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平成11年(行ケ)第428号 特許取消決定取消請求事件
平成13年5月15日口頭弁論終結
判          決
原      告    国産部品工業株式会社
訴訟代理人弁理士    柳 野 隆 生
被      告    特許庁長官 及 川 耕 造 
指定代理人       和 田 雄 二
同           舟 木   進
同           大 野 覚 美
同           大 橋 良 三
主          文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成10年異議第73330号事件について平成11年10月29
日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「シール構造」とする特許第2697569号の特許
(平成5年8月31日に特許出願,平成9年9月19日に特許権設定登録,以下
「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。
石川ガスケット株式会社から,本件特許について特許異議の申立てがあり,
その申立ては,平成10年異議第73330号事件として審理された。この審理の
過程で,原告は,願書に添付した明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)を請
求したが,特許庁は,訂正を認めず,平成11年10月29日に「特許第2697
569号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年11月
22日にその謄本を原告に送達した。
2 本件特許請求の範囲
(1) 本件訂正前の特許請求の範囲
① 請求項1
自動変速機のコントロールバルブユニットのセパレートプレートとバル
ブボディ間を液密状又は気密状にシールするシール構造であって,前記バルブボデ
ィに対するセパレートプレートの合わせ面に,バルブボディに形成した油溝や溝部
側へ露出しないようにバルブボディの合わせ面に応じたパターンで,パターン印刷
によりシール層を形成したことを特徴とするシール構造。(以下,この発明を「本
件発明1」という。)
② 請求項2
前記シール層を凹版印刷又はスクリーン印刷により形成し,その厚さを
5/1000mm以上に設定したことを特徴とする請求項1に記載のシール構造。
(以下,この発明を「本件発明2」という。)
(2) 本件訂正後の特許請求の範囲
① 請求項1
油溝や溝部を有するバルブボディと,油溝や溝部により油圧回路が形成
されるように,バルブボディに取付けられるセパレートプレートとを備えた自動変
速機のコントロールバルブユニットにおける,セパレートプレートとバルブボディ
間を油密状にシールするシール構造であって,前記バルブボディに対するセパレー
トプレートの合わせ面に,バルブボディに形成した油溝や溝部側へ露出しないよう
にバルブボディの合わせ面に応じたパターンで,パターン印刷により,厚さ1/1
00~5/100㎜のシール層を形成したことを特徴とするシール構造。(以下,
この発明を「訂正発明1」という。)
② 請求項2
前記シール層を凹版印刷又はスクリーン印刷により形成したことを特徴
とする請求項1記載のシール構造。(以下,この発明を「訂正発明2」という。)
3 決定の理由の要点
別紙決定書の理由の写しのとおり,(1)訂正発明1,2は,いずれも,特開昭
61-109969号公報(甲第4号証,以下「刊行物1」という。)記載の発明
(以下「引用発明」という。)並びに米国特許第3477867号明細書(甲第5
号証,以下「刊行物2」という。)及び米国特許第4659410号明細書(甲第
6号証,以下「刊行物3」という。)に記載された周知の技術的事項に基づいて当
業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定に該当
し,特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,特許法1
20条の4第3項で準用する同法126条4項に適合しないので,本件訂正は認め
られない,としたうえで,(2)本件発明1,2は,いずれも,引用発明並びに刊行物
2,3,米国特許第4181313号公報(甲第7号証,以下「刊行物4」とい
う。),特開昭62-249786号公報(甲第8号証,以下「刊行物5」とい
う。),及び実願昭54-104970号(実開昭56-21650号)の願書と
これに添付された明細書及び図面のマイクロフィルム(甲第9号証,以下「刊行物
6」という。)に記載された周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をす
ることができたものであって,これらに係る特許は,いずれも,特許法29条2項
の規定に違反してされたものであるから,取り消されるべきものである,と認定判
断した。
第3 原告主張の決定取消事由の要点
決定の理由中,「Ⅰ.手続の経緯」,「Ⅱ.訂正の適否について」のうち,
「1.訂正請求書の補正の適否について」,「2.訂正明細書の請求項1及び2に
係る発明」,「3.引用刊行物記載の発明」は認める。「4.対比・判断」の「(1)
訂正発明1について」のうち,10頁19行から12頁14行まで([一致点]及
び[相違点]に関する部分)は認め,12頁15行から14頁9行まで([相違
点(1)について]及び[相違点(2)について]の部分)は争う。「(2)訂正発明2につ
いて」及び「5.むすび」は争う。「Ⅲ 特許異議申立てについての判断」のう
ち,「1.本件発明」は認める。「2.引用刊行物記載の発明」のうち,16頁1
2行から18行までは認め,16頁19行から17頁8行までは争う。「3.対
比・判断」の「(1)本件発明1について」のうち,17頁11行から14行の「一致
するものと認められる。」までは認め,14行の「そして,」から19行までは争
う。「(2)本件発明2について」のうち,18頁2行から9行までは認め,18頁1
0行から19頁11行までは争う。「4.むすび」は争う。
決定は,引用発明と訂正発明1,2との相違点についての判断を誤り,か
つ,訂正発明1,2の顕著な作用効果を看過したため,訂正発明1,2の容易想到
性についての判断を誤った結果,本件訂正を不適法とし(取消事由1),また,本
件発明1,2と引用発明との相違点についての判断を誤り,かつ,本件発明1,2
の顕著な作用効果を看過した結果,本件発明1,2の容易想到性についての判断を
誤ったものであって(取消事由2),これらの誤りが決定の結論に影響を及ぼすこ
とは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(訂正発明1,2の容易想到性についての判断の誤り)
(1) 訂正発明1について
① 訂正発明1と引用発明との相違点(1)についての判断の誤り
ア 決定は,訂正発明1では「バルブボディに形成した油溝や溝部側へ露
出しないようにバルブボディの合わせ面に応じたパターンで,パターン印刷によ
り,シール層を形成した」のに対し,引用発明では,シール層がセパレートプレー
トのほぼ全面に,油溝の部分にも露出した状態でコーティングして形成されてい
る,という相違点(1)について,刊行物2又は3にもあるように,「シール層を形成
するのにスクリーン印刷(パターン印刷)を用いることは周知の技術的事項(例え
ば,上記刊行物2,3参照)であるから,セパレートプレートにシール層をコーテ
ィングして形成する際に,この周知技術を引用発明に適用し,上記相違点(1)(判決
注・「1」とあるのは「(1)」の誤記と認める。)に摘記したように構成すること
は,当業者が容易に想到できた技術の転用というべきものである。」(決定書12
頁17行~13頁4行)としたが,この判断は誤りである。
自動変速機のコントロールユニットにおけるセパレートプレートは,
隣接するバルブボディ間を仕切ることにより,バルブボディに形成された油溝や溝
部の開口部を液密状に被覆して,該油溝や溝部とセパレートプレート表面との間で
油圧回路を形成するためのものであり,従来は,引用発明のように,セパレートプ
レートに形成された貫通孔の部分を除いて,バルブボディに形成された油溝や溝部
へも露出した状態で,セパレートプレートのほぼ全面にシール層が形成されてい
た。
訂正発明1は,このセパレートプレートのシール構造を,バルブボデ
ィに形成した油溝や溝部の周縁の形状に応じたパターンで印刷するものである。
これに対し,刊行物2に記載されたものは,保持体1の孔2を囲むよ
うにスクリーン印刷によりシール材料の環状層3が形成されたガスケットで,ポー
トを有する二つの部材の間に使用されるものである。また,刊行物3に記載された
ものも,水及び油の流路25を囲むようにビード30をスクリーン印刷により形成
したガスケットである。刊行物2又は3記載のガスケットは,接続部品に形成され
た貫通孔の形状に応じて,その周囲にシール層を印刷するものであるから,そもそ
もガスケットに連結される接続部品のポートや開口部に露出するようにシール層を
形成すること自体不可能であり,また,密封性を保持するために必要な部分のみに
シール層を形成するものであるから,刊行物2又は3の記載中には,上記ポートや
開口部に露出しないようにシール層を形成するとの技術思想は,全く存在しない。
このように,訂正発明1及び引用発明のセパレートプレートは,バル
ブボディに形成された油溝や溝部との間で油圧回路を形成するための仕切板である
のに対し,刊行物2又は3のガスケット製品は,単に接合部を構成する二つの部材
の間に装着されて,流体の通路となる貫通孔の周囲をシールするものであるから,
両者はシール層を形成する目的及びその機能が全く異なる。したがって,仮に,刊
行物2又は3が開示するガスケット製品のシール層をスクリーン印刷により形成す
ることが周知技術であるといえたとしても,引用発明のセパレートプレートにシー
ル層をコーティングして形成する際に,この周知技術を引用発明に適用することが
当業者にとって容易に想到できた技術の転用であるとはいえない。
イ 決定は,「通常シールは,密封性を保持するために必要な部分のみに
適用すれば十分なこと,及びスクリーン印刷は複雑なパターンを容易に印刷できる
シール層形成手段であることは当業者にとって自明の事項であって,スクリーン印
刷によれば形成されるシール層が密封対象である流体に露出しないようすることも
容易(例えば,刊行物2又は3参照)であることから,バルブボディに形成した油
溝や溝部側へ露出しないようにシール層を形成することも,当業者が適宜なし得た
設計事項にすぎない。」(決定書13頁5行~15行)としたが,この判断は誤り
である。
「シールは,密封性を保持するために必要な部分のみに適用すれば十
分」であることは,決定のいうとおりである。しかし,そのようにいうことは,単
に,シールの機能を抽象的に表現するだけの意味しかなく,具体的な問題の解決と
の関係では意味をなさない。現実には,技術分野毎に異なる密封性の要求に応じ
て,シールをどこに,どのように設けるかが重要であり,発明が成立するのは,こ
の点においてである。各技術分野において,公知のシール構造とは異なる部分にシ
ール層を設けることにより,従来のシール構造に較べて優れた効果を奏するに至っ
た場合には,そのような部分にシール層を設けた点に着目して、それを根拠に,そ
のようなシール構造の発明に対し,特許が与えられるべきである。
コントロールバルブユニットのセパレートプレートでは,現に,従来
は,引用発明のようにバルブボディに形成された油溝部分を含むほぼ全面にコーテ
ィングによりシール層が形成されてきていた。決定がいうように,シールはもとも
と密封性を保持するために必要な部分のみに適用すれば十分なものであること自体
は,当業者に自明であるとしても,そのことから,直ちに,コントロールバルブユ
ニットのセパレートプレートにおけるシール層を,バルブボディに形成した油溝や
溝部側へ露出しないように形成すれば十分なことが,当業者にとって自明なことで
あったことになるわけではないことは,このことからみても明らかというべきであ
る。
セパレートプレートのシール層をバルブボディの油溝や溝部側へ露出
しないように形成することについては,刊行物2,3のいずれにも,記載されてお
らず,示唆もされていない。刊行物1にも,シール層を油溝や溝部側へ露出しない
ように形成することの記載も示唆もない(引用発明のセパレートプレートは,コー
ティングによりその全表面にシール層が形成されているものである。)。本件の全
文訂正明細書(甲第3号証)中に引用された特開昭64-74346号公報(甲第
10号証)及び特開平4-219564号公報(甲第11号証)には,アキュムレ
ータのスプリング,ボールチェック弁のボール等がセパレートプレートに当接する
部分や,貫通孔の周囲といった,セパレートプレートに形成された貫通孔以外に
も,その一部の表面にシールを設けないことについての記載はあるものの,バルブ
ボディの油溝や溝部側へ露出しないようにシール層を設ける点については全く記載
も示唆もない。このように,訂正発明1におけるセパレートプレートのシール層を
バルブボディに形成した油溝や溝部側へ露出しないようにシール層を形成した点に
ついては,刊行物1ないし3及びその他の公知文献のいずれにも,記載されておら
ず,示唆もされていない。
ウ 本件出願の出願日である平成5年8月31日以前には,バルブボディ
に形成した油溝や溝部側へ露出しないようにシール層を形成したセパレートプレー
トのシール構造に関する出願は皆無であり,その公開日である平成7年3月17日
以降には,これを追うように特開平9-210209号公報(平成8年1月31日
出願)(甲第13号証)及び特開平9-236171号公報(平成8年2月29日
出願)(甲第14号証)の各発明が相次いで出願されている。バルブボディに形成
した油溝や溝部側へ露出しないようにシール層を形成することが,当業者が適宜な
し得た設計事項でないことは,この事実からも明らかである。
② 訂正発明1と引用発明との相違点(2)についての判断の誤り
決定は,訂正発明1では,「シール層の厚さを1/100~5/100
㎜」としたのに対して,引用発明では厚さに関して不明である,との相違点(2)につ
いて,「一般にシール層の厚さは,シールすべき対象に応じて,例えば,シール対
象に求められる密封性の度合い,シール材の種類,密封される流体の温度又は圧力
条件若しくは種類(組成)等に応じて,適宜設定することができるものと認められ
るから,訂正発明1のようにシール層の厚さを1/100~5/100㎜に設定す
ることは,引用発明1に刊行物2又は3に記載のような周知のシール層形成手段を
適用するに際し,当業者が適宜設定し得た数値範囲の限定に過ぎないものであ
る。」(決定書13頁20行~14頁9行)としたが,この判断は誤りである。
刊行物2,3記載のガスケット製品は,単に2つの部品間を液密状又は
気密状に接続するものであるから,孔の周囲に形成されるシール層を厚くして両部
品をできるだけ大きな締結力で連結するほど高い密封性能が得られる。例えば,刊
行物3のシール層の厚みは,同刊行物の,「ビードの高さが代表的に約0.004
~0.010インチ(約0.1~0.25㎜)になるように付着された。」(甲6
号証訳文1頁15行~16行)との記載からも分かるように,比較的厚めに設定さ
れており,その理由は,高い密封性能を得るためである。
これに対し,コントロールバルブユニットでは,シール層の厚みが厚す
ぎると,複数のバルブボディ間にセパレートプレートを装着し,ボルトで締結して
組み立てた際に,バルブユニットに歪み(変形)が発生し,各種バルブの可動部に
動作不良が生じる問題があるため,刊行物2,3記載のガスケットのように,シー
ル層の厚みを厚くすることは好ましくない。他方,セパレートプレートの平面性
(歪み,凹凸,キズなど)を補正するためには,その表面に形成されるシール層の
厚みは,少なくとも5/1000㎜,好ましくは1/100㎜は必要である。シー
ル層のこのような厚みについての問題は,コントロールバルブのセパレートプレー
トに特有のものである。したがって,当業者が,ガスケットについての発明である
刊行物2,3の記載に基づいて,訂正発明1においてセパレートプレートのシール
層の厚さを1/100~5/100㎜に設定することが容易であったということは
できない。
③ 作用効果について
従来においては,セパレートプレートのシール層が油溝や溝部側へ露出
していても,シール層の耐久性が問題になることはなかったが,近年広く普及しつ
つある無段階変速機では,変速機の作動油に使用する油圧が通常の自動変速機より
も高圧(約2倍)であるため,全面にコーティング層を形成したセパレートプレー
トでは,コーティング層の油圧回路に面する部分が剥離するなどの問題が発生す
る。訂正発明1は,上記の構成を採用することにより,作動油の油圧が高い無段階
変速機においても,シール層が剥離することを確実に防止するとともに,パターン
印刷によりシール層を形成するため,従来必要であったシール層の不要な部分にマ
スキング処理をするなどの工程を省略できるという製造工程の簡略化と短時間化と
いった顕著な作用効果を奏する。これらの作用効果は,当業者といえども,刊行物
1~3の発明や特開昭64-74346号公報(甲第10号証)及び特開平4-2
19564号公報(甲第11号証)に記載されたもののような従来のセパレートプ
レートからは,全く予測できないものである。
(2) 訂正発明2について
訂正発明2は,訂正発明1におけるシール層を形成する手段としての「パ
ターン印刷」を,「凹版印刷又はスクリーン印刷」に限定するものにすぎない。し
たがって,訂正発明1が上記のように引用発明及び刊行物2,3に記載された周知
技術から容易に想到できたとはいえないものである以上,訂正発明2も容易に想到
できたとはいえないものであることが明らかである。
2 取消事由2(本件発明1,2の容易想到性についての判断の誤り)
(1) 本件発明1について
本件発明1と引用発明とは,訂正発明1と引用発明との相違点(1)と同じ相
違点を有し,その余は一致する。そして,訂正発明1と引用発明との相違点(1)に関
して主張したように,引用発明には,シール層をバルブボディに形成した油溝や溝
部側へ露出しないように形成することについての記載も示唆もない。刊行物2,3
に記載されたガスケットによって接続される部品には,バルブボディに形成した油
溝や溝部に相当する構成はない。本件発明1の作用効果についても,訂正発明1の
作用効果についてと同様に,引用発明及び刊行物2,3に記載された周知技術から
当業者が予測することは不可能である。
したがって,本件発明1を,刊行物1記載の発明及び刊行物2,3記載の
周知技術に基づいて,当業者が容易に想到できたものとすることはできない。
(2) 本件発明2について
本件発明2は,本件発明1おけるシール層を形成する手段としての「パタ
ーン印刷」を更に「凹版印刷又はスクリーン印刷」に限定し,シール層の厚さを
「5/1000㎜以上」としたものである。本件発明1を,引用発明及び刊行物
2,3記載の周知技術から容易に想到できたものとすることができないことは上記
のとおりであるから,本件発明2も,引用発明及び刊行物2又は3記載の技術から
容易に想到できたものとすることができないことは,明らかである。
第4 被告の反論
1 取消事由1(訂正発明1,2の容易想到性についての判断の誤り)について
(1) 訂正発明1について
① 訂正発明1と引用発明との相違点(1)について
ア 訂正発明1の自動変速機のコントロールユニットにおけるセパレート
プレートに施されたシール層や弾性体の機能は,セパレートプレートとバルブボデ
ィの間をシール層を介して液密状又は気密状にシールするものである。刊行物2,
3記載のガスケット製品に施された封止材料は,一般のガスケットの機能と同様
に,接合部を構成する二つの部材の間にこれを装着して,二つの部材の間からの漏
れを防止しようとするものであるから,両者は,シールを形成する目的,機能にお
いて異なるものではない。
刊行物2,3には,訂正発明1と同様な,スクリーン印刷(パターン
印刷)により必要な箇所のみにシール層を形成したガスケットの構成が記載されて
いる。したがって,引用発明の自動変速機のコントロールユニットにおけるセパレ
ートプレートに施されたシール部に,刊行物2,3に記載されているようなシール
層を採用することに,格別の困難性はない。
イ シール層の機能は,セパレートプレートとバルブボディとの間をシー
ル層を介して液密状又は気密状にシールすることにあるから,シール層は,もとも
と,セパレートプレートとバルブボディとの接触部にのみ施されていれば足りるも
のであり,シール層の機能が不要な箇所にシール層を施すことは,元来不要なこと
である。引用発明において,シール層が必要な部分を超えて全体に施されていると
の事実は,シール層を全体に施しても不都合がない場合には,その方が経済的に有
利であるならば,セパレートプレートの全面にシール層に相当する弾性体を形成す
ることにする,という選択があることを示すだけの意味しかない。
特開平4-219564号公報(甲第11号証)には,経済的に有利
であるとの理由により,シールが不要な箇所にもシール層が施されたものにおい
て,不要なシール層によって不都合が生じる場合に,一部のシール層を取り除くこ
とが開示されている。
特開昭64-74346号公報(甲第10号証)には,セパレートプ
レートに形成された貫通孔以外のアキュムレータのスプリング又はボールチェック
弁のボール等をセパレートプレートに当接させる部分にシール層を形成しないこ
と,ガスケットに亀裂が生じると,ガスケットの破片が油圧回路内に入り込みバル
ブスティックを生じ故障につながることが開示されている。
これらの技術事項が公知である以上,自動変速機のコントロールユニ
ットにおいて,バルブボディ内を流動する作動油にセパレートプレートが曝されて
いることからみて,シール部材の破損の要因の一つが作動油の作用にあることは,
当業者であればたやすく理解できる。そうすると,シール部材が破損して作動油内
に混入し,作動不良が起こることを防止するために,シール部材と作動油の接触を
避けるようにすればよいこと,すなわち,バルブボディの油溝や溝部側へ露出しな
いようにシール部材を形成することは,当業者であれば容易に考えつくことであ
る。
② 訂正発明1と引用発明との相違点(2)について
本件特許の願書に添付された明細書及び本件訂正に係る明細書のいずれ
にも,訂正発明1においてシール層の厚さを1/100~5/100㎜に設定した
ことの理由については,「十分なシール性を容易に確保出来る」と記載されている
だけで,そのほかに特段の記載はない。シール技術において,シール性の十分な確
保は,当業者が当然に考慮すべき事項の一つにすぎない。訂正発明1においてシー
ル層の厚さを1/100~5/100㎜に数値限定したことは,密封しようとする
箇所にシールを適用する場合に,当業者が通常行うべき数値範囲において好適な範
囲を選択したこと以上の意味を持ち得ない。
③ 作用効果について
原告が主張する作用効果は,いずれも引用発明及び刊行物2,3記載の
技術的事項から当業者が予測できる範囲を超えるものではない。
(2) 訂正発明2について
訂正発明2におけるように,シール層を「凹版印刷又はスクリーン印刷に
より」形成することは,刊行物2,3に記載されているように,周知技術にすぎな
いから,訂正発明2は,訂正発明1と同様に,引用発明及び刊行物2,3記載の周
知技術から,容易に想到できたものである。
2 取消事由2(本件発明1,2の容易想到性についての判断の誤り)について
(1) 本件発明1について
本件発明1に係る構成は,すべて訂正発明1に含まれるものであるから,
訂正発明1についてと同様の理由により,当業者が容易に想到できたものである。
(2) 本件発明2について
本件発明2に係る構成は,すべて訂正発明2に含まれるものであるから,
訂正発明2についてと同様の理由により,当業者が容易に想到できたものである。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(訂正発明1,2の容易想到性についての判断の誤り)について
(1) 訂正発明1について
① 訂正発明1と引用発明との相違点(1)について
ア 原告は,自動変速機のコントロールユニットにおけるセパレートプレ
ートがバルブボディに形成された油溝や溝部との間で油圧回路を形成するものであ
るのに対し,刊行物2,3のガスケットは,接続部品に形成された貫通孔の周囲を
シールするものであって,両者はシール層を形成する目的及びその機能が異なるか
ら,引用発明のセパレートプレートに,刊行物2,3記載のガスケットのシール層
をスクリーン印刷により形成する周知技術を適用することが当業者にとって容易に
想到できたことであるとはいえない旨主張する。
甲第5,第6号証によれば,刊行物2,3記載のガスケットは,接続
部品に形成された貫通孔の周囲をシールするものであることが認められる。そし
て,甲第5ないし第9号証によれば,いずれも本件特許出願の数年以上前に公開さ
れた特許公報である刊行物2ないし6には,ガスケットのシール層をスクリーン印
刷により形成する技術が記載されていることが認められ,この事実によれば,ガス
ケットのシール層をスクリーン印刷により形成することは,本件特許出願時に周知
の技術であったものということができる。
甲第4号証(刊行物1)(特に第1,第2図)によれば,引用発明の
芯体(「セパレートプレート」に相当する。)に形成された弾性体(「シール層」
に相当する。)は,芯体に開けられた貫通孔を除く芯体の全面に形成されており,
隣接する制御弁体(「バルブボディ」に相当する。)の油圧回路部分に露出してい
て,貫通孔の周囲のみをシールしているものではないことが認められるものの,芯
体と制御弁体とを接続した際に形成される油圧回路及び上記貫通孔を通過する流体
の漏洩を防止することを目的として,芯体と制御弁体との接続部分をシールする機
能を奏しているものと認められる。
上記認定によれば,引用発明の芯体(セパレートプレート)に形成さ
れた弾性体(シール層)と,刊行物2,3のガスケットとは,シール層を介して圧
接する二つの面の間から流体が漏れることを防止する目的及び機能においては,共
通することが明らかである。原告が主張する両者間の上記の相違は,結局,シール
層を設ける具体的な物や装着する場所の相違に起因するものにすぎないものという
べきである。
したがって,目的,機能の相違を根拠に,引用発明に上記周知技術を
適用することが想到容易でないとする原告の主張は,その前提を欠くものであっ
て,採用することができない。
イ 原告は,刊行物2,3に記載されたガスケットは,セパレートプレー
トのように2つの部品(バルブボディ)のそれぞれに形成された油溝や溝部を液密
状に被覆した状態で両者の間を仕切るものではなく,これらの刊行物には,セパレ
ートプレートのシール層をバルブボディの油溝や溝部側へ露出しないように形成す
ることについての記載も示唆もないこと,刊行物1にも,セパレートプレートのシ
ール層を油溝や溝部側へ露出しないように形成することの記載も示唆もないことか
ら,コントロールバルブユニットのセパレートプレートにおけるシール層をバルブ
ボディの油溝や溝部の側に露出しないように形成すれば十分であることが当業者に
とって自明なことであったとはいえない旨主張する。
確かに,原告主張のとおり,刊行物1ないし3には,セパレートプレ
ートのシール層をバルブボディの油溝等に露出しないように形成することについて
は,そのことを述べる記載はなく,そのことを示唆する記載もない。そうだとする
と,当業者にとって,たとい刊行物1に記載された引用発明に接したとしても,そ
れに刊行物2,3に記載されたような周知技術を適用してこれを改良しようとする
動機付けは当然には生まれてこないのであり,また,このような動機付けがないと
ころに,これらを組み合わせた発明が生まれることもあり得ないことになるのであ
る。この点,決定は,格別根拠を示すことなく,このような動機付けがあることを
当然の前提に,この前提の下での,両者の組合せの容易さを説示するのみであるか
ら,決定には,その限度で,理由不備の瑕疵があるものというべきである。
しかしながら,決定の上記瑕疵は、その結論に影響を及ぼすものでは
ないということができる。証拠(甲第11号証)及び弁論の全趣旨によれば,従来
使用されてきた通常の自動変速機では,変速機の作動油に使用する油圧が比較的低
圧であるため,セパレートプレートの貫通孔を除く全面にコーティング層を形成す
ることによって格別の不都合が生じていなかったのに対し,後に登場した無段階変
速機では,変速機の作動油に使用する油圧が高圧(従前のものの場合の約2倍)で
あるために,セパレートプレートの貫通孔を除く全面にコーティング層を形成した
のでは,コーティング層のバルブボディの油溝等に露出した部分が剥離して、破片
が発生し,油圧回路の作動不良を引き起こすなどの問題が発生すること,この問題
の発生とその原因を認識することは,当業者にとって,本願出願前容易になし得る
事項であったこと,が認められ,この状況の下では,シール層をバルブボディの油
溝や溝部の側に露出しないように形成するという,従来は存在しなかった技術的必
要が,無段階変速機という新しい技術の登場に伴って生まれてきたということがで
きることが明らかであり,この必要は,上記動機付けとして十分なものということ
ができるからである。
そして,当業者が,セパレートプレートのシール層の,バルブボディ
に形成された油溝や溝部側へ露出した部分の剥離により破片が発生することによる
油圧回路の作動不良を防止するという上記課題を認識した場合に,セパレートプレ
ートのシール層を油溝や溝部側へ露出することのないように形成すれば上記課題の
解決となることに想到することが容易であったことは明らかであり,上記のとお
り,刊行物2,3に記載された周知技術のガスケットと,セパレートプレートとが
シール部材として目的,機能を共通にすることに照らせば,上記課題の解決手段と
して,周知技術であるスクリーン印刷によるシール層形成手段を採用して,セパレ
ートプレートに所望の形状のシール層を形成することは,容易に想到できたものと
いうべきである。
ウ 原告は,本件特許出願が公開された後に,バルブボディに形成した油
溝や溝部側へ露出しないようにシール層を形成したセパレートプレートのシール構
造に関する発明が相次いで出願されている旨主張する。しかしながら,これらの各
出願の事実は,上記容易想到性の判断を左右するものではなく,原告の主張を採用
することはできない。
② 訂正発明1と引用発明との相違点(2)について
原告は,刊行物2,3に記載されたガスケットでは,比較的厚めにシー
ル層を形成しているのに対し,コントロールバルブユニットにおいては,シール層
の厚みが厚すぎるとバルブユニットに歪(変形)が発生して,各種バルブの可動部
に動作不良を生じるおそれがあるという問題点があること,セパレートプレートの
平面性を補正するためには,シール層の厚みは少なくとも5/1000㎜,好まし
くは1/100㎜は必要であることから,訂正発明では,シール層の厚さを1/1
00~5/100㎜に数値限定したものである旨主張する。
しかしながら,シール層の厚みが厚すぎるとバルブユニットに歪が発生
する問題が生じ,一方,その厚みが薄すぎるとシール機能に支障が発生する問題が
あること,シール層の厚みは,シールする箇所と締結力に応じて,適宜決定される
べきものであることは,当業者の技術常識であるというべきである。
甲第3号証の全文訂正明細書にも,シール層の厚みの数値限定について
は,「シール層の厚さを1/100~5/100㎜に設定するので十分なシール性
を容易に確保出来る」(段落【0019】等参照)との記載があるのみであり,他
に,シール層の厚みを1/100~5/100㎜に数値限定したことにつき,上記
技術常識にとどまらない格別の技術的意義があることを認めるに足りる証拠もな
い。したがって,上記数値限定は,当業者の通常の設計事項の範囲に属するという
べきものであって,当業者であれば格別の困難を伴うことなく想到できたものと認
められる。
原告の主張は採用することができない。
③ 作用効果について
原告は,訂正発明1は,作動油の油圧が高い無段階変速機におけるシー
ル層の剥離の確実な防止,製造工程の簡略化と短時間化といった,従来技術からは
予想できない顕著な作用効果を奏する旨主張する。しかしながら,これらの作用効
果は,訂正発明1の構成を採用したことから生ずる自明の結果にすぎないから,こ
れをもって,訂正発明1の権利性を根拠づけることはできない。
原告の主張を採用することはできない。
(2) 訂正発明2について
訂正発明2は,訂正発明1におけるシール層を形成する手段としての「パ
ターン印刷」を、「凹版印刷又はスクリーン印刷」に限定しただけのものであるこ
とは,当事者間に争いがない。そして,刊行物2,3のいずれにも,前記認定のと
おり,スクリーン印刷によるパターン印刷が開示されている以上,訂正発明2が,
引用発明及び刊行物2,3に記載された技術から当業者が容易に想到できたもので
あることは,上記(1)で説示したところから,明らかである。
2 取消事由2(本件発明1,2の容易想到性についての判断の誤り)について
(1) 本件発明1について
本件発明1と引用発明とは,訂正発明1と引用発明との相違点(1)と同じ相
違点を有し,その余は一致するものであることは当事者間に争いがない。そうする
と,前記のとおり,訂正発明1の容易想到性が認められる以上,本件発明1も容易
に想到できた発明というべきである。
(2) 本件発明2について
本件発明2は,本件発明1におけるシール層を形成する手段として「パタ
ーン印刷」を,「凹版印刷又はスクリーン印刷」に限定し,シール層の厚さを「5
/1000㎜以上」としたものであることは当事者間に争いがなく,訂正発明2と
は,シール層の厚さの数値の点を除き,同じ構成である。このような数値限定に格
別の技術的意義を認めることができないことは,前記1(1)②で説示したところと同
じであり,前記のとおり,訂正発明2の容易想到性が認められる以上,本件発明2
も当業者が容易に想到できた発明というべきである。
3 以上によれば,原告主張の取消事由は,いずれも理由がなく,その他決定に
は,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
第4 結論
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政
事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
       裁判長裁判官  山   下   和   明
        
          裁判官   設   樂   隆   一
裁判官    阿   部   正   幸

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