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平成23年6月29日判決言渡
平成22年(行ケ)第10330号審決取消請求事件
平成23年5月18日口頭弁論終結
判決
原告アベンテイス・フアルマ・
ソシエテ・アノニム
訴訟代理人弁理士深浦秀夫
同小嶋勝
被告特許庁長官
指定代理人吉田佳代子
同鵜飼健
同須藤康洋
同小林和男
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30
日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2009−25085号事件について平成22年5月31日にした
審決を取り消す。
第2当事者間に争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
原告は,平成20年10月16日,発明の名称を「固定化させたオリゴヌクレオ
チドと三重らせんを形成させることによるDNA精製」とする発明について,平成
7年11月8日(パリ条約による優先権主張1994年12月16日,フランス)
を国際出願日とする特願平8−518319号の分割出願として特許出願(特願
2008−267538号。請求項の数40。甲3。以下「本願」という。)した
が,平成21年8月7日付けで拒絶査定を受けた。これに対し,原告は,平成21
年12月18日,上記拒絶査定に対する不服審判の請求をした(不服2009−2
5085号)。
特許庁は,平成22年5月31日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審
決をし(付加期間90日),その謄本は同年6月21日に原告に送達された。
2特許請求の範囲の記載
本願の特許請求の範囲の請求項30の記載は,次のとおりである(以下,請求項
30に記載された発明を「本願発明」という。)。
【請求項30】他の構成成分と混ざっているプラスミドDNAを含む溶液を,前
記DNAに存在する特定のホモプリン/ホモピリミジン配列とのハイブリダイゼー
ションにより三重らせんを形成することが可能なオリゴヌクレオチドが共有結合し
たクロマトグラフィー用支持体に通す少なくとも一つの段階を含み,前記オリゴヌ
クレオチドが10から30の間の長さを有することを特徴とする,プラスミドDN
Aの精製方法。
3審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,審決は,本願発明は,
本願の優先日前に頒布された刊行物である甲1(Analytical
chemistry,1993,Vol.65,No.10,p.1323-1328。以下,「引用例」といい,引用例に記
載された発明を「引用発明」ということがある。)記載の発明に基づいて,容易に発
明をすることができたものであり,特許法29条2項により,特許を受けることは
できないものであるから,その他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,
本願は拒絶すべきとするものである。
審決は,上記結論を導くに当たり,引用発明,同発明と本願発明との一致点及び
相違点を次のとおり認定した。
(1)引用発明
三重らせんを形成する部位を導入したプラスミドpHJ19で形質転換した大腸
菌の溶菌液を,三重らせんを形成する20,25又は37の塩基長を有するビオチ
ン化オリゴヌクレオチドを固定したストレプトアビジン被覆磁気ビーズと混合して,
プラスミドpHJ19を捕捉し,捕捉したDNAをビーズから溶出してプラスミド
DNAを精製する方法。
(2)本願発明と引用発明の一致点
他の構成成分と混ざっているプラスミドDNAを含む溶液を,前記DNAに存在
する特定のホモプリン/ホモピリミジン配列とのハイブリダイゼーションにより三
重らせんを形成することが可能なオリゴヌクレオチドが結合した支持体に接触する
段階を含み,前記オリゴヌクレオチドが10から30の間の長さを有する,プラス
ミドDNAの精製方法。
(3)本願発明と引用発明の相違点
本願発明は,オリゴヌクレオチドが結合した支持体が,オリゴヌクレオチドを共
有結合させたクロマトグラフィー用支持体であり,該支持体にプラスミドDNAを
含む溶液を通して接触させるのに対し,引用発明は,オリゴヌクレオチドを結合し
た支持体が,オリゴヌクレオチドをビオチン−ストレプトアビジンの親和性結合に
より結合させた磁性ビーズであり,プラスミドDNAを含む溶液にビーズを混合し
て接触させる点。
第3取消事由に関する原告の主張
審決には,以下のとおり,容易想到性に係る判断に誤りがあるから,取り消され
るべきである。
1引用例・周知技術の認定・判断の誤り
(1)審決は,引用発明のビオチニル化オリゴヌクレオチドの結合したストレプト
アビジン被覆磁性及びビーズ体に替えて,周知技術であるオリゴヌクレオチドを共
有結合により固定したクロマトグラフィー用支持体を用いて,プラスミドDNAを
含む溶液を支持体に通して接触させることは,当業者の通常の創作能力の発揮にす
ぎないと判断する。
しかし,審決の上記判断は,以下のとおり誤りである。すなわち,Journalof
Chromatography,1993,Vol.618,p315-339(甲2)には,DNAに存在する特定のホ
モプリン/ホモプリミジン配列とのハイブリダイゼーションにより三重らせんを形
成させるという特定の目的のために,オリゴヌクレオチドをクロマトグラフィー用
支持体に共有結合させることは,記載も示唆もされていない。また,甲2は,本願
発明とは異なり,アンチセンス配列の精製のために,アフィニティークロマトグラ
フィーを用いることが記載されているにすぎない。甲2において,オリゴヌクレオ
チドを固定したアフィニティークロマトグラフィーを用いて大量精製されるDNA
は,専らアンチセンスDNAであり,本願発明及び引用発明におけるプラスミドD
NAに組み込まれる「ホモプリン/ホモピリミジン配列」とは異なる。さらに,乙
2ないし4に記載された周知技術は,アンチセンスDNA以外のDNAの大量精製
に関連する周知技術ではなく,大量精製を可能とするクロマトグラフィー技術に関
するものでもない。
したがって,引用発明のビオチニル化オリゴヌクレオチドの結合したストレプト
アビジン被覆磁性及びビーズ体に替えて,甲2に記載されているようなオリゴヌク
レオチドを共有結合により固定したクロマトグラフィー用支持体を用いることは,
当業者の通常の創作能力の発揮とはいえない。
(2)審決は,共有結合がストレプトアビジン−ビオチンの相互作用による結合よ
りも安定であること,遺伝子治療のために不純物のない大量の精製DNAが必要で
あることは,技術常識であると判断する。
しかし,甲2の記載は,DNA−DNA間の結合の安定性が優れていないことを
想起させるにすぎず,オリゴヌクレオチドと支持体の結合の安定性のために共有結
合を用いることは,記載も示唆もされていない。そうすると,当業者が,甲2に記
載された周知技術を考慮して,引用発明において,三重らせん形成のために,磁気
ビーズ上のビチオン−ストレプトアビジン結合を,支持体上の共有結合に置き換え
るとの動機付けは存在しない。
また,甲2の記載は,いずれもアンチセンスDNA又はRNAの精製に関する記
載であり,プラスミドDNAのような環状二本鎖DNAの精製とは全く異なる技術
に関するものである。そうすると,当業者が,甲2に記載された技術常識を参酌し
て,更に高い感度,選択肢,効率で,高純度プラスミドDNAを単純かつ容易な方
法により大規模に製造しようと動機付けられて,引用発明を改変して共有結合した
クロマトグラフィー用支持体を用いようとすることが自明であるとはいえない。
2本願発明の効果に係る判断の誤り
(1)審決は,共有結合による固定化を採用すれば,アフィニティー精製における
分子間の相互作用は,DNA−DNA間の相互作用のみとなることは自明であり,
溶出液中に固定化したオリゴヌクレオチドの不純物が混入するリスクを低減できる
ことも,技術常識から当業者が予測し得るものであると判断する。
しかし,引用例及び甲2には,オリゴヌクレオチドと支持体との間の安定性に関
する課題は,記載も示唆もされていない以上,オリゴヌクレオチドの不純物が混入
するリスクを低減できるとの効果が,容易に予測できるとした審決の判断は誤りで
ある。
(2)審決は,本願発明が引用発明と比較して,予想を超えて顕著に高い感度と選
択性を有しているとは考え難く,引用発明も本願発明と同様に医薬に使用できる程
度の高純度の精製がなされている蓋然性が極めて高いと認定する。
しかし,引用例には,得られた溶出物中の不純物やエンドトキシン濃度に関する
記載はない。また,引用例に記載された方法では,溶出されたプラスミドDNAが
ビオチニル化オリゴヌクレオチドによって汚染されるおそれがあることを考慮すれ
ば,引用例の方法により精製されたプラスミドDNAが,本願発明の方法により得
られたプラスミドDNAに比べて純度が低いことは明らかであるから,審決の上記
認定は誤りである。
(3)審決は,本願発明の顕著な効果,すなわち高い感度と選択性を裏付ける具体
的な測定データは開示されていないと認定する。
しかし,審決の上記認定は,以下のとおり誤りである。すなわち,本願明細書の
段落【0056】には,「実施例2.2に記載される技術により測定されるこの試料
中のゲノムDNAのレベルは0.1%である。」と記載されており,本願発明の方法
によって得られるプラスミドDNA中の極めて低い不純物の量を具体的な数値によ
って定量的に示す実験結果が記載されている。また,本願明細書の段落【0074】
には,「実施例8.2に記載される要領で精製されるプラスミドpXL2727−1
により,WizardMegaprepキット(PromegaCorp.社,Madison,WI)を用いて精製さ
れる同一のプラスミドで取得されるものの2倍ものトランスフェクション収率が得
られる。」と記載されており,本願発明の方法で精製されたプラスミドが公知の方法
を用いて精製したプラスミドの2倍の優れたトランスフェクション収率が得られた
こと,すなわち,本願発明の方法がDNA及びオリゴヌクレオチドの間の結合に関
して極めて優れた感度及び選択性を有することが示されている。
したがって,本願発明の方法が極めて高い感度及び選択性を有するものであり,
高い純度及び収率でプラスミドDNAを精製できるという効果を奏することは,本
願明細書中の実施例により十分に実証されている。
3以上によれば,本願発明は,引用発明に周知技術を適用することにより,容
易に発明をすることができたとはいえない。
第4被告の反論
1引用例・周知技術の認定・判断の誤りに対し
(1)周知技術であるストレプトアビジン−ビオチン結合を利用してオリゴヌク
レオチドを固定した支持体を用いて,三重らせんを形成する二本鎖DNAをアフィ
ニティー精製することに成功したという,引用例の記載に接した当業者であれば,
ストレプトアビジン−ビオチン結合によりオリゴヌクレオチドを固定した磁性ビー
ズと同様に周知のアフィニティー精製手段である,共有結合によりオリゴヌクレオ
チドを結合したクロマトグラフィー用支持体を用いた場合にも,三重らせんを形成
する二本鎖DNAをアフィニティー精製することが可能であることは,当然予想す
るものである。したがって,本願発明は,当業者の通常の創作能力の発揮にすぎな
い。
アこれに対し,原告は,甲2には,DNAに存在する特定のホモプリン/ホモ
ピリミジン配列とのハイブリダイゼーションにより三重らせんを形成させるという
特定の目的のために,オリゴヌクレオチドをクロマトグラフィー用支持体に共有結
合させることは,記載も示唆もされていない,と主張する。
しかし,甲2は,DNAの精製のためにオリゴヌクレオチドを共有結合したクロ
マトグラフィー用支持体を使用することが周知技術であることを示す文献の一例に
すぎないから,上記目的のためにオリゴヌクレオチドをクロマトグラフィー用支持
体に共有結合させることが,甲2それ自体に記載ないし示唆されていないからとい
って,本願発明が引用例及び周知技術に基づき容易に想到し得たとした審決の判断
が誤りとなるわけではない。
イ原告は,甲2は,アンチセンス配列の精製のため,アフィニティークロマト
グラフィーを用いることが記載されているにすぎない,と主張する。
しかし,甲2は,①本願優先日以前における,ポリヌクレオチドを固定したアフ
ィニティークロマトグラフィーに関する技術水準を説明した一般的なレビューであ
ること,②甲2は,アンチセンス配列の精製のほか,mRNAやポリヌクレオチド
結合タンパク質の配列特異的精製についても説明していることに照らすならば,単
離・精製の対象を,アンチセンス配列に限定して記載したものではないと理解する
のが合理的である。
なお,引用例に記載された三重らせんを形成する二本鎖DNAは,甲2に記載さ
れたアンチセンスDNAの一種である。
ウ原告は,甲2において大量精製されるDNAは,専らアンチセンスDNAで
あり,本願発明及び引用発明におけるプラスミドDNAに組み込まれる「ホモプリ
ン/ホモピリミジン配列」とは異なる,と主張する。
しかし,引用例と甲2は,相補的な配列との間で,特異的にハイブリダイズする
という機能を有する点では異ならず,アフィニティー精製の原理という観点からみ
れば,両者は異ならない。
なお,引用例は,DNAターゲッティング技術において,アンチセンスDNA戦
略として三重らせんDNAが有望であるという背景技術を説明するとともに,DN
Aの精製技術の説明も行っている。
エ原告は,乙2ないし4に記載された周知技術は,アンチセンスDNA以外の
DNAの大量精製に関連する周知技術ではなく,大量精製を可能とするクロマトグ
ラフィー技術に関するものでもない,と主張する。
しかし,乙2ないし4には,三重らせんを形成するオリゴヌクレオチドを用いて,
DNA(二本鎖)又はRNA(一本鎖)を選択的に捕獲する技術が開示され,オリ
ゴヌクレオチドを支持体に固定する手段として,共有結合により固定することが記
載されている。本願優先日当時,三重らせんを形成させるという特定の目的のため
であっても,オリゴヌクレオチドを共有結合により固定した支持体を用いることは
周知技術であった。
オ以上のとおり,周知のストレプトアビジン−ビオチン結合を利用してオリゴ
ヌクレオチドを固定した支持体を用いて,三重らせんを形成する二本鎖DNAをア
フィニティー精製することができる旨を記載した引用例に接した当業者であれば,
ストレプトアビジン−ビオチン結合によりオリゴヌクレオチドを固定した磁性ビー
ズと同様に周知のアフィニティー精製手段である,共有結合によりオリゴヌクレオ
チドを結合したクロマトグラフィー用支持体を用いた場合にも,三重らせんを形成
する二本鎖DNAをアフィニティー精製することが可能であることは,当然予想す
るものである。
したがって,本願発明は,当業者の通常の創作能力の発揮にすぎないものである。
(2)磁性ビーズを用いるDNA精製手段やアフィニティークロマトグラフィー
を使用するDNA精製手段,支持体に対するリガンドの各種結合法といったそれぞ
れの周知技術の特徴を考慮すれば,大規模な工業的レベルで二本鎖DNAを大量に
精製する場合は,磁性ビーズよりも,リガンドの脱落が少なく,支持体の再生にも
有利で,精製操作も簡便な,リガンドを共有結合で固定した支持体を用いたアフィ
ニティークロマトグラフィーが適する手法であることは,当業者にとって明らかで
ある。そうすると,引用例に示唆されたDNA大量精製や支持体に関する課題は,
当業者が周知の各方法の中から,大量精製に有利な特徴を有する方法として,オリ
ゴヌクレオチドを共有結合により固定したクロマトグラフィー用支持体を選択する
動機付けを与えるものであり,引用発明のビオチニル化オリゴヌクレオチドの結合
したストレプトアビジン被覆磁性ビーズ体に替えて,周知のオリゴヌクレオチドを
共有結合により固定したクロマトグラフィー用支持体を用いることは,当業者が容
易に想到し得たものである。
これに対し,原告は,甲2には,オリゴヌクレオチドと支持体の結合の安定性の
ために共有結合を用いることは,記載も示唆もされていないから,当業者が甲2に
記載された周知技術を考慮して,引用発明において,三重らせん形成のために,磁
気ビーズ上のビオチン−ストレプトアビジン結合を,支持体上の共有結合に置き換
えるとの動機付けは存在しない,と主張する。しかし,甲2には,クロマトグラフ
ィー用支持体にオリゴヌクレオチドを共有結合させる方法が記載されており,共有
結合による固定は,タンパク質の親和性を利用するストレプトアビジン−ビオチン
結合による固定に比べて安定であることは,本願優先日当時のアフィニティー精製
技術における技術常識というべき周知事項である。
また,原告は,甲2の記載は,プラスミドDNAのような環状二本鎖DNAの精
製とは全く異なる技術に関するものであるから,当業者が,甲2に記載された技術
常識を参酌して,高純度プラスミドDNAを単純かつ容易な方法により大規模に製
造しようと動機付けられて,引用発明を改変して共有結合したクロマトグラフィー
用支持体を用いようとすることが自明であるとはいえない,と主張する。しかし,
引用例には,DNA精製のスケールアップや精製DNAが遺伝子治療に使用される
という課題に関する記載があること,また,純度の高さや大量精製の必要性が一般
的な医薬製造における技術常識であることからすれば,引用発明を改変する動機付
けが存在する。したがって,甲2の記載のみから,引用発明を改変する動機付けを
欠くとはいえない。
原告の上記主張は,いずれも失当である。
2本願発明の効果に係る判断の誤りに対し
共有結合がストレプトアビジン−ビオチン結合よりも安定であることは技術常識
であるから,オリゴヌクレオチドの固定法として,ストレプトアビジン−ビオチン
結合に替えて共有結合を採用すれば,このようなリスクが低減されることは,技術
常識から予測し得るものであって,本願発明の方法による精製物が,引用例記載の
精製物よりもビオチニル化オリゴヌクレオチドの汚染がないという点において純度
が高いものであったとしても,それは引用例及び技術常識から予測し得る効果にす
ぎない。
これに対し,原告は,引用例の方法により精製されたプラスミドDNAは,ビオ
チニル化オリゴヌクレオチドで汚染されるリスクを含んでいることを考慮すれば,
本願発明の方法により得られたプラスミドDNAに比べて純度が低いものであろう
ことは明らかである,本願明細書の実施例には,本願発明の方法がDNA及びオリ
ゴヌクレオチドの間の結合に関して極めて優れた感度及び選択性を有することが示
されており,本願発明の効果は明細書中の実施例によって十分に実証されている,
と主張する。
しかし,本願発明と引用発明は,一本鎖オリゴヌクレオチドの支持体に対する結
合様式(本願発明が共有結合,引用例記載の発明がストレプトアビジン−ビオチン
による親和性結合)の点で異なるものの,一本鎖オリゴヌクレオチドと二本鎖DN
Aとの分子間の親和性の原理について相違しない。また,本願発明は,オリゴヌク
レオチドが10から30の間の長さを有する点を特定事項としているが,引用例に
おいても,20塩基のオリゴヌクレオチドで最高の捕捉効率が生じることが記載さ
れている。したがって,引用発明における感度及び選択性は,本願発明のものと顕
著な差異があるとはいえない。
なお,本願明細書の実施例8の精製方法と引用例記載の精製方法は,アフィニテ
ィー精製工程に供される液の純度が異なっているから,両者のアフィニティー精製
によって得られた精製物の純度が異なるのは当然である。また,本願明細書の実施
例4は,実際に実験を行って得られたデータを記載したものか否かが判然としない
上,本願発明が,引用例記載のアフィニティー精製法や,その他の精製法と比較し
て,高い感度と選択性を有することを裏付ける具体的データは開示されていない。
仮に,上記実施例の具体的データが開示されて,精製の感度や選択性が引用例記載
のものよりも高かったとしても,その差がストレプトアビジン−ビオチン結合磁性
ビーズに替えて共有結合したクロマトグラフィー用支持体を用いたことによる効果
であるのか,あるいは他の条件の違いによる効果であるのかを判別することはでき
ないし,これができたとしても,上記のとおり,ストレプトアビジン−ビオチン結
合よりも共有結合の方がさらに安定していることは技術常識であるから,そのよう
な効果は,技術常識から予測し得るものである。さらに,引用例においても,溶菌
液を直接アフィニティー精製することにより,電気泳動像でシングルバンドの形態
を取り,制限酵素処理をした場合も電気泳動像でシングルバンドが生じ,RNA又
は染色体DNAの痕跡が検出されない程度に精製できることが開示されている。
したがって,原告の本願発明の効果についての主張は,失当である。
3以上によれば,本願発明は,引用発明に周知技術を適用することにより,容
易に想到することができたといえる。
第5当裁判所の判断
当裁判所は,本願発明は,引用発明に周知技術を適用することにより容易に想到
できたといえるから,審決に誤りはないものと判断する。その理由は,以下のとお
りである。
1争いない事実及び認定事実
(1)本願発明の記載
ア本願発明の特許請求の範囲(請求項30)
第2の2記載のとおりである。すなわち,「他の構成成分と混ざっているプラスミ
ドDNAを含む溶液を,前記DNAに存在する特定のホモプリン/ホモピリミジン
配列とのハイブリダイゼーションにより三重らせんを形成することが可能なオリゴ
ヌクレオチドが共有結合したクロマトグラフィー用支持体に通す少なくとも一つの
段階を含み,前記オリゴヌクレオチドが10から30の間の長さを有することを特
徴とする,プラスミドDNAの精製方法」である。
イ本願明細書の記載
本願明細書には,以下の記載がある(甲3)。
「【0003】
本発明は,DNA精製のための簡便,かつ特に効果的な新規方法を記述する。こ
の方法により特に,高収率であって特に高い純度を得ることが可能となる。」
「【0004】
本発明に従う方法は本質的には,精製すべきDNA内に挿入された配列と,天然
もしくは改変された塩基からなるオリゴヌクレオチドとの間の特異的相互作用に基
づく。」
「【0005】
最近になって,幾つかのオリゴヌクレオチドはDNA二重らせんの広い溝の中で
特異的に相互作用を行って局所的に三重らせんを形成し,標的遺伝子の転写の阻害
をもたらすことが可能性があることが見いだされている・・・」
「【0006】
プラスミドを単離するためのこの種の相互作用の使用は従来の技術に記載されて
いる。従って,Itoら・・・は,あるプラスミドの特定の配列を認識し,かつそれ
と三重らせんを形成することが可能なビオチニル化されたオリゴヌクレオチドの使
用を記載している。このように形成された複合体をその後には,ストレプトアビジ
ンでコートした磁性ビーズと接触させる。ビオチンとストレプトアビジンとの間の
相互作用によりその後には,そのプラスミドをそのビーズの磁性分離,次いで溶離
により単離することが可能となる。しかしながら,この方法には幾つかの欠点が存
在する。具体的には2つの連続的な特異的相互作用が必要とされ,最初の相互作用
はオリゴヌクレオチドとプラスミドとの間ものであり,そして第二のものはビオチ
ニル化された複合体とストレプトアビジンビーズとの間ものである。それに加え,
最終溶液に,薬剤学的組成物中では用いることができないビオチニル化オリゴヌク
レオチドが混入することがある。」
「【0007】
本発明は,この種の相互作用を利用するDNA精製の新規改善法を記載する。よ
り特別には,本発明の方法は支持体に共有結合により連結させたオリゴヌクレオチ
ドを利用する。この方法は特に迅速であり,かつこの方法により特に高い収率およ
び純度がもたらされる。それに加えこの方法により,特に,他の核酸,蛋白質,エ
ンドトキシン(例えばリポ多糖のようなもの),およびヌクレアーゼなどを含む複合
体混合物からDNAを精製することが可能となる。それに加え,用いられる支持体
は容易に再利用することができてよく,かつ取得されるDNAは薬剤学的安定性と
いう改善された特性を呈する。最後になるが,本方法は従来の方法とは対照的に一
段階のみを必要とする。」
(2)引用例(甲1)の記載
引用例(甲1)には,以下の記載がある(以下,訳文のみを示す。)。
「三重らせんを介した親和性捕捉による二本鎖DNAの迅速精製」(甲1訳文1頁
2行)
「緒言DNAの調整は分子生物学における事実上全ての研究で重要な部分を担
っている。・・・DNA精製に現在使用されている事実上全ての方法では,抽出や遠
心分離といった古典的な手法であり,これらはどちらかと言えば労働力に依存する
傾向にあり,簡単に自動化に役立たない。このことは,スケールアップと自動化が
プロジェクトの成功に極めて重要であるヒトゲノム計画のようなスケールの大きい
プロジェクトで問題を引き起こす。」(甲1訳文1頁13∼20行)
「この問題の対処方法を考える際の1つの魅力的なアプローチはアフィニティー
手法である。原理的には,所望のDNAの領域に対するDNA結合剤を標的とする
ことができるならば,複雑な混合物から直接,所望の標的分子を親和性精製するこ
とが可能であろう。標的分子を支持体粒子に固定し,適切な洗浄段階で他の溶液成
分から分離し,支持体から溶出して,純粋な物質を生じることができる。このよう
な手法は様々な応用のために広く使用されており,比較的自動化し易い。」(甲1訳
文1頁21∼26行)
「近年配列特異的DNAターゲッティングのこの一般的な課題にかなり関心が持
たれている。この関心の推進力の多くは,二本鎖DNAターゲットの指定された切
断(人工的な制限酵素)のためと,遺伝子治療および薬学的応用のための一般的手
法を開発する要望から始まっている。今日までに実施された最も成功した2つのモ
チーフは,特定のDNA結合タンパク質の利用と三重らせんDNAの利用である。」
(甲1訳文1頁27∼31行)
「精製DNAの特徴付け従来法と三重らせん捕捉法の両方によって精製したD
NAのゲル電気泳動分析は図3に示される。・・・これらのデータは,TAC精製法
を特徴付ける高度な配列特異性及び低い非特異的結合を立証する。」(甲1訳文6頁
4∼24行)
(3)甲2の記載
甲2には,以下の記載がある(以下,被告提出訳文のみを示す。)。
「レビュー
核酸ポリマーを用いたアフィニティークロマトグラフィー」(甲2訳文1頁4∼5
行)
「要約
固体支持体上に固定されたポリヌクレオチドを用いたカラムクロマトグラフィー
を概説する。この形態のアフィニティークロマトグラフィーは,ポリヌクレオチド
及びポリヌクレオチド結合タンパク質の単離,ならびにより少ない程度で分析に使
用される。」(甲2訳文1頁7∼10行)
「2.1ポリヌクレオチド及び結合タンパク質のアフィニティークロマトグラ
フィー,一般的側面
その最も広い意味において,アフィニティークロマトグラフィーとは,クロマト
グラフィー分離のための基本に,二つの物質の特異的な化学的又は生物学的アフィ
ニティーを用いるクロマトグラフィーである。ポリヌクレオチドの場合には,利用
する『特異的アフィニティー』に2種類ある。二種のうちより基本的な方は,2つ
の相補的ポリヌクレオチド鎖間でのヌクレオチド塩基の塩基対形成を含む。;このア
フィニティーは,ポリヌクレオチドの強力な,配列−特異的分離技術を提供する。
もう一方は,DNA又はRNAに対するポリヌクレオチド結合タンパク質の親和性
を含む。;このアフィニティーはこれらのタンパク質のポリヌクレオチド配列に結合
する能力に基づいたタンパク質の分離を可能にする。両方とも,本レビューの主題
になるであろう。」(甲2訳文1頁18∼28行)
「アミド。イオン交換シリカの1つ,MacrosphereWCX(Alltech)はカルボン酸
を含み,カルボジイミドとN−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)との反応に基
づき活性化されたNHS−エステルシリカになる。この活性化されたエステルは合
成DNAに導入された5’−アミノアルキル基と優先的に反応し,DNAに支持体
の安定なアミド結合を形成する。」(甲2訳文2頁12行∼16行)
(4)乙2(Biochemistry,1988,Vol.27,No.26,p.9108-9112)の記載
乙2には,以下の記載がある(以下,訳文のみを示す。)。
「三重鎖核酸らせん複合体の形成における特異性:アガロース−連結ポリリボヌ
クレオチドアフィニティーカラムを用いた研究」(乙2訳文1頁4∼5行)
「要約:様々なデオキシリボ及びリボ,ホモ−及びコ−ポリヌクレオチドの相補
的二重鎖の,アガロース−連結ホモポリヌクレオチドアフィニティーカラムに対す
る結合が調査された。その結果は,生理的条件のイオン強度,pH及び温度での三
重−らせん形成に関係するメカニズムを通して,核酸の相補的塩基対認識の特異性
に関する情報を提供する。」(乙2訳文1頁7∼10行)
「アフィニティーカラム。数百残基長の・・・ポリリボヌクレオチドが共有結合
したアガロース・・・の短いカラム(1.4−2.5×0.5cm)がマトリック
ス0.3−0.7mL(ポリヌクレオチド0.4−1.4mg)を含むように調製
された。」(乙2訳文1頁20∼23行)
(5)乙3(Nucleosides&Nucleotides,1994,Vol.13,No.9,p.1855-1860)の記載
乙3には,以下の記載がある(以下,訳文のみを示す。)。
「三重鎖アフィニティー捕獲による配列特異的DNA精製:オリゴデオキシヌク
レオチドを連結した固相を用いて」(乙3訳文1頁4∼5行)
「我々はここに,オリゴヌクレオチドを連結したポリマー支持体を用いた三重鎖
アフィニティー捕獲による配列特異的DNAの精製のための代替法を記述する。」
(乙3訳文1頁17∼19行)
「我々の方法の性能を証明するために,我々は32量体と28量体の2つのオリ
ゴヌクレオチドを合成した。・・・32量体と三重鎖を形成できるオリゴヌクレオチ
ドd・・・はウレタン結合ポリスチレン支持体上に合成された。」(乙3訳文1頁2
4∼27行)
(6)乙4(Science,1991,Vol.253,p.1408-1411)の記載
乙4には,以下の記載がある(以下,訳文のみを示す。)。
「DNA認識に対するコンビナトリアルアプローチ」(乙4訳文1頁4行)
「大規模な集合の配列の中から,三重らせん形成を通じて16塩基対のホモプリ
ン−ホモピリミジンDNA配列に結合する個々のRNA分子を同定するために,コ
ンビナトリアルアプローチを使用した。」(乙4訳文1頁6∼8行)
「16塩基対のホモプリン−ホモピリミジン標的部位を含む25塩基対のDNA
断片を用いてインビトロ選択が実行された・・・この配列は,ピリミジン鎖の3’
末端のジスルフィド結合を通じてチオール−セファロース支持体に固定化した・・」
(乙4訳文1頁16∼18行)
2判断
(1)上記本願明細書及び引用例の記載によれば,本願発明は,オリゴヌクレオチ
ドが結合した支持体が,オリゴヌクレオチドを共有結合させたクロマトグラフィー
用支持体であり,該支持体にプラスミドDNAを含む溶液を通して接触させるのに
対し,引用発明は,オリゴヌクレオチドを結合した支持体が,オリゴヌクレオチド
をビオチン−ストレプトアビジンの親和性結合により結合させた磁性ビーズであり,
プラスミドDNAを含む溶液にビーズを混合して接触させる点で異なっている。し
かし,上記引用例の記載によれば,本願優先日当時,遺伝子治療等において,DN
A精製の効率化という課題が存在していたことが認められ,他方,甲2及び乙2な
いし4によれば,本願優先日当時,オリゴヌクレオチドと支持体を共有結合により
固定化するという手段が周知技術であったことが認められる。そうすると,DNA
精製の効率化のため,引用発明に上記周知技術を適用して,引用発明における,オ
リゴヌクレオチドを結合した支持体について,ビオチン−ストレプトアビジンの親
和性結合により結合させた磁性ビーズであるとの構成に替えて,オリゴヌクレオチ
ドを共有結合により固定させる構成とすることは,容易に着想できたといえる。
(2)これに対し,原告は,以下のとおり主張するが,いずれも採用することがで
きない。すなわち,
ア引用例・周知技術の認定・判断の誤りについて
(ア)原告は,甲2には,本願発明とは異なる目的である,アンチセンス配列の配
列特異的精製のために,DNAアフィニティークロマトグラフィーを用いることが
記載されているにすぎず,また,引用例及び甲2のいずれにもDNAに存在する特
定のホモプリン/ホモピリミジン配列とのハイブリダイゼーションにより三重らせ
んを形成させるという特定の目的のために,オリゴヌクレオチドをクロマトグラフ
ィー用支持体に共有結合させることは記載も示唆もされていないから,引用発明の
ビオチニル化オリゴヌクレオチドの結合したストレプトアビジン被覆磁性ビーズに
替えて,甲2に記載されているようなオリゴヌクレオチドを共有結合により固定し
たクロマトグラフィー用支持体を用いることが,当業者の通常の創作能力の発揮と
はいえない,と主張する。
しかし,上記甲2の記載によれば,甲2記載のアフィニティークロマトグラフィ
ーにおける親和性(アフィニティー)とは,2つの相補的ポリヌクレオチドが塩基
対を形成する際の親和性,すなわち,アンチセンス配列による親和性のみならず,
DNA又はRNAとポリヌクレオチド結合タンパク質の親和性も意味しているもの
と解され,アンチセンス配列におけるヌクレオチド塩基の塩基対形成による親和性
に基づくアフィニティークロマトグラフィーに限定された技術を開示するものでは
ないと理解するのが合理的である。したがって,甲2にはアンチセンス配列の配列
特異的精製のためのDNAアフィニティークロマトグラフィーが記載されているに
すぎないとの原告の上記主張は,採用することができない。
また,特定のホモプリン/ホモピリミジン配列のハイブリダイゼーションによる
三重らせん構造の形成の原理について,引用例には「三重らせんDNAは,とりわ
け,DNAターゲッテイングヘの強力かつかなり一般的なアプローチであることが
判明している。それは局所的三重らせん構造を形成する,二重鎖DNA中のプリン
鎖へのピリミジンオリゴヌクレオチドの特異的結合に基づいている。」(甲1訳文2
頁1∼3行),「特異性は,アデニン−チミン(AT)塩基対のチミン(T)認識(T
−ATトリプレット)およびグアニン−シトシン(GC)塩基対のプロトン化シト
シン(C+
)認識(C+
−GCトリプレット)に由来する。」(甲1訳文2頁5∼7行)
との記載がされている。上記記載によれば,引用発明における,三重らせん形成に
おけるプラスミドDNAとオリゴヌクレオチド間の親和性は,ヌクレオチド塩基に
よる塩基対形成の一種であり,これは甲2記載の2本の相補的ポリヌクレオチドが
塩基対を形成する際の親和性と本質的に同じものである。さらに,上記のとおり,
乙2ないし4によれば,オリゴヌクレオチドを共有結合で固定した支持体を用いて
三重らせんを形成させ,目的とするDNAを選択的に捕捉する技術は,本願優先日
当時,周知の技術であったといえる。
以上のとおり,本願優先日当時,DNAの精製に際し,当該DNAと親和性を有
するオリゴヌクレオチドをクロマトグラフィー用支持体に共有結合で固定すること
は,周知の技術であったと認められ,引用発明のビオチニル化オリゴヌクレオチド
の結合したストレプトアビジン被覆磁性ビーズ体に替えて,オリゴヌクレオチドを
共有結合により固定したクロマトグラフィー用支持体を用いることとし,プラスミ
ドDNAを含む溶液を支持体に通して接触させることは,容易に着想できたといえ
る。
したがって,原告の上記主張は,採用するこができない。
(イ)原告は,甲2には「DNA及びRNAは通常大量には必要とされない(おそ
らく医薬的アンチセンスDNAを除く,上記参照)が,それらの製造は興味を示さ
れないものではない。」と記載されており,甲2発行当時の技術水準によれば,核酸
ポリマーを用いたアフィニティークロマトグラフィーにより大量精製されるDNA
は専らアンチセンスDNAであったことを示すものであり,甲2及び乙2ないし4
に記載の技術は,アンチセンスDNA以外のDNAを大量精製するための周知技術
ではない,と主張する。
しかし,上記甲2の記載によれば,「医薬的アンチセンスDNA以外のDNAやR
NA」については,それらが大量に必要でないとしても,その製造について興味が
持たれていたものと解することができ,甲2の記載から認められる周知技術におい
ては,分離・精製しようとする対象として,アンチセンスDNAに加え,アンチセ
ンスDNA以外のDNAが含まれていたといえる。そして,上記のとおり,引用例
の記載によれば,本願優先日当時,遺伝子治療等において,DNA精製の効率化と
いう課題が存在していたことが認められる。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(ウ)原告は,甲2には,「RNA−RNA二本鎖はより安定であり,次いでRN
A−DNAハイブリッドであり,DNA−DNA二本鎖は最も安定でない。」と記載
されているが,DNA−DNA間の結合の安定性が優れていないことを想起させる
にすぎず,オリゴヌクレオチドと支持体の結合の安定性のために共有結合を用いる
ことを示唆するものではない,と主張する。
しかし,上記のとおり,本願優先日当時,共有結合によりDNAを担体に固定化
する技術は周知技術であり,共有結合がストレプトアビジン−ビオチンの相互作用
による結合よりも安定であることも技術常識であった。なお,上記甲2の記載は,
二本鎖ポリヌクレオチドの安定性について述べたものであり,共有結合とストレプ
トアビジン−ビオチンの相互作用による結合の安定性の優劣とは無関係である。
したがって,原告の上記主張も採用することができない。
(エ)原告は,甲2の記載は,いずれもアンチセンスDNA又はRNAの精製に関
する記載であり,プラスミドDNAのような環状二本鎖DNAの精製とは異なる技
術であり,当業者が,甲2記載の技術常識を参酌して,更に高い感度,選択性,効
率で高純度プラスミドDNAを単純かつ容易な方法により大規模に製造しようと動
機付けられて,引用発明を改変して共有結合したクロマトグラフィー用支持体を用
いようとすることが自明であったとはいえない,と主張する。
しかし,甲2の記載がプラスミドDNAのような環状二本鎖DNAの精製とは異
なる技術であるとしても,上記のとおり,引用例には,DNA精製のスケールアッ
プのためにアフィニティー手法が広く使用されていること,精製されたDNAが遺
伝子治療に使用されることが記載されており,遺伝子治療のためのDNAは不純物
なしでなければならないことや,大量の精製DNAが必要であることも,技術常識
であったといえる。
したがって,原告の上記主張も採用することはできない。
イ本願発明の効果に係る判断の誤りについて
(ア)原告は,引用例及び甲2のいずれにも,オリゴヌクレオチドと支持体との間
の安定性に関する課題は,記載も示唆もされておらず,共有結合による固定化を採
用すれば,アフィニティー精製における分子間の相互作用はDNA−DNA間の相
互作用のみとなることや,溶出液中に固定化したオリゴヌクレオチドの不純物が混
入するリスクを低減できることは,当業者が予測し得るものであったとはいえない,
と主張する。
しかし,引用発明において,ストレプトアビジン−ビオチン相互作用による結合
を,オリゴヌクレオチドと支持体の直接の共有結合とすれば,アフィニティークロ
マトグラフィーにおける分子間の相互作用が,DNA−DNA間の相互作用のみの
単純なものとなること,ビオチニル化オリゴヌクレオチドによる不純物混入のおそ
れがないことは明らかである。また,上記効果は,引用発明のビオチニル化オリゴ
ヌクレオチドの結合したストレプトアビジン被覆磁性ビーズ体に替えて,オリゴヌ
クレオチドを共有結合により固定したクロマトグラフィー用支持体を用いるという
構成を採用することにより,予測可能なものであり,引用例又は甲2に,オリゴヌ
クレオチドと支持体との間の安定性に関する課題が記載されているか否かとは関係
がない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(イ)原告は,引用例には得られた溶出物中の不純物に関する記載はなく,引用例
の方法はビオチニル化オリゴヌクレオチドによって汚染されるリスクを含んでいる
ことを考慮すれば,引用例の方法により精製されたプラスミドDNAが本願発明の
方法により得られたものに比べて純度が低いものであることは明らかであると主張
する。
しかし,本願発明と引用発明は,親和性において相違がない。また,引用発明が
不純物としてビオチニル化オリゴヌクレオチドを含む可能性があり,本願発明には
その可能性がないとしても,上記のとおり,かかる効果は,当業者が予測可能なも
のにすぎない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(ウ)原告は,本願発明の精製方法によって得られるプラスミドDNA中の不純物
の量は本願明細書に定量的に示されており,また,本願発明の方法がDNA及びオ
リゴヌクレオチドの間の結合に関して極めて優れた感度及び選択性を有することが
本願明細書に示されている,と主張する。
この点,本願明細書には,「実施例2.2に記載される技術により測定されるこの
試料中のゲノムDNAのレベルは0.1%である。」(段落【0056】),「実施例8.
2に記載される要領で精製されるプラスミドpXL2727−1により,Wizard
Megaprepキット(PromegaCorp.社,Madison,WI)を用いて精製される同一のプラ
スミドで取得されるものの2倍ものトランスフェクション収率が得られる。」(段落
【0074】)と記載されているものの,本願発明の効果について,引用発明と比較
したものではなく,本願発明が引用発明と比較して有利な効果を有すると認めるこ
とはできない。本願発明と引用発明の構成の相違に基づく効果は,上記のとおり,
当業者が予測可能なものにすぎない。
上記原告の主張も採用することができない。
(3)小括
以上によれば,本願発明は,引用発明に周知技術を適用することにより容易に想
到できたといえる。
3結論
以上のとおり,原告の主張する取消事由には理由がなく,他に本件審決にはこれ
を取り消すべき違法は認められない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも,
理由がない。よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯村敏明
裁判官
八木貴美子
裁判官
知野明

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