行したもので,決裁権
者である上司や,判示第2の被害会社担当者の信頼を裏切り,また,引いては市民
,,の市行政に対する一般的信頼をも損なったものでいずれの犯行態様も悪質であり
本件各行為により,多数の公文書の社会的信用が害された上,被告人が詐取した金
額は,合計約4500万円と多額であり,結果は重大である。
被告人は詐取した金員を借金の返済にあてるなどして費消しており,市や,被害
会社に対して弁償の具体的な見込みは立っていない。そして,被告人は,本件犯行
後も被害会社に対して返済を遅らせるために更に福祉事務所長名義の文書を偽造す
るなどしており,犯行後の行動も無責任で芳しくない。
以上の事実からすると被告人の刑事責任は相当に重い。
そうすると,他方,被告人が自己の行動を反省して,市長及び市関係者,上記被
害会社の関係者らに対し謝罪の意思を示し,今後賭け事には手を出さない旨誓って
いること,被告人の母が監督を誓っていること,闇金融からの取立てに伴って,被
告人の子どもに危害を加えるなどといった悪質な脅迫を受けたために自殺を考える
ほど追いつめられた精神状態にあったこと,検挙された後は捜査段階から一貫して
罪を認め,特に判示第1の罪については自ら事実関係を説明し事案の解明に協力し
ていること,判示第2の被害会社に対して,リース代金として事実上一部を返済し
ていること,被告人には前科がないこと,本件により懲戒免職になっており,一定
の社会的制裁を受けていること,社会復帰後の更生について,親族や友人の協力が
得られる見込みがあることなど被告人のために斟酌し得る事情も認められること,
もとより被告人の行為を正当化する理由となるものではないが,本件犯行が長期間
にわたって継続し,被害が増大したことについては,市の公印保管管理の不十分さ
なども影響していることなど,上記の諸事情を総合勘案し,主文の刑を科すことと
した次第である。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑懲役4年,偽造有印公文書6通の各有形偽造部分及び虚偽有印公文書37
通の各無形偽造部分の没収)
平成18年7月18日
大阪地方裁判所第4刑事部
並木正男裁判長裁判官
本つとむ裁判官栁
中陳睦子裁判官

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