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平成22年7月8日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成18年(ワ)第27879号補償金請求事件
口頭弁論終結日平成22年3月29日
判決
横浜市〈以下略〉
原告A1
訴訟代理人弁護士黒田健二
同吉村誠
同野本健太郎
同渡邉協
補佐人弁理士松本孝
東京都大田区〈以下略〉
被告キヤノン株式会社
訴訟代理人弁護士竹田稔
同木村耕太郎
同臼井義眞
同長谷川卓也
同魚谷隆英
同西原啓晃
主文
1被告は,原告に対し,228万4251円及びこれに対する平成
8年6月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,これを49分し,その1を被告の負担とし,その余
は原告の負担とする。
4この判決の第1項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,1億円及びこれに対する平成7年12月27日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1事案の要旨
本件は,被告の従業員であった原告が,「記録光学系」に関する後記発明
は原告が単独で発明した職務発明であり,その特許を受ける権利を被告に承
継させた旨主張し,平成16年法律第79号による改正前の特許法35条(
以下「特許法旧35条」という。)3項,4項の規定に基づき,被告に対
し,上記特許を受ける権利の承継に係る相当の対価190億1520万円の
一部請求として1億円及びこれに対する平成7年12月27日以降の遅延損
害金の支払を求めた事案である。
なお,本件の関連事件として,原告が被告に対して本件と別の職務発明の
特許を受ける権利の承継に係る相当の対価の支払を求めた別件訴訟(一審・
東京地方裁判所平成15年(ワ)第23981号平成19年1月30日判
決,控訴審・知的財産高等裁判所平成19年(ネ)第10021号平成21
年2月26日判決)が上告審に係属中(当事者双方の上告及び上告受理申立
て)である。
2争いのない事実等(証拠の摘示のない事実は,争いのない事実又は弁論の
全趣旨により認められる事実である。)
(1)当事者
ア原告は,昭和43年に名古屋大学理学部物理学科を卒業して被告に入
社し,平成14年8月31日まで被告に在職した者である。
イ被告は,昭和12年8月10日に設立された,各種光学機械器具の製
造及び販売等を目的とする株式会社である。
(2)被告による特許権の取得及びその特許発明
ア被告は,昭和53年4月28日にした原出願(特願昭53-5184
8号。以下「本件原出願」という。)からの分割出願として昭和60年
9月18日に新たに特許出願(特願昭60―206050号。以下「本
件出願」という。)をして設定登録を受けた,下記の特許権(以下「本
件特許権」といい,この特許を「本件特許」という。)の特許権者であ
った。
(ア)特許番号特許1934008号
(イ)発明の名称記録光学系
(ウ)出願公開日昭和61年5月12日
(特開昭61-93466号)
(エ)出願公告日平成5年2月22日
(特公平5-13286号)
(オ)登録日平成7年5月26日
(カ)存続期間満了日平成10年4月28日
イ本件特許に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,
同特許請求の範囲記載の発明を「本件発明」という。)。
「半導体レーザ光源からの光束を対物レンズによりコリメートし,偏向
器を介したのち走査用レンズにより前記光束を感光媒体に集光する際,
前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞
りを設け,この絞りにより前記感光媒体上におけるビームスポツトの形
状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くな
る様にした事を特徴とする記録光学系。」
(3)特許公報に記載された発明者
本件特許の特許公報(特公平5-13286号公報。甲2)の「発明
者」欄には,原告及びB1(以下「B1」という。)の2名が発明者とし
て記載されている。
(4)被告の職務発明規程
ア被告の職務発明規程である「発明考案に関する特許権・実用新案権・
意匠権の取扱規程」(現在の規程の名称「発明・考案・創作に関する取
扱規程」)は,昭和35年4月1日に制定された後,昭和37年7月1
日,昭和41年10月28日,昭和60年1月1日,昭和62年3月1
日,平成2年1月1日,平成6年1月1日,平成9年1月1日,平成1
2年4月1日及び平成13年3月1日に改正されている(以下,これら
を総称して「被告取扱規程」という。)。
被告取扱規程は,被告の従業員が組織する労働組合であるキヤノン労
働組合(旧名称「キヤノンカメラ労働組合」)と被告(旧商号「キヤノ
ンカメラ株式会社」)との間で締結された労働協約に依拠し,かつ,そ
の労使協議を経て,制定及び改正されたものである。
すなわち,被告取扱規程は,昭和32年9月26日付け及び昭和34
年9月25日付け労働協約40条の「創意工夫,発明考案の振作に関す
る事項」を労使協議会の協議事項とする旨の規定に基づき,労使協議の
上制定され,その後も労使協議の上で改正がされ,さらに,同年5月1
日付け労働協約22条の「別に定める会社規程により前項の発明考案改
良に伴う権利は会社に帰属する。」との委任規定に基づき,労使協議の
上,改正がされてきた。また,平成4年5月1日付け労働契約には,上
記委任規定と同一内容の委任規定(21条)が設けられている(乙5の
1ないし4)。
被告取扱規程は,上記改正の都度,従業員に周知されてきた(乙10
の1ないし8)。
イ被告取扱規程によれば,被告における職務発明の対価の支払は,出願
時における対価,登録時における対価,実績に対する対価,表彰の際の
賞金から構成される。本件原出願時,本件出願時,本件特許権の設定登
録時から原告の表彰時(平成8年6月13日)までの間等において適用
される被告取扱規程の内容は,概ね以下のとおりである。
(ア)昭和41年10月28日改正後の被告取扱規程(本件原出願時。
乙1の1)
a出願による対価(出願時における対価)
会社が承継した権利のうち,出願手続を終えたものについて,特
許出願1件につき1000円以上を支払う(17条)。
b登録による対価(登録時における対価・実績に対する対価)
会社は特許の登録手続を終えたものについて,特許審査委員会の
審査の結果,特級(5万円以上)から9級(1000円)までの1
0区分に応じて対価を支払う(18条)。
c表彰
会社は発明を実施した結果,特にその効果が顕著であると認めた
とき,あるいは特許権を第三者に譲渡し,又は実施権を許諾して効
果をあげたときは,特許審査委員会の査定に基づいて別に表彰する
ことがある(24条)。
(イ)昭和60年1月1日改正後の被告取扱規程(本件出願時。乙1の
2)
a出願時における対価
会社が承継した権利のうち,国内の出願手続を終えたものについ
てのみ,特許出願1件につき3000円を支払う(18条1項)。
b登録時における対価
会社は特許の登録手続を終えたものについては,登録された国ご
とに5000円を支払う(19条1項)。
c実績に対する対価
(a)会社は,登録時における対価の支払の対象となったもののう
ち,実績により会社に貢献したと認められたものについて,特許
審査委員会の審査の結果に基づき,特級(15万円以上)から5
級(5000円)までの6区分に応じて,各等級所定の対価を支
払う(20条1項)。
(b)前記(a)によって支払われた額について,その後の実績によ
り顕著な差異が生じたとして所属長からの再評価申請があった場
合,特許審査委員会が審査の上,再評価の必要があると認めたと
きは再評価を行い差額を支給する(20条3項)。
d共同による「発明」
「発明者」が複数の場合の対価の支払は,その「発明」を完成さ
せた貢献度によって配分する(21条1項)。
e表彰
「発明」及び会社の「工業所有権に関する活動」に対して顕著な
功績を認めたときは,特許審査委員会の決定に基づいて次の表彰を
行う(22条1項)。
「優秀社長賞(賞状,賞牌,1件につき賞金30万円)
社長賞(賞状,賞牌,1件につき賞金20万円)
特許審査委員会賞(賞状,賞牌,1件につき賞金10万円)
特許法務センター所長賞(賞状,賞牌,1件につき賞金5万
円)」
f時期
(a)対価の支払は原則として年2回とし,上期分は当年下期に,
下期分は翌年上期に支払う(23条1項)。ただし,必要ある場
合は臨時に行う(同項ただし書)。
(b)表彰は,年1回とし,その年の実績に基づいて翌年上期に行
う(23条2項)。
g対価の不返還等
(a)会社は支払った対価額の返還を求めない(25条1項)。
(b)発明者は,支払われた対価額に対して異議のある場合は,対
価額の受領後30日以内に限り,特許審査委員会に対して再度審
査を求めることができる(25条2項)。
h経過措置
前記aないしcの対価の支払は,昭和59年7月1日以降の出
願,登録を対象とする(35条)。
(ウ)平成6年1月1日改正後の被告取扱規程(本件特許権の設定登録
時から原告の表彰時までの間。乙1の5)
a出願時における対価
会社が承継した権利のうち,第一国への出願手続を終えたものに
ついて,特許出願1件につき5000円を支払う(19条1項)。
b登録時における対価
会社は特許の登録手続を終えたものについては,登録された国ご
とに6000円を支払う(20条)。
c実績に対する対価
(a)会社は登録番号が付与されたもののうち,実績により会社に
貢献したと認められたものについて,特許審査委員会の審査の結
果に基づき,次の対価を支払う(21条1項)。
「特級15万円以上
1級10万円
2級5万円
3級3万円
4級1万円
5級5000円」
(b)前記(a)によって支払われた額について,その後の実績によ
り顕著な差異が生じたとして所属長からの再評価申請があった場
合,特許審査委員会が審査の上,再評価の必要があると認めたと
きは再評価を行い差額を支給する(21条3項)。
(c)会社は,前記(a)の対価の他に,会社に対して顕著な実績を
あげた発明について表彰により賞金として別途対価の額を加算す
る(21条4項)。
d共同による「発明」
「発明者」が複数の場合の対価の支払は,その「発明」を完成さ
せた貢献度によって配分する(22条1項)。
e表彰
「発明」及び会社の「工業所有権に関する活動」に対して顕著な
功績を認めたときは,特許審査委員会の決定に基づいて次の表彰を
行う(23条1項)。
(a)特別社長賞(賞状,賞牌,1件につき賞金100万円(ただ
し,1名3万円を限度とする。))
①会社の業績に極めて顕著な功績を挙げた技術又は製品を完成
させたグループを対象
②工業所有権に関する活動(発明育成,権利化,第三者権利へ
の対抗,権利の活用等に関する活動)により会社の業績に極め
て顕著な功績を挙げたグループを対象
(b)優秀社長賞(賞状,賞牌,1件につき賞金30万円)
社長賞受賞該当の中から更に優秀と認められる「発明」の「発
明者」を対象
(c)社長賞(賞状,賞牌,1件につき賞金20万円)
①会社に特別に顕著な貢献をなし,又はなす「発明」をしたと
して,本社部門又は事業部門から推薦を受けた者を対象
②工業所有権に関する活動により会社の業績に極めて顕著な貢
献をした者を対象(課長以上を除く。)
(d)特許審査委員会賞(賞状,賞牌,1件につき賞金10万円)
①会社に顕著な貢献をなし,又はなす「発明」をした者を対象
②工業所有権に関する活動により会社の業績に顕著な貢献をし
た者を対象(課長以上を除く。)
(e)知的財産法務本部長賞(賞状,賞牌,1件につき賞金5万
円)
工業所有権に関する活動により会社の業績に顕著な貢献をした
者を対象(課長以上を除く。)
f時期
(a)対価の支払は原則として年2回とし,上期分は当年下期に,
下期分は翌年上期に支払う(24条1項本文)。ただし,必要あ
る場合は臨時に行う(同項ただし書)。
(b)表彰は,年1回とし,その年の実績に基づいて翌年上期に行
う(24条2項)。
g対価の不返還等
(a)会社は支払った対価額の返還を求めない(26条1項)。
(b)発明者は,支払われた対価額に対して異議のある場合は,対
価額の受領後30日以内に限り,特許審査委員会に対して再度審
査を求めることができる(26条2項)。
h経過措置
改正施行日前に会社が承継した「発明」は,本規程に従って取り
扱う(36条)。ただし,前記a及びbの対価の支払は平成6年下
期以降の支払に適用する(同条ただし書)。
(エ)平成13年3月1日改正後の被告取扱規程(乙1の8)
a実績に対する対価
(a)会社は,登録された「発明」のうち,社内実施又は第三者へ
の実施許諾の実績により,会社に貢献したと認められたものにつ
いて,特許審査委員会の審査の結果に基づき,次の対価を支払
う(20条1項本文)。ただし,超特級及び特級に該当する対価
の支払には,経営会議での承認を必要とする(同項ただし書)。
「超特級300万円以上
特級150万円
1級50万円
2級15万円
3級5万円
4級1万5000円
5級6000円」
(b)会社は,前記aによって支払われた額について,その後の実
績により顕著な差異が生じたとして再評価申請がされた場合,特
許審査委員会の審査結果に基づき,差額を支給する(20条4
項)。
(c)会社は,前記aの対価の他に,会社に著しく貢献した実績が
ある「発明」について,表彰により副賞として対価を支払う(2
0条5項)。
b経過措置
本改正は,平成13年1月1日に遡って適用する(34条)。
(5)特許を受ける権利の承継,被告取扱規程に基づく実績による対価の支払
及び表彰等
ア原告は,本件出願の出願時までに,被告取扱規程に基づいて,原告が
保有する本件発明についての特許を受ける権利を被告に承継させた。
本件発明は,被告の業務範囲に属し,かつ,原告の職務に属するもの
であって,特許法35条1項所定の職務発明に当たる。
イ本件発明は,実績に対する対価の等級(以下「実績対価等級」とい
う。)が1級と評価され,原告は,平成7年12月26日,被告取扱規
程に基づき,被告から,当該対価の支払を受けた(ただし,支払われた
金額については後記第3の1のとおり争いがある。)。
ウ原告は,平成8年6月13日,被告取扱規程に基づき,本件発明の発
明者として「1995年度優秀社長賞」の表彰を受け,被告から,賞金
の支払を受けた(ただし,支払われた金額については後記第3の1のと
おり争いがある。)。
エ原告は,平成13年10月22日,被告取扱規程に基づき,本件特許
を含む11件の特許に係る職務発明の実績に対する対価について再評価
申請をしたが,被告の特許審査委員会が平成14年6月にした審査の結
果,原告に対する差額の支給はされなかった。
3争点
本件の争点は,①被告取扱規程の原告に対する法的拘束力により,原告
は,被告取扱規程に基づいて被告が支払った本件発明の特許を受ける権利の
承継に係る対価額を超えて対価を請求することができないか(争点1),②
本件発明は,原告の単独発明か,あるいは原告及びB1の共同発明か(争点
2),③本件発明により被告が受けるべき利益の額はいくらか(争点3),
具体的には,本件発明により被告が受けるべき利益の算定方法(争点3-
1),被告製品における本件発明の実施の有無及び本件発明の代替技術の有
無(争点3-2),被告が包括クロスライセンス契約において本件発明によ
り得た利益の額(争点3-3),被告の本件発明の自己実施により受けるべ
き利益の額(争点3-4),④本件発明がされるについて被告が貢献した程
度(争点4),⑤原告の被告に対する本件発明についての特許を受ける権利
の承継に係る相当の対価(以下「本件発明に係る相当の対価」という。)の
額はいくらか(争点5),⑥原告の本件発明に係る相当の対価の支払を受け
る権利の消滅時効の成否(争点6)である。
第3争点に関する当事者の主張
1争点1(被告取扱規程に基づいて支払われた対価額を超える対価請求の可
否)について
(1)被告の主張
ア被告は,原告に対し,本件発明の特許を受ける権利の承継に係る対価
及び表彰の賞金として,次のとおり,合計55万3000円を支払っ
た。
(ア)登録時における対価3000円
被告は,本件発明の共同発明者である原告及びB1の各々の貢献度
を50%と認め,被告取扱規程に基づいて,原告及びB1に対し,登
録時における対価として各3000円(合計6000円)を支払っ
た。
なお,本件出願は,本件原出願の分割出願であるところ,分割出願
の出願時における対価の支払を定めた規程はないので,出願時におけ
る対価は支払われていない。
(イ)実績に対する対価5万円
被告は,本件発明の実績対価等級を1級と評価し,本件発明の共同
発明者である原告及びB1の各々の貢献度を50%と認め,平成7年
12月26日,被告取扱規程に基づいて,原告及びB1に対し,実績
に対する対価として各5万円(合計10万円)を支払った。
(ウ)表彰の賞金50万円
被告は,平成8年6月13日,原告を本件発明の発明者として「1
995年度優秀社長賞」の表彰をし,被告取扱規程に基づいて,原告
に対し,賞金として合計50万円(社長賞受賞該当分20万円及び優
秀社長賞受賞による加算分30万円の合計額)を支払った。
なお,B1は,原告の上記表彰当時,被告の常務取締役であったた
め,表彰制度が適用されず,被告取扱規程に基づく賞金全額が原告に
支払われた。
イ被告取扱規程は,被告とキヤノン労働組合との間で締結された労働協
約において,職務発明に関する事項については労使協議会の協議事項と
する旨の合意がされたことに基づいて,労使協議の上,制定された規程
であり,また,被告取扱規程に定められた発明対価決定,異議申立て,
再評価申請などの手続も十分な合理性を有するものであるから,被告取
扱規程は,特許法旧35条3項,4項の趣旨及び内容に照らして,勤務
規則として合理性を有し,原告に対する法的拘束力を有している。
そして,被告取扱規程に基づく本件発明の実績に対する対価(実績対
価等級1級)及び優秀社長賞の決定は,実質かつ慎重な審理を経て行わ
れ,手続面及び実体面からみて相当性を有している。
したがって,原告は,被告取扱規程に基づいて被告が支払った本件発
明の特許を受ける権利の承継に係る対価額(前記ア)を超えて対価を請
求することはできないというべきである。
ウなお,最高裁判所平成15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻
4号477頁(以下「オリンパス事件最高裁判決」という。)は,職務
発明規程の対価に関する規定が使用者によって「一方的に」作成され,
かつ「いまだ職務発明がされておらず,承継されるべき特許を受ける権
利等の内容や価値が具体化する前に,あらかじめ対価の額を確定的に定
めることができないことは明らか」な場合の当該職務発明規程の対価に
関する規定の法的拘束力を否定し,不足額請求権を認めたものに過ぎ
ず,特許法旧35条3項及び4項を強行規定と判示したものではなく,
また,オリンパス事件最高裁判決と本件は事案を著しく異にするから,
本件は,オリンパス事件最高裁判決の射程範囲外であって,同最高裁判
決は本件に適用されるべきではない。
(2)原告の主張
ア原告が被告から被告取扱規程に基づいて支払を受けた本件発明の特許
を受ける権利の承継に係る対価額は,次のとおりの合計40万7000
円であって,被告主張の支払対価額(合計55万3000円)は誤りで
ある。
(ア)出願時における対価1000円
(イ)登録時における対価6000円
(ウ)実績に対する対価10万円(実績等級1級)
(エ)表彰の賞金30万円(優秀社長賞)
なお,被告は,原告が本件発明の発明者として優秀社長賞の表彰を
受けた当時,B1は,被告の常務取締役であったため,表彰制度が適
用されなかった旨主張するが,被告取扱規程には,職務発明を承継し
た従業員が被告の役員になった場合に表彰の対象から外す旨の規程は
存在せず,かえって,B1は,団体(グループ)を対象とする表彰を
そのメンバーとして受けたことがあることからすれば,被告の上記主
張は,失当である。
イ被告は,オリンパス事件最高裁判決は本件の射程範囲外であり,原告
は,被告取扱規程に基づいて被告が支払った本件発明の特許を受ける権
利の承継に係る対価額を超えて対価を請求することはできない旨主張す
る。
しかし,オリンパス事件最高裁判決は,「勤務規則等により職務発明
について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は,当該
勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条
項がある場合においても,これによる対価の額が同条4項の規定に従っ
て定められる対価の額に満たないときは,同条3項に基づき,その不足
する額に相当する対価の支払を求めることができる」と判示し,勤務規
則等が労働協約等に基づくものか否かの限定を設けることなく,特許法
旧35条4項に従って定められる相当の対価の額に満たない場合にその
不足する額の請求を従業員に認めている。
次に,本件発明は,被告により実績等級1級という高い評価を受け,
原告は個人としては最高の優秀社長賞も受賞していること,本件発明は
被告製品のほとんどの機種において実施され,第三者にも広くライセン
スされることにより被告に対し莫大な利益を与えていることなどに照ら
すならば,被告において本件発明の「実績に対する対価」の額を1級の
最低限度額の10万円と決定したことについての合理的理由を見いだす
ことはできないし,また,被告は,原告の意向を何ら聞くことなく,被
告が設けた審査会の審査結果に基づいて一方的に上記対価額を決定し,
原告がした再評価申請の際にも上記対価額の根拠について何ら具体的な
説明をしていないのであるから,被告取扱規程に基づく被告の原告に対
する本件発明の特許を受ける権利の承継に係る対価額の決定手続及び決
定された対価額は極めて一方的かつ不合理なものである。
さらに,原告が被告から被告取扱規程に基づいて支払を受けた対価額
の合計額は40万7000円(前記ア)にすぎず,被告が本件発明によ
り得た莫大な利益に比べて,極めて僅少であり,著しく不合理なもので
ある。
以上によれば,本件は,オリンパス事件最高裁判決の射程範囲内の事
案であって,原告が,被告に対し,原告が被告から被告取扱規程に基づ
いて支払を受けた上記対価額が特許法旧35条4項の規定に従って定め
られる本件発明に係る相当の対価の額に不足する額の支払を請求できる
ことは明らかである。
2争点2(本件発明の発明者)について
(1)原告の主張
本件発明は,被告においてほとんど技術的蓄積がなかった半導体レーザ
ー走査光学系の分野について,原告が,業務命令等がなかったにもかかわ
らず,自主的に提案を行い,継続的に自発的かつ積極的な実験と設計検討
を行ったことによって生み出されたものであって,本件発明は,原告の単
独発明である。
他方で,本件特許の特許公報(甲2)に,B1が原告の共同発明者とし
て記載されたのは,被告においては,タスクフォース(目的を設定し,具
体的な業務内容等を定め,業務に関係する開発部署から,そこに所属する
様々な必要な専門家をチーフ又は各業務の担当者として組織横断的に集め
てメンバーとして編成し,所定の目的を遂行するもの)のチーフを形式的
に共同発明者とする当時の慣行に従ったものにすぎない。すなわち,原告
が本件出願に関する提案書(本件原出願の提案書)を作成した当時,半導
体レーザーを使用する小型のレーザービームプリンタ(以下「LBP」と
いう。)を開発するために昭和52年8月に編成されたFSPタスクフォ
ース(TR-029)において,本件発明に係る技術を活用しながら,半
導体レーザーを用いた小型のプリンタの実用化に向けた検討が行われてい
たことから,TR-029のチーフであったB1を形式的に共同発明者と
したに過ぎないのであって,B1は,本件発明の完成に全く寄与しておら
ず,共同発明者ではない。
このことは,原告は,本件発明について,1級としての実績による対価
額の全額を受領し,かつ,優秀社長賞を受賞しているのに対し,B1は,
上記対価額を全く受領することなく,かつ,本件発明について優秀社長賞
を受賞していないことからも明らかである。
本件発明の内容及び重要性,原告が本件発明を完成した経緯等は,以下
のとおりである。
ア本件発明の内容及び重要性
本件発明は,半導体レーザーを使用するレーザー走査光学系において
商品価値の高い高精細画像を提供するための必須技術であり,本件特許
は,半導体レーザーを使用するレーザービームプリンタ(LBP),デ
ジタル複写機,マルチファンクションプリンタ(以下「MFP」とい
い,デジタル複写機及びMFPを併せて「MFP等」という。)等の開
発にとって必要不可欠な原理特許・基本特許というべきものである。
すなわち,半導体レーザーを光源として使用するレーザー走査光学系
において,高精細画像を記録するためには,感光媒体上のビームスポッ
トを,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長い,
縦長の形状にすることが望ましい。この場合には,縦長の形状のビーム
スポット(縦長ビームスポット)が,半導体レーザーの点灯時間に,偏
光器の回転に伴って走査方向に走査され,縦と横の長さがほぼ同じ正方
形に近い記録画像(この記録画像が画素になる。)を形成することがで
きる。
これに対し円形の形状のビームスポットとした場合には,走査された
ビームスポットは,半導体レーザーの点灯時間に,感光媒体面上を走査
方向に移動するため,記録画像は走査方向に長くなり,本来であれば正
方形に近い形の画素を形成すべきところ,走査方向に長い形の画素を形
成してしまう。その結果,円形の形状のビームスポットを用いて,例え
ば,白い部分と黒い部分が等間隔の線画像を形成しようとしても,白い
部分の割合が少なくなり,良好に分離した線画像が形成できないおそれ
がある。
そして,このような縦長ビームスポットは,半導体レーザーを光源と
して用いる場合,偏向器と対物レンズの間に光束径を制限する絞りを設
け,この絞りの径を適当に選ぶことによって得ることができる。
以上のような観点から,本件発明は,半導体レーザーからの光束を対
物レンズでコリメート(集光)して,偏向器と対物レンズの間に絞りを
設け,この絞りにより,感光媒体上におけるビームスポットの形状が,
走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様に
した事を特徴とする記録光学系を提供したものであって,半導体レーザ
ーを使用するレーザー走査光学系において商品価値の高い高精細画像を
提供するための必須技術であり,極めて重要な発明である。
イ原告が本件発明を完成した経緯
原告は,以下のとおり,一連の自主的な研究開発を通じて,半導体レ
ーザーに特有の非点隔差の問題を解決しつつ,必要光量を満たして焦点
深度内の結像性能を得ることが可能な,実用的な半導体レーザー光学系
を実現し,かつ,絞り径を適切に調節することにより,縦長ビームスポ
ットを形成できる光学系を開発し,本件発明を完成した。
(ア)原告は,1976年(昭和51年)ころから,被告の中央研究
所(あるいは製品技術研究所)で推進されていたLBP等開発のタス
クフォースに,レーザー走査光学系の設計業務を担当する兼任メンバ
ーとして参加し始めた。同タスクフォースにおける原告の業務は,中
央研究所(あるいは製品技術研究所)から焦点距離,口径比等のレン
ズの設計仕様が光学部に在籍する原告に与えられ,原告がその設計仕
様を満たすレンズの設計・試作を行うといった業務であり,単に与え
られた設計仕様に基づいてレンズの設計・試作を行うものに過ぎなか
った。この設計仕様を決める業務は,原告以外の担当者(レーザーの
担当者,感光体開発の担当者,プロセス技術者など)の業務であっ
た。
しかし,当時,半導体レーザーをLBPに使用する試みは未だほと
んどされていない状況下において,原告は,担当者が決めた仕様だけ
では不安であったため,別途自主的に原告自身の方法で設計仕様を検
討し,半導体レーザーの集光光学系の設計仕様を決定した。それに関
連して,原告は,当時被告における蓄積技術が皆無であった,半導体
レーザーから出射する光束をどのように集光すれば,感光体に画像を
記録するために必要な光エネルギーを確保し,所望のスポット形状を
得ることができるかなどといった集光光学系の最適設計に関する研究
・開発に自主的に取り組んだ。
その成果として,原告は,昭和52年3月1日付け技術メモ「
-77V003」(「半導体レーザー集光光学系-業務報OD1M
告」。甲58)を作成した。
a甲58の3頁の図に記載された「LDR光学系」の構成は,本件
出願の願書に添付した明細書(以下,図面を含めて「本件明細書」
という。甲2)の第3図(別紙1)に記載された本件発明の光学系
の構成と基本的に同じである。
また,甲58には,縦長ビームスポットを含む検討内容の詳細に
ついての直接的な記載はないものの,当業者であれば,甲58の記
載事項から,縦長ビームスポットを得るためにどうすればよいか容
易に判断し得るはずである。例えば,甲58の3頁の図の「コリメ
ート系」を出た光束は縦長の断面形状であり,これを「シリンドリ
カルビームエクスパンダー」によって横長の断面形状の光束に変換
すれば,走査用レンズ(θレンズ)によって感光媒体上に縦長ビーf
ムスポットを得ることができるが,このときに,「シリンドリカル
ビームエクスパンダー」を横方向だけに屈折力を有するものとする
か,あるいは,縦方向だけに屈折力を有するものとするか,一般的
にはいずれも可能である。上記の「シリンドリカルビームエクスパ
ンダー」として横方向だけに屈折力を有するものを選択した場合に
は,「シリンドリカルビームエクスパンダー」は横方向にビームの
径を拡大するように設計し,縦方向だけに屈折力を有するものを選
択した場合には,「シリンドリカルビームエクスパンダー」は縦方
向にビームの径を縮小するように設計すればよいことになる。上記
のどちらにするかは,光学系の大きさやコストを考慮して有利な方
を選択すればよいことである。
b本件出願の願書に添付した明細書(以下,図面を含めて「本件明
細書」という。甲2)には,「本発明の目的は,レーザーを光源と
する記録光学系に於いて,良好に記録が行なえるビームスポットを
得ることが出来る記録光学系を提供することにある。」(2欄16
行~19行)との記載がある。この記載中の「良好に記録が行なえ
る」とは,本件明細書の「回折限界程度の良好な結像性能を得,且
つ,記録に必要な光量を感光媒体上に伝達することが可能であ
る。」(5欄41行~44行)との記載を意味するというべきであ
る。
そして,甲58には,本件発明の目的に該当する技術課題であ
る,①「最適エネルギー利用」(これは,「感光媒体上に必要な光
量を伝達すること」を意味する。),②「アポディゼーション効
果」(これは,本件発明における「絞り(アパーチャー)」の意義
を十分に認識していたことを意味する。換言すれば,レーザーを使
用する光学系においては,絞りによってガウシアン分布の強度分布
を有するビームの径を制限することによって生じる効果である「ア
ポディゼーション」の効果を重要視しなければならないことを認識
していたことを意味する。),③「焦点深度を深くする」こと(こ
れは,「実質上回折限界程度の結像性能を有する」ことを意味す
る。),④「将来の製品化に備えて低コスト」意識を有していたこ
とを開示している。
(イ)原告は,上記のとおり自主的に開発を始めた半導体レーザーの集
光光学系の開発を,LDRタスクフォース(TR-024)及びFS
Pタスクフォース(TR-029)においてそれぞれ与えられた光学
系の設計業務とは別に,半導体レーザーの集光光学系の具体的な応用
展開として開発を続けた。
a原告は,昭和52年7月6日付け技術メモ「-77V00OD1M
8」(「LDR-R最適光学系の設定法の一考察」。甲67)を作
成し,書き込み(記録)時間を最短にする最適な光学系を設定する
ための一手段を提案した。
甲67におけるLDR-Rの光学系の構成(図1)は,本件発明
の光学系の基本的な構成と同様である。甲67の記載に基づき,半
導体レーザーの配光特性を考慮してシリンドリカルビームエクスパ
ンダーのビーム拡大比を選択することにより縦長ビームスポットを
生成することが可能となる。
原告は,甲67において,半導体レーザーが点灯している間に結
像スポットがシフトする「シフト効果」により,本件発明の「1画
素の記録スポットの大きさを走査方向とそれと垂直な方向で等しく
する」技術を完成させた。
b被告が昭和52年8月ころ完成した「SLB」(半導体レーザー
光源LBP)のデモ機には,半導体レーザーの「縦置き」による「
縦長ビームスポット」が採用されていた。この「縦長ビームスポッ
ト」を採用したデモ機の光学系を設計したのは原告である。
すなわち,原告は,デモ機の記録速度や記録感度,使用される半
導体レーザーの特性等に係る情報を関係者から入手して,アークサ
インレンズを含む光学系の設計仕様を検討し,その仕様に基づい
て,デモ機に対して適応可能な対物レンズ,シリンドリカルビーム
エクスパンダー,ガルバノミラー偏向器,アークサインレンズによ
って構成される光学系を設計した。
c原告は,昭和52年8月24日にスタートしたFSPタスクフォ
ース(TR-029)において,半導体レーザーを使用したLBP
の開発を開始した。
原告は,光学系の設計を始めなければならない時期になっても光
学系の仕様を与えられなかったため,自己の担当でないにもかかわ
らず,自ら光学系の仕様を決めるため,社内の技術者から半導体レ
ーザーの特性を入手し,自主的に光学系の構成を検討した。そし
て,原告は,自主的に,半導体レーザーを使用するLBPにおける
光学系の最適設計に関して研究・開発を行い,昭和52年11月2
日付け技術メモ「-77V015」(「FSPに使用する各OD1M
社のレーザーとそれらを用いたときの結像特性」。甲68)を作成
した。
甲68における光学系の構成は,基本的に甲58に記載した光学
系と同じ構成を前提としているものの,新たに,アパーチャー(絞
り)の位置をシリンドリカルビームエクスパンダーと偏向器の間に
配置しており,この絞りの位置は,本件発明の特許請求の範囲や本
件明細書の第3図(別紙1)と同様である。
また,甲68には,シリンドリカルビームエクスパンダーは使用
しなくてもよい場合がある旨の記載(3頁9行~10行)があり,
この記載は,本件明細書(甲2)の「シリンドリカルレンズ系9は
その機能を果さなくなり,シリンドリカルレンズ系9はなくても良
い結果になる。」(8欄18行~20行)との記載と一致する。
このように原告は,FSPタスクフォース(TR-029)に参
加していた時点で,本件発明と同様の光学配置を着想していた。
原告は,甲68を作成したころ,縦長ビームスポットの場合の結
像性能のほうが良いという見解を持っていた。甲68における「ス
ポットの形状は,J方向(半導体レーザーの接合面に垂直な方向)の
径を1とした場合,S方向(半導体レーザーの接合面に平行な方向)
のそれは1.5×となる。(J方向を80μとすれば,S方向は120
μ)」(3頁11行~12行)との記載は,円形ではなく,縦長あ
るいは横長のスポット形状を前提としている。
d原告は,甲68を見たFSPタスクフォース(TR-029)の
チーフのB1から,半導体レーザーを使用する際の問題点を明確に
して,スポットの大きさ,平均エネルギー密度などを計算して欲し
い旨の依頼を受けた。B1の依頼は原告の担当業務である光学設計
の技術範囲を超えるものであったが,原告は,光学設計に係る他の
技術領域の分野の研究・開発を積極的に進めていたため,B1の依
頼を引き受けた。
原告は,昭和52年11月8日付け技術メモ「-77V0OD1M
16」(「FSP光学系による半導体レーザー利用上の問題点と結
像特性」。甲69)を作成した。
甲69には,「(附記)」として「レーザーの設置について附記
しておく。レーザーのJunction面は偏向面と平行とする」,「前回
FSP試作機(DBV85073)の経験から,J面と偏向面を垂
直にするより画質が良好。また,J面と偏向面を垂直にすると,光
源の回折パターンが,ビームディテクト情報に対してノイズとな
る」(1頁)との記載がある。
この記載が示すように,「縦長ビームスポット」よりも「横長ビ
ームスポット」の方が記録画像の品質がよく,ビームディテクトの
検出性能が良いことを理由に試作機に横長ビームスポットを採用す
ることが当時のタスクフォースの統一的見解であった。B1は,F
SPに横長ビームスポットを採用することを条件に半導体レーザー
を使用する際の問題点を明確にし,スポットの大きさ,平均エネル
ギー密度などを計算することを依頼した。
原告は,個人的には「縦長ビームスポット」が良いと思っていた
ものの,当時のタスクフォースの統一的見解に反し,実験や試作機
の画像記録によって良いことが証明されたものではなかったため,
甲69に「縦長ビームスポット」が良いことを明記しなかった。甲
69の附記において,「横長ビームスポット」が良いとされた理由
を記載したのは,横長ビームスポットを採用することがタスクフォ
ースの統一的見解であって原告の意思ではないことを明確にするた
めであった。
(ウ)前記(ア)及び(イ)のとおり,原告は,昭和52年3月1日付けの
甲58に記載された本件発明の本質部分を着想し,その後の研究開発
を通じて,同年7月6日から同年11月2日のいずれかの時点におい
て縦長ビームスポットが画像記録に資するという技術思想を着想し,
これらの着想をまとめた本件原出願の提案書を作成して,本件発明を
完成した。
そして,原告は,同年11月2日の前後ころ,上記提案書を被告に
提出し,昭和53年4月28日,本件原出願の出願がされた。
(エ)原告は,昭和53年5月23日付け技術メモ「-78V0OD1M
09」(「FSP画像品位と設計仕様」。甲70)を作成した。
甲70の6頁の図3及び図4の点像強度分布は,走査線方向よりも
走査線と直交する方向に大きく広がった結像スポットであり,「走査
方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる」縦長
ビームスポットを示すものである。
甲70は,甲58記載の技術に基づいて,シリンドリカルビームエ
クスパンダーを使用しないで良好な画像品質が得られるかどうかにつ
いて,縦長ビームスポットの場合の解像度の検討を報告したものであ
り,ここにいう縦長ビームスポットは,本件発明の構成要件である「
縦長ビームスポット」そのものである。
甲70は,B1や他の誰の指示も依頼も受けることなく,良好な画
像品位を得ることを目的とした原告の自主的な検討によるものであ
り,本件発明の技術を実用に供したものといえる。
このように原告は,甲70において,本件発明の構成要件である「
縦長ビームスポット」の効用を検証し,FSPの量産化に備えて,自
主的に画像品位の規格を試案して,光学系の設計仕様を具体化する必
要があると考えていた。
ウ本件出願の経緯
原告は,昭和60年ころ,被告知財本部のB2(以下「B2」とい
う。)から連絡があり,本件原出願の権利化は困難である,縦長ビーム
スポットを特許請求の範囲の要件とする分割出願をする旨の説明を受け
た。その後,昭和60年9月18日,本件原出願からの分割出願である
本件出願がされた。
本件発明の特許請求の範囲は,原告が被告の出願担当者に示唆した内
容に基づくものである。また,そもそも本件原出願の明細書(図面を含
む。以下「原出願明細書」という。乙33)に基づいて,縦長ビームス
ポットを特許請求の範囲の要件とすることに何ら困難はなく,本件発明
の特許請求の範囲は,原出願明細書に記載されていることを単に事務的
に文言化したにすぎない。
エ被告の主張に対する反論
被告は,後記のとおり,本件発明における縦長ビームスポットの作出
と作用効果に関する技術思想は,本件出願前に出願されたB3・B1発
明(乙13)を基礎とするものである旨主張する。
しかし,B3・B1発明は,単に半導体レーザーのファーフィールド
パターン(FFP)特性のみを利用して単純に縦長にするものに過ぎ
ず,光束がコリメートされたところに絞りを設けるという光学系の構成
により,半導体レーザーに特有の非点隔差の問題を解決しつつ必要光量
を満たして焦点深度内の結像性能を得るといった,本件発明が実現する
実用的な構成を何ら開示するものではない。そのためか,B3・B1発
明は,特許権として権利化されるに至っていない。
したがって,被告の主張は失当である。
オ小括
以上のとおり,本件発明は,原告の単独発明であり,B1は,本件発
明の完成に全く寄与しておらず,共同発明者ではない。
(2)被告の主張
本件発明は,被告における半導体レーザー光源LBPの研究開発にその
黎明期から実働部隊のリーダー,タスクフォースのチーフとして従事した
B1と被告の光学部にあって試作機等のレンズ及び半導体レーザー光学系
の開発・設計を担当した光学技術者の原告によって,本件原出願に係る発
明(以下「原出願発明」という。)が提案された昭和53年4月20日こ
ろから遅くとも本件原出願がされた同月28日までの間に,完成された。
本件発明における縦長ビームスポットの作出と作用効果に関する技術思
想は,被告が昭和51年3月31日に特許出願(特願昭和51-3574
3号)をしたB1及びB3(以下「B3」という。)を共同発明者とする
レーザー記録装置に関する発明(以下「B3・B1発明」という。)を基
礎として,B1をチーフとするタスクフォースにおける半導体レーザー光
源LBPの高精細化,高解像度化の研究開発の進展により,発明として結
実したものである。
光学技術者の原告は,半導体レーザー光源LBPの最適光学系を導出す
る条件式を設定した原出願発明の完成には貢献しているものの,本件発明
における縦長ビームスポットの作出と作用効果に関する技術思想にはほと
んど貢献していない。
このように本件発明は,B1及び原告の共同発明であり,原告の単独発
明ではない。
本件発明の技術的特徴,本件発明の完成の経緯等は,以下のとおりであ
る。
ア本件発明の技術的特徴
(ア)本件発明は,「レーザーを光源とする記録光学系に於いて,良好
に記録が行なえるビームスポツトを得ることが出来る記録光学系を提
供すること」(本件明細書の2欄16行~19行),より具体的に
は,1画素の記録画像の大きさが走査方向とそれに直交する方向で等
しくならないという課題の解決を目的とするものである。
本件発明は,上記課題を解決するため,その特許請求の範囲記載の
とおり,「半導体レーザ光源からの光束を対物レンズによりコリメー
トし,偏向器を介したのち走査用レンズにより前記光束を感光媒体に
集光する際,前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされて
いるところに絞りを設け,この絞りにより前記感光媒体上におけるビ
ームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する
方向の長さが長くなる様にした事を特徴とする記録光学系。」とした
ものである。
そして,本件発明の技術的特徴は,光束がコリメートされたところ
に設けた「絞り」の形状により,光束を整形・制御し,もって,ビー
ムスポット形状を「縦長」にすることにより良好な記録画像を得る技
術である点にある。
(イ)これに対し原出願発明は,半導体レーザーを光源とする半導体レ
ーザー光学装置の技術に関するものであるが,発明の目的・課題,解
決手段及び作用効果,技術的特徴のいずれにおいても本件発明と異な
るものである。
すなわち,原出願発明は,「実質上シングルモードを有する半導体
レーザーを光源とする記録光学系」(乙33の2頁左下欄2行~3
行)の技術分野に関する発明であって,シングルモードの半導体レー
ザーを使用した場合,その接合面に平行な方向と垂直な方向とで,ビ
ームウエスト位置が一般に異なる,いわゆる非点隔差のある光源であ
るため,回折限界程度の結像性能を得ることができないという課題の
解決を目的とするものである(同3頁左上欄10行~右上欄1行)。
原出願発明は,上記課題を解決するため,その特許請求の範囲を別
紙「原出願発明の特許請求の範囲」のとおりとしたものである(ただ
し,その後本件原出願の出願公告時(乙34)までに,上記特許請求
の範囲は補正されている。)。
そして,原出願発明の技術的特徴は,発明の詳細な説明に記載され
た特許請求の範囲に含まれる「(12式)」を導出したことにあり,
この式の範囲に入るようにすれば,「回折限界程度の良好な結像性能
を得,且つ,記録に必要な光量を感光媒体上に伝達することが可能で
ある」(同5頁右上欄14行~末行)という作用効果を奏する点にあ
る。
・・・(12)
イ本件発明の完成に至る経緯
(ア)被告における半導体レーザー光源LBPの研究開発は,昭和48
年に発足したTR-006のタスクフォースで始まったLBP開発の
成果に基づき,これを継承してされたものであり,また,被告におけ
る全社的なテーマとして行われたものである。
被告において編成された各タスクフォース及びそのテーマ,期間,
目的等は,別表「レーザー光学系の開発経緯」のとおりである。
a被告におけるLBPの開発は,昭和48年(1973年)8月に
発足したTR-006のタスクフォースから始まった。その後,T
R-008,TR-011,TR-016の各タスクフォースでL
BPの研究開発が行われた。B1は,上記各タスクフォースのチー
フとして参加し,LBPの基礎技術の研究と製品開発にあたった。
被告では,TR-018(昭和51年2月~昭和52年1月31
日)のタスクフォースが開始される前から,半導体レーザー光源L
BPに関する研究開発が主に中央研究所において行われていた。ま
た,昭和50年2月ころから,B1を中心に有志が集まって,半導
体レーザー及び半導体レーザー光源LBPの研究を始めていた。
b半導体レーザー光源LBPの開発は,遅くとも昭和50年末ころ
8sin2)(44.2Ja
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には被告の全社的なテーマとなり,TR-018において,「SL
BP」(半導体レーザー光源LBP)の開発がタスクフォースの正
式な研究開発テーマとして取り上げられた。
(イ)被告における半導体レーザー光源LBPの研究開発において,縦
長ビームスポットの効用に関する知見を最初に見出したのは,B3・
B1発明の発明をしたB1及びB3である。
a昭和51年3月31日に出願されたB3・B1発明は,TR-0
18のタスクフォース及び同タスクフォースに先行して行われたB
1らによる半導体レーザーに関する研究開発の成果である。
bB3・B1発明の特許請求の範囲は,「情報に応じて出力を変調
される半導体レーザ上のレーザ光を記録媒体上に結像,走査して情
報を記録する走査手段を有するレーザ記録装置に於て,半導体レー
ザよりの非対象形状ビームによる結像光点の短軸方向と走査方向が
一致する様に半導体レーザ及び走査手段を配置したことを特徴とす
るレーザ記録装置。」というものである(乙13)。
上記記載によれば,B3・B1発明は,「半導体レーザ」と「走
査手段」の「配置」により,縦長ビームスポットを得ることを技術
的特徴とする発明である。具体的には,半導体レーザー光源から射
出した発散光束を,対物レンズでコリメートし,偏向器及び走査用
レンズを介して,感光媒体上に結像させるものであり,そのときの
半導体レーザーは「縦置き」,ビームスポット形状は「縦長」であ
る。つまり,半導体レーザー光束の楕円形状(ファーフィールドパ
ターン)を使って縦長ビームスポットを作出するものであり,B3
・B1発明の効果は,縦長ビームスポットにより記録画像を形成し
て,「明瞭な記録」を得ることを可能としたことにある(乙13の
右下欄10行~末行)。
このようにB1及びB3は,昭和51年3月にB3・B1発明が
出願されたころには,縦長ビームスポットの効用,及び半導体レー
ザー光束の楕円形状(ファーフィールドパターン)を使って縦長ビ
ームスポットを作出するという縦長ビームスポットの作出に関する
知見を有していた。
(ウ)TR-018のタスクフォース(昭和51年2月~昭和52年1
月)では,LBP-2000Lの改造(実験)機(以下「改造機A」
という。)及びLBP-4000Dの改造(実験)機(以下「改造機
B」という。)による実験(「絵出し」)が行われた。
改造機A及び改造機Bによる実験の時期,使用半導体レーザー,ビ
ームスポット形状,半導体レーザーの置き方,シリンドリカル・ビー
ム・エクスパンダーの有無,絞りの孔(アパーチャー)の有無,使用
対物レンズ,使用走査レンズ等は,別表「ビームスポット形状等の変
遷表」のとおりである。
a改造機Aによる実験は,そもそも半導体レーザーを光源に用いて
プリンターとして製品化できるか検証するためのものであったが,
昭和51年6月の半導体レーザーでの初めての「絵出し」におい
て,一定程度の文字品位を得ることに成功し,半導体レーザー光源
LBPの製品化に目処が立った。「改造機A」の光学系は,半導体
レーザー光源から射出した発散光束を,対物レンズでコリメート
し,偏向器及び走査レンズを介して,感光媒体上に結像するもの
で,そのときの半導体レーザーは「横置き」,ビームスポット形状
は「横長」である。
b改造機Bによる実験は,改造機Aによる実験が行われた昭和51
年6月から数か月後に行われたが,半導体レーザー光源LBPの光
学系の構成において,対物レンズと偏向器との間にシリンドリカル
・ビーム・エクスパンダーを設ける構成,及びかかる構成により光
束を整形(本実験では円形に)し,ビームスポット形状を制御す
る(本実験では円形にする)技術を,被告において初めて考案し,
実施したものであった。
原告は,TR-018のタスクフォースの「光学設計」を担当
し,その業務として,チーフのB1及び実験を行ったB3らの指示
・要請により,改造機Bのシリンドリカル・ビーム・エクスパンダ
ーを設計した者であり,一方,B1は,改造機Bによる実験を指示
・承認した者である。
本件明細書の第3図(別紙1)でシリンドリカル・ビーム・エク
スパンダーを用いた光学構成が示されているのは,TR-018の
タスクフォースの成果によるものである。
(エ)TR-027のタスクフォース(昭和51年11月~昭和52年
7月)において開発していた「SLBP」のデモ機が,昭和52年8
月ころ完成した。このデモ機によるデモンストレーションは,B1,
B3らにより,被告のアメリカ法人において将来の見込み客を相手に
行われた。
デモ機の使用半導体レーザー,ビームスポット形状,半導体レーザ
ーの置き方,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーの有無,絞り
の孔(アパーチャー)の有無,対物レンズ,走査レンズ等は,別表「
ビームスポット形状等の変遷表」のとおりである。
aデモ機では,「絞り」が,対物レンズと偏向器の間で,シリンド
リカル・ビーム・エクスパンダーの出口に光束がコリメートされて
いるところに設けられた。その理由は,シリンドリカル・ビーム・
エクスパンダーにより光束がコリメートされた位置に「絞り」を設
けることにより,走査レンズが所定の性能を発揮する範囲に光束径
を合わせるためであった。
また,デモ機のビームスポット径については,改造機Bと同様,
シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを設けて円形とすること
を狙ったが,B3による「デモ機」開発時の実測ベースで,「17
8μ×195μ」のやや縦長であった。
これは,ビームスポットを基本的に円形にすることを狙いつつ
も,光源の半導体レーザー(デモ機ではRCA社製)の配向特性の
バラツキにより結像スポットが若干楕円にならざるを得なかったと
ころ,そのバラツキを結像スポットが縦長楕円になる方向に許容す
るのか,それとも横長楕円になる方向に許容するのかを決めるに当
たり,B3がB3・B1発明に基づいて有していた縦長ビームスポ
ットの効用の知見を生かし,縦長楕円になる方向に許容する半導体
レーザーの置き方,すなわち「縦置き」にすべきと判断し,提案し
て,「縦置き」にされたため,「デモ機」のビームスポット形状が
やや縦長になったことによる。
b「デモ機」で採用された光学構成は,本件明細書の第3図(別紙
1)の光学構成と基本的に同一である。
「デモ機」で採用された光学構成は,B1,B3及びB4(以
下「B4」という。)らが,従前の半導体レーザー光源LBPの研
究開発の成果に基づいて,検討,開発し,B1をチーフとするTR
-027のタスクフォースで採用されたものであり,同タスクフォ
ースの成果である。すなわち,「デモ機」で採用された光学構成
は,B3,B4の検討,提案に基づいて,TR-027のタスクフ
ォースのチーフのB1が決定した。
「デモ機」において,半導体レーザーを「縦置き」にすること
は,B3が,B1の承認を得て,機械技術者と相談して決定したこ
とであり,原告が決めたものではない。
また,本件発明の「光束がコリメートされているところに絞りを
設ける」という構成も,同様に,TR-027のタスクフォースの
成果である。
このように被告の半導体レーザー光源LBP開発において,「光
束がコリメートされたところ」にシリンドリカル・ビーム・エクス
パンダーを設けて,光束を円形に整形・制御し,ビームスポット形
状を横長から円形にして,走査方向のスポットサイズを小さくして
分解能を高め,かつ,結像スポットの像強度も高めるということを
最初に着想したのは,B3及びB4である。
B1は,タスクフォースのチーフとして,上記シリンドリカル・
ビーム・エクスパンダーを使用した光学系による実験を承認し,か
つ,その報告を受けている。
(オ)TR-029(昭和52年8月24日~昭和53年12月末)の
タスクフォースでは半導体レーザー光源LBPの製品開発として「F
SP」()の開発が行われた。FutureSmallPrinter
同タスクフォースは成功し,世界初の卓上型小型LBPである「L
BP-10」の発売(昭和54年4月)に結実した
同タスクフォースでは,①「FSP」の開発初期の段階に,開発対
象製品の要素技術・機能を確認するための試作機である「要素試作
機」(DBV85073。以下「FSP要素試作機」という。)が,
②昭和53年6月ころ「試作機」が,③「LBP-10」が発売され
る数か月前に,「量産試作機」がそれぞれ製作された(別表「ビーム
スポット形状等の変遷表」の「実機(機種)」の「FSP-100
0」欄の3機種のうち,(1)の機種が「FSP要素試作機」,(2)の機
種が「試作機」,(3)の機種が「量産試作機」である。)。
aFSP要素試作機の光学構成は,デモ機と基本的に同一であった
が,半導体レーザーはRCA社製から日立製CSPレーザーに,偏
向器はガルバノミラーからポリゴンミラーに,走査用レンズはアー
クサインレンズからfθレンズに大きく変更していた。
FSP要素試作機のビームスポット形状は,デモ機と同様,シリ
ンドリカル・ビーム・エクスパンダーを使用して円形を目指し,
約「74μ×74μ」の円形(甲70の図2)であった。
FSP要素試作機の半導体レーザーの置き方も,デモ機の場合と
同様の検討から,当初「縦置き」として実験(絵出し)したが,当
時の日立製CSPレーザー素子をキヤノン製マウントに搭載したC
SLでは,「縦置き」にするとビームディテクターにノイズ(干渉
縞)が入り,ジッターによる画像不良(各文字行の印字開始又は終
了,改行位置が縦方向に一直線に揃わなくなる不良をいう。以下「
ジッター問題」という。)が発生した。この「ジッター問題」は,
半導体レーザーのレーザー素子と接合される「ヒートシンク」(熱
冷却装置)がレーザー素子の端面からはみ出していたため,半導体
レーザーの発散光束が「ヒートシンク」のはみ出し箇所で反射し,
本来の発散光束と反射光が干渉して干渉縞が発生することを原因と
していた。
しかし,半導体レーザーを「横置き」にすると,走査ビームと干
渉縞は同時にビームディテクターに感知されるので,書き出しのタ
イミングは狂わず,ジッター問題は生じなかったため,FSP要素
試作機及びその後の「FSP」の試作機では,半導体レーザーは,
やむなく,「横置き」とされた。
b試作機では,昭和53年5月23日の前後ころ,「FSP」のコ
ストダウン(低価格化)のため,高価なシリンドリカル・ビーム・
エクスパンダーを取り外すことが提案され,これが実行されるとも
に,その印字性能への影響が検討され,テストされた。
同年6月当時も,ジッター問題は依然未解決であったため,試作
機の半導体レーザーは「横置き」とされていた。このため,ビーム
スポット形状は横長になったものの(乙173の1枚目,「図1,
光学系」参照),このころには,日立製CSPレーザーの採用,C
SLユニットの開発などにより,縦横のビームスポット径の値
は,「64μ×98μ」になっていたので,甲70に記載された限
度で一応,良質な画像を得ることは可能となっていた。
c量産試作機の製作のころには,日立製CSP半導体レーザー素子
をマウントにボンディングする際の製造精度の向上とCSLユニッ
トの完成により,「ヒートシンク」のはみ出しの問題が解消され,
半導体レーザーを「縦置き」にした場合に発生するジッター問題も
解決された。そのため,縦長ビームスポットの効用を熟知していた
B1らによって,縦長ビームスポットを得るために,「縦置き」に
決定された。量産試作機では,半導体レーザーは「縦置き」に変更
されて,ビームスポットは「94μ×78μ」の縦長となった(乙
174)。
d以上のとおり,TR-029のタスクフォースにおいて,半導体
レーザーの性能向上を受けて,「FSP」の低価格化のため,シリ
ンドリカル・ビーム・エクスパンダーを取り外して,円形のビーム
スポットから楕円形状のビームスポットにし,かつ,半導体レーザ
ーを「縦置き」にすることにより,最終的に「FSP」のビームス
ポットは縦長ビームスポットになった。
上記のビームスポット形状決定の過程において,各方針を決定し
たのは,B3・B1発明を発明した時点において,縦長ビームスポ
ットにより良好な画像を得られるという知見を有し,かつ,走査光
学系のみならずLBP全体の構成,品質,コスト等を検討してい
た,タスクフォースのチーフのB1らである。
(カ)原出願発明は,TR-029を含めそれまでに遂行されたタスク
フォースにおける実験,検討,研究開発によって蓄積された,半導体
レーザー及び半導体レーザー光学系に関係する技術情報,データ,研
究レポート,考案,発明があって初めて発明されたもので,被告の多
大な貢献によるものである。原出願明細書に記載されていた本件発明
についても同様である。
ウ原告の主張に対し
原告が本件発明を単独で行ったことの根拠として挙げる甲58,67
ないし70の各技術メモは,いずれも,原告が縦長ビームスポットの効
用・優位性の知見を得た,又は得ていたことを示すものではなく,上記
根拠となるものではない。
また,原告は,「絞り」が設けられた「デモ機」の光学構成(光学系
の設計仕様)を検討し,その設計をした旨主張するが,事実に反するも
のである。
(ア)甲58について
甲58は,光束がコリメートされているところに絞りを設けること
に関する記載も,絞りによりビームスポット形状を制御することに関
する記載も,良好な画像を得るためにビームスポット形状を縦長にす
ることに関する記載も,一切ないので,本件発明とは無関係である。
また,甲58の「アポディゼーション効果」に関する記載は,半導
体レーザー光束の「結像特性は,・・・アポディゼーション効果によ
り悪化する。」というものであり,本件発明の「縦長ビームスポッ
ト」の着想の根拠とはなり得ず,かつ,本件発明を何ら示唆するもの
でもない。
さらに,甲58の光学系は,半導体レーザーを光源とするものの,
LBP用の光学系ではなく,LDR用の光学系である。LDR(レー
ザー・ダイレクト・レコーダーの略で,製品としては,記録の保存な
どに用いられるマイクロ製品)は電子写真技術を用いる記録装置では
なく,被走査媒体はフィルムであり,フィルムに蒸着された金属薄膜
をレーザー光の「熱」で蒸発させて記録するものであるため,像強度
を最大にすることが必要であった。このように,上記記録方式の差に
よって,LDR用の光学系は,LBPの設計仕様と著しく異なるもの
であるから,甲58が,主に電子写真技術による画像記録を予定して
いる本件発明の「基本的な技術思想」を示しているとはいえない。
(イ)甲67について
甲67は,LDR用の光学系においてLDRの書き込み時間を短く
するための考察をしたものであり,像強度(ピークパワー)を高める
ために,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを用いて,「直径
8μmの円形スポット」を得るように光学系を設計している。甲67に
は,縦長,横長に限らず,楕円形状のビームスポットが円形ビームス
ポットより好ましいものであることを示唆するものは何ら存しない。
また,甲67の「図1」は,「8μ」の円形スポットを走査して書
き込み時間の検討を行ったものであり,縦長ビームスポットのシフ
ト(走査)には一切触れていない。
したがって,甲67は,原告が,LBPの画像記録において,縦長
ビームスポットの効用・優位性についての知見を有していたことを示
すものではない。
(ウ)甲68について
甲68が作成された昭和52年11月当時のFSPの試作機におい
て,絞りがシリンドリカル・ビーム・エクスパンダーと偏向器との間
に設置されているのは,TR-027のタスクフォースで開発され
た「デモ機」の光学構成に従ったことによる。このデモ機の光学構成
は,B3,B4の検討,提案に基づいて,TR-027のタスクフォ
ースのチーフのB1が決定したのであり,原告の着想,考案,提案等
によるものではない。
また,甲68は,ビームスポット径が円形ビームスポットとしての
許容範囲である「Stripe方向100~150μ」に入るためのシリン
ドリカル・ビーム・エクスパンダーの拡大倍率,その拡大倍率及び半
導体レーザーの組合せを検討して,円形ビームスポットを目指したも
のであって,縦長ビームスポットの効用を検討したものではない。
さらに,甲68では,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーな
しに「最適光学系」は得られない。
したがって,甲68は,コリメートされたところに絞りを設け,「
絞りにより」ビームスポットを縦長にするという本件発明とは無関係
であり,原告が本件発明を行った根拠にはならない。
(エ)甲69について
甲69では,①「3.1コヒーレント光源の場合」及び「3.2
インコヒーレント光源の場合」の各表(3頁~4頁)において,大
半の(コヒーレント光源の場合はすべての)「スポット径」がほぼ1
×1であり,ビームスポット形状がほぼ円形であること,②ビームス
ポット径の縦横比が1:1.54を超える場合について,「使用不
可(スポット形状に難あり)」(4頁欄外,3頁「注3」)と記載さ
れていることなどからすれば,甲69も,シリンドリカル・ビーム・
エクスパンダーにより,円形ビームスポットを目指しており,縦長ビ
ームスポットを検討したものではない。
また,甲69の「(附記)」(1頁)の記載は,半導体レーザー
を「横置き」とすることについて述べているにとどまり,ビームスポ
ット形状,横長スポットについては何ら言及するものではない。甲6
9作成当時は,ビームスポットの微小化と像強度の増大のため,シリ
ンドリカル・ビーム・エクスパンダーでビームスポットをほぼ円形に
していたのであるから,半導体レーザーの設置方法は「縦置き」,「
横置き」のいずれでも良かったのである。半導体レーザーを「横置
き」にした理由が,ビームスポット形状とは関係なく,「縦置き」に
するとビームディテクタにノイズが入り,「ジッター問題」を起こし
て,画像に悪影響を与えるためであったことは,先述のとおりであ
る。したがって,上記「附記」の記載は,「横長スポット」がTR-
029(FSP)のタスクフォースの統一見解であったことを示すも
のではない。
さらに,上記「附記」で引用されている「前回FSP試作機(DB
V85073)」は,FSP要素試作機であって,デモ機ではな
く,「前回FSP試作機(DBV85073)」のスポット径は,縦
長ではないので,原告が甲69の段階で縦長スポットの優位性につき
知見を有していたという根拠はない。
したがって,甲69は,コリメートされたところに絞りを設け,「
絞りにより」ビームスポットを縦長にするという本件発明とは無関係
であり,原告が本件発明を行った根拠にはならない。
(オ)甲70について
甲70は,「(本検討の背景)」欄(1頁)に記載されているとお
り,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを取り外しても良好な
画質を得られるかどうかを検討したレポートであるところ,同レポー
ト中に円形ビームスポット及び楕円ビームスポットに関する記載は存
しないので,円形ビームスポット,縦長あるいは横長ビームスポット
について検討するためのものとは認められず,何ら縦長ビームスポッ
トの効用を示すものではない。
また,甲70の「図2」は,「現状対物+シリンドリカルビームエ
クスパンダー」の場合,ビームスポットが円形であることを示し,「
図3」及び「図4」は,「シリンドリカルビームエクスパンダーな
し」の場合,ビームスポットは楕円であることを示しているが,縦長
の楕円か横長の楕円かは不明である。
したがって,甲70は,コリメートされたところに絞りを設け,「
絞りにより」ビームスポットを縦長にするという本件発明とは無関係
であり,原告が本件発明を行った根拠にはならない。
(カ)デモ機の光学構成について
デモ機の光学構成の決定には,光学のみならずプロセスの知見が必
要だったものであり,プロセスを担当していたB3と光学担当のB4
が光学構成を検討し,光学とプロセスの全体につき十分な知見を有し
ていたB1が承認して,決定されたものであり,原告は,このように
決定された光学構成に基づいて,デモ機のレンズ設計をしたに過ぎな
い。
このことは,①「デモ機」を含む半導体レーザー光源LBPの光学
系の構成は,基本的には,当時既に製品化されていたガスレーザー光
源LBPの光学系の構成と大きく異なるものではなく,「HeNeガ
スレーザー」,「AO変調器」,「ビームエクスパンダー」の配置
を,「半導体レーザー」,「対物レンズ」,「シリンドリカル・ビー
ム・エクスパンダー」の配置に置き換えただけであったため,「デモ
機」を開発していたB3,B4らは,「デモ機」の光学構成の検討
を,原告に依頼する必要はなかったこと,②B1とB3は実際に米国
で「デモ機」のデモンストレーションを行っているが,B3が光学機
器の説明担当としてB1に随行したのはB3が光学構成を開発したこ
とによること,③原告は,「改造機A」の実験に関与しておらず,「
改造機B」の実験では,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを
設計しただけであったにもかかわらず,突然「デモ機」の光学構成を
担当し,決定したというのは,極めて不自然であることなどに照らし
ても,明らかである。
エ小括
以上のとおり,本件発明は,B1及び原告の共同発明であって,原告
の単独発明ではない。
3争点3-1(本件発明により被告が受けるべき利益の額の算定方法)につ
いて
(1)原告の主張
ア算定方法1
(ア)特許法旧35条4項は,職務発明の特許を受ける権利の承継に係
る相当の対価の額は,「その発明により使用者等が受けるべき利益の
額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して
定めなければならない。」と規定する。
ここに「使用者等が受けるべき利益」とは,特許権の価値から使用
者が当然に有している法定通常実施権の価値を差し引いた額をいい,
具体的には,使用者が第三者に実施させた場合や譲渡した場合の受け
るべき利益はもとより,使用者自らが独占的に実施した場合の受ける
べき利益も含まれるというべきである。
本件発明により被告が受けるべき利益の額は,次の算定方法により
算定すべきである。
使用者が,第三者との間で,職務発明に係る特許を対象に含めた包
括クロスライセンス契約を締結した場合,使用者は,当該包括クロス
ライセンス契約に基づき当該特許についての具体的な実施料を得るわ
けではなくとも,相手方の特許を自由に実施できることにより,上記
実施料の収入をはるかに上回る利益を得ることが数多くあり,その場
合には,「使用者等が受けるべき利益」が認められる。
そして,被告は,自社の特許に基づいて個別に実施料を取得するよ
りも,当該特許を包括クロスライセンス契約の対象とするなどして第
三者の特許を自由に実施することこそが被告に利益を生み出すとの特
許戦略の下で事業展開し,プリンタ市場では他の同業者と異なり本来
支払うべき実施料の支払を免れ,また,研究開発コストの大幅な削減
を実現し,飛躍的な業績の拡大を続けていることからすると,本件発
明を包括クロスライセンス契約の対象とすること等によって,被告が
受けるべき利益は,少なくとも本件特許を個別に有償でライセンスし
たと仮定した場合に得られる実施料よりも,はるかに大きいはずであ
る。
したがって,本件発明により被告が受けるべき利益は,被告が第三
者製品及び被告製品に関して本件特許をライセンスしたと仮定した場
合の実施料相当額(被告の得べかりし実施料)を下回るものではな
い。なお,被告が包括クロスライセンス契約に基づいて本件発明に対
する実施料を受領していた場合には,その実施料額が「使用者等が受
けるべき利益」に含まれることはいうまでもない。
被告が第三者製品及び被告製品に関して本件特許をライセンスした
と仮定した場合の被告の得べかりし実施料は,次の算定方法で求める
ことができる。
「被告の得べかりし実施料
≧「本件特許に係る発明技術を実施したレーザー走査光学系ユニット
の出荷相当額」×「本件特許をライセンスしたと仮定した場合の実施
料率」
={レーザー走査光学系ユニットの単価×(第三者製品及び被告製品
の出荷台数×第三者製品及び被告製品における本件特許の実施率)}
×本件特許をライセンスした場合に通常であれば設定されたであろう
実施料率」
(イ)使用者等が従業者等から職務発明について特許を受ける権利を承
継した場合,その発明について特許出願後その出願公開前において
も,使用者は,当該発明に関する情報を独占して発明の実施を事実上
独占することによって,あるいは当該独占的実施を第三者にライセン
スすることによって,その事実上独占の利益に対する実施料を取得す
ることによって,特許権が成立した場合と同様に利益を得ることがで
きるのであるから,使用者等が出願時から出願公開時までに当該発明
に関して得た利益についても,特許法旧35条4項にいう「その発明
により使用者等が受けるべき利益」に含まれるというべきである。
本件においても,被告が他社と締結した包括クロスライセンス契
約(乙122~130)は,いずれも,「特許対象」として,被告の
特許のみならず,被告の特許出願を含んでおり,このことから,被告
が,他社との間で締結した包括クロスライセンス契約において自己の
保有する特許出願段階の発明もライセンスの対象に含めることによ
り,これらについて利益を得ていることは明らかである。
被告は,本件発明の原出願である本件原出願が出願された時点よ
り,本件発明を含むより広範な原出願発明(乙33)につき,他社と
の包括クロスライセンス契約により利益を得ていたのであるから,本
件発明により被告が受けるべき利益の額の対象期間の起算日は,本件
原出願の出願日である1978年(昭和53年)4月28日とすべき
である。
イ算定方法2
別件訴訟における第1審判決又は控訴審判決の算定方法に大筋で基づ
く場合には,本件発明により「被告が受けるべき利益」は,被告の全ラ
イセンシーにおける譲渡価格に,標準包括ライセンス料率及び本件発明
の寄与度を乗じて算定されるべきである。
その算定に際しては,被告の後記主張のとおり,被告の全ライセンシ
ーにおけるLBP譲渡価格は,3兆7437億1573万6544円,
被告の全ライセンシーにおけるMFP等譲渡価格は1兆0185億55
75万2957円,LBP及びMFP等の標準包括ライセンス料率は,
LBPにつき2.37%,MFP等につき2.88%とする。
(2)被告の主張
ア被告が包括ライセンス契約において本件発明より得た利益の額
被告が本件発明を対象とする包括ライセンス契約により得た利益の額
は,別件訴訟の第1審判決が採用した算定式をベースにして,次のよう
に算定すべきである。
本件発明を対象とする包括ライセンス契約により得た利益の額は,被
告の全ライセンシーにおける本件発明を実施した製品の譲渡価額に,被
告ライセンス契約中の標準包括ライセンス料率及び被告ライセンス契約
における本件発明の寄与度を乗じて算出すべきである。
(ア)a特許権者が単数の特許について競業他社とライセンス契約を締
結した場合,当該契約により得られる実施料収入は,当該特許に基
づいて使用者が得る独占の利益であるというべきであるから,これ
を特許法旧35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利
益の額」とみることができる。
複数の特許発明がライセンス(実施許諾)の対象となっている場
合には,当該発明により「使用者等が受けるべき利益の額」を算定
するに当たっては,当該発明が当該ライセンス契約の締結に寄与し
た程度を考慮すべきである。
当事者双方が多数の特許発明等の実施を相互に許諾しあう包括ク
ロスライセンス契約においては,相互に無償で実施を許諾する特許
発明等とそれが均衡しないときに支払われる実施料の額が総体とし
て相互に均衡すると考えて契約を締結したと考えるのが合理的であ
るから,相手方が自己の特許発明を実施することにより,本来,相
手方から支払を受けるべきであった実施料の額及び相手方から現実
に支払われた実施料の額の合計額を基準として算定することも許さ
れると解される。
エレクトロニクスの分野においては,一つの製品に数千にも及ぶ
技術が使用されていることもまれではなく,そのため,エレクトロ
ニクス業界においては,ある一定期間中にお互いに自己の保有する
関連特許すべてを許諾し合う包括クロスライセンス契約(無償包括
クロスライセンス契約,有償包括クロスライセンス契約,ライセン
スバック付き有償包括クロスライセンス契約の総称。)を締結する
ことが多い。このような包括クロスライセンス契約を締結する場
合,その交渉において,多数の特許のすべてについて,逐一,その
技術的価値,実施の有無などを相互に評価し合うことは不可能であ
るから,相互に一定件数の相手方が実施している可能性が高い特許
や技術的意義が高い基本特許を相手方に提示し,それら特許に相手
方の製品が抵触するかどうか,当該特許の有効性及び実施品の売上
高等について協議することにより,相手方製品との抵触性及び有効
性が確認された代表特許と対象製品の売上高を比較考慮すること,
及び,互いに保有する特許の件数,出願中の特許の件数も比較考慮
することにより,包括クロスライセンス契約におけるバランス調整
金の有無などの条件が決定されるものである(以下,単に提示され
た特許を「提示特許」といい,提示特許のうち,相手方製品との抵
触性及び有効性が確認された特許を「代表特許」という。)。
エレクトロニクスの業界のように,数千件ないし1万件を超える
特許が対象となる包括クロスライセンス契約においては,相手方に
提示され代表特許として認められた特許以外の特許については,数
千件ないし1万件を超える特許のうちの一つとして,その他の多数
の特許と共に厳密な検討を経ることなく実施許諾に至ったものも相
当数含まれるというべきであるから,このような特許については,
当該包括クロスライセンス契約に含まれている特許の一つであると
いうだけでは,相手方が当該特許発明を実施していたと推定するこ
とはできないことは明らかである。ただし,代表特許でも提示特許
でもなくとも,ライセンス契約締結当時において相手方が実施して
いたことが立証された特許については,ライセンス契約締結時にそ
の存在が相手方に認識されていた可能性があり,現に相手方におい
て使用されていた特許については,特許権者が包括クロスライセン
ス契約の締結を通じて禁止権を行使しているものということができ
ること,何らかの理由により提示特許ないし代表特許とされなかっ
たとしても,相手方が実施していたとすれば,職務発明の「相当の
対価」の算定において,この点を考慮して「使用者等が受けるべき
利益の額」の算定をしなければ,代表特許と比べて公平性に欠け,
特許法35条の立法趣旨にも反する結果となると考えられることか
らすれば,このような相手方実施特許については,その特許発明の
重要性,相手方の実施の割合を考慮して,ライセンス契約交渉やラ
イセンス契約の内容において明示された代表特許に準じるものとし
て,上記「利益の額」を算定すべきである。
なお,代表特許でも相手方実施特許でもない特許については,包
括クロスライセンス契約の対象特許である以上,同契約締結におけ
る何らかの貢献度を認める余地があるとしても,それは,代表特許
による貢献度あるいは相手方実施特許による貢献度を除いた残余の
貢献度にすぎないものであり,そして,この残余の貢献度について
は,代表特許及び相手方実施特許の貢献度が契約対象特許の貢献度
の相当部分を占めるものと評価すべきことが多いと考えられるこ
と,代表特許及び相手方実施特許を除いたライセンス対象特許の数
が上記のとおり極めて多いことからすれば,個々の代表特許でも相
手方実施特許でもないライセンス対象特許の寄与度は,エレクトロ
ニクス関連特許の包括クロスライセンス契約においては,限りなく
小さいものといえる。
b被告は,1970年代中ころから,LBP等を含む電子写真技術
の登録特許及び特許出願について他社へのライセンス供与を開始
し,1989年(平成元年)には重要技術であるカートリッジ及び
ジャンピング現像の技術についても公開することを報道発表するな
ど,競業他社が求めた場合そのライセンスに応じる開放的ライセン
スポリシーを採用してきた。
本件発明を含むLBP等の技術をライセンスする被告ライセンス
契約は,本件発明が実施される可能性のある製品であるLBP及び
MFP等の製造・販売を行う,ほとんどすべての他社を相手方とし
て締結されている。すなわち,LBP及びMFP等のそれぞれにお
いて,被告ライセンス契約の相手方及び被告ライセンス契約の相手
方から対象製品の供給を受けていると断定又は推定される企業等を
含めたシェアは,被告以外の全他社を基準とすると,販売シェアに
おいてLBPは少なくとも85.64%(ただし,被告及びヒュー
レット・パッカード以外の全他社基準),MFP等は少なくとも8
2.45%である。
すべての被告ライセンス契約は,対象製品において実施可能な登
録特許及び特許出願を包括的に実施許諾する包括クロスライセンス
契約であり,契約締結以前の特許の実施についても相互に免責して
いる。
被告ライセンス契約における対象特許群は,原則として,LBP
及びMFP等に用いられる技術に関する特許等のほとんどすべてを
含むものである(ただし,除外特許等がライセンスの対象から除外
されることは,後記のとおりである。)。その件数は,基準期間(
本件発明の補償金請求権の発生時である出願公開時の1986年(
昭和61年)5月12日から存続期間満了日である1998年(平
成10年)4月28日までの期間。以下「本件基準期間」とい
う。)内登録特許で,LBPにつき1万1265件,MFP等につ
き1万6163件であり(乙120),本件基準期間内の特許出願
を含めるとおよそその4倍の件数となる。
本件発明は,すべての被告ライセンス契約において対象特許群に
含まれているが,本件発明がライセンス契約締結時において,代表
特許又は提示特許として相手方に提示されたことはない。
cほとんどすべての被告ライセンス契約においては,対象特許群の
うち,実施許諾から除外される除外特許等が存在する。除外特許等
の趣旨は,対象製品における被告製品の差別化に有意義な技術に関
する特許等を相手方への実施許諾対象から除外したものや,逆に相
手方が同様の意義を有する特許等を被告への実施許諾対象から除外
する際に均衡上被告側も除外したものである。除外特許等の内容
は,相手方によって異なる。また,実施許諾対象から除外されては
いないものの,ある技術を実施すると実施料率が高くなる旨の契約
が締結されている場合もある(以下,実施料率において別の扱いを
受ける特許等も除外特許等の一種として扱うこととする。)。
本件発明が除外特許等に含まれている被告ライセンス契約は存在
しない。
除外特許等の件数は,被告ライセンス契約の相手方によって異な
る。被告ライセンス契約の相手方について,本件基準期間内の登録
特許のうち除外される技術ごとの除外特許(登録特許)の件数に,
除外されている相手方の数の割合(除外相手方数/全相手方数)を
乗じて平均化すると,登録特許についてLBPにつき3416件,
MFP等につき3746件が除外特許等とされている。
したがって,本件基準期間内の登録特許のうち除外されていない
登録特許の件数の平均は,LBPにつき7849件,MFP等につ
き1万2417件となる。
d包括クロスライセンス契約には,無償包括クロスライセンス契
約(無償クロス契約),有償包括クロスライセンス契約(有償クロ
ス契約)及びライセンスバック付き有償包括クロスライセンス契
約(ライセンスバック契約)の3種類がある。
無償クロス契約は,被告及び相手方の双方が相互に特許等を実施
許諾し,かつ実施料の支払を行わないものであり,無償クロス契約
を締結する相手方は,対象製品の分野等において極めて強い競争力
を有するごく少数の相手方に限られている。全被告ライセンス契約
の中で,無償クロス契約は,2件のみである。
有償クロス契約は,無償クロス契約と同様に,被告及び相手方の
双方が相互に特許等を実施許諾し,そして,相手方の被告に対する
実施料(バランス調整金)の支払のみが行われるものであり,被告
から相手方に対する実施料(バランス調整金)の支払が行われる契
約は,LBP及びMFP等を対象製品とする被告ライセンス契約中
には存在しない。すべての被告ライセンス契約の中で,有償クロス
契約は,1件のみである。
ライセンスバック契約は,被告が相手方に対し一方的に特許等を
実施許諾し,相手方の被告に対する実施料の支払のみが行われるの
が本来の契約の目的であるが,被告が相手方の特許等(原則として
被告において実施されることが想定されていない。)を万が一侵害
することを避けるための保証として,相手方の特許等の実施許諾を
無償で受ける(ライセンスバックを受ける。)ものであり,上記無
償クロス契約2件及び有償クロス契約1件の合計3件以外の相手方
との被告ライセンス契約は,すべてこのライセンスバック契約であ
る。
無償クロス契約の相手方とライセンスバック契約の相手方とで
は,各々の保有特許件数に顕著な差異があり,ライセンスバック契
約の相手方が保有する特許件数は,少ない相手方では被告の保有す
る特許件数の約1%,多い相手方でも約15%程度にすぎない。
(イ)上記(ア)dのとおり,本件発明をほとんどすべての競業他社との
間で被告ライセンス契約の対象とし,被告ライセンス契約の多くは,
ライセンスバック契約であって,被告が実施料を支払うことはなく,
名目的に相手方の特許の実施許諾を受けて包括クロスライセンス契約
としているものである。ライセンスバック契約は,有償部分(相手方
から被告に対し実施料を支払う部分)と無償部分とに分けて考えるこ
とができる。有償部分(具体的には実施料率の定め)は,契約の相手
方ごとに異なる数字となっている。これは,被告と各相手方との特許
力(対象特許の単純な総和や有力特許の数・価値,交渉能力の高低な
どの様々な要因を総合考慮して決定されるものである。)の差異によ
るものと考えられる。契約の対価性の原則に照らせば,無償部分にお
いては,被告が相手方に許諾した特許等と被告が相手方から許諾を受
けた特許等が均衡しているものと考えることができる。ただし,各相
手方とのライセンス契約における,各相手方の個別の特許力を具体的
に考慮検討することは,事実上不可能であることから,いくつかの相
手方との間における実施料率の平均値をもって有償部分の標準的実施
料率とし,無償部分については,個々の特許力を考慮せずに,保有特
許数の総和が特許力を示すものとして,算定すべきである。
上記考え方からすれば,ほとんどすべての競合他社との間でライセ
ンスバック契約が締結され,各契約内容を個別に検討することが困難
な本件においては,①いくつかの相手方との間における実施料率の平
均値と,②前記実施料率の平均値÷(被告の対象特許数-前記相手方
の対象特許数の平均値)×前記相手方の対象特許数の平均値との和に
よって,無償部分を反映した「標準包括ライセンス料率」を算定する
のが相当である。
被告ライセンス契約における実施料は,原則として,対象製品が相
手方又は相手方の関連会社から第三者に対して譲渡された際の譲渡価
格の合計に実施料率を乗じて決定される。また,対象製品のリストプ
ライス(標準小売価格)に相当する価額に実施料率を乗じて決定され
るものがあるが,この場合には譲渡価格とリストプライスの価格差に
応じ,実施料率は低く設定されている。
実施料率は,概ね被告の有する特許等と相手方の有する特許等の特
許力の差に応じて生じるものの,被告ライセンス契約中のライセンス
バック契約の実施料率の平均は,およそLBPについて2.21%,
MFP等について2.61%である。これに対応する相手方から被告
が実施許諾された本件基準期間内の登録特許の平均件数は,LBPに
つき768件,MFP等につき1506件である。一方,被告保有の
本件基準期間内の登録特許の件数はLBPにつき1万1265件,M
FP等につき1万6163件である。
以上から計算すると,被告が本件基準期間内において保有してい
た,LBP及びMFP等に関するすべての特許の標準包括ライセンス
料率は,LBP2.37%,MFP等2.88%となる。
イ本件発明の自己実施によって受けるべき利益の額
特許権者が,当該特許発明を実施しつつ,他社に実施許諾もしている
場合において,当該特許発明の実施について,実施許諾を得ていない他
社に対する特許権による禁止権を行使したことによる超過利益が生じて
いるとみるべきかどうかについては,①特許権者が当該特許について開
放的ライセンスポリシーを採用しているか,あるいは,限定的ライセン
スポリシーを採用しているか,②当該特許の実施許諾を得ていない競業
会社が一定割合で存在する場合でも,当該競業会社が当該特許に代替す
る技術を使用して同種の製品を製造販売しているか,代替技術と当該特
許発明との間に作用効果等の面で技術的・経済的に顕著な差異がない
か,また,③包括ライセンス契約あるいは包括クロスライセンス契約等
を締結している相手方が当該特許発明を実施しているか,あるいはこれ
を実施せず代替技術を実施しているか,さらに,④特許権者自身が当該
特許発明を実施しているのみならず,同時に又は別の時期に,他の代替
技術も実施しているか等の事情を総合的に考慮して,特許権者が当該特
許権の禁止権による超過利益を得ているかどうかを判断すべきである。
被告は,自らLBP及びMFP等を製造販売しながらも,希望する企
業があれば,本件発明を有償で実施許諾するとの開放的ライセンスポリ
シーを採用し,LBP等を製造販売する競業他社の大多数(被告以外の
全他社を基準とすると,販売シェアにおいてLBPは少なくとも85.
64%,MFP等は少なくとも82.45%)と包括クロスライセンス
契約を締結し,本件発明の実施を許諾している。
本件発明の縦長ビームスポットの作用効果は,ビームスポットが画素
からはみ出る量をなるべく小さくすることによって「良好な記録」を得
るという点にあるが,画素の微細化が進み,画素がビームスポットより
も小さくなった時点において,ビームスポットが画素より「はみ出して
いる」ことを前提に画像を最適化する方法が採用されるようになり,ビ
ームスポット形状を縦長にすることに積極的な意味はなくなった。すな
わち,本件発明の技術的特徴である縦長ビームスポットを形成するとい
う構成は,画素が600dpiまで微細化され,画素がビームスポット
よりも小さくなった1990年(平成2年)ころ以降は,その技術的意
義を失ったものである。
また,本件発明は,縦長ビームスポットを形成する絞りを,「偏向器
と対物レンズの間で光束がコリメートされているところ」に設けたこと
が唯一の新規な特徴であるが,現実の製品では,一体成型技術により絞
りの設定位置の誤差の問題が解消され,上記光束がコリメートされてい
るところに絞りを設ける技術的意義は失われている。
さらに,本件発明は,容易に実施可能な代替技術ないし競合技術が多
数存在し,かつ,回避が極めて容易である。特に絞りを一体成型する方
法により,絞りの設定位置の誤差の問題は解消できる一方,一体成型品
の大量生産による大幅なコストダウンが図れる。
本件発明は,被告において一切実施されておらず,1996年(平成
8年)以降発売された被告製品では,ほぼ全てにおいて代替技術が採用
されている。また,ライセンシーにおいても,既に技術的意義が失わ
れ,かつ多数の代替技術・競合技術がある本件特許は,一切実施されて
いないものと推認される。仮に本件特許の実施許諾を得ていない競業他
社が一定割合で存在するとしても,当該競業他社が本件発明を用いるこ
となくLBP等を製造販売することに,何ら技術的・経済的問題は存し
ないというべきである。
上記諸事情を総合考慮すれば,被告において本件発明を自己実施して
いるとしても,特許権者である被告が本件特許権の禁止権による超過利
益を得ているということはできない。
4争点3-2(被告製品における本件発明の実施の有無及び本件発明の代替
技術の有無)について
(1)原告の主張
ア原告が原告の職務発明の実績に対する対価についての再評価申請を行
った後の2002年(平成14年)4月11日ころに被告から受領し
た「LBP,デジタル複写機,MFPの開発コード及び商品コードと本
件特許との対応を示した表」(甲3)によれば,被告製品における本件
特許の実施率は,77.27%と算定される。
すなわち,甲3によれば,本件原出願の出願日である1978年(昭
和53年)4月28日から本件特許の存続期間満了日である1998
年(平成10年)4月28日までの間における対象となる製品は,商品
コード「LBP-10」の製品から開発コード「●(省略)●」の製品
までの44種類の製品(別表「被告製品における本件発明の実施状況」
の№1ないし№44が対応する機種である。)となる。
これらの被告製品について,本件特許が実施されていることを示す○
印は34個存在するから(別表「被告製品における本件発明の実施状
況」の「実施/非実施」欄中の「甲3号証」欄に○を付した機種が対応
する実施品である。),本件発明の実施率は,77.27%(34/4
4)となる。
イ被告は,後記のとおり,本件発明の非実施理由を挙げて,被告製品に
おいて本件発明を実施する機種は存在しない旨主張し,被告が本件訴訟
提起前に本件発明が実施されていると原告に説明した甲3記載の機種に
ついても,本件発明を実施していることをすべて否定している。
しかし,甲3は,平成13年10月に原告が本件発明の再評価を申請
したことを受けて,平成14年4月ころ当時の被告のLBP光学系の開
発・設計の責任者であったB5(以下「B5」という。)が作成したも
のであり,本件発明の再評価検討結果として,知的財産本部のB2らが
同席した場においてB5が原告に対して説明した資料であるとともに,
被告の特許審査委員会において本件発明の再評価を審議・決定する際に
使用された資料である。
したがって,甲3の作成者のB5だけではなく,特許審査委員会に出
席した知的財産本部のB2(当時,担当部長,光学系担当),B6(当
時,上席担当部長,LBP担当),B7(当時,上席担当部長)をはじ
め,特許審査委員会の委員全員が甲3において○印が付された機種は本
件発明が実施されていることを確認していたのであるから,被告が本件
訴訟に至り甲3と相矛盾する主張をすること自体不合理であり,信義
則(禁反言)の観点からも許されるべきではない。
また,被告製品が被告主張の非実施理由に該当する技術を採用してい
ることを示すものとして被告が提出した設計図面等(乙42ないし8
3)からは当該技術を採用していることを確認することはできず,本件
においては,被告製品が上記技術を採用していることを根拠付ける客観
的証拠は何ら提出されていないから,被告製品が上記技術を採用してい
ることの立証がない。
以下においては,被告主張の非実施理由について,個別的に反論す
る。
(ア)非実施理由(ア)(「ガスレーザー光源を使用している機種」)に
対し
被告は,別表「被告製品における本件発明の実施状況」記載の機種
のうち,2機種がガスレーザーを光源とする機種である旨主張する
が,それを根拠付ける客観的証拠を何ら提出しておらず,上記主張は
理由がない。
(イ)非実施理由(イ)(「光束が偏向器近傍で副走査方向(縦方向)に
おいて一旦集光され,偏向器を介した後発散光束となり,それが再度
走査用レンズにより感光媒体に集光される機種」)に対し
被告は,本件明細書(甲2)の3欄11頁~9欄34行の記載及び
第3図を根拠に,本件発明の構成要件Aの「半導体レーザ光源からの
光束を対物レンズによりコリメートし,偏向器を介したのち走査用レ
ンズにより前記光束を感光媒体に集光する」とは,「対物レンズ→偏
向器→走査用レンズ」に至る経路の全部において光束が水平方向(走
査方向・横方向)にも垂直方向(走査方向と直交する方向・縦方向)
にもコリメートされた状態が保たれていることを意味するという解釈
を前提に,共役型倒れ補正光学系を採用している機種は,「シリンド
リカルレンズ→偏向器→走査用レンズ」の間においては光束が水平方
向にはコリメートされているが,垂直方向にはコリメートされていな
いため,本件発明を実施していない旨主張する。
しかし,本件明細書の上記記載部分及び第3図は,本件発明を分か
りやすく説明するための基本的な光学系の構成として一つの実施例を
示したものにすぎない。本件発明の特許請求の範囲には,「前記偏向
器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設
け」るとの記載は存在するものの,当該対物レンズによりコリメート
された光束が,その後の「対物レンズ→偏向器→走査用レンズ」に至
る経路の全部において水平方向にも垂直方向にもコリメート状態を保
ち続けなければならないといった記載はどこにも存在しないのである
から,被告の上記解釈は,不当な限定解釈である。
むしろ,共役型倒れ補正光学系を採用する機種においても,対物レ
ンズによってコリメートされているところに絞りを設け,この絞りの
径を設定することにより前記感光媒体上におけるビームスポットの形
状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長く
なる様にしていることに変わりはないのであるから,仮に「シリンド
リカルレンズ→偏向器→走査用レンズ」の間において光束が垂直方向
にはコリメートされていないとしても,本件発明の構成要件を充足
し,本件発明の目的を実現していることは明らかである。
被告は,甲3記載の機種のうち,29種の製品コードあるいは商品
コードの製品について,本件発明と共役型倒れ補正光学系の発明が実
施されていることが確認していたにもかかわらず,被告は,本件訴訟
が提起された途端に,これを否定することは,本件発明の実施範囲を
無理やり狭めるために,被告のこれまでの理解に反した主張を無理に
作り上げて主張するものであり,認められるべきでないばかりか,信
義則(禁反言)の観点からも許されるべきでない。
したがって,被告の上記主張は失当である。
また,被告は,別表「被告製品における本件発明の実施状況」記載
の機種のうち,47機種が共役型倒れ補正光学系を採用した機種であ
る旨主張するが,それを根拠付ける客観的証拠を何ら提出しておら
ず,上記主張も理由がない。
(ウ)非実施理由(ウ)(「絞りが,半導体レーザー光源と対物レンズと
の間に設けられている機種」)に対し
絞りが,半導体レーザー光源と対物レンズの間に設けられている機
種については,本件技術は絞りの位置の設定が少しでもずれると,絞
りにより蹴られる光束が変化するため,絞りの位置設定に厳密性が要
求され,光学系の製造が困難になるため,製造容易性や製造コストの
観点から製品化は困難であることからすれば,上記技術を実施する製
品はないか,あるとしても極く僅かの機種であるはずである。
被告は,別表「被告製品における本件発明の実施状況」記載の機種
のうち,12機種が絞りが半導体レーザー光源と対物レンズとの間に
設けられている機種である旨主張するが,それを根拠付ける客観的証
拠を何ら提出しておらず,上記主張は理由がない。
(エ)非実施理由(エ)(「絞りが,共役型倒れ補正光学系のシリンドリ
カルレンズと偏向器の間で,光束が副走査方向において集光されてい
るところに設けられている機種」)に対し
本件発明の構成要件Bは,前記偏向器と対物レンズの間で「光束が
コリメートされているところに」絞りを設けることを要求するのみで
あって,「光束が主走査方向にも副走査方向にもコリメートされてい
るところに」絞りを設けることまでは要求していない。
したがって,光束が主走査方向にのみコリメートされているところ
に絞りを設ける技術についても,本件発明の技術的範囲に属するもの
であり,これに反する被告の主張は理由がない。
被告は,別表「被告製品における本件発明の実施状況」記載の機種
のうち,2機種が絞りが共役型倒れ補正光学系のシリンドリカルレン
ズと偏向器の間で光束が副走査方向において集光されているところに
設けられている機種である旨主張するが,それを根拠付ける客観的証
拠を何ら提出しておらず,上記主張は理由がない。
(オ)非実施理由(オ)(「絞りが設けられていない機種」)に対し
絞りを使用しない場合には,対物レンズの中のレンズを押さえる金
物によって光束の径を制限することが必要となり,当該金物が実質上
の絞り機能を果たすこととなるが,当該金物の位置の設定が少しでも
ずれると,当該金物により蹴られる光束が変化するため,当該金物の
位置設定に厳密性が要求され,光学系の製造が困難であり,製造容易
性や製造コストの観点から製品化が困難であることからすれば,絞り
が設けられていない製品はないか,あるとしても極く僅かの機種であ
るはずである。
被告は,別表「被告製品における本件発明の実施状況」記載の機種
のうち,1機種(№47)が絞りが設けられていない機種である旨主
張するが,それを根拠付ける客観的証拠を何ら提出しておらず,上記
主張は理由がない。
(カ)非実施理由(カ)(「ビームスポットの形状が,有意な縦長ではな
い機種」)に対し
被告は,本件発明の構成要件Cの「ビームスポットの形状が,走査
方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にし
た」とは,良好な画像を得るという本件発明の目的との関係で,ビー
ムスポットの縦方向の径が横方向の径に比して有意に長いことを要す
るとし,本件明細書の第19図,第20図から,少なくとも4倍の長
さを有する縦長であることを要する旨主張する。
しかし,本件発明の特許請求の範囲には,縦長の度合いについて特
に限定する記載はなく,本件明細書の発明の詳細な説明においても,
縦横のスポット径の値や比率について何ら具体的に述べていないので
あり,第19図や第20図は,あくまでビームスポット形状が「縦
長」であることを分かりやすく表示した模式図を説明しているにすぎ
ない。
そもそも,「良好な画像を得る」という目的を実現するために「ビ
ームスポットの形状を走査方向の長さに比して走査方向と直交する方
向の長さが長くなる様にする」といっても,どのような縦長ビームス
ポットであれば「良好な画像」を得られるかについては,当該ビーム
スポットの変調(点滅速度)や,設定画素との関係,偏向器の回転速
度等によって異なるのであって,一概に第19図や第20図と同程度
の縦長でなければ良好な画像を得ることができないというものではな
い。ビームスポットの大きさと画素の大きさの関係をどのように設定
するかやビームスポットの縦長の度合いをどの程度に設定するかは,
設計上の問題にすぎないのであって,ビームスポットの形状を縦長楕
円となるように調節することにより良質な画像を得るという本件発明
の技術的範囲内にあることを何ら否定するものではない。
以上のとおり,「良質な画像」を形成するための縦長の楕円形を「
偏向器と対物レンズとの間で光束がコリメートされているところ絞り
を設け」ることにより作り出している以上,その作出される楕円の形
状が真円に近いか,あるいは縦の長さが横の長さの4倍であるかに関
らず,本件発明の特許請求の範囲に属しており,かつ,「良質な画
像」を得るという本件発明の目的を実現していることは明らかであ
る。
実際,原告が本件発明の再評価を申請した際,被告は「有意な縦
長」などといった主張を全くすることなく,問題とされたこともな
く,話題に上ったこともない。むしろ,被告が「有意な縦長」を理由
に本件発明が実施されていないと主張してきた機種について,甲3に
おいては,被告は本件発明が実施されていたことを認めていた。この
ように,被告の上記主張は,前記(イ)における被告の主張と同様,被
告が本件訴訟のために無理に考え出した不当な解釈に過ぎないもので
あり,失当であるだけでなく,信義則上も許されるべきでない。
被告は,別表「被告製品における本件発明の実施状況」記載の機種
のうち,29機種がビームスポットの形状が,有意な縦長ではない機
種である旨主張するが,それを根拠付ける客観的証拠を何ら提出して
おらず,上記主張は理由がない。
(キ)非実施理由(キ)(「レンズ(レンズ群を含む)の縦横の屈折力が
異なる機種」)に対し
被告は,本件発明の構成要件Cの「絞りにより・・・ビームスポッ
ト形状を縦長にする」との記載は,「絞り」によりビームスポット形
状を決定することを前提として,「絞りのみにより」がビームスポッ
ト形状を縦長にすることを意味するから,絞りの後に位置するレンズ
の屈折力が縦横で異なる機種は,構成要件Cを充足しない旨主張す
る。
しかし,本件発明の特許請求の範囲には,絞り「のみ」といった限
定は全く付されていないし,「レンズの縦横の屈折力が異なる」場合
を除外するような限定に関わる記載は存在しない。
むしろ,本件明細書の第4図で示されたシリンドリカルレンズの構
成及び本件明細書の「第4図においてシリンドリカル平凹レンズの焦a
点距離を,シリンドリカル平凸レンズの焦点距離を・・・とすfafb99
る」と(4欄29行~31行)によれば,本件発明においても,対物
レンズと偏向器の間に「レンズの縦横の屈折力が異なる」シリンドリ
カルレンズを使用する場合があることが開示されている,本件明。なお
細書の第3図は,前述のとおり,本件発明を説明するための基本的な
光学系の構成の1実施例に過ぎず,絞りの後に屈折力を有するレンズ
を配置する構成を何ら排除するものではない。
実際,原告が本件発明の再評価を申請した際,被告は,「レンズの
縦横の屈折力が異なる」機種は本件発明を実施していないなどといっ
た主張を全くすることなく,むしろ,甲3において,レンズの縦横の
屈折力が異なる共役型倒れ補正光学系を使用する機種についても,本
件発明が実施されていたことを認めていた。このように,被告の上記
主張は,前記(イ)における被告の主張と同様,被告が本件訴訟のため
に無理に考え出した不当な解釈に過ぎないものであり,失当であるだ
けでなく,信義則上も許されるべきでない。
被告は,別表「被告製品における本件発明の実施状況」記載の機種
のうち,47機種がレンズ(レンズ群を含む)の縦横の屈折力が異な
る機種である旨主張するが,それを根拠付ける客観的証拠を何ら提出
しておらず,上記主張は理由がない。
(ク)非実施理由(ク)(「ビームスポット径が,画素より大きい機
種」)に対し
被告は,ビームスポットが画素より小さく,画素からはみ出ること
を前提に,ビームスポットが「画素」から可能な限りはみ出すことな
く,かつ,「画素」を埋め尽くすことによって良好な画像を得るとい
うのが本件発明の記録画像の形成過程であるから,ビームスポット径
が,画素より大きい機種は,本件発明の技術的範囲に属さない旨主張
する。
しかし,本件発明の特許請求の範囲及び本件明細書には,ビームス
ポットの径と画素の各大きさの関係についての記載はなく,本件発明
が「ビームスポットが画素からはみ出る量を減少させ」ることを前提
としたり,これを目的とするようなことについて全く記載がないので
あるから,「ビームスポットが画素からはみ出」るものを本件発明の
技術的範囲から除外するものとはいえない。
本件明細書(甲2)には,「アパーチャー(=絞り)の径,をDsDj
適当に選ぶことにより」縦長のスポット(明細書の第19図)を形成
して,「感光媒体上に形成されるスポットを所望の形状にできる。」
と記載され,「1画素の変調時間内にスポットは第20図のように1
3から13’へシフト(=偏向器の回転によるビームの走査)し,そ
の間に記録されるスポットは14の如く大きくなる。その結果,1画
素の記録スポットの大きさを’,’方向で等しくすることが可能にyz
なり,良好な記録が出来る。」(9欄14行~26行)との記載があ
る。
上記記載は,縦長のスポットにすることにより,「1画素の記録ス
ポットの大きさを’,’方向で等しくすることが可能になり,良好yz
な記録が出来る。」ことを説明しているにすぎず,「ビームスポット
が画素からはみ出」るものを本件発明の技術的範囲から除外するもの
ではない。
また,ビームスポットの径は,製品の設計に際して,半導体レーザ
ーの出力(パワー)と発光角度,対物レンズの焦点距離,半導体レー
ザーの点灯時間(変調時間)と偏向器の回転速度,感光媒体の感度な
ど,製品の仕様を考慮して決定されるところ,その際,「光束のピー
クパワー」に対して/あるいは20%の位置(あるいは,強度)に1e2
おいてビームスポット径を表すが,そのほかにも,ビームスポット径
を表現する方法は幾つか存在し,ビームスポット径の表現方法は一義
的ではない。
すなわち,被告が主張する「ビームスポット径が,画素より大き
い」場合の「ビームスポット径」は,絶対的な寸法を有するものでは
なく,ビームスポット径の表現方法の選び方によって,画素からはみ
出さないように記録スポットを形成することも,画素よりも大きい記
録スポットを形成することも可能であるから,「ビームスポット径
が,画素より大きい機種」は本件発明を実施していないとの被告の主
張は失当である。
また,いかにビームスポットの照射時間を短縮したとしても,半導
体レーザーが変調する間において偏向器は回転し,ビームスポットは
感光体の上を走査するのであるから,「照射時間によるビームスポッ
トの横方向の移動量」がゼロであることはあり得ず,ビームスポット
の横方向の移動量が存在するのであるから,その移動量を見込んだ縦
長のスポット形状が望ましいことに変わりはない。
実際,原告が本件発明の再評価を申請した際,被告はビームスポッ
ト径が,画素より大きい機種は本件発明を実施していないなどといっ
た主張を全くすることなく,むしろ,甲3において,「ビームスポッ
ト径が,画素より大きい機種」についても,本件発明が実施されてい
たことを認めていた。このように,被告の上記主張は,前記(イ)にお
ける被告の主張と同様,被告が本件訴訟のために無理に考え出した不
当な解釈に過ぎないものであり,失当であるだけでなく,信義則上も
許されるべきでない。
被告は,別表「被告製品における本件発明の実施状況」記載の機種
のうち,39機種がビームスポット径が,画素より大きい機種である
旨主張するが,それを根拠付ける客観的証拠を何ら提出しておらず,
上記主張は理由がない。
(ケ)非実施理由(ケ)(「絞り(アパーチャー)の形状が円形である機
種」)に対し
被告は,別表「被告製品における本件発明の実施状況」記載の機種
のうち,18機種が絞り(アパーチャー)の形状が円形である機種で
ある旨主張するが,それを根拠付ける客観的証拠を何ら提出しておら
ず,上記主張は理由がない。
(2)被告の主張
ア本件発明の特許請求の範囲を構成要件に分説すると,次のとおりであ
る。
「A半導体レーザ光源からの光束を対物レンズによりコリメートし,
偏向器を介したのち走査用レンズにより前記光束を感光媒体に集光
する際,
B前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているとこ
ろに絞りを設け,
Cこの絞りにより前記感光媒体上におけるビームスポツトの形状
が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長く
なる様にした事
Dを特徴とする記録光学系。」
本件発明においては,①構成要件Cの「絞りにより」との用語,②構
成要件Cの「ビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方
向と直交する方向の長さが長くなる様にした」との用語,,③構成要件
A及びCの「コリメート」との用語,④構成要件Dの「記録光学系」と
の用語の技術的意義が重要である。
(ア)構成要件Cの「絞りにより」について
a「光束の形状」と「ビームスポットの形状」との間には,光束径
が大きくなれば,ビームスポット径が小さくなり,光束径が小さく
なれば,ビームスポット径が大きくなるという逆相関の関係があ
る。「絞り」を光束中に設けた場合,「光束の形状」は「絞りの形
状」となり,「光束径」は「絞り径」に代替されるため,「絞り
径」が大きくなれば「ビームスポット径」は小さくなり,「絞り
径」が小さくなれば「ビームスポット径」は大きくなる。このた
め,技術的に,縦長の絞りを設ければ,横長のビームスポットが形
成され,横長の絞りを設ければ縦長のビームスポットが形成され,
また,円形の絞りを設ければ,ビームスポット形状は円形となる。
このように「絞り」は,その機能の一つとして,「光束の形状」
を整形・制御することによって,「ビームスポットの形状」を制御
する(所望の形状にする)ことができるのであり,この「絞り」の
機能と本件明細書の「アパーチャーの径Ds,Djを適当に選ぶこと
により,・・・スポットを所望の形状にできる。」(甲2の9欄1
4行~16行)との記載にかんがみると,構成要件Cの「絞りによ
り・・・ビームスポット形状を縦長にする」との記載は,「絞り」
によりビームスポット形状を決定することを前提とし,光束中に「
横長の絞り」を設けることにより,「縦長のビームスポット」を形
成することを意味するものと解される。
このことは,本件特許の審査経過にも合致する。
すなわち,被告は,昭和60年9月18日に本件原出願からの分
割出願として本件出願をした後,拒絶査定を受け,これに対し審判
請求したが,特許庁から,平成元年10月24日に拒絶理由通知が
出された。その拒絶理由(乙105)は,「・・・光ビームを楕円
形にする方法としてスリットを利用することは引用例3の第1図に
示されており,又,光ビームをスリット状にする方法として,光束
がコリメートされているところにスリットを設けることが引用例
4(特に第1図におけるスリット5)に示されているから,これら
の引用例3,4に記載されている技術から見ると,本願発明におけ
るビームスポットを成形するための方法には格別創意は認められな
い。」(2枚目9行~末行)というものであった。
被告は,上記拒絶理由に対して,平成2年1月12日付け「意見
書」(乙15)において,本件発明の「絞り」の意味をビームスポ
ット形状を決定する機能を有する絞りと限定的に解釈して,上記拒
絶理由の「引用例4」(特開昭48-66856号公報)の「第1
図」の「スリット(絞り)5」は,光束がコリメートされていると
ことに設けられていたが,ビームスポットの形状を決定するための
スリット(絞り)ではないので,本件発明の「絞り」ではない旨反
論し,その結果,本件出願の出願公告が決定された。
このように被告は,上記拒絶理由を回避するため,本件発明の「
絞り」の意味を,自ら,ビームスポット形状を決定する機能を有す
る絞りと限定的に解釈して,出願公告決定を得たのであるから,禁
反言の原則により,本件発明の特許請求の範囲に記載された「絞
り」は,その機能として,ビームスポット形状を決定する機能を有
するものと解されなければならない。
b上記aの解釈によれば,①「絞り」が存在し,ビームスポット形
状が縦長であることだけでは,「絞りにより」縦長ビームスポット
が形成されているとはいえず,本件発明の技術的範囲に属さない,
②円形の「絞り」は,「縦長ビームスポット」を作出・形成する機
能を有しないから,円形の絞りの記録光学系は本件発明の技術的範
囲に属さない,③「絞りにより」は,通常の意味において,「絞り
のみにより」と解釈されるから,縦長ビームスポットが,「絞りの
みにより」決定されない記録光学系は,本件発明の技術的範囲に属
さないというべきである。
(イ)構成要件Cの「ビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比し
て走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」について
本件明細書(甲2)には,本件発明の作用効果に関し,「アパーチ
ャーの径Ds,Djを適当に選ぶことにより感光媒体上に形成されるス
ポットを所望の形状にできる。本発明においては,走査系において,
例えば第19図に示すように,感光媒体上のスポット13がy'方向に
走査されるとき,その方向のスポット径py'をy'方向と直角方向の
z'方向のスポット径pz'より小さくしてやると1画素の変調時間内
にスポットは第20図のように13から13’へシフトし,その間に
記録されるスポットは14の如く大きくなる。その結果,1画素の記
録スポットの大きさをy',z'方向で等しくすることが可能になり,
良好な記録が出来る。」(甲2の9欄14行~26行)との記載があ
る。
本件発明の上記作用効果,及び「良好に記録が行なえるビームスポ
ツトを得ること」(本件明細書の2欄17行~19行)という本件発
明の目的を考慮すると,構成要件Cの「ビームスポツトの形状が,走
査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様に
した」とは,ビームスポットの縦方向の径が,横方向の径に比し
て,「有意に長いこと」,具体的には,本件明細書(甲2)の上記箇
所が引用する第19図,第20図から見ても,少なくとも4倍程度の
長さを有する縦長(以下,この程度の縦長を「有意な縦長」とい
う。)であることを要するものと解すべきである。仮に上記の「少な
くとも4倍程度」という具体的な数値の限定が認められないとして
も,本件発明の目的及び作用効果との関係で意味のある縦長でなけれ
ばならないことに変わりなく,少なくとも,円形に近いような縦長
が「有意な縦長」でないことは明らかである。
したがって,ビームスポット形状が「有意な縦長」でない記録光学
系は,本件発明の技術的範囲に属さないというべきである。
(ウ)構成要件A及びCの「コリメート」について
「コリメートされた」とは,「光ビームのすべてが平行になった状
態」(乙39の121頁,142頁~143頁)をいう。
本件明細書(甲2)には,「対物レンズ8の焦点はレーザー7の接
合面と垂直方向のビームウエスト位置と一致し,レーザー7の接合面
に平行な面内での対物レンズ8とシリンドリカルレンズ系9の合成系
の焦点はレーザーの接合面に平行な面内のビームウエスト位置に対し
て回折限界の範囲内の位置に存在する。」(3欄22行~27
行),「この点に関しさらに詳細に述べる。上記シリンドリカルレン
ズ系9は,レーザー7の接合面に平行な面内で第4図aのような構成
で,・・・シリンドリカル平凹レンズ9aに平行光束を入射させたと
きシリンドリカル平凸レンズ9bから出射する光束は平行となるアフ
ォーカル系である。レーザーの接合面に垂直な面内では,このシリン
ドリカルレンズ系9は第4図bのように屈折力をもたず,入射光束は
そのまま出射光束となる。」(3欄28行~4欄5行)との記載があ
る。
本件明細書の上記記載部分と第3図及び第4図を考慮すれば,「コ
リメートされている」とは,「縦横の両方向に平行光束とされている
こと」を意味することは明らかである。
このことは,本件発明の審査過程からも明らかである。
まず,被告は,本件出願の拒絶査定に対する不服審判請求で提出し
た平成元年10月16日付け「審判請求理由補充書」(甲46)にお
いて,「本発明では,半導体レーザからの発散光束を対物レンズで一
旦コリメート光束に変換し,このコリメートされた光束中に絞りを設
ける構成をとるものである。この様な位置に絞りを設ける事により,
被走査媒体上でのビームの形状を,容易に制御することが出来る。ま
た絞りの設定位置の誤差による被走査媒体上でのビームスポットの変
化の影響を受ける事も無くなる。」(4頁の10行~17行)と主張
した。
上記審判請求理由補充書記載の「設定位置の誤差による・・・影響
を受ける事も無くなる。」との効果は,縦横の両方向に平行光束とさ
れて初めて得られる効果であるから,「コリメートされている」と
は,光束が縦横両方向に平行光束にされていることを意味するものと
解される。
次に,本件出願の出願公告に対する特許異議申立事件について平成
7月1月11日付けでされた理由なしとの決定(乙109)は,「甲
第2号証に記載される記録光学系は・・・また,円柱レンズ6を出て
スリット7に入る光は一方向が収束されており,本願発明のように,
光束が垂直方向・平行方向ともほぼコリメートされているところに絞
りを設けるものでもない。」(5頁の1行~8行)と判断し,特許異
議申立てにおいて引用された「甲第2号証」(特開昭48-6685
6号公報)の絞り(スリット7)に入る光束の一方向が収束され,両
方向にコリメートされていないことを理由に,特許異議申立てを斥け
ている。上記決定に照らしても,構成要件Cの「コリメートされてい
る」との文言が,縦横両方向に平行光束とされていることを意味する
ものといえる。また,構成要件Aの「コリメートし」の文言も,同様
に,縦横両方向に平行光束としていることを意味するものといえる。
したがって,絞りが走査方向及び走査方向と直交する方向の両方向
共にコリメートされた光束中に設けられていない記録光学系は,本件
発明の技術的範囲に属さないというべきである。
(エ)構成要件Dの「記録光学系」について
本件明細書(甲2)には,「1画素の変調時間内にスポットは第2
0図のように13から13’へシフトし,その間に記録されるスポッ
トは14の如く大きくなる。その結果,1画素の記録スポットの大き
さをy',z'方向で等しくすることが可能になり,良好な記録が出来
る。」(9欄21行~26行)との記載がある。
上記記載によれば,構成要件Dの「記録光学系」は,そもそも画像
を記録するものであり,かつ,ビームスポットの移動した軌跡が記録
スポットとなって,記録画像を構成するものであることが明らかであ
る。
このように「記録光学系」が,「ビームスポットの移動した軌跡が
記録スポットとなって,記録画像を構成するもの」を意味する以上,
当該「記録光学系」は,ビームスポットが画素より小さく,画素から
はみ出ることを前提に,サブピクセルの中心(重心)に近い位置に塗
りつぶされた画素を集めることで,サブピクセル内でのパターン構成
を最適化している。ビームスポット径が画素より大きい場合には,ビ
ームスポットが画素をほとんど覆い尽くしてしまうので,ビームスポ
ットが「画素」から可能な限りはみ出すことなく,かつ,「画素」を
埋め尽くすことによって良好な画像を得るという本件発明の記録画像
の形成過程とは全く異なる。すなわち,画素がビームスポットより小
さい機種においては,もともとビームスポットが画素をほとんど覆い
尽くしてしまうので,1画素をビームスポットで照射する際に,ビー
ムスポットの中心が画素の一端から他端に至るまでビームスポットを
一定時間照射し続けることにより画素を埋め尽くすという発想はそも
そもなく,ビームスポットは画素の中心に近い位置で極めて短時間照
射される。そのため,照射時間によるビームスポットの横方向の移動
量は無視しうるほど小さいので,ビームスポットの形状自体の縦横比
が,正方形である画素の縦横比1:1に近いことがむしろ重要とな
り,ビームスポット形状は,縦長ではなく,むしろ円形に形成するこ
とが望ましくなる。また,画素が微細化された場合のサブピクセル内
でのパターンの構成は,サブピクセルの中心(重心)に近い位置に塗
りつぶされた画素を集めるパターンで構成されるので,画素からはみ
出た部分の画像に対する影響は大きくならず,むしろ画素からはみ出
ることを考慮して,パターンの構成は最適化される。
以上のとおり,構成要件Dの「記録光学系」とは,画像を記録する
ものであり,かつ,ビームスポットの移動した軌跡が記録スポットと
なって,記録画像を構成するものを意味するところ,ビームスポット
径が画素より大きい場合には,記録画像が形成される過程が本件発明
とは全く異なり,本件発明の効果が得られないから,「ビームスポッ
ト径が画素より大きい記録光学系」は,本件発明の技術的範囲に属さ
ないというべきである。
LBP等においては,画素の微細化が進む一方,ビームスポットを
小さくすることにはレンズ設計上の限界が存在するため,画素が60
0dpiまで微細化されると,画素の大きさがビームスポットよりも
小さくなる。画素が600dpiまで微細化されたのが1990年(
平成2年)ころであり,LBPが「高画質」のイメージを獲得し,爆
発的に普及するようになったのは,まさにこの600dpiの機種が
普及して以降である。なお,被告初の半導体レーザー光源LBPであ
る「LBP-10」の画素は,250dpiである。
したがって,本件発明の技術的特徴である縦長ビームスポットを形
成することは,画素が600dpiまで微細化され,画素がビームス
ポットよりも小さくなった平成2年ころ以降は,その技術的意義を失
ったものである。
イ別表「被告製品における本件発明の実施状況」の「実施/非実施」欄
記載のとおり,全ての被告製品において,本件発明を実施している機種
は存在しない。
その非実施理由は,次の(ア)ないし(ケ)のとおりである。
(ア)非実施理由(ア)(「ガスレーザー光源を使用している機種」)
レーザー光源として「ガスレーザー光源を使用している機種」は,
本件発明の構成要件Aの「半導体レーザ光源」を備えていないため,
本件発明を実施していない。
別表「被告製品における本件発明の実施状況」の№2,3の2機種
が,非実施理由(ア)に該当する。なお,本件基準期間(1986年5
月12日から1998年4月28日まで)内の39機種(№6ないし
№44)については,非実施理由(ア)に該当するものはない。
(イ)非実施理由(イ)(「光束が偏向器近傍で副走査方向(縦方向)に
おいて一旦集光され,偏向器を介した後発散光束となり,それが再度
走査用レンズにより感光媒体に集光される機種」)
本件明細書(甲2)の3欄11行~9欄34行の記載及び第3図を
考慮すれば,本件発明の構成要件Aの「走査用レンズにより前記光束
を感光媒体に集光する際,」の「前記光束」とは,「コリメートされ
た光束」を指すことは明らかである。また,「コリメートされた」と
は,光束が縦横両方向に平行光束とされていることを意味することは
前記ア(ウ)のとおりである。
そして,「共役型倒れ補正光学系」を採用した機種,すなわち「光
束が偏向器近傍で副走査方向(縦方向)において一旦集光され,偏向
器を介した後発散光束となり,それが再度走査用レンズにより感光媒
体に集光される機種」においては,コリメートされた光束(縦横両方
向に平行光束とされている光束)が偏向器を介したのち走査用レンズ
によって感光媒体に集光するものではないから,構成要件Aの「半導
体レーザ光源からの光束を対物レンズによりコリメートし,偏向器を
介したのち走査用レンズにより前記光束を感光媒体に集光する」との
要件を充足せず,本件発明を実施していない。
別表「被告製品における本件発明の実施状況」の№6ないし14,
16ないし51,53及び54の「共役型倒れ補正光学系」を採用し
た47機種が非実施理由(イ)に該当し,本件基準期間内の39機種に
ついては,№15を除く38機種が非実施理由(イ)に該当する。
(ウ)非実施理由(ウ)(「絞りが,半導体レーザー光源と対物レンズと
の間に設けられている機種」)
「絞りが,半導体レーザー光源と対物レンズとの間に設けられてい
る機種」では,絞りを通過する光束が縦横の両方向にコリメートされ
ていないので,本件発明の構成要件Bの「前記偏向器と対物レンズの
間で光束がコリメートされているところに絞りを設け」との要件を充
足せず,本件発明を実施していない。
別表「被告製品における本件発明の実施状況」の№●(省略)●の
12機種が,非実施理由(ウ)に該当し,本件基準期間内の39機種に
ついては,№●(省略)●の8機種が非実施理由(ウ)に該当する。
(エ)非実施理由(エ)(「絞りが,共役型倒れ補正光学系のシリンドリ
カルレンズと偏向器の間で,光束が副走査方向において集光されてい
るところに設けられている機種」)
「絞りが,共役型倒れ補正光学系のシリンドリカルレンズと偏向器
の間で,光束が副走査方向において集光されているところに設けられ
ている機種」では,絞りを通過する光束が横方向にはコリメートされ
ているものの,縦方向にはコリメートされていないので,本件発明の
構成要件Bの「前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされ
ているところに絞りを設け」との要件を充足せず,本件発明を実施し
ていない。
別表「被告製品における本件発明の実施状況」の№●(省略)●の
2機種が,非実施理由(エ)に該当する。なお,本件基準期間内の39
機種については,非実施理由(エ)に該当するものはない。
(オ)非実施理由(オ)(「絞りが設けられていない機種」)
「絞りが設けられていない機種」には,オーバーフィルド(Overfi
lled)光学系を採用した機種が存する。オーバーフィルド光学系で
は,偏向器の反射面を最大限利用するため,偏向器に入射する光束の
幅が,偏向器の反射面の幅より広い。光束の幅は反射面で制限してい
るため,絞りは設けられていない(乙185の1)。
したがって,オーバーフィルド光学系は,本件発明の構成要件B
の「前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているとこ
ろに絞りを設け」との要件を充足せず,本件発明を実施していない。
別表「被告製品における本件発明の実施状況」の№47の1機種
が,非実施理由(オ)に該当する。なお,本件基準期間内の39機種に
ついては,非実施理由(オ)に該当するものはない。
(カ)非実施理由(カ)(「ビームスポットの形状が,有意な縦長ではな
い機種」)
本件発明を実施するには,ビームスポット形状が,「有意な縦長」
であること,具体的には少なくとも4倍程度の縦長であることが本件
発明の要件であることは,前記ア(イ)で述べたとおりである。
したがって,「有意な縦長」でない,即ち,少なくとも4倍程度の
縦長でない機種は,本件発明の構成要件Cの「感光媒体上におけるビ
ームスポットの形状が,走査方向の長さに比して,走査方向と直交す
る方向の長さが長くなる様に(=縦長に)すること」の要件を充足せ
ず,本件発明を実施していない。
別表「被告製品における本件発明の実施状況」の№8ないし15,
17ないし26,29ないし33,35,43,44,46,51及
び53の29機種が,非実施理由(カ)に該当し,本件基準期間内の3
9機種中,№8ないし15,17ないし26,29ないし33,3
5,43,44の26機種が該当する。
(キ)非実施理由(キ)(「レンズ(レンズ群を含む)の縦横の屈折力が
異なる機種」)
「レンズ(レンズ群を含む)の縦横の屈折力が異なる機種」は,「
絞り」がその形状により光束の形状,さらにはビームスポット形状の
決定に関係したとしても,その後のレンズの屈折によって縦横の比が
変わるため,ビームスポット形状は「絞りにより」決定されたことに
ならない。すなわち,レンズの縦横の屈折力が異なる機種では,縦長
ビームスポットの形成にレンズの屈折力が関係しているので,本件発
明の構成要件Cを充足せず,本件発明を実施していない。
しかるに,「共役型倒れ補正光学系」では,対物レンズでコリメー
トされ,更に絞りを通過した光束が,縦方向にのみ屈折力を有するシ
リンドリカルレンズで収斂され,偏向器の反射面の近傍で線状に結像
される。このように,「共役型倒れ補正光学系」では絞りの後方に縦
横の屈折力の異なるレンズ(又はレンズ群)が設けられているので,
構成要件Cの「絞りにより」との要件を充足せず,本件発明を実施し
ていない。
別表「被告製品における本件発明の実施状況」の№6ないし14,
16ないし51,53及び54の「共役型倒れ補正光学系」を採用し
た47機種が非実施理由(キ)に該当し,本件基準期間内の39機種に
ついては,№15を除く38機種が非実施理由(キ)に該当する。
(ク)非実施理由(ク)(「ビームスポット径が,画素より大きい機
種」)
「ビームスポット径が,画素より大きい機種」は,前記ア(エ)のと
おり,本件発明の構成要件Dの「記録光学系」に該当しないため,本
件発明を実施していない。
別表「被告製品における本件発明の実施状況」の№8,9,11な
いし15,18ないし23,26,30ないし32,35,43,4
4及び51の21機種が非実施理由(ク)に該当し,本件基準期間内の
39機種については,№8,9,11ないし15,18ないし23,
26,30ないし32,35,43及び44の20機種が非実施理由(
ク)に該当する。
(ケ)非実施理由(ケ)(「絞り(アパーチャー)の形状が円形である機
種」)
本件発明の構成要件Cの「絞りにより・・・ビームスポット形状を
縦長にする」との記載は,「絞り」によりビームスポット形状を決定
することを前提とし,光束中に「横長の絞り」を設けることによ
り,「縦長のビームスポット」を形成することを意味するのに対し,
アパーチャーの形状が円形である場合には,絞りによってビームスポ
ット形状が決定されるのではなく,絞りはビームスポットを縦長に形
成する方向に機能,寄与しておらず,他の要因・要素により,結果と
して,縦長ビームスポットが得られたに過ぎない。したがって,「絞
り(アパーチャー)の形状が円形である機種」は,構成要件Cの「絞
りにより・・・ビームスポット形状を縦長にする」との要件を充足せ
ず,本件発明を実施していない。
別表「被告製品における本件発明の実施状況」の№7ないし14,
17ないし20,35,40,42,45,51及び54の18機種
が非実施理由(ケ)に該当し,本件基準期間内の39機種については,
№7ないし14,17ないし20,35,40及び42の15機種が
非実施理由(ケ)に該当する。
ウ本件発明には,次のとおり,代替技術ないし競合技術が存在し,本件
発明の回避は極めて容易である上,本件発明の重要性は減少している。
(ア)代替技術1(絞りによらず,半導体レーザー光源のFFPを利用し
て,縦長ビームスポットを形成する技術)
代替技術1を用いた構成は,本件発明の構成要件Cの「絞りにより
・・・ビームスポット形状を縦長にする」との要件を充足しないの
で,本件発明の技術的範囲に属せず,かつ,縦長ビームスポットを形
成するという本件発明の目的を達成することができる。
代替技術1を用いた構成は,絞りがなく,半導体レーザーからの光
束を絞りによりカットしないため,レーザー利用効率が高い点(光量
の損失が少ない点)に技術的優位性があり,代替技術1は,本件発明
と技術的に同等程度の価値を有する代替技術というべきである。
なお,絞りがない機種であって,かつ,縦長のビームスポットが形
成されている機種には,①半導体レーザー光源のFFPを利用する構
成,②縦横で屈折力の異なる(縦方向の焦点距離が横方向の焦点距離
より長く,したがって横方向の屈折力が強い)レンズを用いる構成,
③その両者を併用する構成が考えられ,絞りがない機種のうち「代替
技術1」を実施しているのは,上記①の半導体レーザー光源のFFP
を利用する構成を有する機種のみである。
(イ)代替技術2(絞りによらず,縦横で異なる屈折力を有するレンズ
群により,縦長ビームスポットを形成する技術)
代替技術2を用いた構成は,本件発明の構成要件Cの「絞りにより
・・・ビームスポット形状を縦長にする」との要件を充足しないの
で,本件発明の技術的範囲に属せず,かつ,縦長ビームスポットを形
成するという本件発明の目的を達成することができる。本件発明の非
実施理由との関係では,非実施理由(キ)の一部及び非実施理由(ケ)の
一部が代替技術2を採用している。
共役型倒れ補正光学系を用いる場合,レンズ群は常に縦横で異なる
屈折力を有しており,この屈折力の設定次第では,ビームスポットの
形状を縦長にすることが可能であり,この場合,別途わざわざ絞りを
横長となるように設定して加える必要がないので,代替技術2は,本
件発明の技術に対して技術的に同等である。
(ウ)代替技術3(一体成型する方法により,半導体レーザー光源と対
物レンズの間に絞りを設ける技術)
代替技術3を用いた構成は,本件発明の構成要件Bの「前記偏向器
と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設
け」との要件を充足しないので,本件発明の技術的範囲に属せず,か
つ,縦長ビームスポットを形成するという本件発明の目的を達成する
ことができる。本件発明の非実施理由との関係では,非実施理由(ウ)
が代替技術3を採用している。
本件発明において光束がコリメートされているところに絞りを設け
る理由は,それにより絞りの設定位置の誤差による影響がなくなると
いう効果を有するためである。本件発明の非実施理由との関係では,
非実施理由(ウ)が代替技術3を採用している。
代替技術3を用いた構成において,絞りを対物レンズの鏡筒又は半
導体レーザー光源の保持部材と一体成型する方法,あるいは光学箱収
納機器,部材等全体を一体成型する方法により,絞りの設定位置の誤
差の問題は解消できる。また,一体成型品は,大量生産により大幅な
コストダウンが図ることができる。絞りを一体成型する技術が何ら問
題なく実施できることは,特開2002-258186号公報(乙8
4)及び特開2003-195207号公報(乙85)から明らかで
ある。一体成型により半導体レーザー光源と対物レンズの間に絞りを
設ける技術は,少なくとも本件発明と技術的に同等である。
なお,1996年(平成8年)以降発売された被告製品は,ほぼ全
て代替技術3を採用している。現実の製品では,前述の一体成型技術
により,絞りの設定位置の誤差の問題が解消され,上記光束がコリメ
ートされているところに絞りを設ける技術的意義は失われている。
(エ)代替技術4(一体成型する方法により,共役型倒れ補正光学系に
おけるシリンドリカルレンズと偏向器の間に絞りを設ける技術)
代替技術4を用いた構成は,本件発明の構成要件Bの「前記偏向器
と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設
け」との要件を充足しないので,本件発明の技術的範囲に属せず,か
つ,縦長ビームスポットを形成するという本件発明の目的を達成する
ことができる。本件発明の非実施理由との関係では,非実施理由(エ)
が代替技術4を採用している。
近年の記録光学系では,半導体レーザー光源を複数設け,同時に複
数のビームを一つの偏向器で偏向して走査するものがある。このよう
な複数ビーム記録光学系は,単数ビーム記録光学系に対して2倍(ビ
ームが2本の場合)の記録速度を有するので,優位性のある技術であ
る。複数ビーム記録光学系において絞りを用いる場合,別々の光源か
ら発せられ入射方向の異なる複数の光束について,絞りを偏向器の近
くに設けた方が,ビームスポット形状の設計上の自由度が増大し,よ
り多くの光量を取り込めることで有利になり,できるだけ偏向器に近
い位置に絞りを設けるのが望ましいとされている。これを実現するの
が,代替技術4」である。なお,本件発明で問題とされた絞りの設定
位置の誤差は,光源,レンズ,絞り等の支持部材を光学箱と一体成型
する構成をとる実際の製品においては,ほとんど問題とならないの
で,代替技術4は,本件発明の技術に対して,複数ビーム記録光学系
の採用を可能にするものである点で,技術的に優位である。
(オ)代替技術5(オーバーフィルド走査光学系)
代替技術5のオーバーフィルド走査光学系とは,偏向器に入射する
光束の主走査方向の幅が偏向器の一つの反射面の幅よりも広いもので
あり,ビームスポット形状を決定する光束幅は偏向器の反射面の幅に
よって制限されるので,「絞り」が存在しない。したがって,代替技
術5を用いた構成は,本件発明の構成要件Bの「前記偏向器と対物レ
ンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設け」との要
件を充足せず,本件発明の技術的範囲に属さない。
本件発明の非実施理由との関係では,非実施理由(オ)が代替技術5を
採用している。
オーバーフィルド走査光学系を採用すると,偏向器の反射面の大き
さを光束幅より大きくすることが要求されないので,小さい反射面を
用いることによって偏向器を大型にすることなく反射面の数を増やす
ことができ,高速走査が可能となるという技術的優位性がある。
(カ)代替技術6(絞りを円形として,他の要素(FFPの形状の利
用,縦横で屈折力の違うレンズ群(横方向の屈折力が強いもの)の使
用,またはそれらの併用)によりビームスポットを縦長にする技術)
代替技術6を用いた構成は,本件発明の構成要件Cの「絞りにより
・・・ビームスポット形状を縦長にする」との要件を充足しないの
で,本件発明の技術的範囲に属せず,かつ,縦長ビームスポットを形
成するという本件発明の目的を達成することができる。本件発明の非
実施理由との関係では,非実施理由(ケ)が代替技術6を採用してい
る。
5争点3-3(被告が包括クロスライセンス契約において本件発明により得
た利益の額)及び争点3-4(被告の本件発明の自己実施により受けるべき
利益の額について
(1)原告の主張
ア算定方法1による算定額(争点3-3,3-4)
前記3(1)のとおり,被告が第三者製品及び被告製品に関して本件特許
をライセンスしたと仮定した場合の被告の得べかりし実施料は,次の算
定方法で求めることができる。
「被告の得べかりし実施料
≧「本件特許に係る発明技術を実施したレーザー走査光学系ユニット
の出荷相当額」×「本件特許をライセンスしたと仮定した場合の実施
料率」
={レーザー走査光学系ユニットの単価×(第三者製品及び被告製品
の出荷台数×第三者製品及び被告製品における本件特許の実施率)}
×本件特許をライセンスした場合に通常であれば設定されたであろう
実施料率」
(ア)レーザー走査光学系ユニットの単価
本件特許の存続期間の満了日である平成10年(1998年)4月
28日までに生産されたレーザー走査光学系ユニットの平均出荷単価
は,少なくとも4000円以上とするのが相当である。
(イ)第三者製品及び被告製品の出荷台数
aLBPの1998年までの出荷台数
(a)被告のLBPの累積出荷台数4550万台
「キヤノン史」(甲18)及び「キヤノン史年表」(甲19~
21)によれば,被告のLBPの累積出荷台数は,少なくとも,
1987年(昭和62年)9月12日に100万台,1990
年(平成2年)6月末に500万台,1993年(平成5年)9
月末に1000万台,1996年(平成8年)2月末に2000
万台,1999年(平成9年)6月末に5000万台であった。
また,1996年(平成8年)3月初めから1999年(平成
11年)6月末までの間の被告の出荷台数の合計は,上記500
0万台から上記2000万台を差し引いた3000万台であり,
その間の月平均出荷台数は,75万台(3000万台/(3×1
2+4))と算定できる。
そうすると,1998年(平成10年)末における被告のLB
Pの累積出荷台数は,4550万台(2000万台+75万台
×(10+2×12))となる。
(b)第三者のLBPの累積出荷台数2450万台
被告のグループ会社であるキヤノン電子株式会社のホームペー
ジ(甲22)によれば,キヤノンLBPエンジンは,世界シェア
の65%以上を占める旨記載されている。
被告の世界市場におけるLBPのシェアを65%と仮定する
と,第三者のLBPの出荷台数は,被告のLBPの出荷台数に
0.35/0.65を乗じることによって算出できるから,19
98年(平成10年)末における第三者のLBPの累積出荷台数
は,2450万台(4550万台×0.35/0.65)とな
る。
bMFP等の1998年までの出荷台数
(a)第三者の累積出荷台数234万2344台
「デジタル複写機/MFPブランド別販売台数(日米欧合計(
Canon除く)出典:データクエスト)」と題する表(甲2
3)を基に,第三者のMFP等(デジタル複写機及びMFP)の
出荷台数(1990年から1998年までの間)を算出すると,
1998年(平成10年)末における第三者の累積出荷台数は,
234万2334台となる。
(b)被告の累積出荷台数79万4055台
株式会社矢野経済研究所の「2000年版複写機市場の展望
と戦略」(甲24)によれば,①1998年度における被告のデ
ジタル機の国内出荷台数は11万6000台,輸出出荷台数は1
2万5000台(以上,合計24万1000台),②同年度にお
ける国内出荷台数の総合計は48万4500台,輸出出荷台数の
総合計は46万8900台(以上,総合計95万3400台)で
ある。
これを前提とすると,1998年度における被告の世界市場に
おけるMFP等のシェアは,25.3%(24万1000台/9
5万3400台)となり(小数点第2位で四捨五入),第三者の
世界市場におけるMFP等のシェアは,74.7%(100%-
25.3%)となる。
そして,被告のシェアを第三者のシェアで除した割合33.9
%(25.3%/74.7%,小数点第2位を四捨五入)を,第
三者による累積出荷台数に乗じることにより,1998年(平成
10年)末における被告のMFP等の累積出荷台数を算出する
と,79万4055台(2,342,334台×0.339)と
なる。
(ウ)第三者製品における本件特許の実施率及び実施出荷台数
a本件特許は,レーザー走査光学系と電子写真感光体を使用する
LBP,デジタル複写機,MFPなどの製品の原理的な特許であ
り,本件特許の技術の必須度が極めて高いこと,代替技術がほと
んどなく,本件特許の技術を回避することが困難であること,本
件特許の技術は,シンプルな技術であり,特殊な材料や設備投資
等のコストが不要であるから製品の収益性が極めて高いこと,本
件特許の技術が長期にわたって被告製品において実施された割合
が非常に大きいことなどを考慮すると,第三者のLBP,MFP
等のほとんどすべてに本件特許が実施されており,その実施率は
100%とみるべきである。
b(a)LBP
本件原出願の出願日である1978年(昭和53年)4月2
8日から本件特許の存続期間満了日である1998年(平成1
0年)4月28日までの間に第三者が出荷したLBPの累計出
荷台数は,1997年(平成9年)までの累計出荷台数196
5万台に,1998年(平成10年)単年の出荷台数485万
台(2450万台-1965万台)の4分の1(1月~3月の
3か月分)である約121万台(1万台未満を四捨五入。以下
同じ)を加えた約2086万台である。
(b)MFP等
本件原出願の出願日である1978年(昭和53年)4月2
8日から本件特許の存続期間満了日である1998年(平成1
0年)4月28日までの間に第三者が出荷したLBPの累計出
荷台数は,第三者が出荷したLBP方式によるデジタル複写機
の累計出荷台数は,1997年(平成9年)までの出荷累計台
数約136万台に,1998年(平成10年)単年の出荷台数
約98万台の4分の1(1月~3月の3か月分)である約25
万台を加えた約161万台である。
c合計
以上によれば,本件特許を実施した第三者のLBP,MFP等
の出荷台数は,合計約2247万台である。
(エ)被告製品における本件特許の実施率及び実施出荷台数
a原告が実績の再評価の申請を行った後の2002年(平成14
年)4月11日ころに被告から受領した「LBP,デジタル複写
機,MFPの開発コード及び商品コードと本件特許との対応を示
した表」(甲3)によれば,本件特許の実施率は,以下のとお
り,77.27%と算定される。
すなわち,甲3によれば,本件原出願の出願日である1978
年(昭和53年)4月28日から本件特許の存続期間満了日であ
る1998年(平成10年)4月28日までの間における対象と
なる製品は,商品コード「LBP-10」の製品から開発コー
ド「●(省略)●」の製品までの44種類の製品となる。
これらの製品について,本件特許が実施されていることを示す
○印は34個存在するから,本件特許の実施率は,77.27
%(34/44)となる。
b(a)LBP
本件原出願の出願日である1978年(昭和53年)4月2
8日から本件特許の存続期間満了日である1998年(平成1
0年)4月28日までの間に被告が出荷したLBPの累計出荷
台数は,1997年(平成9年)までの出荷累計台数3650
万台に,1998年(平成10年)単年の出荷台数900万
台(4550万台-3650万台)の4分の1(1月~3月の
3か月分)である225万台を加えた3875万台である。
このうち,本件特許が実施された製品の累計出荷台数は約2
994万台(3875万台×77.27%)である。
(b)MFP等
本件原出願の出願日である1978年(昭和53年)4月2
8日から本件特許の存続期間満了日である1998年(平成1
0年)4月28日までの間に被告が出荷したMFP等の累計出
荷台数は,1997年(平成9年)までの累計出荷台数約46
万台に,1998年(平成10年)単年の出荷台数約33万台
の4分の1(1月~3月の3か月分)である8万台を加えた約
54万台である。
このうち,本件特許が実施された製品の累計出荷台数は約4
1万台(約54万台×77.27%)である。
(c)合計
以上によれば,本件特許を実施した被告のLBP,MFP等の
出荷台数は,合計約3035万台である。
(オ)通常であれば設定されたであろう実施料率
①本件特許は,レーザー光学系を使用する普及タイプのLBPやM
FP等においてほとんど不可避な基本特許であること,②本件発明の
技術が遅くとも1979年(昭和54年)から長期にわたって実施さ
れていること,③本件発明の技術を実現することは容易であり,その
実現にコストがかからないこと,④そのような価値ある製品の普及に
よる社会的貢献度が大きいこと,⑤被告自身が本件特許を1級と評価
し,また,原告に優秀社長賞を与えていることなどを考慮すると,そ
れらの特許の実施料率は通常の特許の実施料率よりもはるかに高いも
のと考えられる。
そして,社団法人発明協会発行の「実施料率」(第4版)(甲1
7)によれば,プリンタ,複写機等の“その他の機械”の分野におけ
る実施料率は5%にピークがある分布をしており,10%以上の実施
料率を設定した契約が10%弱存在する。
以上を総合すれば,本件特許について「通常であれば設定されたで
あろう実施料率」は,10%とするのが相当である。
(カ)本件発明により被告が受けるべき利益の額
以上を前提に,第三者製品及び被告製品に関して本件特許を有償で
ライセンスしたと仮定した場合の被告の得べかりし実施料を算定する
と,第三者製品に関しては89億8800万円,被告製品に関しては
121億4000万円となり,その合計額は211億2800万円と
なる。
第三者製品に関する被告の得べかりし実施料=4000円×(22
94万台+41万台)×10%=121億4000万円
被告製品に関する被告の得べかりし実施料=4000円×(208
6万台+161万台)×10%=89億8800万円
イ算定方法2による算定額(争点3-3)
別件訴訟における第1審判決又は控訴審判決の算定方法に大筋で基づ
く場合には,本件発明により「被告が得るべき利益」は,被告の全ライ
センシーにおける譲渡価格に,標準包括ライセンス料率及び本件発明の
寄与度を乗じて算出されるべきである。
(ア)被告の後記主張のとおり,被告の全ライセンシーにおけるLBP
譲渡価格は,3兆7437億1573万6544円,被告の全ライセ
ンシーにおけるMFP等譲渡価格は1兆0185億5575万295
7円,LBP及びMFP等の標準包括ライセンス料率は,LBPにつ
き2.37%,MFP等につき2.88%とする。
(イ)本件発明の寄与度は,9~36%とするのが相当である。
すなわち,本件は,対象特許が包括的ライセンスの対象とされてい
た東京地方裁判所平成14年11月29日判決(平成10年(ワ)第
16832号,平成12年(ワ)第5572号)の事案(以下「日立
事件」という)と同類・同系統の訴訟事件であり,本件発明の価値は
日立事件における発明の価値に対して著しく大きな差は存在しないか
ら,本件発明については,日立事件の控訴審判決(寄与率を10~4
0%と認定)と同程度の寄与度率が認められるべきである。
そして,上記対象特許発明と比較して,本件発明の価値は,被告社
内評価を基にして下記のように評価できる。すなわち,上記対象特許
発明は特級(15万円)で優秀社長賞(30万円)を受賞し,本件発
明は1級(10万円)で優秀社長賞(30万円)を受賞している。そ
れぞれの合計額を比較すると,上記対象特許発明は45万円,本件発
明は40万円であり,本件発明は上記対象特許発明の約90%(40
/45×100%=88.9)の価値を有するものといえる。%
上記対象特許発明の寄与率は,日立事件の控訴審判決と同様に10
~40%とすべきであるから,本件発明の寄与率は,その約90%,
に当たる9%~36%とするのが相当である。
(ウ)以上を前提に,本件発明により被告が受けるべき利益を算定する
と,103億2544万2174円~425億0176万8710円
となる。
LBPに関する被告が受けるべき利益=3兆7437億1573万
6544円×2.37%×9~36%=79億8534万5665円
~319億4138万2664円
MFP等に関する被告が受けるべき利益=1兆0185億5575
万2957円×2.88%×9~36%=26億4009万6509
円~105億6038万6047円
ウ本件発明の自己実施によって受けるべき利益の額(争点3-4)
被告は,本件発明を自己実施することにより,世界初のLBP実用機
であるLBP-10を他社に先駆けて開発し,1979年(昭和54
年)4月に発売して以降,早くとも1984年(昭和59年)までは他
社にライセンスすることもなく(乙122~130),本件発明の独占
権を享受して独占的な立場で膨大な売上を上げ,さらに,他社にライセ
ンス後も,本件発明により,確固たる技術的優位を保つことで長年に渡
り独占的な立場で膨大な売上を上げ続けている。
したがって,被告が本件発明を自己実施することにより莫大な超過利
益を得ていることは明らかである。
(2)被告の主張
ア被告が被告ライセンス契約において本件発明により得た利益の額につ
いて(争点3-3)
前記3(2)のとおり,被告が本件発明を対象とする包括ライセンス契約
により得た利益の額は,被告の全ライセンシーにおける本件発明を実施
した製品の譲渡価額に,被告ライセンス契約中の標準包括ライセンス料
率及び被告ライセンス契約における本件発明の寄与度を乗じて算出すべ
きである。
(ア)被告の全ライセンシーによる本件発明の実施品の譲渡価格
被告の全ライセンシーによる本件発明の実施品の譲渡価格は,被告
の全ライセンシーにおける譲渡価格(=被告以外の全他社の譲渡価格
合計額×全ライセンシーのシェア)×本件特許権の効力が及ぶ地理的
範囲内に含まれる製品の割合×全ライセンシーにおける本件発明の実
施割合によって算定される。
被告の全ライセンシーにおけるLBP,MFP等の譲渡価格は,次
のとおりである。
a全ライセンシーにおけるLBPの譲渡価格
本件基準期間における被告の全ライセンシーにおけるLBPの譲
渡価格は,3兆7437億1573万6544円である。
算定式・本件基準期間におけるLBPの全他社譲渡価格合計4兆
3714億5695万5327円(別表1の(b)欄の合計欄)×全
ライセンシーの販売シェア85.64%(別表1の(c)欄)
b全ライセンシーにおけるMFP等の譲渡価格
本件基準期間における被告の全ライセンシーにおけるMFP等の
譲渡価格は,1兆0185億5575万2957円である。
算定式・本件基準期間におけるLBPの全他社譲渡価格合計1兆
2353億6173万7972円(別表2の(b)欄の合計欄)×全
ライセンシーの販売シェア82.45%(別表2の(c)欄)
(イ)本件特許権の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合
被告の得た独占の利益は,特許権の禁止効に由来するものであり,
かかる禁止効は,本件基準期間(本件特許の出願公開日である198
6年(昭和61年)5月12日から存続期間満了日である1998
年(平成10年)4月28日まで)働くものである。
本件発明については,本件特許(日本特許)のみが存在し,対応外
国特許は存在しないから,本件発明の効力が及ぶ範囲(本件発明の適
用がない地域において製造及び販売がされた製品の割合を除いたも
の)は,(i)日本国内において生産されたもの,及び(ii)日本以外(海
外)において生産されたもののうち,日本へ輸入され,日本で販売さ
れたものである。(i)は,全世界で生産されたLBP,MFP等におけ
る日本生産の割合によって求められる。(ii)は,全世界で生産された
LBP,MFP等における海外生産の割合に,海外で生産されたLB
P,MFP等のうち,日本に輸出され,日本国内で販売された割合を
乗じることにより得られる。もっとも,海外で生産されたLBP,M
FP等のうち,日本に輸出され,日本国内で販売された割合は不明で
あるので,全世界で生産されたLBP,MFP等における海外生産の
割合に,全世界で販売されたLBP,MFP等における日本販売の割
合を乗じることによって代替するものとする。
そして,本件基準期間の各年の資料がないため,別件訴訟で提出し
た平成13年(2001年)の資料(乙148)を基に,次のとおり
推計する。まず,被告を除く第三者による平成13年の日本の生産・
販売比率を求め,昭和58年(1983年)と平成13年との間は各
年ごとに日本の生産・販売比率を均等割で逓減させる。このようにし
て求められた各年の日本の生産・販売比率について,本件基準期間に
ついて譲渡価格との加重平均を求めることとする。
aLBPについて
乙148によれば,まず,被告を除く第三者による平成13年の
日本の生産比率は41.65%である。次に,乙148によれば,
平成13年の,第三国(その他)で生産され,かつ日本で販売され
たものの比率は8.85%(=58.35%×15.17%)であ
る。
したがって,被告を除く第三者による平成13年の日本の生産・
販売比率は50.5%(=41.65%+8.85%)である。
昭和58年の100%と平成13年の50.5%を基に,日本の
生産・販売比率を各年毎に均等に逓減させ(各年2.75%ず
つ。),各年の日本の生産・販売比率を,各年の全他社譲渡価格が
本件基準期間の全他社譲渡価格合計の総額に占める比率をウエイト
として加重平均することにより,本件発明の効力が及ぶ範囲(割
合)を求めると,72.69%となる(別表1の(d)欄。乙14
9)。
bMFP等について
乙148によれば,まず,被告を除く第三者による2001年(
平成13年)の日本の生産比率は17.11%である。次に,乙1
48によれば,2001年(平成13年)において,第三国(その
他)で生産され,かつ日本で販売されたものの比率は19.50
%(=82.89%×23.53%)である。
したがって,被告を除く第三者による2001年(平成13年)
の日本の生産・販売比率は36.61%(=17.11%+19.
50%)である。
昭和58年の100%と平成13年の36.61%を基に,日本
の生産・販売比率を各年毎に均等に逓減させ(各年3.52%ず
つ。),各年の日本の生産・販売比率を,各年の全他社譲渡価格が
本件基準期間の全他社譲渡価格合計の総額に占める比率をウエイト
として加重平均することにより,本件発明の効力が及ぶ範囲(割
合)を求めると,54.18%となる(別表2の(d)欄。乙15
0)。
(ウ)全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件発明の実施割合
本件発明が全ライセンシーの譲渡製品中に実施されていることの立
証はない。
また,本件発明は,前記4(2)イのとおり,被告製品において一切実
施されていないから,被告の譲渡製品中に占める本件発明の実施割合
を基礎として,全ライセンシーにおける本件発明の実施割合を推認す
ることもできない。仮に被告において本件発明を実施しているといえ
る余地があるとしても,縦長ビームスポットを形成することは,画素
が600dpiまで微細化され,画素がビームスポットよりも小さく
なった1990年(平成2年)ころ以降は,その技術的意義が失われ
ており,また,現実の製品においては,一体成型技術により絞りの設
定位置の誤差の問題が解消され,本件発明の唯一の新規な特徴であ
る,光束がコリメートされているところに絞りを設ける構成の技術的
意義は失われ,さらに,縦長ビームスポットを形成・作出する技術に
ついても,多数の代替技術ないし競合技術が存在する。
そして,ライセンシーにおいては,自社で開発した技術や公知の代
替技術ないし競合技術があれば,自社の開発能力の維持発展やライセ
ンス契約更新時における交渉力維持を図るため,これらの技術を使用
する傾向があること等の事情を総合考慮すれば,ライセンシーの実施
割合は,被告の実施割合よりもはるかに低く,ほとんどゼロに近いも
のと推認される。
したがって,全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件発明の実施
割合は,0%である。
以上のとおり,被告の全ライセンシーにおける本件発明の実施割合
がゼロであることから,被告の全ライセンシーによる本件発明の実施
品の譲渡価格は,LBP,MFP等とも0円となる。
(エ)被告ライセンス契約中の標準包括ライセンス料率及び被告ライセン
ス契約における本件発明の寄与度
a被告ライセンス契約中の標準包括ライセンス料率は,LBPが2.
37%,MFP等が2.88%であることは,前記3(2)ア(イ)のとお
りである。
b被告が本件基準期間内において保有する登録特許のうち除外されて
いない登録特許の件数の平均が,LBPにつき7849件,MFP等
につき1万2417件であることは,前記3(2)ア(ア)cのとおりであ
る。
これらの登録特許は,本件基準期間内において消滅したり新たに加
わったりしており,被告ライセンス契約への寄与は本件基準期間内に
どの程度存続したかで変動するものと考えられるが,すべての本件基
準期間内の登録特許について本件基準期間内にどの程度存続したか厳
密に計算することは計算技術上ほぼ不可能である。そこで,別件訴訟
においては,別件基準期間内に公告・登録期間がかかる登録特許及び
別件基準期間内に公開されて後に登録になった特許(以下「別件基準
期間内登録特許」という。)は,いずれも平均してほぼ0.5件分程
度の寄与をしているものと想定し(乙145の1),上記件数の2分
の1を「基準となる対象特許数」とした。別件基準期間は1983
年(昭和58年)4月から2001年(平成13年)10月までの約
18年間であるのに対し,本件基準期間は1986年(昭和51年)
5月から1998年(平成10年)4月までの約12年間であり,別
件基準期間の3分の2である。そこで,別件訴訟における「基準とな
る対象特許数」が別件基準期間内登録特許の件数の「2分の1」であ
り,本件基準期間が別件基準期間の3分の2であることを考慮する
と,本件における「基準となる対象特許数」は,本件基準期間内登録
特許の件数の「5分の3」となる。
したがって,LBPにつき4709件,MFP等につき7450件
が本件基準期間において対象となる被告保有特許数である。
c本件発明は,代表特許でも提示特許でもなく,かつ,ライセンシー
製品において実施されていることは一切立証されていないため,被告
クロスライセンス契約の締結に対し,極く僅かな貢献しか認められな
い。また,仮にライセンシー製品における本件発明の実施割合が0%
と認められないとしても,本件発明の寄与度は,極めて小さいものと
いえる。
以上によれば,本件発明の寄与度は,被告ライセンス契約における
本件基準期間内の被告保有特許(LBPにつき4709件,MFP等
につき7450件)のうちの1件に対し,極く限られた価値しか有し
ないものである。
仮に本件発明の価値を1件に対し0.01件分の価値を有するもの
とした場合,本件発明の実施料率は,LBPについては,被告ライセ
ンス契約における標準包括ライセンス料率である2.37%を470
9で除して0.01を乗じた0.0000050%(別表1の(f)
欄),MFP等については,被告ライセンス契約における標準包括ラ
イセンス料率である2.88%を7450で除して0.01を乗じた
0.0000039%(別表2の(f)欄)となる。
(オ)小括
以上によれば,本件発明の実施料率(前記(エ))を乗ずべき被告の
全ライセンシーによる本件発明の実施品の譲渡価格は0円であるの
で(前記(ウ)),被告が本件発明により得た利益の額は0円である。
イ本件発明の自己実施によって受けるべき利益の額(争点3-4)
前記3(2)イのとおり,①本件発明は,縦長ビームスポットを形成する
という構成は,ビームスポットが画素からはみ出る量をなるべく小さく
することによって「良好な記録」を得るという点に技術的特徴がある
が,画素が600dpiまで微細化され,画素がビームスポットよりも
小さくなった1990年(平成2年)ころ以降は,その技術的意義が失
われており,また,現実の製品においては,一体成型技術により絞りの
設定位置の誤差の問題が解消され,本件発明の唯一の新規な特徴であ
る,光束がコリメートされているところに絞りを設ける構成の技術的意
義は失われていること,②縦長ビームスポットを形成・作出する技術に
ついても,多数の代替技術ないし競合技術が存在し,被告のライセンシ
ーにおいては,自社で開発した技術や公知の代替技術ないし競合技術が
あれば,自社の開発能力の維持発展やライセンス契約更新時における交
渉力維持を図るため,これらの技術を使用する傾向があること等の事情
を総合考慮すれば,被告において本件発明を自己実施しているとして
も,特許権者である被告が本件特許権の禁止権による超過利益を得てい
るということはできず,被告による本件発明の自己実施により受けるべ
き利益の額は0円である。
6争点4(本件発明がされるについて被告が貢献した程度)について
(1)原告の主張
ア特許法は,職務発明の場合は,通常,使用者が実験設備,実験資材,
実験費用の負担,研究補助者の提供,文献の購入費用の負担など,発明
の完成に至るまでの資金提供をしていることを考慮して,公平の観点か
ら,発明者に特許権を与える一方で,使用者に職務発明についての特許
につき,通常実施権を与えることとしている。
してみると,職務発明についての「使用者の貢献度」として通常考え
られる「実験設備,実験資材,実験費用の負担,研究補助者の提供,文
献の購入費用の負担など,発明に至るまでの資金提供をしていること」
等の使用者が職務発明のために提供した便益は,特許法35条1項によ
る通常実施権の無償による取得と対価関係に立っているといえるので,
これらと全く同じ内容の使用者の貢献度を職務発明の譲渡対価の算定上
再び考慮することは,対価関係を欠き衡平を失する結果となるから許さ
れない。
したがって,使用者が職務発明のために提供した便益の価額を算定し
た上で,算定された価額から通常実施権の経済的価値を控除しても,な
お考慮すべきような価値を被告が立証できない限り,その価額を「使用
者の貢献度」として考慮することは許されない。
イ(ア)原告が半導体レーザーを使用するレーザー走査光学系の開発に携
わったのは,1970年代中ごろの普及型LBPの基礎開発当初か
ら,1984年(昭和59年)のLBP-CXに始まった卓上型普及
タイプのLBP事業の開始に至るまで,およそ8年間であった。半導
体レーザーを使用するレーザー走査光学系の開発に携わった当初,原
告は,管理職ではなく,研究開発計画に参画する主任研究員の職位に
もなく,与えられた研究開発テーマに従事する単なる専門職の職位に
あったにもかかわらず,自主的に開発責任意識を持って,その革新性
と創造性に取り組む意欲と先見性等により積極的に提案を行い,本件
発明を生み出した。
すなわち,昭和51年,被告は「LBP-200L」というLBP
を世界で初めて市販するが,これはHe-Ne(ヘリウム-ネオン)
のようなガスレーザーを用いた大型コンピュータ用の高速プリンタで
あった。しかし,ガスレーザーは,高価な装置である上,1メートル
近くもある大きなものであり,さらに変調器やその関連の光学系のた
めに2メートル以上のスペースが必要なため,ガスレーザーを用いる
当時のLBPは,必然的に,現在のような小型のデスクトップタイプ
LBPとは比較にならないほど大きく,また,高価(数千万円~数億
円)なものにならざるを得なかった。にもかかわらず,昭和51年当
時,半導体レーザーを使用するという考えは極めて少なく,被告にお
いても,半導体レーザーを用いて小型のプリンタを開発することは,
正式なテーマとして認められていなかった。そのため,被告内におけ
る半導体レーザーを用いた小型のプリンタの開発は,当初,予算も割
り当てられない状況で,一部の研究者によって勤務時間終了後に進め
られた。
そのような状況にあったにもかかわらず,原告は,昭和51年当時
から,He-Neのようなガスレーザーに代わって半導体レーザーが
将来のLBPの光源になることを予測し,光学系の革新の必要性を強
く感じていた。そのため,原告は,昭和51年ころから,半導体レー
ザーを使用するレーザー走査光学系に関する研究計画を自主的に提案
し,半導体レーザーを使用する場合の光学系における種々の問題点の
検討やそれらの解決方法等の検討を行い,それらの検討を通じて本件
発明を生み出した。
このように,本件発明は,被告においてほとんど技術的蓄積がなか
った半導体レーザー走査光学系の分野について,業務命令がなかった
にもかかわらず,原告が自主的に提案を行い,さらに,原告が継続的
に自発的かつ積極的な実験と設計検討を行ったことによって生み出さ
れた原告の努力の賜物であり,その発明を完成に至らしめるための技
術開発の推進は,前記研究計画の提案を行った当時の原告の地位が単
なる専門職の研究員であったことを考慮すると,原告の職責をはるか
に超えた貢献であった。
また,本件特許が1級の評価を与えられるとともに個人としては最
高の評価である優秀社長賞を受賞していること等から明らかなよう
に,被告自身が本件発明の重要性及び原告の貢献度を極めて高く評価
している。
さらに,本件特許は,本件原出願からの分割出願に係る特許である
が,原出願明細書の基となる提案書は,原告が自ら一人で作成してい
るところ,被告は提案書の内容のとおりに明細書を作成している。そ
して,本件特許について分割出願を行うに当たって,原告は被告の担
当者と相談して,特許請求の範囲の記載内容等を決定している上,本
件特許の明細書の記載内容は,原出願明細書の記載内容と大部分にお
いて一致している。
このように,原告は,本件発明を権利化する過程においても多大な
貢献をしており,被告が特段の貢献をしたわけではない。
(イ)以上のとおり,本件発明は元々業務命令になかった原告の自主提
案に始まった技術開発の展開における一つの結果であること,被告自
身も原告の貢献度を極めて高く評価していること,本件発明の権利化
の過程においても被告は特段の貢献をしていないことからしても,本
件発明に係る相当対価の算定に当たり考慮すべき被告の貢献度は多く
とも10%であるというべきである。
ウ被告の主張に対する反論
(ア)被告は,後記のとおり,本件発明に関する被告の貢献度は99%
を下らないなどと主張する。
しかし,本件発明は,何ら被告の技術蓄積によることなく,業務の
範疇を超えた原告の自主的な技術開発の蓄積に基づいて,単独で成さ
れた発明である。
よって,被告の上記主張は失当であり,「使用者の貢献度」は多く
とも10%である。
(イ)仮に被告の貢献度が多くとも10%であるとの主張が認められな
いとしても,日立事件の控訴審判決で認定された事実関係と本件の事
実関係とを比較すれば,本件は,日立事件と同類の事件であり,貢献
度については,むしろ本件の原告の方が高いことは明らかである。
したがって,原告の貢献度は日立事件判決の控訴審判決において認
められた発明者の貢献度(20%)を下回るべきではないから,被告
の貢献度は,80%未満である。
(2)被告の主張
ア本件発明の完成に対する被告の貢献
(ア)本件発明は,ガスレーザー及び半導体レーザーを光源とするLB
P,半導体レーザー光源のファクシミリやLDR等の研究・開発を目
的として,1973年(昭和48年)以降連続的に設けられたタスク
フォース等における研究開発において,かつ,その成果の継承と利用
に基づいて,完成されたものである(別表「「レーザー光学系の開発
経緯」参照)。
(イ)本件発明の縦長ビームスポットの作出と作用効果に関する技術思
想は,B1とB3を共同発明者とする1976年(昭和51年)3月
31日出願のB3・B1発明を基礎として,同発明がされた後のB1
をチーフとするタスクフォースにおける半導体レーザー光源LBPの
高精細化,高解像度化の研究開発の進展により,発明として結実した
ものである(別表「ビームスポット形状等の変遷表」参照)。
(ウ)本件発明は,被告における半導体レーザー光源LBPの研究開発
に,その正に黎明期から,実働部隊のリーダー,タスクフォースのチ
ーフとして従事したB1と光学部にあって試作機等のレンズ及び半導
体レーザー光学系の開発・設計を担当した光学技術者の原告によっ
て,TR-029のタスクフォース活動の成果として完成されたもの
である。
(エ)以上によれば,本件発明の完成に対する被告の貢献度は極めて高
く評価されるべきものである。
イ本件発明の権利化及び権利維持における被告の貢献
(ア)本件発明の審査経過は,次のとおりである。
昭和53年4月28日本件原出願(特願昭53-51848号)
昭和60年9月18日分割出願(本件出願)
出願審査請求
昭和61年5月12日本件出願の出願公開
昭和62年4月3日拒絶理由通知
昭和62年7月17日意見書・手続補正書提出
昭和63年1月27日拒絶査定
昭和63年3月31日拒絶査定に対する審判請求書提出
平成元年10月16日審判請求理由補充書提出
平成元年10月24日拒絶理由通知
平成2年1月12日意見書提出
平成4年10月13日本件出願の出願公告決定
平成5年2月22日出願公告
平成5年5月特許異議申立て(7件)
平成6年2月21日特許異議答弁書提出
平成7年1月11日特許異議の決定(理由なし)
平成7年1月11日特許をすべき旨の審決(拒絶査定取消)
平成7年5月26日設定登録
(イ)a被告の特許部のB8(以下「B8」という。)は,原告が作
成,提出した原出願発明の提案書に基づき,原出願明細書を作成
し,昭和53年4月28日に本件原出願が出願された。
B8の部下であったB2と被告の開発部門のB5は,昭和60年
6月ないし9月ころ,本件原出願に基づく分割出願の検討を行い,
同年9月18日に本件原出願からの分割出願として本件出願が行わ
れた。
分割出願時の特許請求の範囲の記載は,次のとおりであった。
「レーザ光源からの光束を結像光学系により感光媒体上にビームス
ポットとして形成し,該ビームスポットを感光媒体上で,感光媒体
に対して相対的に走査させることにより記録を行なう光学系に於い
て,前記感光媒体上に於けるビームスポツトの形状が,走査方向の
長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様に,前記
結像光学系でレーザ光源からの光束を感光媒体上に形成する事を特
徴とする記録光学系。」
b特許庁は,被告に対し,昭和62年4月3日付け拒絶理由通知(
乙100)を発した。拒絶理由の要旨は,本件発明は出願前公知技
術から容易に発明し得るため,進歩性がないというものであった。
被告は,上記拒絶理由通知に対し,B2の発案に基づき,昭和6
2年7月17日付け意見書(乙101)及び手続補正書(乙10
2)を提出した。上記手続補正書による補正により,特許請求の範
囲について,分割出願時には単に「レーザー光源」としていたの
を「半導体レーザー光源」に限定するとともに,「偏向器と対物レ
ンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設け,この
絞りにより」との限定を加えた。
B2がこの2つの限定を加えた補正のねらいは,以下のとおりで
ある。上記拒絶理由通知において,特公昭46-20442号公
報(「引用例」)には,レーザー光源を利用した記録光学系におい
て,感光媒体に於けるビームスポットの形状を変化させることが記
載されている旨の記載があったが,「引用例」は,レンズの位置を
変化させデフォーカスすることで被走査媒体上でのビームスポット
形状を制御するものであり,ビームスポット形状の制御のために,
結像性能を若干犠牲にするものであった。これに対しB2は,ビー
ムスポットの形状の制御をレンズ位置の変化ではなく,「絞りによ
り」行えば,常に結像された状態のビームスポットが得られるの
で,このように補正すれば,引用例と異なる構成とすることができ
ると考え,上記手続補正書により,ビームスポット形状の制御を「
絞りにより」行うことに限定した。
しかし,ビームスポット形状の制御を「絞りにより」行うことは
当業者において自明のことであると審査官が判断する可能性が高い
のではないかとの懸念が生じた。
そこで,B2は,上記手続補正書により,「レーザー光源」を,
発散光束を射出する「半導体レーザー光源」に限定するととも
に,「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているとこ
ろに絞りを設け,この絞りにより」との限定を加えることによ
り,「半導体レーザー光源」を用いた光学系における絞りの位置を
限定し,「半導体レーザー光源」を用いた光学系であっても容易に
被走査媒体上でのビームスポット形状を制御できるという作用効果
を主張することで,より特許性が認められ易くなるものと考え,上
記補正を行った。
しかし,特許庁は,「ビーム成形のため絞りを利用することは,
慣用技術程度のことと認められる。(例えば,特公昭49-168
23号公報,特開昭48-66856号公報参照)」との理由で,
昭和63年1月27日付けで拒絶査定をした。
c被告は,昭和63年3月31日付けで拒絶査定に対する不服審判
請求を行い,さらに,平成元年10月16日付け審判請求理由補充
書(甲46)を提出した。上記審判請求理由補充書において,被告
は,特許庁審査官が拒絶理由通知及び拒絶査定において指摘する先
行技術文献のいずれにも,半導体レーザーを光源とする光学系にお
いて,ビームスポットの形状を制御しようとしたときに生じる問題
点を開示あるいは示唆する記載はなく,本件発明は容易にされるも
のではない旨主張した。
特許庁は,被告に対し,本件発明に進歩性がないことを理由に,
平成元年10月24日付け拒絶理由通知(乙105)を発した。拒
絶理由の要旨は,本件発明は出願前公知技術から容易に発明し得る
ため,進歩性がないというものであった。
これに対し被告は,平成2年1月12日付け意見書(乙15)を
提出し,本件発明は各引用例から容易に想到できたものではなく,
本件発明には進歩性があることを主張した。
本件出願は,平成4年10月13日付けで出願公告決定を得て,
平成5年2月22日に出願公告がされた。
以上の手続は,B2及びB5が担当した。
d本件出願の出願公告に対し,平成5年5月,ミノルタカメラ株式
会社,松下電器産業株式会社,コニカ株式会社等の競合他社などか
ら特許異議の申立て(合計7件)がされた。特許異議の申立ての主
な理由は,本件発明は先行技術文献から容易に想到できるため進歩
性がないというものであった。
被告は,各特許異議の申立てに対し,答弁書を提出して,特許異
議の申立てに理由がないことを反論した。
その結果,特許庁は,平成7年1月11日,いずれの特許異議の
申立についても,申立てに理由がない旨の決定をした。また,同
日,特許庁は,拒絶査定に対する不服審判請求について,拒絶査定
を取り消し,本件発明を特許すべきものとする旨の審決を行った。
同年5月26日,本件特許が設定登録された。
以上の手続を担当したのは,B2,その部下のB9,B5であっ
た。
(ウ)以上のとおり,本件発明の権利化及び権利維持は,昭和53年か
ら平成7年までの18年間にわたり,多大な費用及び労力をかけて行
われたものであるが,これに対する原告の関与は,本件発明とは,そ
の技術的課題・目的及び特徴を全くことにする原出願発明の提案書を
職務上作成・提出したことのみであり,そのほかは,全てB2,B5
を始めとする被告の知財部門及び開発部門の担当者の尽力によるもの
である。
そして,本件発明は,拒絶査定を受けたものの,B2らの粘り強い
対応により,拒絶査定に対する不服審判において特許性が認められ,
本件特許権の設定登録がされたものである。
したがって,本件発明の権利化及び権利維持における被告の貢献,
殊に,本件原出願において原告が意図していなかった本件発明の構成
に特許性を見出して本件発明を権利化したB2及びB5の貢献は,極
めて大きいものと評価されなければならない。
ウ本件発明に関するその他の被告の貢献
(ア)ライセンス契約交渉等における被告の貢献
被告のライセンス契約の締結交渉は,知的財産法務本部が行ってお
り,原告は一切関与しておらず,原告の貢献はゼロである。
被告ライセンス契約の大多数は包括ライセンス契約であり,一部は
包括クロスライセンス契約があるが,このようなライセンス契約にお
いて,本件特許は膨大な特許群の中の一特許としてライセンスされて
いるにすぎない。また,被告は,これらの契約においてライセンス料
を支払う義務を負う契約は1件もない反面,過去毎年,多額のライセ
ンス料を稼得してきた。これは,直接的には,ライセンス契約におけ
る被告の許諾対象特許等の件数が,本件基準期間内登録特許に限って
もLBPにつき7849件,MFP等につき1万2417件と膨大で
あること,被告の許諾対象特許等の網羅性が大きな要因であるが,基
本的には,被告の特許戦略の成功によるものである。
このような競合他社にはみられない被告の特許戦略に基づくライセ
ンス料収入における被告の貢献も,極めて大きいものとして考慮され
なければならない。
(イ)本件発明後のLBP事業・市場の拡大における被告の貢献
本件特許のライセンスによる独占の利益としてのライセンス料の獲
得は,前述の特許戦略に加え,被告の様々な努力によるLBP事業の
成功とLBP市場の急速な拡大によるものである。
被告は,1975年(昭和50年)に世界で初めてLBPを発表し
製品化し,1979年(昭和54年)に世界で初めて半導体レーザー
を実用化した小型LBP(LBP-10)を発売し,更に1983
年(昭和58年)にオールインワンのレーザースキャナーユニットや
使い捨てのカートリッジを採用するなどして,従来に例を見ない小型
化・軽量化・低価格化に成功したLBP-CXを発売し,その後にお
いてもLBP市場で革新的な新製品を発売し続けるなど,絶え間なく
巨額の研究開発費を投入して,LBPの研究,開発,改良に取り組み
続けてきたことによるものである。被告が,LBP等の製品を含めそ
の様々な製品で消費者から被告の技術に対する信用を勝ち得て,キヤ
ノンブランドの優位性を確立したことも,被告のLBP等の事業の成
功の要因である。
このような被告の様々な努力によりLBP市場が拡大したことも,
被告の貢献として考慮されなければならない。
(ウ)巨額の研究開発費の継続的出捐
被告は,事務機部門の研究開発費として,LBP開発当初の197
3年(昭和48年)から本件発明の完成時の1978年(昭和53
年)に至るまでに合計約48億3100万円,その後1979年(昭
和54年)から本件特許の存続期間満了日である1998年(平成1
0年)までの間に合計約7998億4300万円を支出している。
以上のとおり,被告は,巨額の研究開発費を継続的に出捐し,これ
により多数の職務発明について多数の特許を継続的に取得し続けてお
り,これらがライセンス収入の源泉となっているのであるから,当該
研究開発費の出捐も,被告の貢献として考慮されなければならない。
(エ)原告に対する給与等の支払及び業務基盤の提供等
a被告は,原告が被告の従業員として在籍していた昭和43年4月
から平成14年8月までの間に,原告に対し,多額の給与,賞与,
退職金等の金員を支払ったほか,今後退職年金等を支払い続けるも
のであって,それらの合計額は3億円を超す金額となる。また,被
告は,労働保険料,社会保険料の事業主負担分として,1937万
円を超す金額を負担した。
被告の上記支払及び負担は,本件発明の完成を含め,原告の被告
における業務遂行の対価として支払われたものであり,かつ,十分
な金額と評価できるものであるから,本件発明に係る相当の対価の
算定に当たり,被告の貢献として考慮されなければならない。
b被告は,原告に対し,原則終身雇用体制による安定した職の提
供,各種会社設備,専門スタッフ等の整備による労働環境の提供に
より,原告が事業リスク,生活上のリスク等のリスクを負うことな
く安定して研究開発に打ち込むことができる業務基盤を提供した。
かかる業務基盤の提供は,現に原告が研究開発を行うに当たって
の具体的な支援であると同時に,仮に原告の研究開発が成功しなか
った場合のリスクの負担であり,原告が被告に雇用されることなく
個人で研究を行っていたとすれば,決して得ることのできなかった
ものであるから,本件発明に係る相当の対価の算定に当たり,被告
の貢献として考慮されなければならない。
エ小括
前記アないしウの事実及びこれらに関連する一切の事情を総合考慮す
れば,本件発明に関する被告の貢献度は,99%を下らない
7争点5(本件発明に係る相当の対価の額)について
(1)原告の主張
ア相当の対価の額
(ア)前記5(1)のとおり,本件発明により被告が受けるべき利益の額
は,算定方法1により算定した場合は,合計211億2800万円(
前記5(1)ア(カ)),算定方法2により算定した場合は,合計103
億2544万2174円~425億0176万8710円(前記5(1
)イ(ウ))となる。
(イ)前記6(1)エのとおり,本件発明に関する被告の貢献度は,多く
とも10%である。
(ウ)前記2(1)のとおり,本件発明は,原告が単独で行ったものであ
り,B1は,タスクフォースのチーフとしてからの立場上,当時の慣
行として形式的に共同発明者として名を連ねたに過ぎないから,共同
発明者間における原告の貢献度は100%である。
(エ)以上を前提に,本件発明に係る相当の対価の額を算定すると,算
定方法1により算定した場合は,190億1520万円,算定方法2
により算定した場合は,92億9289万7957円~382億51
59万1839円となる。
したがって,原告は,被告に対し,本件発明に係る相当の対価とし
て,190億1520万円を請求できるというべきである。
・算定方法1の場合の計算式
211億2800万円×(1-0.1)×1
・算定方法2の場合の計算式
(103億2544万2174円~425億0176万8710
円)×(1-0.1)×1
イ中間利息の控除
(ア)オリンパス事件最高裁判決は,対象発明の権利承継時期を特定す
ることも中間利息の控除(またはそれらの必要性の指摘)を行うこと
もなく,原審と同様,上告人(オリンパス株式会社)に対して228
万9000円の支払を命ずる判決を下しているのであるから,特許法
旧35条3項の「相当の対価」の算定につき,中間利息を控除する必
要はないという立場を採用しているものと解される。
仮に相当の対価支払請求権の行使可能時からの中間利息の控除を認
めたとしても,権利譲渡者は,相当の対価支払請求権の行使可能時か
ら相当の対価支払時までの遅延損害金を請求できるため,結論はそれ
程変わらず,むしろ,オリンパス事件最高裁判決を含む過去の裁判例
により蓄積された実務慣行,すなわち,訴状送達の日の翌日からの遅
延損害金を請求するという実務慣行に反し,新たな遅延損害金の請求
をする必要が生じるという煩雑性が生じる。
このような煩雑性回避の観点からすれば,少なくとも,権利承継
後,履行請求の時点までに発生した「使用者等が受けるべき利益」に
基づく相当の対価の部分については,将来の分を事前に受領すること
にはならないため,中間利息の控除を考慮する必要はないと解すべき
である。使用者等の「受けるべき利益」は,そもそも将来の予測にす
ぎず,後から振り返ってみた場合に,後日の特定時点で特定の利益が
得られていたとしても,そのことから直ちに,権利承継時点におい
て,当該特定時点で当該特定の利益が見込まれていたともいえないか
ら,後日の収益から単純に中間利息を控除しても,「受けるべき利
益」が一義的に算出されるものではなく,まして,口頭弁論終結時に
おいても将来取得できる可能性のある利益として予測されるにすぎな
いものについては,なおさら不確実なものにすぎないから,この不確
実な予測を基礎として,厳密に中間利息の控除をしたとしても,結局
それは不確実性の残る数値にすぎない。このように,もともと不確実
な「受けるべき利益」について中間利息のみを厳密に算定して控除す
るのは不合理であることからしても,中間利息の控除を認めるべきで
はない。
(イ)特許法旧35条3項が規定する相当の対価支払請求権は,当事者
間の合意に基づいて発生するものではなく,特許法旧35条3項が規
定する要件を満たすことにより発生する法定債権である。このような
法定債権については,不法行為に基づく損害賠償請求権のように被害
者保護という政策的観点から判例により例外的に損害の発生と同時に
履行の遅滞になる場合を除き,民法412条3項の規定する期限の定
めのなき債務に該当し,債務者は,履行の請求を受けた時から遅滞の
責任を負うものと解される。
したがって,特許法旧35条3項に基づく相当の対価支払債務も,
履行の請求を受けた時から遅滞の責任が生じ,この時点から遅延損害
金の支払債務が発生すると解すべきである。
そうすると,仮に相当の対価支払債務の発生時期や算定時期を対象
特許発明の権利承継時としたとしても,権利譲渡者は,履行の請求を
するまで相当の対価を受領できない以上,少なくとも,権利承継後,
履行請求の時点までに発生した「使用者等が受けるべき利益」に基づ
く相当の対価の部分については,将来の分を事前に受領することには
ならないため,中間利息の控除を考慮する必要はないというべきであ
る。
本件において,被告は,平成8年6月13日の時点で原告に対し相
当の対価支払請求権の履行義務を負っていたのであり,被告はこの時
点で相当の対価を算定する義務を負っていたといえるから,仮に中間
利息の控除がされるとすれば,この時点を基準としてなされるべきで
ある。
ウ小括
以上によれば,原告は,特許法旧35条3項に基づき,被告に対し,
本件発明に係る相当の対価190億1520万円の一部請求として1億
円及びこれに対する平成7年12月27日(本件発明の実績に対する対
価の支払日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅
延損害金の支払を求める。
(2)被告の主張
ア相当の対価の額
(ア)前記5(2)のとおり,本件発明により被告が受けるべき利益の額
は,ゼロである。
(イ)前記6(2)エのとおり,本件発明に関する被告の貢献度は,99%
を下らない。
(ウ)被告によるLBP開発の中にあって,半導体レーザー光源LBP
は,当時の被告の技術者が,知力,労力を結集し,試行錯誤の末,世
界で初めて完成させたものである。
前記2(2)イのとおり,B1は,B3・B1発明の発明者として,「
縦長ビームスポット」の効用を熟知し,「改造機A」の実験で半導体
光源LBPの事業化の目途を立て,自らその印字サンプルを被告に報
告した上,TR-018,TR-027,TR-029のタスクフォ
ースのチーフとして,同LBPの高解像度・高精細化に取り組み,現
実のLBP開発の中で獲得し,また,勉学して得た電子写真プロセス
と光学の知識と経験に基づき,光束がコリメートされている位置に絞
りを設けた「デモ機」の光学構成が採用されて以降,TR-029の
タスクフォースで「LBP-10」を開発中,「縦長ビームスポッ
ト」により良好な画像を得るという課題を検討する中で,ほとんど原
告の関与・貢献なしに,本件発明を完成したものである。
したがって,B1の本件発明の完成における貢献度は,99%を下
ることはない。
(エ)以上のとおり,本件発明により被告が受けるべき利益の額は,0
円であるから,原告の本件発明に係る相当の対価の額は,0円であ
る。
イ中間利息の控除
特許法旧35条3項の規定する「相当の対価」は,「従業者等が有し
ていた発明を受ける権利を使用者等に承継(譲渡)したことによる対
価」であるから,その算定基準時は承継時(譲渡時)となる。上記算定
基準時の「相当の対価」の額は,権利譲渡後の事情も総合考慮して認定
されるが,使用者等が権利譲渡後の将来に実際に得た又は得るであろう
当該特許発明の独占的実施による超過売上げないし利益に基づいて自社
実施の場合の相当対価額を算定し,又はライセンサーたる使用者等が,
ライセンシーから実際に受領した又は受領するであろうライセンス料に
基づいて当該特許等をライセンスした場合の相当対価額を算定するとき
には,当該将来に得た又は得るであろう超過利益やライセンス料につい
ては,算定基準時に引き直して,割引価額が算定されなければならな
い。したがって,算定基準時後,すなわち譲渡時後に得た又は得るであ
ろう超過利益又はライセンス料は,当該期間に該当するライプニッツ係
数を乗じて減価されなければならない。
もっとも,「相当の対価」の算定基準時が権利承継(譲渡)時である
としても,発明者たる従業者等が,使用者等の定めた職務発明に関する
勤務規則等により,将来の一定の時期まで,使用者等に対して相当の対
価の支払を受ける権利を行使し得ない場合には,譲渡時から同権利の行
使が可能となる時までの期間について中間利息を控除することは公平の
観念に反するから,中間利息は同権利の行使可能時から超過利益又はラ
イセンス料が得られた又は得られるであろう時までの間についてのみ,
控除されるべきである。
本件において,本件発明の特許を受ける権利が原告から被告に対して
承継(譲渡)されたのは,遅くとも本件原出願の出願日である昭和53
年4月28日であるが,被告取扱規程上,原告が本件発明に係る相当の
対価の支払を受ける権利を行使することが可能となったのは,実績によ
る対価の支払を受けた平成7年12月26日であるから,同日以降に被
告が稼得したライセンス料については,中間利息が控除されなければな
らない。
したがって,被告は,原告が本件発明に係る相当の対価の支払を受け
る権利を行使することが可能となった平成7年12月26日の翌年の平
成8年以降の各年のライセンス料(超過利益があると認定される場合超
過利益も同様である。)について中間利息を控除することを求めるもの
である。具体的には,別表1及び別表2の「中間利息」欄((i)欄)記
載の中間利息控除のための係数を乗じることを求めるものである。
ウ小括
以上によれば,原告の本訴請求は理由がない。
8争点6(消滅時効の成否)について
(1)被告の主張
ア(ア)被告取扱規程(乙1の5)によれば,被告が従業者から承継した
特許を受ける権利に基づき特許を出願すれば出願時における対価が支
払われ,これが登録されれば登録時における対価が支払われるものと
され,さらに当該特許権を実施した実績があれば,実績に対する対価
が支払われ,その具体的な支払時期については,当該出願・登録・実
績(実施)のあった時期が被告の上期(1~6月)であれば当年下
期(具体的には12月末日又は現実の対価支払日)が,当該出願・登録
・実績(実施)のあった時期が被告の下期(7~12月)であれば翌
年上期(具体的には翌年6月末日又は現実の対価支払日)が,その支
払期日とされることになる。
被告取扱規程の上記支払時期に関する定めは,従業者による相当の
対価の支払を受ける権利の行使についての法律上の障害となるが,遅
くとも実績に対する対価についての支払時期が到来すれば,その支払
時期から消滅時効が進行を開始することとなる。なお,被告取扱規程
には,表彰及びこれに伴う賞金の支払時期に関する定めがあるが,結
果として表彰に伴う賞金が支払われることによって「相当の対価」の
額が増額されることになることは格別,被告の従業者が被告に対し,
表彰それ自体や表彰に伴う賞金の支払を請求することができるもので
はないから,表彰及びこれに伴う賞金の支払時期に関する定めは,相
当の対価の支払を受ける権利を行使するについての法律上の障害に当
たらない。
したがって,原告の本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権利
の消滅時効は,遅くとも被告が原告に対して実績による対価を支払っ
た平成7年12月26日の翌日である同月27日から進行し,平成1
7年12月26日の経過により消滅時効が完成した。
(イ)被告は,平成18年6月28日到達の内容証明郵便をもって,原
告に対し,原告の本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権利につ
いて,消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
(ウ)したがって,原告の本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権
利は,消滅時効により消滅した。
イこれに対し原告は,後記のとおり,被告が,原告に対し,被告取扱規
程に基づき,本件発明に係る表彰に伴う賞金を支払ったことが,債務の
承認として時効中断事由となる旨主張する。
しかし,表彰に伴う「賞金」は,「別途対価の額を加算する」(乙1
の5。21条4項)ものではあっても,それ自体はあくまで実績による
対価の支払により通常の「相当の対価」の支払が終了した後に恩恵的・
裁量的に支払われるにすぎないものであって,本来的には特許を受ける
権利の承継の「相当の対価」としての性質を有するものではないから,
賞金の支払は,そもそも,相当の対価支払債務の弁済に当たらない。ま
た,仮に賞金の支払が相当の対価支払債務の弁済になる余地があるとし
ても,一部弁済が時効中断事由としての「承認」に当たるためには,権
利の存在の認識(一部弁済の場合には「一部」であることの認識)と,
これを相手方に対して表示することが必要であるところ,上記表彰によ
る賞金は恩恵的に支払われたものであり,被告において相当の対価支払
債務の残額が存在すると認識する余地が全くないこと,被告は,本訴訴
訟及び別件訴訟の提起前から,平成15年7月11日付「回答書」(甲
8)等において,一貫して本件発明に係る相当の対価は既にその全額を
支払済みであると主張してきたことから明らかなとおり,被告がこれら
支払済みの対価の他に相当の対価の支払を受ける権利が存在すると認識
した事実も,それを原告に表示した事実も存しない。
したがって,被告による表彰に伴う賞金の支払が時効中断事由として
の「承認」に該当するものではない。
(2)原告の主張
仮に被告が主張するとおり平成7年12月26日の翌日が本件発明に係
る相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点であるとしても,被
告は,平成8年6月13日に被告取扱規程に基づいて原告に対し表彰によ
る賞金対価を支払っており,この賞金対価の支払は,同権利の対価の一部
の支払に該当するから,時効中断事由である債務の「承認」に該当し,上
記消滅時効は中断している。同権利の消滅時効は,平成8年6月13日の
翌日から新たに進行する。
原告は,平成18年6月12日,本件発明に係る相当の対価の支払を受
ける権利の元本の支払を催告し,それから6か月以内の同年12月11日
に本件訴訟を提起したことにより,元本債権の消滅時効が中断している。
元本債権が時効中断した場合,遅延損害金債権の元本の従属性により,遅
延損害金債権の消滅時効も中断する。
原告は,上記債務の承認の日から10年以内の平成18年6月12日に
催告をし,それから6か月以内の平成18年12月11日に本件訴訟を提
起しているため,原告の本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権利に
ついて,消滅時効は未だ完成していない。
第4当裁判所の判断
1争点1(被告取扱規程に基づいて支払われた対価額を超える対価請求の可
否)について
(1)被告は,①被告取扱規程は,特許法旧35条3項,4項の趣旨及び内容
に照らして,勤務規則として合理性を有し,原告に対する法的拘束力を有
している,②被告取扱規程に基づく本件発明の実績に対する対価及び優秀
社長賞の決定は,実質かつ慎重な審理を経て行われ,手続面及び実体面か
らみて相当性を有しているとして,原告は,被告取扱規程に基づいて被告
が支払った本件発明の特許を受ける権利の承継に係る対価額を超えて対価
を請求することはできない旨主張する。
ところで,特許法旧35条3項は,「従業者等は,契約,勤務規則その
他の定により,職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特
許権を承継させ,又は使用者等のため専用実施権を設定したときは,相当
の対価の支払を受ける権利を有する。」と規定し,同条4項は,「前項の
対価の額は,その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明
がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならな
い。」と規定している。
これらの規定によれば,特許法旧35条3項の相当の対価の額は,同条
4項の趣旨・内容に合致するものでなければならないというべきであるか
ら,勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利を使用者等に承
継させた従業者等は,当該勤務規則等に使用者等が従業者等に対して支払
うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が同
条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の
規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができ
ると解するのが相当である(最高裁判所平成15年4月22日第三小法廷
判決・民集57巻4号477頁(オリンパス事件最高裁判決)参照)。
これを本件についてみるに,前記争いのない事実等によれば,被告取扱
規程は,被告と被告の従業員が組織する労働組合であるキヤノン労働組合
との間で締結された労働協約における労使協議会の協議事項とする旨の規
定あるいは委任規定に基づいて,労使協議を経て,被告によって制定及び
改正されてきたものであるから,被告取扱規程は,特許法旧35条3項
の「契約,勤務規則その他の定」にいう「勤務規則」に当たるものと解さ
れる。
しかるに,「勤務規則」により定められた対価の額が特許法旧35条4
項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定
に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができるこ
とは上記のとおりである。
また,仮に被告が主張するように被告取扱規程に基づく本件発明の実績
に対する対価及び優秀社長賞の決定が実質かつ慎重な審理を経て行われた
としても,そのことから直ちに被告が支払った対価額が特許法旧35条4
項の規定に従って具体的に算定される対価の額に合致するということはで
きない。
したがって,被告が被告取扱規程に基づいて原告に支払った本件発明の
特許を受ける権利の承継に係る対価額が特許法旧35条4項の規定に従っ
て具体的に算定される対価の額に合致するかどうかを検討するまでもな
く,原告は被告が支払った上記対価額を超えて対価を請求することはでき
ない旨の被告の上記主張は,理由がない。
(2)これに対し被告は,オリンパス事件最高裁判決は,職務発明規程が,使
用者等によって「一方的に」定められ,かつ,「いまだ職務発明がされて
おらず,承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化する前
に,あらかじめ対価の額を確定的に定め」ていた場合において不足額請求
を認めた事案であるのに対し,被告取扱規程は労働協約に依拠して労使協
議の上制定・改正されたものである点,被告取扱規程においては職務発明
が「実績により会社に貢献したと認められ」て初めて「実績対価」の額が
決定され,対価の上限額が設けられておらず,かつ,異議申出と再評価申
請の権利が発明者に与えられている点において,本件は,オリンパス事件
最高裁判決と事案を著しく異にするから,同最高裁判決の射程範囲外であ
って,同最高裁判決は本件に適用されるべきではない旨主張する。
そこで検討するに,オリンパス事件最高裁判決中には,「いまだ職務発
明がされておらず,承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具
体化する前に,あらかじめ対価の額を確定的に定めることができないこと
は明らかであって」と判示する部分があるが,この部分は,職務発明がさ
れる前に対価の額を確定的に定めることができないとの一般的な事情を述
べて,勤務規則等により定められた対価の額が特許法旧35条4項の規定
に従って定められる対価の額に満たないときは,その不足額を請求するこ
とができることの理由としたものであって,不足額を請求することができ
る場合の要件を判示したものではないものと解される。
したがって,本件はオリンパス事件最高裁判決の射程範囲外である旨の
被告の上記主張は,採用することができない。
2争点2(本件発明の発明者)について
原告は,本件発明は,原告の単独発明であり,本件特許の特許公報にB1
が原告の共同発明者として記載されたのは,タスクフォースのチーフを形式
的に共同発明者とする当時の慣行に従い,タスクフォース「TR-029」
のチーフであったB1を形式的に共同発明者としたに過ぎないのであって,
B1は,本件発明の完成に全く寄与しておらず,共同発明者でない旨主張す
るのに対し,被告は,本件発明は,原告及びB1の共同発明である旨主張す
る。
ところで,「発明者」は,当該発明の創作行為に現実に加担した者をい
い,「発明者」といえるためには,当該発明の技術的思想(具体的には,技
術的課題及びその解決手段)を着想し,それを具体化することに関与したこ
とを要するものと解される。
そこで,本件発明が原告の単独発明であるか,あるいは原告及びB1の共
同発明であるかを判断するに当たり,まず,本件発明の技術的思想について
認定し,その上で,原告が本件発明の技術的思想の着想,具体化を単独で行
ったかどうかについて検討することとする。
(1)本件発明の技術的思想
ア本件出願の経緯
(ア)被告は,昭和53年4月28日,本件原出願(特願昭53-51
848号)をした。
被告は,昭和60年9月18日,本件原出願からの分割出願として
本件出願をした。本件出願の願書(乙99)には原告及びB1が「発
明者」として記載されていた。
本件出願の願書に最初に添付した明細書(以下「本件出願当初明細
書」という。乙99)の特許請求の範囲(以下「本件出願時の特許請
求の範囲」という。)の記載は,以下のとおりである。
「レーザー光源からの光束を結像光学系により感光媒体上にビームス
ポットとして形成し,該ビームスポットを感光媒体上で,感光媒体に
対して相対的に走査させることにより記録を行なう光学系に於いて,
前記感光媒体上に於けるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに
比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様に,前記結像光学
系でレーザー光源からの光束を感光媒体上に形成する事を特徴とする
記録光学系。」
(イ)昭和61年5月12日,本件出願の出願公開(特開昭61-93
466号。乙31)がされた。
特許庁は,被告に対し,本件出願について昭和62年4月3日付け
拒絶理由通知(乙100)を発した。その拒絶理由は,「ビームスポ
ツトの形状を走査方向に長くするか,走査方向と直交する方向に長く
するかは,必要に応じて当業者が適宜選択できる程度のことと認めら
れ」,「本願発明」は「引用例(特公46-20442号公報)」記
載のものから当業者が容易に発明をすることができたものと認められ
るので,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない
というものである。
これに対し被告は,同年7月17日付け意見書(乙101)を提出
するとともに,特許請求の範囲を補正する旨の同日付け手続補正書(
乙102)を提出した。
上記補正後の特許請求の範囲の記載(本件特許権の設定登録時の特
許請求の範囲の記載と同一)は,以下のとおりである(なお,下線部
は補正箇所である。)。
「半導体レーザ光源からの光束を対物レンズによりコリメートし,偏
向器を介したのち走査用レンズにより前記光束を感光媒体に集光する
際,前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているとこ
ろに絞りを設け,この絞りにより前記感光媒体上におけるビームスポ
ツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長
さが長くなる様にした事を特徴とする記録光学系。」
(ウ)a被告は,本件出願について,昭和63年1月27日に拒絶査
定(乙103)を受けたので,同年3月31日付けで,これに対す
る不服審判請求(昭和63年審判第5689号。以下「本件拒絶査
定に対する審判事件」という。乙104)をした。
特許庁は,被告に対し,本件出願について平成元年10月24日
付け拒絶理由通知(乙105)を発した。その拒絶理由は,「本件
出願の発明」は,「特開昭51-8949号公報(引用例
1)」,「特開昭51-131338号公報(引用例2)」,「特
公昭49-16823号公報(引用例3)」,「特開昭48-66
856号公報(引用例4)」に記載された発明に基づいて当業者が
容易に発明をすることができたものと認められるので,特許法29
条2項の規定により特許を受けることができないというものであ
り,「引用例3」及び「引用例4」との関係では,「光ビームを楕
円形にする方法としてスリットを利用することは引用例3の第1図
に示されており,又,光ビームをスリット状にする方法として,光
束がコリメートされているところにスリットを設けることが引用例
4(特に第1図におけるスリット5)に示されているから,これら
の引用例3,4に記載されている技術から見ると,本願発明におけ
るビームスポットを成形するための方法には格別創意は認められな
い。」というものである。上記拒絶理由記載の「引用例4」の「第
1図」は,別紙2のとおりである。
bこれに対し被告は,平成2年1月12日付け意見書(乙15)を
提出した。
上記意見書には,①「本願発明では,半導体レーザからの光束を
対物レンズによりコリメートし,偏向器を介したのち走査用レンズ
により感光媒体に集光する記録光学系において,偏向器と対物レン
ズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設ける構成を
とるものである。このような位置に絞りを設けることにより,該絞
りの位置の設定が常に同じ位置でも,半導体レーザ毎に非点隔差の
量の変化があっても,絞りにより蹴られる光束は変化しない。その
ため,被走査媒体上でのビームスポットの形状は変化しない。した
がって,絞りの位置を個々の半導体レーザ毎に同じ位置に設定でき
るので,光学系の製造が非常に容易になる。また,半導体レーザか
らの光束がコリメートされた位置に絞りを設けるため,絞りの設定
位置の誤差による被走査媒体上でのビームスポットの変化の影響を
受けることもなくなる。」(4頁末行~5頁16行),②「また,
引例4(特開昭48-66856号公報)は,光源からの光束をス
リット状にするために,光束がコリメートされているところにスリ
ット(絞り)を用いることが示されている。しかし,・・・本願発
明に用いられている絞り(アパーチャー13)と上記引例4に用い
られている絞り(スリット(5))とは全く機能が異なる。・・・つま
り,光束がコリメートされているところに設けられたスリット((5
))は,光記録媒体(9)上の光スポット(11)の幅を決めるものではな
い。これに対し,本願発明に用いられている,偏向器と対物レンズ
の間で光束がコリメートされているところに設けられた絞り(アパ
ーチャー13)は,感光媒体上のスポットの形状を決めるものであ
る。」(7頁12行~9頁2行),③「本願明細書・・・には「ア
パーチャーの径Ds,Djを適当に選ぶことにより感光媒体上に形成
されるスポットを所望の形状にできる。」という記載がある。この
記載から明らかな様に,アパーチャー13の径により感光媒体上の
スポットの形状は決まる。」(9頁2行~7行)との記載がある。
特許庁は,平成4年10月13日,本件出願について出願公告を
すべき旨の決定(乙106)をし,平成5年2月22日,本件出願
の出願公告(特公平5-13286号。甲2)がされた。
(エ)本件出願の出願公告後,本件拒絶査定に対する審判事件に関し松
下電器産業株式会社からされた特許異議の申立てについて,特許庁
は,平成7年1月11日,特許異議の申立ては理由がないとの決定(
乙109)をした。同決定には,特許異議申立人が「甲第2号証」と
して提示した「特開昭48-66856号公報」に関し,「甲第2号
証に記載される記録光学系は偏向器を用いるものではない。・・・ま
た,円柱レンズ6を出てスリット7に入る光は一方向が収束されてお
り,本願発明のように,光束が垂直方向・平行方向ともほぼコリメー
トされているところに絞りを設けるものでもない。そして,本願発明
は上記の構成を採ることにより,明細書に記載される作用効果を奏す
るものである。」(5頁1行~11行)との記載がある。なお,同
日,特許庁は,B10からされた特許異議の申立てについても特許異
議の申立ては理由がないとの決定(甲45)をした。
また,特許庁は,同日,本件拒絶査定に対する審判事件につい
て,「原査定を取り消す。本願の発明は特許をすべきものとする。」
との審決(乙110)をした。
その後,被告は,同年5月26日,本件特許権の設定登録を受け
た。
イ本件明細書の記載事項
本件明細書(甲2)の「発明の詳細な説明」には,次のような記載が
ある。また,上記記載中に引用された「第3図」,「第19図」ない
し「第21図」は,別紙1のとおりである。
(ア)「本発明は,レーザーを光源とする記録光学系に関するものであ
る」(1欄12行~13行)
(イ)「本発明の目的は,レーザーを光源とする記録光学系に於いて,良
好に記録が行なえるビームスポットを得ることが出来る記録光学系を
提供することにある。」(2欄16行~19行)
(ウ)「本発明に係る記録光学系に於いては,感光媒体を走査するビーム
スポットの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向
の長さが長くなる様に,結像光学系でレーザー光源からの光束を感光
媒体上に形成するものである。」(2欄20行~3欄1行)
(エ)「第3図は半導体レーザーを光源として走査系に用いた配置図で,
レーザー7の接合面に垂直面内のビームウエスト位置6aと,接合面に
平行な面内のビームウエスト位置6bからの放射される光束を対物レン
ズ8で受光し,シリンドリカルレンズ系9によって対物レンズ8で受
光し,シリンドリカルレンズ系9によって対物レンズ8から出射する
光束を平行化する。また,シリンドリカルレンズ系9はレーザー7の
接合面に平行な方向に屈折力を有し,接合面に垂直方向には屈折力を
有しないもので,接合面に平行方向の光束径を拡大する機能を有す
る。」(3欄11行~21行),「レーザーの接合面に垂直な面内で
は,このシリンドリカルレンズ系9は第4図bのように屈折力をもた
ず,入射光束はそのまま出射光束となる。」(4欄3行~5行),「
上記のシリンドリカルレンズ系9を出射した光束は第3図の偏向ミラ
ー10で偏向され走査用レンズ11によつて感光媒体12上に結像さ
れる。この感光媒体12は走査用レンズ11の焦点面近傍に配置す
る。このとき,前述の直交方向のビームウエスト位置の非点隔差が第
2図のようにあるとき,対物レンズ8,シリンドリカルレンズ系9及
び走査用レンズ11の全光学系によつて,レーザー7の接合面に対し
て垂直面内のビームウエスト位置から放射する光束が結像される位置
とレーザー7の接合面に平行な面内のビームウエスト位置から放射す
る光束が結像される位置6,6は異なる。」(4欄6行~18行)a’b’
(オ)「それらの走査において,前述のアパーチャーの径Ds,Djを適当
に選ぶことにより感光媒体上に形成されるスポットを所望の形状にで
きる。
本発明においては,走査系において,例えば第19図に示すよう
に,感光媒体上のスポット13がy'方向に走査されるとき,その方向
のスポット径py'をy'方向と直角方向のz'方向のスポット径pz'
より小さくしてやると1画素の変調時間内にスポットは第20図のよ
うに13から13’へシフトし,その間に記録されるスポットは14
の如く大きくなる。その結果,1画素の記録スポットの大きさをy',
z'方向で等しくすることが可能になり,良好な記録が出来る。あるい
は,上記例の場合より高周波数で半導体レーザーを変調して,第21
a図,第21b図の如く複数画素をオーブアーラップさせ,走査方向
あるいは,それと垂直方向にコントラストの高い画質を得ることが可
能である。以上のように走査系においてアパーチャー径をえらぶこと
によって画質の制御を種々試みることができるようになる。」(9欄
14行~33行)
ウ本件原出願前の公知の知見
(ア)被告は,昭和51年3月31日,被告の従業員のB3及びB1を
発明者として,「レーザ記録装置」に関する発明(B3・B1発明)
の特許出願(特願昭51-35734号)をした。
B3・B1発明の特許出願は,本件原出願がされる前の昭和52年
10月6日,出願公開(特開昭52-119331号。乙13)され
た。
B3・B1発明に係る明細書(図面を含む。以下「B3・B1発明
明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は,以下のとおりであ
る。
「情報に応じて出力を変調される半導体レーザ上のレーザ光を記録媒
体上に結像,走査して情報を記録する走査手段を有するレーザ記録装
置に於て,半導体レーザよりの非対象形状ビームによる結像光点の短
軸方向と走査方向が一致する様に半導体レーザ及び走査手段を配置し
たことを特徴とするレーザ記録装置。」
(イ)B3・B1発明明細書(乙13)の「発明の詳細な説明」には,
次のような記載がある。また,上記記載中に引用された「第9図」
は,別紙2のとおりである。
a「本発明はレーザ記録装置に係り,特にレーザ光源からのレーザ光
を変調した上で,光走査して得られる変調光点によって記録を行う
に好適なレーザ記録装置に関する。」(1頁左欄13行~末行)
b「従来から,レーザ記録装置用レーザ光源にはHe-Neレーザ,Arレ
ーザ等が用いられ,レーザ・ビームの形状は点対称であり,記録媒
体上に形成される光点は円状であるために,人意的に非対称光学系
を入れるか,マスキングをしない限り,走査方向のドット間の関係
が狭くなって分解能の低下する欠点を有する。然るに・・・マスキ
ングは光量損失を伴うので装置の高速化が困難になって実用的でな
く効率が悪い。」(1頁右欄1~10行)
c「本発明の目的は上記従来技術の欠点をなくし,分解能の高い記録
を効率的に得られる様な新規のレーザ記録装置を提供するにある。
更に詳細には,本発明は半導体レーザのレーザ発光部が長方形状に
なっていることに着目して,レーザ光源として半導体レーザを用
い,記録媒体上に長円状の光点を形成し,走査方向に短軸を合致さ
せることにより,光点間の間隔を大きくし,分解能を向上させた新
規レーザ記録装置を提供するものである。」(1頁右欄11行~2
頁左上欄4行)
d「長円状光点による記録では,比較的原電流波形に忠実な記録が行
なわれ,各像間の間隔804も十分にとれているのに対し,円形光
点による記録では,原電流波形に対して大巾な差があり,各像間の
間隔804も十分ではなくなる。そのため,例えば文字「田」を記
録する場合を考えるに,円形光点の場合,第9図(a)に示す如き文
字像901が得られることとなり,間隔903が十分にとれておら
ず,文字の識別が困難であり,微小なサイズの文字に至っては判読
不能という状態に陥ってしまうのに対して,長円状光点の場合,第
9図(b)に示す如き文字像901が得られるため,間隔903も十
分にとれており,極めて明瞭な記録を得ることが可能となり,ま
た,微小なサイズの文字も記録できる様になるという利点を有す
る。」(3頁左下欄13行~右下欄12行)
エ検討
本件発明の特許請求の範囲の記載は,「半導体レーザ光源からの光束
を対物レンズによりコリメートし,偏向器を介したのち走査用レンズに
より前記光束を感光媒体に集光する際,前記偏向器と対物レンズの間で
光束がコリメートされているところに絞りを設け,この絞りにより前記
感光媒体上におけるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して
走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした事を特徴とする記録
光学系。」というものである。
そして,本件発明の特許請求の範囲の記載と前記アないしウを総合す
れば,①本件発明は,半導体レーザー光源,対物レンズ,偏向器,走査
用レンズ及び感光媒体で構成される記録光学系において,半導体レーザ
ー光源からの光束が対物レンズ,偏向器,走査用レンズを順に経て感光
媒体に集光することにより感光媒体上に形成される「1画素の記録スポ
ット」の大きさを,走査方向(y')と走査方向と直交する方向(z')
とで等しくなるようにすれば「良好な記録」を得ることができる(前記
イ(オ))との認識の下に,上記構成の記録光学系において「良好な記
録」を得るとの課題を解決するための手段として,「偏向器と対物レン
ズの間で光束がコリメートされているところに設けた絞りにより」,「
感光媒体上におけるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して
走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」構成(すなわち,
ビームスポツトの形状が縦長になるようにした構成)を採用したこと,
②「画素」とは,一般に,「2次元的な画像を構成する最小の単位で,
通常はデジタル画像に対し定められる」ものをいい(日本画像学会作成
の「画像技術用語集」(web版)),通常は,画像上の仮想的な升目(縦
横比1対1の正方形)を意味するものと認められるところ,上記①の絞
りにより,感光媒体上を走査するビームスポツトの形状が縦長になるよ
うにした場合には,ビームスポツトの形状が円形のものと比べ,走査方
向に隣接する「画素」間においてビームスポツトがはみ出る面積(量)
を少なくすることができ(前記ウ(イ)c。別紙2の第9図),これによ
りコントラストの高い(走査方向の分解能を向上させた)画像が得られ
るという作用効果を奏すること,③本件発明では,上記①のように半導
体レーザーからの光束がコリメートされた位置に絞りを設けているた
め,絞りの設定位置に誤差があっても「絞りにより蹴られる光束」の量
は変化しないので,その誤差による「被走査媒体上」(感光媒体上)で
のビームスポットの変化の影響を受けることがなくなり,光学系の製造
が容易になるという作用効果を奏すること(前記ア(ウ)b)が認められ
る。
したがって,本件発明の技術的思想は,半導体レーザー光源,対物レ
ンズ,偏向器,走査用レンズ及び感光媒体で構成される記録光学系にお
いて「良好な記録」を得るとの課題を解決するための手段として,「偏
向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに設けた絞
りにより」,「感光媒体上におけるビームスポツトの形状が,走査方向
の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」構
成(上記①)を採用し,この構成により上記②及び③の作用効果を奏す
るようにしたことにあるというべきである。
(2)本件発明の技術的思想の着想及びその具体化
原告は,被告における半導体レーザーを光源とするLBPの研究開発の
タスクフォースの中で,与えられた設計仕様を満たすレンズを設計・試作
するという業務を行っていたが,その当時,被告においては半導体レーザ
ー走査光学系の技術的蓄積がなかったため,業務命令等がなかったにもか
かわらず,レンズの設計仕様を検討・決定したり,半導体レーザーから出
射する光束をどのように集光すれば,感光体に画像を記録するために必要
な光エネルギーを確保し,所望のスポット形状を得ることができるかなど
といった集光光学系の最適設計に関する研究開発に自主的に取り組み,そ
の成果として,昭和52年3月1日付け技術メモ(甲58),同年7月6
日付け技術メモ(甲67),同年11月2日付け技術メモ(甲68),同
月8日付け技術メモ(甲69)及び昭和53年5月23日付け技術メモ(
甲70)を作成したものであり,このような研究開発を通じて,甲58に
記載された本件発明の本質部分を着想し,更に昭和52年7月6日から同
年11月2日のいずれかの時点において縦長ビームスポットが画像記録に
資するという技術思想を着想し,これらの着想をまとめた本件原出願の提
案書を作成して,本件発明を完成した旨主張する。
ア被告における半導体レーザー光源LBPの研究開発の経緯
前記争いのない事実等と証拠(甲5,58,64ないし70,78,
81,83,92,93,乙16ないし30,37,86,90ないし
98,151ないし156,170ないし174,185ないし19
4(以上,枝番のあるものは枝番を含む。))及び弁論の全趣旨を総合
すれば,次の事実が認められる。
(ア)被告は,昭和48年8月に発足したTR-006のタスクフォー
スで,LBP(レーザービームプリンタ)の研究開発を初めて開始
し,TR-008(昭和49年11月5日発足),TR-011(同
年12月2日発足),TR-016(昭和50年4月21日発足)の
各タスクフォースで,ガスレーザーを光源とする大型LBPの研究開
発を行った。
(イ)被告は,昭和51年2月に発足したTR-018のタスクフォー
ス(テーマ「LBP新規技術開発タスクフォース」,期間・昭和51
年2月~昭和52年1月31日)で,「SLBP」(半導体レーザー
応用)を研究目的の一つとして取り上げ,半導体レーザー光源を使用
して,LBPを小型化することを目標とした(乙24)。
TR-018において,大型LBP製品のLBP-2000Lを改
造してガスレーザーの代わりに半導体レーザー(RCA社製レーザ
ー)を使用した改造機(改造機A),大型LBP製品のLBP-40
00Dを改造してガスレーザーの代わりに半導体レーザー(RCA社
製レーザー)を使用した改造機(改造機B)による実験を行った。
昭和51年6月に行われた改造機Aによる実験(「絵出し実験」)
では,半導体レーザーは「横置き」とされ,結像状態(感光媒体上)
でのビームスポットの径の大きさは,「136μ×408μ」で,「
スキャニング方向に対して長くなっている」横長ビームスポットであ
った(別表「ビームスポット形状等の変遷表」参照)。B3及びB4
が同年7月26日ころ作成したTR-018タスクフォースに係る技
術レポート(乙30)には,「〈今後〉シリンドリカル・ビーム・エ
クスパンダー使用に依ってスキャニング方向のビーム径を小さくする
ことが出来る。どの程度縮小されるか実験する。(TR018M76
-016に於ける小文字のスキャニング方向の分解能を高めるために
必要)」との記載がある(2頁)。
改造機Bには,小文字の分解能(解像度)を高めるため,拡大倍率
5倍のシリンドリカル・ビーム・エクスパンダーが使用され(乙15
4),「スキャニング方向のビーム径」を小さくするようにして,感
光媒体上に円形のビームスポットを形成することを目指した。改造機
Bによる実験結果は,改造機Aによる実験結果よりも,分解能が改良
された。
その後,昭和51年11月ころ行われた改造機Aによる実験の際に
も,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダーを使用して実験を行っ
た(乙155)。
(ウ)被告は,昭和51年11月に発足したTR-027のタスクフォ
ース(テーマ「FS」,期間・昭和51年11月~昭和52年7月3
1日)で,「SLBPを軸として将来のオフィスマシンの1モデルを
試作し,創立40周年記念作品として世に問うことを目的」とした(
乙27)。
TR-027において,TR-018に引き続き,「FSP」と呼
ばれるデモ機の開発が行われ,昭和52年8月ころ完成した。
デモ機では,半導体レーザーとして「RCA社製レーザー」(封止
ガラス変更),走査用レンズとして「アークサインレンズ」,偏向器
として「ガルバノミラー」,シリンドリカル・ビーム・エクスパンダ
ーを使用し,対物レンズと偏向器の間でシリンドリカル・ビーム・エ
クスパンダーの出口に光束がコリメートされているところに「絞り」
を設け,半導体レーザーは「縦置き」とされた。デモ機においてシリ
ンドリカル・ビーム・エクスパンダーが使用されたのは,円形のビー
ムスポットを形成することを目指すものであったが,デモ機による実
験では,感光媒体上でのビームスポットの径の大きさは「195μ×
178μ」であった(別表「ビームスポット形状等の変遷表」参
照)。
(エ)被告は,昭和52年8月24日に発足したTR-029のタスク
フォース(テーマ「FSP」,期間・昭和52年8月24日~昭和5
3年末)で,「ワードプロセッサ,コンピュータターミナル等に適し
た,低価格,コンパクト,高品位印字性能を備えたレーザビームプリ
ンタの開発」を目的とし,半導体レーザー光源LBPの製品開発を行
った。
その成果物として,被告は,昭和54年4月,半導体レーザー光源
を使用した,世界初の卓上型小型LBP製品(商品名・「LBP-1
0」)を発売した。
TR-029では,①開発初期の段階に,開発対象製品の要素技術
・機能を確認するための試作機である「要素試作機」(DBV850
73。以下「FSP要素試作機」という。)が,②昭和53年6月こ
ろ「試作機」が,③「LBP-10」が発売される数か月前に,「量
産試作機」がそれぞれ製作された(別表「ビームスポット形状等の変
遷表」の「TR-029」の「ビームスポット形状」欄のうち,(1)に
対応する機種が「FSP要素試作機」,(2)に対応する機種が「試作
機」,(3)に対応する機種が「量産試作機」である。)。
aFSP要素試作機の光学構成は,シリンドリカル・ビーム・エク
スパンダーを使用し,対物レンズと偏向器の間でシリンドリカル・
ビーム・エクスパンダーの出口に光束がコリメートされているとこ
ろに「絞り」を設けている点でデモ機と同一であったが,半導体レ
ーザーはRCA社製から日立製CSPレーザーに,偏向器はガルバ
ノミラーからポリゴンミラーに,走査用レンズはアークサインレン
ズからfθレンズに変更していた。
FSP要素試作機のビームスポット形状は,約「74μ×74
μ」の円形であった(別表「ビームスポット形状等の変遷表」参
照)。
FSP要素試作機の半導体レーザーの置き方は,当初「縦置き」
として実験(絵出し)したが,当時の日立製CSPレーザー素子を
キヤノン製マウントに搭載したCSLでは,「縦置き」にするとビ
ームディテクターにノイズ(干渉縞)が入り,ジッターによる画像
不良(ジッター問題)が発生した。この「ジッター問題」は,半導
体レーザーのレーザー素子と接合される「ヒートシンク」(熱冷却
装置)がレーザー素子の端面からはみ出していたため,半導体レー
ザーの発散光束が「ヒートシンク」のはみ出し箇所で反射し,本来
の発散光束と反射光が干渉して干渉縞が発生することを原因として
いた。一方で,半導体レーザーを「横置き」にすると,走査ビーム
と干渉縞は同時にビームディテクターに感知されるので,書き出し
のタイミングは狂わず,ジッター問題は生じなかったため,FSP
要素試作機では,半導体レーザーは,「横置き」とされた。
b試作機では,昭和53年5月23日の前後ころ,「FSP」のコ
ストダウン(低価格化)のため,高価なシリンドリカル・ビーム・
エクスパンダーを取り外すことが提案され,これが実行されるとと
もに,その印字性能への影響が検討され,テストされた。
同年6月当時も,ジッター問題は依然未解決であったため,試作
機の半導体レーザーは「横置き」とされていた。ビームスポットの
形状は「64μ×98μ」の横長であったが,このころには,日立
製CSPレーザーの採用,CSLユニットの開発などにより,一定
の限度で良質な画像を得ることは可能となっていた。
c量産試作機の製作のころには,日立製CSP半導体レーザー素子
をマウントにボンディングする際の製造精度の向上とCSLユニッ
トの完成により,「ヒートシンク」のはみ出しの問題が解消され,
半導体レーザーを「縦置き」にした場合に発生するジッター問題も
解決された。量産試作機では,半導体レーザーは「縦置き」に変更
されて,ビームスポットは「94μ×78μ」の縦長となった(別
表「ビームスポット形状等の変遷表」の「※3」参照)。
(オ)aB1は,TR-008,TR-011,TR-016,TR-
018,TR-027及びTR-029の各タスクフォースにおい
てチーフを務めた。
また,TR-018のタスクフォースによる研究開発期間中の昭
和51年3月31日,被告は,B3・B1発明の特許出願をした。
b原告は,TR-018,TR-027及びTR-029の各タス
クフォースに,レンズの設計・試作等の光学系の技術者として参加
した。原告の主な業務は,与えられた仕様に基づいてレンズの設計
等の光学設計を行うというものであった。
原告は,上記各タスクフォースで製作された改造機B,デモ機,
FSP要素試作機,試作機及び量産試作機のレンズ(シリンドリカ
ル・ビーム・エクスパンダー,走査用レンズ,対物レンズ等)の設
計・試作を行った。
また,TR-029のタスクフォースによる研究開発期間中の昭
和53年4月28日,被告は,本件原出願をした。
本件原出願の願書に添付された明細書(原出願明細書)は,原告
が作成した提案書を基に作成された。
イ甲58,67ないし70の記載事項
(ア)甲58
甲58は,原告が作成した昭和52年3月1日付け「半導体レーザ
ー集光光学系-業務報告」(-77V003)と題する技術メOD1M
モである。甲58は,TR-027のタスクフォースの期間中に作成
されている。
甲58には,①「(概要)」として,「1976年度,光学研究室
の研究計画の一つに「半導体レーザー集光光学系」があり,ここに,
その業務結果をまとめて報告する。本計画は(旧)LDRタスク(T
R-024)の業務内容の一部と結果的にオーヴァーラップし,その
成果はLDRシステムに還元された。(参考資料・・・P3参照)」
との記載があり,②「LDRの装置に実現されていないもので今後具
体的な検討を必要とするもの」として,「(Ⅰ)ズームエクスパンダ
ー」,「(Ⅱ)ビーム強度変換系」,「(Ⅲ)対物レンズの非球面
化」,「(Ⅳ)シリンドリカルエクスパンダーの簡易化」の各項目が
掲げられ,③「(Ⅰ)ズームエクスパンダー」の項目には,「半導体
レーザーは素子間に発光配向特性の差があり,それぞれの素子に対応
したビームエクスパンダーを製作することは,非合理的である。従っ
て,ズームエクスパンダー体で最適エネルギー利用を行うことが考え
られる。特にシリンドリカルズームエクスパンダーは,工具として,
今後必要になると思われる。」,「(Ⅱ)ビーム強度変換系」の項目
には,「半導体レーザーに限らず,レーザーはそのビーム断面強度分
布はGaussianであり,その結像特性は点像のピーク強度,スポットの
広がりにおいてアポディゼーション効果により悪化する。従ってGauss
ian分布をエネルギーの損失なく,他の分布(アパーチャー内で均一分
布orアパーチャー周縁で強く,中心で弱い分布)に変換する系があ
れば有効と思われる。その効果として,例えば,レーザー光対物のF
№あるいは。結像レンズのF№を暗くでき焦点深度を深くできる。」
との記載がある。
上記記載中に引用された「参考資料」は,「LDR光学系」と題す
る図である。
(イ)甲67
甲67は,原告が作成した昭和52年7月6日付け「LDR-R最
適光学系の設定法の一考察」(-77V008)と題する技術OD1M
メモである。甲67は,TR-027のタスクフォースの期間中に作
成されている。
甲67には,「目的」として,「ポリゴンを使用したLDR-R(
図1)において,書き込み時間は半導体レーザーの平均出力,光学系
のエネルギー伝達率(or利用率)及びポリゴンの走査効率などで決定
される。書き込み時間を短縮するためには,半導体レーザーの出力を
高めればよいということは自明であるので,ここでは,書き込み時間
を最短にする最適な光学系を設定するための一手段を提案する。」(
1頁)との記載があり,また,結像スポットサイズを縦横共に8μと
するための結像倍率を算出する例(6頁の「(2.1)」,7頁
の「(2.2)」)が記載されている。
甲67の「図1」は,「LDR-R」の光学系の構成を示した図で
ある。
(ウ)甲68
甲68は,原告が作成した昭和52年11月2日付け「FSPに使
用する各社のレーザーとそれらを用いたときの結像特性(DDV30
100)」(-77V015)と題する技術メモである。甲6OD1M
8は,TR-029のタスクフォースの期間中に作成されている。
甲68には,①「(目的)」として,「各社(RCA,ITT,日
立)のレーザーの実測データ(配光特性)をもとに,コヒーレントの
場合とインコヒーレントの場合に分けて,いずれの場合においても結
像スポットサイズが許容の範囲(Stripe方向100~150μ)内
に入るべく,最低限準備すべきシリンドリカルビームエクスパンダー
のビーム拡大倍率を設定する。また,レーザー素子間のバラツキ(配
光特性)に関しても考慮する。」,②「§1.コヒーレント光源の結
像特性」として,「半導体レーザーのJunction方向,Stripe方向,そ
れぞれに異なる発光原点を有する場合,シリンドリカルビームエクス
パンダーの間隔調整によって結像点を合致させることが可能である。
その前提に基づき,発散ビームの強度分布がGaussian分布であるときf
θレンズのFナンバーを決定するアパーチャー径(FSPの場合,シ
リンドリカルビームエクスパンダーとポリゴンの間に設置)をa,その
アパーチャーに入射するビームの断面積強度が1/eの径をwとする2
と,その比w/aによって1/eの強度のスポット径は図1のように2
変化する。」(2頁2行~10行),「コヒーレント光源の場合に
は,対物で受光する角度が大きい程,結像エネルギーは大きいので,
この点からみると,シリンドリカルビームエクスパンダーの倍率を小
さくして,受光角を大きくしたい。この点RCAのレーザーに関して
はシリンドリカルビームエクスパンダーがなく・・・てもよい可能性
がある。但し,その場合,スポットの形状は,J方向(半導体レーザー
の接合面に垂直な方向)の径を1とした場合,S方向(半導体レーザー
の接合面に平行な方向)のそれは1.5×となる。(J方向を80μと
すれば,S方向は120μ)」(3頁6行~12行),「スポット形状
の許容をr/rj≦1.5とするならば,ITTのレーザーをエネルs
ギー利用効率を最大にして使用する場合,シリンドリカルビームエク
スパンダーを1.5×~3×の倍率のものを準備する必要がある。ま
た,日立CSPレーザーを使用する場合には,r/rj≦1.5なるs
許容内では,1.5×の倍率のシリンドリカルビームエクスパンダー
を準備するのが最も効率よい。」(3頁13行~末行)との記載があ
る。
(エ)甲69
甲69は,原告が作成した昭和52年11月8日付け「FSP光学
系による半導体レーザー利用上の問題点と結像特性」(-77OD1M
V016)と題する技術メモである。甲69は,TR-029のタス
クフォースの期間中に作成されている。
甲69には,①「(目的)」として,「光-設メモ-77VOD1M
016「FSPに使用する各社のレーザーとそれらを用いたときの結
像特性」での解析データを基に,実際にレーザーを用いるときの注意
すべき問題点とスポットの大きさ及び,平均エネルギー密度に関して
計算値を示す。(本検討は,B1チーフの依頼による)」(1頁),
②「(附記)」として,「レーザーの設置について附記しておく。レ
ーザーのJunction面は偏向面と平行とする。(前回FSP試作機(
DBV85073)の経験から,J面と偏向面を垂直にするより画質
が良好。また,J面と偏向面を垂直にすると,光源の回折パターン
が,ビームディテクト情報に対してノイズとなる)」(1頁)との記
載があり,また,③「§3.サンプルレーザーと結像性能の比較」と
して,RCA,ITT及び日立の3社の半導体レーザーを使用した際
における集光率,スポット径を比較した「表3」ないし「表6」の記
載がある。
(オ)甲70
甲70は,原告が作成した昭和53年5月23日付け「FSP画像
品位と設計仕様」(-78V009)と題する技術メモであOD1M
る。甲70は,TR-029のタスクフォースの期間中に作成されて
いる。
甲70には,「(本検討の背景)」として,「FSP1000の量
産に際し,画像品質の規格を定め,それに従って設計仕様を具体化す
る必要がある。特に,光学設計上問題になるのは,シリンドリカルビ
ームエクスパンダーを使用しないで良好な画質が得られるかどうかと
いうことである。」(1頁)との記載がある。
甲70の図3は「現状FSPの光学系からシリンドリカルビームエ
クスパンダーを取除いた場合の点像強度分布」,図4は「新規に対物
レンズを設計(・・・)し,シリンドリカルビームエクスパンダーを
取除いた場合の点像強度分布」である。
ウ検討
(ア)まず,原告主張の甲58,67ないし70について検討するに,
いずれにおいても,半導体レーザー光源,対物レンズ,偏向器,走査
用レンズ及び感光媒体で構成される記録光学系において,半導体レー
ザー光源からの光束が対物レンズ,偏向器,走査用レンズを順に経て
感光媒体に集光することにより感光媒体上に形成される「1画素の記
録スポット」の大きさを,走査方向(y')と走査方向と直交する方
向(z')とで等しくなるようにすれば「良好な記録」を得ることがで
きるとの認識を有していたことをうかがわせる記載はなく,また,「
良好な記録」を得るとの課題を解決するための手段として,本件発明
の「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに
設けた絞りにより」,「感光媒体上におけるビームスポツトの形状
が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くな
る様にした」構成を開示する記載も,示唆もない。
すなわち,甲58は,半導体レーザーの光をできるだけ有効に利用
することを前提とし,シリンドリカルビームエクスパンダーの設置に
より,楕円形の光束を円形にし,ビームスポットを可能な限り小さく
した上,その像強度を増すことを検討したものであり(前記イ(ア
)),甲58には,ビームスポットの形状を縦長とすることや,絞りに
より当該形状を実現することについての記載はない。
甲67には,結像スポットサイズを縦横共に8μとするための結像
倍率を算出する例の記載があるが(前記イ(イ)),結像スポットサイ
ズの縦横を異なる値に設定することについては記載も,示唆もない。
次に,甲68では,「各社(RCA,ITT,日立)」の半導体レ
sーザーにおいて「結像スポットサイズ」の縦横比が1.5以下(「r
/rj≦1.5」)の許容範囲に入るために必要なシリンドリカルビ
ームエクスパンダーの拡大倍率を検討し,「結像スポット」(ビーム
スポット)を可及的に円形とすることを示したものであって(前記イ(
ウ)),ビームスポットの形状を縦長とすることが明記されているとは
いえない。もっとも,甲68には,「アパーチャー径(FSPの場
合,シリンドリカルビームエクスパンダーとポリゴンの間に設置)」
との記載部分があり(前記イ(ウ)),この記載部分は,光束がコリメ
ートされた位置に絞りを設置することを示すものであるが,このよう
な位置に絞りを設置することの目的,作用効果等の記載はみられな
い。
また,甲69においても,ビームスポットの形状を縦長とすること
についての記載はない。
さらに,甲70は,シリンドリカルビームエクスパンダーを使用し
ない光学系の考察を示したものであって(前記イ(オ)),ビームスポ
ットを縦長とすることが明記されているものではなく,また,絞りを
使用することについての記載もない。
したがって,甲58,67ないし70の記載事項から,原告が本件
発明の技術的思想を着想し,又はその具体化をしたことを認めること
はできない。
(イ)a次に,B3・B1発明明細書の記載事項(前記(1)ウ)によれ
ば,B3・B1発明においては,感光媒体上を走査するビームスポ
ツトの形状が縦長のもの(「長円状光点」)にした場合,ビームス
ポツトの形状が円形のもの(「円形光点」)と比べ,走査方向にビ
ームスポツトがはみ出る面積(量)を少なくし,走査方向のドット
間の間隔を十分にとれるので(前記(1)ウ(イ)d。別紙2の第9
図),これによりコントラストの高い(走査方向の分解能を向上さ
せた)画像が得られることの開示があるというべきであるから,遅
くともB3・B1発明の出願日である昭和51年3月31日まで
に,B3及びB1は,半導体レーザー光源,対物レンズ,偏向器,
走査用レンズ及び感光媒体で構成される記録光学系において,半導
体レーザー光源からの光束が対物レンズ,偏向器,走査用レンズを
順に経て感光媒体に集光することにより感光媒体上に形成される「
1画素の記録スポット」の大きさを,走査方向(y')と走査方向と
直交する方向(z')とで等しくなるようにすれば「良好な記録」を
得ることができるとの認識を有し,「良好な記録」を得るための手
段として,感光媒体上を走査するビームスポツトの形状を縦長にす
ることを着想していたものと認められる。
もっとも,B3・B1発明においては,マスキングすなわち絞り
を用いることによって「記録媒体上に形成する光点」の形状を円
形(「円状光点」)から縦長(「長円状光点」)にして走査方向の
ドット間の間隔を十分なものとすることができることを認識してい
たが,マスキングは光量損失を伴うので装置の高速化が困難になっ
て実用的でなく効率が悪いと考えており(前記(1)ウ(イ)b),特に
出力の小さい半導体レーザー光源の下で絞りが解決手段になるとま
で認識していたわけではなかったというべきである。
b原出願明細書には,縦長ビームスポットに関する本件明細書の前
記(1)イ(オ)の記載部分とほぼ同様の記載(7頁左上欄2行~右上欄
6行。なお,記載の異なる箇所は,本件明細書の「y',z'方向で
等しくすることが可能になり,良好な記録が出来る。」との記載部
分が,原出願明細書では「y',z'方向で等しくすることが可能に
なる。」(7頁左上欄13行~14行)との記載となっている点の
みである。)及び「第19図」ないし「第21図」と同一の図面が
ある。
そして,原出願明細書の上記記載部分及び図面と本件出願当初明
細書の特許請求の範囲の記載(前記(1)ア(ア))を勘案すると,本件
出願は,原出願明細書の上記記載部分及び図面の記載に基づいて,
本件原出願から分割出願したものと認められる。
上記aの認定事実によれば,原出願明細書の上記記載部分中の縦
長ビームスポットの作用効果に関する部分及び図面については,「
良好な記録」を得るための手段として,ビームスポツトの形状を縦
長にすることの知見を有していたB1の提案ないし示唆により記載
されたものと推認される。
一方で,原出願明細書(乙33)は,原告が作成した提案書を基
に作成されたものであるが(前記ア(オ)b),本件においては,上
記提案書が証拠提出されていないため(乙152によれば,上記提
案書は既に廃棄済みである。),上記提案書に原出願明細書の上記
記載部分及び図面に関する記載があったかどうか不明である。
したがって,原出願明細書が上記提案書を基に作成されたからと
いって直ちに原告が「良好な記録」を得るための手段としてビーム
スポツトの形状を縦長にする構成を着想していたということはでき
ない。
(ウ)前記ア(ウ)及び(エ)認定のとおり,TR-027のタスクフォー
スにおいて製作されたデモ機においては,「偏向器と対物レンズの間
で光束がコリメートされているところに絞りを設けた」構成が採用さ
れ,その後,TR-029のタスクフォースにおいて製作された量産
試作機でも,上記の位置に絞りを設けた構成が採用され,ビームスポ
ットの形状は「94μ×78μ」(縦横比1.2051)の縦長とな
ったものであるが,誰がどのような趣旨・目的で上記の位置に絞りを
設ける構成を提案し,それが採用されるに至ったのかについては明確
な証拠はない。
すなわち,原告の平成22年1月26日付け陳述書(甲78)中に
は,原告が上記構成を含むデモ機の光学系の設計仕様を検討し,設定
した旨の記載部分があるが,当初提出された原告の平成20年(20
08年)8月8日付け陳述書(甲64)には記載がなかった部分であ
り,しかも,上記陳述書(甲78)中には,原告がデモ機に上記構成
を採用すること及びその作用効果を着想し,TR-027のタスクフ
ォースの中で提案し,それが受けいれられるに至った具体的な経過に
ついての記載はない。加えて,B3の平成22年3月16日付け陳述
書(乙187)中には,デモ機の開発における原告の役割は光学レン
ズの設計及び提供であり,原告がデモ機の基本的な光学構成を決定す
ることはあり得ず,また,デモ機の光学構成は,基本的には,従来の
HeNeガスレーザー光源LBPの光学構成と大きく異なるものでは
なく,「半導体レーザー光源として当たり前の光学構成だったの
で」(46頁),その検討を光学レンズの設計を担当していた原告に
依頼する必要はなく,デモ機の開発で原告に依頼したのは対物レンズ
等のレンズ設計だけである旨の記載部分があることに照らすと,原告
が「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに
絞りを設けた」構成を含むデモ機の光学系の設計仕様を検討し,設定
したとの原告の上記陳述書(甲78)の記載部分はにわかに措信する
ことができない。
一方で,原出願明細書(乙33),本件出願当初明細書(乙99)
及び本件明細書(甲2)のいずれにおいても,上記構成の作用効果に
関する明示の記載はないこと,本件出願当初明細書の特許請求の範囲
には,「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているとこ
ろに設けた絞りにより」縦長ビームスポットを形成するとの構成の記
載はなく,この構成は昭和62年7月17日付け手続補正書による補
正により特許請求の範囲に加えられものであること(前記(1)ア(ア),
(イ))に照らすならば,上記各タスクフォースのチーフであったB1
がデモ機あるいは量産試作機の光学形成を承認して最終的に決定した
としても,B1において,その決定をした当時,偏向器と対物レンズ
の間の半導体レーザーからの光束がコリメートされた位置に絞りを設
ける構成により,絞りの設定位置に誤差があっても「絞りにより蹴ら
れる光束」の量が変化しないので,光学系の製造が容易になるという
作用効果まで認識していたものと直ちに認めることはできない。
もっとも,B1においては,B3・B1発明の特許出願がされた当
時は,マスキングは光量損失を伴うので装置の高速化が困難になって
実用的でなく効率が悪いと考えていたが,TR-027,TR-02
9のタスクフォースによる研究開発が進行する中で,半導体レーザー
の性能が向上し,絞り(マスキング)の光量損失が実用化に耐えうる
程度のものであることを認識し,「偏向器と対物レンズの間で光束が
コリメートされているところに設けた絞りにより」縦長ビームスポッ
トを形成することを着想した可能性もある。また,原告においては,
単独で上記着想をしたことを認めるに足りる証拠はないものの,原出
願明細書に開示された光学系の設計(レンズ設計)をする中で絞りを
使用することや絞りの設定位置を光束がコリメートされた位置とする
ことを具体化することに関与した可能性がある。
以上を総合すると,本件発明における「偏向器と対物レンズの間で
光束がコリメートされているところに設けた絞りにより」縦長ビーム
スポットを形成するとの構成は,原告又はB1のいずれか一方のみが
着想し,これを具体化したものとまで認めることはできないが,原告
及びB1の両名がその着想,具体化に関与したというべきである。
上記認定に反する原告及び被告の主張は,いずれも採用することが
できない。
(エ)以上を総合すると,原告及びB1は,いずれも,本件発明の創作
行為に現実に加担したものと認められる。
(3)小括
以上のとおり,原告及びB1はいずれも本件発明の創作行為に現実に加
担したものであるから,本件発明は原告及びB1の共同発明であると認め
られる。
3争点3-1(本件発明により被告が受けるべき利益の額の算定方法)につ
いて
(1)特許法旧35条4項は,同条3項の相当の対価の額は,「発明により使
用者等が受けるべき利益の額」及び「その発明がされるについて使用者等
が貢献した程度」を考慮して定めなければならない旨規定する。
ところで,特許法旧35条4項の「発明により使用者等が受けるべき利
益」は,使用者等が「受けた利益」そのものではなく,「受けるべき利
益」であるから,使用者等が職務発明についての特許を受ける権利を承継
した時に客観的に見込まれる利益をいうものと解されるところ,使用者等
は,特許を受ける権利を承継せずに,従業者等が特許を受けた場合であっ
ても,その特許権について特許法35条1項に基づく無償の通常実施権を
有することに照らすと,「発明により使用者等が受けるべき利益」には,
このような法定通常実施権を行使し得ることにより受けられる利益は含ま
れず,使用者等が従業者等から職務発明についての特許を受ける権利を承
継し,当該発明の実施を排他的に独占し得る地位を取得することによって
受けることが客観的に見込まれる利益(独占の利益)をいうものと解され
る。このような発明の実施を排他的に独占し得る地位は,当該発明が出願
公開された後の補償金請求権及び当該発明が特許登録された場合の特許権
の効力に由来するものということができる。
この「独占の利益」は,本来,特許を受ける権利の承継時に定められる
べきものであるが,実際上,その承継時までの事情のみを基礎に算定する
ことは極めて困難であることからすると,発明の実施又は実施許諾による
使用者等の利益の有無やその額など,特許を受ける権利の承継後の事情に
ついても,その承継の時点において客観的に見込まれる利益の額を認定す
る資料とすることができると解するのが相当である。具体的には,①使用
者等が特許を受ける権利の承継後に第三者との間のライセンス契約に基づ
いて職務発明の実施を許諾している場合には,その実施料収入,②使用者
等が職務発明を自己実施している場合には,第三者による当該発明の実施
を禁止する特許権の効力に基づいて得られた利益,すなわち,法定通常実
施権の行使により自己実施することができた分の利益を上回る利益(超過
利益)などを基に「独占の利益」を認定することができるというべきであ
る。
ところで,被告は,本件発明を自己実施しながら,他社との包括クロス
ライセンス契約に基づいて本件発明の実施許諾もしているので,本件発明
により被告が受けるべき利益の額を算定するに当たっては,被告が包括ク
ロスライセンス契約において本件発明により得た利益の額と被告が本件発
明を自己実施したことにより受けるべき利益の額とに分けて検討すること
とする。
なお,被告が本件発明により受けるべき利益の額の算定対象期間は,本
件出願当時,特許出願人は出願公開があった後に特許出願に係る発明を実
施した者に対し補償金請求権を取得し得たこと(平成5年法律第26号に
よる改正前の特許法65条の3第1項)にかんがみ,上記算定対象期間の
始期を本件出願の出願公開日の昭和61年5月12日とし,上記算定対象
期間の終期を本件特許権の存続期間満了日の平成10年4月28日とする
のが相当である(この期間が,「本件基準期間」である。)。
(2)包括クロスライセンス契約により得た利益の額の算定方法
ア複数の特許発明等がライセンス契約の対象とされている場合,当該発
明を実施許諾したことにより得た利益の額を算定するに当たっては,当
該発明が当該ライセンス契約に寄与した程度(寄与度)を考慮すべきで
ある。
当事者双方が多数の特許発明等の実施を相互に許諾し合う包括クロス
ライセンス契約は,相互に無償で実施を許諾する特許発明等とそれが均
衡しないときに支払われる実施料の額が総体として相互に均衡すると考
えて締結されるものと解されるから,当事者の一方が自己の保有する特
許発明等の実施を相手方に許諾することによって得た利益は,相手方が
自己の特許発明等を実施することにより,本来,相手方から支払を受け
るべきであった実施料の額と相手方から現実に支払われた実施料の額と
の合計額を基準として算定することも合理的な算定方法の一つであると
解される。
そして,包括クロスライセンス契約の締結交渉においては,多数の特
許発明等のすべてについて,逐一,その技術的価値,実施の有無などを
相互に評価し合うことは不可能又は著しく困難であることから,相互に
一定件数の相手方が実施している可能性が高い特許や技術的意義が高い
基本特許を相手方に提示し,それらの提示特許に相手方の製品が抵触す
るかどうか,当該特許の有効性及び実施品の売上高等について協議する
ことにより,提示特許のうち相手方製品との抵触性及び有効性が確認さ
れた代表特許と対象製品の売上高を比較考慮すること,互いに保有する
特許の件数,出願中の特許の件数も比較考慮することにより,包括クロ
スライセンス契約におけるバランス調整金の有無などの条件が決定され
るのが通常であり,代表特許は包括クロスライセンス契約に多大な貢献
をしているといえる。
しかし,代表特許や提示特許でなくとも,包括クロスライセンス契約
の対象に含まれ,かつ,その契約締結時に相手方によって実施されてい
たことが立証された特許については,当該包括クロスライセンス契約に
寄与しているものといえるから,その実施許諾により得た利益の額を考
慮すべきであり,また,このような相手方実施特許が当該包括クロスラ
イセンス契約に寄与した程度(寄与度)は,その特許発明の技術内容,
相手方の実施割合,代替技術の存在及びその実施割合等を総合的に考慮
して決するのが相当であると解される。
イ以上を前提に,被告が包括クロスライセンス契約において本件発明に
より得た利益の額の算定方法について検討する。
(ア)証拠(乙113,120,122ないし141,144(以上,
枝番のあるものは枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によれば,以下
の事実が認められる。
a被告は,1970年代中ころから,LBP等の技術の登録特許及
び特許出願について競業他社が求めた場合そのライセンスに応じる
開放的ライセンスポリシーを採用し,本件発明を含むLBP等の技
術をライセンスする被告ライセンス契約は,本件発明が実施される
可能性のある製品であるLBP及びMFP等の製造・販売を行う,
ほとんどすべての他社を相手方として締結されている。例えば,1
998年度(平成10年度)における被告の全ライセンシーの全他
社に占める販売シェアは,LBPは85.64%(ただし,被告及
びヒューレット・パッカード社以外の全他社基準),MFP等は8
2.45%(ただし,被告以外の全他社基準)であった。
bすべての被告ライセンス契約は,対象製品において実施可能な登
録特許及び特許出願を包括的に実施許諾する包括クロスライセンス
契約であって,契約締結以前の特許の実施についても相互に免責
し,また,その対象特許群は,原則として,LBP及びMFP等に
用いられる技術に関する特許等のほとんどすべてを含むものであ
る(ただし,実施許諾から除外される除外特許等を除く。)。
c被告ライセンス契約(包括クロスライセンス契約)における対象
特許群は,本件基準期間内登録特許で,LBPにつき1万1265
件,MFP等につき1万6163件であり,本件基準期間内の特許
出願を含めるとおよそその4倍の件数となる。
また,本件基準期間内登録特許のうち,除外特許等を除く登録特
許件数の平均は,LBPにつき7849件,MFP等につき1万2
417件となる,
d本件発明は,すべての被告ライセンス契約において対象特許群に
含まれており,本件発明が除外特許等とされているライセンス契約
は存在しないが,本件発明がライセンス契約締結時において,代表
特許又は提示特許として相手方に提示されたことはなかった。
e被告ライセンス契約のうち,3件の相手方(乙122,128,
130)を除く契約は,いずれも有償部分(相手方から被告に対し
実施料を支払う部分)と無償部分とから構成されるライセンスバッ
ク契約(ライセンスバック付き有償包括クロスライセンス契約)で
あって,被告が実施料を支払うことはなく,名目的に相手方の特許
の実施許諾を受けて包括クロスライセンス契約としている。被告ラ
イセンス契約における実施料は,原則として,対象製品が相手方又
は相手方の関連会社から第三者に対して譲渡された際の譲渡価格の
合計に実施料率を乗じて決定されている。
上記有償部分の実施料率の定めは,契約の相手方ごとに異なる数
字となっている。これは,被告と各相手方との特許力(対象特許の
総和,有力特許の数・価値,交渉能力の高低などの様々な要因を総
合考慮して決定される。)の差異を反映したものである。
(イ)上記(ア)eの認定のとおり,被告はほとんどすべての競合他社と
の間で包括クロスライセンス契約の一種であるライセンスバック契約
を締結していること,ライセンスバック契約の有償部分の実施料率の
定めは,被告と各相手方との特許力の差異を反映して契約の相手方ご
とに異なる数字となっていることに照らすならば,各相手方とのライ
センス契約における各相手方の個別の特許力を具体的に考慮検討する
ことは,その審理に著しい負担を要し,極めて困難であるといわざる
を得ない。一方,ライセンスバック契約の無償部分においては,被告
が相手方に許諾した特許等と被告が相手方から許諾を受けた特許等が
均衡しているものと考えられるが,個々の特許の特許力を具体的に考
慮検討することは,同様に,極めて困難であるといわざるを得ない。
そこで,本件においては,いくつかの相手方との間における実施料
率の平均値をもって有償部分の標準的実施料率とし,無償部分につい
ては,個々の特許の特許力を考慮せずに,保有特許数の総和が特許力
を示すものとして,算定の基礎とすることも許されるものと解され
る。
以上の諸点に加えて,本件発明を対象とする被告の包括クロスライ
センス契約は別件訴訟において判断の基礎とされた被告の包括クロス
ライセンス契約と重複していることを勘案すると,被告が包括クロス
ライセンス契約において本件発明により得た利益の額は,別件訴訟の
第1審判決及び控訴審判決が採用した算定方法と同様に,被告の全ラ
イセンシーによる本件発明の実施品の譲渡価格に,本件発明の実施料
率(「標準包括ライセンス料率」×本件発明の寄与度)を乗じて算定
するのが相当である。
この「標準包括ライセンス料率」は,ライセンスバック契約の有償
部分の標準的実施料率に無償部分を反映させて修正したものであり,
①いくつかの相手方との間における実施料率の平均値(有償部分の標
準的実施料率)と,②前記実施料率の平均値÷(被告の対象特許数-
前記相手方の対象特許数の平均値)×前記相手方の対象特許数の平均
値との和である。
以上の算定方法は,本件において,被告が主張する算定方法及び原
告が主張する算定方法2と基本的に同様である。
(ウ)なお,原告が主張する算定方法1は,被告が第三者製品及び被告
製品に関して本件特許を単独でライセンスしたと仮定した場合の実施
料相当額(被告の得べかりし実施料)をもって本件発明により被告が
受けるべき利益の額とし,具体的には,本件発明を実施した第三者製
品及び被告製品の出荷相当額に,「通常であれば設定されたであろう
実施料率」10%(社団法人発明協会発行の「実施料率」(第4
版)(甲17)の記載に基づくもの)を乗じて算定するものである。
しかし,本件発明は,実際には単独でライセンスされておらず,被
告の保有特許等のすべてを対象とした包括クロスライセンス契約の対
象特許の一つであるにすぎないこと,原告主張の上記実施料率10%
は実際の被告ライセンス契約を反映したものではないことに照らすな
らば,被告ライセンス契約の内容に基づいて算出した「標準包括ライ
センス料率」を基に本件発明を対象とする包括クロスライセンス契約
により得た利益の額を算定する上記算定方法の方がより合理的である
といえるから,原告主張の算定方法1は採用することができない。
ウ次に,標準包括ライセンス料率について検討する。
証拠(乙142の1,2,143)及び弁論の全趣旨を総合すれば,
被告ライセンス契約中のライセンスバック契約の実施料率の平均は,お
よそLBPについて2.21%,MFP等について2.61%であり,
これに対応する相手方から被告が実施許諾された本件基準期間内の登録
特許の平均件数は,LBPにつき768件,MFP等につき1506件
であること,被告保有の本件基準期間内の登録特許の件数はLBPにつ
き1万1265件,MFP等につき1万6163件であることが認めら
れる。
以上から計算すると,被告が本件基準期間内において保有していた,
LBP及びMFP等に関するすべての特許の標準包括ライセンス料率
は,LBPにつき2.37%,MFP等につき2.88%となる(この
点は,当事者間に争いがない。)。
4争点3-2(被告製品における本件発明の実施の有無及び本件発明の代替
技術の有無)について
被告の包括クロスライセンス契約の相手方による本件発明の実施割合及び
包括クロスライセンス契約における本件発明の寄与度を算定するために,以
下において,被告製品における本件発明の実施の有無及び本件発明の代替技
術の有無について検討することとする。
(1)本件発明の実施の有無
ア原告は,原告が平成14年4月11日ころに被告から受領した「LB
P,デジタル複写機,MFPの開発コード及び商品コードと本件特許と
の対応を示した表」(甲3)において○印が付された機種(別表「被告
製品における本件発明の実施状況」の「実施/非実施」欄中の「甲3号
証」欄に○を付した機種に対応する機種)は,被告において本件発明が
実施されていることを確認していたのであるから,本件発明の技術的範
囲に属する旨主張する。これに対し被告は,甲3において○印が付され
た機種を含むすべての被告製品について,本件発明は実施されていない
旨主張する。
しかるに,被告は,原告が主張するとおり,本件訴訟の提起前に甲3
において○印が付された機種は,本件発明の実施品であることを確認し
たが,本件訴訟に至り,本件発明の非実施理由(非実施理由(ア)ないし(
コ))を挙げて,甲3において○印が付された機種を含むすべての被告製
品が本件発明の技術的範囲に属することを否定するに至ったこと,及び
本件の審理の経過にかんがみると,被告は,甲3において○印が付され
た機種については,本件発明の構成要件のうち,被告が主張する非実施
理由により充足性が否定される構成要件以外の他の構成要件を充足する
ことを争っていないものと解されるので,上記機種については,被告主
張の非実施理由が認められない場合には,本件発明の技術的範囲に属す
るものと認めるのが相当である。
以上を前提に,被告の主張する非実施理由(非実施理由(ア)ないし(ケ
))を順次検討し,本件基準期間(昭和61年5月12日から平成10年
4月28日まで)内に販売された被告製品における本件発明の有無を判
断することとする。
なお,被告主張の非実施理由(ア),(エ),(オ)は,本件基準期間内に
販売された被告製品に関するものではないから,検討の対象から除外す
るものとする。
イ被告は,本件発明の構成要件を次のとおり分説した上で,本件基準期
間内に販売された被告製品の各機種について,別表「被告製品における
本件発明の実施状況」記載のとおり,非実施理由(イ)により構成要件A
を,非実施理由(ウ)により構成要件Bを,非実施理由(カ),(キ),(ケ)
により構成要件Cを,非実施理由(ク)により構成要件Dをそれぞれ充足
しない旨主張するので,順次判断する。
「A半導体レーザ光源からの光束を対物レンズによりコリメートし,
偏向器を介したのち走査用レンズにより前記光束を感光媒体に集光
する際,
B前記偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているとこ
ろに絞りを設け,
Cこの絞りにより前記感光媒体上におけるビームスポツトの形状
が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長く
なる様にした事
Dを特徴とする記録光学系。」
(ア)非実施理由(イ)(「光束が偏向器近傍で副走査方向(縦方向)に
おいて一旦集光され,偏向器を介した後発散光束となり,それが再度
走査用レンズにより感光媒体に集光される機種」)
a被告は,構成要件A「半導体レーザ光源からの光束を対物レンズ
によりコリメートし,偏向器を介したのち走査用レンズにより前記
光束を感光媒体に集光する」の「前記光束」は「コリメートされた
光束」を指し,この「コリメートされた」とは「縦横両方向」(走
査方向と走査方向に直交する方向の両方向)に平行光束とされてい
ることを意味すると解すべきところ,被告製品のうち,非実施理由(
イ)に該当する機種(共役型倒れ補正光学系を採用する機種)は,コ
リメートされた光束が偏向器を介したのち走査用レンズによって感
光媒体に集光するものではないから,構成要件Aを充足しない旨主
張する。
そこで検討するに,構成要件A(「半導体レーザ光源からの光束
を対物レンズによりコリメートし,偏向器を介したのち走査用レン
ズにより前記光束を感光媒体に集光する」)の文言によれば,構成
要件Aの「前記光束」は,偏向器を介した後に走査用レンズにより
感光媒体に集光する「半導体レーザ光源からの光束」を意味するも
のである。
そして,①本件発明の特許請求の範囲には,構成要件Aの「前記
光束」を「コリメートされた光束」に限定する明示の文言はないこ
と,②構成要件Aの「対物レンズによりコリメートし」た光束が走
査用レンズに至る経路(光路)のすべてにおいてコリメートされた
状態であるとすれば,構成要件B(「前記偏向器と対物レンズの間
で光束がコリメートされているところに絞りを設け,」)は,単
に「前記偏向器と対物レンズの間」に「絞りを設け」とすればよい
のであり,構成要件Bにおいて「光束がコリメートされているとこ
ろに」との文言があるということは,対物レンズと偏向器の間の経
路(光路)に光束が「コリメートされていないところ」があり得る
ことを前提とするものと解されること,③本件発明の課題を解決す
るために,「対物レンズによりコリメートし」た光束が走査用レン
ズに至る経路(光路)のすべてにおいてコリメートされた状態であ
る必要性はないことに照らすならば,構成要件Aの「対物レンズに
よりコリメートし」との文言は,対物レンズの機能を記述したもの
にすぎず,対物レンズから出射した光束が走査用レンズに至る経
路(光路)のすべてにおいてコリメートされていることの根拠にな
るものではないというべきであるから,構成要件Aの「前記光束」
は「コリメートされた光束」に限定されるものと解することはでき
ない。
bこれに対し被告は,本件明細書(甲2)の3欄11行~9欄34
行の記載及び第3図を考慮すれば,構成要件Aの「走査用レンズに
より前記光束を感光媒体に集光する際,」の「前記光束」とは,「
コリメートされた光束」を指す旨主張する。
しかし,本件明細書の第3図(別紙1)には,対物レンズ8から
シリンドリカルレンズ系9,偏向器10を介して走査用レンズ11
に至る光束が平行であるような図示がされているが,本件明細書の
上記記載部分における第3図の説明によれば,第3図は,半導体レ
ーザーを光源とする記録光学系の構成の一例を示したものであり,
上記説明中には,本件発明が第3図の構成のものに限定されるとの
記載はない。
また,第3図及び上記説明中には,第3図の感光媒体12に結像
されるビームスポットの形状が「走査方向の長さに比して走査方向
と直交する方向の長さが長くなる様に」した縦長ビームスポットで
あることを明示した記載はなく,また,本件発明において,対物レ
ンズから出射した光束が走査用レンズに至る経路(光路)のすべて
においてコリメートされている必要があることの記載や示唆も存し
ない。
したがって,被告の上記主張は理由がない。
c以上のとおり,被告製品のうち,非実施理由(イ)に該当する機種
は本件発明の構成要件Aを充足しないとの被告の主張は,採用する
ことができない。
(イ)非実施理由(ウ)(「絞りが,半導体レーザー光源と対物レンズと
の間に設けられている機種」)
a被告は,被告製品のうち,非実施理由(ウ)に該当する機種は,偏
向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞り
を設けたものではないから,構成要件B(「前記偏向器と対物レン
ズの間で光束がコリメートされているところに絞りを設け」)を充
足しない旨主張する。
そこで検討するに,①前記認定のとおり,本件発明は,半導体レ
ーザーからの光束がコリメートされた位置に絞りを設けているた
め,絞りの設定位置に誤差があっても「絞りにより蹴られる光束」
の量は変化しないので,その誤差による「被走査媒体上」(感光媒
体上)でのビームスポットの変化の影響を受けることがなくなり,
光学系の製造が容易になるという作用効果を奏するものであるこ
と(前記(1)エ),②絞りを光束が「縦方向」(走査方向に直交する
方向)と「横方向」(走査方向)のいずれか一方にのみ平行光束さ
れているところに設けた場合には,絞りの設定位置の誤差により「
絞りにより蹴られる光束」の量が変化するものといえるから,本件
発明の上記作用効果を奏するものではないこと(このことは,特許
庁が平成7年1月11日にした特許異議の申立ては理由がないとの
決定において,「本願発明のように,光束が垂直方向・平行方向と
もほぼコリメートされているところに絞りを設けるものでもない。
そして,本願発明は上記の構成を採ることにより,明細書に記載さ
れる作用効果を奏するものである。」と判断(前記2(1)ア(エ))し
ていることとも符合する。)からすれば,構成要件Bの「前記偏向
器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに絞りを
設け」の「光束がコリメートされているところ」とは,光束が「縦
横両方向」(走査方向と走査方向に直交する方向の両方向)に平行
光束とされているところを意味するものと解される。
これを本件についてみるに,非実施理由(ウ)に該当する機種(「
絞りが,半導体レーザー光源と対物レンズとの間に設けられている
機種」)は,絞りが「偏向器と対物レンズの間」に設けられたもの
ではなく,また,半導体レーザーから出射する光束は,発散光であ
って,半導体レーザー光源と対物レンズの間の光束は「縦横両方
向」(走査方向と走査方向に直交する方向の両方向)に平行光束と
されているものではないから,「光束がコリメートされているとこ
ろ」に設けられたものと認めることはできない。
したがって,非実施理由(ウ)に該当する機種は,構成要件Bを充
足しないというべきである。
b被告は,本件基準期間内の39機種のうち,別表「被告製品にお
ける本件発明の実施状況」の№●(省略)●の8機種が非実施理由(
ウ)に該当する旨主張する。
そこで検討するに,乙70の1ないし3,71の1,2,72の
1ないし3,73の1ないし5の各図面記載の作成日付,図面番
号,部品番号等,甲3記載の№●(省略)●に対応する機種の製品
発表時期及び弁論の全趣旨を総合すると,上記乙号各証は,№●(
省略)●の各機種に係る図面であることが認められる。
そして,上記乙号各証によれば,№●(省略)●の各機種は,い
ずれも非実施理由(ウ)に該当する機種であることが認められ,これ
に反する証拠はない。
したがって,被告製品のうち№●(省略)●の各機種は,構成要
件Bを充足しないから,本件発明を実施していない。
(ウ)非実施理由(カ)(「ビームスポットの形状が,有意な縦長ではな
い機種」)
a被告は,本件発明の目的(「良好に記録が行なえるビームスポツ
トを得ること」)及び作用効果(甲2の9欄14行~26行)を考
慮すれば,構成要件Cの「ビームスポツトの形状が,走査方向の長
さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」と
は,ビームスポットの縦方向の径が,横方向の径に比して,「有意
に長いこと」,具体的には,本件明細書の第19図,第20図から
見ても,少なくとも4倍程度の長さを有する縦長(「有意な縦
長」)であることを要するものと解すべきであり,また,仮に「少
なくとも4倍程度」という具体的な数値の限定が認められないとし
ても,本件発明の目的及び作用効果との関係で意味のある縦長でな
ければならないことに変わりなく,少なくとも,円形に近いような
縦長が「有意な縦長」に当たらないといえるから,非実施理由(カ)
に該当する機種は,構成要件Cを充足しない旨主張する。
そこで検討するに,①構成要件Cの「前記感光媒体上におけるビ
ームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交す
る方向の長さが長くなる様にした」との文言上は,「走査方向と直
交する方向の長さ」が「走査方向の長さ」に比して「長くなる様に
した」と記載されているだけで,被告が主張するような「有意に長
いこと」を要するとの記載はなく,また,本件発明の特許請求の範
囲を全体としてみても,「走査方向と直交する方向の長さ」が「走
査方向の長さ」の比率がどの程度であれば「走査方向と直交する方
向の長さ」を「長くなる様にした」ことになるのかについて規定す
る記載はないこと,②本件明細書(甲2)の「発明の詳細な説明」
中にも,これを規定する記載はなく,構成要件Cの「前記感光媒体
上におけるビームスポツトの形状」が第19図及び第20図の記載
のものに限定されることをうかがわせる記載もないこと,③被告の
主張する「少なくとも4倍程度の長さを有する縦長」というのは,
第19図及び第20図に示されたビームスポツトの形状を計測して
主張しているに過ぎず,その数値を限定する根拠に乏しいことに照
らすならば,構成要件Cの「ビームスポツトの形状が,走査方向の
長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」
とは,ビームスポットの縦方向の径が横方向の径に比して「少なく
とも4倍程度の長さを有する」ことを要するとの被告の主張は,採
用することができない。
もっとも,前記2(1)エ認定のとおり,本件発明の技術的思想は,
半導体レーザー光源,対物レンズ,偏向器,走査用レンズ及び感光
媒体で構成される記録光学系において「良好な記録」を得るとの課
題を解決するための手段として,「偏向器と対物レンズの間で光束
がコリメートされているところに設けた絞りにより」,「感光媒体
上におけるビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査
方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」構成を採用したこ
とにあり,このようなビームスポツトの形状が「走査方向の長さに
比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」構成に
より,ビームスポツトの形状が円形のものと比べ,走査方向に隣接
する「画素」間においてビームスポツトがはみ出る面積(量)を少
なくすることができ,これによりコントラストの高い(走査方向の
分解能を向上させた)画像が得られるという作用効果を奏するとい
うものであるから,数値上,ビームスポットの縦方向の径が横方向
の径に比してわずかに長いだけで,円形のものと同視できるビーム
スポツトについては,このような作用効果を期待できないというべ
きであって,「走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の
長さが長くなる様にした」構成に当たらないと解すべきである。
そして,①前記2(2)ア認定の被告における半導体レーザー光源L
BPの研究開発の経緯によれば,偏向器と対物レンズの間で光束が
コリメートされているところに絞りを設けた構成を採用したデモ機
において,円形スポットとすることを目指してシリンドリカル・ビ
ーム・エクスパンダーを設けており,そのビームスポットの形状
は「195μ×178μ」(縦横比1.0955)であったこと,
②B3作成の陳述書(乙187)中には,デモ機の開発当時,B3
が,半導体レーザーの配向特性のばらつきによって,ビームスポッ
トの縦横比が1.0955よりも大きくなった場合に備えて,半導
体レーザーを「縦置き」にすることを提案した旨の記載部分(47
頁3行~49頁1行)があるが,半導体レーザーの配向特性のばら
つきがなければこのような配慮は不要であったと考えられることに
照らすならば,縦横比が1.0955以下のビームスポツトであれ
ば,円形のものと同視できるものと認めるのが相当である(なお,
半導体レーザーを「縦置き」にし,「縦長ビームスポット」を得る
ことを目指した量産試作機におけるビームスポットの形状は,「9
4μ×78μ」(縦横比1.2051)であったこと(前記2(2)ア
(エ)c)からすれば,少なくとも縦横比1.2051以上のビーム
スポットは,円形のものと同視できないということができるが,縦
横比が1.0955を超え1.2051未満のビームスポットを円
形のものと同視できるかどうかは不明であるといわざるを得な
い。)。
そうすると,ビームスポツトの縦横比(「走査方向と直交する方
向の長さ」と「走査方向の長さ」の比)が1.0955以下のもの
は,円形のビームスポットと同視できるから,このような機種は,
構成要件Cを充足しないというべきである。
b次に,別表「被告製品における本件発明の実施状況」の「スポッ
ト径(μm)」の「主(横):副(縦)比率」欄によれば,本件基
準期間内の被告製品のうち,ビームスポツトの縦横比が1.095
5以下の機種は,№13,14,21ないし23,44の6機種(
№13につき「●(省略)●」,№14につき「●(省略)●」,
№21ないし23につき「●(省略)●」,№44につき「●(省
略)●」)である。
乙49の1ないし6,50の1ないし6,57の1ないし3,7
4の2,75の1,2の各図面記載の作成日付,図面番号,部品番
号等,№13,14,21,44の各機種に対応する甲3記載の機
種の製品発表時期及び弁論の全趣旨を総合すると,上記乙号各証
は,№13,14,21,44の各機種に係る図面であることが認
められる。
そして,上記乙号各証(例えば,乙49の6,50の6,57の
3,75の2)によれば,№13,14,21,44の各機種のビ
ームスポツトの縦横比は上記のとおりであることが認められ,これ
に反する証拠はない。
一方で,被告が№22,23の機種の図面として提出した乙5
8,59の各図面記載の規格番号は,同じく№22,23の各機種
に係る図面として提出された乙57の1,2記載の図面番号等と整
合しないこと,甲3には№22,23に対応する機種の製品発表時
期の記載がなく,その製品発表時期が明らかでないため,乙58,
59の作成日付を手掛かりに№22,23との関連性を見出すこと
も困難であることに照らすならば,乙58,59の各図面が№2
2,23の機種の図面であると認めることはできない。他に№2
2,23の機種のビームスポツトの縦横比が「●(省略)●」であ
ることを認めるに足りる証拠はない。
以上によれば,被告が非実施理由(カ)により構成要件Cを充足し
ないと主張する各機種(№8ないし15,17ないし26,29な
いし33,35,43,44)のうち,№13,14,21,44
の各機種については,構成要件Cを充足しないから,本件発明を実
施していない。
(エ)非実施理由(キ)(「レンズ(レンズ群を含む)の縦横の屈折力が
異なる機種」)
被告は,「絞り」は,その機能の一つとして,「光束の形状」を整
形・制御することによって,「ビームスポットの形状」を制御する(
所望の形状にする)ことができるのであり,この「絞り」の機能と本
件明細書の「アパーチャーの径Ds,Djを適当に選ぶことにより・・
・スポットを所望の形状にできる。」(甲2の9欄14行~16行)
との記載にかんがみると,本件発明の構成要件Cの「絞りにより・・
・ビームスポット形状を縦長にする」との記載は,「絞り」によりビ
ームスポット形状を決定することを前提とするものであるから,非実
施理由(キ)に該当する機種は,レンズの屈折によって縦横の比が変わ
るため,縦長ビームスポットの形成にレンズの屈折力が関係し,ビー
ムスポット形状は「絞りにより」決定されたことにならないので,構
成要件Cを充足しない旨主張する。
しかし,構成要件Cは,「この絞りにより前記感光媒体上における
ビームスポツトの形状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交す
る方向の長さが長くなる様にした事」というものであり,絞り「の
み」によりビームスポツトの形状を「走査方向の長さに比して走査方
向と直交する方向の長さが長くなる様にした」との限定は付されてお
らず,また,本件発明の特許請求の範囲を全体としてみても,絞り「
のみ」によりビームスポットの形状を決定することを明示した記載は
ない。
また,そもそも,本件発明のような半導体レーザーを光源とする記
録光学系においては,光束が絞りを通過した後,走査用レンズにより
光束を集光する際に,光束の縦横の比率は変わり得るものであるか
ら(縦長の絞りを設ければ横長のビームスポットが形成され,横長の
絞りを設ければ縦長のビームスポットが形成される。),絞り「の
み」によりビームスポットの形状(縦横の比率)を決定するというこ
とは通常考え難い。
さらに,半導体レーザーから放射されるレーザー光の強度分布はガ
ウシアン分布となることを考慮すると,絞りと屈折力が異なる走査用
レンズとの組合せにより感光媒体上に形成されるビームスポットの形
状を「走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長く
なる様にした」場合においても,当該絞りの開口部の大きさが変われ
ば当該ビームスポットの形状が変わるのであって,このことから光束
を整形する絞りの機能を利用しているといえるから,当該ビームスポ
ットの形状と当該絞りとの間には因果関係が存し,「絞りにより」ビ
ームスポット形状を縦長にしたものと認めて差し支えないというべき
である。
このように絞りと縦横の屈折力が異なる走査用レンズ(レンズ群を
含む)を組み合わせてビームスポットの形状を「走査方向の長さに比
して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」場合におい
ても,構成要件Cを充足するというべきである。
したがって,被告の主張は採用することができない。
(オ)非実施理由(ク)(「ビームスポット径が,画素より大きい機
種」)
被告は,本件明細書(甲2)の「1画素の変調時間内にスポットは
第20図のように13から13’へシフトし,その間に記録されるス
ポットは14の如く大きくなる。その結果,1画素の記録スポットの
大きさをy',z'方向で等しくすることが可能になり,良好な記録が
出来る。」(9欄21行~26行)との記載によれば,構成要件D
の「記録光学系」は,「ビームスポットの移動した軌跡が記録スポッ
トとなって,記録画像を構成するもの」を意味する以上,ビームスポ
ットが画素より小さく,画素からはみ出ることを前提に,サブピクセ
ルの中心(重心)に近い位置に塗りつぶされた画素を集めることで,
サブピクセル内でのパターン構成を最適化しているものであるからビ
ームスポット径が画素より大きい場合には,記録画像が形成される過
程が本件発明とは全く異なり,本件発明の効果が得られないから,非
実施理由(ク)に該当する機種は,構成要件Dの「記録光学系」を充足
しない旨主張する。
しかし,前記(ウ)aのとおり,本件発明は,ビームスポツトの形状
が「走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くな
る様にした」構成により,ビームスポツトの形状が円形のものと比
べ,走査方向に隣接する「画素」間においてビームスポツトがはみ出
る面積(量)を少なくすることができ,これによりコントラストの高
い(走査方向の分解能を向上させた)画像が得られるという作用効果
を奏するというものであるところ,ビームスポット径が画素より大き
い場合であっても,走査方向に隣接する「画素」間においてビームス
ポツトがはみ出る面積(量)をビームスポツトの形状が円形のものと
比べ少なくすることができるものと考えられるから,被告の上記主張
は採用することができない。
(カ)非実施理由(ケ)(「絞り(アパーチャー)の形状が円形である機
種」)
被告は,構成要件Cの「絞りにより・・・ビームスポット形状を縦
長にする」との記載は,「絞り」によりビームスポット形状を決定す
ることを前提とし,光束中に「横長の絞り」を設けることにより,「
縦長のビームスポット」を形成することを意味するのに対し,アパー
チャーの形状が円形である場合には,絞りによってビームスポット形
状が決定されるのではなく,絞りはビームスポットを縦長に形成する
方向に機能,寄与しておらず,他の要因・要素により,結果として,
縦長ビームスポットが得られたに過ぎないから,非実施理由(ケ)に該
当する機種は,構成要件Cを充足しない旨主張する。
しかし,絞りの径(アパーチャー)の形状が円形である機種におい
ても,前記(エ)と同様の理由により,光束を整形する絞りの機能を利
用しているといえるから,ビームスポットの形状と絞りとの間には因
果関係が存するというべきである。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
(キ)小括
a以上によれば,本件基準期間内に販売された被告製品39機種の
うち,本件発明を実施した機種は,前記イ,ウの非実施理由に該当
する機種を除く,合計27機種(別表「被告製品における本件発明
の実施状況」の№●(省略)●の各機種。いずれも,甲3に○印が
付された機種)であるものと認められる。
そうすると,本件基準期間内に販売された被告製品のうち,本件
発明が実施されている製品の実施割合は69.23%(27÷3
9)となる。
bこれに対し原告は,甲3は,平成13年10月に原告が本件発明
の再評価を申請したことを受けて,平成14年4月ころ当時の被告
のLBP光学系の開発・設計の責任者であったB5が作成したもの
であり,本件発明の再評価検討結果として,知的財産本部のB2ら
が同席した場においてB5が原告に対して説明した資料であるとと
もに,被告の特許審査委員会において本件発明の再評価を審議・決
定する際に使用された資料であり,被告において,甲3に○印が付
された機種は本件発明が実施されていることを確認していたのであ
るから,被告が本件訴訟に至り甲3と相矛盾する主張をすること自
体不合理であり,信義則(禁反言)の観点からも許されるべきでは
ない旨主張する。
しかし,被告が,甲3に○印が付された機種のうち,前記イ,ウ
の非実施理由に該当する機種に係る技術が本件発明の技術的範囲に
属することを前提として侵害訴訟を提起して実施料収入を得たこと
や,このような技術的範囲を主張して他社とライセンス交渉を行
い,ライセンス契約を締結したなどといった事情を認めるに足りる
証拠がない。
加えて,本件の審理の経過その他本件に現れた諸事情を考慮する
と,被告が甲3に○印が付された機種について本件発明が実施され
ていない旨主張することが,信義則(禁反言)に反し,許されない
と断ずることはできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(2)代替技術の有無
被告は,本件発明には,次のとおり,代替技術ないし競合技術が存在
し,本件発明の回避は極めて容易であり,本件発明の重要性は減少してい
る旨主張するので,順次判断する。
ア代替技術1(絞りによらず,半導体レーザー光源のFFPを利用し
て,縦長ビームスポットを形成する技術)
被告は,代替技術1を用いた構成は,絞りによりビームスポットの形
状を決定していないので,構成要件Cを充足せず,本件発明の技術的範
囲に属さないものであるところ,代替技術1においては,半導体レーザ
ーからの光束を絞りによりカットしないため,レーザー利用効率が高い
点(光量の損失が少ない点)に技術的優位性があり,代替技術1は,本
件発明と技術的に同等程度の価値を有する代替技術である旨主張する。
しかし,半導体レーザーにおいては,個々の素子間に発光配向特性に
個体差があり,そのFFP(ファー・フィールド・パターン)の形状に
もばらつきがあることを考慮すると,LBPにおいて代替技術1を採用
した場合には,発光配向特性の個体差により,感光媒体上に形成される
ビームスポットの形状やサイズも個々の製品毎にばらつきが生じること
となる。また,このようなばらつきが生じるという課題を解決するため
に,個々の製品毎に光学系の設定を変える(縦横の屈折率が異なるレン
ズの採用など)手段を採用することは,製造コストが大きく増加するこ
とになるものと考えられるから,代替技術1は,本件発明を回避し得る
代替技術であるということはできない。
したがって,被告の上記主張は理由がない。
イ代替技術2(絞りによらず,縦横で異なる屈折力を有するレンズ群に
より,縦長ビームスポットを形成する技術)
被告は,代替技術2を用いた構成は,絞りによりビームスポットの形
状を決定していないので,構成要件Cを充足せず,本件発明の技術的範
囲に属さないものであるところ,共役型倒れ補正光学系では,レンズ群
は常に縦横で異なる屈折力を有しており,この屈折力の設定次第で,ビ
ームスポットの形状を縦長とすることが可能であり,この場合代替技術
2を用いた構成となるが,代替技術2は,本件発明と技術的に同等程度
の価値を有する代替技術である旨主張する。
しかし,前記(1)イ(エ)認定のとおり,縦横で異なる屈折力を有するレ
ンズ群と絞りを用いた場合であっても,光束を整形する絞りの機能を利
用しているといえるから,ビームスポットの形状と絞りとの間には因果
関係が存し,構成要件Cを充足するというべきであるから,代替技術2
は,本件発明の技術的範囲に含まれるものであり,本件発明の代替技術
ということはできない。
したがって,被告の上記主張は理由がない。
ウ代替技術3(一体成型する方法により,半導体レーザー光源と対物レ
ンズの間に絞りを設ける技術)
被告は,代替技術3を用いた構成は,絞りを「半導体レーザー光源と
対物レンズの間」に設けている点で構成要件Bを充足せず,本件発明の
技術的範囲に属さないものであるところ,代替技術3を用いた構成にお
いて,絞りを対物レンズの鏡筒又は半導体レーザー光源の保持部材と一
体成型する方法,あるいは光学箱収納機器,部材等全体を一体成型する
方法により,絞りの設定位置の誤差による影響の問題を解消できるの
で,光束がコリメートされているところに絞りを設けることにより絞り
の設定位置の誤差によるビームスポットの形状への影響がなくなるとい
う本件発明と同様の効果を奏し,また,一体成型品は,大量生産により
大幅なコストダウンが図ることができるのであるから,一体成型する方
法により,半導体レーザー光源と対物レンズの間に絞りを設ける技術
は,少なくとも本件発明と技術的に同等である旨主張する。
そこで検討するに,絞りの支持部材と対物レンズの鏡筒又は半導体レ
ーザー光源の保持部材と一体成型する方法,あるいは光学箱収納機器等
により一体成型する方法により,絞りの位置を正確に設定することがで
き,設定位置の誤差による影響の問題を解消できるものといえるから,
代替技術3によって,本件発明を回避することができるものであり,製
造コスト等に照らしても,代替技術3は,本件発明を回避し得る代替技
術と認められる。
しかし,代替技術3は,本件発明と技術的に同程度であり,本件発明
よりも優位な技術であるとまでいうことはできない。
エ代替技術4(一体成型する方法により,共役型倒れ補正光学系におけ
るシリンドリカルレンズと偏向器の間に絞りを設ける技術)
被告は,代替技術4を用いた構成は,構成要件Bを充足しないので,
本件発明の技術的範囲に属さないものであるところ,近年の複数ビーム
記録光学系において絞りを用いる場合,別々の光源から発せられ入射方
向の異なる複数の光束について,絞りを偏向器の近くに設けた方が,ビ
ームスポット形状の設計上の自由度が増大し,より多くの光量を取り込
めることで有利になり,できるだけ偏向器に近い位置に絞りを設けるの
が望ましいとされているところ,これを実現するのが代替技術4であ
り,しかも,本件発明で問題とされた絞りの設定位置の誤差は,光源,
レンズ,絞り等の支持部材を光学箱と一体成型する構成をとる実際の製
品においては,ほとんど問題とならないので,代替技術4は,本件発明
の技術に対して,複数ビーム記録光学系の採用を可能にするものである
点で,技術的に優位である旨主張する。
そこで検討するに,前記ウ認定のとおり,一体成型する方法を用いた
場合には,絞りの設定位置の誤差による影響の問題を解消できるのであ
るから,代替技術4は,本件発明を回避し得る代替技術と認められる。
また,半導体レーザー光源の間隔が,半導体レーザー光源から絞りま
での距離に対して無視できないような大きさである場合には,被告が主
張するような,ビームスポット形状の設計上の自由度が増大し,より多
くの光量を取り込めるというメリットが存在すると認めることはできる
ものの,一方で,半導体レーザーの光源の間隔が,半導体レーザー光源
から絞りまでの距離に対して無視できるほど小さい場合には,被告が主
張する上記メリットは存在しないということができるのであるから,代
替技術4に,本件発明に対する明らかな技術的優位性が存在するとまで
認めることはできない。
オ代替技術5(オーバーフィルド走査光学系)
被告は,代替技術5のオーバーフィルド走査光学系は,偏向器に入射
する光束の主走査方向の幅が偏向器の一つの反射面の幅よりも広いもの
であって,ビームスポットの形状を決定する光束幅は偏向器の反射面の
幅によって制限され,「絞り」が存在しないので,構成要件Bを充足せ
ず,本件発明の技術的範囲に属さないものであるところ,このようなオ
ーバーフィルド走査光学系を採用すると,偏向器の反射面の大きさを光
束幅より大きくすることが要求されないので,小さい反射面を用いるこ
とによって偏向器を大型にすることなく反射面の数を増やすことがで
き,高速走査が可能となる技術的優位性がある旨主張する。
しかし,被告が「オーバーフィルド走査光学系」として主張するとこ
ろの代替技術5は,光束の主走査方向(走査方向)の幅を偏向器の反射
面の幅によって制限する技術であって,副走査方向(走査方向と直交す
る方向)については制限するものではないから,主走査方向及び副走査
方向の両方向について絞りによる制限が可能である本件発明を代替する
ものとは言い難い。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
カ代替技術6(絞りを円形として,他の要素(FFPの形状の利用,縦
横で屈折力の違うレンズ群(横方向の屈折力が強いもの)の使用,また
はそれらの併用)によりビームスポットを縦長にする技術)
被告は,代替技術6を用いた構成は,本件発明の構成要件Cの「絞り
により」ビームスポットの形状を縦長にするとの要件を充足しないの
で,本件発明の技術的範囲に属さないが,一方で,縦長ビームスポット
を形成するという本件発明の目的を達成することができるから,代替技
術6は,本件発明の代替技術である旨主張する。
しかし,前記(1)イ(カ)認定のとおり,絞りを円形とするものも,光束
を整形する絞りの機能を利用しているといえるから,ビームスポットの
形状と絞りとの間には因果関係が存し,構成要件Cを充足するというべ
きであるから,代替技術6は,本件発明の技術的範囲に属するものであ
って,本件発明の代替技術ということはできない。
したがって,被告の上記主張は理由がない。
キ小括
以上のとおり,被告主張の代替技術1ないし6のうち,代替技術3,
4は,本件発明の代替技術であると認められる。
5争点3-3(被告が包括クロスライセンス契約において本件発明により得
た利益の額)について
(1)被告の全ライセンシーによる本件発明の実施品の譲渡価格の算定方法
前記3(2)イ(イ)のとおり,被告が包括クロスライセンス契約において本
件発明により得た利益の額は,被告の全ライセンシーによる本件発明の実
施品の譲渡価格に,本件発明の実施料率(「標準包括ライセンス料率」×
本件発明の寄与度)を乗じて算定するのが相当である。
そして,被告の全ライセンシーによる本件発明の実施品の譲渡価格は,
別件訴訟の第1審判決及び控訴審判決が採用した算定方法と同様に,被告
の全ライセンシーにおけるLBP,MFP等の譲渡価格(被告以外の全他
社の譲渡価格合計額×全ライセンシーのシェア)に,本件特許権の効力が
及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合及び全ライセンシーにおける本件
発明の実施割合を乗じて算定するのが相当である。
ア全ライセンシーにおけるLBP,MFP等の譲渡価格
本件基準期間における被告の全ライセンシーにおけるLBPの譲渡価
格は3兆7437億1573万6544円(別表3の(d)欄の合計
欄),MFP等の譲渡価格は1兆0185億5575万2957円(別
表4の(d)欄の合計欄)であるであることは,当事者間に争いがない。
イ本件特許権の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合
本件発明については,本件特許(日本特許)のみが存在し,対応外国
特許は存在しないから,本件発明の効力が及ぶ製品の範囲は,①日本国
内において生産されたもの,②日本以外(海外)において生産されたも
ののうち,日本へ輸入され,日本で販売されたものである。①は,全世
界で生産されたLBP,MFP等の台数における日本生産の割合によっ
て,②は,全世界で生産されたLBP,MFP等の台数における海外生
産の割合に,海外生産されたLBP,MFP等のうち,日本に輸出さ
れ,日本国内で販売された割合を乗じることによって求めることができ
る。もっとも,海外生産されたLBP,MFP等のうち,日本に輸出さ
れ,日本国内で販売された割合は不明であるので,全世界で生産された
LBP,MFP等における海外生産の割合に,全世界で販売されたLB
P,MFP等における日本販売の割合を乗じることによって代替するの
が相当である。
しかるに,本件においては,本件基準期間の各年の資料がないため,
別件訴訟で提出された平成13年(2001年)の資料(乙148)を
基に,第三者による平成13年の日本生産の割合及び日本販売の割合の
比率を求め,昭和58年(1983年)と平成13年間は各年ごとに上
記比率を均等割で逓減させ,このようにして求められた各年の上記比率
について,本件基準期間について譲渡価格との加重平均を求めて算出す
ることも許されるものと解される。
(ア)LBPについて
a乙148によれば,被告及びヒューレット・パッカード社以外の
第三者による平成13年の日本生産の割合は41.65%であるこ
と,平成13年における日本以外の第三国(乙148中では,「そ
の他」と表示)の生産割合に日本の販売割合を乗じた比率は8.8
5%(58.35%×15.17%)であることが認められる。
したがって,上記第三者による平成13年の日本生産の割合及び
日本販売の割合の比率は50.5%(41.65%+8.85%)
である。
b次に,乙149によれば,昭和58年の100%と平成13年の
50.5%(上記a)を基に,日本生産の割合及び日本販売の割合
の比率を各年毎に均等に逓減させて(各年2.75%ずつ),各年
の日本生産の割合及び日本販売の割合の比率を求め,これらを各年
の全他社譲渡価格が本件基準期間の全他社譲渡価格合計の総額に占
める比率をウエイトとして加重平均することにより,本件基準期間
における本件発明の効力が及ぶ範囲(割合)を求めると,72.6
9%となることが認められる(別表3の(e)欄)。
(イ)MFP等について
a乙148によれば,被告以外の第三者による平成13年の日本生
産の割合は17.11%であること,平成13年における日本以外
の第三国(乙148中では,「その他」と表示)の生産割合に日本
の販売割合を乗じた比率は19.50%(82.89%×23.5
3%)であることが認められる。
したがって,上記第三者による平成13年の日本生産の割合及び
日本販売の割合の比率は36.61%(17.11%+19.50
%)である。
b次に,乙150によれば,昭和58年の100%と平成13年の
36.61%(上記a)を基に,日本生産の割合及び日本販売の割
合の比率を各年毎に均等に逓減させて(各年2.75%ずつ),各
年の日本生産の割合及び日本販売の割合の比率を求め,これらを各
年の全他社譲渡価格が本件基準期間の全他社譲渡価格合計の総額に
占める比率をウエイトとして加重平均することにより,本件基準期
間における本件発明の効力が及ぶ範囲(割合)を求めると,54.
18%となることが認められる(別表4の(e)欄)。
ウ被告の全ライセンシーにおける本件発明の実施割合
(ア)本件基準期間内に販売された被告製品のうち,本件発明が実施
されている製品の実施割合が69.23%となることは,前記4(1
)イ(キ)a認定のとおりである。
そして,被告の全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件発明の
実施割合については,①本件発明が出願公開された昭和61年5月
12日から本件特許権の存続期間が満了した平成10年4月28日
に至るまでに約12年の期間があること,被告のライセンシーは,
十数社に及ぶこと(乙132の1,133の1)に照らし,その実
施状況を逐一検討することは,その審理に著しい負担を要するもの
であり,極めて困難であるといわざるを得ないこと,②被告は,全
世界のLBP,MFP等の生産及び販売において相当程度のシェア
を有しており(甲22,乙146の1,148),被告における本
件発明の実施状況は,業界内での実施状況を相当程度反映している
ものと考えられることからすれば,被告製品中に占める本件発明の
実施割合を基礎として,被告の全ライセンシーにおける本件発明の
実施割合を推認するのが相当である。
もっとも,ライセンシーにおいては,自社で開発した技術や公知
の代替技術ないし競合技術があれば,自社の開発能力の維持発展や
ライセンス契約更新時における交渉力維持を図るため,それらの技
術を使用する傾向があるものといえるから,被告のライセンシーに
おいても,被告よりも本件発明の実施割合が低くなる傾向があるも
のと考えられる。
以上の点に加えて,本件発明の技術内容(前記2(1)エ),代替技
術の内容(前記4(2))等本件に現れた一切の事情を総合考慮すれ
ば,被告の全ライセンシーにおける本件発明の実施割合は,被告の
実施割合の90%と推認するのが相当である。
そうすると,被告の全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件発
明の実施割合は62.31%(別表3,4の各(f)欄)となる。
(イ)これに対し被告は,①縦長ビームスポットを形成することは,
画素が600dpiまで微細化され,画素がビームスポットよりも
小さくなった平成2年(1990年)ころ以降は,その技術的意義
が失われており,また,現実の製品においては,一体成型技術によ
り絞りの設定位置の誤差の問題が解消され,本件発明の唯一の新規
な特徴である,光束がコリメートされているところに絞りを設ける
構成の技術的意義は失われていること,②縦長ビームスポットを形
成・作出する技術についても,多数の代替技術ないし競合技術が存
在し,被告のライセンシーにおいては,自社で開発した技術や公知
の代替技術ないし競合技術があれば,自社の開発能力の維持発展や
ライセンス契約更新時における交渉力維持を図るため,これらの技
術を使用する傾向があること等の事情を総合考慮すれば,被告のラ
イセンシーにおける本件発明の実施割合は,被告の実施割合よりも
はるかに低く,ほとんどゼロに近いものと推認される旨主張する。
しかし,①本件発明は,半導体レーザーを光源とする記録光学系
において,偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされている
ところに設けた絞りにより感光媒体上におけるビームスポツトの形
状が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長
くなる様にした構成を採用することにより,良好な記録が得られ
る(コントラストの高い(走査方向の分解能を向上させた)画像が
得られる)という作用効果を奏するとともに,絞りの設定位置に誤
差があっても「絞りにより蹴られる光束」の量は変化しないので,
光学系の製造が容易になるという作用効果を奏するものであって(
前記2(1)エ),特殊な部材等を用いることのない簡便な構成で,良
好な記録が得られ,製造を容易にするというものであり,また,本
件基準期間内に販売された被告製品のうち,本件発明が実施されて
いる製品の実施割合が69.23%と高率であること(前記(ア
)),②ビームスポット径が画素より大きい場合(すなわち,画素が
ビームスポット径よりも小さい場合)であっても,走査方向に隣接
する「画素」間においてビームスポツトがはみ出る面積(量)をビ
ームスポツトの形状が円形のものと比べ少なくすることができ,良
好な記録が得られるという点では,本件発明の技術的意義を有する
こと(前記4(1)イ(オ)),③本件発明については,回避することの
できない原理的な技術であるということはできず,現に一体成型法
による代替技術が存在するが,その代替技術は,本件発明よりも優
位な技術であるとまでいえないこと(前記4(2)ウ,エ)など本件訴
訟で明らかになった諸般の事情に照らすと,被告の上記主張は採用
することができない。
(2)本件発明の実施料率
ア本件基準期間において対象となる被告保有特許数
被告が本件基準期間内に保有する登録特許のうち,除外特許等を除く
登録特許件数の平均は,LBPにつき7849件,MFP等につき1万
2417件であることは,前記3(2)イ(ア)cのとおりである。
そして,本件基準期間内において,新たに特許登録されたり,又は,
存続期間の満了等により登録特許の権利消滅が生じること,本件基準期
間が約12年であること及び弁論の全趣旨を総合すれば,本件基準期間
において対象となる被告保有特許数は,被告が主張するように,上記件
数の5分の3の件数,すなわち,LBPにつき4709件,MFP等に
つき7450件と認めるのが相当である。
イ被告ライセンス契約における本件発明の寄与度
本件発明は,すべての被告ライセンス契約の対象特許群に含まれてい
たが,本件発明がライセンス契約締結時において,代表特許又は提示特
許として相手方に提示されたことはなかったものであるが(前記3(2)イ
(ア)d),本件発明は,本件基準期間内において被告の全ライセンシー
の製品に実施されていたのであるから(前記(1)ウ(ア)),被告ライセン
ス契約における本件発明の寄与度を考慮すべきである。
そこで検討するに,①本件発明は,半導体レーザーを光源とする記録
光学系において,偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされてい
るところに設けた絞りにより感光媒体上におけるビームスポツトの形状
が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる
様にした構成を採用することにより,良好な記録が得られる(コントラ
ストの高い(走査方向の分解能を向上させた)画像が得られる)という
作用効果を奏するとともに,絞りの設定位置に誤差があっても「絞りに
より蹴られる光束」の量は変化しないので,光学系の製造が容易になる
という作用効果を奏するものであって,本件基準期間内に販売された被
告製品のうち,本件発明が実施されている製品の実施割合が69.23
%と高率であり,被告の全ライセンシーにおける製品の実施割合も6
2.31%に及ぶこと,②本件発明は,被告の社内において,実績等級
において1級と評価され,優秀社長賞も付与されるなど高く評価されて
いたものであること,③一方,LBP及びMFP等は,様々な種類の多
数の技術(特許)が複合されて初めて商品化が可能となる製品であり,
これらの技術が複合的に使用されることによって莫大な独占の利益を生
み出すことができるものであって,個々の特許を抽出した場合,代表特
許ではない単なる実施特許について,ライセンス契約全体に対し多大な
貢献をしているものとまでみることは相当ではないこと,④本件発明に
ついては,他に代替の余地のない技術とまでいうことはできず,現に一
体成型法による代替技術が存在し,他の手段によって回避されることが
あるものの,その代替技術は,本件発明よりも明らかに優位な技術であ
るとまでいえず(前記4(2)ウ,エ),本件基準期間内において,本件発
明を明らかに上回る技術が存したとも認められないこと,以上の①ない
し④の諸事情を総合的に考慮すれば,本件発明は,被告ライセンス契約
における本件基準期間内において,被告保有特許(LBPにつき470
9件,MFP等につき7450件)のうちの1件に対し,20件分の価
値を有するものと評価するのが相当である。
ウ以上によれば,本件発明の実施料率は,LBPについては,被告ライ
センス契約における標準包括ライセンス料率である2.37%を470
9で除して20を乗じた0.01007%(別表3の(g)欄),MFP
等については,被告ライセンス契約における標準包括ライセンス料率で
ある2.88%を7450で除して20を乗じた0.00773%(別
表4の(g)欄)と認められる。
(3)小括
以上を前提に,被告が包括クロスライセンス契約において本件発明によ
得た利益の額を算定すると,LBPにつき1億7067万4584円(別
表3の(h)欄),MFP等につき2658万4696円(別表4の(h)欄)
の合計1億9752万9280円となる。
6争点3-4(被告の本件発明の自己実施により受けるべき利益の額)につ
いて
(1)被告は,自らLBP及びMFP等を製造販売しながらも,希望する企業
があれば,本件発明を有償で実施許諾するとの方針を採用し,LBP及び
MFP等を製造販売する業者の多くとライセンスバック付き有償包括ライ
センス契約(ライセンスバック契約)を締結し,本件発明の実施を許諾し
ており,他社においても高い割合で本件発明が実施されているものである
が,一方で,それはあくまでも有償であることを前提としているのに対
し,自社製品については実施料を支払う必要がないこと,全ての他社にお
いて本件発明が実施されているとまでは認められない上,代替技術につい
ても,本件特許の存続期間内において,本件発明を明らかに上回る技術が
あったとまでは認められないことなどを総合すると,被告は,本件発明の
自己実施により一定限度の超過利益を得ているものと考えられる。
被告の本件発明の自己実施により受けるべき利益の額は,被告による自
己実施に係る分を仮に第三者に実施許諾をしたと想定した場合に得られる
実施料(仮装実施料)の額から法定通常実施権による減額を考慮した金額
をもって超過利益の額とし,これに基づいて相当の対価の額を算定するこ
とも許されると解する。
そして,前記認定のとおり,①被告は,全世界生産台数のうち,相当程
度のシェアを占めており,被告製品において本件発明が実施されている割
合は,69.23%であること,②仮想実施料率は,既に認定した第三者
にライセンスした場合の実施料率(標準包括ライセンス料率×本件発明の
寄与度)とほぼ同様に考えることができると解されること,③本件発明の
代替技術の内容,④被告以外の全他社を基準とするライセンシーの販売シ
ェアが相当程度になること(LBPにつき85.64%,MFP等につき
82.45%。前記3(2)イ(ア)a),その他諸般の事情を勘案すると,本
件発明においては法定通常実施権減額分を90%とするのが相当である。
以上を前提に,LBP及びMFP等のそれぞれにつき,被告の自己実施
による超過利益について検討する。
アLBPについて
(ア)被告作成の乙146の1(「LBP全他社譲渡価格合計」(1
983年~2005年)」には,①(B)欄に「被告(ヒューレット
・パッカード社を含む。)のLBPの実売価格合計額」(1983年
~1995年。ドル建て),(D)欄に「被告のLBPの実売価格合
計額」(1996年~2005年。ドル建て),②(F)欄に「各年
平均ドル/円換算レート」,④(A)欄に「全世界実売価格合計
額」(1983年~2005年),(C)欄に「被告シェア」(19
83年~2005年)の記載がある。
弁論の全趣旨によれば,乙146の1記載の各数値は合理性がある
ものと認められるので,上記①ないし③を基に,以下の算定式によ
り,LBPに関する被告の自己実施による超過利益を算定することも
許されるものと解される。
(算定式)LBPに関する超過利益=本件基準期間における被告実売
価格合計額(上記①)×「各年平均ドル/円換算レート」(上記②)
×本件特許権の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合(7
2.69%。前記(1)イ(ア)b)×被告製品に占める本件発明の実施割
合(69.23%。前記(1)ウ(ア))×仮装実施料率(0.01007
%。前記(2)ウ)×法定通常実施権減額分(100%-90%)
(イ)以上を前提に,本件基準期間におけるLBPに関する被告の自己
実施による超過利益の額を算定すると,別表5記載のとおり,合計3
821万4017円(別表5の(h)欄)となる。
イMFP等について
(ア)被告作成の乙147の2(「MFP等全他社譲渡価格合計」(1
990年~2005年)」)には,(B)欄に本件基準期間におけ
る「全他社譲渡価格合計」として,1990年から1998年までの
各年の被告以外の全他社譲渡価格及びその合計額(1兆2353億6
173万7972円)の記載がある。
また,被告作成の乙148(日本生産および/または販売比率の算
出)には,MFP等の2001年の全世界の「生産割合(台数)」欄
に「100%(6,780千台)9,550(全メーカー)-27
70(キヤノン)」との記載がある。上記記載によれば,2001
年(平成13年)における被告のMFP等の生産シェアは29.01
%(2770/9550)であったことが認められる。
弁論の全趣旨によれば,乙147の2,148記載の各数値は合理
性があるものと認められる。他方で,本件においては,本件基準期間
内の各年毎の被告の生産シェア及び販売シェアを認めるに足りる証拠
はない。
そこで,平成13年における被告のMFP等の生産シェアを基に超
過利益の額を一応算出し,諸般の事情を勘案して,MFP等に関する
被告の自己実施による超過利益を算定することも許されるものと解さ
れる。その算定式は,次のとおりとなる。
(算定式)MFP等に関する超過利益=本件基準期間における被告の
譲渡価格(被告以外の全他社の譲渡価格合計(1兆2353億617
3万7972円)×被告の生産シェア(29.01%)÷被告以外の
全他社の生産シェア((100-29.01)%)×本件特許権の効
力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合(54.18%。前記(1)
イ(ア)b)×被告製品に占める本件発明の実施割合(69.23%。
前記(1)ウ(ア))×仮装実施料率(0.00773%。前記(2)ウ)×
法定通常実施権減額分(100%-90%)
(イ)以上を前提に,本件基準期間におけるMFP等に関する被告の自己
実施による超過利益の額を算定すると,合計146万4027円とな
る。
(2)以上によれば,被告の超過利益の額は,LBPにつき3821万401
7円(別表5の(h)欄),MFP等につき146万4027円と認めるの
が相当である。
7争点4(本件発明がされるについて被告が貢献した程度)について
(1)特許法旧35条3項,4項は,従業者等と使用者等の利害関係を調整す
る趣旨の規定であることからすると,同条4項の「使用者等が貢献した程
度」には,使用者等が「その発明がされるについて」貢献した事情のほ
か,特許の取得・維持やライセンス契約の締結に要した労力や費用,ある
いは,特許発明の実施品に係る事業が成功するに至った一切の要因・事情
等を,使用者等がその発明により利益を受けるについて貢献した一切の事
情として考慮し得るものと解するのが相当である。
(2)ア前記2ないし4の認定事実と証拠(乙111ないし114,131,
146ないし148,176(以上,枝番のあるものは枝番を含
む。))及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
(ア)本件発明は,ガスレーザー及び半導体レーザーを光源とするLB
P,半導体レーザー光源のファクシミリやLDR等の研究・開発を目
的として,1973年(昭和48年)以降連続的に設けられたタスク
フォース等における研究開発において,かつ,その成果の継承と利用
に基づいて,完成されたものであり,具体的には,被告における半導
体レーザー光源LBPの研究開発にタスクフォースのチーフとして従
事したB1と光学部にあって試作機等のレンズ及び半導体レーザー光
学系の開発・設計を担当した光学技術者の原告によって,TR-02
9のタスクフォース活動の成果として完成されたものである。
原告は,TR-018,TR-027及びTR-029の各タスク
フォースに,レンズの設計・試作等の光学系の技術者として参加し,
その主な業務は,与えられた仕様に基づいてレンズの設計等の光学設
計を行うというものであった。
(イ)本件出願は,本件原出願からの分割出願として出願されたもので
あり,本件発明は,半導体レーザー光源とする記録光学系におい
て,「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところ
に設けた絞りにより」,「感光媒体上におけるビームスポツトの形状
が,走査方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くな
る様にした」構成を採用することにより,良好な記録が得られる(コ
ントラストの高い(走査方向の分解能を向上させた)画像が得られ
る)という作用効果を奏するとともに,絞りの設定位置に誤差があっ
ても「絞りにより蹴られる光束」の量は変化しないので,光学系の製
造が容易になるという作用効果を奏するものである。原告は,本件原
出願の提案書を作成,提出し,原出願明細書は,原告が作成したその
提案書を基に作成されたものであるが,一方で,原告は,本件出願に
ついては提案書を作成せず,本件明細書の作成に関与していない。原
出願明細書には,本件発明の上記構成のうち,「走査方向の長さに比
して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」縦長ビーム
スポツトによって「良好な記録」を得られることに関する記載はある
が,一方で,「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされてい
るところに設けた絞りにより」縦長ビームスポツトを形成するとの記
載はなく,また,絞りの設定位置を「偏向器と対物レンズの間で光束
がコリメートされているところ」とすることによって,絞りの設定位
置に誤差があっても「絞りにより蹴られる光束」の量は変化せず,光
学系の製造が容易になるという作用効果の記載もない。このように「
偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに設け
た絞りにより」縦長ビームスポツトを形成する構成及びその作用効果
については,本件出願当初明細書及び本件明細書にも,明示の記載は
ない。
本件発明は,拒絶理由通知を受けて本件出願時の特許請求の範囲が
補正された後,拒絶査定を受けたものの,拒絶査定に対する不服審判
において特許性が認められ,本件特許権の設定登録がされたものであ
る。その間に特許異議の申立てがされたが,これについても理由なし
との決定がされている。
このような本件発明の権利化及び権利維持は,本件出願がされた昭
和60年から本件特許権の設定登録がされた平成7年までの10年間
をかけて行われているが,これらの手続は,被告の知財部門及び開発
部門の担当者の対応によるもので,原告は,関与していない。
そして,本件出願の経過に照らすと,本件原出願の提案書を作成し
た当時には,原告が明確に意図していなかった本件発明の構成に特許
性を見出して本件発明を権利化したものといえる。
(ウ)被告は,1970年代中ころから,LBP等の技術の登録特許及
び特許出願について競業他社が求めた場合そのライセンスに応じる開
放的ライセンスポリシーを採用し,ライセンス料収入の獲得を図る特
許戦略を展開してきた。そして,被告は,LBP及びMFP等の製造
・販売を行う,ほとんどすべての競業他社を相手方として,本件発明
を含むLBP等の技術をライセンスしてきたところ,被告ライセンス
契約の多くは,ライセンスバック付き有償包括ライセンス契約(ライ
センスバック契約)であり,被告は,これにより多額のライセンス料
収入を確保してきた。
このような被告によるライセンス料の獲得は,前述の特許戦略に加
え,被告の様々な努力によるLBP事業の成功とLBP市場の急速な
拡大によるものである。
すなわち,被告は,昭和54年に世界で初めて半導体レーザーを実
用化した小型LBP(LBP-10)を発売し,更に昭和58年にオ
ールインワンのレーザースキャナーユニットや使い捨てのカートリッ
ジを採用するなどして,従来に例を見ない小型化・軽量化・低価格化
に成功したLBP-CXを発売し,その後においてもLBP市場で革
新的な新製品を発売し続けるなど,絶え間なく巨額の研究開発費を投
入して,LBPの研究,開発,改良に取り組み続けてきた。被告が,
LBP等の製品を含めその様々な製品で,キヤノンブランドの優位性
を確立し,これも被告のLBP等の事業の成功の要因である。
このような被告の様々な努力もあって,LBP及びMFP等の市場
が急速に拡大した。
(エ)被告は,事務機部門の研究開発費として,LBP開発当初の昭和
48年から本件原出願の出願時の昭和53年に至るまでに合計約48
億3100万円,その後昭和54年から本件特許の存続期間が満了し
た平成10年までの間に合計約7998億4300万円を支出した。
被告は,上記のように多額の研究開発費を支出し,これにより多数の
職務発明について多数の特許を継続的に取得し続けてきたものであ
り,これらの被告の特許がライセンス収入の源泉となっている。
イ上記アで認定した事情(本件発明が,LBPの研究・開発を目的とし
て設けられたタスクフォース等における研究開発において,かつ,その
成果の継承と利用に基づいて完成されたものであること,本件発明の権
利化及び権利維持における被告の貢献,本件発明のライセンス契約交渉
及びLBP等の事業化における被告の貢献)に,本件発明の技術として
の価値,LBP及びMFP等における本件発明の位置付け,本件発明の
被告社内における評価等の諸事情を総合的に勘案すると,本件発明に関
する被告の貢献度は97%と認めるのが相当である。
8争点5(本件発明に係る相当の対価の額)について
(1)共同発明者間の貢献割合について
前記2認定のとおり,本件発明は,原告及びB1の共同発明であるの
で,共同発明者間の貢献割合について判断する。
前記2の認定事実によれば,本件発明の技術的思想は,半導体レーザー
光源,対物レンズ,偏向器,走査用レンズ及び感光媒体で構成される記録
光学系において「良好な記録」を得るとの課題を解決するための手段とし
て,「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところに設
けた絞りにより」,「感光媒体上におけるビームスポツトの形状が,走査
方向の長さに比して走査方向と直交する方向の長さが長くなる様にした」
構成を採用したことにあるところ,このうち「良好な記録」を得るための
手段として,感光媒体上を走査するビームスポツトの形状が縦長にするこ
とを着想したのは,B3・B1発明をしたB1であること,一方で,絞り
の位置を「偏向器と対物レンズの間で光束がコリメートされているところ
に」設けることについては,原告及びB1の両名がその着想,具体化に関
与したというべきであること,その他諸般の事情を総合考慮すると,本件
発明の共同発明者である原告及びB1間の寄与割合は,原告が40%,B
1が60%と認めるのが相当である。
(2)中間利息の控除
ア前記争いのない事実等((5))と証拠(乙199,200)及び弁論の
趣旨によれば,①原告は,平成6年1月1日改正後の被告取扱規程に基
づき,本件発明の登録時における対価として3000円の支払を受けた
こと,②原告は,平成7年12月26日,上記改正後の被告取扱規程に
基づき,本件発明の実績に対する対価(実績対価等級1級)として5万
円の支払を受けたこと,③原告は,平成8年6月13日,被告取扱規程
に基づき,本件発明の発明者として「1995年度優秀社長賞」の表彰
を受け,被告から,賞金50万円の支払を受けたことが認められる。
そして,上記改正後の被告取扱規程21条4項は,会社は,実績に対
する対価(21条1項)の他に,会社に対して顕著な実績をあげた発明
について表彰により賞金として別途対価の額を加算する旨規定している
ことに照らすならば,上記③の賞金50万円は,実績に対する対価の加
算分に該当するものと解されるから,本件発明の特許を受ける権利の対
価として支払われたものと認められる。
以上によれば,原告は,本件発明の特許を受ける権利の対価として,
被告から,上記①ないし③の合計55万3000円の支払を受けたこと
が認められる(なお,原告は,原告が支払を受けた上記①の登録時にお
ける対価は,3000円ではなく6000円,上記②の実績に対する対
価は,5万円ではなく10万円であり,このほか,本件発明の出願時に
おける対価として被告から1000円の支払を受けた旨主張するが,被
告は,本件において,上記①ないし③の金額を超える支払をした事実を
否定し,原告の主張を自己に有利に援用しないこと,原告の上記主張を
裏付ける客観的証拠は提出されていないことにかんがみ,被告の支払額
は上記合計額のとおりと認定する。)。
イ平成6年1月1日改正後の被告取扱規程には,実績による対価に関
し,「会社は登録番号が付与されたもののうち,実績により会社に貢献
したと認められたものについて,特許審査委員会の審査の結果に基づ
き,次の対価を支払う。特級15万円以上1級10万円2級5万円
3級3万円4級1万円5級5000円」(21条1項),「対価
の支払は原則として年2回とし,上期分は当年下期に,下期分は翌年上
期に支払う。ただし,必要ある場合は臨時に行なう。」(24条1
項),「改正施行前に会社が承継した「発明」は,本規程に従って取扱
う。」(36条)と規定されている(前記争いのない事実等の(4)イ(ウ
))。
被告取扱規程の上記各規定,原告が平成7年12月26日に被告から
本件発明の実績に対する対価として5万円の支払を受けたこと(前記ア
③)及び弁論の全趣旨を総合すると,本件発明については,平成7年1
2月26日に被告取扱規程に基づく実績に対する対価の支払債務の履行
期が到来したものと解される。
したがって,原告は,本件発明についての実績に対する対価の支払債
務の履行期の到来時から,特許法旧35条3項に基づいて,被告に対
し,本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権利を行使することが可
能となったものと解されるから,上記相当の対価の額の算定に当たって
は,上記履行期が到来した平成7年12月26日を基準として,被告に
おいて本件発明により利益が得られた時期までの間の中間利息を控除す
るのが相当である。そして,中間利息の控除に当たっては,各年の中間
の時期にその年の利益が得られたものとして,年を単位に控除すること
が相当であるから,本件においては,平成7年分までは控除されること
はなく,平成8年以降の利益について平成6年からの年数に応じて控除
することが相当である。
以上の判断に反する原告の主張は,採用することができない(なお,
原告の指摘するオリンパス事件最高裁判決は,中間利息の控除の可否に
ついて判断した事案ではない。)。
(3)相当の対価の額
ア(ア)以上を前提に,原告の本件発明に係る相当の対価の額を算定する
と,①被告が包括クロスライセンス契約において本件発明により得た
利益に関する分は,LBPにつき200万4558円(別表3の「小
計」欄の合計額),MFP等につき29万9393円(別表4の「小
計」欄の合計額),②被告の自己実施による利益に関する分のうち,
LBPにつき45万0464円(別表5の「小計」欄の合計額)とな
る。
(イ)次に,被告の自己実施による利益に関する分のうち,MFP等に
ついては,本件基準期間内の超過利益の合計額は前記認定のとおり1
46万4027円と認めることができるが,本件においては,中間利
息の控除をするために必要な本件基準期間の各年毎の超過利益の額を
認めるに足りる証拠がなく,中間利息の控除ができないことにかんが
み,上記超過利益の合計額(146万4027円),本件発明に関す
る被告の使用者貢献度(97%),共同発明者間における原告の貢献
割合(40%),その他本件に現れた諸事情を総合的に考慮し,2万
円と認めるのが相当である。
(ウ)以上によれば,原告の本件発明に係る相当の対価の額は,合計2
77万4415円となる。
イ前記(2)イのとおり,本件発明については平成7年12月26日に被告
取扱規程に基づく実績に対する対価の支払債務の履行期が到来したので
あるから,被告は上記アの相当の対価の支払債務について同日の経過に
より遅滞に陥ったものと解される。
したがって,原告は,被告に対し,上記アの相当の対価の額(277
万4415円)に対する同月27日から支払済みまで民法所定の年5分
の割合による遅延損害金を請求できるというべきである。
ウ前記(2)アによれば,原告は,被告から,本件発明の特許を受ける権利
の承継の対価として合計55万3000円の支払を受け,このうち,5
万3000円は平成7年12月26日以前に支払を受け,残余の50万
円は平成8年6月13日に支払を受けているのであるから,上記5万3
000円は,相当の対価の元本に充当され,上記50万円は,上記充当
後の相当の対価の残元本及びこれに対する平成7年12月27日から支
払日の前日である平成8年6月12日までの遅延損害金に充当されるこ
ととなる。
そして,上記5万3000円を充当後の相当の対価の残元本は272
万1415円,上記残元本に対する平成7年12月27日から平成8年
6月12日までの年5分の割合による遅延損害金は6万2836円とな
り,その合計額は278万4251円である。
そうすると,原告の本件発明に係る相当の対価の不足額は,上記合計
額に上記50万円を更に充当した後の残元本228万4251円とな
る。
エ以上によれば,原告は,特許法旧35条3項に基づき,被告に対し,
本件発明に係る相当の対価として228万4251円及びこれに対する
平成8年6月13日(対価の最終支払日)から支払済みまで民法所定の
年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
9争点6(消滅時効の成否)について
(1)被告は,原告の本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権利の消滅時
効は,遅くとも被告が原告に対して実績による対価を支払った平成7年1
2月26日の翌日である同月27日から進行し,平成17年12月26日
の経過により消滅時効が完成した旨主張する。
前記8(2)イのとおり,平成7年12月26日に被告取扱規程に基づく実
績に対する対価の支払債務の履行期が到来し,原告は,特許法旧35条3
項に基づいて,被告に対し,本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権
利を行使し得ることになったから,その翌日の平成7年12月27日から
消滅時効が進行する。
ところで,被告は,平成8年6月13日,本件発明に関し,被告取扱規
程に基づいて表彰による賞金として50万円を原告に対して支払っている
ところ,上記賞金50万円は,実績に対する対価の加算分に該当し,本件
発明の特許を受ける権利の対価として支払われたものと認められること
は,前記8(2)ア認定のとおりである。
そうすると,当該支払が民法147条3号の時効中断事由である債務
の「承認」に該当することは明らかである。
したがって,上記支払により,原告の本件発明に係る相当の対価の支払
を受ける権利の消滅時効は中断し,平成8年6月13日の翌日から同権利
の消滅時効は新たに進行することとなる。
その後,原告は,上記消滅時効期間満了前である平成18年6月12日
に被告に到達した同月9日付け通知書(甲9の1,2)及び同月13日に
被告に到達した同日付け通知書(甲10の1,2)により,本件発明に係
る相当の対価の支払を催告し,その後6か月以内である同年12月11日
に本件訴訟を提起している。
そうすると,遅くとも平成18年6月13日の時点で,原告の本件発明
に係る相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効は中断しているというべ
きである。
(2)以上によれば,原告の本件発明に係る相当の対価の支払を受ける権利の
消滅時効は未だ完成していないというべきであるから,被告の消滅時効の
主張は理由がない。
10結論
以上によれば,原告の請求は,被告に対し,228万4251円及びこれ
に対する平成8年6月13日から支払済みまで年5分の割合による金員の支
払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし,その余の請求は
理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官大鷹一郎
裁判官大西勝滋
裁判官関根澄子は,転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官大鷹一郎
(別紙)原出願発明の特許請求の範囲
「(1)実質的にシングルモードを有する半導体レーザーを光源とし
て,その接合面と垂直な面内のビームウエスト位置に焦点をほぼ合致
させた対物レンズと,前記接合面に平行な面内にのみ屈折力を有する
エレメントで構成されるアフォーカルシリンドリカルレンズと,結像
レンズと,結像レンズに入射する光束を制限するアパーチャーと,前
記結像レンズの焦点の近傍に設置された感光媒体とを有することを特
徴とする記録光学系。
(2)特許請求の範囲第1項の記録光学系に於いて,前記アフォーカ
ルシリンドリカルレンズは少くとも2面,多くとも4面の構成であ
り,半導体レーザー側に最も近い面を負の屈折力を有する凹面とし,
最も遠い面を正の屈折力を有する凸面とし,4面構成の場合,前記の
凹面と凸面以外の面を平面とすることを特徴とする記録光学系。
(3)特許請求の範囲第2項の記録光学系に於いて,前記アフォーカ
ルシリンドリカルレンズの凹面の焦点距離fと凸面の焦点距離fのab
比の絶対値|f/f|はba
但し,Ds,Djは,前記アパーチャーの径で,それぞれ前記半導体
レーザーの接合面と垂直方向に放射される光束に対する径,前記半導
体レーザーの接合面に平行な方向に放射される光束に対する径であ
り,fは前記対物レンズの焦点距離であり,ΔSは前記半導体レー0
ザーの接合面に対して垂直と平行のそれぞれの面内のビームウエスト
ba
位置の隔差であり,θjは前記光学系が感光媒体上に伝達する光量0
を必要以上にするために,半導体レーザーの接合面と平行な面内で受
光すべき半導体レーザーの配光角である。
なる範囲内に入ることを特徴とする記録光学系。」
((4)ないし(7)省略)

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