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平成17年8月31日判決言渡同日原本領収 裁判所書記官
平成16年(行ウ)第48号,同第49号,同第50号 裁決取消等請求各事件(以下,それ
ぞれの事件を事件番号に則して「48号事件」のようにいい,これらの事件を併せて「本
件各事件」という。)
口頭弁論終結の日 平成17年6月16日
判        決
           主        文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 原告らの請求
(48号事件)
1 48号事件被告名古屋入国管理局長が平成16年8月6日付けで48号事件原告に
対して行った出入国管理及び難民認定法(ただし,平成16年法律第73号による改正
前のもの。以下,法律名を示すときは「入管法」といい,条文を示すときは「法」という。)
49条1項に基づく同原告の異議の申出は理由がない旨の裁決を取り消す。
2 48号事件被告名古屋入国管理局主任審査官が平成16年8月6日付けで48号事
件原告に対して行った退去強制令書発付処分を取り消す。
(49号事件)
1 49号事件被告名古屋入国管理局長が平成16年8月6日付けで49号事件原告に
対して行った法49条1項に基づく同原告の異議の申出は理由がない旨の裁決を取り消
す。
2 49号事件被告名古屋入国管理局主任審査官が平成16年8月6日付けで49号事
件原告に対して行った退去強制令書発付処分を取り消す。
(50号事件)
1 50号事件被告名古屋入国管理局長が平成16年8月6日付けで50号事件原告に
対して行った法49条1項に基づく同原告の異議の申出は理由がない旨の裁決を取り消
す。
2 50号事件被告名古屋入国管理局主任審査官が平成16年8月6日付けで50号事
件原告に対して行った退去強制令書発付処分を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,外国人夫婦である48号事件原告(以下「原告夫」という。)及び50号事件原告
(以下「原告妻」といい,原告夫と併せて「原告ら夫婦」という。)並びにその間の子である
49号事件原告(以下「原告長男」といい,原告ら夫婦と併せて「原告ら」と総称する。)
が,平成16年8月6日付けで,法務大臣から権限の委任を受けた本件各事件被告名古
屋入国管理局長(以下「被告入管局長」という。)によって法49条1項に基づく異議の申
出は理由がない旨の各裁決(以下「本件各裁決」という。)を受けるとともに,本件各事
件被告名古屋入国管理局主任審査官(以下「被告主任審査官」という。)から退去強制
令書の各発付処分(以下「本件各発付処分」といい,本件各裁決と併せて「本件各処分」
という。)を受けたため,本件各裁決には,被告入管局長が裁量権の範囲を逸脱し又は
濫用して在留特別許可を付与しないという違法があり,本件各裁決を前提としてなされ
た本件各発付処分も違法であると主張して,本件各処分の取消しを求めた抗告訴訟で
ある。
1 前提事実(以下,日本国内における事象については元号及び西暦で,外国における
事象については西暦で表示する。)
(1) 当事者
ア原告夫は,イラン・イスラム共和国(以下「イラン」という。)の国籍を有する男性であ
り,原告妻は,コロンビア共和国(以下「コロンビア」という。)の国籍を有する女性である
が,イラン大使館に原告夫との婚姻届を提出した結果,イランの国籍をも取得すること
になった。
原告長男は,本邦において,原告ら夫婦の間に生まれた男子であり,イラン及びコロン
ビアの両国籍を有する者である(乙1,3)。
イ 被告入管局長は,法69条の2,平成16年省令第79号による改正前の法施行規則
61条の2第9号に基づいて,法務大臣から法49条3項の裁決を行う権限の委任を受け
た者である。
(2) 原告らによる入国及び在留の経緯
ア 原告夫は,平成3(1991)年9月26日,成田空港に到着し,東京入国管理局成田
空港支局入国審査官から,在留期間を90日とする短期滞在の在留資格による上陸許
可を受けて,本邦に上陸したが,その後,在留期間の更新又は在留資格の変更等を受
けることなく在留期限である同年12月25日を超えて不法残留した(乙2)。
イ 原告妻は,平成9(1997)年3月10日,関西空港に到着し,大阪入国管理局関西
空港支局入国審査官から,在留期間を90日とする短期滞在の在留資格による上陸許
可を受けて,本邦に上陸したが,その後,在留期間の更新又は在留資格の変更等を受
けることなく在留期限である同年6月8日を超えて不法残留した(乙2)。
ウ 原告長男は,平成13(2001)年1月16日,名古屋市千種区において,原告夫を
父,原告妻を母として出生したが,在留資格取得申請をすることなく,出生から60日を
経過した同年3月17日を超えて本邦に不法残留した(法22条の2第1項。乙2)。
(3) 原告ら夫婦による婚姻届の提出
原告ら夫婦は,平成13(2001)年6月14日,名古屋市守山区長に婚姻届を提出し,
同年12月18日,在東京コロンビア大使館に婚姻届を提出し,さらに,平成14(2002)
年1月10日,東京都品川区所在のアフルルバイト・センターにおいてイスラム方式での
結婚の手続をした(乙5,6,7の1・2)後,イラン大使館に婚姻届を提出した。
(4) 本件各処分に至る経緯
ア 原告妻は,平成16(2004)年4月12日,不法残留(法24条4号ロ)の容疑で愛知
県緑警察署に逮捕され,同年6月10日,名古屋地方裁判所において,入管法違反の罪
により懲役2年,執行猶予3年の判決言渡しを受けた。
名古屋入国管理局(以下「名古屋入管」という。)入国警備官は,同日,原告妻が法24
条4号ロに該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,被告主任審査官から収容
令書の発付を受けた上で,これを執行し,名古屋入管入国審査官に引き渡した。
名古屋入管入国審査官は,原告妻について,違反審査を実施した結果,同年7月9日,
法24条4号ロに該当する旨認定し,原告妻にこれを通知したところ,原告妻は,同日,
口頭審理を請求した(乙8,9ないし11の各1,12)。
イ 原告夫は,平成16(2004)年4月12日,原告妻が警察に逮捕されたことから,同
年6月14日,名古屋入管に出頭申告し,同日,名古屋入管入国警備官は,原告夫が法
24条4号ロに該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,被告主任審査官から収
容令書の発付を受けた上で,同収容令書を執行し,名古屋入管入国審査官に引き渡し
た。
名古屋入管入国審査官は,原告夫について,違反審査を実施した結果,同年7月8日,
法24条4号ロに該当する旨認定し,原告夫にこれを通知したところ,原告夫は,同日,
口頭審理を請求した(乙9ないし11の各2,13)。
ウ 名古屋入管入国警備官は,平成16(2004)年7月22日,原告長男が法24条7号
に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,被告主任審査官から収容令書の発
付を受けた上で,同収容令書を執行し,名古屋入管入国審査官に引き渡した。
名古屋入管入国審査官は,同日,原告長男に対して仮放免を許可するとともに,同人
の法定代理人を原告妻として,違反審査を実施した結果,法24条7号に該当する旨認
定し,原告妻にこれを通知したところ,同人は,同日,原告長男のために口頭審理を請
求した(乙9ないし11の各3,14)。
エ 名古屋入管特別審理官は,平成16(2004)年7月16日に原告妻に対して,同月2
0日に原告夫に対して,同月22日に原告長男に対して,それぞれ口頭審理を実施し,
その結果,名古屋入管入国審査官の上記各認定には誤りがない旨判定し,各人にこれ
を通知したところ,原告らは,同日,同判定について,それぞれ異議の申出をした。
被告入管局長は,同年8月6日付けで,原告らの異議申出は理由がない旨の本件各裁
決をし,これを受けて,被告主任審査官は,同日,原告らに対して本件各裁決を通知す
るとともに,本件各発付処分をした(乙15ないし18の各1ないし3)。
2 本件の争点
本件各処分の違法性の有無。具体的には,
(1) 原告らに在留特別許可を付与しなかった本件各裁決は,被告入管局長の裁量権を
逸脱,濫用する違法なものか。
(2) 本件各発付処分において,原告長男についてはイラン,原告妻についてはコロンビ
アと異なる国を送還先として指定することが違法か。
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(原告らに在留特別許可を付与しなかった本件各裁決は,被告入管局長の
裁量権を逸脱,濫用する違法なものか)について
(原告ら)
本件では,①原告らの宗教的態度(形式的改宗や従前宗教の継続による神の冒涜行
為)に基づく生命・身体の危険,②送還先における治安状況,及び③家族の結合が失わ
れること,これらについて配慮すべきであるにもかかわらず,本件各裁決はこれらの配
慮を欠いており,違法である。
ア 在留特別許可の許否の判断基準について
(ア) 広範な裁量にゆだねられている旨の被告らの主張の不当性
被告らは,最高裁昭和53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁(以下「最高
裁マクリーン判決」という。)を引用して,国際慣習法上,特別の条約がない限り,国家は
外国人を受け入れる義務を負うものではなく,外国人を自国に受け入れるかどうかを自
由に決定できるから,在留特別許可を与えるべきか否かは,法務大臣及び同人から委
任を受けた地方入国管理局長(以下,法務大臣と併せて「法務大臣等」ともいう。)の極
めて広範な裁量にゆだねられている旨主張する。しかしながら,以下のとおり,かかる見
解を導く前提は,質的に大きな変容を受けており,法務大臣等の裁量の及ぶ範囲は限
定されていると解すべきである。
a そもそも,被告らの上記主張については,すでに50年以上前に,「国際慣習法上」と
いう前提によりたやすく外国人の入国を憲法の保障外におくことは,新しい理想を盛った
我が憲法の基本原理を全く無視するものであり,国際慣習法上なる前提に無批判に立
脚すべきではないという指摘がなされている(最高裁昭和32年6月19日大法廷判決・
刑集11巻6号1663頁における小林俊三,入江俊郎各裁判官の意見参照)。
b そして,最高裁マクリーン判決は,特別の条約がない限り,国家は外国人を受け入れ
るかどうかについて自由に決定することができると判示しているところ,同判決後,日本
は,経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下「社会権規約」という。昭
和54年8月4日公布),市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」
という。昭和54年8月4日公布),難民の地位に関する条約(昭和56年10月15日公
布),児童の権利に関する条約(平成6年5月16日公布),あらゆる形態の人種差別の
撤廃に関する国際条約(平成7年12月20日公布),拷問及び他の残虐な,非人道的な
又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約(平成11年7月5日公布)について
批准・加入している。これらの条約は,上記の「特別の条約」に該当し,外国人の在留権
を根拠付けるものとなり得るはずであるところ,上記各条約は,誠実に遵守されなけれ
ばならないのであるから,法務大臣等が在留の許否を判断するに当たり,これらの条約
によって保障されている諸権利は重要な考慮要素とされなければならない。
c しかも,今日の国際社会においては,出入国管理に関する各国の裁量権を承認しな
がらも,各国の裁量権の行使が国際人権条約の人権保障規定に抵触する結果となる
場合には,その限度で制約されると解されている。
d さらに,平成13年法律第136号による入管法の改正により,法務大臣の権限を地
方入国管理局長に委任できる旨の規定が新設されているところ,永住許可や難民認定
の取消しのように極めて高度な判断が求められるものについては権限を委任できないと
されているが,このことは,それ以外の権限は高度の判断を要するものではないことを
意味しているから,地方入国管理局長の権限について,法務大臣と同様の広範な裁量
を有すると解すべきでない。
(イ) 裁量統制の基準
上記のとおり,外国人の出入国に関する裁量権の行使は,国際人権条約の認めた人権
保障規定に抵触する結果となる場合には,その限度で制約される。
そして,外国人に対して退去強制令書が発付されれば,その身柄が拘束され,国外に
送還される結果となることにかんがみれば,厳格な比例原則の適用が要請されるべき
であるから,退去強制によって当該外国人が被る不利益と,この者を退去強制すること
によって得られる出入国管理の秩序維持に関する利益とを比較衡量することによって,
その条約適合性を判断すべきである。
イ 原告らがイランで生活することが不可能であることについて
(ア) イランにおける宗教的冒涜者の危険性
イランは,16世紀以来,シーア派イスラム教を国教としており,全人口の約99パーセン
トを占めるイスラム教徒のうち,シーア派が90パーセントを占めている。イスラム教徒以
外は,キリスト教徒が0.3パーセント,ユダヤ教徒が0.5パーセント,ゾロアスター教徒
が0.2パーセントであり,その割合は小さい。特に,最高指導者として,シーア派のセイ
エド・アリー・ハメネイ師が君臨していて,西洋文化の持込みを禁止し,アンサル・エ・ヒ
ズボラという強硬派自警団が人々にイスラム革命的態度を取るよう強要するなど,極め
てイスラム色の濃い国家といわれている。
そして,イラン憲法19条,12条は,キリスト教徒にも法律の範囲内での信教の自由を
保障しているが,イスラム教シーア派以外の宗教は制約を受けており,特に,イスラム
教から非イスラム教への改宗は,背信者として死刑でもって処罰されるものとされ,国連
難民高等弁務官事務所(UNHCR)の報告によれば,1997年11月から1年の間にイ
スラム教からキリスト教に改宗した15名から23名が行方不明となっているが,同人ら
は殺害されたと考えられている。
この点につき,被告らは,イラン憲法上,宗教の自由が保障されていることを理由に,原
告らの生命・身体に対する危険がない旨主張するが,実際には,米国国務省2002年
国別人権状況報告書によって報告されているとおり,バハイ教徒,キリスト教徒,スーフ
ィー主義イスラム教徒などは,その信仰によって投獄,嫌がらせ,脅迫などを受けてお
り,現に,イラン国籍の者が平成11年に5名,平成13年に8名,それぞれ難民認定を
受けていることに照らせば,被告らも,イランにおいて宗教的迫害の危険が存在してい
ることを認識しているはずであり,上記主張は楽観的すぎる。
(イ) 原告妻の信仰
原告妻は,もともと熱心なキリスト教徒であったところ,本邦入国後も,スペイン語で月に
2回ミサが行われる緑ヶ丘教会の存在を知ってからは,毎回休むことなく同教会のミサ
に参加しており,しかも,原告長男にもキリスト教の洗礼を受けさせるなど,熱心なキリ
スト教徒であることに変化はなかった。
ところが,原告長男のために,原告夫との正式な結婚手続を取るには,ルサリと呼ばれ
るベールによって髪を覆った上で写真を撮り,シャリーアの名の下に証明するという形式
が要求された。原告妻は,この形式に従ったが,キリスト教徒であることに変わりはない
から,これが宗教的冒涜に当たるとして,危害を受ける可能性がある。
(ウ) 原告らの宗教上の理由による危険
上記のとおり,原告妻が形式的にイスラム教に改宗したにもかかわらず,キリスト教を依
然として信じていることがイラン国内で判れば,それを容認している原告夫も,イスラム
教の冒涜に当たるとして命を失う危険がある。また,原告長男も,イスラム教徒の子であ
るにもかかわらず,キリスト教の洗礼を受けていることが判ると,同様の危険がある。
(エ)女性の権利の制約
イランにおいては,国際的水準や日本社会の人権水準からみて,許容される範囲を逸
脱するほど,女性の権利が制限され,極端な男女差別が行われており,コロンビアと日
本という差別のないところで生活してきた原告妻にとっては,耐えられない。
(オ) 小括
上記のとおり,原告らがイランで生活することは,生命を失う危険があるため,現実には
不可能である。このことは,原告妻が直接イランに送還される場合でも,いったん,コロ
ンビアに送還されてその後イランに行く場合であっても異ならない。
ウ 原告らがコロンビアで生活することが不可能であることについて
(ア) コロンビアの状況
コロンビアにおいては,コロンビア革命軍(FARC)や国民解放軍(ELN)といった左翼ゲ
リラと右翼非合法武装集団(パラミリタリー)との間で,またこれらと治安当局との間でも
武力対立があるなど複雑な状況があり,爆弾テロ事件も跡を絶たないなど,その治安は
極めて悪い。しかも,このような状況は,過去20年の間に悪化しており,改善される見
込みがない。
さらに,2001(平成13)年7月のフェリックス・ポサダ氏の講演によれば,過去3年間に
300万人が中産階級から貧困層に移行し,16歳から24歳までの若年の失業率は50
パーセントに達し,武力勢力のうち6000人が16歳未満であると報告されている。ま
た,同年9月の難民情勢についての報告によれば,国内避難民が220万人ともいわ
れ,1年間で12万8000人(2000年),13万7000人(2004年)が新たに避難民とな
ったが,おおよそその7割近くを女性と18歳未満人口が占めているとされている。
我が国の外務省によっても,コロンビアのほとんどの地域への渡航延期が勧められてい
るほか,毎年多数の爆弾テロ事件が発生したり,誘拐事件の発生が跡を絶たない(毎年
2000件以上)上に,強盗や殺人等の一般犯罪の発生率も高い水準で推移している。
日本人も過去幾度となく誘拐事件に巻き込まれ,2003(平成15)年11月には,2年9
か月間拘束されていた日本人が遺体で発見されたと報告されているが,これは,日本人
だから財産を持っているに違いないという理由によるものである。日本からコロンビアに
帰国した者が強盗等の被害を受けることが多い原因として,日本と関連があって裕福そ
うに見えるため,危険性を格段に高めていることが挙げられる。
(イ) コロンビアへの送還による不利益
上記のとおりの経済情勢,原告夫の38歳という年齢,その言語能力などにかんがみる
と,原告夫がコロンビアにおいて仕事を見つけることは,ほとんど絶望的であり,結局,
家族全員がコロンビアで生活することはできず,家族の生活の本拠をコロンビアに置い
たとしても,原告夫がイランへ出稼ぎに行くことを強いられ,家族の結合が破壊されてし
まう。
しかも,コロンビアの治安状況にかんがみると,原告ら家族は実際には大金持ちという
わけではないにもかかわらず,日本から帰国したというだけで,財産を多く持っていると
思われてしまい,原告長男が身代金目的で誘拐されるなど,その生命や財産を奪われ
る危険は,決して机上のものではなく,現実のものである。
エ 原告らが長期間にわたって平穏に在留していたこと
原告らは,6年余にわたって平穏かつ公然と在留を継続し,善良な一市民として生活の
基盤を築いてきた。
このように,原告らの日本における生活は安定しており,在留特別許可の申出について
も,これを求める相当数の署名が提出されている。
オ 本件各裁決が違法であること
(ア) 自由権規約17条1項及び23条1項違反
自由権規約17条1項は,「何人も,その私生活,家族,住居若しくは通信に対して恣意
的に若しくは不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない。」と規定し,家
族に対する恣意的又は不法な干渉を禁止している。また,同規約23条1項は,「家族
は,社会の自然かつ基礎的な単位であり,社会及び国による保護を受ける権利を有す
る。」と定め,より一般的に,社会及び国による家族の保護を保障している。
そして,規約人権委員会の一般的意見15(1986年7月22日採択)は,外国人の地位
に関し,「規約は,締約国の領域に入り又はそこで居住する外国人の権利を認めていな
い。何人に自国への入国を認めるかを決定することは,原則としてその国の問題であ
る。しかしながら,一定の状況において外国人は,入国又は居住に関連する場合におい
てさえ規約の保護を享受することができる。例えば,無差別,非人道的な取扱いの禁止
又は家族生活の尊重の考慮が生起するときがそうである。」と述べ,家族の保護が,外
国人の入国・在留に関する政府の判断を制約する原理となり得ることを明示的に承認
し,さらに,同意見16(1988年3月23日採択)は,同規約17条1項の「恣意的……干
渉」について,「……恣意的干渉という語句は,法に規定された干渉をも含むものであ
る。法によって規定された干渉であってさえも,本規約の規定,目的及び目標に合致し
なければならないし,かつまた,どんなことがあろうとも,特定の状況の下で,合理的な
干渉でなければならないということを保障しようとして,恣意的という概念を導入したもの
である。」と述べて,比例原則が適用されることを明らかにしている。一般的意見は,締
約国を法的に拘束するものではないが,少なくとも,最高裁マクリーン判決の述べるよう
な国際慣習法がもはや存在していないことは明らかであり,自由権規約の締約国である
日本において,一般的意見が,自由権規約の解釈に当たって重要な指針になることは
いうまでもない。
また,家族結合の尊重については,平成11年及び平成16年の入管法の改正の際,衆
議院及び参議院の各法務委員会が,①退去強制手続,在留特別許可等の運用に当た
って,当該外国人の在留中に生じた家族的結合等の実情を十分考慮し,画一的な運用
とならないよう留意すべきこと,②新しい制度の運用に当たっては,本邦に在留する外
国人の生活及び家族関係等に十分配慮すべきことを附帯決議しているが,このことも,
外国人の出入国に関する国の決定が,国際人権条約に基づく制約や比例原則に服す
べきことを立法府自ら宣明したものといえる。
しかるところ,上記のように,原告妻がイランに行くことは生命・身体の危険を伴い,原告
夫及び原告長男がイランに送還されれば,家族が離ればなれとなり,また,原告夫は,
コロンビアに行っても間違いなくイラン等に出稼ぎに行かなければならなくなるのである
から,原告妻がコロンビアに送還されれば,家族が離ればなれになる。このような事情を
考慮せずになされた本件各裁決は,自由権規約17条1項,23条1項に反し,違法であ
る。
(イ)児童の権利に関する条約3条1項違反
児童の権利に関する条約3条1項は,「児童に関するすべての措置をとるに当たって
は,公的若しくは私的な社会福祉施設,裁判所,行政当局又は立法機関のいずれによ
って行われるものであっても,児童の最善の利益が主として考慮されるものとする。」と
定めているが,この規定は,退去強制処分にも適用される。
この点について,被告らは,同条約9条4項を理由に,児童の最善の利益についても外
国人在留制度の枠内で保障されるにすぎない旨主張するが,同項は,親の退去強制に
より親と児童が分離された場合に,親の所在についての情報を児童に提供すべきことを
保障する規定にすぎず,むしろ,児童の最善の利益を考慮してもなお,親の退去強制が
正当化されるような特別の状況においても最低限の保障が与えられるべきことを明らか
にするものと解すべきである。
しかるところ,上記のとおり,原告長男は,すでに日本語を話しており,送還されれば生
活環境の悪化は必至であるところ,これらの事情を考慮せずに,原告長男の異議申出
を却下した裁決は違法である。
また,原告長男について,最善の利益を尊重した結果,退去強制をすべきではないとい
う判断がなされた場合には,自由権規約17条1項等に基づき,原告ら夫婦についても,
退去強制すべきではなく,このことを看過した本件各裁決は違法である。
  (被告ら)
原告らの主張は争う。
ア法務大臣等の裁量について
(ア) 法50条1項3号の在留特別許可の性質と裁量権
外国人は,憲法上,在留の権利を保障されていない。憲法22条1項は,日本国内にお
ける居住・移転の自由を保障するものにすぎない。このことは,国際慣習法上,国家は
外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約がない限り,外国人を自国内
に受け入れるかどうか,また,これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを,当
該国家が自由に決定することができることと,その趣旨を同じくするものである。したが
って,外国人は,憲法上,本邦に入国する自由を保障されているものではなく,在留の
権利ないし引き続き本邦に在留することを要求する権利を保障されているものでもない
(最高裁マクリーン判決)。
そして,外国人の出入国管理は,国内の治安と善良の風俗の維持,保健・衛生の確保,
労働市場の安定など国益の保持を目的として行われるものであって,その判断につい
ては,広く情報を収集し,その分析の上に立って,時宜に応じた的確な判断を行うことが
必要であり,ときには高度な政治的な判断を要する場合もあり得る。加えて,在留特別
許可の対象となる容疑者は,既に法24条各号所定の退去強制事由に該当し,本来的
には本邦から退去強制されるべき地位にあることが前提であるから,在留特別許可は,
本邦からの退去を強制されるべき者に対し,特に在留を認める処分であって,恩恵的な
処分である。それゆえ,法50条1項3号も在留を許可すべき事情について,判断を羈束
するような定めをおいていない。
したがって,在留特別許可を与えるか否かは,法務大臣等の極めて広範な裁量にゆだ
ねられているというべきである。
(イ) 司法審査の在り方
このような在留特別許可の性質から,その許否の判断についての司法審査基準につい
ても,裁判所が法務大臣等と同一の立場に立って在留特別許可をすべきであったか又
はいかなる処分を選択すべきかについて判断すべきではなく,法務大臣等の第一次的
な裁量判断が既に存在することを前提として,その判断が社会通念上著しく妥当性を欠
き,裁量権を付与した目的を逸脱し又はこれを濫用したと認められるかどうかを判断す
べきである。
そして,外国人は,憲法上,在留の権利を保障されるものではなく,在留期間の更新に
比べてもその裁量権の範囲は格段に広範なものというべきであるから,在留特別許可
を与えない処分が違法となるのは,法律上当然に退去強制されるべき外国人について
なお我が国に在留することを認めなければならない積極的な理由が認められるときな
ど,法務大臣等がその付与された権限の趣旨に明らかに背いて裁量権を行使したと認
め得るような特別の事情がある場合であることを要するのであって,極めて例外的な場
合に限られるというべきである。
イ本件各裁決の適法性について
本件各裁決が違法であるというためには,原告らにおいて「在留を特別に許可すべき事
情」を主張立証する必要があるところ,本件については,以下のとおり,原告らに在留特
別許可を付与しないことが,本件各裁決の裁量権の逸脱・濫用になることはない。
(ア) 原告夫及び原告妻の基本的な事情
原告らは,いずれも本邦に不法に残留していたものであるが,原告夫は,入国当初から
稼働目的で入国して不法に就労しており,出頭申告した時点で13年9月弱もの長期間
にわたり,不法残留,不法就労を継続していたものである。原告妻も,在留期限満了後
に,名古屋市の自宅において国際電話のテレホンカードの販売を行い,その後も店舗を
経営するなどして不法に就労していたものであり,不法残留の期間も6年10月に及んで
いる。このような不法就労は,公正な出入国管理の秩序を乱すものである。
(イ) 原告らの主張に対する反論
原告らは,在留を特別に許可すべき事情として,①宗教的自由に対する配慮,②家族
の結合に対する配慮,③原告らの生活基盤が本邦にあることなどを主張するが,以下
のとおり,原告らの主張は失当である。
a 宗教的自由に対する配慮
原告らは,原告夫がイランに送還された場合,宗教上の理由によって危害を加えられる
おそれがあると主張するが,その具体的内容は明らかでないばかりか,そもそも原告夫
はイスラム教徒であるから,帰国によって危害を加えられるおそれなるものは想定し難
い。
次に,原告らは,原告妻の行為がイスラムに対する冒涜に当たるから生命の危険があ
る旨主張するが,原告妻は,もとより積極的に反宗教的活動を行ったり,そうした活動を
指導する地位にある者ではないから,仮にイランの宗教指導者が,イスラム教以外の宗
教に不寛容な立場を採っているとしても,そのような者の内面的宗教観についてまで逐
次調査・確認して危害を加えるとは考え難い上,原告妻が結婚の際にブルカを着用した
り,原告長男にキリスト教の洗礼を受けさせた行為のみをもって,直ちにイスラム教を冒
涜したとの評価がなされることも容易に想定し難い。さらに,原告長男の洗礼は2歳8か
月余のときであり,自らの意思で洗礼を受けていないことも明らかであるから,そのこと
を理由に,イラン政府等から危害を加えられるおそれがあるとまでは認め難い。
そもそも,原告妻の送還先はコロンビアであるから,イランにおける宗教上の理由による
危害のおそれはなく,原告らの主張は,その前提を誤るものとして失当である。
b 家族の結合に対する配慮
(a) そもそも,上記のとおり,憲法上,外国人が我が国に在留を求める権利は保障され
ていないから,我が国に在留する外国人は,法に基づく外国人在留制度の枠内での
み,憲法の基本的人権の保障が与えられているにすぎないというべきであって,在留の
許否を決定する国家の裁量を拘束するまでの保障が与えられていると解することはでき
ない。
そして,原告らは,飽くまで不法残留者であり,我が国の法に基づく外国人在留制度の
枠外にある者である。
(b) また,原告らは,自由権規約,社会権規約及び児童の権利に関する条約により,法
務大臣等の在留特別許可の許否の判断が法的に拘束される旨主張する。
しかしながら,国家は,外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約等が
ない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうかなどを当該国家が自由に決定すること
ができることは国際慣習法として確立しているところ,自由権規約,社会権規約及び児
童に関する条約においても,外国人を自国内に受け入れるかどうかを自由に決定でき
ることを否定する規定はなく,かえって,社会権規約13条は,合法的に締約国の領域内
にいる外国人について,法律に基づいて行われた決定により退去強制され得ることを認
め,児童の権利に関する条約9条4項も,父母の一方又は双方と児童との分離が,「締
約国がとった父母の一方若しくは双方又は児童の抑留,拘禁,追放,退去強制,死亡
(略)等のいずれかの措置に基づく場合には,当該締約国は,要請に応じ,父母,児童
又は適当な場合には家族の他の構成員に対し,家族のうち不在となっている者の所在
に関する重要な情報を提供する。」と定め,退去強制の結果として,児童が父母から分
離されることをも予定している。
そうすると,法務大臣等が在留特別許可の付与に関する判断をするに当たり,「児童の
最善の利益」,「家族の保護」,「親子分離の禁止」といった事項に羈束されると解するこ
とはできないというべきである。したがって,憲法98条2項違反に係る主張も理由がな
い。
(c) なお,原告らの上記主張は,本邦における家族の結合を前提としているが,原告ら
家族の結合は,本邦外においても実現し得る。すなわち,原告妻は,正式に原告夫と婚
姻してイラン国籍が付与されているから,イラン旅券が発給されれば,イランへの入国
は可能であり,また,原告夫は,被退去強制者であるため,本邦から直接コロンビアに
入国することは困難であるが,いったんイランに帰国した後,在外コロンビア公館におい
て査証申請すれば,コロンビア人の配偶者として査証を取得することは可能であるか
ら,このような手続を経ることによって,家族の離散を回避することは十分に可能であ
る。
(d) この点について,原告らは,イラン又はコロンビアにおいて生活することには支障が
ある旨主張するが,原告ら夫婦は,国籍及び宗教の違いを十分承知の上で自らの意思
により婚姻したものであり,その際生じる困難等については当事者で受忍し,克服すべ
き事柄であるから,本来,法務大臣等が本邦における在留を特別に許可することで解決
されるべき問題ではない。
また,イラン憲法19条は,「イラン人民は,民族,種族の如何を問わず平等な権利を享
受し,肌の色,人種,言語等により差別されることはない。」と定め,また,12条は,「イ
ランの国教はイスラム教・12イマーム派のジャアファル学派であり,この原則は永遠に
変更することができない。ただし,イスラム教の他の学派であるハナフィー学派,シャー
フィイー学派,マーリク学派,ハンバル学派,ザイド派は完全に尊重され,これらの宗派
の信徒が自らのイスラム法学に従い宗教儀礼を行うことは自由である。宗教教育,私人
的行為(婚姻,離婚,相続,遺言),及びそれに関する訴訟は法廷において有効とする。
これらの宗派の信徒が多数を占める全ての地域においては,条例が地方評議会の権
限においてその教義に基づき制定される場合,他宗派の信徒の諸権利を保障するこ
と。」と定め,さらに,13条は,「…キリスト教徒のイラン人は宗教マイノリティとして,法
律の範囲内で自らの宗教儀礼を行う自由並びに自らの教義に基づいて私人的行為及
び宗教教育を行うことが認められる。」と定めている。つまり,イランにおいては,憲法
上,民族による差別は禁止され,キリスト教であっても信教の自由が保障されているの
であり,原告らのこの点についての供述も憶測を述べたものにすぎないから,原告らの
主張する支障があるとは認め難い。なるほど,イランにおいて,女性の行動に一定の制
限があるとしても,もとより原告妻に限られるものではなく,また,原告夫との間の相互
扶助等によって克服されるべき問題であると解される。なお,原告夫は,イランに帰国
後,両親や兄,妹などの親族からの援助や庇護が期待できるから,イランでの生活に何
ら支障がないことが明らかである。
次に,原告らは,コロンビアは治安情勢が悪く,また,現状のコロンビアの経済状況や原
告夫の言語能力等にかんがみると,原告ら家族がコロンビアで生活することは事実上
不可能であるなどと主張するが,およそ国籍国以外の国で生活する者は,言語能力等
の問題に直面するのであって,原告夫に限られるものではなく,原告夫自身,本邦入国
前は,日本語を話したり理解することは全くできなかったのであるから,仮に,コロンビア
で生活することになったとしても,かかる困難は,相応の努力によって克服することが可
能というべきである。また,コロンビアの治安情勢についての誘拐等の危険は,いずれ
も抽象的で,具体的根拠も不明であって,主観的な憶測の域を出ず,結局のところ,コロ
ンビアと比較して治安情勢や経済情勢が良好である我が国に滞在したいという自己都
合を述べるにすぎない。さらに,原告妻は,本国の親族と連絡を密に取り合っていて,良
好な関係を維持していることは明らかであり,そうだとすれば,帰国後も,親族の援助や
庇護を受けることが十分に期待できるというべきである。
なお,原告長男は,本件各裁決当時3歳であり,いまだ可塑性に富む年齢であるから,
イランないしコロンビアに帰国したとしても,同国での生活に十分適応できるものと思料
される。
c本邦における生活基盤の存在
原告らは,原告ら家族が6年余りにわたって平穏かつ公然と在留を継続し,既に善良な
一市民として生活の基盤を築いている旨主張するが,本邦に不法入国し,そのまま在留
を継続する外国人は,出入国管理令9条3項の規定により決定された在留資格をもって
在留するものではないので,その在留の継続は違法状態の継続にほかならず,それが
長期間平穏に継続されたからといって直ちに法的保護を受け得る筋合いのものではな
いとの判示(最高裁昭和54年10月23日第三小法廷判決・集民128号17頁)に照らせ
ば,在留特別許可を付与すべきかどうかの判断において,これらの事情を原告らに有利
に考慮すべきではない。
そもそも,このような事情を許容することは,およそ不法な状態であっても,生活の基礎
を本邦で築き上げれば在留特別許可を付与しなければならないことを意味するが,この
ようなことが,出入国の公正な管理を図るという入管法の目的(1条)に照らして容認で
きないことは明らかである。
d 原告長男について
原告長男は,出生後,原告ら夫婦によって養育されており,本件各裁決当時,年齢が3
歳であることを考慮すれば,今後とも原告ら夫婦による養育が必要である。しかるとこ
ろ,原告ら夫婦については,なお本邦に在留を認めるべき積極的な理由が認められな
いのであるから,原告長男も不法残留である以上,本邦に在留すべき理由は認め難
い。
なお,原告らは,長男がイランに送還された場合,既にキリスト教の洗礼を受けているこ
とから,イスラム教との関係で問題が生ずる旨主張するが,原告長男がキリスト教の洗
礼を受けているからといって,直ちに宗教上の問題が生じるとは考え難い。
(2) 争点(2)(本件各発付処分において,原告長男についてはイラン,原告妻については
コロンビアと異なる国を送還先として指定することが違法か)について
(原告ら)
ア 被告主任審査官は,本件各発付処分前に,その送還先についてわざわざ在日イラ
ン大使館に問い合わせをしているのであるから,家族の結合の観点から,原告らに対し
て十分な聞き取りを行い,同一送還先を指定すべきであった。
にもかかわらず,本件各発付処分においては,原告らの意思を確認することもなく,原
告夫及び同長男の送還先ををイランとし,同妻のそれをコロンビアとして,原告の家族
の結合を破壊しようとしている。
イ この点について,被告らは,原告ら夫婦が希望しさえすれば,今後,原告妻の送還
先をイランに変更することは可能である旨主張するが,かかる説明は本件各発付処分
前にされておらず,あまりに不当である。
翻って,後に送還先について本人の希望が変更されることに期待し,3歳(処分時)の子
供を母親から引き離すこととなる送還先の指定は,人道に反するものとして,明らかに
裁量権を逸脱している。
(被告主任審査官)
原告らの主張は争う。
ア 主任審査官は,法務大臣等から「異議の申出は理由がない」と裁決した旨の通知を
受けたときは,速やかに当該容疑者に対し,その旨を知らせるとともに,退去強制令書
を発付しなければならない(法49条5項)とされているところ,主任審査官が法務大臣等
から異議の申出に理由がないと裁決した旨の通知を受けたにもかかわらず,退去強制
令書を発付しないことを予定した規定は存在しない。したがって,主任審査官が退去強
制令書を発付するか否か,またいつ発付するかについて,裁量権を認める余地はない
というべきである。
そうすると,前記のとおり,本件各裁決は適法であるから,本件各発付処分も当然に適
法である。
イ 退去強制令書上の送還先については,法53条に基づいて指定されるべきものであ
るが,原告妻については,原告夫との婚姻をイラン政府が正式に認めていることから,
イラン国籍を有する可能性も認められた。
ただし,①原告妻は,コロンビア旅券を所持するのみで,イラン旅券を所持しておらず,
また,②イラン大使館領事部の説明によれば,日本からイラン国籍以外の者をイランに
強制送還させることはできないが,イラン国籍男性との婚姻手続を届け出ている場合
は,イランの身分証明書とイラン旅券を取得した後,その本人がイランへの強制送還を
希望し,夫であるイラン国籍男性も配偶者のイランへの強制送還を希望し,その旨イラ
ン大使館に申し出たときに限り,イランへ渡航することが可能であるとのことであるとこ
ろ,原告ら夫婦のいずれもイランへの強制送還を希望しなかったことから,イランへの渡
航が可能であるとは認められなかった。
そこで,被告主任審査官は,原告妻が,本邦に入国するまでコロンビアに居住していた
ことなどを踏まえて,その送還先をコロンビアと指定したものであり,原告ら夫婦が希望
しさえすれば,原告妻の送還先をイランに変更することが可能である。
ウ 原告長男は,原告夫のパスポートに併記されていることから,少なくともイラン国籍
を有することが明らかである。他方,原告長男がコロンビア国籍を有する可能性は否定
できないものの,本件各発付処分当時,そのことを証する公的資料が存在しなかったた
め,その送還先をイランとしたものである。
第3 当裁判所の判断
1 在留特別許可の性質と司法審査の在り方について
(1) 国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約
がない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,また,これを受け入れる場合にい
かなる条件を付するかは,専ら当該国家の立法政策にゆだねられているところであっ
て,当該国家が自由に決定することができるものとされている。我が国の憲法上も,外
国人に対し,我が国に入国する自由又は在留する権利(ないしは引き続き在留すること
を要求することができる権利)を保障したり,我が国が入国又は在留を許容すべきことを
義務付けたりしている規定は存在しない(最高裁マクリーン判決参照)。
ところで,法50条1項は,法務大臣が法49条1項の異議の申出に理由があるかどうか
を裁決するに当たって,当該容疑者について法24条各号に規定する退去強制事由が
認められ,異議の申出に理由がないと認める場合でも,当該容疑者が,永住許可を受
けているとき(1号),かつて日本国民として本邦に本籍を有したことがあるとき(2号),
特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき(3号)には,その者の在留を特別に
許可することができると規定しており,法50条3項は,この許可をもって異議の申出が
理由がある旨の裁決とみなすと定めている。
このように,法50条1項は,既に法24条各号の規定する退去強制事由が存在すると認
定され,本来的には我が国から退去を強制されるべき地位にある外国人に対し,特別
に在留を許可できる場合を定めたものであるから,その許可が恩恵的な性質を有するこ
とは否定できない。しかも,1号と2号は具体的な許可事由を定めているものの,3号に
ついては,その許否の判断に当たって必ず考慮しなければならない事項など,上記判
断を羈束するような文言を用いていないところ,外国人の出入国管理は,国内の治安と
善良の風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定などの国益の保持を目的とし
て行われるものであるが,このような目的に沿うか否かの判断については,内外の情報
を広く収集し,これを精密に分析した上で,時宜に応じて的確になされる必要があり,と
きには高度な政治的な要素の考慮を要求される場合もあり得ると考えられる。
これらを総合的に勘案すれば,法務大臣等は,異議の申出に対し,我が国の国益を保
持し出入国管理の公正な管理を図る観点から,当該外国人の在留状況,特別に在留を
求める理由の当否のみならず,国内の政治・経済・社会等の諸事情,国際情勢,外交
関係,国際礼譲などの諸般の事情を総合的に勘案して,当該外国人に対して在留特別
許可を付与すべきか否かを判断する広範な裁量権を与えられているというべきである。
したがって,在留特別許可を付与するか否かに係る法務大臣等の判断が違法となるの
は,上記判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らか
であるなど,法務大臣等に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又は濫用した場合に限ら
れるというべきである。
(2) この点に関し,原告らは,①国際慣習法上という前提によって外国人の人権を憲法
の保障外に置くべきでない,②我が国が自由権規約,社会権規約,児童の権利に関す
る条約等を締結したことにより,各国の裁量権は制約を受ける,③特に,平成13年法律
第136号による入管法の改正により,法務大臣から地方入管局長に権限が委任された
事項については,法務大臣と同様の広範な裁量権を有すると解すべきものではない,
④退去強制令書の発付については,比例原則が妥当し,在留特別許可を受けることに
よる利益と退去強制によって得られる国益とを比較衡量すべきであるなどと主張する。
なるほど,主権国家が,自らの意思で主権の一部を制約する内容の条約を締結する行
為も,主権行使の一態様と解されるから,このような条約を締結した結果,本来的に有
する主権の一部が行使できないこととされても,そのこと自体は,国家原理や国際慣習
法に反するものとはいえず,我が国の憲法前文及び98条2項も,このことを前提として
いると解される。外国人の入国・在留については,前記のとおり,国家がこれを受け入れ
なければならない義務を負うものではないが,我が国が締結,批准した難民の地位に関
する条約によって,難民と認定された外国人の退去強制手続に一定の制約を設けてい
る(同条約31ないし33条,61条の2の2,61条の2の6など)ことは,その表れと解す
ることができる(同条約は,最高裁マクリーン判決のいう「特別な条約」に当たると解され
る。)。
(3) しかるところ,自由権規約17条1項は,「何人も,その私生活,家族,住居若しくは
通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されな
い。」と定めて,家族に対する恣意的若しくは不法な攻撃を受けないことを保障し,同規
約23条1項は,「家族は,社会の自然かつ基礎的な単位であり,社会及び国による保
護を受ける権利を有する。」と定めて,社会の基礎的単位である家族が国家による保護
を受けるものであることを宣言している。そして,自由権規約委員会の一般的意見15
は,外国人の地位に関し,外国人の在留を認めるか否かは,原則として,その国の問題
であるとしつつも,「しかしながら,一定の状況において外国人は,入国又は居住に関連
する場合においてさえ規約の保護を享受することができる。例えば,……家族生活の尊
重の考慮が生起するときがそうである。」と,同意見16は,同規約17条1項の「恣意的
干渉」について,「法に規定された干渉をも含むものである。法によって規定された干渉
であってさえも,本規約の規定,目的及び目標に合致しなければならないし,かつまた,
どんな事があろうとも,特定の状況の下で,合理的な干渉でなければならないということ
を保障しようとして,恣意的という概念を導入したものである。」と述べて,自由権規約の
解釈上の指針を示している。さらに,児童の権利に関する条約3条1項は,「児童に関す
るすべての措置をとるに当たっては,公的若しくは私的な社会福祉施設,裁判所,行政
当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても,児童の最善の利益が主
として考慮されるものとする。」と,同条約16条1項は,「いかなる児童も,その私生活,
家族,住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉され又は名誉及び信用を
不法に攻撃されない。」とそれぞれ定めている。
これらの条項は,いずれも具体的な要件・効果を定めているものではないものの,その
趣旨に照らせば,児童の最善の利益,家族的結合の保護,親子の分離の禁止などの
利益は,法務大臣等が在留特別許可を付与するかどうかを判断する際に考慮されるべ
き要素の一つであると解するのが相当である。
(4) もっとも,原告らの指摘する自由権規約,社会権規約,児童の権利に関する条約な
どにおいても,国際慣習法上,国家が外国人を受け入れる義務を負うものではないとの
理解を否定する規定はなく,家族の分離の結果を伴う退去強制が,すべからく,これら
の条約に反するとは解されない。
このことは,自由権規約28条に基づく人権委員会の一般的意見15が,外国人の地位
に関し,「規約は,締約国の領域に入り又はそこで居住する外国人の権利を認めていな
い。何人に自国への入国を認めるかを決定することは,原則としてその国の問題であ
る。」と述べていること,日本国政府が,児童の権利に関する条約を批准した際,同条約
9条1項の「締約国は,児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないこと
を確保する。」については,「児童の権利に関する条約第9条1項は,出入国管理法に基
づく退去強制の結果として児童が父母から分離される場合に適用されるものではないと
解釈するものであることを宣言」していること(平成6年外務省告示第262号),同条約9
条4項本文は,「(父母の一方又は双方からの)分離が,締約国がとった父母の一方若
しくは双方又は児童の抑留,拘禁,追放,退去強制,死亡(その者が当該締約国により
身体を拘束されている間に何らかの理由により生じた死亡を含む。)等のいずれかの措
置に基づく場合には,当該締約国は,要請に応じ,父母,児童又は適当な場合には家
族の他の構成員に対し,家族のうち不在となっている者の所在に関する重要な情報を
提供する。」と定め,締約国の行為によって家族の分離がもたらされる場合があり得るこ
とを承認していると解されることなどによってもうかがうことができる。したがって,児童の
最善の利益,家族的結合の保護,親子の分離の禁止といった利益は,前記のとおり,
在留特別許可を付与するか否かについて判断する上での考慮要素となることは否定で
きないものの,これを超えて,法務大臣等の判断を直接的に規制するものとはいえず,
これを付与しなかったため,上記利益が損なわれる結果をもたらしたとしても,それだけ
で,直ちに当該判断が裁量権を逸脱又は濫用するものとして違法となると解することは
できない。
そして,このことは,平成13年法律第136号による改正により,在留特別許可に関する
権限が法務大臣から地方入管局長に委任することができるようになったからといって,
異なるものとは解されない。在留特別許可の付与を判断するに当たり,国内の治安と善
良の風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定,国際的協調などの国益を考慮
して,時宜に応じた的確な判断を行うことが必要であり,ときに高度な政治的な判断を要
求される場合もあり得ることは,永住許可や難民認定の取消しなど,委任の対象となっ
ていない事項と同様であるからである。
2 争点(1)(原告らに在留特別許可を付与しなかった本件各裁決は,被告入管局長の
裁量権を逸脱,濫用する違法なものか。)について
(1) 以上の判断枠組みを前提として,本件各裁決の適否について検討するに,前記前
提事実に後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
ア 原告夫を巡る状況(甲30,乙13,20,21の1ないし3,原告夫本人)
(ア) 原告夫は,1966(昭和41)年7月12日,テヘラン市において出生したイラン国籍
を有する外国人である。
(イ) 原告夫は,1984(昭和59)年6月にテヘラン市のハサンガダミ高校を中退した
後,2年4か月の間,イラン空軍で運転手として勤務するなど兵役に就いていたが,イラ
ン・イラク戦争の終結直前である1988(昭和63)年10月,軍隊を除隊し,その後は,
金装飾品の製造工場に勤務していた。当時,イランの経済状態は悪く,多くのイラン国
民が出稼ぎに行っていたことと,戦後の復興工事のためにイランに来ていた日本人が優
秀で勤勉であったことから日本への興味を抱くようになったため,原告夫も,日本という
国を実際に見てみたい,できれば日本で仕事もして家族に仕送りをしたいと考え,199
1(平成3)年9月26日,成田空港から短期滞在の資格で日本に入国した。
(ウ) 原告夫は,本邦入国後,友人を頼り,静岡県浜松市において配管工,土木作業員
として稼働したが,やがてその仕事がなくなったため,別の友人から紹介を受け,愛知
県津島市において塗装工として働いた。原告夫は,平成5年1月21日ころ,より多額の
給料を得るべく,名古屋市a所在の八一(はちいち)産業株式会社で,鉄板をプレスカット
する仕事に就いたが,その仕事を始めてから約1週間後である同月28日,プレス機で
右手を挟み,右手中指,薬指及び小指を切断する事故に遭った。約2か月間に及ぶ治
療を受けた結果,中指は繋がったものの,薬指と小指は欠損状態となったことから,原
告夫に対して合計約204万円の労災給付金が支給された。原告夫は,その後も,同社
で働いていたが,仕事が少なくなったため,平成7年8月ころ,同社を退職し,建設作業
現場で型枠工として働いているうち,平成8年11月ころ,イラン人の友人のAが始めた
弁当の移動販売を手伝い,その後,同人が八一産業株式会社の第3工場を任されて独
立した(後に有限会社アリヤインダストリーを設立)ことから,そこで働くようになった。
(エ) テヘラン市には,原告夫の父母,兄,姉,妹が暮らしており,食材を販売する店舗
を経営する兄が,両親の面倒を見ている。
なお,原告長男がキリスト教の洗礼を受けたことは,原告夫の両親等には知らされてい
ない。
イ 原告妻を巡る状況(甲32,乙12,20,22,原告妻本人)
(ア) 原告妻は,1971(昭和46)年11月28日,コロンビアにおいて出生したコロンビア
国籍を有する外国人である。
(イ) 原告妻の父は,土地を借りて農業を営んでいたが,1979(昭和54)年,同人が死
亡した後は,原告妻の母が農業を続け,原告妻も小学校卒業後の12歳ころから母を手
伝っていた。しかし,原告妻が16歳になり,働くことができるようになったことから,農業
を辞め,母と妹と共に通いのメイドとして約6年間働いたが,うち18歳から2年間,夜間
中学に通った。
原告妻は,1997(平成9)年3月10日,コロンビアで働いていたのでは経済状態が良く
なる見込みがないため,家族のために,当時,日本にいた友人を頼って,関西空港から
日本に入国した。
(ウ) 原告妻は,本邦入国後しばらくの間は,友人の下に身を寄せていたが,在留期限
が経過した後,名古屋市内の自宅で国際電話のテレフォンカードの販売を始め,約2年
後には,これに加えて,外国製の香水や洋服の販売を始めた。さらに,原告妻は,平成
13年ころから,名古屋市bのBビル1階で,南米人向けの香水,洋服,食品,アクセサリ
ー等の輸入雑貨を販売する「C」という店を友人と2人で始めた。同店では,妹から送っ
てもらった商品などを販売し,収入は月30万円位であったが,原告妻は,その中から約
15万円を送金し,それを商品の仕入れとコロンビアの家族の生活費に充ててもらってい
た。
(エ) 現在,原告妻の母(主婦。平成16年6月当時47歳),妹(主婦。同30歳),弟(タク
シー運転手。同22歳)がコロンビアで暮らしている。原告妻の母は,仕事を辞め,タクシ
ーの運転手をしている原告妻の弟と同居しているが,原告妻や原告長男に会うべく,我
が国を2回にわたって訪れている。原告妻の妹は,結婚し,その夫は,コーヒーの取引を
扱っている。
なお,原告妻は,約6か月前にいとこが殺害され,同人の子どもが海外へ移住したとの
連絡を受けている。
ウ 原告ら夫婦の出会いから現在に至る状況(甲2,3,24ないし28,30ないし32,乙
4ないし6,7の1・2,8,12ないし14,20,21の2・3,22,原告夫本人,原告妻本人)
(ア) 原告夫と原告妻は,平成10年6月28日ころ,原告夫の友人の交際相手であるコ
ロンビア人のDの紹介で知り合い,お互いの言語を教え合ったりするうち,徐々に親しみ
を増し,互いの住居を行き来するようになったが,当初は,国籍も宗教も異なっているこ
とから,結婚することは全く考えていなかった。
そうこうするうち,原告妻は,平成12年5月ころ,妊娠していることに気づき,原告夫に
打ち明けたところ,原告夫は,不法滞在の状態にあることや宗教上の違いを考慮し,原
告妻に中絶するよう勧めた。しかし,敬虔なカソリック教徒である原告妻がこれを拒絶
し,独力でも子供を産んで育てる決意を示したため,原告夫は,思い直して中絶を勧め
ることをやめ,生まれてくる子供のことを考えて,原告妻に結婚を申し込んだ。
(イ)原告長男は,平成13年1月16日,名古屋市内の病院で出生した。原告ら夫婦は,
同年12月7日,名古屋市守山区役所において原告長男の出生届を提出した。
(ウ) 原告夫は,原告妻との婚姻届の手続を行うべく,イランに居住する両親に対して,I
Dカードの送付を依頼したが,当初,両親が結婚に反対していたため,なかなか入手で
きなかった。しかし,原告夫が何度も説得した結果,最終的に両親の了承を得ることが
でき,IDカードの送付を受けたことから,原告ら夫婦は,平成13年6月14日,名古屋市
守山区役所に婚姻届を提出し,同年12月18日には,コロンビア大使館において,婚姻
届を提出した。
もっとも,イラン大使館によると,イスラム教徒であるイラン人とイスラム教徒以外の外国
人が結婚するには,イスラム教に改宗する必要があるとのことであったため,原告ら夫
婦は,平成14年1月10日,東京都品川区アフルルバイト・センターにおいて,イスラム
式の結婚の手続を行ったが,その際,原告妻は,便宜的に,ルサリと呼ばれるベールを
かぶって髪を隠した上で写真を撮り,シャリーア(イスラム法)の名の下に結婚を証明し
てもらった。
(エ) 原告妻は,敬虔なクリスチャンであるため,結婚後も,月に2回程度,スペイン語で
のミサが行われる緑ヶ丘教会に通っており,平成15年8月24日,その教会において,
原告長男に洗礼を受けさせている。原告ら夫婦は,平成16年4月から,原告長男を名
古屋市c所在のゼンヌ幼稚園に通わせている。
なお,原告長男は,原告ら夫婦が拘束された以降,入国者収容所西日本入国管理セン
ターから仮放免されるまでの間,名古屋市dの児童相談所等に入所していたが,原告ら
夫婦に会いたいと訴えたり,急性中耳炎や急性鼻副鼻腔炎を発症するなどした。
エ イランの状況(甲4,5,6の1ないし3,7の1・2,11及び12の各1・2,13,14ない
し17の各1・2,19,20,乙26の1・2)
(ア) イランは,西はイラク,トルコ,東はアフガニスタン,パキスタンに接し,その人口は
約6900万人で,ペルシャ語を公用語としており,16世紀以来,イスラム教シーア派を
国教としている。全人口の約99パーセントがイスラム教徒であり,そのうちシーア派が9
0パーセントを占めている。イスラム教スンニ派は,クルド人,トルクメン人,バルーチ人
のほか,湾岸地域のアラブ系住民によって信仰されており,イスラム教以外は,キリスト
教が全人口の0.3パーセント,ユダヤ教が0.5パーセント,ゾロアスター教が0.2パー
セントの割合となっている。
イランは,1979(昭和54)年のイラン・イスラム革命によってパーレビ国王を倒した後に
現在の体制となったものであるが,革命後,国民投票によって採択された憲法は,イス
ラムの原理と規範に基づいた政府と社会の建設を目的とすると宣言しており,イスラム
教が政治,社会のあらゆる面で圧倒的な影響を持つようになった。そのため,アメリカの
対イラン制裁が継続しており,国際的に緊迫した状況にある。
1997(平成9)年8月に大統領に就任したセイエド・モハンマド・ハタミは,「法の支配」,
「言論の自由」等の政治理念の下,市民社会の形成を目指す諸改革を推進したが,20
00(平成12)年2月の国会選挙で改革派が多数を占めると,司法・治安機関等に影響
力を有する保守派は,プレス規制の強化や改革派要人・ジャーナリストの召還・訴追を
進めるなどの激しい抵抗を行っており,改革の成果は乏しい。
(イ)イラン憲法には,以下の規定がある。
12条 イランの国教はイスラム教・12イマーム派のジャアファル学派であり,この原則
は永遠に変更することができない。ただし,イスラム教の他の学派であるハナフィー学
派,シャーフィイー学派,マーリク学派,ハンバル学派,ザイド派は完全に尊重され,こ
れらの宗派の信徒が自らのイスラム法学に従い宗教儀礼を行うことは自由である。宗教
教育,私人的行為(婚姻,離婚,相続,遺言),及びそれに関する訴訟は法廷において
有効とする。これらの宗派の信徒が多数を占める全ての地域においては,条例が地方
評議会の権限においてその教義に基づき制定される場合,他宗派の信徒の諸権利を
保障すること。
13条 ゾロアスター教徒,ユダヤ教徒,キリスト教徒のイラン人は宗教マイノリティとし
て,法律の範囲内で自らの宗教儀礼を行う自由並びに自らの教義に基づいて私人的行
為及び宗教教育を行うことが認められる。
19条 イラン人民は,民族,種族の如何を問わず平等な権利を享受し,肌の色,人種,
言語等により差別されることはない。
(ウ) イランにおいては,西洋文化を持ち込んだと見なされ得る音楽のカセットテープ,C
D,ビデオテープ,書籍については持ち込みが禁止されており,女性の服装について
は,外国人・非イスラム教徒であっても,ルサリで髪を隠し,体型や肌が露出しないよう
にコート等の着用が法律で義務付けられている。
イランにおいては,法律によって女性に対する差別が裏付けられており,特に家族と財
産に関して,イスラム民法及び刑法は,女性を差別している。その中でも,シーア派のイ
スラム法によれば,男性は一時的な妻を何人めとってもよく,夫は理由を述べずに妻を
離縁することができるとされている。
(エ) イランにおいては,情報安全省,内務省そして革命後に設立された革命防衛隊な
どの機関が国内の治安を担当しているが,バシジという志願兵から成る準軍事部隊とア
ンサル・エ・ヒズボラ(神の党の助っ人)という強硬派自警団が,一般社会に対して,彼ら
の視点による適切な革命的態度を強制し,デモ参加者,ジャーナリスト,反革命活動家
と思われる人々,服装の決まり又は他の正しい「革命的」態度を取らない人々に対し,嫌
がらせ,殴打,威圧を行っている。この中には,髪を覆わない女性,顔と手以外に体全
体を覆わない女性,化粧やマニキュアをしている女性などが含まれている。アンサル・
エ・ヒズボラは,しばしば指導者層の特定のメンバーと関係を持っている。
イランにおける系統的な人権侵害としては,即決処刑,失踪,拷問及び強姦などの処遇
の蔓延,石打ちやむち打ちなどの厳罰,過酷な刑務所内の状況,恣意的逮捕及び拘
禁,そして長期間にわたる外部との接触を断たれた拘禁などが上げられる。時に政府役
人の違法行為について訴追手続が取られることがあるが,責任者の多くは処罰されな
いままであり,司法に浸透している保守的な政府聖職者たちの影響力によって,市民
は,しばしば,正当で公正な裁判を受けることができない。
宗教活動は情報安全省によって詳細に監視されており,すべての宗教的少数派は,雇
用や教育,住宅の分野などで公的な差別を受けている。キリスト教徒のグループは,19
97(平成9)年11月から1998(平成10)年11月の間に,15ないし23人のイラン人キ
リスト教徒が行方不明になったと報告している。彼らは,イスラム教からキリスト教への
改宗者であり,洗礼を受けたことを当局に知られていた。
オ コロンビアの状況(甲8,21の1ないし4,22,23)
(ア) コロンビアは,南米大陸の北西にあり,東をベネズエラ,南東をブラジル,南をペル
ー,エクアドル,北西をパナマに接しており,その人口は約4370万人で,スペイン語を
公用語としている。
(イ) コロンビアは,19世紀にスペインから独立した後,自由党と保守党の対立が続き,
この間,1948年の大統領選挙で,自由党の候補者が暗殺されたことによる混乱,自由
党指導者による保守党との緩やかな連合,1950年の大統領選挙での保守党候補ラウ
レアノ・ゴメスの当選などの出来事があったが,基本的には二大政党制が維持されてき
た。
ゴメス政権下においては,地方の自由党支持者と保守党支持者との間の抗争や,大土
地所有者と土地を求める武装農民との戦いが頻発し,多くの大土地所有者が土地を捨
てて都市に避難する事態となったため,同政権は,武装農民による蜂起に対する鎮圧
行動を強化した。
(ウ) ゴメス政権は,1953年,軍事クーデターにより失脚し,ロハス・ピニージャ将軍が
権力を掌握した。同政権は,1953年6月,暴力を終わらせるべく,全ての武装農民に
特赦を与えたが,これと対立する勢力との間の抗争は止まず,激化する気配を示したの
で,1955年,武装農民に対して,大規模な鎮圧行動を敢行した。この攻勢の中で,武
装農民側は武装自衛運動を組織したが,これが後にコロンビア革命軍(FARC)となっ
た。
保守党と自由党は,1957年,連携して,独裁色を強めたロハス・ピニージャ将軍を退陣
に追い込み,翌年,国民戦線を結成して,交互に政権を担当することになった。他方,武
装農民側は,政府による鎮圧行動に対し,全国的な反政府軍事活動を展開することと
し,統一的な指導部を結成し,武装部隊を全国に展開するするようになった。このように
して,1966年,FARCが正式に結成された。
なお,労働者を中心とするロハス・ピニージャの支持者は,1960年,国家人民連合(A
NAPO)を結成し,1970年の大統領選挙において,同人を候補として選挙戦を戦った
が,国民戦線の候補に惜敗したことから,その左派は,1972年,ゲリラ組織であるM-
19を結成し,ドミニカ大使館占拠事件(1980年),法務省襲撃事件(1985年)などを
引き起こした。その後,M-19は,1989年,政府の全面的な恩赦と引換えに武器を置
き,民主同盟M-19という政党を結成した。
また,キューバから帰国した大学生たちを中心としたグループは,1964年,コロンビア
第2のゲリラ勢力である民族解放軍(ELN)を結成し,主敵とした石油産業を妨害・破壊
すべく,多数回(1986年から1997年の間に636回)にわたって,パイプライン爆破事
件を引き起こした。
(エ) 1974年の大統領選挙で,自由党候補と保守党候補が再び対立し,ここに国民戦
線の同盟関係は終了した。国民戦線が権力を掌握していた16年間に,コロンビア就労
人口の中で絶対的貧困生活者は25パーセントから50.7パーセントに増加した(地方
では25.4パーセントから67.5パーセントに増加)。そして,1970年代後半にコカイ
ン・ブームが始まると,都市部の失業者と土地を持たない農民が,FARCの制圧下にあ
る地域に大量に流れ込んだが,FARCは,これらの者からの課税収入を得ることによっ
て,武器を近代化し,社会経済的サービスを提供するなど,南部を中心として,勢力を拡
大した。
(オ) コカイン・ブームの初期には,麻薬組織(カルテル)支配者たちは,FARCと協力関
係にあったが,麻薬組織が大規模な農場等に投資するようになると,FARCと敵対する
ようになり,FARC及びその同調者と見なした者と戦うために,準軍組織(パラミリタリ
ー)を組織するようになった。その過程で,国軍からの人的,物的支援を受けることが少
なくなかった。
他方,FARCなどのゲリラ側は,身代金収入を得るため,麻薬組織関係者とその親族ら
を誘拐するようになったため,準軍組織との抗争が激化した。
準軍組織は,FARCなどによる農業改革を妨害し,その支持基盤をかく乱すべく,地域
の全人口を追放して,麻薬組織関係者が所有する土地を拡大するなどした結果,198
0年代末には,麻薬商人がコロンビア最大の土地所有者となった。また,準軍組織は,
ゲリラや地方農民だけでなく,麻薬商人のアメリカ引渡しを支持する政治家や司法官な
ど政府関係者・政府職員をも攻撃の標的とするようになり,1970年代に1053件であっ
た政治的殺害は,1980年代には1万2859件に増加した。
この結果,人権団体であるコロンビア法律家協会によると,1997年の人権侵害の76
パーセントは準軍組織によるもの,17パーセントがゲリラによるもの,7パーセントが軍
によるものであるとされており,人権諸団体は,コロンビアを地球上で最悪の人権侵害
国の一つと位置づけている。
(カ) コロンビア政府は,1999年1月,FARCとの間で和平対話を開始したが,2002
年2月20日,FARC側のテロ行為を受けて,和平プロセスの中止を発表している。
コロンビアの失業率は,1990年の9パーセントから今日(2000年ころ)の20パーセン
トへと上昇し,地域によっては75パーセント近くに達するところもあり,特に16歳から24
歳までの若者の失業率は50パーセントである。そして,絶対的貧困者の割合は,199
0年に45パーセントであったが,2000年には56パーセントである(地方ではこの数値
は86パーセントに上る。)。
(キ) コロンビアでは,1998年に1658件の誘拐事件(世界第1位)が起きるなど,その
治安は極めて悪い。
そのため,我が国の外務省は,海外安全ホームページ(2004年)において,コロンビア
では身代金を強奪することを目的とする誘拐事件等が跡を絶たず,毎年2000件以上
の誘拐事件が発生しており,日本人についても,過去に幾度となく被害に遭い,2003
年11月には,2年9か月前に連れ去られた日本人が遺体で発見されるなど,誘拐事件
について最大の注意を払う必要があると警告している。そして,コロンビアにおける誘拐
の主な手口としては,①不特定多数を対象とした偽装検問による誘拐(コロンビアの非
合法組織は,人物の身分証明書の番号により,財政的に裕福な人間を選定する能力を
有しているとされている。),②綿密な事前調査から,経済的に見返りのある人物を選定
した上での誘拐,③政治的な意図を有した誘拐,④非合法組織が構成員を増員・育成
するための年少者の誘拐があると指摘している。
カ 原告らの国籍等(乙1,3,6,7の1・2,24,25)
(ア)原告夫は,イラン国籍者であって,コロンビア国籍を有していないことから,強制送
還の場合,我が国から直接,コロンビアに入国することは困難であるが,在外コロンビア
公館において査証申請をすれば,コロンビア人の配偶者としてこれを取得することが可
能であるから,いったん,イランに帰国した後,コロンビアに入国することは可能である。
(イ) 原告妻は,原告夫との婚姻をイラン政府から正式に承認されていることから,イラ
ン国籍者として認められることになるが,コロンビア旅券を所持するのみでイラン旅券を
所持していないため,イランに強制送還されるためには,イラン身分証明書とイラン旅券
を取得の後,本人がイランへの送還を希望し,原告夫も,原告妻のイランへの送還を希
望した上,イラン大使館に申し出ることが必要となる。
(ウ) 原告長男については,原告夫のパスポートに原告長男が併記されていることか
ら,イラン国籍者として認められ,さらに,原告妻と原告夫との婚姻がコロンビア政府か
ら正式に承認されていることから,コロンビア国籍も認められることとなる。もっとも,コロ
ンビアに強制送還されるには,原告長男がコロンビア国籍を有することを正式に証する
資料を整える必要がある。
(2)上記認定事実に基づき,以下,原告らの主張に則して在留特別許可を付与しなかっ
た本件各裁決の適否について判断する。
アイランにおける宗教事情,女性への差別状況について
原告らは,まず,①イランにおいては,キリスト教などに対する迫害状況が存在するとこ
ろ,原告妻がイスラム教の方式に則って結婚式を挙げ,イスラム教に改宗したことになっ
ているにもかかわらず,実際には依然としてキリスト教を信仰していることがイラン国内
で判明すれば,それを容認している原告夫も含めて生命を失う危険がある,特にイスラ
ム教徒の子であるにもかかわらず,原告長男がキリスト教の洗礼を受けていることが判
明すれば,イスラムを冒涜した者として,原告ら全員に同様の危険がある,②イランで
は,極端な女性差別が行われ,差別のない国で育った原告妻には耐えられないなどと
主張する。
確かに,前記認定事実エによれば,イスラム教シーア派を国教とするイランにおいて
は,憲法上,キリスト教徒などの宗教的少数派にも,宗教上の自由が保障されることに
なっている(ただし,法律の範囲内という限定付きである。)にもかかわらず,実際には,
司法・治安機関に影響力を有する保守派や,イスラム革命の革命的態度を徹底しようと
する準軍部隊や強硬派自警団が,イスラム革命的でないと思われた者や敵対者とみな
された者に対して暴力行為や威圧行為等を日常的に行ったり,法廷で有罪とされた者に
対して過酷な処罰を与えたりしており,さらにはイスラム教からキリスト教に改宗した者
が行方不明になる事件が発生しており,これらに照らせば,イランにおいては,国教以
外の宗教を信仰する者が,その信仰心を貫く上で大きな困難に直面し,また差別を受け
ることに慣れない女性が,生活する上で多大の息苦しさを感ずるであろうことは容易に
推測し得るところである。
しかしながら,原告妻に対する退去強制令書の発付は,イランを送還先とするものでは
ないから,同人が自らの意思でイランに入国した上で,キリスト教への信仰を公にした
り,自由な衣服を着用しない限り,宗教上の迫害や女性差別の対象となることはあり得
ない。
また,前記認定事実アのとおり,原告夫は,原告長男がキリスト教による洗礼を受けて
いることをイラン国内の両親等に告げていないのであるから,原告妻が結婚後もキリス
ト教を信仰していることも周囲に知られていないと推認することができ,したがって,原告
夫が原告妻によるキリスト教信仰を容認していることがイラン国内において明らかにな
り,同人が宗教上の冒涜者として迫害を受ける事態も,通常は考え難いというべきであ
る。
さらに,原告長男についても,上記のとおり,キリスト教による洗礼を受けたことがイラン
国内において明らかになるとはいえない上,仮に,この事実が周囲に知れたとしても,洗
礼を受けたのは幼児の時期であり,自らの宗教的確信に基づくものとは到底いえないか
ら,そのことを理由として宗教的迫害を受ける可能性は著しく低いと考えられる。
イ コロンビアにおける治安状況,経済情勢の悪化について
原告らは,①コロンビアにおける治安状況は極めて悪く,誘拐事件などが跡を絶たない
ところ,日本からの帰国者は,その標的となりやすい,②また,経済情勢も悪く,原告夫
の年齢,言語能力に照らせば,仕事を見つけることは絶望的であり,結局,イランへ出
稼ぎに行くほかない,などと主張するところ,前記認定事実オのとおり,コロンビアの治
安状況,経済情勢は非常に悪化していて,若年者の失業率が高く,しかも,裕福な者を
狙った誘拐事件も多発していることが明らかであり,これらに照らせば,原告らがコロン
ビアにて生活を維持するには,相応の苦労を強いられることが予想されないではない。
しかしながら,前記認定事実イのとおり,原告妻は,コロンビアにおいて,ある程度の期
間,メイド等として働いた後に本邦に入国しており,母国に残った母や妹などの家族と良
好な関係を維持していると思われることに照らしても,帰国後,生活手段が全くないとは
考えられない。
また,誘拐事件の多発など,治安状況の悪化は,原告妻の出国当時においても見受け
られたものであり,その当時においても,日本からの帰国者が標的となりやすいことは,
ある程度は予想し得たと考えられる上,このような事情を理由に国籍国へ送還すること
が違法となるのでは,経済的困窮国や治安不安定国から本邦に入国しさえすれば,当
該国の外国人すべてに日本における在留を認めなければならないことになり,一定の
在留資格に対応した在留期間を定めている入管法の趣旨に反するばかりか,難民の地
位に関する条約や難民の地位に関する議定書によって課せられた保護義務をはるかに
超える経済的難民等に対する保護義務を我が国が負担する結果となること(現在にお
ける国民国家の概念からすれば,治安悪化や経済的困窮などから国民を保護すること
は,基本的に当該国民の属する国家の責務であることはいうまでもなく,これが十分に
達成できない状態にあるとしても,当該国民は甘受しなければならないと考えられてい
る。),これらを考慮すれば,コロンビアにおける治安状況や経済情勢が悪いことをもっ
て,原告らに対して在留特別許可を付与すべき特別の事情に当たるとはいえない。
ウ 家族の結合についての配慮について
原告らは,原告妻がイランで生活することは不可能であり,逆にコロンビアで原告夫が
仕事を見つけることも不可能であるから,家族の結合を破壊しないためには,日本での
在留を認める以外にないところ,本件各裁決は,これを認めなかった点で,自由権規約
や児童の権利に関する条約に違反するなどと主張する。
まず,原告らが共同生活を営むことがおよそ不可能かについて検討するに,前記認定
事実カのとおり,原告妻は,正式に原告夫と婚姻し,イラン国籍が付与されているから,
イラン旅券が発給されれば,イランへの入国は可能であり,他方,原告夫は,コロンビア
国籍を有していないため,直接的にコロンビアに送還されることは困難であるが,在外コ
ロンビア公館においてコロンビア人の配偶者としての査証が取得できれば,イランに送
還された後にコロンビアに入国することは可能であり,また,原告長男も,コロンビア国
籍を有していることから,イランに送還された後に,コロンビアに入国することも可能であ
る。したがって,このような手続を経ることによって,原告らが共同生活を営むこと自体は
可能である。
もっとも,原告妻がイランに赴くことは,原告妻がキリスト教を信仰している限り,危害を
加えられる可能性を否定できないから,困難であり,コロンビアでの生活も,相当な苦労
が伴うことが予想されることは,前記のとおりである。しかしながら,イランやコロンビア
における状況は,基本的にはそれぞれの国家が責任を持つべきものである上,原告ら
夫婦は,これら国情の異なることを承知の上で,自らの意思によって婚姻し,家庭を形
成したのであるから,そのような困難は,原告ら夫婦によって克服されるべき事柄であっ
て,その結果,仮に原告夫と原告妻が離れて暮らすことを余儀なくされたとしても,この
ことをもって,在留特別許可を付与すべき特別の事情に当たるとまではいえない。
また,原告長男は,まだ未就学の3歳であり,イランないしコロンビアに帰国したとしても
十分に適応することができるのであり,しかも,現在まで原告ら夫婦によって養育されて
きたものであり,今後も親の庇護が必要であることが明らかであるから,原告ら夫婦に
在留特別許可が付与されない場合に,原告長男について在留を特別に許可すべき事
情があるとはいえない。
エ 日本における長期にわたる平穏な在留について
最後に,原告らは,日本において,6年余にわたり,平穏かつ公然と在留を継続し,生活
基盤を築いてきた旨主張するところ,前記認定事実アないしウによれば,我が国におけ
る原告らの生活がそれなりに安定していたことが明らかである。
しかしながら,このような状態は,原告ら夫婦の努力の成果という側面もあるものの,不
法就労目的で我が国に入国し,違法に在留を継続した結果もたらされたという側面を否
定できず,法治主義の観点からは直ちに法的保護に値するものとはいえないと考えられ
る(最高裁昭和54年10月23日第三小法廷判決・集民128号17頁参照)上,原告ら夫
婦が,その母国を出国せざるを得なかった要因について,我が国は何らの影響も与えて
いないから,原告らを受け入れるべき積極的な事情とはなり得ないというべきである。
オ 小括
以上のとおり,原告らに対して在留特別許可を付与しなかった本件各裁決は,その判断
が事実の基礎を欠いたとか,社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかとはいえず,し
たがって,被告入管局長の裁量権を逸脱,濫用するものとはいえないから,違法という
ことはできない。
3 争点(2)(本件各発付処分において,原告長男についてはイラン,原告妻については
コロンビアと異なる国を送還先として指定することが違法か。)について
(1) 退去強制令書の発付に関する主任審査官の権限について
入管法は,主任審査官が,法務大臣等から「異議の申出は理由がない」と裁決した旨の
通知を受けたときは,速やかに当該容疑者に対し,その旨を知らせるとともに,退去強
制令書を発付しなければならない(法49条5項)と規定し,主任審査官が法務大臣等か
ら異議の申出に理由がないと裁決した旨の通知を受けたにもかかわらず,退去強制令
書を発付しないことを予定した規定は存在しない。そうすると,被告主任審査官の主張
するとおり,主任審査官が退去強制令書を発付するか否か,またいつ発付するかにつ
いて,裁量権を認める余地はないといわざるを得ない(正確にいえば,主任審査官は,
上記の事項について「裁量権」を有しないものではなく,法務大臣等から異議の申出に
理由がないと裁決したとの通知を受けた以上,「判断権」そのものを有しないというべき
である。)。これは,容疑者が退去強制事由に該当するとの判定に誤りがなく,しかも,
在留特別許可を付与すべき事由がないと法務大臣等が決定し,容疑者に係る一連の退
去強制手続がすべて完了し,容疑者が退去強制事由に該当する者であることが確定し
た以上,速やかに退去強制令書を発付し,国外に退去させるのが相当であるからと考
えられる。
もっとも,退去強制令書には,退去強制を受ける者の氏名,年齢及び国籍,退去強制の
理由等の法律で明示する事項のほか,送還先が記載され(法51条,規則45条),退去
強制令書を執行する入国警備官は,退去強制令書を執行するときは,すみやかにその
者を第53条に規定する送還先に送還しなければならないところ(法52条1項,3項),
送還先について,法53条は,その者の国籍又は市民権の属する国に送還することを原
則としつつ(同条1項),これらの国に送還することができないときは,本人の希望によ
り,本邦に入国する直前に居住していた国(同条2項1号),本邦に入国する前に居住し
ていたことのある国(同項2号),本邦に向けて船舶等に乗った港の属する国(同項3
号),出生地の属する国(同項4号),出生時にその出生地の属していた国(同項5号),
その他の国(同項6号)のいずれかの国に送還されるものとする(同項柱書き)と定めて
いる。したがって,主任審査官としては,入管法53条に従い,退去強制を受ける者の送
還先を決定,記載しなければならず,逆に,被送還者としては,同条に従った送還先に
送還される利益を有するというべきであるから,送還先の記載が同条に反するものであ
るならば,当該被送還者は,その部分が違法であるとして(処分の一部)取消しを求める
ことができるというべきである。
(2) 原告妻と原告長男の強制送還先が異なることについて
そこで,原告長男と原告妻の強制送還先が異なることの適否について検討するに,前
記認定事実ウのとおり,本件各発付処分は,原告長男が3歳の時になされ,しかも,原
告長男は,出生後,原告妻が入管法違反の容疑で逮捕されるまで,原告ら夫婦によっ
て監護・養育されてきたのであるから,母子の分離をできる限り避けることが原告長男
の養育上好ましいとも考えられる。
しかしながら,前記のとおり,原告長男については,イランとコロンビアの二重国籍状態
にあると認められるところ,このように複数の送還先候補がある場合にどちらを選択す
べきかについて,法53条1項は何ら述べるところがないから,主任審査官は,特段の事
情がない限り,どちらを送還先とするかにつき裁量権を有するというべきである
この点について,仮に,複数の送還先候補があるときは,条理上,より合理的な選択を
すべき義務が主任審査官に課せられると解した上,上記のとおり,一般論としては,3歳
程度の幼児の監護は父親よりも母親が担当することが望ましく,母子の分離がたとえ短
期間であってもその影響が大きいといえるにしても,子供に対する親権や監護権の帰属
は,それぞれの国の法制によって定められるべき性質のものであり,我が国における常
識的一般論を外国人に強制すべきものとはいえないこと,本件各発付処分によれば,
原告妻と原告長男とは別個の国に強制送還されることになるが,原告ら夫婦にその意
思がありさえすれば,再会して共同生活を営むことが可能であること,原告夫及び原告
妻が,強制退去を前提とした送還先について特段の希望を述べていないこと,以上のよ
うな事情を総合すれば,被告主任審査官が,上記のように送還先を決定し,記載したこ
とが裁量権の逸脱・濫用に当たると判断することはできない。
4 結論
以上の次第で,原告らの本訴各請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟
費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条1項本文を適用し
て,主文のとおり判決する。
 名古屋地方裁判所民事第9部
   
          裁判長裁判官   加藤幸雄
             裁判官   舟橋恭子
             裁判官   片山博仁

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