弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人三木今二、同前堀政幸、同守屋美孝の上告趣意第一点について。
 所論は刑法一一七条の二前段の業務上失火罪の規定にいう「業務」とは、火災の
原因となつた火を直接取扱うことを業務の内容の全部又は一部としている場合に限
られるものであつて、夜警は右にいう「業務」に当らないと解すべきである旨主張
し、名古屋高等裁判所の判例(昭和二八年(う)第五九号、同二九年五月三一日言
渡)を引用し、これと相反する見解に出でた原判決の判例違反を主張する。
 原審の確定した事実によれば、本件国有鉄道a駅旧本屋の火災は、その階上で食
堂を経営していた株式会社Ab出張所の従業員Bらが、昭和二五年一一月一七日そ
の日の終業後たる午後九時過頃、従業員更衣室に設備してあつた約四ポンド約二五
〇ワツトの電気アイロンをその専用の栓受に接続して使用した後、該栓受からアイ
ロンのコードを外すことを怠り通電状態のまま退去したため、長時間のアイロンの
過熱により発火したことが原因となつて発生したものであること、右出張所では昭
和一二、三年頃から専従の夜間警備員を置き、営業終了後午後九時三〇分から翌朝
六時三〇分までの間、同出張所の使用する食堂、調理室、配膳室、事務室及び従業
員更衣室を数回巡視の上異状の有無を確かめさせ、盗難火災等の防止に当らせてお
つたこと、専従者が定休日その他の差支えあるときは、他の従業員が専従者に代り
これに当つていたこと、被告人は昭和一五年一月頃から右食堂の料理人として雇わ
れていたものであるが、成年以上の男子従業員の数は被告人を含めて四、五名にす
ぎないので、右夜警専従者差支えの場合における代行者は成年男子従業員の内から
本人の希望によつてその都度指名せられ、被告人も従来から屡々その代行者となり
夜警の職務に従事していたこと、本件火災の前夜である昭和二五年一一月一七日午
後九時三〇分以降翌朝六時三〇分までの夜警につき被告人が専従者の代行者として
その任に当つていたこと、被告人は更衣室に従業員用の電気アイロンが設備され平
素これが使用されていることを熟知していたこと、被告人は本件火災の前夜午後九
時三〇分頃夜警として前記各室を巡視し更衣室へも行つたが同室の電燈を消し戸締
をしただけで当該電気アイロンについては不注意にもそれが通電状態のまま放置し
てあつたのを看過し、そのコードを栓受から外すことをしなかつたこと、一夜に数
回巡視すべき義務があるのに被告人は同夜右一回巡視したのみでその後の巡視を怠
つたこと、かくて右電気アイロンの過熱により翌朝四時一五分頃出火し、a駅旧本
屋は遂に焼失するに至つた各事実が認められるのである。
 以上の事実関係からすれば、被告人は本来は食堂の料理人であつて夜警専従者で
はなかつたとはいえ、従来から屡々専従者の代行者として夜警の任に当つて来たも
のであり、したがつて当夜における被告人の夜警は、所論の如く単なる一時的なも
のではなく、業務として夜警の職務に従事していたものというべきである。そして
夜警としての職務内容は専従者であると代行者であるとによりその間に少しも差異
はなく、そして本件夜警の具体的職務内容は前示の如く午後九時三〇分から翌朝六
時三〇分まで数回にわたり前記各室を巡視し、異状の有無を確かめ、盗難及び火災
等の発見妨止にあるのであるから、そのうちには当然従業員更衣室備付の電気アイ
ロンが通電状態のままに放置されてあることの有無の点検及びその善後措置並びに
右アイロン過熱の発見及びその妨止措置の諸行為をも含まれているものと解すでき
であることはいうまでもないところである。されば本件火災はB等が電気アイロン
を通電状態のまま放置したことが根本の原因をなしたものではあるが、被告人が夜
警として、右アイロンの通電状態を早期に発見してそのコードを栓受から外し若し
くは数回の巡視によりその過熱状態を早期に発見妨止すべき業務上の注意義務があ
るのに、これを怠つたことにより本件火災が発生したものであることが明らかであ
り、被告人は刑法一一七条の二前段の刑責を免れないものといわなければならない。
すなわち同条前段にいう「業務」はこれを所論の如く当該火災の原因となつた火を
直接取扱うことを業務の内容の全部又は一部としているもののみに限定することな
く、本件夜警の如きをもなお包含するものと解するを相当とする。故に右刑法一一
七条の二の業務の解釈に関する所論引用の名古屋高等裁判所の判例は右の限度にお
いてこれを変更し、右説示と同旨に出でた原判決はまことに正当であつてこれを維
持するのを相当と認めるから、論旨は採用できない。
 同第二点について。
 所論は単なる法令違反の主張であつて適法な上告理由に当らない。のみならず所
論のすべて採用し得ないことは、既に論旨第一点において判示したとおりである。
 同第三点について。
 所論は、被告人は料理人として昼間八時間勤務した上、更に夜警として勤務した
ものであるところ、右夜警勤務は行政官庁の許可を受けていないから、憲法二七条
二項、労働基準法九三条に違反し無効である、従つて被告人の本件刑事責任は否定
さるべきである旨主張する。
 しかしながら右行政官庁の許可の有無は夜警勤務に関する労働契約の効力如何の
問題たるに止まり、夜警としての任務に服したものである以上、刑法一一七条の二
の「業務」としての刑事上の責任には何ら消長を来すものとは解することはできな
いから、違憲の主張はその前提を欠き論旨は採用できない。
 また記録を調べても本件につき刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。
 よつて同四一四条、三九六条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決す
る。
 本件公判出席検察官 松村禎彦
  昭和三三年七月二五日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    奥   野   健   一

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