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平成21年3月25日判決言渡
平成20年(行ケ)第10261号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成21年2月9日
判決
原告X
訴訟代理人弁理士岡田英彦
同犬飼達彦
同福田鉄男
同太田直矢
同服部光芳
同伊藤寿浩
同神谷十三和
被告特許庁長官
指定代理人塚中哲雄
同北村明弘
同穴吹智子
同小林和男
主文
1特許庁が不服2004−9407号事件について平成20年3月4日
にした審決を取り消す。
2訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2当事者間に争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「上気道状態を治療するためのキシリトール調合物」
とする発明について,平成11年3月24日(パリ条約による優先権主張外国
庁受理1998年3月24日(US)アメリカ合衆国1998年12月2
3日(US)アメリカ合衆国)を国際出願日として特許出願(国際出願番号
PCT/US99/06436。日本国内出願番号特願2000−5374
27)をしたが,平成16年2月3日付けの拒絶査定を受け,同年5月6日,
不服の審判(不服2004−9407号事件)を請求し,同年12月28日に
手続補正をした。
特許庁は,平成20年3月4日,「本件審判の請求は,成り立たない。」と
の審決(以下「審決」という。)をし,同謄本は平成20年3月18日に原告
に送達された。
2特許請求の範囲
平成19年12月28日付け手続補正書(甲8)により補正された後の明細
書(以下「本願明細書」という。)における特許請求の範囲の請求項1の記載
は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本願発明」とい
う。)。
「【請求項1】鼻の鬱血,再発性副鼻洞感染,又はバクテリアに伴う鼻の感
染又は炎症を治療又は防止するために,それを必要としている人に対して鼻内
へ投与するための鼻洗浄調合物であって,
キシリトールを水溶液の状態で含有しており,キシリトールが水溶液100
cc当たり1から20グラムの割合で含有されている調合物。」
3審決の理由
別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,国際公開第98/
03165号パンフレット(以下「引用例1」という。)及び特表平6−50
7404号公報(以下「引用例2」という。)に記載された発明に基いて,当
業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定に
より特許を受けることができないものである,というものである。
上記判断に際し,審決が認定した引用例1記載の発明(以下「引用発明」と
いう。)の内容並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のと
おりである。
(1)引用発明の内容
引用発明は,「水溶液1mlあたり400mgのキシリトールを含有す
る,S.pneumoniaeによる上気道感染を治療するための経口投与用溶液製剤」
である(審決書5頁1行∼3行参照)。
(2)一致点
再発性副鼻洞感染,又はバクテリアに伴う鼻の感染を治療又は防止するた
めに,それを必要としている人に対して投与するためのキシリトールを水溶
液の状態で含有している調合物である点(審決書5頁10行∼13行参照)
(3)相違点
相違点1
本願発明が鼻内へ投与するための鼻洗浄調合物であるのに対し,引用発
明は経口投与用溶液製剤である点(審決書5頁15行∼16行参照)
相違点2
本願発明がキシリトールが水溶液100cc当たり1から20グラムの割
合で含有されているのに対し,引用発明は水溶液1mlあたり400mg
のキシリトールを含有する点(審決書5頁18行∼20行参照)
第3当事者の主張
1審決の取消事由に関する原告の主張
審決には,以下のとおり,(1)相違点1に係る容易想到性判断の誤り(取消
事由1),(2)相違点2に係る容易想到性判断の誤り(取消事由2),(3)本願
発明の効果に係る判断の誤り(取消事由3)がある。
(1)取消事由1(相違点1に係る容易想到性判断の誤り)
審決は,相違点1について,「引用例2には,感染性の呼吸器疾患の治療
のために(摘記事項(E)),抗感染剤を局所投与すること(摘記事項
(F)),全身投与より低い投与量で感染部位である鼻に投与できることが
記載されている(摘記事項(G))。」(審決書5頁23行∼26行)こと
を前提として,「よって,引用例1のキシリトールの投与により上気道感染
を処置する際に,経口投与に代えて,全身投与より低い投与量で投与し得る
感染部位への投与,すなわち,鼻への投与を採用し,鼻内へ投与するための
鼻洗浄調合物とすることは当業者が容易に想到し得ることである。」(審決
書5頁27行∼30行)と認定した。
しかし,審決の上記認定は,以下のとおり誤りである。
ア引用例2の記載事項の認定の誤り
引用例2(甲2)に記載された発明(以下「引用発明2」という。)
は,呼吸性ウイルス等により引き起こされる「気道下部の疾患」,具体的
には肺の疾患,肺胞の疾患(間質性肺炎),及び細気管支(細気管支炎)
の治療に関するものであり,その感染部位は「気道下部」,すなわち
「肺」や「気管支」である(甲2,2頁右下欄6行∼23行等)。当該引
用発明2における感染部位が「気道下部」である点は,審決書の摘記事項
(F)においても明確に認定しているにもかかわらず,審決の対比判断に
おいて感染部位を「鼻」と認定することは誤りであり,違法である。
イ引用発明と引用発明2との組合せの誤り
引用発明2は,「気道下部疾患」つまり「肺や気管支にかかわる疾患」
の処置に対応するものである。引用発明2では,当該「肺や気管支」へ薬
剤を直接塗布・噴霧等することはできないので,患部たる肺等へ薬剤を直
接局所投与するために,薬剤をエアロゾルの形態で吸引させるものとして
いる(甲2,6頁左下欄2行∼17行)。そして,「鼻への投与」が好ま
しいとしているが,当該「鼻への投与」は,単に薬剤を吸引して肺等へ到
達させるための‘入口’にすぎない。また,鼻から薬剤を吸引して肺等へ
到達させるためには,液体が肺へ入ろうとすると咳き込み,吸引できない
ため,薬剤を水溶液の状態で含有させることは不可能であり,媒体を気体
の「エアロゾル」とすることが必須である。
これに対し,本願発明では,薬剤は患部である鼻へ直接投与するもので
あって,これを前提として,水溶液を鼻への投与に適した状態としてい
る。本願発明において,エアロゾルとして,吸気しながら鼻へ投与する
と,有効成分(キシリトール)が気道下部まで到達して無駄が生じる。水
溶液の状態として,吸気しながら鼻に投与すると,患者は咳き込むため,
有効成分が無駄に気道下部まで到達することを避けることができる。引用
発明2が,薬剤を「エアロゾル粒子の形態」としていることについては,
審決書の摘記事項(G)においても明確に認定している。
引用発明2では,感染部位が肺等の気道下部であり,薬剤としてのコル
チコステロイド等を効率良く局所投与するにはエアロゾルによる吸引しか
あり得ない。したがって,当業者が,感染部位である上気道に対してキシ
リトールを経口投与する引用発明と引用発明2を組み合わせることは有り
得ない。特に,本願発明における当業者としては医療・医薬関係者が想定
されるところ,当該分野においては薬剤,感染部位,及び投与形態等に応
じて処方が異なり,根本的に異なる発明を安易に参考としても副作用の懸
念の方が大きいことは常識であるから,当業者が引用発明と引用発明2と
を組み合わせることは有り得ない。
ウ引用発明と引用発明2の組合せの困難性に関する誤り
仮に引用発明と引用発明2とを組み合わせたとしても,当該引用発明及
び引用発明2に「鼻の感染等を治療等するために,キシリトールを水溶液
の状態で含有させた調合物を鼻に直接投与する」ことが記載されていない
以上,当業者が相違点1に係る構成を想到することはできない。
したがって,経口投与に代えて鼻内へ投与するための鼻洗浄調合物とす
ることについて,当業者が容易に想到し得ることであるとした審決の前記
認定は誤りである。
(2)取消事由2(相違点2に係る容易想到性判断の誤り)
ア鼻腔内投与に適したキシリトールの有効量の決定の容易性の誤り
審決は,相違点2について,「キシリトールが水溶液100cc当たり
20グラムの割合で含有されている点は,鼻内投与という投与形態からお
のずと定まる1回の投与量と1日の投与量に基づいて当業者が適宜決定し
得る含有割合である。」(審決書5頁下から5行∼3行)と認定した。
しかし,審決の上記認定には,以下のとおり誤りがある。すなわち,あ
る投与方法に対する組成物の有効量が知られ,また,その投与方法自体が
周知の方法であった場合においても,別の投与方法に対するその組成物の
有効量を求めることは,容易とはいえない。一般的に医薬組成物の有効投
与量はその組成物の種類及び投与方法によって決まるものであり,別の投
与方法に対する組成物の有効投与量の決定には,副作用の問題も含めて多
くの調査が必要とされるだけでなく,分析能力や評価能力も要求されるか
らである。
したがって,たとえ鼻腔内投与が周知の投与方法であったとしても,鼻
腔内投与に適したキシリトールの有効量(含有量)を決定することは,当
業者が適宜決定し得るものではない。
イ審決は,「引用例1の水溶液1mlあたり400mgのキシリトール
は,水溶液100ccあたりに換算すれば40gのキシリトールであるこ
とから,キシリトールが水溶液100cc当たり1から20グラムの割合
で含有される・・・水溶液とすることは,当業者にとって格別の創意を要
することではない。」(審決書5頁下から2行∼6頁3行)と認定した。
しかし,審決の上記認定は,引用発明の前提を看過した点において,誤
りがある。すなわち,引用発明における経口投与用溶液製剤の「水溶液1
mlあたり400mgのキシリトールを含有する」というのは,「経口投
与」を前提とし,かつ1日当たりの総投与量を8.4gと想定した含有量
である。これに対し,本願発明は,水溶液の状態で鼻へ直接投与する場合
を前提として,好適量を「水溶液100cc当たり1∼20g」とするも
のであり,1日当たりの総投与量も,引用発明よりも‘2オーダー少ない
70mg’を目安としている(甲3の段落【0012】参照)。
以上のとおり,引用発明におけるキシリトール含有量と本願発明におけ
るキシリトール含有量とは,その前提とする投与態様が「経口投与」と
「鼻への直接投与」とで異なり,直接に対比することはできるない。しか
も,審決において「引用例2には・・・抗感染剤を局所投与すること(摘
記事項(F)),全身投与より低い投与量で感染部位である鼻に投与でき
ることが記載されている(摘記事項(G))。」(審決書5頁23行∼2
6行)と認定しているにもかかわらず,キシリトール含有量の対比におい
ては当該認定を無視して判断しており,矛盾がある。したがって,引用例
1に動機付けとなる記載がない以上,当業者が本願発明におけるキシリト
ールの含有量とするには格別の創意を要する。
(3)取消事由3(本願発明の効果に係る判断の誤り)
ア審決は,本願発明の効果について,「鼻内投与においては,医薬の1日
当たりの投与量は,経口投与の場合に比べて少ない量で済むことは,引用
例2の記載(摘記事項(G))から当業者が予測し得ることである。」
(審決書6頁13行∼15行)と認定した。
しかし,引用例2には「局所投与であれば全身投与よりも少ない量で済
む」ことが記載されているのみであって,具体的にどの程度少ない量で済
むかまでは記載されていない。当業者であっても,引用例2の記載から本
願発明のように「2から3オーダー少ない量で済む」という効果を容易に
認識することができないというべきであり,これに基づいて好適なキシリ
トール含有量を想起することはできない。
イまた,審決は,「なお,2から3オーダー少ない量で済むことについて
は,本願明細書にも審判請求書にも,鼻内投与によりキシリトールがその
ような少ない量で良好な結果が得られることが客観的に確認したことを示
す記載はない。」(審決書6頁16行∼18行)と判断し,原告が審判請
求事件において提出した添付書類1及び同添付書面に基づき回答書におい
て主張した,「この対比例では・・・,少なくとも2オーダー少ない投与
量によって,経口投与よりも良い抑制効果が得られたことは明らかであ
る。したがって,同一条件下で試験を行えば,ほぼ3オーダー少ない量の
キシリトールを鼻内投与することで,経口投与と同程度の治療効果を奏す
ることができると考えられる。」との記載(甲10,3頁14行∼19
行)を踏まえ,「添付書類に記載のキシリトールの鼻内投与の試験におい
てその主張の根拠となる投与量の記載がない以上,斯かる回答書及び添付
書類をみても本願発明により当業者の予測を超える格別の効果が得られる
と評価することができない。」(審決書6頁24行∼27行)と認定し
た。
しかし,前記のとおりキシリトール含有量に基づく効果を論ずるまでも
なく,当該引用発明及び引用発明2から当業者が本願発明を容易に発明で
きるものでなく,かつ鼻内投与によりキシリトールが少ない量で良好な結
果を得ることができること自体が明らかである以上,本願発明の効果を客
観的に確認したことを示す記載の有無は重要事項ではない。
2被告の反論
(1)取消事由1(相違点1に係る容易想到性判断の誤り)に対し
ア引用例2の記載事項の認定の誤りに対し
原告は,引用発明2は感染部位を「気道下部」(肺や細気管支)とする
疾患の治療に関するものであるから,感染部位を「鼻」とする疾患の治療
等に関する本願発明の構成に至ることは容易とはいえないと主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下のとおり理由がない。
(ア)引用例2の記載事項
引用例2(甲2)には,次の記載がある。
(E)「本発明のさらなる目的は,現在まで利用できる治療の適用様式
(modality)よりも,より効果的で,簡単でそして即効性の,・・・感
染性の呼吸性疾患の治療方法を提供することである。」(甲2,4頁右
上欄10行∼14行)
(F)「本発明の1つの態様は,感染性剤により引き起こされた気道下
部の疾患を受けやすいか又は患っている宿主における気道下部疾患の治
療方法を提供することである。・・・局所的に投与することを含んで成
る。」(甲2,4頁左下欄11行∼16行)
(G)「上記の抗感染剤は,局所的に,経口的に,静脈中に,又は腹腔
内に投与されることができる。局所的投与が好ましい。治療薬の局所的
投与の第一の利点は,より高い濃度の薬が,全身的投与により必要なも
のよりも低い,患者に対する全投与量により,冒された組織にデリバリ
−されることができ,これにより,高い投与量の薬の,例えば,コルチ
コステロイドの全身的投与の,既知の副作用を回避するということであ
る。好ましい態様においては,上記の抗炎症剤及び上記の抗感染剤は,
上記宿主の気道下部に直接的に投与される。上記の抗炎症剤及び/又は
上記の抗感染剤は,鼻の中に投与されることができる。上記の抗炎症剤
及び/又は上記の抗感染剤は,エアロゾル粒子の形態で鼻の中に投与さ
れることができる。」(甲2,4頁左下欄26行∼右下欄10行)
審決で摘記した上記の引用例2の記載は,「感染性の呼吸性疾患の治
療方法」に関するものであり,そして,「本発明の1つの態様は,感染
性剤により引き起こされた・・・気道下部疾患の治療方法を提供する」
とするものである。(摘記事項(E),(F))
(イ)抗感染剤の鼻内投与等に関する周知性について
本願の優先日前に既に各種の感染性の呼吸性疾患に対する「抗感染
剤」について,その投与経路として経口投与とともに鼻内投与が選択で
きることや,鼻内投与の形態として,エアロゾルや鼻洗浄調合物が採用
されることは,たとえば,以下の文献に記載されているとおり,周知で
ある。
a特表平6−502413号公報(乙1)
プロアントシアニジンポリマーを有効成分とする呼吸器ウイルス感
染症の治療剤が記載されている(特許請求の範囲1項)。その投与方
法として経口投与,局所投与,吸入による投与が記載されている(7
頁右下欄4行∼6行)。また,鼻に局所適用すること,気道へのエー
ロゾル投与による吸入が記載されている(乙1,10頁左上欄下から
3行∼右上欄3行)
b特開昭62−84086号公報(乙2)
新規グアニン誘導体を有効成分とするウイルス感染症の治療剤が記
載されており(特許請求の範囲1項,4項),疾患として呼吸器ウイ
ルス感染症である肺炎が記載されている(4頁左下欄下から2行∼末
行)。その投与方法として経口投与,局所投与が記載されている(特
許請求の範囲7項)。また,エアロゾルまたは滴剤(例えば点眼剤ま
たは点鼻剤)が記載されている(乙2,5頁左下欄下から2行∼右下
欄2行)。
c国際公開第98/03177号パンフレット(乙3の1,翻訳文に
代わる特表2000−514461号公報・乙3の2)
ウリジン・トリホスフェート化合物を有効成分とする上気道呼吸感
染症である副鼻腔炎の治療剤が記載されている(国際公開パンフレッ
トの請求項1,1頁8行∼9行,公表公報の特許請求の範囲1項,6
頁8行)。そして,液体/液体懸濁液(患者が吸入する呼吸できる粒
子の鼻スプレー,液体製剤の鼻ドロップ,又は液体製剤の点眼剤のい
ずれか)による投与,液状懸濁液や丸剤形態による経口投与が記載さ
れている(国際公開パンフレットの9頁8行∼10頁2行,公表公報
の13頁18行∼14頁10行)。
d特開昭63−190826号公報(乙4)
キノロンカルボン酸系抗菌剤を主成分とする点鼻剤が記載されてい
る(特許請求の範囲1項)。そして,点鼻剤として,液剤,エアゾー
ル剤が記載されている(乙4,2頁右上欄3行∼7行)。
(ウ)引用例2の記載事項が上気道感染をも含むものと解されること
上記のとおり,本願の優先日前に既に各種の感染性の呼吸性疾患に対
する「抗感染剤」について,投与経路として経口投与とともに鼻内投与
を選択し得ることが周知であったことを勘案すれば,当業者であれば,
引用例2の前記摘記事項(G),すなわち「上記の抗感染剤は,局所的
に,経口的に,静脈中に,又は腹腔内に投与されることができる。局所
的投与が好ましい。治療薬の局所的投与の第一の利点は,より高い濃度
の薬が,全身的投与により必要なものよりも低い,患者に対する全投与
量により,冒された組織にデリバリ−されることができ,これにより,
高い投与量の薬の,例えば,コルチコステロイドの全身的投与の,既知
の副作用を回避するということである。」(甲2,4頁左下欄26行∼
右下欄5行)という記載は,「気道下部」,「上気道」を含めて感染性
の呼吸性疾患一般についていえるものであると理解するのが自然であ
る。
そこで,審決は,引用例2には,感染部位が鼻である場合を含めて,
感染性の呼吸性疾患の治療方法において,抗感染剤の投与は経口投与等
に比べ局所投与が好ましく,局所投与することにより,全身投与する場
合に比べ,低い全投与量で,感染部位により高い濃度の薬をデリバリー
できることが記載されていると認定し,「引用例2には,・・・感染部
位である鼻に投与できることが記載されている(摘記事項(G))。」
と認定したものであり,この審決の認定に誤りはない。
イ引用発明と引用発明2との組合せの誤りに対し
原告は,一般に薬剤の処方は感染部位及び投与方法等に応じて異なり,
異なる感染部位や投与方法に係る発明を安易に参考にしても副作用の懸念
の方が大きいから,当業者において,「気道下部」に効率良く薬剤を局所
投与するためには「エアロゾルによる吸引」しか有り得ない引用発明2
を,「上気道」にキシリトールを「経口投与」する引用発明と組み合わ
せ,又は参考にするようなことは,有り得ないと主張する。
しかし,原告の上記主張は,理由がない。
(ア)すなわち,引用例2の摘記事項(G)は,上記のとおり「気道下
部」のほか,「上気道」を含めて感染性の呼吸性疾患一般についていえ
るものであると理解するのが自然である。
(イ)また,仮に,摘記事項(G)の記載が,気道下部の疾患について言
及したものであるとしても,「より高い濃度の薬が,全身的投与により
必要なものよりも低い,患者に対する全投与量により,冒された組織に
デリバリ−されることができ,これにより,高い投与量の薬の,・・・
既知の副作用を回避するということである。」という利点は,局所投与
に起因するものであるから,「気道下部」の疾患に限らず,「上気道」
の疾患に対しても得られると想到することは,当業者が当然に理解する
ことができる。
(ウ)そうすると,引用例2に接した当業者にとって,上気道感染の治療
に関する「引用発明」において,経口投与に代えて,経口投与に比べ,
低い全投与量で,感染部位により高い濃度の薬をデリバリーでき,副作
用を回避できることが期待される鼻内への局所投与を採用することは容
易に想到し得ることである。そして,上記のとおり,鼻内投与の形態と
して,エアロゾルや鼻洗浄調合物が周知であるから,具体的な鼻内投与
の態様を鼻洗浄調合物とすることに困難性はない。
(エ)また,引用例1及び2に記載されているのはいずれも感染性の呼吸
性疾患の治療方法に関する発明であり,根本的に異なる発明であるとは
いえず,また,上記のとおり引用例2には,治療薬の局所的投与の第一
の利点として,高い投与量の薬の全身投与による副作用を回避できると
記載されているのであるから,原告が主張するように,副作用の懸念
が,引用例2の記載を参考として,全身投与である経口投与に代えて局
所投与を採用してみることを阻害する要因となることはない。
なお,患部への局所投与が可能であれば,経口投与などの全身投与に
比べ,副作用を最小限にできることは,呼吸性の感染症に限らず医薬に
よる治療一般にいえる(乙5・「最新医学大事典第3版医歯薬出版株
式会社2005年4月1日発行430頁局所投与の項」)。
ウ引用発明と引用発明2の組合せの困難性に関する誤りに対し
原告は,仮に引用発明と引用発明2とを組み合わせたとしても,当該引
用発明及び引用発明2に「鼻の感染等を治療等するために,キシリトール
を水溶液の状態で含有させた調合物を鼻に直接投与する」ことが記載され
ていない以上,当業者が相違点1に係る構成を想到できないはずであると
主張する。
しかし,原告の上記主張は理由がない。すなわち,前述したとおり,引
用例2に接した当業者は,上気道感染の治療に関する引用発明において,
経口投与に代えて,鼻洗浄調合物による局所投与を採用することを容易に
想到し得る。
(2)取消事由2(相違点2に係る容易想到性判断の誤り)に対し
ア鼻腔内投与に適したキシリトールの有効量の決定の容易性
原告は,組成物の有効投与量の決定には,副作用の問題も含めて多くの
調査が必要とされるだけでなく,分析能力や評価能力も要求されるから,
鼻腔内投与に適したキシリトールの有効量(配合量)を決定することは,
当業者が適宜決定し得るものではなく,これを決定し得るとした審決には
誤りがあると主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下のとおり誤りである。
(ア)本願明細書には投与量決定の手法の記載がないこと
本願明細書には,キシリトールの投与量について,2歳未満の幼児に
対するスプレーによる投与量として,1日当たりおよそ70mg(甲3,
段落【0012】),液滴としての投与量として,1日当たり140mg
(甲3,段落【0013】)が例示され,通常1日当たり約0.1gが
効果的である(甲3,段落【0013】)と記載されているが,投与量
の決定の手法については何ら記載されていない。
(イ)新たな医薬の投与量は従来の手法により決定されること
他方,既知の疾患に対する新たな医薬の好ましい投与量は,通常,従
来の手法により必要な試験や調査を行い決定される。その医薬に対する
新たな投与量の決定のための手法が,個々の医薬についてそれぞれ研究
開発されるのではない。
このことは,例えば以下の文献にも記載されている。
a特開昭63−190826号公報(乙4)
キノロンカルボン酸系抗菌剤を主成分とする点鼻剤が記載されてい
る(特許請求の範囲の1項)。そして,その投与量は症状,年齢等に
応じて適宜選択することができることが記載されている(乙4,2頁
右上欄7行,8行)。
b特開平9−295939号公報(乙6)
ヘリコバクター属菌に対する新たな抗菌剤の投与量が疾病の種類や
症状によって適宜選択されることが記載されている(乙6,38頁右
欄19行∼21行)。
c特表平9−500648号公報(乙7)
新たなHIVウイルス複製阻害剤について,投与量,投与回数や治
療期間は,従来技法あるいは通常の治療コース決定試験により決定で
きることが記載されている(乙7,7頁下から2行∼8頁6行)。
dキシリトール投与量は当業者が従来の手法で適宜決定し得ること
仮に,原告の主張するように,引用発明において,経口投与に代え
て,鼻内への投与を採用するに当たり,キシリトールの鼻内への投与
における投与量を,試験や調査を行なって決定することが必要である
としても,その決定のための手法は,上記に述べたとおり従来手法で
あること,キシリトールは医薬品や食品として古くから使われている
こと,有効成分がキシリトールであることに基づく特有の困難さが生
ずる特段の事情もないことにかんがみれば,1日の投与量は,当業者
が,適宜,試験や調査を行なって,容易に決定し得る。
そして,キシリトールの1日の投与量が決定されれば,1回に鼻に
投与できる鼻洗浄調合物の投与量,1日当たりの投与回数には限度が
あるので,これらを考慮すれば,鼻洗浄調合物に配合されるべきキシ
リトールの量は,当業者が適宜決定できるから,キシリトールが水溶
液100cc当たり1から20グラムの割合で含有されるとすることに
困難性はない。
したがって,審決が,「キシリトールが水溶液100cc当たり1か
ら20グラムの割合で含有されている点は,鼻内投与という投与形態
からおのずと定まる1回の投与量と1日の投与量に基づいて当業者が
適宜決定し得る含有割合である。」(審決書5頁下から5行∼3行)
と認定した点に誤りはない。
イ水溶液におけるキシリトール含有量の決定の容易性
原告は,引用発明におけるキシリトール含有量と本願発明におけるキシ
リトール含有量とは,その前提とする投与態様が「経口投与」と「鼻への
直接投与」とで根本的に異なるので,直接対比できるものではないし,し
かも,「抗感染剤を局所投与すれば(摘記事項(F)),全身投与より低
い投与量で投与できる(摘記事項(G))。」のであるから,キシリトー
ル含有量の対比においては当該認定を無視して判断することはできないと
主張する。
しかし,原告の上記主張は,次のとおり理由がない。
(ア)審決は,鼻内投与という投与形態を考慮することにより,鼻洗浄調
合物におけるキシリトールの配合量は当業者が適宜決定し得ることであ
ると認定したのであって,投与方法の異なる引用例1におけるキシリト
ールの配合量を,そのまま「鼻内への直接投与」における配合量として
参考としたものではない。
(イ)また,審決は,本願発明における鼻内へ投与するための鼻洗浄調合
物中のキシリトールの配合量は当業者が適宜決定し得るものであるとし
た上で,その配合量の範囲についても,その配合量は経口投与用の溶液
製剤として知られている範囲とオーダーとしてはおおよそ同程度のもの
であり,医薬用のキシリトール水溶液として,特に当業者の予想を超え
るような範囲ではないことを付加的に指摘し,「また,引用例1の水溶
液1mlあたり400mgのキシリトールは,水溶液100ccあたりに換算
すれば40gのキシリトールであることから,キシリトールが水溶液1
00cc当たり1から20グラムの割合で含有されるという水溶液とする
ことは,当業者にとって格別の創意を要することではない。」(審決書
5頁下から2行∼6頁3行)と認定したものである。したがって,原告
の主張はその前提において誤っており,審決には原告の主張するような
誤りはない。
(ウ)さらに,原告は,キシリトール含有量の対比において,局所投与の
投与量が全身投与のそれより少なくなる点を無視しているから誤りであ
ると主張する。
しかし,原告の上記主張は,キシリトールの投与量と,水溶液におけ
る配合量とを混同した点で失当である。すなわち,引用例1の経口投与
用の溶液製剤中のキシリトールの配合量(100cc当たり40g)が,
本願発明の鼻内への投与用の鼻洗浄調合物中のキシリトールの配合量
(100ccあたり1から20グラム)とおおよそオーダーとして同程度
であるとしても,鼻洗浄調合物の1日当たりの投与量が溶液製剤の1日
当たりの経口投与量より少なければ,有効成分であるキシリトールの投
与量について言及した「局所投与すれば(摘記事項(F)),全身投与
より低い投与量で投与できる(摘記事項(G))。」こととは,何ら矛
盾しない。
(3)取消事由3(本願発明の効果に係る判断の誤り)に対し
原告は,引用文献2には「局所投与であれば全身投与よりも少ない量で済
む」ことが記載されているのみであって,具体的にどの程度少ない量で済む
かまでは記載されていないから,引用文献2の記載から本願発明のように
「2から3オーダー少ない量で済む」という効果を容易に認識することはで
きないことが明らかであり,これに基づいて具体的なキシリトール含有量を
想起できるはずもないと主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下のとおり理由がない。
ア鼻内投与においては,医薬の1日当たりの投与量は,経口投与の場合に
比べて少ない量で済むことは,引用例2の記載(摘記事項(G))から当
業者が予測し得ることである。
本願発明は,鼻を‘入口’として有効成分であるキシリトールを体内に
投与するものではなく,鼻内自体が感染部位であり,鼻内に直接,有効成
分であるキシリトールが局所的に投与される発明である。
経口投与の場合は医薬成分であるキシリトールは全身に分散し,希釈さ
れたキシリトールが鼻内の感染部位に到達し,作用するのに対して,鼻内
への投与の場合は,感染部位である鼻内に直接到達し,作用するのである
から,鼻内への局所投与では全投与量はかなり少ない量で済むことは当業
者が容易に想像し得ることであり,全身と鼻内の部位の重量比を考えれ
ば,経口投与に比べ2から3オーダー少ない量で済むとしても当業者の予
想の範囲内である。
イまた,原告は,本願発明では,キシリトールの投与量が,経口投与に比
べ「2から3オーダー少ない量で済む」というが,本願明細書には,その
ような効果を客観的に確認したことを示す記載はない。
さらに,審判請求書(甲9)及び回答書(甲10)にも,鼻内投与によ
りキシリトールがそのような少ない量で良好な結果をもたらすことを客観
的に確認したことを示す記載はなく,原告が,回答書とともに提出した添
付書類1(甲11)は,その試験データに一部不備のあることは原告が自
認するところであり,そのような効果を客観的に確認できるものではな
い。
ウさらに,原告は,鼻内投与によりキシリトールが少ない量で良好な結果
を得ることができることが明らかである以上,本願発明の効果を客観的に
確認したことを示す記載の有無は重要事項ではないと主張する。しかし,
鼻内投与によりキシリトールが少ない量で良好な結果を得ることができる
ことは,上記のとおり,引用例2の記載から予想し得ることである。
エ原告は,添付書類1(甲11)の試験データの不備を補完するために治
験物質の投与量に関するデータ(甲12)を提出しているが,かかる証拠
の提出は時機を失したものである。
さらに,添付書類1は,「キシリトール鼻腔スプレーで鼻腔衛生に対処
することによる再発性中耳炎の予防」に関するものであり,本願発明の鼻
洗浄調合物の医薬用途である「鼻の鬱血,再発性副鼻洞感染,又はバクテ
リアに伴う鼻の感染又は炎症の治療又は防止」に関するものではない。し
たがって,たとえ,試験データの不備を補完したとしても,添付書類1
は,本願発明の効果を客観的に確認するための資料とはいえない。
第4当裁判所の判断
1取消事由1(相違点1に係る容易想到性判断の誤り)
当裁判所は,①引用例2につき「感染性の呼吸器疾患の治療のために(摘記
事項(E)),抗感染剤を局所投与すること(摘記事項(F)),全身投与よ
り低い投与量で感染部位である鼻に投与できることが記載されている(摘記事
項(G))」とした審決の認定,及び②「引用例1のキシリトールの投与によ
り上気道感染を処置する際に,経口投与に代えて,全身投与より低い投与量で
投与し得る感染部位への投与,すなわち,鼻への投与を採用し,鼻内へ投与す
るための鼻洗浄調合物とすること」が容易であるとした審決の判断に,誤りが
あると解する。その理由は,以下に述べるとおりである。
(1)引用例2の記載内容の認定の誤りについて
ア引用例2の記載
引用例2(甲2)には,以下の記載がある。
(A)「【要約】
抗感染剤の投与及び抗炎症剤の局部的投与による気道下部管疾患の処
理方法が提供されている。コルチコステロイド又は抗炎症剤の小粒子エ
アゾール投与による気道下部疾患の処理装置がまた記載される。」(甲
2,1頁下部)
(B)「請求の範囲
1.感染性剤により引き起こされる気道下部疾患に敏感であり又は有す
る宿主における気道下部疾患の処置方法であって,前記疾患に対する治
療効果を生成するために有効な抗炎症剤の量を前記宿主に局部的に投与
することを含んで成る方法。」(甲2,2頁左上欄1行∼5行)
(C)「発明の背景
本発明は,一般的に,呼吸性ウイルス又は他の感染性の剤により引き
起こされる気道下部の疾患の治療に関する。特に,本発明は,気道下部
へのコルチコステロイド又は抗炎症薬の直接投与により,特にパライン
フルエンザ・ウィルス型3(PIV3)又はアデノウィルス型5(Ad
−5)によって引き起こされた気道下部の疾患の,新規の,効果的な,
そして即効性のある治療方法に関する。」(甲2,2頁右下欄5行∼1
1行)
(D)「発明の要約
以上のように,本発明の目的は,PIV3,Ad−5,又は他の感染
性剤により引き起こされた病気を患っている検体の気道下部に,その病
気又はそれらの症状が緩和,調節,又は回復のいずれかとなるようにす
るために,小さい粒子のエアロゾルの形態の有効量のコルチコステロイ
ド又は抗炎症薬を直接デリバリーするための手段を含んで成る治療装置
を提供することである。」(甲2,4頁右上欄3行∼9行)
(E)「本発明のさらなる目的は,現在まで利用できる治療の適用様式
(modality)よりも,より効果的で,簡単でそして即効性の,ウィル
ス,バクテリア,真菌類,及び寄生性剤,例えば,先に記載したような
ものにより引き起こされる感染性の呼吸性疾患の治療方法を提供するこ
とである。
本発明の他の目的は,感染性剤により引き起こされた気道下部の疾患
を受けやすいか又は患っている宿主における気道下部疾患の治療方法を
提供することである。この方法は,上記の疾患に対する治療的効果を作
り出すために,上記感染性剤に対する活性をもつ有効量の抗感染性剤を
上記宿主に投与すること,並びに有効量の抗炎症剤を上記宿主に局所的
に投与することを含んで成る。」(甲2,4頁右上欄10行∼20行)
(F)「本発明の1つの態様は,感染性剤により引き起こされた気道下部
の疾患を受けやすいか又は患っている宿主における気道下部疾患の治療
方法を提供することである。この方法は,上記感染性剤に対する活性を
もつような量の抗感染剤を上記宿主に投与すること,並びに上記の疾患
に対する治療的効果を作り出すために効果のある量の抗炎症剤を上記宿
主に局所的に投与することを含んで成る。この方法は,それが抗炎症剤
及び抗感染剤の療法を含んでいるという理由により,好ましい。この抗
炎症剤は,その感染に対する宿主の炎症反応を減少させ,そしてこの抗
感染剤は,その感染と戦う。」(甲2,4頁左下欄11行∼19行)
(G)「上記の抗感染剤は,局所的に,経口的に,静脈中に,又は腹腔内
に投与されることができる。局所的投与が好ましい。治療薬の局所的投
与の第一の利点は,より高い濃度の薬が,全身的投与により必要なもの
よりも低い,患者に対する全投与量により,冒された組織にデリバリ−
されることができ,これにより,高い投与量の薬の,例えば,コルチコ
ステロイドの全身的投与の,既知の副作用を回避するということであ
る。好ましい態様においては,上記の抗炎症剤及び上記の抗感染剤は,
上記宿主の気道下部に直接的に投与される。上記の抗炎症剤及び/又は
上記の抗感染剤は,鼻の中に投与されることができる。上記の抗炎症剤
及び/又は上記の抗感染剤は,エアロゾル粒子の形態で鼻の中に投与さ
れることができる。」(甲2,4頁左下欄26行∼右下欄10行)
イ引用例2の記載事項の認定の誤りについて
上記(A)ないし(D)には,引用例2は,専ら「感染部位」を「気道
下部」とする疾患を対象とした治療方法が開示され,また,上記(E)な
いし(G)には,抗炎症剤及び抗感染剤が感染部位である「気道下部」に
直接的に投与されることが,好ましい治療態様であることが開示されてい
る。
そうすると,上記(G)「好ましい態様においては,上記の抗炎症剤及
び上記の抗感染剤は,上記宿主の気道下部に直接的に投与される。上記の
抗炎症剤及び/又は上記の抗感染剤は,鼻の中に投与されることができ
る。上記の抗炎症剤及び/又は上記の抗感染剤は,エアロゾル粒子の形態
で鼻の中に投与されることができる。」における「鼻の中に投与されるこ
とができる。」との記載部分は,エアロゾル粒子を,抗炎症剤及び/又は
抗感染剤を感染部位である「気道下部」に直接的に投与するために,通過
経路の入り口に当たる鼻孔から「鼻の中」に向けて投与されることができ
るという意味に理解すべきであり,鼻自体が感染部位であることを前提と
して,鼻を治療する目的等で,鼻に抗炎症剤及び/又は抗感染剤を投与す
るという意味に理解することはできない。
したがって,「引用例2には,・・・感染剤を・・・感染部位である鼻
に投与できることが記載されている(摘記事項(G))。」とした審決の
前記認定は誤りである。
ウ引用例2の記載事項の認定の誤りに係る被告の主張に対する判断
これに対して,被告は,本願の優先日前に既に各種の感染性の呼吸性疾
患に対する「抗感染剤」について,投与経路として経口投与とともに鼻内
投与が選択できることが周知であることに照らすならば,当業者であれ
ば,引用例2の摘記事項(G)の記載,すなわち「上記の抗感染剤は,局
所的に,経口的に,静脈中に,又は腹腔内に投与されることができる。局
所的投与が好ましい。治療薬の局所的投与の第一の利点は,より高い濃度
の薬が,全身的投与により必要なものよりも低い,患者に対する全投与量
により,冒された組織にデリバリ−されることができ,これにより,高い
投与量の薬の,例えば,コルチコステロイドの全身的投与の,既知の副作
用を回避するということである。」との記載は,「気道下部」のみなら
ず,「上気道」を含めて感染性の呼吸性疾患について述べたものと理解す
ることができると主張する。
しかし,被告の上記主張は,採用することができない。
すなわち,引用例2は,前記のとおり感染部位を「気道下部」とする疾
患の治療方法を提供しようとするものであることを,繰り返し述べている
記載態様に照らすならば,被告引用に係る上記記載部分は,感染部位を
「気道下部」とする疾患に関する記述であると解するのが自然である。仮
に,呼吸性疾患に対する「抗感染剤」の投与経路として「経口投与」とと
もに「鼻内投与」を選択し得ることが周知であったとしても,そのこと
は,「気道下部」の疾患に対する治療方法を提供するものであると繰り返
し述べている引用例2の記載を,明白な記述に反してまで,「上気道」を
も含める記載であると解する根拠とはなり得ない。したがって,被告の上
記主張は採用することができない。
(2)引用発明と引用発明2との組合せの容易想到性について
審決は,引用例1に引用例2を組み合わせることによって,引用例1のキ
シリトールの投与により上気道感染を処置する際に,経口投与に代えて,全
身投与より低い投与量で投与し得る感染部位への投与,すなわち,鼻への投
与を採用し,鼻内へ投与するための鼻洗浄調合物とすることは当業者が容易
に想到し得ると判断した。
しかし,審決の上記認定及び判断には,以下のとおり誤りであり,当該認
定及び判断の誤りは審決の結論に影響を及ぼすと解すべきである。
特許法29条2項が定める要件は,特許を受けることができないと判断す
る側(特許出願を拒絶する場合,又は拒絶を維持する場合においては特許庁
側)が,その要件を充足することについての判断過程について論証すること
を要する。同項の要件である,当業者が先行技術に基づいて出願に係る発明
を容易に想到することができたとの点は,先行技術から出発して,出願に係
る発明の先行技術に対する特徴点(先行技術と相違する構成)に到達するこ
とが容易であったか否かを基準として判断されるべきものであるから,先行
技術の内容を的確に認定することが必要であることはいうまでもない。ま
た,出願に係る発明の特徴点(先行技術と相違する構成)は,当該発明が目
的とした課題を解決するためのものであることが通常であるから,容易想到
性の有無を客観的に判断するためには,当該発明の特徴点を的確に把握する
こと,すなわち,当該発明が目的とする課題を的確に把握することが必要不
可欠である。そして,容易想到性の有無の判断においては,事後分析的な判
断,論理に基づかない判断及び主観的な判断を極力排除するために,当該発
明が目的とする「課題」の把握又は先行技術の内容の把握に当たって,その
中に無意識的に当該発明の「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込
むことのないように留意することが必要となる。さらに,当該発明が容易想
到であると判断するためには,先行技術の内容の検討に当たっても,当該発
明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは
十分ではなく,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示
唆等の存在することが必要であるというべきである(知財高等裁判所平成2
0年(行ケ)第10096号審決取消請求事件・平成21年1月28日判決参
照)。そこで,以下,これらの点を踏まえて,検討する。
ア各引用例及び本願明細書の記載
(ア)引用例1
a引用例1(甲1)の記載
引用例1(甲1)には,次の記載がある。
(A)「我々は以前,キシリトールがインビトロでS.pneumoniaeおよ
びS.mutansの成長をそれらの対数増殖期に阻害することを見出した。
この効果は用量依存的である。我々は同様にベータ溶血連鎖球菌でポ
スト指数関数期の成長のわずかな抑制を観察したが,Haemophilusin
fluenzaeや,Moraxellacatarrhalis(10)では観察しなかった。…
…」(甲1,2頁11行∼18行)
(B)「この発明によれば,キシリトールの有効量をほ乳類に経口投
与することからなる,少なくとも一つの呼吸器感染あるいはその合併
症を処置する方法が提供される。
ここで呼吸器感染は,……上気道感染を含む。」(甲1,4頁2行
∼8行)
(C)「実験1
キシリトールチューインガムの効果
肺炎球菌に対してキシリトールの成長抑制効果がpneumococcal運搬
率を低下させて,また,AOMの発生を減少させることもできるという
我々の仮説は,キシリトールを子供に送達する媒体としてチューイン
ガムを使用する二重ブラインド無作為抽出試験で評価された。・・・
研究の材料はLeaf-Huhtamäki(Leaf-Huhtamäki社,トゥルク,フィン
ランド)により寄贈され,乱数表を使って作られたランダム・シーケ
ンスによりそれぞれキシリトールかスクロースのどちらかで甘くされ
た10片のチューインガムを含む60個の番号付の箱を含み,数のコード
化されたカートリッジにパッケージされて,私たちに送られた。……
子供達は研究に入った順番に番号を付けられ,それぞれの子供はその
子の番号によりカートリッジを1つ受け取り,1日あたりの総投与量8
.4gのキシリトールとなるようにして,食事の後に1日に5回(1箱)
の2つの断片をかむように指示された。・・・
結果
合計336名の子供が1995年3月に臨床試験に登録された。3
0名が離脱し,306名の子供が残り,スクロース群における149
名,キシリトール群における157名が解析に適していた。得られた
結果は表1に要約される。
表1治療を行う医師により記録された呼吸器感染
診断スクロース(n=149)キシリトール(n=157)P−値

・・・
上気道感染14110.33
・・・
異なる41人の医師を訪れることになった上気道感染・・・の数
は,スクロース群よりもキシリトール群の方が幾分すくなかった。』
(甲1,5頁2行∼6頁8行)
(D)『実施例1
キシリトールを含む溶液製剤
a)増粘物質を添加しないキシリトール含有混合物(混合物1ミリリ
ットルあたりの組成)
キシリトール400,00mg
1mlとするための純水
・・・」(甲1,9頁20行∼10頁8行)
b引用例1の開示内容
以上の記載によれば,引用例1には,水溶液1mlあたり400m
gのキシリトールを含有する,S.pneumoniaeによる上気道感染を治療
するための経口投与用溶液製剤に関する引用発明の内容が開示されて
いるものの,投与量及び副作用に着目した格別の課題及び解決手段
は,一切示されていないと解される。
(イ)引用例2の記載
前記認定のとおり,引用例2は,専ら「感染部位」を「気道下部」と
する疾患を対象とした治療方法を提供するものであり,該治療方法の好
ましい態様においては,抗炎症剤及び抗感染剤が感染部位である「気道
下部」に直接的にエアロゾル粒子の形態で投与されることが記載開示さ
れている。
(ウ)本願明細書の記載等
a本願明細書(甲3)の記載
本願明細書には,次の記載がある
「【0005】本発明の目的は,鼻咽頭への感染及びそれらの感染に
伴う症状を低減するための調合物及び方法を提供することである。
本発明の別の目的は,鼻咽頭を清浄にしてそこに存在する病原性バ
クテリアの個体数を低減するための手段を提供することである。本発
明のさらに別の目的は,耳炎,副鼻腔炎を低減するとともに上気道の
炎症に起因する喘息の発病度を低下させるための調合物及び方法を提
供することである。
【0006】本発明のさらに別の目的は,鼻咽頭感染に対する付加的
治療のためにキシリトール/キシロースを効果的に投与する方法を提
供することである。さらに別の目的は,高度な調合技術や投与技術を
必要とすることなく,迅速に,効果的に,効率的に,自然に,安全か
つ安価に上記目的を達成することである。さらに別の目的は,長時間
の保存性,安全性,多目的性,効率性,安定性及び信頼性を有すると
ともに,安価で調合及び投与が可能な製造物によって上記目的を達成
することである。」
b本願発明の課題
上記本願明細書には,本願発明の課題として,上気道の一部である
鼻咽頭への感染及びそれらの感染に伴う症状を低減するための調合物
及び方法を提供すること,鼻咽頭感染に対する付加的治療のためにキ
シリトール/キシロースを効果的に投与する方法を提供すること,安
全性,効率性等を達成する目的等を実現することが明記されている。
イ引用例1及び引用例2の組合せの容易性に関する判断
以下のとおり,引用例1に引用例2を組み合わせることによって,相違
点1(本願発明が鼻内へ投与するための鼻洗浄調合物であるのに対し,引
用発明は経口投与用溶液製剤であるとの相違点)に係る構成に到達するこ
とはないと判断する。すなわち,
(ア)引用例1には,「水溶液1mlあたり400mgのキシリトールを
含有する,S.pneumoniaeによる上気道感染を治療するための経口投与用
溶液製剤」が記載され,また,「上気道感染において子供に食品である
キシリトールチューインガムによって,キシリトールを経口(全身)投
与する臨床試験結果」が示されているが,キシリトールを「経口投与
用」溶液製剤として用いることによる作用,機序,副作用回避等の事項
までが格別開示されているわけではない。
引用例2には,PIV3,Ad−5,又は他の感染性剤により引き起
こされた病気を患っている検体の気道下部に,病気等の緩和,回復のた
めに,小さい粒子のエアロゾルの形態の有効量のコルチコステロイド又
は抗炎症薬を直接デリバリーするための手段を含んで成る治療装置を提
供する発明が開示されている。
引用発明(上気道感染について子供達にキシリトールチューインガム
の形態で経口(全身)投与をするとの臨床試験に基づいて想到した「水
溶液1mlあたり400mgのキシリトールを含有する,・・・上気道
感染を治療するための経口投与用溶液製剤」)と引用発明2(肺炎等の
気道下部感染症においてコルチコステロイド等をエアロゾルの形態で局
所投与をする処置方法)とは,解決課題,解決に至る機序,投与量等に
共通性はなく,相違するから,それらを組み合わせる合理的理由を見い
だすことはできないし,そもそも,エアロゾルの形態のままでは吸気し
ながら鼻へ投与すると,有効成分(キシリトール)が感染部位とは異な
る気道下部にまで到達することがあるため,感染部位である鼻内への局
所投与の実現は,困難であるというべきである。
以上のとおりであり,引用例1に接した当業者は,これに気道下部の
感染を緩和するための目的でエアロゾルの形態の有効量のコルチコステ
ロイド又は抗炎症薬を投与する引用例2を適用することによって,安全
性,多目的性,効率性,安定性等を有するとともに,安価で調合及び投
与を可能とするために採用された本願発明の構成(相違点1の構成)に
容易に想到できたと解することはできない。
(イ)この点について,成分や用途に係る医薬品等に係る発明が存在する
場合に,その投与量の軽減化,安全性の向上等を図ることは,当業者で
あれば,当然に目標とすべき解決課題といえるであろうし,そのための
手段として格別の技術的要素を伴うことなく,課題を解決することがで
きる場合もあり得よう。
しかし,そのような事情があるからといって,審決が,本願発明の相
違点1の構成は,引用例2の記載内容から容易であるとの理由を示して
結論を導いている場合に,その理由付けに誤りがある以上,上記のよう
な事情が存在することから直ちに審決のした判断を是認することは許さ
れない。
けだし,審決書の理由に,当該発明の構成に至ることが容易に想到し
得たとの論理を記載しなければならない趣旨は,事後分析的な判断,論
理に基づかない判断など,およそ主観的な判断を極力排除し,また,当
該発明が目的とする「課題」等把握に当たって,その中に当該発明が採
用した「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込むことを回避す
るためであって,審判体は,本願発明の構成に到達することが容易であ
るとの理解を裏付けるための過程を客観的,論理的に示すべきだからで
ある。
(ウ)被告は,仮に,引用例2の摘記事項(G)の記載が気道下部の疾患
のみの開示であり,引用例2の認定に関する誤りがあったとしても,①
全身投与に比べて局所投与をすると少ない総投与量で既知の副作用を回
避することができるという利点は,局所投与に起因するものであるか
ら,「気道下部」の疾患に限らず,「上気道」の疾患に対しても局所投
与をすることにより得られるであろうと当業者が当然に理解することが
できる,②そうすれば,引用例2に接した当業者にとって,上気道感染
の治療に関する引用発明において,経口投与に代えて,経口投与に比
べ,低い全投与量で,感染部位により高い濃度の薬をデリバリーでき,
副作用を回避できることが期待される鼻内への局所投与を採用すること
は容易に想到し得る,③そして,鼻内投与の形態として,エアロゾルや
鼻洗浄調合物が周知であるから,具体的な鼻内投与の態様を鼻洗浄調合
物とすることに何ら困難性はないので,容易想到性を認めた審決の判断
に影響を及ぼさない旨を主張する。しかし,上記(ア)及び(イ)で述べた
とおり,引用発明に引用発明2を組み合わせることにより,本願発明の
相違点1に係る構成に到達することができたとする審決の判断は是認で
きないのであるから,被告の上記主張の当否については,審判手続にお
いて,改めて出願人である原告に対して,本願発明の容易想到性の有無
に関する主張,立証をする機会を付与した上で,審決において再度判断
するのが相当であるといえる。
ウ小括
以上のとおりであるから,引用例1のキシリトールの投与により上気道
感染を処置する際に,経口投与に代えて,鼻への投与を採用し,鼻内へ投
与するための鼻洗浄調合物とすることは,当業者が引用発明及び引用発明
2に基づいて容易に想到し得るとした審決の判断は誤りである。
2結論
原告主張の取消事由1は理由があるから,その余の点について判断するまで
もなく,原告の請求は理由がある。よって,審決を取り消すこととし,主文の
とおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯村敏明
裁判官
齊木教朗
裁判官
嶋末和秀

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「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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